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商学 61‐4・5/4.長谷川

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アメリカ医療保険市場における

消費者主導型医療プランの展開

長 谷 川

蠢 はじめに 蠡 消費者主導型医療プランとはなにか 蠱 消費者主導型医療プランの登場の背景 蠶 消費者主導型医療プランの実態と企業のコスト抑制戦略 蠹 医療保障システムの再編の中での消費者主導型医療の行方

は じ め に

本稿は,主として 2000 年以降におけるアメリカの医療保険市場における消費者主導 型医療プラン(CDHP : Consumer-Directed Health Plan or Consumer-Driven Health Plan) の発展を対象とする。周知のように,アメリカの医療保険システムは,国民全体を対象 とした公的医療保険制度がなく,民間の医療保険,な か で も 雇 用 主 提 供 医 療 保 険 (Employer-Sponsored Health Insurance)を中核的システムとしている。この雇用主提供 医療保険を中心とした民間医療保険市場において,1980 年代以降マネジドケア・プラ ン(Managed Care Plan)が普及し,2000 年以降新たな医療保険のプランとして,消費 者主導型医療プランに注目が集まっている。 本稿の中心的課題は,民間医療保険市場での消費者主導型医療プランの現状につい て,雇用主提供医療保険を中心に,企業のコスト抑制戦略の文脈で明らかにし,今後の 展開について示唆を与えることである。消費者主導型医療プランの発展については,日 本の研究機関からもいくつかのレポートがすでに提出されているが,これらの紹介はア メリカの新動向を逐次的にあるいは個別的に紹介するという性格が強い。 日本における消費者主導型医療プランについての研究でまとまったものは,野村 (2007)と福岡(2007)があるくらいである。いずれも高定額控除医療プラン(HDHP :

High-Deductible Health Plan)と組み合わされる医療貯蓄口座(HRA : Health

Reimburse-ment ArrangeReimburse-mentあるいは HSA : Health Saving Account)に焦点を当て,膨張する医療 費抑制・削減のための方策としてとらえ,その概要といくつかの論点を指摘するにとど まっている。

野村(2007)は,医療貯蓄口座の存在意義は「従来の医療保険と比較して無駄な医療 ( 269 )6

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支出を抑制できる点」にあると指摘し,具体的には,加入者がコスト意識の高い医療支 出を行うよう変化をもたらしうること,さらに加入者のコスト意識の高まりが医療サー ビスの提供者(医師や病院など)による医療サービスの価格と質の見直しや向上につな がりうることを挙げている。また金融サービス業者にとっては,医療貯蓄口座の開設や 関連商品(投資信託など)の開発などで,新たなビジネス分野となっていることについ ていくつかの例を挙げて言及している。 福岡(2007)は,医療貯蓄口座についての現状としくみについて概観したうえで,消 費者主導型医療プランの普及の意味は,加入者本人がよりコスト意識を持って口座を管 理し医療サービスを購入することで,医療費を削減する効果があるとする考えが普及し たことにあると指摘している。ただ,加入者が低コストで効果的な医療サービスを選択 するためには,医療サービスの価格や質についての十分な情報と,消費者教育が必要で あると指摘するにとどまっている。 しかし,消費者主導型医療プランが新たな保険プランとして注目されるようになった 現在のアメリカの民間医療保険の展開は,国民医療支出の膨張がますます問題視される ようになった 1980 年代以降のマネジドケア・プランの発展と雇用主によるコスト抑制 を目的とした医療給付改革という歴史的文脈のなかで捉え,検討しなければ,その意義 や今後の展開も明らかにできないと考える。アメリカでは 1980 年代以降,医療コスト 抑制を目的として,新しい保険概念(「マネジドケア」)やそれを具体的に体現する保険

プラン(マネジドケア・プラン(HMO プラン:Health Maintenance Organization, POS プラン:Point-of-Service, PPO プラン:Preferred Provider Organization など))が,民間 医療保険市場で発展してき 1 た。これらの発展は,医療保険の提供元であり主要な財政負 担者である雇用主である企業が,自らの医療費負担を抑制・削減する欲求を強めたこと を背景にして促されたものである。アメリカ経済がグローバル経済に組み込まれるなか で,アメリカ企業がより激しい国際競争に直面し,経営の合理化が不可欠となり,人件 費コストとしての医療費負担もまたその対象となったのである。本稿は,消費者主導型 医療という新たな理念やそれを具体化した消費者主導型医療プランの発展も同じ文脈で とらえることができると考え,その実態についてコスト抑制欲求を持つ雇用主である企 業に視座をおいて検討するものである。 以下では,まず蠡で,消費者主導型医療プランについて,税法などとの関連を視野に 入れてその制度的特徴を整理し,既存のマネジドケア・プランと対比的にその理念と制 度設計を検討する。蠱では,消費者主導型医療プランへの期待が高まっている背景とし ────────────

1 マネジドケア・プランは実際には多種多様であるが,主として HMO プラン,PPO プラン,POS プラ

ンに分類できる。これらの発展と諸特徴については,長谷川(2009)第 1 章で詳細に検討しているの で,そちらを参照されたい。

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て,アメリカの医療保障システムの現状と問題を指摘する。そのうえで,蠶では,消費 者主導型医療プランの普及の中心である雇用主提供医療保険を対象に,その実態を明ら かにする。最後に蠹で,本稿で明らかにしたことをまとめ,消費者主導型医療プランの 今後の展開について考えうる課題を提示する。

消費者主導型医療プランとはなにか

医療費の伸びが再び顕著となり始めた 2000 年代以降,もはやマネジドケア・プラン の医療費抑制効果はなくなったとして,新たに「消費者主導型医療プラン(CDHP :

Consumer-Directed or Consumer-Driven Health Plan)」に期待を寄せる声が,アメリカ企 業のなかで高まってい 2 る。消費者主導型医療プランは,医療費に対する消費者意識を高 めることで,不必要な医療費の抑制が可能となる,という考えに基づいている。 (1)特徴:高定額控除医療プランと医療貯蓄口座 消費者主導型医療プランは,一般に基本的な 3 つの要素を持つ。第 1 に高定額控除医 療プラン(HDHP : High-Deductible Health Plan),第 2 に医療費支払いのための税制上 の優遇措置を受けた医療貯蓄口座,第 3 に治療方法の選択肢やコストなどを判断するの をサポートするツール,であ 3 る。具体的には,保険からの給付が開始されるまでに加入 者が負担しなければならない定額控除( 4 deductible)が非常に高額な医療保険プラン (高定額控除医療プラン)で,通常,税制上の優遇措置の対象となる医療貯蓄口座 (HSA : Health Saving Account あるいは HRA : Health Reimbursement Arrangement)と組 み合わせた医療保険のプランのことである。医療貯蓄口座に予め積み立てておくこと で,実際に医療費支払いが必要になった時に,この口座残高から保険料拠出,定額控除 分や共同負担(coinsurance or 5 copayment)などの自己負担分の支払いに充てることがで きる。これらの医療プランを提供する保険者は,医療サービスのコストや,医師や病院 などの医療サービスの提供者の質などの情報を得た上で,加入者が医療サービスの提供 者や治療方法などを選択するのをサポートするツールとして,オンラインの情報提供を ──────────── 2 Kaiser/HRET(2007)によると,医療保険を提供している企業の 10% が消費者主導型医療プランを提供 しており,現在このプランを提供していない企業の 20% が HSA プランを,24% が HRA プランを導 入する「可能性が非常に高い」「ややありうる」と答えている。普及状況については,蠱で詳細に検討 する。 3 GAO(2006 b);(2006 c). 4 定額控除(deductible)とは,医療保険からの給付が開始されるまでに,被保険者が支払わなければな らない一定の検査・治療費のことである。被保険者は,この一定の金額を自己負担した後に医療保険か らの給付を受けられる。 5 共同負担(coinsurance or copayment)とは,医療保険からの給付が開始された後に被保険者に求められ る,検査・治療費のうちの一定額あるいは一定割合の自己負担のことである。 アメリカ医療保険市場における消費者主導型医療プランの展開(長谷川) ( 271 )6

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行っている場合が多 6 い。 まず,高定額控除医療プランについて説明しておく。高定額控除医療保険プランとい われる定額控除額の目安としては,HSA に関する連邦規制(内国歳入法 Section 223) がある。HSA を開設するためには,高定額控除医療プランへの加入が必須条件であ る。そして,HSA と組み合わせるのに適格な高定額控除医療プランの定額控除額の下 限は,連邦規制によって規定されている。 HSAに関する連邦規制における高定額控除医療プランの年間定額控除額の下限は, 年々引き上げられている(第 1 表参照)。2008 年の年間定額控除額の下限は,単身保険 1,100ドル,家族保険 2,200 ドルである。また,自己負担上限額(定額控除及び共同負 担を合わせた加入者の自己負担)についても定められており,単身保険の場合 5,600 ド ル,家族保険の場合 11,200 ドルを超えてはならない。2009 年,2010 年にはさらに引き 上げられることが決まっている。 次に,医療貯蓄口座について説明する。医療貯蓄口座といわれるものには,HRA と

HSAがあり,それぞれ特徴が異なる。HRA は 2001 年ごろから導入され始め,HSA は

2003年末から導入され始めた。医療費の支払いのための口座には,カフェテリア・プ

ランといわれるフレキシブル支出口座(FSA : Flexible Saving Account)もあるが,

──────────── 6 GAO(2006 b);(2006 c). 第 1 表 HSAと組み合わされる高定額控除医療プランの条件 単身保険 家族保険 定額控除の下限 2005年 $1,000 $2,000 2006年 $1,050 $2,100 2007年 $1,100 $2,200 2008年 $1,100 $2,200 2009年 $1,150 $2,300 2010年 $1,200 $2,400 年間自己負担上限 2005年 $5,100 $10,200 2006年 $5,250 $10,500 2007年 $5,500 $11,000 2008年 $5,600 $11,200 2009年 $5,800 $11,600 2010年 $5,950 $11,900

出所:U.S. Department of the Treasury, Internal Revenue Service の諸規定より作成。

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HRA, HSAともにこれとは異なり,口座への拠出や運用,ポータビリティに柔軟性が ある。 フレキシブル支出口座(FSA)とは,内国歳入法 Section 125 に規定されるカフェテ リア・プランの一形態である。フレキシブル支出口座(FSA)は,保険給付外に発生す る医療費(定額控除や共同負担などの医療サービスにかかった際の自己負担と,医療保 険によってカバーされない医療サービスの費用負担)に支出目的を限定した医療費支出 口座(Healthcare Reimbursement Account)と扶養家族のケア費用(13 歳未満の子どもの ケア費や扶養家族の介護費など)に支出目的を限定した介護費支出口座(Dependent care Reimbursement Account)の 2 つのタイプがある。 フレキシブル支出口座には,被用者が課税前の給料から天引きして積立することがで きる。被用者は,年度が始まる前に,あらかじめ拠出率を決定し,賃金から天引きで積 立をし,内国歳入法 Setion 125 に定める範囲内で,医療費支払などのために払戻をする ことができる。認められた適格な医療支出であれば,給付時にも非課税となる。ただ し,使い切れなかった積立分は,払戻あるいは翌年への繰越をすることができず,雇用 主のものとなる。また,被用者が転職した際のポータビリティもない。 これに対し,HRA, HSA は口座の所有者,拠出者,拠出や払戻についての税制上の 扱い,などが異な 7 る。これらの医療貯蓄口座の種類と特徴についてまとめたのが,第 2 ────────────

7 以下の HRA, HSA の説明は,Internal Revenue Serviceの HP による。(http : //www.irs.gov/publications/p 969

/ar 02.html#en_US_publink 100038736)(2009 年 5 月閲覧)。 第 2 表 医療貯蓄口座の種類と特徴 HRA HSA 口座所有資格者 雇用主 個人,被用者 拠出資格者 雇用主 雇用主あるいは/及び被用者やその家 族,個人 組み合わされる医療保険 プランの条件 特になし(ただし高定額控除医療プ ランと組み合わされることが多い) 高定額控除医療プランとの組み合わせが 必須 拠出額の上限設定 特になし(雇用主が規定している場 合もある) あり *注 税制上の扱い 拠出時 非課税 非課税 払戻時 適格な医療支出に充てる場合のみ払 戻可能で,非課税。 適格な医療支出に充てる場合は非課税。 その他の理由での払い戻し時は,課税さ れ,かつペナルティが上乗せされる。 口座残高の翌年への繰越 可能(雇用主が積立上限額を設定し ている場合がある) 可能(制限なし) ポータビリティ なし(雇用と結びつけられている) あり(転職,退職後も個人の所有) 注:HSA の拠出額の上限額は,税制上の優遇措置が適用される上限額である。したがって,非課税限 度額を超えて拠出すること自体は可能である。出所:筆者作成。 アメリカ医療保険市場における消費者主導型医療プランの展開(長谷川) ( 273 )6

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表である。

HRAは,2002 年 6 月にアメリカ財務省内国歳入庁が税法上の扱いを明確化したこと

で,その普及が促された。HRA は付加給付(fringe benefit)としてのみ提供されるもの であり,その対象は被用者のみである。雇用主は,付加給付プログラムの中で他の給付 と組み合わせて HRA を提供することができる。フレキシブル支出口座とは異なり,HRA に拠出できるのは雇用主のみである。この雇用主拠出は,人件費コストとして認められ るので課税ベースに含まれない。また,雇用主拠出の額に上限規定はない。 HRAの対象者は,後述の HSA とは異なり,必ずしも医療保険に加入する必要はな い。ただ実際には,高定額控除医療プランに加入している場合が多い。認められた適格 な医療支出の場合(例えば,医療保険料への支払いや医療保険でカバーされない医療サ ービスへの支払いなど)には,給付時も非課税である。年度末に口座に残高がある場合 は,次年度に繰越することができる。

HSAは,メディケア処方薬・改善・近代化法(Medicare Prescription Drug,

Improve-ment, and Modernization Act of 2003, P. L. 108−173)の Section 1201 によって,内国歳入 法に Section 223 が追加されたことで導入され始めたものである。 HSAは,雇用主である企業,被用者ともに拠出し,雇用主拠出分も被用者拠出分 も,人件費コストとして認められるので課税ベースに含まれない。認められた適格な医 療支出の場合には,HRA と同様に,給付時も非課税である。ただし,HSA は高定額控 除医療プランと組み合わせて提供することが義務付けられている。また,HSA は,転 職時に被用者自身の医療貯蓄口座としてポータビリティが認められており,被用者だけ でなく,自営業者や個人も持つことが可能である。 HSAへの拠出には,税制上の優遇措置が適用される年間拠出上限に関する規定があ る。まず,HSA への年間拠出額は,月ごとに設定された制限額の合計に規定される。 すなわち,月初めの地位,資格(eligibility),加入する医療プランをベースに決定され る月ごとの拠出上限額を合計したものが,年間拠出額となる。月ごとの HSA への拠出 上限額は,その月の初めに加入している高定額控除医療プランの年間定額控除額の 12 分の 1 であり,翌月別の高定額控除医療プランに乗り換えた場合は,そのプランの年間 定額控除額の 12 分の 1 が上限額となり,年間の HSA への拠出上限額はこれら 12 ヶ月 分の合計額ということである。この合計して算出される年間の HSA への拠出額に対し て,非課税上限額の規定がある。HAS への年間拠出非課税上限額は年々引き上げられ ており,2005 年では単身保険で 2,650 ドル,家族保険で 5,250 ドルであったが,2009 年には単身保険で 3,000 ドル,家族保険で 5,950 ドルであり,2010 年にはさらに引き上 げられる予定である(第 3 表参照)。ただし,HSA に対して非課税上限額を超えて拠出 すること自体は禁止されておらず,上限額を超えた部分に対して連邦税が課税される。 同志社商学 第61巻 第4・5号(2010年1月) 66( 274 )

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HSAへの年間拠出上限額には例外規定がある。高定額控除医療プランに加入する 55 歳から 65 歳未満のメディケアの受給資格をまだ得ていない被用者あるいは個人は, HSAへの拠出を上乗せすることができる。「巻き返し」的拠出(“catch-up”contribution) といわれる上乗せできる拠出額は,2004 年に 500 ドルから始まったが,1 年ごとに 100 ドルずつ上乗せされ,2008 年は 900 ドル,2009 年以降は 1000 ドルに固定化されてい 8 る。 ほとんどの消費者主導型医療プランは,加入者に治療方法の選択肢やコストなどを判 断するのをサポートする情報提供ツールを供与している。ただ,その精巧性については 幅があ 9 る。第 1 に,最低限の情報として,基本的な医療に関する質問についての情報, 場合によってはより詳細な症状に関する情報が提供されている。第 2 に,比較的基本的 な情報として,医療プランのオプション選択のサポート情報が提供されており,過去に かかった医療費や将来の医療費予測などが入手できる。第 3 に,医療サービスの提供者 (医師や病院など)のコストと質に関する情報が提供されており,そのパフォーマンス に基づいてランク付けされている場合もある。 (2)マネジドケア・プランとの違い アメリカの民間医療保険市場において,1990 年代初頭まで従来型出来高払いプラン が主流であった。しかし,国民医療支出の膨張とそれに伴う医療保険料の高騰に伴う医 療費負担の膨張,具体的にはグローバルな競争にさらされるようになった雇用主である 企業が,人件費コストとしての医療費負担をもコスト抑制の対象とするようになり,そ の削減あるいは抑制が叫ばれるようになった。そのような要請の下,医療費の抑制策と ────────────

8 U.S. Department of the Treasuryの HP より(http :

//www.ustreas.gov/offices/public−affairs/hsa/faq_contribut-ing.shtml#hsa 3)(2009 年 5 月閲覧)。 9 消費者主導型医療プランの情報提供ツールについては,以下の文献を参照。Regopoulos et al(2006). 第 3 表 HSAへの非課税拠出上限額 単身保険 家族保険 2005年 $2,650 $5,250 2006年 $2,700 $5,450 2007年 $2,850 $5,650 2008年 $2,900 $5,800 2009年 $3,000 $5,950 2010年 $3,050 $6,150

出所:U.S. Department of the Treasury, Internal Revenue Service の諸規定より作成。

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して 1990 年代には「マネジドケア」,そして 2000 年代には「消費者主導型医療」とい った新たな理念を持った医療保険への期待が高まり,具体化していった。 消費者主導型医療は,医療費の抑制をひとつの目的としたものであるといえるが,マ ネジドケアとはどのような共通点,相違点があるのだろうか。 まず共通点としては,先述のとおり,その抽象的目的が挙げられる。マネジドケアと 消費者主導型医療は,アメリカの医療保障システムが持つ内在的問題,すなわち医療サ ービスの価格高騰と医療サービスの医師誘発需要などの問題に対して,医療の効率性を 改善することで対処するという目的を掲げている。 しかし,その医療の効率性改善を達成するための理念や制度設計が異なっている。 第 1 に,マネジドケアと消費者主導型医療は,医療費抑制を達成するための理念に違 いがある。対比的にみると,マネジドケアは,保険者などの第三者が管理することで適 切な医療サービスの提供・消費がなされると考えるのに対し,消費者主導型医療は,患 者である消費者側が合理的な選択をすることで適切な医療サービスの提供・消費がなさ れると考えている。 第 2 に,このような医療費抑制を達成するための理念上の違いが,それを実現するた めの制度設計の違いにもつながっている。マネジドケア・プランは一般に,「医療サー ビスの提供者と医療報酬支払い者(保険者)を統合する,組織化されたシステム」とい われる 10 が,それは,医療費や医療サービスなどの提供部面に対し不干渉であった保険者 が,「医療の効率性」追求による医療費抑制のために,医療サービスの提供部面への介 入を行うからである。マネジドケア・プランでは,保険者が医療サービス提供者と報酬 支払いについて交渉し,契約関係を結んでネットワークを形成している。そうすること で,契約した医療サービスの提供者に対する支払いを人頭払い制にして,あるいは出来 高からの値引き・割引を引き出して,保険からの給付額を抑制する。さらに診療内容審 査などを行うことで医療サービスの提供部面に介入し,不必要な医療サービスの提供や 薬剤の利用がないかなどを事前・事後にわたってチェックし,それを報酬支払と連動さ せている。そして,被保険者に対しては,契約した医療サービスの提供者ネットワーク 内にアクセスを制限し,あるいはネットワーク外での医療サービス利用への保険給付率 を引き下げるなどすることで,保険からの給付額を抑制している。マネジドケアは,保 険者が第三者として医療の質とコストを評価することで,医療の効率性を改善し,結果 として医療費の抑制につながると考える。 これに対し,消費者主導型医療プランのもとでは,患者自身が効率的な医療サービス の提供者(医師・病院など)を選択し,適切な医療サービスの利用を行うことで,医療 サービスの提供者側の効率性の改善が促され,結果として市場全体での医療費の上昇が ────────────

10 Musco and Thompson(2002),pp. 48−49.

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抑制され,医療の質の改善にもつながると考える。そのため,消費者主導型医療プラン では,患者側が適切な医療サービス利用を行う前提として,医療費負担に直面させるこ とが必要であるとの考えから,高額な定額控除の設定などによって,医療保険からの給 付が高額な医療費に制限され,患者側の医療費負担が重くなっているのである。さら に,その医療費負担には自己責任で備えるように,税制上の優遇措置を与えられた医療 貯蓄口座の開設が促されているのである。 保険者は,直接的に医療サービスの利用そのものに介入し,審査・評価するのではな く,患者自身が適切な医療サービスを選択し消費できるように,医療サービスの提供者 の質に関する情報や,個々の医療サービスのコストについての情報を提供している。消 費者主導型医療プランのもとでは,保険者がコスト効率的なケアを求める金銭的インセ ンティブや「もっともよい」医療提供者を探す手段を提供している場合が多く,マネジ ドケアの下での医療の効率性追求の諸手段を引き継いでいる。その上で保険加入者の自 己責任(医療と医療保険プランの選択と費用負担)をより強めるものといえる。 消費者主導型医療プランの特徴は,(1)で整理したように,高定額控除医療プラン, 医療貯蓄口座,情報提供ツールであるが,そこでの保険者の姿勢は,従来型出来高払い プランのように医療サービスの提供者や高額な治療方法については,患者側に自由な選 択を認める一方で,高額な定額控除の設定により保険からの給付を抑え,患者の医療費 負担を増加させるものである。

消費者主導型医療プランの登場の背景

(1)膨張し続ける医療費負担 消費者主導型医療プランへの期待が高まる背景には,アメリカの医療費そのものの膨 張と,その医療費を誰が,どのように,どれほど負担しているのかという問題がある。 国民医療支出は,1965 年の公的医療保険制度の創設以降,一貫して延び続けている (第 1 図参 11 照)。2007 年の国民医療支出は,2 兆 2412 億ドルに達している。1980 年代に は国民医療支出が対 GDP 比で二桁となり,連邦政府だけではなく雇用主である企業も そのことを問題視するようになった。国民医療支出の対 GDP 比は,1980 年代半ばに初 めて二桁となり,1990 年には 12.0%,1995 年には 13.4% となった。1990 年代後半は 13.2%∼13.3% の間で安定していたのであるが,2007 年には 16.2% にまで上昇してい る。また,国民医療支出の年平均伸び率は,1997 年を例外に,常に GDP の伸びを上回 っている。 ────────────

11 国民医療支出については,以下の資料を参照。U.S. Department of Health and Human Services, Centers for

Medicare & Medicaid Services(2008).

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0.0% 2.0% 4.0% 6.0% 8.0% 10.0% 12.0% 14.0% 16.0% 18.0% 0.0 500.0 1000.0 1500.0 2000.0 2500.0 民間部門 連邦政府 州・地方政府 国民医療支出の対GDP比(%) (10億ドル) 1960 年 1970 年 1980 年 1990 年 1993 年 1997 年 1998 年 1999 年 2000 年 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 国民医療支出は,連邦政府や州・地方政府などの公的部門が約 45%,患者による自 己負担や民間医療保険などの民間部門が約 55% を支えている。ただし,民間部門の中 では,患者による自己負担よりも民間医療保険からの給付の割合が高まっている。民間 医療保険は,1980 年では民間部門による医療支出の約 5 割であったが,2007 年には 7 割近く(約 69%)を占めている。 消費者主導型医療プランの推進者は,このように国民の医療費補償がより保険を通じ て行われるようになることで,国民が「実際の医療費負担」を認識することなく,不必 要な医療サービスの消費につながっている,という見解を提示しているのである。 さらに,国民医療支出の 9 割以上を占める医療サービスおよび医薬品支 12 出は,保険料 拠出までさかのぼると,主な支払者は民間企業,家計,政府である。2007 年の民間医 療保険の保険料総額 7710 億ドルの内,民間企業が 3984 億ドル,連邦政府や州・地方政 府などの公的部門が 1340 億ドルで,家計は 1977 億ドルとなってい 13 る。 雇用主である企業は,1980 年代以降グローバルな競争が激化する中で,経営環境の 変化への対応として,さまざまな形でコスト抑制を模索しており,膨張する企業の医療 費負担も例外ではなかった。これまでアメリカ医療保障システムの中核である雇用主提 供医療保険を支えてきた大手企業,特に製造業が,日本をはじめとした海外勢との競争 ────────────

12 国民医療支出(National Health Expenditure)は,(1)医療サービス及び医薬品(Health Services and

Sup-plies)と(2)調査研究及び施設・設備などの投資(Investments)からなる。(2)の投資とは,民間所

有の施設・設備費及び,連邦・州・地方などの公的部門による調査研究支出,施設・設備支出であり, 製薬会社やその他医療機器・医療用品メーカーの研究・開発費は含まれていない。

13 家計には,雇用主提供医療保険と個人購入医療保険の保険料の両方が含まれる。

第 1 図 アメリカ国民医療支出の推移(1960−2007 年)

出所:U.S. Department of Health and Human Services, Centers for Medicare & Medicaid

Services(2008)より作成。

同志社商学 第61巻 第4・5号(2010年1月)

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1988 年 1989 年 1990 年 1993 年 1996 年 1999 年 2000 年 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 0.0% 2.0% 4.0% 6.0% 8.0% 10.0% 12.0% 14.0% 16.0% 18.0% 20.0% 医療保険料 全般 医療費 労働所得(平均時間給・民間) 激化などの経営環境の変化のなかで経営合理化を追求し始め,その一方で医療費負担の 膨張は,医療給付を行う民間企業の国際競争力を阻害するものとして問題視された。例 えば,2009 年に破産法を申請した General Motors 社は,ミドル・クラスを生み出し, それに見合った充実した医療給付プログラムを確立してきたが,1980 年代以降激しい 国際競争にさらされるなかで医療費負担の膨張も,経営圧迫の一因として指摘され 14 た。 1980年代以降,特に 1990 年代に,雇用主としての企業は,積極的にマネジドケア・ プランを導入した。それは,従来型の医療保険のプランに比べて低額な保険料によっ て,雇用主の医療費負担を引き下げられることを期待したものであっ 15 た。 実際,1990 年代半ばにかけては医療保険料の伸びが抑制された。マネジドケア・プ ランの普及によるとは言い切れないが,一定の成果を見た。医療保険料は,1980 年代 後半から 1990 年代初めまで,二桁の上昇率となっており,消費者物価指数全般,医療 費,労働所得の上昇率のいずれをも大きく上回っていた(第 2 図参照)。これを保険プ ラン別で見ると,1988 年の対前年変化率は,HMO プランを例外として,従来型出来高 払いプラン,PPO プラン,POS プランいずれも二桁の伸び率となっている(第 3 図参 照)。しかし,1993 年以降,医療保険料の上昇率は一転して一桁に抑えられた。いずれ の保険プランの上昇率も,1996 年まで下がり続けた。特に HMO プランは 1996 年には マイナスとなり,マネジドケア・プランの保険料上昇率は,従来型出来高払いプランよ ──────────── 14 GM 社の医療給付改革については,長谷川(2006);(2009)で詳論している。 15 Darling(1991). 第 2 図 雇用主提供医療保険料の年平均変化率(1988−2007 年) 注:医療保険料は,家族保険(4 人)。

出所:Kaiser/HRET(2007),U.S. Bureau of Labos Statistics“Consumer Price

In-dex for All Urban Consumers ; U.S. city average”(1988−2008)より作成。

(12)

0.0% 5.0% 10.0% 15.0% 20.0% 25.0% 1988年 1993年 1996年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 全体 従来型出来高払い プラン HMOプラン POSプラン PPOプラン りも低く抑えられた。 このような 1990 年代半ばにかけての医療保険料の伸び率の抑制は,一般にマネジド ケア・プランのおかげであるとされた。しかし,このことがマネジドケア・プランによ る「医療の効率性」の推進による医療費抑制によるものかどうかは明確ではな 16 い。むし ろ,いずれの保険プランにおいても,全体的に保険料が抑えられた背景には,保険者間 の保険引受競争があったと考えられ 17 る。 しかし,1990 年代末には再び保険料の伸びが二桁の上昇をみせるようになり,雇用 主としての企業は,次の一手として「消費者主導型医療」に注目するようになったので ある。Mercer(2006)によると,消費者主導型医療プラン導入の目的は,(1)長期でみ たコスト抑制,(2)消費者主義の推進,そして(3)退職後医療給付コストの抑制であ る。 消費者主導型医療プランは,連邦政府による抜本的な医療改革が現実化しないなか で,民間市場の中で,消費者による経済合理的な選択によって医療費の膨張を抑制し, さらに従来の医療プランよりも安価な保険料であることから,無保険者問題にも対応す ることが期待されているのである。 (2)増え続ける無保険者の問題 消費者主導型医療プランといわれる,高定額控除医療プランやさまざまな医療貯蓄口 ──────────── 16 マネジドケアによる「医療費抑制効果」について多くの実証研究があるが,その効果は明確にはなって

いない。例えば,Miller and Luft(1997). 17 渋谷(2003).

第 3 図 医療保険料の対前年変化率(プラン別,1988−2007 年)

出所:Kaiser/HRET(1988−2007)より作成。

同志社商学 第61巻 第4・5号(2010年1月)

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第 4 表 非高齢者( 65 歳未満)の医療保険加入の推移( 1987−2007 年) 1987 年 1990 年 1993 年 1996 年 1997 年 1998 年 1999 年 2000 年 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 ( 100 万人) 全人口 雇用主提供医療保険 本人名義 家族名義 個人購入医療保険 214.4 150.3 73.5 76.8 15.0 220.6 149.6 74.1 75.5 15.1 228.0 146.7 76.0 70.7 17.5 234.1 151.7 78.0 73.7 16.8 236.2 156.9 78.5 78.4 17.1 238.6 160.4 80.2 80.2 16.5 242.6 164.7 82.2 82.4 16.4 244.8 167.5 84.6 82.9 16.0 247.5 166.1 84.1 82.0 16.0 250.8 164.9 82.5 82.4 16.6 252.7 162.9 81.5 81.5 16.7 255.1 161.0 81.6 79.4 18.0 257.4 161.3 82.3 79.0 17.9 260.0 161.7 82.9 78.8 17.7 261.4 162.5 83.9 78.5 17.9 公的保険 メディケア メディケイド Tric ar e/CHAMPVA 28.8 3.1 18.6 8.6 32.2 3.5 22.7 7.9 38.5 3.7 29.4 7.5 37.8 4.6 28.6 6.9 35.3 4.7 26.4 6.6 34.6 4.8 25.2 6.9 34.8 4.9 25.5 6.6 35.8 5.4 26.2 6.8 37.9 5.6 28.3 6.6 40.0 5.8 29.9 6.9 42.5 6.2 32.4 6.9 45.1 6.3 34.2 7.4 45.5 6.4 34.7 7.7 45.5 6.5 34.9 7.1 47.7 7.1 36.3 7.5 無保険 29.5 32.9 36.4 38.3 39.9 39.4 38.5 38.2 39.5 41.8 43.1 43.0 44.4 46.5 45.0 (%) 全人口 雇用主提供医療保険 本人名義 家族名義 個人購入医療保険 100.0 % 70.1 34.3 35.8 7.0 100.0 % 67.8 33.6 34.2 6.8 100.0 % 64.3 33.3 31.0 7.7 100.0 % 64.8 33.3 31.5 7.2 100.0 % 66.4 33.2 33.2 7.2 100.0 % 67.2 33.6 33.6 6.9 100.0 % 67.9 33.9 34.0 6.8 100.0 % 68.4 34.6 33.8 6.5 100.0 % 67.1 34.0 33.1 6.5 100.0 % 65.7 32.9 32.8 6.6 100.0 % 64.5 32.2 32.2 6.6 100.0 % 63.1 32.0 31.1 7.1 100.0 % 62.7 32.0 30.7 7.0 100.0 % 62.2 31.9 30.3 6.8 100.0 % 62.2 32.1 30.0 6.8 公的保険 メディケア メディケイド Tric ar e/CHAMPVA 13.4 1.5 8.7 4.0 14.6 1.6 10.3 3.6 16.9 1.6 12.9 3.3 16.2 2.0 12.2 2.9 15.0 2.0 11.2 2.8 14.5 2.0 10.6 2.9 14.3 2.0 10.5 2.7 14.6 2.2 10.7 2.8 15.3 2.3 11.4 2.7 15.9 2.3 11.9 2.8 16.8 2.5 12.8 2.7 17.7 2.5 13.6 2.9 17.7 2.5 13.5 3.0 17.5 2.5 13.4 2.7 18.2 2.7 13.9 2.9 無保険 13.7 14.9 16.0 16.4 16.5 16.5 15.9 15.6 16.0 16.6 17.1 16.9 17.2 17.9 17.2 注 1 :二つ以上の保険に加入している個人を排除していない。 2:TRICARE ( CHAMPUS )は国防省管轄のプログラムで,退役軍人のためのもの。 3 : CHAMPVA ( th e C iv ilian H ealth an d Med ical Pro g ram fo r th e Dep artmen t o f Veteran s Affairs )は退役軍人の扶養家族(身体障害者)と遺族のための医療給付プロ グラム。 出所: Fr ons ti n ( 2003 ) ; ( 2008 )より作成。 アメリカ医療保険市場における消費者主導型医療プランの展開(長谷川) ( 281 )7

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座は,既存の医療保険体系の中に徐々に浸透している。消費者主導型医療プランは,主 に民間医療保険,すなわち団体保険である雇用主提供医療保険に導入され,また個人購 入医療保険の保険商品としても登場している。連邦政府,州・地方政府が雇用主とし

て,その公務員と扶養家族,退職者に対して提供する連邦公務員医療給付(FEHB :

Fed-eral Employees Health Benefits)プログラムにも,2003 年から消費者主導型医療プラン が導入され,2005 年からは HSA と組み合わされた高定額控除医療プランが導入されて い 18 る。 アメリカの医療保険は,民間医療保険と連邦政府や州・地方政府が所管する公的医療 保険・医療プログラムから構成されている。アメリカには国民全体を対象とした,いわ ゆる「国民皆保険制度」はなく,公的医療保険は,1965 年に成立した主として高齢者 のみを対象としたメディケア(Medicare)だけである。したがって,国民に医療保険の 加入義務も,雇用主に医療保険の提供・拠出義務もない。ただ,実際には 8 割以上の国 民が何らかの医療保険に加入,あるいは医療扶助による医療費補償や医療サービスの現 物給付を受けている。 第 4 表は非高齢者の医療保険加入状況を示したものである 19 が,非高齢者にとっての中 核的保険は民間団体医療保険である雇用主提供医療保険である。2007 年では,非高齢 者の 6 割以上,約 1 億 6250 万人が自らの雇用先で,あるいは家族の雇用先で提供され る医療保険に加入している。個人で直接保険会社から保険を購入している場合もあるが (個人購入医療保険),その割合は現在に至るまで少なく,非高齢者の 6.8%,約 1790 万 人にすぎない。 ただし,雇用主提供医療保険は,雇用主である企業などが被用者やその家族,退職者 に対して,付加給付(fringe benefit)の一つとして,任意に提供する医療保険である。 したがって,企業は,道徳的・倫理的動機からではなく,「経営上 の 理 由(business 20 reason)」から,医療給付を行っているのであり,すなわち経営目的に資するような優 秀な労働力を確保・維持し,競争上優位な商品・サービスを生み出すために,その一手 段として医療保険を提供しているのである。このことが結果的には,雇用主提供医療保 険が「社会保険的機能を部分的に果た 21 す」,すなわち,企業による医療給付提供と雇用 主拠出が一般化することで,被用者側の雇用先での保険加入への期待に応えてき 22 た。 ────────────

18 U.S. Government Accountability Office(GAO)(2006 a)

19 以下の非高齢者の医療保険加入状は,Fronstin(2003);(2008)による。

20 Fronstin(1998),p. 9 ; Christensen et al(2002),p. 17. 21 中浜(2007)。 22 1990 年代のニューエコノミーといわれる時期においても,アメリカ国民,そして被用者にとって職業 選択において被用者給付,なかでも医療保険は非常に重要視されている。WorldatWork/EBRI Value of Benefits Surveyの 1996 年の調査によると,アメリカ人の 64%,労働者の 65% が「最も重要な被用者 給付」として医療保険を挙げており,「二番目に重要な被用者給付」と合わせると,アメリカ人の 80 %,労働者の 81% が医療保険を重視している。1999 年の同様の調査でも,労働者の 65% が医療保険! 同志社商学 第61巻 第4・5号(2010年1月) 74( 282 )

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しかし,非高齢者の医療保険加入が民間医療保障に依存している限り,民間医療保障 を得られる層と,貧困・低所 23 得などで医療扶助の受給資格を得る 24 層との間に,固定的な 無保険者あるいは加入の不安定な流動層が必然的に存在する。すなわち,雇用先での医 療保険に加入せず,また個人で民間医療保険を購入せず,さらに公的医療保険や医療扶 助の受給を得ていない,いわゆる無保険者が存在する。その数は,2007 年には約 4500 万人,非高齢者の 17.2% にも上っている。非高齢者の無保険者数は,1999 年,2000 年 を例外に,1990 年代は一貫して増加し続け,2001 年以降もさらに増加している。無保 険者数は,1988 年は約 3110 万人であったが,1998 年には約 4070 万人と,10 年ほどの 間に約 960 万人も増加している。1999 年,2000 年の 2 年間に約 200 万人弱減少した が,その後再び増加しており,2000 年から 2007 年の間に約 680 万人も増加している。 また,パートタイム雇用を含めた非正規雇用の増加は,雇用先での医療保険に加入で きない(加入資格を与えられない,あるいは保険料を負担しえない)国民を増加させて い 25 る。

消費者主導型医療プランの実態と企業のコスト抑制戦略

(1)消費者主導型医療プランの実際のコスト負担 消費者主導型医療プランに対しては,税制上の優遇措置の適用範囲との関係で,医療 貯蓄口座(HSA)に対する拠出上限額や,加入者の自己負担上限額が規定されている が,実際の運用実態はどうなっているのか。以下では,雇用主提供医療保険に対象を限 定して,消費者主導型医療プランの保険料をそれ以外のプランと比較し,雇用主の医療 費負担について検討する。また,消費者主導型医療プランの実際の定額控除の設定額, 自己負担上限額について検討する。 まず,HSA や HRA と組み合わされる高定額控除医療プランの保険料をみてみる と,高定額控除医療プランのほうが,それ以外のプランの保険料よりも平均して低くな っている(第 5 表参照)。Kaiser/HRET(2008)によると,HRA あるいは HSA と組み ──────────── ! を「最も重要な被用者給付」とし,「二番目に重要な被用者給付」と合わせると 82% である。そのほか の給付については,1999 年調査で,確定給付型年金(Defined Benefits)は 6%,401(k)などの確定拠 出(Defined Contribution)は 21% の労働者が「最も重要な被用者給付」として挙げている(WorldatWork

/EBRI(2000); Salisbury and Ostuw(2000))。

23 本稿では,貧困者(層),低所得者(層)といった場合,それぞれ連邦貧困ライン(Federal Poverty

Line)100% 未満,100% 以上 200% 未満の所得層を想定している。U.S. Census Bureau の 2008 年の連 邦貧困基準(Federal Poverty Threshold)によると,4 人家族(子ども(18 歳未満)2 人)で 21,834 ドル が FPL 100% である。

24 メディケアやメディケイドなどの公的医療保険あるいは医療扶助を受給しているのは,非高齢者の 18.2

%,約 4770 万人にすぎない(Fronstin, 2007)。

25 非正規雇用の医療保障について,詳しくは長谷川(2008);(2009)。

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合わされる高定額控除医療プラン以外のプランの平均保険料が,単身保険 4,769 ドル, 家族保険 12,892 ドルであるのに対し,HRA と組み合わされる高定額控除医療プランの 平均保険料は,単身保険 4,468 ドル,家族保険 11,571 ドル,HSA と組み合わされる高 定額控除医療プランの平均保険料は,単身保険 3,527 ドル,家族保険 9,101 ドルであ る。 雇用主の医療費負担は,HSA や HRA と組み合わされる高定額控除医療プランの場 合,保険料拠出と医療貯蓄口座への拠出の合計額ということになるが,それでみると, HSAと組み合わされる高定額控除医療プランが最も負担が少ないといえる(第 5 表参 照)。雇用主の保険料拠出は,HRA/HDHP の場合,単身保険 3,935 ドル(拠出率 88.1 %),家族保険 8,117 ドル(拠出率 70.1%),HSA/HDHP の場 合,単 身 保 険 3,107 ド ル (拠出率 88.1%),家族保険 6,769 ドル(拠出率 74.4%)である。HRA/HDHP, HSA/HDHP 以外の保険プランの場合は,単身保険 4,027 ドル(拠出率 84.4%),家族保険 9,495 ドル (拠出率 73.7%)で,金額としては消費者主導型医療プランを上回るが,HRA/HDHP の 家族保険を例外に拠出率では下回っている。 次に,医療貯蓄口座への雇用主拠出額をみると,雇用主拠出のみ認められる HRA よ りも,被用者拠出と雇用主拠出の両方が認められる HSA へのほうが,拠出額が少な い。HRA あるいは HSA への雇用主拠出をみると,HRA への雇用主拠出の平均額は, 単身保険 1,249 ドル,家族保険 2,073 ドル,HSA への雇用主拠出の平均額は,単身保険 838ドル,家族保険 1,522 ドルと,HSA のほうが HRA への雇用主拠出よりも少ない。 HSAへの雇用主拠出は任意であるため,この平均額には,HSA への拠出を行っていな い雇用主も含まれている。とはいえ,HSA への雇用主拠出を行っていない雇用主を除 いた平均額でも,単身保険 1,139 ドル,家族保険 2,067 ドルであり,HRA への雇用主拠 第 5 表 HDHPとそれ以外のプランとの医療費負担の比較(いずれも平均) 単身保険 家族保険

HRA/HDHP HSA/HDHP HDHP以外 HRA/HDHP HSA/HDHP HDHP 以外

保険料(年間) $4,468 $3,527 $4,769 $11,571 $9,101 $12,892 被用者の保険料拠出 $533 $420 $742 $3,455 $2,332 $3,397 雇用主の保険料拠出 $3,935 $3,107 $4,027 $8,117 $6,769 $9,495 *雇用主の保険料拠出率 88.1% 88.1% 84.4% 70.1% 74.4% 73.7% HRA/HSAへの雇用主拠出 $1,249 $838 NA $2,073 $1,522 NA 雇用主の医療費負担合計 $5,184 $3,945 $4,027 $10,190 $8,291 $9,495 注:「HRA/HSA への雇用主拠出」には,HSA への拠出を行っていない雇用主も含む。 HSAへの拠出を行っていない雇用主を除いた場合,HSA への雇用主平均拠出額は,単身保険 $1,139,家族保険$2,067 である。 出所:Kaiser/HRET(2008)より作成。 同志社商学 第61巻 第4・5号(2010年1月) 76( 284 )

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出の平均額を下回っている。 雇用主の保険料拠出と医療貯蓄口座への雇用主拠出とを合わせて,消費者主導型医療 プランとそれ以外のプランとを比較すると,HSA/HDHP が最も雇用主の医療費負担が 少ない。消費者主導型医療プラン以外のプランの雇用主の医療費負担は,単身保険 4,027 ドル,家族保険 9,495 ドル,HRA/HDHP の場合は,単身保険 5,184 ドル,家族保険 10,190 ドルと,HRA/HDHP のほうが多い。これらに対し,HSA/HDHP の雇用主の医療費負担 は,単身保険 3,945 ドル,家族保険 8,291 ドルと最も少ない。 Mercer(2006)は被用者数 500 名以上の大企業を対象とした調査であるが,それによ ると,消費者主導型医療プランの保険料拠出と医療貯蓄口座への拠出を合わせた加入者 一人当たりの企業側のコストを PPO プラン,HMO プランのそれと比較すると,PPO プラン 7,029 ドル,HMO プラン 7,004 ドルであるのに対し,HRA と組み合わせた高定 額控除医療プランは 6,214 ドル,HSA と組み合わせた高定額控除医療プランでは 5,005 ドルであ 26 る。 HSAへの拠出は雇用主の裁量であるため,拠出しなければコストはその分低下する ことになる。先述の Mercer の 2006 年調査では,HSA と組み合わせた高定額控除医療 プランを提供している雇用主で HSA への拠出を行っているのは,単身保険で 57%,家 族保険で 56% にすぎな 27 い。ほかの調査でも,HSA 適格の高定額控除医療プランを提供 する雇用主の 47% が,家族保険については HSA への雇用主拠出を行っていな 28 い。 さらに雇用主拠出を行っている場合でも,HSA への雇用主の拠出額の中央値は,単 身保険で 500 ドル,家族保険 800 ドルであ 29 る。保険からの給付が開始されるまでの定額 控除の中央値が,単身保険で 1500 ドル,家族保険で 3000 ドルであるという調査結果か らいえることは,消費者主導型医療プランの加入者は保険料負担に加えて,実際に医療 サービスが必要になったときには多大な自己負担をしなければならない,ということで ある。 次に,HSA や HRA と組み合わされる高定額控除医療プランの実際の定額控除の設 定額をみると,連邦法によって規定されている定額控除の下限額よりも,高額であると いえる(第 6 表参照)。Kaiser/HRET(2008)によると,HRA と組み合わされる高定額 控除医療プランの平均定額控除額は,単身保険で 1,522 ドル,家族保険で 3,057 ドルで ある。HSA と組み合わされる高定額控除医療プランの平均定額控除額は,単身保険で 2,010ドル,家族保険で 3,911 ドルであり,いずれも連邦法で規定される HSA と組み合 ──────────── 26 Mercer(2006). 27 Mercer(2006). Mercerの 2005 年調査,2007 年調査でも,大企業(被用者数 500 名以上)の 3 分の 1 以 上が,HSA への雇用主拠出をしていない(GAO(2008 a);(2008 b))。

28 Kaiser/HERT(2007). 29 Mercer(2006).

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わされる高定額控除医療プランの下限(単身保険 1,100 ドル,家族保険 2,200 ドル(2008 年))を大きく上回っている。 この高額な定額控除分の支払いは,保険からの給付が行われないので,医療貯蓄口座 から支払い,それで不足すれば患者の自己負担ということになる。第 6 表で示したよう に,定額控除の設定額は,医療貯蓄口座への雇用主拠出を上回っている。 高額な定額控除分の支払いだけでなく,消費者主導型医療プランの加入者は多額の医 療費負担が必要とされる。加入者は,定額控除を満たした後にも,保険給付外の自己負 担(一定額あるいは一定割合の共同負担)が求められる。ただし,それらを含めた自己 負担に対しては一般に上限額が設定されている。この自己負担上限額の平均額をみてみ ると,HRA と組み合わせた高定額控除医療プランへの加入者の自己負担上限の平均額 は,単身保険で 2,543 ドル,家族保険で 5,331 ドルであり,HSA と組み合わせた高定額 控除医療プランへの加入者のそれは,単身保険で 3,292 ドル,家族保険で 6,280 ドルで ある。 これらの自己負担への備えとして,税制上の優遇措置を与えられた医療貯蓄口座の開 設が促されているのであるが,医療貯蓄口座への雇用主拠出は定額控除よりも少なく, また自己負担上限額をはるかに下回っている。したがって,消費者主導型医療プランへ の加入者は,医療貯蓄口座への雇用主拠出を上回る医療費負担については,保険料とは 別に自らの所得から支払うこととなる。 (2)消費者主導型医療プランの普及状況と導入企業の特徴 GAOによると,HSA 適格の高定額控除医療プランへの加入者は,2004 年 9 月には 約 43 万 8000 人であったが,2008 年 1 月には約 610 万人に増加してい 30 る。とはいえ, 民間医療保険(団体保険(雇用主提供医療保険など)及び個人購入保険)の加入者のわ ────────────

30 America’s Health Insurance Plans による推計(GAO(2008 a);(2008 b))。

第 6 表 消費者主導型医療プランの定額控除の設定額と自己負担上限額(いずれも平均)

単身保険 家族保険

HRA/HDHP HSA/HDHP HRA/HDHP HSA/HDHP

定額控除の設定額 $1,522 $2,010 $3,057 $3,911 HRA/HSAへの雇用主拠出(再掲) $1,249 $838 $2,073 $1,522 自己負担上限額 $2,543 $3,292 $5,331 $6,280 注:2008 年の HSA と組み合わされる高定額控除医療プランの定額控除下限額は,単身保険 1,100ドル,家族保険 2,200 ドルである。 出所:Kaiser/HRET(2008)より作成。 同志社商学 第61巻 第4・5号(2010年1月) 78( 286 )

(19)

2 2 3 3 3 3 3 3 5 5 5 5 4 4 7 7 8 8 9 9 14 14 27 27 46 46 73 73 20 20 21 21 20 20 21 21 25 25 24 24 27 27 23 23 29 29 28 28 27 27 31 31 21 21 16 16 58 58 57 57 60 60 61 61 55 55 54 54 52 52 48 48 41 41 38 38 35 35 28 28 26 26 11 11 12 12 13 13 13 13 15 15 15 15 17 17 18 18 22 22 22 22 25 25 24 24 14 14 7 7 8 8 5 5 4 4 0% 20% 40% 60% 80% 100% 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1996 1993 1988 (年)

従来型出来高払 HMO PPO POS HDHP/SO

ずか 2% にすぎな 31 い。 雇用主提供医療保険においても,消費者主導型医療プランはまだあまり普及している とはいえない。Kaiser/HRET の被用者医療給付調査で,雇用主提供医療保険における被 用者のプラン別加入状況でみると,消費者主導型医療プランの加入割合は低く,現在に おいても主流の医療保険のプランは,マネジドケア・プラン(HMO プラン,PPO プラ ン,POS プランの総称)である(第 4 図参照)。1980 年代までは,従来型出来高払いプ ランが中心的な保険プランであった(1988 年の従来型医療保険の加入率は 73%)。しか し,1990 年代に入ってから,マネジドケア・プランの加入者が急速に増加した。この マネジドケア・プラン加入者の増加は,企業が被用者に提供している雇用主提供医療保 険において顕著にみられ 32 た。 雇用主提供医療保険において,マネジドケア・プランの加入者割合は 1993 年に従来 型出来高払いプラン加入者のそれを上回った。マネジドケア・プランの加入率は,1993 年には合わせて 54% となり,その後も PPO プランを中心に加入率が上昇し,2005 年 には保険加入者の 97% がマネジドケア・プラン加入者となった。 マネジドケア・プランがこれほど急速にかつ広範に普及したのに対し,消費者主導型 ────────────

31 America’s Health Insurance Plans による推計結果と U.S. Census Bureau の Current Population Survey 2006 から推計(GAO(2008 a);(2008 b))。

32 メディケア,メディケイドにおいては,HMO プランや一部 POS プランを受給者が選択することがで

きる。しかしながら,1990 年代においても,メディケア,メディケイドの主流は従来型出来高払いプ ランである。メディケア受給者の約 85%,メディケイド適用者の約 75% が従来型出来高払いプランで ある。(McDonnell and Fronstin(1999).)

第 4 図 雇用主提供医療保険のプラン別加入状況(1998∼2008 年)

注:HDHP/SO(High Deductible Health Plan with a savings option)

は,「消費者主導型医療プラン」のことである。

出所:Kaiser/HRET(2008)より作成。

(20)

2% 2% 4% 3% 3% 5% 3% 4% 8% 0% 2% 4% 6% 8% 10% HRA/HDHP HSA/HDHP いずれか 2006年 2007年 2008年 3-199名 200-999名 1000名以上 5% 2% 3% 8% 3% 4% 13% 5% 8% 0% 2% 4% 6% 8% 10% 12% 14% 16% HRA/HDHP HSA/HDHP いずれか 医療プラン(HDHP/SO)の加入者の占める割合はいまだ低いものである(第 5 図参 照)。何らかの医療保険に加入している被用者のうち,消費者主導型医療プランへの加 入者割合は 2006 年 4%,2007 年 5%,2008 年 8% である。このうち,HRA/HDHP への 加入割合は 3%,HSA/HDHP への加入割合は 4%(いずれも 2008 年)となっている。 ただ,企業規模別で見ると,企業規模の小さい企業に勤める被用者のほうが,医療貯 蓄口座と組み合わせた高定額控除医療プランへの加入率が高くなっている(第 6 図参 照)。被用者数 3−199 名の企業の被用者(何らかの医療保険に加入している被用者)の 加入率は 13% であり,被用者数 200−999 名の企業の被用者の加入率 5%,被用者数 1000 名以上の企業の被用者の加入率 8% を上回っている。 では,消費者主導型医療プランを付加給付プログラムの一環として提供する企業は増 えているのであろうか。 第 5 図 医療貯蓄口座と組み合わせた HDHP の加入率 (対象:何らかの医療保険に加入している被用者) 出所:Kaiser/HRET(2008)より作成。 第 6 図 医療貯蓄口座と組み合わせた HDHP の加入率(企業規模別) (対象:何らかの医療保険に加入している被用者) 出所:Kaiser/HRET(2008)より作成。 同志社商学 第61巻 第4・5号(2010年1月) 80( 288 )

(21)

HRA/HDHP HSA/HDHP いずれか 2% 2% 4% 1% 6% 7% 3% 7% 10% 3% 11% 13% 0% 2% 4% 6% 8% 10% 12% 14% 2005年 2007年 2008年 2008年 3-199名 200-999名 1000名以上 4% 4% 10% 7% 5% 17% 10% 13% 18% 13% 15% 22% 0% 5% 10% 15% 20% 25% 2005年 2007年 2008年 2008年 医療貯蓄口座と組み合わせた高定額控除医療プランを提供する企業は,徐々にではあ るが増加している。Kaiser/HRET(2008)によると(第 7 図),医療給付プログラムを持 つ企業のうち,HRA, HSA いずれかの医療貯蓄口座と組み合わせた高定額控除医療プ ランを提供する企業の割合(提供率)は,2005 年は 4% であったが,2008 年には 13% となっている。特に,HSA と組み合わせた高定額控除医療プランの提供率が高まって おり,2005 年の 2% から 2008 年には 11% に増加している。 また,企業規模別に提供率を見ると(第 8 図),いずれの企業規模でも医療貯蓄口座 と組み合わせた高定額控除医療プランの提供率は高まっており,企業規模が大きいほど その割合も高くなっている。被用者数 3−199 名の企業の提供率は,2005 年 4% であっ たが,2008 年には 13%,被用者数 200−999 名の企業では 4%(2005 年)から 15%(2008 年),被用者数 1000 名以上の企業では 10%(2005 年)から 22%(2008 年)と増加し ている。 他の民間調査会社の調査では,企業の導入率はさらに高いという結果が出ている。

Wat-son Wyatt Worldwide and the National Group on Healthによると,2008 年の調査時には調

第 8 図 医療貯蓄口座と組み合わせた HDHP の提供率(企業規模別) (対象:医療給付プログラムを持つ企業) 出所:Kaiser/HRET(2008)より作成。 第 7 図 医療貯蓄口座と組み合わせた HDHP の提供率 (対象:医療給付プログラムを持つ企業) 出所:Kaiser/HRET(2008)より作成。 アメリカ医療保険市場における消費者主導型医療プランの展開(長谷川) ( 289 )8

(22)

2% 5% 11% 21% 33% 39% 47% 0% 10% 20% 30% 40% 50% 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 査対象の大企業(453 社)のおよそ半数が消費者主導型医療プランを提供している。調 査対象企業数は年々多少の増減があることを加味した上で,消費者主導型医療プランの 導入率を経年変化でみると,2002 年には調査対象企業の 2% しか消費者主導型医療プ ランを提供していなかったが,2008 年には 47% にまで増加している(第 9 図)。 とはいえ,マネジドケア・プランを採用する企業の増加と比べると,消費者主導型医 療プランはそれほど爆発的な普及を見せていない。1993 年には全民間企業の約 55.5 %,約 348 万社が,さらに 1999 年には約 88.3%,約 546 万社が,医療給付プログラム に何らかのマネジドケア・プランを導入してい 33 た。いずれの企業規模の民間企業におい ても,マネジドケア・プランを導入する企業が増加したが,特に大企業のほうが医療給 付プログラムのなかにマネジドケア・プランをオプションとして持つ割合が高かっ 34 た。 以上の消費者主導型医療プランの提供率及び加入率は,すべて,「医療貯蓄口座と組 み合わされた高定額控除医療プラン」である。ただし,実際には,高定額控除医療プラ ンに加入していながら,医療貯蓄口座を開設していない加入者も少なからず存在してい る。2005 年から 2007 年にかけてのある調査で,HSA 開設に適格な高定額控除医療プ ラン加入者のうち,42%∼49% が HSA を開設しておらず,20%∼24% が HSA を開設 する予定もないと回答した。HSA を開設しない理由としては,HSA に関する知識や情 報がないこと,HSA にあらかじめ拠出する金銭的余裕がないこと,あるいは HSA の必 要性がないことなどが挙げられ 35 た。 ────────────

33 National Center for Health Statistics(NCHS)(1993);Agency for Healthcare Research and Quality

(AHRQ)(1996−2006).2006 年では,民間企業の 90.9%,約 583 万社が何らかのマネジドケア・プラ

ンを採用しており,1990 年代末にほぼ民間企業に普及したといえよう。

4 Ibid . 被用者数 1000 名以上の企業では,98.9%(2006 年)がマネジドケア・プランを採用していた。

35 Blue Cross Blue Shield Association(2005−2007)の CDHP Member Experience Surveys による(GAO(2008

a);(2008 b))。

第 9 図 消費者主導型医療プランの導入率

出所:Watson Wyatt Worldwide(2007);(2008)より作成。

同志社商学 第61巻 第4・5号(2010年1月)

(23)

(3)消費者主導型医療プラン導入の先駆的事例:Wal-Mart 社の医療給付改革 消費者主導型医療プランは,これまでみてきたように,医療費の負担についての制度 設計が,従来型の医療保険やマネジドケア・プランとも異なる。もっとも大きな違い は,保険からの給付を高額医療費に制限することで,通常の医療費の負担については, 保険加入者自らがあらかじめ医療貯蓄口座に拠出することで備えることが求められてい ることである。このことは,労使間での医療費負担の分担についても変化をもたらすと 考えられ,ゆえにそれをどのように導入するのかについては,個別的事例を検討するこ とが有用であろう。 以下では,消費者主導型医療プランの先駆的導入の事例として,Wal-Mart 社(以 下,WM 社)の医療給付プログラムを取り上げる。WM 社は,多くの被用者を抱えな がらもパートタイム被用者も多く,また転職率も高いことから十分な医療保障を提供し ておらず,近年その処遇の低さに対して反ウォルマート団体から批判されてきた。これ らに対応するため,WM 社は 2006 年に,2007 年向けの医療給付改革を打ち出したが, それは消費者主導型医療プランの導入,活用であった。 労使間での医療費の負担については,これまでアメリカの医療保障システムの中核を 担ってきた大手製造業と,近年新たに雇用の受け皿として台頭している非製造業部門と では事情が異なる。例えば,General Motors 社などの自動車産業は,多くの全米自動車 労働組合(UAW)の組合員を抱え,1950 年代より医療給付プログラムを拡充させて, 雇用を通じた医療保障を形作ってきたのであり,多くの退職者も抱えている。1980 年 代以降は,アメリカ経済がグローバル経済に組み込まれるなかで,アメリカ企業の競争 力の衰退が叫ばれた。アメリカ企業には経営合理化が求められ,人件費コストとしての 企業の医療費負担もその対象とされた。しかし,21 世紀に至るまで,自動車メーカーの 提供する医療給付プログラムは,従来からの充実した医療保障を基本的に維持してき た。抑制の効かない医療給付コストの膨張の一方で,その制度転換は容易ではなかっ 36 た。 それでは,WM 社の医療給付プログラムについてみていこう。 WM社は多大な利益を上げており,またアメリカ最大の雇用主であるにもかかわら ず,労働組合の支援を受けた WM 社に批判的な被用者組織は,WM 社の被用者の医療 保障に対する姿勢を批判の対象のひとつにしてい 37 る。WM 社は,被用者の医療保障に 関する批判については,WM 社に落ち度はないとして強硬な姿勢を貫いていたが,2006 年 2 月に初めてこれまでの医療給付プランに修正を加えることを発表し 38 た。その主要な ──────────── 36 GM 社と UAW との医療給付を廻る労使交渉については,長谷川(2006);(2009)参照。

37 例えば,全米食品商業労働組合(UFCW, United Food and Commercial Workers)と関係が深い Wake-Up

Wal-Mart,サービス従業員国際労働組合(SEIU, Service Employees International Union)系の Wal-Mart

Watchなどがある。

8 Businessweek, April 19, 2006.

(24)

修正点のひとつが,消費者主導型医療プランの導入である。

WM社が,新たに導入したのは,バリュー・プラン(Value Plan)と HSA 付プラン

(HSA Qualified plan)の 2 つであるが,いずれもいわゆる消費者主導型医療を念頭にお いたものといえ 39 る。新たに導入した二つの医療プランの月額保険料は,既存の WM 社 のプランと比較して 40∼60% 安く,平均して,単身保険 25 ドル未満,家族保険(夫婦 のみ)37 ドル,家族保険(子供あり)65 ドル∼と予測された。ただ,最も安い月額保 険料 11 ドル(単身保険)のプランは,「ほんの一部地域だけでの提供とな 40 る」とのこと であった。 従来のプランと比較して低額な保険料になったのは,定額控除の金額が非常に高く設 定されたことと関連している。バリュー・プランの定額控除の金額は,単身保険で保険 料 22.81 ドル(Performance プランの場合 10.86 ドル)の場合は 1000 ドル(年間),家族 保険で保険料 65.18 ドル(Performance プランで 32.60 ドル)の場合は 3000 ドル(最大) とされた。これらの通常の定額控除に加えて,ER や救急を利用した際の定額控除,特 定治療にかかる定額控除,および薬剤費にかかる自己負担金などが別途設定され,これ らの負担は通常の定額控除の金額に算入しないとされた。さらに,病院利用(入院にか かる定額控除 1000 ドル,外来手術にかかる定額控除 500 ドル)と処方箋薬にかかる定 額控除(300 ドル)がそれぞれ請求されることとなった。ただし,定額控除の支払い開 始前に,医師への受診 3 回,ジェネリック薬 3 回まではプランから全額給付することと した。また 20 種類ほどのジェネリック薬についての自己負担金を 10 ドルから 3 ドルに 減額し,それ以外の処方箋薬については 20% の値引きで購入できるとした。加入 1 年 目の給付上限額は 2 万 5000 ドルで,2 年目以降に上限額設定はない。 HSA付プランは定額控除や給付開始後の自己負担部分に当てることが可能な HSA と 組み合わされた高定額控除医療プランであるが,その保険料も定額控除の金額設定次第 で大きく変わる。例えば,単身保険の場合,定額控除の金額を 1250 ドルとすると保険 料 47.80 ドル(Performance プランの場合 35.85 ドル)であるが,定額控除の金額を 3000 ドルとすると,保険料は 17.38 ドル(Performance プランの場合 10.86 ドル)と大幅に安 くできる。また家族保険の場合には,定額控除額 2500 ドルのプランでは保険料 140.13 ドル(Performance プランの場合 105.37 ドル)であるが,定額控除額 6000 ドルでは保 険料 52.14 ドル(Performance プランの場合 32.60 ドル)と,前者より半分近くも保険料 負担が軽くなるといえる。HSA 付プランへの加入は 2 年目(12 ヶ月以上 WM 社の保 険プランに加入)から可能であり,WM 社は被用者の拠出額と同等額(最大 2400 ド ────────────

39 以下のバリュー・プランおよび HSA 付きプランについての制度的説明は,Wal-Mart(2006),Human

Right Watch(2007)による。 40 New York Times, October 24, 2005.

同志社商学 第61巻 第4・5号(2010年1月)

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