• 検索結果がありません。

高齢者の身体知

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "高齢者の身体知"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1.健康長寿に不可欠な高齢者の身体知

医療技術や生活水準の向上により,平均寿命が伸び続 けている.しかし,加齢に伴い,生命としての機能低下 や障害が引き起こされ,生活が不自由になり,さらに機 能低下して病気の状態になると,本人や家族などの人生 をおびやかす,総合的な QOL(Quality of Life:生命, 生活,人生の質)の低下が問題となっている.人口に占 める高齢者の割合の増大により,個人の問題のみならず, 社会の問題となっている.特に,加齢に伴う運動機能, 認知機能の低下は,程度の差こそあれ,誰にでも起こり 得るものである.生活上の工夫により,これらの機能低 下をできるだけ引き起こさないようにしたり,低下の速 度を遅らせたり,たとえ機能が低下しても,できるだけ 生活に支障を来さないようにしたりできることが,明ら かにされつつある.使わないと加齢とともに衰えやすい ことが知られている三つの認知機能,体験記憶,注意分 割,計画力は,いずれも身体に立脚したものである.特 に,体験記憶は,五感を通じて感知し,感情や行動とと もに形成される記憶である.高齢者の身体に関する知識, 高齢者の自己の身体の変化に対する認識,身体を通じた 体験記憶の獲得,希望する状態に自己の身体を保つため の実践は,健康長寿を実現するために不可欠なものなの である.これらはいずれも,身体に根ざした知,身体知 である.しかしながら,高齢者にとって身体知が必須で あることは一般には普及しておらず,希望する状態に自 己の身体を保つために実践しているのは,無意識のうち にたまたま,もしくは積極的な情報収集に基づいて意識 的に,生活習慣として取り入れている,一部の活発な高 齢者にとどまっている. 著者は,廃用による認知機能低下と認知症発症を防 ぐために,高齢者の認知機能訓練を目的とした双方向会 話支援技術,共想法を,高齢者とともに開発している [Otake 11, 大武 12, 大武 16].共想法は,「話すこと」す なわち情報の出力と,「聞くこと」すなわち情報の入力 を,バランス良く行う会話を確実に発生させることがで きる.参加者がテーマに沿って話題と写真を用意し,も ち時間を決めて会話する.会話を通じて,参加者一人一 人の,一人称視点の語りが得られる [大武 13].遠い過 去よりも,現在,未来に目を向け,日々新たな発見をす るとともに,それを記憶に残すことで,加齢とともに衰 えやすい,最近の体験を記銘,保持,想起する,近時体 験記憶を訓練する効果を高めることができる [Khoo 16, 大武 15, Otuki 15, Onoda 15]. 共想法を,参加者同士が,身体知を共有し合い,高め 合う場として活用することができれば,認知機能訓練に とどまらない,総合的な生活の質向上に貢献することが 期待できる.共想法では,任意のテーマを設定できるこ とから,身体を意識したテーマで共想法を実施し,身体 知を共有することができるかを試行した.本稿では,高 齢者の運動機能,知能,認知機能の変化について整理し, 共想法の仕組みと実施手順を述べた後,集まった話題を 紹介し,身体知の観点から考察する.

2.高齢者の運動機能,知能,認知機能

2・1 高齢者の運動機能 高齢者の運動機能の基礎となる,筋肉量は,40 歳から 年に 0.5%ずつ減少し,65 歳以降に減少率が増大し,80 歳までに 30 ∼ 40%低下するとされる [Leeuwenburgh 03].筋力は,50 歳まで維持され,50 ∼ 70 歳まで,10 年間に 15%ずつ減少するとされる [Rogers 93].65 歳 以上で,加齢とともに直線的に減少するのは,バランス 能力と歩行能力である.平成 27 年度のスポーツ庁によ る体力・運動能力調査によれば [スポ 16a],バランス能 力を見る,開眼片足立ち可能な秒数は,65 ∼ 69 歳で男 女ともに約 90 秒,75 ∼ 79 歳で,男性は約 60 秒,女 性は約 50 秒となる.歩行能力を見る,6 分間歩行では, 65∼ 69 歳と,75 ∼ 79 歳での値がそれぞれ,男性が約 620 mから 580 m に,女性が約 590 m から 530 m に減 少する.しかし,高齢者は,メタ認知が低下しているた め,行動を能力低下に合わせて変化させることが困難に なるとの知見がある.高齢者が渡れると思った横断歩道

高齢者の身体知

Embodied Knowledge of Older Adults

大武 美保子

千葉大学,NPO 法人ほのぼの研究所

Mihoko Otake Graduate School of Engineering, Chiba University. / Fonobono Research Institute. [email protected]

Keywords:

conversation assistive technology, embodied knowledge, older adults, coimagination method. 「身体知の発展」

(2)

を渡り切れないといったことが起こりやすくなるのは, 自分自身の歩行速度が遅くなっていることを客観的に認 知する能力が低下する傾向にあるからと考えられている [Oxley 05].体力や運動能力は,運動経験の有無により 異なる.ところが,高齢者になってから運動習慣を身に 着けた場合でも,自立して生活するために必要な能力を 維持できる割合が高く,運動経験の有無による違いが大 きくないことが示されている [スポ 16b]. 2・2 高 齢 者 の 知 能 知能は,新しい環境に適応するために必要な問題解決 能力である流動性知能と,蓄積した経験を生かす能力で ある結晶性知能に分類できる [Cattell 71].流動性知能 の一つである空間定位は,40 歳頃をピークとしてなだ らかに低下し,60 歳以降急速に低下すると推定されて いる.結晶性知能の一つである言語能力は,50 歳過ぎ までなだらかに向上し,それ以降なだらかに低下して, 70歳頃から急速に低下すると推定されている [Schaie 05].流動性知能の変化は,身体の老化に起因すると考 えられているが,訓練することで,訓練した機能を向上 したとされる [Ball 02].結晶性知能の維持が,流動性知 能の低下を補完するとの知見も存在する [Baltes 00]. 2・3 高齢者の認知機能 加齢とともに衰えやすく,認知症の前段階である軽 度認知障害の段階で低下する認知機能は,出来事を記 憶して思い出す体験記憶 [Craik 83, Glisky 01],複数の 作業を並行して行うときに注意を振り分ける注意分割 機能 [Rentz 00],手段的に日常生活に反映される計画力 [Barberger-Gateau 99]である.これらの認知機能を必 要とする活動を行うことが,認知機能の低下を防ぐとす る根拠には二つあり,一つは認知機能を刺激することが アミロイドβタンパク質の蓄積スピードを遅らせるとい う知見 [Lazarov 05],もう一つは,刺激豊かな環境では, 認知機能に関わる領域で神経可塑性を示す変化が起こる とする知見 [Kempermann 02] である.認知機能単体を 訓練すると,狙いとした認知機能のみに効果が得られる とする実験結果があり [Ball 02],三つの機能を包括的に 活用できる認知活動の設計が有効である.

3.認知機能を活用する会話を支援する共想法

共想法は,高齢者の認知的健康につながる会話を確実 に発生させることができるよう工夫を加えた会話支援手 法である [Otake 11, 大武 12, 大武 16].著者が 2006 年 に考案した.高齢者の認知的健康につながるとは,高齢 期に衰えやすい認知機能を積極的に使うことで,使わな いことによる認知機能低下のリスクを低くすることを指 す.具体的には,体験記憶機能,注意分割機能,計画力 を積極的に活用する.共想法は,(1)あらかじめ設定さ れたテーマに沿って,写真やイラストを持参し素材とと もに話題を参加者がもち寄り,(2)参加者全員のもち時 間を均等に決めて,話題提供する時間と,質疑応答する 時間に分けるという二つのルールに沿って行われる.こ れら二つのルールで定義される会話支援手法が,共想法 である.運用では,参加者が用意した写真を,独自に開 発したタブレットアプリを用いて共想法支援システムに 登録し,パソコンに接続されたスクリーンに映し出す. 参加者は,スクリーンを囲むように配置された椅子に座 り,それぞれの話題とともに,スクリーン上に大きく映 し出される写真を見て会話する.実施者は,参加者の後 ろに座り,スクリーンを見ながら,システムを操作し, 司会したり記録したりする.

4.身体を意識したテーマを設定した共想法の実施

本研究では,認知症の予防を目的として,継続的に共 想法に参加している健常高齢者を対象に,継続プログラ ムの一環として,身体を意識するテーマを設定した共想 法を 3 回実施した.参加者は,60 ∼ 90 歳代までの男女 9名で構成される健常高齢者である.継続プログラムは, 月 1 ∼ 2 回の頻度で実施している.参加者には,参加し た会話セッションの次の会話セッションのテーマを伝え た.参加者は,テーマに沿った写真と話題を二つずつ用 意した.もち時間は,一人当たり,話題提供 2 分,質疑 応答 3 分で,前半,参加者全員が話題提供一巡した後, 後半,質疑応答を一巡した.一部の話題については,参 加者が自分の話題の要旨を 200 字程度にまとめた.また, 実施者が,それぞれの話題提供と質疑応答を,会話記録 として残した.本稿では,要旨と会話記録から,高齢者 の身体知が表出された話題を紹介する. 一連のテーマに共通する考え方を「身体を使う」と定 め,その中で,1)筋肉を使う,2)目を使う,3)鼻を 使う,の三つのテーマを設定した.一つ目は,高齢者の 身体に関する知識,高齢者の自己の身体の変化に対する 認識,希望する状態に自己の身体を保つための実践を問 う,身体知をストレートに共有することを意図したテー マである.二つ目と三つ目は,身体を通じた体験記憶の 獲得を支援することを意図したテーマである.テーマに 沿って調べ物をし,得られた知識を披露し合う,調べ学 習の発表のようになる参加者も,中には存在することか ら,身体を通じた体験記憶についての話題が集まるよう 設定した.

5. 身体を意識したテーマを設定した共想法で

提供された話題

5・1 筋 肉 を 使 う 筋肉を使う,というテーマでは,筋力や柔軟性を保つ ために,運動を意識して日常生活の中に取り入れる工夫

(3)

に関する話題が集まった. 図 1,表 1 は,90 歳を超えて,海外旅行にも出かける ほど健康な参加者が,筋力をつけるためにジムに通って いる話題である.十坪ジムとは,小林が開発した認知動 作型トレーニングマシンを置いている,高齢者の運動機 能と認知機能を訓練することを目的として設立されたも のである [小林 08].バスに乗るときに体を腕に任せて 軽く乗れるようになりました,という,具体的なエピソー ドとともに効用が述べられた. 図 2,表 2 は,身体の動かし方の癖が,靴底のすり減 り方に現れるという話題である.自分の身体に対する理 解に基づいて,意識して運動をすることも大切と述べて いる.高齢になると,長年の習慣が蓄積して,左右差な どの影響が,目に見える形で現れることを自覚している. 筋肉を使う,というテーマで提供されたその他の話題 について,表 3 に示す.表 3(a)爪先立ちは,つまず きを防ぐことを意識して,ふくらはぎの筋肉を鍛え,ほ ぐすようにしているとの話題である.鍛えないでいると, 足を上げたつもりが,思ったより上がっておらず,段差 でつまずくのは,高齢者でよくあることである.そのた めの備えをしていることがわかる.表 3(b)足指チョ キは,普段何もしないと,足の指が変形して動かなくな らないようにすることを意識して,足の指をマッサージ して,開いたり閉じたりしたうえで,足指じゃんけんを しているとの話題である.これも,つまずきの防止に有 効な工夫で,ヨガの教室に参加し,運動機能を維持する ための方法を学ぶ努力をしていることがわかる.表 3(c) 腹筋と柔軟体操は,腹筋運動と体側のストレッチを毎日 しているとの話題である.腹筋運動については,衰えて きていることがわかると述べ,筋力を高めるのみならず, 身体感覚を研ぎ澄まして,自分の身体の変化に気付いて 図 1 筋肉を使う:ジム 図 2 筋肉を使う:登山靴 表 1 筋肉を使う:ジム 話題 十坪ジムに 10 年前からお世話になっております.最初の 1 年 間は週 2 回通いましたが,2 年目からは週 1 回になり現在に至っ ています.そのためステップの低いバスに乗るときに体を腕に 任せて軽く乗れるようになりました.筋力の力はすごいと思い, ジムに通っているお蔭と感謝しています.動くベルトコンベア を歩くのも汗をかき疲れますが,楽しく 1 日が過ぎていきます. 表 2 筋肉を使う:登山靴 話題 6年くらい使っている靴です.長歩き,ハイキング低山歩きに はいています.なぜかどの靴も左足のかかとのみ減ります.理 学療法士に歩き方を見てもらったところ右足が弱いので左足で かばうからと.事実右足のふくらはぎのほうが細いといわれま した.片足ブリッジをしても右がきついです.長年の習慣で, やはり左右差が出るのでしょうか.意識して運動をすることも 大切ですね. 表 3 筋肉を使うで提供されたその他の話題 (a)爪先立ち ふくらはぎは第二の心臓と呼ばれています.このトレーニング は簡単で気軽にできます.30 回もすると筋肉痛になるほどで す.何かにつかまってやっても構いません.キッチンでちょっ との合間にできるので毎日続けたいです.トレーニングの後は マッサージも大事です.ふくらはぎを柔らかくしておくと足が 軽くなり,つまずきも防止できます. (b)足指チョキ 足の指の筋肉を使いました.ヨガに参加すると足の指のほぐし から始まります.足の裏にはツボがあるので刺激するとよいと のこと.普段何もしないと指も変形したり開かなくなったりし ます.指のマッサージをして指を開いたり閉じたりします.有 効なのは足指じゃんけんです.グー,パー,チョキ,逆チョキ です.右足は何とかなりますが,左足はなかなか思うようには なりません. (c)腹筋と柔軟体操 いつも夕食後に 1 日 30 回を目安に腹筋をしています.衰えて きていることがよくわかります.体側を伸ばす柔軟体操も毎日 しています.こちらは,若いとき,嫁入りの準備のときから続 けているので苦になりません. (d)歩行器と電動自転車 歩行器は転倒するのを防ぐためのものです.椅子にもなります. 足を鍛えると同時に転倒防止です.歩くと疲れます.電動自転 車にも乗ります.1 日 10 ∼ 20 分くらいです.急ブレーキをか けると転倒します.脚力が衰えると寝たきりになり,生活が老 老介護になる可能性があるからです.

(4)

いることがわかる.柔軟体操については,若いときから 毎日行っているとのことで,若いときから現在まで,健 康というよりも美容の一環として,自分の身体を整える 習慣があり,それが若いときから現在まで続いているこ とに,驚きの声が上がった.表 3(d)歩行器と電動自 転車は,90 歳を超えて,椎間板ヘルニアで足がしびれ, 手術もできず,歩くことが困難になった参加者が,それ でも足を鍛えるために外出する際に,用いているもので ある.脚力が衰えると寝たきりになり,老老介護になる おそれがあると述べ,それを避けるために努力している ことがわかる. 5・2 目 を 使 う 目を使う,のテーマでは,見るという,普段当たり前 のように行っている行為を意識化することで,新たなも のに気付いた,という話題が多く集まった. 図 3,表 4 は,一輪のバラという素敵な話に触発されて, ベランダのバラの鉢植えを改めて見てみると,枯れてし まったと諦めていたのが,つぼみを付けていることに気 付いたという話題である.新たな知識を得たうえで,身 近なものをよく見ると,今まで気付けなかったことに気 付けることを実感している. 図 4,表 5 は,掃除機をかけたはずのところにほこり があることに気付き,もう一度掃除機をかけなおそうと したところ,掃除機自体にうっすらとほこりがかぶって いることに気付いたという話題である.習慣になってい るので,無意識に体を動かしていて,よく見ていなかっ たところ,目を使うことを意識してよく見た結果,部屋 に汚れが残っており,掃除をする道具自体に掃除が必要 という,二つの新しい発見に至っている. 目を使う,というテーマで提供されたその他の話題に ついて,表 6 に示す.表 6(a)扇風機は,掃除機と同 様,家庭内にある家電製品に関する話題である.よく見 ると,ファンガードの数が多いことに気付き,数えてみ て,掃除が大変になりそうなことに気付いている.表 6 (b)美しいものを見るは,ルノワール展に行った体験に 関する話題である.美しい絵を見ることができて健康な 目が有難く,幸せを感じて,とあるように,見えること 自体が当たり前ではないことに気付いて,感謝している. 表 6(c)池の金魚は,自宅の庭の池で飼っている金魚に 関する話題である.6 月に買ってから,話題提供時であ る 9 月までにずいぶん大きくなり,毎日観察していると 述べている.高齢になると,遠出が難しくなり,毎日同 じことの繰返しで面白いことがない,と述べる高齢者も 多い中,この話題提供者は,身近な生き物のわずかな変 化に気付き,その後さらなる変化が起こることを楽しみ 図 4 目を使う:ほこりを被った掃除機 表 5 目を使う:ほこりを被った掃除機 話題 写真を撮った理由は,自分のだらしなさに“なんともかんとも” と思ったからです.掃除機をかけ終わって部屋の隅を見回した ら,フワフワとした小さな塊を発見しました.掃除機の音イコー ル綺麗に終了! と思い込んでいるので,アレアレという感じ がしました.とりあえず四隅だけでも掃除し直そうと座り込ん で,隅っこ用の器具を本体に付け替えたとき,別の発見をしま した.なんと掃除機本体に白く薄っすらとほこりが被っていま した.雑巾で乾拭きをしながら「見え過ぎるのも善し悪しだな ぁ」と思いました. 図 3 目を使う:復活したミニバラ 表 4 目を使う:復活したミニバラ 話題 写真を撮ったきっかけは,一輪のバラの素敵な話に関する一通 のメールが届いたことです.夏の初めに枯れてしまったいただ き物の鉢のミニバラ.土から 5 センチくらいの所で鋏を入れ ベランダの片隅に放置して置いたら,知らぬ間に葉を茂らせ小 さなつぼみを七つもつけていました.枯れきってしまい,もう 咲かないだろうと諦めてからは目にも入らなかったバラの鉢な のに,不思議です.届いた一通のメールのお陰でつぼみが目に 留まりました.“同じ私の目”なのに「一輪のバラの素敵な話」 を知る前と後では,えらい違いだと思いました.目の中に気持 ちが入ったから気付けたのでしょうか.

(5)

に,いきいきと過ごしている.表 6(d)温度湿度計は, 部屋の温度,湿度に気を配って毎日を過ごしたという話 題である.要介護になり,介護施設に入ると,空調管理 された部屋で過ごすことになるが,これは本来,要介護 にならないために必要な工夫である.話題提供者は 80 歳代,その夫は 90 歳代であるが,在宅で要介護になら ないよう,空調に気を配る工夫をしている,素晴らしい 事例である. 5・3 鼻 を 使 う 鼻を使う,のテーマでは,においにまつわる体験や思 い出に関する話題が集まった. 図 5,表 7 は,話題提供者のふるさとで山登りをした際, 登山道の入口で強烈なクマのにおいがしたものの,大丈 夫だろうと考えてそのまま登った,という話題である. 写真では匂いを記録することができないが,豚小屋と馬 小屋の匂いを混ぜたような匂い,という言葉で再現され た.写真に写っている情景から想起される,撮影時の匂 い,その場の雰囲気,その後の行動などについて,いき いきとした体験の記憶が語られた. 図 6,表 8 は,話題提供者が民宿に泊まった際,朝早 くにもらった摘みたての地元の食べ物についての話題で ある.写真に写っているものの説明とともに,朝霧の香 り,ヨモギの匂い,ムカゴの味と,嗅覚,味覚にまつわ る体験が語られた. 鼻を使う,というテーマで提供されたその他の話題に ついて,表 9 に示す.表 9(a)生牡蠣は,クマの話題 と同様,悪臭に関する話題である.写真を撮影したとき は満足な気持ちであったとのことであるが,それ以前に, 池袋のデパートまで行ったこと,殻から身を出すのに苦 労したこと,臭くて食べられなかったときの残念な気持 ちを思い出して述べている.表 9(b)銀杏も,写真を 表 6 目を使うで提供されたその他の話題 (a)扇風機 我が家のお利口さんで,音がほとんどしないことが気にいって います.羽根が 9 枚あるので静かなようです.突っかかると, ひっくり返りそうで,要注意ですが,コードレスで使えるので, 私の転倒防止には役立っています.ファンガードの骨があまり にも多いので,数えてみましたら,外枠だけで 88 本ありました. しまうときにお掃除が大変なのが,気がかりです. (b)美しいものを見る 丁度ルノワール展が六本木の国立新美術館であることを知り, ちょっと遠かったですが行ってきました.印象派の初来日でひ どく混んで身動きができないほどでびっくりでした.100 点を 超える絵画はただただ美しいと眺めるだけで写真は撮れません でした.美しい絵を見ることができて健康な目が有難く,幸せ を感じて帰宅いたしました. (c)池の金魚 6月に買った 5 ∼ 6 糎ほどの金魚が,9 月には大分大きくなり, 毎日楽しみに観察しております.ネコが捕るのが心配ですが, 水草があり隠れ場所になっておりますので,まずは安心です. そのうち稚魚が産まれればと,期待しております.鮒の系統な ので雄がいなくても稚魚が生まれると聞いておりますが,どん なものでしょうか. (d)温度湿度計 今年は猛暑でしたから寝るときなど温度や湿度を測ってエアコ ンを設定しました.TV を見ていると,野球選手が睡眠時多く の人は平均 27 度に設定していることがわかりました.健康に 注意するプロの選手の設定が 27 度で,私達が 28 度でしたので, おおむね OK というところでしょうか.今年ほど温度や湿度に 関心が向いた年はありませんでした. 図 5 鼻を使う:クマ 表 7 鼻を使う:クマ 話題 故郷の北海道にある,標高 1 745 m の芽室岳に登った際,登 山口に密生していた笹薮から,豚小屋と馬小屋の匂いを混ぜた ようなクマの匂いがしていました.なんともいえないケモノ臭 でした.北海道のクマは逃げていくので大丈夫だろうと,その まま登って行きました. 図 6 鼻を使う:ヨモギ 表 8 鼻を使う:ヨモギ 話題 四国徳島県の祖谷山の民宿に泊まったとき,誰かが朝早くソバ の実と花,ヨモギをくれたので,それを撮影してみました.朝 霧の香とともにヨモギの匂いがしたことを思い出します.丸い のはムカゴで,食べると美味しいです.右下はそばの花とそば の実です.祖谷はやせた土地だからそばをつくっているようで す.

(6)

撮影したときは 1 週間過ぎても全くにおわなかったとの ことであるが,それ以前に,昭和記念公園で拾ったのを もち帰り,電車の中まで臭くなってしまったことと,そ のときのいやな思いを思い出して述べている.表 9(c)は, ヨモギの話題と同様,よい匂いに関する話題である.写 真を撮影したときの香りとともに,それ以前に,綿あめ をつくったときの匂いや,子供の頃,祭りでよく買った ことを思い出している.表 9(d)も,写真を撮影した ときの良い香りとともに,60 年前に,最初に飲んだと きの香りを思い出して懐かしんでいる.いずれも,撮影 したときの匂いから,その匂いをかいだそれ以前の体験 を思い出している.

6.身体知を共有する会話支援に向けて

健康長寿を達成している健常高齢者を対象に,筋肉を 使う,というテーマを設定して会話することにより,健 常高齢者が運動機能を保つ工夫をしていること,実際に 生活の中で取り入れている良い習慣を,知恵として共有 できることを確かめた.高齢になるまでは,日常生活の 中に,特に運動を意識して取り入れなくても,生活に支 障は生じない.ところが,高齢になると,日常的に運動 して初めて,生活に必要な運動機能を維持することがで きる.運動選手が,年を取ると,以前と同程度の結果を 出すこと自体が難しくなるのと同様である.運動選手の 場合,求められる性能が高いため,加齢の影響を早く実 感するが,日常生活に必要な運動機能は,運動選手ほど 高くないため,多くの人は,加齢の影響を,高齢になっ てから実感することになる.運動選手にとっては自明 なことであっても,本格的な運動経験がない多くの人に とっては自明ではない.このため,以前と同じように生 活しているにもかかわらず,以前と同じように生活でき ない状況に陥ることになる.高齢になると,以前と同じ ように生活するためには,生活の仕方を工夫し,運動機 能を保つために効果がある習慣を,取り入れる必要があ るのである. 目を使う,鼻を使う,というテーマは,体験に関する 話題が提供されるよう,支援することを意図して設定し た.実際に,いずれのテーマにおいても,知識を披露す るものではなく,体験に関する話題が集まった.目を使 う,のテーマでは,目を意識することで,「ほこりをかぶっ た掃除機」の話題に見られるように,日常生活の中で, それまで別のことに気をとられていて気付かなかったこ とに気付くなど,加齢とともに低下しやすい注意分割機 能を活用することができたと示唆される話題が集まっ た.また,生き物を育てたり飼ったりすることで,日常 生活に変化を生み出す工夫は,体験記憶を活用する生活 習慣として有用である.鼻を使う,のテーマでは,写真 に示された体験,匂いとともに,匂いから連想される過 去の体験について語られた.良い香りについても,悪臭 についても,それぞれに出来事とともに,そのときの気 持ちが結び付いていて,脳内で嗅覚を司る嗅球が,記憶 や感情を司る海馬や扁桃体に直結していることを,実感 する話題であった. 認知機能を活用する会話を支援する手法として開発し てきた共想法は,テーマ設定の工夫により,高齢者が人 生の終わりを前向きに捉えるなど,生活と人生の質を高 めることに貢献できることが示唆されている [大武 17]. 身体知に関わるテーマ設定で,多くの高齢者を対象に共 想法を実施することで,高齢者が健康を保つための知恵 を,共有,発信,普及すると同時に,意図した認知機能 を活用することを支援し,一人でも多くの高齢者の健康 寿命を延ばすことに貢献していきたい. 謝 辞 本研究は,科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 の支援を受けて行った.ご指導,ご協力,ご支援いただ いたすべての関係者,特に共想法実施者と参加者に感謝 の意を表す.

◇ 参 考 文 献 ◇

[Ball 02] Ball, K., Berch, D. B. and Helmers, K. F., et al.: Effects of cognitive training intervention with older adults: A randomized controlled trial, J. American Medical Association, Vol. 288, No. 18, pp. 2271-2281(2002)

[Baltes 00] Baltes, P. B. and Staudinger, U. M.: Wisdom: A metaheuristic(pragmatic) to orchestrate mind and virtue toward excellence, The American Psychologist, Vol. 55, No. 1, pp. 122-136(2000) 表 9 鼻を使うで提供されたその他の話題 (a)生牡蠣 生牡蠣が大好きなので,池袋のデパートで殻つきを買い,殻か ら身を出すのに苦労しました.食べようとしましたら,何とガ ソリンの臭いがして食べられませんでした.二度とないことと 思いますが,残念でした.この写真は,築地の牡蠣小屋で食べ ましたが,満足でした. (b)銀杏 銀杏を開くと,黄色に熟れた実は悪臭がひどく,お料理に出る 銀杏とは全く考えられません.何年か前に,昭和記念公園で拾っ たのをもち帰り,電車の中まで臭いいやな思いが残っておりま す.この写真は,黄色になる前の一枝ですが,1 週間過ぎても 全くにおいません. (c)綿あめ 市場のお祭りで販売していた綿あめです.甘いやわらかい香り で子供達は大はしゃぎです.綿あめをつくったことがあります が,本当に楽しいです.そのときの匂いを思い出しました.子 供の頃,祭でよく買いました. (d)コーヒー キリマンジャロのコーヒーの良い香りです.60 年前にこのコー ヒーを飲んだことを思い出して懐かしいです.最初に飲んだの は 20 歳くらいで,当時のことはすべて忘れましたが,この香 りだけは覚えています.

(7)

[Barberger-Gateau 99] Barberger-Gateau, P., Fabrigoule, C. and Rouch, I., et al.: Neuropsychological correlates of self-reported performance in instrumental activities of daily living and prediction of dementia, J. Gerontology Series B: Psychological

Sciences and Social Sciences, Vol. 54, No. 5, pp. 293-303(1999) [Cattell 71] Cattell, R. B.: Abilities: Their Structure, Growth, and

Action, Houghton Mifflin, New York(1971)

[Craik 83] Craik, F.: On the transfer of information from temporary to permanent memory, Philosophical Trans. of the

Royal Society B, Vol. 302, No. 1110, pp. 341-359(1983) [Glisky 01] Glisky, E., Rubin, S. and Davidson, P.: Source

memory in older adults: An encoding or retrieval problem?, J.

Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition,

Vol. 27, No. 5, pp. 1131-1146(2001)

[Kempermann 02] Kempermann, G., Gast, D. and Gage, F. H.: Neuroplasticity in old age: Sustained five-fold induction of hippocampal neurogenesis by long-term environmental enrichment, Annals of Neurology, Vol. 52, pp. 135-143(2002) [Khoo 16] Khoo, E. and Otake, M.: Comparison of mental time of

older adults during conversations supported by coimagination method and coimagination method with expedition, AI Meets

Health and Happiness Science, AAAI Spring Symposium, pp.

356- 361(2016)

[小林 08] 小林寛道:運動による介護予防システム構築の試み(3) ─地域の健康づくりの試み「十坪ジム」─,体育の科学,Vol. 53,No. 3, pp. 199-203(2008)

[Lazarov 05] Lazarov, O., Robinson, J. and Tang, Y. P., et al.: Environmental enrichment reduces Abeta levels and amyloid deposition in transgenic mice, Cell, Vol. 120, pp. 701-713 (2005)

[Leeuwenburgh 03] Leeuwenburgh, C.: Role of apoptosis in sarcopenia, J. Gerontology Series A Biological Sciences and

Medical Sciences, Vol. 58, No. 11, pp. 999-1001(2003) [Onoda 15] Onoda, K. and Otake, M.: Estimation of mental time

by analysis of tense during conversation, Ambient Intelligence

for Health and Cognitive Enhancement, AAAI Spring Symposium, pp. 55-61(2015)

[Otake 11] Otake, M., Kato, M., Takagi, T., Iwata, S. and Asama, H.: The Coimagination Method and Its Evaluation via the Conversation Interactivity Measuring Method, Jinglong Wu, Ed., Early Detection and Rehabilitation Technologies

for Dementia: Neuroscience and Biomedical Applications,

pp. 356-364, IGI Global(2011) [大武 12] 大武美保子:介護に役立つ共想法─認知症の予防と回復 のための新しいコミュニケーション,中央法規出版(2012) [大武 13] 大武美保子:認知症から見る人間の知能と人工知能によ る支援,人工知能学会誌,Vol. 28, No. 5, pp. 726-733(2013) [大武 15] 大武美保子:会話におけるこころの時間の推定と街歩き 共想法による体験記憶と近時記憶の支援,人工知能,Vol. 30, No. 6, pp. 745-750(2015) [大武 16] 大武美保子:認知症の予防と支援に役立つ人工知能と高 齢者と共に創る認知症予防支援サービスの開発,人工知能,Vol. 31, No. 3, pp. 363-370(2016) [大武 17] 大武美保子:高齢者が人生の終わりを前向きに捉えるた めの会話支援,人工知能,Vol. 32, No. 1, pp. 95-102(2017) [Otuki 15] Otuki, Y. and Otake, M.: Application of recent episodic

memory function for preparing and presenting topics of group conversation supported by coimagination method, Ambient

Intelligence for Health and Cognitive Enhancement, AAAI Spring Symposium, pp. 62-67(2015)

[Oxley 05] Oxley, J. A., Ihsen, E., Fildes, B. N., Charlton, J. L. and Day, R. H.: Crossing roads safely: An experimental study of age differences in gap selection by pedestrians, Accident

Analysis and Prevention, Vol. 37, No. 5, pp. 962-971(2005) [Rentz 00] Rentz, D. M. and Weintraub, S.: Neuropsychological

detection of early probable Alzheimer’s disease, Scinto, L.F.M., Daffner K.R., eds., Early Diagnosis and Treatment of

Alzheimer’s Disease, pp. 69-189, Totowa, New Jersy: Humana Press(2000)

[Rogers 93] Rogers, M. A. and Evans, W. J.: Changes in skeletal muscle with aging: Effects of exercise training, Exercise &

Sport Sciences Reviews, Vol. 21, No. 1, pp. 65-102(1993) [Schaie 05] Schaie, K. W.: Developmental Influences on Adult Intelli-

gence: The Seattle Longitudinal Study, Oxford University

Press, New York(2005)

[スポ 16a] スポーツ庁:高齢者の体力,平成 27 年度体力・運動能 力調査報告書(2016) [スポ 16b] スポーツ庁:成年・高齢者の運動・スポーツ実施状況 と体力・運動能力等との関係,平成 27 年度体力・運動能力調査 結果の概要(2016) 2017年 2 月 13 日 受理

著 者 紹 介

大武 美保子(正会員) 1998年東京大学工学部卒業,2003 年同大学院工学 系研究科修了,博士(工学).東京大学特任助手,講師, 助教授,准教授を経て,2012 年千葉大学大学院工学 研究科准教授,現在に至る.認知症の祖母との会話 をきっかけに,双方向会話による認知症予防研究に 取り組む.2008 年,市民と産官学が連携する研究拠 点として NPO 法人ほのぼの研究所を設立,代表理 事・所長を務める.2004 年より 2008 年まで,2010 年から 2016 年まで, JSTさきがけ研究者を兼務.2014 年,平成 26 年度科学技術分野の文部 科学大臣表彰若手科学者賞受賞.主著は「介護に役立つ共想法」(中央法 規出版,2012).

参照

関連したドキュメント

 CKD 患者のエネルギー必要量は 常人と同程度でよく,年齢,性別,身体活動度により概ね 25~35kcal kg 体重

はじめに 中小造船所では、少子高齢化や熟練技術者・技能者の退職の影響等により、人材不足が

地区住民の健康増進のための運動施設 地区の集会施設 高齢者による生きがい活動のための施設 防災避難施設

現時点の航続距離は、EVと比べると格段に 長く、今後も水素タンクの高圧化等の技術開

生活環境別の身体的特徴である身長、体重、体

トン その他 記入欄 案内情報のわかりやすさ ①高齢者 ②肢体不自由者 (車いす使用者) ③肢体不自由者 (車いす使用者以外)

購読層を 50以上に依存するようになった。「演説会参加」は,参加層自体 を 30.3%から