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疼痛理学療法の研究トピックス

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はじめに ─疼痛理学療法研究の方向性─  これまでの多くの疼痛研究は,末梢からの侵害刺激によるボ トムアップ情報に基づいた感覚的側面に対して主眼が置かれ実 施されてきた。これらの一連の研究はアッセンディング・アプ ローチ(ascending approach)と呼ばれる。しかしながら,現 在はボトムアップ情報に基づいた研究のみならず,トップダウ ンな神経調整(neuromodulation)に関連したメカニズム研究 も加えられ,その両面から,疼痛のメカニズム,あるいは疼痛 抑制などの臨床効果に関する研究が世界的に実施されている。 トップダウン的方法に関してはディセンディング・アプローチ (descending approach)と呼ばれる。このトップダウン的神経 メカニズムに影響を及ぼすものが,注意や予期といった認知的 側面,あるいは情緒やムードといった情動的側面である1)。  ところで,疼痛が慢性化してしまうと ADL に対して悪影響 を及ぼすことは周知の事実である。2011 年の在日米商工会議 所調査においては,本邦の慢性運動器疼痛患者の約 10%が就学 や就労に制限を余儀なくされ,疼痛患者の就労制限などに伴う 間接的な社会的損失は,約 3,700 億円(直接的医療コストを除 く)になると概算されている2)。このような背景から,運動器 疼痛の慢性化の予防,そして慢性疼痛の除去・軽減に対する理 学療法の社会的責任は,今後ますます大きくなることが予想さ れる。  一方で,Wylde ら3)は運動器疾患における術後痛であって も,15%程度が慢性化を起こすことを報告している。また,術 後 3 ∼ 4 年経っても 15%の患者が未だ重篤な疼痛と戦っている という問題も指摘されている4)。したがって,理学療法研究に は疼痛緩和や除去を目的としたものだけでなく,疼痛の慢性化 予防を目的としたものも必要になることはいうまでもない。 疼痛の多面性  現在のところ疼痛は 3 つの側面に概念化されている5)。1 つ は痛みの外側経路を上行するボトムアップ情報に基づいた感覚 的側面である。これに関する脳内の対応領域は一次体性感覚野 であり,体部位再現に基づいた痛みの感覚が発生するといった おもに急性疼痛の様相をあらわす神経メカニズムである。2 つ 目は痛みの内側経路を経由し大脳辺縁系の作動によって痛みの 情動が出現する側面である。これは痛みに対する不快や嫌悪と いった情動であり,扁桃体や島皮質の活動に変化が起こり,脳 幹の興奮が起こると交感神経優位の自律神経反応が出現してし まう。3 つ目は痛みの認知的側面であり,これは主観的な疼痛 経験が記憶され,末梢からの侵害刺激がないにもかかわらず, 痛みの認知を生みだしてしまう側面であり,前頭前野などの大 脳皮質が関与する。これに関しては,注意や思考の柔軟化など の認知的なトップダウン情報に基づく下行性の疼痛抑制経路の 活性化によって,痛みの主観的程度が変化することがある。こ こ最近,慢性疼痛に限ると体部位再現が明確でないこと等の理 由から,情動的側面や認知的側面の要素が大きいという見解の 一致を得ている。 不活動や運動の抑制によって出現する慢性疼痛  通常,運動器疾患においては,まずは患部の治癒を最優先 しなければならない。その際,なんらかの固定手法を用いて 患部の不活動が余儀なくされてしまう。このように,運動器 疾患においては,環境因子により関節運動が抑制されてしまう ことがしばしばある。一方,個人因子として運動の抑制に大き く影響を及ぼしてしまうのが,疼痛防御行動である。これによ り,患肢の不使用が長引いてしまうと,それに伴い体性感覚入 力が減少し,同時に運動出力も減少することから,脳内体部位 再現が縮小してしまう。事実,慢性疼痛患者では一次体性感覚 野の体部位再現が狭小化することが報告されている6)。こうし た神経学的プロセスに基づき,もともとは脳に器質的な損傷が ないにもかかわらず,患肢の無視といった身体失認症状である neglect-like syndrome といった神経心理学的症状が出現した り,あるいは,その身体に対し憎悪を抱くといったネガティブ 思考をつくりだす悪循環システムがそのメカニズムとして想定 されている(図 1)7)8)。  いずれにしても,傷害初期の運動抑制が引き金となり,疼痛 の慢性化を生じさせてしまうことが想定されることから,急性 期から運動抑制の積極的な解除をはかり,疼痛の慢性化を予防 することが理学療法の大きな目的になる。 疼痛の慢性化を予防するための不活動期の理学療法  沖田らの研究グループでは,ラットに関節炎を発生させ,疼 痛を人為的に引き起こした後に,いくつかの物理的な介入を用 *

Research Topics of Physical Therapy for Pain **

畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター (〒 635‒0832 奈良県北葛城郡広陵町馬見中 4‒2‒2)

Shu Morioka, PT, PhD: Neuro Rehabilitation Research Center, Kio University

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いることで疼痛の慢性化が起こりにくいことを発見した9)10)。 たとえば,関節炎発生直後にギプス固定した不動群において は,疼痛関連行動が持続してしまうが,ギプス固定中であって も電気刺激による大腿四頭筋の筋収縮運動を 4 週間継続した群 では,早期に疼痛関連行動の減少を認めた。また,不動期に振 動刺激を用い末梢から感覚入力を与えると,痛覚過敏現象の発 生が軽減することもあきらかにしている。これらは,早期から の運動・感覚入力が,その後の疼痛抑制効果に対してポジティ ブに作用することを示したアッセンディング・アプローチに基 づいた理学療法の基礎研究である。  一方,我々の研究グループでは,ヒトを対象に骨折後の固定 中において振動刺激が疼痛緩和に効果を示すか,その検証を続 けている11)。たとえば,橈骨遠位端骨折患者を対象に準ラン ダム化比較試験を行った。結果,関節可動域運動の他に,手関 節総指伸筋腱に振動刺激を加え手関節の運動錯覚を生じさせた 群において,振動刺激を与えず運動錯覚を生じさせなかった群 に比較して,運動時 Visual Analogue Scale(以下,VAS)お よび安静時 VAS に有意な減少,ならびにその効果が持続する ことをあきらかにした。さらには,振動刺激を与えた群におい ては,VAS の変化といった感覚的側面のみならず,無力感や 不安感といった情動的側面に対する有意な効果も認めた。この 研究では,振動刺激に基づいた運動錯覚の程度と VAS の変化 に有意な負の相関がみられたことから,単に外部刺激による感 覚入力といった側面だけでなく,脳内で運動錯覚を発生させる 神経調整の影響が考えられた。なお,我々はそれに先立ち,同 様の振動刺激を与えた際には運動知覚に関与する運動関連領域 の活性化を確認している12)。  また,我々は糖尿病性壊疽により下肢切断を余儀なくされ, その後断端痛を呈した 2 症例に対して,その断端部に柔らかい スポンジによる触圧覚入力を与え,その触圧情報の程度を識別 する知覚学習課題の介入を行ったところ,痛みの主観的強度が 減少することを報告している13)。 情動的側面からみた疼痛の慢性化モデル  疼痛の情動的側面の視点から,慢性化してしまうモデルとし て有名なものが恐怖−回避(feat-avoidance)モデルである(図 2)14)。これは,損傷は同じようなイベントであっても,個人 因子である痛みに対する強いネガティブな情動や,環境因子で ある不安をあおるような外部情報によって,将来への不安が強 くなると,疼痛の問題というより,むしろ社会的に自己を防衛 するために回避・抑うつ行動を引き起こし,それによって,さ らに不活動が継続してしまったり,薬物に執着してしまうこと で,疼痛の慢性化が起こってしまうといったモデルである。  Dilek ら15)は,6 週間の固定が余儀なくされた橈骨骨折 50 例を対象に調査を行っているが,結果として,骨折 2 日後にお いて,特性不安が高い者は,複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome: CRPS)type1 を有意に発症すること があきらかになった。また,我々は変形性膝関節症後の人工膝 関節術後患者において,疼痛が慢性化する場合,neglect-like syndrome を呈するケースが多いことをあきらかにした16)。さ らに我々は,人工膝関節術後患者 62 名を対象にいくつかの調 査を行ったところ,術後 3 ヵ月の疼痛の主観的強度に寄与する 因子として,認知的側面である neglect-like syndrome の起因 に情動的側面である負の情動要因が加わることで,その寄与率 が上昇することをあきらかにした17)。この負の情動に関して は,痛みに対する特性不安や状態不安の影響も認められたが, 特に疼痛の主観的強度に関係が強かった情動が反芻であった。 反芻とは,この場合,疼痛に対する強い固執を意味する。これ らの結果をまとめると,運動器疼痛が慢性化してしまう要因と しては,なんらかのイベントに伴う痛みの感覚的側面の出現 に,時間的経過とともに情動的および認知的側面といった多面 性の様相が加えられてしまうことが推察される。 疼痛抑制に対する運動療法の効果  エクササイズが疼痛抑制に関与することを調べた研究では, 歩行に比べ中等度の負荷となるランニング後において,マクギ ル疼痛質問票の感情的表現の点数が低下することが報告されて いる18)。なお,疼痛閾値や刺激を与えた時の主観的感覚の得 点には,両者の間に差は認められていない。また,ランニング 条件においては,多幸感や鎮痛をもたらすβ - エンドルフィン の増大が認められ,さらに,ランニング後において前頭葉,帯 状回,島皮質,海馬においてオピオイド結合の減少(内因性オ ピオイドの放出)が確認されている19)。このように,運動に よって内因性オピオイドが放出されることで鎮痛が生じると 図 1 不活動に基づいた慢性疼痛のメカニズム 図 2 疼痛の情動的側面;恐怖−回避モデル

Vlaeyen JW, Linton SJ: Fear-avoidance and its consequences in chronic musculoskeletal pain: a state of the art. Pain. 2000; 85: 317‒332. に基づき作成.

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からは,身体の活動性が高い者ほど,痛み刺激を与えた時の背 外側前頭前野といった痛みを制御する領域の活動が高く,活動 性が低い者ほど,痛み刺激時に反応する一次体性感覚野や頭頂 葉といった痛みの感覚的側面に関与する領域の活動が高いこと がわかっている21)。 疼痛に対する認知行動療法  疼痛の慢性化が起こると自律神経の変調やうつ症状が出現す ることは多くの研究によってわかっている。こうした問題を打 開する方法として,ここ最近,認知行動療法の効果に関するエ ビデンスが蓄積されつつある22)。Jensen ら23)は線維筋痛症 に 対 し て,12 週 間 の Acceptance and Commitment Therapy (以下,ACT)を行った。ACT とは個人を尊重した患者教育 プログラムであり,認知行動療法のひとつとして認識されてい る。この研究では,アウトカムに痛みの程度以外に心理変化, そして痛みを加えた際の脳活動を用いているが,結果として, 不安,抑うつといった情動的側面に認知行動療法が有意な効果 を示した。さらに,疼痛の程度が認知行動療法前に比べて有意 に低下することが示された。一方,脳活動に関しては,認知行 動療法前に比べて,痛み刺激時において腹外側前頭前野の活性 化を認めている。さらに面白いことに,認知行動療法後には, 痛み刺激の際に認められた腹外側前頭前野と視床の活動との間 の機能的コネクティビティが増強されることがわかった。すな わち,認知行動療法は腹外側前頭前野の活動を高め,末梢から 入力される侵害刺激を視床で抑制するといった疼痛抑制効果を 示す可能性が示唆された。同様に,個人の価値を高めたり,ス トレス因子とうまくつきあうポジティブ・ストラテジーを手に 入れたりする介入手法は,腹外側前頭前野の活動を高め,それ により疼痛が抑制させるといったことが他の研究によってあき らかにされている24)。 疼痛に対する神経調整テクニック  慢性疼痛に対する反復経頭蓋磁気刺激法(repetitive trans-cranial magnetic stimulation: 以下,rTMS)治療は Migita ら によって報告25)されて以来,少しずつ増えてきた。rTMS の 刺激は患部の対側の一次運動野に行う場合,背外側前頭前野に 行う場合,そして頭頂葉に行う場合の大きく 3 つに分かれる。 Hirayama ら26)は慢性疼痛患者に対していくつかの領域を rTMS で刺激したところ,痛みの軽減効果を示したのは一次運 動野のみであったと報告した。この治療原理は,健側の対応領 域である一次運動野の活動を抑えることで,患側の対応領域で ある一次運動野に対して脱抑制をもたらし,その働きを正常 つつある。tDCS といった非侵襲性に皮質ニューロンの膜電位 を調整することで,痛みの感覚的側面に関する鎮痛効果の確 認がいくつかの研究によって確認されている29)30)。また,痛 みの情動的側面への tDCS の効果に関しては,前頭前野への tDCS により主観的評価での不快感が有意に減少することが確 認されている31)。我々の研究においても,tDCS によって痛み の情動的側面における不快感の減少,ならびにその際の前頭前 野の活性化(α 帯域周波数の減少,β 帯域の周波数の増加)を 確認している32)。しかしながら,こうした神経調整テクニッ クは,先ほどの認知行動療法のように学習効果の持続に関する データは蓄積されておらず,疼痛の多面性にどの程度影響を及 ぼすかについては,今後の研究が待たれるところである。 前頭前野の機能に基づく疼痛抑制メカニズム  前頭前野の活動は下降性疼痛抑制を興奮させるディセンディ ング・アプローチに位置づけられる。これまでの多くの研究に よって,背外側前頭前野は注意の操作(痛みから注意をそらす など)に関与し,先ほどの認知行動療法の際に活動の増加が認 められた腹外側前頭前野は,疼痛に対する思考の柔軟化が影響 していることが判明している33)。この神経メカニズムの作動 により,疼痛関連領域である前帯状回の興奮を低下させ,それ により中脳水道灰白質を活性化させることで,疼痛抑制に関連 するβ - エンドルフィンやオピオイド系の神経伝達物質の放出 を高め,それにより疼痛が緩和されるといったポジティブな影 響を示すことが仮説化されている。特に主観的な疼痛強度に相 関する前帯状回は,腹外側前頭前野と負の相関を示す34)こと から,固執的な思考から柔軟的な思考に変化させることが,慢 性疼痛の臨床を成功に導くことが推測される。 運動イメージを用いた理学療法  これまで示したように,急性期であっても運動や感覚入力を 与え,アッセンディング・アプローチを企てることが臨床上重 要である。しかしながら,この末梢からのボトムアップ情報と トップダウン情報処理に基づく知覚の予期に解離が生じると疼 痛が慢性化してしまう認知的モデルがいくつかの研究で示され ている35)36)。その解離を改善させる目的で,運動イメージや 運動観察,さらには知覚イメージなどの臨床手段が理学療法士 の手で開発され,その効果がある程度厳密な研究によってあき らかにされてきた。  運動イメージの想起は,疼痛軽減に対してポジティブな効果 を示すことが多くの研究で示されている。その急先鋒がオース トラリアの理学療法士である Lorimer Moseley 氏らのグルー

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プである。彼が初期に考案した介入は,1)目の前に提示され た写真の手が左手か右手かを識別する手の左右認知課題,2) 心的に求められた運動をイメージ想起する課題,3)ミラーセ ラピーの 3 つからなる。このような介入を 1)∼ 3)の順に行う ことで,疼痛軽減が起こることが RCT 研究や症例研究によっ て示された37)38)。この疼痛軽減のメカニズムは,図 3 で示し た解離が改善されることが考えられている。すなわち,運動シ ミュレーション機能を運動イメージ想起によって高めること で,実運動によって生まれる求心性情報との整合性を図るもの である。先の振動刺激を用いた物理的手段は,末梢からの求心 性情報により運動知覚をボトムアップに脳内に形成させるもの であるが,この運動イメージは,脳内の記憶に基づいて運動知 覚をトップダウンに形成させるものである。  しかしながら,運動イメージ想起による介入は注意を要す る。運動イメージ想起によって逆に痛みが増大することが報告 されているからである39)40)。痛みによる恐怖や不安といった 情動的側面が運動イメージによって喚起されると,痛みを想起 させてしまう可能性がある。これを打開する手段として,我々 のグループは図 4 に示した視線認知に基づいた運動観察療法を 開発した。この課題は頸部痛患者を対象に考案したものである が,後方から他者の頭頸部の回旋運動を観察し,その動きから 他者がなにを観察しようとしたかその意図を推定させるもので ある。意図を推定する際には,患者は後方から他者の運動を観 察しながら,あたかも自分が回旋運動をしているように運動を シミュレーションしなければならない。この結果,意図を推定 せずに他者の動きを単に観察している群に比べ,どの視標を観 察したか,前方にいる他者の意図を読み取ろうとしながら頸部 運動をシミュレーションした群では,有意な疼痛軽減ならびに 頸部関節可動域の増大を認めた。その効果量は,電気刺激や牽 引治療といった物理療法を介入した群よりも有意に大きいこと が示された41)42)。なお,この介入に先立ち,我々は脳イメー ジング手法によって,この課題中に運動関連領域が活動するこ とを確認している43)。 おわりに ─疼痛理学療法研究のグローバルスタン ダードに向けて─  これまで示してきたように,世界的な疼痛研究の方向性は, 狭義の運動学的・運動力学的のみの視点からの脱却が図られよ うとしている。現在の疼痛研究は,1)感覚・運動神経科学的 視点,2)認知神経科学的視点,3)社会神経科学的視点に整理 される。感覚・運動神経科学的視点における理学療法研究で は,急性期における運動や感覚入力が疼痛の慢性化を予防しう る有効な治療となるか,その効果ならびにメカニズムを速やか に検証して行く必要がある。認知神経科学的視点における理学 療法研究では,慢性疼痛患者に対する神経調整テクニックや運 動イメージに関連した有効な治療の開発が急務であるととも に,その適応と限界を明確化する必要がある。社会神経科学的 視点における理学療法研究では,認知行動療法を理学療法のど のような場面で用いるか,あるいは日々の臨床における対話や 共感的態度がどのように疼痛の情動的側面に影響を及ぼすか, オーダーメイドな症例報告をふまえて理学療法の意義や意味を 問う研究が今後は必要になるだろう。現に,最近になって,疼 痛を有する者の脳活動の変化でなく,それを担当する医療者の 脳活動の視点から研究が進められている44)。この研究は,医 図 3 運動シミュレーションと運動知覚の不一致 運動指令により運動システムが作動し,運動が発現されると感覚フィードバックが起 こる.一方,運動指令が起こると,運動指令のコピー(遠心性コピー)がつくられ, そのコピーが脳の各場所(小脳や頭頂葉など)に送られる.通常,このコピーは運動 シミュレーションとしての予測として作用するが,この予測と実際の感覚フィード バックによって生まれる知覚との間に食い違い(解離)があると痛みが起こるという メカニズムである.

McCabe CS, Haigh RC, et al.: Simulating sensory-motor incongruence in healthy volounteers implications for a cortical model of pain. Rheumatology (Oxford). 2005; 44: 509‒516. に基づき作成.

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療者が疼痛患者に対峙する際,マインドリーディングや共感に 対応している脳領域が活性化し,対象者の真意を積極的に読み 取りながら臨床にあたろうとする社会的態度が,臨床の成功を 導くであろうというシナリオである。  いずれにしても,疼痛は個人の主観的な体験を示すことか ら,感覚的な側面だけでなく,認知的あるいは情動的側面をも つ特徴がある。このように疼痛は多面性を有することから,そ れを鑑み,疼痛そのものではなく,疼痛を有する患者全体を “一人の個 whole body”として捉え,包括的にアプローチして 行かなければならない。このように,疼痛に対する臨床の手続 きが包括的である以上,研究においても,その多面性を理解す るうえで,多方向から重要なデータを理学療法の立場から積極 的に示して行く必要があろう。 文  献

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図 4 頸部痛患者に対する視線認知に基づいた運動観察療法の実際 患者(Subject)は他者(Experimenter;  実験者あるいは療法士)の後方に座り(左上),他 者の頭頸部運動を後方から観察し(右上,左下),どの標的(番号)を意図的に観察したか を回答する(右下)課題である.患者からは標的の番号は見えない.なお,患者にはあらか じめ観察し記憶していた標的の番号の中から,現在進行形における他者の頭頸部の運動に基 づき,どの標的を観察しているか即座に推定し回答するように求めている.

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ABSTRACT: [Purpose] In this study, we examined if a relationship exists between clinical assessments of symptoms pain and function and external knee and hip adduction moment

ABSTRACT: To reveal the changes of joint formation due to contracture we studied the histopathological changes using an exterior fixation model of the rat knee joint. Twenty

K T ¼ 0.9 is left unchanged from the de Pillis et al. [12] model, as we found no data supporting a different value. de Pillis et al. [12] took it originally from Ref. Table 4 of

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