八研究ノ l ト
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古
代
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マ親族構造論の与える家族法思想史への示唆﹂
│ │ マ ウ リ ツ ィ オ ・ ベ ッ テ ィlニの議論をめぐって││
林
智
良
51戸ー『奈良法学会雑誌』第6巻3号 (1993年12月〕 はじめに ﹁ 人 類 学 と ロ i マ 文 化 │ │ 親 族 関 係 ・ 時 間 ・ 魂 の イ メ ー ジi
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全体の構成と概要 E . 欧 米 学 界 に お け る 評 価 E . 家 族 法 思 想 史 へ の 一 示 唆 1 1 日 本 に お け る 研 究 状 況 と の 関 わ り で お わ り に は めじ
マウリツィオ・ベッティ I ニ 玄 白 川E
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古切開丹江口町教授(以下ベッティ l ニと略記)は現在イタリアのシエナ大学正教授として 教鞭をとる学者である。ベッティlニは西洋古典文献学の分野において研究歴を歩み始め、古代戸 1 7 劇(。フラウトウス、エンニ ︿ 1 ﹀ ウス)に関する研究・註釈によって文献学者としての名声を固めた。その後同分野における該博な知識と確固たるテキスト解釈技 術を基として、ひろくロ I マ社会の構成原理とロlマ人の内的世界像の探求に進むこととなった。その際、構造人類学によって得 られた知見を大胆に適用し、文化比較の視点を保ちつつ今一つの異文化としての戸lマ世界像を明断に描き出しているところに、第6巻3号一一52 その研究の独自性が見いだされる。近来では、さらに図像史、民族学研究をもその視野におさめたうえで多岐にわたる著作活動を ( 2 ﹀ 展 開 し 続 け て い る 。 このように多面的なベッティ l ニの学問像には同じく多様な側面からのアプローチが可能であるし、現に西洋古典学、神話学、 民族学、民俗学等々の諸分野からも着目されているものと思われるが、本稿ではロ!?法思想史という狭い立場からの関心に自己 限定して若干の検討を試みることにとどめたい。すなわち、﹁親族に関わる法制度とロ l マ人の親族像、親族関係の実態との関わ りは如何﹂という問題意識からベッティ l ニの家族制度論・親族構造論を検討し、それが従来よりの家族法思想史の議論に与える 有益な示唆、また彼の議論を導入する際に留意すべき点を筆者なりに指摘したい。ちなみに法思想史からの関心としては、例えば その業績の中に、近年我国のギリシア法史・ギリシア史の分野でも議論を呼んでいる﹁古代人の他者認識﹂の問題について、ロー ハ 3 V マの状況を分析した業績もあり、ローマ法における外国人法制・戦時法規との関わりからも興味は尽きないが、ここでは親族法の 問題のみを扱うこととしたい。さて、かかる検討の具体的な対象として本稿では h ミ ﹃ 辛 口 q 虫 色 町 内 ミ 言 、 ぬ き 遣 g a H M 色 、 言 ミ a w ハ 4 一) 同 町 吉 宮 " 玄 室 白 均 弘 司 叫 h 守 口 ・
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刊 さ 白 ( 河 。 BP] 叩 ∞ ∞ ) ﹁ 人 類 学 と ロ l マ文化││親族関係・時間・魂のイメージ l l i ﹂での議論を扱う こととする。同書はベッティ l ニが西洋古典文献の註釈・研究からさらに広範囲の研究に進むこととなった分岐点に位置するもの であり、後述の如く西洋古典文献学のみならず、人類学など多方面からの関心を集めることとなったものである。﹁
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学
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ロ
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マ 文 化 │ │ 親 族 関 係 ・ 時 間 ・ 魂 の イ メ ー ジ │ │ ﹂I
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全 体 の 構 成 と 概 要 本書は全体として相互に独立度の高い三部から構成されており、そのそれぞれは、順に﹁古代ロ l マにおける親族呼称の特異性 と親族相互の関わり方の理念・実態﹂、﹁古代ロ l マにおける﹃時間の流れ﹄の捉え方と、その空間的な表現のあり方﹂、﹁古代ロ! ?人にとっての死後の魂の象徴としての蜜蜂、蛾、こうもり﹂の検討にあてられている。以下、第一部の親族論の概要を章をおっ ( 6 V て 記 す こ と と す る 。 第一部は﹁﹃汝我が父方オジたらざるべし﹄一最初期ロ 17 家族における態度の体系について﹂と題し、古代ロ l マの親族呼称が53一一ー「古代ローマ親族構造論の与える家族法思想史への示唆J 父方オジ守主
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、 母 方 オ ジ(
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﹀ 、 母 方 オ バ ( g m w同2
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、 父 方 オ バ ( 白E
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﹀の四者を区別していたという事実の指摘 から出発し、本人守内るから父親を通じてつながる父系の親族関係には厳格な態度、逆に母系の親族関係には寛容な態度が賞かれ ハ 7 ) ていたことを示そうとするものである。その第一章ではまず父が息子に対してとった峻厳なる態度と、父と息子が共に入浴するこ との禁忌なさ広g n
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﹀に代表される父親と成熟後の息子との性的抑圧関係が、主として共和政期の多様な史料を基に一万される。 ハ 8 ) 第二章はエラスムスの伝える簸言﹁汝我が父方オジたらざるべし︿沼町田町由旬a
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笹山とから出発し、この語句が本来古代 ロ l マ社会において﹁厳しからざれ﹂という一般的意味を持っていたこと、さらにその根底にはロ 1 マ社会一般における父方オジ の甥への厳しい態度が存在することを示そうとする。老年と陰欝さを象徴する存在として父方オジ像が、例えば紀元後一世紀の詩 人ベルシウスの風刺詩を素材に描き出され(切忠広口 r ﹀ の HYU ・N R
)
、さらに多様な時代の様々な文献史料からの博引傍証により 奪修放埼を戒め風紀を監督する存在としての父方オジ像が示される。その中には例えばスエ!ト l ニ ウ ス と デ ィ オ I ・ カ ッ シ ウ ス の伝えるカリグラ穏とその父方オジにあたるクラウディウス帝との確執の逸話(切叩丹江口 r ﹀ 円 UFMM ・ ω N ﹀ 、 ホ ラ I ティウスの﹁風刺 ハ 9 ﹀ 詩﹂が描く姪の風紀監督者としての父方オジ等々多彩な素材が含まれる。第二節ではかかるロ l マ的父方寸ジ像が穏和で愛情深い ギリシアのオジ像と対称的であることがプルータルコス﹁倫理論集﹂の記述を基として示された後(切包昨日ロr
﹀ の 同 ・ M Y 品 ロ ・ ) 、 ギ リシア喜劇の模倣の上に成立したロlマのパッリアlタ劇中にみられる父方オジ像が通常のそれと逆転していることが一万される。 検討の対象となるのはテレンティウスの﹁兄弟﹂とプラウトウスの﹁カルタl ゴ i 人﹂であるが、ギ P シア喜劇の影響をうけつつ 成立した、かかる父方オジ像が、通常ロ l マ人が期待している父方オジ像と転倒しているが故にロ!マ人の観客に対して生むであ ろ う 劇 的 効 果 が 指 摘 さ れ る ( 切 立 広 三 ・ ﹀ のF
呂 Y A H H l 品目)。第三節ではキケローが、情緒に問題のある甥のクイーントクス・トゥッリ ウス・キケロ 1 0 巳 ロ 吉 田 吋 己 ロ5
2
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の訓育をめぐって父方オジとして果たすべき役割と自らの現実の間際に悩む様が、たま たまこの甥の母方オジにあたる彼の親友のアッティクスの態度と対比させつつ追跡される(回z a
ロ ﹁ ﹀ のF
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)
。 第三章では母方オジが論ぜられるが、その第一節では、予備的考察として﹁父方オジ(吉伸25
﹀ ﹂ と い う 呼 称 が ﹁ 父 ( 吉 宮 司 ﹀ ﹂ に由来するのに対し、﹁母方オジ( M
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印 ) ﹂ と い う 呼 称 が ﹁ 母(
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丘 四 円 ﹀ ﹂ と 縁 の 無 い 言 葉 で ﹁ 祖 父(
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)
﹂ の 縮 小 形 ( ﹁ 小 さ な祖父﹂の意)にあたること、﹁母方オパ(
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どという呼称が﹁母﹂と相似しているのに対し﹁父方オバ守B
比$﹂は第6巻 3号一一54 ﹁父﹂と縁の無い呼称であることが指摘され、オジオパの親族関係については当時の呼称が交差オジオパと平行オジオパとを区別 ( 叩 ) していたことが明らかにされる。そしてかかる呼称体系の背景が親族構造の理論一般にもさかのぼって学説史的に探求されるが、 ﹁母方オジ﹂の呼称の語義(﹁小さな祖父﹂)の由来については、祖父 H 孫間と母方オジ H 甥間に優しい態度が共通にみられること によって説明する見解をとる。第二節ではこのような母方オジの優しく愛情深い態度の実態が小セネカの記述、キケローやハリカ リナッススのディオニュ l シウス等の伝える共和政末期の事例、さらにリ l ウィウスの伝承にみられる例外的事例(タルクイニウ ス・スペルブス王)に求められる。第三節では﹁孫(口
32
どが﹁浪費者﹂の暗喰に用いられる現象の検討に始まり、そのことから 逆に(父方母方両方の﹀祖父が孫を甘やかす関係にあったことが推定される。そしてその実例がウェルギリウスの﹁アエネ l イ ス ﹂ に求められた上でさらにぷ︿ロロ2
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へという言葉の語形論的分析が展開される。第四節ではまずリ l ウィウスとハリカリナッス スのディオニュ l シウスの伝える、十人委員アッピウス・クラウディウスによる乙女ウィルギニア凌辱未遂の伝承と、セクストゥ ス・タルクイニウスによるルクレ l ティア凌辱伝承の二つの事例やパウルス日フェストゥスの註釈などを基に、母方オジには姪を 暴力等から保護し、さらに不正に対し報復する役割が存したことが論ぜられる。 第四章では母方オパが論ぜられるが、その第一節ではパウルス H フェストゥスによって﹁今一人の母のような2
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ととも表現される母方オパと甥の聞の優しく愛情に満ちた関係、時に実の母に代わって 母方オパがはたした養育の機能の事例が博捜される。まず例示されるのがウェルギリウス﹁アエネ l イス﹂に描かれるアマ I タ な る人物叩彼女はラティ i ヌス王の奏でトヮルヌスの母方オパにあたるが、この甥と彼女の娘ラ!ウィl-一アとの結婚を強硬に主 張し、彼との聞に実際の母子関係にも類する関係を保ったとされる(なお、同書では母方オバの特質を代表する存在として、この アマlタに繰り返し言及がなされる)。他の素材にはトガlタ喜劇の題名、ハリカリナッススのディオニュlシウス、ペルシウス、 ア l プ レ l イウスの諸著作が含まれる。第二節では碑文史料に目が転じられ、場合によっては故人を悼む役割を母方オパが果た していたこと、墓碑名における母方オパのウェイトの高さが一不される。第三節では毎年六月十一日に開催された 7 1 トラ l リ ア (豆洋司色白)祭の解釈にあたっても、このようなロ!マ社会特有の母方オパ H 甥関係が適用可能であるとする。曙光の神であり主( ロ )
婦の神であるマ l テ ル ・ マ 1 ト ゥ l タ女神(宮丘町円宮伊丹三とを祭神とするこの祭礼は﹁儀式に参加する女性は祈り、自分自身の55ーー「古代ローマ親族構造論の与える家族法思想史への示唆」 息子ではなく姉妹の息子に対する愛情を︿彼らを抱擁しつつ﹀明らかにした﹂、﹁神殿に、ある女奴隷が入らされ、そして殴打さ れ追い払われた﹂という特徴があり、その解釈をめぐって議論を呼んできた。ここで筆者は﹁(成熟により)胸膨らむ﹂という表 現がなぜ、女子男子それぞれにつき
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姉妹する)/玲巳EZ(
兄弟する三という一対の表現をとるのかについての 円円 M V 語形論的語源論的探求を︹いささか唐突に︺第四節として挿入した後、第五節で以下のような解釈を提示する。すなわちこの祭は 母の祭ではなく母方オパの祭なのであり、そこでは各々の姉妹が交換のメカニズムに従いつつ他の姉妹の息子のために祈るのであ る。母方オバとは母方の愛情から自分の甥に結び付けられた疑似母であり、必要があれば乳母やたのもしい代理を務めるのである。 それは母と母方オパ聞の文化的に近接した関係であり、マ l トラ I リア祭の儀式はその宗教面での定義をなしているのであるとい う解釈である。さて、第六節では、まず成熟期に達した姪の結婚に関して神託を求める権利が母方オパに存し、そこから姪の配偶 者の選定等にあたって姪の父親の︹家父長権に基づく︺決定に彼女が関与し得たことが、キケロl、ゥァレリウス・マクシムスの 伝えるカエキリアなる女性の逸話から示される。そこから、厳格な父系社会であったロ l マにおいて母系のつながりが父系のつな がりに抑圧されつつも一定の役割を果たしていたことが論ぜられる。そして、︹同時代の家父長権に︺抑圧されていた﹁母権公5
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忠常国民自﹀﹂を象徴する人物として再び﹁アエネ I イス﹂でのアマ l タの人物像に議論が戻り、アマ I タの狂乱と自死の場面が 検討された後、父系原理が貫徹する中で敗北を運命づけられた﹁母権﹂が論ぜられる。なお、その際﹁母系社会﹂の﹁父系社会﹂ に対する時代的先行と前者から後者への変遷を論ずる論法が明確に否定され、ローマ社会においてはあくまで﹁父系原理﹂が貫徹 しており、母系のつながりは前者の優越下に共時的に伏在しつつ自らを主張し、父系原理と絡み合っていたという立場が堅持され る ( 傍 線 筆 者 ﹀ 。 第五章では父方オパが検討対象となるが、まず母方オパとは対照的に乏しい史料の現存状況が指摘され、そのために明確な特質 を見いだすことが困難であるとされる。それにも関わらず例えば父方オパには、甥が遺児となり危難にあっても特に配慮すること が期待されなかったことハハリカリナッススのディオニュlシウスが伝えるタルクイユウス・プリスクス王の孫の逸話)、甥の婚姻 にあたっても積極的な役割を果たしたとはみられないことを示した上で、情愛よりは冷静さや権威が両者の関係を特徴づけたこと、 すなわち両者聞には父親が障壁として存在しており、父親の関わり方の特徴が父方オパの関わり方のそれに影響を与えていること第 6巻 3号一一56 の 論 証 が F l ウィウス、小セネヵ、タキトヮス、バウルス H フ ェ ス ト ゥ ス 、 小 。 フ リ l ニ ウ ス 、 ス エ l ト I ュウス等の記述を基とし て 試 み ら れ る 。 第六章では、第一部全体の総括として、父系親族(父、父方オジと、おそらくは父方オパ﹀を貫く厳しく冷淡な態度と母系親族 (母方オジと母方オパ)のそれを貫く親密さと情愛に満ちた態度が以上の考察で一万されたとして、父親/母親という対称軸が宗族 関係官官即位。﹀/血族関係守
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ロ由民るという法的・制度的に重要な区別の基となるに留まらず、父系/母系という、いまひとつ の情緒面での区別の基となり、これに影響を与えていたことが指摘される。そして、父親の峻厳な姿勢と対称をなす母親の態度の 例証としてテレンティウス﹁自虐者﹂︿﹁母親は息子の犯した失敗にはみんな息子に味方して親父が折櫨したりすりゃかばうって のが普通できあ。﹂)と小セネカ﹁神慮について﹂(﹁父親は父親の遺り方で、また母親は母親の遺り方で、みなそれぞれの誠を尽く しているではないか。父親はわが子の眠りを覚して速やかに勉強を始めるように言い付け、休日でも暇でいることを許さず、愛児 に汗をしぼり出させ、時には涙さえしぼり出させる。しかし母裁は、わが子を膝に載せて慈しんだり、自分の影で日差しから守つ (M 出﹀ てやったり、愛児が絶体に悲しむことなく、泣くことなく苦しむことのないように願う。﹂)とを援用する。つまり、感情面ではま ず上記のような母親の態度が母方親族に影響しているのであり、さらに、制度面では峻厳なる精神に貴かれた宗族の手で家財、家 名、祖先祭杷が受け継がれ、相続法の分野でも宗族であることが決定的な意義を有するのに対し、血族には法的制度的な地平での ハ 日 ) 意義付 d けが欠けているという現実が存在する。それ故そのことの感情面での一種の代償としても、母系親族聞にとりわけ情愛に満 ちた関係が展開されていると論ぜられる。その上で、かかる母系親族聞の関係に酷似した事例として、人類学者エヴアンズ H プ リ 門 脇 ﹀ チャ lドの民族誌中のヌエル族のオジオパの呼称とその性格が紹介される。同事例の中ではオジオバが父方母方によって甥姪への 態度を変えている(ここでも母方オジオパは父方オジオパに比べてはるかに優しい)ことの根拠として姉妹に対する感情が兄弟に 対するそれと比べてより情愛に満ちていることが挙げられている。そこから古代ロ 1 マ社会の考察においても﹁兄弟と姉妹の関わ り方の異同﹂という水平的関係の探求が将来の課題として必要であるとされる。 第二部、第三部の概要について、ここでは同書序文における筆者自身による要約を引用する形で紹介するにとどめたい。﹁一方、 第二部において私にむけられた問題はロ l マ文化がいかに自身の時闘を﹃空間化C o
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﹀ ﹄ し て い た か と い う こ と で あ る 。57一一「古代ローマ親族構造論の与える家族法思想史への示唆」 すなわち、﹃どこに﹄自身の未来と自身の過去を配置していたかということである(未来は﹃前に円過去は﹃肩の後ろに﹄である が、しばしば逆転が起こったし、それも偶然ではなかった)。﹃はじめ﹄が﹃前に﹄あるいは﹃上に﹄位置づけられる一方で﹃あ と﹄が﹃後ろに﹄あるいは﹃下に﹄にあった等々のことはいかにして、またなぜ起こっていたのか。それは、おそらくは若干の驚 きとともに我々を導くこととなった文化的視角であるが、﹃サテュリコン﹄の筋や他の紀行小説や﹃アエネ 1 イス﹄第六巻での英 雄達の行列ばかりでなくローマにおける系図や氏族の葬列に同行していた祖先の胸像等々を考察するように我々を導いたのである。 他方第三一部は死後の魂を表現するよすがとなる若干の特権的な象徴体系にあてられている。その象徴とはすなわち蜜蜂、蛾、こう もりである。これらの象徴の研究を通じて我々は司自然﹄世界に関する多くの古代信仰を探求することとなったのであるが、それ はとりわけ蜜蜂に関する信仰を通じて行なわれる。何が蜜蜂を殺し、何が再生させるのか(雄牛の誕生)。その﹃友﹄と﹃敵﹄は 何か。なぜ多くのものが姦通と香料を憎むのか等々。また我々は蜜蜂、蛾またはこうもりの世界と直接の関係を有する若干の文学 上の逸話または神話的物語の研究にもむかいあうこととなる。我々が有する古代社会の知識は一方で物語自体からなるのがしばし ば で あ る か ら 。 ( 切 開 丹 江 口 r ﹀ わ HFHY 己 同 ・ ) ﹂ この中で本稿の視点から若干詳しく紹介すべきは第一三章﹁﹃垂直な﹄時間一家系図から氏族の葬儀まで﹂での議論である(切伺 a
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問 者 ・ 口 町1
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ここでは氏族の系図がまず検討の対象とされ、そこに﹁より年長 H 偉大な者(
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から、よ り年少日卑小な者(
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﹀へ﹂、﹁上から下へ﹂という時間の流れが氏族の﹁血の流れ﹂と平行して存在していたと論ぜられ る。次いでポリュピオス、大プリ l ニウス等を典拠に、玄関に先祖の肖像(吉田問山口町田)を備え、葬送儀礼の際にこれらが故人の棺 ( 叩 胞 ) を先導するというノ i ピ レ l スの習慣が論じられる。つまり、葬儀の際に年代順に先行し、故人の肖像を従える先祖達は、﹁古﹂ イコール(空間的に)﹁前﹂/﹁新﹂イコール(空間的に)﹁後﹂という時間軸と完全に対応しており、それ故に家系図における時 間の流れの空間化と葬儀の際の家族内の時間の流れの空間化とは﹁上﹂ H ﹁ 前 ﹂ / ﹁ 下 ﹂ H ﹁後﹂というかたちで対応するとされ る。そして、後続する子孫にとりアイデンティティ公号ロ吾どを確認する手段としての先祖集団、彼らを規律する行動規範の化 体としての先祖集団の特質が家系図と葬送儀礼の考察を通じて明らかになるとされる。第6巻3号一一58
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欧米学界における評価 欧米の学術誌における書評・紹介に徴する限り、本書はイタリアに限らずイギリス、ドイツ、フランスの諸誌において取り上げ られ、これに先行するベ γ テ ィ l ニ の 業 績 で あ る エ ン ニ ウ ス 研 究 書 ( 回 。 丹 江 口 F ω Z 開)、プラウトウス﹁幽霊屋敷﹂・﹁ベルシア人﹂ の対訳註解書(回え仲間同子宮司)に倍する関心を呼ぶこととなった。そして、本書の内容については、体系のル 1 スさを指摘した上 で、歴史的観点からは︹各時代における歴史的変遷・発展を省みないで︺一枚岩的な﹁ロlマ文化﹂を探求することを誤りとした 批判があり(パ 1 ト ン ﹀ 、 ま た 方 法 論 的 支 柱 と し て の レ ヴ ィ H ストロースを引用する際に伊訳のみを用いている点を指摘して手続的 に遺憾とする評者がいるが(ポェシュル)、ベッティ 1 ニの古典古代学面での学殖と文献解釈の厳密性にはおしなべて高い評価が 与えられており(例えばデュポン、ダグラス﹀、人類学をはじめとする多方面の議論を学際的に援用している点も肯定的に捉えられ ている。例えばポェシュルは概略以下のように評している。﹁多くの点で魅惑的な本書においても、人類学的方法論の適用による 研究の転回がはかられており、そこから収穫が得られている。そして本書では、文学の前に横たわるロ l マ文化という独自の現象 の前提を解明するために、人類学、民族学、民俗学、言語学、宗教史、民話研究、神話研究と、もちろん狭義の古典文献学とが包 括的に援用されている。﹂と。なお、この作品に方法論の点から最も批判的な立場をとっているバ 1 トンが、議論の具体性と整合 ( 却 ﹀ 性の点では、同様のテ I マを扱ったハレットの作品よりも同書を高く評価していることにも触れておきたい。それ故、少なくとも 以上のことを根拠に、本書は古典古代世界の新しい像を描き出そうとする斬新且つ有効な提言として欧米の学界により認知されて い る も の と 判 断 で き る 。m .
家族法思想史への示唆││日本における研究状況との関わりで ここで詳細にわたる学説史を展開することは差し控えたいが、古代ロ I マにおける家族法は相続法と共にロ 1 マ 法 史 の 重 要 な 一 問題として、我固においても研究者のコンスタントな関心をひきつけてきた。とりわけ、﹁家族﹂の問題についてロ 17 法史の立場 から近年浩識な考察を展開された原田俊彦先生の労作が、人類学の親族論一般に立ち帰った上で立論を行っていることは大変興味 ( 辺 ﹀ 深く示唆的であり、ローマの﹁家族﹂と法との関わりにつき新たなる地平を拓いた貴重な寄与として特筆されるべきである。ただ59一一「古代ローマ親族構造論の与える家族法思想史への示唆」 管見の間以り、原田先生の労作をも含めた従来の議論においては制度面の宗族関係に父系のつながりを確認するにとどまり、本稿で 検討したような制度と制度外の諸関係のダイナミズム・相互補償関係にまであえて考察の次元をひろげようという姿勢は見受けら れない。もちろんこのような現状は法制度の枠内で議論する限り妥当なものであり、かかる姿勢自身極めて良心的な謙抑態度であ ることは言うまでけもない。しかし議論の将来的発展の可能性としては、例えば、任意の遺贈によってなされる母系親族問の財貨の 移動等を追跡することによって、法制度面の規定と実際の慣行の両面を立体的に検討すること等は充分に有益なかたちで議論の枠 組みを拡大するものと考えられる。そしてこのような発展軸を模索する際には隣接のロ 17 史における親族構造論研究にも充分目 を配る必要があることが当然であるが、当該分野において、近来本格的なロ l マ親族構造解明の試みがなされ、論争がたたかわさ ︿ お ﹀ れていることをここで特記するべきであろう。それ故、このようなロ 17 史での議論を着実に摂取した上でなされるならば、上述 のような方向での研究は両分野において意味のあるものとなり得ょう。 もちろん、同書が与える一示唆を歴史学の実証的議論に取り込んでいく際には、かかるモデルの適用対象となる時代・地域・階層 を限定し、それを継時的・地理的な変遷の視点から考えていく必要があろう。同室田が時代を追った形での記述法をとっていないた め、そのままのかたちでその議論枠組みを適用することが難しいのも事実であるが、方法論的な理由で忌避するには同書での提言 はあまりにも斬新で魅力的である。
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お 本稿がほとんどベッティ l ニの所論の紹介・要約に終始したことをまずおわびし、行論の至らぬ点につき諸先生方の御叱正をお 待ちしたい。本稿は筆者の従来からのロ l マ法学者研究と若干方向を異とする。当面は従来よりの研究をまとめる課題が課されて おり、ここで提唱した方向での深化には若干の猶予を正直に乞わざるを得ない。しかし将来的にはそのような仕事の傍らで具体的 な素材を少しずつ収集し、ここで示された図式の適用可能性を探ってゆきたいと考えている。 最後にベッティ l ニの学問像一般について再び一言すれば、それは人類学の方法論の古代ロ l マ世界への単なる皮相な当てはめ に決してとどまらず、古代ロ 17 人の内的世界像を新しく再構成する鍵ともなりうると考えられ、ローマ法思想史はもちろん、ロ-1"似品 1:t! 0~ ..>Jt-時吠 \'1 宍阻£心 Q 組回以組 4問的枠組千 J~ tQ..>J~酬が向。掛榊~:t!-R民主必 4ミ(' .{2~雪国会 14)a~' ~~ヰ~~剣..L1~~ tQ~単 Q~ 出必緋 E ヰ:1 ~Q 4t1越.~ゐ将回tJ.,Gl悔<~当時総括 Q 校側~必~\な..>J+<:'~~毒殺t-tQ.,Gl Q tJ~心。 (...)*梅干 J :t!1l[!同トテ 9 怖 Q 古車~~-<毒事iJ.Í' ~ν :t!恩〈明.'tl{舗網・総明会 l<\!l ν 回-r 'J 叫士 1蝦きと'躯~~iJ.æ:;~心..;時草l!~~'iìP~会 l!lì!-r起..>J~:ÇI 子。。業主」幅蝿(絵画長・者と
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m華榊仰 P ヰ来榊'}(<I~団長~~'( ;._ IトヤーlI Q <\!l刻ー lた仰会 l安~iJ.需品'.l;:->(l( 1 ~f ミ 111 社 111 m:;1'l軍側 )0 ~-íli' ~詰 vi ミ \"J K::t!-r' (ν 馴榊~ru:;æ:; Q lWd制 Q~ :ÇI ~...l ~~a ]l>îJ時>(l>J州会 11民ト。 Studi e note su Ennio (Pisa , 1979) C=Bettini , SNE] ;Plauto. Mostellaria e Persa ,traduzione e note a cura di M. Bettini (Milano , 1981) C=Bettini , MP]; Antropologia e cultura romana (Roma , 1986) C=Bettini ACR]; Verso un'antropologia dell'intreccio (Urbino,
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1991); II ritratto dell'amante (Torino , 1992); Lo straniero , ovvero l' identita culturale a confronto (ed.) (Bari , 1992) C=Bettini , SIC C] (的) Bettini , SICC , pp. 3-17; M. Bettini e A. Borghini ,“ La guerra e 10 scambio: hostis , perduellis , inimicus" in: a cura del Gruppo di Lecce , Linguistica e Antropologia , Atti del XIV Congresso lnternazionale di Studi , Lecce 23-25 maggio 1980 (Roma , 1983) , pp. 303-312. (申) .(.王将, Il[仰iJ.:t!iJn( Ql 哩~綱〈桜~枠制...l'冊 E縄 Q 題陳謝尽>(l~:ÇIム」担当!mJîJ時的。 Maurizio Bettini , tr. by John Van Sickle , Anthro ・ pology and Roman Culture: Kinship , Time , lmages of the Soul (Baltimore , 1991) 僚4r<í~~心仮眠îJ:ど時的役'区制 mQ 起困l!( Q 会駁 4 4 宇傾...l ¥J ~ >(l o Maurizio Bettini , Familie und Verwandtschaft in Rom (Munchen , 1992) 〈回) Bettini , ACR , p. llf. 会 14ぬ盟主。血必 μ 吋";'1三'区制 mQ 鍵告~:t!2lド ~Q~"" îJl\l>(l (Bettini , ACR , pp.7-9)0 Il[仰を Q ヤ句、 a 徐々、設..lJ株ャ 々'''';._ ~まま..lJ Q 凶ii;:t! 1昨時事 J ドム~ム。 Premessa 怯申 IU Parte prima. Ne sis patruus mihi: suI sistema deg Ii atteggiamenti neIIa famig Ii a romana arcaica 総!穏「対絡徒然沢長、~&~>(l'(...l J :眠尽寂且-1'最善絡は兵士的額制 Q 抵~iJ.Í'ムド 1 ' Pater キ〈 1 ~ l' Una stirpe di imperiosi 経躯柵 Q{ 司堀 。由ll
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Questioni preliminari ~ド纏:ID糠 E 限 111' 1r
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familiarita" con l' avunculus 国主十宍張、-'J Q -l<:"!1 i 事事豊田.{:!邸宅長」 111' 1 1l' Avusjnepos (e il “diminutivo di confidenza") 早割以¥臣民(-'J ílll!1!単語 Q~ 雲毛帯主 J) 111'm'
Lo zio matemo “difensore" della nipote 隆起 Q i. 単鱒榊 J -'J..J¥-l Q 陛特長、 国, Matertera 白沢-R'く 図,l'
Quasi mater altera i'φ1
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Dal mondo silenzioso delle iscrizioni 書室伏 Q 総量産キ J t(l割隊長心 国, 1 11' Un rituale di materterae: la festa di Mater Matuta ~1'\-R' く Q 割童話: 1' -1 トミ・1' -ι ~-~Q 耳目 国, ISI' Sororiarejfratrare (un intermezzo) 霊童心お〈寝袋.y.,t(l)"'-.,選重量必ね(~濃いt(l) (匿鰍唖〉m'
同, Funzione della matertera e struttura del rito 耳ま 1'\-R' く Q~ 霜-'J割高 ~Q 蝶網m'
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く, Si iuris materni cura remordet1.,9~世銀ぐ 0ffi~ ム徒指お +c! 心苦」 同, Amita キ〈沢長らく ~(' Conclusioni $纏 Parte Seconda. “ L'avvenire dietro le spalle": rappresentazioni spaziali del tempo nella lingua e nella cultura romana 事事 11 給 11 fi!!I: 0 説話>0 0* 保 J 且-1' 0111 1IT ifflg --\J科会三--\J ll~ :t-tV世 ~0 t;H~ :ð:i i泌総 -¥Y Localizzazione di “ anteriorita"jposteriorit 色" l Z{ j a; J " 1 言語話 J 0 則 E 起 Localizzazione di passatojfuturo 照制"*米 0 t; H~ ぷ “ In cammino": riflessioni di antropologia letteraria 「に腿 J :料糾〈懸緋@術面目 10' “ In cammino": il tempo generazionale e la Heroscopia al sesto dell' Eneide 「ヰ三日出 J :紅ピ詔宮~--\J 1ト、 fl. 時一干尺」織に講割以~:t-tV
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世話酬」 1 1 ' Altri volti del tempo: l' avvenire dietro le spalle 世 ~0 $1 0~ 霊園: 1 fi!!I: 0 説話予 (¥0* 朕 1 11' La preminenza culturale del “davanti": analisi linguistiche e antropologiche Ij a; J 0 科学客邸主型: I 岡田 E朴詔〈賑朴:d:i余応 llW Il tempo “ verticale": dallo stemma genealogico al funerale gentilizio 1\ 申 H岨 m 昔!i'~:様略図£心ぽ巡削除唱量制'i-' 1 gy Le localizzazioni spaziali del tempo: considerazioni conclusive e “ ragioni" antropologiche 世 ~0 t;H~ :ð:i制 E 去三:根拠丞司、欄I\--\J-<販紗:ð:i IN 斜里」 Parte terza. Il pipistrello , l' ape e la farfalla: simboli naturali e rappresentazioni dell'anima 掠 111 活 けれ J 早'鰯雲監 F 重量:也専 ~0!(! 話題--\J~京 Q 術総 11 同, L' ape e la farfalla 量判重量--¥J蓮 E く Jh N 由 111 恥問削曲線63一一ー「古代ローマ親族構造論の与える家族法思想史への示唆」 一 五 、 一 、 d 口 曲 目
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ロoi 門 間 呂 田 口 同 ウェルギリウスの類似 一 五 、 二 、 ∞ ZEZ 円 。 日 ロ - m 宮 何 回 清らかなるものすべてもとめらる 一 五 、 コ つ 巴 pg ロ 曲 目 出 H L E 9 0 Z P D a z = 同 円 。 口 同 z a 同 阻 止 色 目 印 死の蛾と蛾の羽をはやした少女 一 五 、 回 、 回 口 問 。 口 町 恒 雄 牛 の 誕 生 一 五 、 五 、 ロ F E w -H n m ぐ 曲 目 目 。 . 日 向 ぐg
同 ︾ 白 白 己 円 札 S F 円 。 目 。 牛、馬、雀蜂とジガバチ 一 五 、 六 、 の 口 洋 S E O E 外国人 一 五 、 七 、 同 M H H B o g E H H 口 氏 O E ( S P R g g o p口 乱 。 口 町 、 = 口 同 色 g E Z ι E O 吋 ) 最初の結論(しかし類似は﹁いかに機能するか﹂?﹀ 一 六 、 円 副 司 om 己 目 弘 司 ﹄ 印 件 円 。 ロ 。 蜜蜂とこうもり 一 六 、 一 、 F m m 同 国 ロ 円 F O N N S 血 色 居 。 円 昨 日 死の疲弊 二 ハ 、 二 、 。 。5
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アワスタエウスの狂乱 一 七 、 一 、 円 、 白 剛 山 ︿o
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色。足。。オルベウスの﹁不調和な﹂寓話 一 七 、 = 一 、 回 目 件 。3
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巳 伊 丹 酔 め 目 。 z d ι 出 向 一 ν g n F F 相互テキスト性と寓話的モチーフ 一 七 、 回 、 ロ 巳 宮 岡 山 ぐ 。 目 白 色 自 由 件 。 寓 話 か ら 神 話 に ( 6﹀ 図 。 丹 江 田 r k戸 円 U H F 2 y Z l H N U ・各章節毎に原著の頁数を註記することは特段の必要がない限り割愛した。 ハ7 ) ここでは日本語の表記法(叔父、伯父、叔母、伯母の区別)に配慮してカタカナ表記することにする。また、兄弟姉妹の総称として﹁キョ第6巻 3号一一64 ウ ダ イ ﹂ と 表 記 す る 。 ( 8 ) 図 。 丹 江 口 ﹁ ﹀ 門 戸 -u ・N 一 ア ロ 2 目 白 雪 山 由 開 門 出 ω E r q ミ 旬 、 円 H 6 3 S 昌 弘 Q h 号 、 さ 芯 詰 同 ミ ミ デ 山 口 。 K V 2 6 。 珪 ミ 山 町 、 H F F Z 同 色 ロ 三 回 m E 2 1 。 門 戸 H H H M H 叶 8 . 同 } ・ 閉 山 田 ・ ( 9 ﹀ 回 。 丹 江 口 ﹁ ﹀ n F 司 ・ 8? ロ
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・ここで六親等以内の男子親族に、女子に対する﹁接吻権Q
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。 由 円 三 日 ) ﹂ が 認 め ら れ 、 そ れ が 女 子 の 飲 酒 禁 止 規 範に対する違反を防止する機能を営んでいたという指摘は大変興味深い。 ︿ M W ) ∞ 2 2 E . K F ( U F 同 ) ・8
・つまり、父母とそのキョウダイであるオジオパとが向性であれば平行オジオパ(父方オジと母方オパ)であり、異 性であれ、ば交差オジオパ(父方オパと母方オジ)ということになる。平行オジオパの呼称には、本人とオジオパの間に介在する父母の呼称が影 響を与えているという指摘である。﹁平行﹂親族と﹁交差﹂親族の概念については、まず R-M ・ キ 1 ジング著、小川正恭他訳﹁親族集団と社 会構造﹂(未来社二九八二年)一四四、一八O
頁 以 下 を 参 照 。 (日)この人物についてはまず高津春繁﹁ギリシア・ロ!マ神話辞典﹂(岩波書居、一九六O
年 ﹀ ︹ 川 高 津 ﹁ 辞 典 ﹂ ︺ 二 七 頁 を 参 照 。 ( ロ ) 高 津 ﹁ 辞 典 ﹂ 一 一 七 一 一 貝 を ま ず 参 照 。 (日﹀なお、女奴隷の殴打と追放というマ I トラ lリア祭の第二の特徴(∞ 2 2 包 . ﹀ nF 同y ∞∞︺の明示的説明を以後の議論中に見いだすことは で き な か っ た 。 ︿U ﹀ 切 立 民 ロ r k 凶 行 H F H V H H ∞ -m g 2 P 号 、 3 F M -u u 寸 m z z -5 ・ 同 室 戸 、 S H g -訳文はそれぞれ鈴木一郎・岩倉具忠・安富良之﹁古代ロlマ 喜劇全集﹂(東京大学出版会、一九七九年﹀第五巻一八六頁(鈴木一郎訳﹀と、セネカ著茂手木元蔵訳﹁怒りについて他一策﹂(岩波書応、 岩波文庫、一九八O
年 ) と を 引 用 し た 。 (日)宗族と血族との法的意義についてはまず船田享二﹁ロ l マ法﹂(岩波書応、一九七一年)第四巻八│一一 t具、﹀-回2
向 。 H -同 号 、 ミ ミ ミ 民 円 b E S S Q ミ。 L﹁ 勾 。 遺 言 h Q 吉 山 口 一 吋 E 5 2 H S 言 。 L﹁ 忌 ぬ 弘 吉 、 ミ 2 3 、 と E e ﹄﹃叫 E N M W 2 町 内 H F く め ・ ・ 8Q83 ・ 同 ︾ 同 門 昨 日 い 日 ∞ -u g を 参 照 。 (日山 ) F E E -﹀ 門 戸 宅 -H H 由 l H N H ・ 開 ・ 開 ・ 開 S E E P -R E 吋 p h 円 g h p e b ミミミミ命、 s s h S内 兄 君 、3
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向 。 耳 目 由 明 日 ) ・ 司-Z
弓 ・ エヴアンズHプリチャ l ド著、長島信弘・向井元子訳﹁ヌア l 族の親族と結婚﹂(岩波書応、一九八五年﹀二四五、二四九一一五O
、 二 五 三 、 一 一 六O
頁を参照。ヌエル族については、まず石川栄吉他編著﹁文化人類学事血(﹂(弘文堂、一九八七年)五六五頁を、ェヴアンズHプリチヤー ド に つ い て は 同 事 典 一OO
頁を参照。﹁ヌエル族﹂という表記については同事典のそれに従った。 (汀)なお、木稿の視点から本文での詳細な検討は割愛したが、第二部での議論(悶え丘ロ﹁﹀ n F E Y -M m l M C N ﹀ は 古 代 戸 、 1 7 人の時間認識・空 間認識との関わりからは大変興味深く、一読に値する 0 時間の捉え方において左右という概念は存在せず、前後という一つの軸においてのみ捉 えられ、古いことは空間的にも﹁前﹂に、新しいことは﹁後﹂に位置するが(第七章)、時間の流れにおいて﹁未来(
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﹀﹂/﹁過去 (苦虫色。﹀﹂の対称を考えた場合、逆転して﹁未来﹂が空間的に﹁前﹂に位置し﹁過去﹂は﹁後﹂に位置すること 0 時間の流れが主体の前方へQ 害事醤-'J耳語吋必..;子。草 ~4 1l-'J世l:ffi!: Q 州せは.æ:~ミ FνQ~ 車総-'J属吋...o";l'(l ~4 Il Q 11~ 現 ~~~~'~Q~~ ...o~-'J...o..;l'(l~品 u兵士~' W:t!tI、収 J"; .}2 密封 4 飾 íQ 州まま Q~ 品i 塁側 ~1; 溢:m~耳壁掛-'J必l'(l 'J 心 (総〈制〉。 且-I'.¥l.i耳:,.
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j Q 車Il4Ñ Q 韓国者自主」叫 Fν 経窓 4眠時剣勝'令~.,Q~l$!.堰:m .¥ll!封 書型 4町l'(l..,&1 Q~ilr l:ffi!:寝起爆.-J:二;J-'Jî--'~..;-fa:" 'J -'Jî--' ~..;j 言~.\l組制かの-'Jム",,'( ~ Iトヤ-lI Q 需E 縄涜~銅î--'~l'(l..,&1 Q~ ミ~""-R雰盗î--'ArtI必.:;.. 0 ,...) 4ミ.-J' ~11 績î--' Q 線;纏:t!' 回全三回*以』写会l'(l世l:ffi!: Q{;H l:ffi!::m早起 A吋 ~.\l..,&1 耳li!tIl!l:rl'(l..,&1 Q î--'~.c、,世匪主 1 C¥ :,. νQ 相場ト:m奇車生信仰総""種革蛍煙量:,.耳目。 Icr î--'~ 時。 ﹁副即時ef
川四国同鴎鎚組制 M 嶋崎川め Q 纏剣鍵山朝国欄 piE 一乞但﹂lls
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同 l眠紺§主 44 ヰム γ ,J. Hallet , Fathers and daughters in Ro 明 an socie か:卸 Dm en and the elite family , Princeton 1984J -'J幅引 J";ν:" l'(l..,&1 Q ベ Jlil!: l î--'~t(\""。世 ~Hr 昔~~...o ll母国司。 (~) 量車場担 Q~ 時縦士話以庫駅 Q 抑艇主 1 C¥ :,. ν' 制:r:t!封王軍基{緋 414!!1
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同《叶 J (電電争〈柑, 1 ・聞く 11 社) 11110-11 1111 叫-'J様濯似緋 414~ 喜「嫌悪似村議皿機回 1 ・兵 KO-1 ・;:;:-\).;:;:与す J (毒 iii?<~' 1 吠 <111 剖ー) 111 15I -¥)-I11 ElIく阿同ゐ「灘署軍基<$駅 J 1111 :誌 |ιQ~第6巻3号一一66 文 献 目 録 を 参 照 。 (幻)原田俊彦﹁古ロlマ法における皆