1 .はじめに
近年、電子商取引ビジネスが急速に成長している。特に中国の電子商取 引市場規模は2012年の約19兆円から2017年の約94兆円まで増加し、人々の 生活に大きな影響を与えるようになった。そのなかで、起業してからわず か20年のアリババグループが著しく成長している。現在、アリババは中国 電子商取引市場の 6 割ほどを占めており、世界時価総額 7 位の4570.56億 ドルまで成長している。
アリババグループのプラットフォームは、成長とともにこれまでにない かたちで進化している。本稿では、アリババのプラットフォームがどのよ うに進化してきたかを検討し、その進化のメカニズムの解明を試みる。
この20年間で、電子商取引プラットフォームに関する研究が増えている とはいえ、それらは製品開発や技術開発に焦点をあてるものや、プラット フォーム構造の類型化に関するものが多い。一方、プラットフォームを進 化の側面からとらえた研究も最近は見られるようになったが、その多くは プラットフォームに参加する多数のプレーヤー全体をエコシステムとして とらえた研究である。
2 .プラットフォームに関する先行研究の検討
( 1 )プラットフォームの定義
コンピュータ用語としてのプラットフォームとは、「アプリケーション ソフトを稼働させるための基本ソフト又はハードウェア環境」である(根
アリババグループにみるプラットフォームの進化
馮 晏
来・加藤, 2006)。Cusumano & Gawer(2002)によれば、プラットフォー ムとは、「さまざまな企業によって、生産された製品やサービスの 1 つの システムのなかに存在する、あるコア製品である」。
根来・加藤(2006)はこの定義をふまえながら、プラットフォームを「階 層的構造をもつ製品やサービスのなかに存在するあるコア製品(ハードウェ ア・ソフトウェア)・サービスやその製品を成立させるコア技術(テクノロジー)
である」と定義し、コア製品だけでなく、コア技術を重要要素として加えた。
( 2 )プラットフォームの分類
延岡(2006)は製品戦略や研究開発の視点から、プラットフォームを、
①業界標準と設計のコンセプトとなる業界プラットフォームと、②特定の 分野における独自技術の集合体である技術プラットフォーム、③製品の構 造とその設計基盤である製品プラットフォームという 3 つに分類している。
Gawer(2009,2014)は、プラットフォームを内部プラットフォームと 外部プラットフォームに分類している。前者は自動車メーカーのように、
企業が単独、あるいはサプライヤー企業と協力し、既存の部品や技術など を再活用することにより、新しい商品を開発や生産することである。部品 や技術を再利用することで、コストの削減につながるとともに、効率的に 製品のカスタマイズができるという。また、彼女はサプライチェーン・プ ラットフォームが部品をモジュール化して生産されるという異なる点を指 摘しながら、内部プラットフォームの特殊なケースとしてとらえている。
一方、後者は、ゲーム機とゲームソフトのように、 1 つあるいは複数の企 業が開発し、他の企業が補完的に製品やサービス、技術を提供できるよう な製品やサービス、技術の集合体を指す。プラットフォームに参加する企 業間では、協調的な関係にあり、補完製品やサービス、技術を提供する企 業のイノベーションを促進することができる。このタイプのプラットフォー ムは産業プラットフォームともよぶ。
また、根来・加藤(2010)によれば、「各種の補完製品やサービスとあ
わさって顧客の求める機能を実現する基盤になる製品やサービスである」
基盤型プラットフォームと、「プレイヤーグループ内やグループ間の相互 作用の場を提供する製品やサービスである」媒体型(仲介型)プラットフォー ムに分類している。IT業界におけるインテルやマイクロソフトの関係は 前者の代表的な例であり、クレジットカードやヤフーオークションサイト は後者の例である。
以上をみてきたように、延岡や Gawer は、製品・サービスの生産や開 発に着目し、プラットフォームを分類しているが、根来・加藤は、プラッ トフォームの機能に基づいて分類している。
( 3 )ツーサイド・プラットフォーム戦略
ツーサイド・プラットフォーム戦略に関する研究は、Eisenmann, Parker, & Van Alstyneを中心に展開されている(根来・足代, 2011)。
彼らによれば、ツーサイド・プラットフォームとは「異なる 2 種類のユー ザーを結び付け、 1 つのネットワークを構築するような製品やサービス」
(Eisenmann, Parker, & Van Alstyne(邦訳)2007)としている。ネッ トワーク効果を得ることがツーサイド・プラットフォーム戦略を成功さ せるカギとなる(Eisenmann, Parker, & Van Alstyne(邦訳)2007; Van Alstyne, Parker, & Choudary, 2016)。
ネットワーク効果には、サイド間ネットワーク効果とサイド内ネットワー ク効果がある。前者はとは、プラットフォームのなかのグループ(サイド)
が、一方のユーザー数が多く(少なく)なれば、他方のグループのユーザー 数も増加(減少)することを意味する。たとえば、売手の数が増えれば品 揃えが豊富になり、買手も増加する。逆に、買手が増加すれば、売手にとっ て、市場の魅力が増し、売手も増加する。これはサイド間のネットワーク 効果である。このような現象は同じグループ(サイド)内においてもみら れる。この場合は、後者のサイド内ネットワーク効果という。
プラットフォームと別のプラットフォームの間の競争を引き起こす場
合、競合する 2 つのプラットフォームは、それぞれ他者に対して差別化が できなければならない。一方、消費者はあまり他のプラットフォームに移 行せず継続して利用する傾向がある。言い換えれば、消費者が他のプラッ トフォームを利用する際に、新たに会員登録や、支払情報登録といったマ ルチホーミング・コストが発生するため、簡単に他のプラットフォームに 移ろうとしない。つまり、マルチホーミング・コストが高いほど、プラッ トフォームが「一人勝ち」(WTA: winner takes all)になるという。
ツーサイド・プラットフォームから派生してきた戦略として、プラット フォームの包囲戦略があげられる。包囲戦略とは、プラットフォームの提 供者が共通のコンポーネントや共通のユーザー関係を活用し、異なる階層 の製品やサービスに対して「包み込み」を行うことである。具体的には、
下位の製品やサービスによる「包み込み」と上位の製品やサービスによる「包 み込み」がある(Eisenmann, Parker, & Van Alstyne, 2007; 根来・加藤, 2010)。新しいプラットフォームを創設する際に、既存プラットフォーム のユーザーなどの資源を共有することにより、ネットワーク効果を発揮し、
市場拡大を狙うことができる。
( 4 )プラットフォームの進化
中田(2011)は、上述のGawer(2009, 2014)の分類をもとに、プラッ トフォームを内部プラットフォーム、サプライチェーン・プラットフォー ム、エコシステムの 3 つに分けている。また、彼はコンピュータ産業のプ ラットフォームが、内部プラットフォームから、サプライチェーン・プラッ トフォームへ、そして、エコシステムへと進化していると述べている。
Moore(1993)は、協調と競争の視点から、ビジネスエコシステムの進 化ステージを 4 段階に分けている。
①の誕生の段階では、新製品や新サービスの価値を顧客やサプライヤー に理解してもらい、重要な顧客やサプライヤーとタイアップする。その一 方、自社のアイデアを他社に漏らすことを防ぐ必要がある。
②の拡張の段階では、サプライヤーやパートナー企業とともに、大きな 市場へ拡大する。重要な市場セグメントを支配することで自分のアプロー チが市場の標準となるようにする。
③のリーダーシップの段階では、将来のビジョンをサプライヤーや顧客 に示すことにより、協力関係を維持する。また、重要な顧客やサプライヤー を含むパートナー企業に対して強い交渉力を保つ必要がある。
④の自己再生の段階では、新しいエコシステムが出現するために、自己 更新を行わないと、自分のエコシステムが消滅する可能性がある。それと ともに、新しいアイデアから製品化までの時間を得るために、他のビジネ スエコシステムに対して、高いスイッチング・コストを設定し、参入の障 壁を高くすることが重要である。
中田は、組織またはネットワークの構造変化として捉えた段階であり、
Mooreはエコシステムのライフサイクルを捉えた段階であると解釈するこ とができる。
上述のように、既存研究では、電子商取引プラットフォームに関する研 究、特にプラットフォームそのものの進化に関する研究はほとんどない。
そこで、本稿では、電子商取引企業アリババグループの事例を取り上げて 事業の発展経緯を追い、プラットフォーム進化のメカニズムの解明を試み る。具体的に明らかにしたいポイントは、①プラットフォームはどのよう に進化しているのか、②その進化のメカニズムはどのようなものなのか、
という 2 つの点である。
3 .アリババグループの事業概要
アリババはもと英語教師であったジャック・マー(馬雲)が、親戚や大 学の友人17名とともに中国浙江省杭州市にあるアパートの一室で1999年に 創業した。当時中国では、ネットビジネスがブームなりつつあるなかで、
流通システムの不備によって多くの中小企業が商品を販売するチャネル が限られている状況にあった。この点に着目したジャック・マーらは、
「Alibaba.com」を立ち上げ、BtoB(Business to Business)電子商取引(EC)
プラットフォームサービスの提供を開始したのである。
アリババはお客様がアリババで出会い、仕事と生活をするというビジョ ンに基づいて、事業活動を推進していく。2003年に開始した国内市場向け のCtoC(Customer to Custome)ECプラットフォームサービス「Taobao.
com(淘宝網)」や、2008年に開始したBtoC(Business to Customer)EC プラットフォーム「T-mall(天猫)」の成功がアリババの飛躍的な成長を 支えた。
2010年に開設されたアリエクスプレス(AliExpress)は、海外の消費者 が中国の製造企業や販売業者と直接取引できる場を提供するための越境 ECプラットフォームである。その後アリババは、提携や買収により海外 市場でECサイトを開設し、ECビジネスのグローバル化を進めていった。
現在、アリババはECプラットフォームサービスの提供を中心に、そこ から蓄積したビッグデータやAI技術を活用しながら、金融事業や、物流 事業、クラウドコンピューティング事業、デジタルメディアとエンターテ インメント事業、イノベーションイニシアチブ事業を展開し、多角化を進 めている。
アリババの年間売上高は520億ドルであり、6 億人を超える年間アクティ ブユーザーを有する世界最大の小売 EC 企業になった(2019年 3 月末)。
アリババには約30のビジネスユニットがあり、従業員は66,421人に達して いる(2018年 3 月末)1。また、2014年にニューヨーク証券取引市場に、そ して2019年に香港証券取引市場に株式を上場した。
1
アリババのホームページ(https://www.alibabagroup.com/en/global/home,
閲覧日:2020年 3 月10日)。
1999年 創業、アリババドットコムの設立 (BtoBプラットフォームサービスの提供)
2003年 タオバオ(淘宝網)の立ち上げ (CtoCプラットフォームサービスの提供)
2004年 アリペイ(支付宝、Alipay)の開発・導入 (オンライン決済プラットフォームサービスの提供)
2007年 アリママ(阿里
妈妈)サービスを開始
(マーケティングテクノロジープラットフォームサービスの提供)
2008年 Tモール(天猫)の開設 (BtoCプラットフォームサービスの提供)
2009年 アリババクラウド(阿里雲)の設立 (AIによるマーケティング支援サービスの提供)
2010年 アリエクスプレス(AliExpress)の開設
(グローバルBtoC(中国企業to海外消費者)プラットフォームサービ スの提供)
2013年 ツァイニャオネットワーク(菜鳥網絡)の設立 (物流データプラットフォームサービスの提供)
2014年
・アントフィナンシャル(
蚂蚁金服)の設立 (金融サービスプラットフォームの提供)
・「天猫国際」の増設
(グローバルBtoC(海外企業to中国消費者)プラットフォームサー ビスの提供)
・ニューヨーク証券取引所上場
2016年
・ キャッシュレスの生鮮食品スーパーマーケット「フーマーシェンセン(盒 馬鲜生)」開業
(オンラインとオフラインの小売を融合したニューリテール)
・ 中東、ヨーロッパ、オーストラリア、日本で 4 つのデータセンター の開設
2017年 マレーシアでデータセンターを設置
2018年 インドネシアでデータセンターの運営を開始 2019年 ・香港証券取引所上場
・ アリババ・オペレーティング・システム(阿里商業操作系統)の発表
(総合的なワンストップソリューションサービスの提供)
出典:アリババ集団とアリババジャパンのHPの情報をもとに筆者作成。
図表 1 アリババグループの主な事業展開のまとめ
アリババは「あらゆるビジネスの可能性を広げる力になる(To make it easy to do business anywhere)」というミッション掲げ、未来の商業イ ンフラを構築し、102年間以上にわたって持続的な経営ができる良き企業 の実現を目指している。
4 .アリババグループの主な事業の展開
以下では、アリババの主な事業をスタートアップ期と、成長期、急成長 期という 3 つの段階に分けてみていく。
( 1 )スタートアップ期:1999年〜2005年
①EC事業のスタート
1999年にアリババが立ち上げたBtoB-ECプラットフォーム「Alibaba.
com」は、海外進出の経験や、経営資源が不足している中国国内の中小製 造企業や商社、起業家と海外バイヤーをつなげるためのグローバルなEC サイトである。
当時、アリババは伝統的な企業文化をもっており、企業から掲載料を受 け取って、デジタル版電話帳を発行するというビジネスモデルで事業活動 を行っていた。日本からの2000万ドルを含め、 2 名の投資家から2500万ド ルの投資を受けたが、創業早々にも関わらず過度に事業範囲を拡大したた め、わずか18カ月で現金の大部分を使い果たしてしまった。その後、すぐ 軌道を修正し、本業に集中した結果、2002年に黒字に転換することができ た(ゾン, 2019)。
2003年に、CtoC-ECプラットフォーム「Taobao.com(タオバオ、淘宝網)」
を立ち上げた。タオバオは国内市場向けのプラットフォームであり、ユー ザーを増やすために、アリババは、「三年間利益を生み出してはいけない」
という価格戦略を実施した。「Taobao.com」に出店する売手に対して、
買手側と同様に無料化にしたのである。売手側の出店料や商品掲載料がか からないことにより、売手側の利用者が急増し、品揃えが豊富になった。
それにともなって、買い手側の利用者も増加していった。このようにして アリババのプラットフォーム戦略は、高いネットワーク効果をもたらした。
また、アリババは売手側と買手側のコミュニケーションの活発化を図った。
タオバオ立ち上げの初期に CtoC-EC についての技術やサービスがまだ整 備されていないなかで、アリババはまず社員が自宅の商品をタオバオに出 品したり、簡易なオンライン掲示板に投稿したり、サイトを盛り上げよう と努力した(ゾン, 2019)。その後、チャット機能をもつアプリ「ワンワン」
を導入し、タオバオ利用者間のコミュニケーションを促進させた。アリバ バは単なる取引の場を提供するだけでなく、利用者間の直接的なつながり や交流を促すことで、利用者を拡大させた。
②電子決済アプリAlipayの誕生
アリババの市場シェアが大きく伸びたもうひとつ要因は、電子決済シス テム「アリペイ(Alipay、支払付宝)」の導入であった。ECビジネスにとっ て、決済機能は重要な機能のひとつである。
タオバオが創設された2003年当時の中国では、電子商取引はまだ新興産 業であり、取引ルールなどが整備されておらず、市場が混乱していた。イ ンターネット販売を利用する際に、販売側は代金を支払ってもらえるかど うか、そして、購入側は不良品や偽物が届けられないかどうか、両者は互 いに不信を回避できないまま取引を進めていた。また決済手段についても、
当座預金口座はなく、クレジットカードという決済方法も広く普及しては いなかった。これらの問題を解決するために、アリババはタオバオを開設 した 1 年後の2004年に、第三者決済サービス用アプリケーション「アリペ イ」を開発し、新しいサービスを提供した。
消費者がタオバオで商品を購入する際に、支払う購入代金をいったんア リペイに預ける。消費者は届いた商品を確認し、問題がなければアリペイ の「商品到着」ボタンをクリックし、承認する。消費者の承認を得てはじ めてアリペイに預けていた商品代金が販売者へ支払われることになる。ま
た、購入した商品に不満がある場合は返品し、アリペイに預けてある代金 を払い戻してもらうことも可能である。これがアリペイの仕組みである。
消費者により安心して利用してもらうために、年間0.88元(約14円)の 保険料をアリババに支払えば、回数無制限で、最大100万元(約1,540万円)
までの保証をつけることができる。一方、事業者が負担するコストは決済 額の 1 千分の 6 とし、決済手段で競合するクレジットカード業者の決済手 数料より大幅に安く設定した。さらに、アリペイのシステムによる問題発 生の確率は100万分の 1 であるという(廬・他, 2017)。
出典: 総務省「海外におけるICTを活用した労働参加・質の向上及び新サービ スの展開に関する調査研究(平成30年)」
図表 2 アリペイアプリの仕組み
その後、アリババはアリペイの機能をさらに進化させた。現在、アリペ イは単なる決済手段だけでなく、公共料金の支払いや、投資信託、信用ス コア、保険など様々な機能を備えるようになった。提供するサービスと利 用者の増加により、2014年にアリババはこの決済やフィナンシャルサービ スを提供するプラットフォームとして、「アントフィナンシャル(蚂蚁金服)」
を開設し、本格的に金融事業をスタートさせた。
アリペイが販売者と購入者の間を仲介し、両者の「信用保証」の役割を 担うことにより、タオバオの利用者がより安全に、そして安心して便利な ネットショッピングができるだけでなく、低価格で利用することができた。
アリババはサービスの充実と低価格を強みにして、競合他者との差別化を 図ることができ、タオバオの利用者はいっそう拡大した。
現在、世界でアリペイの利用者数は12億人(2019年 6 月時点)を超えて おり2、決済金額は17,000億ドル(2016年12月時点)で、2012年の700億ド ルから24.3倍の増加になった3。
( 2 )成長期:2006年〜2012年
①EC事業の拡大
2008年にスタートしたBtoC-ECのT-mallはTaobaoと異なり、出店希望 の企業に対して厳しい審査条件が設けられており、出店手数料やサービス 料も有料化した。また、Taobaoの利用者をT-mallと共有するという包囲 戦略を採用したことにより、短期間で T-mall 利用者を獲得できた。この ように、T-mallはサイトの管理を強化しながら、収益改善を図っている。
現在、T-mall は中国の BtoC-EC 市場の 6 割を占めており、年間流通総
2
AFP 通信(https://www.afpbb.com/articles/-/3247658,閲覧日:2020年 3 月 6 日)。
3
総務省『平成30年版情報通信白書第 1 部(補論)』(https://www.soumu.
go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/pdf/n2700000.pdf,閲覧日:2020年 3
月 6 日)。
額は楽天の約 7 倍の規模である。よく知られている T-mall のセールイベ ント「独身の日」の売上は380億ドル(約 4 兆1260億円)に達する4。シン プルなBtoBとCtoCから出発したアリババのプラットフォーム戦略は、さ まざまなデータがいっそう増えるようになり、顧客のニーズを取り込む形 で多様化の方向に進んできたことがわかる。
2010年 に、 中 国 企 業 が 海 外 消 費 者 向 け に 販 売 す る 越 境 EC サ イ ト AliExpressもスタートした。
②マーケティング支援プラットフォーム・アリママの創設
成長期は、同時にアリババにとって技術力が飛躍的に向上した時期でも ある。2005年にアリババはヤフーチャイナを買収し、ヤフーチャイナが保 有していた検索や広告などの技術を獲得することができた。これらの技術 を活用し、2007年にプラットフォーム「Alimama(アリママ)」が設立され、
すべてのユーザーに公開している。
アリババはそれにとどまるのではなく、その後も、売上高や写真のクリッ ク率などを重視するよう検索や広告技術を改良し、検索と広告技術の融合 の試みを続けていた。例えば、売手を育成するために、検索アルゴリズム を変更し、売手の特定の行動に対して奨励することができるようになった。
また、売手側はアリババからの提案を利用できるだけでなく、自分自身 がそのデータを分析し、独自のマーケティング施策を打ち出すことが可能 になるプラットフォーム「Uni Marketing」が立ち上げられた。利用者の ためのマーケティング技術支援が前述のアプリ「ワンワン」から、よりよ いサービスが提供できる新しい事業として進化している。
4
「中国経済どうみるか(下) データ利用のルール構築を」『日本経済新聞』(2019
年11月15日)参照。
③クラウドコンピューティングの開発
EC事業の拡大はアリババグループ内の日々の業務を増加させ、複雑化 させていった。IT関連業務はもともとシスコやオラクルなどの会社に外 部委託していたが、2008年にはその管理費が全社の収益に匹敵するほどに まで膨らんでいた。この問題を克服するために、2009年にアリババは多大 な資金を投入し、自前のクラウドコンピューティングを開発した。これが アリババクラウド(阿里雲)である。クラウドコンピューティングの自社 開発によって、アリババは技術力をさらに高めることができたといえる。
アリババクラウドにより、データ処理能力は急速にアップした。例えば、
2017年の「独身の日」のピーク時には、アリババ・プラットフォームは毎 秒32万5000件の注文と、25万6000件の決済を処理していた。これは世界 2 位の処理能力をもつビザの 4 倍強である(ゾン, 2019)。タオバオのさま ざまな事業をクラウドに移行することにより、アリババの業務の効率化や、
コストの削減にもつながった。
( 3 )急成長期:2013年〜現在
①越境EC事業の拡大
中国では、国内消費者の生活レベルの向上により、海外商品やブランド に対するニーズがますます高まっている。このような背景のもとで、2014 年に、中国の国内消費者向けに海外商品を販売する越境ECサイト「天猫 国際」が開設された。アメリカのコストコや、日本のイオン、マツモトキ ヨシ、パナソニックなど50以上の企業が出店している。また、提携や買収 により、海外市場で EC サイトを開設し、EC ビジネスのグローバル化を 進めている。
現在、天猫国際では、74ヶ国・地域の18,000ブランドの商品を販売して いる。日本商品の人気がもっとも高く、国別の売上ランキングにおいては
1 位となっている(2017年現在)。
②物流プラットフォームの創設
アリババは、EC事業の急成長にともなって物流の需要も増加するよう になったが、中国では物流インフラが整備されていなかったため、トラブ ルが多発する問題に直面していた。しかし、物流システムを構築するには 多くの資金や能力、時間が必要であり、自社で構築することが困難である と判断し、多くの物流・配達業者が物流基盤を利用できるプラットフォー ムサービスを提供することにした。
プラットフォームの設立までの過程も、けっして順調ではなかった。
2006年、アリババは、売手が物流会社に価格の問い合わせができるオプショ ンサービを提供しようとしたが、協力した物流会社はわずか 3 社であり、
売手も買い手もメリットを感じなかった。そこで、アリババは、物流会社 に対して、自社のシステムに荷物追跡番号の入力を義務づけた。これによ り、物流会社の情報がアリババに統合されるようになり、アリババのデー タの蓄積がさらに増えることになった。
そして、2013年に、アリババは中国の小売、製造、投資業界の大手企業、
物流会社 5 社に呼びかけ、共同出資による物流データプラットフォームの 合弁会社Cainiao(菜鳥)を設立した。現在、3,000社以上の物流企業がプ ラットフォームに加入し、配送サービスの範囲は中国国内だけでなく、世 界の224ヶ国・地域まで広がった(2017年12月末)5(図表 3 )。
現在、Cainiaoはアリババがもっている膨大なデータや機械学習などの 技術を活かすことにより、在庫管理や、配送ルートなどの物流状況を見え る化し、物流パートナー企業に提供しいている。一方、商品の配送は、物 流パートナー企業が行うことになる。このように、多くの企業から形成さ れたネットワークを通じて、物流バリューチェーンの最適化を図ろうとし ている。
5
菜鳥ホームページ参照。
③クラウドコンピューティング事業の成長
この時期から、アリババは、クラウドファンディングの役割がデータベー スだけではないことに気づいた。そのため、AI技術の開発に取り組んでいた。
蓄積してきたビッグデータをもとに、機械による自動的な意思決定を行う ことができた。例えば、タオバオの推奨エンジンは、アリババクラウドコ ンピューティングを活用することで、数百万社の売手と15億点の商品から、
買手に最適な商品を推薦している。意思決定はすべて機械によって自動的 に行われているため、同等の売上を上げるには、アリババは 3 万人程度の 従業員ですむのに対して、ウォルマートは200万人が必要であるという。
アリババは金融プラットフォーム、のちに述べる物流プラットフォーム、
マーケティング支援プラットフォームに、クラウドコンピューティングを 活用した。これにより、業務の効率化だけでなく、利用者に最適なサービ スを提供することができた。
アリババクラウドは中国国内最大のクラウドサービス・プロバイダーで あり、2016年には、アリババは日本や、韓国、ドイツ、中東、オーストラ リアにも自社のクラウドサービスを提供するようになった。
出典:SBクラウド株式会社のホームページより引用、一部修正。
図表 3 菜鳥のビジネスモデル
バイヤー
(Taobao/Tmallなどの)
ショップオーナー
アリペイ
物流業者・配送業者A社
物流業者・配送業者B社
物流業者・配送業者C社 物流基盤
商品代金の支払
(運賃含む)
支払手続き 契約
物流協力契約
(運賃含む)
物流協力契約
(システム 利用代含む)
支払手続き契約
ガートナー・コンサルティング(米国、コネティカット州)の調査によ れば、IaaS6分野において、アリババクラウドは、米アマゾン・ウエブ・サー ビス(AWS)、米マイクロソフトに次ぐ世界 3 位の会社となっている。
④O 2 O事業の展開
ジャック・マーは実店舗と融合した「ニューリテール」を提唱し、2016 年に上海で生鮮食品スーパーマーケット「フーマーシェンセン(盒馬鲜生)」
の 1 号店を開業した。注文から決済、配送にいたるまで完全にデジタル化 した流れになっている。この店舗では、食品を販売するだけでなく、店内 での飲食サービスや、配達サービスを提供している。また、店舗の 3 キロ メートル以内であれば、注文してから30分以内に配達できるという。
フーマーシェンセンは、オープンして 1 年半で、面積あたりの売上高が 伝統的なスーパーの 3 ~ 5 倍となり、 1 日の平均売上高が80万元(1,280 万円)に達している。同店は、開業後以来、消費者から大きな人気を集め ており、北京や上海のような巨大都市だけでなく、内陸部などの都市にお いても店舗展開のスピードを加速させている。2019年 4 月現在では、中国 の20以上の都市で140以上の店舗を構えるまでに成長した。
5 .事例の考察
( 1 )プラットフォームの進化
以下では、アリババの事業の生成や成長の過程を追いながら、プラット フォームの進化について検討してみたい。
①卸売ECプラットフォームから小売ECプラットフォームへ
アリババの収益を支えるコア事業は、EC プラットフォームである。
アリババは EC 市場に進出を決めた際に、BtoB プラットフォームである
「Alibaba.com」からスタートした。それは、中国の国内中小企業を支援す
6
Infrastructure as a Serviceの略号。
るため、というねらいがあったからである。その後Alibaba.comを軌道に 乗せたアリババは、BtoBプラットフォーム「1688.com」、CtoCプラットフォー ムの「Taobao.com」を創設した。この際に、アリババが市場の獲得を図 るために、手数料の無料化という差別化戦略をとったことは、すでに述べ たとおりである。
その後、アリババは継続的にEC事業を拡大し続けていった。ECプラッ トフォームでは、国内市場向けの BtoC-EC プラットフォームの T-mall だ けでなく、海外市場向けのAliExpressをも増設した。これにより、プラッ トフォームの売手と買手の両サイドとも利用者は国内から海外へと広がり、
市場ターゲットがいっそう増えることになった。
この時期では、アリババは既存プラットフォームの資源を新規プラット フォームと共有するという包囲戦略をとり、プラットフォームのネットワー ク効果を高めることで、市場を拡大することができた。つまり、アリババ の事業は、卸売の EC プラットフォームから小売の EC プラットフォーム へと多角化し、市場は国内から海外へと拡大していったのである。
②小売ECプラットフォームからサービスプラットフォーム群へ
アリババは同種のECプラットフォームを展開することにとどまらず、
消費者の生活に関わる異業種への進出も図り、多くのプラットフォームを 立ち上げている。例えば、自社がもっている電子決済技術、物流ネットワー クを活かして、キャッシュレスのオフラインのスーパーマーケットを展開 している。また、クラウドコンピューティング技術を活用した旅行プラッ トフォーム「飛猪」や、各種のチケットを購入できるプラットフォーム「淘 票票」、出前のプラットフォーム「饿了么」などのサービスを提供している。
さらに、アリババは、スポーツプラットフォーム「阿里体育」や、音楽 プラットフォーム「阿里音楽」、チャット用プラットフォーム「新浪微博」
などのコンテンツプラットフォームも多数有している。幅広く消費者のニー ズに対応できるようになっている。
つまり、アリババのプラットフォームは、オンラインからはじまってオ ンラインと実店舗を融合した「ニューリテール」へと拡張し、対象商品も モノの提供からサービスやコンテンツの提供へと多角化していった。この ように、かたちを変え、サービスを強化し、市場を開拓していったアリバ バのプラットフォームは徐々に進化している。
③ECプラットフォームの補完的な機能から新しいフラットフォームへ 利用者がより安全に、かつ安心して自社のECプラットフォームを利用 できるように、アリババは、アリペイという電子決済アプリを開発した。
つまり、当初、アリペイは電子決済のためのアプリケーションのひとつに 過ぎなかった。その後、アリペイが資産管理や、融資、保険、クレジット システムなど多様な金融サービスを提供できる機能が組み込まれたプラッ トフォームへと発展し、新たに決済・フィナンシャル事業として展開する ようになった。このプラットフォームでは、個人の消費者だけでなく、多 くの中小企業をも支援している。
マーケティング支援プラットフォームも同様に、単なる電子掲示板サー ビスからはじまり、チャット機能アプリ「ワンワン」へと成長した。ワン ワンでは、検索と広告や、推奨といった機能が備わっているだけでなく、
各ユーザーが独自のマーケティングを行うことができるようになった。こ のように、アリババのマーケティング支援は当初の電子掲示板から、多様 なソリューションを提供できるプラットフォームへと発展した。
上述のように、アリババの決済機能とマーケティング機能は、当初の ECプラットフォームの付属的な機能から独立したプラットフォームへと 成長している。これにより、アリババの事業は金融とマーケティング支援 の分野に進出を果たしたことになり、多角化がいっそう拡大している。
既存のプラットフォームの補完サービスから、このようなかたちで新た なプラットフォームが誕生したことは、プラットフォーム進化の新しい一 面であるということとしてとらえることができるであろう。
④物流システムのプラットフォーム化
当初、アリババは物流をECプラットフォームの機能としてユーザーに 提供していなかった。言い換えれば、売手側は各自物流会社と契約し、サー ビスを提供していた。しかし、アリババの事業活動の拡大により、物流の トラブルが多発するようになった。そのため、アリババは物流会社の情報 を統合することを考え、Cainiaoネットワークプラットフォームを立ち上げた。
Cainiaoは、独自の技術とデータから得られた知見を活用することにより、
リアルタイムに物流情報へのアクセスが可能となったほか、配送ルートの 最適化などの機能を充実させ、物流の効率化を図ることができた。
前述のように、物流ネットワークプラットフォームはアリペイやマーケ ティング支援プラットフォームと異なり、ECプラットフォームの機能と してECプラットフォームから分離し、成長してきたのではなかった。外 部の資源と自社の技術と膨大なデータを活かして、新たに生まれたサービ スである。
アリババの物流プラットフォームの特徴的な点は、物流に関するトラブ ルの多発を解消するために、自社の組織のなかに新たに物流部門をつくる ことではなく、また物流機能を一括してアウトソーシングすることでもな く、プラットフォーム化という第 3 の道を選択したことである。アリババ がリーダーシップをとり、多くの物流事業者やパートナー企業に声をかけ、
さまざまな調整の過程を乗り越えて、物流プラットフォームを立ち上げた のである。このような方式で生まれたプラットフォームも、アリババのプ ラットフォーム進化のひとつである。
以上みてきたように、アリババのEC事業は、プラットフォームの価格 戦略や包囲戦略を活用しながら、卸売のECプラットフォームから複数の 小売のプラットフォームへと拡大している。そして、アリババのプラット フォームは実店舗のサービスやコンテンツの提供の分野に進出し、モノの 提供からサービスの提供へと発展し、市場を拡大し続けることができた。
本稿では、このようなプラットフォームの進化を「水平的進化」とよぶこ とにする。
つぎに、アリババはECプラットフォームの電子決済やマーケティング 支援などの付随的な機能を充実させ、そのうえでそれぞれ独立したプラッ トフォームとして進化させた。一方、物流プラットフォームは当初提供し ていないサービスであるが、アリババは自社がもっているビッグデータと AI技術を活用することにより、新たに生成し、成長させたサービスである。
電子決済やマーケティング支援プラットフォームの進化は、物流プラッ トフォームの進化と同様に、コアのECプラットフォームの機能より強化 するようになり、売手と買手がともによりよいサービスをうけることがで き、取引の活性化をもたらしている。こうしたプラットフォームは、既存 ECの機能から分離し発生的に成長したり、外部資源を活用して新しい機 能的サービスとして展開したものである。本稿では、このようなプラット フォームの進化を「垂直的進化」とよぶことにする。
( 2 )プラットフォーム進化のメカニズム
これまで、プラットフォームの進化についてみてきたが、以下では、プ ラットフォーム進化のメカニズムを検討する。
①ネットワーク効果によるプラットフォームの進化
Evans & Schmalensee(2010)によれば、企業がある業界に新規参入す る際に、クリティカル・マス7を超えるユーザー数の獲得が重要な課題となる。
その有効な手段のひとつとして、商品やサービスの無料化や割引といった 価格戦略をあげている。EC市場においては、買手サイドの利用料は無料 に設定するが、売手サイドからは手数料を徴収して事業の収益源とする価 格戦略をとることが一般的である。
しかし、アリババはCtoCを立ち上げた際に、「 3 年間利益を上げてはい
7
クリティカル・マスとは、提供する商品・サービスの普及率が急激に上昇する
臨界点を表す指標である。
けない」という創業者の考えのもとで利益を度外視し、両サイドの利用者 が無料で利用できるようにした。その結果、市場のシェアが一気に拡大す ることができた。また、アリババは、プラットフォームのネットワーク効 果とマルチホーミング・コスト効果をねらって、次々とECプラットフォー ムを創設し、市場の拡大を実現することができた。
②ビッグデータとITの活用によるプラットフォームの進化
これまで述べてきたように、アリババの事業が、EC、ローカルサービ、
デジタルメディア&エンターテインメントから、電子決済&フィナンシャ ル、物流データ、マーケティング支援まで、多様な分野に進出し、多角化 が進められてきた。アリババは30以上のプラットフォームから、販売や購 買履歴、趣味嗜好、信用スコア、物流などさまざまなタイプのデータが収 集され蓄積されている。
また、アリババは中国の EC 市場の 6 割程度を占めており、EC プラッ トフォームの参加者は数百万社にのぼっている。決済&フィナンシャルプ ラットフォームの世界利用者数は12億人(2019年 6 月現在)に達している。
さらに、3,000社以上の物流企業がアリババの物流ネットワークに参加し ている。つまり、アリババのプラットフォームに蓄積されたデータが多様 多種だけでなく、その量も膨大である。
アリババは、これらのデータを重要な経営資源として認識し、各プラッ トフォームより蓄積したデータをもとに、自社がもっているクラウンドコ ンピューティング技術を駆使している。その結果、これらのデータから得 られる新しい知見を各事業に活用することで、より的確かつ効率的にサー ビスを提供することができる。また、さまざま新しいサービスを創出して いるため、ユーザーの拡大にもつながっている。つまり、ビッグデータと ITの活用は新しいネットワーク効果をもたらし、間接的にプラットフォー ムを進化させていると考える。
③組織学習によるプラットフォームの進化
BtoB-ECを立ち上げてから、アリババは海外展開を急いだため、一時は 余裕資金を使い果たす状態にまで陥った。その後、BtoB-ECに集中して資 源を投入し、かろうじて倒産を防ぐことができた。アリババはこの間、厳 しい財務状況に耐えながらも、プラットフォーム機能の充実をすすめ、そ れが市場シェアの拡大につながっていくという成果を体験している。アリ ババは、プラットフォーム機能の改善や追加という自分たちの事業の進め 方が、価格戦略とともに市場シェアの増減に直結するという現実を学習し たのである。
事業規模の拡大により、アリババのプラットフォームに協力する企業が ますます増加し、アリババを中心としたネットワーク組織が構成されていっ た。とくに、アリババはネットワーク参加者の活動に制限を加えることは なく、積極的な参加者間のコミュニケーションを促進させる方針をとった。
この大規模で複雑なネットワークの運営には最適化のためのさまざまな調 整が必要となる。アリババは決してガバナンスを強化することで調整する ようなルールは採用しなかった。こうした調整の能力が、アリババのなか で徐々に培われていったと思われる。
また、アリババは、蓄積してきた膨大なデータの価値を徐々に認識しは じめた。アリババは、AI技術を活用することで、クラウドコンピューティ ングを「単なるデータベース」機能から、機械学習によって自動意思決定 を行うような高度な機能へと変貌させた。
このほかに、アリババは技術開発やプラットフォームの構築など、高度 技術に関する多くの学習の機会を得た。例えば、プラットフォームの機能 を充実するために開発された電子決済アプリのアリペイは、ひとつの機能 から多機能のアプリへ発展し、さらに独立した事業として金融プラット フォームへと進化していった。また、オンラインとオフラインを融合した
「ニューリテール」事業は、蓄積されたデータ活用によって導き出された 試みである。
組織学習とは、「知識の習得と業績向上に関する長期的なプロセス」で ある(Garvin, 1993)。また、March(1991)は、組織学習を活用的な学 習と探索的な学習と分類している。前者は既存の知識をさらに掘り下げる ことによる学習であり、短期的に成果を得られるが、後者は新しいチャン スや可能性を探る学習であり、不確実性が高いため、成果を得るまで時間 がかかる可能性がある。そのため、この 2 種の学習のバランスを維持こと が重要である、としている。
これをもとに検討すると、アリババは事業をすすめながら、常に学習し ていることがわかる。これは、Eisenhard & Martin(2000)がいう「実 行による学習」が行われていると考える。また、日々の業務において、問 題に直面する際に、素早く対応してきたことは、March がいう活用的学 習になる。アリババが、アプリの機能から新しい事業へと進化させていっ た過程では、多くの探索的学習がおこなわれたと考えられる。つまり、学 習能力の高い組織は、ダイナミックに戦略を調整することでプラットフォー ムを進化させている、ということができる。以上の議論をまとめると、図 表 4 になる。
6 .結論と今後の課題
本稿では、先行研究のサーベイを行ったうえで、アリババの事例を中心 に、プラットフォームがどのように進化しているのか、その進化のメカニ ズムはどのようなものであるのかについて、検討してきた。以下は得られ た若干の示唆である。
まず、アリババの成長プロセスにおいて、プラットフォームの「水平的 な進化」が見られる。アリババのプラットフォームは、卸売のプラットフォー ムからスタートして小売のプラットフォームへと展開し、そしてECから コンテンツやオンラインとオフラインを融合した新しい小売りへと進化し、
異業種分野のプラットフォームへと拡張され、市場の拡大を図っている。
注: PF:プラットフォーム、太い矢印はPF進化、細い矢印は情報の流れになっている。
出典:筆者作成。
図表 4 アリババグループのプラットフォームの進化
・ネットワーク効果
・組織学習
ニューリテール コンテンツ
PF
物流
決済 ティングマーケ データの蓄積・分析 クラウドコンピューティング
PF BtoB
CtoC
BtoC BtoC
(越境)
EC・PF
・ネットワーク効果
・組織学習 垂直的進化
水平的進化
このような進化のかたちを、筆者は水平的な進化とよぶことにした。
つぎの段階では、「垂直的な進化」が見られる。アリババは、既存プラッ トフォームのなかの機能を充実するためのアプリケーションやオプション サービスであったものを成長させ、独立したプラットフォームとして事業 化することに成功している。このような進化のかたちを、筆者は垂直的な 進化とよぶことにした。垂直的に進化したアリババのプラットフォームは、
新しい市場を開拓することができるだけでなく、既存プラットフォームの サービスの向上にもつながり、市場浸透戦略として有効であると判断できる。
上述のようなプラットフォームの進化を実現させるためのメカニズムと して、以下の 3 つ要因があげられる。
①複数のECプラットフォームを展開したり、プラットフォーム事業を 他の業界へと展開する際に、ネットワーク効果を有効に活用することがで きる。それとともに、マルチホーミング・コストを軽減することが可能に なるため、迅速に市場を拡大することが可能になる。
②ビッグデータとITの活用が、プラットフォーム進化の基盤を提供し ていると考えられる。
データが多様であり、膨大であればあるほど機械分析結果の精度が高く なる。一方、高度なIT技術がなければ、ビッグデータがあっても効率的 に処理することができない。そのため、プラットフォームの進化を促進す るには、両者を切り離すと効果が十分に得られない。クラウドコンピュー ティングプラットフォームは各種のプラットフォームから蓄積したデータ を処理や分析し、その結果をさらに各種プラットフォームのサービスに活 用される。データの蓄積とクラウドコンピューティングは、アリババのす べての事業の中心にあり、プラットフォーム進化に有用な役割を果たして いる(図表 4 )。
③組織学習はプラットフォーム進化をもたらす重要な要因のひとつであ ると考える。事業を展開するにあたって、予測できないことや経験したこ とないことが頻繁に発生する可能性がある。その際に、日々の業務のなか
で組織学習を行い、柔軟に対応することが重要である。蓄積したデータの 重要性に気づき、それを活用することが学習の成果である。組織が常に学 習を行っているため、ECプラットフォームの付随的機能を新しいプラッ トフォームへと進化させることができたと考える。
以上の見解はひとつの事例研究により得られた結果である。したがって、
結論の一般性については、さらなる検証が必要である。また、プラットフォー ムのリーダーとなる企業がどのような組織構造をもって運営に参加してい るのか、プラットフォームの進化にともなって、リーダー企業の組織構造 がどのように変化していくのかについても今後の課題として取り組みたい。
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