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一・二五革命後のエジプト経済 (特集 「アラブの春」と中東政治の構造変容)

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Academic year: 2021

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(1)

一・二五革命後のエジプト経済 (特集 「アラブの

春」と中東政治の構造変容)

著者

土屋 一樹

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

196

ページ

20-23

発行年

2012-01

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004075

(2)

  エジプトでは、二〇一一年一月 二五日に大規模な反体制運動が発 生した。その後、金曜日ごとに繰 り返された大規模デモは、二月一 一日にムバーラク大統領が退陣し たことで、一・二五革命として成 就した。大統領退陣直後は国全体 が高揚感に包まれ、民主的で公正 な 社 会 の 実 現 へ の 期 待 が 高 ま っ た。しかしながら、短期間で新し い統治体制への道筋をつけること は適わず、二〇一一年のエジプト は迷走した。   ム バ ー ラ ク 政 権の 崩 壊 によ っ て 政 治 権 力 を 掌 握 し た 軍 最 高 評 議 会 は 、 当 初 は 半 年 を 目 処 に 大 統 領 選 挙 を 実 施 し 新 政 権 に 権 力 を 移 譲 す る 計 画 で あ っ た 。 し か し な が ら 、 大 統 領 選 挙 の 日 程 は い ま だ 流 動 的 で 、 現 在 も 軍 最 高 評 議 会に よ る 統 治 が 続 い て い る 。 暫 定 統 治 体 制 が 当 初 の 見 込 み 以 上 に 長 引 い て い る の は 、 新 し い 政 治 体 制 の 構 築 を め ぐ る 議 論 が 紛 糾 し た た め で あ る 。 そ の 結 果 、 ム バ ー ラ ク 大 統 領 退 陣 後 も 断 続 的 に デ モ が 発 生 す る な ど 、 不 透 明 な 情 勢 が 長 期 化 し て い る 。   新 体 制 の 構 築 を め ぐ る 迷 走 は、 経 済 状 況 に も 影 響 を 与 え て い る。 一・二五革命を契機に再び活発化 した労働ストライキの波は、公的 部 門 を 中 心 に 現 在 ま で 続 い て い る。また、近年のエジプトの経済 成長を牽引していた海外直接投資 の流入は、大幅に減少したままで ある。さらに、株価の低迷、失業 率の上昇など、二〇一一年を通し て経済は停滞した。   政変によって一時的に政治・経 済状況が混乱することは不可避で あり、エジプトにおいても当面の 困難は予想されていた。しかしな がら、当初の予想以上に混乱が続 き、現在のエジプトはいまだ不安 定な状況下にある。その結果、経 済 の 低 迷 長 期 化 が 懸 念 さ れ て い る。そこで、本稿では、一・二五 革 命 の 経 済 面 へ の 影 響 に つ い て、 現在までの経済動向を振り返ると ともに、二〇一二年以降の経済を 展望する。特に、ムバーラク政権 崩壊後の経済運営の模索と今後の 方向性について検討する。

 ム

ト経済

  はじめに一・二五革命以前のエ ジプトの経済状況を概観する。図 1はムバーラク政権期(一九八一 ~二〇一〇年)の経済成長率を示 したものである。過去三〇年のエ ジプト経済は、一九八〇年代の成 長率低下、一九九〇年代から二〇 〇〇年にかけての成長、二〇〇〇 年代半ば以降の高成長、の三つの 局面に区分できる。   ムバーラク政権発足直後のエジ プト経済は、一九七〇年代後半か らの好景気の時期にあった。エジ プト経済は、経済自由化政策と国 際原油価格の高騰によって、高成 長を実現していたのである。例え ば、一九七五年からの一〇年間の 一人当たり所得の年間平均成長率 は五%以上を記録し、第二次世界 大戦以降で最も所得の上昇がみら れた期間となった(参考文献①) 。 しかしながら、この時期の高成長 は 持 続 可 能 な も の で は な か っ た。 高成長を支えたのは、 石油関連収 入(石油輸出とスエズ運河通行料) エジプト 世界 (%) 2009 2005 2001 1997 1993 1989 1985 1981 10.0 8.0 6.0 4.0 2.0 0.0 図1 経済成長率の推移

(出所)World Development Indicators (World Bank).

一・

五革命後

経済

(3)

および産油国への出稼ぎ労働者送 金の 増加であり、国内産業の発展 で は な か っ た た め で あ る。 ま た、 同時期はエジプト政府の対外借入 が 大 幅 に 増 加 し た 期 間 で あ っ た。 その結果、一九八〇年代半ば以降 に原油価格が低迷すると、エジプ ト の 経 済 状 況 は 急 速 に 悪 化 し た。 なかでも対外債務の返済が困難と なり、 IMFに融資を求めるなど、 財政危機が顕在化した。   エジプト政府は、一九九〇年代 にIMF・世界銀行の勧告に基づ く構造調整政策を導入した。エジ プトにとっては実質的に初の構造 調整政策の実施であり、一九九〇 年代後半に進展した民営化と合わ せ、一九九〇年代のエジプトは経 済 改 革 期 と 捉 え る こ と が で き る。 この時期のエジプト経済は、マク ロ経済の安定化を達成し、経済成 長率は上昇傾向となった。一九九 〇年代終わりと二〇〇〇年代前半 に成長率が低下したが、それは世 界経済の悪化と同期した動きであ り、対外的な要因の影響も受けた ことが推測できる。   過去四半世紀で最も経済が好調 だった時期は二〇〇〇年代後半で ある。この時期の高成長は、二〇 〇〇年代になって上昇傾向となっ た国際原油価格と、国内経済改革 の再開によってもたらされた。原 油価格の上昇は、石油関連収入の 増加や湾岸産油国からの投資流入 をもたらし、エジプト経済の成長 要因となった。また、二〇〇四年 に発足したナズィーフ内閣による 経済改革は、税率削減、投資環境 の改善、輸出支援など、民間企業 の 活 動 を 促 進 さ せ る も の で あ っ た。それらの結果、エジプト経済 の 成 長 率 は 二 〇 〇 〇 年 代 後 半 に 七%となり、二〇年ぶりの成長率 を記録した。また世界経済が失速 した二〇〇八年以降もエジプト経 済は相対的に高成長を維持した。   その一方で、二〇〇〇年代後半 のエジプトは、経済的な不満が表 面化した時期でもあった。例えば 二〇〇六年末以降に公的部門の労 働者による労働ストライキが活発 化した。ストの主な要求は賃金引 き上げであり、最大の雇用部門で あ る 公 的 部 門 労 働 者 の 不 満 は 高 まっていた。その要因の一つは高 インフレ 率 に伴う実質所得の減少 である。エジプトのインフレ率は 二〇〇〇年代後半に上昇傾向とな り、なかでも国際穀物価格が高騰 した二〇〇八年には二〇%を超え た。

一・

  エジプトの政治情勢は、二〇一 一年一月二五日のデモによって突 然緊迫化した。民主化を希求する 若者グループが中心となって計画 された抗議デモは、事前の予想を はるかに上回る規模となり、一夜 にして政権を揺さぶることとなっ たのである。   抗議デモの当初には政治的要求 だけでなく、多様なスローガンが 掲 げ ら れ た。 経 済 的 な 要 求 で は、 賃金引き上げと雇用が最大のもの であった。それに対し、ムバーラ ク大統領は経済対策の必要性を認 め、内閣を刷新するとともに、公 務員賃金の引き上げ、年金支給額 の引き上げ、政府雇用の拡大など を約束した。しかしながら、デモ 参加者の要求は急速に大統領退陣 に収れんし、二月初めには抗議デ モの焦点は大統領の進退をめぐる 攻防となった。そのため、政権の 経済施策は抗議デモの沈静化に結 びつかなかった。   他 方 、 二 月 上 旬 以 降 に 国 内 各 地 で 労 働 ス ト ラ イ キ が 活 発 化 し た 。 ス トは 企 業 部 門 だけ で な く 、 省 庁 や 公 立 病 院 と い っ た 多 く の公 的 部 門 に 及 び 、 共 通 す る 要 求 項 目 と し て 、 不 当 に 低 い 賃 金 の 引 き 上 げ 、 非 正 規 雇 用 者 の 正 規 雇 用 へ の 転 換 、 腐 敗 し た 経 営 陣 ( 幹 部 ) の 交 代 が 掲 げ ら れ た 。 労 働 ス ト ラ イ キ は 、 一 部 は 大 統 領 退 陣 を 求 め る 反 体 制 デ モ に 同 調 す る も の で あ っ た が 、 多 く は 経 済 的 な 待 遇 改 善 に 焦 点 を 当 て た も の で あ っ た 。 と は 言 え 、 こ の 時 期 に 労 働 ス ト ラ イ キ が 続 発 し た の は 、 当 然 な が ら 、 反 体 制 運 動 に 触 発 さ れ た も の で あ っ た 。 以 前 の 労 働 ス ト ラ イ キ で は 目 立 た な か っ た 不 正 の 追 及 ( 腐 敗 し た 経 営 陣 の 交 代 )を 主 な 要 求 の 一 つ と し た こ と か ら も 推 測 で き る よ う に 、 労 働 者 は 不 正 と 不 公 正 の 是 正 を 求 め て お り 、反 体 制 デ モ と 同 様 に 、「 公 正 」 が 実 現 す れ ば 彼 ら の 困 難 は 解 決 さ れ る と 考 え て い た 。

●革命後のエジプト経済

  ムバーラク大統領は二月一一日 に退陣した。一月二五日に発生し た大規模な反体制運動は、わずか 一八日間で政権崩壊にまで到達し たのである。しかしながら、労働 ストライキは大統領退陣後も沈静 化しなかった。むしろストは警察 や金融などさらに多くの部門に広 がり、すべての銀行が臨時休業す る な ど、 経 済 活 動 へ の 影 響 の 深 刻 化 が 懸 念 さ れ る よ う に な っ た 。

1.25革命後のエジプト経済

(4)

後 の 労 働 ス ト ラ イ キ 合 連 合 の 結 成 な ど、 し た と 言 え る だ ろ う 。 し、 軍 最 高 評 議 会 に 人 規 模 )、 不 動 産 税 の しかしながら、 営は、安定化の達成を最優先とす るものだったと言えるだろう。そ れは前述のように国民の要求を受 け入れることであり、また投資家 の 不 安 を 取 り 除 く こ と で あ っ た。 投資家(特に海外の投資家)に対 しては、今後の経済政策において も市場経済制度重視の路線に変更 はないこと、および違法行為が判 明しない限りムバーラク政権期の 政府との契約は有効であることを 明言し、 投資環境の維持を図った。   しかしながら、エジプト経済に は い ま だ 回 復 の 兆 し が 見 ら れ な い。表 1は一・二五革命前後の経 済状況を概観したものである。二 〇一〇年の後半は、前年同期と比 較すると、経済成長率、輸出、投 資、外国人観光客数のいずれも増 加しており、エジプト経済は二〇 〇九年の減速から復調しつつあっ た こ と が 分 か る。 し か し な が ら、 一 ・ 二五革命を境に経済は停滞し、 なかでも対内直接投資と外国人観 光客が大幅に減少した。二〇一一 年後半の統計はまだ公表されてい ないが、一・二五革命の経済的影 響として、短期的には特に海外か らエジプトへの資金流入の減少を 招いたと言えるだろう。   他方で、エジプトの民主化への 移行を支援するため、これまでに 多 く の 国 際 支 援 が 表 明 さ れ て い る。 例えば、 二〇一一年五月にドー ヴィルで開催されたG 8サミット で は、 「 ア ラ ブ の 春 」 を 支 援 す る ために「ドーヴィル・パートナー シップ」 という枠組みが形成され、 チュニジアとエジプトに対し、今 後二年間で最大二〇〇億ドルの支 援を行うことが決定された。その 後、ヨルダンとモロッコを支援対 象国に加えるとともに、最大支援 額 を 三 八 〇 億 ド ル に 増 額 す る な ど、 支援枠組みの拡充が行われた。 また、二国間支援では、アメリカ や フ ラ ン ス な ど の 先 進 国 に 加 え て、サウジアラビア、UAE、カ タル、クウェートといったアラブ 諸国もエジプトへの経済支援を表 明した。   しかしながら、国際社会からの 支援に対し、軍最高評議会は当初 慎重な対応を取った。二〇一一年 六月に暫定内閣がIMFと合意し た 三 二 億 ド ル の 融 資 を 承 認 し な かったのである。 軍最高評議会は、 対外債務の増加を懸念したと言わ れている。その結果、暫定内閣は 二 〇 一 一 / 一 二 年 度 の 財 政 支 出 計画を修正し、エネルギー補助金 や 公 共 投 資 を 削 減 せ ざ る を 得 な かった。

 二

と見通し

  現在のエジプトは新体制の構築 過程にあり、正式な統治体制の確 立は二〇一二年後半以降になる見 通しである。従って、少なくとも それまでは暫定内閣による経済運 表1 エジプトの経済状況 2010年 7-9月 10-12月2010年 2011年1-3月 2011年4-6月 2011年7-9月 GDP成長率 (%) 5.5 5.6 -4.3 0.4 .. インフレ率(都市部) (%) 10.7 10.5 11.0 11.9 9.0 輸出増加率 (%) 13.4 11.7 1.5 -7.3 .. 国内投資増加率 (%) 23.7 13.5 -27.6 -1.9 .. 対内直接投資増加率 (%) 18.8 17.7 -38.0 -33.7 .. 外国人観光客増加率 (%) 12.6 15.8 -45.3 -35.4 .. 為替レート LE/$ 5.69 5.75 5.87 5.94 5.95

(出所)Financial Monthly (Ministry of Finance), Monthly Statistical Bulletin (Central Bank of Egypt)から筆者作成。 (注)国内投資は名目増加率。

(5)

営が続くことになり、中長期的な 政策方針を決定することは困難で ある。それは経済政策についても 同様と考えられ、新大統領が選出 されるまでの経済開発方針は現状 維 持 と な ら ざ る を 得 な い だ ろ う。 つまり、短期的な経済運営は、こ れまでの開発枠組みを継続すると ともに、経済安定化が最優先政策 に な る と 考 え ら れ る。 な か で も、 労働ストの沈静化、物価安定、補 助金制度の運用が重視されるだろ う。いずれもすでに顕在化してい る課題であるが、経済安定化のた めには引き続き優先的な対応が求 められる問題である。   一方で、民間企業、なかでも外 国企業に懸念されているのが、社 会・司法・政治状況の経済活動へ の 影 響 で あ る。 主 な 懸 念 と し て、 治安の悪化、民営化無効判決、統 治 体 制 の 行 方 な ど が 挙 げ ら れ る。 治安の悪化では、これまで目立た なかった銃器を用いた強盗事件や 誘拐事件の発生が報じられ、治安 状 況 に 対 す る 不 安 が 高 ま っ て い る。また、抗議活動による道路の 封鎖や鉄道の往来妨害といった日 常生活への影響、あるいはデモ隊 と当局との衝突による都市機能の 停止なども懸念されている。   司 法 判 決 で は、 こ れ ま で に ム バーラク政権期に実施された国有 企業の民営化、国有地の売却、事 業免許の交付などを無効とする判 決が出された。無効理由は、法に 則 っ た 手 続 き が さ れ な か っ た こ と、および売却額が低すぎること である。なかには一五年以上前に 民 営 化 さ れ た 企 業 も 含 ま れ て い た。今後も瑕疵の疑いのある契約 について調査が進められる見込み であり、政府の対応を含め、どの ような展開になるのか先が見通せ ない状況にある。   政治状況では、一・二五革命後 の政治分野での主要論点の一つは 政治と宗教(イスラーム)の関わ りであったが、その均衡点はまだ みえてこない。今後二〇一二年三 月に召集予定の人民議会において 新しい統治枠組みの構築が本格化 することになるだろう。しかしな がら、各政党の具体的な政策は二 〇一一年 一一 月の選挙戦において もほとんど語られず、特に経済政 策の方向性は選挙の争点とならな かった。   以上のように、足下の治安状況 が不安定なうえに、今しばらくは 暫定統治体制が続き、また各政党 の政策も明らかでないなど、社会 政治状況の見通しは引き続き不透 明である。その結果、二〇一二年 もエジプト経済は停滞すると予想 されている。例えば、IMFは二 〇一二年のエジプト経済の成長率 を一 ・ 八%と予測している。 ムバー ラク政権崩壊前年である二〇一〇 年 の エ ジ プ ト の 経 済 成 長 率 は 五・ 一%であり、また中東地域の二〇 一二年の予想成長率が三・六%で あることと比較すると、エジプト 経済の見通しは暗いものとなって いる(参考文献②) 。   他方、中長期的には、経済環境 の改善が期待できる。例えば、裁 判による汚職追及は、政府と企業 の「不透明な」関係を暴くもので あり、政府と企業の間の結託を阻 止するものである。その結果、短 期的には政府が強い権限を持つイ ンフラや投資などの部門に混乱を もたらしかねないが、中長期的に は「透明」で「公正」な投資環境 の構築が期待できる。公正な経済 条件の確立は、市場競争をもたら し、経済成長に寄与するだろう。   二〇一一年のエジプトは、タハ リール広場を舞台に繰り広げられ た新しい統治体制の模索が主な関 心となり、経済政策は大きな論点 と な ら な か っ た。 し か し な が ら、 主要政治勢力は、市場経済体制の 維持・促進という経済開発政策の 基本的方向性については一致した 見解を持っていると思われる。い くつかの特定の論点(例えばイス ラームの教義との整合性)を除け ば、基本的な経済政策の方針をめ ぐって深刻な対立に陥ることはな いだろう。従って、新しい統治体 制が成立すれば、間を置かずして 経済開発政策の方針が明らかにな るであろう。現在のエジプト経済 は、いまだ一・二五革命の混乱の なかで停滞しているが、その一方 で、 革命の目的である「社会公正」 を体現した統治体制が構築される ことで、中長期的には良好な経済 環境の確立が期待できる。 ( つ ち や   い ち き / ア ジ ア 経 済 研 究 所   中東研究グループ) 《参考文献》 ① Ikram, Khalid [2006] The Egyptian Economy , 1952-2000: Performance, Po lic ie s, an d Iss ue s, R ou tle dg e Studies in Middle East Economies,  London: Routledge. ② IM F [2 0 1 1 ]R eg io na l E co no m ic O utl oo k: M id dle E as t a nd C en tra l A sia ,I M F, N ov em be r (s ec on d print ing).

1.25革命後のエジプト経済

参照

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端を示すものである。 これは漸江省杭州市野下人 民公社に関する 1958

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出版者 日本貿易振興機構アジア経済研究所/Institute of Developing Economies (IDE‑JETRO) .

権利 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア 経済研究所 / Institute of Developing.

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