中国中小都市における学校外教育から見た
親の教育戦略に関する階層差
―浙江省慈渓市を事例に―馬 芳 芳
要 約 本稿では,中国浙江省慈渓市に住む 47 世帯の親から聞き取った事例を用いて,異なる社会階層の 親が学習塾と習い事を子どもにさせるか否か,どれをどのように習わせるか(=親の教育戦略)を明 らかにした.その結果,(1)下位階層の親は補習の目的で通塾させており,彼らのほとんどは習い事 に対して無関心である.(2)私営企業主を除いた上位階層の親は受験準備のために学習塾を利用し, 彼らは一致して習い事に大きな力を注いでいる.(3)自営業者の親は時間と知識に制約があるため学 習塾に頼る場合が多い.個人経営者であれ,私営企業主であれ,その経済資本の豊かさと関係なく, 彼らは他の集団と比べて,習い事に対する関心が低い.(4)教員の親は学習塾より自宅指導を行って いる.彼らも習い事に熱心である,などの知見が得られた.最後に中国社会と調査地域の実情に照ら しながら,各階層の親,特に自営業層の親が自らの地位や資本を次世代に相続させる教育戦略の違い について考察を試みた. キーワード: 親の教育戦略,学校外教育,現代中国 2017,家族社会学研究,29(1): 19–33 Relation of Social Stratum to Parental Education Strategiesin Small Cities in Modern China:
A Case Study of Shadow Education in Cixi City, Zhejiang Province, China
Ma Fangfang Abstract
This study discusses the relation of social stratum to parental education strategies based on an analysis of shadow education employed in 47 families from Cixi City, Zhejiang Province, China. The data reveal that the parents generally prefer shadow education regardless of their social stratum. However, their focuses depend on their social stratum. Parents in the lower class prefer their children to take supplementary lessons and rarely care for enrichment lessons, while those in the upper class, excluding private entrepreneurs, emphasize competence in entrance examinations and show a predilection for enrichment lessons. Parents in the self-employed class gen-erally send their children for supplementary lessons because of their inferior education and lack of time to ac-company their children. However, they are rarely concerned with enrichment lessons, regardless of whether they are rich or poor. As for parents who are teachers, they like to guide their children by themselves, since they re-gard themselves as experts in education. They also show an interest in enrichment lessons. Finally, this paper of-fers a general discussion of parental education strategies in the social strata of modern China.
Key words: parental education strategies, shadow education, modern China
2017, Japanese Journal of Family Sociology, 29(1): 19–33
まー ふぁんふぁん: お茶の水女子大学大学院
Graduate School, Ochanomizu University, 2–1–1 Otsuka, Bunkyo-ku, Tokyo 112–8610, Japan E-mail: [email protected]
I. 研究背景と問題の所在 現代中国社会は日本と比べ遥かに高い学歴志向 であることがしばしば指摘される.その原因は 「科挙制度」による「立身出世」への信仰や,「一 人っ子政策」の下で一人の子どもに対する家族全 体の絶大な期待などに由来していると言われる (李 2013: 28–30).近年は,教育の均衡化が進む なか重点学校制度は廃止されたが,名門大学の付 属小中学校や有名な民営学校への受験が多大な人 気を集め,より激化した形で多くの家族を巻き込 む社会現象となった.学校外教育は受験競争を勝 ち抜くことにつながるため,普及に大きく拍車が かけられた.他方,1980 年代後半から,中国政 府は従来の「受験教育」(応試教育)の対抗策と して,児童生徒に多様な資質や能力の育成を目標 とする「素質教育」の理念を打ち出した.改革の 推進は難航しているが,30 年近い努力の積み重 ねで,現在は学校が行う放課後の補習授業が禁止 され,学校内での学習時間も確実に短縮されるよ うになった(1).しかし,その結果,受験競争の加 熱は民間の学習塾での学習を常態化させ,「素質 教育」による才能教育(音楽や美術,スポーツな ど)への追求はまた習い事に対する関心を高め た. 中国では,民間の学校外教育機関が先進国より 遅れ,市場経済にシフトした後の 1990 年代に出現 したものの(Bray 1997, 2007=2014: 11–2),2000 年 以降からは急速な拡大を見せた.現在は中小都市 や農村地域でも徐々に普及し始め,大都市部では すでに「全市民参加」といった過熱状態になって いる(2).曾(2013)のまとめによると,世界銀行 の予測では,中国での小中高校生の学校外教育市 場の規模は,2015 年までに 6400 億元に達し,年 間 25%以上の成長率を保つ見込みである.家庭 は平均で所得の 3 分の 1 を学校外教育に投じてい るという.学校外教育への支出は学費や教材費以 外で最も重要な教育費となった(丁・薛 2005). また,高所得層だけではなく,教育熱心な貧困層 でも多額な費用を投入している(南ほか 2008: 231).こうした学校外教育に最も関心を寄せてい るのは子ども本人より家族である.例えば,浙江 省の地元新聞紙『寧波日報』が,ある中学校の教 員が週末に学習塾を開いていることを教育部の規 定に反する行為として記事にした後,ネット上で 多くの親から批判の声が殺到し,数名の親は連名 で新聞社を訴えたというでき事もあった(3). このように,日本社会と同様,中国での学校外 教育もすでに世代間継承の教育戦略の 1 つになっ ている.神原(2001: 202)が現代日本の〈教育す る家族〉について,「家族の私事化の波は親の自 由裁量の余地を広げるとともに,子育ての責任を 親に引き受けさせるという自助原理による再生産 機能の遂行を推し進めてきた.高い階層ほど,わ が子の“よりよい教育達成”を目指す教育戦略と して,経済資本の文化資本への転嫁をエスカレー トさせてきた」と指摘したように,中国社会にも 同様の階層差による問題がある.中国版のこうし た階層構図を民間レベルで表現したものに「底層 は(教育機会を)諦める(出稼ぎ農民工(4)への 道)・中産は焦りすぎる(学校選択,学校外教育 など)・上層は(中国教育から)逃走する(海外 留学)」(5)という言葉がある. 本稿は学校外教育を切り口として学術レベルで この階層差の実態解明を試みる.前述したよう に,過度な受験教育(学力重視)の影響が根強く 残りつつ,素質教育(能力重視)も拡大している のが現代中国教育の特徴である.そして,学校外 教育の中で,これら 2 つの変化に対応するのが学 習塾と習い事である.片岡(2001)によれば,学 習塾は親の高い教育アスピレーションの反映物で あるが,習い事はそれ以上に文化再生産の戦略で あるといった違いがある.家族の財力や意識(何 をどこまで重視するか)そして,子どもの時間や エネルギーが限られているため,両者に対する コーディネートの仕方に現れる差は各階層間の教 育戦略そのものだと考えられる.後述するが,こ れまでの研究では学習塾と習い事利用の有無や費
用に関する規定要因の解明に偏っており,両者を どのように選びとるかといった視点が欠けてい る.よって,次節からは学習塾と習い事を区分し た上で,各階層が両者をどのように選択するのか を分析する. II. 先行研究 1. 学習塾と社会階層 社会状況や教育制度とほとんど関係なく,一般 的に上位階層の親ほど子どもを通塾させる傾向に あり,塾教育に多く支出する点がたくさんの国と 地域で共通している(Bray 1997, 2007=2014).中 国都市部のデータを使用した薛・丁(2009)の分 析によれば,学習塾に参加させるかどうかと,そ れへの支出を規定する階層要因は,家庭の年収と 父母の教育年数にあった.それは,年収の高い家 庭や父母の教育年数が長い家庭ほど子どもを通塾 させている,という結果である.また,都市部と 農村部の両方を含むデータを用いた楚(2009)の 分析によれば,親による高い教育期待も通塾の費 用に正の影響を与えることがわかっている.そし て全国 18 の省と自治区のサンプルを使用した曾 (2008)は農業従事者と国家社会管理者(政府幹 部や公務員,管理職など)を比較した結果,学習 塾にかける費用に関して両者の間に年間 15.7 倍 の差があることを明らかにした.そのほか,日本 の研究は家庭的背景をより細分化して通塾に関す る規定要因を探ってきた.例えば,教育年数に関 しては,母親学歴の持つ独自の効果を強調する研 究が多い(都村ほか 2011).また,父親の階層よ り母親の教育姿勢が通塾行為につながっていると 指摘する研究もある(樋田 1987). ただし,上述した中国国内の 3 つの主要な研究 はいずれも全国規模のサンプルを使っているた め,全国の状況を把握するのには有効であるが, 地域の階層構成や教育状況を考慮した分析が欠け ている,という問題点を指摘しておきたい.実 際,これら 3 つの研究では,大都市,中小都市と 農村地域の間,あるいは東部,中部と西部地域の 間に通塾率や支出の差が明確に存在していること が共通に指摘されている.また,浙江省での調査 に基づいた馬(2015)による分析結果では,通塾 の有無に関して親学歴による影響は見られず,多 くの先行研究と異なっていた.それは馬が調査し た地域では住民の所得水準が全国レベルを大きく 上回っており,塾の費用だけでは差が表れにくい 点と,住民全体の教育熱が高いという地域の特徴 に原因があると推測できる.これは地域の特徴と 階層構造を念頭に置いた分析の必要性を示唆して いる. 一方,受験教育の厳しい東アジアでは,上位階 層だけでなく,下位階層の親も学習塾に対して熱 心であることも明らかにされてきた.例えば,南 ほか(2008: 231)によると,中国の都市家庭にお いても農村家庭においても,最低所得階層の家計 支出に占める教育費の割合は最高所得階層より高 い.また,馬(2015)が中国浙江省での調査で, 中間所得層と比べ低所得層の親が通塾させる傾向 があるという分析結果を提示した.日本では,本 田(沖津)(1998: 187–8)が相対的低学歴者は学 習塾に対する肯定的な意識が強い,と分析した. 2. 習い事と社会階層 中国では,都市部の親が学習塾以外に習い事に も積極的であるのに対して,農村部ではほとんど の親 が 学 習 塾 に し か 興 味 を 示 さ な い(陳 ほ か 2011).馬(2015)が浙江省で収集したデータ を分析した結果,学歴の高い親ほど子どもに習い 事をさせる傾向があり,幹部,公務員,管理職の 親が子どもに習い事を最も多くさせている.日本 では,樋田(1987)の音楽の学習は特定の職種 (事務職,管理職,専門技術職)に従事する親の 子どもに強く限定されているという分析が,馬 (2015)の知見と類似している.片岡(2001)の 解釈を借りれば,それは父職に代表される地位に 伴う「象徴的強制効果」の結果である.つまり, 地位にふさわしい育て方として,子どもへの文化 資本投資を行うと考えられる.しかし,学習塾と 比べ,習い事に関する研究は全般的に少ない.両
者が意味するものは異なるものの,先行研究では 学習塾だけに焦点をあてている(例えば,Bray 1997, 2007=2014),あるいは学習塾と習い事の データを区別せず混同する形で議論されることが 多いため,両者の相違点が見落とされている(例 えば,薛・丁 2009). さらに,量的アプローチによる利用の有無や支 出に関する規定要因を解明する研究が多い一方 で,質的なアプローチを採用する研究は少ない. 本田(2008)は日本の母親に対するインタビュー 調査データを分析した結果,大卒以上の母親の場 合は,習い事等の意義について自覚的であり,何 をさせるかについての選択も意識的である傾向が ある,といった行動面での質的な差異を明らかに した.しかし,本田の研究は調査対象者が高学歴 層に偏っており,中卒以下あるいは極度の貧困家 庭に関するデータが欠如している.したがって, 下層の対象者にも目を向けなければならない. 3. 中国における階層構造の変化 中国では 1978 年の改革開放以降,社会構造が 大きな変貌を遂げた.1956 年に確立された「2 つ の階級,1 つの階層(労働者階級,農民階級と知 識人階層)」の図式が著しく分化し,商人や私営 企業主,専門技術者などに代表される新しい階層 が出 現 し て き た(陸 2010: 387–97). 李(2010) は,数多くの中小企業の所有者や経営者たちを現 代中国の中産階級の一部に分類した.彼らには農 村住民が多く含まれ,あらゆる産業従事者が参入 しているため,他の中産階級グループと比べ,人 数の増加が最も著しい.彼らは,高い所得を得て いるものの学歴は他の集団と比べて低い,という 特徴が多くの研究から明らかにされた(陸 2010; 李 2010).彼らこそ,現代中国の階層構造が変遷 する過程の特徴を物語っている,と李(2010: 168)が指摘する.さらに,都市化が進む中で, 出稼ぎ目的で都市に移動した農民工たちの数も膨 大である.彼らは経済や教育,社会的地位などの あらゆる側面において最も不利を被る底辺層にい る(林 2011: 8–9). したがって,先進国の知見を参照しつつも,中 国社会独自の階層構造と文脈に沿った分析が求め られる.近藤(2012)は出身階層を一次元的な尺 度で捉える発想に限界があると指摘し,社会空間 (資本総量と資本構成)による多次元の階層分析 が有効であることを示した.これは地位の非一貫 性が強い自営業者の存在が特徴となる現代中国社 会を分析対象とする際に参考になる.実際,中国 社会科学院は職業のほかに,「組織資本」,「文化 資本」,「経済資本」の所有量の多寡を基準に,中 国社会を「10 の階層」に分けた(陸 2002). 4. 研究課題 上記の検討を踏まえ,本稿では中国の一中小都 市を事例に,地域独自の階層構造を考慮した階層 差に関する分析を試みる.階層の分類に関して は,単なる「上位階層」,「中位階層」,「下位階 層」との構図ではなく,中位階層と上位階層の内 部にもいくつかのタイプを分けることにする.具 体的に,「10 の階層」を参照し,「下位階層」(失 業者,無職者,農業労働者,産業労働者,商店従 業員)は 1 つのカテゴリーにするが,中位階層を 「個人経営者」,「教員」,「事務職員・中低層公務 員」との 3 つに細分し,上位階層を「私営企業 主」と「政府部門幹部,管理技術者」に分ける. 個人経営者と私営企業主は自営業者で,調査地域 を代表する職業集団である.教員はその比較集団 となる.分析は学習塾と習い事のどちらかを利用 する,しない理由や,利用の仕方といった側面に 着目する. III. 研究方法 本稿は,中国浙江省慈渓市で実施した聞き取り 調査から得られたデータを用いる.調査時点で小 中学生の子どもを持つ親を対象とし,2011 年か ら2012 年の間に 3 回にわたって計 47 世帯に対し て実施したものである.すべての調査は大学の倫 理委員会から認可を得ており,内容は協力者の承 諾を得た上で録音し,後に文字データ(中国語の 標準語)として起こしたものを分析資料とした.
なお,本稿に引用するのは中国語データの日本語 訳である.その際に,学歴等文化的背景により異 なる語彙,言回しや語感をなるべく如実に伝える ために,訳文は中国語をマスターした日本人にネ イティブチェックをしてもらった. 事例収集の第一段階では,機縁法を用いて,異 なる職業の知人を通じた対象者の募集を行った. 第二段階では,前段階の調査協力者に,学歴ある いは職業条件を満たす友人や同僚の紹介を依頼し て対象者を拡大した.こうした非確率抽出法 (Merriam 1998=2004)を用いたサンプリング方 法は無作為ではないが,現実に存在する階層状況 をなるべく漏らさないように,異なるタイプの事 例を多く取り入れた分析が可能となる.その際 に,最初から対象者に対する選択基準を決定する ことが要求される(Merriam 1998=2004: 91).そ こで,本稿は前述した研究課題から職業と学歴に 関する基準を設定した.まず,職業については, 下位,中位,上位階層に分類されるすべてのカテ ゴリーの職業を網羅できるように対象者を収集し た.調査地域を特徴づける農民工,自営業層(個 人経営者,私営企業主)およびその比較対象とな る教員集団を重点的に加えた.次に,学歴につい ては,先行研究の不足を克服する目的で,高卒と 大卒のほか中国社会に一定の割合を占める無学 歴,小卒と中卒層も対象に入れるようにした. 調査地に選定された慈渓市は,中国東南部沿岸 地域に位置する人口 104.59 万人(2014 年末,慈 渓市統計局 2015)の県級都市(第三行政区)で あり,同レベルの地域の中では経済と教育が比較 的発達している(6).中小企業が集中し,民営経済 が非常に発達しているため,自営業者が多く存在 している.また,都市化建設が進む中,内陸から 出稼ぎにくる農民工たちを多く受け入れている. 2014 年の年末に登録された流動人口は 94.23 万人 にのぼり,当市の戸籍人口に追いつきそうなレベ ルに達している(慈渓市統計局 2015).民営経済 とともに近年は民営教育グループが運営する学校 外教育機関も大いに人気を集めている.他方で は,教員が民間の教育機関での講師と兼職するこ とや自宅で学習塾を開設することは禁止されてい るにもかかわらず,隠れて行う教員がいるのも現 実である. 聞き取りの際は半構造化面接法を用いて,すべ ての対象者に対して 30 分から 150 分程度の面接 を行った.選定基準に見合った調査対象者を優先 にしたため,母親に限定せず,父親に対する聞き 取りも含めた.ただし,聞き取りでは対象者でな いほうの親に関する階層状況や教育方針などにつ いての情報も把握するようにした.同様な理由 で,小学校段階に限定した学校外教育状況を尋ね たが,中学生の子どもを持つ親も一部取り入れ た.彼らには小学校時代の状況を回顧してもらい ながら回答を得た.これにより学齢の違いによる 利用差異が一部解消されると思われる.調査ガイ ドには,対象者と配偶者それぞれの学歴,職業, 所得状況のほかに,小学校段階(中学生の子ども の場合は小学校 6 年生まで)での学習塾と習い事 の利用状況(利用の有無や理由,機関,送り迎 え,費用,効果など),中学受験意識の有無,自 宅指導の有無や様子などの項目を設定した. IV. 分析 1. データの概要 表 1 は調査から聞き取った 47 世帯の情報を, 前述した中国社会科学院が提出した「10 の階層」 の分類で主に母親の職業を基準にして整理したも のである.事例 1∼10 は店員や農民工,主婦(無 職),工場従業員などを含む下位階層となってお り, 事 例 11∼37 は 個 人 経 営 者(事 例 11∼19), 各学校段階の教員(事例 20∼27)および事務職 や看護師,中低層公務員(事例 28∼37)などか らなる中位階層である.事例 38∼47 は私営企業 主(事例 38∼41)と管理職や政府部門の幹部(事 例 42∼47)を含んだ上位階層,といった構成と なる.そして,3 つの階層内部では,母親学歴 (教育年数)の高低順に事例番号をつけた.母親 が同じ学歴を持つ場合は,先に父親学歴(教育年
表 1 調査対象者一覧表 番号 親の属性 子ども (きょうだい) 母親職業 (父親職業) 母親学歴 (父親学歴) (元/年)世帯所得 1 店員(母子家庭) (父: 不明,離家) 無学歴(1.5 年) (父: 不明,離家) 5.5 万 (なし)娘 2 内職 (父: 個人経営者) 無学歴(2 年) (父: 中卒) 6∼10 万 (なし)娘 3 農民工 (父: 農民工) 無学歴(3 年) (父: 小卒,7 年) 8.4 万 (弟,小 4)息子 4 内職(母子家庭) (父: 臨時職) 小卒 (父: 不明,離婚) 1 万元余 (なし)息子 5 主婦(無職) (父: 平社員) 小卒 (父: 中卒) 約 5 万 (姉,既婚)娘 6 病院での漢方煎薬係 (父: タクシー運転手) 小卒 (父: 中卒) 5∼6 万 (なし)娘 7 主婦(無職) (父: 会社経理) 小卒 (父: 高卒) 20∼30 万 (姉,高 2)息子 8 工場従業員 (父: 機械修理) 小卒(7 年) (父: 無学歴,5 年) 5 万未満 (姉,大 2)息子 9 工場従業員 (父: 工場従業員) 中卒 (父: 中卒) 4∼5 万 (なし)息子 10 工場従業員 (父: 個人経営者) 中卒 (父: 中卒) 約 10 万 (なし)息子 11 個人経営者 (父: 個人経営者) 小卒 (父: 中卒) 約 6 万 (なし)娘 12 個人経営者 (父: 個人経営者) 小卒(7 年) (父: 中卒) 10 万 (なし)娘 13 個人経営者 (父: 個人経営者) 小卒(7 年) (父: 中卒) 40∼50 万 (なし)息子 14 個人経営者 (父: 個人経営者) 中卒 (父: 小卒) 6∼7 万 (なし)娘 15 個人経営者 (父: 個人経営者) 中卒 (父: 小卒,8 年) 8.4∼9.6 万 (なし)息子 16 個人経営者 (父: 銀行職員) 中卒 (父: 中卒) 10 万 (なし)娘 17 個人経営者 (父: 個人経営者) 中卒 (父: 中卒) 20∼30 万 (なし)息子 18 個人経営者 (父: 個人経営者) 職業高校卒 (父: 小卒,8 年) 数万 (なし)息子 19 個人経営者 (父: 会社財務) 大専卒 (父: 大卒,15 年) 30∼31 万 (なし)娘 20 小学校教員 (父: 個人経営者) 高等師範学校卒 (父: 職業高校卒) 110 万 (なし)息子 21 中学校教員 (父: 銀行職員) 大専卒 (父: 高卒) 十数万 (なし)娘 22 塾教員 (父: 高校教員) 大専卒 (父: 大卒) 約 10 万 (なし)息子 23* 会社財務 (父: 塾教員) 大専卒 (父: 大卒) 約 10 万 (なし)息子 24 中学校教員 (父: 高校教務主任) 大卒(15 年) (父: 大卒) 約 16 万 (なし)息子 25 職業高校教員 (父: 職業高校教員) 大卒 (父: 大卒) 14∼16 万 (なし)息子
番号 親の属性 子ども (きょうだい) 母親職業 (父親職業) 母親学歴 (父親学歴) (元/年)世帯所得 26 職業高校教員 (父: 中学校教員) 大卒 (父: 大卒) 約 16 万 (なし)娘 27 成人学校教員 (父: 職業高校教員) 大卒 (父: 大卒) 15∼19 万 (なし)娘 28 保険会社社員 (父: 個人経営者) 中卒 (父: 中卒) 13 万 (姉,就職)息子 29 学習塾事務 (父: 公務員) 中専卒 (父: 中専卒) 7∼8 万 (なし)息子 30 病院財務 (父: 医者) 高卒 (父: 不明) 20 万 (なし)娘 31 保険会社社員 (父: 会社員) 高卒 (父: 小卒) 約 30 万 (なし)娘 32 会社財務 (父: 個人経営者) 高卒 (父: 高卒) 10 万余 (なし)娘 33 公務員 (父: 公務員) 大専卒 (父: 大専卒) 15 万 (なし)息子 34 高校財務 (父: 会社員) 大卒 (父: 中専卒) 20∼30 万 (なし)息子 35 会社員 (父: 会社員) 大卒 (父: 大専卒) 15 万 (なし)息子 36 貿易会社事務 (父: 貿易会社財務) 大卒 (父: 大卒) 10 万余 (なし)娘 37 看護士 (父: 薬剤師) 大卒 (父: 大卒) 十数万 (なし)娘 38 私営企業主 (父: 私営企業主) 小卒(7 年) (父: 中卒) 100∼200 万 (姉,病死)息子 39 私営企業主 (父: 私営企業主) 中卒 (父: 高卒) 約 120 万 (姉,既婚)息子 40 私営企業主 (父: 私営企業主) 高卒 (父: 中卒) 40∼50 万 (なし)娘 41 私営企業主 (父: 私営企業主) 高卒 (父: 高卒) 100∼200 万 (なし)娘 42* 主婦(元銀行職員) (父: 刑務所教官) 高卒 (父: 大専卒) 11∼12 万 (なし)娘 43* 銀行職員 (父: 裁判官) 大専卒 (父: 大卒) 20 万 (なし)息子 44 貿易会社管理職 (父: 医者) 大専卒 (父: 大卒) 50 万以上 (なし)娘 45 管理職 (父: 管理職) 大卒(15 年) (父: 中卒) 20 万 (なし)息子 46 医者 (父: 管理職) 大卒 (父: 大専卒) 20 万 (なし)娘 47 政府部門幹部 (父: 政府部門幹部) 大卒 (父: 大卒) 約 30 万 (なし)娘 注: 1)太い実線は下位階層,中位階層,上位階層の区分を意味している. 太い破線は中位階層と上位階層内部の区分を意味している. 2) 読みやすくするために,基準となる母(父)親の職業と学歴の欄にグレー色をつけた.*で表記する事例 23, 42, 43 は父親のデータを使用している. 3) 大専卒とは,専科大学(高等教育機関,3 年)を卒業したことを指す.大卒とは,本科大学(高等教育機 関,4 年)を卒業したことを指す(王 2004: 102–3).大卒(15 年)は通信教育を受けたためである.
数)を参照し,父親も同じ学歴の場合は,さらに 年間世帯所得を参照した.また,前節で説明した ように,事例 23, 42 と 43 は該当する職業に従事 する母親の対象者が見つからなかったなどの理由 で,父親に聞き取りを行い,父親の職業データを 代替的に使用した.なお,表 1 の最後の列では聞 き取りの対象となる子どもの性別を示している. 全体的に息子が 24 人で娘が 23 人とほぼ一対一の 比率となり,各階層内部でも男女のバランスが取 れている.そして,きょうだい数を確認すると, 47 事例のなか,きょうだいがいるのはわずか 7 事例しかない.農民工の事例 3 が年齢の近い息子 を2 人持っている以外,いずれも上に姉がいると いう家族構成である.さらに,中位階層に分類さ れる事例 28 の姉は母親が再婚する際の連れ子で あるのと,上位階層である事例 38 の姉が病気で なくなった経緯を考えると,実質上子どもを 2 人 持つのはほとんど下位階層であることがわかる. これは中国で長年実施されてきた「一人っ子政 策」および農村戸籍の場合は 2 人の出産が許され るといった延長政策に一致する.この差は家計の 厳しい下位階層にとって,少なくとも教育投資の 面ではより不利であろう. 表 2 は階層別に見た学校外教育の利用状況をま とめている.まず,表 1 の情報と合わせて階層状 況を確認する.学歴の面では,下位階層の多くは 無学歴や小卒に集中しているのに対して,中位階 層の教員集団や私営企業主を除いた上位階層はほ ぼすべて大専卒か大卒である.同じ自営業者であ るが,私営企業主は個人経営者と比べてやや学歴 が高い.しかし,両者とも同階層グループの他の 職業集団より学歴水準が低い.事務職や公務員た 表 2 階層別に見た学校外教育利用のまとめ 階層分類(事例番号) 世帯所得(元/年) 利用有無 費用(元/学期) 最小値 最大値 中央値 利用事例数/ 合計事例数 (割合) 学習塾 習い事 学習塾 習い事 最大値 中央値 最大値 中央値 下位階層 無職,農民工等 (No. 1∼10) 1 万 20∼30万 5.5 万 (40%)4/10 (0%)0/10 2000 950 ― ― 中位階層 自営業者(個人経営者) (No. 11∼19) 数万 40∼50万 10.0 万 (67%)6/9 (33%)3/9 2000 750 10000 1500 教員(No. 20∼27) 10 万 19 万 (110 万) 15.5 万 (38%)3/8 (75%)6/8 11000 1500 11500 3750 事務,公務員等 (No. 28∼37) 7∼8 万 30 万 14.0 万 (80%)8/10 (70%)7/10 5000 1500 10000 3000 上位階層 自営業者(私営企業主) (No. 38∼41) 40∼50万 100∼200万 135.0 万 (100%)4/4 (50%)2/4 6400 3400 20000 11000 政府幹部,裁判官等 (No. 42∼47) 11∼12万 50 万 20.0 万 (67%)4/6 (67%)4/6 3750 1800 20000 1400 注: 1)事例の詳細は表 1 を参照すること. 2) 世帯年収の中央値を計算する際に,表 1 で一定の範囲で答えた事例はその平均値に変換した(例えば, 「5∼6 万」=「5.5 万」). 3) 教員集団では,世帯所得の最大値は 110 万元のはずだが(事例 20),この事例では 110 万元のうち 100 万元 の所得が個人経営者である父親から由来するものであるため,括弧外ではこの事例を抜いた最大値を示し た.
ちは中卒から大卒と幅広いが,全体的に高卒か大 卒に偏っている.世帯所得(中央値(7))の面では, 上位階層ほど所得が高い,と社会一般的な認識に 一致している.自営業者の所得には大きな幅があ るが,特に私営企業主は他のいずれの集団をも遥 かに超えている.それに対して,教員集団では父 親が個人経営者である 20 番の特殊な事例を除け ば,年間所得は十数万元で安定しており,多くの 自営業者に及ばない.次に,学校外教育の利用状 況について,全体的にはほとんどの先行研究が指 摘するように,階層の高い親ほど子どもに通塾や 習い事をさせている.例えば,下位階層では,学 習塾を利用しているのは 10 事例のなかわずか 4 事例しかないが,上位階層では 10 事例のなか 8 事例もある.習い事については,下位階層では 1 例もないのに対して,中位階層と上位階層は何 らかの形で利用している.それに対し,個人経営 者であれ,私営企業主であれ,自営業者たちは習 い事より学習塾に重点を置いている.教員集団は それと正反対である.また,中位階層の事務職や 公務員たちの学校外教育利用率は上位階層の政府 幹部らよりむしろやや高い.最後に,学校外教育 にかける費用の面では,学習塾では各集団に大き な差が見られることがなく,単なる中央値の数字 上では下位階層が中位階層の個人経営者たちより も多く費用をかけている.しかし習い事では,下 位階層が利用しておらず,他の集団との差が明ら かである. 次節からは学習塾と習い事の利用に関する階層 間の比較を通して分析を進める.紙幅の都合によ り典型的な事例のみ取り上げる.一部は詳細な データではなく,鉤かっこ(「 」)で重要なワー ドや文章を提示する.筆者が強調したいところに 下線をつけた. 2. 学習塾について 1) 下位階層の戦略: 補習目的・経済的制約 下位階層の親に子どもの通塾状況を聞いたとこ ろ,以下のような話があった. 普段は行かせないで,小 2 からの夏休みだ け担任の先生のところにやってる.正直,素 行の悪い連中と離したいから,そこに居させ てるだけ.(事例 7) 担任の先生の所で補習させてたわ(小学校 2, 3 回の夏休み).自分の生徒さんのことは よくわかっているだろうしね.国語や作文と かね.数学オリンピック(8)だけじゃなくて さ.お昼も先生の家でだし.私としても朝 送って行って,午後迎えに行けばいいだけだ から助かるしね.皆がしていることだから, 親としては一応受けさせたいし,ま,責任を 果たしたことになるかと思ってね.(事例 9) このように,彼らが子どもに通塾させる目的と しては,「苦手」な科目を補習することや「夏休 み」中の「居させ」る場所としての機能を利用す ること,あるいは「皆がしていることだから,親 としての責任」を果たすべきだという認識に由来 するものが挙げられる.また彼らが塾を選ぶ時, ほぼ例外なく学校の教員が開設した塾を選ぶ傾向 がある.その理由は,学校の教員なら「自分の生 徒さんのことはよくわかっている」ことと,1 人 の先生に他の科目も教えてもらえるため送り迎え が楽で「助かる」というものがある. 一方で彼らが学習塾を利用しない理由として は,「本人が行きたくないから」(事例 2),「クラ スで塾に行く人が少なかったから」(事例 5),「成 績がよかったから」(事例 6)という理由が一般的 である.つまり,通塾させる理由と類似して子ど もの意思に任せることや,成績あるいは周囲の様 子で判断することを通して,学習塾利用の有無を 決めている様子がうかがえる.ただし極端な貧困 家庭の場合は,通塾させる意識はむしろ強いもの の,経済的制約のため諦めざるを得ないことが多 い.母子家庭の事例 1 がその典型的な例である. 私としては行かせたいけど,一番の理由は 経済的に限界があるからだね.もし,条件が
許すなら私は絶対補習に行かせるわ.でも, 一時間いくらとか,うちでは本当に払えない からね….(事例 1) 2) 自営業者の戦略: 塾頼り VS 教員集団の戦 略: 自宅指導 前述したように,自営業者の多くは中位階層や 上位階層の他のグループより所得は高いが,学歴 は低い.特に個人経営者のほうは知識不足のため 子どもに対する直接的な指導ができない場合が多 い.「成績向上」(事例 11, 13)あるいは「学校の 先生に勧められた」(事例 14, 16)から子どもに 通塾させている,といった事例が多く見られる. 私営企業主たちは強力な経済資本に支えられてい るため,早期から留学準備を始めることで,受験 科目の勉強を避けることができ,代わりに英会話 に力を入れていることが特徴的である. どうせ留学させるので,数学オリンピック は必要ないと思っています.小 1 から週末は 担任の先生の家で宿題を見てもらっていま す.小学生の宿題ですが,私には教えられま せん.留学のために小 3 から英会話も習わせ ています.(事例 38) さらに,「時間を取れないための塾利用」の例 は自営業者で最も多い.以下提示する事例 39 は その典型的な例である. 当時は,ちょうど事業拡大の時期でもあっ たため,まったく時間がなくて,寄宿コース にしました.1 年生からです.寄宿指導員が いて,夜も塾で寝ます.1 週間に 1 度週末だ け家に連れて帰ります.(事例 39) 一方,教員集団はほとんど大卒者であるが,そ の所得は他の職業層に及ばない場合が多い.しか し,彼らは他の親より生徒指導の専門家で,教育 システムのことにも詳しい.例えば事例 26 の親 が話したように,「教員だから教えられる」,ある いは「塾の先生は子どものことをよく知らない し,一人ひとりに対する授業ができない」(事例 26)という理由で,下位階層よりも利用率が低 い.ただし,多くの教員家庭では自宅指導の形で カバーしている. 塾には行かせず,自宅で教えています.基 本的には母親が調べながら教えていますが, どうしても解けない問題は 3 人で考えたりし ます.(事例 25) しかし,上記の例とは逆に,自身が「教員で あっても教えない」方針をとる家庭もある. 勉強は一種のマラソンのようなものだと思 うので,自主的に学習に取り組む姿勢が必要 だと思います.親が干渉しすぎても意味がな いと思います.(事例 21) 私は学校で英語を教えていますが,ほとん どが受験勉強のための反復学習です.息子に はもっとレベルの高い本格的な英語を学ばせ たいんです.特に英会話を.今通っている塾 ではネイティブが教えています.(事例 24) 3) 他の中位階層の戦略: 保育代わり・受験対策 中位階層では,前節で検討した個人経営者と教 員以外,会社員や財務,事務職に従事している親 もいる.彼らから聞き取った話は以下のようで あった. 仕事が忙しくて面倒を見る時間がないか ら,(小 1 から)ここに連れてきています. 基本的には宿題をさせていて,家では一度も 宿題をしたことはないんです.(事例 29) (小 4 から)補習に行かせたことは私の本 意ではないんです.クラスメートや近所の子 は皆行ってるので,結局遊ばせたくても遊び 相手がいないんですよ.(事例 30)
当時(小学校の時)は成績がまぁまぁよ かったので,行かせる必要もないかと思った んですが,今となっては成績が良くなく,後 悔しています.(事例 31) このように,彼らには「面倒を見る時間がない」 ため,子どもの居場所や保育代わりの機能を利用 する親もいる.また,同じ「皆が行ってる」とい う周囲の状況を考慮した選択であるが,こちらの 親は人より遅れる心配より「遊ばせたくても遊び 相手がいない」という消極的な理由を挙げた.ま た,下位階層と類似して,子どもの成績状況は通 塾させる 1 つの重要な判断基準となっていること がわかった.一方,彼らには下位階層でほとんど 見られない受験対策としての利用方法もある. 先生じゃないからさ,考え方とか,子ども に納得させるのは難しいんだよ.中学受験で は必ず出されるから,まぁしょうがないのさ (小 3 から).(事例 33) そのほか,彼らが通塾させないのは,「まだ低 学年なので,個人的にはまったく必要がない」 (事例 45)との理由が挙げられている.こうした 積極的な判断は,経済的な制限を受けた下位階層 の親とは反対である. 4) 他の上位階層の戦略: 受験対策・脱受験勉強 上位階層のなかで,政府部門の幹部や裁判官, 医者,管理職などの親の大半は子どもを学習塾に 通わせている.ただ,下位階層の親は学校教員が 自宅で開設した塾を選ぶのに対して,彼らはほと んど民間の学習塾を選択する傾向にある.そし て,この集団の子どもたちは成績が優秀で,「楽 しく勉強している」,あるいは「塾の入学試験が 簡単ではないのにクラスで一番だったから,自信 を持たせるために続けさせてあげたい」(事例 44)といったような理由を話した事例もある.さ らに,彼らの中でも忙しいため塾に通わせている 親もいるが,彼らは単なる保育代わりとして利用 するだけではなく,その分を別の時間で補おうと 努力する.彼らは子どもとのコミュニケーション や想像力を養うことを重視している.例えば,夜 勤のある医者をしている事例 46 の母親が以下の ように話した. 病院が忙しく,時間が取れませんでした. 小 2 から学習塾に通わせましたが,私が休み の日は娘を塾には行かせませんでした.お金 の無駄だと言われましたが,やはり子どもが 小さいときは父母が面倒をみるのがいいと思 います.仕事が早く終わる日は,迎えに行 き,家で子どもを指導するようにしていま す.(中略)想像力や思考力を培うために本 を買って,読み聞かせをしたりして,家では 授業科目以外のことを娘には多くさせるよう にしています.(事例 46) 一方,この集団では受験勉強への抵抗から通塾 をさせない事例もある.例えば,政府幹部である 事例 47 の母親は,「正直,女の子は楽しみながら 勉強することが一番だ」(事例 47)との理由を話 してくれた.ただし,これは決して質の良い教育 を諦めるのではなく,「夏休み中に,ヨーロッパ を含めたいくつかの国で旅行や遊学をさせ,本人 の意思で最終的にシンガポールへの留学を決め た」との経緯があるから,むしろ狭い地域内の競 争を越えてトップレベルの教育を用意しようとし ている.こうした意識と行動は膨大な経済資本の ほかに,文化資本も必要だと考えられる. 3. 習い事について: 無関心 VS 熱心さ 習い事については,表 2 でみたように,学歴も 世帯所得も最も低い下位階層はほぼ無関心であ る.そして,中位階層の個人経営者と上位階層の 私営企業主たちは,所得に大きな差があるもの の,習い事の利用率は一致して教員や公務員,幹 部たちより低い.これは先行研究で指摘されたよ うに,習い事に対しては経済資本より文化資本の 方がより影響があるためである.「学校の勉強さえ
できたら十分」という理由は,下位階層と個人経 営者の親が共通して言及したものである(事例 2, 7, 17).一方,教員の親も含め同じように習い事を させない高学歴の親が挙げた理由としては,「自 由に遊べる時間を与えたい」(事例 30)や「子ど もらしく過ごすべきだ」(事例 23)という例が挙 げられる.つまり,低学歴層は学校での勉強を重 視するが,高学歴層は学校での勉強から解放させ たい,と正反対の意見を持っている.個人経営者 の中で一部習い事をさせている例もあるが,それ は「体力づくり」や「時間消耗」のためのスポー ツが中心となっている(事例 13,テコンドー). ただし,同じようにスポーツを習い事としてさせ る私営企業主の場合,国家チームのコーチに習わ せる極端な例もある(事例 41,バトミントン). その目的は「将来友達と一緒にいる時にスポーツ ぐらいできないと」といった交友関係(社会関係 資本)を重視するものである.それは親の豊かな 社会関係資本および経済資本に由来している.そ れに対して,大卒者が多く占める上位階層の幹部 や管理職および中位階層の教員集団は,習い事に 対する明確な意識を持ち,幼少期から大きな力を 入れている.その理由について,彼らが話した共 通のキーワードは「資質」や「趣味」,「良い習 慣」,「芸術・陶冶」,「性格」である. 必ずこの職業についてほしいわけではな く,娘には音楽や美術など芸術分野に興味を 持ってほしいと思っています.(事例 21,ピ アノ,絵画=5 歳から) ダンス(=4 歳∼小 5)は芸術的感性を養 えるし,琴は性格にも.(事例 27,ダンス, 古筝,音声,習字=小学校低学年まで) 父親が営業の仕事をしていて,コミュニ ケーション能力がとても重要だと思っている ようで.将来,仕事をする上でも大切だと 思っています.(事例 34,ストリートダンス, アナウンス,司会,ピアノ=小 1 から) 踊ったりすれば性格が明るくなるかと思っ て.あと,字をきれいに書くことは良い習慣 だと思うし,他の人に与える印象もいいで しょ.(事例 37,ダンス=5 歳から,絵画, 習字,ピアノ=小 1 から) さらに,習い事を積極的にさせる親の間には, 子どもとの関わり方についても大きな差が見られ る.事例 24 と事例 44 は極めて熱心な母親の例で ある. 音楽のことはよくわからないけど,先生が 教えるときは私も隣に座って聞いてんのさ. 家に帰ってから,子どもに教えたいときに, 自分がちっともわかんなくっちゃね.聞いて わかったことを子どもに教えて,まぁ時々わ かんなくてもわかったふりしていることもあ るけどさ.(事例 24,サックス=小 2 から, プログラミング=小 5 から) 娘の(ピアノ)練習にはいつも立ち合いま す.時々,遊びを交えて一緒に練習したりし ます.(事例 44,習字,絵画,踊り=幼稚園 から,ピアノ=7 歳から) 一方,個人経営者の中で少数例ではあるが,習 い事に対して大卒者や教員と類似している事例も 見られる.なお個人経営であるが故に,スケ ジュール調整が比較的自由であるため,膨大な時 間と費用(開催地での旅費等)を支払ってでも 「コンサートに必ず付き添って参加」することが できる(事例 19,音声,ピアノ,踊り=4 歳か ら,習字).ただし,こうした意識や行動は自営 業(個人経営者)という職業より大専卒という高 い学歴に支えられている点に留意するべきであ る. V. 結論と考察 本稿は従来の研究が注目する上位階層,中位階 層と下位階層を一枚岩ではなく,その内部の差異 にも注目し,特に貧困層および,調査地域の特徴
を代表する自営業者とその比較対象となる教員を 特別に分析してきた.主な知見は以下のようにま とめられる. 第一に,下位階層の親は,補習が目的で,ある いは周囲の影響を受けて通塾させている.彼らの 一部は貧困に陥っており,経済的に制約があるた め学習塾を利用することができない.しかし,彼 らは学習塾に対する意欲が強い.一方,学習塾に 対する熱心さとは対照的に,彼らのほとんどが習 い事に対して無関心である.第二に,上位階層の 親は中学受験準備のために積極的に学習塾を利用 する場合が多いが,受験勉強に対する抵抗から積 極的に利用しない親も一部いる.こうした学習塾 に対する分化した態度にもかかわらず,彼らは一 致して習い事に大きな力を注いでいる.第三に, 中位階層の個人経営者であれ,上位階層に分類さ れる私営企業主たちであれ,自営業者の親たちは 時間と知識に制約があるため学習塾に頼る場合が 多い.しかし,経済資本の豊かさと関係なく,彼 らの多くは他の集団と比べて習い事に対する関心 が低い.とは言うものの,個人経営者より私営企 業主のほうはその豊富な経済資本に支えられ,習 い事への意識がやや高い.第四に,教員の親は学 習塾より自分の専門性を生かした自宅指導を行う 場合が多い.この点は,同じ大卒者で塾を積極的 に利用する上位階層の親とは異なっている.また 教員の親は,子どもに幼少期から学業以外の能力 を身につけさせることを意識し,習い事をたくさ んさせている.この点は多くの自営業者とまった く反対であるが,私営企業主以外の上位階層の親 と同様である. 上記の研究結果から,従来の研究では,下位階 層に関して,そのインセンティブの低さあるい は,学習塾への熱心さのみに焦点が当てられてき たが,本研究では彼らが学習塾と習い事を選び取 る時に見られる正反対の意識を明らかにし,先行 研究の知見を補った. 冒頭で紹介したように,中国社会が長期間にわ たって素質教育への移行を図っているにもかかわ らず,下位階層の親は伝統の受験教育の基準のま まで家庭教育を行っている.それに対して,上位 階層の親は脱受験教育を志向しているかのように 見えるが,事実上受験教育での優位性を子どもに 保たせつつ,早期から素質教育を準備し始めてい る.言い換えれば,下位階層の親による教育戦略 は現在の成績と結びつく学校教育での成功を通じ た上昇移動であるのに対して,上位階層の親のそ れは学校教育以外に将来に備えた文化戦略を加え た階層維持・上昇の実現手段だと言える.この差 は自営業層と教員層の間により顕著に現れた.つ まり,教育を道具的な手段としか認識しない点 は,すべての資本が欠如する下位階層だけではな く,経済資本が豊かなものの文化資本が少ない自 営業層も同様である.自営業者の内部では,私営 企業主の一部が経済資本で文化資本の欠如を補お うとするが,中位階層のなかで大卒者である教員 集団や公務員たち,さらに同じ上位階層の幹部や 管理職たちには及ばない.上位階層と下位階層と の差は中国の先行研究で明らかにした都市部と農 村部の差から予測できるが,自営業者のような特 殊な集団は見落とされやすい. 中国においては,素質教育の理念が今後全社会 に定着していくにつれ,下位階層や自営業層たち の親も子どもの教養・趣味などに関心を示すよう になるだろうが,少なくとも現段階ではほど遠い であろう.時代の変化に対して,有利な層は敏感 にそれを認識し対応していくが,不利な層はすで に意識の面で遅れている.自営業者たちの親は豊 富な経済資本だけを有していても,1 世代だけで は文化資本の蓄えにつながりにくい.それは佐藤 (1987: 120)が指摘したように,経済資本から転 換が困難な文化資本の獲得に関して階級性が大き な影響を与えている,ということである. また,教員集団について,彼らが自宅指導を選 ぶのは,学校現場で教えるエキスパートという自 負からの選択でもあるし,限られた経済資本と子 どものエネルギーの範囲で,より習い事を重視す るという意識から由来した行動だと考えられる.
このように,大規模な全国調査においては,浙 江省慈渓市のように経済が発展していて,教育に 熱心な沿岸地域は,学校外教育が進んでいる方に 位置付けられるが,本節で議論したように,この ような地域の内部にも固有の貧困層や転入してき た農民工,さらに経済の面では有利だと思われが ちな自営業者のような文化的に不利な層も多く存 在している.このような事態を改善するには,例 えば,下位階層や低学歴層の自営業者の子どもと いった特定の集団を対象に学校内外で文化的活動 に参加する機会を提供することが有効である.そ して,経済の制限により学習塾でのような学習機 会に恵まれない層の家庭に対しては経済支援を与 えたり,直接無償の学習機会を提供したりするこ とが必要であると考える. 最後に本稿の限界と今後の課題について述べ る.本稿の分析は経済が比較的に発展している一 中小都市から収集したデータを基にしたことに留 意しなければならない.本稿で分類した上位階層 は,全国範囲からみた場合,例えば,省や国家機 関の幹部,大学教授,一般の私営企業主よりも膨 大な経済資本を所有する俳優や芸能人,といった ようなより上の職業集団が存在している.また, 大都市部や内陸の農村部での階層構成や学校外教 育の普及状況はそれぞれ異なるため,中国全土の 実態を明らかにするには,さらなる質的研究と大 規模な量的調査が必要となる.本稿による知見を これらの研究のベースにしたい. 【謝 辞】 本稿は,お茶の水女子大学グローバル COE「格差セ ンシティブな人間発達科学の創成」プログラム平成 23 年度研究助成,お茶の水女子大学「女性リーダーを創 出する国際拠点形成」プロジェクト「学生海外派遣」 プログラム平成 24 年度研究助成およびお茶の水女子大 学平成 24 年度博士後期課程学生の研究活動に対する支 援による研究成果の一部である.あわせてここに謝意 を表します. 【注】 (1) 例えば,「教育部関於印発『厳禁中小学校和在 職中小学教師有償補課的規定』的通知」(教育 部文件教師「2015」5 号)がある(中華人民共 和国教育部 2015). (2) 馬得清,2015,「課外補導依然是『剛性需求』, 教育咋弁?」,中国教育新聞網,(2016 年 1 月 4 日 取 得,http://www.jyb.cn/opinion/pgypl/201506/ t20150630_628229.html). (3) 「媒体曝光『補課班』遭家長声討」,人民網,2013 年 11 月 7 日記事,(2016 年 1 月 4 日取得,http:// edu.people.com.cn/n/2013/1107/c1053-23463351. html). (4) 農民工とは,農村出身の出稼ぎ労働者のこと である.陸(2002: 21)によれば,彼らは産業 労働者のはずであるが,戸籍が農民であるた め,給与や保険などの面で不利を被っており, 比較的独立した 1 つの集団である. (5) 「底層放棄教育,中産過度焦慮,上層不玩中国 高考」,(2016 年 12 月 1 日取得,http://news.sili coneoil.cn/v/347356) (6) 2014 年に慈渓市農村部住民一人当たりの所得 は25041 元(全国=10489 元)で,都市部住民 一人当たりの可処分所得は 43526 元(全国= 28844 元)に達し,いずれも全国水準を遥かに 超えた.同年の大学入試で第一ランクの学校 の合格者が所属する寧波市で最も多かった. (慈渓市統計局 2015; 中華人民共和国国家統計 局 2015). (7) 外れ値の影響を取り除くために中央値を用い た. (8) 「数学オリンピック」(原語は「奥数」)とは, 中国の通常の学校で教えられている算数や数 学より難易度の高い問題が出題される競技算 数,数学のようなものであり,一般的に知ら れている国際大会のことではない.近年は小 中学受験に取り入れられていることにより, 多大な関心を呼び,ひとつの社会現象とも なっている. 【文 献】
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