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聴 覚障害 児教育 と手話

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聴 覚障害 児教育 と手話

我 妻 敏 博 *

1 は じ め に

最近,教育 に手話 を取 り入れ る聾学校 が少 しずつ増 えている。 日本では これ まで音声言語の習得 を 目指す 聴覚 口話法が主流であった。早期教育の充実 と高性能 補聴器の普及 に よって確立 してきた聴覚 口話法 は,聴 覚障害児 に とって健聴者 の世界 と融合す るためには必 要 な方法である。 しか し,聴覚障害児の中には音声言 語 に よって教育す る ことが非常 に困難 な子供達 が い る。 そ ういった子供達 に とって手話や指文字 は非常 に 有力 な コ ミュニケーシ ョン手段で あ り, なにがなんで も音声言語でなければな らない とい う考 え方 は間違 っ ている。現在 の我が国の聴覚障害児教育では,子供 の 側 か らす る と手話 か 口話 かを選択 で きない状 況 で あ る。つ ま り,ある聴覚障害児がある教育機関に通 うと, そ こで使 ってい る言語 モー ドに合わせ なければな らな い。た また ま自分が通 っている教育機関で音声言語 を 使 っていれば音声言語 を使わ ざるを得 ない し,そ こで 手話 を中心 に使 っていれば手話 を使わ ざるを得 ない と い う状況である。 そ もそ も,私達第三者 が,た とえそ れが本人に とって最 もふ さわ しい方法だ と判断で きた として も,その子供 が どの よ うな言語 モー ドを使 うべ きかを他人が決めて しま うこと自体,果た して よい こ となのか ど うか,疑問である。

これ までは聴覚 口話法 の立場 か らの研究発表や実践 報告が数多 く出されていたのだが,聾学校 で教育 に手 話 を取 り入れ る傾 向が強 まってきて,最近では手話を 使 った教育 の立場 か らの研究や実践報告 が発表 され る よ うになって きた。 この傾 向は今後 も続 くと思われ, ます ます 手話 と教育の関係がデータを もとに議論 され るよ うになると思われ る。ただ, 日本では研究者の層 が薄 く, しかも聴覚 口話法 の立場 の研究者が大半 なの で,今後 は手話や指文字使用 と教育 の関係を専門に研 究す る研究者 の養成が課題である。

聴覚障害児の教育では,音声言語 を使 っての教育を

* 上越教育大学

簡単 に 口話法 と呼び,手話 と持文字を使 っての教育を 簡単に手話法 と呼ぶ。 口話法が よいのか手話法が よい のか とい う問題 は全世界的に相当昔か ら議論 されてい ることであ り,それぞれの立場 か らの研究発表がた く さん行われてきた。特 に, アメ リカでは非常 に激 しい 論戦が何十年 も続 いてお り,お互 いに自分の立場 か ら のデータを出 して, 自分達 の立場 を主張 している. ア メ リカの聾学校 は,聴覚 口話法 の聾学校 と手話使用の 聾学校 が別 々にあるので,お互 いに 自分の方法を主張 す るとい うよ うな ことが続 いているわけである。 アメ

リカでは

1 9 7 5

年 に 「全障害児教育法」 とい う,障薯児 の教育 に関す る大 きな法律がで きて,その後,通常の 公立学校 に通 う聴覚障害児の数が飛躍的に多 くなって きた。 その結果,同 じ公立学校 の中に音声 を使 う聴覚 障害児 と手話 を使 う聴覚障害児が同居す るよ うになっ てきた。 そ うなると,同 じ学校 に聴覚 口話法の クラス と手話の クラスが必要 になって きて,入 って くる聴覚 障害児は どち らで も選べ るとい う体制 がで きてきたわ けである。

日本の場合, まだその よ うな体制 はで きていないの で,音声で も手話で も, どち らで も選べ るとい うよ う にはなっていない。 日本の この現状の もとで,果た し て聴覚障害児の教育 に とって手話や指文字の導入が ど の よ うな形 で行われればよいのか,そのあるべ き姿を じっ くりと検討す る必要がある。

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我が国の聴覚障害児教育の動向 一聴覚 口話法およ び手指言語導入の経緯 一

聴覚障害児教育 とい うと, まず思い浮 かべ るのは早 期教育 とい うことである。障害児の教育 において早期 発見 ・早期教育が大事であるとい うことは, どの障害 について も言 えることである。特 に,聴覚障害児の教 育では言語発達 を促す ことが大 きな課題 なので,言語 を獲得す る幼 い時期 か らの特別 な配慮 が不可欠 で あ る.我が国で,聴覚障害乳幼児を対象 にした早期教育 が本格的に開始 されたのは昭和30年代か らであ り,今

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か ら40年以上 も前 の話である。昭和40年代や50年代頃 には どの聾学校 に も幼稚部がで き,3歳児, 4歳児',

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歳児を対象に した教育が行われ るよ うにな り,

3

歳 未満の乳幼児に対 して も教育相談 とい う形で,主 に母 親教 育 を中心 に した教 育 も始 まった。早期教 育 が始 まった頃の昭和30年代 は,小型 で高性能 の補聴器が全 国的 に普及 した時代 で もある。 それ までは聴覚に重い 障害があれ ば聾学校 と決 まっていたのだが,高性能の 個人用補聴器 を装用す ることによって,音声言語だけ で十分 に コ ミュニケーシ ョンがで き,健聴児 と変わ ら ない言語発達 を示す重度 の聴覚障害児が多数現れ るよ うになって きた。 その結果,聾学校 ではな く,通常の 学校 に通 う聴覚障害児が増 えた。 しか し,通常の学校 に通 う聴覚障害児の中には,や は り聴能訓練や発音指 導や特別 な言語指導 を必要 とす る子供達 もお り,昭和 30年代 の半 ば頃か ら通常学校 の中に 「難聴学級」がで き始めた。難聴学級 の数 は昭和30年代,40年代 と飛躍 的 に数が増 えた。今では固定式の難聴学級ではな く, 通級指導教室で指導 を受 けている聴覚障害児の数が多

くなっている。

早期教育 と補聴器の普及 に よって,昭和40年代以降, 音声言語での教育がゆ るぎないもの となって確立 し, 聴覚障害児教育 に定着 して きた。聴覚の活用 と読話を 併用 し,音声言語 によるコ ミュニケーシ ョン,音声言 語 に よる教育 を中心 とした 「聴覚 口話法」が 日本全国 の どこの聾学校 に行 っても見 られ るよ うにな り,聴覚 障害児 を持 った親御 さん達 は通常学校での教育, いわ ゆ るインテグ レーシ ョンを 目指す よ うになってきた。

この よ うに して,聴覚障害児教育の世界ではインテグ レーシ ョンを 目標 にす る,つ ま り,保護者 も教師 も聴 覚障害児が健聴児 と一緒 に教育を受 け られ るよ うにな ることを 目標 にす るとい うよ うな雰 囲気がで きあが っ て きた。全 国的 に聴覚 口話法が定着 して くると,聴覚 障害児の教育では手話や指文字ではな く,音声 を中心 に して教育す るとい うことが 「常識」 とな り,聴能訓 練 の方法や早期教育の方法,読み書 きの能力に関す る 指導法 な どがた くさん研究 された。聾学校 の先生方 の 研究会 として,全国をい くつかの地区に分 けて地区 ご とに研究会 を持 っている。新潟聾学校や長岡聾学校 は 北陸地区の研究会 に所属 してお り,地区独 自のテーマ を設定 して研究発表会 な どを開催 している。 そ して, 年

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回,「全 日本聾教育研究大会」とい う名称で全国大 会 を開いて,全 国の聾学校 か ら先生方が集 まって研究 発表 を している。昭和50年代,60年代 の全 日本聾教育 研究大会では,早期教育,言語指導,聴覚補償 の分科

会 に大会の期間中では消化 しきれない くらいた くさん の研究発表があった。 また,聴覚障害児教育 に関係す る学会 の専門雑誌 に も,早期教 育や聴 覚補 償 な どの テーマでの研究論文が多数発表 された.当時 は聴覚 口 話法で教育す るのが当た り前 とい う雰囲気が全国的に あったので, タブー視 されていた手話 を教育 に取 り入 れ るとい うことには大 きな抵抗感があった。

さて,昭和40年代50年代 に早期教育や聴覚 口話法が す っか り根付 いてきた頃,聴覚 口話法では ど うしても うま くいかない聴覚障害児が問題 となってきた。聴力 が非常 に厳 しい子供で も聴覚 口話法で うま くいってい る子供がいた一方で,聴力がそれ程厳 しくな くても聴 覚 口話法で うま くいかない子供がいた りして,聴力の 問題 とい うだけではな く,早期教育の在 り方,指導の 方法,母親 の在 り方 な どが問題 となったが,それだけ ではな く,その子供 の特性,聴覚 口話法 との相性のよ うなもの,つ ま り,その子供 な りの学習の仕方が聴覚 口話法 に合 ってい なか った りす るわ けで あ る。そ う いった様 々な要因で聴覚 口話法では ど うして も うまく いかない聴覚障害児の ことが問題 となってきたわけで ある.

そ こで,昭和40年代半 ば頃に登場 した新 しい方法が 2つある。ー一つはキ ュー ド・ス ピーチ法, も う∵つは 同時法 と呼 ばれ る方法である。 キ ュー ド・ス ピーチ法 は音声 の子音 の部分 にキ ューサインを付 けて受容の酸 味 さや発音 の不明瞭 さを補 お うとす る方法 である。例 えば,教師が 「ママ」 と言 った場合,読話 に頼 ってい る子供 にすれば教師が 「ママ」 と言 ったのか 「パパ」

と言 ったのか 「パパ」 と言 ったのかわか らない。そこ で,「マ行」のキ ューサインを使 うと,子供 には教師が 今 「ママ」 と言 った とわかる。 また,子供が 「パパ」

と言 った場合,子供 の発音が不明瞭であった り, ある いは間違 った発音 をす ることはよ くあることなので, 教師 としてはや は り子供が 「ママ」 と言 いいたいのか

「パパ」 と言 いたいのか 「パパ」 と言 いたいのかわか らない。そ こで子供が 「マ行」 のキ ューサインをつけ なが ら 「パパ」 と言 えば,音 としては 「パパ」だけれ ど子供 は 「ママ」 と言 っているとい うことがわかる。

この よ うに,音声 にキ ューサ インをつけることによっ て受容の暖昧 さと発音 の不明瞭 さを補 お うとす る方法 である。 キ ュー ド・ス ピーチ法では子音 の部分 にサイ ンをつ け,母音 は読話 させ る. このキ ュー ド・ス ピー チ法 は音声 を使 うことが基本 にあって, また, キ ュー ド・ス ピーチ法 は学校 に在学 している時だけ,一時的 に使 うもので,将来 は音声 言語 だ けで コ ミュニケ

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シ ョソで きるよ うにす ることが 目標 になっている。そ うい うわ けで, キ ュー ド・スピーチ法 は聴覚 口話法の カテゴ 1)一に入 ると解釈 されてお り,昭和

4 0

年代半 ば に始 まった この方法 はたちまち全国の聾学校 に広 まっ た. ある聾学校では幼稚部か ら計画的 にキ ュー ド・ス ピーチ法 を取 り入れ,小学部 の段階で徐 々にキ ューサ インを使 う頻度 を少 な くして小学部卒業 の頃にはも う キ ュー ド・スピーチ法 は使わ ない, とい うふ うにかな り計画的に この方法 を採用 している聾学校 もあるし, 幼稚部や小学部で部分的に必要 に応 じてキ ュー ド・ス ピーチ法 を使 うといった聾学校 もある。 かな り計画的 に学校全体でキ ュー ド・ス ピーチ法 を使 っている聾学 校 では, キ ュー ド・スピーチ法 は単 に聴覚 口話法 を補 うとい うことではな く, キ ュー ド・ス ピーチ法 を使 っ て言語 を獲得 させ るとい う積極的な意味を持たせてい る。 ひ ところ全国の半分近 くの聾学校 でキ ュー ド・ス ピーチ法が採用 されていた。今現在では全国で どの程 度 キ ュー ド・スピーチ法が採用 されているかわか らな いが,部分的 な使用 も含めて,今で もかな りの聾学校 でキ ュー ド・ス ピーチ法が使われているもの と推測 さ れ る。

さて,昭和

4 0

年代半 ば頃に登場 した も う

1

つの方法 とい うのは,手話や指文字 を使 うとい う方法である。

これ は栃木聾学校 で始め られた同時法 と呼 ばれている 方法である。幼稚部か ら小学部 の

3

年生当た りまでは 音声 と同時 に指文字 を使 い,小学部

3

年生当た りか ら は指文字だけではな く,手話 も使 ってい くとい う方法 である。手話や指文字 を音声 と同時 に使 うとい うこと で同時法 と呼 ばれている。当初,.幼稚部の子供達 に指 文字 を教 える こ とが可能 なの か とい う疑 問 が あった が,複雑 な動 きになる指文字 は簡略化す るな どして実 際指導 してみ る とさほ ど大 きな問題 はない こ とがわ かった。 それで栃木聾学校 では最初 か らあ らゆ る発話 に指文字 をつ けて,指文字 で言葉 を覚 えさせ る。小学 部 で は会話 の ス ピー ドに指文字 がつ いてい け ないの で,手話単語 も使 うよ うにす る?小学部の高学年 当た りではもっぱ ら手話 を中心 に した コ ミュニケーシ ョン が行われている。聾学校 で手話や指文字 を学校全体で 使 うとい うことで栃木聾学校 は全 国か ら注 目を浴 び た。当時 は,猫 も杓子 も聴覚 口話法 とい うことで教育 を行 っていたので,全国でただ1校だけ手話や指文字 を使 うと宣言 しての栃木聾学校 の教育 は否応 な しに注 目の的 になったわ けである。その後約

1 0

年経過 した頃, 国立特殊教育総合研究所で聴覚 口話法, キ ュー ド・ス ピーチ法, 同時法で教育を受 けている聾学校 の聴覚障

害児を対象に,言語 の色 々な側面で調査 を行 って比較 す るとい う研究を行 った。 その研究 プロジェク トは昭 和

5 5

年度 か ら昭和

6 0

年 度 まで

6

年 間 にわ た る研 究 で あった。私 もこの研究 プロジ ェク トの一員 として調査 や データ収集 のため に聴 覚 口話法 の聾学校, キ ュー

ド・ス ピーチ法の聾学校, 同時法 の栃木聾学校 に何回 もお邪魔 した。そ こでの印象は,聴覚 口話法 の聾学校 では指導方法がす っか り定着 していて,先生方 もその 指導法 にす っか り精通 して安定 した感 じであった。一 方, キュー ド・ス ピーチ法 と同時法の先生方 は とい う

と,雰囲気が一般 の聾学校 とは全 く違 い,学校全体で ピ リピ リした緊張感があって, どの先生 も目の色を変 えて指導 していた。つ ま り,今 まで とはかな り違 う方 法で子供達 を教 えているので,全国か ら注 目されてお り,失敗 は許 されない とい う雰囲気が強 くあって, ど の先生 も必死 になって一生懸命 に取 り組 んでいたので ある。研究の結果, キ ュー ド・スピーチ法 も同時法 も, これ らの手指言語を使 うことがいかに有効かを示す結 果が得 られた。 しか し,私 の印象では,果た して手指 言語 を使 うことが よか ったのか,先生方が学校全体で 一丸 となって指導 した ことが よかったのか, よくわか らなかった。今 までに全国 どこにもない方法を考 え, 学校 全体 の カ リキ ュラムを練 り上 げ,相 当 なデ ィス カ ッシ ョンを経 ての指導だ と思 うので,む しろその よ うな取 り組みを した こと自体が教育効果 として現れた のではないか とも考 えらるわけである。そ ういった背 景の もとで同時法がスター トしたわけであるが,栃木 聾学校での手話 ・指文字 の使用 は,聴覚 口話法で うま くいかない子供達がいるか ら手話 を使 うとい うのでは な く,聴覚障害児に とって最 も自然 な言語 は何か とい う発想があったのだ と思 う。言語 は人間に与 えられた 特権であ り,人間な ら誰で も苦労す ることな く言語 を 学習す るチ ャンスが与 えられなければな らない。聴覚 障害児の場合,聴覚に障害があるのだか ら,音声 を使 っ た言語 を学習す るのには非常 に不利 なわ けであ り,そ れなら,聴覚障害児に とって苦労 な く完壁 に学習で き る言語 は何 か とい うと手話や指文字を使 った言語 とい うととになる。乳幼児に とっての言語 とは,健聴乳幼 児の場合 は声 を使 った言語であ り,聴覚障害乳幼児の 場合 は手を使 った言語 になるとい うわ けである。 アメ リカな どで聴覚障害児に手話 を使 うの も,聴覚 口話法 で うま くいかないか らとい う理 由ではな く,聴覚障害 児に とって手話が獲得 しやす い言語であ り,聴覚障害 児に とっては手話 が 自然 な言語であると考 えているか らである。そ こで,健聴者 の社会 に融合す るためには

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音声言語 の獲得 が不可欠であるとす る聴覚 口話法 の支 持者 と聴覚障害児 に とっての言語 として手話を教 える べ きだ とす る手話法 の支持者が異 なった発想で論争す

るので,論点がかみ合わ ない状態 なわ けである。

さて, この同時法だが, キ ュー ド・ス ピーチ法が全 国的 に広 まったのに反 して,他 の聾学校 には長 い間受 け入れ られず,最近 まで どの聾学校で も相変わ らず聴 覚 口話法 を看板 に していた。 もっとも,実際 は聾学校 の中学部や高等部 では手話 を使 うことが黙認 されてお り,建前 の上 では,幼稚部 ・小学部で 日本語 をマスター したあ とは手話 を使 って も構わ ないのではないか, と い うことであ る。 この建前 と実態が一致 していて,本 当に小学部卒業 の段階で 日本語がマスターで きていれ ばいいのだが,実態 は聴覚障害児の言語力の問題 は深 刻 な問題 として昔 も今 もあるわけである。

言語力の不足が教科学習に も影響 し,学年対応 の教 科書がなかなか使 えない とい う現状がある。聴覚障害 児 の言語 力や学 力 の問題 を簡潔 に表す言 い方 と して

「9

歳 レベルの壁」 とい う言 い方がある。 これは

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年 以上 も前 に言われ始めた ことだが,言語力や学力が

9

歳 の レベルで停滞 して しま う聴覚障害児が,聾学校 に 少 なか らず いたわ けである。 これは現在 にも当てはま ることで,現在 は言語力や学力のある聴覚障害児は ど ん どん聾学校 か ら通常の学校 に出て しま うので,聾学 校 に残 っている聴覚障害児は言語や学力になん らかの 深刻 な問題 を抱 えている子供達である。

そ うい うわ けで,現在の聴覚障害児教育は補聴器の 性能 の進歩や人工 内耳の普及 によって聴覚 口話法で う

ま くい く聴覚障害児が増 える一方,聴覚 口話法では う ま くいかない子供達 の問題が クローズア ップされてお り,最近 では教育に手話 を取 り入れ る聾学校が急速 に 増 えつつあ る。

3

アメ リカの聴覚障害児教育の動向 (全障害児教育法)

アメ リカにおける障害児教育で大 きな転機 となった のは

,1 9 7 5

年 にで きた 「全障害児教育法

」( PL9 4 1 1 4 2 )

である。これ は

p ubl i cl a w

と言 って,アメ リカ全土 に 適用 され る法律である。 アメ リカは州 ごとに法律があ る。 そ うい う国であるので, アメ リカ全土 に適用す る 法律 とい うのは非常 に重要 な法律 なわ けである

。1 9 7 5

年 に施行 された この 「全障害児教育法」 はアメ リカ全 土 に適用 され る重要 な法律 とい う位置づ けで作 られ た。

この法律 の中でた くさんの ことが決め られている。

その中で も本稿 のテーマに関連 して重要 と思われ る

2

つの ことについて述べ る。 1つは 「最 も制限の少 ない 環境での教育」 とい うことである。 もっとも制限の少 ない教育環境 とは地域の公立学校 の通常学級である。

次 に制 限が少 ない教 育環境 は通常学級 に籍 をお いて 時 々特別 な教室 に行 って特別 な指導 を受 ける, いわゆ る 「通級指導教室」 である。次 に制限の少 ない教室は いわゆる 「固定式 の難聴学級」 であ り, その場合 も可 能 な範囲で最大限に通常 の学級で教育を行 う。最 も制 限の大 きい教育環境が 「聾学校」 である。 アメ リカは 国土が膨大 に広 いので,聾学校 に入 るとい うことは普 通 は寄宿舎 に入 るとい うことを意味す る。寄宿舎に入 ると,教育だけではな く,生活その ものに も大 きな制 限がある。 とい うわ けで,障害児の教育措置ではまず 第一番 目に地域 の公立学校 で教育で きるか ど うかが検 討 され る。 この法律がで きたおかげで, アメ リカでは 多 くの障害児が地域 の公立学校 に通 うよ うになった。

州や地域 に よって違 いはあるものの,大方 の場合 は, まず,障害が発見 された時点で必要 に応 じて数人の専 門家でその障害児を非常 に詳 しく検査す る。必要 な場 合 は専門家がその子供 の家 を訪問 して検査す ることも あるし, どこで検査す るかを保護者が決め る場合 もあ る。そ して,障害が発見 された直後 に,それ ら専門家 と保護者 とで, どこで指導 を受 けるのが よいか,膨大 な検査結果 を参考 に しなが らデ ィスカ ッシ ョンして決 め る。学齢 に達す るとどの学校 が よいのか,やは り何 人かの専門家 と保護者 と可能であれ ば本人 も含めてそ の子供 の さまざ まなデータを参 考 に しなが らデ ィス カ ッシ ョソして決め る。専門家 とい うのは小児科の医 者,心理学者

,S T,OT,PT

,オージオ ロジス ト,障 害児の専門教師,地域 の教育委員会 の担 当者 な どで, その子供 に とって必要 な専門家が集め られ る。保護者 が 1回のデ ィスカ ッシ ョンだけで満足す るとは限 らな いので,障害 を持 った乳幼児や児童 ・生徒 の教育措置 の会議 は随時,必要 なだけ開かれ る。 この よ うな就学 指導 の手順だ と,膨大 な費用 と人手 と時間がかかるが, それだけの価値がある重要 なこととして実施 されてい るわ けである。

「全障害児教育法」が施行 されて以来, アメ リカで の障害児の教育 は通常の学校で行 うとい う傾 向が ます ます強 ま り,聾学校 に在籍す る子供 の数が減 ってきて いる。 この傾 向は 日本で も同 じであ り,特殊教育諸学 校 は地域のセ ンターとしての役割を考 えるべ き時代 に 入 ろ うとしている。 さて, アメ リカの通常の学校 では 聴覚障害児 に対 して どの よ うな対応 を しているのかに

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ついて述べ る.ア メ リカでは聴覚障害児を教育す る場 令,聴覚 口話法, キ ュー ド・ス ピーチ法,手話法, 同 時法, バ イ リンガル法 な どが採用 されている。 この中 で もバ イ リンガル法 は独特である。聴覚 口話法,キ ュー ド・スピーチ法,同時法 はいずれ も英語 を表すのに, 音声 を使 うのか, キ ューサ インを使 うのか,手話や指 文字 を使 うのか, といった言語 モー ドの違 いに よって 分 け られ るわ けだが,バイ リンガル法 とい うのは英語 を表す言語 モー ドではな く, アメ リカ手話 とい う言語 をまず子供 に獲得 させ,次 に英語 を教 えて, アメ リカ 手話 と英語 のノミイ リンガル に しよ うとい う方法 で あ る。本当はバ イ.リンガル ・バ イカルチ ュラル ・プログ ラムな どと言 って,略 してバイバ イ ・プログラムとか バ イバ イ ・メソッドと呼 んでいるが,子供 を二言語使 用者 にす るだけでな く,健聴者 の文化 と聾者 の文化 の 両方 の文化 を持つ子供 に育て よ うとす る方法である。

さて,同時法 で も手話や指文字 を使 うわ けだが, 同時 法の場合 は英語 と同時に手話を使 う,つ ま り英語対応 の手話 を使 うわ けだか ら,手話 は使 っているけれ ど, その表 している言語 は英語である。 しか し, このバイ バ イ ・プ ログラムで言 っている手話 は 「アメ リカ手話

Ame r i c a nSi gnLa n gua ge:ASL

」 と言 って,聾者が 使 ってい る手話言語 の ことである。 バイバ イ ・プログ ラムでは,英語 を教 えた り覚 えさせた りす るのではな く,

ASL

を獲得 させ る

。ASL

は 「スピーチ レス」なの で,音声 は使わ ない。本来,手話 はそれだけで独立 し た言語であ り,音声言語 を手で表 した ものではない。

アメ リカでは手話 は,英語, スペ イソ語 に次 いで

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番 目によ く使われ る言語である。ただ し,手話 は手や指, 顔 の表情,体全体 の動 きな どで表す言語で,音声 を使

う言語 とはかな り様相が違 うわけである。音声 は時間 的 なもので,声 を発 した次 の瞬間にはその音声 は消 え て し辛 うし,一人の人が複数 の ことばを同時 に しゃべ ることはで きないが,手話 は ことばを相手 に見せ っぱ な しにす ることがで きるし,右手 と左手 と顔 の表情を 使 って複数 の内容を同時 に表す こともで きる。一方, 音声 は文字 として記述す ることがで きるが,手話 はな かなか簡単 には記述 で きない。 日本では,以前 は手話 は言語ではない と言われていた。「手話 には 日本語 の助 詞 に相 当す るものがない」 とか 「動詞 の語尾変化 に相 当す る手話がない」 な どと言われていた。 これは,辛 話 は音声言語を手 で表す ものだ とい う認識 が強かった か らである。手話 の言語学的な研究が進むにつれて, 手話 には音声言語 と同 じよ うに特有 の文法規則がある ことがわ かって きて,今では手話 は言語 として認め ら

れている。語嚢 については,形や動 きを示唆す るよ う な具体的な意味を表す手話単語だけではな く,抽象的 な意味を表す手話単語 もた くさんあるが,手話単語全 体 の総数 は音声言語の全単語数 と比べ ると, とて もか なわ ない くらい少 ないのが実情で,手話 にない 日本語 の単語を表す時 は指文字を使 う。

さて次 に,全障害児教育法 の中で重要 な

2

つめの項 目は 「個別指導計画

I EP

の作成」とい うことである。

日本で も最近 になって,障害児の教育 に当た っては個 別指導計画を立てることが義務づけ られた。 アメ リカ では

2 5

年 くらい前 に法律で決 まっていたわ けである。

1 9 7 5

年 の全障害児教育法で決め られている個別指導計 画は特殊教育諸学校 に適用 され るだけではな く,通常 の公立学校 にいる障害児に対 して も適用 されている。

「最 も制限の少 ない環境での教育」 とい うことで,障 害児が どん どん地元の公立学校 に入 っていったわ けだ が,そ こで も障害児一人一人に合 った教育計画が個別 に作 られなければな らな くなった。 これは公立学校 に すれば大変 な ことが法律で決 まったわ けで, まず,悼 害児を受け入れ ることを拒否 で きな くな り, さらに, その子供 にふ さわ しい教育 プログラムを作 って環境を 整 え,専門家を雇わ なければ,法律違反 になって しま うわけである。聴覚障害児については どの よ うな こと になったのか と言 うと,通常の公立学校 で聴覚障害児 を受 け入れ,その子供 に合わせて専門家を雇 った り, 機器煩を準備 した りしなければな らな くなった。 これ は金持 ちの地区では可能 なのだが,全米的に どこで も で きるとい うよ うなものではない。 アメ リカの場合, た とえ義務教育であっても,全国 どこで も同 じ予算で 同 じ質の教育が行われているわけではな く, その地域 の税金で学校 を運営 している。 アメ リカではその地域 ごとに収入に合わせて 「教育税」 とい うのを住民か ら 徴収す る。金持 ちがた くさん住 んでいる地域では多額 の教育税 が入 るのだが,低所得者の多 い地域では教育 税が少 な く,学校教育に問題が出ている。 そ うい うわ けで,個 々の公立学校 で聴覚障害児に対応す るのが困 難 な場合が少 な くない。そ こで,い くつかの学校で ど こか中心 になる小学校 な り中学校 な りを決めてそのい くつかの学校区にいる聴覚障害児を一手 に引 き受 ける とい う体制 を作 っている。 そ して,聴覚 口話法 のクラ ス, キ ュ‑ ド・スピ‑チ法 のクラス,手話使用 のクラ スを用意 して,だいたいは聴力の程度 と本人や保護者 の希望 に よって子供達 を振 り分 けている。 とい うわ け で,同 じ学校 内に

3

つの方法が同居 してお り,子供達 はその中か ら選ぶ ことがで きる。 この

3

つの方法が同

(6)

じ学校 にあることで,色 々試 してみた りで きるので, 聴覚障害児やその保護者 に とっては とてもよい ことだ と思 う。 うま くいかなか った ら,別 の クラスに移動す ることが容易 にで きる。それ らの,聴覚 口話法,キ ュー ド・ス ピーチ法,手話使用の クラスにはそれぞれの専 門家が配置 されて,聴覚障害児個 々に合わせた教育 プ ログラムが作 られている。個 々の教育 プログラムにつ いては,保護者 の承認が必要 なので,保護者 に対 して 説明を行 い,納得 して もら う。恐 らくその段階で保護 者 の意 向がかな り反映 され るもの と思われ る。聴覚障 害児が通常 の学校 に入 った場合,その子供 に必要 な教 育 プログ.ラムを作 り,その子供 に必要 なものは揃 える,

とい うことは全 国的 に行われているよ うである。手話 が必要 な子供 にはその子供 の手話通訳 をす るために教 育委員会 が手話通訳者 を雇 う。小学校,中学校,高校 と,地 区の行政 当局がその子供 のために手話通訳者 を つ けるわ けである。そ うい うことになっているので, 例 えば聾学校 に在籍 している子供が手話通訳者 と一緒 に近 くの通常学校 に出かけていって, ある教科 の時間 だ け とか,半 日とかを健聴児 と一緒 に過 ごし,健聴児 と同 じ授業 を受 けることがで きる。大学 レベルでは大 学が手話通訳者 を雇 う。以上 は私の知 っている範囲で は こんな状況だ った とい うことで, アメ リカ全土 で ど

うなっているのかは明 らかでない。

さて, アメ リカでは聴覚障害児が次 々と通常 の公立 学校 に入 り込 んでい く一方 で,逆 に,聴覚障害児を健 聴児の学校 とは切 り離 して教育 しよ うとい う動 きもあ る。 これは先 ほ ど述べたバ イバイ ・プログラムと呼 ば れているもので,結構古 くか らあることはあったのだ が, ここ

1 0

年 くらいで次第 に注 目され るよ うになって きた教育 プログラムである。 日本 に も最近 この考 え方 や方法が紹介 されて きて,研究が進みつつある。 この バイバ イとい うのは,「バ イ リンガル・バ イカルチ ュラ ル」の略 で,バ イ リンガル とは,手話 と英語 の二言語 使用 とい う意味である。 しか し,手話 と英語 を対等 に 考 えているのではな く,聴覚障害児にはまず アメ リカ 手話 をマスターさせ る。英語 はそのあ とである。 ち ょ うど,健聴児が英語 を習得 してい くよ うにアメ リカ手 話を習得 させ るわ けである。 したが って子供 の言語環 境 は全 てアメ リカ手話 にす る。家族や学校 の先生は全 でアメ リカ手話 を使 って子供 に話 しかける。手話 は音 声言語ではないので,音声言語 は使わ ない。そ して子 供 に完全 にア メ リカ手話 を 自分 の言語 として習得 さ せ, コ ミュニケーシ ョンや思考の道具 として使 えるよ うにす る。英語 は習得 した アメ リカ手話 を土台に して

習わせ る。 といって も,音声 としての英語ではな く, 書 きことば としての英語 を教 えるわ けで, もっぱ ら読 み書 きを学習 させ る。バ イバ イ ・プログラムの推進者 に言わせ ると,既 にアメ リカ手話 とい う 「言語」を完 全 にマスターしてか ら英語 を教 えるので, これか ら英 語 を習得 しよ うとす る聴覚 口話法 の聴覚障害児 よ り ず っと有利 に教 えられ るのだそ うである。結果的には アメ リカ手話 と英語のバイ リンガルになるんだ とい う ことである。私 は実際 アメ リカに行 って,バイバイ ・ プログラムの学校 を訪問 してその学校 の リーダーの話 しを聞いた ことがある。 その人 はろ うの人で,手話通 訳 を通 して話 しを伺 ったわ けだが,彼女が言 うには, 聴覚 口話法で教 えた場合,英語が思考の道具 として使 えるよ うになるまでには長 い年数がかか り,その結果, 子供 の言語発達だけでな く子供 の精神発達 も遅れてし

ま うことになる。 その点,最初か らアメ リカ手話を習 得 させ ると,子供 の言語発達 と精神発達が同 じレベル になるので,言語だけではな く,概念 の獲得や認知能 力の発達 な ど,色 々な面での問題が解消 され るのだ, とい うことであった。英語 の読み書 き能力 もアメ リカ 手話 を使 って教 えればマスターで きるとの ことであっ た。そのあ と,学校 の中を案内 して もらったのだが, 複数 の通訳者が一緒 についてきて,私 とその リーダー の手話通訳 をす るだけでな く, 同時に,別 の手話通訳 者 が我 々の話 しを子供達 に も手話通訳 して見 せ てい た。そ うしない と,我 々が何を話 しているのか子供達 にわか らないか ら, とい うことであった。聴覚障害児 に対 す る情報 を補償す る とい うことには特 に神経 を 使 っている様子であった。授業 の中で,幼稚部 の子供 達 が先 生 を中心 に輪 になってな にか話 し合 っていた が,子供達 同士や子供 と先生の間の コ ミュニケーシ ョ ンが非常 にスムーズに行われてお り,私 はアメ リカ手 話 はよ く分か らなかったのだが,子供達 はそれぞれ 自 分で物語 を作 ってみんなに聞かせ ているよ うで,手話 を使 って長 々と話 している幼 い子供 を見 ていると,本 当に この子供達 に とってはアメ リカ手話が 自分の言語 として使 い切れているとい う感 じであった。ただ し, 音声 は使 っていなか った。バ イバイ ・プログラムの最 初 のバ イはバ イ リンガルの ことだが,

2

番 目のバ イの 方 は,バイカルチ ュラル とい うことで, これは健聴者 の文化 とろ う者 の文化 の両方 の文化 を教 えよ うとす る プログラムである。 このろ う者 の文化 については,聴 覚障害者 の歴史や ろ うの人の偉人伝,現在のろ う者 の 団体 の ことな どを教 えることになる。大 きな子供達 は ろ う者 の団体 の活動 に参加 させた りして,文化だけで

(7)

な く大人めろ う者 とのふれあいも大事 にしてい る。通 常 の公立学校では このバ イバイ ・プログラムを私 は見 た ことがないのだが, もともとこのバイバ イ ・プログ r ラムは健聴者 の世界 とろ う者 の世界をはっき り分 けて くんだ とい う考 えの もとでのプ ログラムだか ら聴覚障 害児を健聴児の学校 とは切 り離 して教育 しよ うとい う 考 え方である。

(デ フコ ミュニテ ィと社会的背景)

アメ リカでは

,1 97 5

年 に全障害児教育法がで きて, 障害 が あ るか らといって隔離 して教 育す るので はな く,可能 な限 り通常 の学校 で教育す る傾 向が強 くなっ た

。1 9 9 0

年 には

ADA

とい う法律がで きて,対象が子供 ではな く大人にまで広が った。 この法律 は 「障害があ るか らとい う理 由で社会生活が不便 になった り,就労 に差別があってはな らない」とい う主 旨の法律である。

遠距離バスな どは必ず車椅子のまま旅行がで きるよ う に リフ トをつ けることが義務づけ られた りしている。

聴覚障害者 に対 しては,様 々な場面で手話通訳者がっ け られ る し, テ レ ビも字幕 内蔵 の テ レ ビで なけれ ば 売 ってはいけない ことになってお り, テ レビ番組 も字 幕 を付 けなければ放送 してはいけない ことになってい る。障害児のための教育 には莫大 な予算をかけている ので,障害児が大人になった時,その分 を社会 に還元 してもらお うとい うわ けで,障害者の頭脳や労力を社 会貢献のために使 って もら うためには,社会生活や就 労の面で不利 にな らない よ うに しよ うとい う意図があ る。障害者 の能力を埋 もれ させた まま社会保障 してい くよ り, 自立 して働 いて もらった方が結局国の利益 に なるのだそ うである。 また, アメ リカは合衆国 とい う くらいで,多民族国家 なので, アメ リカとい う一つの 国であ りなが ら,多様 な文化 を受 け入れ よ う, とい う か,受 け入れ ざるを得 ない事情がある。そ こで,例 え ばスペ イン語 しか通 じない よ うな衝があった り, どこ に行 っても中国語 しか 目に しない とい うよ うな衝 もあ る。今 アメ リカの教育で問題 になっていることの一つ に,英語での教育 を拒否す る地域が出てきた ことであ る。一般的 には,移住 してきた人達 の多い衝 の公立学 校 では,英語 を しゃべれない子供達 のための特殊学級 を設 けて英語 を教 えているが,衝全体が英語 よ りも別 な言語で生活 しているよ うな所では,公教育 も英語で ない言語で して欲 しい とい う運動がある。親があま り 英語 を しゃべれない場合 は特 にそ う強 く思 うのであろ う。 アメ リカに住 んでいるか ら, アメ リカ市民だか ら

といって,英語でなければならないのはおか しい。む しろ, 自分達の もともとの国の ことばを使 い, もとも との国の文化 を今住 んでいる場所で継承 したい, 自分 達が先祖代 々大事 に している言語や文化 を捨 てるわ け にはいかない, と考 えるわ けである。 アメ リカでは国 旗や国歌を大事 にす るが,そ うで もしなけれ ば,み ん な同 じアメ リカ人だ とい う認識が薄れて しまいかね な いのである。国全体でお互 いの違 いを認め合 い,共 に 生 きてい こ うとす る雰囲気があるわ けである。障害児 や障害者 についても同 じで,バ リアフ リーの考 え方が 行 き渡 っている。

そ うい う国柄 なので, 日本人ばか りが住 んでいる日 本の よ うに, ことばも文化 も画一的 とい う発想が成 り 立たない事情がある。 ろ う者 について も, マイナーグ ループではあるが, アメ リカに住 んでいる少数民族 の よ うに, ろ う者 の文化やろ う者 の言語が市民権 を持 っ ている。 アメ リカで最 も多 く使われている言語 は勿論 英語だが,

2

番 目がスペイン語,

3

番 目がアメ リカ手 話である。 アメ リカに行 くと,様 々な文書やチ ラシに は英語 とスペイン語の両方書かれている。手話 は書 き ことばがないので,書かれてないが,色 々な場面で手 話通訳 が行われている.ろ う者 はデフ・コ ミュニテ ィー と言 って,強力な組織 を持 っていて団結 している。ザ・

デフとは英語でろ う者 の ことである。普通

,de a f

と小 文字で善 くのだが, デフ ・コ ミュニテ ィーの人達 はわ ざわ ざ

de af

d

の字 を大文字で書 いて,固有名詞 の よ うに してある種 のグループであることを明確 に表 し ている.そ してデ フ ・コ ミュニテ ィーは教育の分野 に も強い関心を持 ってお り,聴覚 口話法やキ ュー ド・ス ピーチ法 を嫌 っ七いる。彼 らに とっては,聴覚障害児 は将来のデ フ ・コ ミュニテ ィーを担 ってい く人的資源 なので,聴覚 口話法 な どで健聴者 の世界 に連れて行か れては困 るとい うわけである。勢力が衰 えると色 々と 社会 に働 きかける上で も不利 になる。そ こで,聾学校 にアメ リカ手話 を取 り入れ ることを要求す るし,聴覚 口話法の聾学校 には対峠す る立場 を取 っている。

4 我が国の聴覚障害児教育の展望 (通常学校 に学 ぶ聴覚障害児 の増加)

聴覚障害児教育 とい うと,以前 は聾学校教育が取 り 沙汰 され ることが多か ったのだが,今は通常の学校 に 在籍 している聴覚障害児の数が多 くなっているので, 聴覚障害児の教育 と言 った場合,聾学校だけの ことを 考 えるわ けにはいかな くなっている。では現在, 日本 の聴覚障害児は どれだけの人数が どこで教育を受けて

(8)

いるのかを見 てみ る。

現在 日本 には聾学校 が

1 07

校 ある。平成

1 2

年度の統計 では,在籍 している子供達 は全部 で約

6, 8 0 0

人。その内 訳 は,幼稚部約

1, 3 0 0

人,小学部約

2, 2 5 0

人,中学部約

1, 20 0

人,高等部約

2, 0 50

人で,合計約

6, 8 0 0

人である。

数年 前 まで は

9, 0 00

人 とか

8, 0 00

人 とか言わ れ て いた が,今 は

7, 0 00

人を切 ってお り,聾学校 に在籍 している 子供 の数 は減 り続 けている。聾学校 の他 には,特殊学 級 としての 「難聴学級」が小中学校合わせて全国で約

4 90

学級 あ り,約

1, 05 0

人が在籍 している。最近 では「通 級指導教室」 で指導 を受 けている児童 ・生徒の数が増 えていて,.現在約

1, 4 00

人の子供達が通級 している。と い うわ けで,聾学校,難聴学級,通級指導教室,全部 合わせ ると約

9, 2 50

人になる。日本全体で学校教育の対 象 となる聴 覚障害児 の数が全部 で

9, 2 5 0

人 とい うこと はあ り得 ないので, ここでカウン トされた よ りもかな り多 くの聴覚障善児が通常の学級のみで教育を受 けて いるもの と思われ る。 その数 ははっき りしないが, 日 本 の聴覚障害児全体 を考 えた場合,大半 の子供達 は音 声言語で教育 を受 けていると思われ る。聾学校で手話 を取 り入れ る学校が増 えてきているのは事実だが,だ か らといってす ぐには 日本の聴覚障害児教育が手話法 に傾 いているとは言 えないのが現状である。 しか し, 将来 においては,聾学校 での手話使用が主流 になって きて,その影響が通常学校 にまで波及 し,通常 の学校 に在籍 している重度 の聴覚障害児 も手話 を使用す るよ

うになる可能性がない とは言 えない。

〈聾学校 における手話の使用状況)

そ こで, まず,聾学校 で どの程度手話が使用 されて い るかにつ いて私が

3

年 は ど前 に聾学校 を対象に調査 した結果 を紹介す る。聾学校

1 0 0

校 にアンケー ト用紙 を 配付 して調査 した。その うち

7 5

校か ら回答があった。

結果だけを並べ ると, まず半数以上 の教師が授業で手 話 を使 っている聾学校 は,中学部で

5 0%

あ った。聾学 校 の半数 が中学部 で手話を使 っているわけである。半 数 以上 の教 師が授業 で手話 を使 ってい る とい うこ と

紘,学校 として手話使用を認めていると判断 して も構 わ ない数だ と思われ る。小学部では ど うか とい うと, 半数 以上 の教 師が授業 で手話 を使 って い る聾 学校 が

27: 1%

あ った。中学部 の半分近 くまで少 な くなってい るが,それで も聾学校 の

1 / 4

で小学部で も手話使用 を認 めているとい う結果である。幼稚部では

2 2. 5%

あった。

全 国の聾学校 の

2

割以上の聾学校で幼稚部で手話使用 が認め られ てているとい う計算になる。一部 の教師だ

けが授業で手話 を使 っている聾学校 まで含め ると,刺 合 はもっと増 える。一方,授業 での手話使用 はは一切 認 め ない とい う聾学校 は幼稚 部 で7

1. 8%

,小学部 で

5 4. 3%

,中学部で

3 8. 2%

あった。手話使用を認めない 聾学校 は 日本の北の方 に多 く,手話 を認めている聾学 校 は関西以西 に多い とい う,地域的 な傾 向 も見 られた。. 全部 をまとめて見 てみ ると,幼稚部か ら中学部 まで, 一貫 して手話使用 を認 め ていない聾学校 は全体 の約

3 50

/.であ り,一部で手話 を使用 している学校 か ら学校 全体で手話 を使用 している学校 まで全部含めて

6 5%

の 聾学校で手話 を使用 しているとい う結果であった。 さ らに,今後手話 を使用す る予定があるか とい う質問や 保護者か らの手話使用 の要求 はあるか といった質問の 結果 をみてみ ると,多 くの聾学校 で,今後 は手話を使 用す ることを検討す る予定であるとい う結果であ り, 今後 も手話 を使 う聾学校が増 える傾 向にあると思われ る。

ただ, ここで気 になるのは, ど うい う理 由で手話を 使用 しているか, とい うことである。 アンケー トでは その理 由を自由記述 に して もらったので,色 々書いて あったが,総 じて 「聴覚 口話法では教育で きない子供 達が存在す るか ら」 とい うことであ り,子供 の実態を 考 えると手話が必要だか ら, とい うわ けである。そこ には,栃木聾学校や アメ リカで考 えられているよ うな,

「聴覚障害児 にとっての言語 とは」とい う発想 はな く, 必要 に迫 られての選択 とい う実情が推測 され る。

必要 に迫 られてであれ, ある理念の もとであれ,聴 覚障害児の教育で手話 も選択 で きるとい うことは大変 結構 な ことである。子供 それぞれ違 うわ けだか ら,逮 択肢 の数が増 えるとい うことは, よ り,個 に沿 った教 育が用意 され るとい うことなので,好 ましい ことであ る。ただ,それが選択肢 となるためには,複数 の方法 が選択 で きるよ うになっていなけれ ばな らない。通学 可能 な教育機関の中で聴覚 口話法や手話法が選択でき るよ うになっているとか,同 じ教育機関の中で聴覚 口 話法 と手話法が選択 で きるよ うになっていない と,選 択肢 にはな らないわ けである。 まず はそ うい う問題が ク リアされていなければ,相変わ らず,教育方法 に子 供 を合わせ る状況 に改善 は見 られない。

(成果 を挙 げている教育機関の共通 点)

手話か 口話か, とい う問題 を言語指導 とい う観点か ら見 てみ る。言語指導 とい うことを考 えると,手話か 口話 かは,必ず しも決定的 な要因ではない と思われ る。

聴覚障害児教育を考 えた場合,年齢 に関係 な く,言

(9)

語発達や言語力の育成 とい うことが基本的で重要 な課 題である。学齢 になると学力の問題が クローズア ップ されて くるが, もともとは言語力の問題が学力低下の 原因で,学力をつ けるとい うことも,最終的には言語 力の問題 に戻 って しま う側面がある。

普通,何かを指導す る場合,「指導 の内容」と 「指導 の方法」が問題 になるわ けだが,聴覚障害児の場合 は それに加 えて どんな言語 モー ドで指導す るか も考 えな ければな らない。聴覚障害児の言語指導 の要 因には ど の よ うなものがあるか とい うと,「なにを,どの よ うな 方法で, どの言語 モー ドで指導す るか」 とい うことだ と考 えられ る。手話 か 口話か とい う問題 は 「どの よ う な言帝 モー ドで指導す るか」 とい う,言語指導 の要因 の一つ に過 ぎない とも言 えるわ けで, どの言語 モー ド を使 うか,つ ま り手話 か 口話 かキ 3.‑ ド・ス ピーチか を選ぶ時の問題 は,それはそれで非常 に大事で複雑 な 要因が絡 んで くるので結論 を出すのが困難 な問題 であ るが, それ とは別 に言語指導 の内容や方法 を検討す る ことがで きるわ けである。使 う言語 モー ドが決 まった 途端 に言語指導 の内容や方法 も決 まって しま う, とい うことはない と思われ る。現在 も過去 も, 日本におい ては手話 か 口話かキ ュー ド・ス ピーチか, とい うこと はよ く話題 になってきた。 それ とは別 に昭和

5 0

年代や

6 0

年代では早期教育のあ り方や聴覚活用 の方法が研究 され,発表 されて きた。 しか し,言語指導 のプログラ ムについては,育,昭和23年 の聾学校義務化以降 しば らくの問,全国の聾学校 で言語指導計画の作成が取 り 組 まれていたが,最近, と言 って もず いぶん長 い間, 言語指導計画 に関 しては大 きな関心 を持 たれ てい な

い。

アメ リカでの手話, 口話 の論争 では, お互 いの立場 か らデータを出 し合 って 自分達 の方法 の メ リッ トを主 張す るわ けである。聴覚 口話法 の側 か らは例 えば聴能 や発音の ことを取 り上 げ,手話使用では十分 に人の話 しも聞 き取れ ない し,発音 も不 明瞭で人には通 じない, 手話では聴覚的 な能力や発音 の能力は開発 されない と 言 っている。手話擁護 の側 では,聴能や発音 といった 技術的 な能力が問題 なのではな く, コ ミュニケーシ ョ

ンの中身が もっと重要で子供 に とって意味がある。聴 覚 口話法では (手話使用 に よる教育 の よ うに)子供が 幼 い うちか ら満足 な コ ミュニケーシ ョンがで きていな いではないか, とい うよ うな ことで反論 している。 し あま り話題 になることがない。実 は,聴覚 口話法で も 手話法で も,言語力や学力 は似た よ うな結果 なので,

あま り論点 にな らないので あ る。州立 の聾学校 で は

TC

(トータル ・コ ミュニケーシ ョン) と言いなが ら, 主 に手話 を使 っている。本来の

TC

は,聴覚障害児 に

とってわか りやすい方法 なら,音声で も手話で もなん で も使お うとい う考 え方である。州立聾学校では この

TC

で教育 していると言 っているわ けだが,しか し,実 際には,音声の部分 は非常 に弱 く,もっぱ ら手話 を使 っ ている。州立聾学校で問題 になっているのは子供達 の 言語力や学力の低 さである。 この現状を見 ると,手話 を使 うとい うことだけでは言語力や学力がっかない と 言 えそ うである。

一方で,言語力や学力の面で素晴 らしい成果を挙げ ている聴覚 口話法 の教育機関や手話使用の教育機関 も 少 な くない。では,顕著 な教育効果を挙げている教育 機関 とは どの よ うな教育機関であろ うか。私 は仕事が ら, アメ リカの聴覚障害児教育を代表す るよ うな有名 な学校や研究機関をい くつか見て回った りす るわ けだ が,それ らの学校 で, い くつかの共通点を兄い出す こ

とがでせ る。それは何か と言 う次の

3

点である。

1点 目は 「優れた教育 プログラムを持 っている」 と い うことである。聴覚 口話法の学校であれ手話使用の 学校 であれ,成果を挙げている有名 な学校 では,教科 の指導 を担任任せ にす るのではな く,学校全体で十分 に検討 された教育 プログラムを持 っていて,そのプロ グラムを土台に して教育 している。 プログラムその も のは学校独 自の ものなので,学校 によって違 う。 ある 聾学校 では近 くにあるい くつかの通常学校 との交流を 大事 に した プログラムを持 っていて,毎 日子供達 を交 流先の通常学校 に出 して授業 を受 けさせているし, め る聾学校 では主要科 目で独 自の指導 マニュアルを作 っ てそれを もとにカ リキ ュラムが組 んである。言語指導 に関 しては どこで も非常 に細かで膨大 な量 の指導 プロ グラムを持 っていて,そのプログラムに沿 って言語指 導が行われている。聴覚 口話法の学校であれ,手話使 用の学校 であれ,成果 を挙げている有名 な聾学校 は優 れた言語指導 プログラムを持 っている。

2

点 目は 「優秀 な教師による教育」 とい うことであ る。 アメ リカでは州 によって教員免許状の種類が若干 違 うよ うだが, どの州で も資格 のない人は教 えること がで きない。 とい うことで,聾学校では勿論だが,逮 常 の学校で も難聴学級や通級指導教室 の先生は聾教育 の免許状 を持 っている。そ して,成果を挙げている有 名 な学校では質 の高い教師を雇 っている。私の知 って いる聴覚 口話法の聾学校 の教師達 は, 自分が担当 して いる部分 に関 しては大学で教 えて もいい くらいの知識

(10)

と経験 を持 っている。 また, ある学校 では校長 と教頭 が二人 とも, もと大学教授で,二人でその学校 の理論 的 な リーダーで もあ り,教師を しっか りと教育 してい

る。

3

点 目は 「研究者や研究機関 との連携」 とい うこと であ るo聴覚 口話法 の学校 であれ,手話法の学校 であ れ, アメ リカで も有名 な聾学校や教育機関は研究機関 と一体 になっていた り,大学 の附属学校 であった り, あるいは大学 と共 同研究の関係 にある。要す るに,学 校 に研究者が出入 りしていて,共 同研究 した り, プロ

グラムの開発 を行 った りしている。

以上

3

点が私が見た限 りでは共通 していた ことであ l

る。

(言語指導 プログラムの必要性)

一般的 に言 って,障害児教育 においては,障害の程 度が重 くなればなるほ ど計画的 な教育 プログラムが必 要 になって くる。障害の程度が軽 い場合 は,その子供 が学習 しやす い環境 を整 えた り学習のチ ャンスをた く さん与 えることで, 自分で学習す ることがで きるが, 障害 の程度が重 くなればなるほ ど自分で学習す ること が困難 になって くるので,周囲か らの意図的 な働 きか けが必要 になって くる。聴覚障害児の場合 も同様で, 教師の努力 に もかかわ らず,言語力や学力の面で大 き な問題 を抱 えている重度 の聴覚障害児には,やは り計 画的 な言語指導や特別 な配慮での教科指導が必要であ る。特 に,聾学校 では今後言語指導 プログラムや教科 指導 プ ログラムを開発 してい くことが必要 になるので はないか と思われ る。 もし聾学校 で言語力や学力がつ け られ ない とい うことになると,保護者 は健聴児 と一 緒 にさせた方 がむ しろメ リッ トがあると考 え,子供 を 聾学校 に通わせ な くなるか もしれない。

(教育 に手話 は どの よ うに取 り入れ られ るべ きか) 聴覚障害児 の中 には手話 や指文字 に よる コ ミュニ ケーシ ョンが必要 な子供達 がいることは間違 いないこ とである。個人のニーズに応 える,個人の必要 を充足 す ることを考 えた場合,や は り手話や指文字 を使 う方 が適切 な場合 もあると思われ る。 しか し, どの よ うな 子供 の場合 は聴覚 口話法で よ くて, どの よ うな子供の 場合 は手話が よいか, とい うことはまだ明 らかになっ てない し,・聴覚障害児に とっての言語 のあるべ き姿に ついて も多 くの人の共通見解 とい うもの もで きていな い。 どの言語 モー ドが よいか,客観的 に決め る基準の よ うなものはなかなかで きない と思 うが, ガイ ドライ ンの よ うな, 目安 になるよ うなもの くらいは今後検討 されて もいいのではなかろ うか。

また,アメ リカでは

1 0 0 %

ではないに して も,手話か 口話 かが選択で きるよ うになっているが, 日本ではそ うなっていない。 もし日本の現状 の元で手話 を取 り入 れ ると決めた場合 は,手話や指文字 も使 うけれ ど同時 に聴覚活用 も十分 に行 い,聴能訓練や発音 ・発話指導 も十分実施すべ きであろ う。子供本人が 自分で判断で きる年齢 に達 した とき, 自分の判断で言語 モー ドが選 べ るよ うに,音声 も手話 も使 えるよ うに してお くこと が大切 で咋 ないか と思 うわけである.

日本では これ まで聴覚 口話法が主流で, この方法で 多 くの聴覚障害児が教育 され,社会 に出ている。聴覚 障害児全体 を考 えると,聴覚 口話法が第‑ の選択肢 と して用意 され るべ きではあろ うが,指文字や手話 など, 他 の方法 も用意 されていて子供が 自分 に合わせて選べ

るよ うに してお くことが必要 ではないだろ うか。

*本稿 は 「平成

1 3

年度新潟県障害児教育研究会言語 ・ 難聴部会」 における講演 をまとめた ものである。

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