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シベリア・レナ川中流域の気候変動と地域社会への影響 (特集 生態危機とサステイナビリティ -- フィールドからのアプローチ)

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Academic year: 2021

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(1)

シベリア・レナ川中流域の気候変動と地域社会への

影響 (特集 生態危機とサステイナビリティ -- フ

ィールドからのアプローチ)

著者

高倉 浩樹

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

214

ページ

17-18

発行年

2013-07

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003671

(2)

  シベリアは北米極北と並んで、 地球環境問題においては重要な位 置にある。北極海と大気圏の間に は相互作用がみられ、そこは北半 球の「冷蔵庫」として、地球気候 システムを調整する機能をもって いるからだ。観測の結果、北極圏 は過去数十年において温度上昇が 他の地域と比べ二倍進んでいる。 その結果、地球レベルでの大気の 流れや海水の循環が変わり、極地 の氷床や氷河がとけ、温室効果ガ スの濃度変化をもたらしている。 こ の た め、 北 極 圏 環 境 観 測 と 生 態・ 社 会 影 響 分 析 は 現 在 国 際 的 な 協 力 体 制 の 下 で 進 め ら れ て いる。   こ こ で は 総 合 地 球 環 境 学 研 究 所 の プ ロ ジ ェ ク ト で 私 が 関 わ る シ ベ リ ア・ レ ナ 川 中流域の地域社会における地球温 暖化の影響に焦点をあて、何が起 きているのか報告したい。気候変 動の影響はマクロな地球循環シス テムのなかで検知できるが、それ がどのように作用するかはミクロ な視点で分析する必要がある。地 球温暖化への対策構築という意味 でも個々の人間社会で具体的にど のような影響があるのかを突き止 めることは大変重要なのである。   北極海に注ぐ、日本列島よりも はるかに長い全長四四〇〇キロの レナ川が流れる東シベリアは、北 半球の寒極を含む人が生活する場 所としては最も寒冷な地域として 知 ら れ て い る。 こ の 地 域 の 特 徴 は、永久凍土が南北にわたって広 範囲に分布していることである。 これは北米や西シベリアにおける 分布が北極海沿岸の高緯度地帯だ け で あ る と 比 べ て も 際 立 っ て い る 。   近 年 に お け る 観 測 の 結 果 と し て、レナ川中流域では湿潤化が進 んでいること、また夏季に融解す る永久凍土の地表層が深くなって いることもわかっている。レナ川 中流域は降水量でみるとモンゴル 並みに乾燥している。森林のなか でダウリアカラマツが優勢である ことに象徴されるように、自然史 的には乾燥に適応した陸域生態系 が進化してきた。つまり温暖化と 湿潤化はタイガの生態系を大きく 変えることになるのだ。   長期的な生態系の変化に社会が ど の よ う に 適 応 す る か は ま だ わ かっていないが、短期的な気象の 変化は、地域の社会システムに影 響を与えている。そのひとつが冬 道路の利用に関わるものである。 レナ川流域は、行政的にはロシア 連邦サハ共和国に含まれる。共和 国の全道路は二二〇〇〇キロある が、この内三分の二は冬道路とな る。冬期は零下五〇度以下まで下 がるため川幅が四キロ以上にもな る箇所を含めて全面的に凍結し、 川は「冬道路」となる。土木工学 的知見では一メートル以上の氷厚 はトラックを支えるのに十分な支 持力がある。この冬道路は一一月 上旬から四月下旬の約六カ月利用 されている。   インドの面積に匹敵する面積の サハ共和国に人口は約一〇〇万人 しかいない。自然を利用した交通 システムは社会主義期から構築さ れてきたいわば伝統的インフラで ある。比較的安価に維持管理でき る冬道路は、コストパフォーマン スの点からも北極園の地域社会の 物流を支えるインフラとして、と りわけ市場経済下でその重要性を 増している。   い う ま で も な い が こ の 冬 道 路 は、夏には融けてなくなってしま う。そのため凍結期と融解期は事 故が起こりやすい時期であり、道 路会社が厳格に管理している。I PCC(気候変動に関する政府間 パネル)第四次報告書ではシベリ アは今後二五年間に一・五度、一 〇〇年間では五〜六度上昇すると いわれている。とすると、温暖化 レナ川の冬道路。雪がよけられて 走りやすくなっており、時折家畜 も 利 用 す る(2007 年 3 月 30 日 筆者撮影)

ア・

  集

生態危機とサステイナビリティ

  フィールドからのアプローチ   ―

17

アジ研ワールド・トレンド No.214 (2013. 7)

(3)

は冬道路 の利用期 間を短縮 させ、重 要な物流 を寸断さ せること になる。 仮に六度上昇した場合、計算によ れば現在の利用可能期間が二二〇 日間から一八八日へと約一カ月短 くなる。一〇〇年間という期間の なかでこのような変化が起きるの であれば、社会システムは順応で きるかもしれない。   読者のなかには温暖化で陸地の 道路が拡張できると思われるかも しれない。しかしこの地域の地面 が永久凍土であることを想起して 欲しい。温度上昇は永久凍土の夏 季の融解深度を深めることにつな がり、道路のでこぼこがひどくな ることは間違いない。現在におい ても都市からの遠隔性によって物 価が大きく上昇する当該社会の小 売りの仕組みは、悪くなることは あるにせよ、改善される見込みは 少ないと思われる。   永久凍土の夏季融解深度の影響 は、局所的にはオブラーギと呼ば れる流水浸食作用となって地域社 会に被害をもたらしている。この 現象は、夏から初秋にかけての降 雨後、湖沼水が増水し決壊するこ とで発生する。気温上昇と降水量 の増加=湿潤化によって土のなか に蓄えられていた氷が融解し、陥 没地形を生むと同時に、その近辺 に小規模の湖沼を形成させる。そ れが降雨によって決壊するのであ る。ヤクーツクから川沿いに三〇 〇キロ程上流に行ったある村では 二〇〇七年六月に、オブラーギに よ っ て、 地 面 が 大 規 模 に 陥 没 し た。 そ の 大 き さ は 深 さ 六 〜 一 〇 メートル、幅二〇メートル、長さ 八〇〇〜二〇〇〇メートルほどに も達した。この「小谷」形成の結 果、道路の寸断、家屋の崩壊、住 民 の 転 落、 墓 地 の 露 出 が 発 生 し た。このような現象は近年レナ川 流域だけでなく、森林地帯の合間 に 広 が る 平 坦 地 で も 発 生 し て お り、それは夏の道路=陸道を結果 として寸断する影響を起こしてい るのであった。   シベリアの地域社会では温暖化 が水環境に関わる社会領域に大き な影響を与えている。それはこの 地域に歴史的に暮らしてきたサハ 人の生産活動においても同様であ る。サハ人の牛馬牧畜は、レナ川 流域の氾濫原を牧草地として利用 してきた。この川のレナ川流域が 半年以上にわたって全面的に凍結 することは先に述べたとおりであ る が、 五 月 初 旬 に は 融 解 が 始 ま る。レナ川の上流はバイカル湖近 辺にあり、下流は北極海に注いで いることを想起して欲しい。つま り融解は上流で始まり、その流れ は下流の凍結部分にぶつかってい くのである。この結果、川は流氷 で覆われるのだが、湾曲部や川幅 が狭い場所では、流氷が詰まって しまい、それが洪水となって流域 に氾濫する。 アイスジャム 洪水と 呼ばれるこの現象は、毎年恒例の 事象であり、川の氾濫原土壌に養 分 を も た ら し 牧 草 生 育 を 促 進 す る。 こ の た め 地 域 住 民 は ア イ ス ジャム洪水をむしろ恵みと認識し てきた。しかし、近年巨大な規模 の洪水が頻出するようになった。 その結果、集落への浸水被害や家 畜被害が出るようになっている。 さらに、湿潤化によって春洪水の 長期化や夏洪水が発生するように な っ た。 そ の 結 果、 牧 草 が 冠 水 し、住民は洪水を「災害」と考え はじめている。   以上駆け足でレナ川中流域の地 域社会における気候変動影響を描 写してきた。それはシベリアのあ るローカルな現状分析である。し かしここからは北極圏の人間社会 がどのような形でその寒冷環境に 適応した社会を作り上げてきたの か、その社会制度や生産活動が温 暖化によってどのように影響を受 けるのか具体的に理解することが できる。   このような情報を蓄積していく ことで、シベリアそして北極圏の 気候変動の影響分析を総合化し、 温暖化対策を構築することが可能 となる。それは文化人類学・地域 研究の知見と自然科学が共同する ことによって初めて可能な異分野 融合的な探求なのである。環境と 社会のサステイナビリティを考え る際には、自然科学者が用いるモ デルやシナリオなど様々な方法を 駆使して導き出す知見が、地域社 会の文脈でどのような社会現象と なるのか、フィールドワークを踏 まえて見極めることが極めて重要 である。今回私が提示したのは、 そ の さ さ や か な 報 告 な の で あ っ た 。 ( た か く ら   ひ ろ き / 東 北 大 学 東 北 アジア研究センター教授 ) 《参照文献》 ①  高倉浩樹編『極寒のシベリアに 生きる』 (新泉社、二〇一二) 。 2010 年 5 月のレナ川アイスジャム洪 水によって流され岸辺に残された氷 (2010 年ロシア連邦サハ共和国ハンガ ラス郡提供)

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アジ研ワールド・トレンド No.214 (2013. 7)

参照

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アフリカ政治の現状と課題 ‑‑ 紛争とガバナンスの 視点から (特集 TICAD VI の機会にアフリカ開発を 考える).

出版者 日本貿易振興機構アジア経済研究所/Institute of Developing Economies (IDE‑JETRO) .

権利 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア 経済研究所 / Institute of Developing.

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