1.序
ドイツ経営経済学の巨匠の一人に数えられる ニ ッ ク リ ッ シ ュ(Nicklisch,H.)の 学 説 は, Schönpflug(1933=1954)によって“規範学派” に分類されて以来,肯定的にせよ,否定的にせ よ,その規範的性格を抜きにして論じられるこ とは稀である。たしかに,ニックリッシュの学 説にそういった特質を見出すことは容易であ る。しかし,ニックリッシュもまた,当時の企 業や社会経済の現実を認識し,そこに生じてい る問題をいかにして解決すべきかを考えてい た。その方法に一定の規範性があるのは事実だ が,現代的な視点から捉え直せば,そこには今 なお理論的な展開途上にある点も少なくない。 本稿では,ニックリッシュの理論構想の基軸を価値運動(Bewegung der Werte),あるいは
価値循環(Wertumlauf)として措定し,そこに 生じるさまざまな活動主体,現代のことばでい うならばステイクホルダーとの関係性のなか で,いかにして価値運動/循環が展開されるの かを明らかにしようとしている点に注目する。 具体的には,まずニックリッシュの理論構想と しての価値運動/循環モデルの全体像を明らか にしたうえで,ニックリッシュが経営共同体思 考の基礎原理として提示した三つの組織法則の 合理性について検討する。そのうえで,ニック リッシュの理論構想が現代企業の行動を捉える 際に,どのように援用され得るのかを考察す る。これらを通じて,ニックリッシュ学説が現 代においてもなお活用し得る内容を有している ことを明らかにしたい。
2.ニックリッシュの価値運動/循環モ
デル
ニックリッシュの学説については,これまで に数多くの研究が提示されている(市原,1954; 同,1982;高田,1957;大橋,1966;同編 1996,田中 編,2012 など)。それらのなかでもすでに明らか にされているように,彼の学説を特徴づけるの が価値運動/循環と経営共同体 (Betriebsge-meinschaft)思考である。この二つのうち,し (2015.3.13 受付/2015.6.9 受理)ステイクホルダー型企業理論としての
ニックリッシュ・モデル
――その現代的意義と可能性――
山 縣 正 幸 近畿大学経営学部准教授 ニックリッシュ,経済性,組織法則,価値運動/循環, ステイクホルダー キーワードばしば注目されるのは後者である。ニックリッ シュ学説が規範的であると評される理由の一つ は,これである。しかし,ニックリッシュの経 営経済学の出発点となっているのは,欲望充足 (Bedürfnisbefriedigung)である。共同体思考か らすべてを説明するというより,欲望充足を議 論の基点に据えて,企業をめぐる価値の流れを 明らかにしようとするところに重点がある。 2-1.欲望充足と価値の流れ:オーストリア学 派からの影響 ドイツ経営経済学は,伝統的に“価値の流 れ”と“組織”の二つを主たる問題領域として きた。これは,ニックリッシュにおいても同様 である。このうち,価値の流れにおいて対象と なるのは,製品やサービスを創出・提供する際 に生じるさまざまな財/資源の転態や取引 (Umsatz)(1),それに伴う貨幣の出入りである。 Nicklisch(1912,S. 4)は,この私経済=個別の 営利企業の生存にかかわる諸事実,ならびにそ れらの時間的・空間的関連の体系的な認識をこ の学問の中心課題に設定する。 その際に援用されているのが,オーストリア 学派の始祖メンガー(Menger,C.)の概念枠組 である。周知のように,Menger(1871)は人 間の欲望充足を考察の出発点に置き,主観主義 的価値概念に立脚して経済現象を説明する。加 えて,最終消費財を第一次財とし,そこから生 産過程を遡って高次財へと連なっていくという オーストリア学派資本理論の基礎を提示し た(2)。価値の流れを計算制度 (Rechnungswe-sen)にもとづいて捉えようとする試みは,ニッ クリッシュ以前にも既にみられる。ただ,考察 の基点を欲望充足に設定し,転態や取引によっ て生じる主観的な評価の差異にもとづいて,価 値の流れを説明しようとしたのはニックリッ シュが初めてである。共同体思考を打ち出した Nicklisch(1920)においても,この考え方は欲 望充足を実現するための基礎の連続や系列とい う表現で論じられている。ここにいう基礎と は,財や資源など欲望を充たすための手段全般 をさす。これは,Menger(1871)のいう高次 財 に あ た る。 か か る 基 本 思 考 は,Nicklisch (1929-1932)まで受け継がれている。 このように,ニックリッシュは欲望充足を基 底に据え,そこから価値の流れを捉える視座を 維持し続けた。共同体思考がここに加わること で,ステイクホルダーとの関係性を解明しうる 理論的手がかりが与えられることになる。 2-2.共同体思考における三つの組織法則 Nicklisch(1915)は,私経済学批判に対する 反批判や商科大学の存在意義の強調を狙いとし て,第一次世界大戦のさなかになされた講演で ある。そのなかで提唱されたのが,“諸力の共 同体”(3)としての企業という考え方である。こ こでは,出資経営者としての企業者やホワイト カラー(Angestellte),ブルーカラー(Arbeiter) といった,いわゆる企業の構成メンバーだけで なく,仕入先や販売先,競合企業などの利害も 対象に含められている。ここで取り上げられて いるさまざまな活動主体が,現代において“ス テイクホルダー”と総称されていることは明白 である。 ニックリッシュは,この考え方を“全体とし ての企業の収益性/安全性”という概念と結び つける(4)。Nicklisch(1912)においては,企業 者利害よりも企業それ自体の利害を重視する姿 勢が示されており,企業の維持・発展を欲望充 足と関連づけることで,企業の諸活動を体系的 に説明しようとしている。そこに,ステイクホ ルダーとの関係性を具体的に織り込むための手 がかりが,Nicklisch(1915)によって与えられ た。この点のさらなる究明は Nicklisch(1921) 以降,“経済性”概念とともに展開されること になる。 かかる関係性を基礎づけるべく提示されたの が,Nicklisch(1920)における共同体思考であ る。ここでは,欲望充足を出発点として,いか にして協働を実現するかが考察される。その際
に強調されるのが,“良知/良心(Gewissen)” である。これは,ある主体が全体を意識しつ つ,そのなかでの自らの存在を自覚的に意識 し,活動している状態をさす(Vgl. Nicklisch, 1920,S. 17,訳書 32-33 頁)。つまり,「自らを一 つの全体として,同時にまた構成メンバー (Glied)の一員として意識している」(ebenda,S. 68,訳書 107 頁)状態が,良知にもとづいて活動 していると捉えられる。このとき,個々の主体 の欲望は良知によって評価され,全体(5)の目的 との合致が可能となる。この合致を Nicklisch (1920,S. 66 ff.,訳 書 105-121 頁 )は“ 自 由 の 法 則”と呼ぶ。彼は,これをすべての人間に要求 する。 自由の法則を出発点に据え,それを実現する ための派生的な法則として,“形成の法則”と “維持の法則”が導き出される。前者において は,最終的な欲望充足を念頭に置いた分業と協 働の効果的な形成が問われる。ニックリッシュ は分業を肢体化,協働を一体化と呼んでいる。 一方,後者は“経済の法則”とも称され,成果 を獲得するために経営(Betrieb)を構成するメ ンバーによって提供された貢献に対して等しい 価値の分配をなすことで,経営の維持・発展と メンバーの欲望充足を両立的に実現しようとす る考え方である。 この三つの組織法則は,組織構造を分析する ための基準ではなく,組織がいかにして生成・ 維持されるのかに関する原理として捉えられる 必要がある。これらの法則に関しては,その規 範的・観念論的な特徴が批判の対象となってき た。とりわけ,自由の法則において良知の存在 を前提として議論を展開する点などは,その最 たるものといえる。ただ,これらの法則からな るニックリッシュの共同体思考を現実無視の観 念的な議論と断じてしまうのは早計である。 ニックリッシュは,これを単なる観念論的主張 として済ませるのではなく,現実の企業をめぐ る諸事象=価値の流れを捉えるための概念枠組 として用いているからである。それが,Nick-lisch(1921)以降の研究において打ち出される ことになる。 2-3.価値運動/価値循環モデルとステイクホ ルダーとの関係性 ニックリッシュは 1921 年に Nicklisch(1912) の第 5 版として『経済的経営学』(Nicklisch, 1921)を,次いで翌年に第 6 版(Nicklisch,1922) を公刊している。なお,ここでは若干の加筆が なされた Nicklisch(1922) を参照する。Nick-lisch(1922)では,経営経済学の対象として企 業とともに経営概念が前面に押し出されてい る。ここにいう経営とは,「道具,原料を備え られており」,「自己ないし自分たちの目的を実 現するために働いている」,「個人ないし複数の 人間」をさす。そして,「経営において一人の 人間が働いているのでないかぎり,経営は欲望 充足のための価値を生産するために装備された 一つの共同体である」(Nicklisch,1922,S. 36 f.)。 ここから窺われるように,第 5 版と第 6 版では 人間という存在をベースにした共同体的把捉が 根底に据えられている。そして,第 1 版では積 極的に取り扱われていなかった“労働”が前面 に押し出される(Vgl. Nicklisch,1922,S. 50 ff.)(6)。 ここで注目すべきは,価値創造の淵源として 物的資産の活用だけでなく,人的資源の重要性 が浮上してきた点である。Nicklisch(1922)に おいては,テイラー(Taylor,F.W.)の科学的管 理を批判的に取り上げつつ,従業員の労働給付 に対する効果測定とそれに応じた賃金の支払い が議論の対象となっている。その際,ニック リッシュは「働くものの困窮は企業にとっての 脅威であり,同時に企業の困窮はそこで活動す る人間にとっての脅威である」として,いわゆ る労働給付に対する対価提供としての賃金だけ でなく,従業員への利潤分配も考察対象に含め ている。さらに,社会的賃金として,子どもの 扶養育成にかかる家計の支出を補うことも提案 している(Vgl. Nicklisch,1922,S. 113 ff.)。 かかるニックリッシュの公正賃金論は,古林
(1936=1979);同(1953)や西村(2003,193-199 頁)による厳しい評価と批判を踏まえたうえで も,なお現代的に興味深い内容を有している。 というのも,西村(2012)が論じたように,企 業にとって必要な人的労働給付は従業員によっ て,言い換えれば家計(Haushalt)において再 生産されるからである。しかも,企業によって 生産された製品やサービスは,最終的に家計に よって購入・消費される。となれば,家計の欲 望充足のためにこそ,企業は存在するという論 理が浮かび上がる。かくして,〈本源的経営= 家計,派生的経営=企業〉という構図が提示さ れることになる。そこから導き出されたのが, 有名な価値循環モデル(図1)である。 図1についての詳細な考察は,すでに多くの 論者(Schönpflug,1933=1954 ; Völker,1961,S. 30 ff.,訳書 60-68 頁;大橋,1966,214-223 頁;中村常 次 郎,1982,520-591 頁; 岡 本,1997,第 10 章; 西 村,2003,203-222 頁;木村,2012;牧浦,2012 など) によってなされているので,簡潔にみておこ う。図1では,家計(円 I)と企業(円 II)そ れぞれの経営内部での価値循環と,経営間すな わち経営外部での価値循環が描かれている。図 1における円 I と円 II それぞれの内部での価 値の動きが内部価値循環であり,調達や生産, 販売などの一連の流れをいう。これは,成果獲 得過程とも称される。それに対して,円 I と円 II のインターフェイス 5 と 11 とそれをめぐる 価値の動きが外部価値循環であり,成果分配過 程とも呼ばれる。この全体を Nicklisch(1927, S. 121)は,経営過程(Betriebsprozeß)と総称 している。ただ,いうまでもなく,図1は家計 と企業との関係性をきわめて単純化して描き出 したものであり,現実には多種多様な経営が関 係しあっている。それが図2である。 この価値の運動/循環が展開されている状態 を,ニックリッシュは動態(Dynamik)と呼 ぶ。これは,価値運動におけるある一瞬の時点 を描き出したものとしての静態(Statik)と, 価値がまさに動いている状態としての運動態
(Kinetik)の二つが活力ある統一状態(die leb-endige Einheit)にあるときをさす(Nicklisch, 1929-1932,S. 512)。その際に問題とされるの が,成果分配をめぐる公正性,その測定基準と しての“経済性(Wirtschaftlichkeit)”である。 この概念の規範性に対する批判は,すでに多く 図 1 ニックリッシュによる価値循環モデル 7 1 10 2 11 5 4 3 8 9 Ⅰ Ⅱ 出所:Nicklisch, H.(1929-1932)S. 102. 図 2 複合的な価値循環の連関 出所 :Nicklisch, H.(1929-1932)S. 108 ; Völker, G.(1961)S. 35, 訳書 63 頁。 Ig If Ie Id Ic Ib Ia
IId IIc IIb IIa 家 庭
派生的経営
給付価値の循環 対価の循環
の 論 者 に よ っ て な さ れ て い る( 古 林,1930= 1980,29-46 頁;市原,1954,第 8 章参照)。これに ついては,次節で検討するように,ニックリッ シュは必ずしも観念論的に解決しようとしてい たわけではない。 ここで注目したいのは,「企業や家計をめ ぐってさまざまな様態をとる価値がどのように 運動するのか」を捉えうる枠組をニックリッ シュが提示している点である。すでに前項で触 れたように,Nicklisch(1915)においては,現 代にいうステイクホルダーからもたらされる諸 力の共同体として,企業という存在が捉えられ ていた。つまり,図1における円 I にはさまざ まなステイクホルダーが当てはまる。そして, それらが図 2 のようにさまざまなかたちで関係 しあうことで,価値創造のネットワークが形成 される。 ニックリッシュは,このようにさまざまなス テイクホルダーとの関係性を包摂した価値の動 態を描き出している。この点は,これまでの ニックリッシュ学説の研究において,必ずしも 十分には汲み取られてこなかった。ステイクホ ルダー・マネジメントをはじめとする利害多元 性 を 念 頭 に 置 い た 企 業 理 論 に お い て も, Schmidt(1969)による企業用具説などの一部 の例外を除けば,ほとんど考察の対象とならな かった。その原因は,ニックリッシュの言説に みられる規範性にある。この点を克服しなけれ ば,いかにニックリッシュのモデルが現代的な 意義や可能性を持つとしても,それはかなり限 定されたものとなる。そこで,次節ではニック リッシュ・モデルを現代企業行動分析への可能 性という点から再検討することにしよう。
3.組織法則と価値運動/循環
:現代企業行動分析への可能性 ニックリッシュは,1920 年に提示した三つ の組織法則を自らの経営経済学の理論構想の基 礎として用いている。これらの法則について は,その規範性が批判の対象となって,考察さ れはするものの,経験性が議論されることはあ まりない。しかし,三つの組織法則は実践に対 する“戒め”や“警告”,“メッセージ”(岡本, 2012,78-80 頁)としてのみならず,協働を必須 とする価値創造活動を考えるための理念型とし て,経験的にテストすることが可能な命題へと 洗練させなければならない。そうすることに よって,ニックリッシュ学説を“規範学派の大 いなる過去の遺産”に閉じ込めてしまうのでは なく,“現代企業を分析するために活用可能な 理論枠組の一つ”へと再生させたい。 3-1.機会主義抑制の原理としての良知 :自由の法則と企業理念の役割 ニックリッシュの組織法則の第一に置かれて いる自由の法則は,協働/共同体における目的 の設定と共有にかかわる。その基軸にあるのが 良知であることは,すでに前節で指摘した。そ こでは,良知にもとづいて自らの精神的・身体 的欲望を評価し,全体を意識したうえで欲望を 充足することが重視される。この考え方に立脚 して,Nicklisch(1922,S. 58)は良知にもとづ いて行為する人間に対しては導くように,良知 にもとづかずに行為する人間に対しては処罰な ど厳しい姿勢をもって臨む必要があると指摘す る。ニックリッシュのいう良知にもとづかない 行為というのは,新制度派経済学における人間 の行動仮定としての機会主義(opportunism)(7) と重なり合う。Nicklisch,H.(1915)のタイト ルが示すように,彼は良知や義務/責務 (Pfli-cht)の対概念として利己主義(Egoismus)を 設定する。これは,全体を意識することなく, 個々の主体の欲望の充足のみを追求するところ にその特徴がある(Nicklisch,1915,S. 102,訳書 118-119 頁)。 ニックリッシュは,良知にもとづかない行為 としての利己主義を厳しく非難する。ただ,そ れがなぜ許されないのかという点に関する考察 は薄弱である。しかも,良知を人間に本来備わっている姿勢としてしまったために,いかに して良知を獲得していくのかという議論ができ なくなっている。したがって,自由や良知と いった概念は,ニックリッシュの共同体思考の 基軸をなすものとして,彼の学説を論じる際に 盛んに取り上げられてきたにもかかわらず,そ の具体的な実践への適用,あるいは経験的なテ ストが試みられることはなかった。加えて,彼 自身も自由や良知といった概念を彼の理論枠組 へと包摂する試みを十分には行わなかった。そ の 試 み は, わ ず か に Nicklisch(1921); ders. (1922)において若干みられるだけである。こ れでは,ニックリッシュの学説に対して,観念 論的・規範的といった批判が向けられてもやむ をえない。 では,経験的なテスト可能性へと歩を進める ことはできないのか。そこに一つの方向性を示 すのが,Bleicher(1991); ders.(1994)である。 Bleicher(1991); ders.(1994)は 機 会 主 義 的 (opportunistisch)姿勢と責務意識的 (verpflich-tet)姿勢とを二つの対極として設定し,その 中間領域に実際の姿勢や行為などを位置づける アプローチをとる(8)。前者はニックリッシュの いう利己主義に該当し,後者はニックリッシュ における義務/責務と同じ意味内容をもつ。 Bleicher(1991); ders.(1994)はこの枠組をも とにして,企業理念や企業政策,企業体制,企 業文化といった企業のリーダーシップやマネジ メントに関する要因の形成や方向づけを論じて いる。なかでも,企業理念や企業政策は個々の 企業における存在意義の明確化や,具体的な諸 目標ないし方針の策定にかかわる。企業理念に おいては,企業の社会経済的な存在意義や重視 すべき価値観などが言明として盛り込まれ,そ の企業が社会経済全体やステイクホルダーとの 関係をどのように構築するかが明示される(9)。 いうなれば,メンバーによって抱かれるべき良 知の在りようを具体的に描き出し,かつそこへ と導く役割をもつ。それゆえに,どのような理 念を定立し,政策を形成するのかは具体的な良 知の在りようにとって,きわめて重要となる。 ただ,それはより具体的な諸方策に展開されな ければ,単なる観念論・精神論に終わる。 Nicklisch(1921)以降の著書において,良知や 自由の法則については言及する程度にとどめ, 具体的な価値の流れや協働にかかわる問題に議 論を集中させたのも,観念論的な規範提示にと どまる危険性を認識していたからだとみること もできる。 ニックリッシュが提唱した自由の法則はきわ めて規範的性格が強い。しかし,その一方で, 自由の法則はメンバーによって共有されうる目 的をいかにして設定し,浸透させるのかに関す る基盤を提示している。この基盤に立脚して, ニックリッシュは当時の状況に応じた具体的な 議論を展開する。それが,形成の法則と維持の 法則である。 3-2.分業と協働における意思疎通の重要性 :形成の法則と共同決定 形成の法則は,一体化と肢体化の法則とも称 される。高田(1957,115-137 頁)が詳細に検討 しているように,ここで取り上げられているの は分業の問題である。ただ,一体化という点を より重視するならば,分業と協働の問題と言い 換えてよいだろう。 そのなかで,Nicklisch(1922,S. 54 f.)は構成 された下位部署(Glied)は管理階層の上位から 拘束されるのみならず,逆に上位を拘束するこ ともあるという興味深い指摘をしている。管理 活動(Leitung)の義務や権限は,企業ないし経 営の全体に及ぶ必要がある。したがって,個々 の下位部署はそれぞれの範囲内で活動するのが 原則である。ただし,状況によっては下位部署 が自らの判断で,設定された活動領域の改変を もたらすような活動を創始するという自由も認 められるべきであるという(Nicklisch,1922,S. 55)。 ここで注目したいのが,共同決定 (Mitbestim-mung)が形成の法則において取り上げられて
いる点である。Nicklisch(1922,S. 55 f.)は,共 同決定を経営協議会法の範囲においてのみ理解 するのではなく,企業における方針決定の全般 において実施される姿を理想として描き出す。 経営協議会(Betriebsrat)を通じて,分業の進 展した企業における意思疎通の促進と,それを 通じた一体化機能を見出したわけである。「資 本の精神ではなく,労働の精神が企業の魂であ る」(Nicklisch,1922,S. 56)という一文も,企業 の構成メンバー全員の協働と意思疎通の重要性 を指摘したものといえる。 このようにみれば,ニックリッシュが形成の 法則において論じようとしたのは,分業と協働 を通じて,各構成下位部署や構成メンバーが企 業全体の目的を意識しながら,自律的に活動 し,それらを調和させていくためのしくみの構 築であったことがわかる。この点は Nicklisch (1929-1932,S. 241 ff.)でもさらに深められ,“労 働への満足(Arbeitsfreude)”も考慮した職場 としての経営共同体の形成が論じられている。 しかし,このニックリッシュのアイデアは,少 なくとも現在にいたるまで直接的には活かされ ていない(10)。しかし,職務満足や働きやすさ, さらにはワーク・ライフ・バランスなどが重視 されている現在,ニックリッシュが分業を必要 不可欠なものとしつつ,同時に労働への満足や 下位部署・メンバーの自律性を重視した職場や 企業を形成するための理論枠組を提示している ことは,再評価されるべきである。 では,なぜニックリッシュはこのような点を 重視したのか。これは,前項で考察した自由の 法則との関係において明らかになる。つまり, 一人ひとりの個人は良知にもとづいて活動する ことが求められる。その具体的な様相をニック リッシュは描き出していないが,von Hayek (1945)による知識論を援用すると,具体的に 説明できる。高橋(2013)はハイエクによって 提唱された“分散した知識”の概念を手がかり に,雇用者と従業員の知識分業に対する観点を 提示している(11)。近年のように知識やアイデ アが企業の価値創造にとって重要になると,そ れらを積極的に発揮するように従業員を動機づ ける必要がある。しかし,これらの資源は,所 有者たる従業員から切り離すことができない。 となれば,知識やアイデアの積極的な発揮を促 すための方法を考えなければならない。 これを可能にするのが,意思疎通の活性化を 通じた分業と協働の効果的形成である。ニック リッシュは経営協議会という制度を通じた意思 疎通の活性化を一つのモデルとして提唱した が,Bleicher(1994)は意思疎通ポテンシャル (Verständigungspotential)をいかにして構築す るかに焦点を当てる。このポテンシャルは,ス テイクホルダーと企業とのあいだでの価値交換 関係を支える役割を果たす。意思疎通ポテン シャルを構成する信頼,諒解関係,ロイヤリ ティは,双方ないしどちらかが機会主義的行動 をとることによって発生しうる取引コストを抑 制する。ニックリッシュが活躍していた当時, 彼自身が提示した問題を適切に克服するための 理論的・実践的手がかりは十分に整えられてい なかった。最近になって,それが可能になりつ つある。その意味で,ニックリッシュの枠組は 現代までの研究蓄積と照合することで,その意 義を再発見しうるのである。 3-3.経営をめぐる価値諸関係の均衡と価値運 動:維持の法則と経済性 維持の法則は,経済の法則とも呼ばれてい る。一般的に,維持の法則というと“公正な分 配”や〈成果÷給付= 1〉というニックリッ シュの経済性の算式とセットで知られている。 しかし,何をもって公正な分配とするのか,そ の明確な基準を設定することはきわめて難し い。このように,ニックリッシュの維持の法則 ないし経済性をめぐる議論は,彼の主張のなか でもとりわけ厳しい批判にさらされているもの の一つである。 ニックリッシュの理論枠組には,諸ステイク ホルダー,あるいはその総体としての社会経済
的環境との関係性のなかで,企業の維持・発展 をいかにして実現するのかという問題意識があ る(12)。その際,獲得された成果に対する貢献 を,誰にどれくらい帰属させるのかが問いとし て浮上する。この帰属学説的アプローチが批判 の対象となるのだが,その理論的根拠として, ニックリッシュは経済学における限界生産力理 論を想定していた(13)。 限界生産力理論は,資源配分(生産)と所得 分配の問題にかかわっている。これは,経済学 における中心的な問題領域である。ここでは, 「もし,すべての生産要素がその限界生産物に したがって報酬を与えられたならば,全生産物 は精確に分配しつくされる」(Stigler,1941,p. 320,訳書 311 頁)という問いに対する解答,す なわち完全分配定理を導き出すことがめざされ ている。ニックリッシュは,これを維持の法則 として位置づけようとしたと考えられる。具体 的には,労働や物的資産から価値創造過程に対 してどれだけの貢献がもたらされるのか,それ に相応する分配をなしえるのかを説明しようと した。そのために,ドイツ経営経済学の基本思 考としての価値の流れ,それを捉えるための手 段としての計算制度(Rechnungswesen)を駆使 して,一定時点での価値諸関係の均衡と長期的 な経営の維持・発展としての価値の運動という 二つの側面を結びつけるという枠組を構築した のである。すでに述べたように,前者は静学的 均衡であり,後者は均衡をめざす運動態であ る。静学的均衡とは,会計年度などで区切られ る一定期間の終了時点での価値諸関係の状態を 測定することで明らかになる。一方,運動態は 図1で示した成果獲得過程(内部価値循環)と 成果分配過程(外部価値循環)からなる。 ニックリッシュは,かかる価値の動態が調和 的・持続的に展開されている状態を経済性概念 であらわそうとした。つまり,ステイクホル ダーの欲望を充たし,かつ企業それ自体の維 持・発展も同時になしえているとき,これを “経済性が充たされている”と捉えたわけであ る。ニックリッシュが派生的経営としての企業 を静学的側面と動学的側面から捉え,経済性概 念を基準にその全体像を描き出そうとしたの は,企業の社会経済的存在意義,あるいは公正 性を獲得するためであった。その手がかりの一 つとして,ニックリッシュは企業レベルでの限 界生産力理論の援用を試みたのである。しか し,この試みが成功したとはいえない(古林, 1930=1980,34-40 頁)。この点も含めて,ニック リッシュの理論枠組がもつ問題について次項で 検討しよう。 3-4.ニックリッシュの理論枠組の問題点 ニックリッシュは,ここまでみてきた組織法 則にもとづいてなされる企業の価値運動を評価 する基準として経済性概念を用いている。たし かに,これらに関するニックリッシュの言説に は規範性が濃厚に認められる。しかし,ここで 留意したいのは,良知にしても,完全分配定理 にしても,これらが完全競争市場という仮構に 立脚している点である。この仮構においては, すべての主体は完全な知識ないし情報を保有し ている。 これに対する批判として,ちょうどニック リッシュが活躍していたのと同じ時期に,不完 全競争市場理論や社会主義経済計算論争が展開 されはじめた。ことに,オーストリア学派経済 学はこの論争を通じて,将来の不可知性に立脚 して“企業者”の機能を重視するにいたる。こ こでの企業者職能とは,不確実な将来に対して 自ら構想を描き出しつつ欲望充足に向けてはた らきかける役割をさす。その際,人間は知識の 不完全性・非完結性から逃れられず,自律性に も限界がある。一方,ニックリッシュの良知概 念は,個人が全体を自覚的に意識する存在であ るとみる。となれば,個人は必要な知識や情報 をえている存在と捉えられることになる(14)。 この点で,ニックリッシュは完全競争市場的な 人間前提に立脚していると理解される。それゆ えに,価値運動/循環モデルに予定調和的思考
が残存し,管理意思決定の問題も十分に織り込 まれなかった(15)。 ただ,ステイクホルダーとの関係性も含め て,管理問題として具現化する事象に,ニック リッシュが無関心であったのではない。ここま での議論からもわかるように,彼が考察してい る内容は,企業でのリーダーシップやマネジメ ントにおいて対象となる諸問題そのものであ る。ただ,そこに規範性の強い良知概念が入り 込んだために,管理意思決定の問題を十分に捉 えきれなかった。そこに彼の学説の難点があ る。この点は,Bleicher(1991);ders.(1994) などによって具体的な克服への可能性が提示さ れている。 このように,ニックリッシュの理論枠組の根 底には,企業をめぐる現実の諸問題をいかにし て解決するのかという意識がある。もちろん, その問題解決のための理論展開が十分でないと ころや,観念論的な規範性が色濃く出ている部 分はある。彼の学説が Schönpflug(1933=1954) 以来“規範学派”として位置づけられ,さらに 北川宗藏などによって厳しく批判されてきたの は,その点で当然であろう。ただ,ニックリッ シュの学説の現代的意義を汲み取るためには, それだけでは十分ではない。そのポイントにな るのが,価値運動/循環モデルである。
4.ステイクホルダー型企業観の基礎枠
組としての価値運動/循環モデル
ここまで考察してきたように,ニックリッ シュの理論枠組は,本源的経営としてのさまざ まなステイクホルダーと派生的経営としての企 業とのあいだの価値交換関係,そしてそこから 具現化する価値創造過程とを統合的に考えるた めの枠組を提供している。では,その枠組を活 かしつつ,ステイクホルダーとの関係性が多様 化しつつある現代企業の行動を説明するために は,どのような方向性で議論を深めていくべき なのか。 ここまでの考察からもわかるように,ニック リッシュの理論枠組の最大の特長は,さまざま なステイクホルダーとの価値交換関係,あるい は協働を“価値の流れ”から捉えうるものと なっている点である。周知のとおり,ステイク ホルダー・マネジメント論は企業倫理や戦略的 マネジメントからのアプローチが多い。ただ, 企業が経済的存在である以上,そこに生じる価 値運動/循環に焦点を当てなければ,問題の根 本的解決のためには不十分である。その点で, レーマン(Lehmann,M.R.)によって確立され, その後継者たちによって展開された付加価値計 算(Wertschöpfungsrechnung)と生産性をめぐ る議論や,Schmidt(1963);ders.(1969);ders.(1978)による多様なステイクホルダーとの関 係性を成果活用(Erfolgsverwendung)の観点か ら考察する企業用具説などは,ニックリッシュ の理論枠組を精緻化する試みとして位置づけら れる。さらに,近年では人的資源による労働給 付 の 評 価・ 測 定 を め ぐ る 議 論(Vgl. Becker, 2008)が数多く展開されている。これは,ニッ クリッシュが果たしえなかった給付と賃金の関 係を考える上で,きわめて重要な貢献である。 加えて,経済学でも個票データやミクロデータ を駆使した実証的経済分析(野田,2010;森川, 2014;山本・黒田,2014)の進展によって,今ま で十分に論じられてこなかった企業とステイク ホルダーとの関係性の経済学的分析への可能性 が拓かれている。その基礎となる新制度派経済 学,契約の経済理論,行動経済学,ゲーム理論 など,企業をめぐる価値動態を説明・分析する ための理論枠組やツールは格段に進展してい る(16)。 企業をめぐる価値創造という事態を考えると き,そこには必ずステイクホルダーとの関係性 が生じる。それを価値運動/循環モデルによっ てトータルに捉える枠組を,ニックリッシュは 提示している。本稿の最大の課題は,この点を 論証することであった。多様なステイクホル ダーとの価値交換関係を前提とした価値創造が
いかにして可能となるのかは,現代企業を考え るうえでの重要な課題である。もちろん,時代 的制約ゆえに,ニックリッシュは労資二元的な 経営共同体思考に立脚している。ただ,この点 は 2-2 でも考察したように,ニックリッシュ 自身の言説から容易に拡張が可能である(永田, 2006)。事実,ドイツにおける経営学説の展開 史をみても,時代ごとの問題推移とともに,理 論的拡張はなされてきている(山縣,2014)。 その際のキー概念が,Wertschöpfung であ る。これは,活動としての価値創造と成果とし ての付加価値の両方をあらわす。ここには,多 様なステイクホルダーとの関係性を前提とした 価値創造の実態が集約的に描き出される。近年 の CSR 会計の理論的・実践的展開や統合報告 などにみられる価値創造過程の可視化は, Wertschöpfung 概念の精緻化と位置づけられ る。ニックリッシュが Wertschöpfung に近似 した経営成果(Betriebsertrag)概念を重視した ことは,すでによく知られている。その生成や 分配を,彼は価値運動/循環モデルにおいて説 明しようとした。となれば,ニックリッシュ学 説はステイクホルダー型企業理論の“プラット フォーム”として,つねに参照され,かつ更新 されるべきであろう。ここに,ニックリッシュ 学説を現代に活かす意義がある。
5.お わ り に
以上,本稿では,今まで規範学派の巨匠とい う観点から取り上げられることの多かったニッ クリッシュの学説を,より経験的な考察が可能 となるように再検討してきた。ニックリッシュ 学説に規範的言明が散見されることは事実であ る。その規範性を批判することもまた,重要な 課題ではある。ただ,そこだけにとどまってい たのでは,ニックリッシュが論じようとした問 題や意図を十分に汲み取りえない。 これまでの考察からも知られるとおり,ニッ クリッシュの理論枠組は価値の流れという経験 的事象の解明をベースに構築されている。それ ゆえ,企業や家計,あるいはステイクホルダー といった“経営”をめぐる価値の創造や交換を 捉えるうえで,今なお有効である。現在にいた るまで,価値の創造や交換の諸局面について, 経済学や経営学において研究成果が蓄積されて いる。本稿では,ニックリッシュの価値運動/ 価値循環モデルが多岐にわたる近年の諸成果を 糾合しうる枠組となることを明らかにした。今 後,ニックリッシュの理論枠組に対する内在的 な批判とともに,蓄積された研究成果との接 合,そしてさらなる経験的なテストが求められ よう。 (1) ドイツ語の Umsatz は形態の転換(=転態)と取引, さらに売上という意味も併せ持つ。このため,経営経済 学において多用される言葉の一つである。 (2) こ の 発 想 は, ハ イ エ ク や ラ ッ ハ マ ン(Lachmann, L.M.)によって,さらなる展開がなされた。そこでは, 異質で多様な財が何らかの時間的順序において結びつけ られているという意味で“財の時間的構造としての資本” という考え方が提示されている。この考え方は,オース トリア学派の資本理論,さらには景気循環理論の基礎と なっている。 (3) この企業観が Barnard(1938)によって示された“協 働体系”(coöperative system)や組織の概念把握にきわ めて近いことは,容易に理解される(中村,1983;鈴木, 1992)。 (4) Nicklisch(1912)において,収益性は総資本収益性を さし,企業によって用いられうる資産(Vermögen)が 転態や取引を通じてどれだけの給付(Leistung)を創出 したかが測定・評価される。一方,安全性においては, リスクの分散,流動性の確保,減価償却の 3 点が取り上 げられる。なかでも,減価償却が企業の資本維持という 観点から論じられている。なお,これについては,田島 (1979, 第 3 章)参照。 (5) これに関して,ニックリッシュは個人が意識する全体 として人類(Menschheit)という枠組を提示する。ここ でニックリッシュが人類という言葉で具体的に想定して いるのは,国家であることに留意する必要がある。今こ こでニックリッシュの国家観を論じる余裕はないが,菊 澤(2012)が指摘するように,ヘーゲル(Hegel, G.W.H.) の影響を認めることができる。 (6) ちなみに,ここにいう“労働”とは,単に労働者に よってのみ担われるのではなく,経営において価値創造 に貢献する活動を提供する人間すべてによって担われる ものである。したがって,企業者もまた“労働”してい るとみなされる。 (7) 新制度派経済学の代表的研究者である Williamson (1975, p. 26, 訳書 44 頁)は機会主義について,狡猾なやり方としての戦略的行動をとる可能性も含めて,自己の 利益を追求するという人間の行動仮定として位置づけて いる。それを抑制するために,“雰囲気”や“信頼”が 重視されているわけである。その点で,ニックリッシュ 学説と新制度派経済学が注目する問題領域は重なり合っ ている。さらに,最近のドイツにおける代表的営経済学 研究者の一人である von Werder(2011)は“Stakehold-er Opportunism”という概念を提唱し,コーポレート・ ガバナンスの問題として考察している。
(8) Loitlsberger, Ohashi und Töndl(1996, S. 636, 訳 書 174 頁)は Bleicher(1991)について,経営管理論にお ける“ニックリッシュ・ルネサンス”であると指摘す る。その論拠は明らかにされていないが,この対極的な 理念型設定はたしかにニックリッシュの良知ないし義務 意識(Pflichtbewusstsein)と利己主義の対置に照応して いる。この点については,山縣(2007, 118 頁)参照。な お,ブライヒャーは機会主義な姿勢と責務意識的な姿勢 のどちらが望ましいかというような価値判断をおこなっ ていない。 (9) 高尾・王(2012)は,企業理念(経営理念)がメン バーのポジティブな組織成員性を高め,自律的な意思に もとづく組織市民行動や革新志向,さらに職務関与に影 響を及ぼすことを実証的に明らかにしている。これは, ニックリッシュのいう良知の促進と捉えることができる。 (10) 高田(1957, 124-135 頁)はニックリッシュの分業的側 面に力点を置いて詳細な考察を加えているが,別の箇所 (同上書 , 245-247 頁)で人間関係論に言及しつつ,この 点への議論の展開可能性を指摘している。 (11) 自己組織化や自律的組織という概念によって論じられ るのも,同様の事態である。野中・勝見(2015)は“自 律分散イノベーション企業成功の本質としての全員経 営”という議論を展開しているが,これはニックリッ シュが希求する企業像に他ならない。 (12) ただし,Nicklisch(1915)においては多様なステイク ホルダーが対象とされていたが,Nicklisch(1922)以降 では経営構成メンバーとしての労資に焦点が当てられて いる。 (13) 大橋(1966);牧浦(2009)は,ニックリッシュがオー ストリア学派の主観主義的な価値概念に立脚し,限界効 用理論を援用していることを指摘している。Nicklisch (1922)においては,オーストリア学派のヴィーザー (von Wieser, F.F.)やアメリカにおける限界学派のク ラーク(Clark, J.B.),フィッシャー(Fisher, I.)が参照 されている。 (14) ニックリッシュの理論枠組において,管理がほとんど 重要性を与えられていないのも,彼の理想が“経営を構 成するメンバー全員が良知にもとづいて行為している状 態”であったからである。メンバーがそれぞれ良知に即 して自らの欲望を評価し,なすべきことを自覚して行為 するのであれば,管理は不要である。 (15) ニックリッシュは,それらの理論的貢献を十分に摂取 できていなかったとみるべきであろう。少し遅れて提示 された Barnard(1938)では,明らかに社会主義経済計 算論争が念頭に置かれている。 (16) 新制度派経済学を多様なステイクホルダーと企業との
関 係 性 に 活 か す 試 み と し て,Hill and Jones(1992); Asher, Mahoney and Mahoney(2005); 青 木(1978); 同(2001);Aoki(2010)などがある。
〈参 考 文 献〉
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