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翻印『大学和字抄』武田 祐樹

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【資料紹介】 翻印『大学和字抄』

武田   祐樹

【解題】 ここに紹介する『大學和字抄』は、林羅山(一五八三~一六 五七 ( による『大学』注釈書であり、表紙と遊紙を除き五〇丁 から成る、一冊の写本である。経伝のみ漢文、章句なし、和解 はくずし字による漢字かな交じり文。経伝と和解の双方に、若 干の脱字が確認できるが、全て本文(経伝と和解 ( と同筆にて 補 わ れ て い る。 印 記「 尚 舎 源 忠 房 」( 陽 刻 長 方 印、 第 五 〇 丁 裏 左 下 (。 上 質 の 紙 を 贅 沢 に 遊 紙 と し て 使 う 余 白 の 多 い 形 態 や、 端正に記された本文の字体は、この資料の重要性を無言のうち に語る。保存状態も極めて良い。目下、島原図書館肥前島原松 平文庫本以外の伝本は確認されていない。 林 羅 山 の『 大 学 』 注 釈 書 に つ い て は、 『 大 學 和 字 抄 』 以 外 に も、国立国会図書館や豊橋市立図書館に伝わる『大学抄』や、 後 継 者 養 成 の た め に 著 し た『 大 學 諺 解 』 が あ る。 し か し、 『 大 學和字抄』は、それらと性格を異にする。 『 大 學 和 字 抄 』 は、 専 門 の 学 者 で は な く、 素 人 の た め の 著 述 な の で あ る。 『 大 學 和 字 抄 』 の 跋 を、 林 羅 山 の 三 男 林 鵞 峯 が 編 ん だ「 羅 山 年 譜 」 や「 編 著 書 目 」、 ま た 四 男 林 讀 耕 齋 が 編 ん だ 「羅山行状」と共に閲すると、 『大學和字抄』は、林羅山の生涯 に お い て、 三 度 に わ た り 徳 川 将 軍 家 に 献 上 さ れ た こ と が 分 か る。 一 度 目 は 寛 永 三 年( 一 六 二 六 ( で あ り、 『 孫 子 諺 解 』 や 『 三 略 諺 解 』 と 共 に 献 上 さ れ た。 二 度 目 は 正 保 二 年( 一 六 四 五 ( で あ り、 『 老 子 抄 』 と と も に 献 上 さ れ た。 三 度 目 は 慶 安 四 年(一六五一 ( であり、 『貞観政要諺解』とともに献上された。 『 大 學 和 字 抄 』 第 五 〇 丁 表 に は 二 つ の 跋( 林 羅 山・ 正 保 二 年 二月一五日/林鵞峯・慶安四年七月下旬 ( を収める。林羅山に よ る 跋 は「 大 學 倭 字 解 跋 」 と し て『 羅 山 文 集 』 巻 第 五 五 に 収 録。 『 羅 山 文 集 』 所 収「 大 學 倭 字 解 跋 」 は「 羅 山 子 道 春 」 の 五 字を欠くものの、それ以外には、文字の異同や出入はない。ま た、 林 鵞 峯 の 名 が 記 さ れ た 跋 に つ い て は、 『 鵞 峯 全 集 』 に 収 録

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されていない。 『 羅 山 文 集 』 と『 鵞 峯 全 集 』 に そ の 存 在 を 確 認 で き ぬ、 林 鵞 峯による跋のために、島原図書館肥前島原松平文庫本『大學和 字抄』が、慶安四年に阿部忠秋(一六〇二~一六七一 ( を介し て徳川家綱(一六四一~一六八〇 ( に献上されたものから派生 した伝本であることを知る。 一つの古典について、三度も同じタイトルで注釈を附して献 上されることは異例である。さらに、時期としても林羅山が徳 川家光(一六〇四~一六五一 ( に近侍することになってまもな い頃(寛永三年 (、徳川家綱が元服する直前(正保二年 (、同じ く徳川家綱が征夷大将軍に任ぜられる直前(慶安四年 ( に献上 されている。 こ れ は、 先 に 述 べ た 形 態 上 の 特 徴 と 共 に、 『 大 学 』 と い う 書 物を為政者へ献上すること、それ自体に格別の意義が認められ ていたことを示唆する。 「 子 程 子 曰 」 に 始 ま る 小 引 や「 大 学 」 本 文 を 経 伝 に 分 か つ 方 針 は、 朱 熹( 一 一 二 〇 ~ 一 二 〇 〇 (『 大 学 章 句 』 を 踏 襲 し た 注 釈 書 で あ る こ と を 示 す も の の、 和 解 に は 随 時『 四 書 大 全 』 や 『 四 書 蒙 引 』 が 用 い ら れ る。 ま た、 朱 熹 が『 大 学 章 句 』 に お い て 示 し た 方 針 に 背 く 形 で、 『 礼 記 』 大 学 へ の 鄭 玄 に よ る 注 を 採 用する場合もある。 同 じ く 林 羅 山 の 作 で あ る『 大 學 諺 解 』 と 比 べ る と、 『 大 學 和 字抄』は経伝に加点されていない。また、諸説を検討して朱熹 に 焦 点 を 当 て た 学 説 の 整 理 に ま で り、 『大學和字抄』は整理の過程を示さない。むしろ、 字抄』の眼目は、整理の結果に得た林羅山なりの『大学』理解 のみを平易な言葉で説明する点にある、と言えよう。さらに、 『 大 學 諺 解 』 と『 大 學 和 字 抄 』 は、 採用する場合もあり、林羅山の状況に応じた取捨選択の別を窺 い得る。 印記は、林家と交友の深い大名松平忠房(一六一九~一七〇 〇 ( の蔵書印。松平忠房は吉田藩主、刈谷藩主、福知山藩主を 経て、島原藩主となる。島原の乱の後、譜代の高力家が島原に 入 る も の の、 失 政 が 続 き 改 易 と な 松平忠房が高力家に代わり島原へ入ると、宗門改めや減税など の措置を取り、成功を収める。 松平忠房は、かねて林羅山・林鵞峯親子と親交があった。特 に 林 鵞 峯 と の 関 係 に つ い て は、 『 国 窺える。こういった事情もあり、松平忠房は古典蒐集に意を用 い、その蔵書は現在も島原図書館肥前島原松平文庫として伝わ る。 この島原図書館肥前島原松平文庫は一七世紀後半までの国書 を多く蔵し、その後の出版物をほとんど架蔵していない。その ため、さながら化石の如き様相を呈しており、大名家の蔵書を

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基盤とした特殊コレクションの中でも、特異な地位を占める。 ま た、 林 羅 山 や 林 鵞 峯 の 著 述 を 多 く 収 め、 『 大 學 和 字 抄 』 も そ の一つである。

  以 上、 『 大 學 和 字 抄 』 は、 そ の 伝 来 や 形 態 あ る い は 成 立 経 緯 や内容また所蔵先の特異性といった、複数の点を鑑みて重要な 資料である。よって、ここに解題を付すと共に翻印する。翻字 にあたり、千葉有斐君から助言を頂戴した。

【翻印】 凡例 一   島原図書館肥前島原松平文庫所蔵『大學和字抄』を底本と する。 一   翻印は、なるべく底本の体裁を残すことを基本とし、漢字 表記については、なるべく底本の用事に従った。ただし、経 伝および和解の字句に修正の痕跡がある場合、それらの修正 が筆写者と同筆であることを考慮に入れて、修正を反映させ た翻印を行った。 一   底本の変体仮名は、ひらがな・カタカナに改めた。 一   判読不能の箇所は、□で表記した。 一   原則として、底本の行詰め・字詰めに従った。 一   丁表・丁裏の変わり目には、第一丁表~第五十丁裏を補入 した。 第一丁表 大學   子程子曰大學孔氏之遺書而初学入徳之門也    子程子は宋朝の大賢の儒者なり其いへる

   ハ大学の書ハ孔子のいひおける書なり初て    學門するものこれをよみて道徳に入へき    門なり家に出入する時門より入ことく徳に    入には大学を以て門とす 於今可見古人為學次第者獨頼此篇之存而論孟次之    昔の人の学問にハ次第をみたらす先此大学を    よむへし其次第ある事ハ此書にみえたり    此次に論語孟子をよむへし 第一丁裏 學者必由是而学焉則庶乎其不差矣

  学者かならす大学によりてまなへハ正して

  たかハすあやまらす 大学之道在明明徳在親民在止於至善

  大学ハ大人の学なり大人とハ聖人賢人の事也

  其おしへの道ひろしといへとも明德と親

  民と至善と此三を三綱領と名つけてかん

  ようとす綱ハあみの大つななりあみの

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  つなをあくれハもろ〳〵の目をはるなり   領ハころものくひとてえりの事なりえり   をとれハもすそもうてもみなしたかふなり明 第二丁表   徳ハ心にあり人のうまれいつるより自然に天   よりうけ得て人々の身にあるものなり心   の本体ハ虚にして霊なり心ハ形なきゆへに   虚と云耳目のかたちありてものをききみる   もそのきゝ見るハ耳目なりといへともそのきゝ   見るゆえのもとハ心なりこれを霊といふなり   虚ハ心の本体色もなく形もなくしてし   つかなるをいふ霊ハ心の物に感してうこ   きはたらくを云たとへハ鏡のことし鏡の   中に色も形もなきハ虚なり五色の來りて   其影をうつすハ霊なり明にしてくらか 第二丁裏   らす是を明徳といふなり虚なるゆへにも   ろ〳〵の道理こと〳〵くそなハれり心のおこ   らさるとき仁義礼智も忠孝も歴然とし   てあり明なるかゆへによろつの事によく   あたる心のすてにおこる時ハ君にあふて忠

  をなし父母に對して孝をいたす小児の井   に落んとするを見てあハれむハ仁のあら   ハるゝはしなり貴人を見てうやまふハ   礼のあらハるゝはしなり是と非とをわき   まへ邪と正とをしるハ智のあらわるゝ   はしなりおこなふ所いつれも真實 第三丁表   なるハ信のあるゆへなりこれを虚霊昧か   らすもろ〳〵の理をそなへてよろつの   事に應すといふなりこまかにわけていふ   ときハ天より人にあたふるを性と云一身の   主なるを心と云性の用を情と云虚霊不   昧ハ心を云もろ〳〵の理をそなふるハ性を   云よろつの事に應するハ情を云張子   といへる名たかき人の心ハ性情をすふと   いへるハ是なりあハせてこれを明德と名つ   くるなりおよそ人の天地の間にうまるゝ   隂陽五行の氣をうけすといふ事なし 第三丁裏   太極より隂陽を生するゆへにこの理あり   てのちこの氣あり理を得て五常の性を   そなへ氣を得て魂魄五臓の形をあらハす

  万物一体の理なれハ人と物との不同なしとい

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  へとも氣の不同を云時ハ清と濁と純と駁   と正通と偏と塞とあり正氣をうけたる   ものハ人となり偏氣をうけたるものハ鳥獣   となり塞氣をうけたるものハ草木と   なるかゝるゆへに草木ハ逆生とてさかさま   にうまるゝなり根ハ頭にして枝ハ尾也   鳥獣ハ横生とてよこさまにうまれよこ 第四丁表   にありくなり其うちに烏の孝をしり   犬の夜を守り鶏の時をとなへ牛の耕作   をなすこときのたくひたま〳〵ありといへ   とも只其一みちのみをしりてよの事に   通する事なし人ハ氣の正して通する   ところを得てうまるゝゆへに万物の霊   也此ゆへに本心に具はる所明々昭々とし   てもろ〳〵の道理にかなひよろつの事に   應せすといふ事なし是すなはち人の鳥   獣に同しからさる所にして聖人ともなる   へきもの是也これを明德と云也人ハ氣の正 第四丁裏   して通する所を得て生るゝゆへに形にお

  ひても頭の丸きハ天にかたとり足のけた   なるハ地にかたとり兩眼ハ日月にかたとり百   會ハ北斗にかたとるなりされとも氣の通   するに清濁あり氣の正きに純駁あり純   駁ハ美悪を云也清して純なるハ聖となり   清きハ智者となり純なるハ賢となり濁れ   るハ愚となり駁なるハ不肖となりしな〳〵   わかるゝなり上智大賢ハ本心の体を全   くするゆへにくらき事なしそれより下   ハものにおほひかくされて本体をうしなふ 第五丁表   或ハ目に見て欲をおこし耳にきゝて色   にまとひ口に味をねかひ鼻ににほひを   もとめ手にもち足にふみ身にふれ形に   うこくにしたかひて明徳をそこなふ   ゆへにくらくなりゆかすと云事なし利   欲にひかれ仁義をくらますほとにひた   すら人の形ありといへとも鳥獣の心なり   しかりといへとも本体の明ハつゐにくらま   されす雲霧ハくらけれとも雲霧の上ハ   日月の光の常にあきらかなるかことし   雲霧ハ私欲にたとふ日月をハ本体の明 第五丁裏

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  なるにたとふ雲霧のすこしのはれ間よ   り日月のひかりを見ことくに我くらく   まとへる間にもすこしの所より明德の本   体あらはるゝなりすこしなりとも明なる   所よりおしひろめてさとるを明徳を明   にすとハ云也明徳ハ我かうまれえたる性の   外にあるにあらす人々みなおなしく天   より得て本來に具したるものなれハそ   れをひらきひろむれハさきのくらきも   のも明かになりまとへるものもさとりしる   なりおのれ一人あきらかにするのみにあらす 第六丁表   我ことく人にもある明德なれハ人をおしへて   さとらしむるを新民とハ云なり親ハ新の   字の義也今まて私欲にけかれて久く   ふるくきたなきをすゝきあらひて新   しくなすゆへに民を新にすと云なり身   の垢をあらひきよむることくに今日もゆ   あひ明日もゆあひ毎日おもてをあらひ   手水をつかふことくに心の洗濯をすれハ   私欲さりてきよくなるを新にすと云なり

  是も人々の元來なきものをかくのことくす   るにあらす今まて明徳をさとらさるも 第六丁裏   のにハ我ことく明にせしむる事なりたとへハ   人のねいりたるを其ものゝ名をよひさま   すハ其名の元來あるゆへにきゝて目をさま   すなり明徳をくらまして物欲におほれて   いるを人の明徳にそうれよとをしへしめして明   にするほとにくらきハ明になりけかれたるハ   いさきよくなりふるきは新くなる也是新民   の義なり明徳を明かにするハ我身をお   さむる也新民ハ人をおさむる也大学ハ身を   おさめ人をおさむる此二つをかんようと   する也天下ひろしといへとも人倫おほしと 第七丁表   いへとも身をおさむると人をおさむるとの   二つにすくる事なしさて明徳を明にするも   民を新にするもおのつからさたまれる道理   あるを至善と云也およそ理と云ものハ至   極の善にてけのはしハかりもあしき事なし   かゝるかゆへに理の異名を至善と云也義理の   微妙にはなはたふかききハめハ名つけていひか

  たき事なるほとにしはらく至善と云名を

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  立て人にしめすなり君としてハ仁にとゝ   まり臣としてハ敬にとゝまり子としてハ孝   にとゝまり父としてハ慈にとゝまり朋友とし 第七丁裏   てハ信にとゝまり兄弟としてハ友情にとゝ   まり夫婦としてハ和順にとゝまるかやうの   たくひを至善にとゝまるとハ云也止と云ハこゝ   にいたりてうつらさる義也我孝をせんに十   分になすとおもふともそれよりもましてよ   き孝あらハいよ〳〵なすへし我忠をせんに   十分につくすと思ふともそれよりまさり   てよき忠あらハなを〳〵つとむへし仁義   禮智をなさんも又かくのことし仁にも義に   も大小輕重あるへけれハ大につき重につく   へしいつれもそれ〳〵の道理によくあたり 第八丁表   かなふを至善に止とハ云也事々物々當然の   理を至善と名つくるゆへなり君につかへて忠の   至善にいたり父母につかへて孝の至極にいたる是   みな止と云義也其至極を用ひされハ止とハ   いひかたし明徳をあきらかにし民をあら

  たにするいつれも至善の所にとゝまりてうつ   らされハかならす天理のきはめにいたりてす   こしも人欲のわたくしなき也是則大学の道也   明徳新民に至善を云のみにあらす大事小   事にかきらす人の毎日おこなふ所の万事に   わたりて至善ハある也衣をきるにもものをくふ 第八丁裏   にもたつにもいるにも口にものを云にも身   に事をおこなふにも晝夜朝夕此理にあら   すと云事なし此理ハありといへとも明徳を   くらますものハ利欲にひかれて義理をしら   す喜怒にうこひて本心をうしなひ俸禄   をむさほりて君につかへ遺禄をとらんとて   父につかへ色におほれて男女の道をみたりい   つわりをかまへて朋友の交をうとむ家財   を争て兄弟の礼をうしなふかくのことき   時ハおのれか明徳をあきらかにせさるのみに   あらす民を新にする事ハいよ〳〵あるへから 第九丁表   すいかんそ至善の所にいたらんや此ゆへに大   学に三綱領をあけて一部のくゝりとする也 知止而后有定定而后能静静而后能安安而后 能慮慮而后能得

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  止ハとゝまるへき所のきハめにして至善のある   所也至善に止事をしる時ハこゝろさしさたま   りむかふ事あり志ハ心のおもむく所也心に   さたまれる理をそなへて其志たゝしき道に向   也心定る時ハみたりにうこかさるを静と云   なり心静なる時ハ身のなす所やすらかにし   てゆたかなり是を安と云心静にやすらかなる 第九丁裏   時ハ日月の間事をおこなふ事よくくハしくよく   つまひらかなるを慮と云也志定り心静に   身やすらかなれハ日々時々用る所みたれす   あやまらすいそかハしき時も急なる時もよく   慮るなりつねによくわきまへたる事をいよ〳〵   つまひらかにするを慮と云也慮る時ハ其止り   所を得る也至善に止る事を得るを云也止る   事を知より止る事を得るにいたるまては   心にすこしつゝおほゆるしるしのあるを次   第して云也大賢上智の人ハ一時に知り得   る也初学ハ先止る事を知をつとむへき也 第十丁表 物有本末事有終始知所先後則近道矣

  物々に本あり末あり事々に始あり終あり   明徳を明かにするを本とす民を新たにする   を末とす至善に止る事をしるを始とす止る   事を得るを終とす本と始とハ先する所也   末と終とハ後にする所也此先後をしる時ハ道   に近し此道ハ聖人の道也   凢の物必本末あり凢の事必始終あり其   先後する所をしる時ハ大学の道に近し形体を   以てハ物と云作為を以てハ事と云家国天下ハ   物也斉と治と平とハ事也人の身も物也格 第十丁裏   致誠正脩ハ事也物本あり故に事始あり   物末あり故に事終あり父子ハ物也孝は事   也君臣ハ物也忠ハ事也此類ひを推てしるへし 古之欲明明德於天下者先治其國欲治其國者先斎其 家欲斎其家者先脩其身欲脩其身者先正其心 欲正其心者先誠其意欲誠其意者先致其知致知在格物   君の明徳を明にして諸侯にも群臣にもをしへ   て明にせしむれハ天下平也人々本より心に   具したる明徳なれハ上の徳によりて下皆明   にする也天下を平にするにハ先其国をおさむ   (其国を治其国を治にハ先其家を調家を調にハ先

  其国をおさむるにハ先其身をおさむ主人の身

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第十一丁表

  より家におよほし家より国におよほし国よ   り天下におよほす本より末にいたり内より   外にいたる義也身をおさむるにハ先其心を正く   す心ハ一身の主宰也心を正くするにハ先其意   を誠にす意ハ心の發する所也意を誠に   するにハ先其知を致す知ハ是非善悪をし   るを云知を致事ハ物を格にあり此格物   致知誠意正心脩身斎家治國平天下を   八條目と云也八條目の中格物致知の二段本文   にかけて傳なし其餘の六段ハ皆傳あり下ニ   つまひらかなり 第十一丁裏   格物とハ事物の理をきハめいたすを云是   大学第一の初の教也凢人の心の㚑明なる知   あらすと云事なし天下のものゝ理よろつ   にそなハらすと云事なし理をきハめさるゆ   へに我心の知つくさす一切の物につきてそ   のすてにしる所の理によりてます〳〵き   ハめて其至極せる所にいたるかくのことく久しく   工夫をなす時ハ必天下万物の理と我心の

  知とひとつにつらぬき通して明かにう   たかひもなく不審もなくさとりしるゆへ   によろつの物の表も裏も人の心の体も 第十二丁表   用もひとしくきハめいたりて明白なるを物   を格し知を致すと云也天ハなにとてたかく   地ハ何とてひろくあつき日月ハ何とて明か   なる水のものをうるほし火のものをやく   それも道理なき事ハあるましと分別す   へし小にしてハ一草一木一鳥一虫まてもそれ   〳〵の理あるなりおよそ天地の間にありと   あらゆるものをみな物と云也其物につゐて   事あるゆへに物と云字を 物

こと

とよませたり

  あらゆる物ことにこと〳〵く当然の理あり

  是天よりくはりあとふる所にして人の私に 第十二丁裏

  なす所にあらす人の一身の上にて云時は

  心ハかたちの主たり其体を仁義禮智と云

  其用を惻隠羞悪辞讓是非と云也あら

  ハれさる時ハ仁義礼智まんまるにて心の中

  にあり物に感してうこく時ハ惻隠とも羞

  悪ともなるなりおの〳〵其主とする所ある

  へし身のそなふる所口鼻耳目手足にいたる

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  まて其用あらすと云事なし口のかたちハ   しつかなりと云事あり是ハ貴人のまへに   てむさと口をあきふさき歯をあらハして   大笑なとせぬたくひなりものをいふへき時 第十三丁表   ハいひ云ましき時ハいはす一切の平生に口の   かたちあるへし是口の理なり鼻息なとた   かく急ならさるハいきのかたちなりつゝしみし   つかにいきせぬものゝやうにすへし是鼻の理   也目に見る事ハあきらかなる是目の理也   悪を見非礼非義を見るハ眼の理にあら   す耳にきく事もとくさときは耳の理也   非礼非義淫聲をきくハ耳の理にあらす   手足のうこくも礼にあたるハ手足の理なり   非礼非義をなすハ手足の理にあらすたと   へハ刀ハものをきり火ハものをやく罪人を 第十三丁裏   きり敵をうち盗賊をころすハ刀のきる   へき理也ものをにやきとゝのふるハ火のやく   へき理也耳ハきゝもの目ハ見るもの手足ハう   こきはたらくものなりとはかりしりて非

  道をなさんハ罪なきものをきり家に放   火せんかことしいかんそ刀と火との理にあたる   ならんや人の身のましはる所にハ君臣父子   夫婦兄弟朋友あり君臣に礼義あるハ君臣   の理なり父子に恩愛のしたしみあるハ父   子の理なり夫婦に差別のたたしきハ男女の   理也兄弟に次第のみたれさるは兄弟の理なり 第十四丁表   朋友にいつハりなきハ友たち傍輩の理なり   此等のことハりハ千里万里の外も千万里のさ   きものちも芥子微塵の間もまたゝきの間も   つくいき引いきする間もはなるゝ事なし   是を天命とも天道とも性とも仁義の心とも中庸   とも道とも申なり理と云もすなハち是   也理ハすちめなり木にもくめあり石にす   ちめあり人の身にちすちあることくに一切   の物にそのすちめの自然にあるを理と云也   其理同きゆへに一人の心ハ天下万物の理を   しる其しる所を知を致すと云也万物の理 第十四丁裏   をきハめされハ我か心の知をつくしかたし   故に格物を第一の学とする也一物をきハめて

  すなハち万物をしるにもあらす万物をこと〳〵

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  く見きハめつくして後にしると云にもあら   す今日もきハめ明日もきハめ今月も來月   もきハめてやますおこたらすつとめて工夫   をなせハいつそのほとにおのつからさとりしる   ことあるへし其時に我一心と天地万物と理同   して本來心と理と二つなき事をしるへ   し是を格物致知とハ云也君臣といひ父   子といへハ形あり物なるゆへなり忠といひ孝 第十五丁表   といへは形なし事なるゆへなり君臣の道をき   ハむといへハ忠ハおのつからそなハり父子の道を   きハむといへハ孝ハすなわち其中にあり故   に物と云字を事とよませて事理をきハ   むといはすして物を格と書たり形なけれ   ハ虚也形あれハ實なり人に實をまなひ   おこなハせんために格物と云て虚にあらせ   ましきためなり格物の二字について種々   の説あれとも用ふへからすたゝ程子朱子   の心にしたかひて畢竟窮理と云義を

  用へし 第十五丁裏 物格而后知至知至而后意誠意誠而后心正心正 而后身脩身脩而后家斎家斎而后國治國治 而后天下平   我心の知覚くらからすして致しつくすことハ   事物の理の格所にかならすいたるゆへなり故に   物格て知至といへり知至る時ハ我心の念のき   さす所善にして無悪故に知至て意誠と   いへり意いつハりなき時ハ心の本体おのつから正   し故に意誠ありて心正し心すてに正   あれハ身脩る家国天下に至まて皆かくの   ことくなるへし脩身より格物まてハ明德を 第十六丁表   明かにするの事也おのれを治る道也斎家よ   り天下平まてハ民を新にするの事也人を   おさむるの道なり物格知至ハ至善に止る事   をしる也意誠あるより以下ハ至善にとゝま   る事を得る次第也三綱領の中に八條目   をそなへ八條目の中に三綱領ありてかね   て又止る事をしり止る事を得るの義を   もふくめり條目とハ條の品目なり 自天子以至於庶人壹是皆以脩身為本   格物致知誠意正身の中にあり是を本

  とする時ハ斎家治國平天下ハ末なる事を

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第十六丁裏   しるへし物有本末是即明徳を夲とし   新民を末とし知を始とし行を終とし   て知行相そむかす内外を合するの道なり 其本乱而末治者否矣其所厚者薄而其所薄者厚未之有也   身を脩るを夲とす天下国家を末とす   然るに其本乱てハ末治るへからす堯舜身脩   りて天下平かなり桀紂身脩らすして天   下破る是そのしるしなり所厚ハ家を云   とハ家国天下の間におゐて厚薄を分ツ也   家よりも国ハ大なり国よりも天下ハ大   也しかれとも家ハ内也厚くすへし国天下ハ 第十七丁表   外なり家に對して云時ハ薄くすへし天下を   取といへとも其国おさまらさる時ハやかて天下   をうしなふ国をとるといへとも其家斎らさ   る時ハはやく国を失ふ是家を厚して   国天下を薄ふする所也是に反して治る   事ハ必なき事也故に末之有也といへり    右一章是ハ大学の經也孔子の詞を曽    子述たり孔子の詞也といへとも昔より

   帝王聖人の傳授たる事也孔子はしめて    作るにあらす此以下の十章ハ大学の傳に

   て曽子の語也其門人しるせるなり 第十七丁裏 康誥曰克明徳   康誥ハ周書の中の篇の名也徳の一字に   明德の二字を兼たり克すと云事かんよう也 太甲曰顧諟天之明命   太甲ハ商書の篇の名也   明命ハすなハち   明徳也天より命して人にあたふるを云也是   を人うけてうしなわぬを明徳と云也   名異なりといへとも理一也   顧とハ目をは   なたすかたちあるものを常に見るやう   に明命を心の内にてらしかゝやかすなり 帝典曰克明峻徳 第十八丁表

  帝典ハ堯典也虞書の篇の名なり峻徳ハ大

  なる徳也明なるをハ明徳と云大なるをハ峻德

  と云盛なるをハ盛德と云皆一也其大なる明

  德を明にする也 皆自明也

  康誥の徳大甲の明徳帝典の峻德いつれ

  もみな己か徳を自明かにする也

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   右傳之首章   明德を明かにする事     をとひて證拠とす 湯之盤銘曰苟日新日日新又日新   湯ハ殷の湯王也古の聖君なり盤ハたら 第十八丁裏

  ひ也銘ハ其器に名つけて自いましむる   の詞なり   湯王おもへらく人の心をあら   つて悪をさる事身をあらつて垢を去   ことくすへきゆへに其常に用る盤の器に銘   をきさみて云意ハ真實にて旧染の汚を   すゝひてみつから新にする時ハすなわちそ   の新なるものによつて日々これを新   にし又毎日新にして少も間断あるへからす 康誥曰作新民   悪にけかれ私欲にそみてありしかあら   ためひるかへしあらひすゝき心きよく自新に 第十九丁表   するを新民と云也それをはやしたつれ   ハます〳〵いさみはけむを作と云也 詩曰周雖舊邦其命惟新   周ハ旧き国也といへとも文王の時にいたつて

  其徳をよく新にして民におよほし民みなし   たかふゆへに文王はしめて天命をうけて   天下をたもつ自新にするも民を新にす   るも其命新なる中にこもれり 是故君子無所不用其極   極ハ至極の義にてすなわち至善を云也   自新にするも民を新にするも天命新なる 第十九丁裏   も皆至善にとゝまらすと云事なし    右傳之二章   民を新にする事をとけり 詩云邦畿千里惟民所止   邦畿ハ王の都也四方へ千里つゝあり日本の五   町餘を一里とす都ハ王のある所なれハ諸人   あつまり來りて居住せんとねかふを至善   にとゝまるにたとふ 詩云緡蠻黄鳥止于丘隅子曰於止知其所止 可以人而不如鳥乎   緡蠻ハ黄鳥の聲也黄鳥ハうくひすの   事也丘隅ハ山のけハしく木のしけ 第二十丁表   りたる所也人もいたりかたく鷹も及はさ   る地なり鳥とひなきて此所に止る網に

  かゝらん事もなく鷹にうたれんおそ

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  れもなし鳥さへ所を得たりいかんそ人   として鳥にたもしかさらんや人ハ至善   に止へしといわんため也 詩云穆々文王於緝熙敬止為人君止於仁為 人臣止於敬為人子止於孝為人父止於慈与 國人交止於信

  周の文王をほめたる詩也穆々ハ深く遠   き心也於ハほめたる詞也緝熙ハつゝきて光 第二十丁裏   のあきらかににしてたへさる事也   穆々   とあさからぬ文王ハたへすかきりなき徳   明にして敬して止り文王の政ハ民飢寒   の憂なし是君として仁に止なり殷の紂   につかへて礼をうしなはす是臣として敬に   止る也文王の父を王季と云それにつかへて   能やしなふこれ子として孝に止る也武王   周公ハ文王の子也是をよくおしへて父子   兄弟皆聖人也是父として慈に止る也   文王国をおさめ位にありし時太公望伯夷   叔斎等來りしたかひ虞芮の訟もやむ 第二十一丁表

  是国人と交る時信に止る也人倫におゐて   ハ君臣父子国人これその大なるものなり事   におひて仁敬孝慈信是その大なるもの也   其至極にいたるを止ると云なり   敬ハ本心を失ハぬを云也心常に存する時ハ道   理明かなるゆへに万事をするにあやまちなし   聖人の位に至ると云とも敬せすと云事   なし聖学の始終也心ハ形なけれハとりう   しなひやすし敬すれハ心一にして悪をきさ   さす故に敬ハ一心之主宰而万事之根本也   是文王の敬也 第二十一丁裏 詩云瞻彼淇澳菉竹猗々有斐君子如切如磋如琢 如磨瑟兮僩兮赫兮喧兮有斐君子終不可諠兮 如切如磋者道学也如琢如磨者自脩也瑟兮僩兮 者恂慄也赫兮喧兮者威儀也有斐君子終不 可諠兮者道盛德至善民之不能忘也   是ハ衛の武侯をほめたる詩なり淇水ハ国の   水の名所にて竹の多くある所也切磋琢磨   玉石水晶をすりみがき骨角象牙水牛角   なとをきりきさみてうるはしく光ある器   につくるを云也学て身を脩るにたとふ

  瑟たり僩たりとハ心に敬ありてたけ

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第二十二丁表

  くすくやかなるかたちにてすなわち是恂   慄の義也赫たり喧たりとハ内より外へ   あらはれ出て盛なるかたちにてすなわちこ   れ威儀の体也けたかくかる〳〵しからさる   を威と云其行儀正して人のおきてとなる   へきを儀と云也   此段の心ハ彼淇水の澳を見れハみとりの   竹生して猗々とうるハしくしけれり   詩人見たる所を興してさて後に下の句を云   也たとへハ倭諺にみやこの事をいはんとて   鴨川をいひ関東をいはんとて冨士箱根角 第二十二丁裏   田川を云かことく衞の武侯の事をほめん   とて先淇水の竹をいひいたすなり武侯   ハ聖人の徒なれハ斐ある君子といへり斐ハ   文章の光あるを云也其学所をいはゝ如切如   磋也其身を脩る所をいはゝ如琢如磨なり   よくまなんて物しり其しることくに身に行   ふしかれハ知も行もそなハれる人なり其心の   中のつゝしみをいはゝ瑟僩なり其德の内

  にあるなり又其形のさかんなるをいはゝ赫喧   なり其ひかりの外にいちしるしきなりかく   のことく文ある君子をハいつまても久しく 第二十三丁表   つゐにわするへからすと云也是まて詩の本   意也詩をとひていはゝ切磋ハ学問して   ひろく理をきはめしりならひ工夫する事   ハたとへハ骨角をきり器の形につくりて   又いよ〳〵みかききよむるかことし其学知   事を心にと得て身をよくおさむる事ハたと   へハ玉石をあらつくりにとゝのへて又ます〳〵   すりときてきめよくうるハしくなめらかに   器につくるかことし玉石を治るハ骨角を治   るよりも難きもの也行ハ知よりも難し   故に学と自脩との前後ある也此君子の盛 第二十三丁裏   徳の明かなる至善にとゝまる即民を新に   するゆへに民其徳をおもひしたひてつゐに   わするへからす 詩云於戲前王不可忘君子賢其賢而親其 親小人樂其樂而利其利此以没世不忘也   此詩ハ前王の文王武王を後世忘すと云てあゝ

  とほむる也君子ハ其後の賢人後の王を云

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  也小人ハ其後の民を云也前王に此徳あり   是その賢なり後王従て是を賢なりと   す前王の法に従ふ所也前王此仁恵ありこ   れ其親なり後王従て是を親しむ子々 第二十四丁表   孫々傳うくる所也是其賢を賢とし其親   を親とする也前王民の好所をこのみ民の悪所   をにくむ民のために樂所をあたふ後民其民を   樂也前王井田をまふけ民を養ひ民を教て   是を利す後民其利を利する也かくのことく   前王民を新にして至善に止る天下後世上下を   の〳〵その所をうしなはす故に後の世の人忘る事   なきなり    右傳之三章   至善にとゝまる事をとく 子曰聽訟吾猶人也必也使無訟乎無情者不得盡 其辞大畏民志此謂知本 第二十四丁裏

  子ハ孔子也訟を聽事ハ孔子も人に異ならす私なき   耳にて是非をきゝわきまふる事ハ明目の黒白を   わかつかことし常の人と云とも私なくんハ何そ聖   人の耳に異ならんや是を吾猶人と云也されと

  も聖人政をし獄を治めハ必す民をして訟な   からしむるやうにせんと也たとへハ木根をきれハ   をのつから枝葉生せす源をふさけハをのつから   流やむかことし訟を聽ハ末也訟なからしむるハ   本也こゝに孔子の語を引て云聖人ハ情なき人   をして必すそのいつわりをほしひまゝにいひ   つくさしめす訟るものハ訴狀をさゝけめやすを 第二十五丁表   さゝく又對論問荅するゆへに辞と云也非を理の   やうにいひ烏を鷺と爭ふハ虚誕の辞也我明   徳すてに明かなれハをのつから民の心をおそれ   しむるゆへに聽におよはすして訟なきなりたと   へハ見にくきものゝ明鏡に向てかほよきをも   とめさるかことし訟をきくもの孝行あらハそのま   へにハ父子のあらそひなかるへし民の心に上の明   をおそるゝゆへに無理をえいわすうそをえつか   ぬ也訟なきハ民の徳の明かなる也訟なからし   むるハ己の徳の明なる也是を本をしると云ハ明   徳を本とする事をしるを云也本といへハ末も終もこもれり 第二十五丁裏    右傳之四章   本末をとく 此謂知本   此四字ハいやかきなり 此謂知之至也   右此ハ傳の五章にて格物致知の

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  事をとくといへとも文字かけおちたり格物致知   の註ハ上に見へたり故に朱子の補処をしるすにおよはす 所謂誠其意者毋自欺也如悪悪臭如好好色此之 謂自謙故君子必慎其獨也

  善をせんといひて善をおこなハす悪をすま   しきといひて悪をするハ我と吾をたらす   也是を自欺と云也あさむくとハ人にいつわり   をいひかけてたらすを云也かくのことくなる時 第二十六丁表   ハ皆いつわりにてあるほとに意を誠にすと   云へからす意ハ心のおこる所を云也我一念を   こる所善ならハそのまゝをしひろめて廣大   の善となすへし若又不善ならハそのまゝすみ   やかにさりしりそけてふたゝひ胸中に一念も   悪をおこすへからす是を自謙と云也悪を   すこしもきさゝす善をおもふさまになすをみつ   からあきたるとハ申也我心に不足なき義也   諸人の中にましハりいても我心底ハ人ハしるへから   す我心の善悪ハいまた外にあらハれすとも我   とみつからしるへし人ハしらすとも我一念の邪 第二十六丁裏

  正を我としる所はなはたあきらか也そこを   真實にいつはりかさらすよく善をなし悪を   せぬを誠意とハ云也君子となり小人となるも   此一念よりおこるなれハ尤つゝしみおそるへき也   是を慎獨と云也悪をハくさくきたなきも   のをきらふかことくにし善をハうつくしき   色をこのむやうにいつれもいつわりなくす   るハ君子也 小人間居為不善無所不至見君子而后厭然揜其 不善而著其善人之視己如見其肺肝然則何益 矣此謂誠於中形於外故君子必慎其獨也 第二十七丁表   間居ハ獨私におる所也   厭然ハ悪をかくし

  て善をせんとするまねを云也小人間居して憚

  る事なけれハ悪をする事々につゐて皆せぬ

  事ハなきなりよろつあらゆる悪をするを無所

  不至と云也出て君子を見るにおよんて俄に厭

  然として其平生の悪をおほひかくして善を

  するまねをあらわす俄なるにせものなれハ其

  いつわりかならすあらわる人の我を見る事肺肝

  を見るかことくしかり人とハ君子をさすなり君子

  明徳の眼を以て小人を見る事五臓六腑を

  見すかすことし心底の善悪かくれなしおほ

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第二十七丁裏   ひかくさんとすれとも何の益あらんや一念の慎   みなきゆへにかくのことく也是を申に誠の悪   あれハ必外にあらわると云故に君子ハかならす   獨を慎てふかくいましめとする也中に誠の善   あらハその善又外にあらわれんハ必定なり   尤も慎み戒へきハ一念はしめて發る所なり 曽子曰十目所視十手所指其嚴乎   曽子の語を引て上の文の意を明す十   目ハ十人の目也十手ハ十人の手也獨居る所   にても善と悪とのおほひかくすへからさる   事十目の見るかことく 十手のゆひさすかこ 第二十八丁表   とく 十手のゆひさすかことし心底に善あれハ   すなわち善あらはれ心底に悪あれハ即悪   あらはる白晝に人おほき所にて人皆しり皆   見るかことしはなはたおそるへき事也   嚴乎   ハおそるゝ義也 冨潤屋徳潤身心廣體胖故君子必誠其意   財宝冨時ハよく屋を潤す徳ある時ハよく身   を潤す財ハ内なり屋ハ外也内に明徳つもる

  時ハ身を潤す事外にあらわるゝ也潤ハうる   はしくひかりあるを云也冨を以てかりて徳   にたとふる也心に愧事なき時ハ廣大寛平 第二十八丁裏   にて其身体常にしつかにゆたか也徳の身を   潤す事かくのことし心中に非禮非義なく少   の罪もなくハ何をか愧や是その一念善をす   る誠より出来す内にしてハ心廣く外にし   てハ体胖かなり是身を潤す也心に愧事な   きによりて心廣し心廣きによりて体胖   かなり是真實に内に善ありて外にあら   わるゝ事かくのことし    右傳之六章   意を誠にする事をとく 所謂脩身在正其心者身有所忿懥則不得 其正有所恐懼則不得其正有所好樂則不得其 第二十九丁表 正有所憂患則不得其正   身有の身は心の字義也

  人の心に怒と恐と喜と患と哀と悪と愛と

  欲と云ことき七情のものハなくてかなわさるもの也

  それ〳〵の理に相應していかるへき時ハいかりよろこ

  ふへき時ハよろこひかなしみうれふへき時ハかなし

  みうれへにくむへきをハにくみいとふしむへき時は

  あひすへし其事やみなはもとの本心にて

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  あるへきをさきのいかりをたくわへておく時   ハ本心いかりにおほれてよろこふへきにもなを   いかる事あるへしにくむ所我本心にさしはさ   む時ハあひすへきをもかへりてにくむ事あ 第二十九丁裏   るへし我心ハ元来たゝしけれともかやうの事   におほひかくさるゝ時ハ心くらくなりもてゆく   也いかんそ正しき事をえんや虚空ハ廣大にして   天ハ一色也白雲あれハ白きと云へし黒雲た   なひけハくろしと云へし風雨あれハくらし   と云へし雲さり雨やめハ又もとの一色の天也   人の心もかくのことしいかりある事もあるへし   よろこひある事もあるへしおそるゝ事もある   へしかなしむ事もあるへし其七情やめは又   本の本心也七情をこと〳〵くされと云にハあ   らす其時々により其事にしたかひ理にあ 第三十丁表   たりて罪あるものをうつ其いかるへき事罪   にあり死たる人をかなしむ其かなしみ死たる   人にあり故に是皆心の用にてあるものなれ   ハなくせよと云にハあらすそれにおほひかく

  されくらまされわつらハされぬやうにする時ハ   心よこしまになるへからす是を正レ心と云也   爰に七情の内四ツをあけたり其餘の三ハ   推して知へし有所の二字ハ心の用の病也其   病なきやうに工夫すへし 心不在焉視而不見聽而不聞食而不知其味   此心あらすと云事なし喜怒等の七情にう 第三十丁裏   はゝれて正しからす是心不在也家に主人   なきかことし身ハ家のことし心ハ主人のことし内   に心なけれハ外に身の蔽あり心を正ふすへし   といはんかために視聽食をいひて人にしめし   いましむる也視れとも見へすんハ又非礼を見   悪事を見るへし聽とも聞へすハ又非礼を聞   邪声を聞へし食とも味ひを知すハ非礼をい   ひ僻事を云へし心正しからすハ何そ身を脩   めんや我心の清く明なる時をよくおほへて   それをうしなわぬやうに養ひそたつる   ハ正心の工夫也   身の主ハ心也心の主ハ敬也 第三十一丁表   よく敬すれハ心正し 此謂脩身在正其心

   右傳之七章   心を正しくし身を治る事を云

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所謂斎其家在脩其身者人之其所親愛而辟 焉之其所賎悪而辟焉之其所畏敬而辟焉之 其所哀矜而辟焉之其所敖惰而辟焉故好而知 其悪々而知其美者天下鮮矣   人のなす所かたむきなれハ身おさまらさる也   親をハ愛する事とはかりしりて父母の不義   をいさめあらそハされハ身おさまらす子を愛   する事也とハかりしりてまよひおほれて子の不 第三十一丁裏   肖をおしへされハ又身おさまる事なし君をハ   おそれうやまふとしりて義を以てみちひき   たすけされハ身おさまらす奴僕をハいやしむ   ものなりとハかりしりてかねていひきかせおし   ゆる事もなく又用にたつへきところあるをも   しらされハそむきはしる事あり又罪あり   て法におこなふへきものを其かなしみなきさ   けふを見てゆるす時ハあわれみのそきて法を   うしなふ也敖惰ハ愛すへきにもあらす敬へ   きにもあらす悪へきにも非す哀へきにも   あらす心安き体にて相交るもの也   辟ハひ 第三十二丁表

  かむとよめり一偏にかたおちたるを云也辟すれ   ハ身もおさまらす家もとゝのほらす 故諺有之曰人莫知其子之悪莫知其苗之碩   愛におほるゝものハ我子の悪をしらす欲にふ   けるものハ我田の苗の大なるをしる事なしいか   ほともしけりはひこりて米穀のおほきやう   にとおもふことく子のあしき事ハ親の目に見へ   ぬ也かくのことく万事にかたむきになりゆけ   ハ父子の間も主従の間も夫婦の道も皆そ   むくほとに身おさまる事なき也我にくき   ものなりとも善あるをハ善としるへし我愛 第三十二丁裏   するものなりとも悪からハ悪としるへし一偏にお   ちて中のことハりをしらされハ身治らさる也 此謂身不脩不可以斎其家    右傳之八章   身を脩め家を斎る事をとく 所謂治国必先斎其家者其家不可敎而能敎人者 無之故君子不出家而成教於国孝者所以事君也 弟者所以事長也慈者所以使衆也   よく父母につかふまつるを孝とすよく兄長につ   かふまつるを弟とすめくみいつくしむを慈   とすおのれ先みつからよく親につかへて一家の

  人おして孝あらしめ己先みつから尊長に

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第三十三丁表

  つかへて一家の人をして弟ならしめ己先みつか   ら子を愛し又人を愛し衆をつかふて一   家の人をして慈ならしむ此身脩りて家斎   り家のをしへ国におよふ也此を家を不出して   教を国に成すと云也家にありて孝をするハ   則国にありて君につかふることわり也家に在て   弟をするハ則国に在て尊につかふることハり也   家にありて慈あるハ則国にありて衆人を   つかふことハり也家のおしへ国におこなハるゝ事   かくのことし君につかへ長につかへ衆をつかふの道   理もとより孝弟慈のみにあらす 第三十三丁裏 康誥曰如保赤子心誠求之雖不中不遠矣未有学養 子而后嫁者也

  赤子ハみとり子也いまたもの云事あたわす民   のおろかにしておもふ事を上へつけうつたへかた   きにたとふ子をやしなふものその心をよくし   りてさむからんとおもへハ衣をきせうへたり   とおもへハ乳をのませいたひかゆきをしるゆへに   大方赤子の心にかなふ也そのことくに民をあわ

  れむ事赤子のことくする時ハ民も又上の恩を   感して君を父母のことくにいたゝきしたし   む也大小のかわりあれとも家のおしへハ則国の 第三十四丁表   おしへとなるハ是也子をやしなふ事を学て嫁   する者ハなけれともすてに母となれハおのつから   子をやしなふ真實の心本よりあるゆへに人の教   をまたすしてよくそたつる也国を治る教ハ家を   治る内におのつからある事かくのことし 一家仁一国興仁一家讓一国興讓一人貪戾一国作乱 其機如此此謂一言僨事一人定国   一人ハ君を云也貪戾ハむさほりもとるとよめり   一家仁義あれハ一国感して仁を起す一家礼讓   あれハ一国それにひかれて悪を改め善にうつる   上一人利をむさほり道にそむけハ下かならす 第三十四丁裏   乱をおこす上の好所を下もいよ〳〵好む義也   其善悪の發動する所かくのことし發動のきさ   しを機と云也上一人の云事悪事なれハ事   をやぶる上一人の身治れハ其国定る 堯舜帥天下以仁而民従之桀紂帥天下以暴 而民従之其所令反其所好而民不従其故君子有 諸己而后求諸人無諸己而后非諸人所蔵乎身不

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恕而能喩諸人者未之有也   堯舜ハ仁を以て天下をみちひきおしゆる   ゆへに天下も仁におもむきて民皆仁をなす   桀紂ハ悪を以て天下にしめすゆへに天下の 第三十五丁表   人民まても又悪をする也君として我身に   悪をなして民にハ善をせよといひ我ハ欲   ふかくして民にハ無欲になれとすゝむとも民し   たかふへからす我身に孝をよくせハ民おのつか   ら父母をわするへからす我身に真實あ   らハ民おのつから忠をいたすへしされハ堯   舜の民ハ堯舜の心を以て心とし桀紂か   民ハ桀紂か心を以て心とす一人国を定む   るハ堯舜也一言事をやふるハ桀紂也   暴ハ悪逆無道也桀紂かする事也君子ハ   己か身に善ありて而後に人の善を求む 第三十五丁裏   己か身に悪無して而後に人の悪をそしりて   正す也我身に蔵る所恕あらすして人をさ   とす事ハ必あるましき事也我恕を推廣   めて人にさとすへき也   恕ハ己先よく忠孝を

  して我心のことくに人にも推ほとこす事也   忠孝のみにかきらすよろつの善事其心に   ありて人におよほす我か善とおもふ事をハ   人にもさせ我きらふ事をハ人にもおよほさす   此等の事皆恕也 故治国在斎其家   是ハ上の文をくゝれり 詩云桃之夭々其葉蓁々之子于歸宜其家人 第三十六丁表 宜冝其家人而后可以教国人   夭々ハわかくかほよきかたち也蓁々ハうるハしくさかんなる   かたちなり桃のうつくしきを見て興して爰に女   子の嫁するあり夫の家に行て妻となりて其家に   冝しかるへしと云詩の意也夫婦の道冝き時ハ   其家治る夫婦ありて父子あり故に男女ハ人倫の   本也此道正しけれハ一国の夫婦の法の教となりて   乱るゝ事なし君主につひていはゝ夫婦正しけれハ   父子したしむ父子したしけれハ君臣に礼あり君   臣に礼あれハ朝庭正し朝廷正しけれハ国も天下も   治るなり 第三十六丁裏 詩云冝兄冝弟冝兄冝弟而后可以教国人   上として兄弟冝時ハ一国の兄弟の教となるなりも

  し兄ハ弟をうたかひ弟ハ兄にそむき或ハ宗領

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  庶子の次第みたれ或ハ母の寵愛によりて兄弟   あらそひあれハ冝と云へからす 詩云其儀不忒正是四国其為父子兄弟足法而后民 法之也

  其儀とハ威儀行儀を云也君子の儀たかハすして   四方の国のてほんとなる也父子としてハ父子の法   となり兄弟としてハ兄弟の法となりて人を教る   故に民是に法ると云也古人詞つきて心きわまり 第三十七丁表   なき時ハ詩をひいて詠歎す爰に三たひ詩を   引事ハ其味の深ことを云也 此謂治国在斎其家    右傳之九章   家をとゝのへ国を治る事をとく 所謂平天下在治其国者上老々而民興孝上長々而民 興弟上恤孤而民不倍是以君子有絜矩之道也所悪 於上毋以使下所悪於下毋以事上所悪於前毋以先後 所悪後毋以従前所悪於右毋以交於左所悪於左毋 以交於右此之謂絜矩之道

  天下を平にする事ハ其国を治にありとハ上として   孝をすれハ下それにひかれて孝をするほとに天下の父 第三十七丁裏

  子さたまる上として年たけたるをうやまへハ下も   兄弟の道をよくするほとに天下の長幼さたまる   上として親のなきはなし子又ハまつしくくるしめ   るものをめくめハ下もおのつから上へ違背する事   なし君子にハ絜矩の道と云事あり上より我に無礼   あらハ無礼ハあしきとしりて我かきらふ処の無礼を   下へなすへからす下たるもの我に不忠ならハそれあ   しきとしりて我かにくむ処の不忠を上へなすへ   からす我子の我に不孝をせはそれハあしきとし   りて我親に不孝をすへからす我よりさきに官   位にありて事をおこなふもの我にわるくあたらハ 第三十八丁表   よからぬ事としりて我其官にかわりおらん   時ハ我よりのちの官にならんものにあしくあたる   へからす東となりの国より我にあしくあたら   ハよからぬ事也としりて我西隣の国へあしき   事をしくへからすかくのことく上下前後左右   ともに我かきらふ事を人にほとこさぬを絜矩   の道とハ云也上下前後左右へひとしくよき   やうにするを絜矩とす是ハ恕の用也我心と人   の心とハかりくらへてあしからぬやうにほと   こすを恕と云也 詩云樂只君子民之父母民之所好好之民之所悪

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第三十八丁裏 悪之此之謂民之父母   爰にたのしき君子あり民の父母なりよく絜矩   して民の好所ハ安樂衣食なり其好にしたかつて   安樂にして衣食あらしむ民の悪所ハ苦労飢   寒なり其悪にしたかつて苦労飢寒をまぬかれ   しむるやうにすれハ民此君子を愛しうやまふ事   父母のことくにす民を治る事子のことくにするむくひ也 詩云節彼南山維石巖々赫々師尹民具爾瞻有国 者不可以不慎辟則為天下僇矣

  節ハ山の高大なるかたち也巖々ハ岩のけハしき   なり師尹ハ周の世の三公なり南山の髙く岩 第三十九丁表   の大なることくに此人位たかく㔟大にして諸人   皆首をあけて仰き見る也上に居て政をし   て絜矩せすしてひかむ時ハ国乱て其身もほろ   ふる也国をたもつものハ必つゝしむへし 詩云殷之未喪師克配上帝儀監于殷峻命不易 道得衆則得国失衆則失国

  師をうしなわすとハ天下をたもつを云上帝   に配すとハ天子となりて天に向ならふを云峻命

  ハ大なる天命を云殷の君代々天下をたもつと   いへとも紂か時にいたりて絜矩セすして無道なれハ   亡て今周の世となる周の王冝く殷の世を鏡と 第三十九丁裏   すへし天命をたもつ事ハたやすからすよく   絜矩して民の心を得れハ国をたもつ民の心   をうしなへハ国をうしなふ也前代の滅亡するを   見て今の世のいましとせよと也 是故君子先慎乎徳有徳此有人有人此有土有土此有財有財此有用   絜矩の心あれハ人を得国を得其心なけれハ人を失   ひ国を失ふ絜矩ハ明徳の中より出是故に国を   治る君子ハ先徳をつゝしむ事を第一とする也徳   あれハ人おほく歸服す人あれハ則おのつから土地   あり土地ハ則国也土あれハ則おのつから財あり   国をたもちて財あらハ其用不足なし 第四十丁表 徳者本也財者末也外本内末爭民施奪   明徳ハ本也専ら早くまつつとむへき也人   君もし本とする徳以て外として却て末と   する財を以て内とする時ハ則其民をあらそひか   らハかしおひやかしうはふの教をほとこす也民   本より爭をこのます財ハおの〳〵おなしくねかふ所

  也人君絜矩する事あたはすしてひとり財を

(25)

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  ほしひまゝにせんとする時ハ無理に民より多く   とるゆへに民も又上の心にならふて盗をし刼し爭   ひ乱るゝ也然ハ上より民にぬすみ奪事を教る也 是故財聚則民散財散則民聚 第四十丁裏

  徳を外にし財を内にする故に財聚民にうはふ事   をほとこす故に民散す是に反する時ハ徳ありて   人ある也殷の紂ハ鉅橋鹿䑓と云所に大なるくら   を作り天下の財寶米穀をあつめおきしかハ民   こと〳〵く散乱して身もほろひ国もやふれて周   の武王の天下となる財あつまれハ民散するのし   るし也武王其財をも米穀をも皆とりいたし   諸人にほとこされたれハ周の世久しくおさまりて   めてたかりき財散すれハ民あつまるのしるし也 是故言悖而出者亦悖而入貨悖而入者亦悖而出   財ハ人々のほしかるものにてしかも民のあふら也絜 第四十一丁表

  矩の道をおこなはすして我一人天下の財を無   理にあつむれハ人うとみ国みたれて其財又無理に   ちる也たとへハ人に悪口をいひかくれハ人またわるく

  雜言をいひかへすかことくに無理に入ハ必無理に出るもの也 康誥曰惟命不于常道善則得之不善則失之矣   命ハ天命也天命ハ常なくさたまらす善なれハ天   命をたもつ昨日まて天子諸侯なれとも不善なれ   ハ身亡て天下を失ふ 楚書曰楚国無以為寶惟善以為寶   楚書ハ楚国の書也楚ハ大国也別に宝とするも   のなし只善人を宝として金玉をたからとせす 第四十一丁裏   楚の王孫圉使者として晋の国へ行時晋人白珩   の玉ハ楚国の寶かと問けれハそれハ宝にあらす賢人   の臣を宝とす白珩ハもてあそひ物也と荅けれ   ハ晋人おとろひて是をうやまふ又秦の国より楚   をうたんとて先使者をつかハし宝物を見んと   云楚王の臣昭奚恤荅て楚国の宝ハ賢人に   あり其ありのまゝにみせしめんと云秦の使者重   而問事あたわす 舅犯曰亡人無以為寶仁親以為寶   舅犯ハ晋の文公の母方の舅也文公ハ諸侯の   つかさ也亡人ハ文公此時難に逢て他国へのく時の 第四十二丁表   事也仁親ハうつくしみしたしむ義也秦の穆公よ   り使者を以て文公を本国へ返し入へしといひけ

  れハ舅犯荅て亡人ハ別に宝とするものなし只仁

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  親を以て宝とすと云也上の段の善と此段の仁   親とハ徳也本なれハ財は末なりといわんため也 秦誓曰若有一个臣斷々兮無他技其心体々焉其如 有容焉人之有技若己有之人之彦聖其心好之不 啻若自其口出寔能容之以能保我子孫黎民尙 亦有利哉人之有技媢疾以悪之人之彦聖而違之 俾不通寔不能容以不能保我子孫黎民亦曰殆哉

  秦誓ハ周書の篇の名也   断々ハ真實にして 第四十二丁裏   二心なきのかたち也休々ハよき事を廣く   好皃也彦聖ハよく明かなる者を云也媢嫉ハ   ねたみにくむ事也黎民ハ諸の民也   爰に一   人の臣あり其うまれつき真實にして二心な   く別にあやしき技術なし只其心底休々然とし   て善を好て其氣分ゆたかにひろく物をいれ人   をいるゝの量あり故に人の才智技藝あるをハ   我身にあることく思ひ人の彦聖の徳あるをハ   心からすきこのむ只に口にいひ辞にほむるのみにあら   す心から真實に深愛してよくいれもち   ゆる也かくのことくなるよき臣を用時ハよく我 第四十三丁表

  子孫をも黎民をもやすんすへしかくのことく   なる時ハこひねかハくハ天下国家の利あらんか   此利ハ利欲の利にあらす上下各其所を得   て冝く益あるを云也又一人の臣あらん人の   才あるをねたみそねみて此をにくみ人のよき   徳あるを殊更たかひそむひてさゝへさるため   通達せさらしむ其心セハくかたましふして人を   いれ用事あたハすかくのことくなるわるき臣を   用るハ子孫黎民をやすんする事あたハす天   下国家も亦あやうひかなといへり   權の時をいへり上の一人ハ君子也後の一人ハ小人 第四十三丁裏   也上の一人ハよく絜矩する臣也下の一人ハ絜矩   する事あたハさる悪人也人君の人を用ひ執   權をえらハん事尤慎へし 唯仁人放流之迸諸四夷不與同中国此謂唯仁人為能愛 人能悪人   小人ハ善をさまたけて国をそこなふゆへに仁人是を   にくみしりそけて四方の遠所へ流やる也中国近   所にハおかぬ也仁人ハ私なけれハ善人をハ愛し   悪人をハにくみてしりそくる也 見賢而不能挙々而不能先命也見不善而不能 退々而不能遠過也

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第四十四丁表

  命ハ慢の字のあやまり也おこたるとよめり賢   を見てハ挙用へし然るを挙事あたハす或ハ挙   とも先于悪にはやくセさるハおこたれる也賢を挙   におこたるを云也不善を見てハ退へし然るを退   る事あたわす退れとも遠さけさるハ過也 好人之所悪々人之所好是謂拂人之性菑必逮夫身   人の悪所を好み人の好する所を悪ハ理にあらす   人の性本より善也其性に拂時ハ甚不仁なる故に   菑必其身におよふ 是故君子有大道必忠信以得之驕泰以失之   君子ハ位にある人を云也位に居て国を治め天下 第四十四丁裏

  を平にするの君子に大道あり大道ハ絜矩の   道也身を脩て忠信あれハ大道を得て治   平する事を得たり身を脩事あたハす   驕泰なれハ大道を失て治平する事を失也   敬すれハ忠信あり忠信ハ我心誠の天理也明   徳也敬せされハ驕泰也驕泰ハおごり也ほしひ

  まゝ也天理をうしなふを云也 生財有大道生之者衆食之者寡為之者疾用之 者舒則財恒足矣   財とハ米穀衣服よりはしめ金銀ならひに一切の   財宝を云也此財ハなくてハかなわぬ也誰も好も 第四十五丁表   の也されともほしきハかりにて無道暴虐をもつ   てあつめんとするにより諸人をくるしめ人倫をみ   たり風俗をそこなひあさましくなりゆく事   ハ此ゆへ也さらハ聖賢の教にハ財をハかつてもつ   へからすといへるかと云にさてハあらす天下をたも   ち国をもまもりて家をもやすんするもの財なく   てハかなわすこの財をなせるに道を以てする也   其道とハ其国其所に遊民とて田をもつくら   す職人にてもなく何のしことをもせすして只   いたつらにくらひついやすものを遊民と云也   かやうのものなけれハ財を生ものおほし又主 第四十五丁裏   人のうちに幸位とて何の用やくにもたゝ   さるいたつらものゝあまつさへ人の害になりて   わるかしこくついせう辨才にて主人をたふら   かし氣によく合て国家の益にひとつもなら   すもの事人主のわさわひにハなるたくひ是を   幸位と云さやうのものなけれハ財のついへすく

  なしさて民のしわさの時分つくりやうなとよ

(28)

  けれハ下田ハ中田になり中田ハ上田になり歳こと   に年貢のましもてゆけは財のある事疾な   る也   しかるうへに主人の財を用やうハ 量

ハカリテ

入 為

 

スヿヲ

といひて天下をもつとも天下の貢物年 第四十六丁表   中におさめ入ほとらひあるへしまして一国ハ其   ほとらひ一郡一所もおなし所領なくとも何   事にても其家のとり入分際あるへし其入を   量て用る事をすれハたらさるもの上下大小   是なしいはんや主人をや主人ハ下の手本なれハ   驕をやめ費をはふき敬して絜矩すれハ下   も皆是にならふへし 仁者以財發身不仁者以身發財   仁者ハよく絜矩する故に財を輕し身を重   して財を散して民を得故に民したかつて   身おのつからやすし不仁者ハ絜矩する事あたハ 第四十六丁裏   さる故に財を重して身を輕すたとひ身   を亡すとも財をあつめんとす財あつまれは

  身必危し 未有上好仁而下不好義者也未有好義其事不 終者也未有府庫財非其財者也   上仁を好て下を愛する時ハ下かならす義を   好て上へ忠をする也是故に其事終ありて   末なかくとほる故に府庫の財乱れちる事   なし    府庫ハ国主のくら也 孟献子曰畜馬乗不察於鶏豚伐氷之家不畜 牛羊百乗之家不畜聚歛之臣與其有聚歛之 第四十七丁表 臣寧有盜臣此謂国不以利為利以義為利也   孟献子ハ魯国の賢臣也   馬乗をかふとハつ

  かへて俸禄をうけ馬四疋はかり持てのる人   也すてに俸禄をうくる身なれハ鶏豚の   利潤を見す鶏豚をかふて其うめる子を   賣買するハ民の所作也伐氷の家とハ大夫   より以上の人所領多けれハ礼を行ひ祭をす   る時に氷を用ゆ冬の末に氷をおさめ深き   穴に入て來年の夏是をひらき氷をきり   出して凉からしめんかためにたくわへおき   是を氷室となつく氷室ある家ハ身上大

第四十七丁裏

  なれハ牛羊をかわす牛羊をかふてあきな

  ひ徳分をとるハ是も民の所作也鶏豚牛

(29)

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  羊をかふハ民と利潤をあらそひむさほ   る事なれハ知行とる士のせぬ事也   百乗   の家ハ馬四百疋ハかり持家なれハ一国一郡の主   也其家にハ聚歛の臣をやしなわす聚歛ハ   あつめおさむとよめり民を苦めいためて   推て物をとる臣也左様の臣あれハ當分   ハ主人の利潤なりといへとも民をそこなふゆ   へについにハ主人の為にあしき也民うらむ   る時ハ国家あやうしかれハ聚歛の臣あ 第四十八丁表   らんよりハ盗臣あれといへり主人の財を   ぬすむを盗臣と云たとひぬすむと云と   もわつかの損なるへし大なるわさわひあるへ   からす是も盗臣をゆるすにハあらす聚   歛の臣をはなハたわるしといわんため也   国を治め天下を平にするにハ財を以て利と   せす只義を以て利とす義によりて行時   ハ自然に利を求めねとも利あり君臣其処   を得て人倫明かに四民其業をうしなわす   して長く治平す天下の大利也若又義を

  さしおきて専利を求る時ハいまた利を得 第四十八丁裏   さるさきにわさわい先出來すへし   牛に角あれハ上歯なし其餘の牙あるもの   にハ角なし四足のものにハ羽なし羽あるものに   ハ足二ツあり天よりあたふる所自然の理也   人間も又かくのことしすてに知行所領をう   くる者民百姓と利をあらそふ時ハ角ある   上に又牙あり四足にして羽あるかことし是   漢の董子か説也孟献子か云所と相同し 長国家而務財用者必自小人矣彼為善之小 人之使為国家菑害並至雖有善者亦無如之何 矣此謂國不以利為利以義為利也 第四十九丁表   彼為善之の四字うたかハしけれハよます国家に   長たるとハ国王の事也君の財用を本とつ   とむる事ハ小人のすゝめによりて也小人私に利   欲をこのみて君をすゝめ己か同類とする也其   小人を用ひて政をせしむれハ菑害並至る   菑害ハ種々の災難天地のたゝり人民のた   たりを云也かくのこときのわさハひ出來して

  後ハ善人を用て治めんとすれともかなわす

  故に国ハ利を以て利とせす義を以て利とす

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  利ハ財用也義ハ絜矩也大道也   論語に固   民之所利而利之とあるハ義を以て利とす 第四十九丁裏   と云に通へし事々物々各冝き所を得を利   と云是義を以て利とする也利欲の利に非す    右傳之十章   国を治め天下を平に          する事をとく 第五十丁表 正保二年二月十五日奉   鈞命撰大學倭字 抄至同廿四日抄之了別清書之三月十五日 献之         羅山子道春

此一冊以正保二年三月十五日所献   幕下之 藳繕寫之塞阿部豊牧之請也即是所遣 豊牧之草本也

  慶安四年辛卯七月下旬   向陽子 第五十丁裏

参照

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