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パネルディスカッション

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Academic year: 2021

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司会:松本充郎 コメンテーター:赤間 聡

パネリスト:諸富 徹・那須清吾・飯國芳明

(松本) では、時間が参りましたので、パネルディスカッションの方に入らせていた だきたいと思います。私につきましては、自己紹介が要るかどうか分かりませんけれど も、松本充郎と申します。現在は大阪大学大学院国際公共政策研究科というところで、 行政法と環境法という科目を担当しています。8年間、こちらでもお世話になりました ので、本日ご出席の方のご尊顔を拝見し本当に懐かしいなと思います。本日もよろしく お願いいたします。 先ほど、三人の先生方から非常に刺激的なご報告を頂きました。これに関して、高知 大学人文学部の赤間の方から、まずコメントをさせていただきたいと思います。 (赤間) 高知大学で行政法を担当している赤間です。コメントといいましても、私は 法律家なので、皆さんに発言しやすい環境づくりを目指したいと思います。すなわち、 この中に哲学者、社会学者、あるいは経済学者、経営学者など様々な専門家がいらっしゃ いますので、そうした方々が共通の認識を持っていただくために、共有できるような論 点整理をさせていただきたいと思います。 その際、法廷における議論の対審構造を意識して、再生可能エネルギーに積極的な立 場である最初の二報告を原告とし、それに対する消極的ないし慎重な立場である最後の 報告を被告とします。そして双方の主張を受け、争点決定・議論整理する裁判官の立場 を我々司会及びコメンテーターとしたいと思います。 まず、議論のきっかけになっているのは、再生可能エネルギー買取に関する法律、「電 気事業者による再生可能エネルギーの調達に関する特別措置法」です。お読みになると 分かりますように、これは再生エネルギーの普及を目的とした法律でして、簡単に言い ますと、次のような構図になっているようにみえます。 まず、再生エネルギーの買取は、再生可能エネルギーの利用の促進という、いわば中 高知人文社会科学研究第2号(2015)

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間目的のための手段ですが、この中間目的が目指すところのさらなる究極の目的をこの 法律はおおよそ五つほど挙げております。 一つは、内外の経済的、社会的関係において安定かつ適切なエネルギー供給の確保で す。2番目は環境への負荷の低減ということです。3番目としましては、電気について のエネルギー源として、この再生可能エネルギー利用を促進するということです。4番 目として国際競争力を高めるということです、それから5番目として地域の活性化とい うのがあります。ここでまず第一に問われなければならないことは、こうした複数の立 法目的を挙げていること自体玉虫色の法律ではないか、この5つの立法目的を全て、同 時に両立して達成できるのか、ということです。そしてもし、複数の立法目的が同時に 達成されないならば優先順位を決める必要があるということです。次に目的手段間及び 目的目的間に合理性があるのかです。 このような視点から見ますと、諸富報告の主眼点というのは、どちらかと言うと、目 的2すなわち、再生可能エネルギーの利用促進による環境負荷の低減、及び目的5の地 域の活性化、これが主眼点にあります。そしてこうした再生可能エネルギーの促進と目 的5をセットで合わせるエネルギー自治という壮大なコンセプトが報告の背景にあるよ うにみえます。この理念に敬意を払いまして、あえて、エネルギー自治というコンセプ トを、英語のそれではなく、理念と構想という意味を強く含意するドイツ語Konzept(コ ンツェプト)で称したいと思います。 那須報告の主眼点としましては、実現手段としての買取制度はビジネスチャンスでは ないのかということだと考えました。ここでも目的5の地域の活性化が重要で、しかも、 これは発電事業という近視眼的な発想だけではなくて、もっと大きなレベルで、その地 域内の経済循環が重要だということだと捉えました。 最後のいわば被告側の反論として飯國報告があります。こちらの主眼点は、買取制度 はビジネスチャンスだという点は認めつつもその前提問題を争うというスタンスです。 すはわち、飯國報告はビジネスの前提となる条件・ファンダメンタルが高知にそろって いるのか、という点を争点として、前二報告については懐疑的な立場を維持しておりま す。 ただ、三つの報告は先ほど挙げました法の究極の目的であるエネルギー自給率の向上、 環境負荷低減、地域活性化が同時に達成されることは理想であるという点では一致して おります。

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さて、おのおのについて見ていきますと、まず諸富報告では、どちらかと言いますと、 今回の報告には出ませんでしたが、先に挙げたエネルギー自治というのが重要でして、 買取制度だけでは不十分で、ドイツとの比較で見ると、まず発送電分離が重要、それか ら送電網のスマート・グリッド化、それから送電網の公有化、それから、重要なのは住 民参加とその前提となる高い住民の環境意識と自治意識が重要なのではないかというこ とで、この諸富理念の実現可能性の具体例として飯田市の例を挙げていただいたわけで す。 一方で那須報告の趣旨は脱保護主義と比較優位による地方経済の衰退、それは必然的 な流れだということを前提に、バイオマスによる新しい効果として、先ほどありました ように、エネルギー自治と地域内経済循環、それと森林の過少利用の環境問題も同時に 解決できるという点。それから、安定的かつ競争力のある価格でのエネルギー提供とい う点がポイントだったと思います。全体的に言えば、バイオマス産業の利点として一次、 二次産業への経済波及効果が期待できるということが挙げられていたように思います。 飯國報告の根底には、那須報告と共有する危機意識があったように思います。すなわ ち、県内産業の衰退と森林の過少利用という環境問題の解決、これが急務という点です。 ただ、発電買取制度によって上記問題を解決するためには長期的な視野が必要だとする 点が前二報告への懐疑あるいは反論となっている、と捉えられます。具体的には再生可 能エネルギー事業のための前提条件がそろっているかを直視することが重要で、特に今 の高知の現状分析からすれば、再生可能エネルギーの普及は楽観視できない、という報 告趣旨だったと理解しております。前提条件についてより詳細にいえば、誰と誰がどの ように契約をして、どの森林を切り出して、いくらで売るのか、また売れるのか、この ような根本的な問題が未解決なのではないのかという厳しいご指摘を受けたわけです。 以上の三報告を受けまして、まず資源と地域活性化という問題を政治哲学的な視点か ら見ますと、コミュニタリアニズムを巡る問題やローカル・コモンズに対する国や地方 自治体の役割論に関する問題があります。発電事業に関していえば、助成金で十分か、 それとも公社まで必要なのか等です。諸富報告では、やはり自主性が大事なので、トッ プダウンは駄目だということでしたが、今後、どのような形で行政なりが関与すべきな のかという点は、非常に重要だと思います。最後の飯國報告にありましたように、所有 権調査費用の問題はやはりある程度公的に負担しないと事業開始の前提条件が満たされ ないように思われます。 それと、そもそも論として、今回のようなテーマを検討するにあたって我々大学人は

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理論と実践を意識的に区別する必要があるという点も重要だと考えます。すなわち、地 域活性化と森林の過少利用対策のために、経験科学として社会科学は何を言えて、何を 言えないのか、このような、やはり学問としての位置付けというのは、われわれはきち んとしなければいけないのではないかということです。 上との関係で社会理論や社会実践を主張する場合、各々の立場が前提とする人間観に 注意を払わなければならない、ということも重要だと思います。今回、三報告の中で、 政策提言のためにどのような人間観を前提にしているのかということは、微妙な食い違 いがあるように思われました。すなわち、合理的経済人が前提にされているのか、それ とも連帯を重視する人間像かという点です。また個人に還元できない社会関係資本とい うものを、各自理論における方法論の中でどのように位置付けるのか、このようなもの も、非常に大きな問題としてはあるように思えます。 簡単で不十分ですが、論点整理として、このようなことをコメンテーターとして言わ せていただきます。どうもありがとうございました(拍手)。 (松本) 赤間先生、ありがとうございます。次に並んで座るような形になって頂きた く存じます。3人のご報告をいただいた先生方に対して、質問が来ていますので、まず、 各先生方から最大10分ぐらい、合計30分ぐらいで応答いただき、今、赤間先生からご指 摘を頂いたような論点、あるいは他の点でも構いませんけれども、適宜、議論を深めて 行きたいと思います。 では、いきなり質問が回ったところで、回答というのも恐縮ですけれども、報告の順 番でよろしければ、諸富先生からお願いします。 それからあとは、他の先生方から出た報告に対する応答というか、質問のようなこと でも構いませんので、大体、10分をめどにお願い致します。それから、例えば飯國先生 の報告では、何度か話が出ていますけれども、要するに、諸富先生及び那須先生のご提 案が、どのぐらい現実的なのかというふうなご指摘を含んでいたと思いますので、それ に対することでも結構かと思います。 (諸富) 分かりました。最初に書いているのが飯田市の地域環境権条例ですね。果た して、このような条例をつくらなければいけない危機的状況があったのかどうかという、 背景を詳しく説明してほしいという趣旨です。そう言われてみますと、条例を制定しな ければならないほどの何か危機的状況と言われるものが、特にあったわけではなかった と思います。そういう条例をつくらなくても、それなりに飯田市はやっていけたでしょ

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うし、それがなければ、財政危機に陥ったり、住民が生活困難に陥ったりするという状 況でもなかったと思います。 ただ、飯田市の場合には、先ほど地図をお見せしましたように、どこからか助けてく れる場所にあったわけではなく、長野県庁がある長野市から非常に遠く、県庁との関係 は疎遠で、県庁を飛び越えて国と直接つながって先進的な施策を実施してきたのが飯田 市だというイメージです。他方で、先ほども講演の中で触れましたように、それこそ江 戸時代の昔から、ある種の自治的な意識と組織が住民の中にあり、その中で、自分たち で自分たちができることをやっていくという、もともとそのような風土があったのです。 それをさらに、現代的に形にしていくための公民館制度というものがうまく機能し、さ らにそれを、意識的に自治体職員のトレーニングシステムと組み合わせる形で公民館制 度を現代的に使ってきた歴史があります。 ですので、今日は環境エネルギーに関してお話をしましたが、公民館は、飯田におけ る他のいろいろな政策領域でも、話としては出てきます。そのようなものが、ベースと してあった中で、昼間は会社の人、市役所の人、学校教育の人と分かれているのですが、 公民館という場で住民として全部一緒になるのです。ですので、民間企業と公共部門、 民間企業とNPOの関係など、非常に重層的な協力関係が構築されることになります。地 球温暖化問題についても、目に見える形でそれが飯田に被害に及ぼしているということ であったら、すごく分かりやすいのですが、飯田の取り組みの背景には、被害というよ りも、学習による問題への認識の深まりが作用しています。環境問題というのが世間で 議論され出したころに、これは何なのかという疑問を深めていく中で、自分たちにでき ることは何かを議論し、非常に身近な環境問題として彼らは、バイオディーゼルの問題 と廃油の問題を取り上げたわけです。それともう一つ、地球温暖化の問題が出てきて、 それに対して自分たちにできることということで、再エネが取り上げられたというわけ です。 そして問題提起があったときに、その人は孤立してしまって、挫折に向かっていくの ではなくて、その人を助けようとか、あなたが持っている「何かをやりたい」という意 思は非常に良いものなので、協力しようという人が現れてくるのです。お金を出すとい う形であれ、具体的に組織で協力するという形であれ、ビジネスパートナーシップを組 むという形であれ、協力関係を構築していくプロセスです。常に出てくるのは「信頼」 という言葉でして、金儲けを優先するよりも、ビジネスを通じて信頼関係を構築してい く方が先だと、お金は後から付いてくるというような精神をすごく感じます。 そのような中で飯田市というのは、県庁からも、先ほど言いましたような話で、自立

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をし、自分たちの町として、国からの補助金や、県庁からの助けに頼らず、自分たちの 町を発展させるにはどのようにするかという思考法で、恐らく市役所の人たち全員とは 言いませんが、その精神でかなり徹底しています。そして、若いときに公民館に主事と して送られて、住民にもまれる中で成長するという話をしましたけれども、彼らは何か イベントを打つ、政策を打つときに、自分たちが1から10までやってしまうということ はあえてやりません。具体的には住民協議会方式といいまして、住民に仕事を全部振っ てしまいます。住民自身が組織をつくり、運営委員会をつくり、彼らが音楽祭でも何で も自ら企画立案し、実行します。 いま、非常に有名になった国際人形劇フェスタにしてもそうですが、世界中から人形 劇の演者がやってきて、飯田で公民館を舞台に2週間にわたって、飯田市内の各地区で 人形劇を公演します。これを成功させるために、住民が舞台を作り、劇団員のお世話を し、民宿で劇団員だけでなく観客も宿泊客として泊めて、全体を運営しているのです。 このように全部、自分たちで何でもやることを行政的に裏から支えています。事務処理 や運営の仕方など、法律の知識や会計の知識、行政との関係性などをよく知っている職 員の方が得意とする事務処理もありますから、彼らが裏方として住民を支えます。です ので、全部、役所が直営でやってしまって、住民が付いてきなさいというような姿勢で はまずないのです。 そのような発想が、市役所の中で徹底しているので、例えば国の補助金を取った場合 も、市が直営で事業をやってしまうのではなく、民間でその公益的な事業を担ってくれ る人々を募ることになります。こうした土壌の延長線上に、地域環境権条例が出てきた という理解をしていただいたらいいと思います。ですので、市が自ら何かをやることを 可能にするための条例ではなく、飯田市の中から立ち上がってくれる住民や企業を支援 する条例だという点に、この条例の特徴があります。何か大きな危機でもない限り、こ のような条例は出ないのではないかというご質問の趣旨だと思いますけれども、お答え としては、飯田市の歴史的な自治の文脈の中で、普段から培われてきた自治力のなかで、 公民協働の自然な形として、条例が生み出されてきたと理解して頂ければ幸いです。 他の市でも可能かという質問なのですが、可能だと思います。可能だとは思いますが、 形だけをまねても、なかなか実現は難しいかもしれません。私自身は、自治組織の涵養 と恐らく車の両輪のようにして持っていかないと、本当はうまくいかない仕組みだと思 います。誰かがリーダーとして、突然変異的に出てきて成功してしまうケースがあるか もしれませんが、どちらかといえば市役所がやっていくのであれば、全部、定型的に展 開できると思うのですけれども、民間の企業、あるいは住民組織が公益的な事業を担っ

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ていく場合には、人の問題、組織の問題、協力関係の問題、信頼関係の問題が出てきま すので、そういったものがすぐ短時日で成功する土壌が生まれてくるものではないです ので、これらの要素を地域でどのように涵養していくかというポイントを外してしまう と、制度的に同じようなものを造っても、実際には機能しないでしょう。 よく聞かれるのが飯田と同じような条例をつくってみました、仕組みをつくってみま した。しかし、おひさまの原さんのように、自ら手を挙げて、リスクを取って行動して くれる人が、わが市には現れないので、どうしたらいいのでしょうかという、人材不足 の悩みです。こうした悩みに表れているように、まさに人材をどのように輩出し、周り がその人を押し上げていくような協力関係、信頼関係、組織を構築していくのかという ソフトの問題が決定的に重要だという点は、以上のような経緯からもお分かり頂けたの ではないかと思います。 時間になってしまいました。 (松本) 何かあと一言ぐらい、皆さん、やはり諸富先生や那須先生のお話を伺いたい のではないかと思います。 (諸富) 分かりました。もう一方も非常に面白い質問をしていただいたのですが、所 有権の問題とも関わってきます。飯國先生のお話に対するコメントもせよということで はありますので、飯田は、実は、木質バイオマスについてはまだ本格的には取り組んで いません。視野には収めているのですけれども、本格的には取り組んでいません。その 背後には、恐らく、飯國先生がご指摘になったような問題を市の側もよく認識をしてい て、森林組合とも話をしているのです。しかし、これをうまく動かしていく前提条件が そろっておらず、「おひさま進歩」にしましても、薪ボイラー事業から手を付けているわ けで、それ以降に進むかどうかについては慎重に見極めているところだと思います。本 当に燃料としての木材が経済的に回る仕組みの中で、量的にも十分集まるのかどうか、 団地化、集約化というものが、本当に森林・林業再生プランが想定しているような形で 実行できるのかどうかということについて、恐らく慎重な議論がなされているのだと思 います。 それに比べますと小水力の場合は、ご質問をされている方も「利水権」の問題という ことに言及されています。これは所有権ではないですけれども、ある種の権利です。こ れをそれぞれが持っているのをどのようにしているのですかということなのですけれど も、これは集落単位でそれを持っているわけです。ですから、森林の話を聞いていて難

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しいなと思ったのは、本当に個々に分断された所有権で、自己完結的な権利ですので、 束にして議論するというのがなかなか難しいのです。ただ、水の場合は性質が違うのか、 後で那須先生、その他先生方にコメントを頂きたいのですが、流水の場合には、ここか らここまでがあなたの分という形で物理的に何か権利を個人的に分離できるわけではな いのです。個々は確かに権利を持っているのですが、分離できるわけではなくて、従っ て、その河川を持っている集落全体を相手に議論することになるのです。そこも限界集 落とまでは行かないのですけれども、将来的には人口減少で存続の厳しいとみられてい る集落です。小学校が存続できるかどうかぎりぎりのラインであり、これ以上、人口減 少が進行して子供の数が減ると小学校もなくなってしまう。そうすると、もう集落とし ての再生産ができない。こうして将来像を描けない中で、この小水力発電をやることに よって売電収入が生まれ、その売電収入を再投資して地域を浴していく可能性について、 住民は初めて知らされます。そのようなことを知ると、非常に住民は希望をもって元気 になっていくわけなのです。 座して死を待つわけではないのですけれども、このまま何もせずに衰退していくのか、 それとも自分たちとして、水利権を集約化していって、みんなのために共同で権利を使 い、新しい事業を起こすことで、その売電収入を地域の再生に役立てていく。そうする と、実際にすでに動きは始まっているのですが、移住してくる人も現れてきますし、そ の地域に残ろうという人も出てきますし、ベクトルがこれまでとは逆に良い方向へ向い てくわけなのです。ですから権利を集約化して、共同で利用するという形で、個々の人 たちが所有権に固執せずに、みんなで議論をして将来に展望が開けるような形で権利を 利用していくという方向にポジティブに持っていくためには、外からの働き掛けがなく てはあり得なかったと思います。実は、いろいろな補助金をもらって協力し、役所以外 の方にも協力していただいて、小さなレベルのワークショップを何回も開催しています。 まちづくり協議会というものが飯田にあるのですけれども、そこを舞台にした説明会や ディスカッションなども、既に何回も重ねていますし、それをさらに小分けした小さな ワークショップも開催して、小水力発電とは何かを知らせることから始まり、やがては 住民自身が事業を興す可能性について、議論を興していっています。こうした展開を行 うことで、飯田については、この問題はクリアしてきたと思います。取りあえず、以上 です。 (松本) ありがとうございます。那須先生、お願いします。

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(那須) 質問プラスで二つ言いたいと思います。まず、ダークペレットです。先ほど の写真で、黒っぽいペレットが出ていたのですが、性能は違うのでしょうかということ ですが、カロリーは一緒です。違うのは、灰の量が、多分3倍ぐらい余分に出てきます。 ホワイトペレットだと0.2%か0.3%ぐらいですけれども、ブラックペレットは1%から1.2% ぐらいが出てきます。これは結構大きくて、例えば10アールぐらいのビニールハウスで ブラックペレットをたいていると、月4㎏ぐらいの灰が出てきますけれども、それが3 倍、4倍になってくると廃棄物の処理費用が掛かりますので、なるべくならホワイトペ レットの方がいい。いろいろな考えがあるのですけれども、ちなみにわれわれはホワイ トペレットを作ろうとしていますし、バーク、木の皮は乾燥用に使うということで、燃 料に使うということで、全部使い切るということです。農家の人が使いやすくするとい うことと、無駄なく燃料に全部使うということで、灰は工場の中で処理をするというこ となのかと思っています。 もう一つの質問で、発電で、木材の確保というのは非常に重要で、供給量と購入コス トについて、地域ぐるみの協力体制が必要ですか、かなり調整が必要でしょうか、調整 が大変でしょうけれどもというご質問です。これは、今、鋭意、進めているところでは あるのですが、かなり大変だとは思います。供給量と購入コストですが、ある意味、電 力を売る方は決まった値段で買ってくれますので、材料の方が、まさにお話ししました とおり、決定的に重要です。そこがうまくいかないと経営リスクが非常に高いというこ とで、全国的にも、先ほどは言わなかったのですが、二十数カ所を回って、日本にはバ イオマスがなじまないという間違った総務省のリポートが出ています。あれは、要は、 そのような供給側の問題です。材料供給の不安定さというのが決定的に原因になってい るのがほとんどです。 あとは、もともと国が出す補助金が、採算が取れる規模の額を出しません。最初から 試行後は無駄になってしまう程度の補助金を出していると言った方がいいのかもしれま せん。その二つが、結構、大きな原因です。ですから、総務省はあのように言っていま すが、国が自分でつくっている原因だと思います。私は地域ぐるみの協力体制が、非常 に大事なのだろうなと思います。先ほどの飯國先生の話にありましたけれども、いかに 地域の方の協力を得ながら、量と値段を合意していけるかが決定的で、まさにそこに努 力をしながら、年末まで安定的に確保しようという努力をしているところです。 このような事業をやっていく上で、先ほどの諸富先生の飯田市の事例があったのです が、それを実は去年、高崎市で地域活性学会というものがあって、確か、市長にお会い したのです。公民館の職員がパワーになっているというのは、私も実際そうだなと思い

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ます。地域で何かを動かすときに、やはり人間関係をつないでやらないと動かないので、 それを公民館にいる人たちは、日々、業務として、多分やっているのでしょう。顔つな ぎといいますか。経営の中で何が資源ですかと、これも前に一回聞かれたことがあるの ですが、われわれの経営資源は、やはり人間関係です。別にお金ではなくて、人間関係 でビジネスをつくっていっていると思います。 いろいろなレベルがあって、先ほどの公民館の職員というのは、地域レベルでつくっ ています。これも大事です。われわれも、現実に、そのようなビジネスを始めるときに、 そこもそうですし、ある意味、大中小で言うと、地域の小規模レベルのところと、まず 大です。大というのは何かと言うと、実は、われわれは大学に勤めていまして、うちの 会社の会長は、もともと民間企業の経営者ですけれども、大学の教授にお金を貸すこと 危ないものはないです。大抵、つぶしてしまいます。それでも大手都銀が勘違いしたの ではなくて貸してくれたということ自体が奇跡だったわけです。それは、いろいろな人 間関係、お互いの人間関係を保ってきたということだと思いますが、それでうまくいっ たのです。 大があって、小があって、中ということなのですが、実は中が一番厄介でして、結局、 小を積み上げていくしかないのですが、先ほどの産業クラスター、組織間のクラスター と言ってもいいのですが、そこをうまくまとめて事業を安定化させようとなったときに、 いきなり中でいっても、結局は失敗しますね。そこは階層的になっていて、大で全体の 枠組みを押さえながら、小を積み上げていくという、抽象的な話で申し訳ないのですが、 今、ビジネスをまさにやっているところなのですが、そういうふうにやっていかないと、 恐らく、地方でのこのような事業はうまくいかないかなと思います。先ほど、まとめて いただいた中に、合理的な人間という話がありましたが、人間としては合理的ですね。 経済的には超合理的です。超合理的であるが上に、非合理的だというのが結論でして、 大抵のものはつぶれていくというのが、典型的なパターンだろうとに思います。 それから、先ほど公の機能という話がありましたけれども、それと再生エネ法の法律 上の正当性ということがあったのですが、FIT、再生エネ法というのは、私は正当性が あるのだと思います。いろいろな目的がありますけれども、基本、お金の流れを適正化 するということです。日本全体を考えたときに、これというのは、要は、全体の幸せに 反するかと言ったときに、都市部と地方部の関係というのをいつも思うわけです。高知 県というのは、完全自由貿易主義の共通の通貨を持った、超自由貿易主義国です。そこ で年間6,000億円の赤字を出しているわけですから、ギリシャのようなものです。あれ も、私はドイツの責任だと思っていますけれども、そのようなことになるわけですから、

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ある程度、補助金が流れてくるのは、その補助金とは違う形式で電力がある。その中で 地域活性化をしていくことが全体プラスだという意味で法律的には正当性があるのでは ないかと思います。 先ほど、飯國先生が言われた、要は山の話です。あれを解決するのは、多分、大変だ と思うのです。ただ、今の話で言うと、山に価値が生まれてくると動くと思うのです。 ですので、山に価値をつくる方法として、材として見るのか、カロリーとして見るかに よって、全然違うのです。例えば、丸太で見ると、全体の60%ですけれども、カロリー で見ると100%です。残り40%の熱量を捨てているわけです。そのような目で見たとき に、山の価値は高まりますし、その山が動くことによって、カロリーを買うというビジ ネスモデルをつくることによって、木材産業も必ず動き始めると思うのです。山が動く ということは、木材産業が動くということになるわけで、今以上に、その材が動くこと です。木材産業を動かして、動いた財で燃料を買わせてもらう。また、その逆もあるの かとも思います。そうすると、活性化につながっていくかと思います。 もう一つは、行政の役割なのですが、先ほどの木質バイオマスもそうですし、この発 電もそうなのですが、われわれがこの何年間かやっていて一番感じるのは、やはり何だ かんだ言っても、先ほどのとおり高知県は中小企業の集まりですから、信用力も資本力 もないわけです。その中で、このように活性化していくというときに、やはり大企業の 信用力、資本力に勝つために、下駄というのは絶対に要るわけです。それが補助金なの か、あるいは特別な支援なのか、先ほどの飯田市などは、私はうらやましいですが、そ のような形をつくっていくのは、特に高知県のような、あまり強い企業がないところに とっては、非常に重要な行政の役割なのだろうと思っています。 (飯國) 私の方には質問票が1枚来ています。高知県の森林環境税と不在地主の管理 の怠慢とはどのような関係にありますかという、これはなかなか厳しくて鋭く、私の報 告の真ん中を突くご質問です。私は高知県の森林環境税について設計から第1期まで関 わってきました。その設計のときに、やはりこの問題が出てきました。要するに管理を 怠った不在地主に対して金を出すことの正当性に関する議論です。 もともと環境税は二つルーツがあって、その基礎となるゾーニングについて、高知県 は国より先に始めていました。ここでいうゾーニングとは林地区分です。この土地は林 業をやります、他方、この土地は林業には向かないので、豊な自然として残しましょう といった区分をするのです。このうち、後者の森では林業からの収入がありませんが、 下流の人々に水源かん養効果とか生物多様性などの便益を提供するはずです。そこで、

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この種の森林については、その維持費の一部を下流からもらってもいいよねという話を 高知県ではしていたのです。その頃、ちょうど地方分権一括法が通って、地方で税金を 取ってもよいことになったので、そうした税金を高知県でつくろうという話がもちあ がったのです。 以上の経緯から明らかなように、下流の方からお金をもらって上流に提供しましょう という発想が県にはありました。ですから、そのような意味では森林の維持を補助する 税金を作る点については違和感なく、議論が進みました。しかし、整備をしないまま放 置されている森林の間伐をするのに、100%の補助をするという現在の森林環境税の使 途の是非については、所有者責任を考慮すべきだとの意見もあって、さまざまな議論が ありました。 その後この100%補助金の議論が再燃しました。それはその補助金が年度末に残るよ うになってからです。100%補助をするのに、所有者が反応しないのです。ここでも所 有者責任をどうするかの議論はありましたが、結局、当時は制度を変更しませんでした。 先ほどの質問に対しては、高知県の森林環境税の制度では不在所有者の問題を明示的 にとり上げていません。ですが、それに関する議論はありましたし、繰り越しでお金が 残り始めて、所有者責任問題が露呈したところもあるのではないかと思っています。私 は、このことが契機となって、今日ご報告した分析も始めました。 次にお話したい点は私の報告の位置づけです。松本さんからは私の主張は所有者問題 が解決しないと、新エネルギーは現実性を持たないといった趣旨であると位置をされた かと思いますが、私の気持ちとしては新エネルギーを本当にやるためには、恐らく、こ の問題をクリアしないと難しい、つまり発展のための前提条件だというふうに考えてい ます。 先ほど、那須先生がおっしゃったように、新エネルギーで付加価値が十分に得られる のであれば所有者の意識も変わるかもしれません。それを契機に自らの森林の利用や管 理を考える契機になるかもしれない。ただ、現状の一定の規模の森林が集まらない状況 では、付加価値そのものが実現できません。鶏と卵のようなところがありますが、まず は土地の集積が可能な仕組み作りが重要だと思います。 所有者の管理責任の放棄は、林業に限らず農山村全体で頭を悩ませている問題です。 総合的な検討をした上で、私有権をもう少し制限すべきだろうというのが私の意見です。 (松本) ありがとうございました。「非常に面白い」と言うと、無責任に聞こえてしま うかもしれませんけれども、現実的にも非常に興味深い問題であると同時に、学問的に

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も非常に深い問題を含んでいると思います。 ここから先は、一応、私の方から、若干、論点の大枠だけは示すような形にしようと 思いますけれども、なるべくご自由に、報告者の先生方及び赤間先生はもちろん、フロ アからも適宜ご発言いただきたいと思います。 大枠として示させていただきたいのが、エネルギーです。特にエネルギーという観点 に注目して、地域おこしをどのようにするかというのは、恐らくこのシンポジウムの最 初の問題提起になるのかなと思います。ただ、そこで、特に事業をどのように進めるか というところで、飯國先生は、前提、条件とおっしゃいましたけれども、例えば、森林 の資源を取り出す際に所有者というのが当然いるわけですから、その所有と利用と管理 の関係が問題になります。また、行政はどう関わるのか。これをどのように整理して、 マーケットベースにうまく乗せていくというふうなことが大枠としては問題になってい るのではないかと思います。 まず、エネルギーの話をちょっとだけ先生方に伺ってみたいと思うのですけれども、 諸富先生がご紹介されたお話は太陽光です。今、まだよく分かっていないところを伺い たいのですけれども、木質バイオマスの場合だと、森林という土地の所有権が完全に問 題になるところから、ものを取り出さなければいけないということなのですけれども、 太陽光の場合はそのような問題が比較的少なくて、だからこそ先にそこは動き出したと いう理解で、大体、大丈夫なのかということをお伺いしたいのです。 (諸富) 飯國先生のご報告を聞きながら、あるいは、その後のディスカッションを聞 きながら、私もそういうふうに感じるところが多々ありました。幾つか再生可能エネル ギーがあって、先ほどのお話では、再エネとバイオマス利用というものを念頭に置きな がら、山の問題で所有権という問題に行きつくわけですけれども、再エネは他にも太陽 光や小水力、風力もあるわけです。あるいは、もう少し言いますと、潮力などもありま すけれども、それを考えていくと、やはり一番権利関係でハードルが高いのは山の問題 なのかなという気がします。 ですから、水利権も問題なのですが、先ほどの飯田のケースで話をしようとしたとき に、一応、権利を持っている方全員ではないかもしれませんが、かなりの程度、その集 落に権利をもつ住民が住んでいらっしゃって、その集落の将来をどのようにしようかと いうことを、当事者として住民が議論できる環境がまだあるということです。ですから、 その権利をどのようにするかという、自分の将来、あるいは自分の集落や自分の子ども の将来と重ね合わせて議論ができるので、ポジティブな方向に行くのです。飯國先生の

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ご研究で、さすが、これはやはり社会科学の現地できちんと調査をして、データを調べ られて、実態を明らかにするというのは、すごく迫力のあるご研究で素晴らしいなと思っ たのですが、そこで明らかになってきたのは、権利をもつ当事者が、その場におられな いということですよね。 当事者がいないので、無関心が支配的となり、その地域をどのようにしようかという 議論の場に、権利を持っている人が議論に参加しないので、それが一番問題だと思うの です。となると、究極の問題というのは、やはりいろいろな意味で「外部不経済」と経 済学でよく言いますが、山が荒れるという問題もそうですし、「外部不経済の内部化」の 論理を応用すると、本当は権利を集約化して、その山を、本当にその地域に役に立つ、 その地域活性化のために使いたいのに私的所有権がネックになって、しかも、その私的 所有権というのは法律上あるだけで、もうその人は存在しなかったり、外に行って、も う関心がない人だったりするわけで、それは本当に守らなければいけない権利なのかを 考えなければならない。しかも、もはや山は、山主さんにとっても経済価値を生まない わけです。そうでありながら、周りの人がその山を利用できない根っこに、所有権の問 題がある。しかし、現実にこうした問題がネックになって、周囲の人々に山の荒廃とい う点で悪影響を与えているわけです。これを、所有権はそのままにしながらも、その地 域に実際にいる人たちが、山をこのように使いたいという合意が形成された場合に、所 有権を切り離す形で、その利用権を集約して住民の集合的意思決定にしたがって共同利 用できるような道を切り開くべきではないでしょうか。そして、所有権に何らかの形で 補償をするから利用させろというふうに話を持っていくことはできないのかどうかとい うことが、次の社会科学の課題であるような気がします。 (松本) 私が司会者なのに、勝手にしゃべると「何だこいつは」という感じになって しまうかもしれませんけれども、私からレスポンスさせていただきます。飯國先生の代 弁をするわけではありませんけれども、飯國先生がおっしゃったことの中身の一つは、 「結局、森林環境税で補助金を財源で確保しました。しかしながら、補助金を落としたけ れども、意外と使う人がいなかったというお話であったので、そうするとインセンティ ブを単に与えるというだけの問題ではないのではないか」ということではないか。それ が、多分、問題提起だと思うのです。私が先ほど提起をし忘れていて、かつ諸富先生が ご指摘されて非常に重要だと思った点は、やはり、人が地域にいないということによっ て、関係が失われ、かつ外部性が生まれるというふうなことが、ご指摘として非常にあっ たと思うので、そのあたりをどのように構成するかです。それが描けると、結構、面白

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いのではないかと。那須先生、何かございますでしょうか。 (那須) 赤間さんの法令上の見解をお聞きします。 (赤間) 私がコメントするようなことではないですけれども、飯國先生が森林法に言 及されたように、強制力を持って、実質的に何らかのサンクションを課すというのは一 つの手法としてあります。しかし、我が国においては所有権尊重の考え方が強いので、 そこまでうまくいかないのではないかというのがあります。また、那須先生と諸富先生 に質問なのですが、行政訴訟で多いのは、いわゆる第三セクターが破綻したときに起き る問題です。長野の安曇野で起きた事例では、トマト生産に対して自治体が債務保証を したので、事業破綻後の公金支出が住民訴訟で問題になりました(平成22年8月30日、 東京高裁平21(行コ)298号)。県や市の債務保証、これはどのようにお二人はお考えに なるのかということをお伺いしたいと思います。 (諸富) 具体的にどのような問題でしょうか。 (赤間) 今回のような新しい事業を立ち上げる場合に、銀行から資金を借り入れる等 をした場合に、要するに連帯保証や債務保証を自治体が行うのか、という問題です。 (諸富) それは、飯田の場合、市は全く負いません。純粋に民間事業としてやるので、 何か問題が起きた場合には、事業をやる方が全部負います。その代わり、リスク管理を しています。特に原さんは大学を出た後、実は金融業をやっていらっしゃったのです。 ですので、リスク管理については、もちろん習熟されていますし、事業が失敗する場合 のことも想定されています。損失が生じた場合のリスクが他の事業に波及することを防 ぐために、ファンドは、実は全部小分けしされていて、一つのファンド事業が失敗して も、他のファンドにその損失が波及しないようなリスク管理をしています。リスクがこ うした発言した場合でも、それを局所に抑え込む、それでもカバーしきれないリスクの 顕在化については、自分が負うという覚悟はされています。 (赤間) 全国的に一般論として、県や市が債務保証のようなことを負うことには反対 でしょうか。高知でも、あるいは他のところでも、一般論としてそのようなことはすべ きではないと、先生は反対でしょうか。

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(諸富) 債務保証を負う何らかの公益的な理由があればいいのですけれどもね。一番 の問題は、それがプラスの効果、要は信用補完をすることによって、本来ならば採算に 乗らないような、あるいは民間の金融機関が危なくて貸せないというようなものでも公 的債務保証があることで、民間金融機関が資金を貸せるということだと思うのですけれ ども、それが起こすモラルハザードが心配です。しかし、再エネ事業と言えども、事業 を始める方は、いくら再エネで規模が小さくて、実は十分な経営としてのノウハウがま だ乏しいといえども、自らがリスクをしっかり管理し経営する主体になるのだという責 任とともに、発現しうるリスクについては自分が負うという覚悟を見せなくて、周りの 人が付いてくるだろうかと思うのです。最初から債務保証があるならできる、というこ とを言ってしまうことによって、この方は公共部門におんぶに抱っこで、いざとなった ら救済を求めるのではないか、というのが見えてしまいます。その瞬間に、周りが引い ていくと思うのです。 (赤間) どうもありがとうございます。那須先生どうですか。 (那須) 答えにくいのですが、多分、われわれのケースで言うと、銀行からお金を借 りています。これは、プロジェクトベースのファイナンスなので、金利は多少高いです が、少し取られている担保はありますが、個人保証は取らないということなので、そこ はクリアしています。そこまでやってくれたので奇跡なのです。ですから、行政が債務 保証をするという必要もないということです。逆に、補助金をもらうわけですけれども、 つぶれたときに、補助金の損害はどうなるんだと、逆にそちらの方が心配です。 ですが、先ほどお話ししたとおり、ビジネスなどというのは、いくら優秀な経営者で も、10個立ち上げて三つ成功したら、これは会社としては御の字なので、その一部の問 題、行政がそのようなビジネスにはリスクがあるということを理解しないで対応すると いうことと、かえって、事業を立ち上げたい人の足を引っ張るということにもなるのが 最大の問題かなというふうには思います。今回の場合、要はプロジェクトベースで、担 保をほとんど取られなかったということで、個人保証を取らないということでラッキー だったわけですけれども、逆に言うと、それぐらい信用されなければ、事業として手を 出してはいけないのかなというふうにも思いますし、銀行はそれで信用してくれたわけ ですから、行政に債務保証を求めるということは、私は、個人的に反対です。それはき ちんとビジネスとして成立するものを、責任を持ってやるということのわけですから、 与えられた環境の中で、それをきちんと経営として判断することが基本ではないかと思

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います。モラルハザードのようなものが、当然出てくるかなというふうには思います。 (赤間) どうもありがとうございます。 (松本) ぜひ、何かありましたら、伺いたいと思いますが、もしなければ、私の方か らいろいろと分からなかったことを少し伺って、それで所有権の話は最後に持っていき たいと思っています。そこに行く前に、那須先生に、お伺いしたかったのですけれども、 先ほど飯國先生から出てきた話の中で、なかなかまとまったボリュームでかついい値段 で、木材が出てこないのではないかという話がありました。しかし、那須先生は実際に その事業を立ち上げられているので、あまり細かく聞いてはいけないのかもしれません けれども、宿毛の辺りで事業をやられていて、何かうまく条件が合うところがあったと いうことなのです。要するに、最初に条件の良いものに手を付ければ、確かに銀行も乗っ てきてくれそうな気もするので、そのような条件が整っていたというのがうまくいった 理由の一つなのでしょうか。 (那須) 銀行というか高知県もそうなのですけれども、材が具体的に確保できるとい う、要は書類上の保証と言いますか、それは求められないわけなのです。それは書類上 なので、書類上と言うと無責任ですけれども、要はそれを確保するということで、関係 者のご了解を得て、出しているというのは基本です。ただ、その後、具体的に、ではど のぐらい、幾らでということについては、個々の話なので、そこから努力が始まるわけ です。ですから補助金や融資が決まったあとも、継続してそれを確保していくという手 順ですので、それが、条件になっているということではないです。逆に言うと、それだ けのリスクがあるのだけれども、主に銀行ですけれども、そこは信用してくれたという ことだろうと思います。 (松本) もう一つだけ、しつこいですけれども、これは3人の先生方にご意見を伺い たいと思っていたのですが、コモンズ論という学問的な領域があり、その関係でこのシ ンポジウムもあるのですけれども、その中でよく出てくる概念で「信用」という概念が あります。それがまさに赤間さんが、今、聞かれた、例えば債務保証をするかという、 要するに、そのような金融ベースの信用の話ももちろんありますけれども、それと同時 に、当然、社会関係資本というような言葉も出てきましたけれども、人的なネットワー クなど、そこから出てくる信用のようなものもあると思うのです。要するに、今、那須

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先生にしつこく伺ったのは何かと言いますと、結局、その信用というのは、中身は何な のかというところです。それに関して、三人の先生方のご意見を伺いたいと思います。 (諸富) 那須先生は素晴らしいと思いました。やはり那須先生の人柄と、多分、先生 は何年間ぐらい、この地で。 (那須) 10年。 (諸富) 10年、ということで、その10年の間に蓄積されたネットワークと、それから やはり、那須先生の知識や技術の蓄積で、那須先生だけでなく、那須先生の周りにいらっ しゃる方々、那須先生の事業に理解して協力されている方々の、塊のようなものが、全 て集積して一つの信用を形成しており、社会関係資本、あるいは人的資本というふうに 言うのですけれども、そのようなものの蓄積が、恐らくビジネスを成功に持っていくで あろうという見通しを周りの人に与えるわけです。それに向けて努力をしていらっしゃ る、那須先生の行動と姿勢も見えるわけです。この方は、途中で投げ出したりするよう なことをしない方だろうと。あるいは、新たなことが起きても、事故が起きるリスクが 現実化しても、正しい対処をして、それが広がらない、ビジネスに根本的な毀損になら ない段階で問題を抑え込むことが、この方ならできるであろうというようなことがあっ てのことで、多分、銀行は判断するだろうと思います。それだけ担保されているのです。 担保を押さえないと、普通、こういうファイナンスはなかなか難しいです。 本当だと、ファイナンスを組むために、相当な調査をしますので、場合によっては与 信会社に調査をさせて、こんな大量のリポートを出させて、それでビジネスが本当にリ スクも含めて成り立つのかということをチェックさせて、ようやくゴーサインを出すの で、コストだけでものすごく高いのです。その段階で、再生可能エネルギーで微々たる 利潤のものであれば、とても割に合わないので、通常、プロジェクトファイナンスを適 用するのは無理だと言われる領域なのです。そこが通ってしまったということは、よほ どだということだと思います。 やはり同じように飯田も、原さんは「歩く与信」と呼ばれていて、歩く信頼できる人、 与信が歩いてくる人だというぐらいなのです。ですから、信頼が神格化されているとい うことなのです。結局、金融の世界でもメガバンクの世界と、それから地域金融の世界 は、よく話を分けたりします。つまり、リレーションシップバンキングという言葉があ るように、信頼を社会関係性の中で生み出していくのです。それがメガバンクだと、メ

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ガバンクの中で人事異動があって、3年に1度ぐらい、全然関係のない任地に振られて、 支店を回っていたりします。ですから、全然、地域も分かっていないし、誰々さんがど のような人で、家族関係はどうなっているなどという事情は分からないのですけれども、 地銀や信金は地域に密着しているので、その人の人柄から家族構成まで、場合によって は先代から知っているという世界です。ドイツでも、再エネと地域金融機関による融資 の関係を調査しましたが、地域密着型のフォルクスバンク(国民銀行)などは、まさに 顧客の家族構成から誕生日まで全部個人情報がインプットされている中で、この人に貸 せるのかどうかをその人の信用判断で見極めがつくと言うのです。その人は信用できる のかという情報が、密着した関係性の中で蓄積されているのです。 そのような意味では、銀行と信用、金融と信用ということを考えた場合に、地域でや る場合には、人間とその人間関係の蓄積によって信用をつくり出し、通常なら「ん?」 と思うような、メガバンクならバツを付けるところでも、地域金融機関の側にも、地域 に新しいビジネスが発展して、所得を生み出してくれないと、結局、自分たちの収益が 縮小するだけですから、多分、本当は貸したいのです。なので、そこを貸せるかどうか の判断を人間とバックにある無形の資産に着目して、この方ならビジネスをつぶさずに やっていけるとメガバンクなら判別がつかなくても、地域金融機関なら判別できるとい う利点があるはずです。仮にうまくいかなくても、大きく元本を毀損することはないだ ろうという判断をしているのです。それがすごく、那須先生の話を聞いていて、なるほ どという気がします。 (松本) 歩く信用の那須先生。 (那須) 私は信用はないです。あるかないかは分からないですが、多分、私が社長を する上に会長がおられて、会長の信用がやはり絶大です。やはり地域の信用というもの はそのようなもので、先ほどの信用ということで言うと、これほど地域特性が反映され るものはないと思うのです。いろいろな地域で複雑な事情があり、構造があるわけです けれども、そこにうまく入っていって、信用をつくっていただいているということだと 思います。みずほ銀行と四国銀行なのですが、実は四国銀行の方がもっと貸してくれて いて、ですが、みずほ銀行が決断してくれたので、みんなが動き始めたということです。 ただ、今思い起こすとよく信用したなと。それは、例えば、われわれは事業を始めてやっ ていくときに、毎月訪れる危機をどのように乗り切るのだということを綱渡りのように やっていまして、その綱渡りをやっているわれわれを、よくその前に信用したなと、今

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は思います。今は安定してきましたから、いいのですけれども。そのようなところです。 ですから、先ほど言われたとおり、そのような能力はないと思っているのですが、で すが、そのようなリスク回避能力のようなものが金融の中では出資する条件としては多 分一番大事なのだろうなと。この経験をした私が金融機関に行ったら、やはりそれを基 準にという気はします。信用ということで言うと、先ほども出ていたのですが、資本力 とともに、やはり高知県の企業は大企業に比べて弱いわけです。ですから、そこを補完 する、与信を補完するような機能を、地域、行政を含めて、あるいは銀行と行政がタイ アップする形で、つくっていけないのかというのはあります。そうすると第二、第三の 地元企業があるボリュームを持った、小さい事業ではなくて、本当に地域の収入を増や すような、数十億円単位の収入を増やすような企業というものが生まれてくるのではな いかと思うので、そのような制度をつくっていく必要があるのだろうなと思います。 (飯國) 信用というキーワードでいいのですか。銀行という話だと、私はノーコメン トになりますが。 (松本) 信用でいいと思います。 (飯國) いいですか。森林に関する信用では、事業者と土地所有者との間の信用(信頼) が重要かと思います。この信用(信頼)は森林組合がずっと組合員に情報を発信を続け ていると形作られるものだと思います。先日、調査した森林組合は、非常に優秀で、毎 年1回、総会の資料を渡して、必ず送付していました。そこはいまでも組合員との連絡が きちんととれており、それこそ信用される森林組合となっています。しかし、どうも、 普通は、そこまで小まめなことはしないようです。 連絡をとっていない多くの森林組合では、森林組合と組合員の間のまさに信用(信頼) がなくなります。そして、この状態が長く続くと、多分、森林組合からぽつんと、間伐 しませんかと言われても、そんなものは信じられるかという話になると思うし、ちゃん とやるかどうかも分かりません。ですから、その関係をもう一回、組み直す必要がある と思います。 でも、いったん壊れてしまったものをどうするのか。これが難しい。どうしようかと 思ったとき、この前、全然別なところで「はあ、そうか」と思った事例があります。中 山間の介護サービスを大手の株式会社が請け負うという話を聞いたのです。都会にいる 息子さんたちや娘さんたちが預けたいと思ったときに、その担い手は、今までは、もっ

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ぱら社会福祉協議会だったのです。その代わりにクロネコヤマトが入ろうというので す。運輸会社だからこそ、日常的な接触が可能であり、その中で信用(信頼)が生まれ る。その信用(信頼)を基礎に介護サービスを展開しようというのです。 信用(信頼) を考えさせられる事例でした。 (松本) ありがとうございます。非常に面白い話を、後でまた議論を続けられればと 思いますけれども、恐らく時間が、若干オーバーしてしまうかと思いますが、大丈夫で すよね。若干であれば。 重たい話を最後に持ってきた方がいいか思いまして、恐らく、森林の利用などという 話になるときに、最初から申し上げているように、所有が細分化され過ぎて、利用と管 理がなくなっています。それから所有権者がそこにいないということによって、先ほど の信用とも関わりますけれども、ネットワークが失われているといく状況を、今後どの ように改善していったらいいのかというのが、今日の提起された問題の中で、私にとっ て、法律学者ですので、一番、やはり重要な問題でした。そのあたりにつきまして何か、 今すぐ解決策ということはなかなか難しいかもしれませんが、何かコメントがありまし たら、ぜひ伺いたいと思います。最後は赤間さんも法律学者ですので、ぜひコメントを お願いします。最初に、赤間さんお願いします。 (赤間) 私の質問は、もうほとんど答えていただいたと思うのですけれども、特に第 三セクターなり公社の発想を諸富先生が、ドイツの事例で持ってきていました。それか ら地産地消で、今すぐにというわけではないのですが、発送電分離の関係で、今後、ど うあるべきなのかと、それができれば、地方はもう少し明るい見通しになるのか、こう した大きなテーマを三人方にお聞きしたいのです。 (松本) 問題提起ですね。分かりました。すみません。よろしくお願いします。要す るにエネルギーの話における、所有、利用、管理のようなところと、それから森林の話 です。二段階になってしまいますけれども、お考えを伺えたらと思います。 (諸富) そうですね。所有、利用、管理の話は、簡単にいかないですけれども、やは り、なかなか所有者が自発的に集まって、さあどうするかというふうにはならないと思 うのです。自分たちの所有権の枠だけに関心があって、それすらなくなっているわけで すから、この問題を解決するとなると、まずは行政と森林組合なのでしょうね。問題解

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決に向けて、何が必要になるかを議論し、その地域を要するに担っている人で、地域の 将来に非常に関心を持っている人たちが、最初にこの問題に取り組んで、障害となって いる問題を乗り越えていかないと駄目だと思います。その場合には、やはり、所有権と 利用権の分離をするしかないのではないかと思います。 所有権そのものを変えるのは、民法の根本問題を揺るがすことになるので、これはな かなか難しいとすると、その所有権は保持しながら、利用権をどのように分離するかが 問題になります。所有権と利用権は一体だとされてきたと思うのですけれども、そうす るとまずい問題というのは全国でいっぱいある。例えば商店街でも、商店主さんが廃業 したいけれども、かろうじてやっている。ですが、ビジネス的には全くイノベーション がないので、商店街はどんどんスーパーマーケットにやられて落ち込んでいきます。と ころが、所有権と利用権を分離して、まちづくりのタウン・マネジメント・オーガナイ ゼーション(TMO)を立ち上げて、所有権はそのままにしていながら、TMOが利用権を 束ねて管理し、商店街づくりを担っていく。商店街全体を見渡して、どこにどのような ショップを入れるとか、その代わり所有者には賃料を払うというふうにして、利用権を うまく活用していくことによって、有名な丸亀市のように活性化する商店街が出てきて います。 同じような仕組みを森林に入れられないでしょうか。つまり、森林マネジメントオー ガナイゼーションのようなもの。本来は森林組合の役割なのでしょうけれども、そのよ うな発想はないと思いますので、そのようなものをつくって、地元の行政が関与しなけ ればいけないわけですけれども、利用権を分離しつつ、束にした利用権をその地域が最 適になるように利用して、配分していくメカニズムをつくり出す。所有者には経済的な 補償を若干することで納得していただくしかないように、私は素人としては思えるとい うことになります。 それから、赤間先生の公社の点、言及していただいてありがとうございます。今日は テーマにならないと思ってきたので、全く言及しなかったのですけれども、やはりエネ ルギーというのは、その地域の人が生きていく上での食料と並んで、生活のベースだと 思うのです。これを本来、民間企業のビジネスとして任せるのがいいのかどうかという 点については、本当はずっと議論があり、ドイツでも議論がずっとあるのです。ドイツ の場合は、そこはこういう都市という形で、土地から切り離された人たちが集まってい る場所で、エネルギーを保障するためには、公が責任を持ってやっていくべきだという 観念が共有されています。その実施主体が、エネルギー公社になっているのです。日本 でも、戦前は結構、都市によって公営企業をみんなつくっていたのですけれども、それ

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が戦時動員体制になっていくにつれて、合併を強制的にさせられて、それが現在の9電 力体制になったということです。 今、再び、その地域でこういうエネルギーが問題になってきたときに、地域のエネル ギーを専門的にやる主体がいないのです。ですので、それをどうして生み出していくか は、結構、今後の大きな問題になるのかなと思っているのです。公社という形でやるの がいいのか、あるいは、飯田市でも公社を実は考えているのですけれども、ですがやは りおひさまのような民間会社が育ってきているので、このような方々に最大限伸びても らう、そのための土俵をつくるのが公共部門の役割であって、エネルギーはやはり、そ うは言っても公共的なものなので、公共的なラインから逸脱しないように土俵を公が決 めるけれども、その中でプレイしていただく方は民間という役割分担もあり得るのです。 公社というやり方も、一つの問題提起ですが、いずれにせよ、エネルギーを地域でマネ ジメントする公益的な主体をつくることが必要だというのが趣旨です。 (那須) 難しいのですけれども、在り方とどう持っていくかというのを二つに分けた 方がいいかもしれません。例えばビジネスなのか、あるいは公社的にやるということに なるのかという話をすると、官と民の役割分担が重要なのです。官ができることで民が できないことはないわけで、民ができていることで官ができないこともないわけです。 それはどちらがやる方が効率的かというだけです。例えば消防活動を民がやって何が悪 いと言われたら、それは多分、それでいけるはずなのです。そのようなことがあるので、 断定的には多分言えないと思います。ですが、例えば発電、電力会社というのは、要は フルコスト原則で値段も決まってやっているわけですから、ある意味、公社です。民間 会社というよりは公社だということなので、どちらとは決められないです。効率的に運 営できる、しかも民間の効率性が入っているということの形態でいいのかと思うのです。 例えば飯田市でも将来やられると思うのですが、それを公的な主体でやるべきかどう かという話のときに、私は民間でもいいのかなと思うのです。いわゆる社会起業家など という言葉があります。私はあの言葉が大嫌いで、採算に乗らないものを社会起業家な どという美名で成立するわけがないだろう、ごまかすなと思うわけです。そんなものは ちゃんと商売として立派に成立して、初めて世の中に認められて、世の中に役立つわけ です。私はそういう考えです。基本、民でいいのではないかというふうには思います。 また、先ほど、所有といわゆる利用という話がありました。まずは、インセンティブ が与えられて、それで民間の中で動いていくというのが、私は基本かもしれないと思い ます。これも、非常に小さな地域の問題と、もう少し規模の大きなところとでは、動き

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