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労基法上の労働時間[一]

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労基法上の労働時間︵一︶ 六二

労基法上の労働時間口︺

西

剛  歴史における最後の決定的要因は、直接なる生活の生産および再生産である、 とは﹁家族、 私有財産および国家の起         源﹂の序言でエンゲルスが述べた言葉であり、また﹁ドイツチェ、イデオロギー﹂のなかでつぎのようにもいっている ﹁われわれは、⋮⋮一切の入間的存在の、それゆえにまた、一切の歴史の第一の前提を、すなわちく歴史をつくりVうる ためには、人間は生きてゆくことができねばならぬという前提を、確認することをもってはじめなければならない。しか       ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ るに生きてゆくためにはなにはさておき、食うことと飲むこと、住うこと、着ること、その他なお若干のものが必要であ る。したがって最初の歴史的行為は、これらの欲望を満足するするための手段の生産、すなわち物質的生活そのものの生 産である、しかもこれは人間の命だけをつなぐために、今日もなお、数干年前と同じように、日汝刻々遂行されねぽなら         ぬひとつの歴史的行為であり、日女刻汝充足されねばならぬ︸切の製炭のひとつの根本条件である﹂と。        ヘ  へ  まことに入間は生きてゆくためには喰いかつ飲まねばならない。この薯実は、いかに偽善的な精神主義者も否定するこ       ヘ  ヘ  へ とはできない。その偽善的な精神も生きた人間にのみ宿っているからである。ところで生きてゆくために食うことは、資       ヘ       へ  ぬ  ヘ  ヘ  へ 本主義社会ではいかにして可能か。資本主義社会では金をもっているということ、ただそれのみが彼に生命を保障する。

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       ヘ   ヘ   ヘ   コ   ヘ   ヘ   ヘ   へ 金をもっためにはどうすればよいか。労働者階級は、労働力なる商品を、その性質上、かれ自身とともに売って賃金をう ること、すなわち働いて金をもらうこと以外に生きることができない階級である。もし彼にして働らく急所をもたず、し たがって労働力を売ることができず、賃金をうることができなければ、彼は食うことができないゆえに、死ぬーー肉体的 にぽんとうに死ぬほかないところの、それゆえいつも生死の境にある階級である。  いうまでもなく資本主義社会は、各自はそれぞれ自由であり ︵死ぬことも各自の自由であり、ある職場から離れること1解 雇は逆に彼に、就職の自由を保障するとうそぶくこともできる自由、餓死の自由は、天国への幸福をみちびくとする自由でもある。︶ 平 等である社会である︵働らいても働らいても、やっとメシを食うだけが精いつばいの人も、あらゆる文化の恩恵をふんだんに享受しう る入もともに平等!である︶。自由であり平等たるとともに、この社会の窮極の目的であり、かつ決定的なモメントは、利潤 の獲得、すなわち儲けることである。ところで儲けるとはどういうことか。儲けはAなる商品が8なる商晶と等価交換さ       ヘ  ヘ       ヘ  ヘ  ヘ  へ れるところにはでてこない。儲けは等価交換されないところにある。では等価交換されない商晶は何か、それは労働力な        ヘ  ヘ  へ る商品である。流通において、商品は等価交換される。だが等価交換からは儲けはでてこない。儲けがなければ、だれも        ヘ  へ 交換すべく商晶をつくらぬ。商晶をつくるのは儲けがあるからである。等価交換してもなお儲けがあるからこそ商品がつ        ヘ  へ くられる。儲けは流通面でなく生産面でつくりだされていた。資本家は資本をもって諸商晶を、労働力なる商品もまた、 等価交換をもって買うという。 だが等価交換からは儲けはでてこない。 儲けがないなら彼は生産をせないはずである。 ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ にもかかわらず彼は生産する。労働力以外の諸商品はもし等価交換されないならば資本家は買うことができないだろう。 ところが労働力なる商品は、それを売らねば生きてゆくことができない人間自体がもっている商晶である。彼は自己の価        ヘ  ヘ  へ 値以下であれ、とにもかくにも売らねば生きていることが不可能である。ここでは等価交換はおこなわれえない。労働者       ヘ  ヘ  ヘ  へ はいかに安くとも、とにかく金をもたねば生きてゆけないがために、価値以下に労働力を、結局は彼自身を売る。価値以      労基法上の労働時蘭︵一︶      六三

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     労基法上の労働時聞︵一︶         、       六四       ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ 下に労働力なる商品を売りながら、しかも彼は価値通りに他の担商晶を買わねばならない自由、平等H。労働者の搾取に       ヘ  ヘ  ヘ  へ おいて、すなわち、資本主義社会は、人皇が入聞を搾取する社会であるといわれる所以である。等価交換されないものを     ヘ  ヘ  ヘ       ヘ  ヘ  ヘ  へ 等価交換されるとするところに資本主義社会のからくりがあった。市民法としての民法が雇傭を債権契約の一典型とした     ヘ   ヘ   ヘ   ヘ       ヘ   ヘ   ヘ   へ のもこのからくりのいんべいのためであった。  人間はかれ自身の歴史をつくる。しかしそれはかってに、みずからえらんだ毒情のもとにおいてではなく、直接目の前        にあり、あたえられ、かつ伝来の事情のもとにおいてつくる。労働者階級は働らいても働らいても自己に儲けのないこと        ヘ  ヘ  へ を知る。ローマの奴隷は鎖につながれていたが、資本主義社会の雇傭労働者は、目に見えない系で所有者にしばられてい       ヘ  ヘ  へ ることを知る。労働力の売却に対する手取りの余りに少ないのをさとる。賃金はもっと高くてよいのではないのか。安い 賃金では、等価交換によって自己を、そして自己の家族を再生産する︵生かす︶ことができない。より高い賃金への要求 は切実となる。より高い賃金獲得のために彼は斗う。だが資本主義社会は儲けを唯一つの目的として成り立つ祉会であ の       ヘ  へ り、その儲けはただ労働力なる商品が等価交換されないゆえに与えられるところの社会である。より低い賃金こそ資本主        ヘ  モ       ヘ  へ 義祉会成立の前提条件である。労働党階級は、 より高い賃金のために、資太・家は、 より低い賃.金のために、各々斗う。 ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ  し   エ   ヘ   ヘ   エ   エ   ヘ   へ 斗争に媒介されない労働条件などはありえないといわれる所以である。両者は衝突する。がもし労働力と賃金が、ぽんと うに等価交換されるようになれば資本主義社会はその生産をやめるであろう。資本主義社会では労働力の価値法則は絶対       へ に貫徹されえないのである。資本主義社会は労働力と賃金の不等価交換のみから血鯛立っている初会だからである。労働 者階級は﹁もはや歴皮的な称号ではなく、わずかに人間的称号だけを称えうる階級⋮⋮なんら一面的に対立するのではな       ヘ  ヘ  へ く、その前提に対して全面的に対立する階級、結局一切の爾余の階級から自己を解放し、かくて社会の爾余の︼部の階級 を解放せずには自己を解放しえない︼階級、一言にしていえば、人間の完全な喪失であり、したがって入聞を完全に回復

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       することによってのみ自己が回復しうる階級しとしてあらわれるのである。          人闇はまず、いかなるお説教にもかかわらず、生きることを要求する。労働者もまた人間である。生きるためには食わ ねばならぬ。食うためには金がなければならない。金をうるためには、労働者は働らいて賃金をえなければならない。労 働者階級は、売るべき一等価交換すべきなにものをも︵労働力以外は︶もたないから、何よりもまず働らく場所をもつ か否かが彼の生死を決する。たまたま働らく着所を見出しても、彼ならびに彼の家族が生きるために充分な金が与えらね       ヘ  ヘ  へ ばならない。それは、全く直接的に彼の生命に関するからである。労働者階級がもっとも深い関心を賃金におくのはまさ        ヘ  へ に生きることに直結しているからである。ところで労働力るな商晶はでき上った商晶でなく、時汝刻汝消費されることに よってのみ価値をうみだす花譜である。彼に与えられる賃金はすなわち、彼の労働力の消費に与えられる。しかも資本主 義社会の剰余価値の法則は、労働力の消費多ければ多いぼど、賃金の少なければ少ないぼど儲けの多い法則である。労働 者階級は労働力の消費が少なければ少ないぼど、賃金の多ければ多いほど、等価交換の法則に銘ずきうる。労働力の消費 の少ないこと、すなわち労働時間短縮の聞題は、労働者にとって賃金に劣らず深い関心事となる。労働運動の歴史はその ことを物語るに充分である。

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岩波文庫版 八頁。 同右︵三木清訳︶ 五六−七頁。 ブルーメル十八日第一章。 カール・レヴィット︵柴田・脇・安藤共訳︶ ﹁ウエーバーとマルクス﹂一〇八頁。 ﹁ヘーゲルば入間一般を特殊性として杷握する にとどまるが、マルクスはその出発点も目標も、最初から人間そのものであった。したがってブルジョア社会の、人聞の内なる特 殊性の総体を暴露することがその課題である。人間を人間そのものの中における特殊性の総体から解放し、ありのままの人間が、 特殊的人間へと疎外される事情を止揚せんがために、人間の人間的解放を要求した﹂﹁もちろん、それ自身としては、有産階級も   労基法上の労働時闘︵一︶      ,     六五

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@・ 労基法上の労働時間︵一︶ 六六 プロレタリアートも実は同じ自己疎外をあらわしている。しかし一方の階級が、この自己疎外に対する批判的意識をもたずに、そ こに自己の幸福と保証を見だすのに対して、他方の階級は自己の人間喪失を意識し、それゆえに自己を止揚する非人間である⋮⋮       も   へ   も   た   ヘ   ヘ   ミ   も   へ   も しかしまたある意味ではプロレタリアート的人間はブルジョアほど人間性を失っていないという見方か成りたつ。なぜならプロレ タリアートは、自分自身にも気ずかれていないような、精神化された形ではなく、公然と非人間化されているからである。ところ でプロレタリアートの.生活関係には、今日の全社会のすべての生活関係が︵非人聞的な尖端として、そこに集中している︶から、 プロレタリア1トは全社会を同時に解放することなしには自分自身を解放することができない﹂ ︵上掲書︶ ﹁所有者集団は疎外関 係に満足し、これを享受する集団であるがゆえに、疎外から自己を解放するといった自殺的行為にできる.ことは縄対にありえない ﹂ ︵河野﹁社会政策の歴史理論序説﹂七八頁︶。  ﹁剰余価値の生産、すなわち金もうけは、この生産方法の縄対的法則である﹂ ︵﹁資本論﹂青木文庫版第四分冊九六一頁。 ﹁ブ ルジョアジーとプロレタリアート・は、資本主義社会の基本的な階級である。資本主義生産方法が存在しているあいだは、これらニ          ヘ  へ  も  も  た  ミ  ぬ つの階級はたがいにきりはなせない関係にある。すなわち、ブルジョアジーは、賃金労働者を搾取しなくては、存在できないし、 富んでいくことができない。またプロレタリアは、資本家にやとわれずには、いきていくことができない。しかし、同時に、ブル ジョアジーとプロレタリア匙トとは敵対する階級であり、この二つの階級の利害は矛盾しており、和﹄解できないほどに相反してい る。資本主義社会の支配階級は、ブルジョアジーである。資本主義の発展は、搾取する少数者と搾取される大衆とのあいだのみぞ をますますふかめる。プロレタリアτトとブルジョアジーとの階級料争は、資本主義社会の原動力である﹂ ︵﹁経済学教科書﹂第 一分冊一九九頁︶。 ﹁⋮⋮どんな運命にあったにせよ、ただ彼らが生き残りえないだけである。余計者のロベらしをしてやった、それならばむしろ感       ヘ  へ  あ  ヘ  ヘ  ヘ  へ 謝さるべきであるという観念は⋮⋮︵死の商人︶の胸の一部にはたたみこまれているにちがいない﹂ ︵戒能﹁何かいま行われつつ        あ  も  ヘ  へ あるか﹂労働経、済旬報二七六号七頁︶死の商人のみならず、すべての資本主義的意識においてはむしろ当り前のことなのである。 核兵器実験で、もし人口過剰に悩むわがくにの人ロが減少すれば、ありがたく感謝せねばならない。奴隷は牛、馬とおなじに取扱 われた。 近代社会ではすべての入聞は解放されたといわれながら、 資本.家にとっては労働者は依然として物でしかないのである ﹁余りに貧しすぎて、しかもそのゆえにその貧しさは意識されず、却てあたかも使用者とおなじような考えが支配する。奴隷の悲 劇は、奴隷自らが奴隷の悲鰺さを自ら意識せざるところにあった。斗争を否定するその意識は、奴隷が自ら奴隷たりしことを意識

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せなかったとカなじように骨抜きされた貧しい労働者の悲劇である。 ︵階級の分裂している社会にカいては、現存の秩序が経済発 達およびそれによってひきずりこまれた階級斗争の影響のもとに動揺するにしたかって﹁因襲的虚心﹂が増加する。:・⋮支配階級 の存立条件と進渉出る生産力との反対が顯著となるに伴うて、該階級の精神的文化はいよいよ独善的となり、かつ、虚儒の生活に よって罰せられるに伴うて、該階級の立法はいよいよ道徳的となり神聖となる︶.︵⋮・:文明は一階級にはほとんどすべての権利を 与え、それに反して他階級にはほとんどすべての義務を課することによって、両者の差別および対立をいかなる愚者にも明らかに するのである。だかいつまでもそうであってはなるまい。支配階級にとって善いことは、支配階級が自己と同一視するところの全 社会にとっても善いといわねばなるまい。かくて文明か進めば.進むほど、いよいよそれは、それによって必然的に作りだされた罪 悪を愛の外皮を以て包み、それを美化しまたは否認すること。要するに、以前の社会形態にもまたは文明の第一段階にも知られて いなかったところの因襲的な傭善を移入する必要にせまられるのである。そしてこの偽善は結局つぎめごとき主張においてその極 に達する。すなわち被圧迫階級の搾取は搾取階級によって、もっぱら、被搾取階級それ自身のために営まれるのだ。そしてもしこ のことを洞察しないのみならず、反抗的にさえな.るとするならば、それは恩人たる搾取者に対する最も卑むべ忘恩なのである と︶﹂ ︵拙稿﹁滋賀県における労働力構造と労働者意識﹂彦根論叢一五号︶資本主義社会の人間はただ、資本家階級だけを意味し ているのであった。 二  労働時論問題は、産業革命以後資本主義輪生産社会の産物である。原始社会はいうまでもなく、奴隷労働時代や、独立        ① した小生産者や、小営業者のふるい体制の時代にもなかったと一応いえよう。作業時闇の制限はあっても、生産力が乏し く、社会的分業も低いところでは、自然的諸条件︵肉体的条件.や、天候、季節など︶がそれを決定したにすぎない。した がって労働時間問題は、資本と労働の社会的分業がおこるにおよんではじめて問題となる。  資本制生産諸関係の生成、発展の一般的性質は、直接生産者を労働条件から分離する過程、すなわち、一方では、,社会 的生活資料ならびに生産手段を資本に転化するとともに、他方では、直接生産者を賃労働に転化する過程であるが、労働 労基法上の労働時聞︵こ 六七

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     労基法上の労働時問︵一︶       六八 時間問題はその過程に萌さしている。したがって労働時間短縮のための斗争は資本主義の全歴史をみたしている。  資本の最大目標は剰余価値の追求であるから、そして生きた労働を吸記することによってのみ︵労働者の搾取︶活気ずく ものであるから、労働日の道徳的最高限はもとより、純物理葡の最高限度をふみこえて、労働者の身体の成長、発達およ び健康な保存に必要な時聞をも、とりつくしてしまおうとする。労働者が労働する時闇は、すなわち、資本家がその購買 労働力を使用する時間である。労働者にしてもし、その利用しうべき時間を自分自身のために消費すれば、彼は資本家の        ものを盗むことになる。資本はこの値切りとった時論を可能な場合には、生産行程それ自身のなかに併合してしまう。  資本主義の発生期には、立法はことあるごとに、労働日を延長し、労働者をできるだけながく働らかせようとした。こ のため国家は、資本の利益のために、特別の立法をしたが、国家がこのように労働日の延長を強制しようとした理由は、 生産手段から分離されだばかりの手工業者や、強制的に土地から解放された農奴たちが、資本制的労働規律になじまなか ったことと、あらたな労働者階級は、当時まだ、土地と密接に結びついていて、生産技術の水準は低く、資本への従属は まだ決定的でなかったからである。そのため当時においては、資本は思うままに労働力の供給がえられなかった。そのた め労働者を強制的に資本主義的労働規律に慣れさせたり、強制的に労働日を延長したりすることが必要だったのである。 この時期は一四∼七世紀のなかごろまでつづいた。ところが一八世紀の終りころから機械生産が一般的となるにしたがい 事態は一変した。労働者は生きるためには働らかねぽならず、労働力の供給は充分となり、資本は純経済的方法によって 労働力の搾取を自由に強化することができるようになった。当時における労働者の悲惨な状態は、エンゲルスの﹁イギリ スにおける労働者の状態﹂を一読するだけで充分であろう﹁裁縫女工は、せまい屋根部屋にひどいみじめな生活をしてい るが、そこでは娘たちはたった=至に、はいれるだけたくさん目白おしにすまっており、冬にはたいていはそこにいるも のの動物的な体温が唯一の暖房手段である。彼女らはそこにすわって、かがみこんで仕事をし、朝の四時か五時から真夜

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申までもぬい、二、三年のうちに自分の健康をこわし、いちばんおしせまった必要物さえ手にいれることができずに、わ        ③ かい身空を墓場へいそぐのであるL。わがくにでも﹁職工事情﹂﹁女工面皮﹂﹁女工と結核﹂などの古曲ハはそのことを物    ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ 語るに不足しない。  けれどもこのような、ながい労働時聞と労働力の酷使はやがて労働者階級の強い抵抗をよびおこさずにはいなかった。 労働条件の改善と労働時鐘短縮のためのねばりずよい斗争である。軍需の結果、労働時闇を標準化することを立法せしめ         るにいたった。 ① ② ③ ④ 奴隷労働については、エンゲルス﹁家族、私有財産および国家の起源﹂イングラム︵青山正治訳︶﹁奴隷かよび農奴史﹂︵トぽ。・ぎ蔓 。h。・貯くΦ夷曲巳仕舞霊。巨鴨一蔓・q。巨課9冨営σq聾旨︶ギボン﹁ローマ哀亡史﹂ ∪。五器PN再Ω塁。ぼ。穽①幽霧の匹碧①暮冒實幹一。。N轟層 豊。団屡09、∪ざ敬匹鎚貧巴く書9鐸即一8蓉魯N①一3昌σ貯騨乱9一①Φ①σq8≦霞ぴ一。。c。ρ石浜知行﹁労働の歴史﹂など。  奴隷経済制では、奴隷は物︵器ω<8勺Φ量9彰︶として取扱われ、その規制は一般物権法的取得、喪失、使用収益に関する規定 により直せられ、債権法関係としては、物の売買︵それは歯のない、犬よりも廉く売却された︶または賃貸借に準じておこな.われ た。したがって奴隷労働に労働時間かないのは当然であったし、封建社会における奉公関係も、無制限な忠勤義務があるのだから ここにも労働時間問題のおこりうる余地はなかった︵浅井﹁雇傭﹂参照︶ ﹁資本論﹂ ︵高畠訳︶二〇四、二四〇頁。わが民法債権篇の雇傭の規定も、雇傭期間を五年十年に制限する六二六条以外には、労 働者の人格や、生活の保障に関する規定は何一つない。 マソチ製造業における児童労働の悲曲さについて﹁委員会ボアイトが︵一八六三年︶訊問した証人の中、二七〇人は一八.才未満、 五〇人は一〇才未満、一〇入はわずかに八才、五人はわずかに六才であった。一二時間から一四時間または一五時間に至る日毎の 労働、それに夜聞労働も加わり、食事といえば、きわめて不規則であって、大抵は隣で汚毒された労働室の中で嚥下されるのであ るが、この光景をみては、ダンテもその凄滲な地獄の想像をもつてしてなおかつおよばないことを見だすであろう﹂ ハ﹁資本論︶ 二一八−九頁︶ ︵標準労働日の確立は、資本家対労働者間におけるいく世紀問に亘った抗争の結果なのである。しかしこの抗争の歴史は、相対抗   労基法上の労働時間︵一︶       六九

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労基法上の労働時聞︵一︶ 七〇. した二つの潮流を示している。 一例として、現実にかけるイギリスの工場立法を、一四世紀より一八世紀中葉未に至る同国の労働 者法令と比較せよ。近世の工場法か労働日を思い切って短縮しているに反し、これらの法令はむしろ思い切ってそれを延長しよう とした。資本がようやく発育しかけたばかりの繭芽状態に在っては、なお未だ単なる経済事情の強制力のみに依って、十分なる剰 余労働量の吸収権を確保するに至らず、この目的のために国家権力の助けをも必要としたのであるが、かかる状態のもとにおける 資本の要求は、同一の資本が成年期に至り不承不承譲歩せねばならなくなった諸種の条件に比べると、きわめて控え目なものでめ ったように見えることはいうまでもない。資本制生産方法が発達してA自由∀なる労働者が通例の生活資料の価格をえんがために 彼らの活動的な全生涯を、彼らの労働能力それ自身を、 一椀の飯を得べき嫡子権をも、 販売することを自発的に承認する.ように ︵換言すれば、社会的に強制されるように︶なるまでには、数世紀を要するのである。かくて一四世紀の中葉から一七世紀の終未 に至る間、資本が国家の権力によって成年労働者に強制しようとした労働日の延長と、一九世紀の後半、児童の血の資本化を取締 るため国家がここかしこに規定した労働時間の制限とが、大さにおいて署々一致しているということは偶然ではないのである。 一 例をあぐれば、きわめて最近まで北アメリカ合衆国中のもっとも自由な洲となっていたマナチユーセッツ洲において、今日一二才 未満の児童の労働に対する国家的制限として公宣されているところのものは、 一七世紀中葉のイギリスにカける元気横溢した手エ 業労働者や、強健なる三七や、互入のごとき体褻の蝦冶工やの標準労働日に相当しているのである﹂︵﹁資本論﹂第一巻二四六頁︶。 三  イギリスではイギリス工場法の起源である﹁徒第の保健および風紀に関する法律﹂ ︵雲華窪卸鼠寓霞箪9書bイ§馨霧︶が        ① 労働時間を一日一二時間に制限したが、実効を伴ったのは一八三三年に工場法の発布をみてからのことであった。この法 律によって=二才未満の児童の労働は八時間に、二二才以上一八才未満の未成年者の労働は一一一時間に、成年の労働は一 五時間に制限された。そのこ一八四四年には、婦人労働を↓二時間に制限し、深夜業が禁止された。ところが婦人および        ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ 未成年者の労働が成年男子の労働とぎわめてきんみつにむすびついていたために、この婦入の労働時闇が、成年男子の労 働をも一二時間に制限するようになった。]八四六∼七年にはチャーチスト運動と一〇時聞運動とが頂点に達し、繊維工

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業における婦入および少年に対して一〇時間労働制が立法化された。フランスでは実効は余り伴わなかったけれども、一 八四八年の二月革命ののちに一二時問労働制が立法された。  アメリカでは、労働時闇短縮の斗争は一八六一∼五年の南北戦争後はじめて開始された。 一八六六年八月のバルチモテ における総労働者会議は﹁アメリカ連邦のすべての洲で八時間労働日を標準労働日たらしめる﹂ための斗争を宣し、ジユ ネーヴにおける国際労働者協会第一インターナシ。ナルの大会は、八時闇労働制の要求を決議した。このときいらい八時 問労働日のための営営は、大きな力をもって、 あらゆる資本主義諸国において展開された。 一八八九年パリで結成され た第ニイン鉱主ナシ。ナルは八時聞労働を国際的な要求として提案決議した。それはメーデーと起源を同じくする。この 国際的な動きは、そのこアメリカにおいては一八六八年、合衆国政府の雇員につき八時闇労働制が実施されたのを先鞭と して、イギリスでは一九〇八年炭坑業に実現され、一九〇八年ニユージランドでも実施をみた。  第一次世界大戦は労働時間短縮の動きを停滞せしめたが、ベルサイユ平和条約は第=二篇四二七条においてコ日八時 間叉は一週四八時闇の制を実行するに至らざる諸国においては、これをその到達の目標として採用すべきことし﹁日曜日 をなるべく包含し二四時聞を下らざる毎週一回の休息を意うるの制を採用すべきこと﹂を定め、国際労働機関はこの原則 を受けて一九一九年第一回総会において﹁工業的企業における労働時聞を一日八時間かつ一週四八時間に制限する条約﹂         案を第一号条約として採択した。一九三〇年第一四回総会において八時問労働制を商業的企業にもおよぼす条約案を採択 した。  一九三五年第一九回総会は﹁労働時間を一週四〇時闇に短縮する条約﹂案,を採択し、同条約案は﹁生活標準の低下を来 さざるよう適用せらるべき一週四〇時間制の原則﹂を一般的に規定している。この]般的原則を中心として、国際労働機 関は、一九三一年採択一九三五年改正の﹁炭坑﹂条約、一九三四年の﹁自動的板硝子﹂条約、一九三五年の﹁硝子壕﹂条      労基法上の労働時聞︵一︶       七一

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     労基法上の労働時間︵一︶       七二        約一九三六年の﹁公共事業﹂条約、 一九三七年春﹁繊維工業﹂条約をそれぞれ採択している。  アメリカでは公正労働基準法で︵七条︶三四〇時間制を実施しているが、五割以上の割増賃金を支払えば無制限に時聞 外労働をさせうる。  ソ連では︸九一七年ソヴエート政権樹立と同時に八時間労働となったが︸九二七年の全連邦入歯執行委員会は、近い年 月の闇に七時闇労働制に移行することを保障すると約束し、︸九三三年一〇月一日までに七時間労働制を実施させること になった。一九三六年のスターリン憲法も 一九条ではっきり七時間労働制を規定した。しかし一九四〇年六月二六日の 全連邦最︷筒会議幹部尊爵によって八時聞労働制が復活し、 一九四六年四月の最高会議は憲法の条文を八時間制に書ぎ改め た。しかし、新経済発展五ク年計画の期聞中に再び八時間制より七時間制に縮小されると報道されている。なお現在にお いても時間外労働は法律に列挙された例外的な揚合︵一〇四条︶のみ許され、 しかも五割以上の割増賃金︵六〇条︶を与え      られる。  フランスでは一﹁九三六年六月一二月法で一週四〇時間を超えてはならないことになっている、人民戦線の謡いが成功し         たものであ       ・ ①

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立法を働行ずるために必要な監督官設置のために一驚の予算も採択しなかったので、 一八〇四年の徒第の深夜業禁止とともに全く の死文におわったたのである。 労働基準局編﹁労働基準法上﹂ 四五七頁以下。宮川編﹁資本主義の基本法則図﹂第一一章。 同右 四六〇頁。 畑中・吉良共著﹁ソヴェトの労働﹂政治経済研究所﹁ソ連労働法の研究﹂なお大朝三一、一、二八記事。      ﹁ 労働統計調査部﹁フランス労働法令集﹂藤本武﹁労働時間短縮の問題﹂労働経済有報二九一号。 斉藤一﹁労働時間、休憩、交替制﹂にあげられている、主要労働時間立法に関する世界年代史をつぎにかかげておこう。 一四九五年:::イギリス閣令、朝五時から﹁午後七1一八時まで、休,憩二時闇、実働一二一三時聞。

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一五一六年⋮一日六時間説を提唱したモーアの﹁ユートピア﹂。 一五六二年⋮エリナベス朝王令。 一七世紀末頃⋮労働時間は大休一二時間。 一八世紀未から一九世紀初期⋮産業革命到来、無制限労働日、 一四時間労働は一般、一六一八時間労働。 一八〇二年⋮=一時間に制限。 一八〇四年⋮徒弟の深夜業禁止。 一八三三年⋮繊維工業部門の一八才未満の未成年者の最長労働時間一日一二時間、深夜業禁止︵イギリス︶。 一八三八年⋮チヤーテイスト運動力乙る、 一〇時間労働制の要求。 一八四〇年・:アメリカで、政府雇員に一〇時閲制施行。 一八四七年⋮繊維工業における婦人および少年に対して一〇時間労働制立法化︵イギリス︶。 一八四八年:・フランスで一二時間労働の由皿法化。 ﹁八六六年⋮第一インターナショナルおよびアメリカの労働総同盟が八時問労働制の要求をかかげる。 一八六八年⋮アメリカで政府雇員に八時間労働制採用。 一八六九年⋮イギリス労働組合会議も八時問労働制の要求をだす。 一八八九年⋮第ニインターナシヨルの八時閥労働制決議、メーデτの起源。 一八九一年⋮ドイツにカいて、工業条令改正、労働者保護法確立、女子の深夜業禁止および労働時間制限。 一八九二年⋮フランスにおいて、女子の深夜業禁止および一一時聞法。 一九〇二年⋮フランスで一〇時間に短縮︵イギリスにおくれること五六年︶。 一九〇八年⋮ドイツで一〇時間に制限。イギリスでは炭坑取締法制定f.八時間労働。 一九一〇年⋮ニユージランドにかいて八時間制。 一九一四年⋮第一次大戦による生産擁充の必要と労力不足から、フランスでは、嬬人、少年の一二時間労働、週休廃止、夜業認 可、イギリスもほぼ同じQ 一九一六年;労働強化の弊害あらわる。フランスでは一八才以下の遠人の夜業禁止。イギリスにおいても二人と少年は一遍六〇時 労基法上の労働時聞︵一︶ 七三

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  労基法上の労働時間︵一︶ 間以下。 一九一九年⋮ヴェルサイユ平和条約国際労働規約四二七条の一日八時間、 一週四八時間制。 七四 四  わがくには先進資本主義諸国に比してその後進性をとりもどすために、富国強兵、殖産興業を旗じるしとし、政府の指 導保護の下に経済の資本主義的発展を強行的に育成することが必要であった。資本主義の経済法則は、労働者の生活を再 生産するに必要な労働時間と、労働者の現実に就業させられる労働霊獣のひらきから剰余価値をうみだす社会であるが、 後進国にとってのそれは、絶対的剰余価値の追求として、ながい労働時間と過酷な労働条件によってであった。  わがくにの工面法は明治一〇年に立案準備のための調査がはじめられてから、三〇年を経て大正五年︵一九一六年︶はじ めて実施せられた。この工率法は常時一五人以上職工を使用する工場に適用され、一六才未満の者および女子の就業を一       ヘ  ヘ  ヘ  へ 日一二時閥以内に規制するものであるが、施行後︸五年間二時間以内の時聞外労働を許していた。一九一九年の条約採択 にあたり、わがくには一六才未満の者につき一週四八時聞制、↓六才以上一週五七時間制を採用すべきことを同条約九条 で約したが大正一二年︵一九≡二年︶の工場法改正では一六才未満の者および女子につき拘束一一時間制がとられたにとど まった。鉱夫労役扶助規則や商店法においても変りなく、八時聞労働制は戦後労働基準法によってやっと実現されたにす ぎなかった。  一八六八年にはアメリカの政府雇員にはすでに八時間労働制が実現され、一九一九年の条約により、多くの先進国が八 時間労働制を実施し、ソ連においては一九三三年には七時闇労働制を採用していることに対比して、後進国としてのわが くにの絶対的剰余価値の追求がいかにきびしかったかを知りうるのである。戦後基準法の制定に伴い八時過労働制がとら れたとはいえ、基準法は八時間労働の例外︵時間外労働も︶をきわめて多く規定している︵法四〇条は﹁第八条第四号第五

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号及び第八号乃至第一七号の事業で、公衆の不便を避けるために必要なものその他特殊の必要あるものについては﹂八時 間労働制の原則および三四条の休憩に関して、命令で別段の定をすることができることを規定している。乏の上四一条で は第六、 七号は全然適用されないことになっている。 結局除外例のみとめられないのは第一∼三号だけとなってしまう し、国家公務員にはわずかに準用されるにすぎない11︵国家公務員法附則一六条、改正附則三条︶また施行規則をもふくめ て数次の改正によりその範圃はむしろひろめられている、にもかかわらず独占資本の申・小企業政策はその圧迫を基準法  ヘ  ヘ      へ のせいにして、中・小企業向きの基準法をつくるという名目のもとに巧妙に労働条件の切下げと、労働運動の分断をねら って八時問労働制を有名無実ならしめんとしている。  労働時聞制度結果報告によると大企業︵五〇〇〇入以上︶では七時闇制をとるものがきわめて多いようであるが、第六回 労働基準監督年報によると五〇〇人以上の企業で一日当り労働自省は八・0八時間、九九∼三〇入では八・五三時間とな         っており、また所定内労働時間に対する所定外労働時間の割合は、全産業で一一・○%となっている。また監督を実施し た事業場三〇三、九七〇のうち、 違反事業揚は一五三、三三六すなわち五〇・四%で、 違反件数はその二・七倍、四一 八、五〇〇件となっている。その違反中に占める、三二条三七条六〇条六一条など労働紀聞違反の件数は二五%の多きに 達する。ということは実際上八時重労働制は守られていないことを暗示するし、低賃金のために、正規の賃金のみでは生       ヘ  ヘ  ヘ  へ 活の保障がえられないために、もとめて時間外労働することが一般化していることを物語っている。就業規則や労働協約 で定められている労働時聞の統計よりも、規定時鳥では生活を支えられないために、すすんでおこなわれる時間外労働、 解雇のムチのもとで、あるいは権利意識の稀薄なために増割賃金をふくまぬ時間外労働、を包含した実際の労働時間を知

ることが大切である。      ・

 おそらく五〇∼三〇人以下の小企業では﹁野放し﹂の長時間労働が一般におこなわれているのではなかろうか。たとえ      労基法上の労働時問二︶       七五

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     労基法上の労働時聞︵一︶       七六 ば労働省の﹁失業保険、保険料申告書による賃金統計﹂による規模別現金給与総額表によれば、五〇〇人以上の企業のそ れを一〇〇としたとき、九人以下では五四・一となっている。これによると五〇〇入以上の大企業労働者は九人以下の小 企業労働者の給与の倍となるわけであるが、しかし大企業労働者の生活費と中・小企業労働者のそれがさ濠どにひどい差 があるとは考えられない。とすればそれら中・小企業労働者はきわめてながい時問外労働で、足らざる分を補っていると 想像できる。しかも音入以下の小企業労働者数は全労働者数︵従業者数︶の約三分の一を占め、九九人以下のとき協約七          割を占めている。ということはぼとんどの労働者が劣悪な労働条件、そしてそれゆえに長時闇労働に従事していることが 知られる。 一面資本は時間外労働による能率低下と、割増賃金を考慮して、交替制により労働時間の短縮を実施している ことを忘れてはならない。労働時闇は賃金との関連において考えることを要する。  山中教授は資本制生産という事実が、まず労働時闇短縮のための本源的条件だと前提し﹁資本制社会でも、そこに残存 する小生産者など−一日本の農民とか中・小商工業のごとき  の業主は、大資本制の競争のもとで、労働時間も休憩時 間も体系的に区別しないで⋮⋮結局なが一い作業時闇をつづける傾向がある﹂のは、ストイック的生活観と、資本制的生産 がないことに起因するといわれているが、わがくにの労働力構造をアメリカのそれと比較してみればわがくにの後進性を        はっきりと知りうる。このことが基準法あって、しかもなきにひとしからしめている大きな理由をなしている。

 ①、労働統計調査部 、

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④ 菊池﹁日本労働立法の発展﹂        ︵太田︶コわかくに労働関係法令の系譜﹂ 風早﹁日本社会政策史﹂参照。 年報にかかげられている諸表参照。 昭和二六年事業所統計調査による。総従業数一七、五二八、三 ○のうち、九人以下の事業所の労働者は六、七三八、〇七四で、 九九入以下は二一、七八七、九九一に達する。 山中﹁労働基準﹂一四頁以下。一九五〇年の日、米比較によれば、業主、家族従業者、雇用者の比率は、わがくには、それぞれ、 二六・一、三四・四、三九・三なるに対し、アメリカは、一六・八、二・二、八○・七である。四九人以下の小企業従業者の全従

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業者数に対する比率はわがくに五二・九に対しアメリカは一五・九である︵拙稿﹁滋賀における労働力構造と労働者意識﹂参照︶。 五  労働時間の歴史は初期資本主義では延長され、資本主義が進むにつれて短縮される。それは独占資本主義時代にも変る ことがない。ただプアツシズムの時代においては例外なく延長された。  ところでなぜ労働時間は資本主義がすすむにつれて短縮されるかについては、ω総資本の聰明によるというもの、②生 産按術の進歩発達がそれを可能にするというもの、偶労働者の階級斗争によってのみ労働時間は短縮されるというものな           ど種芋の見解がある。また現行基準法上の労働時閤についても、わがくにの特殊事情を理由に何かと文句がつきない。だ が労働運動の歴典は、労働時間の短縮は総資本の聰明さによってでもなければ、また技術の進歩によってだけで、もたら されるものでないことを事実をもって明瞭に帯出している。資本主義の経済法則が剰余価値の法則であり、剰余価値は労 働力と賃金の不等価交換からのみうみだされるのであるから、資本と労働は全面的に対立する。労働力と賃金の不等価値 換によってのみ生存しうる資本は、その開きの聖なるぼど活気ずくのであるから、できる限り低賃金で、可能な限り長時 聞労働を要求するは当然のことである。もし何らかの理由で労働時闇を短縮するなら、それだけ賃金を低くするだけであ る。これに対し労働者はできるだけ高賃金で、可能な限り短時闇労働で、この開きをちぢめようとするのであるから、も し賃金が高くならないのなら、それだけ労働時閤を短縮して、実質上の賃金値上げをかちとろうとする。労働時聞短縮が    ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ 賃金の低下をもたらさない短縮である限り、そればただ労働者階級の斗争によってのみえられるものである。労働時間短 縮の問題をただ一般的に取扱ったのでは資本の聰明さなどという迷路に陥入ってしまうだけである。資本が労働時闇を短       ヘ  へ 縮少するのは、それだけ低い賃金で剰余価値をより多からしめようとするときだけである。  ① クチンスキτの所説につき、島崎﹁労働時閥短縮の二原因﹂経商論纂五一号。      ︵三一二二・二二︶。      労基法上の労働時闘︵一︶       七七

参照

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