一労働のフレキシブル化論をめぐって一
佐 藤 守 弘
(筑波大学教授)
(1) いう二重の課題が含まれていたのである。Hy一
「労使紛争」や「社会学と労働生活」などの著 manにとって産業社会学の危機は,それが現実 書でイギリスの産業社会学の研究をリードしてき の産業社会に生じた諸問題を解明することができ たEldridgeは最近の著書(1991)のなかで, Hy一 なかったし,これまで支配的パラダイムであった manの問題提起を受けて,「産業社会学のアイデ 機能主義に変わる新しい理論の潮流は何かという
ンテイテイの危機?」とその現状を問い直してい 問いであった。彼はそれをMarxの理論に期待し,
る。イギリスにおける産業社会学研究は,1960年 産業社会学から政治経済学への移行を主張したの 代初期に,職場における社会関係を研究対象とし である。
て,産業システムと広く一般社会の関連を理解す これに対してEldridgeは,これまでもMarx ることから出発した。Smithの調査(1961)やP の理論を踏まえた研究は存在したし,彼自身この arkerなどの著書(1961)は産業社会学のイギリ 著作でイギリスにおける経済的危機といわれる実
ス最初の教科書として普及して版を重ねた。しか 態を経営,労働組合,労使関係と産業民主主義の し,80年代に入ると社会学者は「産業社会学の終 面から分析して見せて産業社会学の位置を示して 焉」を語るようになったといわれている。そこに いる。
は何が起こったのか。Hymanはそれは産業社会 一方, Eldridgeはもう一人のマルクス主義社 学における理論の衰微であるという。個人の行為 会学者Burawoyの主張を検討の対象としている。
や彼の役割・地位を集団や組織・制度と結びつけ 彼の著書(1979)の第一章は「産業社会学の終焉?」
て,それらを単に機能しつつある全体に対するサ と題して多くのアメリカ産業社会学のようにホー ブシステムのセットとして取り扱うことはなくなっ ソーン工場実験の説明から始まっているが,Bur一 た。イギリスで最も親しまれParkerの教科書に awoyはこの実験は人間関係学派の成立に貢献し みられた機能主義理論は支配力を失ったと指摘し たものと評価し,その点でテイラーリズムとは区 た。 別されべきであるとしている。しかし1950年代の しかしこれは何も産業社会学のみでなく,社会 人間関係学派をめぐる論争は,論理的な管理者と 学全体の問題であった。もともとHymanの提起 非論理的な労働者を対置し,労働組合を無視して,
は「1970年代の産業社会学の細分化は,A. Gou一 組立ラインの労働者に対する個人的な配慮,深い ldnerが述べたように,全体として西欧社会学の 心理的治療を手段とするその操作的な性格を明ら 全般的危機を表しているし,それは西欧資本主義 かにして,この立場の産業社会学を cow sociol一 の危機でもある」(Hyman1981:88)という点に ogy と批判した。 Burawoyはこの批判に賛成し ある。それは西欧資本主義に何が起こっているの ながらも,批判者が見逃した工場調査の長所を評 か(現実の社会問題)ということと,何が西欧社 価し,自らは70年代のイリノイの機械工場におけ 会学に起こっているのか(理論レベルの問題)と る労働の観察から研究を始めた。だが彼の理論的
戦略は,初期の産業社会学にみられた労働現場の 義の内部に起こりつつある最も注目すべき現象は,
実証研究を重視することを主張しながら,結局は 近代経営の発展,とくにテイラーリズムによる労 それらをマルクス主義理論に置き換えようとして 働過程の管理の強化であるという。課業の広範な いるとEldridgeは批判している。 機械化とコンピュータ化の進展は,肉体労働・非 Eldridgeによれば,そもそも産業社会学の発 肉体労働をとわず労働者の技能を奪い,労働を低 生は,Marx, Weber, Durkheimの産業化論にルー 級化(degrade)する論理が貫徹すると。彼はこ ッをもち,先進産業社会の比較研究を主要な課題 れを世紀の転換期に導入された時間研究,動作研 としてきたはずであり,それらの理論を武器に現 究などのF.W. Taylorの科学的管理法の影響で 実の問題を分析することによって産業社会学の危 あるとした。この方法は,労働者から労働過程を 機を克服できるというのである。 統御する 法則的知識 を奪い,技師の計画の下 しかしイギリスの多くの産業社会学者は,アメ において,計画と実行を分離すること,そして労 リカで普及した理論や分析枠組みに従って労働の 働者に作業指示票にしたがった作業を強制するこ 現場の社会関係を研究をしているに過ぎず,経済 とにある。労働の脱技能化(deskil1)や低級化に 社会学や比較社会学などがもっている広い比較文 よって生ずる労働者の不満については,産業心理 化分析という明確な枠組の研究をして来なかった 学やHR管理で対応し,少数の労働者にはより有 という批判も事実である。その結果,産業化のイ 利な賃金を支払うが,それは経営の利潤を損なう ンパクトについても,科学的管理法,人間関係, ほどのものではない。この過程はまず現場作業に 疎外,産業内部の権力関係などの考察を通じて労 始まり,やがてホワイトカラーの職場に拡大する 働者の態度や動機の変化を説明する問題のみを取 とみている。彼によると雇用労働の将来は,絶え り扱い,経済社会全体の変動が等閑にされている。 ざる労働の脱技能化の増大であり,それとともに とくに製造工業の工場内部の社会関係や労働者の 彼らの賃金は低級化した技能と見合ったものにな モラールに集中していたことは,60年代に明らか るというのである。
になったポスト・インダストリアリズムの発展に Bravermanの主張は労働過程の再発見に大き よって,第三次産業の発展が労働者雇用の中心に な影響をあたえ,多くの社会学者に労働過程の社 なってきたこと,また女性の職場進出によって, 会学研究の方向付けをして,A. Zimbalist(1979)
労働力構成が変化したにもかかわらず,従来のよ の編著をはじめとしていくつかの研究が発表され 髄
、に男性を中心に問題を捉えてきたことへの批判 た。そして労働過程論は欧米の産業社会学の著書 が出された。このような結果,産業社会学は転機 では必ず取り王げられているテーマの一つとなっ を迎え,研究の焦点は産業組織から労働へ移りつ た。
つある。新しい産業社会学の新しいテーマとして しかしこのテーゼについては,いくつかの批判 浮かび上がってきたのは労働過程論を踏まえた労 がある。P. Thompson(1983)などの交通産業 働の社会学(Sociology of Work)とフェミニズ や鉱山労働には技能労働が残るとか, C. Littler ムの社会学(Sociology of Feminism)である。 (1983)の食料産業やタバコ産業には半熟練労働 ここでは労働のフレキシブル化をめぐるイギリス が最初から存在したなどという議論は別としてお の労働社会学の研究動向とその特徴的な問題点を こう。A. Friedmann(1977b)は,労働者が労 あげていきたい。 働組合を通じて公式的に,あるいは非公式に経営
からある程度の自由をもった自律の能力を獲得し
(2) ていることをBravermanが低く評価していると 労働過程論の分野で衝撃的な影響を与えたのは 批判する。彼は,直接的管理と責任をまかされた Bravermanの著書であった。彼は20世紀資本主 自律を区別して,直接管理のもとでは労働者はあ
らゆる面で管理されているが,しかし,Braver一 度の直接管理はいずれの職場でも実施されている manが考えるようには経営がいつも直接管理を し,それが労働過程を組織化する中心的な方法で 行なえる保障はない。経営者は労働者からの自律 あるという点は承認している。
の要求に対して譲歩を迫られ,ある程度の自律性 一方,V. Beechey(1983)はフェミニズム運 を認めているからである。 動の観点から,Bravermanの脱技能化の見解は Friedmannはこの自律性を,企業の目標と一 女性労働に要求されている技能水準に対する不正 致するよう労働者に対する経営の権限の委譲と定 確な仮定に立っているという。女性の労働過程に 義して,労働者が最小の監督のもとに責任をもっ も複雑な能力と管理を必要とする労働があるにも て行動することとしている。換言すれば,労働者 かかわらず,たとえば家庭の料理法や家事労働と が企業の目標を達成するために働くことを喜んで 同様に,それらを伝統的に技能労働とは認めてい 受け入れるような場合にかぎり,自分の職場を離 ない。女性が単なる労働力として投入された分野 れる自由,そして自分の主体性を発揮することが では,より高い技能労働をしているにもかかわら できるのである。とくに技能をもった中核的労働 ず,使用者によってそうは認められていない。こ 者の場合,彼らの能力が企業の長期の収益性を保 のことは脱技能化とは何かという疑問が残るとい 障するから,彼らはよく組織され,経営に対して う。Bravermanは脱技能化が経営者支配から生
自律性を確保できる。技能労働者は中核的労働者 ずるとしているが,男性が支配する労働組合も同 であり,未熟練労働者は企業の周辺労働者である。 罪である。彼の議論は男子労働者からのもので,
なぜなら未熟練労働者は容易に他と交替できる労 女性の労働組合には関心を払わず,女性は一般に 働者であって,企業の利益には本質的ではないか 低技能であり,低技能化された労働が女性労働者 らである。そして労働者の組織的抵抗はどの程度 に与えられているという性差別に立っており,問 の自律を獲得できるかの重要な要因ではあるが, 題は脱技能化ではなく男性支配であると厳しく批 そのほかにも市場条件などの要素もまた重要な意 判している。
味をもっているといっている。たとえば,製品が
絶えずモデル・チエンジしなければならない不確 (3)
定な市場の場合には,生産に自律性をもったフレ ー方,多くの研究者は,1970年代から80年代に キシビルな労働力が必要である。こうして直接管 かけて産業と労働に大きな変化が生じたことを論 理と自律性は,これまでも資本主義の発達段階に じている。そこにはフォード主義にみられる労働 応じて使われてきたし,同一企業のなかでもそれ の単純化,脱技能化の傾向というBravermanの それの経営状況に応じて使い分けられてきたので 説とは対照的に,近年,製造工業分野では労働者 ある。しかし,Friedmannは資本主義の全体の により多くの技能が要求され,単純労働力を管理 方向としては,労働者により自律牲を認める方向 する労働組織にかわってフレキシブルな生産体制
に移行すると考えており,Bravermanのように の形成が進んでポスト・フォード主義へ移行しつ 脱技能化が資本主義発展に必然的に随伴するとは つあるという主張が提起されている。
みていない。彼はコベントリーの自動車工場調査 いうまでもなくフォード主義は自動車王H.
で集団作業の中で相当な自律性が存在することを Ford一世によって編み出された生産方式であり,
確認したし,使用者もまた労働者集団のリーダー 両大戦間に自動車産業で始められた。その後,こ を認め,彼らと自由に直接交渉していると報じて れは他の産業分野にも急速に広がり,先進国の生 いる。Friedmannの主張は,資本主義はその進 産性向上と経済効率化の組織的なi基礎として位置 展とともに労働を低級化するというBraverman 付けられてきた。その特徴は資本集約的で画一的
の主張と対照的であるが,Friedmannもある程 な生産体制,厳格にハイラーキー化された産業官
僚制組織労働過程は半熟練労働者によるルーチ 労働過程と仕事の組織
ン化された単純反復作業,高い組合組織率と争議 (4)職務 高度な技能に対するニーズが強まり,
行動,消費需要の創出と国内市場の防衛等の特徴 ほとんどの労働者が多能工化し,多くの職務 をもっている。 に従事できる。新しい労働形態では多くのプ これに対してポスト・フォーデズムの特徴はつ ロセスにおいて,労働者は単純・反復作業を ぎの5点から成り立つ。 要求されことはなく,いつも工場の中を自由
(1) テクノロジー 大きな煙突をもった古い工 に動くことができる。そして生産のピーク時 場の衰退。製造工程におけるコンピュータ化 には,より多くのパートタイマーが投入され,
された管理と単純反復作業に導入された産業 必要がなくなると彼らは解雇される。労働者 用ロボットの利用 の構成は,柔軟な技能をもった コア 的中
(2) 生産 規格化された製品を大量に生産する 核労働者と,単純作業に従事する短期雇用の のとは対照的に,異なった機能やデザインの パート労働者に二分される。新技術の導入に 製品を少量生産する生産方法。多国籍企業が よって肉体的負荷が軽減され,労働過程に女 世界戦略的に生産拠点を配置し,これらをネッ 性労働者の進出が目立つ。
トワークすることによって新しい国際的な社 (5)個人的に選択されたライフ・スタイルとこ 会的分業の確立。 れに見合った消費タイプが一般化し,労働よ
(3)組織 より柔軟に,より分散化した形態の りも余暇に対する選好が強まる。
表1 生産体制の比較
項 目 フオーデイズム体制 ポスト・フォーデイズム体制
生産技術 比較的低技術,機械的,固定的 マイクロ・エレクトロニクスによる多機能,多目的機械
マシニング・センター
生産方式 規格化・統一化された製品 多様化,専門化された製品
集権化された生産計画と実行 分権化された組織のネットワーク
大量消費市場向け大量生産 差別化された多層の消費市場指向
相対的に低品質・安価な商品 高品質,多機能で相対的に高価
労働過程 作業は部分的,単純化 作業は多種,フレキシブル
数少ない課業 作業範囲が広い
自由裁量の範囲狭い ある程度の自由裁量
ハイラーキカルな組織と権威 柔軟な官僚制と集団的な統制
機械的なコントロール 自律的なコントロール
労使関係 職務についての賃金 個人の達成度による賃金
画一的な雇用契約,賃金交渉 能力に応じたた雇用契約と処遇
均質化された半熟練労働者 中核一周辺労働の二重構造
社会階級 画一的に組織化された階級 階級分化が多様化し複雑な階級構成
政 治 階級対立と全国的階級政治 新しい社会運動一女性,環境,反人種,階級意識の消滅
福祉体制 中央集権化された福祉国家 中央集権福祉国家への挑戦
文 化 画一的没個性的商品の大量消費 より個人化された嗜好と個性化
A.Warde(1990) The Future of work in J. Anderson and M. Ricci(eds.)
Society and Social Sceince, Open University Press pp.86−94より修正のうえ引用
M.Piore(1984)は,資本主義国家がポスト・ を認めさせることになるという。C. Sabel(1981,
フォーデイズムへ移行したとする代表的な論者で 1984)は70年代に経済成長が著しかったイタリア ある。彼によると今日の生産者はコンピュータを 北部地域を第三の地域として,将来の産業発展の 初めとする新技術を導入し,生産をよりフレキシ 方向を担う地域と期待している。この地域ではそ ブルなものにするために利用している。数値制御 れそれ特殊な技術をもって個性的な製品を生産す 化された装置は,異なった作業を可能にし,効率 る中小企業が,相互に協力するネットワーク形成 的な小規模生産を可能にする。消費者はますます しており,その層の厚さが地域経済を支えている 高級な製品を求め,大量生産品に対する需要は減 といわれている。例えば,ベネットンのイタリア 少するが,新技術は需要の変化に応じて多様で個 衣服はフレキシブルな専門化のひとつの例である。
性的な商品の生産を行なう。このような生産の発 それは製品をいつも変化させ,流行の変化の激し 展は,労働と経営の在り方に変化を生み出す。企 いファッション業界の需要者のニーズに応えよう 業がフレキシブルになるにつれて,低技能の単純・ としているのである。
反復労働は減少し,商品デザインとかコンピュー しかし,このようなポスト・フォーデイズム論 タと関連した高い技能労働が要求され,フレキシ には批判も多い。その主要なポイントを挙げると ブルで専門化した技能労働者が必要となって雇用 以下のようである。
構造が変化する。 (1) ポスト・フォーデイズム論は,社会におけ フレキシブルな労働は経営組織のフレキシブル るラディカルな変化に対して,相対的にマイ 化を必要とする。工場はハイラーキカルな組織か ナーな変化を大げさに捉えており,それはネ ら柔軟な組織に変わり,情報ネットワークの整備 オ・フォーデイズムいうのがふさわしい。な によって部門間あるいは企業間のコミュニケーショ ぜならこの変化はフォード体制のなかの変化 ンは効率化される。日本の企業で採用されている であり,それを異なった方法で発展させたに カンバン方式やJust−in−timeは海外でも多くの 過ぎない。 Wood(1989).1.ane(1988)
企業でも採用され,材料・部品のストックを減少 (2) イギリスの産業は,まだフレキシブル・オー し,経営のコスト・ダウンに役立っているのであ トメーションへ組織的に移行していない。仕 る。 事の役割や,機能・制度が革命的に変化して 労働者は彼らの作業が多能化するので,より広 いない。それゆえ,イギリスでは日本やドイ い範囲の作業を遂行できるよう訓練される。彼ら ッに比べてこれを支持する経験的なデータに は長期の訓練コストとその技能の重要性によって, 欠けている。Jones(1988)
雇用の安定を確保できるし,経営は彼らの協力を (3) フレキシブルなパートタイム労働者は,製 奨励する。多くの日本企業ではQCサークルが採 造業のみではなく,サービス産業や公務労働 用されている。労働者の代表が労使協議会に参加 でも大量の増加があった。Pollart(1988)
し,企業の成果配分方式によって企業の業績から (4)現在広く発生している変化は,労使間の力 配分を獲得する。フレキシビリティは労働力に必 のバランスをよりよく反映した事態である。
要とされる技能を増加し,テイラーシステムの工 使用者はより低い賃金で,よりフレキシブル 場とは違って,労働過程を組織化して経営と協力 な労働者を雇用し,彼らを弱い労働組合か無 するようになる。職務の満足は増加し,労働争議 組織のままにおきたいという願望がある。EL
は減少する。 dridge(1991)
生産のフレキシブル化は大規模・大量生産では (5) ポスト・フォーデイズム論は,いまのとこ ないので巨大企業のような大規模な資本の集積を ろイギリスの産業状態を完全に説明すること 必要とせず,中小規模の企業の増加とその重要性 はできないが,しかし,労働形態において生
じつつある傾向や,社会生活におけるその影 Flexibility)がある。これは周辺労働者によっ 響をはかる将来の兆候としてみることができ て準備される。これは企業経営の実情に応じて,
る。Friedmann(1984) 工場の労働力雇用量を増減し易くする能力である。
周辺労働者の第一のものは,事務労働者,監督者,
(4) 組立工,検査工等で,これらの職種は多くの工場 ポスト・フォーデイズム論で興味深いのは労働 では通常の技能であるから,フルタイムではある のフレキシブル化・専門化と中核(core)一周辺 が雇用の安定性ではコア労働者より劣っている。
(periphera1)労働者の階層分化論である。 J. At一 第二のものはパートタイム,季節契約か,政府の kinson(1985)は彼のフレキシブル工場論で,さ 技能訓練計画による短期雇用者で,多くは短時間
まざまな要因が使用者をしてフレキシブル化を促 就労者で雇用の安定性がないものである。さらに 進させてきたが,70年代から80年代にかけての経 フレキシブルな工場は外部の労働資源をよりおお 済不況と労働組合の力量の低下,技術革新と労働 く利用する傾向にあり,外部の下請企業,自営業 時間の減少にともないこれが一層進んだとみてい 者,業務代行者等を使用している。図1はAtkin一 る。Atkinsonによればフレキシビリティには二 sonが二つのフレキシビリティを促進するために つの形態がある。機能的フレキシビリティ(Func一 利用可能なフレキシブル工場における労働資源の tional Flexibility)は多能工を雇用し,異なっ 範囲を示したものである。
た仕事に再配置するすることである。フレキシビ AtkinsonはPioreの主張とは異なって資本主 リテイをもつ労働者は,企業の労働力構成では中 義の発展がすべての労働者の技能や自立を増大さ 核労働者であり,フルタイムの雇用で職業の安定 せるとはみていない。中核労働者のみがこの変化 性もある。これらの労働者は管理者,設計技術者, から恩恵を受け,彼らは技能を習得し,機能的な 販売技術者,品質管理技術者および熟練工等であ フレキシビリティを獲得できる。経営もまた彼ら る。つぎに数量的フレキシビリティ (Numerica1 に経営の意志決定に参加を認める。しかし,中核
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労働者でないものはこのような利益を享受できな またPollertはフレキシビリティが導入された い。周辺労働者は技能の向上を期待されず,彼ら 職場では,新しい高度な技能を要求されるという に意志決定に参加する機会を認めていない。At一 見解を自分の調査から反論する。フレキシビリテ kinsonはBravermanの脱技能化説に同意してい イは伝統的技能にも依存しており単なる低技能化
ないが,他方,大部分の労働者がフレキシブルエ とは異なって,技能増加により多く依存すること 場で技能を増加することができるともみていない。 になるという。経営と労働者は新技術の導入や新 周辺労働者は依然として低技能であり,厳格な管 しい労働への要求の結果,労使の対立が激化する 理の下におかれるとして労働者の内部に階層分化 かもしれないが,それは利益を得るか,コストに が進むとみている。しかも大企業の中核労働者に 悩むかのいずれかに帰着するとみている。こうし は白人の男性が多いのに対して,第二の周辺労働 た議論は,日本の「町工場」の職人的技能の再評 者は女性,黒人またはアジア出身者が多く,ある 価の論議とも通じるところがある。
いは経営の不安定な下請中小企業か,自営労働者 さらにPoUertは周辺労働者の利用がふえると である。 いうAtkinsonの見解も批判する。統計によって
社会学者の間では今日,労働が低技能化し,仕 みると,短期季節労働者は景況によって変動して 事の満足感が低下しているという一般的な理解が いるし,製造工業では不況を反映して1979−86年 あるので,労働のフレキシビリティをめぐっては の間にパートタイム労働者の比率が低下している。
さまざまな論議が行なわれている。A. Pollert 80年代初期に下請けが増加したという証拠も少な
(1988)は最も強い批判者で,フレキシビリティ い。しかし周辺労働者はこれまでも労働力の重要 論を解体することを主張している。彼女によれば な要素であったし,もしAtkinsonの数量的フレ
これは過度に単純化された議論で,ときには不正 キシビリテイへの傾向が正しければ,これらの労 確であり,労働組織の矛盾的性格を隠すものであ 働者の増加傾向は否定しがたいとしている。
るという。その論拠をみておこう。 S.Wood(1989)はPollertと同様に,フレキ まず生産技術について,フォーデイズムはフォー シビリテイ化にともない労働者により多くの技能 デイストやポスト・フォーデイズム論がいうよう を要求するようになるというPioreとAtkinson に現代産業においても支配的なものではない。少 を批判する。彼のイギリスの鉄鋼業の調査によれ 量のバッチ生産方法が依然優勢であって,特殊化 ば,新技術は生産品の範囲を広げるが,労働者の された製品を生産する柔軟性をもった工場は決し 技能を増加しない。新技術の作業担当の労働者は て新しいわけではない。統計によヴても大規模な もともと熟練工であって,技能の増加はない。フ バッチ生産工場が減少しているわけでもない。食 レキシビリテイはせいぜい非常に僅かな訓練を要 料,飲料,家具,DIY商品,日用品等々の大部 する半熟練職種間の移動に過ぎない。彼はPiore 分の商品はいぜん大量生産品であり,大量に生産 とSabelがイギリスの労働力が失業,労働標準の
して大消費市場向けに販売している。そうした中 強化,雇用契約の変化,労働組合の規制力の低下 で日本の電気製品,自動車などが世界市場に進出 など80年代に労働市場が変化したことを無視して
した理由として,彼女は安価な製品,良いデザイ いると反論している。
ン,信頼できる品質にあるのであって,特殊化し 以上のように,Bravermanは20世紀に労働過 て少量生産された商品ではないとしている。産業 程の管理が強化されたというが,フレキシビリテ におけるフレキシビリティが普及するについては, イ論はコア労働者が経営の意志決定にますます参 コンピュータを装備した機械は高額であるために 加しているというふたつの主張が論議されている。
新技術のコストが大きく,CADやCAM等を導 このためM. R. Kelly(1989)は新技術を採用 入できるのは大企業のみであるという。 した経営についてこれらを検証しようとした。彼
女はコンピュータを利用した作業管理の形態を, とくに技術の発展を受けて労働現場の労働のあり 技術者または経営者によって作成された厳格なプ 方が問題とされているが,それらの多くはBrav一 ログラ4によって機械を操作する「テイラー型」, ermanの研究の実質的な修正ともいえるもので ブルーカラー労働者が作業をプログラムする「労 あり,第二次産業ばかりでなく第三次産業を含め 働者中心型」,肉体労働者と非肉体労働者の双方 て各産業の経営管理の多様な戦略の調査,単純化 がプログラムする「両立型」という3つのタイプ あるいはフレキシブル化された労働過程の国際的 をつくり,もし「テイラー型」が多ければ脱技能 比較研究が期待される。労働のフレキシブルな専 化が検証され,「労働者中心型」が多ければフレ 門化は通文化的に承認されるか,とりわけその先 キシビリテイ論が妥当するという仮説を立てて, 端を行っていると目されている日本的経営が近年 アメリカでコンピュータ制御を含むプログラム化 の経営活動のグローバル化に対応して,国内ばか が可能と思われる工場ユOl5で調査した。その結果 りでなく進出先の欧米社会でどのように評価され 対象工場の43%がオートメ化していることが判明 ているか,最近の動向が注目されている。また中
したが,そのタイプを労働者ベースでみると, 核労働力と周辺労働力という労働者の階層分化は
「テイラー型」は47.1%(事業所ベースで24%) 女性労働者や外国人労働者を射程に入れてジェン
「労働者中心型」は11.8%(同31%),「両立型」 ダー論やエスニシテイ論と関連させて考察する必 は41.1%(同41%)となっていて,労働者ベース 要がある。ここで日本的経営論について付言すれ では「テイラー型」がもっとも多くみられたが, ば,最近は日本的経営の受け入れ国における現地 事業所ベースではそれぞれのタイプに差がみられ の研究が盛んになってきている。近年, Working
なかったという。労働者中心型は小規模企業に多 for Japanese と名付けられた報告書が各種刊 く,その70%は小規模バッチの生産であった。し 行されているのがその証拠であろう。J. and C.
かしテイラー型の50%以上も小規模バッチ企業で Fucini(1990)はその副題が示すとおりアメリカ あった。さらにフレキシビリティは主に小規模企 マツダ(MMUCC)における日本的経営の実態を 業にみられるが,労働者全体の比率ではわずかに 労働者の目から明らかにしている。S. Jones 11.8%にすぎない。その意味では「テイラー型」 (1991)は「日本人は長期的観点にたって計画を が優位のようである。 立てる」をはじめとして日本的経営の神髄(Myth)
このようにBravermanの労働の脱技能化説と, といわれている20項目の仮説を設定し,おもに現 PioreとAtkinsonのフレキシビリティ説は現在 地の経営者層を対象としてアンケート調査を行っ の労働の変化の方向について異なった方向をみて た。そしてその結果と日本の金融機関等における いる。Bravermanは労働の未来についてやや悲 聞き取り調査をもとにイギリスに進出した日本企 観的であるが,PioreとAtkinsonはむしろ楽観 業の実態を分析している。 J. Morris(1993)は,
的な見通しを示しているといってよい。しかしい イギリス国内でも日本企業の進出が最も多いウエー ずれにしてもひとつの方向に進展するというのは ルズにおける経営実態を労務管理と労使関係を中 やや単純化し過ぎであって,産業や雇用のタイプ 心に分析した。さらにF.Kenney=R. Florida 等によって異なるので,今後一層の調査が積み重 (1993)やT.Eleger(1994)などの研究も報告 ねられる必要がある。 されている。いずれも日本的経営の移転とか,現
地の経営方式に馴染むということではなく,両者
(5) を混合して新しい経営文化を創造するという観点 産業社会学が従来の研究分野をこえてさらに新 がうかがわれている。経営活動がますますグロー しい理論と方法を開拓する必要があることは欧米 バル化する中で,国際的に通用する通文化的な労 諸国ばかりでなくわが国においても同様であろう。 働のありかたが求められているというべきであろう。
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[付 記]
石川,武井,近松,三先生の定年ご退官をお祝い申し上げるとともに,私が茨城大学在職中,公私にわたりご指導,
ご高配いただきましたことに厚くお礼申し上げます。これからもますますのご活躍をお祈りいたします。
また,奈倉文二教授には,小稿の執筆,校正等について,英国滞在中の私に煩雑な連絡の労をとっていただき感謝