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機メーカーである同社も低迷した。そのために,従業員 の大量解雇をはじめ,2001年には本社をシカゴ(Chicago) へ移転し,企業城下町を揺るがす状況に陥った。 これらの具体的なデータとしては,同社の株価の動 き,航空機受注量の変化,旅客航空各社の整理統合など を用いて詳細に分析した。 しかし,2004年以降になると,ボーイング社では次世代 機種(計画段階では7E7,正式名称はB−787 )のプロジェ クトが公開され,ヨーロッパの大手企業エアバス(Airbus) 社との市場競争が激化してきた。そして,将来的には,中 国での販路拡大が重大な課題として浮上している。 上記の理由により,動きの早い世界の巨大企業の現状 把握と将来動向は,前報告にタイムラグをおくことなく 調査することが必要であると考え,ここに第2 報をまと はじめに 筆者は,先に本論文の先駆けとなる研究報告を発表し た。その報文中では,合衆国における2001年9月のテロ 発生が,この国の経済に与える影響力を視点として,事 件後,回復の兆しを見せる全米の経済動向に対して,航 空機産業の中核ともいえるワシントン州における地域経 済の後退現象に着目した。 とくに,ワシントン州内で最大の人口規模を有するシ アトル(Seattle)は,巨大な航空機産業のボーイング (Boeing)社の発祥地であり,企業と地域が深い関連性を もつ,いわゆる「企業城下町」の様相を呈していた。しか し,テロ発生後は,航空各社の顧客の減少により,航空

永 野 征 男

In connection with the subject, the 1st report has already been released in 2004. This paper is on an extended line of the said report. In the beginning of 2005, Boeing of the USA, a global aircraft enterprise, made announcement that the final manufacture plant of B- 787, new jet passenger plane, would be located in Everett (WA). The airplane uses a carbon-ic composite raw material possibly regarded as an epoch-making product in the history of aircraft production industry, and its parts are to be manufactured also in Japan and Italy complying with a wave of globalization of the industry.

Thus in a circumstance where attention is arrested to the matter which enterprise will make contract with the said aircraft maker, competition with Airbus supported by EU nations is becoming fiercer in the market. Between Airbus especially intending to be a manufacture of large-sized jumbo planes and Boeing whose pivotal managerial policy is placed on production of medium-sized planes to carry passengers to the final destination, difference in prospect of future aircraft making strategy is becoming distinct.

Today for both of the airplane makers, the matter to which greatest interest is attracted is transaction with China where rapid increase of prospective passengers and expansion of air routes can be noticed. Meanwhile in the United States, alignment and unification of factories accompanied with exchange of types of airplanes is going to start in the State of Washington where many of Boeing-related plants are located. Thus re-utilization plane of the sites of former factories are coming to the surface. Therefore since now on as well, trend of huge manufacturing industry, above all aircraft indus-try is believed to be the most important subject in grasping the worldwide expansion of the industrial funds.

Keywords: Aircraft Industry, Boeing, Airbus, Globalization

航空機産業のグローバル化にともなう

アメリカ合衆国ワシントン州の地域動向

Regional Trend of The State of Washington of The United States

Accompanied with Globalization of Aircraft Industry

Yukio NAGANO

(Received November 30, 2005)

Department of Geography, College of Humanities and Sciences, Nihon University: 3−25−40 Sakurajosui, Setagaya−ku, Tokyo, 156−8550 Japan 日本大学文理学部地理学教室:

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めた。したがって,ボーイング社およびシアトルに関す る地域変遷史的な内容は先行研究に譲り,ここでは,今 日的な課題に絞って論述する。 1 ボーイング社をとりまく社会環境 1−1 ボーイング社の動向 ワシントン州の失業率は,2003 年 10 月の 7.0%から翌 月には6.8%に下がった。これには次期モデル機 7E7 の 製造が州内のエバレットに決定したことが大きく影響し ている。しかし,この数値をもって州経済が立ち直りを みせたとは言いがたい。雇用上昇を地区別にみると,そ の多くがシアトル郊外に集中しているからである(図 1)。 一方,隣接するオレゴン州の失業率は,全米最高値の 7.3%を示している。ちなみに,全国平均は5.9%(12月) であり,10月時点から0.1%下がっている。合衆国では, 雇用全体の先駆けとなる臨時雇用の動向に注目するが, ワシントン州内では就職率が除々に増加してきており, その内容も業種的にハイレベルなものが多く,経済成長 の初期的兆候と考えられる。 ボーイング社に限定すると,ハイレベルな分野として は,新たに進出した分野である「航空管制システムの改 変に関わる部門」や,「インターネットコネクティ(相互 通信能力)部門」が加わった。 たとえば,1999年にはコンピュータモデルを作製する オーストラリアのプレストン・グループを買収し,2000 年にはヒューズ・エレクトロニクス社の衛星製造部門を 3,750億円で購入した。また,同年にデンバー(Denver) にある航空図を作成するジェペンセン社を,1,500 億円 で買収した。 これらの新事業は,同社が単なる航空機メーカーだけ ではなく,航行計画のシステム作りといった複雑なシス テムインテグレーションを目指していることに等しい。 2002年には,航行計画(2004年完了)の策定により,連 邦航空局から4 兆 6,000 億円の契約を得た。その中には, 2008 年の北京オリンピック開催に向け,北京空港のグ レードアップ事業等が含まれている。しかし,この分野 では2004年4月以降についての不確定要素が多い。 同社に対する外部からの見方としては,まず合衆国の 航空業界からは,産業自体の改革が求められ,早急な変 革が必要という意見が出ている。さらに,同社の生産ラ インで小型機(B−717)の計画が2006年で終了し,また 大型機(B−747)は2010年までの見通しがあること,767 タンカーに関してはペンタゴンの意向しだいであると云 われている。競争相手のエアバス社の発表では,ボーイ ング社のB −737 と,自社の A 320 が中型機部門で市場を 二分すること,次期中型機(B−7E7 )への期待は難しい とし,また大型機の部門ではA 380 が主流になるといっ た予測をメディアに報じている。 1−2 ボーイング社の企業としての現状 同社は,2004 年に 285 機の受注を予定していた。この 数値は2003年の281機に上乗せしたものであったが,実 際は2004 年 2 月だけで 25 機の受注を得た。その内の 18 機が小型機の737型である。期待された幅広の中型機(B −767)の売り上げは,2 月までの 3 か月間ゼロであった。 このことは,767 型と同じ機体を使っている空軍の燃 料補給用機の受注(1兆7,000億円)が取れなければ,こ の生産ラインは閉鎖される。 一方,ボーイング社の経営陣は,1996年からP. Condit 体制が続いてきた。着任直後の業界の状況は,同社が市 場の65%を占め,エアバス社は 30%,M. ダグラス社は 5%であった。当時の防衛関連は,同社にとって副次的 な扱いであったが,2003年には業界 2 位に上った。しか し,逆に商業用ジェット部門では2 位下がった。 これで分かるように,Condit体制は防衛・宇宙関連事 業への参入に主力をおいてきた。これは商業用ジェット の販売が大幅な増収に結びつかないためであり,いわゆ る循環型産業という捉え方を軸としてきた。その結果, 1996 年に宇宙ロケットエンジンの製造企業 Rockwell Collins 社を買収し,その翌年には, P. Condit の 長 年 の 夢 で あ っ た McDonnell Douglas 社を合併,軍用機やデルタ宇宙計画 を獲得した。また,2000 年には,Hughes 社 の 衛 星 部 門 を 獲 得 し, さ ら に は 先 述 の Jeppensen 社をはじめ 3 社を傘下に納めた。 これにより,同社はハイテク情報・航空デー タサービス能力を高めた(図 2)。 しかし,2001年にはインターネットバブル が弾けたために,同社はミサイルロケット市 図 1 地域別の失業率変動

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場から撤退した。2003 年になるとデジタル映画部門を放 棄するなど,同社の中核的な産業部門に変化がみられ た。もっとも,9.11テロ事件は業界全体に大打撃を与え る出来ごとであった。 2003年,P. ConditはH.StonecipherをCEOとして迎え た。ボーイング社に38 年間も勤務した P.Condit に対し ては,退職後も7 年間の CEO 経験者として年間 3 億円 近い年金が支払われるとともに,個人で同社株の83 万 株(31億円相当)を所持している。 2005 年以降になると,商業用ジェット市場は回復傾 向を示し,ボーイング社の収益も増加した。一般に航空 業界では,防衛関連による収益は10%,商業ジェット 関連では4%といわれている。そのような状況下で, 2004 年に年間総収益(5,200 億円)の 6 %に当たる 2,000 億円を商業用ジェットが稼いだ。285機(2004年)という 販売数は,翌年に320 機となり,来るべき 2006 年には 375 ∼ 385 機が想定されている。しかし,しだいに石油 価格の高騰が予想される中,とくにヨーロッパ系航空会 社からの受注は減るものと思われる。 同社は,将来,大型機747 型の受注が減ることを予測 し,来年にもこの部門の閉鎖を考えている。このことは 767型にも波及する。すでにWichita(KS )にあるジェッ ト機部門の売却は決まり,7,300 人の解雇が危惧されて いる。現地の工場では,技術系労働者組合(3,450名)が 2004 年 2 月以降,閉鎖猶予期間雇用として働き,その間 の賃上げ闘争に入っている。 2 ボーイング社とアメリカ空軍との関係 2002 年に空軍を退職した D.Druyun は,軍防衛関連企 業(ボーイング,ロッキード,レイセオン)への再就職 が取りざたされていた。結果として同氏はボーイング社 を選んだ。 2001年末,空軍機材調達の高官であった同氏は,1990 年代の軍事予算削減の中で,9.11以降の航空機産業を復 興すべく,ボーイング社製のタンカー100 機のリースを 計画していた。そして親族である社員を通じ て,同社との関係が親密であったと云われ る。たとえば,同社へNATO からの注文が 有利になるような働きかけ,競争相手のエア バス社のタンカー機価格の漏えい,などの軍 部高官にあるまじき関係が出来上がった。 ボーイング側では,CFOのM.Searsが直接の 交渉相手であった。 Sears は,2001 年当時,軍対策に全力を投 じていた。その中で,企業と空軍との癒着が 重大事件に発展した。合衆国では1961 年に,当時のア イゼンハワー大統領が軍事産業と権力との癒着問題に警 告を発しているし,1980年代にはペンタゴン内部で同様 な事件が発生している。 振り返ると,冷戦後,中小の軍需産業は受注を取るこ とも難しく,つねに一握りの大手企業が独占していた。 それは,武器の使用法が年々複雑化し,製品へのアフ ターサービス等を考えると,大手の請負業者に依存する ことが当然のように増え,また軍当局は,この分野の専 門的な技術知識に乏しかった。 先のD.Duyun とM.Searsは同世代ということや,1970 年頃から軍事関連の仕事をしてきたDuyun は,これま で男性中心の航空宇宙関係(防衛監査)の中にあって, 技術者として頭角を現してきた。一方,Sears は技術者 からマネジャーとして役員を上りつめた人物である。二 人は長年にわたり接触があり,Duyun は 1970 年代の F− 15戦闘機開発計画にも関わった。1980年代にはダグラス 社のC−17 貨物機開発計画を監視する立場にもいた。そ して,1993 年には 1990 年から倒産しかけていたダグラ ス社の資金繰りを救うために,他の軍部高官と500 億円 を投入した疑い(同氏は懲戒処分を免れた)もあった。 この事件が明るみとなった2003 年,ペンタゴンの調 査が開始され,ボーイング社も社内調査をスタートさせ た。そして,2003 年 11 月に関与したと思われる二人は 解雇された。同社にとっては,軍との信用回復のために 調査を続行する一方で,先述のようにP. Condit が CEO を辞職し,引退中のH. Stonecipher が呼び戻されたとい うことになる。 そして,2兆3,500億円ものタンカー機リースは凍結さ れた。これにより,ボーイング社の767 型タンカー計画 は頓挫した。すでに,同社は軍当局との調印以前から, 767型の22機の受注(全日空 8 機,日航 5 機,エチオピア 航空2 機など)が残っていたのにもかかわらず,組立て ラインをタンカー用に改良していた。その結果,現在, 767型は3か月に2機という少ない割合で生産されている。 図 2 ボーイング社の株価動向

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今日,ボーイング社が軍用機として受注している航空 機は,Super Hornetの210機(8,500億円)であり,これ により同社の株価も1.49 ドルから 43.49 ドルへ値上りし た。その組立ての60%は St.Louis(MS)工場で,残りは El Segundo(CA)にある下請企業の Northrop Grumman 社で製造されている。 3 次期モデル(B−787)生産地選定までの経緯 現行のボーイング社の新鋭機は777型である。これは, 1995 年に広い胴体を有する最良モデルとして製造され た。しかし,価格面でエアバス社との差があることから, 製造工程の見直しが行われている。すでに,同型機はワ シントン州エバレット(Everett)で約 500 機が生産され, 経費のかかることが問題視されていた。2000 年以降にエ アバス社の同様の機種(A340)の方が,売り上げを伸ば していることから,現地では早急な対策がとられた。 それには,製造工程を改善し,コストの削減を図るこ とであった。具体的には,777 型機の組立て日数を 26 日 から8 日間の短縮をすることにより,価格の 7 %の削減 をし,今後3 年間で15%にまで下げる目標を掲げた。そ の手法としは,すでにRenton(WA )工場で実行されてい た,737型機の組立てに使われていた流れ作業を取り入れ た。また,1 機あたりの販売価格(180億円)は,A340と 対抗できるように20 億円の値引きをした。この777 型機 は,日本市場では人気があり,全日空が現行の747 型か ら777 型に切り替える予定である。2005 年 5 月,新しい 777−200LR は初飛行を終えている。これは A340−500 に 匹敵する14,000kmの飛行距離をもち,補助タンクを付け ると15,000kmの飛行が可能である。つまり,ニューヨー クとシンガポール間を飛行できる機種となる。 3−1 新型機プロジェクトの推移 国内の新型機の生産の候補地としては,既報告のよう に,多くの地域が挙手したが,2003 年 12 月,ボーイン グ社は7E7 型機の生産工場としてエバレットを正式決 定した。 かつて同社は,2002年末まで「ソニック・クルーザー 計画」を企画してきたが,それを破棄した後の2003 年 1 月に「7E7 計画」が浮上した。3月には生産工場は競争原 理で選定することを発表し,海外での組立ても視野にあ ることをほのめかした。これにより,国内22 州 50 地点 以上の候補地が名乗りを上げた。シアトルを抱えるワシ ントン州知事G.Lockeは,ボーイング社の要求を満たす ことを州議会で承認を受け,まず輸送力増強のための道 路等の改善策に4,200 億円の出費を決めた。その財源と しては,州民へのガス増税を実施した。 誘致問題で対抗するWichita(KS)は,工場施設に500 億円の貸付けを保証すると発表した。またワシントン州 内では,エバレット以外にMoses Lake が技術力水準の 高さを誇示し,他の有力な地域として,Savannah(GA), Charleston(SC),Harlingen(TX)などがあった。 2003 年 10 月,ボーイング社はこれまでのワシントン 州の給与規定や失業手当,環境保護政策の効率に関して 批判をするとともに,他の国内候補地についても詳細な 検討をはじめた。しかし,すでに報道機関は7E7の主要 部分をワシントン州で,一部は日本やイタリアで製造す ると発表していた。 同年11 月には,同社の 7E7 に 2 つのタイプがあるこ とが報じられた。一つは高い燃費効率を有する航行距 離の長い機種,他は短距離飛行用の機種である。そし て,12 月に先のペンタゴンとの問題から,CEO であっ たP.Condit が 辞 職 し,後 任 に ダ グ ラ ス 社 の 会 長 H.Stonecipher が着任した直後に,エバレットで新型 機の組立てを行うことを,12 月 5 日に公式発表した。 3−2 大型機(B−747)の将来動向 ボーイング社の象徴的なジェット機であった747 型 は,2006年夏には生産中止といわれている。35年間にわ たりジャンボ機の代名詞であった同機は,747−400 型を 改良した747−Advanced(450 席,翼の一部を変更)への 移行がスムーズに行くか否かが注目されている。この改 良機は2009年春までには供給できるといわれ,旧来の座 席数416席から450席に増やし,777型(350席)とエアバ ス社のA380(500席)の中間を目指している。同機は4基 のエンジンで,A380 よりも早い 0.86 マッハ巡航速度を もつ。かつて,1990 年代中頃に,A380 に対抗する 747− 500 型や 747−600 型の製造が流布された。これらの計画 は747X シリーズと呼ばれてきたが,シンガポール航空 を始めとする大手の航空会社が,ジャンボ機として A380 を選定してからは,業界に 2 種類のジャンボ機が 不要であるとして,この計画は消滅した。 改良される747 型機の製造場所としては,テキサス州 内の3 か所が候補地となっている。その一つのHarlingen は,空港から3kmの地点に,ボーイング社は工場を拡大 できる土地を所有している。しかし,州内でも遠隔地ゆ えに専門的な技術者の確保が難しいといった指摘もあ る。次のFort Worth は,文化レベルも高く土地も潤沢 である。そして伝統的に航空機関連産業が卓越してい る。しかし,ヒューストン港まで約400kmも離れている。 もう一つのSan Antonio は,巨大な滑走路を有する空軍

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基地にも近いなどの有利性がある。 いずれの場所にとっても,機体の輸送方法 は困難な点が多い。トラック輸送は高さ制限 があるために使えない。ヘリは重量物を吊り 下げて輸送することは可能である。ただし, 燃料トラックの追尾と交代要員が必要であ る。コスト的には7 倍となる。貨物航空機に よる方法は,747 型の貨物用機体の研究もさ れたが,業界の低迷により可能性は低い。 輸送船では低速度という欠点がある。テキ サス州内から最終組立地のワシントン州エ バレットまではパナマ運河を通過しても60 日を要する。 鉄道の9 倍であり,費用的にみても 8 倍となる。鉄道は 767 型機のような機内通路が 1 本の機体が限界といわれ る。かつて747型の機首部分を2つに分けて輸送する計画 があったが,積載物の面積が大きいために,線路両側の 障害物撤去に膨大な費用がかかることから中止された。 さて,新型機7E7 の機体の一部,とくに胴体・翼に ついては日本から運ばれる予定である。機首部分は Wichita(KS)で,その他のパーツはワシントン州やイ タリアで造られる。幅広い胴体の7E7 は,長さが約30 m, 高さが9m もあり道路や鉄道輸送には合致しない。した がって,太平洋を挟んで日本と向かい合うエバレットは 最良の立地点となる。 3−3 国内の製造工場の実態 a.テキサス州当局は,新鋭機誘致には早くから積極 的であった。最終組立て工場としては除外されたが,機 体 の 背 面 の 製 造 が 任 さ れ て い る。 イ タ リ ア のAlenia Aeronautica 社などは,機体の最終の接合にはテキサスを 推してきたが,州当局の税優遇策の呈示が遅れたことも 不利に働いた。テキサス州では,Vought社(Dalls)が中 心となるが,これにより3,000名の雇用が見込まれている。 州内のFort Worth は,最後までエバレットに強力な 対抗候補地として残った。空港周辺には関連施設が 2,400ha に渡って広がり,開発の余地も大きい。部品輸 送は北サンタフェ鉄道が全米に広いネットワークを張り めぐらしている。ただヒューストン港から離れていると いう欠点もある(図 3)。 b.カリフォルニア州は,ワシントン州で問題視され てきた給料水準,環境規制の面でも不利な点が大きい。 しかし,工場誘致では州内の10 都市が関係した。同州は, これまでにも宇宙開発や軍事産業に関して中枢的な場所 であり,商業用ジェット機でもワシントン州に次いで国 内2 位であった。とくに Long Beach が最大の運動を展 開した。輸送用の広大な港湾施設を持ち,ボーイング工 場は7km 奥地に位置していた。すでに都市の中心は 1990 年代に衰退し,旧海軍病院や工場跡地はウォール マートに替わり,工場跡地はショッピングセンターに変 化し,再生の手がかりを求めていた(図 4)。 c.ワシントン州では,エバレットを除くとシアトル 南部に位置するAuburn に変化が見られた。ここはボー イング社の組立工場があったが,機械の一部を2002 年 に南アフリカへ移動させた。移転先のJohannesburg で は,国営の南アフリカ航空が2000 年に 737 型 5 機を購入 した実績はあるものの,おもな航空機はエアバス社製で ある。現在Auburnには4,000人の従業員がいるが,2004 年までの間に400人が解雇された。 Tacoma では中心となる Frederickson 工場が約 800 人 の従業員を抱えている。ここは,1995年の工場開設以来, 一貫して777 型の独自の尾部を製造してきた。今回の新 鋭機7E7 の尾部もそれと類似している。ここでは金属 図 3 テキサス州における航空機産業の分布(◉印) 図 4 カリフォルニア州における航空機産業の分布(■印)

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加工を主としてきたAuburnの技術者を吸収することで, 今後とも需要が生ずるであろう。ちなみに7E7型は複合 炭素繊維をおもに使用するが,ここの技術陣を残すこと は,チタンやアルミニウムの合金技術を温存することに もつながる。 3−4 各工場地域での支援策 今回,早々と支援策を打ち出したワシントン州では, 3,000 億円の免税措置を発表した。それは,新規雇用を 1,000人として考えると,一人当たり3億円の出費に当た る。たとえ波及効果が見込まれたとしても莫大な経費で ある。このことに関してビジネス専門家(ワシントン大: E. Stearns)は,「ボーイング社の存在がシアトルのイメー ジの源泉である。その巨大なイメージは,マイクロソフ ト,スターバックスの成長を誘引した。さらに,同社の 社員がこの町のIQの高揚に貢献している。」とみている。 ロビースト(政党支援外郭団体)たちは,連邦政府が ボーイング社に7E7 型の開発費を支出することを期待 し,運輸省・連邦航空局・航空宇宙局が公的予算を計上 するように働きかけをしている。日本では,三菱重工・ 川崎重工・富士重工が政府に優先的な支援を求めている と云われる。その中味は,研究補助金や低利の貸し付け である。これら日本企業は,1980 年代初めに,767 型機 の16%,777型機の20%の製作に際して,当時の通産省 から補助金を受領してきた経緯がある。 一方,エアバス社は,2006 年から就航予定の A380 に 関して,フランス政府から31 億円の貸付を得ており, 研究開発に107 億円の補助金を受けていると合衆国側か ら指摘されてきた。しかし,ボーイング側は,直接に政 府からの補助金ではなく,各関連省庁やNASA から,間 接的に受領してきたことになる。 3−5 新鋭機の性能上の特色 今日の航空機は,性能の向上を目指して,その生産方 式はまさにグローバル化してきている。2004 年 3 月に ボーイング社は,7E7 型の可航距離を発表したが,当初 の1.4 万 km から 1.5 万 km へ変更し,東京とニューヨー ク間1.1万kmでは,6トンの積荷を可能にする値である。 航空機メーカーにとっては,購入予定の航空各社の要求 にしたがって機体の変更がなされていく。その意味で は,最初に多くの購入予定を持っている全日空の注文内 容に関心がもたれている。 7E7 型は 3 つのモデルを計画している。その内で標準 的なタイプと,わずかに小型のタイプは,2008年までに 供給できる予定であり,さらに大型化したタイプは2 ∼ 3年遅れる見込みである。現在はエンジンの選定を急ぎ, 候補としてはGE,Rolls Royce,Pratt & Whiteneyから2

社に絞られる。これは,24時間以内の交換を容易にする ためであり,機体の翼のインターフェイスが2 社に対応 できるように造られる。そうすることで,この2 社のエ ンジンを有する機種をもつ航空各社への売込みが容易と なり,中古ジェット市場での価値を高めることにもな る。ボーイング社は,決定後のエンジンメーカーに約 200億円の融資を求めるとしている。また,インターフェ イス部分では,Goodrich社 (Charlotteに本社)とHurel− Hispano(フランスの Secmaの子会社)が競合している。 1 機あたり 120 億円といわれる価格は,まだ未定であ る。価格の30 %は変動することから,70 億円前後の価 格設定が最高値と予測できる。 7E7 型の新技術としては,現行のジェット機より騒音 を少なくし,夜間の離着陸に対応できることである。例 をあげると,ロンドンのヒースロー空港では,騒音にポ イントを付し,上限を課している。現在の多くの機体が 「2」ポイントである。しかし,7E7 の場合は「0.5」という 達成目標であるため,A340 と比べ 4 機分多く離着陸でき る。 新鋭機の機体に関しては,2004年秋にシアトルのBoeing Feild 研究センターで,後部部分の製作工程を明らかにし た。プラスチックを注入した炭素繊維の合成原料から成 型され,さらに強度を高めるために圧力釜で焼き固める 作業が公開された。 2007年になると,Vought社は南カロライナ州のCharles-tonでこの部分を製造する。このような接合部分のない軽 量の機体は,航空機産業にとって画期的な出来ごとであ り,現行の機体よりも20%の軽量となる。さらに,金属 のような錆びつきや腐食することもない。つまり整備の 省力化に有効である。 この方法は,ボーイング社にとってデルタⅣ型ロケッ トのブースター部分,また潜水艦打ち上げロケットの合 成円筒部分で採用していたが,いずれも湾曲部分は少な く,小規模のものであった。従前からジェット機の機体 では,アルミニウムパネルを組み立て,数百万個の留具 をボルトで締め,さらに内部は長い棒状の部品で固定さ れてきた。 新しい合成素材は,川崎重工・イタリアのAlenia社で 生産され,それらに必要な機械設備はWichita(KS)で造 られた。7E7 型の機体本体は,3 日で組立てるという目 標がある。それには,チタン製の留具数か所で作業を終 えることになる。

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3−6 海外発注にともなうグローバル化 エバレット工場で生産される787 型部品は,尾翼の垂 直板であると報じられている。ちなみに,機首とコック ピッ ト 部 分 はWichita(KS)工場,尾翼と機体後部は Alenia Aeronautica社(イタリア)とVought社(TX ),機 体前方と翼部分は先の日本企業3 社,乗客の出入口部分 はToulouse(フランス)にあるLatecoere社からなど,国 際的な製造方式が取られる。 この中には,エバレット近隣のTacoma(WA )に位置 するFrederickson 工場は含まれていない。現在は,777 型機の垂直板を製造しているが選定されなかった。ボー イング社の考え方としては,国際的な分業やパートナー 化を計ることが,技術開発,資本的な援助,市場として の発注見込みを得るためとしている。まさに産業のグ ローバル化を良く表している。 当然のようにアメリカ国内では,IAM団体(International Association of Machinists:業務を海外に移す企業に反対 する組織)のように,ボーイング社の手法に対し,国民に 支えられていることを忘れた行為として非難する向きも ある。しかし,航空機産業のグローバル化は,ここ30年 あまり続いている。777型では,先の日本企業は機体の大 部分を提供し,そのパーツがワシントン州へ送られた。 今回の787 型は,パーツと云うより仮組立ての完了した ものが運ばれ,エバレットでは短期間で完成品となる。 ボーイング社にとって,部品提供を決めることは,企 業全体のビジネスプランであると考えている。7,000 億 円∼1 兆円といわれる開発費用を捻出するには必要なこ とである。同社は,エアバス社がヨーロッパ各国の政府 援助を得てきたことを非難したものの,一方では自社へ の部品供給企業が,母国の資金援助を受けていること, つまり間接的な政府支援状況下にあることについては, 問題外と決めつけている。 3−7 787 型の市場確保 ボーイング社は,2004年度内の7E7(787)型の販売目 標を200機と設定したが,結果は正式契約が52機,仮契 約が50 機に終わった。7E7−9 と呼ばれる改良機は,標 準機7E7−8(217 席)に比べて 257 席のモデルであるが, 機体の公開は2010 年から 2012 年に延期された。ちなみ に,標準機の公開は2008年の予定である。 新鋭機の購入を予定しているカタール航空を事例にす ると,現在,同社の航空機(35機)はすべてエアバス社 製である。しかし,2009年までに大幅に増やす予定があ り,7E7型を60機(7,000億円)予定している。当初,増 加する機種にはA380 の 2 機が含まれていたが,ドーハ 空港の建設が遅れていることを理由に延期された。他の 航空会社としては,インド航空(Air India)が7E7型を 20機,またカナダ航空(Air Canada)からは,14機の注 文 が あ る。 こ れ は,2006 年 か ら Toronto と 上 海 間 に, VancouverとGuangzhou間に運行する予定である。 4 エバレット地区での航空機生産 4−1 発展過程 エバレット工場に隣接するペイン(Pain)空港は, 3,000 メートルの滑走路を有し,接続する幹線道路も整 備されている。高速道路(I−5)はグレードアップされ 港湾からの鉄道も修復された。これらの整備事業には 35年間を要している。 この場所でジャンボ機747 型の製造を決定したのは, 1966 年である。当時は森林地帯であり,工場の完成は 1969 年であった。近隣のシアトルやレントンは,すで に同社の工場が操業していた。1980 年には工場を拡張 し,1981 年に 767 型を完成させた。1994 年には 420 億円 かけて組立工場を整備し,777型を建造した。 1990 年代に入り,同社が 777 型計画を推進していたと きに,ワシントン州当局は交通渋滞の緩和策として,道 路改修費用470 億円を同社へ要求した。ボーイングとし てはここを航空宇宙産業の一大中心と考えていたときだ けに,自治体と企業の間には大きな軋轢ができた。 また,エバレットには労働争議の長い歴史がある。こ の15年間に 3 回の争議が持ちあがり,1989,1995年には 機械工の職場放棄,2000年には技術系組合が初のストラ イキに突入した。専門家は,これら争議の要因が会社側 にあるとしている。長年,ボーイング社は優秀な労働力 を抱えていたが,ここ10 年間には解雇も進み,2002 年 には新たな雇用契約を呈示している。 同社の新鋭機7E7 型の生産工場を決定する立地調 査 チ ー ム は, 合 衆 国 内 で 最 終 候 補 地 と し て 残 っ た, Kingston(NC ), Charleston(SC ), Mobile(AB )を含む 4 か所の中から,ワシントン州エバレットを選定した。 そこでは,2001年にボーイング「本社」がシアトルから シカゴに移転した後,ワシントン州知事G. Lockeは,ガ ソリン税の値上げによる道路改修を確約した。また, 7E7 型の製造が決定すれば,20年間に 300 億円の税法上 の優遇措置を打ち出した。 州内では,先のシカゴへの本社移転によって,ボーイ ング関連企業の2.6 万人が失業している。したがって, 新鋭機の工場指定は,地元自治体,労働組合ともに最大 のテーマであった。

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4−2 工場用地としての高い評価 a.水深の大きい港湾施設の存在 エバレット工場に近接するMukilteo 港では埠頭の改 修に15 億円が投資され,ボーイング社と港湾を直結す る3kmの鉄道も整備された。 b.ペイン空港の滑走路の長さ c.工場と近接した高速道路 この10 年間に道路改修費として 370 億円が投入され, 現在,工事中の部分を含めると総額400 億円となる。こ れには前述のガス税が回される。    d.飛行にとっての気象条件 海岸沿いの穏やかな気候のために,夏季は涼しく飛行 を妨げる暴風雨も少ない。 e.土地の確保 ボーイング社は,すでに工場・住宅用に4,000km2 土地を有しており,近隣にも開発可能な土地が多い。 f.保険料 州当局は,2004年にそれまでの高額の保険料に関わる 税を減額した。それはボーイング社の強い意向でもあっ た。州政府は7E7 型の生産が決定後,さらに 300 億円の 減税を決めた。 g.労働力の確保 この土地は,7E7生産の関わる多くの技術者を養成で きる有利さがある。たとえば,Edmonds と Evarett の Community College は,7E7 技術の養成のために,政府

から1.5 億円を受領している。両大学では,ボーイング 社や地元協議会との会合を経て,カリキュラムの検討に 入った。① 機体に使われる先進技術の複合材に関する もの。② 高度なソフトウェア機器に関するもの。③ 技 術者間の文化摩擦を起こさないような研究(日本文化の 研究など)がある。

すでに,2003 年には,Lynnwood 校(Edmonds Com. Coll.)で材料科学分野の施設の一部が政府援助で建設さ れた。 このように,7E7 決定への努力は,地域全体の活性化 に結びつく。上記のLynnwood 校では,複合材研究が造 船業や医療,起業分野にも有効であると考えられ,ソフ トウェア機器は先進的な製造部門で用いられると予測さ れている。政府からの一連の補助金は,大統領の「高度 成長訓練基金」(High Grouth Job Training Initiative)か

ら供出され,2004年分はこの年の航空宇宙関連費用の半 分に該当する。 具体的には,国防総省から2003 年以降に 1.2 億円が複 合材料技術の推進に使われ,2 年制大学院設置補助にも なっている。ワシントン州からは,労働者の州訓練施設 設置のために,2,000 万円が使われた。ボーイング社か らは,革新的な技術の発展のために3,500 万円が,連邦 航空機産業理事会からは950 万円を複合材料の修理研究 に下付された。さらに,労働省からの1.5 億円は,労働 者向け技術習得のソフト開発や,日本文化研究の学者に 援助された。   4−3 ワシントン大学とボーイング社 新鋭機7E7 型機の製造候補地は,ボーイング社が検 討中の4 か月間に,あらかじめ 3 機の 747 型輸送機を購 入し,日本やヨーロッパからの部品の空輸に関する改造 機プランを出さなければならなかった。 ワシントン州もそれに対処するプランを作りはじめ たが,とくにワシントン大学(Univ. of Washington)工 学部の参画が大きな力となった。大学は機体のデザイ ン,技術的な提言を目標として,学生たちの正規科目 として位置づけた。2003 年には,ワシントン州立大学

(Washington State University)もこれに参画するように

なった。両大学からの報告書は300ページ近くにもなり,

学長からボーイング社の開発部の責任者M. Choe に手渡

された。

この報告書を同社がどのように扱うかは明らかにされ

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ていないが,同文書には,次のような内容も含まれ る。① 新鋭機の組立工場が州内に決定すると,州 当局はインフラを除外しても,20 年間に 1,400 億円 の経済効果があると見込まれる。これには,先の3 機分の購入価格300 億円をも考慮したものである。 ② エバレットのPain 空港は,ボーイング社の土地 8.9 エーカー(組立・ペイント工場)を 2.5 億円で購 入し,同社は20 年間にわたり,年間 2,200 万円で賃 貸する。それによって,同社は税制面でも優遇され る。③ ボーイング社の試算では,エバレットに新工場 を決定すると,工場に68 億円,格納庫に 45 億円,関連 施設に70 億円を費やす計画である。後者の二つに関し ては免税措置を取ることにより,同社は8.7 億円の節約 ができるとしている。 5 レントン地区の現状と再開発計画 5−1 757 型と歩んだレントン  ワシントン州レントンでは,25 年間にわたり 757 型を 1,035 機販売の実績を上げてきた。しかし,それも 2004 年末で終了した。これまでのレントンは,1982 年に 757 型(200 席)の初フライト以降,売り上げは順調であっ たが,1986年にはエアバス社のA320(150席)に市場を 奪われた。そこで7J7(150席)計画を策定したが実現に は至らず,737型の製造に移行した。 1980 年代末には,不振を挽回するためにレントン工 場の拡張と1,000人の増強を図った。また,757型の製造 ラインを中国に置くことに決定したが,1992年に中止に 至った。そして,1996年に757−300のニューモデルの販 売をはじめたが,このアメリカ大陸横断型の中型機も 9.11 テロ以降は低迷し,大手航空会社 5 社の市場も縮小 した。それに比べて,737 型はすでに 800 機以上の注文 があり,市場の主体となっていた(図5・6)。 5−2 工場跡地の再開発 従業員が737 型機の存続と,来るべき 7E7 型機の製造 を希望する中で,Cedar 川に面した工場(1,113km2)の 再開発が注目されている。市当局は,ボーイング社の土 地資産を活用した新たな都市計画を実行し,シアトル, ベルビューに次ぐ州内第3 位の都市になることを期待し ている(図 7)。 この計画は,1990 年初めにボーイング社が約 800 名の 技術者をエバレットに移動させ,レントンのオフィス空 室率が40%になったときに浮上してきた。まず市側は, 高速道路沿いに運輸関連企業を移動させ,跡地に流通セ ンターや駐車場を配置する計画を立てた。1990 年中頃に 図 6 B −757型の生産動向 図 7 レントン(WA)におけるボーイング社工場の分布 建物の利用状況(A:使用中,B:2003年まで使用,C: 早期に使用中止) 図 8 レントン(WA)における再開発計画 A:タウンセンター B:オフィス(中層) C:オフィス(高層) D:オフィス・住宅(中層) E:住宅(中層)

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た同社の東側には,オフィス・小売業用地を計画してい る。第3 案は,社有地の全部を売却した後に,低・中層住 宅化を計画している(図8・9)。 6 新規の航空機市場としての中国 6−1 航空産業の現況 中国の航空企業の伸びは,2001 ∼2005年に8 ∼9%の 成長を続けた。これは年間利用客数で70万人から1億人 を見込んでの数値でもある。中国は2000 年の時点で, 527 機の航空機を有し,輸送力の増加では世界第 2 位で ある。航空便は,2001 年末までに世界 132 都市を結ぶ 1,143 便と,香港・マカオへの 1,009 便を有していた。こ の数値は,中国民用航空総局によると,2005 年度には 2,390 便になると云われている。また,今後 10 年間で大 型機6 機,小型機 1,200 機以上の需要があるとみられ, 航空機メーカーの予測値より大きい。 中国人の旅行は,過去10 年間と同様に,今後も急成 長が予想される。たとえば,かつて北京と上海間は陸路 で20 時間もかかったが,現在は 1 時間のフライトであ る。しかも以前は出張の場合,緊急時のみ航空機の使用 が認められた。したがって,航空路の発展は中国人の生 活スタイルを大きく変化させた(図10)。 また,地方空港の存在は,その地域の発展に欠かせな い重要性を持っている。しかし,その整備は遅れている。 たとえば,Yichang空港は中国中央部のHubei(湖北省) の農業地帯に位置する。そのターミナルビルはシアトル −タコマ空港(WA)の3分の1の規模である。一日あた り3,4回の離着陸しかないが,設備が遅れていることか ら,不適切空港(CAAC=中国民間航空管理局)に指定さ れている。しかし,Hubei は中国にとって重要な地点で ある。揚子江を堰き止めた三峡ダムから33km 離れた場 所にあたる。ダムは湖北省の経済の原動力となることが 図 9 レントン(WA)におけるボーイング工場用地の利用状 況(2003 )  ( A:現在の所有地、B:転売した所有地) 資料:Boeing, Renton City Hall

図 10 中国における旅客変動

資料:The Seattle Times(2005.1) はマイクロソフト社もレントンに注目し,ハイテクオ フィスや高級マンションを河岸255km2(Port Quendall) に建てることを提案した。しかし,土地の買収に失敗し 2001 年に撤退した。他企業としては,スウェーデンの Ikea社,コンピュータのZones社なども引きつけた。 1999 年 に は,SECO 社 が ボ ー イ ン グ 社 有 地 と Gene Coulon 公園との間の河岸に,商住を主体とする計画を 作成した。現在,すでに188 室のアパート建設が完了し ている。しかし,商業施設はテナント探しが困難を極め, 撤退業者も現れている。近年,シアトル近隣の再開発は, シアトル港の埠頭No. 46・90・99でターミナル開発が進 行し,市域北部のユニオン湖南岸でもマイクロソフト社 のバイオテクノロジー拠点開発が始まった。レントンも バイオ関連業種の進出に期待したが,前途多 難な状況である。 2003 年 7 月には,ボーイング社跡地につ いての環境調査をBluman Consulting Group が2 冊(Enviromental Impact Statement, EIS)にまとめた。その中には,1,132km2

土地について4 つのプランが示されている。

第1 案は,現状での開発は不可能という考え

である。現行の地域区分を踏襲し,ボーイン グ社は工場をLogan Avenue North の西に統

合,東部の316km2に軽工業を誘致する考え

である。第2 案は,一部のみを開発予定地と

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期待されている。電力を求めて周辺への工場進出や,揚 子江の水運を利用して520km 上流の重慶まで,観光客 を乗せた大型船が運航できる。いずれにしても,この国 への航空機の販売競争は激しさを増すものと思われる。 一方,中国でも航空機の製造は行われている。これ ま ではドイツとの提携のもとに,短距離ジェット機 (Fairchild:728 型,100 席)を生産してきた。これは, Bombardier 社(カナダ)や,Embraer 社(ブラジル)の ジェット機と市場で競合している。中国国内での航空機 販 売 は 過 熱 し, ボ ー イ ン グ 社 に お い て は,2001 年に D.Wang を GE 社から引き抜いて中国支社長とした。彼 は20 年間,中国で医療技術関連の仕事を担当してきた が,ボーイング社において,管理職を異業種から得るこ とは稀な人事であった。しかし,この点に中国での企業 展開の難しさが見え隠れする。彼は中国での仕事に長年 の実績を持つだけではなく,中国文化を解し,中国語が 堪能である。同氏が着任後に手がけた仕事は,中国での ボーイング社員数を30 %拡大することであった。2004 年には,中国の航空産業を支援するとともに,上海に「整 備センター」を開設し,約100 億円といわれるプロジェ クトが,Pudong 空港(上海)との共同事業として,約 1,000名の現地雇用をもたらした。 6−2 中国市場の獲得競争 ボーイング社は,2002 年までは中国における市場の 72%を専有してきたが,今日ではエアバス社に大きく抜 かれた。周知のように中国での航空路線は政府の所有で ある。近年,合衆国とEU は,この国の政治情勢に対し て逆の動きをとった。ブッシュ政権は,台湾政府へ2 兆 円近い兵器を渡すために,日本へ協力要請をしてきた。 一方,ヨーロッパ側は,中国政府への兵器販売禁止措置 を解除する方向に動いた。また,ボーイング社は7E7 (2005年春から呼称は「B−787」へ)の協力企業に日本の 3企業を選定したが,エアバス社はA350の製造の一部を 中国企業に指名した。 ボーイング社の中国取引は,1973年に中国側が同社機 を初めて購入して以降,1980年の北京への駐在所開設な ど長い歴史がある。2002 年末,中国取引 30 周年記念式 典を北京で開催したときには,H.Kissinger前国務長官, G.Locke ワシントン州知事などが中国要人と会食してい る。30 年間にわたり,ボーイング社は中国人パイロット 養成計画,空港の管制システム構築に支援してきた。 一方,エアバス社は中国にとっては新しい企業である。 1985年に初の航空機を納入し,その後はパイロットの訓 練施設の設置に協力してきた。最近では2002 年にも約 800億円の支援実績がある。先述の現地生産は,Chengdu Aerospace社がA320の後部扉を製造する予定である。ち なみに同社は,757型の水平安定板も製造している。また, Xian Aircroft社は,737型と747型の部品製造だけでなく, エアバス社の各機種の部品を供給している。 ボーイング社とエアバス社は,中国を巨大な市場であ ると位置づけている。ボーイング社は今後20 年間に 1,900 機の需要があると見込んでいる。一方,エアバス 社は,毎年この国の旅行者の成長率を7 %以上と予測し, 合衆国に次ぐ市場として捉えている(表 1)。 6−3 中国におけるボーイング社の苦悩 ボーイング社にとっては,航空機市場として独占して きた中国を,エアバス社に主導権を取られた形である。 10 年前までは,この国のジェット旅客機の 80%はボー イング社製であった。今日のそれは60%に落ち込んで いる。一方,エアバス社のシェアは,1993 ∼ 2004 年に 13%から 67 %にまで上昇した。2005 年に入り,ボーイ 表 1 ボーイング社と中国との関係史 年次 事   項 備 考 1916 中国人技師(MIT卒)を 採用 ボーイング社設立 1935 サービス代表部を中国に 開設 1939 パンナムが香港まで就航 1949 中華人民共和国 1972 ニクソン大統領訪中 1973 B−707型機10機購入 1979 鄧小平シアトル訪問 1980 北京駐在所開設 1981 「西安飛行機工業公司」と 部品供給締結 1987 「北京航空機研究センター」 開設 1989 天安門事件 1991 MD−11型機の初出荷 1992 中国100機目購入 1993 江沢民ワシントン州 エバレット訪問 1994 200機目購入 1995 B−777型製造工程の一部を 中国へ 1996 11 億円をアモイの整備会社 へ投資 1998 クリントン大統領訪中 1999 中国本社を北京へ WTO合意 2002 部品製造ジョイント企業を 中国へ 2004 B−787型機部品を中国企業 から購入 2005 中国民航B−787型60機購入 予定

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ング社は新鋭機787 型の 60 機受注が決まるところまで, ようやく回復の兆しが見えた(図11)。 中国がボーイング離れを起こしているのは,合衆国の 対中国路線に問題がある。そこには,先述のような中国 の文化・言語への取り組みの遅さ,同社がコストダウン や売り上げを伸ばすことばかりに専念したことへの反 発,アフターケアーの短かさなどがある。たとえば,中 国最大の国内航空会社China Southern Airline(中国南方 航空)は,明確にボーイング社がこの国の全体像を捉え きれていないことを指摘している。

今後の787 型の購入に関しては,交渉過程で合衆国の 台湾への武器輸出が最大の争点となるであろう。中国で

は,民航6 社が 787 型に対して強い関心を持っている。

とくに,大手3社(China Southern,China Eastern,Air China)は,すでに交渉を終えており,最終結論は中国 政府の承認のみとなっている。その内容は,2004年まで に200 機という予定であったが,大幅な縮小も見込まれ ている。エアバス社の最新鋭機A380については,China Southernが 5 機の購入予定であり,他社も追随すると思 われる。たとえば,2005年,Air ChinaはA330−200を20 機,価格は2,900億円で購入することが決まった。 以上のように,ボーイング社の企業方針に失策があっ たとするならば,エアバス社が熱心に顧客拡大を図って いた時期に,たとえば1997 年にダグラス社と軍事面で 争っていた。航空業界では,失った顧客(中国)は再び戻 らないといわれる。業者の切り替えは,コンピュータシ ステムの変更やクルーの再教育が必要となるからである。 ボーイング社に対する中国側の不満の一つには,十分 なトレーニングが受けられないこともある。中国は年間 に1,200人ものパイロットを養成してきた。その中にあっ て,ボーイング社のトレーニング不足は,この国の航空 機業界の発展を阻害しかねない。同社の反論は,合衆国 における9.11 テロ以降,アメリカ政府の移民政策の変 更に問題があったという。つまり,中国人パイロットを 長期滞在させ,訓練することが難しくなってきている。 Xiamen 社を例にとると,合衆国の航空学校へ送り出し た年間50 名もの中国人パイロットは,オーストラリア やニュージーランドで訓練を受けている。 6−4 中国における二大航空機メーカーの競合 2005 年,中国側は 787 型 60 機の購入仮契約にサイン をした。1 機あたり 120 億円として総額 7,200 億円の取引 となる。値引き幅は不明である。購入先は中国6 社であ るが,どこの航空会社が何機購入したかは不明である。 この大量の発注には,2008 年開催予定の,北京オリン ピックに大きく関係することでもある。 中国政府としては,エアバス社との調整も続けなが ら,両社の部品が中国で多く製造されることを望んでい る。すでに,エアバス社はA380 の 5 %の部品を中国で 造ることを発表し,ボーイング社は「航空センター」の 開設と,100億円の支援を決定している。 表 2 二大航空機メーカーによる新鋭機の比較(2004) ボーイング エアバス 機  種 787−8 787−9 A350−800 A350−900 座 席 数 217 257 245 285 可航距離(km) 13,600 13,200 13,800 12,000

就 航 年 2008 2012 2010 2010 資料:The Air claims CASE Database; Boeing internal data図 12 ボーイング社/エアバス社航空機販売実績 図 11 中国における二大航空機メーカーの受注量

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さて,中国から7,000 億円を超える取引を完了させた ボーイング社でも,民間企業による対中国貿易の面で,

アメリカ最大企業ではない。2000 年のデータでは,コン

ピュータチップ企業のApplied Materials社(Santa Clara, CA)が第 1 位である。ちなみに,2004年現在,合衆国の 対中国輸出は3.5兆円であり,2003年比では25%の上昇, 2000 年に比べると約 2 倍となった。これは合衆国の輸出 先として,カナダ・メキシコ・日本に次いで第4 位とい うことになり,来るべき2006 年には日本を抜いて第 3 位になると予想されている。 2004年度,中国が購入した航空の 3 分の 2 はエアバス 社製であった。EU諸国は,中国の政治家や経済状況に 適合する手法を見つけることに優れている。1997 年には 「訓練センター」を設置し,ここを土台にして販売も手が けてきた。現在では訓練センターに60 の部門が移行し, 各種のサービスに対処できる体制づくりが完了している。 2 大航空機メーカーが中国で競合する地域は,広州の バイユン空港である。大規模なこの空港は,近隣の珠江 デルタに航空機製造のハブセンターをもっている。空港 の整備にはこれまで2,500 億円を費やし,ロサンゼルス 空港より多い年間8,000 万人から 1 億人の利用が可能で ある。あきらかに,来るべきエアバス社の大型機A380 の離着陸に対応できる。 1985 年以降,エアバス社は多くの失敗を繰り返して きた。その原因は中国市場の理解に欠けていたからであ る。これは1990 年の中ごろまで続いた。同社がボーイ ング社を超えたのは,中国を熟知する人物のボーイング 退職後のことである。同社の中国における737 型の独占 が崩れたことで,エアバス社はA320 を売り込んだ。ま た,エアバス社が,チベット航路を確保したことも優位 に立った理由であろう。これは,1,040km もの距離を, 12,000 フィートでラサに向かうという,世界の屋根を越 えるルートの確保を意味し,ルートは常に中国人と外国 人観光客で満席となる。そして,同社はラサにおいても, ボーイング社に先行し,2001年初めに小型機A319を公開 するなど,素早い動きに特色があった。現在,同社が北 京に建設中の「技術センター」は,A350を模したデザイ ンであり,約200名の現地採用が予定されている。 7 近年の 2 大航空機産業の葛藤 最近の両社における航空機建造方針は大きく変化して いる。ボーイング社が最終目的地まで顧客を運ぶ小型化 を指向し,787型のような200席前後の機種を,2008年か ら供給しようとしているのに対して,エアバス社は限ら れた空港でのビジネスを目標に,550 席の A380 を 2006 年から販売する予定である(表 2)。

2004 年,ロンドンの Farnborough Air Show では,初

代A380 はすでに 59 機の受注があること,フランス南西 部のToulouse で組み立てられていることが発表された。 一方のボーイング社の787型の受注は37機であった。現 行の最大規模の航空機より50 フィート長い翼を有する A380 は,550 席から 1,000 席の可能なスペースを持つ。 まさにクルーズ船と呼ぶのに相応しい形である。しか し,安全面での指摘や,空港での混雑に関する議論は継 続している。たとえば,Virgin Atlantic 航空は,ロサン ゼルス空港がこの大型ジャンボ機に対応できないことを 理由に,発注を延期している。また,ドイツの報道機関 は,機体重量の大きいことを問題視している(図12)。 しかし,一方では現行の空港が離着陸する便数の限界 点に達していることを考えると,一度に多くの旅客を運 べるA380 のメリットもある。ボーイング社が巨大航空 機の市場における将来性を危惧する中,エアバス社とし ては中国を始めとする業界の成長率8.5%に期待をかけ ている。2005年時点で,A380は139機の販売先を得てい る。そのいずれもが政府系の企業である。40 機の購入を 決めた大手のEmirates 航空は,UAE のドバイにある国 営企業である。ドバイを世界的な観光産業の拠点づくり を目指している。 2004 年にエアバス社は,ボーイング社の 787 型に対抗 できるA350(250 ∼ 280 席)という機種を 2010 年から市 場に投入することを決めた。これは787 型より 2 年遅れ ての販売となる。機体は試作中のA330−200(245席)と, A330−300(253 席)と同型であり,エンジンも 787 型と 同じGE製が使われる。つまり,A350の胴体部分は,実 質的には現行のA330と同一と考えられる。 エアバス社は,今後の新鋭機の開発にはEU 諸国から の資金援助を受けないとしているが,A350 が A330 と同 一ということは,その当時の4,000 ∼ 5,300 億円が低金 利で使われたに等しい。合衆国は,このことを2005 年 初めにWTO へ提訴した。現在,両者は訴訟を避け,合 意に達するような話し合いを続けている。方向として は,今後は一切の補助金を打ち切ること,また補助金の 定義についても議論を進め,とりあえず,2008年まで補 助金の凍結を決めた。しかし,ボーイング側にしても実 状には厳しいものがあり,すでに2004年に787型の最終 組立工場をエバレットに決める際に,ワシントン州から 3,200億円の税制上の優遇措置を受けている。 おわりに ― 日本との関係について わが国では航空機メーカー3 社がボーイング社の協力

(14)

工場として決定している。 まず,川崎重工は,現在3,200 名の従業員を要する大 手企業であり,創業時期はB.Boeing がシアトルに開業 した2 年後(1923 年),最初の航空機工場を岐阜県に設 立した。2004 年度第四半期の売り上げは,380 億円に達 している。これまでは,Lockheed C−130軍用輸送機と, Boeing Chinook CH−47 ヘリコプターの修理を行ってき た。また,国産のT−4軍用ジェット練習機の整備をして いる。ジェット機生産では,777 型の胴体制御板を組み 立てる際に,名古屋の施設を3 倍に拡大した。今回の 787 型では,高技術のカーボン繊維の複合物から,翼と 胴体部分が製造される。 次に名古屋周辺に展開する三菱重工は,3,700 名の従 業員を有し,航空宇宙関連の売り上げは2,100 億円であ る。もともと同企業は,第一次大戦後に名古屋で潜水艦 を造る予定であった。しかし,浅瀬の湾内での製造を中 止し,1920年に大江町で航空機工場を建設した。先述の 川崎重工とともに,1930 年代までは世界最高の航空機 メーカーであった。同社は第二次世界大戦中に,ゼロ戦 戦闘機を含む1,800 機の航空機と,53,000 台の航空機エ ンジンを製作した。大江工場では,これまでもF−2戦闘 機の部品を造ってきたことから,日本で最大級の圧力釜 を常備している。しかし,圧力釜は787 型の翼生産に適 合しないことから新規発注がなされた。 富士重工は,400億円(2004年)の売り上げをもつ中堅 企業である。旧富士航空は1917 年に中嶋飛行機として 創業し,長年,777型の翼部分を生産してきた。787型に おいても同じ部分を担当することに決定した。 これら企業は,大戦後に合衆国によって生産規制を課 せられた。しかし,朝鮮動乱の折に米軍機の修理をさせ るべく規制が緩和された。その後は,ボーイング社と技 術提携を行い,767型では16%を,777型では21%を供給 してきた。また,日本の航空各社は,ボーイング社にとっ ても重要な顧客でもある。全日空は2004年度に787型を 50機,日航は30機を購入予定である。 将来的に,この調査は,2006年以降に大手航空機メー カーの新鋭機が市場に供給された後で,業界のさらなる グローバリゼーションについて報告する予定である。 謝辞 本研究は,2004・2005年の合衆国での現地調査によるもの である。資料面ではUniv. of Washington の G.H.Kakiuchi 名 誉教授にお世話になった。ここに記して感謝申し上げます。 <総論的な文献> 永野征男(2004):ワシントン州シアトル市における航空機 産業の現状と問題点について. 日本大学自然科学研究 紀要No.39. 永野征男(1989):シアトルにおける港湾地域の再開発.日 本大学自然科学研究紀要No.24. 永野征男(1990):シアトル市域の拡大にともなう地域構造の 変容. 『アメリカ・カナダの自然と社会』(大明堂)所収. Puget Sound Governmental Conference (1968) : Airports and

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図  5 レントン市の位置図

参照

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