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配給組織問題主体に関する一見解

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(1)

配給組織問題主体に関する一見解

その他のタイトル A Study on the Promoter of Marketing Problems

著者 柏尾 昌哉

雑誌名 關西大學商學論集

巻 7

号 4

ページ 289‑311

発行年 1962‑10‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00021660

(2)

最初に︑配給及びそれをめぐる諸概念のとり上げ方を明確に規定しておきたい︒というのは︑配給の諸概念につ

いては︑従来色々の立場から研究され論述されて来ているが︑その内容においても方法においても叉とり上げ方に

おいても必らずしも定説といわれるものができ上っていないからである︒

配給という場合︑多少のニュアンスの違いはあっても︑二つの研究対象が成立し得る可能性のあることは︑今日

いわゆる配給なのであるが︑この社会的現象を統合的に見た場合は︑いわば経済学の一分化としての配給論が成立

( 1 )  

するが︑他方︑現象に統合される個々の意識的行為に焦点を合わす場合は︑売買行為を中心とした経営学的な配給

論も成立し得る訳である︒

この点について︑例えば︑谷口博士は︑配給を社会経済的概念として把握する立場を明らかにされながら︑併立

( 2 )  

して︑個別経済の意識的活動としての経営学的配給論の成立をも拒むものでないと指摘されている︒

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶ 一般に認められているところである︒だから︑

一定の商品が最初の生産者から最後の消費者へ流通して行く現象が

配給組織問題主体に関する一

見 解

(3)

るものでなければならない︒ ﹁配給は︑始発的生産者から終結的消費者に達するまでの生産物の社会的流通過程の全体で福田博士にしても︑(

3 )  

ある﹂と規定されて︑配給を社会的経済的概念として考察される一方︑配給経営論という用語で経営学的な配給論

要するに︑経済学的にしろ経営学的にしろ︑この二つを明瞭に区分して研究することが必須の条件であり︑如何

( 4 )  

なる場合でも両概念の混同は絶対避けられねばならない︒

さて︑以上の基本的視角に基づいて︑資本主義における配給組織問題を見て行こうというのが本稿の中心課題で

ある︒たゞ︑何よりも第一に総体的な把え方をして見ようと試みたためやや大雑把なものとなり︑精密な裏づけは

今後の課題として残された︒ここで総体的把握として重点をおいたのは次の点である︒即ち︑それは︑何が︑何の

ために︑如何にして現在の配給組織を造り出したが︑又は本来どうあるべきか︑という問題であり︑従って配給組

織自体がひきおこす社会的矛盾が特に全般的なものに比較して目立っている場合︑その特殊性が正しくとり上げら

れねばならないという点である3従って︑ここでは当然のことながら社会経済的概念把握の立場に立つことになる︒

このように配給組織がかもし出す特有の社会的矛盾にピントを合わす場合︑注意しなければならないのは︑この

社会的矛盾を矛盾として意識ないし自覚する主体を正確に把握することである︒社会的矛盾を正しく意識するとい

うことは︑正しく社会の発展進歩を推進する立場でなければならず︑従って又︑当然のことながら進歩的立場にあ

すると︑配給組織のひきおこす矛盾を矛盾として意識する主体が問題になる︒ところで︑社会的矛盾は資本主義

の発展段階によって相違があり︑叉︑矛盾を意識する主体もそうであるから︑当然︑配給組織の問題は︑産業資本 も展開されている︒ 配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

(4)

主義段階と独占資本主義段階とに明確に区分して論ぜられねばならない︒

われる法則を明らかにすることが本稿の問題意識となって来る︒

配給組織問題の主体

だから︑配給組織がうち出す矛盾と︑それを矛盾として意識する主体とを統合的に把握して︑配給組織矛盾の現

この場合の経営学的というのは︑個別資本的観点からの経営経済学的という意味であって︑いわゆる経営技術論を

意味するものではない︒

谷口吉彦﹁配給通論﹂一ー八頁

福田敬太郎編﹁商学﹂四九頁︑一八六ー一︱

10

二頁参照

この点に関しては荒川教授の階層性分析の概念で促えた極わめて示唆に富む諸論文がある︒

荒川祐吉﹁配給論における機能概念﹂︵国民経済雑誌

9 0 2

荒川祐吉﹁現代配給理論﹂一八一ー一九八頁参照

産業資本主義段階において支配的なものが産業資本であることは改めていう迄もなかろう︒従来の封建的機構を

うち破って資本主義生産様式推進の主体となったのは︑産業資本家特に工業における産業資本家である︒このよう

な産業資本家が︑自己の利益のために︑その利益を阻害する封建遣制や旧型商人と対立するとき︑産業資本が資本

の利益を追求すること自体の中に︑国民的利益を拡大して行くという相対的進歩性が認められるのである︒だから

一応は自由競争の行われる産業資本主義段階で︑配給組織問題の矛盾を意識する主体は︑産業資本家階級で

あり︑彼らこそが国民的利益の線に沿って配給組織問題を代表的にとり上げることができたのである︒

(1) 

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶ (

2)   (3 )  (4 ) 

1

(5)

(2) 

ところで︑資本主義社会の基本的階級は資本家と労働者であるから︑

かくも本質的には相矛盾する資本家と労働者である︒このような資本家と労働者とを中核として形成される国民全

般の利益増進に対して産業資本が有意義であり得るのは︑国民全般の利益を阻害するものを排撃するからである︒

すると︑産業資本によって代表される国民的利益と対立するものは何であろうQ封建性を勝れて身につけている

先資本的商人の残存や地主階級である︒要するに︑先資本的商人や地主階級の利益となるような旧い配給組織の形

態が︑産業資本によって代表される国民的利益と激しく対立するということである︒

先資本主義的商業と近代的商業

先資本主義商業というのは︑生産が資本によって包摂されておらず︑従って商業がまだ産業によって支配されて

いない場合の商業である3この場合は︑自然経済的な農業者や手工業者が商品生産を代表するものであり︑商人が

商品流通界の主役であった︒

益のための配給組織として作り出され︑ときには更にその利益を増進するために生産部門への侵入︵問屋制工業︶

すら行われたのである︒ つまり︑分散的な小規模な生産者から消費者に連らなる商品流通は︑すべて商人の利

それ故︑先資本主義商業の形成した配給組織は蒐集組織が極わめて整備されており︑買集機関ー←移出機関l

蒐集機関︵都市問屋︶という典型的な形態ができ上ったのである︒そして︑これに対応する分配組織も︑都市問屋 の利害は国民全般の利害を代表していたのである︒ 配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

元々︑産業狩本が資本である限り︑労資間の矛盾を排除することはできないが︑この段階では︑その矛盾も︑産

業資本自体の持つ進歩性の方が矛盾より遥かに大きかったから問題とはならなかった︒このような意味で産業資本

いわゆる国民を形成するのは︑比率はとも 二六

(6)

←卸売機関←小売機関という形が成立した︒これらの配給組織を通じて商人は虐大な利潤を手に入れることが

できたのである︒

この先資本主義的商人の利潤のために形成された配給組織は︑資本主義が確立した場合︑

産業資本の要請とは合致しなくなって来る︒必然的に産業資本の利益のための配給組織の再編が行われ︑これは同

時に国民的利益にも沿うものとなった︒例えば︑先資本主義的商人の思惑的商行為を中心とした虐大な投機利潤を

減少する点においても︑又︑商品自体を直接国民一般に接着させる点においても︑産業資本と国民全般の利益とは

一致し得たのである︒

さて︑資本主義的生産様式はその第一期であるマニュファクチュア時代を経て確立されて来るのであるが︑この

段階では異論も多いけれども商人が直接生産を支配していたと考えてよいだろう︒というのは︑商業資本家が近代

的産業資本家へと脱皮するのは︑狭監なマニュファクチュア市場が︑商人の意志にかかわらず大工業自らの要請す

るより大きな市場にとって替られる段階においてゞあると思われるからである︒

マニュファクチュア段階で商業は︑大革命︵商業戦争︶ かなりの部分において

を経て︑商業全盛時代を迎えたのであるが︑

この全盛は同時に衰退の第一歩に連らなるものであった︒即ち︑このような商業の大拡張は︑

された市場の商品生産刺戟をひきおこし︑資本主義生産様式を急速に進展せしめるとともに︑他方では︑大量の商

品生産に専念する産業資本の確立を促がして来るからである︒

このようにして︑産業資本主義段階が確立し︑産業資本が商品世界の王座に君臨し︑商業資本の地位は副次的な

ものに転落して来る訳である︒

一方において︑拡大

(7)

通時間を短縮できるということである︒ 潤が減少することを意味するのである︒

産業資本の循還運動

G W

P ・

・ ・ W

̲

G

( 1 )  

商品資本を貨幣に転化する過程即ち~‘_G、において自立化したものに過ぎず、

存在でしかない3しかし︑産業資本の総再生過程の一段階である流通過程の或る部分を担当する機能を果す商業資

本は︑自らは何らの価値も剰余価値も造り出さないが︑問接的には価値や剰余価値の造出に役立っているから当然

商業利潤を要求する︒流通過程も産業資本の再生産上の一過程であるから︑この過程における商業資本にも同じく

平均利潤が与えられるべきである︒現実的には︑商人は産業資本家から価値以下︵実現されていない剰余価値を含

む︶で仕入れ︑商業利潤を実現するのである︒だから︑逆からいえば︑商業資本の介入は︑それだけ産業資本の利

にもかかわらず︑資本主義経済機構の中で商業資本が存在しなければならない根拠は何処にあるのだろうか︒

( 2 )  

K .  

M a r x

は次のように指適している︒

M a r x

は︑商業資本が必要な比率を超過しなければという前提の下に三つの点にわたって論じている︒

第一には︑分業の結果として︑もっばら売買に従事する資本は︑産業資本家が自分の事業の商業的部分の全体を

自ら営まねばならない場合のそれよりも減少するということ︑即ち︑産業資本にとっては資本節約になるというこ

第二には︑商人はこの事業に専念するから︑生産者にとっては︑商品がより速かに貨幣転形するばかりでなく︑

商品資本そのものが生産者の手でなされる場合よりも︑ 既に明らかにされているように︑商業資本は︑

より速かに姿態転換をなし遂げ得るということ︑即ち︑流 いわば産業資本の澗次的補完的

生産者の

(8)

(3) 

都市を膨脹させ︑更に一層商品生産を刺戟した︒

第三には︑商業資本全体を産業資本との関連において考えると︑商業資本の一回転は一生産部門における幾多の 資本の諸回転を表示することができるだけでなく︑相異なる生産諸部門において若干の資本の諸回転をも表示する ことができるということ︑即ち︑結果的には市場を拡大し︑資本分業を促進することになるからである︒

このように︑資本主義経済が確立し明確に産業資本主義段階に入って来ると︑商業資本は商品世界の主役を産業 資本に奪われるのであるが︑注意しなければならないことは︑

るのではないということである︒勿論︑資本主義的生産様式が全経済分野に及ぶのは日時の問題に過ぎないが︑そ の過程においては多分に前期的生産様式が残存し︑従って叉︑先資本主義的商業の残骸が残されていることになる

中でも︑資本主義化の最も遅れる農業部門では旧い生産様式︵小生産︑地主経営など︶が強く残存し︑それに関 連する商業も先資本主義的性格が強い︒もとより︑これら商業も全体的に見れば社会的総資本の再生産過程に包摂 される訳であるから︑純粋に先資本主義的商業ではないが︑それでもなお遣制としての力は充分に持っているとい えよう︒この遺制としての力を湿存して来たのが旧い配給組織であり︑問屋︵問屋生産をも含んで︶がその中核で

産業資本の制覇

産業資本主義段階が確立すると︑大量生産及び大規模生産が一般化するとともに商品生産の規模は桁違いに増大 し︑急速に資本の集中と近代的労働者の激増をひきおこす︒これは︑多くの新しい都市を生んだばかりでなく古い

一挙にすべての経済組織が資本主義的生産様式をと

(9)

296 

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

一方においては旧いものを内包しつ

このような︑大量生産︑桁違いの商品増加︑人口の都市集中︑交通の発達などの諸現象ほ︑種々の動因を生じて︑

( 3 )  

旧来の配給組織に替る新しいものを要求して来ることになる︒しかし︑資本主義的生産様式が一挙に旧いものにと って替れなかったように︑配給組織も急速に旧い穀を脱却することができなかった︒むしろ︑事実は︑

織が強く残存したA

め ︑

旧い組織を残したま4或は部分的に利用しつA少しずつ新しい配給組織に脱皮して行った

のである︒だから︑この段階の配給組織は︑迂回生産の進展があるにもせよ︑

つ他方では新しい形を加わえて行くことにより極度に複雑化して行ったのだといえよう︒

どうして︑配給組織の部分に強く先資本的なものが残存し得たのであろうか︒

第一に︑この段階では商業資本の力はまだ強大であり︑

いわゆる産業資本が有益とする比率を遥かに越える程存 在していたということであろう︒この必要以上の商業資本の存在は当然産業資本の利益と対立する︒そして︑将来

は後退せざるを得ない商業資本ではあるが︑

さし当っては必死に追加利潤を求めなければならない

3そのためには

産業資本の圧力に耐えつつ旧来の配給組織を温存し死守しようと動くことになるのである︒

第二に︑以上のような商人の追加利潤の源泉となり得る先資本主義的なものが残存するという事実である

3資本

主義社会はいう迄もなく資本家階級と労働者階級とから成立することを前提としているが︑現実的には︑この基本 的二階級の他に中間層が存在している︒特に︑初期の段階においては著るしい︒資本主義の発達の遅れる農業部門 と矛盾するから︑どうしても配給組織に頼らざるを得ない︒ここでは︑

旧い配給組

における農民︑家内工業者︑手工業者といったものがこれに当る︒このような小規模分散的な生産は︑広大な市場

( 4 )  

のため商業資本はより大なる追加的利潤を手に入れることができるのである︒即ち必要以上の商業資本が小商品生

(10)

れは新興の産業資本の利益と相容れない結果となる︒ おいてはこの事実が目立っていた︒

( 5 )  

産者を徹底的に搾取することによって生きのびて行くのである︒

第三に︑旧い配給組織において最も特徴的な緻密極わまる蒐集組織は︑産業資本主義段階においては或る程度必

( 6 )  

要であったということである︒これは例えば次の三点で指摘できよう︒大規模工業生産の勃興に対応する原始産業

の大規模化の立遅れ︑工業都市と原料生産地との距離の遠隔化︑産業自体の中の不均衡な発展︑これである︒この

ような諸事項は緻密な蒐集組織を通じて初めて円滑に配給ルートに乗って解決された訳であるが︑中でも食糧品に

以上述べたような理由から先資本主義的商業の遺制としての旧い配給組織は強力に残存して行くのであるが︑こ

即ち︑必要以上に多い商業資本が存在するということは︑何らかの意味で平均利潤の分配を通じて産業資本の利

潤を減少して行くであろう︒もとより︑それは産業資本の急激な膨張によって商業資本の相対的比率減少によって

やがては解決されて行くことだろうが︑それには時日が必要である︒

この必要以上に多い商業資本は必然的に追加利潤の源泉を中小の生産者に求める︒商業資本の小生産者からの搾

取は︑市場を通じてそれだけ産業資本の利澗に食込む結果となって来る︒中でも︑小生産の形が最も強力に維持さ

れた農業部門においてこの現象は著るしかった︒

即ち︑産業資本主義初期の段階ではいずれの国においても大なり小なり農産物価格︵穀物価格︶

も︑その日叩騰化に商人が大いに寄与しているのである︒産業資本の発達は近代的労働者を急増︵農業人口の減少︶

させ都市への人口集中をうながし︑危大な農産物の追加需要を惹起し︑農産物は絶対的にも相対的にも不足する︒

(11)

う線を通して影響して来るからである︒ の妥協という面が強かった︒ 配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

( 7 )  

この結果︑最劣等地がいよ/\低下し︑農産物昂騰の起困となった3

しかも︑農業においてはこのような農産物価格に対応するような資本主義の発達が不可能であった︒それは︑農

業が土地︵私有︶という自然物に決定的に依存しなければならないからである︒即ち︑社会的には︑土地私有の結

果︑資本による自由競争が阻害されるし︑自然的には︑土地の限定性︑機械利用上の不利︑季節性など/\'の諸要

因によって︑農業生産力は工業のそれより遥かに遅い速度でしか向上して行かない︒こうして︑農業部門の資本主

又︑資本主義化しても弱小経営の域を容易にのりこえることができない︒

この農業部門の弱小経営は︑農産物商品の特殊性もあって配給組織において大きく商人に搾取されることになる

つまり︑流通過程における商人の優位性と農民の劣位性との対立は︑商人が︑季節的変動などを利用し

( 8 )  

ながら甚だ安く農産物の庭先価格を買いたAき法外な利潤を実現することを可能にするのである︒

だから︑農産物の絶対的不足による価格昂騰といっても︑その利潤は農業者の手許に残るより以上に商人の俵に

ころがり込んだのである︒こうして商人の追加利潤の源泉である農産物の配給組織は︑旧い型の上に種々の細工が

( 9 )  

施されて来たのである︒だから︑合理化とよばれても︑それは先資本主義的なものを中心とした近代的配給組織へ

さて︑以上のような農産物の実状は︑必然的に農産物価格を高める3少くともその市場価格は最低価値水準には

なる︒高い農産物価格が産業資本の利潤追求にとってマイナスであることはいう迄もない3つまり︑社会の全価値

薩が商業資本によけいに吸上げられることであり、決定的には、農産物価格昴騰ー↓賃金引上げ—↓利潤減少とい

(12)

299 

8)  

注︶︵

1

(2 )  (3 )  (4 )  (5 )  (6 )  (7 ) 

産業資本中心の配給組織が行きわたることになるのである︒ 安い農産物の市場価格というのは産業資本の切実な要望であり︑又このような状態の下で産業資本は大きく発展することができたのである︒この産業資本の要望は先資本主義的商人や地主階級と激しく対立する︒

資本主義経済の発展は産業資本を軸として展開され︑その意味で産業資本の勝利は最初から決っていたが︑その

過程は妥協と圧力とを交錯であった︒特に︑決定的に現われたのは外国農産物の輸入である︒結果的には︑産業資

本の力は︑遂に国家機関を通じて先資本主義的商人や地主階級の反対をおし切って安い外国農産物の流入を強行し

た︒これは安い農産物を与えるということで労働者の反対にも会わず行うことができた3こうして︑外国農産物を

加えた新しい配給組織が旧を圧し︑ようやく産業資本は商業資本を完全に支配下におくことができるようになり︑

K .  

Ma rx   "

Da s  K . a p i t a l "

長谷部文雄訳﹁資本論﹂︵第三巻上︶三八五ー四0二頁参照

F.A•Duddy,

D .  

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Re vz an   "Marketing" 

19 47 , 

P.

52

5

5 泣 ︸ K.   Ma rx   "

Da s  K a p i t a l "

1 1

K .   M as x  "

Da s  K a p i t a l "

長谷部文雄訳﹁資本論﹂︵第三巻︶上四一二九ー四四0

ソ同盟科学院経済学研究所﹁経済学教科書﹂︵第二分冊︶二八二頁

堀新一﹁商業経済学﹂一

0 1 1 1

工業品の価格水準規定は資本の平均条件であるが︑農産物価格形成の規定条件は最劣等地である︒

K .   Ma rx   "

Da s  K a p i t a l "

長谷部文雄訳﹁資本論﹂︵第三巻下︶八六五ー一0

農産物価格が流通過程における商人の独裁で決定されるという考え方に立って農産物価格論を展開されたものには

木村和一一一郎氏のものがある︒しかし︑氏が論ぜられたのは庭先価格であって市場価格ではないから︑農産物価格論

としては疑問がある︒

1一郎﹁米穀流通費の研究︵日本学術振興会︶ニ︱頁

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

(13)

性を代表するものでしかない︒

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

日本の代表的農産物である米の配給組織の優れた研究が谷口吉彦氏によってなされているが︑その分析から配給組 織の非近代性と商業資本の有利さとが認められる︒

谷口吉彦﹁配給組織論﹂︱︱六ーニ些二頁

配給組織問題の主体

配給組織問題が正しくとり上げられるためには常に社会の進歩を代表するものによってでなければならない︒と いう意味は︑社会進歩に有害であり︑大多数の人間の利益に矛盾するとき︑初めて配給組織問題が進歩を代表する とすると︑独占資本主義段階においては︑このような立場において配給組織問題をとり上げ得るものは何であろ

産業資本主義段階では︑産業資本がその進歩的立場を代表することができた︒けれども︑独占資本主義段階にな ると︑もはや資本は進歩を代表しているとはいえなくなる︒独占資本主義段階では資本主義経済の進歩的な面は全 く姿を消し︑その矛盾だけがいよ/\激化して来ることは改めて述べる迄もないが︑

逆に矛盾した制度にかじりついて︑その矛盾を国民にお

A

いかぶせて行くのである︒こうして自らは高い独占利憫 や最大限利潤を追求する訳である︒こうなると︑資本は︑問題を進歩的にとり上げる能力はなく︑むしろ保守反動

でほ︑独占資本主義段階で︑配給組織問題を正しく進歩的な面でとり上げ得るものはといえば︑勤労小生産者と ︑ ︒

ものによって有意義にとり上げられるというのである︒

(1) 

9)  

4わらず︑独占資本は

(14)

商人による独自的配給組織の消滅 労働者階級を除いて他にはないということになる︐何故なら︑独占利潤や最大限利潤のしわよせは︑或は高い独占商品価格を通じ︑或は低賃金︵低い農産物価格︶を通じ︑或は国家機関の名の下に行われる諸政策を通じて︑究極的には小生産者や労働者階級に犠牲を強いることになるからである︒商業資本は︑既に独占資本の支配下に完全に包摂され︑その力は次第に弱まって来ている︒だから︑矛盾を内包する配給組織を前進的に解決し得るものは︑小生産者や労働者階級だけである︒そして︑当然のことながら︑この段階での配給組織問題の焦点は︑独占利潤の不当に膨大な利潤獲得に合わされて来るのである︒

② 

独占資本の成立は︑複雑な配給組織に対してどのような変異をもたらすであろうか︒

一 五

先ず第一には︑第一生産部門と第二生産部門の比重が変って来ることによってもたらされる︒即ち︑資本主義経

済の発展は︑最初︑消費資料生産部門の大規模化として具体化されるが︑独占段階に入る頃には︑生産手段生産部

門の大規模化にともなう第一部門の比重が増大する︒前者を軽工業の段階とすれば後者はいわゆる重工業の段階で

ある︒独占資本主義の段階では︑必然的に生産手段生産を中心とする方向に進まざるを得ないのである︒

こうして︑生産の中心が生産手段生産部門に移行して来ると︑これらの大企業は︑自己の生産物︵生産手段︶を

販売する場合に︑購買する大企業と直接取引きする傾向が強くなる︒即ち︑生産手段生産の大量化は︑商人の仲介

なしで︑生産者相互において需要を充足することを可能にする︒というのは︑大量に生産された生産手段が大量に

( 1 )  

次の生産手段に直結し得ることから︑場所的時間的不均衡を生産者自体で処理できるようになるからであり︑叉︑

こうすることによって独占資本は商業利潤を減少させ有利になるからである︒とすると︑前段階で一応成立した複

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

(15)

雑な配給組織は︑更に資本主義が高度化したこの段階では︑むしろ単純化の方向へ進むことになる︒

第二には︑大企業の合同或は結合などに由来して生起する諸事情である︒'

自由放任の原則をもって出発した資本主義経済もへその本質はあく迄も産業資本の自由放任であり︑その過程で

は企業間の激しい競争を惹起した︒この企業間の競争は︑

これらの形態はいずれも商人排除の傾向を示す点において同質である︒例えば︑

( 2 )  

業を統合し小売商業を系列下におき︑商業をいわゆる﹁適正な限界﹂におし込む︒これは一面商人の排除であり︑

他面商人を支配下へ包摂するものである︒カルテルの成立も︑既にそのこと自体が産業と銀行資本との結付きを示

( 3 )  

しているから︑必然的に︑商業から独自性を奪い︑価格設定作用をとり上げる方向に進まざるを得ない︒もっとも︑

( 4 )  

カルテルにとり残された産業は商業支配を受け易い面が多く︑又︑商業のカルテル化も可能なのだが︑商業は平均

( 5 )  

して資本力弱く有機的構成が低いからカルテル化は困難で︑決して工業以上の支配力を持つことはできない︒トラ

ストに至っては︑縦の生産過程が合同して︱つの企業経営に統合される訳であるから︑少くともその範囲内での商

人による配給現象は見られなくなる︒市場の独占的支酪を目的とするカルテルの成立は︑生産者と生産者︑生産者

と消費者との距離をより短縮し︑途中の複雑な配給過程を商人をも含めて次第に無用化して来る︒

やがて独占的大企業の生成となり︑独占資本主義段階で

シンジケートなどの形態を産み出して行ったのである︒

利潤部分を増大させて行くのである︒ トラストなどの成立は︑商業の独自性を止揚する傾向を示し︑独占資本の

第三には︑資本主義社会には必然の悪といわれる恐慌をめぐって生起する事情である︒ は遂にカルテルやトラスト︑ 配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

シンジケートの成立は︑卸売商

一 六

(16)

動を示して来ている︒ いう迄もなく︑恐慌とは資本主義経済の矛盾の現われであり︑基本的な消費者が買うことのできる量よりもより

多量な商品が生産されて︑相対的に商品が売りさばけなくなる現象である︒この過程で︑資本家は︑生産を縮少し︑

労働者を解雇し︑最後には企業を閉ざす︒商業や信用は混乱し︑有価証券は暴落する︒

かき乱された均衡をほんの僅かの間回復するに過ぎない暴力的な爆発であるが︑年とともにその激

しさを加え︑遂には抜道のない恐慌すら現われはじめ︑

さえ誘発したのである3

一 七

いわゆる一般的危機の段階に突入し︑激烈な帝国主義戦争

ところで︑恐慌がこのように一般的危機と結合するようになってからは︑生産者にとって恒久的阪売先を確保し

て計画的経営を行い︑恐慌の打撃を回避することが極わめて重要なこととなって来た︒そのためには︑生産者と生

産者との結合はもとより︑生産者と終極的消費者との連結も迂回しないことが望ましい︒ここに︑生産者と消費者

との合理的な連結或は直接的連結を強化し︑固有市場を確保し維持しようという傾向が強く現われて来る︒

最近盛んに口にされるマーケティング活動はこの具体化であり︑独占資本の要求を如実に示すものである︒商品

の標準化規格化が進むとともに︑直営商の設置︑通信販売︑従来の配給系統の省略など/\は︑明らかにこの傾向

を示しているものといえよう︒又︑百貨店の繁栄やスーパーマーケットの進出︑連鎖商の設置なども明らかに配給

組織単純化の現われである︒こうして従来支配的であった問屋ー←卸売ー←仲買ー←小売という確然たる系統は変

第四に︑以上︑三つにわたって述べたことは︑すべて大規模生産者︵終極的には独占資本︶による独自の商業資

( 6 )  

本排除傾向という点で軌を一にするものであるが︑これは更に国家機関を通じて政策的に補完されることを忘れて

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

(17)

業資本を相対的に縮小させるように圧力を加わえるのである︒ 配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

はならない︒特に︑独占資本が直接生産を掌握するに至っていない部門︑そして従来商業資本の追加利潤の源泉で

もあった部門である農業に対して︑国家の名において低農産物価格l低賃金の線を打出し︑独占資本に寄与して

さて︑以上︑四項にわたって述べた諸現象を総合すると︑独占資本主義段階になると︑産業資本自体の流通部門

進出が積極化し︑その結果︑独自の商業資本は止揚される方向に進む傾向が顕著になるということである︒

この事実は︑既に述べた

K . M a r x

の指摘する資本主義経済機構の中で果す商業資本の有用な機能が失われつ4

あることを意味している︒ところで︑産業資本にとって必要な比率を超過しないことを前提とすれば︑資本節約︑.

流通時間の短縮︑市場拡大及び資本分業の促進︑これが︑利潤の分け前を要求されるにもか4わらず︑産業資本に

とって商業資本の果す有用な機能であった︒これらの機能が次第に意義を失って来たというのである︒

即ち︑先ず目につくことであるが︑前提自身変って来ている︒産業における資本の集中独占の進行は︑そのこと

自体必要とする独自的商業資本の比率を小さくして行くからである︒独占段階の高度化は︑生産手段生産部門の産

業を急激に成長させ︑しかも︑これらの部門の流通は商人の手を経過しないことが多い︒叉︑消費資料生産部門の

産業でも︑大規模化が進めば進む程︑商業独自の操作は単純化して行く︒だから︑独占の進行は︑商業資本自体の

資本集中をもうながすけれども︑結極︑全体的には︑独自的商業資本の必要比率を減少し︑現実的にも︑独自的商

資本節約の機能も︑現在のような激しい不完全競争の段階では低下して来ている︒即ち︑独占資本間の不完全競

一方において︑大資本企業は流通過程をも掌握しておくことが望ましいし︑他方︑分業のもたらす利 いる有様はその代表的なものであり︑極めて印象的である︒

(18)

一 九

益は︑もはや企業内部の分業利益という形におきかえてもよい程資本集中が進んでいるからである︒加わえて︑人

口の都市集中︑交通の発達︑広告及び宜伝の普及などは︑商人の独自的才能の必要性を遂次消滅させて来ている︒

又︑流通時間を短縮するという有能な機能も色あせたものになっている︒即ち︑独占の高度化は︑資本主義の本

質的矛盾を露呈し︑商品売買に専念する商人なるが故の速かな貨幣転換は不可能となった︒激化する恐慌を切抜け

るために︑大資本企業といえども消費者と直結する方がより有効な策となって来た︒更に︑流通時間短縮のために

は巨大金融資本が形成されている3このような事情を考えると︑商業資本の流通時間短縮の機能も全く低下したと

考えられる︒

市場拡大及び資本分業促進の機能も今は乏しい︒商業資本が︑同種の個別的産業資本及び異種の多数の個別的産

業資本の生産した商品の流通を︑集中的包括的にとりあっかい︑市場拡大に貢献できたのは︑独占段階に入る迄の

間である︒高度の集中独占が行われている現在では︑大独占企業の生産する店大な商品を商業資本が集中的に受入

れることは困難である︒ましてや︑異った産業部門の生産した商品を包括的にあっかうことはなお更困難である︒

商業資本の市場拡大の機能は失われたと考えてよいだろう︒更に︑巨大資本間の不完全競争が行われている現在で

は︑困難かつ可能性の少ない市場拡大に努力するよりも固定的市場を維持し確保して行くことの方が焦眉の急では

かって商業資本が資本主義経済組織の中で果して来た有用な機能は︑今やそのほとんどが低下の

一路を辿って来ている︒このような社会経済的背景があったからこそ︑商業資本独自の複雑な配給組織は︑或は排

除され或は単純化されて来たのである︒勿論︑これらの一連の現象は︑独占資本が独占利澗を確保し維持して行く

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

(19)

(3) 

ような視点から掴まれるべきであろう︒ 配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

ことを目的として行動している事情を示すものであることはいうまでもない︒

最後に︑以上のような商業資本独自の特有な配給組織を排除し単純化する産業資本︵独占資本︶

商業資本自体は如何なる対応を示したであろうかということをとり上げて見たい︒

( 7 ) ( 8 )  

これがいわゆる﹁商業内部に於ける商人排除﹂とか﹁商人によって行われる配給機能集化の傾向﹂

からの変革﹂とかいう言葉で捉えられている現象である︒大切なことは︑これらの現象が︑

あるということである︒

︱つには産業資本の圧

力によるものであり︑二つには商業資本内部の資本の法則︵大資本は小資本を駆逐し集中する︶に起因するもので

つまり︑商業資本が産業資本と同じような力比重をもって配給組織を単純化し排除するの

ではなくて︑むしろ︑大生産資本の系列下で商業資本が存続を維持するための苦肉の策なのである︒だからこそ︑

一般的には弱小商人が先ず排除され︑産業部門では大生産資本の進出の激しい部分から系列化が行われて行くので

ある︒つまり︑商業資本にとってほ︑小資本を統合或は駆逐して自らを或る程度巨大にして︑独自性を放棄して大

生産資本の系列下に入ることこそ唯一の存続の道なのである︒商人自体の独自の配給組織排除或は単純化は︑この

協同組合運動の意味

独占資本が独占資本の利益のために形成した配給組織合理化の運動は︑結果的には商人排除の動きとなって非常

に進歩的な様相を呈したけれども︑その本質は︑激化する資本主義社会の矛盾を商人に集中させることにより︑自

己の独占利潤を保証し︑進歩的な運動を封じ込むことにあったことを熟知しなければならない︒進歩的運動とはい

う迄もなく労働運動である︒だから︑協同組合運動が労働の資本に対する運動即ち労働運動の一環として現われる 四〇

(20)

以上述べたように︑協同組合は︑被圧迫階級即ち弱者の組織ではあるが︑資本主義の産物でもあるから︑正しい

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶ これが見事に成功した例が日本の場合である︒

一面では︑商人排除による配給組織 以上のような事実は︑多くの国において︑協同組合運動による商人排除の運動が︑産業資本が商人排除運動に努力を傾重し始めるより以前に起っていることからも判明しよう︒これは別の見方をすればこういうことになる︒

進歩的な協同組合運動があったからこそ︑独占資本は︑この運動に対して︑

の合理化を打出すことによって労働者を慰撫し︑他面では︑資本主義社会の矛盾を商人の存在という点へ反らそう

としたのである3即ち︑独占資本主義段階における配給組織の合理化の源泉となった主体は︑決して独占資本が演

じた訳ではなく︑あく迄も正しい協同組合運動という事実︵直接生産者の資本に対する斗争︶

しなかったということは︑独占資本にとっても好都合であった︒ によって形成されて

いたのである︒たゞ︑協同組合運動が︑商人排除配給組織合理化の範囲内で動く限り︑産業資本の利益と互に矛盾

協同組合は所詮資本主義の産物であり︑商業資本の節約によって資本主義生産における商品流通過程の合理化を

任務とするもので︑決して利澗一般を否定するものではない︒従って︑産業資本の利益と相矛盾するものでなく︑

( 1 1 )  

資本主義を揚棄する力も勿論保持していない︒それどころか︑利用の仕方によっては︑換言すれば︑協同組合を資

本の側につけることによって︑資本は︑二重の面から利益を受けることができる︒

(1 03  

ときには︑真に進歩的立場に立つことができる

︱つは︑幻想を与えることによ

って正しい労働運動の矛先を鈍らすことであり︑二つは︑配給組織合理化から得られる利益である︒特に︑独占資

本はこの点に注目して︑協同組合を自己の側へ吸収︵協同組合の反動化︶しようと努力する︒国家機関を通じて︑

(21)

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

進歩的な運動と密接に共同することによって前向きともなり得るし︑独占資本の系列下に入ることによって悪質な

ところで︑協同組合には消費協同組合を始めとして生産組合︑商業組合などの種類があり︑これらが︑経済的弱

者の自己防衛的な組織である点では共通しているものの︑他の面では必らずしも一様ではない︒中でも︑商業組合

は自らが配給組織の一角に位置していることから︑大資本に対抗はするものの︑労働者や小生産者との共同運動が

( 1 2 )  

難かしく︑ために︑結極は中小商業が自己の存在を維持しつつ独占資本に奉仕するための組織になり下るのが普通

協同組合の主体

前項において既に観察したように︑協同組合の配給組織合理化の運動は︑それを前向きに︵国民の多数に利益を

もたらすように︶推進させる限りにおいて︑独占資本自体の配給組織合理化をも促進し︑真に有意義であった︒け

れども︑協同組合が資本主義経済の中核である生産過程そのものを除外して︑流通過程における不利益のみを問題

にしていることから︑必然的に資本主義経済の根本的矛盾を解決することは不可能となる︒ここに協同組合の限界

があることを知らねばならない︒協同組合至上主義はこの点を認識しないことから生起する幻想に過ぎない︒

この幻想は独占資本にとっては誠に都合のよい存在である︒

( 1 3 )  

協同組合の発達によって︑資本主義の原理は大きく革命され︑営利本位の資本主義に替って人格中心の理想的社

( 1 4 )  

会が実現する︑などという一連の協同組合至上主義は︑資本と労働の矛盾を隠蔽し︑従って労働運動の意義を抹殺

し︑究極的には独占資本の利益を安温に保証することになるからである︒ 反動的なものとなり得ることが判明した︒

(22)

資本の利潤を増加させるということになる︒

て崩れて来たのはこれを意味している︒ 九三四年に一六億ドル︑ヨーロッパの資本主義諸国では だから︑独占資本主義が成熟しその矛盾が激化して来ると︑独占資本はこのような反動的協同組合の育成に努力して来るのである︒けだし︑資本主義経済の矛盾が極度に激化するこの段階では︑独占資本の要望に反して流通過程により多くの資本︵独自的な商業資本ではない︶を投入せざるを得なくなり︑結果的には︑利潤率を低下させ独占資本の最大限利潤獲得の障害となるからである︒例えば︑アメリカにおいて不生産的流通費としての広告費が一

0年にニ︱億ドルという具合に急上昇しているし︑

( 1 5 )  

小売商品取引総額の三分の一にも及んでいる︒

( 1 6 )  

それ故︑この段階では独占資本が系列下商業資本を湿存し︑商業利潤を圧えることによって自己の犠牲を小さく

し独占利潤を増大させようとするのである︒第一次大戦以降︑実質的には商業資本節約の社会的趨勢が各国におい

しかし︑更に独占資本にとってより理想的なことは反動的協同組合組織を最大限に利用することである︒勿論︑

( 1 7 )  

協同組合組織には経営上の短所︵経営技術の拙劣︑資金の欠乏︑大量仕入の困難︑共同施設の利用の限界など︶が

多く︑この点だけからでも流通過程担当の度合いは甚だしく限定を受ける︒だから︑協同組合組織が流通の全域を

4うことができるかどうかは問題があるが︑ともかくも存在し得る限りの協同組合組織を利用することは︑独占

資本にとっては︑少くとも商業資本を利用するよりは遥かに有利となる︒というのは︑協同組合は原則的に利潤を

追求する組織ではなく︑商業資本のように商業利潤を要求するものでないからである︒この事実は結果的には独占

こうして︑独占段階が高度化して来ると協同組合の反動化が推進されるのである︒このように反動化した協同組

配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

(23)

︵ 注 ︶

( 7 )  

( 8 )  

( 9 )  

( 1 0

)   T2

)  (3 )  (4 )  (5 ) 

合によって推進される配給組織問題は︑もはや進歩的意味を持つものでなく︑資本主義経済の矛盾を解消するものでもない︒配給組織問題が協同組合との関連において正しくとり上げられるためには︑協同組合が常に労働者及び小生産者の立場において運動を展開するときだけに限られる︒逆にいえば︑労働者受び小生産者が︑協同組合を自己の側につけて配給組織問題を展開するときにこそ︑本当の正しい姿が現われるのだということである︒この意味において︑労働者び小生産者は常に協同組合の中核であらねばならない︒

谷口吉彦﹁配給通論﹂三四四ー︱︱一五七頁

谷口吉彦﹁商人排除の傾向﹂参照

R•Hilferding

"

Da s  F i na n z ka p i ta l

"

林要訳﹁金融資本論﹂一1

R•Hilferding

"

Da s  F i na n z ka p i ta l

"

林要訳﹁金融資本論﹂三四六頁

R•Hil:ferding

"

Da s  F i n a n z k a p i t a l

.林要訳﹁金融資本論﹂︱̀

1四七頁 堀新一﹁商業経済学﹂六七頁

※ 普通商人排除傾向として︑生産者︵大規模︑小規模︶︑商人︑消費者の一︱一方向から併列的に論じられているが︑こ

れは問題である︒何故かとならば︑具体的現象はそうであっても基本的中心的な線は一っしかない筈であるから︒

︵※︶林久吉・北島忠雄・刀根武哨﹁配給総論﹂二六一ーニ八九頁

鈴木保良﹁商業経済新論﹂︱‑=ニーニ六四頁

堀新一﹁商業経済原理﹂ニ︱

1

1一 頁

林久吉・北島忠雄・刀根武晴﹁配給総論﹂二七八ーニ八二頁

ロッチデール消費組合に端を発したイギリスの協同組合が以後労働者の手によって生成発展し︑労働運動に貢献し

た事実は︑これを雄弁に物語っている︒ 配給組織問題主体に関する一見解︵柏尾︶

(24)

配給組織問題主体に関する.一見解︵柏尾︶

17  1 6 )   1 5 )   14  13  12  11 

G . 

J•Halyoake'

Histary ^

o f   t he   Ro ch da le   Pi on ee rs 参照 G . 

J•Halyoake

"

Hi st ar y  o f   C o ,op er at io n 参照

近藤康男﹁協同組合原論﹂1ニー︱二頁参照

Wh it e,   W.  L .   "

Co op er at iv e  R e ta i l   B uy in g  A s so c i at i o ns "

  P .  

162│190

参照 福田敬太郎﹁協同主義経済﹂一七三頁以下参照 鈴木保良﹁商業経済新論﹂.二四五ーニ六三参照 那須皓・東畑精一﹁協同組合と農業問題﹂四六四ー四六五参照 本位田祥男﹁協同組合の理論﹂二八頁参照 ソ同盟科学院経済学研究所﹁経済学教化書﹂︵第二分冊︶二八︱︱︱ーニ八四頁 武山泰雄﹁アメリカ資本主義の構造﹂一八一ニーニ︱二頁参照 小林義雄編﹁企業系列の実態﹂一九ニーニ

0

五頁参照 堀新一﹁商業経済学﹂四四九ー四五

0

参照

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