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H. リーマンの「ゲネラルバス」理論 通奏低音演奏、機能和声、そして指感覚を整合する試み

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H. リーマンの「ゲネラルバス」理論

—通奏低音演奏、機能和声、そして指感覚を整合する試み—

*

三島 郁

【要 旨】  19 世紀におけるドイツ語圏での「ゲネラルバス」という用語は、バロック期の「通奏低音」としてではなく、

和声理論にも使われていた。その延長上にフーゴ・リーマン Hugo Riemann (1849–1919) は理論・実践書『ゲネラルバス奏法 の手引き(ピアノの和声練習)Anleitung zum Generalbass=Spielen (Harmonie=Übungen am Klavier)』(1889–1917)を出版した。 彼はそこでバロック作品の通奏低音についての説明や実践課題も多く載せながら、さまざまな記号を駆使して和声の機能面 を強調する。  本稿では、この『手引き』の内容を、リーマンのゲネラルバスの使用法や和声理論教育の方法の観点から分析し、彼のゲ ネラルバスの捉えかたを考察し、明らかにした。リーマンのゲネラルバス理論は、和音の縦の構成音を示すバロックの通奏 低音の理論と、和音の横の流れを示す 19 世紀の和声理論という、一見逆のシステムをもつようにみえる二つの理論に対して、 それらを鍵盤上で実践する指の動きで結びつけることによって整合性をもたせようとしたものである。そのゲネラルバス実 践には、機能和声という条件の下でも、指感覚を重んじながら「正しい」進行をすることが求められている。 キーワード: フーゴ・リーマン、ゲネラルバス、通奏低音、和声理論、古楽復興

はじめに:「ゲネラルバス学習の危機」

 19 世紀初頭に、フォーグラー Georg Joseph Vogler (1749– 1814) はゲネラルバス奏者の役割を、「理論上であらゆる ハーモニーを知り、実践上でバスを使ってあらゆるハー モニーの謎解きをすること」(Vogler 1802: 126)と定義し ている。少し後に、ウィーンのシュテファン大寺院楽長、 ドレクスラー Joseph Drechsler (1782–1852) は、J. S. バッハ Johann Sebastian Bach (1685–1750) から自身の時代までの音 楽家の名を挙げながら「ゲネラルバス理論には多くの種 類がある」(Drechsler 1816: 序文)と述べている1)。ドイ ツ語の「ゲネラルバス Generalbass」の語義は、J. S. バッ ハによれば、「総合的にすべての声部が鍵盤上で弾かれる もの」であり2)、一般的には数字付きバスの曲の形態、も しくはその声部や演奏実践を指していた。しかし 19 世紀 には、バロック期の「通奏低音」からその内容や使用法 が変化し始め、それ以降、驚くほど多くの「ゲネラルバ ス」教本が書かれることになる(三島 2018: 81)3)。この 「ゲネラルバス」は、それに数字付きバスも併用され、20 世紀初頭まで根強く残ることにはなったが、次第に「ハー モニー Harmonie」という語に置き換えられてもいく(Wason 1985: 28)。それは主和音からの音度を示すローマ数字の 和音記号が数字付きバスを凌駕し始めたからである。本 稿でカタカナでの「ゲネラルバス」表記としたのは、そ のようにこの語がバロックの演奏慣習の意味での「通奏 低音」より広義のそれを指すからである。  このようなゲネラルバス史の途上で、1889 年に、当時 ドイツ語圏で影響力のあった音楽理論家・ピアノ教師の リーマン Hugo Riemann (1849–1919) が『通奏低音演奏問 答 Katechismus des Generalbaß-Spiels』を出版する。この理 論・実践書は版を重ね、1903 年の第2版では『ゲネラル バス奏法の手引き Anleitung zum Generalbaß-Spielen』とタ イトルを変え、1909 年に第3版が、また 1917 年には第4

*H. Riemann’s Generalbass theory: Seeking consistency between thorough bass, functional harmony, and the sensation in the player’s fingers on the keyboard

by MISHIMA, Kaoru        専門分野:音楽学

 所  属:京都市立芸術大学  連 絡 先:[email protected]

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版として『ゲネラルバス奏法の手引き(ピアノの和声練習) Anleitung zum Generalbass=Spielen (Harmonie=Übungnen am Klavier)』)(以下『手引き』とする)が出版されている。  通奏低音実践については、すでに 19 世紀初頭に、フォー グラーが、「(奏者が)器用に手際よく和音を捉えること ができない」とそのお粗末さを嘆いている4)。また 19 世 紀のドイツ語圏で多く出版されていたゲネラルバスと ハーモニーの理論・実践書は、時代が進むにつれ、その 多くが簡易な実践的和声練習本になっていたこともあり、 ゲネラルバスはもはや音楽院で学ぶ対象ではなくなって いた5)。それに対しリーマンは、『手引き』の初版の序言「ゲ ネラルバスの教育的意義」の中で、「ゲネラルバスは未来 に少し役立つものであり、がらくた置き場にあるもので はない」(Riemann 1917: VIII. 以下『手引き』の引用の際 には「Riemann」を省略する)と述べ、そして第4版の序 言では「音楽院がゲネラルバス奏法の授業を必修からは ずしてしまった」(1917: II)と「ゲネラルバス学習の危 機」を嘆く。19 世紀の 100 年の間にゲネラルバスの意味 合いが変化していく中で、リーマンは『手引き』におい て古いバロック作品を積極的に取り入れながらも、和声 理論を中心に扱っており、彼にとってのゲネラルバスは、 それまでの単純に通奏低音実践をさせるだけのものとも、 また過去の実践を完全に無視したものとも異なっていた ことが窺える。  このような 19 世紀以降の数字付きバスについての研究 は、Thomson(1973) や Wason(1985) な ど が ド イ ツ 語 圏のゲネラルバス理論の概観を明らかにしており、また Diergarten(2011)らがパルティメント6)について論文を 発表しているものの、それらはハーモニー理論の一部や 作曲実践法としてその内容を扱う研究であり 、数字付き バスの実践的な意味や内容に踏み込んだり、ヒストリカ ルな通奏低音実践との関連を扱ったりはしていない。し たがって本稿では、リーマンの通奏低音観、そして 19 世 紀初頭からリーマンまでの和声理論教育の流れを踏まえ た上で、まずリーマンの著書『ゲネラルバス演奏の手引き』 の内容を、バロック期の作品におけるゲネラルバスの捉 え方、リーマン自身の機能和声的ゲネラルバス理論、そ して鍵盤で実際に奏する実践課題内容という観点で分析 する。さらに彼が意図するゲネラルバスのありかたや捉 えかたを、奏者側の観点も含めて考察することによって、 明らかにすることにする。

1.リーマンの「古楽」の通奏低音

 リーマンは基本的には、『手引き』全体にわたって用語 「ゲネラルバス」を広義で使用している7)。しかしまた「古 楽作品のコンティヌオ演奏としての、かつての意味にお ける伴奏実践 wirkliches Akkompagnement im alten Sinne zur Ausführung des Continuo älterer Werke」におけるように、敢 えて「コンティヌオ」という語を用いる場合もある。それ は明確に「古楽作品」の伴奏という形態の通奏低音実践を 表し、「その後」のゲネラルバスとの違いを強調するため と考えられる。  この「古楽 ältere Musik」演奏における通奏低音のあり かたに対するリーマンの見解については、その詳細を拙 著論文「H. リーマン『通奏低音演奏の手引き』にみられ る『古楽』演奏の解釈」(2019)ですでに論じてはいるが、 本稿でもゲネラルバスとかかわる事項であるので簡単に 記す。リーマンはすでに 1878 年に、古代ギリシアから 14 世紀までの記譜法についてまとめた博士論文を著してお り(Wolff 1969: 18)、その後中世後期から古典派までの作 品の楽譜を数多く校訂・編曲、出版している。それは折 しも古楽後進地域のドイツ語圏でも古楽復興の時期にあ たる。そして復興の時期が遅れたがゆえにかえって体系 的に古楽作品出版が行われることになったのである。リー マンが関わった主なものが、「音楽の記念碑 Denkmäler der Tonkunst」シリーズ、ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社の「コ レギウム・ムジクム Collegium Musicum」シリーズ、そしてシュ タイングレーバー社の古楽シリーズなどである。またライプ ツィヒでは演奏団体「コレギウム・ムジクム」をみずから率 いるなど、ドイツにおける古楽復興のまさに中心人物で あった。  したがってリーマンが、『通奏低音演奏問答』初版の 1889 年の時点ですでに、ゲネラルバスを、著書の冒頭に まず過去の作品を演奏するための手段として説明したの ももっともだと思われる。彼はゲネラルバス奏法の基礎を 学習した者に古楽作品の演奏を勧め(1917: 46)、さらに 「数字付きバスをもつ昔のアンサンブル作品には完全に書 かれた伴奏はないこと」(1917: VI)から、鍵盤奏者の「即 興能力の訓練と即興での演奏」(1917: VI)や「コンティ ヌオをもつ古典的な作品の、様式にかなった伴奏」(1917: XI)の必要性を求め8)、さらに「古い作品をオリジナルの 形態で演奏するには、ゲネラルバスの習得が重要」(1917: X)と発言しているのは、「古楽を復興」しようとするリー マンならではのものに映る。また後出する、実践課題「B.

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旋律を伴わない数字付きバス」(1917: 85ff)の解説では、C. P. E. バッハ Carl Philipp Emanuel Bach (1714–1788) の『正し いクラヴィーア奏法 第2部』(1762)の「第 32 章:伴奏 のある種の装飾」(リーマンは「より自由な伴奏について über das freiere Akkompagnement」と題している)を引用し、 声部数、和音の割り振り、右手の音のつけ方、即興方法、 そして装飾的伴奏など、当時の通奏低音のありかたにつ いて詳細に説明しているのも(1917: 46-49)、過去の奏法 への忠実さを物語るようにもみえる。  しかしこの『手引き』は、現在的意味での「様式にかなっ た」バロック作品の演奏を目標としているわけではない。 リーマンは、オラトリオとオペラにおいてはレチタティー ヴォ・セッコの通奏低音を認めつつも(1917: III)9)、それ 以外のジャンルでは数字付きバスの必要性を否定し、指 揮者にはもはや通奏低音奏者の役割は求めなかった(1917: III) 。さらに「我々の時代には(中略)演奏する際に、芸 術作品を完成させること、そしてミスをなくすことに関 心が向いたことは喜ばしい」(1917: 49) 10)と述べる。リー マンは即興演奏についてはその実践こそ否定しなかった が(1917: 54-55)、演奏自体には間違いのない「完成され た作品」であることを求めていたようである。

2.19 世紀の和声理論教育におけるゲネラルバス

 Wason が「数字付きバスは静止した和音の説明である とみなされ、機能和声は未来志向である」(Wason 1985: 5)と述べているように、本来その両者は、和音の縦の構 成音の明示と和音の横の連結、という逆の発想をもつ二 つのシステムであった。しかしそのどちらも当時はゲネ ラルバスという共通の用語で表されており、リーマンは、 本来はバロック期から始まったゲネラルバスの使用法を 過去のものと捉え、そこに新しいねらいを設けようとし ている。そこで「古楽」以外でおさえておくべき点の一 つが、19 世紀の和声理論教育である。ゲネラルバスの数 字を使用しながらの和声理論の記譜や説明は、すでに 19 世紀初頭から起こっていたのである。フォーグラーはす でに 1802 年には、和音の根音からの音度を示すローマ数 字を使用し(Vogler 1802: 111)、その後理論家たちは、数 字付きバスも併用しながら、次第に和声の機能を示す新 しい記号を使い始めることになる。  それに伴い、それまで通りの通奏低音実践には批判も 多くなる。フォーグラーは「ハーモニーを知っていて、 四声を理解するハーモニカー Harmoniker」(Vogler 1802: 137)と「初心者のハーモニスト Harmonist」(Vogler 1802: 133)とを区別し、バスに羅列された数字を機械的に読 むだけの実践者に成り下がったオルガニストを厳しく批 判した。1813 年にはゴットフリート・ヴェーバー Jacob Gottfried Weber (1779–1839) が『一般音楽新聞 AMZ』の 「いわゆるゲネラルバス演奏について Über das sogenannte

Generalbass-Spielen」(1813)という寄稿記事において、「数

字付きバス」の数字の使用について、「演奏の効果を台無

しにする」とも述べている 11)

  し か し そ の 後 の フ ェ ル ス タ ー Emanuel Aloys Förster (1748–1823) やゼヒター Simon Sechter (1788–1867) を始め とする多くの理論家による「ゲネラルバスの手引き」や「ゲ ネラルバス理論とハーモニー理論」と題された理論・実 践書においても、数字付きバスが消えることはなかった 12)。それらの教本は、数字を読む練習から始め、また和音 の機能を様々な方法で示しながら正しく弾かせる目的を もっているものである。著者のほとんどがオルガニスト であり、和声理論を学ばせる際にも彼らの指に馴染んだ 「数字付きバス」システムの理論・実践を使用しようとし たのが、その大きな理由の一つであると考えられる。ま た一方、転調を多用し、その結果異名同音が多く出現す る時期になると、数字付きバス不要論が叫ばれるように なる(Vincent 1860: VI)13)  ではリーマンは、18 世紀的慣習をもつ奏法が変化し始 めた時期から約 100 年後にあって、ゲネラルバスをどの ように扱うべきだと考えたのか。古い様式でのゲネラル バス演奏を否定的にみながらも、彼は「ゲネラルバス奏 法教育をすっかりなくしてしまうのは行き過ぎであり、 教育のツールとしての価値は高い」(1917: III)、「ゲネラ ルバスは和声理論教育の主要な部分でなくてはならない」 (1917: V)と述べる。さらに「いまだに寝ぼけた、活力も なく、そして関心を引かないそこそこの音楽理論の授業 が展開している」(1917: VIII–IX)と、音楽院におけるゲ ネラルバス教育への不満とその採用の必要性を主張する 14)。その際のゲネラルバスとは何を指していたのか。

3.リーマンのゲネラルバス理論:機能和声の重視

 リーマンは『手引き』の中でマッテゾンの『小ゲネラ ルバス教程』(1735)を課題例として使用してはいたもの の、「旋律のない数字付きバス」(1917: 45–46)の「解説編」 においては、マッテゾンの、「ゲネラルバスは奉仕するも のであり、主声部や歌のパートの支え、基礎になるべきだ」

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(Mattheson 1735: 41)という主張に対し、「我々の任務は 伴奏ではなく、上声部の旋律とともに和音を弾くことで ある」と異議を唱える。マッテゾンのゲネラルバスとは、 リーマンにとっては、彼の言い回しでいう「古来の役割 alte angestammte Rolle」(1917: 45)をもつものであったか らだ。リーマンは、「和音のハーモニーの意味をまった く示さないゲネラルバスの書き方に不足を感じ」ており (1917: 8)、彼にとってのゲネラルバスは、「古来」のよう な数字付きバスによる旋律楽器の伴奏ではなく、「与えら れたバスに対して、旋律を作る」(1917: 46)ためのもの なのである。そのためにそこに和音進行の機能に重点が 置かれなければならないのである15)  したがってリーマンは、近代の和声理論の出発点であ る ラ モ Jean-Philippe Rameau(1683–1764) の「 根 音 バ ス basse fondamentale」に触れることでみずからの理論の歴史 的正当性を示し16)、さらに G. ヴェーバーの「ローマ数字」 の導入について(Weber 1821, 18242: 38)、その方向性を正 しいと受け入れる17)。また実践課題 C の箇所においても、 「ゲネラルバスの数字付けを使うのではなく、和音記号に したがって捉えられなければならない」(1917: 46)とし、 和音の機能を示す新しい記号を提示することになるので ある。ここでリーマンが機能を表すための記号を使用し た方法をいくつかみることにする。  まずは数字付きバス使用の否定から始まる。本来の数字 付きバスでは「346」と書く和音を譜例 1a におけるよう に表し(実践例は譜例 1b)、「34 のみを用い、6 を書かな い代わりに g7 と書き、g を根音とする 7 の和音を示すが」、 「第 6 音を半音下げたい場合には、6 ♭と書く」(1917: 4)。 すなわち「g7」で機能を示すことで、必ずしも「6」の記 載が必要ではなくなる。実際には数字付きバスに慣れて いる奏者であれば、鍵盤上の経験と知識で「346」が「属 7和音」の転回形であることは知っており ― むろんバ ロック期には属7という呼称はなかったが ―、楽譜に音 符の記譜がなくとも和音のその機能は認識しているのだ が、リーマンはそこに明確に、視覚的にはみえない機能 を表す記号を使用し、横の流れの機能の視覚化を行った のである。 【譜例 1a】346 の和音 【譜例 1b】譜例 1a のリアライゼーション例  さらに「c. リーマンの数字づけの説明(ゲネラルバ スのメソッドにしたがって基礎知識を身につけた学生 のために)」(1917: 12)の見出しのもとで、「和音記号 Klangschlüssel」を用いて三和音の機能を明示する方法を 示す。バスは、18 世紀のケラー Gottfried Keller (生年不明 –1704)から使用している(譜例 2)。  ここでの「和音記号」は各々のバス音の下に付されて いる18)。音符の上には通奏低音用の数字も付されており、 この数字のみからは一目で認識できないはずの機能を音 符の下の和音記号で示す体裁となっている。和音の根音 を示す文字の右に付された「+」はその上の長三和音、左 肩の「0」はその音の下に短三和音をつける意味である。 この考え方はエッティンゲン Arthur Joachim von Oettingen (1836–1920)から引き継がれたもので、当該の音の上に三 【譜例2】数字と機能を付したケラーのバス課題

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和音を重ねる「オーバークラング Oberklang」と下方向に 三和音を重ねる「ウンタークラング Unterklang」である (1917: 12)。1小節目の3拍目は「e+」は e-gis-h、2小節 目4拍目の「0e」は a-c-e を表す。1 小節目の 3 拍目と 4 拍目は数字は「6」であるが、「e+」と「0h」が和音の種 類の違いを示しており、まさに鍵盤上下の記号をみなが ら和音を弾くことができる。  次の「機能記号 Funktionsbezeichnung」のセクションで は、主和音、属和音、そして下属和音などの別を示す和 音機能の記号と、それらに主に三つの機能を付したもの を説明する。一つは「p」の文字を使用した「平行調」で、 「0Dp =短調の属和音の平行調」(1917: 16-17)のように使 用する。二つ目が、リーマンの考えが強く現れた転位和 音の概念である。「>」(短調の主和音への上方転位)と「<」 (長調の主和音への下方転位)の記号を T や S などの機能 記号の上に重ねて使用する19)。そして三つ目が、結果と して転調を表す「=」である(1917: 17)。その一例が、「T6 = S6:6度をもつ主和音は6度をもつ下属和音になる。 例えばハ長調ではト長調への移行を明確に指示するもの」 である(1917: 17)。  このように和音記号や機能記号の説明をし、「基礎編」 の最後にそれまで説明してきた記号をすべて付した例が 譜例 3a である。楽譜の上段にはゲネラルバスの数字、下 段には G. ヴェーバーの記号、リーマンの和音記号、そし て機能記号の4つを載せている。譜例 3b はその和音のリ アライゼーション例である。 【譜例 3a】数字、和音記号、機能記号を付したバス 【譜例 3b】譜例 3a のリアライゼーション例  「通奏低音時代」の数字はリーマンにとっては機能を示 すには不十分であり、19 世紀の延長線上の、和音とその 進行の機能の記号を併置した譜例を載せ、ゲネラルバス の役割を和音の機能理解へと導いている。またその目的 は上記のように、リーマンの考えでは、伴奏実践ではなく、 和音の上の旋律作曲であった。それを鍵盤上での実践に 導くのが『手引き』の中の実践課題である。

4.ゲネラルバス実践法:鍵盤上の正しい進行

 リーマンは、第3節で述べた機能和声の理解を推し進 める記号とその使用法の説明の後、A 〜 E の五種類の異 なるゲネラルバス実践課題を載せている(1917: 56–161)。 それらの課題とそれに先立つ解説編の内容をみることで、 リーマンがそこでどのような実践を意図したのかを分析 し、その実践例に先立つ解説部分における内容とリーマ ンの意図を明らかにする(1917: 20–55) 21) 4.1  密集と開離:指感覚へのこだわり  コラールの旋律を使用した「A. 数字付きバスを伴う旋 律」(1917: 56ff)には、譜例 4 におけるように数字と機能 記号の両方を書いており、「=」で結びつけられた和音に おける転調(5小節目1拍目)や、上方転位(1小節目 1拍目)などによって機能を明確に指示している。

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【譜例 4】「A. 数字付きバスを伴う旋律の課題」第1番  課題 A の「解説編」においてはまず、基本となる四声 体での進行と、平行進行などの禁則、第一転回形での第 3音の重複の禁止など、一般的な和声理論の規則を繰り 返し述べている(1917: 20–44)。しかしリーマンがここ でもっとも強く批判しているのは、バロック期の「密集」 を好ましいとする傾向である。リーマンが引用した、以 下のような C. P. E. バッハの記述からも、バロック期には 通奏低音の伴奏実践が通常は「密集」で行われてきたこ とがわかる。 数字付きバスに基づく低音の上の伴奏では、バス 声部は他の声部より通常動きが活発であるので22) 左手が内声を取らなければならないことはなく、例 外的である(Bach 1764: 8)。  この C. P. E. バッハの言う「バス声部の活発な動き」以 外にも、実際の実践上では、通常和音に対するアルペッ ジョのヴァリエーションや装飾音が必要である。そのた めに、筆者の経験からも和音の構成音以外の音をアルペッ ジョの中に挿入したり、アルペッジョを加速・減速した りするには、左手を多少使用することがあっても、まず は右手のみである程度の幅をもった和音のくずしや分散 ができていなければならない。したがって、指の配置が より固定化される左右二声部ずつ開離配置では、和音の 構成音を単純に低い方から高い方へ、あるいはその逆に くずして弾くことが可能であっても、多様なアルペッジョ や装飾音はしばしば取り入れにくくなる22)  リーマンは、さらにマッテゾンの「ゲネラルバスの目 的は、仕えることで、支配することではない」(Mattheson 1735: 41)23)という定義についても、「ゲネラルバスを演奏 だけの見地から見るのであれば、それでもよかった」(1917: 29)とし、そのようなバロックにおける通奏低音の演奏 実践において「長い間、上声部の3声を密集に限ってき たことで、声部の進め方が簡単になりすぎた」(1917: 29) と批判した。したがって、明確な和声の進行を実行する リーマンのゲネラルバスにおいては、「上声部に三声配置」 という密集に機会的に慣れてしまうのではなく、「両手に それぞれ(密集や開離にこだわることなく)二声部ずつ 配置するのがよい」としたのである。  しかし、興味深いことにリーマンは、「開離」では、「学 生が密集での演奏よりも、それぞれの声部を、指から、 そして意識からも見失う」(1917: 30)ことも多いとする。 開離での進行を学生に教える者にも、平行進行を見破る のには、「教師独自の指の感覚 Fingergefühl が助けになる。 そのほうが、ただ掴んだ和音を目で追い、また耳に任せ るときより確実にわかるものだ」(1917: 32)と述べ、目 や耳よりも指先の触覚を重要視するのである。  ここから明らかになるのは、密集や開離の是非を説明す る際にも、リーマンがそれを鍵盤上の指の動きとの関連で 述べていることである。さらには「よい音楽家であれば、 悪い平行進行をどうしても掴まなければならなかったとし ても、それに指が逆らう」(1917: 32)とまで述べ、つねに 鍵盤上で指が和音を掴む動作の身体性に固執する。リーマ ンは、禁則などの間違いのない正しい和声進行譜例を多く 用いながらも、指の感覚を軸にしているのである。 4.2. 機能和声のためのゲネラルバス:「紙の上の和声課題」  その後実践課題は、バロック期の曲を使用した「B. 旋 律を伴わない数字付きバス」(1917: 85ff)、コラール旋律 とスコットランド民謡の旋律を使用した「C. バスのない 数字付き旋律」(1917: 91ff)、そして同じくコラールの旋 律を用いる「D. 数字付けのない旋律」(124ff)と続く。  課題 B はマッテゾンの『小通奏低音教程』の例を中 心とした「古楽」のゲネラルバスであり、ゲネラルバス 課題としてはバロック期本来の数字付きバスのかたちを 取っている唯一のものである。この形態でゲネラルバス

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【譜例 5a】「B. 旋律を伴わない数字付きバス」第 31 番(準備された7度) を弾く場合は、上声部には配置の制約がないことで、もっ ぱら奏者の指の都合が優先されることになる。指が弾き やすい音を触り、手が掴みやすい和音を掴む。したがっ て大胆な跳躍や入り組んだ進行などの複雑な動きは想定 されない。その理由の一つは鍵盤楽器がメインのソロ楽 器ではなく、伴奏として支える場面が多いことである。ま た平行進行はないほうがよいが、耳に違和感がなければ平 行5度も許容される場合さえある。下記の譜例 5a の課題 は、先行する6の和音から7度を準備する練習である。  譜例 5b は譜例 5a のリアライゼーション例である。上 声部であれば、右手の薬指と小指の交代で6度と7度を 弾けるはずであり、「準備された7度」が鍵盤上の指の動 きで実感できる。ここでの数字はとりわけ指の事情を踏 まえた上で書かれているともいえるだろう。またそれは、 既述したように、リーマンが求めた右手における旋律性 とも合致する。 【譜例 5b】1〜2小節目のリアライゼーション例  課題 C には、一つ前の B の「解説編」で「この段階で 我々はゲネラルバスに別れを告げる」、「次の課題からは、 ゲネラルバスの数字付けを使わない」(1917: 46)として いるように、バス声部も数字もない(譜例 6)。ここには 旋律の下の f や b などの音名と和音記号、そして上段の機 能記号によって、和音のバス音、機能、そして転調など が書き込まれている24)。この項目においてリーマンは、「バ ス課題も行うことのできる紙の上の書かれた和声課題」 を「昔のゲネラルバスのシステムよりも優れている」(1917: 50)とする。右手で適当に三声の和音を掴む通奏低音実 践における和音は身体の動きそのものから生み出される ため、記譜する音楽としては不完全かつ不正確になる可 能性もある。それは指の都合で「紙の上で完成されるよ うな」和音間の横の連結を必ずしも実現できないからで ある。その批判の上に立ったのがこの課題 C である。 【譜例 6】「C. バスのない数字付き旋律」より第 46 番

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 次の課題 D は課題 A と似ているが、ここには数字など 記号類は一切記されていない(譜例7)。リーマンは、「A と B の課題にあった機能記号をすでに使っていれば、ハー モニーの展開の内的な規則性を素早く見つけることがで き、転調にもいくらか見当がつく」(1917: 53)としており、 それまでの課題で身につけたゲネラルバス奏法をもって、 学生が音楽的に見当を付けながら奏することを想定して いると考えられる。 【譜例7】「D. 数字付けのない旋律」より第 81 番  最後の「E. 数字付きバスに基づく自由な伴奏のための いくつかの練習例」(141ff)は、A 〜 D とは異なり、主に バロック期の既存の作品からの通奏低音課題である。リー マンがこのような古いレパートリーを多く取り入れたの は、当然彼が当時古楽復興の担い手であったがゆえであ ろう。現在でも演奏されるような J. S. バッハやヘンデル Georg Friedrich Händel (1685–1759) などのレパートリーに は、ほぼオリジナル通りに、通常の通奏低音の体裁で数 字のみがつけられており、和音や機能の記号は付されて いない25)  このように『手引き』には、過去の様式に即したゲネラ ルバス実践がその目的ではないにもかかわらず、その最 後をなぜかバロックの作品群でしめくくっている。そこ ではリーマンが、古い作品においても和音の機能をあら ためて理解した上での演奏を求めていた、と解釈ができ るだろう。具体的には、リーマンが「古楽シリーズ」の 楽譜でみずから行なった通奏低音パートのリアライゼー ションにおけるように26)、奏者に、和音の機能を理解し た上で、旋律声部と同等の旋律的なラインを上声部に置 き、ピアノの鍵盤上で両手を満遍なく使用して「開離」 配置でリアライゼーションを行わせるための仕組みを明 示するためであったはずである。 4.3. ゲネラルバス課題の意味:鍵盤上の指が奏でる正し    い進行  この5つのセクションをもつ実践課題においては、そ の解説に目を通すと、紙の上でも成立する和声課題をき ちんと作成することが望ましく、平行進行などの禁則が ない進行が求められている。それはリーマンの「ゲネラ ルバス」が目指す整えられたかたちで作られた「正しい」 和音進行をもつ四声体の演奏である。しかし指の動きに 直結する「数字付きバスの数字」を使用した、指に馴染 みやすい課題 A が最初の実践課題として提示されており、 実際に和音記号と機能記号が使用されているのは、A 〜 E のうち B と C のみであった。それはゲネラルバスがい かなるかたちになろうとも — すなわちリーマンの求め るゲネラルバスが仮にバロック期の通奏低音とはその様 式と形式が異なっていても —、ピアノの鍵盤上両手を可 能なかぎり適切に使って弾くものでもあったからである。 そこでは常に指の動きが意識されているのである。

5.結論:「最後のゲネラルバス世代」リーマン

 19 世紀の間に、異名同音を使った転調が多くなり、そ れにしたがいそれまでよりも複雑な進行が増え、音楽の ありかたが変化するとともに、音楽理論の枠組みや音楽 理解の方法も変化した。多くの理論家たちが次々に新し

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い理論・実践書を出し、基本はほとんど変化しない和声 の理論においても、ゲネラルバスという用語の使い方や、 その数字の書き方、そして実践方法を示す方法が変化し ていった。  そのような中で 19 世紀半ばからは西欧各地で古楽復興 が始まり、古い作品については、当時いかにして伴奏と しての通奏低音のリアライゼーション方法を読者や奏者 に伝えるか、という問題にも直面していた。リーマンの『手 引き』にはそのねらいを達成する目的もあった。むろん 彼が校訂・編曲したバロック作品の通奏低音は、既述の「か つての意味での本来の伴奏」(1917: 46)ではなく、今か らみれば 19 世紀のロマン主義の遺物のような代物、すな わち全体的に分厚い和音や装飾を施し、旋律声部を凌ぎ かねないほどの「豊かな」響きをもったものであったの だが27)。けれどもそれはリーマンにしてみれば「様式に かなった」正しいものである(1917: XI)。彼にとってゲ ネラルバスは、その場限りの適当な、右手がただ掴みや すい和音を掴むだけの演奏であってはならないのである。  リーマンがしかし、ゲネラルバスについて、このような 過去の作品の演奏用としてのありかたよりはむしろ、音 楽理論教育のツールとしての役割を強く強調したのは、 それまでの和声理論教育の流れの中では当然の成り行き だった。それは 19 世紀の 100 年間に行われきた、古くか ら手元にあるゲネラルバスにいかにして新しい和声理論 を取り込むか、という議論の延長にあった。リーマンは ゲネラルバスに、数字付きバスからハーモニーを得させ るだけでなく、G. ヴェーバー以降の新しい和声の記号を 使いながら、結果的に機能和声を表す記号を多く付した 和声理論としての役割をもたせるのである。そのときゲ ネラルバスは「本来の伴奏」とは違う機能をもつことに なった。そして「数字付きバス」の「数字」は真っ向か らの否定はされないものの、むしろ批判的に扱われたの である。数字のみでは、彼の考える「与えられたバスに 対して、旋律を作る」(1917: 46)目的を果たす機能をも つ理論を成り立たせることができないからである。  またその記号の記譜方法は、第3節で既述した複雑なも のであった。彼が言うゲネラルバスは、ドイツ語のゲネ ラルバスという単語から通常想起するような、バスから の音度を表し、互いに無関係にその各々の箇所の和音の みを記す数字のみを指すのではない。むしろそれを脱却 しようとするドイツ語圏の和声理論の潮流に属し、また 独自の理論をそれに加えたのである。  リーマンは、その時期に昔ながらの通奏低音実践と、機 能和声を強く意識したゲネラルバス実践の両方を同一の ゲネラルバス理論書に論じた。そこでは昔のバロックの 通奏低音を全否定はしないものの、19 世紀の和声理論を 論じるための前段階のプリミティヴなものとして扱って いることも否めない。しかし実際は通奏低音実践におい て、その演奏を実現するもっとも重要な要素は、奏者の 指に記憶された動きの感覚であった。すなわちリーマン の理論の特徴は、単に古い通奏低音実践から新しい機能 和声を重視するゲネラルバスに移行したことではなく、 機能和声や新しいゲネラルバス実践になってもなお、そ れを指の動きや感覚と結びつけて論じたことである。記 譜されていない音を鍵盤上で掴む動作からは、指の都合 による音型や進行が生まれる。それは必ずしもリーマン が推奨するような開離配置と一致するわけではない。し かし彼は数字付きバスでの課題を課して指で鍵盤上を探 らせながら、鍵盤を広く使う開離を使わせ、そこにはつ ねに機能をも意識させていたのである。  今日「改悪」とされる「豊かな」響きをもったリアライゼー ションが施されたリーマンの校訂譜は、紙の上に「完全に」 書かれた音楽であり、バロック期の通奏低音演奏からす るとその身体性からは遠くかけ離れたものと考えられる。 しかしリーマン自身は、そのように身体感覚をもっとも 重要視したピアニストであった。以下の、序文中の文が それをわかりやすく示している。 手にペンをもって音もなく静かに課題をざっとみ る、というようなやりかたをしばしば行っていると、 これによってかすかでなめらかな筋肉の感覚のプロ セスは妨げられ、よりい方法を即座に発見すること が困難になってしまう(1917: XII)。  このようなリーマンが言うところの鍵盤上の手の感覚 や指感覚は、この『手引き』において、実は単にピアノ を弾く行為の実際の動きだけでなく、理論としての音楽 の捉え方にまで昇華された。鍵盤上での「ゲネラルバス」 実践が、バロックの伴奏実践と近代の和声理論の二つを つなぐポイントであったことは興味深い。しかし調性が 崩壊する 20 世紀初頭には数字付きバスも機能和声も必要 がなくなる。したがってリーマンは実は「ゲネラルバス 理論≒和声理論」という 19 世紀的な枠組みにおいてはほ ぼ最後の世代である。上述したように 19 世紀には、「演

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奏」が紙の上に記譜・固定されていった。したがって鍵 盤音楽作品の作曲も一見身体性とは無関係になされるよ うになったかにみえる。しかし各々の作品の基本となる 和音進行から本当に身体性が消えてしまうのは、リーマ ン後の時代であったかもしれない。リーマンは 19 世紀末 から 20 世紀初頭という時代にあって、記号を伴うバス声 部から、指の感覚に頼りつつ、和音の声部すべてを鍵盤 上で弾くことにこだわっていたのである。その意味で彼 は、本来の「ゲネラルバス」の意義と演奏実践の伝統を 踏襲していた。 【注】 1) 「多くのゲネラルバスの理論がある。それぞれが長所をもっ ている。ミヒャエル・ハイドン、フォーグラー、グローティ ウス Grotius(生年・没年不明)(私の師)のそれぞれ、そし てほかの素晴らしい先生と勉強すると、キルヒャー、バッ ハ、テュルク、フェルスターについて教えてくれ、ゲネラ ルバス理論について学問的にレクチャーする考えに至った」 (Drechsler 1816: 序文) 2) 「(通奏低音は)オルガンや鍵盤楽器上にて両手で弾かれるも のである。そして音楽のすべての声部、あるいはほとんどの 声部が同時に弾かれたり、いくつかの声部が一緒に合わせて 音を鳴らされたりするものである。… auf das Orgel oder auf einen Clavier mit beyden [sic] Händen zugleich gespielt wird also das alln [sic] oder der meisten Stimmen der Musik, generaliter oder zugleich gespielet [sic] worden, oder insgemein in dieser einiger zusammen klingen.”」(Poulin 1994: 10, [9]; Bach 1738: Ch. 1) 3) 「 ホ フ マ イ ス タ ー の 月 間 報 告 1829 〜 1900 年 Hofmeisters Monatsberichte 1829–1900」を中心として著者が調査した「ゲ ネラルバス」関連理論書の件数は、少なくとも 228 件にのぼ る(三島 2018: 81)。 4) 「とりわけイタリアには、鍵盤楽器をまったく弾かない、あ るいはほとんど弾かない楽長が多かった。彼らは仮に和音の 音を出すことができても、器用に手際よく和音を捉えること ができなかった」(Vogler 1802: 127)。 5) リーマンの記述によると、当時のドイツでは、ゲネラルバス を教育計画に入れている音楽教師と音楽学校はほとんどな かったようである(Riemann 1917: IX)。その他にも教育機関 について言及している箇所がある。「私には通奏低音を弾け るような先生は一人もいなかった。音楽学校の教師やプライ ヴェートの教師の中で、数字付きバスを弾けるようになる 能力を方法論をもって教えてくれる者はほとんどいなかっ た」(Riemann 1917: IV)。またリーマンによると、ベルギー のブリュッセル音楽院には「鍵盤和声実践 Harmonie pratique

réalisé sur clavier」 と い う ク ラ ス が あ っ た(Riemann 1917: IV)。

6) パ ル テ ィ メ ン ト に つ い て は 近 年 研 究 が 進 ん で お り、 Diergarten 以 外 で は、Christensen (2010)、Sanguinetti (2012)、 そして van Tour (2015) がその代表的なものである。 7) ここでゲネラルバスが意味する内容については本稿「1.1 」 に後述する。 8) 「鍵盤上で、ある程度の即興や正しいポリフォニーの能力が ない者は(中略)、自分の生徒にゲネラルバスを弾かせるこ とはできない」(1917: VI) 9) 「今日では、数字付きバスの基礎の上で熟達した手で演奏さ れる伴奏でもって、指揮者はもはや完璧な通奏低音奏者であ る必要はなく、チェンバロのマエストロ(鍵盤楽器で指揮す る宮廷楽長)は伝説になった。我々の時代の趣味では、オー ケストラ楽器としてピアノに義務を負わせ、弦楽器と管楽器 がチェンバロに置き換わり、一方教会の声楽作品については、 ただスケッチのみが書かれたオルガンの伴奏が豊かな声部を もって演奏される)」(1917: III) 10) 「遠い昔の 18 世紀の間は、たいへん重要であったオルガンと 鍵盤の音楽が独立して発展した後、弦楽器や管楽器のための アンサンブル作品はほとんど例外なく、きちんと書かれた鍵 盤やオルガンのパートをもっておらず、むしろただ数字のつ いたバスのみをもっていた。その事実が示すのは、当時は伴 奏者は、彼らがアンサンブルに、同じように(自分の)楽器 を参加させるよう徹底的に訓練されたということだ。例えば J. S. バッハの『鍵盤楽器とヴァイオリンのための6つのソナ タ』においてのように」(1917: 49) 11) 「ゲネラルバス奏者は、私の知る限りきわめて学識が深いが、 その数字を挟み込んだ声部によって、どこでも効果を台無 しにする者のようにみえる」「もうやっかいなゲネラルバス の演奏は置き去ろう。作曲家によって完全に作られた声部 で十分だ」(Weber 1813: 110)(AMZ, Jg. 15, Nr. 7 (17. Februar 1813), Sp. 105–112) 12) フ ェ ル ス タ ー の『 ゲ ネ ラ ル バ ス の 手 引 き Anleitung zum General-Bass』(1805)、ゼヒターの『実践ゲネラルバス教程 Praktische Generalbass-Schule』(1830)など。 13) 「多くの教科書には新しい精神の風が吹いており、それは古 く重苦しい数字付けの束縛を解放するせわしない努力を表し ている」(Vincent 1860: VI)。「数字は偶然に基づく。したがっ てその命名も本来的ではない」(Vincent 1860: 22) 14) 「100 年置き去りにしてきた音楽教育の重要な部分に、ふさわ しい位置を再び与えるべきだ」(1917: IV)「成長した学生た ちが、ゲネラルバスの技術を練習し、それに活発に関心をも ち、素晴らしく成功したことをかんがみると、18 世紀末頃

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までに本来の音楽家教育の基礎を作ってきたこの分野を、よ り総括的に、早急に再開しなければならないと期待せざるを 得なかった。しかしこの期待は裏切られた」(1917: VIII–IX) 15)) 「古いゲネラルバスの記譜法(17 世紀)の正しい解読を手ほ どきするのがこの問答書の目的ではない」(1917: 8)。「ただ 純粋に実践的に簡略化した書き留めとして考えられた数字付 けに、理論の概念を持ち込んでも混乱するだけだ」(1917: 8) 16) 「和音記号にある新奇性は、重要な理論家たち(ザルリーノ、 サリナス、ラモ、タルティーニ、ハウプトマン)が何世紀も 前からその価値を認識してきた」(1917: 12) 17) しかし「b. ヴェーバーの和音の書き方の説明」(1917: 9ff)の 項目では、ヴェーバーの第7度上の減三和音の表示が通常の 三和音とほぼ同一の機能を持つことを批判した。リーマンは、 長調と短調の三和音とは異なる第 3 の種類の和音として「減 三和音」を捉えていた(1917: 10)。またラモの以下のような 書き方についても批判した。「和音の根音 sons fondamentaux を大文字で書き、三和音の第二位置(転回形)にたいして「2」 と記し、第 7 度上の減三和音にたいして『X』、添えられた 特徴的な6度の下属和音にたいして『a』(= sixte ajoutée) を 付す」(Rameau 1726, 17322: 43)。 18) 譜例内の1小節目 4 拍目の g ♭や2小節目2拍目の f ♭の 「♭」は現在の臨時記号の「♮」を指す。 19) = 短調の主和音の転位和音[イ短調では a-c-e ではなく a-c-f]。 =短調の下属和音の転位和音(ナポリの和音。イ 短調では d-f-a ではなく d-f-b)。 =長調の主和音の転位和 音(ハ長調では c-e-g ではなく h-e-g)。 20) これらの課題は、リーマンが 1886 年から教えていたゲネラ ルバスの授業の内容とも一致する。それは四声体の曲の数字 付きバス課題、『コラール旋律 Choral-Melodien』(1858)の 数字付きバス、そしてバッハやヘンデルの作品の数字付きバ スなどのバロック期の作品などであった。 21) リーマンは、この激しい動きについて以下のように説明して いる。「この定義はバス声部だけではなく、(手で)掴んで弾 くハーモニーにも当てはまる。すなわち、ハーモニーは、そ の上にハーモニーが置かれるバス音を伴うものであり、楽曲 全体がもつ支えである。バス声部はそれに対して、曲のテク スチュアに本質的に関与している声部であり、普通はハーモ ニーを弾くよりもむしろ多くの音をもつので、音階的な順次 進行に、あるいは和音の構成音によって、あるいはただくず したオクターヴで(後者は頻繁にあるが)進行するはずであ る。このバスが(他の声部よりも)たいへん動きが活発で あることにはもっともな理由がある。バスを演奏する左手 に、普通は第2の声部を弾くことはゆだねないからである」 (1917: 29) 22) J. S. バッハ(Bach 1738)やニート(Niedt 1710)らの『作曲 の原則』の理論書における四声体は主に密集の配置で例が示 されている。 23) 「ゲネラルバスの目的は、仕えることで、支配することではな い。(中略)それでは何に仕えるというのか。支えのため、 音楽の土台のため、主声部やともに音楽を運ぶ声部の、正確 に音が合わされ、威厳があり、調和のとれた、完璧に響く伴 奏(Begleitung) と 仲 間(Gesellschaft [accompagnement]) の ために。そしてまた歌手の助けのために、補佐のために、そ して音の高さを保持するために。いわば楽曲全体がそこに置 かれているような支え Säule のために」(Mattheson 1735: 41; Riemann 1917: 28-29) 24) 「旋律とバスしかないが、内声二声部を作るのは難しくない はずだ」(1917: 52) 25) しかしそのような中でもコレッリ Arcangelo Corelli (1653– 1713) の《トリオ》の課題例においては、本来はバスと第2 ヴァイオリンは「Tempo ordinario」の C 拍子、第1ヴァイ オリンは 12/8 拍子だが、第2パートは省略、バスは「alla breve」で書かれている。そのことと関連するが、小節の頭 をずれさせている。またバスにはリーマン独特のフレーズの グルーピングを表すスラー記号が付され、第 1 ヴァイオリン のアーティキュレーションも元のものとは異なっている。 26) 例えばブライトコプフ・ウント・ヘルテル社「コレギウム・ ムジクム」シリーズ(Nr. 16)の、発行年不明の C. P. E. バッ ハ作曲の《トリオ・ソナタ ト長調 Trio Sonata G-dur》(H. 583, n.d. [1754])のピアノ・パートなど。ヴァイオリン2本 と通奏低音のチェロの3本のパートが上三段に書かれ、その 下に Pianoforte というパートが書かれる。

27) 注 26 を参照。

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