企業成長の再検討(Ⅰ) -- 松下電器の事例研究 --
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(2) そのための準備の作業として, 横軸ー Xに時間の尺度をとり, それに経営 組織の生成からはじまる変遷を, 事業部制の変化の段階を区切りながら記録 してみる。 この資料をふまえて, 縦軸ー Yに業績, 成果あるいは規模の尺度 をとり, その座標軸の空間に企業の成長• 発展をプロットし, その軌跡を把 握してみたい。 そして経営組織の変遷と企業の成長そして発展の軌跡の, なんらかの相関 を見出し, 検討してみたいとおもう。 もっとも この検討には, 参考にすべき 調査ないし研究がある。 それは米国での実態調査であり, それにもとづく研 究成果である。 つまりグレイナ ー (Larry E. Greiner) などハ ー パ ー ド大学 グル ー プによる組織開発プロジェクトの結果である。 それは 以前に詳細にみた ことがあるように, 「企業成長の. ". フシ. ”. をどう. 2). 乗り切るか」という「企業組織の成長にかんする進化と革命」 の考察であ る。 すなわち過去に成長, 発展している企業を調査してみると, そ こに共通 した実態が見出され, その成長, tion) の過程と. ". フシ. ”. 発展のプロセスは, つねに進化 (evolu. としての革命 (revolution) というか, つまり発展. の段階を交互に繰り返し, 循環している。 しかもそれら進化と革命あるいは 革新のプロセスは, 共通した順序の段階を通過して成長, 発展しているとい. っ。 こうした企業の成長, 発展の調査結果ないし歴史的な事実をふまえて, さ らに考察を展開しなければならない。 というのは企業の成長, 発展に共通し た進化と革新の過程そして段階は, ただ調査結果としての歴史的な成長, 発 展の段階説として理解するにとどまらず, なぜそういう成長, 発展の過程と 段階を通過するのか, これを有意にかつ有効に説明しうる理論的な内容を検 討してみたい。 この歴史的な事実を理論的にいかに理解するか, この問題についても, す 2) 拙稿「企業成長の史的考察ー―—松下電器の事例研究—-」「経営学と経営史学」 (千倉書房刊). -52. (312)-.
(3) でにまえの機会にみたと ころであるが叫. ハ ー バー ド大学グ)レ ー プのロ ー レ. `. ンス ・ ロ ッシ ュ (Paul R. Lawrence & Jay W. Lorsch) の実証的な研究の成 果に負いたい。いわゆるコンティンジェンシ ー 理論 ( Contingency Theory) あるいは条件適応理論といわれるものである。 その内容の理解は詳細にはす でにふまえたと ころであるが. その要約は. これまでの理論でいわれてきた ような. 企業ないし経営の唯一最善の方法 (One Best Way) はなく, むし ろ企業の環境条件に適応した方法が選択されなければ, 企業の成長なり発展 は期待しえないという 理解である。 したがっ て条件適応理論は, 企業の成 長. 発展の相異する過程なり段階に. それぞれ適応しうる経営組織をはじめ とした. いわばマネジメント. ・. スタイルと環境条件の対応関係に. 理論的な. 根拠を与えるものとして, グレイナ ー のいう歴史的な企業成長発展段階説を 補強するものと期待されるのである。 こうした歴史的そして理論的な補完関係を. グレイナ ー とロ ー レンス ・ ロ ッシュの所論によりながら.. 仮説的に 概念図化して今後の 鳥諏に役立てよ. う。 企業としての経営の成長. 発展をどうとらえるか. これまで種々な把握 の仕方や接近の方法が, とられてきている。 こ こでその一 つとしての把掘の 仕方および接近の方法を提起したい。 こ こで概念的に鳥諏図として提示して いる資料をふまえながら, その概要をまず理解してお こう。 企業の成長, 発展は. 組織の経時的な変化, 松下電器の場合でいうなら. 創業の瞭能制の組織から, 事業部制の組織の生成そしてその変遥の過程を. 時間の尺度としてX軸とし, Y軸には経営業績の計量的な成果. たとえば戦 前, 戦中そして戦後をつうじてイン フレなどの影響を考慮すると日本の場合 における共通に利用できる尺度として. 人的規模の推移をとり. その座標間 にその軌跡をとる ことができよう。 そのとき経営業結ないしは人的規模の軌跡は, あとにみるグレイナ ー. 3) 拙稿「企業成長の史的考察――松下電器の事例研究—-J. -53 (313)-. ・. モ.
(4) Y. グレイナー・モデル &ローレンス• ロッシュモデル. 業 絞 の計 鯖 的 な 成 果. 統合分図. 1 人的 規 校 の 推 移 ー. グレイナ ー企業成長段階図表. ー. ? 機 厄 な、 こ t 新” f .o . 5. \ 、. 、. • 9 s 9 • の r cC義 主 式機 el f p 形危 0 a t s . l . d ls 4 -rE CR (. h) kg n uo 成0 ' t r るh a r よ to b C ha .t 勁 w ol 協 roc •G • ( 5 ー. ) n o, t a n , d. r 。 。 c. 軟" W. ro G . .ヽ \ 4 ー. 一. i. ‘ , ' ’ n O — t a g e e D. ー. |i •. | h•0. h 長 g 父 U る hr ょt こ h It. ヽ闊. 機 危. の、、. 、 •. 制 ofoll 統 r s t n sl : si no 3 . cc (. ヽ. ゜. l t •. .. ヽ贔9. (314)-. 附 段 4 第. I. ゜. ー. I |. 陪 段 2 第. gh り � s 長 u o t 父J r c h るt r ty 5 ょ h , とt w . h I w g at 譲 ro 長 u e 移 G r し 、 成 hr c るt 3 h ょ h g — こ u . W o 揮 E k hr 指 G 成 t ( る h 5 よ wt c o r 磁 G 創 ( •I . . ー. ヽ. 組織の年齢. - 54. 成然Jり). 行年IDJ. \1'13段附. 第l段陪. II→ ID=組糀的硬直化 IV→ I=構造的再分化. 第5段陪 |. (大). 一畑. (小). sl5 eg ga t a s t s n no l °t. l . u t u 0 > ve ER (( 附階 段 •段 化命 進革. 糾様の規校. I→ II=機能的細分化. m → IV=理念的再統合化. 一. ー企業成長, 発展段階図表. 組織の経時的な変化 一 ー事業部制の変遷.
(5) デルのように, 企業の成長といえる進化の過程と革新というか発展の段階と の一 組のセットになったプロセスの継続によって表現されるであろう。 しか もあとでみるように, それぞれの進化, 革新の成長, 発展プロセスは, 「創 造 による成長」と「統率の危機」にはじまる質的に相異した過程と段階を継 続する。 またそれぞれの進化, 革新の成長, 発展プロセスは, なぜ, どのように生 起するのであろうか, の設問には, ロ ー レンス ・ ロッシュがいう条件適応理 論での 統合分化サイクルによって理解しえよう。 それは図示されている統 合, 分化マトリックスの, 高統合, 高分化レベルCI) から,. 組織的規模の. 拡大化による必然的かつ相対的な, 高分化への拍車と低統合への移行で, 低 統合, 高分化レベルC II)へ 推移することにはじまり,. やがて組織的大規模. 化と職能的高分化にたいする低統合化の不均衡によって, 低統合, 低分化レ ベルCm)へ, さらに組織的停滞の状況は再統合化がもとめられて, 高統合, 低分化レベルCIV)の, そしてふたたび螺旋状に 一 段と高次の循環段階であ る高統合, 高分化レベル(I')へのダイナミクスを展開する。 それは表現を ゜. かえると, 企業の経営成長, 発展フ ロセスが, 組織規模の拡大 とともにまず 高分化としての機能的細分化 C I→ II) がはじまり, やがて低統合にたいす る組織的硬直化 C II→ ill), それによる相対的な低分化を理念的そして戦略 的な再統合化. cm → IV) をはかることで,. ふたたびより高次の高統合かつ 高. 分化の構造的再分化 (IV→ I) の段階へ循環するともいえる。 これを時間と 業級, 規模との関係で, 動態的に推移を表現するとすれば, その成長と発展 の状況(ま凹凸の破線状になり, 凹点における低統合, 低分化の段階におい て, かえって理念的な再統合化をはじめ戦略的な革新がおこなわれ, そこに 四的な飛躍としての発展の段階が期待されることになる。 もっともこの成長, 発展プロセスは, すでに検討したように条件適応理論 のいう, 外部的な環境条件によって決定づけられるものではなく, それは必 要条件として影膀づけられはするが, むしろ十分条件としての, 組織 そのも. -55. (315)-.
(6) のが主体的に環境条件にどう適応するか, あるいはしえるか, 統合分化サイ クルのダイナミクスによって決定づけられることを強調して理解したい。 そ こに個別経済たる企業としての経営にとって, 歴史的環境論や環境認知論が 有意となり, のちにみるように進化論にアナロジ ー をもっ, 企業の棲み分け 論や経営の隔離進化論および組絋の定向進化論を理解する基礎を見出すこと ができる。 さてこれまでの議論をふまえて, 現実の企業成長の歴史のなかで検討する ために, まず松下電器の事例を実態として理解してみよう。. 第二節. 企業成長の歴史. 企業成長の歴史を, 松下電器の事例研究としてみるわけであるが, すでに 4) その「史的考察」 の機会はもっている。 ただそのときの検討が紙数の関係. から' グレイナ ー. ・. モデルにいう「自主の危機」の克服から,. 「移譲による. 成長」までの期間であり, 時代的には第二次大戦の戦前・戦中であったた め,. 戦後の期間を補完する意味で,. ここにもう一度,. 璽複する部分はある. が, 通史的に再録して完成させておこう。 いうまでもなく松下電器は, 周知のごとく松下幸之助による創業である。 大正7年(1918年), より正確には前年の6年といえようが, 電灯用のア タッチメント. ・. プラグを最初に, そして二灯用差込みプラグの製造販完を始. めている。 これは当時の大阪電灯の工事検査員として勤務していた幸之助が 独自で工夫し開発した製品であり, 何度も改良して蹴場で提案するが受け入 れてもらえず, 仕方なく独立して自営する契機となるのである。 そこにすで にふれた「創造による成長」の過程が,「経営管理の焦点」としての「製品 と販売」に見出されるのである。 もっとも創業当初は小人数でもあり, まさ. 4). 拙稿, 前掲「企業成長の史的考察」. -56 C 316)-.
(7) に個人企業そのもので, 仕事には熱心であり熱中するが. たとえばプラグの ベ ー クライト加工も十分消化しえず苦労するほど. 製品開発の新工夫はあっ ても製造などの機能的な充実や分化は当然のこととして程度が低い。販売も 経営者自らが自転車で得意先まわりをし. その「市場の結果」を素匝に フィ ー. ドバックして製品や製造にいかすという状況である。したがって経営者の. 新製品の工夫をはじめ熱心な意欲による「創造性」を中心にした 「高統合」 はあったであろうが. 機能的. 職能的には 「低分化」の経営であったことも 否定できまい。しかし製品の改良や新工夫により, 創業時の実用新案 1 件を 大正年間で 5 件に増加させ.「創造による成長」 の過程をたどり. 大正12 年 に木製「砲弾型電池式ランプ」を考案発売するにおよんで市場も全国的に展 開されることになる。その成長過程で. 製造はもとより販売についても「 M 矢」 商標(今日の 松下電工の社章) や「ナショナル」商標を登録出願した り, 代理店制度を新設したりで. 創造性とともに機能的な高分化が図られて いる。まさに 「高分化. 高統合型」の「創造による成長」の過程であり. 第 ーの進化の過程である。 だが電熱部門を新設して. 電気アイロンやスト. ー. プをはじめコタツなどを. 生産販売するようになる昭和2 年ごろから数年間. 正確には昭和4年ごろま でが. 最初の危機といえる「統率の危機」に見舞われているようである。そ れはコタツなど電熱部門を. 索人の出資者と共同経営したことによるといえ よう。製品を多角化することによって. 製造や販売の特化はもとより, 組織 も大規模化して昭和3 年にはすでに従業員数 300 名となって. 組織的な分化 も高くなっているはずである。そこに採用された共同経営方式は. 経営環境 から市場的. 技術的にも高分化の適応を求められながら, 組織的には相対的 ではあるが低統合による対応をした行動といえよう。その失敗を教訓に, 昭 和4 年には今日の名称の原型. 松下電器製作所に改称. はじめて経営の網領 • 信条を制定し. 高統合化の制度化をはか ったといえよう。つづいて昭和7 年には事業の 「真使命」 を知ったとして 「命知第一 年」創業記念日を制定. -57 (317)-.
(8) し, 企業の真使命を宣明し, さらに精神的かつ行動的な経営基本方針によっ て組織的な高統合化を図っている。 そ こに「統率の危機」の克服と「指揮に よる成長」の過程が展開されるのである。 昭和8年には, 松下電器独自といわれる「事業部制」をはじめて実施して いる。 この事業部制の実施は, 「統率の危機」を克服するための高統合化な いし再統合化の努力というよりむしろ, 「指揮による成長」 の過程そのもの の第一歩であり, 再分化というか松下幸之助の表現によれば細分化の過程で あるともいえよう。 たしかに第二段階の成長過程にいたって松下電器は急速 に成長し, 事業分野も電熱部門だけではなく, 無線部門であるラジオ事業か ら乾電池, ランプ, それに昭和9年には電熱や電気敷布, 火鉢, 足温器さら に産業機器であるモ ー トルまで発売するに及んで, 事業部制も当初の3事業 部から4事業部へ拡充している。 もっとも この間においても, 統合化の努力 を怠っているわけでなく, 企業の真使命や経営基本方針の徹底のために, 組 織末端第 一線の職場で朝• 夕会制度を実施し, 社歌の斉唱をはじめ経営理念 の浸透の活動を日常化している。 また「松下電器の遵奉すべき五精神」 (のち 昭和12年追補されて七精神となる)が, やはり昭和8年に制定されている。 そして成長の展開はさらにつづき, 昭和10年には事業部制の組織化を徹底し た制度として, いわゆる分社制を実施し, 松下電器産業株式会社を中枢に松 下無線, 松下乾電池などそれまでの各事業部を拡充, 自主責任経営といわれ る九分社に法人化したのである。 これは製品市場分野の専門細分化の徹底で あり, 高分化への志向でもある。 それだけに成長も急激であり, その傾向は 市場的に国内だけでなく海外へも志向され, 昭和10年には貿易部門がさらに 特化されて, 松下電器貿易が法人化されるに及んで拍車をかける。 だが この ことが結果的には, 当時の企業のおかれた環境と相まって, 次の経営の危機 をまねく誘因にもなる。 それ以降, 松下電器は東南アジアをはじめ積極的に 輸出をはかり, やがて昭和13年には国策的にも満州松下電器を当時の新京に 法人として設立し活動するのを手始めに, 我国の戦時体制化のもとで次第に -58 (318)-.
(9) 軍需産業化せざるをえず, 第 二次世界大戦末期, 昭 和 18年に はついに松下造 船や松下飛行機ま で法人化 し軍需生 産 に 順応 している。 こう し た企業の環境 への適 応 に ついては, 戦後, 松下幸之助 自 身が述恢して 経営の分限をわき ま えぬ反省を語っているが, いずれに しても敗戦とともに 企業としても破滅的 な結果を迎えたことは確かである。 しか しその結果もさることながら, 松下 電器は企業そのものとして, ある意味で 「 自主の危機」を企業の全体として 外 圧として受け止めていく過程であったともいえよう。 本来, 民需企業である松下電器が, 軍需産業化されていく過程も, 外圧と いいながら企業そのものの 自 主の危機であり, とくに造船や飛行機は当然の こととして軍需部門の 経営はとくに 自 主の危機 に さらされ, 自主責任 経営を 椋榜する事業部制の組織風土は阻害されていた といえよう。 こうし た 自主の 危機が, 経営 内部からの組織的拡大の成長 過程での要因 だ けでなく,. 経営環. 境からの外圧を契機 に 経営的拡大が受け皿として拍車となっている過程を理 解したい。 しかもこの 自 主の危機は, さら に 敗戦後の混乱と復興のなかで連 ’. 合 軍 に よる敗 閥解体の指令をは じ め, 松下 竜器と関係会社32 社 に 及ぶ 制 限会 社指定などで延長され, む し ろ 強化さえされる状況 に おちいる。 し たがって 企業の 経営状態は困難となり, 昭 和24年 に は負 偵10億 円で, 松下幸之助も物 品税の滞納王とま でいわれている。 そ して 経営の状況がようやく展開されていくのは, やはり 日 本の 経済もそ うであった よう に 朝 鮮 動乱を契機に してからの企業の環境をふ ま えてからで ある。 松下電器も組織的 に 原 点 へ回帰 して昭 和25年,. 3 事業部制を実施し戦. 後再生の起 点 としている。 「移譲に よる成長 」 の過程の出発であり,. いわゆ. る電化 「三種の神器」 に よるブ ー ム を享受 し , 組織的 に も事業部制をさらに 事業本部制 へ 展開, 松下幸之助も会長 へ就任する過程となる。 しか し松下電 器の 「移譲 に よる成長」もやがて危機 に 邁遇することに なる。 終 戦のとき 昭 和20年に 松下幸之助は, 丁度50歳であり,「移譲 に よる成長」 のは じ ま る昭 和25年は55歳の再出発といえ, 会長 に 就任するのは昭 和36年,. -59. ( 319 ) -.
(10) それから 1 1年間の再建からの急成長の時期である。 と ころが間もなく「統制 の危機」 に直面するのである。 松下幸之助は会長職にあ り ながら, 昭和39 年 8 月 に, みずから営業本部長代理とな り , 松下電器の転機にたいする陣頭指 抑にたつ。 それは「移談に よる成長」 期にすでに内蔵され崩芽しつつあ っ た 問 煩で も ある。 戦後の 混乱を克服して,. 事業部制に 組織的に回帰したもの. の, そのときの事業部制 は戦後の市場的な環境をふまえて, 各事業部に営業 活 動を直結せず, むしろ本社中央に営業本部を設置し, 営業活動を統轄させ て全国 各地の営業所網を強化してい っ たのである。 したが っ て事業部制とは いえ, 各事業部に生産ー 販売を直結した製品別事業部制から, 製造を中心に した職能別事業部制へと転化し, その延長で事業部制は事業の展開にしたが い充実され, 企業として成長していく。 そ こに経営規模および組織の拡大化 とともに, 事業部制の製品市場戦略について, 各事業部は市場的に密着でき ず, また各営業所も製品的に直結できず, いずれもが間接的な組織構造およ び経営活動となるにおよんで, 戦略的なギ ャ ップや有効さが喪失されるよう になる。 しかも企業の成長にしたが っ て増幅され,. マ. イ ナ ス効果が沈 澱して. いく ことになる。 それは職能的にも権限的にも, 移譲が経営の規模と組織の 拡大で進行すればするほど, 企業として成長すればするほど, 問願は累積的 に潜在していく。 そして燥発的にその問題が露呈されるのは, 環境としての 昭和37- 8 年からの不況の時期である。 当時の松下電器の業績は累積的に急 増していくなかで, 経営首脳は娘婿の松下正治を後継者の社長としながら, 幸之助の薫陶をうけた大番頭, 高橋荒太郎をはじめ幹部の集団指導体制が志 向されてお り , まさに「移譲による成長」 である。 だが昭和34 年ごろの「岩 戸景気」 以来, 池 田内閣の所得倍増計画など高度成長初期の肥大化した経営 体制にたいして, 不況は十分な衝撃となる。 も っ とも松下電器だけでなく, 程度の差はあるものの 「東芝の悲劇」 をはじめ業界全体にその衝撃は波及し ている。 松下電器の業績も減収減益とな り , とくに系列 販売会社の業績は悲 惨なものであ っ たという。 -60 (320)-.
(11) 経営規模と組紘の肥大化によ り , 営菜網の末端, しか し市嬰 に より密着し ている各地の系列の販丸会 社 に , 業紐の マ イ ナスは累栢 的に沈澱していたわ けである。 いわゆる市協ニ ー ズ に 適応 し ていない製品の 「押し込み」販克 に よる在I車地と阪完不振が顕著であ っ たという。 これを非常時としてとらえ, 幸之助 は 営業は じめ経営の 改 革 に 屎 り 出すわけである。 これは 「統制の危 機」 への対策である。 まず熱海 に 全囚から 200 数十社の販克会社, 代理店の 社長を招待して懇談会を開 き , 直接, 経営の実態を聞いている。 のちに 「熱 海会談」 と業界で有名 に なる会談である。 3 日 間 にわたる会 議で, 松下電器 に 対する不平不満と, それに 反論する議論の応酬のなか に , 幸之助は創業以 来の 経験をふま え ,. 「 事の成ら ざ るは 自 分に あり」 とわ き まえて, 松下電器. みずからの姿努をただし, 販売制度の革新 に 着手する。 そして事業部制の原点 に たっての変革を行なう。 事業部制は, 本来, 顧客 市場の声を的 確 に 製品開発をは じめ, 生産, 販 先 に 一貫肛結させて反映する ための組織であ っ たものが, 戦後の高度成長 のなかで歪曲されて経営されて いるのを手直しする。 全 国の各営業所を統 轄する営業本部から, ラ イ ン機能 である販 売 職能 を 各事業部 に 直結させ, 生産事業部的であった状態を, すな わち,. 職能別事業部制を,. もともとの 製品別事業部制 へ 回帰させたのであ. る。 事業部直 販制である。 その ほか販売の正常化 に たいする秩序づけの改革 として, 販売会社制の変革をはかり, 特 定地域への地区専売 制をとり, ま た 月 賦販売 の将来性のため月 賦会社 による制度=月 販制 に 変え, 対策としたの である。 こうした非常時に お ける決断 に よって, 販売会 社 だ けでなく松下電 器, さらに 不況と乱 売 に 苦悩する電器業界の 自 生の契機 に なったのである。 こうして 「統制の危機」 を克服した 松下電器は,. やがて第 四段 階である. 「 調 整 に よる成長」 過程にいたる。 それは昭 和41 年から47年までの 7 年間の 期 間である。 そのあいだ生産 ・ 販完の此結体制である事業部制を基礎 に , 市 場 に 水平的 に製品を多角 化する戦略をふまえながら, 関連製品グ)レ ー プ別 に 事業本部制を構築し, さら に それを多様 に 展開する。 いわゆる事業本部制の -61. C 321 ) -.
(12) 本格的な展開であるが, それはいままでの集 団指導体制をさらに質的に強化 するために, 各事業部の事業計画をふまえつつも, それを事業本部的にも総 合し調整しえるようにする と と もに, 期間的にただ単 年度事業計画から長期 経営計画 と して本社的にも統合し調整しえるような経営体制にする。組緞的 には事業本部による調整であるが, とくに経営活動の戦略的あるいは計画的 な調整が, 長期経営計画をふまえ展開されるようになったのは, まさに「調 整による成長」期にふさわしい制度であり, 体制である と いいえよう。 また すでに検討した機会5) もあるように松下電器における長期経営計画は, この 時期を最 初にするものではなく, すでにかなり以前に導入されてはいる。た だ各事業部および事業本部の, 製品市場戦略を中核にした, いうなら事業別 戦略計画を, 内容的にも 計数的にも検討し, 全社的な調整を はかれるよう な, 長期経営計画に制度 と して本格的に定着していったのは, この時機から と いえよう。 それには, つぎのような推移がそれ以前にあるのである。まず松下電器で 長期経営計画が策定されたのは, 昭和31 年 1 月 , 恒例の経営方針発表会にお いて, 幸之助が 5 カ 年計画を発表した こ と に始まる。我国の経済も戦後の混 乱を越えて復興, そして本格的な活動期に入ろう と している時期である。 前 年の30年, 松下電器はようやく 売上高220億 円 と なっており, これを 5 年後 に3倍強の 800億円にする と いう計画である。 当時の経済をはじめ社会の情 勢からして, 長期 5 カ 年の経営計画は, 無 謀 と さえいえる。幸之助自身も, これに関して, 人間 は一寸先の こ と すらわからない, いわんや 5 年先の こ と など … … , しかし商売にはなんらかの期するものがなければならない と いう のである。そして彼は, 電器業界の発展性から考え, 新製品を開発し, 努力 さえすれば, 達成可能な 目 標 と 確信している。それは, 世の中の人々が望み 求めているものを, そのまま数字に表わしたものであるからという。企業 と 5) 拙稿「松下幸之助— 日 本の企業家」 (戦後篇) 有斐閣刊 -62 (322) -.
(13) は,. 大 衆と見 え ざ る契約を しているものであり,. 企業の使命を 索 直 に 自 党. し, そ の契約に万全の用 意をしておくことは, 産棠 人の課題であり, 義務で もあるという。 結果 は ,. 5 年を 待 た ずに,. 4 年 目 の 昭 和34年末, 792倍 円 の. 売上高 を達成し, ほ ぼ 目 椋に近い数字を実現し, ま た 5 年 目 の35年に は , 年 商,. 1 , 050 岱 円 の成 果 をあ げている。 幸之助 は , こ れを, 大衆の要望で あ っ. た , としている。 長期経営 計画という概念と実践は, ある意味で は 高度成長期の産 物で あ っ た。 そ れ は 学界でも実文 界でも同様である。 その意味で, 幸之助の 5 カ 年計 画 は , そ れらの先駆とい える。 それとともに, 松下電器の経営 に と っ て は , 組絨的に拡大してい く 状況のなかで, 事業部制に復帰 しての組織的移譲 に よ る成長 の大 筋 • 大枠を確定するもので あ っ た。 しかもそれを市場吉 向的 な評 価韮準をふま えて判断しているとこ ろ に 大きな意義があ っ たとい え よう。 だが 「 調 整 に よる成長」期も, 昭和48 年10月 の オ イ ル シ ョ ッ ク を契機に頓 挫する。 胆業本部制のもとで長 · 期経営計画に よ る集 団指導体制 は , やがて官 僚化し, そ の 制 度 は 硬直化して逆機能の マ イ ナ スが組織内 に堆萩してい く 。 まさ に 官恨 的 な 「形式の危機」 に 直面する。 そ れ は すで 1 こ 昭 和47年当 時 か ら 指摘され, その年末 に は 組織的な変革もや っ ては いる。 すなわち事業本部と いう屋上屋を罰 ね た 中二階的な組織を廃止して, 事業部の 自 主責 任経営体制 を徹底すべ く , あらた に 製品グ )レ ー プ別担当 制 を消入している。 さ ら に昭 和 48 年の 年頭,. 1 月 の経酋方針の発表 に おいて, 松下幸之助は 「新 生松下」を. 担唱して, むしろ 問届 を拉起さ え しているのである。 そしてその年の 7 月 に は , 55年間の永年の現役から退任し, 相談役に就任している。 と こ ろが10月 に第 四 次 中 束戦争が勃発し , OPEC の石油戦略発動となる。 舒営蝶燒が激変 する なか に あって,. 宜椋的に 形式主義が は びこっ た 硬直化した 経営体制で. は , なかなか適応し き れず, 難局打 訓へ会長, 社長所信表明と銘打って臨時 経岱研究会を開催した り , 組紙的にもさきの製品グル ー プ別担 当 制 を強化す ベ < ' 雷化機器, 無線機器そして産業機器の製品グル ー プをあらためて三総 -63. ( 323 ) -.
(14) 括事業本部として新設している。 そして 昭 和50年の 1 月 には, 戟前の故事を ならって製造部門での半 日 操業を必要により実施すると発表し, 2月以降に 6 事業場で 実施されるまでに 立ち至っている。 さらにあわせて 管理識の昇 給 中 止を発表し, 激変する環境へ適応すべく形式的に硬直 化した組織風土に ショ ッ ク 療法を実施している。 しかし 昭 和53年の創業60周 年を め ざ しながら も, 組織的な沈滞と業績的な低迷は活性 化できぬまま, ついに相談役である 松下幸之助の, おそらく最後となるであろう最大の決定が, こ の「形式の危 機」に対策するためなされる。 それは昭和52年 1 月 に, その当時は平取締役で, しかも末席から 2番 目 の 山下俊彦を社長に抜擢する人事を, 幸之助 自 身の強力な リ. ー. ダ ー シ ップで実. 現させたのである。 それは極言すれば, こ れまでの同族的, 番頭的なト ップ ・ マ ネ ジ メ ントを脱皮して, 非同族的なテ ク ノ ク ラ ー トによる「協働による 成長」 へのスタ ー トともいえる。 たしかにそれ以来, 昭 和 53年にはすべての 事業部を社長の直 轄にする, まさに事業部制の創設の原点に回掃していくの である。 こ れからの 「形式の危機」 の克服と「協働による成長」 の成功への 今 日 までの道程は, 歴史的にも現代史といえあまりにも現実す ぎ て消化しき れず, 今後の課臨としておきたい。 しかしいいえる こ とは, やがて 「 協働に よる成長」 への成功は, かならずそのうちに成長と成功 そのものが危機の要 因を内 蔵させ「新たな危機」の萌芽を約束しているという こ とである。. 第三節. 企業成長の検討. こ れまで松下電器の企業としての経営の成長と発展を, グ レイナ ー. ・. モデ. ルをふまえながらみてきたが. そ こ に検討すべき幾つかの問縣を見 出 すので ある。 まず グ レイナ ー ・ モデルの基本的な概念である 「 進 化」と「革命」につい てである。 たしかに米図の企業の成長と発展の実態がそうであ っ たように,. -64 ( 324 ) -.
(15) 日 本を 一面であるかもしれないが代表するであ ろ う松下電器の成長と発展に ついても, おおよそ 同様の軌跡が 見出される ことは 確認してよいといえよ う。 これは 企業という 経営の存在に共通 していいえる可能性を意味して, 欧 米と 日 本の企業のあいだに進化の過程と革新の段階の循環的なプ ロ セ ス は共 通しているという意味でもある。 ただ企業の成長と発展のプ ロ セ ス についても, グ レ イ ナ ー も指摘するよう に高成長する企業と低成長しかしない企業の差異は, 危機の克服や進化の程 度とだ け , つまりその成功の度合いとだ け 量 的な評価にと どめてよいもので あ ろ うか。 たしかに成功の星的な度合いの評価も重要であるが, より基本的 には質的な, いうな ら 定性的な吟味が肝要であるようにおもう。 たとえ ば松 下電器において, 「創辿 による成長」 か ら 「統率の危機」をむか え, それを 事業部制の均入によって 「指抑による成 長」 にいたるが, どうも事業部制と いう組織構造も 「表現型」としては言葉上も, 機能的な意味においても欧米 のそれと同 一であるようであるが, むしろ 生物学上にいう「追伝型」として は本質か ら 相 異しているのではあるまいか。 それは事業部制の浮入の直前に お け る 経営理念の生成と 確 立の 内 容に 質的に 密着しているようにうかがえ る。 この ことについては 経営理念との関連において, 企業の個別性や種別性 の個性や特質について, 松下電器および 日 本的 経営の検討をしたいとおもう が, こ こでは問題の指摘にと ど めておきたい。 とにかく 「危機」や 「成長」の 「表現型」は 同 様でも, 具体的に事実によ っ て内 容を検討してみると, 本質的な「追伝型」に相異が見出せるようであ り, それ こそが 肝心な問題で あるようである。 しかもあ ら ゆる 「 危機」や 「進化」が, その 「追伝型」 を一貫 してふまえており, ただ 「表現型」だ け がその直面する環境や資源か ら して多様に変化したり変容するのにす ぎ ない ようである。 つまり松下電器の 危機の克服や 進化の仕方には, ある一貫 し た, いうな ら 不変というか変化しがたい個性なり特質をふまえて行 動してい る生態を理解するのである。. -65. (325 )-.
(16) その ことは環境的な影響や要因を無視す る ことではなく, グレイナ ー. ・. モ. デルにいう産業成長率や市場成熟度というもの の 企業の成長, 発展にあたえ る 影響は 客観的に大きいの は いうまでもない ことであ る 。 しかし 企業 の 成 長, 発展の 尺度であ る 組織の 規模と 年令 の 座標軸にかんして, 危機の 克服や 進化の 程度は同一企業においても多様であり, 循環的プロセス ではあ る が, つまり周期的であ る とはいえ る が定期的ではなく, かならずしも環境的に周 期化してい る ともいえず, 年令, 時間の 尺度だけでなく規模の 尺度について も, 増羅的ではあ る が増幅に振幅があり定量的とはいえない。 こ の ように同 ー企業の成長, 発展の段階それぞれについて相異す る の は何故であろうか。 それは企業の老 化現象と類比していえ る かもしれないが, それはどのように 説明づけられ る の であろうか。 いわんや同一でない企業は同様の 環境に遭遇 しても, そ の 規模や業績に差異の あ る の は当然であり, いわゆ る 環境決定論 的なアプロー チ からだけでは説明しきれないようであ る 。 こ こに環境認知論 的アプロー チ というか , むしろ生物 学上の 「主体性 の 進化論」 6) を援用しう る 余地を見出す る の であ る 。 たとえば松下電器が 「創造によ る 成長」から「協働によ る 成長」までの 成 長, 発展の プロセス のなかで, いかに進化を展開し, どう危機を克服したか を 具体的な内容で吟味してみ る と, ただ環境に決定的に影響されたとか, あ る いは順応したとかいうより, たしかに環境的な要因が契機にはなっては い る が, むしろより積極的に企業が集団として組織として主体性をもって環 境を認知し, そのかぎりにおいて進 化の 程度も決定され革新の 度合も制約さ れ, その成長, 発展の パ タ ー ン というか, テ ン ボも リ ズ ムも規定されてい る ようであ る 。 つまり企業の主体性によ る 環境認知 の 差異の如何であり, その 基本にな る のは 主体性その も の の 如 何であ る 。 いうなら 環境触媒論ともい ぇ, もとより環境決定論ではな く , また環境順応論でもない意味での, いわ. 6) 今西錦司著 「主体性の進化論」 ( 中央公論社刊) -66. (326 ) -.
(17) ば珠境適応論であ る 。 < どくはあ る が外的な環境条件に適応 す る こと は , 企 業の成長, 発展にと っ て必要条件ではあ る が, その環境条件の変化 は多様で ありながら, 直面す る あらゆ る 企業にと っ ての条件としては同様であ る にか かわらず, 個別の企業の成長, 発展に差異があ り え る の は , むしろ個別の企 菜その も のの主体性の差異に帰趨し, それ こそが成長, 発展の十分条件とい え る であろう。 では 企業の成長, 発展0) 十分条件としての主体性, そしてその進化論をど のように理解すべきであろうか。 こ の一 点にかんして だけ, こ れから 吟 味 し てみよう。. 第四節. 企業成長の吟 味. 企棠の歴史的な発展モデルを追跡すべく, 欧米型のグ レ イナ ー. ・. モデルを. ふまえながら, 日本型のそれを松下電器の事例研究によりつつ検討してみた わ け であ る 。 そ こではたしかに企業の組織が進化しつつ, 革新し, 成長から発展を循環 しながら展開 す る 状態を理解したのであ る 。 そ こに企業のいわば進化論を理 解したいのであ る 。 つま り 企業の成長そして発展の メ カ ニ ズ ム であり, ロジ ッ ク であ る 。 それを進化論と い う生物 学上のアナ ロジ ー から, 仮説として吟 味してみたい。 い うまでもなく生物学上の進化論は, ダ ー ウ ィンの自然 淘汰説ないし適者 生存説が主流であ る 。 たしかに 企業も, 環境のなかで適者生存し淘汰され進 化して いく。 いうなら環檄適応論であ る 。 だが生物学上の進化論はそれです べ て 況明できる のであろうか。 しばらく学際的な意 味においても生物 学での 議 扉 を 跡付 け てみたい。 たしかに 「進化論の旗流」” は , ラマ )レ ク を始祖と. 7). 今西錦司, 前掲書, 第一章. -67 (327 ) -.
(18) しながらも. ダ ー ウ ィ ン を本流にし. 今 日 では 自 然淘汰説を中核に突然変異 説を補強した. いわゆる総合説 (synthetic theory) が主流であるといわれ る。だが「ダ ー ウ ィ ン以外の進化論」がある こともたしかである。むしろ企 業 の 進化論を検討するとき, ただ環境適応論的な 自 然淘汰説だけでな < . そ れ以外の 議論も傾聴に値するようである。 生物学上で進化論というとき, おおよそ三つ, 種の 起原その ものと. 適応 の起原そして系統の起原に区分されるという。そして ダ ー ウ ィ ンやラマ ルク は, こ こでいう適応の起原についての 進化論であるとも位置づける。それに たいして種 の起原その もの については . ワ グナ ー (Moritz Wagner) をはじ めとする「隔離説」 (isolation theory) が. より説得力があるという。それ は要約すれば, 地理的障壁をはじめ, 生活様式や生活の場など. ひろく環境 の 相異による隔離の なかに種 別 の 進化が展開するというの である。 これは個 体の個別的な進化としてより, 集 団 の 種別的な 進化として, 種 の 「棲みわ け」8) 論であり, 「種社会」9) 論でもあるという。 もっとも隔離 (isolation) という表現は, あまりにも物理的障壁に限定される語感から. むしろ「種社 会が生活の場を棲みわけているのだ, 生活の場を分割しているのだ」 という 意 味で, 分割 C segmentation ) の言葉が適切であろうという。ただ経営学上 は, むしろ環境なり市場の細分化 (segment) として用語化されている。い うなら適応的進化論にたいして細分的進化論である。 これは「生物社会の論 10) 理」 として拡大すると, 生物全体社会は種社会という多数の 棲みわけの 同. 位社会を構成単位にして構築された一種 の シ ステ ム であるといえよう。した が っ て「進化とは種社会の棲みわけの 密度化」11) であるともいえる。すなわ ち「適応とはもともと このように相対的なも の である, とするならば, それ 8) 今西錦司, 前掲書, 第二章 9) 同上 10) 今西錦司, 「生物社会の論理」(今西全集第 4 巻, 講談社刊) 11) 今西錦司, 「主体性の進化論」 115頁 -68. ( 328 ) -.
(19) ぞれに みずからの生活の場を占め, それによって他の種社会と棲みわけて い る, この地上のも ろ も ろ の種社会は, どれもみ な, その 占めている生活の場 12). において ぱ , 他の利社会よりも適応している, といえるかもしれない」. と. しヽ う 。. これを人間の組織社会, も っと限定して企業社会に比 喩 しても, セ グ メ ン ト さ れた市場や 環境のなかに 相 対的により 適応 している 企業種別社会があ り, それらを同位社会として構成単位にする企業全体社会の シ ス テ ム が構築 さ れる。 そこに企業種別の細分的というか, セ グ メ ン ト さ れた進化が理解 し えるで あ ろ う。 それはすでにみた企業個別の適応的進化とは相 異した椋 相を もつもので あ ろ う。 なぜなら 稲別の 細分的進化, 13). 論」 は, 「要するに,. いうなら 「棲みわ け 進 化. 社会の分離が あ って は じ めて種の分化が あ り, 新種. の形成がすす むということであ る」 13) から, 企業でいうなら市場や環境 を は じめ文化的 あるいは理念的ないし社会的なまでの セ グメ ン テ ー シ ョ ン が あ っ て, そこに企業としての種の分化が あ り新種の形成 が あ り, そのうち に 佃別 の企業の個体としての環楼 への適応の状況, つまり送応的進化が あ るといえ よう。 ダ ー ウ ィ ンのいう 自 然 淘汰説は, 極言 して弱 肉 強食論と適者生存説を強調 するが, そ れは あまりにも環境 決定論的で あ るともいいえるが, 企業の問題 でも そ う した類比と理解がしば しばな さ れるとこ ろに, 議論の余地が あ る。 のちにみるように条件適応理論 (contingency theory) も, 環楼 決定,,倫的で あ り す ぎるという議論の あ るとこ ろ で ある。 やはり生物の 自 然 あるいは 社会 においても,. 「 二 つの近似種の分布境界線だけでなく, どんな種の分布箋界. 線でも, み ななんらかの等温線の走 向に沿うている」 ということが, 分布帯 調査からいえるという。 それは一種の 「勢力 均衡線」で あり, そのな かで の. 12). 今西錦司, 前掲書, 115頁. 13). 今西錦司, 前掲書, 127頁. -69. ( 329 ) -.
(20) 種別の相対的な適応であ り 進化,. つ ま り 細 分的進化であるといえ,. 棲みわけ. 進化であるといえる。 ただもう一 つ 判然としないのは, そうした新種がどの ように 分 化し, その内容を形成してい く のであろうか。 つま り 「系統の起原」 論というか, 「 ダーウ ィ ン以外の進 化論」 の第二の 問頌である。 それは定向進化説によって説明 さ れる。 定向進化はオ ー ソ ゼ ネ シ ス (orthogenesis) の訳語であ り , 「進化は 一定の方向に 進 む」 という表 現である。 これはもともと化石の研究から古生物学者や地質学者 の 事実をふ まえた所説であったらしいが, やがて理論的な研究が展開 さ れるよう に なっ たという。 今西博士は「 自 己完結性」 という概念 に よって, 「生物の個体で あろうと, 種社会であろうと, あるいはまた人工物であろうと, シ ス テ ム で あろうと, それらはすべて 自 己完結性をもっている」 14) として,. つ ぎのよう. にいう。「生物はこの 自 己完結性を 持続 さ すために, 生きて いるか ぎりはた えずその身体を つ く りかえるという営みを つ づけてゆかねばならない。 それ は 直 接 に は, 生物の個体に課せられた仕事であるけれども, そうした個体が 構成単位となって つ く られている種社会というものも, またそれが 自 已完結 性 を も つ もの である以上, 個体の寿命をこえ, 進 化を通 じ て, そ の 自 己完結 性を維持しなければならない。 種はこれを種を構成する個体の, 世代を通 じ た つ く り かえ, すなわち進化によって果しているの であるが, このつ く りか え に ふた通 り の方法が用いられている」15) と。 そして第 一 の方法は, 「 エ ラ ボレ ー シ ョ ン 」 で, 「これはすでに できあがっ たデザ イ ン を踏襲しながら, 改良をほどこしつ つその能率をよ り 高めてゆく という方法」 である。 もう一 つ の 方法は 「レ. ・. オ リ エ ン テ ー シ ョ ン」 であ. り , 「とに か く いままでの デ ザ イ ンを踏襲することを止め,. これに 代わって. 新 し い デザ イ ン を 取 り こむという方法」である。 そして エ ラ ボ レ ー シ ョ ン. 今西錦司, 前掲書, 142 頁 15) 今西錦司, 前掲書, 142 頁, 以下, 括弧内 同様 14). -70 (330 )-.
(21) は, 「 日 常的な小進化」であり, 定向進化その も の であり,. それにたい し レ. ・ オ リ エ ンテ ー ションは 「大進化」であり, 適応の起原だけでなく種 の起原 をとおり こした系統の起原に関連するという。 それは種および系統の定向進 化の 問題であり, 「種はその 存続維持の ための戦略」 として, 「種 の 個体は種 の変わるべきときがきたら, どれも これもが同じように変わるの でなければ ならない」という理解である。 つまり新種 の起原は, ダ ー ウ ィ ンの 個体差ま たは個体変異からの変種でなく, 「種差から出発する」 すなわち個体起原論 でなく種起原論そのもの である。 そして 「 自 然と進化」16) について, 「種個 体も種社会も生物全体社会も, 変るぺきときがきたら変わるの である。 悠久 な時の 流れにしたがって, いつかは変わっ てゆくの である」という。 こ の 談 論は生物 学上では, 獲得形質の 遺伝をふまえ, 用 ・ 不用説を唱えた ラ マルク の 進化論と軌を一 にするものといい, 系統の起原は獲得形質の遺伝という進 化の公理 (axion) によるもの であるという。 いわば 「種起原論」による 「系 統進化論」であり, また 「 個体適応論」であるといえよう。 たとえば 「 ウ マ から ウ マが生ずるの は, 造伝である。 小さな ウ マが時代を経てだんだん大き くなるというの は, 獲得された形質が累租的に造伝されてゆく, という こと である」17) と説明する。 もっ とも これは, 新たな形質がどのように獲得され また追伝して いくのか, そのメカ ニ ズ ム を説明はしていないが, すくなくと も獲得形質の 追伝と系統の 定向進化が相侯っ て展開していく ことを理解さす ものである。 こ こであらためて ダ ー ウ ィ ンのいう 自 然 淘汰説と定向進化説の相異を位置 づけてみる。 自 然淘汰説は進化の プロセスおよびメカ ニ ズ ム その も の を 問題 にし, 共時的 (synchronic) アプロー チ であり, いうなら進化プロセス論で あるの にたいし, 定向進化説は通時的 (diachronic) アプロ ー チ で, いえば. 16). 今西錦司, 前掲書, 145頁. 17). 今西錦司, 前掲書, 151頁. -71. ( 331 ) -.
(22) 進 化コ ー ス論で, 系統および種 差 そ の も の の コー スを問題に し ている。 そう いう意味では 両者と相互に補完 し あう立場にあるともいえる。ただ種 そ の も の 系統の起原は, 非ダ ー ウ ィ ン 説によって説得的であり, すでにみた隔離説 というか細分進化説と, こ こにいう定向進化説によってた し かにつ ぎ の よう にいえよう—いままでも進化のコー スにの り, それから外れていない種 社 会だったら, 二つに分離しても, そ の 分離した二つの社会を そ のまま進化の コ ー スにのせておけば, 長大 な時間がかかると し ても, ゆくゆくは分離 し た 二つの 社会が,. それぞれに独立 し た 二つの種社会にまで 生長するであろう. し, そ のときにそ こに, 二つの 新しい種ができて い るだろうという一一の で ある。つまり「種 ( 社会) の 個体 は み な, 同 じように, 同じ方向にむかって 変化する」18) の で あり, 獲得形質の 遺伝による「同種の 個体の一様化」19) の 進化現象 こそが, 定向進化であ る 。したがって進化の研究において重要な概 念である遺伝 と 変異について, 遺伝では 獲得形質の遺伝の 原理, そ し て変異 20) をもつという。 で は 同様 の 個体の 一様化の 原理が, 「原理的価値」. もともと定向進化 , オ ー ソ ゼネ シ スの 用語 は ,. アイ マー. (Theodor Ei. mer) の 「蝶の 定向進化」 ('Orthogenesis d er Schmetterli nger', verlag von Wilehelm Engelmanu, 1897) からといわれるが, それは 「生物とは そ の 身体の構造, あるいは そ の 身体を構成 し て い る 物質の制約があるから, そ うそうどうにでも変わりうる, というものでは ない, つまりはじめから許さ れた方向だけにしか変われないものと, 」 という 考えであるようである。 こ れ は ダ ー ウ ィ ン の 自 然淘汰説からすれば, 環境要因を支配的あ る いは 決定的 とする議論からは対照的で, 環境要 因 の 影 響を無視するわけでは ないが, そ うかといって ただ環境に適応するという状態だけですべてを説明 し ようとす る の でも な く,. いうな ら 「環境支配説」からの 脱皮というか, 「環境の 変化. 18) 今西錦司, 前掲書, 160頁 19) 同臀 162頁 20) 同書, 162頁. -72. (332 ) -.
(23) に応ずるか応じ な い かは, 生物自身の問題」 と して, 「応ずるにしても, そ れぞれの生物がそれぞれ独自の立場で, これに応じて変わ っ たらよい」 と い ぅ , いわゆる 「主体性の進化論」が強調 さ れる こ と に なる。 それはより環境 をふまえる と しても, 「環境決定論」 の対極 と して「環境認知論」 と いえ, ただ環境 を触媒と し て, より主体的な 認知 を中心にすえる観点であり, その 意味での環境適応論である。 だが 「主体性の進化論」は, いいかえれば 「棲みわけ定向進化論」 と も い ぇ, それが基礎である。 生物の全体社会が, 種別の同位 な部分社会によ っ て 構成されるシ ス テ ム であり, それは「棲みわけ」社会であり, セグメ ン テ ー シ ョ ン , いうなら細 分化による種別化を分岐の原理 と しながら, 「棲みわけ」 社会のなかでは 「同種個体の一 様化」 による 定向進化の 系統的な展開をす る。 そのなかに環境 と の認知的ではあるが適応の過程に, 個体の変異も変種 と して見 出 さ れる。 だがそれは突然変異と いえ, あくまで個体 と しての変種 であり, 個体差による坊径変異は, 新種はおろか分類上の亜種も生まないし 「出来かけの種」(incipient species) ではな い と い う。 こうした進化の論理 を, 生物社会の問題 と してでなく, 生きる営み と いう意味では原点は共通で あろうが, 人間の社会, 経営の問題, なかでも企業 な いしその組織の領域に 援用して理解してみたい と おもう。. 第五節. 結. 語. これま で企業の成長 と 発展に関連して, 理論的な仮説を求めるため にも, 欧米の実態をふまえたグレイ ナ ー. ・. モデルを理解し, そのうえで我国の代表. 的な事例の一つ, 松下電器の成長と発展を, 歴史的にみたうえで, 検討をす すめてきた。 そこに環境的な影響も さ るこ と ながら, 企業の組織的な 主体性 21). チ ェ ンバ レ ン (N. W. Chamberlain) 「企業と環境 」 (Enterprise and Environ ment) (大森他訳, ダイ ヤ モ ン ド 社刊). -73 ( 333)-.
(24) によ る 適応, いうなら環境認知論の素地 を見出したのであ る 。 そ の検討はあま り に も 生物学上の進化論のアナ ロジ ー にとらわれす ぎ たか も知れぬが, こ こで企業の問題として把握 し なおしてみよう。すでに 「企業 と環境」 の問題に つ いて, チ ェ ン バレ ンの所論を 「変 化と相互作用の理論」 としてみた機会があ る 。 そ こで企業の成長, 発展は, ただ環境への過去から の外挿法的, いうなら延長的, 増分的な展開だけではない こと, それは環境 ないし社会の突発的, あ る いは侵入的事象 ( intrusive event) にたいして, 企業みずから経営としてその 目 的 , 規範ないし戦略セ ッ ト によ る 戦略的決定 を主体的, 目 的 的に将来行 動として展 開す る 。 これは外挿法的な展開 が, 環 埃順応としての 「小進化」 論というなら, 「大進化」論としての発展の問題は,. そ れは 成長の問題であ る 。だが. いわば 「主体性の進化論」 によって. つま. より有効に理解され る のではなかろうか。. り企業の主体的な価値セッ ト. や 目 的的な戦略 セ ッ ト をふま えた戦略的決定によって, 環境へ認知的に適応 していく。 そ こに環陸や市場を, 主体的. 目 的 的に細分化して, より有効に 適応してい < . 「棲みわけ」 種別の進化のなかに, 系統的な進化の展 開とし て. ただの エ ボ リ ュ ー シ ョ ン 以上の, レ. ・. オ リ エ ン テ ー シ ョ ン , グレイナ ー. のいうレ ポ リ ュ ー シ ョ ン が見出され る 。 こ こで最初 に 仮説的に概念図化した資 料 を ふ ま えてみ る と.. つ ぎ のように. い え る であろう。 「企業成長の歴史」 を実態として松下電器の事例に もとめ てみ る と. たしかにグレイナ ー のいう成長としての進化. エ ボ リ ュ ー シ ョ ン の過程と. それに つ づく発展としての革命, レ ボ リ ュ ー シ ョ ンの段階とがあ り . そ れらは生物学上にいう「適応的な小進 化」と 「系統的な大進 化」にあ た る アナ ロジ ー といえよう。 つ いでにいうなら 「適応的な小進 化」は 「 自 然 淘汰説」 によって説明しえ る であろうが. 「 系統的な大進化」 は 「定向進 化 説」 に よって説明されな ければな る ま い。と ころが何故に 「小辿化」 だけで な く 「大進化」 が生起しあ る いは惹起す る のであろうか. その論理なりメカ ニ ズ ム の説明が必要 に な る 。 そ こにま さ に 「稲の起原」ないし稲別の進化の. -74. C 334)-.
(25) 展開が理解される。 いわば セグ メ ン テ ー シ ョ ンの理論であり, 環境や市楊 を 主体的かつ 目 的的に細分化し, より有効 に 適応しようと意図する戦略の展開 である。 それはグ レ イ ナ ー ・ モデルを補完する意味でのロ ー レ ン ス ュ. ・. ・. ロッ ジ. モデルの援 用 を必要とする。. すでに ふれもしたように ロ ー レ ン ス. ・. ロ ッ シ ュ の条件適応理論は, あまり. に も 環境 決定論的な嫌いがあるが, これを変化する環境のなかでの組絨 その ものが小進化しあるいは大進化しながら進化を展開していくプロセ スを説明 する ツ ー ル に 援用 すると, つ ぎのよう に 理解しえよう。 たとえば 「創造 に よ る成長」からは じ まる 「小進化」 は, やがて 「統率の危機」に 直 面し, そ れ を克服するとこ ろ に発展としての 「 大進化」をへて循環的に より高次の段階 に 展開するわけであるが, その サイ ク )レ. ・. プロセ スは, 統合 • 分化 マ ト リ ッ. クスのそれぞれの過程といえるのではなか ろ うか。 すなわち 「創造に よる成 長」は, 小規模とはいえそれだ け に 高統合 ・ 高分化の経営状態も, 小進化に よる成長とともに機能的に も分化し, 相対的に 高分化ではあるが低統合の経 営状態 に , それはすで に みたよう に さら に 低統合, 低分化の状態 に マ ン ネ リ ズ ム , いわば飽和化し, 崩 壊かさ もなくば改革の選択をせまられる。 再統合 化の必要性である。 そこに 環境の契機も手伝って, 主体性 に おいては理念的 に,. 目 的性からすれ ば 戦略的に 企業みずから,. リ. ・. オ リ エ ン テ ー シ ョ ンす. る。 革命ともいえようが, 革新であり発展の段階である。 松下電器 に おいて は 「統率の危機」を克服するための 「 事業部制」の導入であり, 目 的のため の戦略であるが, 同 時 に 主体としての理念をふまえたものであることを注意 しておきたい。 そこに いまだ低分化ではあるが高統合への進展がみられ, や がてより 高次の高統合,. 高分化の状態への 展望を見出し,. この 一連の展開. が, 企業の成長と発展の循環の過程を形成すると理解する。 このように 松下電器の企業成長の歴史を事例としてふまえながら, そこ に 生物学上の進化論の ア ナ ロジ ー をみる。 まず 「適応的小進化」に 「 自 然淘汰 説」 に よる成長論を, また 「系統的大進化」に 「定向進化説」 に よる発展論. -75. C335 ) -.
(26) を, そ し て「種別的進化」 つま り 「種の起原」 に は「細分進化説」 セ グ メ ン テ ー シ ョ ン に よる「棲みわけ」 論を理解する。 そ し て企業の成長と発展, っ ま り 小進化と大進化を定量的とい う か定型的 に , 歴史のなかから検証 し たの が グレイ ナ ー ・ モ デルであ り , それを理論と し て定性的 に 定質的 に 説明 し え る用 具と し て援用 し補完 しえるモ デルが, ロ ー レンス ・ ロ ッ シ ュ の条件適応 理 論を展閲 し たものであるといえようか。. -76 (336)-.
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