当院における理学療法士および
作業療法士の経験年数とアクシデント発生頻度の関連性
竹
内
伸
行
要 旨 【背景・目的】 近年,経験年数の少ないスタッフのアクシデントが増加している.しかし経験年数とアクシデ ント発生頻度の関連性に関する報告は散見される程度である. 本研究の目的は若年理学療法士および作業療 法士の経験年数とアクシデント発生頻度の関連性を検討し, 経験年数がアクシデント発生頻度の予測に有用 か否かを明らかにすることである. 【対象と方法】 対象は本庄 合病院理学療法, 作業療法部門で生じたア クシデント事例 42例であった. 各事例に関与したスタッフの経験年数と経験年数別発生件数を集計し, 両者 の関連性を相関係数と回帰 析にて検討した. 【結 果】 経験年数と発生件数の間には強い負の相関 (r =−0.82) を認め, 有意な回帰式 (発生件数=10.855−1.173×経験年数, R =0.79, p<0.001) が得られた. 【結 語】 若年療法士の経験年数とアクシデント発生頻度には関連性があり, 経験が少ないほど発生頻度が 高いと示唆された. 経験年数はアクシデント発生頻度を予測する因子として有用であると えられた.(Kita-kanto Med J 2011;61:405∼409) キーワード:アクシデント, 経験年数, 理学療法士, 作業療法士 目 的 アクシデントとは医療事故を指し, 病院側の過誤の有 無を問わず患者が被害を被った事例であり, インシデン トとは患者に傷害を及ぼすまでには至らなかったが, 「ヒヤリ」としたり「ハット」した事例など事前に気が ついて回避できたものをいう. このように以前は,その 対象として主に患者が想定されていたが, 今日では医療 スタッフ (以下,スタッフ)や家族なども含めて えるの が一般的である. 一度, アクシデントが生じると程度の 差はあっても患者やスタッフ, 所属機関などの多くに 様々な影響を与える. 転倒や針刺し事故などでは患者お よびスタッフの身体的傷害を伴い, 精神的苦痛や経済的 損失も無視できない. 最悪は命に係わる状況にもなる. こうした背景から, 多くの医療機関においてインシデン トやアクシデントの対策は不可避であり, 関連する報告 も少なくない. 2006年より本庄 合病院リハビリテー ション科では, 科内で発生したアクシデント事例に対し, 事故要因 析を行い再発防止に努めてきた. この取り組 みにより, 類似事例の減少やアクシデントに至る寸前で 回避できた事例を認めるなどの一定の効果を挙げてい る. 近年, 理学療法士や作業療法士の若年齢化が激しく, 経験年数の少ないスタッフが増加している. アクシデン トについても若年スタッフが関係した事例が目立つのも 事実である. 一般に業務経験が少ないほどアクシデント が発生するリスクは大きくなると推察される. しかし, その要因には患者属性や所属施設の特性, スタッフの属 性や勤務形態など非常に多くが存在し, 経験年数とアク シデント発生頻度との因果関係に関する一定の見解を得 るのは難しい. リハビリテーション領域では, 経験年数 とアクシデント発生頻度の関連性を基本統計量により検 討した報告 が散見される程度であり, 詳細な報告は見当 たらない.本研究では,本庄 合病院 (以下,当院)の理学 療法および作業療法部門で生じたアクシデント事例を, スタッフの経験年数と発生件数の点で検討し両者の関連 1 群馬県高崎市中大類町501 高崎 康福祉大学保 医療学部理学療法学科 2 埼玉県本庄市北堀1780 本庄 合病院リハビリ テーション科 平成23年4月22日 受付 論文別刷請求先 〒370-0033 群馬県高崎市中大類町501 高崎 康福祉大学保 医療学部理学療法学科 竹内伸行生を推定する因子として有用か否かを明らかにすること を目的とした. なお, 本研究で 析した事例は全てアクシデントに 至った事例であり, インシデントは含まれていない. ま た本研究における経験年数とは, 理学療法士および作業 療法士の免許取得後の年数を示す. 方 法 1.対象 析対象は, 当院理学療法および作業療法部門で生じ たアクシデント事例 42例であった. 調査期間は, 理学療 法が 2006年 9 月から 2010年 12月までの 52ヶ月間, 作 業療法が 2009 年 4月から 2010年 12月までの 21ヶ月間 であった. なお, 両部門で調査期間が異なったのは, 作業 療法部門における 2009 年 4月以前に提出されたアクシ デントレポートが確認できず, 後方視的調査ができな かったためである. 事例発生時の理学療法士および作業療法士の年齢は, 全体で 24.3±2.4歳 (最大値 31歳, 最小値 21歳), 理学療 法士が 24.6±2.5歳 (最大値 31歳, 最小値 21歳), 作業療 法士が 23.0±1.5歳 (最大値 25歳, 最小値 21歳) であっ た. 経験年数および年齢は平 値±標準偏差で示した. 2.方法 事例発生後に提出されたアクシデントレポートから, 当該事例発生時の当事者の経験年数および経験年数別の 発生件数を集計した. 経験年数と発生件数の関連性をス ピアマンの順位相関係数 (以下, r ) を用いて検討した. 加えて経験年数を説明変数, アクシデント発生件数を目 的変数とする単回帰 析を行い, 経験年数がアクシデン ト発生頻度の予測に有用か否かを検討した. なお経験年 数は段階級数 (順序尺度) であり連続変数ではないが, 5 段階以上のデータならば回帰 析を行ってもあまり問題 ないとされる ため, 本研究では単回帰 析を行った. 有 意水準は 5%とした. 本研究は本庄 合病院倫理委員会 の承認を得て実施した (承認番号 20100602). 結 果 1.経験年数と経験年数別の発生状況 表 1に経験年数別の発生件数, 表 2に各事例の詳細を 示した. 経験年数別の発生件数は 2年目が 11件と最も 高値を認め, 次いで 1年目の 10件が高値であった. 1年 目から 5年目までで 40件が発生しており, 全体の約 95%を占めた. 6年目以上は 2件であった. 最頻値および 中央値は 2年目, 平 値±標準偏差は 2.9±1.9 年であっ た. 2.経験年数と発生件数の関連性 図 1に業務経験年数と発生件数の関連性を示した. 経 験年数と発生件数の相関係数は r =−0.82 (p<0.01) で 強い負の相関を認めた. 単回帰 析の結果, 散 析の 有意確率は p<0.001, 回帰式はアクシデント発生件数= 10.855−1.173×経験年数, R =0.79, p<0.001, 95%信頼 区間は発生件数の上限が 13.952, 下限が 7.757, 経験年数 の上限が−0.716, 下限が−1.629 であり, 有意な回帰式を 認めた. 察 経験年数とアクシデント発生件数の間には強い負の相 関を認めた (r =−0.82). また発生件数は経験年数 1年 目から 5年目までで 40件を占め, 全体の約 95%がこの 期間に発生していた. 東 は, 所属施設における 2年間の リハビリテーション科スタッフの関与したアクシデント 発生件数は 13件で, 内訳は経験 1年未満が 7件, 5年未 満が 5件, 10年未満が 1件であり, 経験年数が少ないセ 経験年数 [年] アクシデント発生件数[件] 理学療法 作業療法 計[件] 1 8 2 10 2 8 3 11 3 6 1 7 4 6 2 8 5 4 0 4 6 0 0 0 7 0 0 0 8 1 0 1 9 0 0 0 10 1 0 1 11 0 0 0 計[件] 34 8 42 表2 対象事例の詳細[件] (n =42) 職 種 理学療法部門 34 作業療法部門 8 発 生 場 所 リハビリテーション室 24 病室 13 病棟廊下・階段 2 エレベーター 2 トイレ 1 屋外 0 内 容 転倒・転落 18 接触等による外傷 13 カテーテル等抜去 10 その他 (運動中の骨損傷) 1 患者の診断名 脳血管障害 14 脊椎脊髄疾患 8 下肢骨折 5 心不全 3 その他 12 (悪性腫瘍,下 切断,変形性関節症,肺 炎, 廃用症候群)
ラピストに偏る傾向が認められたと報告している. 東 の報告においても経験 5年未満のスタッフによる発生件 数が全体の約 92%を占め, 本研究結果と同様であったと えられる. このように先行する報告や一般的な見解と して, 経験年数と発生頻度には関連性があり, 経験年数 が少ないほど発生頻度が高いことが示唆されていたが, 本研究結果からこれらが統計学的に裏付けられた. 経験 年数の視点でアクシデント発生を える場合, 東 の報 告および本研究結果から, 経験 5年目までが特に重要で あると示唆された. 単回帰 析の結果, 散 析および回帰式の有意確率 は p<0.001であり, 有意な回帰式が得られた. 単回帰 析の決定係数は,回帰式の適合度 (予測精度)を示し一般 に 0.5以上が望ましい とされる. 本研究結果の決定係数 R は 0.79 と高値を認めた. 加えて発生件数および経験年 数の 95%信頼区間に 0が含まれていなかった. このため 得られた回帰式の予測精度は高く, アクシデント発生頻 度の予測に有用と えられた. このことからも経験年数 と発生頻度の関連性が確認できた. 一般に, 経験年数が少ないスタッフほどアクシデント 発生のリスクは高く, 臨床指導の必要度も大きくなると えられる.芳野ら は,3年前後の臨床経験が,独力で理 学療法業務を行うための必要な経験年数であると述べて いる. 独力で業務を行う能力とアクシデント発生頻度の 関連性を本研究結果から確認することはできない. また 経験年数が長い療法士でもアクシデントは発生する. し かし本研究結果における発生件数は 2年目が 11件と最 多で,次いで 1年目が 10件,3年目が 7件であった.経験 年数 1, 2年目の発生件数の合計が 21件で全体の半数以 上を占めることから, 芳野ら が報告している独力での 業務能力と, アクシデント発生頻度にも関連性があると 推測された. 今後は, こうした研究も有用であると え られた. アクシデントの対策は, 発生前に行う予防的行動と発 生後に行われる事故要因 析や再発予防の取り組みなど がある. 当院理学療法および作業療法部門では, アクシ デント発生後にスタッフ全員による当該事例の検討会を 実施し, 要因 析を行い再発予防に努めてきた. このた め経験の豊富なスタッフは, それぞれの診療経験に加え てアクシデント要因 析の経験も豊富である. 現状では, 検討会の効果について統計学的手法を用いた検討はでき ていないが, こうした取り組みの成果も経験年数が長い スタッフのアクシデント発生頻度が少ない一要因と推察 された. 一方, 経験が長いスタッフは, 知識技術レベルが 向上し自己の診療行為に対して批判的な評価をできない 傾向になりがちで「思い込み」による重大なミスを犯し やすい という意見もある. 経験年数が長いスタッフで も, リスク管理に関する研修や事例検討会などにより, アクシデントに対する意識を常に高いレベルで保ち続け る必要がある. 本研究では, 扱った事例の対象期間が理学療法部門と 作業療法部門で異なったため, 部門間による違いを 析 することは困難であった. また当院理学療法および作業 療法部門のスタッフの経験年数最長者は 11年であり, それ以上の経験者が関与する事例についても検討するこ とはできない. 日常では種々の因子が重なりアクシデン 図1 経験年数とアクシデント発生件数の関連性 アクシデント発生件数=10.855−1.173×経験年数 (R =0.79, P<0.001) r =−0.82 (P<0.01)
との関連性を検討することも重要である. これらは本研 究の限界であると同時に今後の課題と えられた. 文 献 1. 山本晴康.アクシデントとインシデントについて.骨・関 節・靱帯 2001; 14(4): 297-299. 2. 下堂薗 恵 : 鹿児島大学霧島リハビリテーションセン ターにおけるリスク管理の取り組み. リハビリテーショ ン医学 2001; 38(12): 969-972. 3. 竹内伸行, 桑原岳哉, 木村輝美ら. SHEL モデルを用いた 事故要因 析―当院理学療法部門における 取 り 組 み. 4. 東 祐二. 治療部門におけるリスクマネジメント (2) − 作業療法部門 か ら. 臨床リハビリテーション 2005; 14(3): 225-231. 5. 村瀬洋一, 高田 洋,廣瀬毅士 : SPSS による多変量解析. 東京 : オーム社, 2007: 119-139. 6. 対馬栄輝 : SPSS で学ぶ医療系データ解析. 東京 : 東京 図書, 2007: 86-92. 7. 芳野 純,臼田 滋.医療施設における理学療法士の継続 教育の現状. 理学療法科学 2010; 25(1): 55-60. 8. 山野 薫, 大平高正, 薬師寺里江ら. 急性期病院における リスクマネジメント改善の試み. 理学療法科学 2006; 21(4): 405-410.
Relationship between the Frequency of Accidents
and Years of Work Experience of Physical Therapists
and Occupational Therapists
Nobuyuki Takeuchi
1 School of Physical Therapy, Faculty of Health Care, Takasaki University of Health and Welfare, 501 Nakaorui-machi, Takasaki, Gunma 370-0033, Japan
2 Department of Rehabilitation, Honjo General Hospital, 1780 Kitabori, Honjo, Saitama 367-0031, Japan
Objectives: In recent years, the number of accidents by inexperienced physical therapists and occupa-tional therapists has increased. However, the relationship between accident frequency and therapists work experience has not been discussed in detail. This study aimed to investigate this relationship. Subjects and M ethods: We studied 42 accident of the rehabilitation department of our hospital. Each accident case was investigated with reference to the years of experience of the therapists. In addition,we investigated the total number of accidents per year of the therapists work experience. Results: There was a strong negative correlation between years of work experience of therapists and frequency of accidents (r =−0.82), and a significant regression equation was obtained for this relationship. Conclusion : These results suggest that there is a relationship between frequency of accidents and years of work experience of therapists. Inexperienced therapists were considered responsible for the high accident rate. We believe that accidents can be predicted from the years of work experience of therapists.
(Kitakanto Med J 2011;61:405∼409)