文
重
E
欄
ただ一人友のたより打たえて淋しきま
L
に春逝かむとす
夏
初
夏
の
t u
とづれきけば白雲の湧き山づる山のとひしかりけり
むし暑き一日は暮れて山里のあちらとちらにひぐらしの鳴く
秋
亡き友よ今はいづとに在するや君と語りし秋は来たるに
とほろぎの鳴く昔うれしき友ときくすぎ行く秋の夜半の一とき
秋風花木
k
の葉裳く散りそめてつめたく成りぬ夕暮の誼
冬
何筑たく取りしタホルの冷たさにひとじ限装し初冬の朝
さら/\と雑木林に風立ちて多の短日くれて行伝り
故郷の冬聞につづく雑木山梢にみゆるあはきタ月
日
河
F
U
z
− −
E
抄
辰
山原に霧たちとめてこの朝け蛇錆の昔ふかくともらふ
春るさき種蒔くと我が堀る土ゆとろがり出でし多鑑り虫
巳
紫
-{;
菅のみが、設しく夜長の寂しさを諾ってゐ
る 。
母
寛
瑞
久
世
﹁母﹂﹁お母さんよとの言葉は僕にとって
親み深︿感ぜられるのず口ある。子供が母
t
g
呼ぶこの準を聞︿時は、僕はいつもやさし
い慈愛に満ちた母の額を頭の中に息ひ起す
のである。世の中には西洋文明の讃美者、所
謂新しが
P
宇が、品ゅのことを、子供に﹁
T
、 ﹂
k
呼ばせてゐるのを聞︿が、何となく
申告な、そして親しみが商い様な気がする。
や
は
P
日本人は日本人らし︿﹁お母さん﹂
ξ
咋んだ方が櫨曜かに親しみ深︿良質が
ζ
も
って居ると息ふ、
世の中に母性の愛ほ
P
﹄偉大なものはなく
その思ほど品極めて深︿高いものはない.母
性
愛
在
一
X
ふ
も
の
は
人
間
ほ
か
も
”
で
な
︿
、
.
あ
ら
ゆる動物でさへ特に持ワて屠る共渇した貰
いものである。どんな高貨な人でも、賎し
いっとせを皐び終りてやすらけし春の日なたに開蒔かむ去す
照る波をまぶしみひと
L
ふたべりにまむかひ立てぽ一言ふとともたき
かたくなの吾をたぐさむるひとの瞳とふとかちあひて心しびれね
爆音をつLめる雲のすさまじき勤きを透きて影をみとめね
刻
K
と生活へ及ぶた
L
かひの飴波にそなへてつ
L
ましき何
︿りごとを言ひっ
L
のぼる坂道に雲のむらだち夕焼を見つ
生官の止みしタペの山頂にさやけく月の上りたるかも
救はる
L
と一五ふを信じて老若男女一堂に飽り祈れるをきく
所在たく部屋にともれば破瑠越しに木の葉落して雨の来る見ゆ
定まらぬ沿もひ−なるから夜あらしの雨戸をた
L
︿音に夢みつ
散りしきる百来紅に射す光の粗きが位に秋たらむとす
冷えびえと友の微笑が背に秘みる荻の花咲く細き野の道
木犀の脊にたっ露路に踏入りでたどならぬ巷の相をぞ見き
文
重
喜
欄
い身分の人でも。子を息ふ母親の愛には襲
りがない
c
背から今までに子供の銭に犠牲
止なワた母は敏限りなく多い。伶人も多く
は、母の偉大な献身的の愛に感化されたの
であワて、近江聖一人とまでいはれた中江藤
樹先生宇孟子の母はとの好い例であらう。
一例の生物として生れ出てから、震の人
聞と成うて枇舎に出るまで、一合枇舎に出て
から後までも何事に秋、
b
ず殺を受け、世話
になるのは皆散である。その問母は子と官官
びを共にし、また如何なに悲しみ、脅しみ
も共にして、絶えず子の側にあワて教訓と
惑愛の光を子の上に投げて、一生泥死ぬま
で子の皆川に悉すのである。故に僕等は母の
恩と変とを一生忘れずに必ずこれに報いな
︿ではならない。
海
長
i
母
長
湛
それは尋常六年の時であった。山闘の抗
ん中に育った僕は、それまで一度も海を見
t