理学 療法学 第 18巻第
2
号 145〜
150 頁 (1991 年)症例研 究
成人脳性麻痺患者
の
痛
み に
対
す
る ボ
イ
タ
法
の
試
み
*黒 橋 佳 洋
* *中 西 靖 治
中 前 和 則
要 旨 養 護 学 校 等 を卒 業 してか ら,一
定の期 間 治 療 を 受 けず 様々な症 状 を 呈 し受 診 した成 人 脳 性 麻 痺 患 者の ボ イ タ法 治 療 効 果につ いて検 討 した。
その中で も精 神 的 苦 痛を強い られる痛み を起こすメカ= ズムは,
ボイタ の移 動 運 動の原理によっ て病 的な常 同肢位の固定化が取り除かれること に より, 解決さ れ た。 キー
ワー
ド 成 人 脳 性 麻 痺,
痛み,
ボ イタ法 は じ め に 近 年,
当セ ンター
の外 来 治 療に訪れる成 人 脳 性 麻 痺 患 者 (以 下CP と略 す)が増 加 して いる。 受 診 する最 大の 理由は 「痛み」であ り, 患者 自身にとっ て深刻な悩みの一
つ である。 そこ で,
今 回一
症 例で はあるが成 人CP の 6か月 間の 治 療を通 し,
機 能 改 善と同 時に 「痛み 」に対 する ポ イ タ 法の有 効 性に若 干の知 見 を 得たの で報告する。
症 例 紹 介 症例 T・
H.38
歳。 女性。 既婚者 (夫は頸髄損傷患 者)。 子 ど もはない。 診断名 緊 張 性ア テ トー
ゼ型 四 肢麻痺+脱 臼性両 変 形 性 股 関 節 瘢。 生 活歴 19歳で県 内A
整 肢 園 卒 園 後,
2
年 間 県 福 祉 セ ンター
に て職 業 訓 練を受 けたの ち,
22歳より当セ ン ター
福 祉工場勤務し現在に至る。 理学 療 法は5歳か ら15歳まで受けてお り,
杖 歩 行を14
歳から21 歳ま で行っ ていた。 その後は車椅子での生 活であ る、 A 整肢園 在 園中に行っ て いる整 形外科治療*
Vojta therapy for pain of adult cerebral palsy
*
*
琴の浦リハ ビ リ テ
ー
ショ ン セ ン ター
若 竹 園Yoshihiro Kurohashi
,
RPT,
Yasuharu Nakanishi,
RPT,
KazunQri Nakamae
,
RPT :Kotonoura RehabilitationCenter ferしhe Wakatakeen
(受 付日 1990年7月27 日/受 理R 1990年9月23 日) と して
,
脊 柱 固 定 術・
両 側 観血的 股 関 節整復 術・
両 側 後 脛骨筋移行術・
両側外側ハ ム ス ト1丿ングス 切腱術がある。 〈現病歴〉 主 訴 は,
右 股 関 節 痛 右 膝 関 節 痛 右 肩の こり 左 股 関 節 痛 左 手 指の し び れであっ た。・
の痛みは鋭 い関 節 内 巾心部の痛みであり,
は大 腿 骨 頭 周辺の鈍痛 で あ る が,
時 折入浴 中に脱臼 し鋭い痛みに変わ る。 脱 臼 は徒 手 整 復 可 能で あ る が,
常に臼蓋より大 腿 骨 頭が1
/2
〜
1/3
程 度 亜 脱 臼の状 態であ る (図1
)。 尚,
これ らの 痛 み は静 止 時・
動 作 時 共に認められ た。
は僧 帽 筋を中 心と した筋 肉痛で あり,
は午前 中 特に強い とい うこと であ っ た。 ま た,
X 線像で頸椎・
膝関節に は主 訴に起 図 1146
理学療法学 第18
巻第2
号 背 臥位 駄.
\
灘 鍔 鼻驥
腹 臥位 図 2 1989 年 4月饗
嬲
驚
睡
1989 年 4月 亀撫
9月 図3
因 する原 因は み られないが,
痛み は20代より徐々に出 現してお り神経ブロ ッ ク等で は改善を示さな か っ た。 睡 眠 以 外は,
全て車 椅 子でADL
を 行 う。
臥位の状 態 にな る と,
右 股・
膝 関 節,
左 股 関 節に痛みが増 し夜 間 眠 りに くい。
痛みが強い ときは,
坐 位で睡 眠 をと る。
機 能 的評 価 と して は, 坐位で は上肢は挙上困難で左手 が使い に く く,
両 肩 甲骨の挙 上・
外 転が著 明で と り わ け 右側が強い。 脊 柱は.
頸 椎の過 前 彎・
上 部 胸 椎の後 彎・
右 凸胸 椎 側 彎を示 す。
背 臥位で は骨盤 は 左側へ 回旋 挙上 し,
両 ド肢とも股 関 節の内 旋 を伴なう。
特に右 股 関節の 屈曲・
内転・
内旋, 膝関節の屈曲が強く, 右下 肢を自・
他 動 的に もほとん ど仲 ばせ ない。
ま た,
背 臥 位で は時 折 左 股 屈 筋 群の spasm が 起こ り,
突 然股 関節の屈 曲 が増 大す る。
腹 臥位で も,
右 膝の屈曲 位を 呈 す る (図2)。 治療 開 始 時期および頻度 平成元年4
月3
日 よ り週3
回 30分間程行う。 〈治 療 経過 〔平 成 元 年〕〉成 人脳性麻 痺患者の 痛みに対するボイ タ法の試 み
147
齢
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謹 1989 年 4月翻
図4購
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鑼
9
月1989
年 4月9
月 図54
月 右 股関節の痛み が とれ,
夜 も少 しずっ 眠れ る よ うにな る。
5
月 右膝関節の痛み がと れ,
うっ ぶせで眠 れるよう にな る。 朝も痛みの軽減に よ り,
夫の介 助な しで起 き あ が れ る よ う に な る。
6 月 右 膝を伸ばせ る よ うになる。 両 肩 甲 骨の下 制に よ り右 肩の こり が と れ,
両.
.
ヒ肢の挙上 も改善さ れ る。 更 に, 全身の緊 張 が とれ,
左 手が使いやす くなっ たこ とで 仕 事の作 業 能 力が向lt
し た ため,
夫が非常に喜ん だ。7
月 初旬に痛み が全てとれ る。
だ がそ の後,
家 事 動 作を集中して行い右 膝 痛 と腰の倦 怠を訴え た が,一
週間 の治療で と れ る。8
月 初対面の人 と会う機 会が多 く仕 事も多 忙だっ た た め,
精 神 的ス トレ ス が重なり,
右 肩 甲骨と右 膝 関節の 痛み が現れ た が治 療に よ り消失 する。 9月 治 療に よ る痛みの除去と左手指の し び れの消失 も み ら れた ことで,
遊びに出か け ること が多く な る。 時 折,
痛み が現れ る が長年煩わ さ れて来た痛み と は質が異148 理学療 法学 第 18巻第 2号
1989
年6
月 図 6 ア ン ビュ レー
ター
9
月 な り短 期 間で消 失 し,
夜 間 眠りに くい とい うこと も な く な る (図3 ,
4, 5
)。 右足37.49
(%> 38,
13 囲 43,
28 (%) 44,
67 (%} 左足62,
50
(%) 61.
86 {%) 56.
71 {%) 55.
32 〈%) 検 査 月日 5/24 6/289
/04
10
/20
<客観 的治 療効果> I X 線撮影法 Th3 −Th
12
右 凸 胸 椎 側 彎CQbb
法 30° か ら 17° に減 少。
鎖 骨の下 制化が 認 め ら れる (図 6)。
H ヒ モ 結びテス ト5
分 間31
本より44本に増 加。 皿 ア ン ビュ
レー
ター
体重 支持 率 右 足37.
49
% :左 足62.
50
% が,
右足44.
67
% ;左足 55.
32
% に均 等 化され る (図 7)。 IV 車椅 子で の移 動 時 間 買い物へ の所用時 間が半分 (30分→ 15分 )に短縮 。考
察
ボ イ タ法で は,
前 進 運 動の協 調 性 複 合 運 動 体 を 実 現 す る筋群 を 賦活する こと がで き,
ま たそ の筋 群に対 し て能 動的に等尺性収縮を与え ること がで きる。 よっ て痛みの 強い 場 合,
他 動 的 な 動 き を与え な くて も 選択 的に筋 肉の 伸長を も可能に し,
し か もCP
で あ る が た めに痛み を も た ら して きた 「姿 勢の障 害 」に対して ア プロー
チするこ とで,
痛み の起こ る メ カ ニ ズムを改 善で きる フ ァ シ リ 図7 テー
シ ョ ン・
テ クニ ッ ク で あ る。
こ の症 例の場 合,
股 関 節の痛みを 招 来 した原 因 とし て,
屈 筋・
内転 筋 群の過 緊 張が挙 げら れ た。
こ の事が,
大腿 骨 頭の臼蓋へ の コ ンプレッ シ ョ ンを起こ し痛みを 生 起 し た。 これ が更に進 行し,
形 態 的に変形をもた ら し変股症 とな る。
病 変の進 行に よるコ ンプ レ ッ シ ョ ンの増 加が,
股 関 節の支 持 性・
可 動 性の減 退と併 行しな が ら強い痛み へ と発展 した 。 股関節の 不良 肢位と 過緊張が,
絶え ず膝 関節に もス トレ スを与え大腿直筋・
膝 屈 筋な どに過 剰 収 縮を も た ら し短縮を おこさせ て いた。
反射性 寝返 り第2
相 (R−Vfi
相) で は,.
L
側 下 肢の 屈曲・
外 転・
外 旋の反 応を誘発 し,
短 縮 してい た筋 群の 伸 張お よ び中殿筋・
大殿筋の強い収 縮が促通で き,
ま た ド側ド肢におい て は床に強く押さ れ るよ うな外転 ・外 旋 方 向の筋 肉の収 縮が促 通された。
股 関 節の外 転・
外旋の 可勤域が広が る こ と に よ り, 反射性腹這 い (R−
K )で一
側 ド肢 {特に患 者が 「時 折はずれ る 』とい う下 肢 を 後 頭側に し た場 合}の伸展・
外転・
外旋・
膝軽度屈曲位で の 支持を促 通 す る と,
患者は 「股 関節の 適合 性が よ く な成 人 脳 性 麻 痺 患者の痛み に対する
tt
イ タ法の試み り,
膝の痛みもとれる。
」との こと だっ た。 膝の痛み は,
反 応の中で大 腿 直 筋 が 伸 張 さ れる とみ られなくなっ た。 これ らの ボ イ タ に よ る運動療法で,
筋 緊 張を緩 和し各 関 節に良 的構 造関係を も た ら した。 更に,
内転 筋 群 と外 転 筋 群の均 衡 化によ る股 関 節の支持性と可動 性の改 善,
内・
外 旋,
屈 曲・
伸 展にあ ず か る拮 抗 筋群の バ ラ ン ス の 再 建を行 う中で,
痛み が消失し た と考え ら れ た。 今 回,
患 者との コ ミュ ; ケー
シ ョ ンが十分と れ た事で 以 ドの事 が 確 認で き,
有 用に治療に生か せ た。1
)治療テ クニ ッ ク につい て ボイ タ法は,
元来 固 定した CP に対して協調性複 合運 動体を見っ け , さ ら に乳 児にっ い て も確 認 し発 展して き た治 療 法で あ る。 すで に変 形・
拘 縮 を有 し痛みを伴っ た 固 定 したCP
で は,
出 発肢位より問題が生じ て く る。 そ のた め, 出発 肢 位は痛みの少ない肢 位を考 慮 すべ きで, 無理な肢 位は避けるべ きで ある。 ま た,
誘発帯の 刺 激の 導入は筋 活 動の度 合いを示 唆して もらい な が ら確認 し, ゆっ く りと方 向 性・
強さを決定し な が ら本来の出 発 肢 位 に近づ く よ う行なっ てい く。 治 療 前で は, 痛みの評価と して部位・
程 度を問 診 し把 握し た上で,
反射性移動 運 動の運 動 学 を 当て はめ出発 肢 位・
誘 発 帯を微調整し な が ら治療を行っ て い く。 治 療 後 に は,
痛みの変化を常に確認 し治療プロ グラム につ い て 検討する。 固定した成人 CP である が ゆ え,
日常 生 活の代 償 的な 姿勢に よ り起こっ て くる痛みの部 位・
程 度も変 動が大き’
い が, 基本的に痛みが解 決さ れ う る必 要な要 素と して は,
必 ず 治 療 中に痛み を引 き起 こして いる 主動作筋と拮抗筋 の平衡 関係を促通 することによっ て代 償 性の姿勢を くず し,
対 称的な肢位の中で運 動が遂 行 され ること が大切で ある。2
) 筋緊張を亢 進させ る因 子生理期 間中
・
初対面の人 と会っ た後の数 日間 等は特に 筋緊 張 が 高 くなる。 例え ば,
食事 会で飲み物を下肢の不 随 意 運 動に よっ て,
テー
ブル に下肢を当て て こぼ さ ない かとい う不 安が筋 緊 張を高 くさ せ たりする。 3)ADL と痛みの 関係149
痛みの軽 減によ り家 事 動 作の活 動が拡がりやすい事は 事実だ が, 長時間に な ると不 良 肢 位で固 定して行なうた め,
再 度痛み を引き起こすことがある。
その た め,
労作 時 間 を少しずつ 拡大して いく必 要がある。 ま と め 1.
成 人CP
の痛みに対して,
ボイ タ法は有効で あっ た。
2 .
機 能 異 常に より起 きて きた痛み が,
精神 的苦痛を 強く しADL に悪 影 響を与えるた め,
長 期の医学 的管理 の重 要 性 を 痛 感 し た。発表に際し
,
御校 閲 を 賜 り ま した 当 院 副 院 長 羽 山和生 先 生,
また御指導頂いた聖ヨゼフ整肢園渡辺隆先生に深 く感謝を申し上 げます。
本 論 文の 要 旨は,
第25
回日本理学療法士学会に て発 表した。
参 考 文 献 1)Vojta講 習 会講義録 1987,
1988.
2)Vojta V :乳 児の脳 性 運 動 障 害.
第4版,
富 雅 男・
深瀬 宏 (訳),
医歯薬 出版,
1987.
3) 清 水 忠 彦 : これ か らの医 療の展 開.
理学 療 法 学,
15 : 457−
462,
1988,
4)熊澤孝明:痛みとその抑制.
理 学 療 法 学,
16C3):159−
169,
1989,
5) 深 瀬 宏 :脳性麻痺の整 形 外 科 治 療.
医 歯 薬 出 版,
1982.
6) 嶋 良 宗:変 形 性 股 関 節 症の リハ
ビ リテー
シ ョ ンと痛み.
「痛み リハ ビ リ テー
ショ ンにお けるアプロー
チ」石田 肇 (編 ),
医 学書院,
1978.
7) 岩 倉 博光 :頸 腕痛,
「痛み リハ
ビリテー
シ ョンに お け るア プ ロー
チ」石田 肇 (編 ),
医学 書 院,
1978.
8)和 才 嘉昭・
嶋 田 智 明: 「測定と評価」医歯薬出版,
1981.
9) 鈴 木 恒 彦・
他:身体 障害 者 福 祉 法に基づ く障 害 認 定につ い て 脳 原 性 運 動 機 能 障 害の評 価・
小児の場 合.
総含リハ T 16(4):269−
275,
1988.
10) 不 安 定 性 頸 椎一
基礎と臨 床.
臨床整形外 科,
24巻 4号,
1989.
11) 安 藤 徳 彦・
他二身 体 障 害と老 化.
「脳 性 麻 沖と老 化一
1.
リハ ビリテー
ショ ン医学,
25〔2):81−
82,
1988−
3.
12)Kapanji IA : 「カパ ン デ ィ関 節の生理学H下 肢 」 荻島秀 男 (監訳),
嶋田智 明 (訳 ),
医 歯 薬 出版,
1988.
150
wa\deza\
ee18gng2-<Abstract>
Vojta Therapy forPain of Adult Cerebral Palsy
Yoshihiro KUROHASHI,
RPT,
Yasuharu
NAKANISHI,
RPT,Kazunori
NAKAMAE,
RPT.
Kbtonoura RehabilitationCenterfor the vaahatakeen
In
recent years, adult cerebralpalsy
has
frequently
been
treatedby
Vojta
therapyin
our rehabilitationeenter.
This time we treateda38-year-old
woman with athetose adult cerebralpalsywho complained of pain at
both
hip
joints,
rightknee
and shoulder and fingernumbness,
We
treated her on the basisof Reflexlocomotion of Vojta therapy. The results suggestecl thatfivechief complaints were removed inparallelwith improvernent of her physicalfunctien.
Results
about improvement of physicalfunction
are as iollows: 1)
Increase
in
spinallordoscoliosis
degreefrom
3ee
to170.
2)
EMciency of fingerfunction.
3)
Increase
in
weightbearing
rate onAmburator.
4)
Shortening
in
wheelchair transfertime.In conclusion, itwas eonfirmed that Vojta therapy
play$
an effective rolein
removingpains