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[報告書]インドネシアを垣間見て: 沖縄地域学リポジトリ

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(1)

Author(s)

秋永, 孝義

Citation

南方資源利用技術研究会誌 = Journal of the society tropical

resources technologists, 6(1): 47-57

Issue Date

1990-03-30

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/14021

(2)

Vol. 6 No.1 1990

報 告 香

イ ン ドネ シ ア を 垣 間 見 て

秋 永 孝 義` (琉球大学農学部) 1. どうしてイン ドネシアに 昭和

6

4

年の新春,帰省 しなか った研究室 の学 生諸君がイン ドネシアの留学生のス トリスノ君 とセ リ・ウルヤニさんを伴 って年賀の挨拶に来 た. ジョクジャカルタ出身のセ リ・ウルヤニさ んが,夏休みに帰省す るのでその時に家族でイ ンドネシアに来て下 さいとの勧めがあった.求 ゴール農業大学出身のス トリスノ君 もボゴール には著者 の知合いの相良先生 (東京大学農学部) やカマルデ ィン先生 もい らっしゃるので と盛ん にイ ン ドネシア旅行を勧めて くれた.外交辞令 で 「いいですね,で きた ら行 きま しょう.」 と 返事を したのが今回のイ ンドネシア旅行の始 り である.言わば,大学院留学生の家庭訪問旅行 に行 き,ついでにイ ン ドネシアの大学の現状 と 青果物の流通の現状 を調査す ることになった訳 である.

2.

旅行 日程 沖縄か ら空路 イ ン ドネ シアに行 くには三つの ルー トがある.一つは台北か香港を経由するルー ト,二つめはグァムとバ リ島のデ ンパサールを *沖縄県西原町千原1 イン ドネシアを垣間見て 経由す るルー ト,三つめは成田まで行 って,ジャ カルタまでダイ レク トで行 くルー トである.秦 換えの不便 さと旅行 日程の関係で今回は第3の ルー トを選んだ.家族 も同行す ることになり, 小学生 の娘が夏休みに入 ってか らということで 最終的には次のような等区足の日程 になった. 8月 4日 那覇発 JAL922/JAL382福岡経由 成田へ 8月 5日 成田発 JAL721クア ラル ンプール 経由で ジャカルタへ 8月 6日 午前 ジャカルタ市内視察 午後 ボゴールへ 8月7日 JICA/IPBジョイ ントセ ミナ出席

8

8

日 ジャカル タ発GA432で ジ ョクジャ カルタへ

UPN

ベテランで講演 8月 9日 ジャカルタ発 JAL722で成田へ 8月10日 成田着 JAL905で那覇へ ジャカルタまでは添乗員な しのフリータイム のグループ旅行を利用 した.JAL721は途 中 ク アラル ンプールに立寄 るので気晴 しもで きた. 8時間余 りの空の旅のあと夕書のスカルノハ ッ タ空港 に降立 った. 入国審査の後,迎えのマイクロバスで宿舎の マ ンダ リンホテルまで行 った.マ ンダ リンホテ ルはタム リン通 りに面 したモダンな五つ星のホ -47

(3)

-テルであった.五つ星のホテル故にすべての物 が高か った.後で分 った事だが, このツア-の 仲間の中にはホテルには泊 らない人 もいた くら いで,ほとんどの人が友人,知人の訪問旅行で あった. 3.ジャカルタで 8月 6日 午前中は今回の旅行で唯一の団体 行動であるジャカルタ市内の半 日バスツアーに 参加 した.まず,国立博物館で,念願 の ピテカ ントロプス ・エ レク トスに対面 した.館 内 は

NO FLAS

H

」の表示が あ るものの同行 の ガ イ ド氏が 「撮影 は

OK

よ」 と言 って くれたので 民具を中心に数十枚の写真を撮 った. この後,今回の旅行で最大の トラブルが私達 家族を待 っていた.国宝のサルタンの宝物を陳 列 した特別室 は一人一人 ター ンバーを押 して入 るほど警備が厳重であった. しか し,入口には これまであった

, 「

NO FLAS

H

」の警告がな かった.金銀宝石に飾 られたサルタンの宝物 は 往時の権力を防排 とさせるに十分であった. ここで,娘が 「写真撮 って もいいよね

?

」 と 尋ねたので,私 は 「入口に何にも書 いて無か っ たか らいいん じゃない.」 と答え,パ チ リ.そ して特別室の出口近 くに来 た時,警備員が突然 ガイ ドと言争 い始めたのである.ガイ ドによる と 「この部屋 は撮影禁止であるので,先 はど撮 影 したフイルムを没収す るか,罰金

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ル ピ アを払え.」 と言 うのである.ガイ ドも 「日本 か らの旅行者で フイルムにはイ ン ドネシアの思 出が記録 されているので,見逃 して欲 しい.

と交渉.気の短 い私 は, カメラの婁 ブタを開 け てフイルムを取出そ うとした ら,同行の在留邦 人の方が小声で 「日本円に した ら

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円 くらい ですよ,罰金なんてあ りませんよ,多分賄賂 と 思 うのですが, ここはお支払 いになった方がイ ンドネシア的解決方法ですよ.」 との忠告.罰 金なるものを支払 いチ ョン. ガイ ド日 く 「すみ ませんね,あれは彼のアルバイ トですよ.気を 悪 くしないで下 さい.時々あのような公務員が いて困 ります.」後 日このフイルムを現像 した が婁 ブタを緩めたため1枚だけ被 った写真があっ た,次回 は

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の フイルムを入れてみよ うか. このあと,独立記念塔, ムルデイカ広場,旧 ス ンダクラバ港,国営バテ ック工場を見学 して 宿舎に戻 った.途中随所で露天の果物屋や屋台 を見たが,ついぞ果物屋,野菜星を見かけなかっ た.露天では図 1. 2. 3のようにパパイヤ, リンゴ, ブ ドウ, ミカ ン,バナナが山積みに し てあ り,果物の豊富 さを垣間見ることができた. しか し,まだ量の確保が先のようで選別 は明 ら かに不十分であったが,相対売 りなのでさほど 問題 はなさそ うであった.ホテルのウエルカム 図 1.ジャカルタの街頭の果実崖 リンゴ.マンダリンオレンジ,リンゴ. ブ ドウ.オレンジ (左上から時計まわり) 図2.ジャカルタの街頭の果実屋 パパイヤ.オレンジ,マンゴか山に積まれ, スター フルーツが軒から下げてあった -48

(4)

-Vol. 6 Nm1 1990 図3.ジ十カルタの街頭の果実屋 バナナ専門の店 サー ビスにも図

4

のよ うにフルーツバスケ ット が準備 されていた.サラック,マ ンダ リンオ レ ンジ (早生温州 とよ く似ている), リンゴ,サ ボディラ,バナナ, ローズアップルが盛 りあわ されていたがバナナとオ レンジ以外 は概 して家 族 には評判が良 くなか った. 図4.ホテルのウェルカムサービスの果実 1.バナナ 2.ローズアップル 3.サラック 4.サボディラ 5.スタ-フルーツ 6.バナナ 7.リンゴ 8.マンダリンオレンジ 4.ボ ゴールの友人を訪ねて 遅 い昼食の後,私の大学の先輩でボゴール農 業大学の客員教授 として滞在中の東京大学の相 良奉行先生 を訪ねたが,初めての土地で,公共 交通機関の利用 は無理だろうとの ことで,相良 先生 は自家車 (運転手付)で迎えにこられた. 無茶苦茶に渋滞 した市内が嘘のような高速道路 -49 -インドネシアを垣間見て でボゴールに向 った.片側2車線の高速道路 は 事実上 はフ リーウェイなので

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は常 識. しか し,道路の路肩では鶏が遊 び,柵 には 洗濯物がはためいているの も一つの現実であっ た.ボゴールで はJICA関係 の方 々の自宅 をい くつか見せてもらったが,いずれもセキュリティ ガー ドを雇 い,周 りを高い塀で組んだ周Bflの民 家 とは全 く違 った豪邸だった.外国人 はセキュ リティを考えて高級住宅街に住むのは仕方のな いことのようである.相良邸ではセキュリティ ガー ドの他に手長猿 と夜行性のスローロリスが 番犬 な らぬ番猿を勤めていた. 5.ボゴールのスーパーで 夕方,相良先生の家族 といっしょにスーパ ー マーケ ットへでか けた. 「Hero」 とい う大型 のショッピングモールで日本のそれと全 く同 じ であった. しか し,代金の支払 い方法が全 く違 うのである.まず,欲 しい品物を選 び店員にそ の旨を告 げ,販売伝票 を書 いて もらう.客は販 売伝票をキ ャッシャーのとこ-ろへ持参 してお金 を支払 って領収印を もらい売場 に戻 る.領収印 のある販売伝票を店員渡 しして商品を受取 る. これで,無事品物が手 に入 るわけである.ほと んどのスーパー,デパー トでこの支払方法であっ たが,生鮮食品 は後払 いであった.野菜は一部 に見慣れないものがあるものの,量 り売 りが主 で,勿論プ リパ ッケージの野菜 もあ り,陳列方 法等 は日本 と同様であった.果物 はほとんどが 量 り売 りであった.文旦 に似たジュルックバ リ, 温州 ミカ ンに似たマ ンダ リンオ レンジ,青 リン ゴ様の リンゴ,そ して果物の女王マ ンゴスチ ン 他があったが,粒ぞろいや外観はいまいちであっ た. 出始めだ ったマ ンゴスチ ンを10個 ほど買込ん で夕食後に堪能 したが,皮 を剥 く時に手が赤紫 に染 まった. 日本食のコーナーもあ りお馴染の ブラン ドの醤油や味噌やイ シスタントラーメン やふ りかけ等があった. このスーパ ーに買物 に これるのはボゴールで も限 られた人 とのことで,

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一般の人 はボゴール植物園に近 いパ サール (市 場)で買物 をす るとの ことであった.パ サール の見学 も希望 したのだが,現地 の人 と一緒 でな いと不案内だ とい うことと時間的な問題か ら果 せなか った. 6.ハデ ィ ・カ リア先生 夜 は相良邸に家族 ともども世話 になることに なった.夕食時に私 の研究室 にボゴール農業大 学か ら留学 している, ス トリスノ君 の指導教官 のハデ ィ ・カ リア先生 (食品工学研究室主任) が訪ねて こられたので,相良先生 を交 じえてス トリスノ君 の琉球大学 での生活 を中心 に研究上 の問題 を話合 った.その席上, イ ン ドネシアで は農産物特 に野菜果物 の輸送 や貯蔵 といったポ ス ト-ーベス トの研究が今後の問題である, と いうことを聞 き,同学 の一人 と して意 を強 くし た.教 え子 を案ず るハ デ ィ ・カ リア先生 の教師 と しての姿 を通 して今回の訪問が有意義 であ る ことを確認 した. 7.ボ ゴール農業大学 について ボゴール農業大学 (ThelnstitutPertanian Bogor 略称 IPB)は1963年 に ジャカル タ郊 外のボゴールに設立 され,林学部,畜産学部, 水産学部,農業工学部,数学及 び自然科学部 と 総合技術学部 を持 っている.大学院 は1975年 に 修士課程,1978年 には博士課程が設 け られてい る. ボゴール植物園に隣接 したボ ゴールキ ャン パ スには大学本部,農学部,、数学及 び自然科学 部,大学院本部があ り,残 りの6学部 はボゴー ル市内の3つのキ ャンパ スにあ る.林学部,水 産学部 と農業工学部 はボゴールの西10kmにある ダルマ ガキ ャ ンパ スにあ る.学部学生総数 は 8,500人,大学院学生数800人 で, 教官数 は681 人で,イ ン ドネ シアの農業技術 の教育研究 の中 心である. 8.第2回農業工学及び農業技術 に関するジ ョ イ ン トセ ミナ ー 50-このセ ミナはボゴール農業大学が国際協力事 業団の援助 と協力 の もとに行 っている農業工学 部 の大学院の強化 のため技術協力計画 ( JTA-9A 132)の一環 と して 「イ ン ドネ シアの農 業発展 に資す る農業工学 と農業技術 に関す る研 究」をテーマに昨年か ら夏季休暇中に行われて いる.今年 は8月 7日, 8日の両 日ボゴール農 業大学 のダルマガキ ャンパ スの農業工学部で開 催 された.図

5

に開会式 の様子 を示す. 日程 と 発表課題 は以下 の通 りであ った. 図5.ジョイントセミナ開会式場 8月7日 08:00.-09:00 登録 09:00-09:45 開会式 *歓迎 の言葉 IPB総長 09:45-10:15

DrJr.SitanalaArsyad *開会 の挨拶 日本大使館 一等書記官 大田慎一 *来賓の挨拶 農業副大臣 DrJr.Syarifuddin Baharsyah コー ヒーブレイク 第1-A分科会 作物生産のための農業機械 の 最適利用 司会 Dr.MikioSato. 10:15 ヘ ッ ドフィー ドコンバイ ンの 最適制御 一操舵 セ ンサへの超 音波セ ンサの応用 KojiKito

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Vol. 6 No.1 1990 10:30 10:45 ll:00 乾燥地耕作 に於 ける土壌水 分 と トラクタの容量 の関係 の研 究 FransJ.Daywin,

E.NamakenSembiring, 14:15 Imam Hidayat. 第3分科会

R.GodfriedSitompul KojiKito 4輪駆動 トラクタによる土 壌 14:30 圧密 の研究 AbndulRozaq 質疑応答 第1-B分科会 司会 Dr.Ir.Tineke氏.L. 14:45 ll:15 ATA-220計画 に於 け る動 力 耕転機 と刈取 り機 の開発 HideoTakeshima, 15:00 ll:30

TadashiWatahikl Michiolrie ATA-220計画 で開発 した農 15:15 業機械 の経済性 と耐久性 15:30 MitsuoSuzuki 第4分科会 TrieLeksonoDewi ll:45 質疑応答

第2-A分科会 司会 Dr.lr.Soedod。H 12:00 い くつかの水 田土壌 の圧密 試

験 に於 ける嵩密度 と水分 の関 係

AsepSapel

M.Azronm Dhalhar 12:15 SeijiSudo 熱帯 の畑地 の土壌肥沃度 の問 題点, :イ ン ドネ シア, タイ パ ラグアイ 15:45 16:00 16:15 Takanorilgarashi 第

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分科会 質疑応答 ランチ ブ レーク 第

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8分科会 司会 Dr.KatsumiFujii 水稲作 に於 ける耕転 に影響 を 及す最適土壌物理状態 SWAP地 区 の ラ ン ドサ ッ ト ー 51 -16:30 インドネシアを垣間見て デー タを用 いた農業計画 のた めの土地評価法

HariyantoSumarman KoichiYamazaki

質疑応答 農業生産 のための システム解 析 と管理 司会 Dr.MoeljarnoD. 水 田耕作 のための耕転 の機械 化 -農場 レベルでの トラクタ 利用 の管理分析 Soedjatmiko PNUTGRO落 花生作 物 成長 収穫 モデル BambangPrastowo ランプ ン県 に於 ける農場経 営 システムの シ ミュ レー シ ョン TrieLeksonoDewi 質疑応答 コー ヒー ブ レイク エネルギ及 び農村電化 司会 DrJr.ErlyatnO 砂糖生産 に於 けるエネルギ流 れの解析 (Jatiroto砂糖 農場 を例 と して) AbdulK.Irwanto KammaruddinAbdullah EddyHartulistyoso FarhatUmar エネルギ消費か ら見た農業 生 産 の技術的 レベルの計測 HelmiA.Koto 質疑応答 食品工学及 び食品科学 司会 Dr.Ir.AtjengM.S. 蝦肉の凍結乾燥特性 と輸送 性 FransWenur YasuyukiSagara KamaruddinAbduHa AtjengM.Syarief

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16:45

17:00

17:15

MoeljarnoDjojomartono

BacL'llussp. 由来 の プ ロテ アーゼの研究

MaggyT.Soehartono

太陽熱冷却装置の開発 に関係 した熱帯農産物 の熱拡散率

KamaruddinAbdullah EdiHartulistlyOSO YasuyukiSagara 質疑応答 8月8日 第

6A

分科会 農業水利 のための流域 モデル の開発の最適化

司会 Dr.Ir.Suprodjo,P. 8:00 イ ン ドネ シアに於 ける水資 源 開発計画 の評価 と観測 HiroyukiHagihara

8:

15 水資源開発計画 に関連 した農 業用水需要 の計算 へ のAGW ATモデルの応用 Suryadi, Marfini,S Amirwandi lrfanSudono 8:30 8:45 日降雨量 を基礎 と した流出予 測 モデル PutuSudira 質疑応答 第

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-8分科会 司会 Dr.Ir.M.AzronD 9:00 9:15 9:30 USLA法を用 いた大流域侵蝕 予測 の誤差 を最小 にす るに格 子法 A r上sPriyanto 砂糖キビ農場の蒸散速度

と土

壌 水分との関係

BaldoryMubien

SoedododHardjoamidjojo ArisPriyanto DasunHeruJltO ベ ン トナイ ト懸濁液の粒子 の -52 運動の実験的研究 KatumiFujii 9:45 質疑応答 10:00 コー ヒ-ブ レーク 第7-A分科会 ポス ト- ーベス ト技術

司会 Dr.YasuyukiSagara 10:15 粉体材料 の安息角 と物理性 の 推計学的研究 NaotakaHayashi 10:30 大豆 と玄米 の空気力学的特性 AchmadMadjedi AtjengM.Syarief 10:45 温度 と圧力 データ収集システム

SoesiloSarwono AtjengM.Syarief ll:00 質疑応答 第7-B分科会 司会 Dr.Ir.M.AmanW. ll:15 二重熱源細片 タバ コ乾燥機 の 性能 SamsuriTirtosastro KamaruddinAbdullah YasuyukiSagara AtjengM.Syarief SoewrnoT.Soekarto DediFardiaz ll:30 ll:45 石油燃焼炉 を用 いた丁子 の乾 燥 の研究 Ag.Suryandono Soemangat AriefPurwako パ チ ョリ油の蒸留速度 に影響 す る蒸気圧 の予測 のための数 学 モデル DahmirDahlan HadiK.Purwadaria SofyanRusli PasrilWahid AtjengM.Syarief 質疑応答 昼食

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Vol. 6 Nm1 1990 第7-C分科会 司会 Dr.Ir.RizalSyarief 13:15 13:30 13:45 14:00 第

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分科会 14:15 14:30 14:30 15:00 第9分科会 15:15 15:30 高水分穂付 の コー ン用 の ロー ラ型脱殻機 の開発 Soemangat HarisMustopo

エネルギ伝達が簡易円筒 コー ン脱殻機 の性能 と婦人の技量 に及す影響 IKetutTastra 新鮮 トマ トのMAシステムに 於 ける挙動 YangyangSetiawan HadiK Purwadaria TrisiladiSuprlyantO 質疑応答 シン ドネ シアに於 ける潅概 の 有効利用 司会 prof.Dr.SeijiSudo 海外資金供与 による潅概排水 事業 の動向

KazunoriKato

低地稲作 に於 ける潅概性能 の 指標 と しての均等配水性

SuprodjoPusposutardjo

イ ン ドネ シアに於 ける潜在 的 潅概方法の潅親水 の損失 AchmadiPartowljoto MuhammadYanuar 質疑応答 農業施設 と材料強度 司会 Dr.KazunoriKato

重量 コンク リー トの部分結 合 材 の代わ りに フライア ッシュ 利用 の可能性 Aim Abdurachim パ ネルの厚み と表層 の繊維 の 方向が1種 ベニ ア (Meranti &Kruing)の理工学的特性 に及す影響

SuryonoSuryokusumo

インドネシアを垣間見て

Suchayo

SriMudiastutiPriyanto BambangT.Kisworo 質疑応答 コー ヒーブレーク 農業工学関係 フイルム ショウ 閉会式 セ ミナのまとめ

Dr.KammaruddinAbdullah

lr.AbdulK.Irwanto 閉会 の言葉 Prof.Dr.Ir.EdiGuhardja このよ うに, 9つの分科会で計39題 の発表が あ った. 日程的にセ ミナの全部 の講演 を聞 くこ とはで きなかったが,開会式 とその後のコーヒー ブ レークの時 に,か って日本 に留学 していたボ ゴール農業大学 のテ ィネケ先生 (東京農工大), カマルデ ィン先生 (東京大学 ),沖縄国際セ ン タでJICAの研修生だ った コスノ氏, 1987年春 の農業機械学会の国際 シンポジュームに出席 さ れたス ジャ トミコ先生 (イ ンドネシア工科大学) 等 に会 うことがで きた. また, ボゴール農業大 学 のJICAの支援 スタ ッフの佐藤幹夫先生 (東 京大学 ),加藤和文先生 (東京大学 ),須藤修 次先生 (茨城大学 ),鬼頭孝治先生 (神戸大学) ,林尚孝先生 (茨城大学 ) さ らに はJICAの山 下寛華氏,佐藤正人氏 に会 うことがで きた.閉 会式 の後,ハディ・カ リア先生の研究室のプティ アニ氏 の案内でプ ンチ ャック峠, ボゴール植物 園を見学 して ジャカルタへ送 って もらった. 9.航空券の リコン7 7メー シ ョン

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月の ジョクジャカルタ便 は混むので予約を 早 目にと言 う旅行 ガイ ドブックの記事に従 って, 沖縄 で ジャカルタージョクジャカルタのガルー ダ432便 を予約 した. しか し,成 田を発 つ時点 で はまだ,帰 りの便 はキ ャンセル待 ちで取れて なか った. ジャカルタで手配す るつ もりで出発 した. ボゴールか ら帰 った8日の夕方,隣のプ - 53

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-レジデ ントホテルに食事 に行 き,帰 りにそれ と な くショッピングアーケー ドを覗 くと一軒だけ 旅行社が開いていたので, 9日の ジョクジャカ ルタか らの帰 りの便の空席を訪ねた ら最終の臨 時便に空 きがあるとの ことで早速予約 した.そ こで,行 きの432便の予約 の確認 を した ら端末 には家族3人の名前があ り,一安心.翌朝,予 約を しておいた リムジンで早朝の街を一路 スカ ルノハ ッタ空港のガルーダの国内線カウンタ/\ 高速道路で130-140km/hで出す運転手 にび っ くり. リムジンはちなみに トヨタのクラウンで あった. 20を越えるチェックインカウンタの中か らやっ とYOGYAKARTAの文字 を見つ けチ ェ ックイ ン. カ ウ ンタのお兄 さん, 「Mr.Akinaga noname on our computer ! Please ask ourstandbycounter!」 おい, それ はない ぜ. と抗議 は したがチェックイ ンカウンタでは 対応出来ないとの返事.日 く, リコンファメ-ションは出来 るだけガルーダのカウンタでや る ようにとの有難 いお言葉. 家族 はさかんに,文句を言 う (日本語で)が 分 るわけはな し.スタンバイつまりキ ャンセル 持ちのカウンタで精 いっぱい事情を説明 したが, 「帰 りの便を予約 した旅行社で端末の操作を誤 っ たので しょう,出発の30分前にな らないと空 き 席の確認が出来ないのでそれまで待 って欲 しい との返事.」高速 を飛ば したせいで早 く着 き過 ぎて時間 はたっぷ り. 搭乗券がないので ショッピングアーケー ドの ある

2

階にも上がれず,朝食抜 きで駆 けつけた 家族 は機嫌が悪 くなる一方.気の毒 に思 ったの かカウンタのオフィサーが度々チェックイ ンカ ウンタに様子を見に行 って くれる. 待つ こと約1時間, 出発25分前 には 「Mr. Akinaga」の コールでや っと搭乗券 を手 にす る ことがで きた.機内食のサ ン ドイ ッチを食べ終 えるとジョクジャの街が眼下にあった.外国で は航空券の予約の確認が必須であることがよ く 分 った早朝ので きごとであった. 10. ジョクジャカルタで ジョクジャの空港 は隣接 して空軍の飛行学校 があるため滑走路が広大な芝生の中にあった. エプロンか らで出迎えのセ リさんやベテラン大 学のスタッフが見え,それまで会 った人が見知 らぬ人で, しか も,英語 しか話 しくれないので 幾分まいっていた娘の顔がほころび,ほっとし た.早速帰 りの便 の確認 をセ リさんに頼むと, セ リさん も別の便 を手配 して くれていた.現地 では手配で きるのである.迎えの車で一路市内 へ.喧嘩渦巻 くジャカルタと違 う落ちっいたジャ ワの京都 と呼ばれ る町並 にホ ッとした.市内の レス トランで小休止の後,ベテラン大学へ向 っ た. ジョクジャではベテラン大学の講師で もあ るセ リさんか ら,ゼ ミを頼 まれていたので,ゼ ミをやって市内の市場 を見学 し,時間があれば ポロプ ドール寺院を訪ねる予定であった. ベテラン大学 のキ ャンパ スは丁度入学試験の 最中で高校生で溢れていた.受験生の間を農学 部長室へ向 った.学部長室で挨拶を して,ゼ ミ と思 っていたところ,室内には大学 の紋章入 り のテーブル掛けが掛かった机が並びマイクのセッ トがあった. どうも,我々3人 はベテラン大学 の公賓 として処せ られたのではと気付 いた時は 既 に歓迎式典が始 っていたのである.私 と家族 の格好 は典 型 的旅行 者 ス タイ ル, 記 録 用 の VTRカメラも回 っているではありませんか. 「まな板の上 の鯉」 とはこんな時を言 うので はと流れに身をまかす ことに した.学部長の歓 迎の挨拶の後,当然の如 くア ドレスをとのこと になった. 日本語で と考えていた ら,同席のガ ジャマグ大学のカブティ先生 (東京農大農学博 士)が英語で と勧め られた. ア ドレスは聞いた ことはあるものの,定石 は覚えていず, ともか く歓迎 に対す るお礼を しどろもどろでや った. 終 って語学力 と言 うより準備 の無 さを大 いに反 省 した.出席の先生方の紹介の後,ベテラン大 学訪問の記念の盾を戴 いた.図6に記念の盾を 示す.琉球大学を訪問 した外国人にこのような 記念品があるのだろうか と疑問を抱 いた. -54

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-Vol. 6 Nal 1990 図6.ベテラン大学訪門の記念の楯 箱にはジョクジャカルタ特産の更紗が張ってある そのあと,図7のように持参のスライ ドを使 っ て,沖縄の青果物の流通 と品質保持技術を

1

時 間半程講義を した.講義 のあとで,い くつかの 研究室を見せて もらった.ベテラン大学では大 インドネシアを垣間見て スプロ ト先生 が しきりにODAの物品が拠点大 学 にだけ配備 されるのを欺 いてお られたのが耳 に焦 った. 実験室見学の後,昼食 もカットして大学の車 でポロブ ドール寺院へ連れて行 って もらった. 中央線 もない舗走路をダイハ ツタフ トは

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で突 っ走 る.図

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に示すような対面交通, 馬車,輪 タク,そ して石油を満載 したタンデム タンクが混在 した道 を走 りなが ら

3

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年程前の我 が故郷にタイムス リップ していた. 図7.ベテラン大学での謙譲 左はガジャマダ大学のカブティ先生,手前はセリさ んとスタッフ 方の分析機器 はガジャマダ大学の機器セ ンタの 機器を利用 しているとのことで,設備 の貧弱 さ は言葉に表わせないものがあった.著者の経験 では沖縄の中学校の理科の実験室の方が機器が 揃 っているのではないかと思 った. セ リさんが,青果物の品質評価を対象 とした 実敬で,余 りに多 くの機器分析を試みるの もベ テラン大学では経験出来 なか った機器分析を留 学中に経験 したいという熱意か らであったこと が, ここに来て初めて理解出来た.副学部長の - 55-図8.ポロブ ドールへの道 馬車,パス,バイクの対面交通 ジャングルを切開 き

UNES

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や 日本 の援助 で整備 されたポロプ ドール寺院 は梯子の林の中 にその威容を誇 っていた.時間の関係か ら徒歩 で中央階段を最上段 まで一気に登 った.図9に 示すス ト-パ と呼ばれる仏塔 を眺めなが らこの 国の歴史 と悠久の時の長 さに思 いを馳せた.求 ロプ ドール寺院をあとに,ガジャマダ大学のキャ ンパ スを抜 けて再び ジョクジャの空港か らジャ カルタへ戻 ったのは夕方のラッシュの最中であっ た. 図9. ポロプ ドール寺院のスト-パ

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ll.ベテラン大学について

ベテラン大学 はイ ンドネシアの 4軍の退役軍 人及びその子弟をイ ンドネシアの国家発展 に資 す る人材に育成す るための高等教育機関 として

1958年 に退 役軍 人 省 の下 に設 立 され たThe

Academy ofNationa一Development(APN) "Veteran"が母体で, 1977年 に国防安全省立 の "Veteran"NationalDeve一opmentUniver sityとして発足 した. ジョクジャカル タの本校 とスラバヤ及 びジャカルタの分校を もってお り 学生数 は全体では8,165人 (1979年便覧 )であ る. ジョクジャカルタ校 は地質工学部,石油工 学部,鉱山学部,化学工学部,農学部,経済学 部か ら構成 されている.各学部 に修士課程の大 学院を もっている. 12.停電と トイ レ 夕方の出発まで,パサールイカ ンか,プルマ イの蘭園を見学の予定であ ったが,研究室の皆 への土産やジョクジャで買い漏 らしたパームシュ ガー (砂糖榔子か ら作 った黒砂糖)を買 いにサ リナデパー トに出かけた.マ ンダ リンホテルか ら徒歩10分程の距離なのでヌサ ンタラビル,プ レジデントホテル, フランス大使館等の立 ち並 ぶ タム リン通 りを歩 いて行 った. 満員のボルボの2階バス, ドアを開 けたまま 走 るメ トロ ミニ,狭いバス停 に溢れる人々,昨 日の ジョクジャの街 とは違 う空気が直に伝わ っ て くる.サ リナデパー トに近付いたのであるが, 外装工事中で入口がなかなか分 らなか った.1 階の両替所でまず

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ドルをルピアに替 え た. お決まりの絵葉書を買い,店内をゆっくり見て 周 り,エスカ レータで 2階に上が ったところで 突然停電,話 には聞いていた ジャカルタ名物の 停電かと客の反応を観察 した.慌てる人はなく, 非常燈の明 りでちゃんと品選 びを しているでは ありませんか.郷に入れば郷に従え と眼が慣れ るのを待 った. しか し

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分 ほどで照明がつ き 始めた.民芸品売場の4階で家族が トイレに行 っ た.用を足 して返 って くるのが普通 であ るが, 「紙がないのよね.」そろそろ日本か ら持参 し たポケッ トティッシュが無 くな りかけたのであ ろうか.店員に トイ レに紙が無 い旨を伝えた ら しく,店員 さん日 く 「ティッシュは地下のスー パーでお買 い求 め くだ さい. 」 そ こで,私 は 「おい,水 と柄杓 はあったの じゃない

?

」紙 で 用を足すのは世界の人口の

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分の 1に過 ぎない と言 うことを身を もって知 って しまった.そ う いえば, 4泊 した五つ屋の ジャカルタマ ンダ リ ンホテルで も請求 しないと トイ レッ トペーパ ー も補充 して くれなかった.外国にお出かけの節 は是非 とも自分の用を足すための準備だけはし た方がよいよ うです. デパ ー トの地下のスーパ ーで トラジャより美 味 くかつ安 いランプ ンのコー ヒーやパームシュ ガー等 々を買い求 めた. 12,まとめ 本当に駆足の旅行でイ ン ドネシアに13,667あ る島のたった一つの ジャワ島の一部 しか見てい ないので,まとめを善 くのがいささか危険な気 がす る.調査 目的の一つであった青果物の流通 は聞取 り調査 しかで きなか ったが,まだ広域流 通ではな く相対取引が主流であった. したが っ て規格 は皆無であった. しか し, 自給率の高 ま りとともに青果物の輸出はイ ン ドネシアの農業 の緊急の命題であ り,植物防疫,規格,選別等 を含んだいわゆる収穫後の品質保持技術の開発 が急がれている. 産油国であ りなが ら国内のエネルギ事情 は厳 しい ものがあ り,先進国にみ られる低温輸送等 は多額の社会資本の投下を必要 とす ることもあ り,今後 は太陽熱や簡易な水力利用等の省エネ ルギ技術を組合せた青果物流通施設が必要であ ることを記 して筆 を置 きたい. 最後 に,今回の調査旅行 に際 して旅費の一部 を援助 いただいた南方資源利用技術研究会,滞 在中にお世話 にな ったボ ゴールのJICAのチー ムの皆様,ベテラン大学 の皆様 に感謝申 し上 げ ます. -5

(12)

6-Vol.6No.11990 13.参考文献

原稿の執筆 に当 っては以下の文献 を参考に し た.

1.INDONESIA (1989)AN OFFICIAL HANDBOOK :Departmentoflnfor ma-tion,RepublicofIndonesia.

2. Eiseman,Fred and Margaret(1988) Fruits or Bali, Periplus Editions Berkery.Calif,USA.

3.Eiseman,Fred and Margaret,(1988) F】owers of Bali, Peripユus Editions Berkery,Calif.USA.

4.SriOwen, (1976) Indoneslan Food and CookeryJndonesian reprint by P. T.INDIRA,Jakarta.

5.GraduateSchoolIPB,(1988)Graduate SchooIPrograms1988-1990.

6. 'VETERAN 'NationalDevelopment University,Guidebook (1980).

7.JICAJPB,(1989)AbstractsofSecond JointSeminaron AgriculturalEnginee ringandTechnology,(ADAET)

JTA-9a(132).

8.藤田勝彦 (1989) ェ リアガイ ド151イ ン ドネシアの旅,昭文社 ,

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参照

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