蓮 華 三 昧 経 の 成 立 を め ぐ つ て ( 水 上 )
蓮
華
三
昧
﹂経
の
成
立
を
め
ぐ
つ
て
水
上
文
義
( 1) 蓮 華 三 昧 経 は 具 名 を 妙 法 蓮 華 三 昧 秘 密 三 摩 耶 経 と い い、 不 空 訳 と し て 大 日 本 校 訂 続 蔵 経 に 収 録 さ れ て い る。 内 容 は 法 華 経 に 密 教 的 解 釈 を 加 え た も の で あ る が、 就 中、 経 の 冒 頭 の ﹁ 帰 命 本 覚 心 法 身、 常 住 妙 法 心 蓮 台 ﹂ で 始 ま る 大 日 如 来 自 証 偶 な る 八 句 の 偶 は、 い わ ゆ る 本 覚 讃 と 通 称 さ れ て 今 も 天 台 宗 の 常 用 経 典 と し て 読 訥 さ れ て い る。 本 経 の 成 立 に つ い て は 久 し い 以 前 よ り 我 国 で 撰 述 さ れ た 偽 経 で あ る (2) と さ れ て き た が、 し か し 本 覚 讃 と 通 称 さ れ る 偶 を ﹁ 蓮 華 三 昧 経 云 ﹂ と て 引 用 す る 文 献 は 特 に 天 台 密 教 家 の も の を 中 心 に 多 数 に の ぼ り、 更 に 真 言 宗、 臨 済 宗 等 か ら 神 道、 国 文 学 関 係 の 文 献 に 至 る ま で 広 い 範 囲 に わ た る 引 用 例 が 見 出 せ る。 蓮 華 三 昧 経 の 成 立 を 考 察 す る に 当 つ て、 現 行 の 続 蔵 収 録 本 を 基 準 に す る な ら ば 冒 頭 の 自 証 偶 と い う 八 句 の 偶 と、 そ の 後 に 続 く 本 文 に 相 当 す る 部 分 を 区 別 し て 考 え る 必 要 が あ ろ う。 そ れ は 両 者 の 成 立 年 代 に 相 当 の 開 き が あ る と 思 わ れ る か ら で、 後 者 の 本 文 に 当 る 部 分 は お そ ら く 平 安 末 期 以 後 の、 特 に 南 北 期 -応 永 期 頃 の 成 立 で は な い か ( 3) と 考 え ら れ る。 ま た 蓮 華 三 昧 経 と い え ば、 そ の 引 用 例 の 殆 ん ど が 帰 命 本 覚 心 法 身 の 偶 の こ と を い う の で、 今 は も つ ば ら 前 者 の 自 証 偶 成 立 年 代 を 考 察 し よ う と す る も の で あ る。 蓮 華 三 味 経 の い わ ゆ る 撰 者 に は、 す で に 円 珍、 安 然 あ る い は そ の 周 辺 人 物 が 考 え ら れ て い る。 そ れ は、 こ の 経 名 な い し 偶 文 の 収 録 さ れ る 最 初 の 文 献 が 円 珍 の 講 演 法 華 儀、 安 然 の 教 時 問 答、 菩 提 心 義 抄 等 あ た り か ら、 と い う 理 由 に よ る。 円 珍、 安 然 よ り 古 い 時 代 の も の と し て は、 明 白 な 偽 託 書 を 除 け ば 実 慧 の 阿 字 観 用 心 口 決 に 経 名 が 見 え る。 ﹁ 蓮 華 三 昧 経 云、 胸 中 両 部 曼 茶 羅 坐 烈、 各 下 二 転 神 変 嚇 其 中 西 方 無 量 寿 如 来、 守 二 説 法 談 義 徳 蝋 常 恒 説 法、 其 音 旨 自 二 我 口 一出、 成 二 声 塵 解 脱 利 益 也、 然 凡 夫 夫 不 レ 知 レ 之 我 語 思、 被 レ 封 二 我 物 執 情 ↓ 恒 沙 万 徳 無 量 密 号、 名 字 功 徳 法 門 気 声、 只 徒 成 二悪 趣 業 因 ↓ 事 誠 可 レ 悲 是 則 自 然 道 理 陀 羅 尼 性 海 果 分 法 門 本 不 生 極 理 也、 如 三 海 摂 二 百 川 嚇 一 切 善 根 収 二 此 一 字 一故 云 二 海 印 三 昧 真 言 一也、 依 レ之 一 度 観 二 此 字 門 八 万 仏 教 同 時 勝 二 読 諦 功 徳 一﹂ と い う の が そ れ で あ る。 し か し、 こ こ に 引 用 さ れ る 蓮 華 三 昧 経 の 文 は 続 蔵 収 録 本 と は 全 く 異 る も の で あ り、 し か も 八 句 の 偶 に つ い て 何 ら ふ れ て い な い の も 他 の 文 献 の 引 用 例 と 対 照 的 で あ る。 た だ し、 今 す ぐ 本 書 を 偽 託 書 と し う る 積 極 的 証 拠 は な い が 真 言 宗 で 重 要 典 籍 と さ れ る 本 書 が 平 安 期 の よ う な 早 い 時 代 に 引 用 さ れ た 例 は な い よ う に 思 え る し、 真 偽 未 決 の 書 と せ ざ る を え な (5) い。 次 に や は り 真 偽 問 題 が 度 々 論 ぜ ら れ る 円 珍 の 講 演 法 華 儀 で あ る が、 本 書 に は 蓮 華 三 昧 経 の 経 名 こ そ 見 当 ら な い が、 初 め の 方 に 出 さ れ る 五 悔 の 冒 頭、 普 礼 偶 が 本 覚 讃 と 通 称 さ れ る 自 証 偶 で あ る。 本 書 も ま た 円 珍 の 真 撰 で あ る か 否 か 論 争 の あ る 所 で あ る が、 た だ 注 意 を 払 う べ き は ﹁蓮 華 者、 即 是 大 悲 胎 蔵 八 葉 心 蓮 金 剛 具 三 十 七 尊 三 摩 地 智 ⋮⋮胎 蔵 界 五 百 余 (尊、 法 性 之 身 ﹂、 ﹁ 心 蓮 顕 時、 即 於 自 心 現 胎 蔵 (7) 界 ﹂ あ る い は ﹁分 別 八 葉、 則 得 胎 蔵 界 普 門 三 昧 ﹂ と 三 ケ 所 に 胎 蔵 界 と い う タ ー ム が あ る こ と で あ る。 ( 傍 点 は 筆 者 ) 両 部 の 名 称 に は 金-164-剛 界 の タ ー ム は 当 初 よ り 用 い ら れ た と 思 わ れ る が、 胎 蔵 界 は 単 に 胎 蔵 あ る い は 大 悲 胎 蔵 と い う の で あ り、 ﹁ 胎 蔵 界 ﹂ な る タ ー ム が 成 立 す る の は 安 然 か ら で は な か ろ う か。 そ の 意 味 で、 本 書 を 円 珍 の 真 撰 (8) と い う に は あ ま り に も 疑 問 が あ る の で は な い か。 従 つ て 著 者 の 確 か な 文 献 で 蓮 華 三 昧 経 が 引 用 さ れ る 最 初 の 例 は 安 然 を 以 て す る の が 妥 当 で は な か ろ う か。 安 然 が 蓮 華 三 昧 経 を 引 用 す る 例 は 数 時 間 答、 菩 提 心 義 抄、 普 通 広 釈、 教 時 謬、 不 動 頂 蓮 義、 異 本 即 身 義 等 に 計 十 数 カ 所 あ る が 数 時 問 答 と 菩 提 心 義 抄 に 集 中 的 に 見 出 せ る。 も つ と も、 不 動 頂 蓮 義 と 異 本 即 身 義 は 安 然 の 撰 で あ る か ど う か 定 か で は な い が、 安 然 自 身 は 蓮 華 三 昧 経 の 由 来 を 菩 提 心 義 抄 に ﹁ 高 野 和 上 所 レ 伝 牟 利 曼 茶 羅 兄 経 文 有 二 一 紙 画 前 来 牟 利 曼 茶 羅 経 無 二 此 文 一也、 此 和 上 亦 将 二 大 蓮 華 三 昧 経 文 及 我 今 奉 献 諸 供 等 偶 拉 依 云 正 云 児 願 文 一伝 二 於 我 国一、 相 伝 云 和 上 垂 (9) レ 上 レ 船 時、 山 小 師 追 送 二 此 等 経 文 一、 故 具 用 レ之 ﹂ と て 空 海 の 将 来 で あ る と し て い る。 こ れ と 同 様 の 記 述 は や は り 同 書 に ﹁我 今 奉 献 諸 供 具、 一 三 諸 塵 皆 実 相、 実 相 周 遍 法 界 海、 法 界 即 是 諸 妙 供、 供 養 自 他 四 法 身、 三 世 常 恒 普 供 養、 不 受 而 受 哀 摂 受、 此 偶 高 野 和 尚 後 レ 命 上 (10) レ船 之 日、 留 唐 小 師 追 所 ご 馳 送 こ と も い う。 し か し、 こ れ ら の 将 来 伝 説 は 空 海 の 伝 に は 見 当 ら ぬ し、 む ろ ん 安 然 自 身 の 八 家 秘 録 と 矛 盾 す る 所 で あ る。 し か も 安 然 は 経 名 を 常 に 大 蓮 華 三 昧 経 ま た は 蓮 華 三 (11) 昧 経 と す る の で は な く、 金 剛 頂 宗 と か 無 畷 経、 あ る い は 経 名 を 出 さ な い 場 合 も あ る。 い ず れ に せ よ、 安 然 の い う 空 海 将 来 説 に は 無 理 が あ る よ う に み え る。 蓮 華 三 昧 経 の 本 覚 讃 と 通 称 さ れ る 八 句 の 偶 は、 そ の 成 立 の 最 上 限 に 円 珍 -安 然 が お さ え ら れ て く る こ と に は 問 題 が な か ろ う。 し か も (13) 蓮 華 三 昧 経 の 経 名 を 安 然 は 知 り、 円 珍 は 知 ら な か つ た。 も し 講 演 法 華 儀 が 円 珍 撰 で あ る な ら 安 然 は 蓮 華 三 昧 経 円 珍 将 来 説 を 述 べ れ ば よ か つ た は ず で あ る。 が、 そ れ を せ ず に 空 (海 将 来 の 奇 怪 な 伝 説 を 採 つ た。 ま た 講 演 法 華 儀 自 体 偽 託 書 で あ る 可 能 性 が 大 き い。 従 つ て 蓮 華 三 昧 経 は 円 珍-安 然 の 時 代 の、 安 然 の 活 動 期 に 成 立 し た も の で、 撰 者 は 安 然 の ご く 周 辺 の 人 物 ま た は、 安 然 そ の 人 で あ つ た の で は な か ろ う か。 1 続 蔵 一 -三 -五。 2 大 村 西 崖 氏 ﹁ 密 教 発 達 史 ﹂ 六 三 二 頁。 島 地 大 等 氏 ﹁ 天 台 教 学 史 ﹂ 三 七 一 頁。 硲 慈 弘 氏 ﹁ 蓮 華 三 味 経 に 関 す る 研 究 ﹂ -大 正 大 学 学 報 一 号、 八 八 頁。 浅 井 円 道 博 士 ﹁ 上 古 日 本 天 台 本 門 思 想 史 ﹂ 五 二 五 頁。 上 記 の 他、 長 部 和 雄 氏、 田 村 芳 朗 氏、 速 水 脩 氏、 等 が 言 及 さ れ て お り 蓮 華 三 味 経 に 関 し て の 論 文 は 比 較 的 多 い の で は な か ろ う か。 3 拙 稿 ﹁ 現 行 本 蓮 華 三 味 経 の 成 立 に つ い て ﹂ 天 台 学 報 二 一 号 収 載 予 定。 4 正 蔵 七 七 巻、 四 三 五 b。 5 阿 字 観 用 心 口 決 の 真 偽 に つ い て 御 教 示 賜 れ ば 誠 に 幸 い で あ る。 6 正 蔵 五 六 巻、 一 九 二 b。 7 正 蔵 五 六 巻、 一 九 四 c。 8 長 部 和 雄 教 授 ﹁ 一 行 禅 師 の 研 究 ﹂ 三 八 二 頁 で は、 別 の 角 度 か ら 講 演 法 華 儀 の 円 珍 撰 述 へ の 疑 問 を 出 さ れ て い る。 9 正 蔵 七 五 巻、 五 四 一 b。 10 正 蔵 七 五 巻、 四 九 五 a。 11 正 蔵 七 五 巻、 四 九 〇 b と 四 九 二 b。 12 異 本 即 身 義 ( 正 蔵 七 七 巻、 三 九 七 b )。 13 浅 井 円 道 博 士 ﹁ 上 古 日 本 天 台 本 門 思 想 史 ﹂ 五 二 五 頁。 蓮 華 三 昧 経 の 成 立 を め ぐ つ て ( 水 上 )