学位論文の内容の要旨
論 文 提 出 者 氏 名 端本 宇志
論 文 審 査 担 当 者 主 査 烏山 一
副 査 三浦 修、森尾 友宏
論 文 題 目 Protective Role of STAT6 in Basophil-Dependent Prurigo-like Allergic Skin Inflammation
(論文内容の要旨) <要旨> 痒疹とは激しい瘙痒を伴った丘疹や結節を主症状とする頻度の高い皮膚疾患であり,糖尿病や 慢性腎不全,内臓悪性腫瘍,さらにはアトピー性皮膚炎などに随伴して生じることが多い。痒疹 の病態は明らかではなく,いまだ有効な治療も確立していない。我々は,抗原特異的 IgE の存 在下に抗原を反復してマウスの皮内に投与すると,ヒトの痒疹に類似した,瘙痒を伴う丘疹ない し結節性の病変を誘導できることを見いだした。この病変は病理組織学的に表皮が不規則に肥厚 するとともに,好酸球や単核球,好塩基球が真皮に浸潤し,表皮内には神経線維が伸長していた。 さらに,マウス個体内から好塩基球を除去すると痒疹類似病変は減弱し,好塩基球依存性の反応 であることが示唆された。炎症部位では Th2 型サイトカイン産生がみられたが,IgE 存在下で あれば Th2 反応の伝達シグナルである STAT6 はこの反応には必須ではなく,むしろ STAT6 の欠損や阻害により反応は増強してしまった。これは,抗炎症作用をもつ M2 マクロファージが 産生されないためであることが確認された。これらの研究結果により痒疹の発症機序について新 たな知見が得られた。この痒疹類似反応は好塩基球依存性であるが,STAT6 により伝達される Th2 免疫応答は防御作用をもつと考えられ,Th2 免疫応答をターゲットとした治療は炎症を悪 化させる可能性がある。 <緒言> 痒疹とは瘙痒を伴う丘疹ないし結節で特徴づけられる頻度の高い疾患群であり,糖尿病や慢性 腎不全,内臓悪性腫瘍,さらにはアトピー性皮膚炎などに随伴して生じることが多い,など,多 様な臨床形態と病因論をもち,いまだ確たる治療方法はない。瘙痒性皮膚疾患に一般的に用いら れるヒスタミン受容体阻害薬内服やステロイド薬の外用も有効でなく,効果を示したとしても再 燃することが多い。 痒疹の病理組織学的な反応として,真皮に好酸球やリンパ球が浸潤するととともに,浮腫や滲 出も生じている。加えて,好塩基球も病変部に浸潤することが明らかになってきた。好塩基球は 近年,IL-4 や IL-13 といったサイトカインを産生し Th2 有意のアレルギー性免疫応答を誘導 することが知られており,痒疹でも好塩基球を介在した Th2 免疫応答が病因の一つである,と
- 2 - 考えられている。
一部の痒疹反応は,長時間持続する蕁麻疹様の反応から始まり,持続性の丘疹や結節を形成す るに至る。マウスでは IgE 存在下に抗原を投与すると,即時型アレルギー反応,遅発型アレル ギー反応に引き続いて,好塩基球依存性の第 3 相反応(IgE-CAI: IgE-dependent chronic allergic inflammation あるいは IgE-vLPR: IgE-dependent very late-phase response)が生じ る。このマウスの免疫学的反応とヒトの痒疹反応は類似しているが,IgE-vLPR は必ずしも長期 間持続せず,丘疹や結節を作ることはない。そこで本研究では,IgE-vLPR を改変することによ り痒疹のモデルマウスを作成した。また,作成したモデルマウスを用いて,STAT6 により伝達 されるTh2 免疫応答の役割を検証した。
<方法>
TNP-IgE マウスの耳介に TNP-OVA を day 1, 4, 7 に投与し,耳介腫脹を測定した。Day 14 にマウスをビデオ撮影し,腫脹した耳介に対する掻破行動を測定した。マウスの背部皮膚にも day 1, 4, 7 に TNP-OVA を投与し,丘疹病変を作成した。この病変を day 14 で切除して病理 組織学的に検討し,局所のサイトカインを ELISA 法や定量的 RT-PCR 法を用いて測定した。 さらに好塩基球依存性の確認のために,好塩基球除去抗体(Ba103)を経静脈的に投与した。
STAT6 (–/–) マウスとその野生型マウスである C57BL/6 マウスに TNP 特異的 IgE を day 0, 3, 6 に腹腔内投与し,day 1, 4, 7 に TNP-OVA を投与して耳介腫脹を測定した。さらに,野 生型マウスに STAT6 siRNA を投与して STAT6 を阻害し,同様に耳介腫脹を測定した。加えて, 背部皮膚にも同様の日程で TNP-OVA を投与して丘疹病変を作成し,病理組織学的な検討と, ELISA 法と定量的 RT-PCR 法を用いた局所のサイトカイン測定を行った。 STAT6 (–/–) マウスと野生型マウスの痒疹類似病変部における M2 マクロファージの測定に ついては,免疫組織学的に浸潤細胞数を測定し,さらに腫脹した耳介から細胞を分離しフローサ イトメトリーで M1/M2 マクロファージのマーカー発現を確認した。また,腫脹した耳介組織の マクロファージ分化を定量的 RT-PCR 法でも確認した。 野生型マウス,あるいは STAT6 (–/–) マウスの骨髄から MACS 磁気分離システムを用いて CD115 陽性細胞(炎症性単球)を採取し,STAT6 (–/–) マウスの耳介腫脹部位に局所投与して, 耳介腫脹における炎症性単球と STAT6 との関係についても検証した。 <結果> TNP-IgE マウスの耳介に TNP-OVA を 3 回反復投与したところ,耳介は高度に腫脹し,4 週間以上の長期間にわたって腫脹は持続した。対照的に,野生型マウス(BALB/c)に TNP-OVA のみを投与しても耳介腫脹が生じず,IgE 依存性の反応であった。 次に,TNP-IgE マウスの背部皮膚に TNP-OVA を反復投与したところ,持続性の丘疹・結節 性病変が出現した。病理組織学的に表皮の不規則な肥厚とともに,真皮へのリンパ球や好酸球, 好塩基球,組織球の浸潤が確認された。また,STAT6 が表皮細胞と真皮浸潤細胞の核に染色さ れていた。この病変のサイトカインプロファイルは,IL-4, 13, 17, 22 が増加しており,Th2, 17 の 免疫応答が優勢であることが判明した。さらに,IL-18, 33, TSLP の発現も増強していた。
耳介腫脹をきたしたマウスの掻破行動を確認すると,PBS(-) のみを投与した TNP-IgE マウ スにくらべて有意に掻破行動が確認され,局所で瘙痒に関連する IL-31 mRNA の発現が増強し, NGF 産生量も増加していた。組織学的には表皮内に神経が伸長し,その部位に一致して神経伸 長因子である NGF と amphiregulin の発現が増強し,神経反撥因子である semaphorin 3A の 発現が減少していた。これらが複合的に瘙痒をきたしている,と考えた。 TNP-IgE マウスに好塩基球除去抗体を投与したところ, 2 回目の抗原投与時(day 4),ある いは 3 回目の抗原投与が終了した時点(day 8)のいずれか 1 回の投与でも反応は減弱し,組 織学的にも好塩基球が病変部から消失していることが確認された。 この実験系での STAT6 の役割を確認するために,STAT6 (–/–) マウス,および野生型マウス (C57BL/6)に TNP-IgE を投与して受動免疫し TNP-OVA を投与したところ,STAT6 (–/–) マ ウスでは反応は著明に増強していた。野生型マウスに STAT6 siRNA を投与しても反応が増強し ており,STAT6 はこの炎症反応に防御的な役割を果たすことが判明した。病変部のサイトカイ ンを確認すると,野生型マウスにくらべて STAT6 (–/–) マウスでは IL-4, 13, IL-33, TSLP の産 生が著明に増加していた。
近年の報告では,好塩基球由来の IL-4 により炎症性単球は M2 マクロファージへと分化し, IgE-vLPR を抑制することが知られている。野生型マウスに比べて STAT6 (–/–) マウスでは, 病変局所に CD163,CD206,Arg1 陽性の M2 マクロファージ数が減少していることが,免疫 組織学的検討およびフローサイトメトリーによる検討で明らかになった。さらに,病変局所の mRNA 発現を確認すると,M1 マクロファージに発現される iNOS mRNA は増加し,M2 マク ロファージで発現する Arg1 mRNA は減少していた。また,炎症を惹起した STAT6 (–/–) マウ スの局所に野生型マウスの CD115 陽性細胞を移入すると,STAT6 (–/–) マウスの炎症は減弱し たが,STAT6 (–/–) マウス由来の CD115 陽性細胞の移入では炎症は減弱しなかった。このこと から,STAT6 (–/–) マウスでの炎症反応の増強の一因として,STAT6 欠損のため,IL-4 による M2 マクロファージへの分化誘導がなされないことが考えられた。 <考察> 痒疹の病態については不明な点が多く,その原因の一つとして,適切な動物モデルが存在しな いことが挙げられる。今回我々は IgE と好塩基球により誘導される痒疹に類似した病変をマウ スに作成することに成功した。 痒疹の症状に瘙痒がある。我々の作成した動物モデルでは瘙痒を惹起するサイトカインである IL-31 の増加や,NGF と amphiregulin の発現増強を伴った神経線維の増生・伸長が確認され た。ヒトの痒疹でも同様の機序が確認されている。 また,動物モデルでは IL-4, 13, 17, 22 の産生が増加していた。ヒト痒疹でも同様のサイトカ インプロファイルが確認されており,動物モデルはヒトの痒疹と同様の免疫環境にある,と考え る。 Th2 免疫応答はアレルギー反応において重要な役割を持つ。STAT6 シグナルを阻害すること でアレルギー反応は減弱すると考えられており,実際に STAT6 デコイを用いたアトピー性皮膚 炎の治療方法も開発されている。痒疹の動物モデルでは好塩基球由来と思われる IL-4, 13 が増
- 4 - 加しており,STAT6 の阻害により反応が減弱することが予想されたが,結果は逆に増強した。 これは M2 マクロファージの分化が阻害されることで炎症が沈静化しないためであることが示 された。加えて,本実験でのアレルギー性炎症は IgE と好塩基球に依存するが,Th2 免疫応答 は必ずしも必要でないことも判明した。しかしながら,この炎症反応のトリガーとなるものが何 であるかは未だ解明されていない。また,ヒトの痒疹のすべてで抗原特異的 IgE によってひき おこされるわけではない。これらの点を解明するためには,更なる研究が必要である。 <結論> IgE と好塩基球に依存するアレルギー反応を惹起することにより,痒疹のモデルマウスを作成 した。このモデルマウスでは,STAT6 により伝達される Th2 免疫応答は防御作用をもつと考え られ,Th2 免疫応答をターゲットとした治療は炎症を悪化させる可能性がある。