香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),30:55-64,2015
保育所への登園習慣が未形成状態にあった特別支援学校
小学部1年男児を対象とした登校支援に関する実践的研究
吉本 誠一 ・ 惠羅 修吉
* (香川県立香川西部養護学校) (特別支援教育) 768-0011 観音寺市出作町字池下712 香川県立香川西部養護学校 *760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部Support to Attend School for a First-grade Student in
Special-needs School who had refused to go to Preschool
Seiichi Yoshimoto and Shukichi Era
Kagawa Prefectural Kagawa-Seibu Special Needs School, Shussaku-cho Ikeshita 712, Kanonji 768-0011
*Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522
要 旨 保育所への登園習慣が未形成状態にあった自閉症男児を対象として,特別支援学校 小学部への登校に向けた支援を行った。特別支援学校の担任,学年主任及び関係職員が対象 児の登校支援と保護者への支援を合わせた包括的な支援計画を策定し,実施した。その結 果,「適切な登校(毎日決められた時間に学校に登校する)」の前段階である「能動的な登校 (学校は自分が通う場所と認識してほぼ毎日登校する)」までに達することができた。 キーワード 登校支援 自閉症 保護者支援 特別支援学校 Ⅰ 問題と目的 就学前,何らかの要因により,保育所や幼稚 園への登園ができなくなり,そのまま在宅児と して就学まで過ごしてしまう幼児がしばしば見 られる。そして,そのような幼児のなかには, 社会性や対人関係の面において困難を抱えてい るケースが少なくない。発達障害あるいはその 疑いのある幼児においては,そのリスクはさら に高い傾向にあるのではないだろうか。 不登校は,発達障害の二次的問題の一つであ る(岡田,2009)。周囲との人間関係がうまく 構築できない,学習のつまずきが克服できない といった状況が進み,不登校に至る事例が少な くない(文部科学省,2003)。就学前に集団生 活に馴染めず,家庭が主たる生活の場になって しまい,十分な社会性が獲得できないままに就 学してしまうと,そのまま行き渋りや引きこも りといった二次障害に発展してしまう可能性が 高くなる。そのような状況においては,子ども の問題だけではなく,保護者の養育が十全に機 能していない場合が多い。そこには,当事者で ある子どもへの支援とは別に,その保護者への 支援も措定していくという課題が存在する(通 山,2011)。つまり,対象児のみを支援するだ けでは一時的な改善しか期待されず,安定して
Ⅱ 方法
1.対象児 対象児(以下,A児とする)は,特別支援学 校小学部1年に在籍する男児で,3歳時に専門 医より自閉症と診断された。家族構成は,本 児・母親・祖父母・伯父の5名で,主に母親と 祖母がA児の養育に関わっていた。新しい環境 や人物を受け入れる許容範囲が著しく狭く,自 分本位に行動し,その行為を阻止するものを攻 撃する行為が頻発する傾向にあった。地元の保 育所へ2歳から通い始め,朝遅れがちではあっ たがほぼ毎日登園できていた。ただし,行事な ど日常生活とは異なる場面への参加はできな かった。年長児の8月中旬より,保育所への行 き渋りが強くなり登園しなくなった。保育所か らは待機幼児がいると告げられ,そのまま保育 所を退所した。以後,半年以上の間,在宅幼児 として自宅で過ごし,特別支援学校への入学に 至った。 2.保護者ならびに保育所との連携 ①入学前の様子についての聞き取り A児の実態を把握するために,保護者ならび に保育所の保育士と面談し,就学前の様子につ いて聞き取りを行った。 身辺自立の面においてはほぼ全介助であった が,知的能力としては中度知的障害であり,動 作模倣や運動機能面では特に重度の遅れはな かった。精神的な面では,嫌なことへの受容が できなかった。その結果,介助を要するといっ た状況であった。排泄についても,トイレで できるにも関わらず必ず紙パンツにするため, 排泄の自立に至っていなかった。言語につい ては,日常視聴しているテレビやDVDのアニ メーションの台詞ならびに保育士や保護者から の言葉掛け等から得られた偏りのある限られた 言葉を獲得していた。言語によるコミュニケー ションは,簡単な要求時には執拗に表出して相 手に伝えることができるが,その場に応じた適 切な言葉が表出できていなかった。また,本当 にその言葉を理解して使用しているかが分から 習慣化した登校を実現するためには,家庭環境 を改善することが必須である。保護者への支援 を実施する際には,保護者の負担を考慮するこ とが重要である。保護者が取り組みやすい標的 行動や介入手続きを選定し,保護者や家庭生活 に関するアセスメントを行った上で,それらが 保護者の負担になっていないかを視野に入れて おく必要がある(神山・上野・野呂,2011)。 就学前に,問題行動が頻発し,登園習慣が形 成できていない発達障害のある児童に対して は,就学を機に適切な登校に向けての支援を行 う必要性がある。同時に学校生活を通して基本 的な社会性を獲得させ,集団生活に適応できる 力を身に付けさせるための指導及び支援が喫緊 の課題となる。このような事例の場合,入学時 の学校の受け入れ態勢,担任の関わり方,保護 者を含めた包括的支援を実施することが,就学 後の子どもの成長に大きな影響を及ぼすと考え られる。 本稿は,特別支援学校において,上記のよう な就学前での登園習慣が形成されていない就学 児童を対象として,「学校は毎日決められた時 間に登校し,その日の時間割に沿って同じ学年 の児童と一緒に集団生活をしながら授業を受け る場所である」と定義づけた「適切な登校」を 目的とした支援に関する実践報告である。担 任・学年主任を中心とした支援体制を整え,ま ず対象児の実態把握,保護者の養育スキルにつ いての聞き取り,校内での環境統制の可能領域 等の確認をした。さらに,登校した際には,そ の段階に応じて社会性の獲得に向けて構造化さ れた学習環境や学習内容を用いた指導・支援を 実施した。同時に,対象児の障害受容を含んだ 家庭での養育方法への支援も行い,家庭生活の 改善を図った。家庭生活の改善に携わること で,対象児の特性に応じた登校支援と保護者に よる家庭での養育面に関する支援を包括的に行 い,その効果について考察することとした。ないため,周囲が誤解することも多く,適切な 言語コミュニケーションの発達の弱さがあっ た。 保育所在籍時は,もう一人の自閉症幼児と二 人で,同年齢クラスとは別の指導室で一名の支 援員から個別指導を受けていた。活動に飽きる と指導室を飛び出し,自分の好きな部屋に入 り,気に入った玩具があると他児が遊んでいて も取り上げてしまい,飽きるとまた次の部屋へ 行くことの繰り返しだった。他児が玩具を手渡 さなかったり,支援員から注意されたりする と,相手への他害行動が頻発していた。順番を 待ったり,他のもので代用したりすることが極 めて苦手であった。反面,周囲に対する強度な 過敏反応があり,自己防衛反応が著しく強かっ た。少しでも不安感が募ると,パニック状態に 陥り,周囲の大人に対して「やめろ,離せ」な ど大声で粗暴な言葉を言い続けた。これらの言 動が苦手な場面から逃避するための方略として 強固に身についていたため,保育所では十分な 指導ができない状況であった。 保育所をやめた後は,好きな時間に起きた り,昼寝をしたり,自宅で好きなことをして生 活していた。母親が出かけた際は,祖母が食事 の準備等をしていた。食事は不規則で,食べた いときに何度でも食べていた。食べるものの偏 りが強く,昼食時はほぼ毎日母親の車に乗り ファストフード店に出かけ,決まったセットメ ニューを家に持ち帰り,食べていた。朝夕は, チャーハンやカレーライスを自分が食べられる 具材のみを入れて,最後に自分で塩や胡椒で味 付けをして,味を確認してから食べていた。お やつもアイスクリームやスナック菓子を食べた くなると,自分で冷蔵庫や戸棚から取ってき て,好きなだけ食べていた。そのため,強度の 肥満状態であった。母親は,本人が好きなこと をしている時はパニックや他害は無いが,こち らが何かをさせようとすると物を投げたり他害 行動が出たりすると考え,他に術がなくこのよ うな生活が続いていた。 ②入学後の担任による母親面談 入学前の様子を確認した上で,特別支援学 校入学後,母親に来校してもらい保護者の願 い(長期的ならびに短期的展望)を確認し,担 任(筆頭著者)が個別の教育支援計画を作成す ることとした。母親の願いは,「半年以上どこ にも通うことなく家で過ごしていたため,なか なか学校生活には馴染めないとは思うが,でき ることなら毎日学校へ登校してほしい」であっ た。そこで本年度は学校生活の内容を知り,体 験し,毎日落ち着いて登校できるといった能動 的な登校を長期目標とすることにした。また, A児や母親の状態に配慮しながら,随時保護者 面談を実施し,保護者と学校と協力して取り組 むことができる登校支援を行うことを了解し, 確認した。 ③家庭訪問 欠席が続き,学校への行き渋りが継続した場 合は,学校との関係が絶たないように,定期的 に担任による家庭訪問を実施することとした。 また,夏季休業中は生活の状況を把握するた め,週に一回程度,家庭訪問を実施することと した。その際,A児との信頼関係を深め学習活 動を経験させるため,A児の能力に応じた課題 を準備して,1時間の学習時間を設定すること とした。 3.学年団による登校支援プロジェクト 入学後の担任による母親面談の後,担任は, 学年主任(女性),小学部主事(女性)と協力 して能動的な登校に向けた支援計画を作成し た。実際に登校してきた時を想定したシミュ レーションでは,学年団の他の教員(女性2 名),養護教諭(女性)も加わり,A児に対す るそれぞれの関わり方について協議した。校内 で意思統一を図るため登校支援プロジェクト (図1)を立ち上げ,連携と役割分担を明確化 した。 計画作成の手順については,まず担任がA児 の能動的な登校に向けての支援計画を立て,学 年主任と小学部主事との3名で意思統一を図っ た。学年主任は,学年の他の児童の実態や対象 児との関わり方について,学年団の他の教員の 協力体制を整える役割を担った。計画通りの効
果が望めない際は,その都度担任と学年主任と で現状に応じて修正していくこととした。小学 部主事は,管理職への報告と,A児の居場所と しての教室の調整,確保等を行った。 能動的な登校に向けた支援では,まずA児の 入学前の様子の聞き取りから得られた実態を基 に登校へむけて校内の環境をどの程度統制する ことが可能か,養護教諭や授業に入る関係教員 と検討した。次に,A児が登校した際の教員の 動きや他の児童の担当割り振り,A児が登校し ないときの担任の動き等を詳細にシミュレート し,十分な打ち合わせを行った。担任は,A児 に対して共感的に受容することに努め,学校が 安心安全な場所であることを意識させることを 最優先とし,それに伴いながら校内での居場所 づくりや活動を少しずつ広げていくこととし た。これらの内容を保護者に説明し承諾を得た 後,実施することとした。支援方法や内容,環 境の統制については,段階表(表1)を作成 し,それぞれの段階を実践した後で担任が評価 した。支援の効果が認められ,次の段階への移 行が適当であると考えられた時は,次の段階に 進めることとした。 以上の手続きで計画,実践,効果検証までを 登校支援プロジェクトとして実施した。実施期 間は,第1学年全体とし,1年間を第1期から 第6期までの6つの期間に分割して検討するこ とにした。
Ⅲ 指導経過
1.第1期(X年4月~5月) 特別支援学校入学当初であることから,A児 の学校に対する抵抗感を排除し,学校が安心安 全な場所であることを実感させることを目標と した。A児が行きたいときに,行きたい時間だ け,母親と一緒に登校させ,担任は安心して過 ごせる学校環境を整えた。担任はいつ登校して きても対応できるように,学年の教科指導につ いては単元を一斉指導で指導する立場から外れ た。A児に登校の意思があるときは保護者から 速やかに学校へ電話をしてもらい,受け入れ態 勢を整えた。A児と担任との信頼関係が成立し ていないため,担任は共感的受容に努め,指導 は控えた。校内でのA児の行動特性を把握する ため,登校後は行動観察を行いながら寄り添っ た。活動には必ず母親に同伴してもらい,担任 と3人で行動した。 入学当初は,他の児童が下校した後の放課後 図1 登校支援プロジェクトの体制と連携 表1 登校支援の段階表 段階 目 標 Ⅵ 学校行事に参加する Ⅴ 学部(小学部)行事に参加する Ⅳ クラスの授業に参加する Ⅲ 自分の席につく Ⅱ 自分の教室に入る Ⅰ 学校へ登校する登校から開始することになった。A児は,校舎 のなかには入れなかった。時折,校内の教員に 対して,自分から触れ合おうとする行動が見ら れた。精神的に落ち着いているときには,自分 から積極的に挨拶したり,「ちょっと待って」 とか「行かないで」と呼び止めたりすることが できていた。 登校を重ねるにつれ,担任を意識するように なり,運動場で追いかけっこをしたいとか,ぶ らんこを押してほしいといった要求が出現し た。さらに担任からの注意(危険な場所や立ち 入り禁止場所には入らない)も少しずつ聞ける ようになった。5月になっても,登校する日や 時間はまだ安定してはいなかった。校舎内に導 くため「次は保健室で体重を測るよ」と体重計 の写真カードを見せながら言葉がけを数日間続 けた。すると,「分かった」と言って保健室に 入り,服を脱いで体重を計ることができた。こ の日から登校後,体重測定が日課になり,保健 室への出入りができるようになった。 新しい環境で安心して過ごせるためには,周 囲がいくら説明しても本人が納得するまでは決 してその場に居ようとはしないという特性につ いては,事前に確認しておいた。保健室への入 室については,養護教諭と事前打ち合わせを行 い,登校時の行動パターンを想定しながらシ ミュレーションをしておいたことで,A児はス ムーズに入室することできた。 5月以降も基本的には本人のペースを崩さ ず,危険行為や暴力行為など,どうしても指導 が必要なときのみ譲らない体制をとったが,大 きなパニックや逸脱行為に発展することもなく 過ごせるようになった。感情も一度は高ぶる が,すぐに戻せるようになり,自己コントロー ルにより平静に戻れる場面も増えてきた。 2.第2期(6月~夏季休業前) A児は6月になってもまだ確実に毎日登校す るには至っていなかったが,保健室や遊具のぶ らんこ等,学校内で安心して過ごせる場所がで きた。登校後の保護者同伴は引き続き行うが, 保護者の役割(立場)を明確にすることにし た。現時点では,保護者には,A児の安心のよ りどころとして,行動を伴にしてもらうことと した。その状況を保障しつつ,学校では教師と 過ごすことを目標とした。 6月には,同じ学年の他の児童が教室移動で いない時間を使って,教室への誘導を試みた。 A児の席は,入口から入って正面の窓際で,他 の児童(4名)と離れた場所の個別ブースに設 定した。さらにA児の好きな絵本や興味を引き そうな教材をA児の机上に置いておいた。母親 と一緒に教室をのぞき,誰もいないことを確認 すると,落ち着いて入室し自分の席に座ること ができた。しばらく母親と二人で絵本を見て過 ごすことができた。他の児童がいないときだけ ではあったが,教室の自分の席にも座ることが できた。これまでの登校で,学校は自分の教室 に自分の机と椅子がありクラスの児童一人一人 が課題に取り組むところというイメージを付け ることができたのではないかと推察した。とこ ろがその後,一週間ほど経過したところで,直 接的な原因は不明だが,突然登校できなくな り,1学期が終了した。 登校できなくなってからは,毎日のペース で,保護者との面談を実施した。4月からこれ までの様子と今後の支援の進め方について話し 合いをした。保護者の考えとしては,「学校に は行ってもらいたいが,無理強いはしたくな い」ということだった。どうしても行かせたい という強い気持ちがまだもてず,子どもの気持 ちを最優先したいという考えであった。 3.第3期(夏季休業期間中) A児は,6月上旬から一ヶ月近く欠席が続 き,そのまま夏季休業になった。そこで,夏季 休業中の生活状況を把握するために一週間に一 回程度,担任による家庭訪問を実施した。夏季 休業期間では,担任と一対一で課題に取り組む 場面を設定し,個別課題に取り組む経験を積む ことを目的とした。 1回の家庭訪問は1時間程度とし,課題を行 う場所は自宅の居間とした。居間に入るとA児 と担任の二人で課題をすることを伝え,その日
にすることを書いたスケジュールを見せた。課 題遂行中,母親には隣の部屋で待機してもら い,どうしても落ち着かなかったり,パニック 状態になったりしたときには速やかに入室して もらうこととした。 家庭訪問では,最初にA児のお気に入りの積 み木を使った平仮名読みやドミノ倒しの課題を 行った。担任は,A児が課題遂行中に担任へ依 頼する場面があれば『お願いカード』(自分の 顔写真のカードをお願いする相手に渡して要求 する)を使ったやりとりを促し,適切な要求行 動の形成を図った。しかしながら,カードには 興味を示したが,要求行動の定着には至らな かった。次に,担任が準備した今日の天気シー ルを貼る天気調べや形態片を使ったパズルや簡 単な制作課題を行った。自分がやりたくない課 題は「無理,無理」と言って取り組まず,強要 されると物を投げたり,他害行動が出たりし た。最後に,御褒美課題としてA児の好きな鬼 ごっこやかくれんぼをした。 指導後に保護者面談を行い,2学期から再度 登校ができることを目標に現時点で保護者がで きる本人への支援について話し合いをした。ま た保護者に対する支援として,自閉症の子ども の特性や効果的な家庭での指導方法や言葉掛け 等について説明した。面談の結果,自閉症の特 性については理解してもらえたが,関わり方や 言葉掛けについては適切にやる自信がなく,家 庭では難しい状況であった。さらに母親の考え として「やはり,本人が嫌がることは無理強い したくない」ということであった。ただし,無 理やり車に乗せて連れていくといった危険を伴 う行為は避けたいが,安全に学校まで登校でき るのなら,その先の指導は学校に任せることは できるという意思が伝えられた。そこで,登校 に向けて母親が取り組める方法を検討した。朝 起きてから登校するまでの活動を「起きる」「着 替える」「朝ごはん」「車に乗る」の4種類の活 動カードで表した予定ボードを導入した。予定 ボードはA児の手元に置き,その活動が終わっ たらカードを外していくことにした。この手続 きで,登校までの流れを確認させて学校に行く ことが当たり前とすることを図った。 1学期の間にA児との間にできた信頼関係を維 持しながら,夏季休業中の家庭訪問は4回実施 できた。 4.第4期(9月~12月) 新学期に入り,再三保護者に連絡をするが, A児が自分から学校へ行くと言わないため強要 してまで登校させたくないという理由から登校 できない状況が続いていた。9月中旬になっ て,突然母親から電話があり,午後から登校し てきた。学校に着くと,久しぶりのせいかやや 緊張した様子であったが,すぐに自分のペース に戻った。まだ就業時間であったが,少しの時 間遊具で遊ぶことができた。運動会用のテント など,いつもと違う雰囲気であったが気にする ことなく,その後しばらく校内を散策した。 2ヶ月半のブランクでA児の状態は,担任へ の面識はあり,自分から言葉掛けをする場面は あるものの,獲得できていた学校生活のパター ンもなくなり入学時点に戻っていた。そこでA 児と担任の関係作りに重点を置き,保護者同伴 を継続しながら個別課題に取り組む時間を設定 することとした。 その後,週1回から3回のペースで登校でき るようになったので,規則正しい学校生活の定 着につなげることを目指した。最初は登校の習 慣化を身につけるため,個別課題は準備せず, 屋外での遊具遊びを中心に見守り指導を行っ た。運動会には参加できなかったが,10月に入 り,外で過ごしやすくなると登校する日が増え た。安心安全な場所としての認識が高まり,落 ち着いて過ごせてきた。安心感を得たことで教 室での活動もできるようになってきた。10月末 には,一週間毎日登校することができた。この 時期の学校での活動は,機能訓練室での遊具遊 び,保健室での体重測定,屋外でのブランコが お気に入りとして固定されてきた。 11月に入ると,砂場がお気に入りの場所と なった。担任との関係は,母親が遠くにいて も,担任と一緒に過ごせるくらいの信頼関係 ができてきた。さらに,夏休みの家庭訪問時に
使った『お願いカード』を用いたやり取りがで きるようになった。最初はぶらんこを押しても らう際に使った。依頼をする場面では,カード を手渡して「お願いします」と言えるようになっ た。毎日,首からお気に入りのポーチをぶら下 げて,頼みごとがあると『お願いカード』を取 り出して,担任に渡せるようになった。カード を渡すことでしてほしいことを担任にしてもら えることが分かり,「早くして」と急かせる行 動が減った。 ようやく,学校生活が軌道に乗り出したとこ ろで冬季休業が近づき,担任には,また後退す るのではないかという不安があった。そこで, 担任は残り3カ月で可能な登校支援を考えるこ ととした。担任は,これまでの9カ月間の指導 を振り返り,学校主導の登校支援を実践しても A児との間に築いた関係が崩れることはないと 確信できた。母親もA児主導の考えではなく, 学校からの提案を受諾する意向を示した。そこ で,3学期からは,朝1時間目からの登校支援 を実施することとした。 5.第5期(1月~2月15日) 3学期に入り,登校回数が増えず,学校主導 の登校支援ができない状態であった。このまま では学校生活の定着が十分図られずに春休みを 迎えることになると考え,学年団,部主事,管 理職を交えて登校支援の具体策を考えることと した。担任の意向としては,A児にとって学校 は安心安全な場所であると認識でき,今後は時 間割通りに学校生活を送る習慣を獲得させた かった。学年主任の思いは,学校は毎日当たり 前に来るところであると理解して登校してほし いということであった。これらを踏まえて,家 庭訪問を繰り返し,朝の登校に向けた支援計画 を立てることとした。 2月3日に担任,学年主任,部主事とで保護 者面談を行い,今後の支援について相談した。 また,今回は学年主任から自閉症の特性や1年 生の教育内容についても詳細に説明し,A児の 実態や学校の学習内容や方法についての理解を 図った。そして2月16日より規則正しい登校に 向けての支援を行うこととした。現状では,保 護者だけの送りは難しいことから,登校時間に 合わせて担任が朝自宅まで迎えに行き,登校を 完了させることとした。さらに,学校への登校 と下校について見通しをもちやすくするため, 予定ボードを用意した。最初は1時間程度の滞 在時間とし,負担にならないことを考慮しなが ら時間を延ばしていくこととした。以上のよう な登校支援計画を作成し,登校時間の安定と授 業への参加を目標とし,3学期末までを指導期 間とした。 6.第6期(2月16日~3月) 2月16日の朝,予定通り担任が迎えに出た が,母親と登校できるという連絡があり,1時 間目に間に合うように登校できた。登校後,A 児は今までのように自分のやりたいことをしよ うとしたので,担任が「これからは,学校では することが決まっています。それをしたら帰る よ。」と伝えた。初日は,パニック状態になっ たが,教師が用意した課題(登校→お天気シー ル貼り→ぶらんこ→すべりだい→下校)を行い, 1時間で帰宅することができた。その後,毎 朝,母親と二人で登校できた。予定ボードによ る視覚支援を用いたことで,見通しがもてるよ うになった。 その後少しずつ滞在時間を延ばし,朝の会や 朝の運動(2時間目の授業)など毎日行う学習 活動について,廊下から眺められるようになっ た。観察することで,活動内容に見通しがもて るようになると,母親と担任が近くにいれば, 朝の会や朝の運動への参加ができるようになっ た。さらに,担任が設定した予定の活動に参加 できなくなったら別室で過ごし,必ず予定の時 間まで校内で居られるようになってきた。母親 の同伴は継続していたが,はさみで紙を切る制 作活動や風船バレーといった個別の課題に取り 組む際は,母親が一時席を離れても落ち着いて 担任と学習できるようにまでなった。出席日数 も安定し,9割以上の出席率で登校できるよう になった。
Ⅳ 考察
指導期ごとに考察を進める。 第1期では,初めての場所や人達と出会い不 安感が高まることを想定し,学年団の教員で役 割を分担してA児のペースや考えに寄り添い, 「安心して過ごせる場所」として担任は学校環 境を統制した。その結果,落ち着いて過ごすこ とができ,さらには自分の好奇心を優先して行 動できるようにまでなってきたと考える。保健 室での体重測定についても,養護教諭との事前 シミュレーションがA児の行動を受け入れる体 制づくりになったと考える。子どもの行動の特 徴を否定的に判断するのではなく,個性として 肯定的にとらえる視点を欠いては,子供たちを 行動障害に追いやるだけである(人見,2006)。 A児は,自分がやりたい行動を校内で容認され たことで,行動の保障を得ることができた。そ のため教師(担任)からの指示にも従えるよう になってきた。登校の際に定着した行動(体重 測定,ぶらんこ等)を登校後の課題として設定 することで,本人のペースを崩さず,指導につ なげることができた。その効果として,危険行 為や暴力行為など,どうしても指導が必要なと きのみ譲らない体制をとったが,大きなパニッ クや逸脱行為に発展することもなく過ごせる ようになった。ペースや行動を保障した上で, 「叱らないけど,譲らない」姿勢で指導を一貫 したことで,安心感を定着させることができた と考えられる。 またこの時期は,母親にとっても不安やスト レスが高まる時期であった。半年以上定着して いた家庭内中心の生活から,毎日規則正しく学 校へ送迎することは母親自身の生活も大きく変 容させたはずである。担任をはじめ,指導者が まず母親の気持ちに寄り添うことが学校への信 頼の第一歩へとつながったと考える。 第2期では,学級の教室環境を統制し,他の 児童のいない時間帯を事前に確認しておいたこ とで,教室への入室につながったと考えられ る。6月以降,直接的な原因は不明であるが, 登校できなくなった。登校できなかった要因は 限定できないが,その日ごとに複数の要因があ り,抜け出せないこだわりや社会性の未熟さと いったことと相まって,変化のない家庭生活を 選択してしまっているのではないかと考える。 さらに,母親が本人の思いを最優先することに 終始していたため,学校からの意向が保護者に 届かず合意形成ができない状況であった。ま た,母親も学校からの要請に疲れが出てきたよ うである。問題解決の負担が保護者に過剰にか かる場合は,保護者が日常生活内で無理なく継 続実施できる支援手続きや,保護者が受ける教 授時間を短くする介入手続きが必要である(神 山ら,2011)。そこで少し時間を取り,A児と の関係の維持と母親の負担感を軽減することに 重点を置き,追い込まない関わりに徹すること にした。このことで担任と学年主任は,母親へ の支援についても詳細に打ち合わせを行い,長 期に渡ると思われる包括的登校支援のスタンス を固めることができた。 第3期では,夏季休業中に4回の家庭訪問を 実施した。一度築いた担任との関係が,安心で きる環境の中であれば,しばらく時間が経過し ても維持できるということが分かった。担任と 過ごす時間を確保することで,学校に対する思 いをつなぎ,登校したいという思いにつなげて いくことができることが,家庭訪問を繰り返し ていく中で予測できてきた。 長い間,定着した不規則な生活状況下におい ても,定期的な関わりを継続することで,以前 と同様な生活ではなく,新たな生活に移行でき ると考えられる。担任とのマンツーマンの形式 で関わる場面が設定できたことで信頼関係を維 持強化することができたと考えられる。加えて 母親との面談を行い悩みや困っていることを聞 き取ることで,母親との連携が断ち切れること がなかった。 第4期では,A児が自分から学校へ行くこと を申し出ない限り登校させない状況が続き,母 親が本児の気持ちに強く左右されていた。欠席 が長期化していたが,登校支援プロジェクトに 沿って,A児がいつ来ても受け入れられるよ う,部主事を中心に校内の支援体制を整えておいた。このことが,その後の登校につながった と考えられる。 A児と担任との関係については,入学後9ヶ 月間で,家庭訪問や本人の意思で登校した際の やり取りから信頼関係をつくることができた。 ただし,母親が同伴している場合は,母親との 関係を最優先しようとするA児の傾向は変わら なかった。母親に対する執着心が根強く,家庭 と学校の区別がまだ十分にできていなかった様 子がうかがわれた。 第5期では,A児との信頼関係が確立できた ことを判断し,担任は再度能動的な登校に向け てのアセスメントをし,適切な登校に向けての 支援計画を学年団,部主事で作成した。好きな 場所や安心して過ごせる場所,好きな課題や遊 び,落ち着いて過ごせる人を分析し,登校後適 切な学校生活を送るための快適な環境統制を考 えた。さらに,これまでの登校時の様子や行動 パターンを踏まえて,実際の登校後のA児の動 向に担任が対応し同じ学年の他の教員はどの程 度の関わりをもつかを想定した計画を学年団で 立てることができた。また,それを一人一人の 教員が自分の役割を確認した上でシミュレート しておいたことで,不測の事態には至らなかっ た。教室の確保や授業時間の調整等も部主事や 学年主任によって適切に対応することができ た。この時期の緻密な計画と実施のタイミング が大きな効果につながったといえる。 また,母親のA児に対する関わり方にも変化 が見られた。学校の支援により成長していくA 児に対して母親の養育面にも影響が出てきたと 考える。ここでようやく母親と担任との合意形 成が図られるようになった。 第6期では,第5期での詳細な計画を実践 し,想定内での結果を得ることができた。A児 に対する学校主導の指導は,A児にとっては受 け入れ難いものもあった。しかし,これまでの 関わりで積み上げた担任とA児との信頼関係を 母親が理解できたことで保護者との連携を図る ことができた。 また,担任がA児の持続力や集中力の程度, 得意な活動や好きな遊び,苦手な活動や問題行 動に移行する先行条件等について確認しておい たことで,A児に適切な学校生活プランを立て ることができたことも能動的な登校ができるよ うになった要因の一つと考える。
Ⅴ まとめ
A児は,1年次の末において,最終的な目標 である「適切な登校」の実現には,まだ至って いない。しかしながら,今回実施した登校支援 プロジェクトは,関わる教員間での意思統一と 詳細な打ち合わせを行い,母親との連携を図り ながら母親も含めた包括的支援として行うこと ができた。担任,学年主任を中心に,6つの期 間ごとに,A児の状態を把握しながら能動的な 登校に向けての校内支援体制づくりができた。 その結果,A児にとって「学校は自分が行くと ころ」と理解できるまでの成果を得ることがで きた。 一方で,今後の課題も残されている。就学前 の在宅期間に身についた生活をリセットするに は,かなりの支援を要することが推察された。 登校に向けての一番の実務者である保護者の養 育力や,学校との連携に向けた合意形成の問題 もある。保護者にとって長い期間変化なくパ ターン化した生活を続けていると,多少の問題 が生じても,それを改善するために自分たちの 生活スタイルを変える努力をしようとまでは思 わない傾向が強い。問題行動が生じていても, 今のままでもよいという考えが強いようであ る。幸い,本事例では,保護者の協力が得られ 2月16日以降は9割以上の登校率にまで至るこ とができた。しかしながら,効果のあった支援 であったとしても,まだ現段階では定着したと 判断することできない。 登校支援は,連続して実施しなければ効果が 得られない。保護者に対する支援も同様であ る。児童生徒は,登校して初めて社会性を獲得 するための集団生活を経験し,指導を受けるこ とができる。しかしながら,登校するまでは, 保護者の役割が大きな割合を占める。 保護者に養育スキルが充分に備わっておらず,児童が自分の欲求を押し通してしまう家庭 環境では,今後も出現するケースであると考え られる。登校支援は,本人はもとより,保護 者,そしてその後を引き継ぐ担当者等,関わる 者全てに機能するものにしていかなければなら ない。そのためには,担任が全ての窓口として の役割を担い,合わせて関わる教員全てが意思 統一を図ることが大切であるといえる。今回実 施した登校支援プロジェクトを学校の特色や対 象児の特性,保護者の養育スキルを踏まえて対 象児一人一人に即したものにし,校内の支援体 制を整備して,詳細なシミュレーションを行う ことで様々な場面に対応できるようにしておく 必要性がある。 参考文献 岡田之恵(2009):不登校と特別支援教育.愛知教育 大学教育実践総合センター紀要,12,1-9. 文部科学省(2003):今後の不登校への対応の在り方 について(報告) 神山努・上野茜・野呂文行(2011):発達障害児の保 護者支援に関する現状と課題-育児方法の支援 において保護者にかかる負担の観点から-.特 殊教育学研究,49,361-375. 通山久仁子(2011):発達障害のある子どもをもつ親 をめぐる動向-その論点の整理のために-.西 南女学院大学紀要,15,55-65. 人見一彦(2006):臨床精神医学30年の経験.近畿大 学医学雑誌,31(1),1-7.