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ゾーシチェンコの創作における「演劇性」批判の変遷
有 ⽥ 耕 平(神⼾市外国語⼤学⼤学院 ⽂化交流専攻 博⼠課程後期 2 年)
The criticism of theatricality in the works of M.M.Zoshchenko
ARITA, Kohei
Doctoral Student, Cross-Cultural Interaction, Cultural Studies Course, Kobe City University of Foreign Studies
Abstract
In the 1920s, Mikhail Mikhailovich Zoshchenko wrote about 600 satirical short stories. Many of these satirical works depict the old-fashioned bourgeois culture in pre-revolutionary Russia.
One of the aspects of this bourgeois culture, which Zoshchenko picks up and criticizes in his short stories, is theatricality. In this paper, I describe how Zoshchenko defines theatricality and analyze his criticism of theatricality.
The theatricality which I elaborate in chapter 1, can be found in Zoshchenko’s storytelling, which is called “skaz”. This is a Russian oral form of narrative. In memoirs, the contemporaries often pointed out how the actors read aloud Zoshchenko’s works with theatrical tone and gesture. A single storyteller, who performs in skaz controls the whole story and plays all characters himself. Therefore, he can reproduce his story with his own theatricality and contrasts it with the excessive pre-revolutionary theatricality of the characters. I discuss the theatrical technique of skaz and Zoshchenko’s critique on the pre-revolutionary theatricality.
In the second chapter, I analyze the theatricality of Soviet theater. In 1920s, Russian avant-garde was very influential art movement. Theater-directors abandoned old conventions and expand their artistic world. In this chapter, I examine three works of Zoshchenko that criticized Russian avant-garde, especially, theatricality of Nikolai Evreinov.
In the third chapter, I analyze cultural ideology in theater. In Russia, theatrical culture of the 19th century followed a certain etiquette. Zoshchenko’s protagonists always enter the theater without proper costumes and little money. The characters quarrel over theatrical manners and are thrown outside. This conflict reveals the nature of Russian theatricality, which removes uncultured people from the theater and rejects Russians on basis of their social-cultural background.
In the fourth chapter, I examine “The Elecrician”, which is Zoshchenko’s most remarkable in terms of dealing with his criticism of theatricality. In this work he
succeeds to put all elements of theatricality together and clarify the mechanism of theatricality. Later he revised The Electrician and changed the end of the story in order to avoid his critique on theatricality. From then on he stopped incorporating critique on theatricality in his works.
In the fifth chapter, I examine five works of Zoshchenko which deal with electrification in the Soviet Union. By comparing the various editions of these works, including The Elecrician, the high number of revisions that Zoshchenko conducted himself becomes obvious. I addition, I demonstrate that the problems concerning the enlightment of Soviet electification are similar to the problems of theatricality that I elaborated in the second chapter. Zoshchenko tried to unite people with different cultural backgrounds into one collective under the reign of Stalin. Finally, Zoshchenko draws the ideal image of the electrified communal apartment in his work “Last story” In this story, a pre-revolutionary woman changes her mind and transforms into an honorable Soviet citizen. This story shows that Zoshchenko’s criticism of theatricality disappeared because people of different cultural background were united in the electrified communal apartment, which represented the future of the Soviet Union.
は じ め に 本稿は,ソヴィエトの⾵刺作家であるゾーシチェンコの短編⼩説に描かれる多義的な 「演劇性」に対する総合的な解釈,ひいては「演劇性」に対する批判の過程を論じるもの である。 ゾーシチェンコの作品における「演劇性」はこれまでの研究において指摘されてきた。 例えば,研究者たちが指摘した短編⼩説の劇場的構造(1)や主⼈公と劇場的規範の対⽴(2)は 本稿でも論じられるゾーシチェンコの作品の「演劇性」の本質的な側⾯の⼀つであろう。 ただ⼀⽅で,彼等が「演劇性」といった意義が曖昧な⾔葉を避ける,あるいは定義せずに ⽤いているために,ゾーシチェンコの「演劇性」における多義的な意味合いを総合的に論 じられてこなかった。これらの研究では,ゾーシチェンコ作品に顕著な⼆つの「演劇性」 について論じられていない。それはスカースの「演劇性」と芸術や政治のテクストの規範 によって現実の「約束事」を変⾰する象徴主義やロシア・アヴァンギャルド演劇の「演劇 性」である。 本稿では,初めにスカースの定義を巡るバフチンによるエイヘンバウム批判を検討しな がら,ゾーシチェンコのスカースの「演劇性」における「単声」と「⼆声」という⼆つの 側⾯を指摘する。そして,ゾーシチェンコの作品における「単声」の「演劇性」と「⼆声」 の「演劇性」が,劇場⽂化の「演劇性」,ロシア・アヴァンギャルドにおける「演劇性」, 国家という劇場におけるブルジョアとプロレタリアートという⼆つの「演劇性」の分裂と 対⽴を描くための重要な概念になっていることを考察し,この「演劇性」批判の過程を論 じることを本稿の⽬的としたい。
(1) Ибатуллина 2017,URL: http://human.snauka.ru/2017/12/24751 (дата обращения: 21.02.2020). KAMINER
July 2006, 470–90
1.スカースの「演劇性」における「単声」と「二声」 作家メッテルは回想の中でゾーシチェンコ作品の朗読の演劇性について⾔及している。(3) 後になって,素晴らしいアーティストたちが舞台の上で有名な『貴族の⼥』や『⾵呂屋』 を演じるのを私は幾度となく聞いた。そして,いつも私はすこし気まずかった。アーティ ストが登場⼈物を演じ,⾃然なイントネーションを伝えようと読むときに決まってすこし ばかりショックを受けた。彼らの演技はゾーシチェンコにとってはあまりにも「調⼦づい た」もので,アーティストの限りなく繊細な感覚をもってしても,作家の短編⼩説や作家 ⾃⾝の朗読に詰まっているあの魅⼒的な⾃然さ,⽬を引くような⼈⽣の真実が失われてし まう。この演技では,ゾーシチェンコと主⼈公達の間にある距離感や批評的空間もまた失 われてしまっているのだ 『貴族の⼥』や『⾵呂屋』といった作品にアーティストたちが感じた「演劇性」はゾー シチェンコが多⽤するスカースの「演劇性」である。例えば,トィニャーコフはスカース では読者が物語に⼊り,「読むのではなく演じる」と指摘している。(4) これはエイヘンバ ウムの「⼝語形式の語りへの定位」というスカースにおける「声,調⾳,イントネーショ ンに付け加えられる⾝振りや⼿振り」を伴った「演劇性」を指しているだろう。(5) しかし, スカースの「演劇性」は必ずしも読者に「演技」を求めるものではない。例えば,研究書 『スカースの詩学』では,スカースの「演劇性」は現実の出来事を語りという直接的な交 流をもって聴衆に伝えようとした⼝承芸術から来ていると指摘されている。(6) スカース における話し⾔葉への定位は聴衆との緊密な交流を求める語り⼿の志向の結果としても 考えられるのだ。このような聴衆に語りかける「モノローグ的なコンテクスト」を前提と して,作者の直接的な志向が反映される語りの⾔葉をバフチンは「単声の⾔葉」と定義し ている。(7) この「単声」の語りに対し,バフチンはスカースを「他者のことばへの定位」 を含んだ特別な語りであると指摘し,先に触れたエイヘンバウムの定義を批判しながら, 「他者のことば」に作者の志向が「屈折」されることで表現されるスカースの「⼆声的な ⾔葉」を指摘している。(8) ここで注意しなければならないのは,バフチンも述べているよ うに「スカースにおいては,他者の⾔葉の定位と話し⾔葉への定位の厳密な区別は不可 ⽋」(9)であり,スカースにおける「単声」と「⼆声」という⼆つの側⾯は対⽴していない 点である。つまり,スカースを巡る解釈においては,読者(=聴衆)との緊密な関係を求 める語り⼿の「直接的な志向」である「単声の⾔葉」と他者の⾔葉に⾃⾝の志向を反映さ せる語り⼿の「⼆声」性を独⽴したものとして解釈しなければならないのだ。 こうしたスカースにおける⼆つの「演劇性」について,『貴族の⼥(Аристократка)』(1924) (3) Меттер 1990, 233 (4) Тынянов 2002, 406 (5) Эйхенбаум 1924, 152-156 (6) Мущенко.Скобелев.Кройчик 1978, 45 (7) Бахтин 2000, 85 訳はバフチン 2013, 149-150 (8) Там же, 86 同上, 154 (9) Там же, 89 同上, 156
を具体例として取り上げてみたい。回想の冒頭,語り⼿が「貴族の⼥」に話しかけるシー ンにおいて,スカースの「演劇性」は顕著な形で表れている。(10) — Откуда, — говорю, — ты, гражданка? Из какого номера? — Я, — говорит, — из седьмого. — Пожалуйста, — говорю, — живите. 「どっから来たんだい? あんた何号室だ?」と俺。 「わたし,七号室ですの」と彼⼥。 「へえー,そりゃあまぁ,なーるほど」と⾔ってやった。 『貴族の⼥』における登場⼈物達の会話には,この говорить が万遍なく挿⼊されている。 安岡治⼦が指摘している通り,⼆⼈の会話に挿⼊される говорить という⾔葉は「語り⼿ と登場⼈物の⾔葉を区別するために執拗に挿⼊される」スカースの記号である。(11) そして, この記号は語り⼿が他者の⾔葉を⾃⾝の志向を反映させながら「演じている」ことを意味 している。 作中,プロレタリアートである語り⼿は他者である「貴族の⼥」を⾵刺的に演じること で,19 世紀のブルジョア⽂化が⽣み出した社会―⽂化的な「演劇性」を批判する。この 「⼆声」的な「演技」によって,語り⼿は物語全体を劇場化し,「貴族の⼥」との諍いを読 者へ「単声」的に語っている。ゾーシチェンコのスカースは,他者を演じることで批判的 態度を⽰す「⼆声」的な「演劇性」とその批判を読者に問題提起する「単声」的な「演劇 性」が⼀体化することで,古き「ロシア」と新しき「ソヴィエト」を「⼆声」的に演じて いる 1920 年代の⾃国を観劇する市⺠の客席を物語の外部に作り上げているのだ。 2.「自然主義」,あるいは「自分のための劇場」 ――ソヴィエト演劇における「演劇性」に対する批判―― 『貴族の⼥』において,ゾーシチェンコは「⼆声」的なスカースを⽤いてブルジョア⽂ 化における「演劇性」を⾵刺的に批判した。ただ,その批判を伝える「単声」的な「演劇 性」が読者の共感を勝ち得たかどうかは定かではない。なぜなら,「単性」的な「演劇性」 はあくまで⼀つの出来事や現象に対する問題提起であり,読者が語り⼿と同じ理解に達す るとは限らないからだ。この「単性」的なスカースにおける「演劇性」の不確かさについ て,ゾーシチェンコは⻑編⼩説『⽇の出前(Перед восходом солнца)』(1940)における朗 読のエピソードの中で描いている。(12) 私は困った。私は拍⼿の嵐に出迎えられ,半ばよろめくように送りだされた。つまると ころ,私は観客を何かしら満⾜させ,騙さないといけない。どうやって? (10) Зощенко 2006a, 472 訳はミハイル・ゾーシチェンコ 2012, 17 (11) 安岡治⼦ 1983, 62−67 (12) М.Зощенко 2008b, 108-110
本当のところ,私は役者とは違い,抑揚なく,ときおり気だるげに読み上げる。しかし, 果たして,⼈々は私の夜会にもっぱら「ユーモア作家」の夜会を求めてやってくるのだろ うか? 来るのだ。おそらく,役者がこれほど⾯⽩く読むのだから,今に作者の⼝から何 か出るだろう,とでも考えているのだ。 夜会は回を追うごとに私の苦痛となっていた。 どうにか演壇へと上がる。今から観客をまたしても騙すのだという意識は,私の気分を より⼀層損なわせる。本を開き,何かしら短編を呟く。 誰かが上から叫ぶ。 「『⾵呂場』をやってくれ…,『貴族の⼥』だよ…,何をくだらねえもの読んでやがる!」 「なんてことだ!」と私は思った。「どうしてこんな夜会に来ようと思ったのだろうか?」 観客はゾーシチェンコに『⾵呂場』や『貴族の⼥』のような「⼆声」的なスカースの「演 劇性」を求めている。ただ,ゾーシチェンコと観客の関係はモノローグ的であり,その「演 劇性」は「単声」的である。観客と作家の間における無理解はこの「演劇性」の違いに起 因している。それにもかかわらず,観客は作家の「単声」的な「演劇性」を批判すること で,作者の「直接的な志向」に⾃⾝の志向を「⼆声」的に反映させようとしている。⽂学 史において,こうした読者の作家に対する「⼆声」的な批判の問題は,プーシキンの『詩 ⼈と群衆』を始めとしたロマン主義のテーマとして度々取り上げられてきた。ただ,バフ チンが指摘している通り,ロマン主義には「他者の⾔語環境をつうかしたいかなる屈折で もってもみずからの熱をさましたりはしない,没我的なまでに表現⼒に富んだ直線的な志 向の⾔葉」(13)がかつて存在し,その「単声」の詩学が群衆に屈しない作家の「直接的な志 向」を担保してきた。このエピソードは,ロマン主義の衰退の結果,読者が作家の「演劇 性」に⾃⾝の志向を反映させる「⼆声」的な批判を⾏うようになった新しい時代の始まり を表しており,読者による作家の他者化という「演劇性」における新しい問題を提起して いるといえよう。 この問題について,ゾーシチェンコは『芸術における新しいもの(Новое в искустве)』 (1925)と『役者(Актер)』(1925)において検討している。これらの⼆つの作品は⼀つの 物語を共有しており,『芸術における新しいもの』は観客の視点から語られ,『役者』は役 者の視点から語られている。ゾーシチェンコは⼀つの物語の複眼的視点を描くことで「演 劇性」が「多声」的であることを⽰そうとしているのだ。 まずは物語のあらすじを紹介しよう。中等技術学校テ フ ニ ク ムに通う学⽣である主⼈公は『誰の罪 か』という劇に代役で出演する。劇中,商⼈を演じる主⼈公は強盗(を演じている役者) に襲われる。そのとき,主⼈公は「強盗」から⾃⾝のお⾦を実際に奪われてしまう。壇上 の主⼈公は必死に助けを呼ぶが,観客はその場⾯のあまりの「⾃然さ」に魅了されてしま って,舞台の上の犯罪に気づけない。舞台の幕は下ろされ,劇場から盗まれたお⾦は⾒つ からなかった。 『芸術における新しいもの』では,この物語は観客の視点から語られている。語り⼿は 役者がお⾦を奪われる場⾯に「⾮の打ち所のない⾃然主義」を⾒出し,舞台の事件を「芸 (13) Бахтин 2000, 98 訳はバフチン 2013, 172
術の世界で起こった嘘偽りない出来事」と評し,この芝居に対して「観客は完全に興奮し た様⼦で拍⼿した」と語っている。(14) シチェグロフが指摘するように,この⾃然主義賛美 の⾔葉は当時有名であった演出家スタニスラフスキーに対するアイロニーが感じられ る。(15) もっとも,スタニスラフスキーが重視したのは写実主義や⾃然主義ではなく,「役 を⽣きる」演技,つまり「役における<⼈間⽣活>を作り出し,芸術的な形式のもとにそ れを舞台の上で伝えることができるようになる」という新しいリアリズムであった。(16) こ の「芸術における新しいもの」であるスタニスラフスキーの演劇は役者の内⾯における「直 接的な志向」を重視する点で「単声」的である。それに対して,他者である観客の誤った 賛美の⾔葉は「⼆声」的なアイロニーを伴っており,『⽇の出前』で⽰された観客の「演 劇性」に対する無理解の問題が⽰されているのだ。 観客が称賛した「⾃然主義」は,「強盗」がお⾦を盗むことで⽣まれた新しい「演劇性」 であり,役者の「演技」に⾒られる現実に起こった出来事をありのまま伝えようとする旧 来の⾃然主義を否定している。これはソヴィエト演劇における「約束事(условность)」 を巡る議論の中で重要視されたブリューソフの演劇観である「⾃然の模倣」から「意識的 な約束事」への転換である。(17) 例えば,「強盗」に襲われて助けを求める役者のセリフに は,他者の⾔葉であることを⽰す дескать や「⾃分の声ではない声で(не своим голосом) で叫ぶ」といった⾔葉が挿⼊されている。これらの⾔葉は,現実を模倣しようとする語り ⼿の「声」に強盗の「⾃然主義」が反映していることを⽰しており,「強盗」が⽰す新し い「演劇性」としての「⾃然主義」がこの劇場における「約束事」であると観客が意識的 に認知したことを物語っている。 対して,『役者』の語り⼿は同じの物語をスカースで語りなおしながら,⾃⾝の⾔葉に говорю を挿⼊し続ける。これは『貴族の⼥』で使われたスカースの応⽤であり,語り⼿ が「強盗」が演出する「約束事」としての舞台で他者と化した⾃⼰を演じていること指し ている。そうすることで,「強盗」の「⾃然主義」に「⼆声」的な批判を加えながら,⾃ ⾝の「単声」的な演技における「直接的な志向」を取り戻しているのだ。 強盗の「⾃然主義」のように,⽇常や⽂化の「約束事」に⾃⾝の志向を反映させる「演 劇性」を提唱した⼈物として,演劇理論家のエヴレイノフを挙げることが出来る。(18) 後に ゾーシチェンコは『⾃分のための劇場(Театр для себя)』(1926)というエヴレイノフに対 する直接的な⾔及を踏まえた表題の作品において,ソヴィエトの演劇⽂化における「⾃分 のための劇場」という「演劇性」,ひいてはその「多声」的な分裂について⾵刺的に描い ている。 この作品はソヴィエトにおける三つの「⾃分のための劇場」を描いている。⼀つ⽬は「ド ラマ」や「オペラ」に代表されるブルジョア⽂化の「⾃分のための劇場」である。この「劇 場」の役者たちは作中において客を呼び込むことに失敗する。続いて,⼆つ⽬の「⾃分の (14) Зощенко 2006b, 10-11 (15) Щеглов 2015, 834 なお,ゾーシチェンコは 1956 年から 1958 年に書かれた創作ノートにおいて,スタ ニスラフスキーの『芸術におけるわが⽣涯』を「⼼底気に⼊らなかった」と評し,本⼈を「温室育ち の天才」と揶揄している。Зощенко 1994, 129 (16) Станиславский 2013 ,32-33 訳はスタニスラフスキー 2008, 39-40 (17) Брюсов 1975 , 62-73 (18) 特に強盗の「⾃然主義」はエヴレイノフが論じた犯罪の演劇性と類似している。Евреинов 2002, 137-148
ための劇場」として描かれるのは「最も ⺠ 衆 的デモクラティックな芸術」と語られるサーカスである。ゾ ーシチェンコの描くサーカスは演劇の⼀種でありながらも,「⾼尚な芸術」である演劇と 対⽐的に描かれている。これはソヴィエト・サーカスを巡る歴史に対するアイロニーと考 えられる。ソヴィエトでは,1919 年に教育⼈⺠委員会演劇局サーカス部が活動を開始し, モスクワの⼆つのサーカスを国有化することで,サーカスの演劇化が始まった。その当時 の国⽴サーカスは,演劇に⼤きな影響を与える芸術として認知され,⽂学や演劇関係の先 進的な⼈々がサーカスを訪れた。だが,このサーカスにおける「演劇」の探求は事業とし ては失敗に終わった。結果,ネップ期の 1922 年,教育⼈⺠委員会演劇局サーカス部が独 ⽴採算制のトラスト企業である国⽴中央サーカス局に改変されると,ソヴィエト・サーカ スは「ビジネス」を⽬指すようになり,外国の演じ物,社会的要求や芸術的課題を軽視し た演⽬の多い⾰命以前のサーカスへと戻ってしまった。(19) この作品において,ゾーシチェ ンコの描くサーカスは「ビジネス」としてのサーカスであり,いわば,「その基本的な部 分が芸術ではなく」,「芸⼈たちの構成とその需要という点においてだけでなく,もっぱら その演技の成果においても,常に下層のものであった」⼤衆の⾒世物である。(20) この作品では,オペラの主役の「⾼尚な芸術はここでは何も役に⽴たない」という⾔葉 を聞きつけて,サーカス芸⼈たち(циркачи)(21)がやってくる。だが,彼らの興⾏は⾚字に 終わる。「ビジネス」を諦め,汽⾞に乗ろうとするサーカス芸⼈であったが,彼等の前に ⼤勢の⼈々が⾒送りにやってくる。⼈々はサーカス芸⼈や動物たちを胴上げし始め,「紡 績⼯と⾦属労働者から選ばれた」⼈物がサーカスの座⻑に野外での無料公演を要望する。 だが,サーカス団はその要望を断り,町から⽴ち去る。物語の最後に,語り⼿はサーカス 団が去ってしまった原因を「教養なき⼤衆」と「資⾦の不⾜」にあるのではないかと語っ ている。 この作品は⽂化的素養や貧富の格差によって,ソヴィエトの演劇⽂化がブルジョア⽂化 としての演劇,サーカス,そして,プロレタリアートたちが望んだ「無料公演」の三つの 「⾃分のための劇場」へと分裂していることを指摘している。本来,「⾃分のための劇場」 は⽂化や⽇常の「約束事」を⾃⾝の演劇的原理によって変⾰する「⼆声」的な「演劇性」 であった。だが,元より「約束事」を共有しない他者に定位できないことによって,「⾃ 分のための劇場」は「⼆声」的な志向性を失い,⽂字通りの「⾃分のための劇場」,つま り,他者なき「単声」の「演劇性」になっている。その結果,⼈々の「演劇性」は「多声」 的に乱⽴し,ソヴィエトにおける「演劇性」の分裂を引き起こしている。この⽂化的素養 や貧富の格差によって⼈々を分断する「演劇性」の問題に対して,ゾーシチェンコはブル ジョア⽂化のトポスである劇場に反⽂化的プロレタリアートを描くことで「⾃分のための 劇場」における他者の問題を提⽰していく。 (19) ソヴィエト・サーカスの歴史に関しては以下の書物を参考にした。エヴゲニイ・クズネツォフ(桑野 隆訳)2006, 483-516 (20) 同上,513 (21) クズネツォフは著書の注釈にて,「サーカス芸⼈(циркач)」という⾔葉は 1917 年までは存在せず, ⾰命直後に出来た⾔葉であり,古い世代のサーカス芸⼈はこの⾔葉を侮辱と受け取ると述べている。 同上,518
3.劇場と他者――文化的主体の分裂と対立―― ゾーシチェンコが描く劇場はブルジョア⽂化にとっての他者なき「⾃分のための劇場」 として描かれている。例えば,『貴族の⼥』の主⼈公は共産党員と指物師から合わせて⼆ 枚のチケットを貰うが,それぞれのチケットは席がそれぞれ指定されていた。主⼈公は「貴 族の⼥」に⼀般席を譲り,⾃⾝は⾒晴らしの悪い桟敷席に座る。これは⼥性を尊重する貴 族的な「演劇性」である⼀⽅で,座席の良し悪しによって観客を分断するブルジョア的な 劇場⽂化を描いている。 ショームキンが指摘している通り,ゾーシチェンコ作品の主⼈公は⽂化的空間に侵⼊す ると,「望もうか望むまいが⽂化の担い⼿と衝突する」。(22) 例えば,『⾵呂場(Баня)』(1925) では,主⼈公は⾵呂場の番頭に⾐服の着脱に関する劇場的な「礼儀作法の規範(キャシー・ ポプキン)」(23)の順守を要求される。この時,主⼈公はブルジョア⽂化のイデオロギーと対 ⽴することで反⽂化的なプロレタリアートとして現れる。そして,主⼈公はこのブルジョ ア的劇場⽂化による「⾃分のための劇場」に対して,「ここは劇場ではない」という拒絶 の⾔葉を繰り返すことで批判し,⾵呂場をプロレタリアートの反⽂化的トポスとして読者 に提⽰している。この作品はブルジョア的劇場⽂化に対するプロレタリアートの「⼆声」 的な批判の実践として書かれたといえよう。また,『悲しき事件(Прискорбный случай)』 (1926),『陳腐な事件(Мелкий случай)』(1927),『⽂化の魅⼒(Прелести культуры)』(1926) といった他の作品では,劇場の「礼儀作法」に違反する反⽂化的プロレタリアートが追い 出されてしまうことで,ブルジョア⽂化にとっての「⾃分のための劇場」の排他性を明ら かにしている。 しかし,この排他性の本質は「⼆声」的な「演劇性」の対⽴による他者の排除にある。 例えば,『ドラマ映画(Кинодрама)』(1926)では,主⼈公は映画館に⼊ろうとするが,⼊ ⼝でドアノブにズボンが引っかかってしまう。そこに⼈々が押し寄せてきて,主⼈公はド アと⼈々との間で押しつぶされそうになる。主⼈公は周りに助けを求めるが,誰も⽿を傾 けない。⼈々がいなくなり,主⼈公はドアノブからズボンを引きはがすと,ズボンは半分 に破れてしまっていた。この事件を主⼈公は「これがいかにして観客に服を脱がせるか, ってことだな」と語っている。主⼈公を脱⾐させた映画館のドアはブルジョア⽂化の「礼 儀作法」のメタファーであり,そこへ他⼈を押しのけてまで映画館へ⼊っていく⼈々は「礼 儀作法」を意に介しないプロレタリアートである。ドアと⼈々,ブルジョアとプロレタリ アートに挟まれて破れたズボンは,ソヴィエトにおける⽂化的主体の分裂をこの作品は表 している。 『⾃分のための劇場』では,「⾃分のための劇場」の「単声」的な「演劇性」が⽂化的主 体の分裂を招いていたが,その分裂は「多声」的であった。対して,『ドラマ映画』では, ⼀⼈の他者にブルジョアとプロレタリアートという⼆つの「演劇性」が定位しようとする ことで⽂化的主体の「⼆声」的な分断,ひいては他者の個⼈的主体の喪失を描いている。 この作品は,全ての他者を「⼆声」的に演劇化することで,あらゆる「単声の⾔葉」を否 (22) Сёмкин 2014, 131 (23) Popkin 1993, 76-84.
定するソヴィエトの⽂化的闘争の構造を描いているのだ。 この「単声」的な他者の喪失を前提とする「演劇性」は全体主義による「⾃分のための 劇場」の到来を予⾒している。この問題について,ゾーシチェンコは「劇場において誰が 最も重要であるのか」という「劇場的原理」を描いた『劇場的原理』において⾃⾝の⾒解 を⽰している。だが,ゾーシチェンコはこの作品の改稿過程において,全体主義の「演劇 性」の問題に対する葛藤を抱える。そして,これまでの「演劇性」批判に対する「変節」 を⾒せることになる。 4.『劇場的原理』とその改稿における「演劇性」批判の変節 『劇場的原理(Театральный механизм)』(1926)は,「劇場において誰が最も重要である か」という「劇場的原理」を問題提起したゾーシチェンコの「演劇性」批判の集⼤成であ る。ただ⼀⽅で,この作品はこれまで論じてきた演劇性批判の「変節」を⽰す改稿がなさ れた作品でもある。この「変節」の真意については第 5 章にて論じる。 『劇場的原理』の主⼈公である電気技師は劇場の「技術係」であり,役者たちの集合写 真に写ることが出来ない「脇役」である。この電気技師の元に⼆⼈の貴婦⼈がやってきて, メインホールに⼊れてほしいと頼んでくる。電気技師は劇場の⽀配⼈に嘆願するが,聞き ⼊れてもらえない。そこで,電気技師は照明を管理する部屋ブ ー スに⼥性たちと閉じこもり,劇 場を暗転させて,⼈々を混乱に陥れる。 当時の劇場において,電気技師はソヴィエト演劇を担う⽐較的新しい役職であった。例 えば,メイエルホリドはアンドレーエフ原作の『⼈間の⽣活』の演出において,舞台全体 を暗やみで覆い隠したのちに,スポットライトを巧みに使うことで舞台上に建てられてい た壁を観客に認知させなかったと語っている。(24) 照明は⾃⾝の志向を全ての物に定位さ せることで,あらゆるものの有無を「演出」できる。つまり,照明を⽀配する電気技師は テノール歌⼿を始めとした劇場のあらゆる存在を消し去ることで,劇場を他者なき全体主 義的な「⾃分のための劇場」へと変容させようとしているのだ。 注⽬すべきは,作中にて上演予定であったオペラがグリンカの『ルスランとリュドミー ラ』であったと⾔及されている点である。ジョルコフスキーはこの描写に着⽬し,劇場の 明暗を⽀配する電気技師はリュドミーラを暗やみに乗じて攫った魔法使いであるチェル ノモールを演じていると指摘している。(25) その⽀配の演技によって,電気技師は集合写真 において中⼼に位置する「ルスラン」であるテノール歌⼿(26)に対する「⼆声」的な批判を ⽰しながら,その「単声」的な「演劇性」を否定しようとする。この電気技師の「演劇性」 に対し,「⾃分の声が⼤事」というテノール歌⼿は暗転した劇場の中で歌うことを拒み, (24) Мейерхольд 1968, 251 (25) Жолковский 2018, 134-135 (26) オペラ『ルスランとリュドミーラ』では,テノールが演じるのは⼼優しき魔法使いのフィンであり, チェルノモールとは直接的な関係を持たない⼈物である。ただ,「テノール歌⼿」という⾔葉は後に 論じる『空⾊の本』でも舞台の中⼼に⽴つ⼈物として描かれており,ゾーシチェンコにとって象徴的 な意味を持っていることが指摘できる。この点に関して,ジョルコフスキーはブロークをアフマート ヴァが「時代が⽣んだ悲劇のテノール歌⼿」と呼んだ史実が影響しているのではないかという仮説を 述べている。Жолковский 2018, 333
電気技師が歌えばいいと主張する。テノール歌⼿が⾔及する暗闇の中で歌うという⾏為は オペラではチェルノモールが従える奴隷の演技である。テノール歌⼿は奴隷の配役を断る ことで⾃⾝の「単声」的な「演劇性」を固辞しながら,他者や劇場全体に⾃⾝の志向を反 映させようとする電気技師の「演劇性」への「⼆声」的な従属を拒絶している。こういっ たテノール歌⼿の反発に対して,電気技師は「テノール歌⼿はもはやいないのだ」と叫ぶ ことで,他者なき「⾃分のための劇場」を宣⾔する。テノール歌⼿とひと悶着を起こした 後,電気技師は劇場の照明を点け,貴婦⼈たちを特等席に座らせてから⾃⾝の⼀声で劇を 始める。語り⼿は「劇場において誰が最も重要であるか」と読者に問いかけて,物語は幕 を閉じる。この作品は,電気技師による劇場の⽀配という隠喩を通じて,他者の⾔葉を⽀ 配する「⾃分のための劇場」としての全体主義の登場を,ブルジョア⽂化の代表者である テノール歌⼿とプロレタリアートである電気技師の対⽴,つまり,ソヴィエトにおける⽂ 化的闘争の帰結として描いている。 ただ,興味深いことに,この作品は 1930 年代に出された選集において改稿がなされて おり,電気技師の⽴場に対するゾーシチェンコの解釈が揺らいでいたことが確認できる。 初版のテクストでは,語り⼿の最後の問いかけの後に⽂章が存在する。その⽂章では,テ ノール歌⼿と電気技師は劇場において同じ価値を持っており,「いかなるオペラもテノー ル歌⼿がいなければ全く⽴ち⾏かない」が,「電気技師がいなければ劇場の舞台に⼈⽣は ないだろう」と語られ,それゆえに「私がテノール歌⼿である,なんてことをここで問題 にしても仕⽅ない。親しき関係を拒んでもどうしようもない。写真を撮ってもぼやけてし まうのは,ピントが合っていないのだ!」といった⾔葉で⼩説の末尾が結ばれている。(27) この削除された⽂章では,テノール歌⼿と電気技師は対⽴し,それぞれの「演劇性」を「多 声」的に認めようとしていたことが窺える。それに対して,1929−32 年に選集に収録さ れた改稿版ではこれらの⽂章は削除され,タイトルが『劇場的原理』から『電気技師 (Монтер)』に変わり,「テノール歌⼿はもはやいないのだ」というセリフは「神はもはや いないのだ」と書き変えられている。『電気技師』を書く以前のゾーシチェンコは⽂化や 社会における「演劇性」の問題を批判的に描いてきた。ゆえに,この改稿は電気技師の全 体主義的な「演劇性」をいたずらに強調し,まるでゾーシチェンコが他者なき「演劇性」 を無批判に肯定しているような印象をもたらしている。この作品は批判の必要なき「演劇 性」を提⽰しているのか,あるいは全体主義的な「演劇性」の恐ろしさを問題提起してい るのであろうか。もっとも,この作品は「演劇性」批判の中⼼問題である「⾃分のための 劇場」,ひいては⽂化的主体の分裂と対⽴の問題を解決できていない。電気技師は⽂化的 闘争の暫定的な勝者であり,プロレタリアートとブルジョワジーの⽂化的闘争の構造は何 ⼀つ変わっていないのだ。 この点について,ジョルコフスキーの『劇場的原理』の電気技師の⼈物造形にソヴィエ トの電化政策,ひいては啓蒙の光のモチーフとの関連性があるのではないかという指摘は 興味深い。(28) なぜなら,『劇場的原理』における「演劇性」批判と電化による啓蒙をテー マとした作品がソヴィエトの⽂化的主体の問題を共有していることを指摘しているから (27) Зощенко 2018, 161-163 (28) Жолковский 2018, 137-138
だ。ソヴィエトの電化政策は国家全体を社会主義的志向に則って「劇場化」し,⼈々に⼤ きな影響を与えた。こういった現実を⽬の当たりにしたことで,ゾーシチェンコの「演劇 性」批判は「変節」を⾒せたのではないだろうか。この「変節」について論じるために, ゾーシチェンコの短編⼩説における電化のテーマにおける啓蒙の光の「演劇性」について 考察してみたい。 5.電化による啓蒙の「演劇性」と「演劇性」批判の帰結 「共産主義とはソヴィエトの権⼒と国家全⼟の電化を合わせたものである」というレー ニンのスローガンで知られている通り,電化政策はソヴィエトの最も重要な政策の⼀つで あった。(29) そんな時代において,ゾーシチェンコは電化による啓蒙を⾵刺的に描く作品を 発表している。例えば,『電化(Электрификация)』(1923)では,⽥舎町に住む通信⼠は ランプの光に恐怖し,その中に「労働監査」という社会の眼を⾒出す。電化による啓蒙の 光はプロレタリアートを社会にそぐわない反⽂化的な獣であることを突きつける恐怖と して描かれているのだ。他にも,『客⼈(Гости)』では,家主が無くなったトイレの電灯 を探すために客⼈達を脱⾐させるが⾒つからず,最後に電灯は万が⼀の事態に備えて家主 のポケットに⼊っていたことが明かされる。これらの作品は,電化による啓蒙が⽂化的な ⼈間における反⽂化的な獣の側⾯を明らかにするというパラドックスを描いており,「獣」 の「演劇性」はアイロニカルで「⼆声」的である。他⽅で,後にゾーシチェンコは,電化 政策に順応しようとするプロレタリアートを描いた『理解せねば(Понимать надо)』(年 代不明)(30)や反⽂化的なトポスであった⾵呂場に「学問や⽂化に関わる建造物を照らす」 電化の光を求める『原題なし』(1928)(31)を書いており,ゾーシチェンコは反⽂化的な⼈間 や場所を⽂化的な場所に変えようとする社会主義国家の「⼆声」的な「演劇性」も描いて いる。これらの作品は,「演劇性」批判と軌を⼀つにするように,電化による啓蒙に対し て批判的であったゾーシチェンコが創作の中で徐々に変節していくことを裏付けている だろう。 この電化による啓蒙に対する考えの変遷をより具体的に⽰した作品群として,『電化 (Электрификация)』(1924),『貧しさ(Бедность)』(1929-1933)(32),『最後の物語(Последный рассказ)』(1935)を挙げることが出来る。これらの作品のタイトルはそれぞれ異なってい るが,⼀つの物語に改稿を重ねた三つの作品である。 こ れら の 物 語 では , 家 主 の案 に よ っ てア パ ー ト に「 ソ ヴ ィエ ト と な った ロ シア (Советская Россия)を光で照らす」電化が導⼊されるというプロットが共有されている。 雑誌『⾚いカラス』に掲載された第⼀作⽬の『電化』では,未来のよき⽣活のために電化 したアパートが「かびだらけのおぞましい惨状」であることが判明し,現状から⽬を背け るために家主は電線を断ち切る。物語は「まあ,諸君,光も良いものであるが,光に照ら (29) Ленин 1970, 159 (30) この作品では五か年計画に対する⾔及があるため,創作年代が 1930 年代初頭であると選集の編集者 であるスーヒフは断定している Зощенко 2006b 605 (31) この作品は雑誌掲載時に表題が付けられなかった。後になって選集を編集した研究者ユーリー・トマ シェフスキーはこの作品に「悲しさ(Грустно)」という表題を付けている。Зощенко 2006b, 716 (32) 1929 年から 1932 にかけて出版された作品集においてこの作品の改稿はなされている。
されるのは気まずいことだ」と語る。そのうえで,「秩序と清潔」のために「⾃⾝の⽣活 の全てを我々は今新しく反転させなければならない」,「暗やみで良いと思われてきたもの は,光に照らされたら悪いものだ! そうではなかろうか,兄弟よ?」という未来への期 待に満ちた問いかけがなされている。対して,1929-32 年に出版された作品集に収録され た『貧しさ』では,改稿によって「秩序と清潔」のための問いかけが削除されている。こ れはゾーシチェンコの啓蒙に対する期待がアイロニーへと変わったことを⽰している。こ の作品集において『劇場的原理』が『電気技師』に改稿されていることを踏まえれば,ゾ ーシチェンコは電化による啓蒙を⾼く評価する⼀⽅で,全ての⼈や物に対する志向性をも った全体主義的な「演劇性」に対する恐怖を抱いており,「光も良いものであるが,光に 照らされるのは気まずい」といった⽭盾を抱え始めていたのではないだろうか。 だが最終的に,ゾーシチェンコはこの「物語」に⼤幅な改稿を加え,電化によるソヴィ エトの理想を『最後の物語』という作品として複数の短編⼩説からなる⻑編⼩説『空⾊の 本(Голубая книга)』(1934-35)に収録した。(33) この作品では,家主は灯油ランプで照ら される「帝政時代の贈り物」である五階建ての巨⼤なアパートに住んでいる。暗い住居に 住まう住⺠は隣に建てられた電化済みのアパートに憧れを抱いていた。そこで家主はアパ ートを電化する。しかし,電化を施⾏して三⽇後,家主は「不⾃然なほど暗く,⼝数が少 なく」なる。それは「⾃分の家に⼊るのもひどく恥ずかしく」なるほどのガタクタが部屋 に転がっていて,家主⾃⾝も前の主⼈が死んでから「⼗数年間⾃分を修理してこなかった」 からである。これはゾーシチェンコが常に⾔及してきた啓蒙による反⽂化的側⾯の発⾒で ある。しかし,この作品では,家主と同じ事情を抱えていた住⺠達が廊下に集まり,電化 との不調和をこれ以上避けるためにアパートを「修理」することを宣⾔する。部屋を綺麗 にし,⽣まれ変わった住⺠たちはフランス語や読書に励み始める。そして,アパートで「利 益と互いへの思いやりに満ちた新たな⽣活」が始まる。家主も技師のスコロボガートツト ヴォという技師と結婚することで⼈間として「修理」され,この「ロマン」を住⺠達は「電 化の光による効果」に付け加える。そして,家主は「電気の発明,つまりは電化に感謝し, 頭を垂れるように皆々に求めた」。(34) 『劇場的原理』において,ゾーシチェンコは電気技師の他者なき全体主義的な「演劇性」 を描いた。この「演劇性」は「⾃分のための劇場」であったために,⽂化的主体の分裂や 対⽴といった問題に対する解答となり得なかった。それに対し,『最後の物語』は電化を きっかけにアパートの住⺠が⾃らの意思で⽂化的主体を変容させ,統⼀し,⽂化的対⽴を 克服したソヴィエト国家の理想が描かれている。これは⼈々の対⽴と分断を⽣み出してき た⽂化的主体の問題に対する⼀つの解答であり,ゾーシチェンコの「演劇性」批判が到達 した⼀つの帰結ではないだろうか。 お わ り に この『最後の物語』が収録された『空⾊の本』には,この帰結を巡るブルジョア哲学者 (33) クリャーピンはこの改稿過程を作家がスターリン時代の現実に創作を合わせていると指摘している。 Kuliapin 2015, 1390-1395 また,スーヒフも同様の指摘をしている。И.Сухих 2006, 67 (34) Зощенко 2008a, 722-725
と語り⼿による演劇についての対話がある。ブルジョア哲学者はショーペンハウアーのよ うに「世界は私の表象である」と考えており,⼈⽣は夢のように⾮現実的なものであり, 「全ては遊び/演技(Все - игра)」である「おかしなオペレッタ」であると語る。語り⼿ はそんなブルジョア哲学者のオペレッタを「⼀⼈の役者が歌い,他の⼈間が幕を上げてい る」と解釈する。すると,哲学者は誰もが「テノール歌⼿」になりたがるオペレッタがい いのかと聞き返す。それに対し,語り⼿は「全くもって違う」と否定し,我々は「役者の 天分,能⼒,声質に合わせて,全員に役が分配される」劇に賛同し,そこには歴史に囚わ れた配役はなく,「これ以上ないほどに様々な報酬」を我々の役者は受け取るのだという。 語り⼿はロマン主義時代の「⾃分のための劇場」を否定する社会主義国家による「多声」 的な劇場的世界に対する期待を語っているのだ。ただしかし,ブルジョア哲学者は語り⼿ たちの空想には限界があると指摘し,「私は⾃らの⼈⽣をいつでも前に進めることが出来 る。私は百万⻑者になれる。私は世界をひっくり返すことが出来る。私には⽬的がある」 と語り,⼈間の短い⼈⽣における「ブルジョア哲学」の正当性を主張する。(35) この語り⼿ とブルジョア哲学者の対⽴は,『空⾊の本』以前に書かれた『夏の⼩休⽌(Летняя передышка)』(1927)において,ソヴィエトにおける電化の問題点として描かれている。 この作品では,電化が導⼊されたアパートにおいて,九つの家族が⼀つの電線を共有して いる。各⼈の多種多様な⽣活は彼らのアパートの電気代を⾼騰させ,最終的に住⼈たちは アパートの電線を切ってしまう。語り⼿は冬になったらもう⼀度付けるかもしれないが, 夏の間は休憩すればいい,なぜなら「こういったアパートの問題に疲れた」からと語って, 物語は幕を閉じる。(36) この作品で⽰されていることこそ,ブルジョア哲学者が指摘した 「多声」的な社会主義の限界であり,集団の⽬的が共有されないことによる「劇場」の崩 壊による「ブルジョア哲学」の勝利である。この「ブルジョア哲学」や『夏の⼩休⽌』を ゾーシチェンコによる全体主義的な「演劇性」に対する批判であると捉えるならば,ゾー シチェンコの「演劇性」批判,ひいては⽂化的主体の分裂と対⽴の問題は解決されていな いといえよう。(37) とはいえ,ゾーシチェンコが全体主義に反対する反ソヴィエト作家であ るか否かはゾーシチェンコ研究における議論され続けている問題である。(38) もっとも,ゾ ーシチェンコという作家の「演劇性」は曖昧である。例えば,短編集『センチメンタルな 物語(Сентиментальные повести)』の第四版の序⽂(1929 年 4 ⽉)において,ゾーシチェ ンコは「⼆つの時代の変わり⽬に⽣まれてしまったインテリ」である語り⼿を演じながら, 「神経症ノ イ ロ ー ゼ,イデオロギーの揺らぎ,深刻なジレンマとメランコリー」を共有していると語 っている。「ジレンマ」や「メランコリー」という⼼境はゾーシチェンコの作家としての 「演劇性」が「⼆声」的であることを強く⽰しており,このような作家の「単声」の⾔葉 を求めるのは困難であるといえよう。(39) とはいえ,『空⾊の本』を執筆した後,ゾーシチ (35) Зощенко 2008a, 657-661 (36) Зощенко 2006b, 554-546 (37) リンダ・ハートスキャットンは『最後の物語』について「暗やみは取り除かれた。だが,とは⾔って も,改善と同じぐらい疑いの余地がある。結果は間違いなく否定的ではなく,肯定的であるのだが」 と述べており,ゾーシェンコのソヴィエトに対する態度の曖昧さを指摘している。Linda Hart Scatton 1993, 204
(38) この点は研究においても論点になっている。以下の研究を参照。Муромский 2016, 6-15 (39) Зощенко 2006c, 11
ェンコの創作意識は『取り戻された⻘春』や『⽇の出前』に描かれた個⼈のアイデンティ ティの問題へ向かっている。ゆえに,「演劇性」批判が『最後の物語』において⼀つの帰 結を⾒たことは間違いないであろう。 『最後の物語』の次の章である『本全体に対するあとがき』において,ゾーシチェンコ は啓蒙思想の哲学者であるヴォルテールについてこのように書いている。 かつてフランス⼈作家のヴォルテールは⾃⾝の笑いで⼈々を⽕あぶりにしていた焚⽕ を消した。我々も弱弱しくて取るに⾜らない⼒であっても,より謙虚な問題に取り組もう ではないか。そのうえで,我々は笑いをもって,たとえ⼩さな,ほんの⼀筋の光であって も,その光によって,⼈々に何が良くて,何が悪く,また何がその中間であるのか気づけ るような灯りを点したいのだ。 そして,もしもこれが実現するなら,⼈⽣の共同舞台において,我々は研究員か照明係 としてのささやかな役割を達成したとみなすであろう。(40) ゾーシチェンコはヴォルテールに⾵刺作家としての⾃⼰を重ねながら,光に対する「良 いものであるが,照らされるのは気まずい」といった恐怖を捨て去り,「何が良くて,何 が悪く,また何がその中間であるのか気づけるような」啓蒙を肯定する。この⾔葉をもっ て,「研究員」であったゾーシチェンコは⻑く取り組んできた「演劇性」批判,ひいては ⽂化的主体の分裂と対⽴の問題に⼀つの終⽌符を打ち,ソヴィエトにおける「照明係とし てのささやかな役割」を降りたのではないだろうか。 参 考 文 献 Бахтин, М.М. (2000). «Проблемы творчества Достоевского» // Собрание сочинений. Т.2 Москва. «Русские словари». Брюсов, В.(1975). Собрание сочинении в семи томах. Том Шестой. М.: « художественная литература » Евреинов,Н.Н. (2002). Демон театральности. М.: СПб.: Летний сад. Жолковски,А.К. (2018). Михаил Зощенко : поэтика недоверия. М.: Издательство ЛКИ. Зощенко, М.М.(1994) Из тетрадей и записных книжек // Лицо и маска Михаила Зощенко. М.: Сборник. – Олимп – ППП (Проза. Поэзия. Публицистика). Зощенко (2006a). М.М. Собрание сочинений.Разнотык. Рассказы и фельетоны 1914-1924. М.: «Время» Зощенко,М.М. (2006b). Собрание сочинений.Нервные люди. Рассказы и фельетоны 1925-1930. М.: «Время» Зощенко, М.М. (2006с). Собрание сочинений. Сентиментальные повести, Мишель Синягин, Письма к писателю, Веселые проекты, Счастливые идей. М.: «Время» Зощенко, М.М. (2008a) Собрание сочинений. Голубая книга.М.: «Время» Зощенко ,М.М.(2008b) Собрание сочинений.Перед восходом солнца Рассказы и фельетоны 1947-1956. М. «Время» Зощенко,М.М. (2018) Прелести культуры. Сборник. Москва.Издательство АСТ. Ибатуллина, Г.М. (2017). Поэтика театрализации в комических новеллах М. Зощенко URL: http://human.snauka.ru/2017/12/24751 (дата обращения: 20.02.2021). Ленин,В.Л.(1970).Полное собрание сочинений. Том 42. М: Издательство политической литературы. Мейерхольд,В.Э. (1968). Статьи, письма, речи , беседы. М.: Издательство «Искусство» Меттер,И(1990).Свидетельство современника. // Вспоминая Михаила Зощенко. Ленинград. «Художественная литература». (40) Зощенко 2008a, 727
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