1. はじめに
本研究の目的は, 企業の社会経済的貢献を示すとさ れる付加価値に係わる管理会計の問題点と課題を京セ ラの事例に基づき明らかにし, いかにすれば管理会計 における測定指標・尺度や仕組みに関連付けて, 企業 による従業員, 消費者や地域住民等への社会的利益全 般 (社会的業績または社会的観点からの経営成果) を カバーする形で測定できるようになるのかを念頭に, 社会的業績管理会計の構築可能性を示すことである. わが国における付加価値研究は 1970 年代から 1980 年代に遡ることができ, そのルーツは生産性会計ない し企業の社会的責任論にある (大坪 2014:49). 付加 価値会計で対象となる付加価値概念は, 企業付加価値 の合計が生産国民所得と原則的に一致し, また, 企業 付加価値の分配構成 (主に労働収益) は分配国民所得 のそれと合致するものとして説明される. この意味で, 付加価値は, 個々の企業のなした社会経済的貢献度を 示す指標であるとされる (青木 1997:33). また, 付 加価値計算書には, 伝統的付加価値計算書に加え, 「環境会計と付加価値」 ないし 「付加価値と環境負荷」 の議論のなかで発展した環境付加価値計算書がある (大坪 2014:49). 他方, 「会計は経済価値に一元化する技術である…… 環境や社会のような要素を取り入れた会計は, これま でも何度も開発され議論されてきたが, 測定の困難性 The Study of Social Well-Being and Development第 14 号 2019 年 3 月 論文要旨 本研究の目的は, 企業の社会経済的貢献を示すとされる付加価値に係わる管理会計の問題点と課題を京セラ の事例にもとづき明らかにし, いかにすれば管理会計における測定指標・尺度や仕組みに関連付けて, 企業に よる従業員, 消費者や地域住民等への社会的利益全般 (社会的業績または社会的観点からの経営成果) をカバー する形で測定できるようになるのかを念頭に, 社会的業績管理会計の構築可能性を示すことである. 本研究では, 付加価値会計および付加価値管理会計の基本的論点を再確認したうえで, 第 1 に, とくに京セ ラの付加価値管理会計に関する先行研究の主要論点とそこで評価されている時間当たり採算計算における社会 的業績の測定・評価のための指標・尺度や仕組みについて, その有無を含め検討する. 第 2 に, それを通じて 労働収益には一定の測定指標・尺度の存在が窺えるものの, 消費者や地域住民等, さらに広い利害関係者の利 益測定に関わる指標・尺度等は見られないことなどに照らし, 先行研究における京セラ管理会計への 「過大評 価」 に対する疑義を提示する. そのうえで第 3 に, 管理会計によって従業員, 消費者や地域住民等の社会的利 益全般をカバーする形で測定できるようになるにはどのような要件が必要なのか, その理論的な構想を中心に 可能性を示す. キーワード:付加価値管理会計, 社会的業績管理会計
Keywords:Value Added Management Accounting, Social Performance Management Accounting
論
文
社会的業績管理会計構築への一視点
京セラ付加価値管理会計の分析を手がかりとして
A Viewpoint on Building Social Performance Management Accounting :
Based on the Analysis of Kyocera Value Added Management Accounting
森
克
平
から一般には普及していない」 (國部 2015:98) とも 指摘されている. この観点からいえば, 社会的利益と もいえる労働収益等が, 実際に付加価値管理会計によっ て適切かつ公正に測定され分配されているかが問題で ある. その実態を確認するためには, 近年, 管理会計 論において経営理念実現に係わり大きな議論対象とし て注目され, 高く評価されている京セラの付加価値管 理会計を事例として検討する必要がある. その理由と して, 第 1 に社会的業績管理会計としての業績測定分 野には, 環境, 従業員, 消費者, 地域住民等が考えら れるが, 付加価値概念で従業員の利益を重視している と少なからぬ管理会計論者に評価される京セラの付加 価値管理会計は本質的には企業本位的とも考えられる こと, 第 2 に個別企業の主要目的は利益追求にあるが, その収益・費用の計算を京セラの付加価値管理会計は 労働収益 (従業員の利益) という社会的業績の測定に すり替えている可能性があることが挙げられる. した がって, 第 3 にその分析を通して逆に社会的業績管理 会計として不可欠な構造的要件等を探ることが可能に なるとも考えられるからである。 そこで本研究では, 付加価値会計および付加価値管 理会計の基本的論点を再確認したうえで, 第 1 に, と くに京セラの付加価値管理会計に関する先行研究の主 要論点とそこで評価されている時間当たり採算計算に おける社会的業績の測定・評価のための指標・尺度や 仕組みについて, その有無を含め検討する. 第 2 に, それを通じて労働収益には一定の測定指標・尺度の存 在が窺えるものの, 消費者や地域住民等, さらに広い 利害関係者の利益測定に関わる指標・尺度等は見られ ないことなどに照らし, 先行研究における京セラ管理 会計への 「過大評価」 に対する疑義を提示する. その うえで第 3 に, 管理会計によって従業員, 消費者や地 域住民等の社会的利益全般をカバーする形で測定でき るようになるにはどのような要件が必要なのか, その 理論的な構想を中心に拡張可能性を示すこととする. 研究方法としては, ①先行研究のサーベイ, ②京セ ラの付加価値管理会計の実態確認と管理会計システム に不可欠な要件との整合性の評価, ③付加価値管理会 計に関連付けた社会的業績管理会計の可能性の検討, の順で検討する.
2. 先行研究のサーベイ
付加価値会計は主として第 2 次大戦後ドイツを中心 に展開された会計思考であって, その提唱者はレーマ ン (M.R. Lehmann) である. この会計思考の基礎 には, 企業を社会的・経済的な富を創出し一定の割合 で社会に分配する社会的な機関としてとらえるという 考え方がある (小川 1996:1189). わが国における付 加価値会計研究は, 1970 年代から 1980 年代に遡るこ とができる. その内容は, 生産構造と分配構造の 2 つ の側面から社会的成果を探るものであり, そのルーツ は生産性会計ないし企業の社会的責任論にある (大坪 2014:49). 水野によれば, 付加価値会計がわが国で発展するきっ かけとなったのは, 日本生産性本部が 付加価値分析― 生産性の測定と分配に関する統計 を 1965 年から発 刊し始めたことである (水野 2015:130). 付加価値 分析に用いられる次のような付加価値概念と付加価値 関連指標が日本生産性本部方式として定着していった. 付加価値 = 労働収益 + 営業利益 (日本生産性本部編 1980:120-121). 労働収益とは労働所得, 人件費を指す (水野 2015: 131-132). 「労働収益の主要部分は, もちろん賃金給 料であるが, そのほか法的社会費, 任意的社会費, そ の他の手当をふくむ」 (中西・鍋島 1965:177) とさ れる. 付加価値会計で対象となる付加価値概念は, 「一産 業部門に属する個々の企業の付加価値の合計は, その 産業部門における生産性の増加分であり, またその総 計が, 国民経済的な生産性の増加分であり, 国民的富 の増加分である」 (中西・鍋島 1965:186) とあるよ うに, 企業付加価値の合計が生産国民所得と原則的に 一致する. また, 企業付加価値の分配構成は分配国民 所得のそれと合致するものとして説明される. この意 味では, 付加価値は, 個々の企業のなした社会経済的 貢献度を示す指標であるということができる (青木 1997:33). 付加価値会計は, 資本主義体制にあって 国民経済と個別企業を結びつける役割を果たし, 企業 のつくり出した富とその分配過程を明らかにすること から, 企業の社会的責任と係わりがあると考えられる. また, 付加価値管理会計とは, 算出された付加価値 指標を経営管理のために活用する理論と技法である (水野 1999:680). 水野は, 付加価値管理会計につい て 3 つの特徴を挙げている. 第 1 の特徴は, 企業の生産性および分配の分析に必 要な会計情報を継続的に経営管理者に提供し, 意思決 定や業績評価, 成果配分の改善に役立てられることである. 経営管理者は, 生産性と分配についての情報を も考慮することによって, 企業の長期的・持続的・安 定的な企業活動を展開することが可能となる. 第 2 の特徴は, 付加価値管理会計では人件費を単な る原価・費用とはみなさずに付加価値から分配される 労働成果と考えられており, 労使が一体となりうる経 営共同体理念を有していることである. 第 3 の特徴は, 付加価値管理会計の手段的・技術的 特徴についてであるが, 人件費や社会貢献費などの付 加価値を構成する費用の管理以外は, 従来の利益管理 会計の管理技術を利用することが可能であることであ る (水野 1999:680-681). 付加価値計算書には, 伝統的付加価値計算書に加え, 近年注目されているものとして 「環境会計と付加価値」 ないし 「付加価値と環境負荷」 の議論のなかで発展し た環境付加価値計算書がある (大坪 2014:49). 環境 付加価値計算書の先行研究を挙げれば, 山上 (1994, 1996), 郡司 (2004a, 2004b) などがある. 山上は, 環境付加価値計算書について, 「 付加価値 を出発数 値として, それから 環境に与えたマイナス要因 を 控除して, 企業の 社会的利益 に近い数値を算定し ようとしている」 (山上 1994:302) としてその重要 性を示唆している. したがって環境付加価値計算書の 目指すところは, 付加価値を軸に環境への悪影響を考 慮した社会的利益の計算にある. 「環境に与えたマイナス要因」 は, まず環境に影響 を与えるとされる資源の消費量等を物量値で測定・把 握し, それに単位コスト (見積額) を乗じて総コスト として金額化 (財務換算) される. このような環境付加価値計算書の課題として, 山上 は, 物量値の会計数値への換算について, 環境問題に は金額で把握できない要因が多く企業にとって重要な ものが多いこと, またこれらすべてを会計的・金額的 に把握するにあたっては, 概念的にも測定技術的にも 問題が多いことを挙げている (山上 1994:308). 冨 増もまた, 環境に関連した社会的コストの測定はさま ざまな仮定に基づいており, 一つの数値に収斂させる ことが科学的にも政治的にも困難であると指摘してい る (冨増 1996:140). 足立はこのような環境指標と財務指標との性急な 「結合」 志向は必ずしも妥当ではないとして, 次のよ うに指摘している. 「より端的にいうなら, 財務業績 (資本価値計算) と環境業績 (環境パフォーマンス) とはそもそも異質のもので互いに代置できるものでも なければ安易に 結合 しうるものでもなく, したがっ て性急な 結合 志向は, 前者による後者の包摂=取 込みを通じて結局は環境業績向上よりも財務業績向上 を優先する志向に導くことが懸念される」 (足立 2012: 205). このように, 付加価値を軸に社会的利益の計算を目 指す環境付加価値計算書には課題がある. 課題を端的にいえば, 付加価値は労働収益を差し引 くと営業利益となるが, 営業利益は私的な営利活動の 私的経営成果という私的性格 (私的利益) をもつ業績 測定指標である. 他方, 企業活動における 「社会的観 点からの経営成果」 ともいうべき環境保全 (貢献) 度 は社会的性格 (社会的利益) をもつ業績測定指標とな る. 環境のみならず, 従業員, 顧客, 地域住民等の利 益は上記 「私的利益」 に対して社会的性格をもつ利益 (→社会的利益) と考えられうる. 付加価値管理会計 の基本的論点は, 私的性格 (私的利益) をもつ営業利 益と社会的性格 (社会的利益) をもつ労働収益とが付 加価値管理会計でどのように測定・評価されうるのか, にある. そこで本研究では, 付加価値管理会計において, 労 働者の基本的利益である社会的性格面の強化として, どのような社会的業績の測定, 評価がされているのか を先ず検討する. 検討するにあたり, 事例として京セラを取り上げる. その理由として, 既述のように, 第 1 に従業員の利益 を強調する京セラの付加価値管理会計は企業本位的と も考えられること, 第 2 に京セラの付加価値管理会計 は, 利益追求の収益・費用の計算を労働収益 (従業員 の利益) という社会的業績の測定にすり替えている可 能性があること, したがって, 第 3 にその分析を通し て逆に社会的業績管理会計の構造要件を探りうること の 3 点が挙げられる. 京セラは経営理念に 「全従業員 の物心両面の幸福を追求する」 (稲盛 2014:38) を掲 げており, 時間当たり採算という付加価値管理会計を 用いていることで知られている. このことから, 「 従 業員主義 :従業員の生活を守ることが経営における 最優先事項である」 (潮 2008:153) という京セラフィ ロソフィを焦点の 1 つとして, 時間当たり採算という 付加価値管理会計の中に労働収益という社会的業績の 測定・評価を可能にする指標・尺度や仕組み等がある のかという問題の検討を試みる.
3. 京セラの付加価値管理会計と労働収益
3. 1. 京セラの付加価値管理会計に関する先行研究 近年, 京セラのアメーバ経営に対する関心が高まり, 様々な観点からの研究が蓄積されている. とくに経営 理念や経営哲学 (フィロソフィ) がアメーバ経営の基 礎として展開されているとする研究は, 三矢 (2003), 上總・澤邉 (2005, 2006), 潮 (2006, 2008), 上總 (2007, 2008, 2010a, 2010b), 澤邉 (2010), 廣本・ 挽 (2010), 谷 (2013), 澤邉・庵谷 (2017), 田中 (2017) など, 多数ある. 京セラの経営理念は 「全従業員の物心両面の幸福を 追求すると同時に, 人類, 社会の進歩発展に貢献する こと」 (稲盛 2014:38) である. 澤邉によれば, 経営理念の 「全従業員の物心両面の 幸福を追求する」 に象徴されている考え方が, 京セラ フィロソフィの 「大家族主義」 である (澤邉 2010: 93). 田中は 「 大家族主義 のもと, 会社全体の視点・・・・・・・ で トータルの利益を最大にする ことで 全従業員 ・ ・・・・・・・・ の物心両面の幸福 を増進することが, 各アメーバに とって 本来の使命 である」 (田中 2017:201 傍 点引用者) と指摘している. 上總・澤邉 (2005) は, 京セラの管理会計システム は経営理念を体現しているとしている. 具体的には 「京セラでは, 大家族主義の下で, 自分の食い扶持は 自分で稼ぐ というフィロソフィに則して, これを時 間当たり採算 (付加価値) という中軸的利益概念とし て設定し, 徹底した責任会計論思考のもとで管理会計 システムが導入されていた. これほど経営理念と会計 とが直結した事例は稀である」 (上總・澤邉 2005: 104) とする. また潮は 「アメーバ経営においては, 時間当たり採 算 という独自の会計指標の計算構造に京セラフィロ ソフィが反映されており, これを通じて全従業員が意 識・無意識的に京セラフィロソフィを実践している」 (潮 2006:208) と仮説をたて, 具体的な対応関係につ いて分析している. 結論として, アメーバ経営におい て 「時間当たり採算」 という独自の会計指標の計算構 造に京セラフィロソフィが具現化されているとしている. 本研究では, 京セラの経営理念が 「全従業員の物心 両面の幸福を追求する」 (稲盛 2014:38) ことである ことから, 「 従業員主義 :従業員の生活を守ること が経営における最優先事項である」 (潮 2008:153) という京セラフィロソフィを焦点の 1 つとして, 時間 当たり採算の中に社会的業績の測定・評価を可能にす る指標・尺度や仕組み等があるのかという問題との係 わりにおいて必要な論点・論述に絞る. 検討するにあたり, 労働者の基本的利益である社会 的性格面の強化として, どのような社会的業績の測定, 評価がありえるのかを課題とする. 社会的労働を担う 労働者の生活向上, 労働条件改善という 「労働者の基 本的利益」 は, 社会的業績としての性格をもつ. 企業は本来, その法的所有者としての株主という私 的存在のための利益 (→私的利益) 追求を本旨とする. それに対し, 従業員, 顧客, 地域住民, 環境等の利益 は上記 「私的利益」 に対して社会的性格をもつ利益 (→社会的利益) と考えることが可能である. 本研究 ではそうした 「社会的利益」 のうち, まず従業員の利 益に焦点を定めて, 「社会的業績」 の測定・評価の指 標・尺度, 仕組み・システムについて論ずる. 3. 2. 京セラの管理会計 (時間当たり採算) の構造 と機能の中に社会的業績の測定, 評価とみなせ る仕組み・指標・尺度等があるのか ここでは, 従業員の利益という社会的利益との関連 で注目されているのがアメーバ経営の時間当たり採算 のため, 時間当たり採算の仕組み・構造を問題にする. 時間当たり採算で従業員利益がどう位置づけられてい るのか, 株式会社としての京セラの利益追求の中でど れほどの重みをもって位置づけられているのか, 従業 員利益という社会的業績について指標・尺度を伴う目 標設定がされ追求されているのか, を検討する. とく に時間当たり採算という付加価値計算の中で従業員給 与が重要な目標として設定され, そうした社会的業績 達成度の測定・評価に係わる指標・尺度を伴って設定 されているか, を検討課題とする. 京セラ管理会計は, 上總 (2010b), 澤邉 (2010), 水野 (2015) によれば付加価値管理会計と考えられて おり, その内容は次のようになっている. 各アメーバ (組織を細分化した部門の採算単位) で 以下のような計算がなされ, 各アメーバの業績が評価 される. アメーバ利益 = 労務費 + 残余利益 = 従業員給与 + 経営者報酬 + 内部留保 (上總 2010b:74). アメーバ利益 = 残余利益 + 経営者報酬 + 労働者賃金 (澤邉 2010:96).このような京セラの付加価値計算構造から, 澤邉は 次のように指摘している. 「アメーバ利益の計算構造 では, 人件費が費用ではなく利益の一部であるため, 人件費を抑制しようとするインセンティブは働かない. ……アメーバ利益を業績評価指標とする限りにおいて, 大家族主義 に反するような社員のリストラを行お うとするインセンティブはアメーバに働かないのであ る. ……例えば, KCCS (京セラコミュニケーション システム株式会社) のトップマネジメントの 1 人は, 京セラでは人件費は最小化の対象とせずに, 事業の 拡大により付加価値を創出し, 利益を増大させること で, より多くの給与を与えたい (2004 年 7 月 27 日 の経営管理部門経験者への聴き取り調査より) と述べ ている」 (澤邉 2010:97). 本研究では, 時間当たり採算で従業員利益がどう位 置づけられているのかを課題としていることから, 京 セラの従業員給与への配分実態を確認する. 確認するうえで, リーマンショック (2008 年) の 前年平成 19 (2007) 年度から平成 28 (2016) 年度ま での 10 年を対象とし, 京セラの有価証券報告書に記 載されている従業員平均年間給与を人件費として, 損 益計算書に記載されている営業利益を加算し, 付加価 値を算出した. その後, 付加価値生産性と従業員平均 給与との比較を行った. 付加価値 (アメーバ利益) を従業員数で除した付加 価値生産性と従業員平均給与を比較したところ, 時間 当たりと 1 人当たりの違いはあるが, 付加価値生産性 は概ね従業員平均給与に 100 万円∼300 万円を加算し た金額となっている. 次に, 同じデータを用いて, 京 セラの付加価値生産性と従業員平均給与の相関関係を 確認したのが図表 1 である. 中小企業庁事業環境部調査室による 中小企業白書 (2009 年版) (平成 21 年 4 月 24 日) の調査では, 労 働生産性が高い大企業は従業員 1 人当たりの給与額も 高い傾向が確認されている (中小企業庁 2009:213-214). 京セラの場合も相関係数は 0.6465 となり, 付 加価値生産性と従業員平均給与には相関関係が見られ た. 時間当たり採算という付加価値計算の中で従業員給 与が重要な目標として設定されているかについては, 三矢による次の指摘がある. 「各アメーバは, 時間当 たり採算が, 1 時間の賃率を上回ることが求められる ……. この賃率は, 京セラでは, 個人や個々のアメー バの平均ではなく, 会社全体の平均値が示されている ……. 会社平均の賃率は, いくら以上なら食べていけ るという目安となっている」 (三矢 2003:100). この 指摘から, アメーバ利益 (付加価値) は人件費と利益 を目標としてもっていることになり, 建て前としての 仕組みはあることから, 時間当たり採算は従業員の利 益という 「社会的業績」 を実現する管理会計といえる かもしれないと考えうる. しかし, 経営者は労働者の賃金水準を検討するにあ たり, 「自社の利益率の水準や上昇幅 (あるいは下落 幅)」 を考慮することも確認されている (中小企業庁 2009:215). 京セラの利益追求の中で従業員利益が どれほどの重みをもって位置づけられているのかにつ いては, 京セラ内での経営指標が多様化しているとい う挽の指摘もある. 京セラの社内調査によると, 近年 重視すべき経営指標について多様性が見られるように なり, 本部長や部長の 6∼7 割が部下に重視させたい 図表 1 京セラの付加価値生産性と従業員平均給与額の関係 出所:京セラ 有価証券報告書 (2008‐2017) より筆者作成. y = 0.1619x + 5.1297 R² = 0.4179 0 1 2 3 4 5 6 7 8 0 2 4 6 8 10 12 ᓥᬺຬ ᐔဋ⛎ਈ 㧔⊖ਁ/ੱ㧕 ઃടଔ୯↢↥ᕈ㧔⊖ਁ/ੱ㧕 ᐕᐲ䋨ᐔᚑ䋩 㪈㪐 㪉㪇 㪉㪈 㪉㪉 㪉㪊 㪉㪋 㪉㪌 㪉㪍 㪉㪎 㪉㪏 ᐔဋ ᮡḰᏅ ઃടଔ୯↢↥ᕈ 㪈㪇㪅㪇㪏 㪌㪅㪌㪉 㪌㪅㪍㪏 㪐㪅㪍㪌 㪎㪅㪋㪎 㪏㪅㪈㪍 㪏㪅㪋㪈 㪏㪅㪉㪍 㪐㪅㪇㪊 㪏㪅㪊㪎 㪏㪅㪇㪍 㪈㪅㪋㪉 ᓥᬺຬᐔဋ⛎ਈ 㪍㪅㪊㪏 㪍㪅㪈㪊 㪌㪅㪎㪌 㪍㪅㪌㪉 㪍㪅㪉㪎 㪍㪅㪉㪌 㪍㪅㪋㪊 㪍㪅㪍㪐 㪎㪅㪇㪋 㪍㪅㪏㪐 㪍㪅㪋㪋 㪇㪅㪊㪍
指標として人件費控除後の税引前利益率を挙げている ほか, 課長や第一線のアメーバリーダーの 2∼3 割も, 重視している指標は税引前利益率であると回答してい る (日経 BP 社 2007:207). また, 同社の米国子会 社では長年にわたって税引前利益を重視してきた (挽 2007:255). 人件費控除後の税引前利益率を重視するようになっ たことについて, 挽は次のように述べている. 「バブ ル崩壊以降の経常利益の悪化を受けて, 部席 (原文マ マ) 以上の経営管理者には, 次第に時間当たり採算表 上の差引売上高から人件費を控除した税引前利益が (原文ママ) 重視することが求められるようになった. 京セラが外部に公表する目標にも, この利益概念が使 われている」 (挽 2007:283). このように, 時間当たり採算表上の差引売上高から 人件費を控除した税引前利益が重視されているという ことは, 「アメーバ利益の計算構造では, 人件費が費 用ではなく利益の一部であるため, 人件費を抑制しよ うとするインセンティブは働かない」 (澤邉 2010:97) ことと, 少なくとも論理的には矛盾すると考えうる. さらに言えば, 従業員の利益という 「社会的業績」 にターゲットを置いた指標として, 「平均勤続年数」, 「退職率」, 「時間外労働時間」, 「育児・介護休暇利用 実績」, 「有給休暇取得率」 「有期雇用人数」, 「女性管 理職比率」, 「障がい者雇用比率」, 「福利厚生制度」, 「教育」 などが考えられる. これらの指標は近年、 企 業の社会的責任、 社会的業績に係わるものとして広く 議論され取り組まれているが, このような指標やそれ に係わる尺度は, 時間当たり採算という京セラ付加価 値管理会計には見当たらない. このことは 「全従業員 の物心両面の幸福を追求する」 という経営理念が, 同 社の付加価値管理会計においてこれらの指標・尺度等 をも含む目標設定→実績測定→差異分析→是正措置と いう管理会計システムに不可欠の仕組みによって追求 されるまでには至っていないことを意味するものとい える. さらに既述の同社経営理念の後段 「人類, 社会 の進歩発展に貢献すること」 については理念として掲 げられているものの, 消費者や地域住民等利害関係者 にとっての具体的な社会的利益指標・尺度など, その 具体的追求に要する目標設定・実績測定等のための具 体的な指標・尺度・仕組み等はなんら設定されていな い状況にあるといえる. 京セラの管理会計が社会的業績管理会計となるため には, 社会的業績に係わるオペレーショナルな測定を 可能にする指標・尺度を設定し, それに基づく目標値 設定→実績値測定→差異分析にもとづく業績評価→是 正措置→次期目標設定, という仕組みになっているこ とが必要である. また, このような仕組みが追加され れば, 社会的責任達成度という社会的業績評価システ ムとして, 管理会計が構成され機能する可能性がある と考えられる. この課題について, 次節で検討する.
4. 管理会計の拡張可能性
4. 1. 企業に社会的責任が求められる現況と管理会 計の係わり 現在, 企業に求められるアカウンタビリティの内容 は, 財務的なものから社会的なものへと変化しつつあ る. 2015 年 9 月に国連で持続可能な開発目標 (Sustai-nable Development Goals:以下 SDGs) が採択され た. SDGs とは貧困, 飢餓のような途上国よりの問題 から, 気候変動, 産業革新のような先進国も包含する 課題を含む 17 の目標, 169 のターゲットと評価指標 からなる世界共通の開発目標である. 2016 年 5 月に日本では官邸主導で全省庁が参加す る SDGs 推進本部が設置され, その下部組織として SDGs 推進円卓会議と呼ばれる行政, 市民社会, 民間 セクター, 国際機関, 有識者らによる会議体が設置さ れた. その成果である SDGs 実施指針が 2016 年 12 月に閣議決定され, わが国の 8 つの優先課題を定義し, 140 の具体的施策を掲げている. 2017 年 11 月には, 日本経済団体連合会 (以下, 経 団連) が新たな企業行動憲章を発表した. 改訂の主な ポイントは, 企業に SDGs が目標とする社会的課題 の解決に積極的に取り組むことを促している点である. このような持続可能な開発目標への対応に関する国 連の世界各国への 「分権化」, 日本国の産業界への 「分権化」 ともいうべき動きは, 共同 (国民) 経済総 体に対し私 (企業) 経済がその構成要素として分権化 された存在であることを意味すると捉えうるし, 企業 の 「私的経営成果」 ではなく 「社会的観点からの経営 成果」 の測定を目指すものとも考えられる. 管理会計の概念規定としては, アメリカ会計学会 (American Accounting Association−略称 A.A.A.) の 1958 年度 管理会計委員会報告書 に, 予算編成 および計画設定により目的を設定し, 実績を計画およ び予算と比較し, 差異分析を経て是正措置を採ることが挙げられている (A.A.A.=1975:33-35, 151-154). また, A.A.A. の A Statement of Basic Accounting Theory (1966:ASOBAT) は, 「経営管理者の情報 に対する要求に応えるために, 第 2 章で勧告した会計 情報の基準が適用される」 (A.A.A.=1969:55) とす る. 会計情報の基準とは目的適合性, 検証可能性, 普 遍性, 量的表現可能性の 4 基準で, 「会計情報は当該 経済単位の内部および外部で色々の資格で活動する人々 にとって有用なものでなければならない」 (A.A.A.= 1969:12-13) とするものである. 筆者は, 情報の有用性について, とくに管理会計シ ステムにおいては内部的アカウンタビリティ関係 (報 告を行う義務と報告を受ける権利) を前提とする議論 であることを認識すべきと考える (森 2018:104). 「目的および目標と関係して行なわれ, あるいは達成 された活動および結果の報告」 (A.A.A.=1969:74) という統制に関する ASOBAT の議論は, それを前提 として進められていると筆者は考える. また, 企業の 「社会的観点からの経営成果」 の測定 を目指す社会の動向は, 井尻のいう会計の 「顧客化」 という次元での動向とも考えられる. 井尻は会計の 「顧客化」 について, 社会が生産者中心から消費者や 顧客中心に変換されるのは当然で, 情報という商品に ついても同じことがいえると述べている (井尻 1998: 121-122). これらの見地から社会的業績の測定, 評価を可能に する指標・尺度や仕組み等を考えれば, SDGs に関連 した社会的責任という上位目標の追求・達成度をオペ レーショナルに測定しうるレベルで管理会計システム として具体的かつ有効に組み立てうるかどうかが重要 な論点になる. 井尻がいうように 「長期利益を最大化 するとか, 個人の幸福, 国民の福祉などといった上位 目標は, それらがオペレーショナルに測定できなけれ ば意味がない」 (井尻 1976:255) からである. 4. 2. 社会的利益全般をカバーする管理会計 この節では, 管理会計が消費者や地域住民等の社会 的利益全般をカバーする形で測定できるものになりう るのか, その拡張可能性を示すことを目的とする. ただし, 社会的利益全般という広い問題領域で論じ ると, 社会的費用・社会的利益測定・評価問題の管理 会計上の範囲が明確にならない. また, 会計情報のア ドバンテージは, 財の交換や変動の理由づけを重視す る原価の概念と, 原価をもとに積み上げていく複式簿 記の構造, そこからうまれるシステムへの理解にあり, その基盤をもとに新しい分野に広げていくことが望ま れるという井尻の指摘がある (井尻 1998:128). そ のため, 利害関係者の社会的費用・社会的利益を論じ るにあたっては, 山形に倣い, 社会的費用を 「給付関 連的財貨費消でありながら, 発生に責任のある企業に よっては負担されないようなもの」 (山形 1980:1685) として検討する. ここで重要なのは, 「給付生産のプ ロセスで発生したものであることと, そのようなコス トが通常の原価計算では認識されていないこと」 (山 形 1980:1685) である. 環境問題を例に挙げれば, 足立は, 環境管理システ ムを真に実効あるものとして導入・確立するうえで管 理会計的アプローチが有効な支援機能を果たしうるも のとなるために必要な要件として, 次のように述べて いる. 「企業の環境対策コストの管理すなわち従来か らの枠組みでの原価管理志向ではもちろん, エコロジ カル・データと財務指標との性急な 結合 志向も必 ずしも妥当ではなく, むしろ使用資源・エネルギーや 排出物等の物量的データ・原単位計算あるいは非財務 的指標等を基本とした情報システムとして形成し, そ れを管理会計システムのフレームワークをベースに構 築することが, まず必要ではないかという点である」 (足立 2012:204). 足立の指摘は, 次のように考えら れる. 付加価値で考えれば, 個別企業の付加価値額は 国内 GDP の一部であるのに対し, 環境負荷で考えれ ば, 個別企業の CO2排出量は国内総 CO2排出量の一 部である. 個別企業の付加価値額は増加が求められ, 他方で CO2排出量は減少が求められる. 社会的観点 からすれば, この 2 つの指標が同一でないことは明ら かである. CO2排出量に限らず, SDGs 等に関連した 同一でない指標を社会的観点から情報システムとして 形成し, 共同 (国民) 経済総体に対し私 (企業) 経済 がその構成要素として分権化された存在と捉え, 既述 の管理会計として機能する仕組み上のポイント (予算 編成および計画設定により目的を設定し, 実績を計画 および予算と比較し, 差異分析を経て是正措置を採る こと) をベースに構築することで, 企業の 「私的経営 成果」 ではなく 「社会的観点からの経営成果」 の測定 として社会的利益全般をカバーするという拡張可能性 が考えられる. ここでは, その拡張可能性を踏まえたうえで, 「社 会的観点からの経営成果」 の測定としてどのような要 件が必要なのか, 理論的な構想を中心に示すこととす
る. 諸利害関係者への企業の社会的責任の枠組みに関す る先行研究として, 山形の社会責任会計の研究が挙げ られる. 山形の財務会計上における実施ステップは次 のとおりである. まず第 1 のステップは, 企業の行なうべき社会的活 動の対象範囲を株主, 従業員, 消費者, 地域住民, 一 般大衆等のステークホルダー別に列挙することである (山形 1977:248, 251). 第 2 のステップは, 企業が 各ステークホルダーのための目標をどの程度達成した かを測定する指標・尺度・仕組み等の手法を開発する ことである. (山形 1977:248). 第 3 のステップは, 業績目標を決めること (たとえば, 工場の大気汚染の 50%削減) である (山形 1977:251). 第 4 のステッ プは, 設定目標をどの程度達成したかを示す実績値を 測定し, 測定値を企業の依拠集団およびその他の関係 方面に報告することである (山形 1977:248-249). また, 社会責任会計の問題の根源は企業の社会性に あるが, 企業の社会性の局面 (企業内部, 企業レベル, 国民経済レベル) について, 山形は次のように述べて いる. 企業内部では, とくに人的資源の価値の測定に重点 が置かれる. 企業の社会的責任は参加や生きがいなど の問題として, 財務的測定では考慮され難い問題領域 であり, 職場の安全性, 福利厚生など非経済的側面の 社会的・心理的考察が重要になってくる. これはまた 組織は人であるとの原点復帰の思考をよぶのである (山形 1977:249). 企業レベルの問題では, 社会的組織としての企業の 社会的業績の評価が問題になる. 「企業は生産と分配 の機構である. 生産では社会的資源の効率的利用が重 要であり, 分配では公平性の確保が問題になる. …… すなわち, 企業レベルでの社会的責任は, 主として物 的資源の循環と組織効率の測定・報告と, 雇用・分配 問題が中心になる」 (山形 1977:250). 国民経済レベルでは, 政府と税の側面と, 社会資本 の利用と地域社会での公害の総量規制の問題などが重 要になってくる. 社会指標が開発されてくれば, ソー シャル・ミニマムを確立し, エコロジカルな体系の中 での企業活動の評価が重要になる. とくに, 自然シス テムとの間でのあつれきと, 老齢化社会の老人問題に 対処した企業業績の評価や年金問題が重要になる. こ れはまた, 世代間での分配の公平問題もからめて, 価 値観の多様化と錯綜する利害の調和の問題でもあり, 社会政策や政治の問題でもある (山形 1977:250). 山形は, このレベルにまで社会責任会計の対象を拡 げることは現段階では行き過ぎであるとしている (山 形 1977:250). しかし, SDGs 等をはじめとする企 業の社会的責任に対する認識が深まりつつある現在で は, その認識に応じたレベルの拡張可能性があると考 えられる. また, 山形においては 「指標・尺度・仕組 み等の手法を開発すること」 が挙げられているものの, あくまで課題提起にとどまり, その具体的内容の提示 は見られない. 本研究では, その具体的内容提示の理 論的構想として, 企業の社会的責任という上位目標の 追求・達成度を情報システムとして形成し, それを管 理会計として機能する仕組み上の要件をベースに構築 する基本的な枠組みを提示できたと考える.
5. まとめ
社会的利益である労働収益が, 実際に付加価値管理 会計によって適切かつ公正に測定・分配されているか が疑問であったことから, その実態を確認するため, 京セラの付加価値管理会計を事例として取り上げた. 検討した結果, 京セラの管理会計が従業員の利益を考 慮しているとしてもなお限定的であり, また消費者や 地域住民等の利益を考慮しておらず, 経営理念の後段 部分については管理会計システムとして追求する仕組 み自体が見られないこと, 同会計が人件費抑制のイン センティブを持たないという主張に対して疑義がある ことを示すことができ, 京セラ管理会計に関する先行 研究における 「過大評価」 傾向を解明することができ た. 次に, 管理会計として機能するうえで不可欠な要 件 (予算編成および計画設定により目的を設定し, 実 績を計画および予算と比較し, 差異分析を経て是正措 置を採ること) を軸に, 共同 (国民) 経済総体に対し 私 (企業) 経済がその構成要素として分権化された存 在と捉え, 企業の 「私的経営成果」 ではなく 「社会的 観点からの経営成果」 を情報システムとして構築する 枠組みを理論的構想として示すことができた. この 2 点が, 本研究の成果である. (もり かっぺい:福祉社会開発研究科 福祉経営専攻 博士課程 2015 年度入学)文献 (外国語文献)
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