弱重力レンズ効果と熱的
Sunyaev
‒
Zeldovich
効果による宇宙論と
銀河団物理学
大 里 健
〈パリ天体物理学研究所 98bis boulevard Arago, Paris 75014, France〉 e-mail: [email protected] 銀河団は宇宙における最大の束縛された天体であり,その形成と進化は宇宙における構造形成史 を色濃く反映している.弱重力レンズ効果や宇宙背景放射の異方性の一種である
Sunyaev
‒Zel
’dovich
(SZ
)効果を通して,物質密度分布といった銀河団の性質を探ることが可能である.し かしながら,最も基本的な物理量である銀河団質量を求めるには,乱流や磁場といった熱的圧力以 外の圧力源,すなわち非熱的圧力の効果を正確に見積もる必要がある.そこで弱重力レンズ効果と 熱的SZ
効果の共相関関数によって,この非熱的圧力の影響を定量的に評価した.この共相関関数 には直接観測が困難な低質量または遠方の銀河団の寄与を含んでおり,銀河団を用いた天体物理学 と宇宙論を精密化する上で重要な手法になると期待される.1.
銀河団宇宙論
宇宙における構造形成では,インフレーション 中に生成された微小な量子揺らぎをもとに,周辺 よりもわずかに密度の高い部分に周りの物質が集 積することで,小さな構造から順に形成され,合 体を繰り返しより大きな構造を形成する.この階 層的な構造形成が進行し,暗黒物質とガスの集合 体であるハローが形成される.ハローの中心には 銀河が内包され,また巨大なハローにはその内部 により小さなハロー(サブハロー)が取り込まれ ており,現実の宇宙では銀河の集合体,銀河団と して観測される*
1.銀河団は宇宙における最大の 自己束縛された天体であり,その形成・進化には 暗黒物質の重力と暗黒エネルギーによる空間膨張 が大きく影響している.したがって,宇宙におけ る銀河団の存在量といった統計量から暗黒物質・ 暗黒エネルギーの性質を探ることが可能である. このような銀河団を用いて暗黒成分のような宇宙 論の問題へのアプローチは銀河団宇宙論と呼ば れ,宇宙背景放射の温度異方性に代表される初期 宇宙の情報を持った観測量と相補的な役割を果た してきた1). 銀河団は典型的に10
13M
(M
は太陽質量) 以上の質量を持ち,非常に深い重力ポテンシャル を有している.したがって中心部に存在するガス は高温に加熱されており(∼10
7K
),制動放射に より強いX
線が観測される.このX
線放射は銀河 団を観測する上で最も代表的な観測量である.し かしながら,銀河団の質量の大部分は暗黒物質が 占めている一方,このX
線放射は高温ガスからの 放射である.したがって,銀河団の物質分布や質 *1 本研究で対象とするのは比較的大質量のハローであり,観測では銀河団として検出される.以後,ハローと銀河団と いう用語を区別なく用いる.量を測定するには,銀河団内における暗黒物質と ガスの関係を明確にする必要がある.そこで,質 量推定のため,銀河団内部の運動は重力と圧力が 釣り合った状態(ビリアル平衡)に達しており, その自己重力は全てガスの熱的圧力によって支え られていると見なす静水圧平衡という仮定が実用 的によく用いられてきた.実際の解析では,
X
線 観測から測定した温度と密度のプロファイル(中 心からの距離の関数)を運動方程式であるオイ ラー方程式に代入し銀河団質量を推定する. 静水圧平衡は銀河団の質量推定を簡単化する が,現実の銀河団において常に静水圧平衡が成立 するかは自明ではない.実際,後述の重力レンズ 効果による銀河団の観測によると,この静水圧平 衡からのずれが示唆されている.重力レンズ効果 の観測は銀河団の作る重力ポテンシャルのみに感 度があり,静水圧平衡の仮定なしに質量推定が可 能である.X
線観測と重力レンズ効果の両者で観 測された銀河団について,推定された質量を比較 すると,多くの場合重力レンズ効果で推定された 質量の方が大きい値を示す.これは熱的圧力以外 にも銀河団の自己重力を支える物理的過程(非熱 的圧力と総称される)が存在することを示唆して いる.これまで銀河団内の乱流,磁場,宇宙線と いった様々な物理過程が非熱的圧力の起源として 提唱されている.そこで,非熱的圧力の寄与を示 す量として,静水圧平衡バイアスという量b
HSEを 以下のように定義する.M
b
M
HSE HSE true
1
(1
) ここでM
HSEは静水圧平衡を仮定して推定した質 量,M
trueは真の質量である.静水圧平衡バイア スは全質量のうち非熱的圧力によって支えられて いる割合を表している.不定性は大きいものの多 くの観測では15
‒30
%の質量がこの非熱的圧力に よって支えられているという結果を示してい る2).また,宇宙論的流体シミュレーションを用 いて,この非熱的圧力を見積もる研究も行われて おり,こちらも同様に15
‒30
%という結果になっ ている3)‒5).しかしながら,X
線と重力レンズ効 果の両方で観測が可能な銀河団は近傍かつ大質量 の銀河団に限られており,遠方もしくは低質量の 銀河団については,直接的な静水圧平衡バイアス な測定はなされていない.これら未だ直接観測が 困難な銀河団に対し,非熱的圧力の寄与を定量的 に評価することが本稿で紹介する研究の大きな目 標の一つである.2.
銀河団の観測量
本章では,銀河団を観測する手法として弱重力 レンズ効果と熱的Sunyaev
‒Zel
’dovich
(SZ
)効 果を紹介する.2.1
弱重力レンズ効果 一般相対論によると,宇宙空間を伝播する光線 の軌道は重力場の影響を受けて必ずしも直線では なく曲線となる.このように光線軌道が歪められ る現象を重力レンズ効果と呼ぶ.極めて強い重力 場を通る光は多重像として観測される場合もある が,像が弱く変形される程度の場合を特に弱重力 レンズ効果と呼ぶ.宇宙には広く暗黒物質が存在 し,それらが作る重力場によって遠方にある天体 からの光は少なからずこの重力場の影響を受ける ため,天体の像は弱重力レンズ効果によって変形 される.多数の遠方銀河の形状を精密に測定し, 弱重力レンズ効果による微小な変形を統計的に解 析することで,その前景にある物質分布を探るこ とが可能である.したがって,銀河団や大規模構 造の物質分布を調べる上で,弱重力レンズ効果は 極めて重要な役割を果たしてきた. 重力レンズ効果の観測量は収束場κ
と歪み場γ
1, 2 の二種類があるが,これらはフーリエ空間では互 いに関係付けられているので,どちらか一方のみ を考慮すればよい.以後,重力レンズ効果の観測 量は収束場に限って議論を進める.収束場は天球 面上の量であり,重力場が比較的弱い状況下では 密度揺らぎδ
mに距離カーネルW
(κχ
)を掛け,視線方向の共動距離
χ
に対し積分した量に対応する.κ
( )
=
d
χW χ δ
κ( ) ( , )
m
χ
(2
) したがって収束場の信号が強い場所は高密度領域 に対応しハローのような大質量の天体が存在する と推定できる.このように弱重力レンズ効果を用 いて,ハローを検出することが可能であり,また その信号の空間的広がりや強さからハローの質量 や密度プロファイルを測定する.2.2
熱的SZ
効果 近年,銀河団の観測においてますます重要と考 えられているのが,SZ
効果である6), 7).SZ
効果 は宇宙背景放射(CMB
)の最終散乱面より後で 生成される二次的異方性の一種である.CMB
光 子が宇宙空間を伝播し,高温のガス中を通過する 際に,光子と高温の自由電子が逆コンプトン散乱 することによって,光子に電子からエネルギーが 輸送される.この現象をSZ
効果と呼ぶが,自由 電子の熱運動によるものとバルク運動によるもの とで,それぞれ熱的SZ
効果(tSZ
),運動的SZ
効 果(kSZ
)と大別される.tSZ
効果の方が信号の 振幅が大きく,他の異方性から分離するのが容易 であるため,tSZ
効果に限って議論を進める.tSZ
効果の源である高温ガスは,高密度領域,す なわち銀河団に豊富に存在しており,弱重力レン ズ効果と同様にtSZ
効果の信号が強い場所には銀 河団が存在すると考えられる.Rashid Sunyaev
とYakov Zel
’dovich
は輸送方程式の
Kompaneets
方程式から出発し,CMB
の黒 体放射スペクトルがtSZ
効果によってどのように 変更を受けるか計算した6).tSZ
効果による輝度 温度の変化は特異的な周波数依存性を持ってお り,周波数依存性を持たない他のCMB
異方性か ら分離することが可能である.また輝度温度の変 化はコンプトン-y
という物理量に比例する.物理 的にこの量は自由電子の熱的圧力P
eの視線方向 の物理距離l
の積分に対応する.具体的にはy
( )
P
edl
(3
) と表される.コンプトン-y
はX
線輝度よりも赤方 偏移に対する減衰が緩やかであり,より遠方の銀 河団も信号に寄与する.これはtSZ
効果が天体か らの放射ではなく,CMB
温度異方性として吸収 と似た特徴を持っていることを反映している.こ の特徴により,tSZ
効果を用いて遠方宇宙の銀河 団の性質を探ることが可能である. 図1
に流体シミュレーションで得られた銀河団 領域の重力レンズ効果とtSZ
効果の模擬観測結果 を示す.銀河団領域であるので,両者ともに共通 して中心部に強い信号を持つことが分かる.一方 で,弱重力レンズ効果はフィラメント構造のよう な比較的密度の小さい部分も信号に寄与している 一方,tSZ
効果は銀河団の中心部やそれに付随す る小規模のハローからくる信号が大部分を占めて おり,中心集中度が高いことが分かる.3.
重力レンズ効果と
tSZ
効果の統計
量とその共分散
3.1
統計量の理論予言 本節では重力レンズ効果とtSZ
効果の統計量の 理論予言の手法を紹介する.統計量としてはフー 図1 流体シミュレーションから得られた銀河団領 域の弱重力レンズ効果(収束場)とtSZ効果(コ ンプトン-y)の模擬観測.弱重力レンズ効果の 場合は,ハロー以外のフィラメント構造から も寄与がある一方,tSZ効果は中心の銀河団か らの寄与が強く,他の部分でもハローからの 信号が大部分を占めていることが分かる.リエ空間の振幅であるパワースペクトルや実空間 における相関関数が広く用いられており,本稿で もこれらの統計量に限って議論を進める.図
1
で 見たような流体シミュレーションでは物質分布と ガス分布の進化の両方をシミュレートできるた め,そこから観測量を測定するのは直接的である 一方,精度の高い予言に必要な大容量の流体シ ミュレーションは未だ計算量の観点から非常に困 難である.さらに,実際の解析ではパラメータを 変化させ多数のモデルで理論予言を行わねばなら ないため,高速に統計量を計算できる解析的な手 法が必要である.そこで,重力レンズ効果とtSZ
効果の統計量の理論予言を行う上でハローモデル という手法が実用的によく用いられる8), 9).ハ ローモデルとはハロー中の物質のみが観測量に寄 与し,ハロー外の物質の寄与は無視するという仮 定である.ハローの密度分布や空間分布はN
体 シミュレーションにより,よく調べられており, 統計量の予言を行うためには,個々のハローから くる信号をモデル化すればよいことになる. 収束場の統計量を予言するためには,ハローの 射影した密度場が必要である.Navarro
ら10), 11) はN
体シミュレーションを用いて,ハローの物 質密度は球対称なべき関数を組み合わせたプロ フ ァ イ ル(Navarro
‒Frenk
‒White
(NFW
)プロ ファイル)に従うことを示した.ハローによる収 束場はこのNFW
プロファイルを射影することで 求められる.しかしながら,コンプトン-y
の統計 量のハローモデルによる計算には困難な問題が存 在する.tSZ
効果の源である,ハローの圧力プロ ファイルは複雑な天体物理によって決定されるた め,解析的なモデル化が困難である.しかし,こ の複雑な物理を自由なパラメータを導入して取り 扱う準解析的なモデルの研究は行われてきた12), 13). 我々は,Bode
らの研究14)で開発された解析的な モデルを拡張し,超新星や活動銀河核からの フィードバック効果も取り入れたShaw
モデル15) を用いる.また,もう一つの圧力のモデル化の候 補として,普遍的圧力プロファイル(universal-pressure profile; UPP
)16)が挙げられる.このプ ロファイルはNFW
プロファイルの半径依存性を 変化させ,より中心集中した場合にも対応できる ようにしたものである.多数の自由なパラメータ が含まれるが,これもX
線やtSZ
効果を用いた 個々の銀河団の観測を,最も再現するように決定 する.X
線やtSZ
効果は熱的圧力による成分しか 観測できないため,再構成された質量は静水圧平 衡を仮定して求められたものである.前述の通 り,これは真の質量よりも低い値であり,これを 補正するため静水圧平衡バイアスを導入し全ての 銀河団に対し一律に質量を補正する.ここで注意 すべき点が,このパラメータの決定には極めて限 られたサンプルの銀河団に対して行われていると いう点である.例えばX
線の観測では近傍かつ大 質量の銀河団のみが観測可能であるため,上で決 定したプロファイルは遠方もしくは低質量の銀河 団に対して成立する保証はない.流体シミュレー ションによってある程度正しいことは調べられて いるものの,あくまで外挿されていると捉えるべ きである.このような不定性の問題はあるもの の,これでハローからのコンプトン-y
を計算する ことができ,統計量を高速に計算することが可能 である.3.2
統計量の共分散と模擬観測 前節では,統計量を理論的に予言する手法を紹 介したが,ここではその共分散を求める手法を紹 介する.共分散の正確な見積もりは最終的な結果 の精度に直結するため,精密な取り扱いが必要で ある.この共分散を解析的に求めることも可能で ある17)が,我々は宇宙の統計的な揺らぎや観測 条件など様々な要因を一度に考慮して共分散を求 めるため,シミュレーションを用いた模擬観測を *2 最初に実際の観測で得られた銀河形状カタログにおける全ての銀河に対してその方向をランダムに回転させる.この 操作により,重力レンズ効果由来のコヒーレントな信号が消失する.行った.弱重力レンズ効果の模擬観測について は,実際の観測で測定された銀河形状カタログ
*
2 にシミュレーションで得られた物質分布による弱 重力レンズ信号を載せた模擬形状カタログ18)を 実際の解析パイプラインに通して,模擬観測を 行った.この模擬形状カタログを用いることによ り,背景銀河の離散的な分布,形状測定による不 確かさ,撮像領域の影響などを一挙に考慮するこ とが可能である.tSZ
効果の模擬観測について は,上で述べたように流体シミュレーションを多 数実行することは困難であるため,計算量の軽い 物質のみのN
体シミュレーションを用いて,ガ ス分布を後付けする手法を開発した.具体的にはN
体シミュレーション中でハローを見つけ,その ハローごとに上述の圧力プロファイルを貼り付け る.したがって圧力場はハロー以外での寄与は存 在しないが,これはtSZ
効果は中心集中度が強く, 全体の寄与はほとんどハローによるものであると いう事実から正当化される.図2
にこれらの模擬 観測の一例を示す.これは後述のすばる望遠鏡Hyper Suprime-Cam
とPlanck
衛星を想定した観 測の場合であるが,複雑な撮像領域形状を保った まま,統計量の模擬測定が可能である.この模擬 測定で得られた多くの異なる宇宙における統計量 のセットから共分散を推定し,解析に用いる.4.
弱重力レンズ効果と
tSZ
効果の
相関解析
4.1
共相関関数tSZ
効果と弱重力レンズ効果の統計量はともに 観測的宇宙論において重要な観測量であり,宇宙 論パラメータの制限や静水圧平衡バイアスの推定 に用 い ら れ て き た. た だtSZ
効 果 に つ い て は,CMB
の観測データから他の異方性から分離して, その寄与を見積もる必要があり,他の異方性と比 較すると振幅自体は低い部類に入る.そのため,tSZ
効果の統計量の検出有意度は弱重力レンズ効 果と比較すると低いのが現状である.これらの統 計量を完全に独立なものとして解析に用いること は単純かつ容易であるが,tSZ
効果と弱重力レン ズ効果はともに大規模構造・銀河団の分布を反映 している観測量であり,その共相関関数の有意な 測定は自然に期待される.共相関関数とは分離角θ
だけ離れた二つの異なる場の量に対し,相関の強 度を示す関数である*
3.tSZ
効果と弱重力レンズ 効果はともに高密度領域からの信号が支配的であ り,正の相関が予想される.また,この共相関関 数を用いた解析では自己相関関数のみを用いる場 合と比較し,パラメータ間の縮退を解き,より有 意度の高い測定が可能であるという利点が存在す 図2 模擬観測の一例.左図はHSCによる弱重力レンズ効果の収束場,右図はPlanck衛星によるtSZ効果のコンプト ン-yの模擬観測である.白抜きの領域はマスクされた領域に対応し,黒い部分が信号の強い領域を示してい る.完全ではないものの,信号の強い部分が共通しており,相関の存在を示唆している. *3 宇宙の等方性から,共相関関数は方向によらず分離角θのみの関数となる.る.
4.2 RCSLenS
とPlanck
を用いた解析2014
年にLudovic van Waerbeke
ら19)がPlanck
衛 星 に よ るtSZ
効 果 の 観 測 とCanada
‒France
‒Hawaii
‒Telescope
による弱重力レンズサーベイCFHTLenS
の観測データを用いて初めて統計的に有意な共相関関数の測定を報告した.
2017
年,Alireza Hojjati
ら20)はCFHTLenS
からさらに撮 像領域を増やしたRCSLenS
の観測データを用い て共相関関数を測定した.これらの先行研究にお いては,宇宙論パラメータや銀河団ガスの圧力プ ロファイルが固定されており,また共分散行列を 推定する手法も確立していなかったため,本格的 な解析はなされていなかった.そこで,我々は先 述の理論計算と模擬観測を用いた共分散行列推定 を応用し,実際にHojjati
らの共相関関数の観測 データに適用した.理論計算において,圧力プロ ファイルとして先述のShaw
モデルを用いた.こ のモデルの特徴は活動銀河核からのフィードバッ クを考慮している上に,非熱的圧力を半径の関数 として取り入れている点である.具体的には
n nP r
α
r
z
P r
P r
r
0.8 0.5 th 0 th th 500( )
(1
)
( )
+
( )
=
+
(4
) という表式で与えられる.ここでP
nth(r
)とP
th(r
) はそれぞれ非熱的圧力と熱的圧力のプロファイル であり,z
は赤方偏移,r
500は平均密度が臨界密 度の500
倍となる半径を表す.α
0は新しく導入さ れたパラメータであり,非熱的圧力の振幅に対応 する.この関数形は流体シミュレーションの結果 から示唆されたものであり,UPP
のようにハロー によらず静水圧平衡バイアスを導入するよりも現 実的なプロファイルとなっている. 理想的な解析では全ての宇宙論パラメータとShaw
モデルに含まれる全ての自由なパラメータ を同時に制限するべきだが,解析に用いる統計量 だけでは,これら全てを十分に制限できないた め,最も興味のあるパラメータだけに対して制限 を行い,他のパラメータは固定する.今回の解析 で制限を行うのは,非熱的圧力の振幅α
0と物質 の密度揺らぎの振幅σ
8の二つのパラメータであ る.密度揺らぎの振幅は他の観測からの結果では 不定性が大きいが,tSZ
効果はこのパラメータに 対し信号の変化が敏感であり,強い制限を与えら れることが先行研究によって示されている21).Planck
に よ るtSZ
効 果 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル とRCSLenS
とPlanck
による共相関関数を用いて,α
0とσ
8を制限した結果を図3
に示す.図からも分 かるようにこの二つのパラメータは強く縮退して いる.両者はともに,パワースペクトルと共相関 関数の振幅を全てのスケールにわたって変化させ るため,このような縮退関係が現れる.α
0の見 積もりとしては,流体シミュレーション中の銀河 団の非熱的圧力プロファイルとの比較からα
0=0.18
程度の値が見積もられている.このα
0の値を 静水圧平衡バイアスに換算するとb
HSE≃0.2
とな り先行研究とも矛盾しない.一方でσ
8についてはRCSLenS
の前身であるCFHTLenS
の弱重力レン ズ効果パワースペクトルの観測22)からσ
8=0.72
と推定されている.共相関関数を用いて制限され た値は,2σ
の推定範囲に入っているものの,α
0 とσ
8の両者ともに先行研究で見積もられた値を下 図3 非熱的圧力の振幅α0と密度揺らぎの振幅σ8の制 限.黒色の領域は1σ, 灰色の領域は2σ信頼範囲 を示す.非熱的圧力の振幅については流体シ ミュレーションから,密度揺らぎの振幅につ いてはCFHTLenSの観測結果から推定された 値を点線で示す.回っている.この不一致の原因として,圧力プロ ファイルの不定性が挙げられる.先述の通り,圧 力プロファイルが含むパラメータの較正には,近 傍かつ大質量の銀河団のみが用いられている.一 方で,
tSZ
効果の信号には,さらに遠方で低質量 の銀河団が寄与していることが分かっている.し たがって,較正された圧力プロファイルが,これ らの銀河団に対して正確でない場合,上記のよう な不一致が現れる.そこで我々は,較正されてい ない銀河団で選択的に星形成が活発に行われてい るという仮定を置いた場合,制限がどのように変 化するか調べた.Shaw
モデルにおいては星質量 はハロー質量と赤方偏移のべき関数で与えられて おり,この関係を変更することで星形成が活発な モデルを実現する.より高赤方偏移で星形成が活 発に行われているという事実は先行研究23)で示 唆されている.星形成が活発に行われると,ガス がより効率よく星に変換されるため,tSZ
効果に 寄与する高温ガスが不足するためコンプトン-y
が 減少する.このように赤方偏移に依存してtSZ
効 果の寄与が変化するため,σ
8とα
0に対する制限は 変化することが期待される.これがこの不一致を 解決するために星形成が活発になるモデルを考え る動機の一つである.図4
にこの修正されたモデ ルを用いて制限を行った図を示す.期待された通 り,最良推定値はσ
8とα
0ともに上昇し,先行研究 で期待された通りの値になることが明らかとなっ た.一方で,今回考えた星形成が活発であるとい うモデルはあくまでパラメータの不一致を解決す る方策の一つに過ぎず,今回の結果はこのモデル を積極的に支持するというよりは,遠方で低質量 の銀河団に対して圧力プロファイルのモデル不定 性が大きいことを示している.したがって,根本 的な問題の解決には遠方で低質量の銀河団をより 直接的に調べる必要がある.4.3 HSC
とPlanck
を用いた解析 前節で述べたRCSLenS
よりも深い宇宙の情報 を得るため,我々はすばる望遠鏡の主焦点カメラHyper Suprime-Cam
(HSC
)による重力レンズ 効果観測24), 25)を用いて共相関関数の測定を行っ た.その測定結果を図5
に示す.HSC
はその高い 限界等級を活かし,より遠方にある銀河まで観測 することが可能である.したがってRCSLenS
を 用いた場合よりもより深い構造を探ることを可能 にする. 先ほどのRCSLenS
を用いた場合では圧力プロ ファイルのモデルとしてShaw
モデルを用いたが, 今回は静水圧平衡バイアスb
HSEを考慮したUPP
を用いる.これは個々の銀河団の質量を測定した 図4 星形成が活発になるモデルを採用した場合の 非熱的圧力の強さα0と密度揺らぎの振幅σ8の制 限.点線や領域の詳細は図3と同様である. 図5 HSCとPlanckの観測データを用いた共相関関 数の測定結果.十字はビン分け後のデータを 示し,その誤差棒は模擬観測データをもとに 評価した.弱重力レンズ効果の結果と比較を容易にするため である.上述の解析では宇宙論パラメータは
σ
8以 外は固定していたが,今回は全て自由なパラメー タとし同時に制限を行った.しかしながら,依然 としてパワースペクトルと共相関関数のみでは宇 宙論パラメータに対する制限はあまり強くないた め,他の観測から得られた宇宙論パラメータの制 限の結果を事前確率として取り入れる.ここで用 いる他の観測として,二つの場合を考慮した.一 つは低赤方偏移の観測(弱重力レンズ効果のパ ワースペクトル,Ia
型超新星の光度曲線,バリオ ン音響振動)の組み合わせである.他方はPlanck
衛星のCMB
温度・偏光異方性とCMB
の重力レ ンズ効果の組み合わせである.宇宙論パラメータ の決定精度としては後者がかなり強いが,前者は 低赤方偏移のみの情報を使っているため,独立な 情報源となっている.図6
にパワースペクトルと 共相関関数を用いた場合の静水圧平衡バイアスと 振幅の制限の結果を示す.Planck
衛星の結果に よる事前確率を用いると,宇宙論パラメータが精 度よく決定されるため,静水圧平衡バイアスもま たよく決定される.対照的に低赤方偏移の観測結 果を用いた場合では,制限は弱くなってしまう. しかしながら両者において,最良推定値はよく一 致しており,静水圧平衡バイアスは0.3
程度と なっている.この値は銀河団の観測結果26), 27)と も矛盾しない値になっている.一方でtSZ
効果の パワースペクトルを用いた先行研究28)では推定 された静水圧平衡バイアスが0.4
と大きくなる結 果も示されていたが,本研究のように共分散行列 を精密化し,共相関関数を用いた場合でも先行研 究が矛盾しない結果を得た.したがってUPP
を 用いる限りでは,共相関関数のような遠方宇宙の 情報を追加しても,圧力プロファイルのモデルと しては整合性を保っていることが明らかになっ た.しかし,今回用いたHSC
サーベイの撮像領 域は150
平方度ほどであり,700
平方度の撮像領 域を持つRCSLenS
に比べると,静水圧平衡バイ アスの決定精度はそれほど高くない.HSC
は観 測を続けており,撮像領域がより増えていくとRCSLenS
の解析で見られたような不一致が現れ る可能性がある.5.
まとめと展望
本稿では,宇宙の大規模構造と銀河団を探る上 で重要な観測対象であるtSZ
効果と弱重力レンズ 効果を用いて,宇宙論パラメータの制限および非 熱的圧力による寄与の定量的な評価を行った.共 相関関数にはX
線やSZ
効果による個々の銀河団 の観測では検出できない遠方または低質量の銀河 団の寄与を含むため,これまで探れていなかった 銀河団の情報を得ることが可能である.そこでPlanck
衛 星 に よ っ て 観 測 さ れ たtSZ
効 果 とRCSLenS
サーベイまたはHSC
サーベイによって 観測された弱重力レンズ効果の共相関関数を測定 し,宇宙論パラメータと非熱的圧力の寄与に対す る制限を行った.RCSLenS
サーベイのデータを 図6 HSCとPlanckの観測データによるtSZ効果のパ ワースペクトルとtSZ効果と弱重力レンズ効果 の共相関関数を用いた場合の静水圧平衡バイ アスと密度揺らぎの振幅の制限の結果.黒色 の領域は1σ, 灰色の領域は2σ信頼範囲を示す. 実線で囲まれた領域はPlanckのCMB温度・偏 光異方性とCMBの重力レンズ効果の結果から 得た事前確率を用いた場合,破線で囲まれた 領域は低赤方偏移の観測結果の事前確率を用 いた場合に対応する.用いた解析では,物質密度揺らぎの振幅と非熱的 圧力の寄与を制限したが,両者ともに先行研究で 得られていた値よりも有意に低い値が得られた. これは遠方で低質量の銀河団の圧力プロファイル のモデル不定性に起因すると考えられる.そこ で,より遠方の情報を引き出すため,重力レンズ 効果の観測として
HSC
サーベイの観測データを 用いて共相関関数の測定および解析を行った.こ の解析からは,概ね銀河団の質量の30
%が非熱 的圧力によって支えられているという結果を得 た.この結果は先行研究と矛盾しないものの,現 段階ではHSC
の撮像領域が狭く精度に関しては まだ改善の余地がある. 将来的には共相関関数の測定は飛躍的に進歩す ると考えられる.今回の解析ではtSZ
効果の観測 としてPlanck
衛星の結果を用いたが,Atacama
Cosmology Telescope
29)といった最新鋭のCMB
地上望遠鏡もtSZ
効果の観測を行っており,より 高解像度のデータから小スケール(1
分角以下) の測定を利用できるようになる.また,HSC
サーベイは観測を続行しており,最終的には1,000
平方度の領域を撮像する.したがって,将 来的にはより精度の高い静水圧平衡バイアスの測 定が可能になる.また,HSC
ではその高い撮像 性能により,これまでの弱重力レンズ効果の観測 と比較して,より多くの背景銀河を検出すること が可能である.観測された銀河をその赤方偏移で 異なるサンプルに分けることで,異なる赤方偏移 に感度を持つ弱重力レンズ効果の収束場が得られ る.この手法はトモグラフィーと呼ばれ,宇宙に おける異なる時刻での密度分布の情報を得ること が可能である.一方でtSZ
効果の観測量であるコ ンプトン-y
はCMB
最終散乱面まで視線方向に積 分した量であり,赤方偏移方向の情報は全て射影 されてしまっている.ここで弱重力レンズ効果に 対してはトモグラフィーを適用し,共相関関数を 測定することで,今度は様々な時刻におけるtSZ
効果の情報を引き出すことが可能である.した がって,本研究で調べたような非熱的圧力といっ た銀河団の情報を各時刻で探ることができる.よ り広い領域での観測が進めば,トモグラフィーに より非熱的圧力の時間進化といったこれまでは困 難であった銀河団の性質の時間発展の測定が,共 相関関数によって初めて可能になることが期待さ れる. 謝 辞 本稿の内容は,筆者の博士論文30)およびSam-uel Flender
氏,白崎正人氏,宮武広直氏,永井 大輔氏,吉田直紀氏,大栗真宗氏,高橋龍一氏と の共同研究31), 32)に基づいたものです.数値計算 およびデータ解析は国立天文台CfCA
のXC50
を 用いて行われました.本稿で用いたHSC
サーベ イの観測データは多くの研究者・技術者の方々の 多大な尽力によるものです.改めてHSC
サーベ イに関わった全ての方に感謝いたします.指導教 員である吉田直紀氏には,博士課程修了までの長 い期間に渡りご指導いただき深く感謝いたしま す.最後に,本稿の執筆を勧めてくださった岡部 信広氏に感謝いたします.参 考 文 献
1) Ade, P. A. R., et al., 2016, A&A, 594, A24 2) von der Linden, A., et al., 2014, MNRAS, 439, 2 3) Lau, E. T., et al., 2009, ApJ, 705, 11294) Suto, D., et al., 2013, ApJ, 767, 79 5) Nelson, K., et al., 2014, ApJ, 792, 25
6) Sunyaev, R. A., & Zel’dovich, Ya. B., 1972, Comments Astrophys. Space Phys., 4, 173
7) Sunyaev, R. A., & Zel’dovich, Ya. B., 1980, MNRAS, 190, 413
8) Cooray, A., & Sheth, R., 2002, Phys. Rep., 372, 1 9) Komatsu, E., & Kitayama, T., 1999, ApJ, 526, L1 10) Navarro, J. F., et al., 1996, ApJ, 462, 563 11) Navarro, J. F., et al., 1997, ApJ, 490, 493 12) Makino, N., et al., 1998, ApJ, 497, 555
13) Komatsu, E., & Seljak, U., 2001, MNRAS, 327, 1353 14) Bode, P., et al., 2009, ApJ, 700, 989
15) Shaw, L. D., et al., 2010, ApJ, 725, 1452 16) Nagai, D., et al., 2007, ApJ, 668, 1
17) Horowitz, B., & Seljak, U., 2017, MNRAS, 469, 394 18) Shirasaki, M., et al., 2019, MNRAS, 486, 52
19) Van Waerbeke, L., et al., 2014, Phys. Rev. D, 89, 023508
20) Hojjati, A., et al., 2017, MNRAS, 471, 1565 21) Komatsu, E., & Seljak, U., 2002, MNRAS, 336, 1256 22) Heymans, C., et al., 2013, MNRAS, 432, 2433 23) Gonzalez, A. H., et al., 2007, ApJ, 666, 147 24) Mandelbaum, R., et al., 2018, PASJ, 70, S25 25)梅津敬一ほか, 2019, 天文月報, 112, 117
26) Battaglia, N., et al., 2016, J. Cosmol. Astropart. Phys., 08, 013
27) Miyatake, H., et al., 2019, ApJ, 875, 63 28) Bolliet, B., et al., 2018, MNRAS, 477, 4957 29) Swetz, D. S., et al., 2011, ApJS, 194, 41 30)大里健, 2019, 博士論文(東京大学) 31) Osato, K., et al., 2018, MNRAS, 475, 532
32) Osato, K., et al., 2019, MNRAS, in press (doi: 10.1093/mnras/staa117)
Cosmology and Astrophysics of Galaxy
Clusters with Weak Gravitational Lensing
and the Thermal Sunyaev
‒
Zeldovich
Ef-fect
Ken Osato
Institut dAstrophysique de Paris, 98bis boulevard Arago, Paris 75014, France
Abstract: Galaxy clusters are the most massive and bound objects, and the formation and evolution re-flect their structure formation history. The properties can be addressed through weak gravitational lensing and the Sunyaev‒Zel’dovich (SZ)effect. The physical processes other than thermal pressure are called as non-thermal pressure, e.g., turbulent motion and magnetic field, and the accurate evaluation is essential for the mass estimation. We quantify the non-thermal pressure with cross-correlations of weak gravitational lensing and the thermal SZ effect. The low-mass or distant galaxy clusters contribute to the cross-correla-tion and it is expected to be a promising probe into such galaxy clusters.