著者
蘭 信三
雑誌名
関西学院大学先端社会研究所紀要 = Annual review
of the institute for advanced social research
号
12
ページ
86-91
発行年
2015-03-31
◆『戦後社会の変動と記憶』書評Ⅱ
◎戦争がつくった基層構造と記憶と
蘭 信三(上智大学) はじめに 荻野昌弘編『戦後社会の変動と記憶』は、関西学院大学先端社会研究所叢書『戦争が生みだす社 会』(全Ⅲ巻)の第Ⅰ巻で、かつ「戦争が生み出す社会」研究の原論的なものである。第Ⅱ巻が引 揚者、第Ⅲ巻が「米軍基地文化」という特定テーマを対象としているのに対し、本書は人口・空間 ・記憶の問題から戦後日本社会論にアプローチしており、広い射程を持っている。私は自分の守備 範囲から、序章と終章の荻野論文、第 1 章石田論文、第 5 章池埜・中尾論文、そして第 6 章武田論 文へのコメントを主に述べていきたい。 1.戦争を社会学する 荻野昌弘の序論「「戦争が生み出す社会」研究」は本叢書の原論をなす。荻野は既存の社会学が 国民国家など境界内存在だけに関心を払い境界外存在を考慮の外においていたと批判し、同時に国 家を超えるネットワークなどに注目する新たな研究にも、それだけでは十分でないと批判する。グ ローバル化と国家の機能はゼロサム的ではなく、国境をめぐるコンフリクトの増大は国家の弱体化 と強化の双方をもたらす複雑な関係だと見るからだ。 荻野は〈境界と他者性〉を重視する。国境に代表される境界は固定的なものではなく、変動する し、境界は空間的地理的境界だけでなく、社会的境界、文化的境界、民族的境界等々と多層的であ りしかも二重性がその基底にある。そして二重の境界による両義的存在のなかに他者性が立ち現 れ、オリエンタリズムに象徴されるように、境界設定の恣意性は他者という存在の恣意性と密接に 関連しており、そのメカニズムの究明が肝要だとする。 本書のキーワードである「空間」「移動」「他者」は境界と密接に絡んでいる。戦争は国境という 境界をめぐる暴力的なコンフリクトであり、領土という「空間」の拡大を目指すものでもある。そ の領土の拡大は新たな領土内での人の「移動」を生じ、領土の縮小は引揚げや送還や追放といった 逆方向の人の移動を生みだす。そして空間の変化、人の移動は人びとの新たな相互作用を生みだ し、その過程で新たな「他者」が構築され、他者をめぐる認識・表象が生まれる。荻野はこのよう な戦争が生みだすダイナミズムを対象とすることで、既存の社会学、それを批判する社会学をこえ る〈二一世紀の社会学〉を目指す。 二〇世紀の二つの世界大戦は、国民国家同士の総力戦であった。戦争は国家を規定し、社会を大 きく変え、大規模な人の移動を強い、宗主国と植民地の関係も変え、第二次世界戦後は多くの新た な国民国家をも生みだした。日本のなかの戦争の捉え方も、司馬史観に代表されるように、明治以 来の近代日本は順調だったが満洲事変以降短期的に逸脱してしまったが、戦後は元に戻ったという 見方がある。だがそれは間違っており、戦前のひとつの帰結がアジア・太平洋戦争であり、あの戦争の帰結が戦後社会であるという見方である。同様に社会システムにとっても戦争は例外ではな い、という。 荻野の原論は、高橋三郎の「戦争研究と軍隊研究」(1974 年)で論じられた時代から 40 年後の グローバル化のなかの戦争研究原論という意味で重要だ。シンポジウム当日に野上が指摘したよう に、「総力戦は二〇世紀に固有な戦争であり、9・11 以降二一世紀は新たらしい戦争の時代」とな っており、荻野の境界と他者性をめぐる原論は普遍性が高い。たとえば、今日の「イスラム国」を 見ても、国民国家という国際政治上での戦争の当事者性を持たない集団であること、先進国の伝統 的ムスリム移民一世ではなく、先進国で教育を受けた移民二世の原理主義的ムスリムの参加は特徴 的だ。とりわけ後者はグローバル化によってムスリムが移民となり、先進国で他者としてのムスリ ム移民が構築され、中東でのグローバル化=西欧化への原理主義的な対抗に呼応したかたちとなっ ている。幾重もの境界性と他者性が重要な説明変数となっている。本書のなかでも第 5 章池埜・中 尾の「在米被爆者の語り」は、境界性と他者性に深く関連する論考と言えよう。 2.境界のはざまの生(life)を聞き取る 池埜・中尾の第 5 章「「在米被爆者の語り」から−戦争が生み出す境界のはざまで」は、北米在 外被爆者の会の協力をえて実施された調査の成果で、在米被爆者の語りからその経験と想いをすく い上げ、まさに戦争と人の移動が生み出す境界のはざまに生きる在米被爆者の「生きられた経験」 を描き出した興味深い論考である。 広島・長崎の原爆被爆者は、日本はもちろん世界的にも有名である。だが、日本以外に住む「在 外被爆者」になると当該国以外での認知度は下がり、「在米被爆者」になると日本でもアメリカで もその存在を知る人は少ない。原爆を投下したアメリカに何故被爆者が住んでいるのか、という素 朴な疑問が生じても不思議ではない事例であろう。 その歴史的前提は、日本、とりわけ広島からの北米移民にあった。19 世紀末から 20 世紀初めに かけて、当時途上国であった日本は世界労働力市場に飲み込まれていた。余剰労働力の一部が低賃 金の出稼ぎ労働者としてハワイやアメリカ本土に移民として送出され、約 20 数万人がハワイ・ア メリカで定住化しており、広島がその一番の輩出地であった。日系人たちの北米での安定化、日本 の列強化、世界情勢、日米の教育コストの比較、そしてもちろん移民一世の二世に日本の教育を受 けさせたいというナショナリズム等々から 1930 年代に二世の中等教育のため日本に留学させると いうブームが生じ、戦時下でも数万の日系人が日本に滞在していた。そして、そのなかの広島在住 者の一部が被爆し、終戦後に米国に帰国したわけである、これが在米被爆者の主なライフコースで あった。 太平洋戦争によってアメリカの日系人が強制収容され物心共に大きな被害を被ったこと、日本と 米国のはざまで忠誠の選択を迫られた経験はあまりにも有名なことである。だが、日本への里帰り 留学生が被爆し帰国(帰米)して原爆を正当化する米国で生きられた経験は、米国の家族・日系社 会・米国社会からも、日本からも疎外と抑圧がなされ、戦争と移動を二重に経験するというもっと も希有なケースのひとつであった。それは日米という「帝国のはざま」で、さらに複雑な生を生き ざるをえなかった人びとの物語だ。
池埜・中尾が本論ですくい上げた語りの特性は、その数奇な人生であり、複雑な想いであり、そ の経験が語られる際の多声性であろう。そのなかのいくつかを紹介してみよう。まず、その経験の 核には被爆体験を家族にどう語るか、家族が死んで自分が生き残ったことをどのように受容してき たか、がある。原爆投下が正当化される米国の教育を受けた自分の子どもにどのように被爆体験を 伝えるか、は難問であった。米国社会の価値、さらには日系人団体との価値観と自分の経験が合致 しない時、さらには家族までもが受け入れないような経験について、人は沈黙するしかない。「こ んなふうに、きちんと人と向き合って被爆の体験を話すのは初めてのことです」(161 頁)は、語 ることの困難さを見事に言い表している。また、井上ひさしの『父と暮らせど』(1994 年初演)な どで見事に表現され演じられたように、原爆で自分だけが生き残ったサバイバーズ・ギルトの語り にも胸をつかれる。本論では、随所に語りが紹介され、在米被爆者の語りの持つ意味を上手に解釈 し、叙述している。 このように、本論文は在米被爆者を事例に、「空間」「移動」「他者」という本叢書のキーワード が密接に絡み合う事例を解きほぐす論考となっている。ライフストーリーとしても、本章は在米被 爆者に寄り添い、一人ひとりの生き様を詳細に聴き取り、丁寧に描き出し、論文集という制約のな かで、在米被爆者の多様な経験と心情をうまく示せている。 以下、ないものねだりを言おう。紙数の制限からか語りがライフストーリーから切り取られて構 成されており、上手ではあるがいかにも想定される叙述の展開であった。聞き取りの現場ではもっ と矛盾したり、意表を突いたりするものがあったかもしれないが、無難にまとめた感が否めない。 ライフストーリーに基づく「厚い叙述」と、マスターナラティヴ、モデルストーリー、個人の語り の錯綜する様を深く解きほぐすことも可能だったろうが。 それにすでに企画されているであろうが、本論から以下のような展開の可能性を感じさせる。日 本人被爆者の語りや在日朝鮮人被爆者の語りについては多くの研究が蓄積されており、在韓の在外 被爆者の語りも少なくないようだ。本論は、それらと在米被爆者の比較研究が、日本、米国、韓国 等々という言説空間において語られる被爆体験の意味の共通性と差異性、言説空間のコンテキスト も含めた比較の可能性を指し示している。最後に、本論は単行本としての刊行が待たれる。余韻の 残る論考であった。 3.境界を越えるフォトボイス、武田丈 武田丈の第 6 章「集団虐殺・レイプを受けたフィリピンの村のいま−フォトボイスを通した境界 を越えるこころみ」は、集団虐殺・レイプを受けたフィリピンの村で、フォトボイスを通してトラ ウマを癒やし、被害者と孫世代が活動を共にすることで歴史を継承し、過去の歴史を克服する試み である。 武田が対象とするフィリピンの村は抑圧された過去をもつ。それはアジア太平洋戦争時に日本軍 から受けた集団虐殺・レイプの被害であり、その体験は長らく〈秘められた経験〉だった。彼女ら は被害者でありながらその経験は日本政府のみでなくフィリピン政府・地域社会からも抑圧されて きたし、家族には(も)語りづらい体験であった。このことは先述の在米被爆者と共通性している し、性被害に固有な特徴でもあった。それは 1990 年代の日本軍慰安婦問題の問題化によって人び
との間に意識の変化をもたらし、人びとはその被害の経験を語りだしたわけである。 本章で述べられているのは戦争研究者から見れば一見特別なことではなく、90 年代のパラダイ ムの展開にもとづく変化によって生じた一連のものと言えよう。フォト(写真)とボイス(語り) を組み合わせた戦争被害の状況を被害者から孫の世代へと世代の境界を越えて継承されるこころみ は、被害者の痛みを癒やし、トラウマ的な経験から解放し、さらには地域での体験の共有化=歴史 化をもたらす可能性を秘めている。だがそれ以上に私には本章は不思議な魅力が感じられた。とい うのは、アクション・リサーチの手法で武田が現場でのフォトボイス活動を仕掛けている姿が印象 的である。誠に失礼なことだが、論考としてはほぼ予想された展開で、驚きはなかった。だが武田 という実践的な研究者の企画力とそれを遂行していく〈人間力〉には何とも表現のしようのない強 烈なインパクトをうけた。 フォトボイスという手法は日本ではあまり馴染みがないが、オーラルヒストリーによる語りつぎ の活動を長野県でアクション・リサーチ風に実践してきた私としては、それに比較してフォトボイ スの持つ利点は視覚性・技術性・共同性・共感が得やすく、実践活動としてのコストがかかりすぎ なく、よりアクセスしやすいものかと思われた。アクション・リサーチとして新たな可能性を感じ させる手法であった。それに、地域でのフォトボイスによる試みは、法廷における裁判闘争の論理 ではすくい上げられない諸々のものを掬いあげ、それらを地域で共有可する可能性を指し示してい た。被害の現場跡地の博物館化の試みは、フォトボイスやオーラルヒストリーと併せて「記憶の 場」として、「和解のフォトボイス」としての可能性を示していた。様々に示唆的で、魅力的な論 考であった。 4.あの戦争が高度経済成長を準備した 石田淳の「戦争と人口構造−高度経済成長の基礎としてのアジア・太平洋戦争」は、アジア・太 平洋戦争と敗戦の人口構造に与えたインパクトが戦後の高度経済成長と現代社会の人口学的基礎を 形成していることを論証したものである。 石田は、戦争が社会に与える影響には短期的な攪乱要因と長期的基底的な影響とがあり、人口は 長期的なものとして着目する。アジア・太平洋戦争の戦中戦後の人口構造や就業構造への短期的な 影響は、戦死や空襲による大量死や総力戦体制による就業構造の変化、引揚げ・送還そしてベビー ブームなどがある。そしてそれによる人口構造や就業構造の変化がじわじわと戦後の人口構造だけ でなく経済成長をも規定してくる。復員・引揚げによって生じた人口の社会増、ついで生じた人口 の急速な自然増、そして「多子多産から少子少産」という人口転換が軽微な老年人口と縮小した子 ども人口という「従属人口」の比率が低く、生産年齢の比率が高いいわゆる「人口ボーナス」をも たらしたという。 そして、朝鮮戦争による特需をきっかけとする設備投資の好循環と、都市工業部門への人口シフ トが農村から都市への人口移動と世帯増によって労働需要を充たすと同時に耐久消費財需要を生み だしたという二つのメカニズムを、先行研究を援用しながら石田は明快に解き明かす。20 世紀の 人口構造の特徴と、復員・引揚げとベビーブームが人口ボーナスを生み出し、その人口ボーナスを 特需と農村人口の都市移住という循環が相乗効果を生み出して高度経済成長がもたらされたこと
を、すなわち戦争によって生みだされた人口構造の変化が戦後の高度経済成長の一つの基盤を形成 したことを明らかとする。 石田論考を本叢書のキーワードである「空間」「境界」「他者」から見直すと、敗戦による植民地 ・勢力圏を喪失するという国土の縮小(空間的な変化)、国境=境界の変化、その外地人口の内地 への引揚げや農村人口の都市移住という空間的な移動を対象としている。引揚げによってもたらさ れた「他者性」は、第Ⅱ巻『引揚者の戦後』で集中的に論じられており、本論は第Ⅱ巻の基礎をな す論稿とも位置づけられよう。 このように石田論考は、「戦争が生みだす社会」という本叢書の意図を見事に体現しており、戦 争を社会学する本叢書のなかでももっとも読み応えのあるものであろう。私は、この領域で数本の 論考を書いてきて石田の視点と方法をほぼ共有しており、この議論に特段のユニークさは感じな い。だがその基礎資料と先行研究にもとづく的確な論の展開、説得力ある考察は、これまでの到達 点を見事にまとめあげ、さらなる高みに推しあげたと思う。何時もながらの石田の手堅い手法と研 ぎ澄まされた分析力が発揮されており、唸らされた。本論は、この領域を知らない人には「目から うろこ」であろうし、この領域を専門にする者にとっても決定版として末長く引用されよう。 おわりに 以上のように、第Ⅰ巻は社会学が戦争を論じることの意味を、戦争研究の基本的視座、幾重もの 境界を越境する記憶と他者性の問題、そして抑圧され断絶された記憶の継承という地域社会の再生 の物語、人口という基礎構造のもつ戦争と戦後社会の連関性、というそれぞれ興味深いテーマを掘 り下げている。最後に、戦後社会は戦前社会から断絶しているという断絶論と連続しているという 連続論について述べ、本稿のまとめとしよう。 戦争という視点からの戦後社会論を見る時、誤解を恐れずに言えば、断絶論から連続論へと推移 してきたと言えよう。断絶論は、総力戦・敗戦・占領、戦後の民主化、しかしなお残る封建遺制 (性)という激動のなかで、戦後は戦前と決別して新たな日本を生み出されるべきだという決意や、 時代の風潮を反映した視角であった。断絶は分析というよりは戦後社会を測る尺度であった。民主 化すべきという敗戦後の決意、時代の風潮が退潮し、冷静に社会科学的に分析していけば総力戦体 制が強制的に均質性の高い国民国家を形成し、社会のシステム化を推し進め、階級構造を平準化し ていったという連続論が台頭してきたのは当然であろうか。石田を見習えば、短期的なものは大き く変化したが、人口のような基層構造は変化する因子と連続する側面とが見事にブレンドされて戦 後の人口構造は形成されてきた。そしてそれによって生じた人口ボーナスが高度経済成長をもたら した、戦争が戦後社会を生み出したのである。人口構造は社会でもっとも基層的なもので変化しづ らいから連続するという視点を提供しやすいという揶揄もあるであろう。しかし、石田の戦争が社 会に与える影響には短期的なものと長期的基底的なものとがあるという指摘に立ち戻れば、「40 年 体制」という社会システム論的な連続論は社会の基層的な側面を見ており、「55 年体制」は政治構 造や家族観などそれよりは変動しやすい制度を主とした議論であると言えよう。このように二つの 議論は戦前から戦後社会の基層にあるもの、制度などの中期的に変化しているもの、そして意識な どの変化が激しいものという整理によって、連続と断絶が組み合わされていることが理解出来よ
う。 最後にないものねだりの批判をひとつ述べよう。本叢書は、荻野の「空間」「移動」「他者」を視 点として戦争その後の社会をどのように規定しているかを解き明かすことを目指している。第Ⅰ巻 は荻野の視点を生かした論稿が多く、共同研究の醍醐味を表している。しかしその反面、石田の視 点や他の研究が必ずしも活かされていない。とりわけ石田の論稿は社会学の教科書のように見事な 論稿であったし、荻野も意識している断絶論と連続論の議論に関して貴重な整理と視点を提供して いる。荻野は最新の社会学理論を踏まえた荻野社会学にもとづいて論を展開し、石田はオーソドッ クスに先行研究を整理して活かしている。この両者の視点や分析枠組みは本叢書の原論的な位置に あるが、それら(や個々の論稿)が十分に意識され、その成果を活かすほど成熟した共同研究とは なっていない。 シンポジウムで第Ⅱ巻編者の島村が率直に「大学の研究所の共同研究としてはよく出来た叢書で ある」と自己評価したが、まさにその通りだと私も思う。しかしその反面、このレベルまで来たら もう一歩高みに行けたのではないかとつい欲が出てしまうほど第Ⅰ巻は力作揃いだったと思う。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――