平成24年労第455号 主 文 本件再審査請求を棄却する。 理 由 第1 再審査請求の趣旨及び経過 1 趣 旨 再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、労働基準監 督署長(以下「監督署長」という。)が平成○年○月○日付けで請求人に対して した労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」とい う。)による療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消すと の裁決を求めるというにある。 2 経 過 請求人は、平成○年○月にY市所在の会社に雇用され、検査技師助手として勤 務していたが、平成○年頃から気分が晴れず、いつも疲れた状態を自覚するよう になり、平成○年頃その状態が激しくなったとして、同年○月○日Aクリニック に受診し「混合性不安抑うつ反応」と診断され、同年○月○日Bクリニックに転 医し「不安・抑うつ状態」と診断された。 請求人は、上司からのパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)等職 場内の出来事が原因で精神障害を発病したものであり、業務上の事由によるもの であるとして、監督署長に療養補償給付及び休業補償給付の請求をしたところ、 監督署長は、請求人に発病した精神障害は業務上の事由によるものとは認められ ないとして、これらを支給しない旨の処分をした。 請求人は、この処分を不服として、労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」 という。)に審査請求をしたが、審査官は、平成○年○月○日付けでこれを棄却 したので、請求人は、さらに、この決定を不服として、本件再審査請求に及んだ ものである。 第2 再審査請求の理由
(略) 第3 原処分庁の意見 (略) 第4 争 点 本件の争点は、請求人に発病した精神障害が業務上の事由によるものであると認 められるか否かにある。 第5 審査資料 (略) 第6 事実の認定及び判断 1 当審査会の事実の認定 (略) 2 当審査会の判断 (1)請求人に発病した疾病と発病時期について 専門部会は、平成○年○月○日付け請求人の精神疾患に係る業務起因性の医 学的見解において、A医師とB医師の意見書及びこれら意見書に記載された請 求人の症状の経緯・治療の状況から、平成○年○月上旬頃に、ICD-10に 照らして「F32 うつ病エピソード」を発病したものと判断するとしており、 当審査会としても、請求人の主訴、症状の推移等に鑑み、専門部会の見解は妥 当であると判断する。 (2)精神障害の認定基準について 精神障害の業務起因性の判断に関しては、厚生労働省労働基準局長が「心理 的負荷による精神障害の認定基準について(平成23年12月26日基発12 26第1号)」(以下「認定基準」という。その要旨については、決定書別紙 の記載を引用する。)を策定しており、当審査会としてもその取扱いを妥当な ものと考えることから、以下、認定基準に基づき検討する。 (3)請求人の精神障害発病前おおむね6か月間の業務に関連した出来事及びその 評価について ア 特別な出来事の有無について 認定基準の別表1の業務による心理的負荷評価表(以下「心理的負荷評価 表」という。)で「特別な出来事」として掲げる「心理的負荷が極度のもの」 あるいは「極度の長時間労働」に該当するような出来事は認められない。
イ 業務による心理的負荷について ① ひどい嫌がらせ、いじめ 請求人らは、C事務長及びD次長からひどい嫌がらせ、いじめを受けた と主張し、具体的な出来事として、a 専門学校を留年した際、他の従業 員の前で「土下座」をさせられたこと、b C事務長は、請求人に対して、 適切な業務指示をせず、無視したり、会話をするときに嫌々な態度をとる などの行為を継続的に行ったこと、c 専門学校を受験する際、D次長が 請求人をいじめる目的で「誓約書」を提出させ、ノルマを課したこと、d D次長は、請求人に専門学校の入学金と学費援助の領収書を提出するよう 求めたにもかかわらず、何度も領収書を受け取らずに突き返したことなど を挙げている。 aの土下座については、E看護師の申述及びD次長の申述から土下座を したことは認められるが、会社側の上司等が土下座を強要したことを裏付 ける証拠はなく、むしろ、平成○年○月○日付け聴取書において、請求人 自身が「平成○年○月○日昼休みに食堂で職員全員に留年を報告し、学校 の関係で土曜日に早く帰らせてもらいたい旨を土下座してお願いしたとこ ろ」と述べていることに鑑みると、請求人の自発的な行為と思料され、心 理的負荷評価表の具体的出来事の「ひどい嫌がらせ、いじめ」や「上司と のトラブル」には該当しない。 bのC事務長の請求人に対する行為については、同事務長は、請求人を 感情的に強い口調で叱ることや請求人が挨拶してきても無視したことがあ ったことなどを認めているが、その理由について、何回言っても同じ失敗 を繰り返すので、段々強い口調で指導や注意を行うようになった旨述べて おり、感情的になったり、無視する態度に出たのは、請求人の仕事に向き 合う態度が一向に改善されないことからやむを得ず出た言動であると認め られ、その様態も請求人の人格や人間性を否定するようなものではなく、 ひどい嫌がらせやいじめとは認められず、その心理的負荷の強度は「弱」 であると判断する。 cの「誓約書」については、D次長が請求人に提出するよう求めたとの 主張を裏付ける証拠はなく、同次長が平成○年○月○日付け審理調書で「専 門学校に入学して半年くらい経った頃、自分の決意表明として書きたいと
いうことで持って来たので、字句の訂正等を指摘した。」旨述べているよ うに、請求人自身が自発的に提出した可能性もあると認められる。いずれ にしても、この行動は、発病おおむね6か月以前の出来事であり、心理的 負荷の評価の対象とはならず、仮に評価したとしても、嫌がらせやいじめ とも認められないことから、継続的に行われたいじめ行為として評価すべ きである旨の請求人らの主張は認められない。 dの領収書の件については、発病前おおむね6か月より相当前の出来事 であることから、評価の対象にはならず、また、請求人らが主張する継続 的な出来事であるとも認められない。 ② 長時間労働 請求人らは、専門学校への就学は使用者の指示に基づくものであり、業 務性が認められるので、授業時間も労働時間に含めるべきであり、これを 加算して時間外労働時間数を集計すると、発病前6か月間において、恒常 的に1か月間100時間前後の長時間労働となる旨主張している。 専門学校への就学について、副院長は、「検査技師助手の仕事は、将来 的には資格がないと従事できなくなる可能性があり、資格がない請求人が 現在の仕事に従事できなくなればかわいそうだと思った。また、資格があ れば待遇が現在より良くなる可能性があったからであり、専門学校への就 学は強制ではなく、請求人の了解を得た上のことである。」と申述してお り、また、C事務長は、「会社として、請求人に臨床検査技師の資格を取 得してもらう必要はなく、院長方針として、将来的に資格がない者は業務 に就くことができない可能性があり、請求人が困ると考えたからである。」、 「院長が留年の報告を受けたときに『留年したから今後一切会社として学 校に行くことに協力しない。』と言われたにもかかわらず、請求人はこれ までと変わらない様子で仕事を続け通学していた。」と申述していること に鑑みると、業務上の必要性があったとは認められず、また、業務命令と して強制したものであるとも認められない。なお、通学に際して早退を認 めたことや入学金や学費を援助されたことは、会社側の好意として便宜供 与的に行われたものであると思料され、この点を含めて検討しても業務と は認められないものであり、請求人らの主張は認めることができない。 さらに、請求代理人は再審査請求理由書2において裁判例を提示するが、
本件とは事案を異にするものと判断されることから、上記結論を左右しな い。 ② 上司とのトラブル 請求人らは、請求人に交付された厳重注意事項という書面について、最 初(平成○年○月○日付け)に交付された書面は、抽象的な内容であり、 単なる中傷文書に過ぎず、このような文書の交付自体及び他の職員への配 布は「ひどい嫌がらせ、いじめ」に当たることが明らかであり、また、他 の職員への配布は、請求人とC事務長との対立関係を周囲に認識させるも のでトラブルといえるものであることから、当該出来事における請求人の 心理的負荷の強度は「強」と判断すべきである旨主張している。 書面が抽象的な内容である旨の指摘に関して、C事務長は、当該書面交 付前に請求人の問題のある言動についてその都度注意しており、2通目の 書面には、具体的な言動が見られた年月日も特定されており、さらに、そ の内容についても業務指導・教育の範囲内であると認められるものである。 なお、当該書面を他の職員に配布したことについては、C事務長も認めて いる。 当該出来事は、心理的負荷評価表の具体的出来事の「上司とのトラブル」 に該当し、その平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」である。当該出来事に ついて慎重に検討したが、C事務長が他の職員に配布したことを考慮して も、当審査会としては、書面の内容は業務指導・教育の範囲内にあると判 断できるものであり、また、書面は、何度注意しても請求人の執務態度に 改善が認められないため、やむを得ず交付されたものであると認められる ことから、心理的負荷の強度の総合評価としては「弱」であると判断する。 ④ 退職の強要 請求人らは、1回で合格できなければ辞めざるを得ないほどの覚悟で努 力する旨の「誓約書」を書かされたこと、平成○年○月○日に退職勧奨を 受け、副院長らが退職を強要して来たことなどから、当初より執拗かつ継 続的に、請求人に恐怖感を抱かせる方法を用いて退職を強要する意思が使 用者にあったというべきである旨主張している。 退職に関する会社側の言動として、請求人は、「平成○年○月○日に院 長より『欠点が改善されず変わらなければ年末で辞めてもらう。』と退職
勧告を受けた。」及び「平成○年○月○日に院長に呼び出され『再就職先 は見つかったか。前にも言うたけど変わらへんから辞めてもらう。』と告 げられた。」旨申述しているが、平成○年○月○日の院長の退職に関する 発言は発病後のことであり、業務により発病したか否かを判断するに当た っては関係がない出来事であり、また、平成○年○月○日の院長による退 職に関する発言は、請求人の執務態度の改善を主眼としたものであると認 められ、その様態も執拗に退職を迫ったものではなく、退職を強要したと は判断できないものであり、心理的負荷の強度は「弱」であると判断する。 ウ 出来事が複数ある場合の全体評価について 以上のとおり、業務による心理的負荷については、C事務長の無視等の嫌 がらせ、厳重注意事項という書面の交付に係る上司とのトラブル及び退職の 強要という複数の出来事があるが、いずれも請求人の執務態度が改善されな いことに起因しており、請求人に対する助言や叱責は、業務指導の範囲内の ものであると認められ、各出来事は上記のとおり心理的負荷の強度は「弱」 と判断されるものである。当審査会としては、厳重注意事項という書面を他 の職員に配布するという会社としては適切とは言い難い行為が認められるも のの、全体評価としても心理的負荷の強度は「弱」であると判断する。 (4)業務以外の心理的負荷及び個体側要因について ア 業務以外の心理的負荷 発病前おおむね6か月間において、認定基準の別表2の「業務以外の心理 的負荷評価表」に該当するような出来事は、特段確認されていない。 イ 個体側要因 請求人には、精神障害の既往歴、社会適応状況、アルコール等依存状況及 び性格傾向において、特に問題は認められない。 (5)以上のことから、請求人には業務に関連する出来事による心理的負荷が認め られるものの、客観的にみて、同種の労働者にとっても精神障害を発病させる おそれのある強い心理的負荷であったとは認められないから、請求人の本件疾 病の発病は、業務上の事由によるものとは認められない。 3 したがって、監督署長が請求人に対してした療養補償給付及び休業補償給付を 支給しない旨の処分は妥当であって、これを取り消すべき理由はない。