陶冶の視点から見た算数・数学科の教育
2013SE061 内山 佑紀 指導教員: 小藤 俊幸 1 はじめに 現在、私たちが学校で学んでいる算数・数学にはさま ざまな教育方法がある.では,なぜこのような教育方法に なったのかと思い,数学教育の歴史について興味をもっ た. この研究は,数学教育の歴史について研究をし,その 歴史の中に出てくる「陶冶の論争」について検討するとと もに,自分なりに考察することを目的とする. 2 形式陶冶とはなにか まず,陶冶について説明する.陶冶とは,もとは漢語で 陶器や鋳物をつくりあげるという意味である.転じて,人 間のもって生まれた素質や能力を理想的な姿にまで形 成することをいう. では形式陶冶とは何なのか.簡単に説明すると,その 学習内容が何であろうと,学ぶこと自身が学習者の精神 に普遍的な効果を与える,というものである. つまり,数学を学ぶことで,数学以外の問題に対応で きる能力が身につくことである. 例えば,幾何学の学習である問題を解いたとき,同時 に思考力が養われるが,そこで養われた思考力は他の 幾何の問題を解くときにも発揮される. また,幾何学でない数学の問題であったり,数学でな い問題を解くときにも発揮されるのである.このような状態 では望ましい数学科の指導が期待できないのは当然で あり,日本人の手によるよくわかる洋算入門書の出版が 待たれたのである. 3 我が国の陶冶の歴史的変遷 明治政府によって行われた改革によって,和算から洋 算への転換が行われた.理由は,和算は計算方法が算 木やそろばんに頼っていたため,問題解決の途中の思 考過程が不明確であることから,指導法や伝達方法が秘 伝的となり公開性に欠けるところがあったからである. 急な改革によって多くの問題点が浮き彫りとなった.問 題点の主なものとして,洋算を指導する教師の不足,洋 算を解説する教科書の不足などである.このような状態で は望ましい数学科の指導が期待できないのは当然であり, 日本人の手によるよくわかる洋算入門書の出版が待たれ たのである. 1877 年に要望に応じて出版されたのが「数学三千題」 である.アメリカの数学教科書に準拠し、それに和算など を加え,“数学技術の活用”が自在となるのが目的として 編集されたものである. 1886 年の「中学校令」によって、学校数が大幅に減少 したために,入学試験が難関となった.そこで「数学三千 題」は受験参考書として広く利用された.[8] このような傾向は,人々の洋算についての理解やその 普及のために大きな貢献をしたと言える. しかしその反面,数学の学習とは与えられた問題を公 式に当てはめて解く技術を習得すること,または,入学試 験を突破するためである,などの間違った数学の見方を 生む原因となった. 数学の教育において,数式や図形に関する理論や法 則を形式的に暗記し,その適用方法を会得すればよいと する「数学三千題」は数学教育の観点からすると望ましい とは言えない. 数学教育に対するこ考えや、「数学3千題」への批判 が,数学教育の目標を「形式陶冶」にする原因となったこ とは間違いないだろう. 1900 年に小学校・中学校令を受けて,算術と数学の 目的が示された.前半部分には,子供に身に着けさせる べき知識や技能に関することが書かれている.後半部分 には,思考を正確にすることが書かれている.前半部分 は実質陶冶を目的とし,後半部分は形式陶冶を目的とし ており,算数・数学教育において基本的な2つの視点とな る.[5] 4 負の数の指導方法 私は教育実習で「正の数・負の数」の単元を指導して きた.指導方法にはさまざまなものがあり,どのような方法 が「形式陶冶的方法」なのか,「実質陶冶的方法」なのか を「マイナス×マイナス」の指導方法を例にして考察する. 時代によって方法が異なっており,私はわかりやすい 3 つの方法を例に示していきたい. ①定義の暗記 ・藤沢利喜太郎の指導方法. 定義:0から1を引いて得るものは 新しい数である. すなわちこれを「-1」という 記号にて表す. 0-1=-1 である.[11] ②数直線 ある数に負の数 -3 をかけることは、数直線上では, 下の図のように、0からその数までの距離を、反対方 向に 3 倍に伸ばすことにする。[11] 2 2×(-3) -6 -2 0 (-2)×(-3) 0 6③規則性を示す 下の図のように、かける数が正の数のときから考え、 3・2・1と1ずつ小さくしていくと、積は2ずつ小さく なっていきます。 そしてかける数が0のときには、 (+2)×0=0 となり、かける数をさらに1小さくした (+2)×(-1) は、0より2小さく、-2であると考えられる。[11] (+2)×(+3)=+8 (+2)×(+2)=+4 (+2)×(+1)=+2 (+2)× 0 = 0 (+2)×(-1)=-2 (+2)×(-2)=-4 (+2)×(-3)=-8 5 今日の数学教育 教育実習で見てきた先生方の中には実質陶冶的な指 導方法を用いる先生も多くいた. 「マイナス×マイナス」を教える際に手と手をクロスして、 ウルトラマンのようなポーズをし、生徒たちの頭に残るよう に教えている先生もいた.これは形式陶冶的指導方法で あると私は考えますが,実質陶冶的指導方法とも考えら れます.次に示すのは、実質陶冶的指導方法の例です. 6 教育実習での指導方法 教育実習では「負の数」を用いた次の問題を研究授業 で行いました. 問: 次の表は美術館の1か月の入場者数である. 金曜日の平均入場者数を求めよ. 日 月 火 水 木 金 土 1 502 2 480 3 569 4 403 5 446 6 859 7 1756 8 482 9 501 10 582 11 377 12 438 13 840 14 1741 15 516 16 477 17 610 18 394 19 430 20 871 21 1810 22 493 23 482 24 571 25 386 26 454 27 866 28 1753 29 497 30 470 31 563 指導方法: まずはいろいろな平均の求め方が出るよう に何も指導せずに求めさせる. 次に,負の数を用いると簡単に求められる ことを指導する. そしてどこに基準値を設定し求めたかを 発表し,授業を終了した. 問に対しての考察: 平均の問題はとても身近な問題 であることから,とても実践的な問 題であることがわかる.この問題 をやる前の単元では,負の数の 理解,計算方法を指導している. 7 おわりに 古い時代には,指導方法によって「形式陶冶」,「実質 陶冶」の考えがあり,学者たちは勢力争いをするかのよう に論争を繰り返し行ってきた.しかし,私は何を形式陶冶 とするのか,何を実質陶冶にするのかの基準に困りました. 結論を言うと,どちらが正しいということはない,というこ とに至りました.また,新たな疑問も生まれました. 数学教育が本当に陶冶としての役割を果たせるのだろ うか.これからも数学教育の研究を進め自分なりの答えを 発見できるようにやっていきたい. そして,今日の数学教育は,教育実習の経験と研究の 結果から“形式陶冶からの実質陶冶の流れ”ができてい ることがわかった.これが果たして効果的であるのかも今 後の教育現場での経験と研究から追及していきたい. 参考文献 [1] 松原元一:「日本数学教育史Ⅳ 数学編(2)」, 風間書房,1987 [2] 数学教育の歴史的変遷: www2.kobe-u.ac.jp/~trex/hme/index.html [3] 数学的な見方や考え方を基盤とした論理的な思考: https://gair.media.gunma-u.ac.jp/dspace/bitstream/10087/5974/3/NO28_2011_05.pdf [4] 計算の意味や理由をどう理解させるか: https://ten.tokyo-shoseki.co.jp/ten_download/dlf33/cmde4918.pdf [5] 橋本美穂/田中智志:「算数・数学科教育」,一藝社,2015 [6] 日本中等教育数学舎:「数学教育講演集」,東京開誠館, 1939. [7] 文部省:「高等小学 算術書 第一学年 児童用」,日本 書籍株式会社,1928 [8] 古藤怜:「数学科における学習指導」,共立出版株式会社, 1982 [9] 中谷太郎:「日本数学教育史」,亀書房,2010 [10] 小倉金之助:「数学教育史」,岩波書店,1932 [11] 岡本和夫ほか38名:「未来へひろがる 数学1」,啓林館, 2005