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雑誌名 関西大学社会学部紀要

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(1)

消費者行動研究の新展開(?): Katona, G. の心理 経済学を中心に

その他のタイトル New Development in Research of Consumer

Behavior (I) : On Psychological Economics by Katona, G.

著者 佐々木 土師二

雑誌名 関西大学社会学部紀要

巻 10

号 1

ページ 207‑229

発行年 1979‑01‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00022913

(2)

消費者行動研究の新展開

(I)

Katona, G. 

の心理経済学を中心に一一

佐 々 木 土 師

消 費 心 理 学 研 究 の 動 向

研究の発達段階という観点から 消費者行動研究 を見れば,とりわけ 心理学的アプローチ に範囲をしぼってみると,現在の段階を 成長期 と呼ぶことができるのではなかろうか。その 性質は,一言で表現すれば 動態的"であり,多様性,流動性,錯綜性などが要素になっている と言えるだろう。関心領域や分析方法が広範囲に及び,多種類になっている。しかも,移り変り が急激で新しい仮説や試みが輩出して一種の流行やプームのような論議を集めることもあるが,

定着するものは多くない。さらに根本的なことは,研究成果を統一的に位置づける体系が未熟で,

評価基準も確かな形であるとは言えず,知識を秩序づけ展望を与える枠組がない。

しかし,このような状況のなかから一つの方向性が現われつつあると見ることもできる。例え ば,消費者行動を心理的・行動的な過程とみる プロセス方法論

(process methodology)"

が 一般化しつつあることは,その代表的なものであると言えるだろう。

Jacoby 

(1976) は最近の一ー1968年以降 8 年間の・~消費心理学の研究の進展を総括的に評論 して 情報爆発

(informationexplosion)"

と呼ぶことができるほどに研究論文の発表数が増加 していると述べているが,その内容面に着目すると次のような九つの特徴的傾向にまとめられる としている

(p.3324)

①  抽象化のレペルで仕事を始める試みや理論の発達;

マクロ的関係へ焦点を合わせていたことから, ミクロ的および消費者内部的な要因の研究 への移行;

(上記の

2

傾向が次の諸傾向の発展を促進させた, として)

③  種々の変数やその関連性の単純な識別や記述から,説明的研究や因果関係を求める研究へ の移行;

* 

筆者は昭和5

2

年度関西大学在外研究員として米国

Colifornia大学 Berkeley校で消費者行動の研究

に従事しましたが,約

1

年間の滞在中に

FrancescoM Nicosia

教授のゼミナールヘ出席し,また度重 なる個人的討論の場をもつことができました。本稿は

Nicosia

教授のコメントによって発想の基礎をつ くったものです。

Nicosia

教授の御好意に感謝するとともに, このような機会を与えてくださった関西 大学ならびに社会学部教授会に謝意を表わすものです。

‑207‑

(3)

④ 

概念と方法の両面における行動科学的精緻化の急速で実質的な増進;

⑤  社会心理学的な概念や方法の導入;

⑥ 

基本的な心理学的概念(例えば動機,パーソナリティ,態度)を個別的に検討する単純主 義的立場から,高度に認知的で,情報処理的で,意思決定的な観点への移行;

⑦  インターディシプリナリ指向への強い移行;

社会問題への関心の高まり;

9: 科学としての確立した地位と正当性へ向けての動き。

これらの傾向のなかで基本的なものの一つとされている 研究の焦点のマクロ的関係からミク ロ的関係への移行(②),  は,後者の問題へ関心を向ける研究論文が量的に激増し質的に向上し, たという事実がとりわけ目立っているということであり,さらに,分析課題がますます広範かつ 多様になっているうえに,今後の発展への期待もより大きいという意味を含んでいると言える。

この動向にくらべてみると マクロ的"な視点に立つ研究は, Jacoby論文にも名前があげられ

ている Geori~e

Katonaに代表されるものであるが,問題意識や分析枠組が固定化し新しさがな くなって,消費心理学の分野で相対的に地盤沈下をきたしているということであろう。

このような研究的状況の全体的な推移は,他の種々の傾向に関連してくるが,特に⑦の イン ターディ ンプリナリ指向 (interdisciplinaryorientation)"の内容を変えていくという面から,

注目することができる。

Katonaは,自らの研究を名付けて,かつては 経済心理学 (economic psychology)" と言 ぃ,また最近では 心理経済学 (psychologicaleconomics)"あるいは 行動経済学(behavior al  economics)"と呼んでいる。つまり, Katona Michigan大学の SurveyResearch Cen‑

terで,その多くの共同研究者とともに, 1947年からの4半世紀にわたって展開してきた実証的 な調査研究は「経済学と心理学という二つのディ ンプリンの間の,昔からの境界を乗り越える」

ことを意図した 経済的過程に対する心理学的アプローチ,, であり (Katona,1975, p.  3),  その 長期間にわたる業績は,例えば Likert (1972) によって「経済学と心理学とのギャップに橋を かける 知識の新分野,, を発展させた」という評価を得ているものである凡

1)  Rensis Likert論文は, Katonaの研究生活からの引退,つまり Michigan大学の経済学および心理 学の教授(兼任)および SurveyResearch Centerの経済行動プログラムのディレクターの地位から の引退に当って, その業績を記念して刊行された Strumpel, B.,  Morgan,  J.  and  Zahn,  E.  (eds.)  Human Behavior in  Economic  Affairs:  Essays  in  Honor of George  Katona (Elsevier, 1972)  の巻頭を飾るものである。この記念論文集のなかで, Yale大学教授で1971年のアメリカ経済学会会長 JamesTobin Katonaの業績について①消費・貯蓄についての意思決定は理論的および実証的 な探求の重要な主題であるが, これに対して Katona以上の貢献をした人は他にない, ③ Katona 調査デークの収集に関する偉大な事業家であったが, このことだけについても経済学に携わる者は彼に 非常な借りがある。③消費者の態度,見通し,意図に関する継続的な調査データと解釈に依存するとこ ろが大きい,④消費や貯蓄の行動を取り扱う経済学者は,デーク収集の面だけでなく洞察や着想の面で Katonaに負うところが大きいと述べている (Tobin,1972, p. 3739.)Tobin以外からも Katona に対する賛辞が多く寄せられているが,同時に,後述の Morgan論文のような批判的論調も見られる。

ちなみに,この記念論文集には,経済学者21人,社会学者4人,経営学者3人,心理学者2人,教育学 1人の計31人が寄稿しており, Katonaの研究のインターディシプリナリな性格を示している。

(4)

このような Katonaの研究は,消費者行動に対する ィンクーディ ンプリナリ・アプローチ の一つの形を典型的に示すものであった。 Katonaが研究活動の第一線から1972年に引退したこ

とが,心理経済学のアプローチの性格をどのように変化させるかということに典味が及ぶのは当 然であるが,同時に,今後, どのようなディシプリンが相互に関連し合って消費者行動研究を充 実させていくかという問題にも関心が向けられるのである。

Il  消 費 者 行 動 へ の イ ソ タ ー デ ィ 、 ン プ リ ナ リ ・ ア プ ロ ー チ 1.  インターディシプリナリ・アプローチの性格

対象領域としての 消費者行動 への研究的接近方法の性格を記述するために最もよく用いら れる表現の一つが,前記のように インターディ ンプリナリ・アプローチ であるが,このこと は近年公刊された消費者行動に関する体系的テキストを通覧しても, この言葉によって, その 研究的特徴を描写していることが多いことからも伺い知ることができる(例えば Walters and  Paul,  1970,  p.  520 [佐々木, 1974, p.  561];  Bennett and Kassarjian, 1972,  p.  4;  Engel,  Kollat and Blackwell, 1973, p.  7;  Markin, 1974, p.  55など)。

ところで,この「インターディシプリナリ・アプローチ」で意味されている内容は,消費者行 動を 意思決定過程 として分析する Engelet al.  の説明に,代表的にあらわされていると言 えよう:

意思決定アプローチは,一つのインターディシプリナリ・アプローチである。行動を分析 するための主要な概念が,個人行動の研究である一般心理学から導入される。しかし,消費 者は孤立して行動しているのではない。そこで,対人的行動の研究である社会心理学の実証 的および理論的な業績の多くが一般心理学のそれ以上に役に立っている。また,消費者行動 の研究は,集団や人間相互作用を研究する社会学や,文化人類学あるいは社会人類学にもお おいに依存している。ある場合には,経済旭蓮学,合訊学,政給学などの分野からの情報も 利用している。祈学も,それが現実を説明する程度に応じて,人びとが現に行動している理

由を分析するための枠組を提供し,消費者意思決定を理解するための探求で潜在的な力をも っている。最後に,人間や社会が稀少資源を費すための選択の仕方を研究する経済学の現実 主義的な枠組のなかでも優れた理解が可能である。 (Engelet al.,  1973, p.  78) 

ここでは,消費者行動という一つの対象領域に対して 一般心理学"から 経済学"までのデ ィシプリンによる接近が可能であること,言いかえれば,この領域の広範で多面的な性質はこの ように多くのディシプリンによる接近がなければ解明できぬということが言われていると思われ る。これほど多くのディシプリンをあげなくても,心理学,社会学,人類学,経済学などを消費 者行動研究の主要ディシプリンとするという理解はすでに一般的であるように見受けられる見

ところで「インターディ ンプリナリ」と言う場合,特定のディシプリンから導入された概念や 2)  例えばBritt(1966), Burk (1967), Lazer and Kelley (1960)など。

‑209‑

(5)

方法が,一つの統合的枠組のなかに位置づけられ,他のディシプリンの研究者が進める分析的作 業に役立つということが必要であろう。消費者行動という対象領域は,確かに,このようなアプ ローチが成立する条件をそなえているが,従来は,このアプローチの必要性や可能性が主張され ることのみ多く,実際に採用されているアプローチは,個別ディシプリンを越える形をとる場合 でも, マルチディシプリナリ (multi disciplinary)" であるのが通例であった (Lazer and  Kelley, 1960; Ferber, 1977)。つまり,同一問題を取り扱うのではあるが,いくつかのディシ

プリンの研究者がそれぞれの分析枠組や理論枠組のなかで個別的にアプローチし,結果としては,

各自がその問題の異なる側面を別々に見ることに終っていたのである。

言うまでもなく,広範で多面的な消費者行動の全体像を明らかにするために,さまざまの側面 から視点を設定することは重要であるが,これが各ディシプリンが独自の枠組から生まれる特有 の変数を取り扱い,それぞれが異なる内容をもつ変数の間の関係の定式化をはかるという段階に

とどまる限りは, インクーディシプリナリ"ということはできないだろう。

2.  ディシプリンを特微づける 集合の水準"

消費者行動へのインクーディシプリナリ・アプローチを発展させるためには,この対象領域に 関連する諸ディシプリンの間でのコミュニケーションが活発化し充実することが前提となろう。

この点から見ると,これまで,経済学と心理学との間に見られる関係が, Katonaに見られる ように,もっとも強いものであり歴史も古いと思われる3)。その実績が,Hansen, F. (1972)が 言うように,消費者行動研究のための諸ディシプリソのなかで,経済学と心理学とに もっとも 進んだモデル (advancedmodel)"を持たせることになったのであろうが (p. 7),  同時に,そ れぞれのディシプリンの差異を強調して,それぞれの存在根拠を強調するという方向の論議も多 かった。ここで,消費者行動研究のディシプリン間の差異に関して一般的に論じられているとこ ろを簡単に見ておきたい。

Morgan, J. N. (1958)は , 第2次大戦終了後の約10年間における消費者行動に関する実証的 研究の莫大な文献目録を作成したが,これらの研究を体系的に分類(パクソ化)するために次の

ような

5

次元を提示している:

①  集合の水準:

ある特定の品物や支出について特有の意思決定をする個人をとらえて,その行動を説明し ようとする臨床心理学者のような見方があれば,反対に,一つの国(または世界中)のすべ ての人びとによる多くの品物やサービスヘの全支出額を取扱う見方もある。当然,品物のカ

3)  例えば Mitchell,W. C. (1914)は経済学と心理学との関係を中心に,人間行動に関する多面的研究 (manysided investigation)への高い関心を示し,生理学,神経学,民族学,社会学,政治学,経済史 学などで蓄積している知識を一堂に集める努力をすべきだ,と主張している。経済学説のなかでの心理 学的要因をめぐる論議の推移をまとめたものとしては, Hayes,S.  P.,  Jr. (1950)の論文が注目される だろう。わが国では,大正時代に高垣寅次郎が経済学での心理学的立場について学界の動向を報告して おり (1921),また戦後は『心理学講座』に,この歴史的推移をまとめた論文を寄稿している (1954)

(6)

テゴリーや人びとの集団の取扱いで,中間的な多くの組み合せがありうる。

静態的説明と動態的説明:

一時点あるいは一期間における行動上の差異をその時間的条件内の諸事情や諸要因にお ける差異と関連づけて説明する場合もあれば,行動パクソの変化に着目しその理由を他の諸 影響要因の変化に対する人間の反応として説明する場合もある。

単純性あるいは表面性の程度:

③ 

問題の性質によって分析レベルが決められる。実行的レベルで行動をとらえ,

自我•他者イメージ,製品イメージなどに関

これを言語 報告された態度,計画,認知されている役割,

④ 

連づける場合;これらの態度そのものを動機,誘因,認知などのより基本的な諸条件の結果 として解釈する場合;無意識的衝動にまで行動の原因をさかのぼろうとする場合など。

目立った意思決定か習慣的行為か:

一方では,過去の類似状況で満足な結果をもたらした習慣的行動パクンがあれば,他方で はその意思決定が重要で目立つもので,稀にしか行われない,意識的な「真の意思決定」が

⑥ 

ある。

動機づけに関する推論の方法:

態度,好み,理由などが表明される場合のほかに,表明されないことや時には意識されて いないこともあるので,外部的行動を観察し,これを経済的・デモグラフィック的・態度的 な諸変数と相関づけることがある。理想を言えば,多変量解析において多数の変数と行動が 同時的に相関づけられるのがよい。相関を求めるためには説明変数を数量化することや,個 人でなく集合的な人びとを取り扱うことが必要になる。

そのうえで,① の次元については経済学的研究と心理学的研究を表1のように対比させて いる。

1 Morgan (1958)による心理学と経済学のアプローチの比較 心 理 学 的 研 究 経 済 学 的 研 究

①集合の水準 個人による,特定の意思決定。 集団の人びとによる,多種の支出を含 む意思決定。

③ 

静 態 的 か 動 態 的 か

個人的行動における差異。

行動変化に関心をもつ場合でも単 純な形慶のものであったり,個人的 行動の 化を取り扱う。

同時に,同じ仕方で,多くの人びとに 影響する要因との関連で,集団の人びと の行動における時間的推移のなかでの変 化を取り扱う。(動態的)

表 面 性(従属変数) 態度および外部的行動を従属変数

とする。 外部的行動を従属変数とする。

経済学と心理学のアプローチ上の差異に関して Morganは,①の 集合の水準"がもっとも 基本的なものであるとしているが (p.98),  この点では,進んだモデルを持つディシプリンとし て経済学と心理学をあげている前記の Hansen 行動モデル (behavioral

(level of aggregation)にしたがって,低次 (less aggregated)から も同様である。彼は.

model)が集合の水準

‑211‑

(7)

高次まで階層状に配列することができるとして,次の

6

種のモデルを示している

(Hansen,1972,  p.12): 

①  発生学的モデル(分子および分子構造を取り扱う。)

生理学的および神経学的モデル(細胞体, とくに神経細胞を取り扱う。)

③  心理学的モデル(個人を取り扱う。)

④  社会心理学的モデル(個人とその環境を取り扱う。)

社会学的モデル・(社会のより大きいセグメソトを取扱う。)

⑥  人類学的モデル(社会全体を取り扱う。)

この行動モデルの階層のなかには描かれていない経済学的モデルに関して,

Hansenは,社会

全体を取り扱うマクロ経済学的モデルと,社会の小さいセグメント(例示によれば,単一企業,

一つの地理的領域,一つの特定製品の市場など)を取り扱うミクロ経済学的モデルとに二分して,

一般的に言って,前者は⑥と⑥の中間の水準にあり,後者は④と⑥の中間の水準にあると述べて

このように

Hansen

は,それぞれのディ`ンプリンで取り扱う 行動主体"の集合の水準を明 示的に区分しているが,こうした考え方は消費者行動研究ではごく一般的であると言ってもよい。

例えば,

Robertson(1970)

の初歩的テキストのように,その第

1

ページで,行動科学を構成す る心理学,社会学,社会心理学,人類学は,いずれも人間行動を研究するものであるが 分析単 位

(unitof analysis)"

を異にしており,その分析単位は,心理学は個人,社会学は集団,社会 心理学は対人関係,人類学は社会と文化,であると述べている場合もある。

ディシプリ ノの違いがこのように単純に描写されるものではないが,ひとつの着眼点になるこ とは否定できない。

ill  Katona

の 心 理 経 済 学 的 ア プ ロ ー チ

1. 

そのアプローチの独自性

心理学的分析の対象としての消費者行動は 個人"を主体とするものであり, ミクロな水準で とらえるものであるという一般的理解に照らし合わせるとき,

GeorgeKatonaの 心理経済学"

(あるいは 行動経済学")はきわめてユニークな性格をもっていると言わなければならない。

Katonaの引退記念論文集に

見通し(期待,

expectation)"

という概念を社会心理学的に検 討する論文を寄せた

Newcomb,T. M

は次の

1

節でその文章を結んでいる:

私の知る限りでは,他のいかなる社会心理学者も見通し(期待)の概念を中心として理論

的構造をつくりあげたことはない。同時に,マクロ的およびミクロ的な社会科学者が共に親

しんでいる他の概念に,これほどうまく見通し概念を結びつけた人もいない。実証的な諸研

究の検証場面において,その概念を,これほど継続的にこれほど有効に用いた人は他にいな

い。このような人をどう呼んだらよいだろうか。心理学者,経済学者,社会心理学者,いや,

(8)

どれも十分ではない。彼を「ミスター・マクロ・ミクロ (Mister Macro Micro)と呼ぼ うじゃないか。 (Newcomb, 1972, p.  116) 

また Katonaの後継者のひとり Strumpel,B.  方法論的革新"と呼んで,その特徴を説明 している:

行動経済学の方法論的改革は,経済体系における変化を,個人レベルでの行為やその先有 傾向を分析することによって説明することであった。 Katona 個人と経済体系との問の,

また経済分析のマクロとミクロの両レベルの間の,結合環を確立した。 (Strumpel,1972, p.  83) 

このような Katonaの心理経済学は,その視点の独自性が精力的な調査研究活動によって強化 され,前述の Likertゃ Tobinから受けたような高い評価を得ることも多いが,他方ではその 独自性が多面的な批判を集めることも少なくない。

われわれは,ここで, Katona 心理経済学 のアプローチの性格を整理してみる必要があ ろう。このためには, Katonaの過去の3部作 (1951, 1960,  1964)の内容に未発表資料を加え た,言わば 集大成 として Katonaの研究的立場を明らかにしている最新の著書 Psycholo gical Economics (Elsevier,  1975)が最適の材料になる。この著書を中心にして, Katonaのア

プローチの性格を,次の 6点についてまとめてみたい。

①  心理経済学の目的

②  マクロ経済学の重視

③  マクロ経済過程とマクロ的学習過程

④ 

個人と集団の関係

⑤  集合的行動の分析

⑥  説明要因の選択方針 2.  心理経済学の目的

Katona PsychologicalEconomicsの執筆意図を述べる形式で,その心理経済学の性格を次 のように述べている:

本書が明らかにしようとしていることは, もしわれわれが,人間という行為者に,彼らの 意思形成や行為の心理学的分析に,われわれの注意の焦点を合わせるならば,経済過程に関 するわれわれの理解が違ってくる一ーなぜならば,経済過程は人びとの行動の結果であり,

また,さまざまのパタンの行動によって影響されるから―ということである。

もっとはっきり言えば,消費者やビジネスマンの動機・態度・見通し(期待)が支出・貯

蓄•投資などを決定する際に重要な役割を果すということ,さらに,現代の心理学は経済的

行動の探求のための概念的手段も方法論的手段も提供しうるということ,が明らかになるで あろう。この心理経済学的研究 (psychologicaleconomicstudy)は,供給・需要・所得・

213‑

(9)

消費などに関する伝統的分析を補うだろうし,時には急激に変化させることもあろう。

(p.4)

そして,この研究の具体的分析で目標とされるのは「ある時点のある状況で生起することが見 出されるような経済過程を,理解し予測すること」であるが,これを諸変数のさまざまな変化の 間に見られる普遍妥当的に確立された関係によって行うのではなく

4),

「ある状況

Ah

B l >  

c, 

で は一組の刺激が反応 Xを生起させるが,他の状況

A2,

Bわ ら で は 同 一 の 刺 激 が 反 応 Y を生起 させる」という甚本仮定をもって

(p.5), 

さまざまな状況下での人びとの行動の理由

(whythey 

act as they do)

を発見しようとする。つまり 「経済を研究する場合に心理学の立場からの基 本的欲求が何かと言えば,経済過程の背後にある種々の力,つまり経済的な行為・意思決定・

択などの原因になる種々の力を発見し分析する欲求に帰する」ことになる

(p.7)

。そして, この

欲求,, を,心理学的分析の基本的枠組である「刺激ー有機体一反応」,換言すれば「環境内での 変化一媒介変数ー外部行動」に即して満たそうとするが,経済的行動の分析において特に重要な

媒介変数,, は動機態度,見通し(期待)などで構成される,とする

(p.44)

3. 

マクロ経済学の重視

現代の経済学はマクロ経済学とミクロ経済学に区分されているが,

Katonaは

経済学は,個人が何をするだろうかということではなくて,その経済に何が起るだろうか ということを理解し予測しようと努力しているという意味において,その目的あるいは目標 は常にマクロ経済学的である。

(p.  41) 

という基本的な姿勢をもっている。しかし,マクロ経済学は全体経済を一単位とした(あるいは 全体経済のなかの大きな部分を単位とした)総体的データ

(aggregatedata)に関して規則性を

見出したり統計的法則を確立するが,その経済の過程や状況を説明するために総体的データが不 完全であったり誤導的であったりするので,個々の家計や企業を単位とする情報にもとづく 分 布"を明らかにできるミクロ経済学的データによって補完されるべき必要性が大きい, と考える。

(p. 52,  p. 58) 

4. 

マクロ経済過程とマクロ的学習過程

経済学が全体経済(総体)のなかのさまざまの過程に関心をもっているのに対して,心理学の 出発点は 個人 である。さまざまの心理的過程は個人に属するもので,認知・学習・思考など は個人の心理的過程をあらわす概念である。集団が学習するとか,社会全体が認知するというの は比喩的表現

(metaphor)

であって,その意味は,その集団や社会に所属しているすべての個人 の学習や認知になんらかの均ー的特徴

(uniform feature)

がある, ということである

(p. 41,  p. 197)

。態度や見通しについても同じことが言える。

マクロ経済学的にとらえる経済過程が,ミクロ経済学的にとらえるものよりも,本筋であると

4) 

他の論文では「人間の性質に関する不変的な原理から予測するのではなく」と述べている。

(Katona, 1974, p. 1) 

‑214‑

(10)

考える

Katona

の立場では,心理経済学が注目すべきは,個々人の心理的過程ではなくて,集団 や社会全体にみられる均ー的特徴だ,ということになる

(p.198)

。これは,言わばマクロ水準で とらえた心理的過程を問題にするということで, ‘‘マクロ心理学 (macro~psychology)" と呼び うる立場が成り立つとする

(p.58)

心理経済学は,マクロ経済過程を マクロ心理学"的に分析すること,つまり,マクロ水準で の動機・態度・見通しなどに帰着せしめうるものとして消費・需要・供給などをとらえることを 課題とする。このために,個人の心理的過程である動機・態度・見通しなどがマクロ水準でのそ れに変換される仕組み,つまり,集団や社会全体で均一化される仕組みが構想されなければなら ない。ここで

Katonaは

マクロ的学習

(macrolearning)" 

‑ あ る い は 社 会 的 学 習

(social learning)"

ー一の過程を考えるい。この過程は「何百万人もの大量の人びとがほとんど同一の時 期に類似的な新しい態度や行動パクンを獲得する」ということを意味する

(p.208)

。このマクロ 的学習の成立には,

(a)

そのように多数の人びとに伝達される情報に類似性があったり,多くの人 びとが接近する情報部分に類似性があること, ( b )情報として伝達・受容された環境変化に関する 限定的な特徴ーーすべての特徴ではなく一ーだけについて人びとの間での相互補強作用が生じる こと, (c)学習された内容には善悪・好き嫌い• 明暗などの情緒的意味合いが含まれているために

均一化"が進められるということ,が関連している。

現代では,特にアメリカ社会では,マクロ的学習が成立する条件が揃っているという認識が,

Katona

にある。非常に多くの人びとの間でほぼ同時にかなり均ー的な変化をもたらす組織立っ た要因ーーランダムな要因,に対して一ーとしての 情報"には事欠かぬからである。同一の,

あるいは類似度の高い情報がほとんど同時に何百万の人びとに到達し,それらの人びとによって 同じように理解された結果,伝染病にも似た同一方向への態度変容を生じさせる, という状況に あり,個々の人がそれぞれの過去経験にもとづいて各自の方向に変化し,全体的には相殺し合っ てしまうという,ランダムで独立的な状況に人びとは置かれていないと見るのである

(p.55 f

f . )。

5. 

個人と集団の関係

Katonaは,マクロ的学習過程における情報処理に関して「情報の選択は大部分その聞き手が

所属している集団に依存する」

(p. 212)

と述べるなど,個人の態度や行動に及ぼす集団の影響 を重視しているが,その影響のあり方については,マクロ的学習という概念が深く関わりをもっ てくる。彼の集団論は明快であるとは言えないが,その論旨は次のようにまとめられるであろう

(p. 49 

f f . ) :  

(1) 

心理的過程は個人の内部でのみ生起するものであることは事実であるが,その個人の考え

5) 

"マクロ的学習,,は,従来 社会的学習,, と言われてきた

(Katona,1960, p. 76 ff.;  1964, p. 159ff.)

しかし社会的学習が「対面的集団によって影響される場合の個人の学習を意味するものとして,はるか に限定的に用いられる」のが通例であるとして,区別するために

Katona(1975)

は,マクロ的学習と いう言業を用いようとしている

(p.58, p. 198)

。本稿では,このような

Katona

の意図をより忠実にあ

らわすための用語して マクロ的学習 を用いる。

‑215‑

(11)

や行為がある集団の一成員であるか否かに関わりなく常に同じ状態にあるということはなく,

集団内での行為は個人的状況での行為と異なっている。

(2) 

個人はさまざまな集団の成員であり,所属する集団に応じて異なる存在になる。種々の異 なる集団状況で同一の仕方の行動をすることは期待できない。人は所属する集団に応じて別 々の役割や機能をもっているからである。

(3) 

集団状況にある場合には 集団のカ,, とか 集団動機,, を論じることの意味がある

6)

。 集 団の力の効果として,ある個人が彼の集団に意識的に同一化することや,その状況からの同 一刺激を受けたり同一要求に当面することがあろう。

(4) 

模倣とか暗示は,集団状況や集団のまとまりを強化する現象であるが,一つの集団へ所属 するためや集団として行為するための必要条件ではない。

(5) 

同一集団に所属する別々の個人の動機の間に相互補強—社会的促進一ーがあるのが一般 的である。

(6) 

準拠集団

(referencegroup)

も大きな役割を果している。

上記の諸点のうち最も問題になるのが(

2)

であり,われわれは 集団所属性,, の意味を検討する 必要があろう。この点について

Katonaは次のように述べている:

個人は,

1

日のうちのある時点では,工場労働者であったり学生であったりする。その時,

彼は労働者とか学生の集団に所属する。別の時には,同一個人が父親や夫になるが,その集 団は家族ということになる。また別の時には,彼は一つのクラプの成員であったり,ー政党 の成員であったりする。一つの集団での成員性は心理的な意味で所属することを言う。われ われが工場なり教室なりで一生けん命に仕事している場合には,われわれは家族の成員では

なく,またアメリカ人でもない。

(p. 50) 

集団成員性,, をとらえる場合に心理的意味を強調することが 心理的集団

(psychological group)"

という観点から人間の集合を見るという姿勢につながっているようである。

国民経済は「行動」するだろうか? われわれは全ビジネスマンとか全鉄鋼労働者を

1

単 位として,態度や動機を研究することができるだろうか? 可能である。もし,その成員が すべて主観的に同一状況にあり,そのために均ーな反応をするような 心理的集団,,が存在 するならば。

(p. 523) 

ところが,このような心理的集団が常に存在するとは限らないし,かりに存在していても事前 には分らない。このため,心理学的な分析を常に個人という単位に向け,その意思形成の仕方や 経済的立湯についての類似性や差異性,関係する個人的要因や集団的要因などを明らかにして,

個々のケースから等質的集団

(homogeneousgroup) 

をつくり出す手順をとる必要があると考 えてしヽる

(p. 51,  p. 57)

6) 

「集団が動隈をもつのではなく,集団の成員が動機を共有している」と補足説明されている。

(12)

同時に Katonaは,このような集団の成立に関して,ある程度前提とすべき命題をもっている とも言える。つまり次のように述べている:

集団所属性や集団中心的な動機の力は,通常,その成員が一つの対面的状況で結びついて 相互作用し合っている集団で最も明白である。行為の決定において個人の上に最も広く覆い

かぶさる集団は,それに対して毎日関わっている小集団—家族,仕事仲間,同僚,あるい

は経営者とか官公吏の場合には団体とか政府機関一一ーである。全労働者,全ビジネスマン,

全政府職員,あるいは全アメリカ人というような範囲の広い集団 (broadergroup)や準拠 集団は,集団感情 (groupfeeling)や集団行為を促進する程度が小さい。 (p.51)  つまり 心理的意味 での集団所属性について,家族や同僚関係の場合よりも全アメリカ人の 場合の方が強いというようなことは考えぬということである。

また,このような小集団の成立と影響の過程における 等質性 について,かつてKatona 次のように述べていた:

われわれは,自分たちが何か共通のものを持っている人びとを友人にする。自分と同じよ うにニュースを解釈したり, こう解釈してもらいたいと願っている通りに解釈する人が,友 人である。この原因が,主にわれわれが友人を選択する方法によるものであろうと,あるい は集団成員がお互いの経験や目標を共有していた場合にはその集団が強力に発展するという ことによるものであろうと,いずれにしても結果は同じである。つまり,友人集団の場合で も同僚や隣人の集団の場合でも,人びとは通常同じような欲求・態度・見通しを持っている。

集団の他の成員の欲望や満足が自分にとって重要になるし,また,集団の他の成員が自分の 行動をどう評価するかということも重要である。 (Katona, 1960, p.  157) 

このような,集団内力学は他の成員を模倣させたり,他の成員に優越する権威を希求させたり するが,集団の影薯としてさらに重要なのは 同じような状況にある人びとに到逹する均ー的刺 である (1960,p.  169)とする点に注目する必要があろうoつまり Katona 重要な経済 的意思決定が個人によるのではなく世帯・企業・労働組合・政府部門の一部で行なわれることが あるが,これらの意思決定は相談や協議の結果としての集団決定であることを必らずしも意味し ていないと指摘したあと,次のように述べている。

より重要なことは,個人は集団の成員であり,相談や協議がない場合でも,集団所属性が その人の意思決定や行動に強力な影響を与えている, ということである。個人が所属してい る第1次集団や対面集団に加えて準拠集団が影習を与える。多くの場合において,集団の影 響はすべての集団成員に影瞥する類似の刺激とか,彼らに生じる類似の欲求という形態をと る。このことは「統計的集団 (statistical group)」についても言えるだろう。そこで,所 属集団・年齢集団・ライフサイクル集団などの行動にみられる類似性が集団の影響に関する われわれの研究に含められてきた。 (Katona, 1960, p.  155) 

217‑

(13)

6.  、集合的行動の分析

小集団も社会全体も個人から成り立っているという事実と,態度や見通しなどの心理的過程は 結局は個人心理に帰着せしめられるという考えが, Katonaをしていわゆる 個人還元主義"の 立場をとらせているが,現に Katonaが観察し定式化しているものは 経済 市場"であ り,その全体的・集合的な行動である。この姿勢は Katona 消費心理学 (consumer psy chology)"を定義するに際しても,次のようにマクロ的視点を強調していることにもつながって いる:

消費心理学は,一言で定義するならば,大量の消費者 (massesof consumers)の行動の ダイナミックスの研究である。 「ダイナミック」という言葉は,この研究が時間的推移に応 じて変化をつくり出す種々の要因を理解し予測することに向けられているということを意味 する。 「大量の」という言葉は,若干の人びとの行動のユニークな特徴は消費心理学にとっ て関心のないものであり,また特異質的な行動とか,集合状態になれば相殺し合うような

(おそらく一時的なムードの結果であると思われる)あらゆる方向へ向かっているランダム な行動も取り扱わない。 (Katona, 1967a, p.  219) 

この定義の個性的な特徴は,その補足説明にある二つの言葉に集約されているが,これは,消 費心理学が一般に 個人的行動 に重点を置いて定義されているのと対照的であると言えよう?)。

マクロ的な経済的行動に対する Katonaの関心は,前述したように,彼が経済学の目的がそこ にあると考えており,個人に関するミクロ・デークでは十分でないとするからであるが(Katona, 1975,  p. 562) , この基本的理由に加えて,多くの個人的デークを集合化して得られた 集合的行 (collectivebehavior)"に関するデークの方に次のような分析的利点があると考えるからで

もある (Katona,1972, p.  562 ff.): 

( 1 )  

行動モデルは, ミクロ的なものよりも,マクロ的なものの方が,はるかに単純である。種 種の個人差を考える必要がなも多くの人びとに関する類似性や共通性に注目すればよい。

(2)  集合的な行動・態度・学習などに関するデークは,個人的なデークよりも,信頼性が高い。

(3)  仮説検証の過程でも,集合的行動の場合の方が,単純である。

7.  説明要因の選択方針

Katonaは,その研究目的を,個人間の行動の差異を説明し予測することには置かず, もっぱ ら全体経済(総体)の行動の短期的変動の説明と予洞に集約させている。このことが説明要因の 7)  消費心理学を定義して Perloff(1963)は「心理的決定要因の研究, しかも,消費者としての個人の 行動に関する場合に限っての心理的決定要因の研究」と述べている。他方 Blum(1977)はマクロ的視 点をとり入れた形で次のように説明している:消費心理学は,一つの専門化された心理学の分野で,製 品とサービスの両者に関する買手・売り手・作り手の間の取引における人間行動を説明し予測すること を意図する原理・一般化・概念・理論を含むものである。それは,また,そのような取引きの先行条件 や結果を,関わり合う個人に結びつく場合だけでなく,さらには全体としての社会に影響を与える場合 にも,研究する必要性を認識するものである。 (p.6) 

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参照

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