「論理学ノート」(その2) : 論理とレトリック
15
0
0
全文
(2) . 北海道教育大学紀要 (第1部A) 第45巻 第1号. 平成6年1 0月. lo f Hokka i do Un i i journa t i i l t t ver s on(Sec onIA)Vo yofEduca .45 , No.. oc tobe r ,1994. 「論 理 学 ノ ー ト (そ の 2) 」. --論理 と しトリ・ ソク --. 西. 岡. 孝. 目. 次. 治. 1 1. 「語 られうるもの」 と 「語られえぬもの」)くヴィ ッ ト ゲ ソ シ ュ タイ ンの 野 心〉 「論 理」 と 「レトリ ッ ク 」. 1) 未分化の段階 2) 分 化の段階 3) 総. 合の段階. 1. 「語 られ う る, も の」 と 「語 ら れ え ぬ も の」. 1 9 2 1年に初めて出版されたという 「論 理 哲 学 論 孝」 (Logi i l sch‐p垣l osoph sche Abhand ung) に お い て, ヴィ ッ ト ゲ ソ シ ュ タイ ン (1889~1951 ) は, 次 の よ う な 言 葉 を 残 して いる.. 「哲学の目的は 思想を論理的に明確にすることである 哲学とは 学説ではなく 活動である 哲学の仕事の本質 , ‐ , ‐ , “ ” は, 解明にある. 哲学の成果は, 哲学的命題 ではなく, 命題の明確化である‐ 哲学は もし哲学が取り組まないな , ら, いわば, 不透明で膿廟とした思想を, 明確にし鮮明な境界を与えるべきである‐ (4‐1 1 2 ) 一 「哲学は 考えられうるものの境界を定めて そうすることによ て 考えられえぬものの 境界を定めるべきで あ っ , , , る. 哲学は, (そのようにして) 考えられうるものを通して内側から 考えられえぬものの境界を定めるべきである 」 , . (4‐ 114 ) 「哲学 は 語 られ う る も の を 明 か に す る こ と に よ て 語 ら れ え ぬ も の を 示 す で あろ う (4‐ 115 ) っ , , .」 「お よそ 考 え られ る も の は す べ て 明 瞭 に 考 え ら れ う る お よ そ 語 ら れ う る も の はす べ て , ‐ , 明 瞭 に 語 ら れ う る.」 (4‐ 116 ) 「示 さ れ う る も の は 語 ら れ え な い 」 , ‐ 以上 の 一 連 のア フ ォ リ ズ ム ( i aphor sm. (4‐ 1212 ) ’α霧 「中o 警句 ・ 格 言 ; 偶 然 に も こ の 言 葉 は “境 界 線 を 引 く”(表≠叩 ぼり 〈 ( ) ,. か ら来 て いる と い う) を も と に して, 次 の 二 点 を 考 えて み よ う ‐. 第一に, 知と非知 (未知) との境界線を引こうという欲求である‐ ごれは決して現代人ヴィットゲソシ タイ ン一人 ュ の欲求ではない‐ およそ人間が物を考え, 特に論理的に考え始めた時の欲求である ある事を知りあるいは確認 納得 ‐ , するのが第一段階とすれば, 次にはこの既知を前提 (根拠) として 新たな知を求めて推論を展開していくのである , ‐ 人間が物を考えるという事は, 未知から既知をめざすものでも また 知も非知も区別 しない混沌に甘ん じることでも , , ない筈である. 知の展開には, 洋の東西を問わず同様な欲求がみとめられる 誰でもすくに思い出すのは孔子の 「これ ‐ 2 )であろう を知るをこれを知ると為し, 知らざるを知らずと為せ‐ 是れ知るなり‐一 ‐ 論理 (ロ ゴス) を重視するとされ る西洋においては多数の例をあげられようが, 最も有名なのは ソクラテスの言葉であろう 「私は帰り道ひとりでこう , . 考えた--この男よりは私の方が賢い人間である‐ なぜなら どうやらわれわれのどちらも 優れて善きことについて , , は何も知っていないのであるが, しかし, この男が 知っていないのになにかを知 っ ていると思い込んでいるのに反 , し, 私のほうは, 事実知っていないので, またその通りに知っていないと思っているからである ‐ } どう も, この ほ ん の わ ず か な点, つま り 自 分 の知 ら な い こと に つ い て は ま た 知 ら な い と 思 う 3 , , , ま さ にこ れ だ けの 1 1.
(3) . 西. 岡 孝 治. 点 で, 私の方 が彼 よ り も 賢 い ら しい, と.」. > 〈腹が一杯では食欲はわかぬ‐ l ibe l l te wi th afu ) (No appeti y .. 6字の- かくて, 知恵を愛し求める哲学精神の権化ソクラテスは, 人々に無知の自覚 (無知の知) をエイ ローネイ ア ( e霞) をもって痛感させる愛知の使徒として活躍することになる‐ し 4 ) も っ と 手の込 ん だ 例 は, ソ ク ラ テ ス に 続 い た プラ ト ンの か の 《線分の比除》 で あ ろ う. AC CB. -. AD DC. 一. CB BB. ここでは, ACは可視界, CBは可知界 (不可視) を表わし, それぞれの世界に知の似像 と原物が対応する‐ 即ち, ) の領域で, 幾何学や数論のように, 一定の基本的仮説の下にえられ ADは幻覚, DCは所信;CB は間接知 @表しαα 《もとにおかれるもの》(基本の仮定) を始元とはしないで, ほ る演輝的知である. 官百は直接知 (し命び”) の領域で,「 んとうにただ 《もとにおかれるもの》 だけの仮定として, ふみ台や発条のように取り扱い, もはや仮定ではないものに 至り, そこで全体の始元に達 し, これに触れることになる‐ そして今度は逆にまた, この始元に連絡するものに連絡し ながら, そのようにして下降して行って結尾に至るものであって, 感覚されるものを補助に使用するようなことはまっ ) そのものを用い, 実相を通して実相に至り, その終るところもまた実相においてであるという たくなく, 実相 (霞ぶ り ) 接触するもの」 クレ今冬‘ oり6艦細 “ 諺雄 β o) がそれ自身で, 問答の力を用いて (てぢて ようなもの」 であり, 「言論 (ぇ6γ とされる‐ この比除において我々が注意すべきことは, この直前の 《太陽の比喰》 も同様で, 決して学説として既に究明ずみで あるか の よ う に 断 定 的 に 語 られ て いる わ けて は な い と い う こ と で ある. プ ラ ト ンは, グラ ウコ ソと ソ ク ラ テス と の 対 話. を通して, 非常に注意深いことわりの下に, 実相, 即ち, イ デアとの接触を物語っているのである. 例えば,「自分の知 らない こと につ いて」 「知 っ て い る か の よう に 言 う の は い けま せ ん. しか し自 分 の 思 っ て いる こ と を, 思 っ て いる 者 と し て話 すつ も りに な る と い う こ と は別 で しょ う?」 と グラ ウ コ ン が言 っ て, ソ ク ラテ ス に とも か く 《善のイ デア》 ある い. は,《イデア界》 に つ い て 思 っ て いる こ と を 話 して く れ る よ う に 頼 む‐ ソ ク ラ テ ス は 「知 識 を 欠 いた 思 い な し (思 惑)」 めくら が, いかに当てにならないものであるかを, 「盲人のひとり歩き」 「盲人の風情」 にたとえ, 自分の力に余ることを して 醜態を晒したくないので, 善そのものではなく,「善が生み出したもので, 善にきわめてよく似ていると見られるものを 話に のせ る こ と に した い と 思 う‐ も し諸 君 も そ れ で い い と い う考 えな ら ば, と い う と こ ろだ がね‐ しか し駄 目な ら, や. 5 ) めにしたい.」 という調子で無理にせがまれて話すという設定になっている. それにしても最も難 しいのは, CEと EBとの境界点であるEの決定であろう‐ ここで確認しておきたいことは, プラトンが異なった研究対象に対して, そ れぞれの対象に応じた異なった方法を述べあるいは実際に用いていることである. 幾何学や数論に対 しては演輝法を, イ デアに対しては問答法 (対話術) を述べている. しかし, この説がそもそも比寂として述べられているのだから, 実 際に問答法によってどのようにイ デアを知ることができるかと問うても, 甚だ心もとないことになろう. 確実な知識に よって語ることが難しい場合には. プラトンは縦横無尽に彼の知力や想像力を総動員して, レトリック的な表現方法を 用 いて いる とい う べ き で あ ろう. ここに, ヴィ ッ ト ゲ ンシ ュ タイ ンの 先 の ア フ ォ リ ズ ム に 関 す る 第 二 の 考 察 点 が 出 てく る‐ そ れ は, 知 と非 知 と の 間の. 境界線はいかにしたら明確に引きうるかという問題である. 認識の方法と認識の対象 (課題) とは, 相互に選 び合い制 限し合って密接に関連することが多いと思われる. 先の 《線分の比除》 で確認したように, 例えばプラトンは幾何学や 算術における演継法に対して, イデアを認識する問答法をあげている‐ ところでヴィ ッ トゲンシ ュタイ ンはその初期 に,く思想を明確にして, 語られうるものと語られえぬものとの境界線を鮮明にする〉 ために, どのような方策を考えた であろうか. 一般に分析哲学者, あるいは論理主義的な現代の思想家は, 西洋の伝統的哲学のもつ形而上学的性格を非 現実で暖昧であると特に反発する傾向がある‐ 例え ばB. ラッセルは, 彼の著書 「西洋哲学史」 の終章,〈論理分析哲 学〉 の冒頭で,「ピュタ ゴラスの時代以来, 哲学において, 主として数学に関心を持った人々と, 経験科学により多く関 心を持った人々の間の対立がずっと続いてきた‐(…) そして今日, 数学の原則のうちから ピメタ ゴラス主義を取り除く 2.
(4) . 「論理学ノート」 (その2). 一方 で, 経験論と人間的知の演輝的部分への関心とを結合しようとする哲学の一派が起こ ている っ 一 と述べているが, ‐ この 「一派」 こそ論理分析哲学派のことであり 「ピュタ ゴラス主義」 とはく魂の輪廻〉 を含んだ一種の宗教思想のこと , であろう‐ 彼によれば, この派はこれまで暖味に扱われてきた 「世界の本性に関する理論 と 「最善の生き方を考える 」 ) 倫理的政治的教説」 とを峻別することによって 前者に関する 「多くの古代からの諸問題は完全に 解決 し 6 , 一 後者, 即 ち, 究極の価値問題を含む分野の間題は人類にとって深く重要であるけれども今すぐに人間知性によ て確定的答は出 っ せないので, 科学におけると同様に研究を積み重ねて-歩一歩と真理に近づくという仕方 で取り組むの である その ‐ 際, 彼らは論理分析 ( l i lana l i ) 以外に, 科学や知性が及びえぬような真理を発見することができる高度の認識方 og c a s s y 法などありえないと信じており,「この信念のおかげで 哲学する者の気質を一切持ち込まない 純粋な知的欲求による , , 客観的方法によって, 以前は形而上学の霧によって暖味になっていた多くの諸問題が確実に解決されることを彼等は発 6 見 した‐ 一)と され る‐ (こ の 著 書 は ヴィ ッ ト ゲ ソ シ ュ タイ ンの 先 の 著 書 よ り も24年 ほ ど後 で は あ る) ラ セ ル はか っ て ッ ヴィ ッ ト ゲ ソシ ュ タイ ンの 師 の一 人 で あ り 「論 考」 に も14ペ ー ジ に わ た る 序 文 を 書 い て い る 「ヴ , ィ ッ ト ゲ ソ シ ュ タイ ‐. ン氏のこの著書は, それが扱っている事柄に関して究極の真実を示していると証明しているにせよいないにせよ その , 広さと展望と深さによって確かに, 哲学的世界における重要な出来事であるとみなされる価値を持 ている 記号使用 っ . の原理とどの言語においても言葉と物との間で必須の関連から出発して この研究の成果を伝統的哲学のさまざまの分 , 野に適用してそれぞれにおいて, 伝統的哲学と伝統的解決というものがいかに記号使用の原理への無知と言語の誤 用と から生じているかを示している. 最初に諸命題の論理的構造と論理的推論の本質が扱われて (…) 彼が関心を寄せてい , るのは, 厳密な記号使用, 即ち, 一つの文が確定的なある 意味を持つ記号使用であるための条件である 実際 言語は ‐ , 常に多少とも暖昧であり, そのため我々の主張することは決して申し分なく正確とはいえない そこで 論理学は記 号 ‐ , 使用に関して二つの問題を取り扱わなければならない ‐ 1) 記号の結合において無意味ではなく意味が保障される条件 ‐ 2) 記号の意味や言及事項, あるいは記号の結合の一意性を保証する条件 ‐ 論理的に完全な言語は, 無意味を防止する構文論を持ち 常に確定的で一意的な意味を持ついくつかの単一な記号を , 持つ. ヴィッ トゲソシュ タイ ン氏の関心事は 論理的に完 全な言語を 保証する条件 ( he conditions fol a logical t l , y fec tl ) で あ る. と は い え こ れ は どれ か の 言 語 が 論 理 的 に 完 全 である と か 今 こ こ で我 々 が 論 理 的 に 完全 anguage per , な ,. 言語を構成しうると信じているということではなく 言語の全体的機能は意味を持つべきであるがこの機能を充 足する , のは, 唯に我々が仮定する理想的言語に接近する度合に応 じてであるという主 旨である ぞ ラ セルの序文のこの初め ッ ‐ の 部 分 か ら も, ヴィ ッ ト ゲ ソシ ュ タイ ンの 方 策 が うか がわ れ る で あ ろ う 「哲 学 と は言 語 分析 な り」 (Ph i l osophyi ‐ s the l i fl ana so ys ) との見解を持って精力的に1 anguage 930年代に活動 した一 団の哲学者達が. いた. 彼 らは ヴィ ー ソ学団. ( the vienna Ci l ), 通称 「論 理 実 証 主 義 者」 ( r c e l i lpos i i i t og t ) と 呼 ばれ た が, 前期 の ヴィ ッ ト ゲ ソ シ ュ タイ ンの考 ca v s s. えと似ていた. 「彼らは 形而上学は無意味であるゆえ放棄されるべきであ り, 哲学の仕事は (思想の) 明確化又は分析であるとい , う点では, ヴィッ トゲンシュタイ ンに同意した‐ 更に彼らは この分析とは日常言語からなる文を論理的に適切 な言語 , (理想的言語) へと翻訳すること であり この言語の構造はおおよそ現代論理学によ て与えられるという点 , でも同意 っ 8 )といわれ 見であった‐一 ている‐ 本稿ではヴィットゲソシュタイ ンの具体的な思想の紹介を主目的としないので 現代 , 論理学に対する彼の貢献 (例えば, 真理値表の考案など) は別の稿に譲ることにする ‐ ところで, ヴィッ トゲソシュタイ ンはラッセルやムーアといった師に就いて以上のように論理分 析哲学派の正統の一 人 と して 貢 献 した の で ある が 1933- 4 の 「青 の 書」 ( theB1 ueb ) から始まる後期において一大転換をすることにな ook ,. る. 先に引用した G k i r n s onによるう‐ 哲学的混迷を取り除き, 人を悩ませる難題は解決されねばならない ‐H ‐R ‐Pa ‐ そのためには, 言語の働きについて明確な見解を得る必要がある この 点では ヴ ィ ッ ト ゲ ソ シ ュ タ イ ンの 哲 学 の 基 本 は ‐ 変わってはいないようにみえる. しかしながら 遺著と して1953年に死後出版され た 「哲学的考 察 Ph l i , l o s oph c a 」( i i i t t ) に お い て は, も は や 「理 想 的 言 語 な ど は 存 在 し な い の で あ る l nves ons ga ther e was no such thing as an , ‐一 ( 9 ) i dea ,ー anguage) 確 か に 「思想の明確化」 ( h l i i t e canf fthought cat on o i )( i lana s l i ca s z .e .phaosoph ys sa ‐をしあLUo ,cf 3.
(5) . 西. 岡 孝. 治. が目的ではあるが, その実現のための方策は例え 「言語分析」 といっても, 後期では 「理想的言 語」 の成立条件をあれこれと探ることではない‐ 前期のように暖昧であると批判された日常言語を軽視 したり理想言語. i l ) l ngo ooseni e a s ng e r・. 「 に 還 元 ある い は近 づ け よ う とす る こ と で も な い‐ 「日 常 言 語 の どの 文 も, そ の ま ま でま とま っ て い る-」 哲 学 者 は我々 の. 」 なぜなら, 正にこの規則を捉えそこなうこと から哲学的混 言語使用を規定 している規則の明確な姿を得ようとする- 迷が生じるのであるから, その混迷が生じる原因である 「言語についての誤った見解へとあと辿りすることによってこ 9 ) 「 の混迷を取り除く ことが, 哲学者の仕事である.」 しかも, そのような明確な 規則の姿」 を得るのを妨げているのは 日常言語そのものではないのである‐ 他の哲学者達であれ自分自身であれ, 誰でもが犯す可能性を持っている誤りがあ る‐ これを正すように努めなけれ ばならない. i anguage rd na ly l i t n を 中 心 と し た 「日 常 言 語 学 派」 (o こ の よ う な 考 え は, 1950年 代 に 活 発 で あ っ た, L L‐ Aus i l ) と 呼 ばれ て い る 一 団 の 哲 学 者 達 に引 き 継 が れ て い る と い わ れる が, 両者 の 相 違 点 は ヴィ ッ ト ゲ ソ シ ュ タイ osopher ph. 8 ) ンが r哲学は本来非体系的である」 と考えているのに対して, オースチンは文が用いられるある重要な仕方を分類する 8 ) i nson) と いう形 で体 系 化 が可 能 で あ り 又 有益 で も ある と 信 じて い た, と い う の で ある‐ (park. ここまでヴィッ トゲンシュタイ ンの足跡を辿づて来ると, 堂々巡りをして結局もとの出発点 (知と非知とを峻別すべ I D ) し) に戻ったのではあるまいか, という印象を受ける‐ 彼は更に, 「実際の言葉の使用が, その言葉の意味である. 即 ち, 言語が使用されている時に, その言葉に対応する何らかの対象 (実体) 又は過程を考えて一般的な理論や説明 (例 えば, 言葉の本質についてなどと) を展開するのは誤りである,「我々は一切の説明をなしにして, それに代えて記述だ m } けにすべきである」 と言う. 明らかにこれは, 初期における, 「おょそ語られうるものはすべて, 明瞭に語られうる」 という自信に満ちた言葉からは後退 している. 数学的厳密性, いや数学をも厳密に基礎づける論理的厳密性をもって, 従来の哲学思想の暖味さや混迷妄迷を解決して除去しようと適進して来たとどのつまりがこれである二 論理的厳密性は 相手の矛盾や暖昧さに対 しても有効であろうが, 自らの思想に対 しても本人が誠実であればあるほ どその基盤を徹底的 「 と に 追 究 して やま な い で あ ろ う. 我 々 は 後期 の ヴィ ッ ト ゲ ンシ ュ タイ ンの 論 理 と 誠 実 性 と を 信 じて, 語 ら れ う る も の」. 「語られえぬもの」 との境界はこの程度にしか決定できないとするか, それとも彼が提出しているさま ざまの問題を論 破してもっと肯定的で体系的な前期の立場を支持すべきであろう. ヴィットゲソシュタイ ンがもたらし影響は甚大であ oxo ‘は, 前期と後期それぞれの立場を支持して議論を展開 しているといわれる‐ り, 彼の後継者達, いわ ば6mB 彼のかっての師の一人, ラッセルは殊に後期の否定的な結末を一大事とみなし, かっての弟子にして友人がまじめな n ) 「 思索に飽きてしまい, 単なる辞書作りのために哲学を放棄したと言って攻めたという. 先の 西洋哲学史一 の終章は勿 論 どこに も ヴィ ッ ト ゲ ソ シ ュ タイ ンの名 が 出 て 来 な い の も この た め で あ ろ う か‐ 2 1 ) [バ ー キ ソソ ソ 氏 の 自 戒]. 「哲学とは何か」 という一章で彼は西洋哲学史を概観 してヴィットゲソシュタイ ンを中心とする分析哲学に至り, そ の分裂を述べた後で次のように書いている‐ 「確定的でしかも一切を包括するような形而上学的体系の構築者の時代は去った‐ だが同じく,(論理実証主義者達の ように) 形而上学者や宗教家の言語のような全領域に亘る人間の研究論文を無意味で問題にならないと判定するような ある一般的原理を所有していると自任する者の時代も去った. 今や哲学的寛容の時代である. その寛容とは無際限では ‘ なく, 哲学者達が検討して述べる発言は少なくとも有意味として受け入れるが, 同時に 仮にこの事が有意味だとして 96 0年代のように哲学的分析の全 9 5 0年代と1 も, これの主張を正当化するものが何かあるか?’ と問うのである.(…)1 盛時代には, 彼らの主題の歴史は相対的に軽視された. 哲学の問題というととかく科学者や数学者の提起 する仕方に 習った‐ 即ち, 重要なのは極最近その主題の研究者 (多分, 時代の先端を行く少 数の人々) によ っ て書かれたもので あった‐ 哲学史が全く無視されたというのではないが (…), たとえ過去の哲学者達の見解が正しいと信 じられた時 で も, 現代哲学者が過去から学ぶものが何かあるとか, 過去の哲学者達が後継者達の見解を支持したり光を投げかけてく れるだろうな どとは思ってもみないのである‐ 彼ら後継者達は, ただその場その場で 現代の見解に同意 するの である が, それらの見解は過去の発言内容によってより明確により理解が進むということは決してなかった. 今日ではしかし, 我々が提起する問題は我々がそれらを提起するに至った過去を見ることによってのみ, 十分に理解 」 しうるという信念が益々増加する傾向にある‐ このことは, 過去の真墜な研究の必要性を意味している. 4.
(6) . 「論理学ノート」 (その2) =. 「論 理」 と 「レ トリ ッ ク」 ※. 「レトリック」 とは本稿では以下の如く広い意味で用いることにする 即ち 邦訳の 「修辞学 (明職 隠除 換 」 ‐ , , , 除, 代除, 引除, 強勢法, 誇張法. 曲言法, 迂言法, 反語法などの語のあや 更に 文のあや 思考のあや 音調のあ , , , , ※. やを含めて要するに言葉の言いまわしを工夫して相手に対して効果的に思想や感情を表現することを研究する学 今日 . では内容よりも単に言葉を飾り立てたり, その修飾語を枚挙して分類することに終始していると時に批判されることも ある. ) も含めるが, 語源である 「レートリ ・ケー」 ( ) 〈弁論術〉 も含めて, 「言語による 思想の効果的表現法」 dりて軍‘ に矛 「 とでも差し当たり定めておきたい‐ とはいえ 本稿は 論理学」 研究の一環として 「レトリック」 と比較対照すること , , によって 「論理 (学) 」 を定位しようとするのであるから, 文字によって書かれた文献 (特に古代の場合) が中心となる のはやむをえない‐ 1). 未分化の段階. 生物はすべて環境世界と交渉しながら生きている‐ あるいは 生きているとはそれぞれの個体が大抵他の個体とも関 , わりながら外的環境から影響を受けかつ環境に働きかけて存続する過程であるといってもよかろう 特に人間は恐らく ‐ 他のどの生物よりも物を感じ, 思い, 考える‐ 深く思う時は 深く考えるだろう 更に人は 心の中の思いを様々 の手段 , ‐ 方法によって表現しようとする. 造形的あるいは音楽 的方法 演劇や舞踊のような身振り手振りも含めたパーフ ーマ , ォ ソスによる方法なども後には発達して来る‐ しかし特に 人間が 〈ロ ゴス (言葉・理性) を持つ 動物〉(g@oソ九6 oし γ , ) となってからは, 身体による直接的な表現にも言葉が伴い より詳細に内なる思いを伝えられるようにな た 改oリ , っ ‐ 勿論, 言葉そ してやがて出て 来る文字言語の 限界もあ っ て それらによ っ ては表わ しえ な い も の 偽 解釈oし the , 1 3 } ) ー un s e もあろうが, 人はそれら言語を豊富にし使用の工夫を重ねて来た‐ 周知のように我々 は文献や文字遺物 peakab の有無をもって歴史時代と先史時代とを分ける徴標としている‐ この点でも言語が人間や人間の文化に対して持つ重要 性が認められていることがわかる‐ ところで, 東洋思想の直観的に対 して, 西洋思想の分析的ということが大まかな区別として言われることがある (故 ‐ 鈴木大拙氏によれば, このように区別すること自体がそもそも西洋流である由) もしロ ゴスが単に言葉や言語を意味す るだけだったら, たとい大まかな区別にせよ, 西洋思想の特質を分析的としてあげる理由にならない 単に言語の使用 ‐ だけではなく, 思想形成の仕方が分析的であると考えられる 分析とはもつれているものを解きほぐすことである 特 ‐ . に, 真偽, 正非, 妥当非妥当等を分別する時には 論理的推論が用いられる アリストテレスの定義によれば 「推論と , ‐ , は, 或ることどもが定立されると, これら前提となったことどもとはなにか別のものが これらの前提によ て必然的 っ , 4 )この推 に結果する論議の方式のことである‐一1 論の妥 当性と前提の真が確認された時に, 結論の真である ことが保証 され る が, アリ ス トテ レス は こ れ を 「論 証」(表稀66孝 )と言 ている これらの定義は現代で も殆どそのまま継承され っ ‐ ている. 本稿では,「論理」 あるいは 「論理的」 という意味を 演経法を中心とした広い意味の推論に関することとして , 考えてみたい‐ いいかえれば, 人が何かを主張する時に 必ずその根拠をあげて合わ せて主張するの である 近世の , ‐ 人, ヒュームの言葉を借りれば, 「賢者は証拠 (根拠) に見合った信念を持つ (A wise man proponions hi l i s be 」 efto the e i denc ) v e .. のである‐ 何かを前提として立て, それから必然的な結論を導き主張するというこの仕方の西洋古代の 有名な先駆者は, パルメデニス ( f Lc 1一49 2 ) であろう‐ 彼以前にも幾何学に通 じていたタレスや更に数論にも通じ ‐50 て い た ピュ タ ゴラ ス, あ る い は 一 般 に ア ル ケ ー (始 元) を 立 て て そ れ に よ て 万 物 を説 明 しよ う と した 人々 も いた‐ し っ. かし, 彼は素朴な形 ではあるが徹底した論理主義であり 後のヘーゲルの 「汎論理主義 (Pan l i ), あるいはニー og s l nu s , 」 チェ流の 「論理過度」 とでも評されたであろう. それでも このパルメデスに刺激されて 後にプラトンの対話法やア , , リストテレスの論理学, そして哲学的推論に関する一切の西洋の伝統が発展したと言われている ‐ とはいえ, 論理的思考が西洋にだけ存在したわけ では決してない パルメデスのような例はなか たであ ろうが, 古 ‐ っ 代中国や古代イ ンド (例えば, 釈尊) にも論理的思考のいくつかの例が認められる 恐らく 西洋でも東洋でも自らの ‐ , 思いを根拠づけて論理的思考に仕立てたり (思想形成) あるいは相手の思想と対決して矛盾を指摘する 時に自然と 論 , 理が用いられたのであろう (思想批判, 又は反駁)‐ この理性を中心とする論理的思考 人に必然性をも て迫 て来る っ っ , 方法に対して, どちらかといえば相手の感情に訴える方法 そればかりか 論理的には説明し難いものを象徴的に 「 示 , , 5.
(7) . 西. 岡. 孝 治. i i te t tgens す」 ( n) こ と も あ る こ の 後 者 の方 法 と して 「レトリ ッ ク」 を 考 え た い の で ある‐ ze gen: Wi. . 古代ギリシャに限らず, 古代イ ンドや古代中国においても大抵は思想対決の場面で 「論理」 が顔を出すと共に, 文学 や宗教や政治・倫理の思想表現では 「レトリック」 が多用されている. 勿論これは原則であって,「レトリ ック」 が反駁 手段として用いられている場合もないわけではない (例えば, 韓非子の 〈守株〉 や く矛盾〉 の たとえ話) が, いわば印 象に訴える間接的反駁であるから, 単独では具体性や迫力に欠けるといえよう. 古代において, 「論理」 と 「レトリッ ク」 の両方が ごく自然に自由に用いられている事実は, そもそも人間自身が単なる理性的存在でも, 単なる情緒的存在 でもなく, この両者を表裏又は両端とする不二一体の存在であることを示している と思われる‐ 「 ca こ こ で は古 代 ギリ シ ャ の 最 古 の 残 存 文 献 で ある ホメ ロス の 叙 事 詩 ( .B‐C‐750) の 中 で, 雛 型 と して で は ある が 論. 理」 と 「レトリ ック」 の使用例と思われるものをいくつかあげてみたい. 二つの叙事詩は思想書というよりも文学書で ある か ら, 「レトリ ッ ク」 の 用 例 が圧 倒 的 に 多 い. 「ア リ ス トテ レス は, ま だ 大 勢 と して は 口 譲 文 化 の 中 に 生 きて い た こ 1 5 ) i or c) でお よそ40回 ほ どホメ ロ ス に 言 及や 引 用 して い る」 そ う で ある. と も あ っ て, 彼 の 著 書 『弁 論 術』 (Rhet. 「論理」 の例. ① <自業自得〉 という主題の一貫性 人間社会の出来事に対する神々の介入や鳥占いな どホメロスの二つの叙事詩には非合理的な面が多くあるけれども, 既に合理的な思潮も認められる‐ 人間の行為に対する く自業自得〉 とでもいうべき主題もその一つである‐ 第一巻の冒頭の女神ムーサヘの呼びかけの中にまず現われる, 「かの人を語れ ムーサよ, トロイエーの聖き都を掠めた後に, 諸所方々をさ迷って, 数々の人の町を見, その俗を , 学んだ, 機に応じ変に処するにたけた男を. 命を譲り, 一党を無事に帰国させんとて, 海上で数々の苦労を心になめた が, 苦心も甲斐なく, 一党を救うことはできなかった. 愚かな者共よ, 日の神ヒ ュ ペ リーオー ンの牛を峻 っ た ばかり 1 6 } に, 神は帰国をかれらより奪い, おのれの愚行でかれらは身を滅ぼしたのだ‐一 このすぐ後にも神 ゼウスが他の神々を前にして次のように発言する, 「死すべき人の子が神々を責めるとは, なんたることだ. 禍いはわれらから来ると申しているが, 6 1 ) かれらはおのれの愚さゆえに, 定めを越えた苦労をなめている.」 「. この主題は, 海と地震の神 ポセイ ドーンの 息子, キ ュ ク ロ ー ブス の 族 の 中 で い ち ばん 強 い力 の 神 に もま ごう ポリ ュ ペーモス」 を盲にした主人公オデュッセウスの運命にもあずかっている‐「ポリュペーモスを盲に した日から, 地震の神 ポセイ ドーンは, オデュッセウスを殺しはせぬが, 故里はるかにさ迷わせて」(十年目にトロイエーの町を攻め落として 家路についた) 彼を更に十年間難儀を重ねさせる ことになるのである. この一つ目巨人との恐ろしい出会いについてオ 「 プュッセウスは後に次のように後悔の言葉を吐く, 部下たちはまずチーズをもってゆき,また帰って来て, 濫から仔山 羊と仔羊とを急いで追い出して, 速い船へとつれて行き, 塩の海を渡ろうとわたしに頼んだが, わたしは, そのほうが もら. はるかによかったのに, 耳をかきず, 怪物に会いたいと思い, かれから土産の品を貰えはせぬかと期待した. だが, か 1 7 ) れが実際に現われた時, 仲間にとってはありがたいことではない仕儀となった.」 と. これがオデュッセウスが多くの 部下を巨人に喰われると共に, 彼自身の帰国を十年も遅らせる切っ掛けであった‐ けれどもこの主題はこれだけで終わらない‐ オデュッセウス自身の運命 (自業自得) にも劣らぬシナリオとしては, 7 1 ) 「 彼の故郷イタケーの彼の館内で館の物を勝手に徒食し暴言を吐いている 「倣慢無礼な求婚者たち」 にも該当する‐ オ ブュッセイァ」 の面白さは, 十年間さ迷ったオデュッセウスの数々の冒険調と, 自らの死の運命を避けようともせず倣 慢無礼を続ける求婚者達に迫り来る帰結のサス ペ ンス であろう‐ 第一巻から第四 巻にかけて, 手を変え品を変 えオ がメ ンテ- プ ェッセウスの帰還と求婚者達の殺薮の運命の予告が少なくとも八回以上も繰り返される‐ 女神アテーネー 「 ス の 姿を 取 っ て オ デ ュ ッ セ ウ ス の 息 子 の テ ー レコ マ ス の 前 に 現 れ た 時, テ ー レ マ コ ス は い う, そ の 人 が イ タ ケ ー に. 8 1 ) 帰って来たのを見たならば, やつらはみんな黄金や衣装に富むよりは, 足の早いのを願うことだろう」 と. これに対し 8 1 }「かれならば溺 b てアテーネーは 「たとえ鉄鎖につながれていようとも, かれは近いうちに故里に帰ることであろう 4 6.
(8) . 「論理学ノート」 (その2). 知らずの求婚者共に手を下してくれることであろう. (…) その時のような姿のオデ ュッセウスが求 婚者共の前に現 わ 9 } れたらなあ. やつらはみんなあっと ・ぅ 間 に 片 づ け ら れ 情 け な い 結 婚 と な る こと で あ ろ ぅ に 1 , 一 という ‐. ‐. 女神アテーネーによつて心に力と勇気を与え られたテー レマコスは初めて求婚者達に大胆に申し渡す 「無礼千万な ‐ 母上の求婚者たち, いまは, さあ食事をたのしみ 騒ぎは控えるがよい (…) だが 明日の朝には みんなで寄合い所 , . , , に行って, 座をしめよう‐ おまえ方にこの館から立ち去るよう はっきりとわたしは通告するつもりだ おまえ方は自 , ‐ 分のものを食い, たがい同士でめいめいの家から家へと所を変えて 宴をもよおすがよい だが た た一人の男の財 , っ ‐ , 産を勝手に食いつぶすほうがよいと思うなら してみるがよい だが わたしは ゼウスがその報いを許し給うよう , ‐ , , , 0 )(こう とこしなえにおわす神々に助けを求め その時には 館の内でおまえたちを勝手に殺すことができるだろう 2 , , ‐一 言うと, かれらはみんな唇をかみ, テーレマコスの大胆不敵な言葉に驚いた とホロメスは続けている ) 第ニ巻で も , ‐ テーレマコスはこれとほぼ同 じ言葉をアンティノオスに対して言っている これに続け て鳥占いの年老いた ハリテル ‐ セースが語る, 「わしの言葉を聞いてくれ イタケーの人たち (…) ことに求婚者達に対してだ かれらには大きな危 , . . 難が近づきつつある. オデュッセウスはやがて親しい人たちのところに帰 て来る いやもう近くにいて この人た っ ち ‐ , 2 1 ) みんなの殺害と死の運命の種を播いている‐一 更 に アテ ーネ ー は 今度 は オ デ ュ ッ セ ウ ス の友メ ン ト ー ル の 姿 を 取. っ て テ ー レマ コ ス を 励 ま して い う, 「あ い つ ら は 思. 2 慮も正義も知らないのだ. その上かれらは 一日にして皆殺しになる死の暗い運命にあることを知らないのだ 2 ) , ‐一 第四巻でもメネラーオスが同じ事をテーレマコスに予言する こうして物語はオデ . ュッセウスの帰還とその後へと急 迫して行くのであり, 求婚者達は自業自得となるのである ‐ ) ② <多勢に無勢〉 の論理 冴 第二 巻 の後 半 で先 の オ デ ュ ッ セ ウ ス の 友メ ン トー ル は言 う 「わ た しの 言 葉 を 聞 いて く れ イ タ ケ ー の 人々 よ. (…) , ,. わたしは, よこしまな心で乱暴を働いている倣慢な求婚者たちを責めようとは思わない 彼らは自分 の首をかけて, オ ‐ ブュッセウスの家を食い荒らし, 王はもう帰らないと言っているのだから. わたしが残念に思うのは あなた方ほかの , 人たちだ, 黙って坐り, 大勢のくせに僅かな人数の求婚者たちを難詰して やめさせようともしないとは! と か れ 」 , , に対してエウェーノールの子レーオクリトスが言い返した 「生意気なメ ントール 気でも狂 たのか おれた ちをやめ ‐ っ , , させるよう, そそのかすと は何事だ. 人と しかも大勢と 飯の事で闘うのは これはむつかしいて , , , ‐ たとえイタケー のオデュッセウス自身が帰って来て 自分の館 で宴を張っている求婚者の若殿輩を広間から追い出そうと , 必死になった としても, かれの妻は, どんなにか夫を恋いこがれていることだろうが その帰国を楽 しむことはできないだ ろうよ‐ , 4 それどころか, 大勢と闘えば, 悲惨な運命に見舞われることだろう だから おまえの言葉は的はずれだ 2 ) . , ‐一 ここでレーオクリトスは 「多勢に無勢」 つまり 少数者に対する多数者の優位を根拠として メ ントールに対す る求婚 , , 者達の優位, 更にオデュッセウス達に対する求婚者達の優位を当然の結論とし ただ一つ 求婚者達 に対するイタケー , , の一般多数者が, 多数である にも拘らず目下は 「さわらぬ神にたたりなし と消極的にな ているが 」 っ , メントールに唆 かされて自分達求婚者達に対抗してくるのを警戒しているのである 彼は自分達に都合がいいように解 釈しているが, . そこで彼が見逃している事は, 多数者優位は原則として正しいとしても 目下自分達がイタケーの一般多数 者に対して , 少数でありなが らも権勢あるいは覇気などによって優位を保っているように 少数者であるオデ ュッセウス達がひょっ , として自分ら求婚者達多数を何らかの工夫や計略によって打ち負かす恐れがあるかもしれないという事 である‐ 倣り高 ぶっている彼はたびたびの予告をも無視して 結局 第二十二巻の後半においてテーレマコ スにに青銅の槍で刺し殺さ , , れ る の である.. ③ ア キ レウス の 約 束. アキレウスは, ヘクトールの屍をトロイァ側に返すようにゼウスの命令を受けた母の女神テテ ィ スにさとされて, 次. の よ う に約 束す る, 「そ う しま しょ う 誰 に しろ 償 い の 身 の代 を持 て きた ら 屍 を 渡 して や りま す‐ も し本 当 に 心 底 ‐ っ , ,. ) からすすんで, オリュ ンポスの神様 (ゼウス) がそうお命じなさるのなら 獅 一 そこへ神ヘルメースに先導されて老王プリ アモスがアキレウスの陣中深く入って来てアキレウスのそば近くに立ちヘクトールの屍を返してくれるよ う懇願すると ア キ レウス は, 「プリ ア モ ス よ 十 分 に わ きま え て いる の です は き りと 私 に も わ か , っ て い る, どの神 様 か が, ア カイ , っ 7.
(9) . 西. 岡 孝 治. ァ軍の速い船のところまで, 案内して来られたのだと‐ いかにも死ぬはずの人間の身で, まさかに, この陣中ま で大胆 に来る者 はありますまい, どんなに血気の男だっても. ことに見張りの者の眼を逃れようはずもなし, 容易なことで私 2 6 ) らの軍勢の陣屋の扉の, かんぬきだとても開けられないはずだ.」 と言う‐ こうして彼は母に約束 したことを, いわ ば 論理的に納得してしぶしぶ実行するのである‐ ′. \. ‐. . ・. 「レトリ ッ ク」 の 例 2 の き”鞭 冗てep食してα ) ① 「翼 ある 言 葉」 ( 「鳥 の よ うに翼を持っ 「口を開いて翼ある言葉を吐いた」 という風に用いられている‐ ある注釈者によると, これは ′ lfea i l ther l keawe r ow) す ばや く 相 手 edar i i ke a b た」 ぐwi rd), ある い は, 「巧みに羽根をつけた矢のよ う に」 ( ngeざ l の 醜こ働きかける力を持った言葉を意味するという‐. 8 ) 「民 を 食 い もの に する 領首」 (勤〆。β命 〆 βαo zぇ6ロメ 2 9 ) 「鉄 で でき た心」 (叩α6毎 o zβ勿 命) 0 ) 「真紅 の類 の 船」 (姪α ≠αリ にoz叩 豹ひげ ‘. 「大の需 した私 (き彩 の 胤しめm能 ザ) ) といわ れ i tono the rnans ) の 一 種 の 修 飾 的 形 容 詞 (Ep ここに使われている形容詞は, 「隠喰」 (”em中叩 metaphor 、 、. ‐. る.. 、、. 3 2 ) ② 「輝く 目の 女神 は, 鳥 の よ う に 飛 び去 っ た」. 「さっと立ち上がりざま, 仲間の者に手を差し延べ, 一緒に二人の者をひっつかんで, 仔犬でもあるかのように, 鴇 ) 地べたに叩きつけ」 3 4 ) 「さ な が ら 吹雪 の よ う に 地 上 へ と 落 ち て い っ た」 ,. ノ imi l s e) の 他 に ホメ ロス に はも っ と 長 い も の も 多 い‐ これ らのよ う な短 い 「比 職」 (. 「さながら, 羊飼いが, らくらくと, 牡羊の毛の刈り取ったのを, 片方の手につかんで持ってゆくように, それぞれ 3 5. の 荷 が, ほとん ど何 の 厄 介 に も な ら な い, そ の よ う に, ヘ ク トー ル は石 を 持 ち 上 げて (運 ん で い っ た) 」. ). 「つむじ風のように荒れ狂って, さながら大勢の犬だの狩人の男たちだのに取り囲まれた荒猪か, あるいは獅子が, 3 6 ) 烈しい勢いで猛りたちながら身をめぐらすように (歩き廻った)」 「まことに木々の葉の生のさまこそ, 人間の生死のさまとそっくりそのまま変わりがない. 木々の葉を, 時には風が がめぐって 吹き来たって, 地上に敷き散らすが, また一方では, 森の木々は繁り栄えて, ほかの葉を繁らせ, 春の季節 3 7 ) くる. それと同じく, 人間の世も, 一方では生まれ出て, 一方では亡び失せてゆくものだ」 「ちょうど 矢を射るアルテミスが, 猪や足のはやい鹿を追って, 打ち興 じつつ, そびえ立つテーユゲトスやエリュ , マソトスの山の峰々を進むと, 女神と共にアイギスの君ゼウスの娘なる野のニンフたちが遊びに加わり, レート一は心 けがつくのだが, みんな美 しい, そのよう よろこぶ, 、アルテミス はすべてのニンフより頭や額だけ高く, たやすく見分 5 3 ) に, 清浄な乙女 (ナウシカアー) は腰元たちの間で光っていだ」 3 9 } ③ 「いまや, おまえたちすべてのものに破滅の縄がしっかりと結 ばれたのだ」 4 0 ) ) 「そ の両 眼は 火 に 燃 え て い た」 (冗叩どぶ徴慾β & 湯”し ‐ 4 1 ) 「兵士た ちの 牧 者 (大 将)」 (汀。学 ん‘九αめし ). これらは, 普通の 「隠唆」 である. て きた ④ 「わたしの胸には苦 しみに耐える勇気がある. もう波間と戦さで数知れぬ難儀にあい数知れぬ苦 しみにあっ 媛 ) 飢えを〆命吻 伽). のです‐ さあ, これまでの難儀に新しい難儀よ, 来るなら来い !」(mええα 冗をβoしに噂 〃. 8.
(10) . 「論理学ノート」 (その2). 詩であるから, 語のあや 禅▽or f i t f i t guren) や 文 の あ や (Sa z en), 思 考 の あや (Gedankenf i gur en) の他 に も 音調 の gur f あや (K1 「 i ang guren) が ある. ④ は そ の 一 例 で あ る‐ 強 調 反 復 法」 (zぇoにヴp l (h ) といわれる ) oc e \′. ′. ・. ‐ 、. .. 、‐. ′. .. 以上の①~④は 「レトリック」 のうちの修辞学的側面のほんの一例である 二弁論術的側面についても ホメロスの叙 ‐ , 事詩は語りの部分とせりふの部分のどちらが多いか一見判断しかねるほどてあり その上 長いスピーチも 多くあるの , , で参照に値する多くの例があろう. アリストテレスが彼の 「弁論術」 の約%を弁論術的側面に当ててホメロス からも数 多く 引用 して いる こ と か ら も そ の 事 はう な づ け よ う が ス ピー チ の 例 は 省 略 しよ う , ‐. 更に, 先の 「論理」 の例, ① <自業自得〉 に関しても後のプラトンに影響を与えたであろうことは 彼の 「 国家一 篇 ,. の 最 終部 分 の長 話 (姿冗6ぇoγos 負えにんoひ こ の 言 葉 自 体 の 源 も ホメ ロ ス の 「オ デ ィ ッ セイ ア」 第 九 巻 か ら 第 十 二 巻 である し, 後 に apo l ogue と な っ てイ ソ ッ プ 寓 話 ( fab l ) と 同 様 な 教 訓物 語 を 意 味 す る よ う に な っ た ) エ ル ぐHの の 物 語 e -, (〆0命 の中の次の言葉を示している. .. 「運命を導く 神 霊 が 汝らを簸で引きあてるのではない 4 3 , - 汝ら自身が, みずからの神霊を選ぶべきである‐一 } 4 「責は選ぶ者にある 神にはいかなる責もない 4 - ) 」 αとて愈 さえ。〆≦レの‐βeds をしα&‘。s ‐ しか も, 考 え て みる と プ ラ ト ンが 古 代 ギ リ シ ャ 人 に と て 「聖 書 と も い う べ き ホメ ロ ス の 詩 を 縦 横 に引 き合 い に 出 っ 」 して, そ の上 彼 独 自 の た と え 話 (メリタos ) を 語 る と い う こ と 自 体 が 彼 の 「レトリ ッ ク」 の 一 つ の 手 法 に ほか な らな い , ‐ 「弁 明」 ( 30β) に 有名 な く虻 の た と え〉 が 出 て 来 る が これ と て も ホメ ロス の 〈虻 の た と え〉 「 こ そ で彼 の 両肩 や両 ,. 方の足に, たくましい力を打ち込んでやり 胸の中には刺虻の (ような) 大胆さを据え置いてや られた. ,. この 虻 と い う の は, いく た び追 っ 払 わ れ て も ま だ 人 間 の 皮 肉を 唆 もう と う る さく 迫 っ てく る, 人 間 の 血 が 虻 に は , ,. とてもおいしいものなのだ. その虻 みたいな大胆さで メネラーオスの心や肝の上下を 黒々と満 4 5 )と ちわたされれば」 , , 関連 して いる こと は 間違 い あ る ま い .. ホメロスの詩が, 残存文献として最古であるというだけではなく ある高い水準にあ たからこそ っ , , 古代ギリ シャ人 達によって学ばれ熟知されていたの であろうし プラトンやアリストテレスばか りではな く多く の詩人や文 化人達に , 9 ) よ っ て 引 用 され た り 素 材 に さ れ た と 思 わ れ る 5 ‐. 2). 分化の段階. それにも拘らず, ホロメ スにみられるような 「論理」 と 「レトリ ク の見事な く自然一体 〉 の状態は-旦分化され ッ 」 る こ と になる‐. その張本人 は, Brian. Vi ln Defense of 則he cker s( i tor ) や Geoge Br i c ferd (The sophi scoe Ke i r ,1988 st c movent ,. 19 8 1 ) らによれば, プラトンである. もゥとも 張本人というのは 「レトリケー に関する 攻撃 (批判) 的文献を最初 , 」 に 書 き 残 して いる と い う 意 味 で ある カ ー フ ァ ー ドに よ れ ば プ ラ ト ンの そ の よ う な所 業 の少 し前, B‐C‐5 世 紀 半 ば以 ‐ ‐. 0 ) 来 「事実よりも人々の観念や発言が重要視され始められる社会 6 」 へとアテナイ が基本的変化をしていた‐ それを 少 し 極端な現代風な表現でいえば,「事実とか真理などは存在せず あるのはイ デオロギーや 概念的モデルのみであり, それ , 6 )というこ らの選択は個人的な必要や好みに依存していると思われる各個人の問題である 4 とになる‐ そして, B ‐一 ‐C ‐ 5世紀には正にこのような状態になった 発言と事実との間には勿論関連が常にある ‐ 筈でありな ければな らないのだ が, その関連は実は一筋縄ではいかないのである 問題は単に事実の言葉による提示 ( i t t ) ではなくて, その ‐ r e s en a on p 途 中に おけ る 相 当 程 度 の 再 組 織 化 を 含 め た 表 現 (演 出) ( i t r epr esenta on) で あ っ た‐ こ の よ う な 「レトリ ッ ク」 に 関 す る 自 覚」 ( i lconsc tor i 「 rhe が ca ) 生 じて 来 て, レトリ ッ ク と 事 実 性」 ( ousness i tor l i rhe c and r t ea y) と の 間の 亀 裂 が 益々 広. がっている時に, プラトンは 「ゴルギアス」 篇を書いてレトリ クと哲学 を対照させ て前者の実施 を非難 したの であ ッ. り, 後 に 「バ イ ドロス」 篇 に お い て 対 話 術 と魂 論 (d i副ect i l c and psycho ogy) に 基 づ い た 修正 版 レトリ ッ ク を 哲 学 に資 す る 僕 と して 認 め た と い う の で あ る ‐. ホメロス 以後, 論理的思考や哲学も様々に発展してソクラテスやプラトンの時代に 至った‐ 何と言ってもホメ ロスの 詩の世界は文学ではあっても哲学 ではない なにがしかの思想はあるけれども多くの神々が ‐ 介入し, 決して論理的に練 り上げられたものではない‐ プラトンに至ってやっと 「レトリ ク のすべてではないが ッ 」 , その本質的欠点あるいは危 9.
(11) . 西. 岡 孝 治. 「 険性を指摘 し批判しうる ようになったと考えられるなら, プラトンの レトリック」 批判はもっともな事になろう. ヴィ ッ カ ース は しか し, こ の程 度 で納 得 は しな い の で ある‐. した. そし 彼によれば,「ゴルギアス」 において プラトンは 「自分の立場を構築するために証拠も議論も組織的に歪曲 するか, プ て プラトンを学ぶ者の大部分も プラトンが大哲学者であるという理由で彼にならい, レトリックを全く無視 しているかを ラトンの見解を支持 した. プラトンがいかに多くの誤った説明や敵意や人の眼を ごまかす議論操作を実行 nによる 『ゴルギアス』 の二つの著名 な現代の注解書を用いた.(…) プ encel rwi に 私 はE R Dodds と Ter 示 す ため ,. . ‐. な お多 く の 古 典学 者 や ラ ト ンの お こな っ た レトリ ッ ク の 茶 番 化 は くロ ッ ク や> カ ン ト, ク ロ ー チ ェ らに 影 響 を 与 え, 今. 4 7 ) 「プラトンのレトリ 哲学者たちに影響を与え続けている‐ 私としては彼らにこの論文を読んでもらいたい‐一 と言い, ック攻撃」 という一章を特に設けている‐ 彼の反撃を要約すると次のようになろう, )[弁論術] とは大衆を相手に して, 大衆に善ならぬ快を与えて迎 合しあらぬ方へ説得す o〆”ザ i) 「レトリケー」( pりて る単なる経験による偽政治術なり, という プラトンの 「ゴルギアス」 における結論は曲解である. i i ](二分割原理) はあまりに峻別 して破壊的であるか t e s nar ego r a yc n) プラ ト ンの 得 意 の 「二 分 法」 (&えoて叩 忽) [b ら問題である. ) 実在 ( r e紙t y. ) 現 像 (appea rance. be i ) 存在 ( ng. 似像 ( seemi ng). l ) 魂( s ou. 体 (body). t ) 支 配 者 (domi nan. t ) j 服従者 ( ec s ub l ( theru ed). l ) ( theru er. ) 善( good. l 快 (p e) easuT. te) 教育 ( educa. l f l ter t ndu a 迎合 ( ge) ,i. ) 真 知 (knowl edge. i i 思惑 ( n on) op. t ) 技術 ( a r. 経 験 (expehence) (勘). i l 哲 学 (ph osophy). i ) t (政治術) ( s c poU. i tor 弁論術 ( c) rhe 〈et c〉. 「 f c . ピュタ ゴラスの 対立 以上のような二分法を次々導入 し, かつ不完全でもっともらしい問答法を多用している.( ・. 表」). ー. はアテ n) 当時の政治的社会的アテナイの実状に対する彼の歴史的理解は片寄っている‐ 殆ど主だった政治指導者達 i ナイ市民の堕落の張本人として批判されているが事実に反する‐ に レトリ ッ ク や ソ N) プラ ト ンは レトリ ッ クや ソ プィ ス トの術 を 論 難 して い る 一方 で, 彼 自身 がま と も な 議 論 の 代 り. プィ ストの術を利用 しているが, これは非難に値する‐ i he ) t i c or strustsr ci an who di the rhetor (. めてまともな役割 v)「パイ ドロス」 では, 真実を追究する哲学とその方法である対話術に依存するなら, 弁論術も初. i i l i ae) 「哲 学 が tor osoph ca anciua ph rhe を 果 す ことが でき よう と, 改 善 の 兆 しが一 見 あ る か の 如 く み え る が, しか し, (. 最近百年の哲 主人, 弁論術 は召使」 という二分法がみえすいている. 哲学のみが真理や真知を把握 しうるとい うが, h ) などの概念が真実なんであるか を, 同 じ t t e紙t r u y 学, 社会学, 人間学や言語学の歴史は,《真理》 や 《事実性》( ,r 定は しない く, それらの概念を表現する言語が, いかに問題を含んでいるかを示している‐ 私は真理 という概念を否 と同 が, それは絶対的でも, また一学者団体の特権的専有物でもないと思う‐ 真理は, 他のすべての重要な概念や価値 4 8 )(ヴ ィッカースの じく, 相対的である‐ それらの厳密な本性は個人が自分自身のために発見し承認すべきものである.. 反撃) 3). 総合の段階. i t j ve な言 葉 の 多 い こ と で ある‐ プラ ト ンの レ a or ヴィ ッ カー スを 一 読 した 印 象 は, プ ラ ト ンを 非 難 す る 時 の 激 しく pe. 4 9 } sの注解書 に関しては, 大戦 トリック批判は的はずれでどうにも我慢ならないという一途の反感が感じられる‐ Dodd 10.
(12) . 「論理学ノート (その2) 」. 時への言及もあり,1 9 59年という発刊時までの現代の社会状況との関連が序言や付録に述べられていて それとの 関連 , で概ねプラトンの政治的倫理的見解が支持されている それでも ド ヅは極めて冷静に個々 の対話や論証の不正確や間 ‐ ッ 違いや問題点を指摘している‐ ヴィッカースはこれらの問題点や間違いや暖味点の指摘を主 として引用しているのであ る. これ も 「レトリ ッ ク」{の 一 手 か も しれ な い i) の 反 撃 に 対 して は 邦 0 } 訳 「ゴル ギ ア ス」5 の 解 説 に も ある よ う に . , ,. 「この対話篇で問題にされているのは (…) 雄弁や修辞の術とし ての, 弁論術それ自体ではなくて むしろそれは 広 , , く法廷や議会の場に応用されて 実は一種の政治の術と して受けとられていた弁論術なの , である」 それ故に, 弁論術が 「にせの政治術のの一つであるときめっけられているのであ る」 という反論がある‐ 勿論ヴィッカースもそれを承知しているのである 「今やプラトンがこれらの二分割 原理を発見的で探求 的仕方で用 . いているの ではないことが明かになった それらは論理的で価値自由の分類原理の仮面 ‐ をつけているが, 実際は偏見を 反映し強化しているにすぎない. 真の攻撃目標はアテナイの政治である しかしレトリ ‐ ックも同 じ舟に乗せられて跡形 も なく 沈 め られる の で ある 一 (The realtargetis Athenian o量i b t h t i ‐ cs p s putin the same boat , u ・ e orc i , and sunk 5 1 ) thoutt wi ) と 言 っ て い る. ace r ‐. a) の反撃は, 一つの大きな問題を指摘する プラトンの哲学において 「イ デア界 . 」 と 「経験界」 とを分ける 《二世 界 説》 (Zwe i-We l ten-Lehr e) ほ ど基 本 的 な も の は ある ま い. しか し同 時 に こ の 説 は多 くの 謎 を 含 ん で いる の である ‐. そもそも魂と体, あるいは現代的にいうなら精神と身体との二分は現代でも未解決の難問 であろう‐ 「真知」 と 「思惑」 との二分は先の線分の比除と比べると少し大まかである これはむしろ 知と非 知, あるいはヴィットゲンシュタイ ン ‐ , 初期の 「語られるもの」 と 「語られえぬもの」 に似ているかもしれない 西洋思 想は合理的であるとか, 時にやや狭義 ‐ に 「分析的」 「論理的」 といわれる. この 時に分別することが伴うが 二分法はも っとも基本的な分別 である‐ 現代論理 , 学においても, 命題といえばすべて真か偽かの二者択一が決定しうることが必須の条 件となっている‐ そして, このよ うな厳しい形式論理によって論理学自体が矛盾なく体系化しうるか否か この論 理学によって科学のみならず 感情と , , 理性を合わせ持つ人間に関する 問題がどこまで解決しうるか 即ち 論理学が哲 学の方法 と して どこまで貢献 しうる , , か, といった多くの重要な問題にかかわっている . な お, これ らの 二 分 法 を レトリ ッ ク と して 考 察 して み る と 「ゴル ギ ア ス 」 に お い て は しトリ ケ ー (弁 論 術) と ピロソ ,. ピア (哲学) との対決ということになる プラトンは当時の政治的社会的現実か ら並々ならぬイ ンパクトを受けた筈で . ある. その現実を別の方向に向けようと しても彼一人あるいはその少数者ではとても力 及ばぬことであったろう‐ 彼が 若い時に政治家を志望しながらも それを断念して哲学を通して政治問題に取り組むこ とにした経緯は, 彼の第七書簡 , によって周知の事 である‐ 深く思う時は 深く考える 彼はその思い考えたことを 言語によ っ て表現する ことに な っ , ‐ た. 遺憾ながら現実から受けたイ ンパクトを盛り込むにはいかにも言語は ( 確かに人間にとって最重要な機能を果た し てくれるものではあるが) 間接的あるいは抽象的で不十分極まりない それでも 言語によるしかないとすれば 現実の ‐ , 生々しい迫力とそれを看取しうる鋭い感受性をも た彼が受けたイ ンパクト によって醸成された思想を言語のありとあ っ らゆる工夫算段によって表現演出しようとするのは当然であろう これは単に誰か に伝えたいというだけではなく 自 . , ら にと っ て のカタ ル シス で も あ り 自 己 表 明 であ. っ た か も しれ な い‐ 「弁 論 術」 対 「哲 学」 と い う この Dr i t ama cな 二 項 対. 立は恐らくそのためにとられた手法であろう 弁論術の大家 ゴルギアスが相当に 事実とは違って描かれているといわれ ‐ るとも, プラトンの立場や意図からすればそれほど驚かれるべきこと ではあるまい ‐ 彼の当時の立場とその根本思想を 追体験する時に限り, 人は 「ゴルギアス」 の勧善懲悪主義的な発言や内容 , 不完全で暖味な論証にも拘らず, それらを 通して彼の真意を理解しうるのである この意味では プラトンの対話篇を文 字通りに, 一般の論文と して解するのは ‐ , 危 険 であ り, カ ー フ ァ ー ドの よ う な ソ ピス トの 新 解 釈 研 究 や ヴ ィ ッ カ ース の 弁 論 術 史 の 研 究 に よ っ て, ソ ピス トや レト. リックが真面目を得ると共に これと対照することによ てプラトンの真 , 意 (神ならぬ人間のこと, 神の如きと言われ っ ようと彼を教祖の如くみなすのはまちがいである) が明かになる であろう . m) の反撃に対 しては 確かにプラトンの著書の多く に史実を伝える歴史的 , 資料を安易 に期待す るのは危 険であろ う. 今後も乏しい資料に依存しながらできるだけ客観的史実を掘り起す研究を 期待したい. それとプラトンの対話篇と の比較対照からみえて来るものは何であろうか? それはひ ょっとすると, ホメロスからプラトンまでの世界にも稀な 古代ギリシャ文明の自己批判であるかもしれない ‐ i v) の 反 撃 は, プ ラ ト ンが レ トリ ッ ク を 全 面 否 定 して い る と 解 する 限 り で は 当. っ て い な い‐ ホメ ロ ス 以 来 そ して 人 間 11.
(13) . 西. 岡 孝 治. トリックは論理とともに決して全面的に否定されることはありえないであろう. が言語を持つに至って以来, 広義のレ・ 「 が弱点もある, 人間 的伝達のた めの道 アリストテ レスはプラトンと違って弁論術を一つの技術であり, 強力でもある 2 5 ) (不思議なことに彼は二「弁論術」 におい 具あるいは手段」 とみなし, 従って哲学と対立させてはいないし, 論理学一般、. 5 3 ) を 論 じて い る. ‘ にををそ の よ う な 意 味 で用 い て いる と い う) と 対 応 さ せ て そ の 機能 て &αぇeにて〆汎o r 最αぇeにて 判 して い る と す れ ば, 前 述 の よ プラ ト ン が も し当 時 の 「レト ザケ ー」 の 現 状 に 対 して 理 論 も レトリ ッ ク も 駆 使 して 批. うに政治批判 であるとともに, レトリ ックの自己批判と解することもできよう‐ プラトンも前述の 《線分の比嚇》 の所で i v) の反撃は, これまた 「相対主義と独断」 という哲学の根本問題である. ところが晩年の 「法律」 確認したように 「国家」 篇を書いた頃は大変なひかえ目な態度をソクラテスにとらせていた‐ 一層ヴィッカースは 篇になると確かに権威主義的な考え方が全体を支配するようになるのは周知の事である‐ その故に に感情的に見えるのは,「レ 相対主義的立場を標梼 しているのかもしれない. しかし, ここでも彼の プラトン批判が過度 ば彼 は有名 な ポ ッ バ ー の 「プラ トン の i i to c an) はや はり 感 情 の 人 で ある と い う こ と で あ ろ う か. 例 え r トリ シ ャ ン」 ( rhe. ) として 「法律」 の一節,「最大の原理は誰一人指導者 s s age thefrightning pa 呪縛」 の題辞にされている驚く べき一節 ( 起床, 洗 づけられてはならない, 、 なしでいてはならないことであり, 誰の精神も何事であれ自発的に行なうように習慣 することな ど夢にも思うこと 面, 食事さえも命じられるまでは. 一言でいうと, 人は長い習慣によって, 独立して行動 「 2a「 c) を紹介 してい 94 なく, 全くそんなことをできなくなるように自分の魂を教育しなくてはならない」 ( 法律」 5 4 } の句 がある,「軍隊勤務に関 る が, 実際それほど驚く べき一節であろうか? 「法律」 のその所では, この一節の頭に次 することについては (…) 多くの法律が必要だが」 (彼はポッパーによらず, 自ら 「法律」 を緩くべきであったろう. 条件外しの レトリック?) るだけ だ と思う. ただ それでも彼 は, 「レトリックと哲学の論争などというものは的はずれで, 結局は両方を傷つけ ている ことには し, レトリックが不誠実, 単なる披凝, 策略, 又は実質のない装飾といった否定的な意 味を与えられ 5 5 ) 立を通して明かにする 黙っていられない」 と言い,「少なく とも長期にわたるこの論争は,′各々の側の目標と手段を対 「 が考えたり ・語 っ たり書 べ 助けになったし, 自分のイメ ジを明確にする助けになったということを銘記す きである」 人 6 5 )「思想は表現なし いる. いたりするという行為が正に, 他人の存在やコミュニケイ ショ ンや従って説得欲を前提にして 5 6 )「全体としての人間的知は攻撃よりもむ しろ協力を求 めてい ではありえないし, 言語は観念なしでは存在しえない」 、 る」 と 言 う‐. 相手の立場や条 これこそ 「論理」 が 「レトリック」 から学ぶべき言葉であろう‐ 特に演輝を中心にした形式論理は, とし, 個有の価値とみな しているの 件ま して気持な どお構いなしである. 必然性や妥当性とは正にその ことを最大目標 の必然性ではなく, だが長所は条件が変れば短所ともなりうる. 先のヴィッカースの結論こそ, 相手構わずという論理 「 の中にも演輝 ばかりではな 相手の立場や心情の考慮を必須条件とする 「レトリック」 の長所であろう‐ しかし, 論理」 合 (矛盾克服>という結論へと く 「弁証法」 という変り種がある‐ これを筆者は, 矛盾 (対立) を前提として高次の総 「論理」(推論) の「つとみな 推論する限りでは, 演輝や帰納や類推な ども各々前提から結論へと推論するという意味で 「 とは認識力において有 すが, 「弁証法」 によって数学や自然科学の問題を解くというような事は稀有であり, 弁証法」 5 の. l i ) であ る と 考 える. i dea lguide ne 限な人間の認識の発展を導く理想型 ( 「学問においてはつねにそうであるように, ある一つの卓越した見解は時代にイ ンパクトを与え, それへの反論と論 のである. 二つの説のどちらかに軍 争の過程でその どちらとも異なる新しい認識 が生まれて, 以前の見解は捨てられる 5 8 } 配 が上 がる とい う よ う な も の で は な い‐ 一 i l t ) の 語源 は 他 な らぬ 「対 話」(6嫌えoγo c a ec 更 に, 「弁 証 法」 (di. ‘ にザ) で あ る. 「対 に 由 来す る 「対 話 術」・(&αぇeにて. ない‐ 対話は話 し手双方の見解の対 話」 とは相手と話し合うことである‐ 初めから見解が一致していたら対話は始まら が描いているソクラテスの活 立を前提として双務的に行なわれるのが理想である‐ この最も先駆的例を我々 はプラトン i l i ) と 言 う. t ogue a cd 動 と して 伝 え 聞 い て い る‐ 人 はそ れ を 「ソ ク ラ テ ス の 対 話」 (Socra. プラトンは自らをソクラテスに托して 更にこの対話形式はプラトンの殆 ど全著作の様式 (対話篇) となり, その中で と 、エルバッハが言う, 人間は動物と違って考える, 即ち, 、自己自身 存分に哲学論議を展開する. 近世において はフォイ 5 9 )しかしこれだけでは不十分であり 「我々 自身の , 会話し話すことができる‐ 「人間は自己自身で同時に我と汝である」 よってのみ, の会話に 人間と人間 かける は我々に話し ‐ 自己のなかに捕われた自我からではなくて, 他の自我から真理 12.
関連したドキュメント
これは基礎論的研究に端を発しつつ、計算機科学寄りの論理学の中で発展してきたもので ある。広義の構成主義者は、哲学思想や基礎論的な立場に縛られず、それどころかいわゆ
当図書室は、専門図書館として数学、応用数学、計算機科学、理論物理学の分野の文
[r]
[r]
経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を
哲学(philosophy の原意は「愛知」)は知が到 達するすべてに関心を持つ総合学であり、総合政
Sie hat zum ersten Male die Denk- und Erfahrungshaltung als solche einer transzendentalen Kritik unterworfen.“ (Die Philosophie der Gesetzidee, S. 1) Wie Dooyeweerd herausgestellt