相手の知識状態を把握する
:
視覚障害者と歩行訓練士の相互行為場面から
Recognizing the others’ state of knowledge: Analysis of interactions between visually
impaired people and orientation and mobility specialists
坂井田 瑠衣
1西澤 弘行
2南 保輔
3Sakaida Rui
1Nisisawa Hiro Yuki
2Minami Yasusuke
31
国立情報学研究所コンテンツ科学研究系
1
Digital Content and Media Sciences Research Division, National Institute of Informatics
2
常磐大学人間科学部
2
College of Human Science, Tokiwa University
3
成城大学文芸学部
3
Faculty of Arts and Literature, Seijo University
Abstract: By observing interactions between visually impaired people and ‘orientation and mobility
specialists’, this paper demonstrates that professional trainers orient to recognizing their trainees’ state of knowledge and modifying their ways of explanation about the environments in order to make the organization of instruction appropriate for and relevant to the trainees’ knowledge of ‘here and now’.
1. はじめに
本稿では,視覚障害者に対する歩行訓練の場面に おける知識の非対称性をめぐる交渉に焦点を当てる. 歩行訓練とは,晴眼者である視覚障害生活訓練等指 導者 (以後,歩行訓練士と呼ぶ) が,視覚障害者であ る学習者に対して歩行経路の環境に関する情報を説 明することで,学習者がその経路に関する知識を積 み上げ,その経路を独力で歩行できるようになるこ とをめざす活動である. 歩行訓練場面は,教授者と学習者という役割の成 員によって構成される教授 (instruction) 場面の一形 態である.しかし,歩行訓練場面には,多くの他の 教授場面とはやや異なる特徴がある.一般的な教授 場面では,より多くの知識や技能を持った専門家が 学習者にそれらの知識や技能を提示する.これに対 し,歩行訓練士が提示するのは,必ずしも歩行訓練 士がこれまでに獲得してきた専門的知識ではない. むしろ,歩行訓練士が「今ここ」の場面において, 主に視覚によって知覚した環境情報に関する知識で ある. このため,歩行訓練場面では特徴的な相互行為上 のやりとりが生じうる.複数の人々がたとえ同じ環 境に身を置いている場合であっても,その環境を知 覚している方法が人々の間で同じとは限らない.と りわけ,視覚障害者と晴眼者のように,利用可能な 知覚モダリティが同一でない参与者たちが,「今ここ」 において相対している環境をどのように知覚してい るかは大きく異なりうる.歩行訓練士は学習者に対 し,学習者が知らない,または知覚していないと想 定する環境情報に関する知識を説明するものの,そ れはあくまでも歩行訓練士の知覚に基づいた説明で あるため,必ずしも学習者によって十全に理解され るとは限らない.あるいは,学習者自ら聴覚などの 視覚以外の知覚モダリティや既有知識によって,そ の情報に独力でアクセスしている可能性もある.す なわち,歩行訓練士は,相互行為連鎖をつうじて学 習者の「今ここ」の知識状態を絶えず把握し,その つど自らの説明のしかたを調整しなければならない. 本稿では,歩行訓練士が,学習者に対して歩行経 路の環境情報に関する知識を伝える時,それに対す る学習者の反応のしかたを手がかりとして,自らの 説明のしかたを調整するやりとりを事例分析する. これにより,学習者と利用可能な知覚モダリティが 同一でない教授者が,いかにして学習者との知識の 非対称性に対峙するかを検討する.2. データ
本稿では,晴眼者である歩行訓練士と視覚障害者 人工知能学会研究会資料 SIG-SLUD-B509-03 - 14 -である学習者によって実施された歩行訓練場面にお ける相互行為を分析する.歩行訓練研究プロジェク ト[1]が 2014 年および 2016 年に日本国内の街路や公 共施設で撮影した映像データから抜粋された2 事例 を相互行為分析する.訓練に参与している視覚障害 者はいずれも全盲である.
3. 学習者の反応を窺う
まず,歩行訓練士が歩行経路の環境情報に関する 知識を説明し,それに対して学習者が「今ここ」で その知識を得たことを示すという,あらゆる教授や 説明の場面において典型的に見られると思われるや りとりを見てみよう.事例1 は,ある大学のキャン パス内で行われた歩行訓練場面から取られた会話で ある.ここには歩行訓練士と学習者 (片桐) の 2 名 が参与している. 事例11 01 訓練士 正門から入って右側には点字ブロック 02 >あるんだけど<左っかわ(は)ない. 03 (0.5) 04 片桐 あ:::: [あっみ ]ぎ[がわを通るよう]に 05 訓練士 [だから-] [ (゚#あ::u#゚) ] 06 片桐 引いてるん[↓<ですね>] 07 訓練士 [sss u うん] 01,02 行目で,訓練士は「正門から入って右側に は点字ブロック>あるんだけど<左っかわ(は)ない.」 と発話することで,「正門」からキャンパス内に入っ た直後の点字ブロックの配置について説明している. これに対して,学習者である片桐は,04,06 行目で 「あ:::: あっ右側を通るように引いてるん↓<です ね>」と発話する.片桐は発言順番の冒頭で「あ::::」 と発話し,ひとまず訓練士の説明を理解したこと, あるいは理解しようとしていることを示すが,その 直後に「あっ」と発話し,自らの知識状態が変化し たことを示す[2].さらに続けて,訓練士の説明 (01, 02 行目) を「右側を通るように引いてるん↓<です ね>」と言い換えることで,訓練士の説明に対する自 らの理解を立証する[3].このように理解した内容を 具体的に述べることで自らの理解を証拠立てること ができるため,単に「なるほど」,「はいはい」など と理解を主張する方法に比べて,より強く理解を提 示することができる[3][4].これに対して,歩行訓練 1 トランスクリプト記号は以下のとおりである.「(0.0)」は無音 区間の秒数,「[」「]」は重なりの開始/終了位置,「言葉::」は音 の引き延ばし,「言葉」は強調された音声,「゚言葉゚」は小さい 士は07 行目で「sss u うん」と確認を与え,片桐に よる理解の立証を承認する.ここでは,歩行訓練士 の説明を聞くことで,学習者が環境情報についての 知識を首尾よく獲得できているように見える. ただし,そのやりとりの実際を詳細に観察してみ ると,歩行訓練士は学習者の反応に応じて説明のし かたを調整しようとしていることが見て取れる.01, 02 行目の訓練士の説明に対し,片桐が 04 行目で反 応を示し始めるまで,0.5 秒あまりの沈黙が生じてい る (03 行目).さらに,04 行目冒頭での「あ::::」とい う反応は,片桐がさしあたり訓練士の説明に理解を 示しているようには聞こえるものの,その内容を十 全に理解したと感じられるほどの強い反応ではない. 片桐のこのやや鈍い反応に応じるかのように,訓練 士は 05 行目で「だから-」と何らかの説明を付け加 えようとしていると思われる.しかしそこで片桐が 「あっ」と発話して自らの理解を立証し始めるため, 訓練士は説明を付け加えることをやめる.このよう に歩行訓練士には,自らの説明が学習者にとって不 十分でありうることを念頭に置き,不十分であるこ とが示唆された場合にはそれを補おうとする志向性 があると考えられる. さらに,07 行目の「sss u うん」という訓練士の特 徴的な反応にも注目しておきたい.この反応は,片 桐が行った理解の立証に対して,やや躊躇いつつ, 言葉を選びながら産出されている.訓練士が07 行目 で最初に発する「sss」は,「そう」と言いかけている ように聞こえる.すなわち,訓練士は「そう」と発 話することをやめ,「うん」と言い直している.ここ で訓練士が自己修復[5]を行ったことと,そこでの片 桐の発話の組み立ての間には関連があるかもしれな い.串田[6]は,話し手の発話に対して聞き手が理解 の候補を提示した際の,話し手の次の反応に着目し, 聞き手が独自の貢献を行ったことを話し手が認める 場合に「うん」ではなく「そう」という反応が用い られることを示した.事例1 においても類似した発 話連鎖が見られる.訓練士は当初,04,06 行目での 片桐の発話を,「そう」という反応によって,片桐独 自の言い換えによる理解の立証として認めようとし ていた可能性がある.しかし,片桐は06 行目で,「引 いてるん↓<ですね>」と,低く遅い音声によって自 らの発言順番を終える.この発話の組み立ては,片 桐の理解の立証に,ある種の自信のなさが伴ってい ることを示唆している.これに呼応するかのように, 訓練士は「そう」を「うん」に言い直す. 音声,「>言葉<」「<言葉>」は速い/遅い発話,「↓言葉」は音調 が下がる発話,「#言葉#」はかすれた音声,「言-」は言葉の途切 れ,「(言葉)」は聞き取りが確定できない発話を示す. - 15 -本稿では詳述しないが,実はこの直後,片桐は自 らの理解をさらに言い換えることで,理解の立証を 再度試み,その結果,片桐が訓練士の01,02 行目の 説明を正しく理解していなかったことが明らかにな る2.片桐による理解の立証のやり直しは,07 行目に おける訓練士の弱められた反応に呼応していた可能 性もある.このように,歩行訓練士は学習者の反応 を窺うことで,自らの説明に対する学習者の理解の 程度を把握し,それに応じた反応を返していると考 えられる.
4. 学習者の知識を今ここに係留する
事例1 のように学習者の知識状態が変化したこと が示される場合とは異なり,学習者が歩行訓練士の 説明を聞いた時,学習者が既にその知識を持ってい ることを示す場合もある.事例2 は,街路で行われ た歩行訓練場面から取られた会話である.ここには, 事例 1 とは異なる歩行訓練士と学習者 (猪平) の 2 名が参与している.彼らは信号のある交差点に差し 掛かっており,訓練士はこの信号の特徴を説明して いる. 事例2 01 訓練士 でこの h 信号[ のじか ]ん 02 猪平 [゚(うな)゚] 03 訓練士 とってもみじかい[です 04 猪平 [みじ]かいですね[: 05 訓練士 [は]いもう 06 (0.9) 07 訓練士 変わっちゃ[いました] 08 猪平 [ あ::: ] 01,03 行目で訓練士は,現在彼らが渡ろうとして いる歩行者用信号の継続時間が「とっても短い」こ とを説明している.これに対し,猪平は 04 行目で 「短いですね:」と確認を与える.これは,まるで猪 平がその説明を聞く前から「信号が短い」ことを既 に認識していたかのような発話の組み立てになって いる.猪平は「短い」という単語が聞こえた時点で, 素早く訓練士の発話を (部分的に) 繰り返す.ここ に,相手の言いたいことがわかった位置での重なり の開始 (recognitional onset of overlap)[8] が生じる.こうすることで,「信号が短い」ことを新しい知識と 2 このやりとりについては[7]に詳細な分析がある. 3 猪平は以前からこの信号を日常的に利用しており,この信号の 継続時間が「短い」ことを「知っていた」可能性が高い. 4 ここでの猪平の「あ:::」は,事例 1 の 04 行目における片桐の 「あ::::」とは異なり,この時点で猪平がそれまでわかっていな して説明しようとしている訓練士に対し,猪平も訓 練士と同じ知識を持っていることを主張しているよ うにも聞こえる3[9]. この猪平の反応に対して,訓練士は特徴的な応じ 方をしている.訓練士は,まず「はい」(05 行目) と 猪平の知識の提示に対して確認を与えつつ,続けて 「もう (0.9) 変わっちゃいました」(05∼07 行目) と 発話する.すなわち,訓練士の「信号がとっても短 い」という説明が,「今ここ」で信号が変わったとい う事実に係留される.これにより,訓練士はこの歩 行者用信号についての一般的な説明をしていたとい うよりも,「今ここ」の状況の変化に基づいてこの信 号に関する説明をしていたことが明らかになる.実 際,猪平はこれに対して08 行目で「あ:::」と発話し, 事実に係留された訓練士の説明を認識したことを示 す.ここでの猪平の「あ:::」という反応は,「今まで わかっていなかったことが理解できた」ことを示し ているように聞こえる4という点で,04 行目の「短い ですね:」とは対照的である. 05∼07 行目で,歩行訓練士が自らの先立つ説明 (01,03 行目) を「今ここ」の状況に係留することは, 自ら先に行った説明を学習者にとって「聞くべきも の」として 及的に位置づけることになるという点 で,相互行為連鎖の組織化において,さらには教授 という活動にとって重要である.まず相互行為連鎖 の組織化において,ある話し手が当初言おうとして いたことが受け手に異なって理解された時,その理 解を修復したり,より適切な理解を促したりするこ とは,間主観性の維持にとって欠かせない作業であ る[10].さらにこの訓練士による係留作業は,歩行訓 練場面における教授という活動の達成にも貢献して いる.歩行訓練士は,学習者の「既にその知識を持 っている」という反応に対して,その既有知識を「今 ここ」の状況に係留することで,学習者にその説明 を単なる既有知識の確認以上のものとして認識する ことを促すことに成功していると考えられる.すな わちここでは,歩行訓練士が「今まさに信号が変わ った」ことを説明することにより,学習者には,信 号の継続時間についての知識を実体験に基づいて獲 得することが促されている.
5. 議論
本稿では,晴眼者である歩行訓練士が視覚障害者 かったことが理解できたという表示に聞こえる.この差異には 音韻的特徴をはじめとする発話の組み立てや連鎖上の位置など が関与していると考えられるが,何がこの差異をもたらしてい るかについての詳細な検討は今後の課題とする. - 16 -である学習者に対して環境情報に関する知識を説明 する際の相互行為連鎖を観察し,歩行訓練士の説明 に対する学習者の反応に応じて,歩行訓練士が自ら の説明のしかたを調整する方法を分析してきた.一 方では,歩行訓練士は環境情報についての知識を説 明する際,学習者の反応のしかたを窺うことで,相 手の知識状態を把握し,説明を補う必要性を認識し たり,相手の理解の程度に応じた反応を組み立てて いることが明らかになった.他方では,歩行訓練士 の説明に対して学習者がその知識を既に持っている ことを主張した時,訓練士は単に学習者の主張を受 け取ることに終止するとは限らず,その知識を「今 ここ」の状況に係留することで,学習者にその説明 を単なる既有知識の確認以上のものとして聞くこと を促していた. 歩行訓練士が学習者の当座の知識状態を把握する ことに志向し,それに応じて説明のやり方を調整し ていく過程は,教授場面に限らず様々な相互行為場 面において用いられるプラクティスによって構成さ れている.その点で,その相互行為連鎖自体が教授 者と学習者という役割に特有のやりとりとは限らな い.しかし,これらのプラクティスを適切に用いる ことが,教授という活動を成り立たせていることも また事実であろう.例えば,教授者による何らかの 説明に対し,学習者が既にその知識を持っているこ とを主張することは,教授の進行をより促す発話連 鎖を組み立てうる一方で,その説明に教授者が込め た潜在的な示唆を学習者が見過ごしてしまう契機に もなりかねない.これは,間主観性の維持が難しく なるという相互行為上の問題を生じさせるだけでな く,教授という活動の成否にかかわる問題として顕 在化しうる. 晴眼者と視覚障害者のような知覚の非対称性を孕 む相互行為においては,一方の参与者のやり方で知 覚した環境情報は,しばしば他方の参与者が同じや り方で知覚しえない情報であるという制限のもとで 相互行為が進行する.そこには,専門的知識を有し ている参与者が有していない参与者に対して知識を 提供するという相互行為場面とは異なり,いかにし て一方が自らの「今ここ」の知覚経験に基づく知識 を他方に十全な形で伝え,それによって「今ここ」 の環境についての間主観的理解を達成するかという 問題が含まれる. 相互行為分析の考え方に立脚すれば,相互行為に おける相手の知識状態は,相手の反応をつうじて観 察可能な形で顕在化するものである.本稿の分析が 示してきたことは,教授活動における知覚の非対称 性を発端とした間主観性の困難さについても,その 困難さに直面した参与者自身が,相手の反応をつぶ さに観察し,相手の知識状態を推し量ることで取り 組みうる課題だということであった.
参考文献
[1] 西澤弘行, 南保輔, 坂井田瑠衣, 佐藤貴宣, 秋谷直矩, 吉村雅樹: 視覚障害者と歩行訓練士の相互行為の中 の触覚についての覚え書き, 現象と秩序, No. 5, pp. 15‒32 (2016)[2] Heritage, J.: A change-of-state token and aspects of its sequential placement, in Atkinson, J. M. & Heritage, J. eds., Structures of Social Action: Studies in Conversation Analysis, pp. 299–345, Cambridge University Press (1984) [3] Sacks, H.: Lectures on Conversation, Vol. 2, Blackwell
(1992)
[4] 平本毅: 他者を「わかる」やり方にかんする会話分析 的研究, 社会学評論, Vol. 62, No. 2, pp. 153–171 (2011) [5] Schegloff, E. A., Jefferson, G. & Sacks, H.: The preference for self-correction in the organization of repair in conversation, Language, Vol. 53, No. 2, pp. 361‒382 (1977)
[6] Kushida, S.: Confirming understanding and acknowledging assistance: Managing trouble responsibility in response to understanding check in Japanese talk-in-interaction, Journal of Pragmatics, Vol. 43, No. 11, pp. 2716–2739 (2011)
[7] 坂井田瑠衣, 南保輔, 西澤弘行: 発話を重ねること: 視覚障害者と晴眼者における「素早い」間主観的理解 への志向, 第 1 回共創学会年次大会発表原稿集, pp. 27–30 (2017)
[8] Jefferson, G.: Notes on some orderlinesses of overlap onset, in D’Urso, V. & Leonardi, P. eds., Discoure Analysis and Natural Rhetoric, pp. 11–38, Cleup Editore (1984) [9] Vatanen, A.: Responding in Overlap: Agency, Epistemicity
and Social Action in Conversation, Doctoral dissertation, University of Helsinki (2014)
[10] Schegloff, E. A.: Repair after next turn: The last structurally provided defense of intersubjectivity in conversation, American Journal of Sociology, Vol. 97, No. 5, pp. 1295–1345 (1992)