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真宗研究12号 008佐々木乾三「現世利益の現代的意義」

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Academic year: 2021

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現世利益の現代的意義 七

現世利益の現代的意義

︵ 仏 光 寺 派 ︶

最も広い意味で宗教は何らかの現世利益を与えている。与えなければ、その存在価値はない。永く存続している宗 教は何らかの現世利益を及ぼしているからこそ、人類の間に流行しているのである。仏教就中浄土真宗においては、 現世利益は表面の一目的とはしない。持に目的に出してはならないものとされている。念仏往生、信心為本を説いて、 信行に重きを置き、現世利益は目的とはしていない。信心の副産物としての現世利益を説くに過ぎない。宗祖が現世 利益和設を制作されたことは現位利益を軽視されたのではなく、現世利益について心を留め、気をつかっていられる 証左である。また信巻末に現生十種益を列挙せられ、第十の入正定爽の益を重視せられるが、これも現代人にはぴっ たりしないもののように忠われている。現代生活とかけ離れた無縁の概念のように思われる。 いくら立派な理念でも 現代の衣裳で語られなければ現代人には理解されない。現代は実証主義の時代である。現代人に理解されがたい理念 も実証的立場で説明ができれば案外現代人にも理解されるかもしれない。

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二 、 現 代 人 の 精 神 生 活 日進月歩の現代文明社会の中で、人々は家庭教育、学校教育、社会教育等より受入れる知識は莫大な量に達する。 莫大な量の知識や概念は乱雑に混在していることなく、 一定の体系に綜合統一されねばならない。ここに個人の人生 観 が 作 ら れ る の で あ る 。 ﹁現代の日本人の人生観の明暗を形作るもっとも有力な原因の一つは日本の現実である。社 会機構のマンモス化、社会の人間疎外、個人の自己疎外、農村における封建制など現代社会の歴史的特徴、現代社会 における文化の型::・::現代の哲学、科学、文学、美術、道徳、宗教を貫いている共通の性格とが人々の世界観、人 生観、を規定している。第二の要因はわれわれ自身の思想傾向や性格である。そして第三の要因はわれわれの職業、 階級、地位、身分、年令、性別である。﹂①このように大別して三方面より摂取せられる思想や観念や概念をどのよ うに統合するかは容易なことではない。自力で解決するのは、めぐまれた頭脳の哲学者であり、大部分の人は他力的 に既成の思想や宗教に頼るよりほかはない。ここに宗教的世界観人生観の必要性が生れてくるのである。 =一、仏教の人生観 諸行無常、諸法無我、浬築寂静の三法印を仏教の根本義とするが、これを体得するために釈尊は四諦、十二因縁、 八正道を説いて人生観と処世法を明示した。最高の理想は覚者仏陀であり、これに向って修行をはげむのである。僧 伽を形成して修道するのは効果的であるが、反面戒律の煩雑に悩まねばならない。釈尊滅後は教説の枝葉末節に拘泥 して、仏教の真意を見失うに至り、ここに新しく大乗運動が勃興して、利他菩薩行を提唱し、 一般大衆を教化の目標 とした。この大乗精神を表現するための文学作品としての大乗経典は数世紀に渉って、馬鳴、竜樹、世親等の流派の 現 世 利 益 の 現 代 的 意 義 七

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現世利益の現代的意義 七 四 手 に よ っ て 編 纂 せ ら れ 、 一般大衆はその恩恵に浴した。法界縁起、事事無碍の哲理を表現する華厳経、 一 仏 乗 を 説 く法華経、浄土思想を現わず浄土三部経、空思想を説く般若経等、縦横各方面より大乗精神に肉薄して、その真髄を 表現しようとする作品群は実に荘大なものである。その会堂での朗読に一般大衆が参加して、悦惚境を出現したこと で あ ろ う 。 わが国には推古朝以来、漢訳仏典が伝来して、 わが国の精神界に寄与した。奈良朝までは学問仏教や、国家統治の た め の 仏 教 で あ っ て 、 いまだ一般民衆のための仏教ではなかった。平安朝に入って、最澄、空海の伝来した天台、真 言宗は新生面を聞いたとはいえ、なお一部上層階級のための仏教であった。しかも、この新仏教はインドバラモンの 諸神を従えて、自家薬龍中のものとした多神教的色彩であるから、 一般民衆は去就に迷わざるをえない。このような 風潮の中から、浄土思想を純粋に取り出して思想大系を作り、修行にはげんだのが源信、源空、親驚等である。わが 国における浄土教の特異な発展が見られるのである。 余行を捨て、雑行を廃して、 ひたすらに念仏を唱えて、西方極楽往生を期する道を説いた法然、さらにこれを徹底 さして、自己のはからいを交えず、本願他力によって、弥陀の救済を信ずる一念に、往生極楽を決定すると説く親驚 は、信心決定以後の口称念仏は仏思報謝の念仏であるとし、信心為本、往生即成仏と説くのである。この信の一念に 往生決定し、正定棄に住する人は、仏思報謝のための念仏を相続すればよろしいといい、画期的な易行道であったか ら 一般社会に歓迎せられたのは当然である。ここで問題になるのは念仏を往生のための行としてはならないが、報 謝のための念仏は怠ってはならないということ。また念仏には現世利益即ち現生正定棄の益があることを教えている ことである。この点に今少し現代の学問の光を当てて解明しようと思う。

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四、人格の二重構造

﹁人間の人格構造は肉体と精神、生理と心理の二重構造をもっている。肉体を通して精神に働きかける仕方は精神 修養に役立つ作用である。人聞が全力を集中して、精神を集中して繰り返し繰り返しおこなう修行によって、次第に 精神は統一し深まり、信念が強固になるのである。単純な行動に心を打ち込んでくりかえし行っていると、次第に心 は統一し、精神は深まり、心が鍛えられる。こうして信仰体制が形成され強化されるのである。﹂②このように信仰 の確立は身心両面より進むのが効果的であり、身体を通して精神に働きかける仕方は、古来念仏、唱題、座禅、写経、 巡礼等によって実行されていることである。世親著浄土論の五念門

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礼拝、讃嘆、作願、観察、回向ーや、曇驚著往 生 論 註 の 一 一 一 信

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淳 心 、 一心、相続心ーはこの宗教的精神形成を分折し解明したものである。 ﹁確信と統合は宗教のもたらす効果である。多様に変転する世界の中で安定を与える。この安定感は物質的幸福感 や身体的安定感などとは別である。自らの宇宙との調和を保ち、懐疑、恐怖、不安に代って信頼の気持をもっょ

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に なる。自己の内で葛藤する力に対しても安定感を与える。全体制即ち精神身体両面の健康にも安定性をもたらす。こ こに回心の意義がある。::・::情操形成の理論として、諸々の衝動、欲望、情動は一定の対象または目標に関係する ことによって、永続的包括的体系へと集中される。:・:::高次の支配的情操は回心によって実現する。回心は葛藤す る諸傾向を神という一点に集中することである。﹂③とグレンステットは述べている。彼はこの点ではフロイト流の 深層心理学を以て説明している。即ち、自己の内で葛藤する力とか、葛藤する諸傾向という考え方はフロイトの無意 識の底の闘争を意味している。 現世利益の現代的意義 七 五

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現世利益の現代的意義 七 六

フ ロ イ ト の 深 層 心 理 学 フロイトによれば、ある強い情動を伴った心的刺戟が普通の通路を通って発散されない場合、この心的外傷はその ままの形で意織にのぼらず、といって消えてしまうこともなく、抑圧された無意識となって、記憶のむすぼれ﹁コン プレックス﹂となり、自分でも理解できない種々の障害に悩まされる。そこで催眠や暗示によって、このモヤモヤを 意識へ抜けさしてしまえば不自然な圧力が消えるから、病気がなおると考えた。この意識の底の闘争を意識化によっ て解消することをカタルシスと名づけている。意識はその下部深層に前意識と無意識をもっ三重構造と考える。意識 の根底に潜む観念や心的要素が、意識の水準にまで引き出されることによって、無意識ではあるが、心的活動が始ま る。この際意識のすぐ近くまで来て、抑圧される意識が前意識であって、これは意志的に思い出されるものである。 さらにこの奥の深層に一次的無意識があって、これは意志的に再生できないものである。この無意識は基本的な人間 本性に備わる力動的要素が自己表現と調和のとれた統合を求める。これは民間伝承や神話等の象徴的表現や夢などを 通して、意識水準の行動に影響を与えるものである。抑制作用は心の生長に重要な役割を果すものであって、原始的 情操は抑制によって、高次の情操の下へ順次におおいかくされている。逆にいうと、最下部の無意識から上部の前意 識に達し、最後に意識的精神として発現するという考え方である。仏教の唯識論でいう第六意識の上にマナ識、 アラ ヤ識を立てる考えと一脈通ずるものがある。 罪の意識は神と人との分離の状態であって、罪の自覚をもっ人聞は、心的葛藤状態にあるものである。 一 般 に 心 的 葛藤は身体的生理的に影響を及ぼす。 ヒステリーや精神分裂状態は身体的症状に現われ、致命的なこともある。精神 不安は消化機能に障害を及ぼすものであることは一般に知られている。また、現代の混乱せる世相を反映する如く、

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神経症患者は増加の一途をたどり、 犯罪者の如く調整に失敗した人格失調者はますます増加している。 ノイローゼ ︵神経症︶は脳髄に変化のない非機質的なものであって精神的原因で起るのである c 意識されない観念、不安、恐怖、 強迫、劣等感等が頭から離れず、こびりつく場合に起るものである。

六、精神と大脳生理

最近の大脳生理学によると、人間の精神現象の起る座としての脳髄は精神現象の種類によって三つに大別される。 根本的な生命維持のための反射活動や調整作用は脳幹と脊髄で行なわれ、本能的情動行動は旧古皮質部︵大脳辺縁系︶ で営まれ、学習経験による適応行動及び目標を立て、意欲的に価値ある付動をする創造行為は新皮質部でけなわれる。 さらに新皮質部は前頭葉、頭頂葉、後頭葉の三部に大別され、頭頂葉と後頭葉には感覚野と連合野があり、連合野で は知覚、判断、思考、記憶、時間空間を認識するなどの高等な精神のー旺である。知的活動は過去の体験や記憶をもと にして判断することであり、この記憶と判断は知的精神の基礎をなすものである。次に前頭葉は人格や性格に関係す る。この部分を損傷すると、積極的意欲を喪失したり、仕事に情熱がなくなったり、執着心がうすらぎ業天的になる が計画性がなくなる。即ち推理、意志及び感情などの精神の宿る座である。人聞が教養を身につけ、文化を形成す るのは前頭葉の創造企画の精神活動によるのであって、ここに喜悲真楽の感情が宿るのも当然である。次に旧古皮質 部は本能及び情動の発する所であって、食欲、性欲、集団欲の満不満に応じて快不快、怒り、恐怖の情動が現われる。 仏教でいう三毒煩脳のうちの責欲、願意の発する所である。なお旧古皮質は脳幹に働きかけて、自律機能へ調整一的な 影響を及ぼしている。情動に伴って、自律機能にいろいろ変化の起るのはこのためである。精神と身体の連結の仕組 みはここにあるのであって、精神的ストレスによって、胃潰湯になったり、動脈硬化を起したりするのは、この旧古 現世利益の現代的意義 七 七

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現 世 利 益 の 現 代 的 意 義 七 八 . 皮質から脳幹へ過剰の働きかけをするからである。なお、旧古皮質は脳幹の中の視床下部を介して、新皮質と連絡し ている。このことは本能が意志によって抑制される根拠である。即ち人格の身体的側面と精神的側面との接触点が視 床下部にあって、人格形成に重要な役割を演ずるのである。教育の可能性の原理もここに見出され、宗教の重要性も 再認識されるのである。本能を単に抑制するだけが能ではない。適当に助長することも必要である。人生をたくまし く生きるのは旧古皮質の任務である。教育によって旧古皮質と新皮質の円満な調和を計らなければならない。宗教も 円満な人格形成に役立つことは勿論であって、ここに宗教の存在価値を見出すのである。

七、仏教の人格形成

人聞は社会生活を営み、多くの他人と共存しなければならない。個人の我偉は許されないし、本能のまる出しは制 裁を受ける。数千年来の人類の歴史は、この本能制御のための努力であった。法律や倫理道徳はこのために案出され たものであるが、なお他律的である。宗教は自律的に円満な社会的人格を形成するように努力している。 仏教では仏陀を理想的人格とする。この人格に到達するための修行法の相違によって、多くの分派が生じ、各宗各 派によって、古来種々の修行が試みられたが、多くは難行で、 一般民衆には適しない。そこで易行道として憶念称名 を標務する往生浄土の思想が登場してきた。印度や中国では、それ程発展しなかった浄土教は、日本では異常な発展 を遂げて、わが国民精神に寄与する所が大きい。法然や親驚の教えでは、憶念称名が信仰生活の基本であって、本願 を信じ、念仏を行ずるだけで精神生活が堅固不動となり、現生正定緊の益をうるという。この因果関係はそれ以上深 く追求することが行なわれていないようである。心身相関論は古来哲学や心理学の問題とはなったが、未だ十分明快 な解決も与えられず、ただ表面的な現象的解釈に留っているに過ぎない。

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﹁宗教とは全人格的ないとなみである。人聞をその根底から揺り動かすものである。そのために意識や行為の表面 のみでなく、人間のより深きところ、意識下の深みにまで、そのいとなみのきっさきが、とどかなければならない。 身 口 意 の 三 業 の う ち 、 いさつれが意識下の深みにとどくかというと、意業でもなく、身業でもなく、 口 業 な の で あ る 。 口業は一見たよりなく見えるが、人生の大事な機微をとりにがしてしまうことがある。::・::口業が道理の有無をの り こ え て 心 を 揺 り 動 か し 、 さらに意識下の深層につきささって、念仏者の全人格をその根底からまったく新しくする。 法然の﹁ただ一向に念仏すベし﹂ ﹁往生の業は念仏を先となす﹂このことがわかれば、 やがて来世往生の概念も弥陀 誓 願 の 概 念 も す っ と 、 とげてくるのである﹂④これとても表面現象を述べているだけである。それ以上深く追求する ことは不可能なのかもしれない。前述の大脳生理の面よりする説明も、少しは進歩した実証的説明を与えるのである が、なお隔靴掻痔の感ーを免れない。要するに教育や宗教によって、脳髄の視床下部を通る神径回路網が全く別の新し い回路網に改造されることである。 口称念仏も単なる音声の口業だけでは何の役にも立たない。その背後にある本願 のいわれ、念仏のいわれが理解されていなければならない。念々称名常儲悔の心境が必要である。機法二種の深信の 上に立つところの念仏でなければならない。 なお、大乗経典は﹁同一または類似の句や文や、ときには長い章節の繰り返しである。この類の繰り返しはすでに パ l リ文経典にも顕著であるが、ことに般若経などでは一層さかんである。しかし経典というものが、ただの記述で はなくて、説得ないしは限想の準備であるとすれば、同じ文句を繰り返す意図も明らかになる。ただの理解ではなく て 、 印 象 づ け 、 いわば体にリズムをきざみつける効果を予想するからである。東アジアで発達した念仏や題白もその 類 で あ り 、 インド教では現在も同じことが行なわれている。﹂⑤注目すべき説である。最近の学説では睡眠を﹁オ l ソ睡眠﹂と﹁パラ睡眠﹂に分けている。前者は大脳皮質部の活動の休止であり、後者は運動神経、自律神経は休止して 現世利益の現代的意義 七 九

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現 世 利 益 の 現 代 的 音 轟 八

いるが、大脳は醒めている睡眠である。膜想や禅はこのパラ睡眠を応用しているのかもしれない。念仏でもこんな状 態がありうるし、これが案外効果を示すかもしれない。

むすび

上述の如く、二種深信の上に立っところの念仏ならば、必ず脳裡に変化を与え、精神の安定、身体の健康をもたら し、円満な人格形成に役立ち、社会生活の向上が期せられる。これらの状況が念仏の現世利益であり、住正定緊の一 相であると思う。精神衛生の重要性が叫ばれている現在において、念仏の果す役割は大きい。音楽的リズムに乗せる とか工夫考案あって然るべく、この点古来の声明党唄は成功したものであるが、現代にマヴチしない憾みがある。念 仏の背後には過去の印度、中国、日本のすぐれた文化が題されている。荘厳華麗な文学、芸術、哲学の華を咲せた念 仏は、再び現代にも美しい華を咲せることであろう。 引用文献 ①岡本重雄著生活心理学一八四頁 ②岸本英夫著宗教学七二五 ③グレンステット著宗教の心理学七九頁 ④増谷文雄著新しい仏教のこころ一七

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頁 ⑤ 渡 辺 照 宏 著 お 絡 の 話 一 二 八 一 民 参考文献 時実利彦著脳の話、大脳生理学 黒丸正四郎著精神衛生 宮城 t H 弥著精神分折学 佐藤幸治著心理禅

参照

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