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「生きる力」をはぐくむ道徳学習の研究 : 子どもたちの話し合い活動による総合単元的な道徳学習をめざして

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Academic year: 2021

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(1)学校教育学研究, 2000,第12亀pp.53-64. 53. 「生きる力」をはぐくむ道徳学習の研究 一子どもたちの話し合い活動による総合単元的な道徳学習をめざして渡達満(兵庫教育大学) ・盛美賀(蓬田小学校) 今日学校教育は未曾有の困難に直面し,その在り方が問われている。いじめ,不登校,校内暴九学級崩壊,さらに低年齢化と多 様化がますます進行しつつある子どもたちの非行行動等々,枚挙にいとまもない諸問題が,学校教育のうちに山積している。そのよ うな中で道徳教育の在り方が問われている。 本稿では,子どもたちの諸問題の基盤にある諸課題を急激な変化の中にある現代社会の中で明らかにし,それらの諸課題を学校教 育全体の基本的な課題の内に位置づけながら,道徳教育のあり得る方向を探るoその際,子どもたち一人一人が,社会的な価値・規 範と,個人的な価値・規範を主体的に統合していく道徳教育,すなわち『生きる力』をはぐくむ道徳教育の理論とその実践を作り上 げることを本研究の中心的な課題として設定し, 「教師中心の道徳教育から,子どもたち主体の道徳学習への転換」をめざしたい。 キーワード:道徳教育,総合単元的な道徳学習,話し合い,相互行為,コミュニケーション的行為. 渡達満:兵庫教育大学・生徒指導講座・教授, 〒673-1494兵庫県加東郡社町下久米942-1 盛美賀:蓬田村立蓬田小学校・教諭, 〒030-1212青森県東津軽郡蓬田村阿弥陀川汐干198. A study on the moral learning for the competences to live with : For the moral learning in terms of the integral units learning Michiru Watanabe (Hyogo University of Teacher Education) Mika Mori (Yomogida Elementary Schooot) Today, the school education is confronted with many problems. They are ljime, School Refusal, Acts of Violence in school, juvenile delinquency Classroom-disorder and so on. In this situation, people have doubts about the Moraleducation in school. In this article, we want to persuit the problems on the Moraleducation in the modern society,and to propose a new type of Moraleducation. It is to replace the Moraleducation directed by teacher with the Morallearning carried out by all students in the classroom. Just this Morallearning can enable students have the competences to live with in this changeable society. Key Words:Moraleducation, the integral units of learning, discussion, interaction, communicative action. Michiru Watanabe is a Professor of Depatment of Counseling and Guidance at Hyogo Univeraity of Teacher Educatm.. 942-1. Shimokume,Yashiro,Kato一gun. Hyogo,673-1494. Japan.. Mika Mori is a teacher of Yomogida Elementary School. 198 Shioboshi, Amidagawa, Yomogidamura, Higashitugarugun, Aomori, 030-1212 Japan..

(2) 学校教育学研究, 2000,第12巻. 54. はじめに 今日学校教育は未曾有の困難に直面し,その在り方が 問われている。いじめ,不登校,校内暴力,学級崩壊, さらに低年齢化と多様化がますます進行しつつある子ど もたちの非行行動等々,枚挙にいとまもない諸問題が, 学校教育のうちに山積している。そのような中で道徳教 育の在り方が問われている。 本稿では,子どもたちの諸問題の基盤にある諸課題を 急激な変化のなかにある現代社会の中で明らかにし,そ れらの諸課題を学校教育全体の基本的な課題の内に位置 づけながら,道徳教育のあり得る方向を探る。その際, 子どもたち一人一人が,社会的な価値・規範と,個人的 な価値・規範を主体的に統合していく道徳教育,すなわ ちF生きる力』をはぐくむ道徳教育の理論とその実践を 作り上げることを本研究の中心的な課題として設定し, 「教師中心の道徳教育から,子どもたち主体の道徳学習 への転換」をめざしたい。 l学校教育において道徳教育のめざすもの 1現代社会の基本的課題 (1)価値観の多様化と情報選択能力 統一的な価値観を失った今日の社会においては,あら ゆる物事の価値判断が一人一人の「個」にゆだねられて いる。また,日々発展している情報化社会のなかでその 選択活用能力も「個」に課せられている。この「個」の 在り方こそ現代社会の課題の焦点となる。 (2) 「個」と「個」の関わりの希薄化一摩擦回避的 人間関係 現代社会においては「個」と「個」の関わりは極めて 希薄だといわれている。その原因としては, ①少子化・ 核家族化(塾メディアの普及③消費形態の変化などが考え られる。こうした他者との関わりをもつ必要のない生活 の中で,生身の人間同士のリアルな関係を苦手とする, すなわち摩擦回避的な人間関係をとる人々が増え,それ ぞれの「個」がますます閉ざされた「個」になっていく。 (3) 「個」と社会との関わり しかし,人間が社会的生物である以上「個」同士が関 わりを持っていかないと社会は成り立っていかない。一 人一人が,閉ざされた「個」のままでなく,他の「個」 をも理解し認めていくという関係の在り方,さらには社 会の一員であるという「個」の在り方にも気づいていか なければ,それぞれの「個」も社会も成り立っていかな くなるのである。 このような「個」と「個」の関係の在り方, 「個」と 社会との関係の在り方を考えていくことがこれからの社 会の大きな課題といえる。. 2学校教育の基本的課題 (1)学校教育の現状 上述のような「個」と「個」の関係の希薄化は,社会 の縮図である教室のなかにも存在しているように思える。 もしその学級の子どもたちが閉ざされた「個」の集団で はなく,相互に関わりをもった「個」の集団であれば, いじめや不登校等の問題も多少なりとも防ぐことのでき る,あるいは起こったとしても解決していくことができ る問題なのかもしれない。では,子どもたちはどのよう な日常生活を過ごしているのだろうか。はたしてよい状 態で学校生活を送っているといえるのだろうか。 ①子どもたちの日常 実際の学校現場においては,いわゆる指示待ちっ子た ちがますます増えているといわれる。 戦後の高度経済成長期の社会における学校教育のなか での「知識,技術を教える教師」 「知識,技術を学ぶ子 ども」という構図が,変化した時代状況にある今Elの学 校においてもいまだに生きており,教師の効率性に基づ いた指導により,ただその指導を受けるだけの主体性の 持たない子どもたちが輩出され続けているのである。 ②子どもたちの「学び」の実際 時代はもはや戦後の高度経済成長期とは全く達っrた様 相を見せ,子どもたちは単に知識を受け入れるだけの存 在としてではなく,自らそれを作り出し他者に向けて発 信する力,すなわち他者とともに知識を追求し,それを 互いに伝え合っていく力を培うことが求められている。 それにもかかわらず現実はそれとはほど遠い状況にある。 上述した, 「知識,技術を学ぶ子ども」というその 「学ぶ」と「知識」について高橋勝が「知識というもの は,単純に伝えられるものではなく,また,学ぶという こともまた,単純に受け入れるということではない」(1) と述べているが,われわれは「学ぶ」ということそれ自 体を問い直していかなければならない。 (彭「学び」の学習 このような「学び」への具体的改善策のひとつとして, 平成元年学習指導要領の改訂により新設された生活科が 注目される。生活科とこれまでの教科との大きな違いは, 教師は知識や技術を「教える」ことをしないで,子ども が身近な社会や自然との関わりのなかで自ら「学ぶ」と いうことであった。 教師の在り方についても, 「教える教師」であっては ならないことがいわれ,現場においても教師は子どもを 「支援」する立場にあるのだという教師の在り方の意識 改革がはかられた。 (2)中教審における[生きる力] また,今後における教育の在り方として第15期中央教 育審議会は,第一次答申において, [ゆとり]のなかで, 子どもたちに[生きる力]をはぐくんでいくことが基本で.

(3) 「生きる力」をはぐくむ道徳学習の研究. あるとした。 さらに,同答申においては,この[生きる力]を育成す るためにまず第-に「教え込む教育から自ら学び,自ら 考える教育-の転換」が必要であることがいわれている。 これまでの教育における知識伝達を中心としたあり方を 改め,子どもたちの主体性を育てていこうとする教育は, 絶えず変化している今日の社会を生きていく子どもたち にとって最も必要とされる教育なのである。 (3) 〔生きる力〕とコミュニケーション能力 このように, [生きる力]を子どもの主体性と考えるな らば,それは(1)で述べた「個」の確立と同様の意味 を持つであろう。そこでは,その「個」は閉ざされた 「個」ではなく,他者と関わりをもった「個」の在り方 が課題であった。他者との関わりをもつ「個」というこ とは言い換えれば,社会性をもった「個」ということで ある。とすれば, [生きる力]も,一人で[生きる力]では なく,他者との共同のなかで[生きる力]でなくてはなら ないと考えられる。 この自立性と社会性の関係についてドイツの社会哲学 者--バーマス(Habermas, J.)は, 「個人の自立化と社会化の同一性が本質的にはコミュ ニケーション的行為モデルによってこそ基礎づけら れる。」(2) として,個人の自立化と社会化は,コミュニケーション 的行為によってはたされるとしている。つまり--バー マスのいうコミュニケーション能力を育てていくことが, 個人の自立化であり社会化でもあることになる。このこ とによって初めて,他者との関わりをもった「個」もし くはみんなのなかで[生きる力]が育っていくと考えられ るのである。 これらのことから, [生きる力]を-ーバーマスのいう コミュニケーション能力と捉え,そのコミュニケ-ショ. ン的行為の理論に基づき,今日の学校教育,とりわけ道 徳教育における課題のより具体的な解決策を見つけ出し ていきたい。. 3学校教育における道徳教育の基本的課題 「道徳」には,自分の外に存在する社会生活における 慣習・社会的規範としての「外の道徳」と,自分の内に 存在する個人的な内的規範としての「内の道徳」がある。 このように「道徳」の持っ二つの側面から「道徳教育」 を考えると「道徳教育」にも二つの側面が考えられる。 この二つの「道徳教育」を小寺正一は,社会的規範を習 得させる「訓育としての道徳教育」と人格(人間性)の 育成としての「陶冶としての道徳教育」としている(3)。 このような視点から,現在の道徳の時間の歴史的背景 を見ていくと,以下のような課題が浮かび上がってくる。 明治5 (1872)年の学制の傾身から始まった日本の学 校教育における道徳教育は,ほとんどが「訓育としての. 55. 道徳教育」としての役割を担ってきた。 明治以来の修身教育は,特に明治10年代以後において は教育大綱に沿った儒教的色彩の極めて濃い徳目主義, 教師中心主義の指導であったし,また大正期になると, 自由教育の風潮の中で,児童の自発的,創造性を取り入 れた道徳教育の展開も試みられたが,結局は「教育勅語」 を根本原理とした国民精神の作興と国家目的の実現に寄 与する修身教育がますます定着されていくだけであった。 この「教育勅語」において,教師中心主義の「教え込 む」道徳は一層拍車をかけられ,道徳教育の目標におい てはEg民の育成を掲げてはいても,その内実は国家のた めの国民の人格育成であり,個人としてよりよい人格の 育成とはほど遠いものであったといえる。 そのようななかで,ようやく個人の道徳に目が向けら れてきたのが戦後の新教育からであり,また「自ら考え, 正しく判断できる力をもっ児童生徒の育成」を目指した 昭和53 (1978)年の学校指導要領の改訂からである。こ こにきてようやく国家のための国民ではなく,一人一人 の個人というものが考えられ,もう一つの「道徳教育」 すなわち「陶冶としての道徳教育」に目が向けられてき たのである。 先に述べたように「道徳教育」に二つの側面があるな らば,これらの二つの側面を合わせ持っ「道徳教育」を 考えることは当然のことであり, 「訓育としての道徳教 育」 「陶冶としての道徳教育」を統合した道徳教育を考 えていくことがこれからの道徳教育の課題であると考え られる。 Ilこれまでの道徳授業の実践と問題点 1価値の主体的自覚をめざす指導過程 (1)学習指導要領 学習指導要領において,学校における道徳教育の役割 は「道徳性の育成」にあることが明示されている。さら に道徳の時間の最終的なめあては,道徳的実践力とされ ている。その道徳的実践力を育てていくために,これま で行われてきた道徳の時間は道徳的価値を内面から自覚 させる授業が中心であった。 (2)一般的な道徳授業の問題点. ◎これまでの道徳の授業過程 ・めあて○○さんの行動を通して 口□口の気持ちを育てる。 ・展開<導入>価値への興味付け,方向付け。 <展開前段>登場人物への共感,同一化。 <展開後段>価値の主体的自覚,一般化o <まとめ>価値の実践への意欲付け。 しかし,このような実践を続けてきながら,同時に次の.

(4) 56. 学校教育学研究, 2000,第12巻. ような疑問をわれわれはぬぐい去ることができなかった。 ①価値の主体的自覚の問題 <展開前段>で,登場人物の気持ちを考え共感し, その気持ちについて全体で話し合うことによって,一 人一人を価値に迫らせようとしてきたが,話し合いに ならず,価値に迫らせることができないことが多かっ m ②道徳的実践の問題 授業でめあてとした道徳的価値について,日常生活 の様々な場面での実際の実践につながっていかなかっ m ③授業のめあての問題 授業のめあては「○○という気持ちを育てる。」と いうのがほとんどで,学年が進んでも,めあてはそこ から進まない。 2主要な道徳授業理論と道徳授業の課題 さらに. (1)宇佐見寛の道徳授業批判, (2)斉藤勉の 「よりよい行為の選択」による道徳授業論, (3)コールハー グ理論によるモラルジレンマ授業等のそれぞれの道徳授 業論における問題点と,上述の道徳授業の問題点をも合 わせみると,道徳授業の課題として以下のことが明らか となる。 (1)価値伝達の道徳教育一価値に迫らせようとして きた「道徳教育」 (2)実践との関わり-道徳的行為の実践にのみ焦点 をあててきた「道徳教育」 (3)道徳性の発達一内なる道徳性の発達に結びつ かない心情主義中心の「道徳教育」 これらの問題を見直し改善していくために,まずは, 道徳性そのものの捉え方をコールハーグ, -ーバーマス の道徳性の発達理論から見直していきたい。 =相互行為調整能力育成のための道徳教育 1道徳性の発達 (1)ピアジェによる道徳性発達理論 ピアジェは児童期に異なった二つの道徳性が存在する ことを兄い出した。拘束道徳性と協同道徳性である。前 者は権威への依存と認知的未成熟によるものであり,級 者は子ども同士の関係と認知的成熟によるものである。 そして,このような協同の道徳をめざして道徳教育を 行う場合に,吉岡呂紀は考慮すべき点を2点挙げて次の ように述べている。 「第-に,協同の道徳をめざすには,その前提として, 既存の規則や価値観を見直し,実際にそれらを変更 しうる契機が,その規則をもつ社会システムのなか に存在している必要がある,という点を考慮すべき であろう。 第二に考慮すべきなのは,協同の道徳における他者. の尊重ということを,感情の問題に還元してはなら ない,という点である。ピアジェは道徳を感情と は別の次元の問題だととらえている。 -他者の尊敬 に基づいて,規則をとらえ,規則変更の手続きを考 える,というように社会システムの問題,道徳的な 判断基準を合意して,他者の尊重という言葉を用い ているのである。この点を見落として,他者の尊重 ということだけを強調すると,いわゆる心情主義的 な道徳学習に陥ってしまうだろう。」(4) これらの2点は,今日の道徳教育を考える上での大切 な示唆を与えてくれているように思われる。 (2)コールハーグの道徳性発達理論 コールハーグは,ピアジェが提唱した認知発達の段階 の特徴を基に,道徳の発達段階についての研究を進め, その道徳判断の構造を調べるために仮想の道徳的葛藤場 面を提示して,主人公がとるべき行為とその理由を尋ね るという方法を用いながら,道徳問題に対して示される 人々の思考における質的な違いが,人々の年齢とともに 一定の順序に従って現れることを示した。そしてその上 で道徳判断の発達には大きく三つのレベルがあり,それ ぞれのレベルに二つ,計六つの段階があるとした。そし て,道徳教育とは,道徳性の発達段階の向上をできるか ぎり促進することであると主張した。 2コミュニケーション能力 しかし,コールハーグの道徳性発達理論は,個人と社 会的な環境とが相互に影響しあう姿を探るには不十分で あった点,さらに社会的な環境の在り方や社会制度と個 人的な道徳性との関連についての分析がなされてこなかっ たという批判を受けることとなった。 (1) -ーバーマスの相互行為発達理論 これらの点を考慮しながら,個人の道徳性ではなく, 社会的環境を構成する個人と個人との関係の在り方に対 応するものを道徳性と考えたのが-ーバーマスである。 ハーバーマスは社会的環境を構成する個人と個人との関 わり方,つまり相互行為についての発達理論とそれから 導かれる道徳性発達理論を示した。 【-ーバーマスの相互行為の発達段階】 (5) 私とあなたという二人の観点からのパースペクティヴ の間の相互的な関係が理解される。 また,そこでなされる相互行為のタイプに応じて2種 類の相互的なありかたが生じる. 第一のありかたというのは,年少児の親子関係にみら れるように,親は「命令を与え」,子どもは「服従する」 といった相互行為のタイプであり,それぞれの立場によっ て期待される行動が異なる場合である。 第二のありかたは,同じ年齢の子どもたちの問にみら れるような相互行為のタイプであり,お互いの間で,同.

(5) 「生きる力」をはぐくむ道徳学習の研究. じ事柄が求められている場合である。 私の観点とあなたの観点との問の関係の理解に加えて, 新たに観察者の観点(第三者の観点)が加わり関係づけ られる。すなわち,お互いに相手の立場にたって考えて いる私とあなたを第三者の観点からも捉えることができ るようになる。 また,より広い社会システム全体の観点が内面化され ることによって,社会的観点に基づく相互行為がなされ るようになる。 ・3'. til'l.j r/lolffitlW的ド!/机 これは「討議」 (ディスクルス)による調整が可能に なる段階である。 「討議」は,現実の社会に存在してい る社会的規範や社会的秩序そのものを対象化し,いわば 日常性から脱出することによって,現実の社会や世界の ありかたを,論理的にあり得る多くのケースの一つとし て捉えることから始まる。その上で,彼のいう「理想的 発話状況」を想定した討議,話し合いが行われることに なる。 この段階に属する者は,討議や話し合いに参加すると きにある基準をもつことになる。つまり,討議に加わっ ているすべての者が,話題に関連する様々な立場のいず れに立ったとしても了解できると考えられる解決を探求 することになる。このことは, 「討議」を成立させる, あるいはそれに参加するための能力を示している。 「討 議」においては,話題に関連する様々な立場の理解に加 えて,同じ様な理解をしていると想定される他の参加者 の観点を理解することが必要になるからである。 (2)コミュニケーション的行為理論 このような相互行為による道徳性の発達段階は,ハー バーマスのコミュニケーション的行為理論をもとに構築 されている。 ハーバーマスのいうコミュニケーション行為とは,社 会においてある問題が生じたときに,その問題に利害関 心を持つ当事者同士が,それぞれの「妥当要求」を掲げ, 話し合いの中でその承認を相手に求め了解による合意を めざす行為とされている。 また,コミュニケーション行為は,以下の三つの点で 社会生活にとって不可欠な役割を果たす。 「第一にコミュニケーション行為は,了解(意志疎通) を可能にすることにより,文化的伝統を受け継いだ り,更新したりする。第二に,コミュニケーション. 行為は,言葉による行為調整に従事し,人々の社会 的連帯を作り出す。第三に,コミュニケーション行 為は,個々の人間が社会の中で成長し,自分なりの 人格的同一性を達成するために,すなわち『社会化D のために,中心的な役割を演じる。」(6) (3)ディスクルス倫理学と道徳性. 57. ディスクルス倫理学においては,相互主体性を尊重す る「理想的発話状況」に基づくディスクルスによって社 会規範が作られる。そしてある規範が妥当するかどうか を議論するため,実践的討議が組織される。 「実践的討 議の参加者たるすべての当事者が同意しうるような規範 のみが,妥当性を要求しうる」という, 「ディスクルス の原則(D)」に従って,その規範に利害関心を持つす べての「当事者」は対等の立場で実践的討議に参加する。 そして,最後にすべての参加者が同意するに至る規範, その規範だけが妥当なものとして認められることになる。 さらに, 「普遍化原則(U)」と呼ばれる原則があり, 「妥当するすべての規範は次の条件を満たさねばならな いoその条件とは,その規範の一般的遵守からすべての 個人の利益の充足に関して生じることが予想される結果 や副次的影響が,あらゆる当事者によって強制なく受け 入れられるということである」とされている。 -ーバーマスはこのようなディスクルス倫理学の手続 きに即し,言語コミュミケ-ションによる相互了解のも とで価値規範を創造することにより,個人と社会の相互 行為調整能力としての道徳性の発達をうながすことがで きると考えたのである。 IV子どもたち主体の道徳学習 以下では, Ⅲで述べた--バーマスの相互行為の発達 理論に基づきながら,学校教育全体の中で「教師主体の 道徳指導から,子ども主体の道徳学習への転換」をねら いとした押谷由夫の提唱する総合単元的道徳学習論を取 り上げ,さらに-ーバーマスのコミュニケーション的行 為理論に基づいた,ディスクルス倫理学による「話し合 い」を中心にした道徳の授業過程を構築していく。 1総合単元的道徳学習論 ( 1 )総合単元的道徳学習論の展開 この理論は,平成元年度文部省より提唱された子ども. 主体の新学力観を念頭に置きながら,学校教育全体で行 うという道徳教育の原点に帰って,その,補充,深化, 統合の役割を担っている「道徳の時間」を要としながら, 学校における道徳教育をどう具体化するかについての一 つの提案である。 (2) 「道徳教育」及び「道徳の時間」の目標と総合単 元的道徳学習論の位置づけ 「道徳的実践力の育成」をめざすという道徳の時間の 目標から,押谷は, 「自ら考え,判断し,望ましい道徳 的実践のできる自律的な人間の育成」(7)をめざし. 週一時間の道徳の時間では,道徳的心情,道徳的 判断力,道徳的実践意欲と態度の意欲を図る指導を 計画的,発展的に行う。そのことを押さえたうえで より道徳的実践力の指導を充実させるために,各教.

(6) 学校教育学研究, 2000,第12巻. 58. 科等の指導において,道徳的価値についての知識・ 理解を主とした指導や,道徳的実践についての方法 ・技術を主とした指導をそれぞれの特質に応じて行 う(8)。. という,総合翠 提唱をした。 (3)総合単元的道徳学習論の方法 この理論の具体的な方法例として,以下のような構成 が考えられている。 ①事前指導(各教科・特別活動等) -道徳的価値につ iいての問題意識や課題意識を各自が主体的に耕す学 習を意図的に行う。 ② 「道徳の時間」 ・-道徳的価値の自覚を深める学習を J行う。 -各自の問題意識や課題意識の追求がより主 体的になされる。 ③事後指導(各教科・特別活動等) -道徳の時間の後 に,各自が自己課題とした事柄について,より主体 的に追究していける場を設ける。 -その後の学習が, より子どもを主体とした道徳学習として発展してい く。. (4)総合単元構成における「道徳の時間」の実践 総合的な単元構成の中で,その中心となるのは「道徳 の時間」であり,子どもの道徳的価値の自覚過程として のその「展開の大要」は, 『導入-展開前段(資料を基 にしての価値の追究・把握) -展開後段(資料を離れて 価値の自覚を深める) -終末』とされている。 (5 )総合単元的道徳学習論の成果と問題点 総合単元道徳学習論に基づいた,授業の実践例を見て いくと,その主な成果として以下の2点が挙げられる。 ①学校全体における教育の充実 ②道徳的実践の深まり しかし,尾花清,瀬戸真らによりいくつかの問題も指 摘されている。 (彭「r教え込み型の教育』を克服し, 『子どもを主体 とした教育」をめざしているものではない。」 (尾花) (9) ④ 「各教科を学習指導要領の目標と内容のもとに従属 させ,教科の特質や固有性を否定するものとなっ ていく。」 (尾花)(10) ⑤ 「道徳の時間が全面主義的・学級活動的,あるいは, 生徒指導的になっている。」 (瀬戸)(ll) この④⑤の問題については,計画の段階で,各教科・ 特別活動等の本来持っ目標は大前提のものとして考えて いくことで,十分に解決されていくように思われる。中 教審答申においても,各教科,道徳,特別活動などのそ れぞれの問の連携を図った豊かな学習活動の展開は[生 きる力]を育てていくことに有効であると述べられてい る(12)。. 上記の問題において決定的なのは, ③の「子ども主体」 の問題である。押谷自身も「道徳の時間」について「学 習の目標,学習の内容,学習の方法などにおいて,子ど もたちに任せられる部分はおのずと限られてくることに なる。」(13)と述べ,子どもたちが主体的に行う学習につ いての限界を示している。結局, 「子ども主体」の道徳 学習をめざしているもにもかかわらず,その主体的な活 動は「道徳の時間」の事前,事後の指導に委ねられ,中 心となる「道徳の時間」は,価値を教えるという「教師 主体」のままであったのである。 したがって,この総合単元的道徳学習をより「子ども 主体」の学習にしていくためには,以下に述べるように ハ-バ-マスによる相互行為の理論に基づいたディスク ルス倫理学に基づく「話し合い」を中心にした「道徳の 時間」を構想していく必要があるとわれわれは考えてい る。 2ディスクルス倫理学による道徳の授業 (1) -ーバーマスの相互行為理論と「道徳の時間」 ハーバーマスによる,相互行為についての発達理論と それから導かれる道徳性発達理論では,諸個人の道徳性 やその発達は,社会的な環境の在り方によって影響され るだけではなく,逆に諸個人を囲む社会的環境を変え, 再び新たな社会的環境によって諸個人が影響されるとい ういわば相互作用的な展開をする。 これを「道徳の時間」において考えると,社会的環境 は,道徳の授業が行われる教室ということになり,その 中で,学級を構成している子どもと子どもの相互行為の 在り方を発達させ,学級集団の在り方を変えていくこと で,その子どもたちの道徳性もまた発達していくという ことになる。 (2)ディスクルス倫理学による道徳教育の理論 ディスクルス倫理学においては,相互主体性を尊重す る「理想的発話状況」に基づくディスクルスによって社 会規範が作られる。ディスクルス倫理学の手続きに即し, 言語コミュミケ-ションによる相互了解のもとで価値規 範を創造することにより,個人と社会の相互行為調整能 力としての道徳性の発達をうながすことができるのであ る。その討議における原則として, 「みんなが同意でき る規範のみが妥当であるとする」 -ディスクルス倫理学 の原則(D), 「みんなが決める規範は,そこからでてく る影響がだれの利益をも侵害せず,だれにとっても受け 入れられるものでなければならない。」 -規範普遍化の ための原則(U)がある。 このような討議,すなわち「話し合い」を, 「道徳の 時間」に取り入れることによって,相互行為による道徳 性の発達を育成しようとするのである。 (3)子ども主体から子どもたち主体の道徳学習へ ここでの「話し合い」は,ある道徳的価値・規範につ.

(7) 「生きる力」をはぐくむ道徳学習の研究. いてみんながその判断・理由付けの意見を出し合い,学 級全体でその合意を求めていくという,すなわち学級と いう集団の中で一つの道徳的価値・規範をみんなで作り 上げるための「話し合い」が行われる。したがって,こ のような授業のなかでの主体は教師ではなく,その「話 し合い」の参加者である学級のみんな,すなわち学級の 「子どもたち」なのである。ここに「教師主体」の道徳 教育から,真の意味での「子ども主体」の,つまりは学 級の中の子どもたちみんなが主体であるという「子ども. 59. (2)授業の構築・実践 ①総合単元的道徳学習による学習計画 今回は,総合主題名を「働く大切さ」とし,上記の総 合単元的道徳学習の構成の方法を基にして,以下のよう な総合単元構成を考えた。 教科等. 教材 .主題 名. 第 1次 (4 月). 学 級活動 (学 級 会 ). 係 の仕 事. 学 級 に必 要 な係 を話 し 合 い , 分 担 し, 係 り の 仕 事 に対 す る課 題 意 識 を 持 た せ る0 ( l 喝 問 ). 第 2 次 (5 月). 道 徳. 勤労 . 奉仕 「四 つ の ベ ンチ は わ ら つて る」. 働 く こ とに つ い て 規 範 に つ い て 話 し合 っ て い く こ とで働 く こ との 意 義 を 考 え, 進 ん で 働 こ う と い う態 度 を 養 う0 (2 時間). 第 3 次 (5 月). 体 験活動 (ゆ と り). 学級 園整備. 学級園の整備をす る こ と に よ って み ん な の た め に みん な で 協 力 しな が ら働 く意 義 を 考 え さ せ る0 (1 時間). 第 4 次 (7 月). 奉 仕活動 (行 事 ). 海岸 清掃. 学 区 内 の海 水浴 場 の 清 掃 を す る こ と に よ って ,. たち主体」の道徳学習への転換がみえてくる。 V授業実践 1授業の計画・実践 (1)課題解決の提案 これまで述べたように, 「教師主体の道徳教育から, 子どもたち主体の道徳学習への転換」をめざして,以下 のことを提案し,実際の授業を構築し実践・考察を行っ た。 (D総合単元的道徳学習による学習計画 提案1 『総合単元的道徳学習論を補正しながら取り入れ ることで, 「子どもたち主体」の道徳学習が可 能となっていく。』 先述のように総合単元的道徳学習論の具体的な構成,. (彰事前指導-(塾道徳の時間-③事後指導 (各教科・特別活動等) (各教科・特別活動等) に基づいて, 「道徳の時間」の事前事後に,その「道徳 の時間」に取り上げた道徳的価値に関する具体的な実践 の活動を組み込んでいくことで,子どもたちの主体的な 活動がうながされていくと考える。 ②ディスクルス倫理学に基づいた「話し合い」を取り入 れた「道徳の時間」 提案2 『道徳的価値・規範を外から取り入れるのではな く,教室のなかでそれをみんなで作り上げてい くというディスクルス倫理学に基づいた「話し 合い」を中心とした「道徳の時間」が, 「教師 主体」から「子どもたち主体」の道徳学習となっ ていく。』 道徳性の発達を, -ーバーマスの述べている相互行為 の発達と考え,それをめざした「道徳の時間」を構築し ていくことによって, 「子どもたち主体」の道徳学習が 成立していくと考える。 ここでの「話し合い」は,ある一つの道徳的価値・規. ね らい. み ん な の海 岸 を み ん な の た め に きれ い に しよ う と い う意 義 を 考 え さ せ る0 ( 1 時 間) 第 5 * (10月 ). 道 徳. 勤 労 . 奉仕 「き れ い な な が れ に」. 働 く こ とに つ い て の 規 範 に つ い て 話 し合 っ て い く こ と で 「仕 事 」 に 対 す る意 義 を 深 め , 進 んでみんなのため にな る仕 事 を しよ う とす る 態 度 を 養 う0 ( 2 時 間 ). (塾ディスクルス倫理学に基づいた「話し合い」を取り入 れた「道徳の時間」 今回は,総合単元計画(上記参照)の中の第2次と第 5次の「道徳の時間」についてディスクルス倫理学に基 づいた「話し合い」を中心とする授業過程を構築した。 その過程は以下のようになる。 (学習指導案付記) 第1時①資料読解。 (判断・理由付けの裏付けを得る。) ②主人公の立場・葛藤状況の理解。 ③主人公(または自分)のとるべき行為の 判断・理由付け。 (個人) 第2時①ディスクルス倫理学に基づく「話し合い」 の理解。. なのであり,そしてここでの主体は話し合いの参加者で. ②ディスクルス倫理学に基づく「話し合い」。 (各個人の判断・理由付け発表その判断・ 理由付けについて全体での合意の追究。). ある学級の一人一人の「子どもたち」なのである。. ③学級における道徳的規範の確立。. 範を理解し内面化するための「話し合い」ではなく,道 徳的価値・規範をみんなで作り上げるための「話し合い」.

(8) 60. 学校教育学研究, 2000,第12巻. 2第2次の授業実践と考察 (1)総合単元的道徳学習論に基づく学習計画について 総合単元計画が「子どもの主体性」を育てていくとい うことで,各次の関わりが有機的になされていったか考. けの変化を授業の効果と考え考察する。 ①より高い段階の理由付けの合意に向けての「話し合 い」がなされていたか(学級全体の発達) 子どもたちには,規範に対する合意をめざしていく. 察する。 ①第1次との関わりが有効になされたか 今回の第2次の「道徳の時間」は,第1次「学級会」 の指導の後,日常の活動を通しながら,子どもたち一人 一人が持っている「仕事」に対する課題意識に対して, より主体的な取り組みがなされるような態度の育成をめ. 「話し合い」のルールとしてディスクルス倫理学の(D) 原則,普遍化原則(U)に基づき,以下のことを示した。. ざした時間である。具体的には,第1時の導入で「学級 でどんな係の仕事がありますか。」という発問をし,自. ②自分の考えは理由も話してみんなに分かって. 分たちの仕事に対する意識を想起させながら, 「では資 料の主人公は?」という入り方をした。 しかし,実際の授業時間の子どもたちの反応や,事前. ③途中で考えを変えてもいいです。. の「仕事」に対する意識調査からみても,自分たちが日 常やっている係の仕事等と主人公がやっているベンチ掃 除の仕事を,同じ「仕事」としてはとらえられなかった ようであり,そのため第1次との関連づけはあまり有効 になされていたとはいえなかった。 しかし,授業の中でベンチ掃除という「仕事」につい て考え,話し合ったことによって,子どもたち一人一人 のベンチ掃除に対する意識は少しずつではあるが変化し てきている。資料の中でより具体的な「仕事」について 考えながら「仕事」というものの意識を少しずつ確か なものにしていっているようであった。 ②第3次以降の関わりは有効に行われるか 本次の授業に続く,第3次の学級園整備の活動におい ては,第2次で話し合った「仕事」に対する規範に基づ いての子どもたちのより主体的な活動を期待したのであ るが,第2次の授業において学級全体としての「仕事」 に対する規範が,一つにはまとまらなかったため,合意 による一つの規範に基づいて「仕事」をする活動にはな らなかった。しかも,事前の「(学級園にじゃがいもを) どうして植えるのだろう?」という問いかけにもほとん どの児童が, 「勉強のため。」と答え,やらされていると 感じている子どもがほとんどで,決して子どもたち主体 の活動とはいえなかった。 しかし,活動後の感想では, 「楽しかった。」という声 が多く,実際の活動をしていく中で意欲的になっていっ た子どもたちの様子がうかかがわれる。実際の活動を通 して主体性を育てていくという体験の重要さが感じられ m (2)ディスクルス倫理学に基づいた「話し合い」を中 心にした「道徳の時間」について ハーバーマスによる相互行為の発達は,具体的には 「∼すべき」行為に対する判断・理由付けにあらわれて くる。したがって, 「話し合い」の中での判断・理由付. 約束づくりの話し合いのルール ★みんなで一番いい約束をつくりましょう。 ①自分の考えははっきり言いましょう。 もらいましょう。 ④誰にとっても,よい約束を作りましょう。 ⑤みんなで作った約束はみんなが守りましょう。. (ア) 「話し合い」は活発に行われていたか 第1時第2時それぞれの時間の授業の逐語録から子ど もたちの反応の回数を分析してみた。 〔教師の言葉〕 説 明 . 発問 第 1 時 第 2 時. 39 回. 指示 . 注意. 児童 指 名. 6回. 52 回. 17 M. 汁. 33 回. 78回. 10 1 回. 170回. 〔児童の発表〕 (個人) 教 師 に対 して. 児 童 に 対 して. 第 1 時. 33回. 1回. 計 34回. 第 2 時. 52回. 66 回. 118回. 〔児童の発表〕 (全体) 教 師 に対 して. 児 童 に 対 して. 第 1 時. 27回. 0回. 22回. 第 2 時. 16回. 8回. 24回. 計. この結果をみると,資料の読み取りが中心であった第 1時の授業においては,教師の発問に子どもが答える, いわゆる「教師一子ども」の一問-答式の授業の形がみ えてくる。対して, 「話し合い」を中心にした第2次の 授業においては,第1時ではほとんどなかった, 「児童 に対して」の子どもたちの発表が現れ,こには, 「教師 一子ども」だけではない「子ども-子ども」の「子ども たち主体」の「話し合い」の形がみえてきている。 (イ) 「話し合い」はより高い段階の理由付けの合意に 向かっていたか。 以上のように, 「話し合い」は活発に行われていたの だが,その内容としては,より高い段階の理由付けの合 意に向けての「話し合い」にはなっていかなかった。そ の理由としては,以下のことが考えられた。.

(9) 「生きる力」をはぐくむ道徳学習の研究. i.合意に向かっての「話し合い」ということが子ど. 61. (1)第5次の実践の考察 (丑総合単元的道徳学習論に基づく学習計画について. もたちに理解されていなかった。 ii.よりよい理由付けを決める判断基準が子どもたち. 第5次の役割は, 4月から行われてきた第1次から第 4次までの計画の中の具体的な実践活動や道徳の授業を. に育っていなかった。 ii.個々人の心情的な部分が判断に影響を与えた。 ②一人一人の道徳性はより高い段階に発達したか(個々. 通して,子どもたち一人一人が得てきた「仕事」に対す る意識をより確かなものにしていくことにあった。今回 の総合単元計画の実践にあたって事前事後において調査. 人の発達) 主人公の行為に対しての一人一人の判断・理由付けに. した「しごとしらべ」 (どうして学級の係の仕事をして. ついて「話し合い」の前後でその内容を, --バーマス. いるのですか。)の結果をみると,事後の調査の意見の. による相互行為の発達段階(下表)に基づいて比較して. 中に, 「みんなに牛乳を配りたいから。」 「みんなに今日. みると,それぞれに必ずしも段階が上がっているとはい. の行事を分からせないと困るから。」といった。 「みんな」. えなかった。その理由としては,やはり上述のように今. を意識している意見が出てきていることからも子どもた. 回の「話し合い」が,合意を追究するという形にはなっ. ちの「仕事」に対する意識はかなり高まってきていると. ていなかったことが大きな原因と考えられる。. いえる。. しかし,理由付けの内容をよくみていくと,段階的に. このような子どもたちの「仕事」に対する意識の変容. は同じでも,その視点が変わっている子が多いことに気. が,すべて今回の総合単元計画による効果であるとはい. 付かされる。第1時での理由付けは資料から読み取った. い切れないが,一年を通した形での単元計画の中で,道. 内容がほとんどであったのだが, 「話し合い」の後の理. 徳の授業で考え話し合ったことや,その考えたことによっ. 由付けは自分の中で整理し,まとまった形での理由付け. て経験したことが少なからず影響していると考えてもよ. が多くなってきている。ここには, 「話し合い」の効果. いのではないだろうか。. が十分に現れていると考えられる。 ◎判断・理由付けの段階表(--バーマスによる相互行. 事前事後の関わりをもった総合単元計画の大きな成果 と考えたい。 また,第5次の授業においてだけみても,子どもたち. 為の発達段階表に基づく) 段 階. 段 階 に 照 ら した判 断 . 理 由付 け. 社会的認知 の 基本概念 . 行為の類型. 本 時 「ベ ンチ掃 除」 に 関 して. 日常 生 活 の 「 仕事 」 に 関 して. 前習慣的段階 . 権威に左右. . お母 さんに頼 ま れ た か ら0. . 先 生 に言 わ れ た か ら0. の意見の中には,第4次での海水浴場でのゴミ拾いの経 験に基づいた意見が多くだされていた。総合単元的な計 画によって,実際の経験に結びっさながらの道徳の授業 が効果的になされていったことがうかがわれる。. 1. にした「道徳の時間」について. され る相 互 行為 2. . 個人の利害 に左 右 さ れ る相互 行 為. 第5次の授業においても,第2次で提示した「約束づ . お母 さんに はめ られ るか ら0 .近 所の人 には め. . 先 生 に は め られ る か ら0 . 何 か も らえ る か. られ るか ら0 .木 の実が もらえ. <o o . お も しろ いか ら0. るか ら0. 4. 習慣 的段 階 .役割行 為 に よ る相 互 行 為. ⊥自分 の仕 事にな つ. .社 会的規範 に よ って 導 か れ る相 互 行為. . みんなの使 うベ ンチ だ か ら0 清 指 もみ ん な が す る ベ き だ か ら0. た か ら0 . みんなの ため に な る こ とだか ら0. くりの話し合いのルール」を提示し, 「話し合い」を行っ たのだが,やはり,第2次の時と同様にそのルールによ る「話し合い」の方向性が子どもたちにとっては理解で きず, 「話し合い」は「より高い段階の理由付けに向かっ て」とは,ならなかったようである。また,個々人の発. . 気 持 ちが い い か ら0 3. ②ディスクルス倫理学に基づいた「話し合い」を中心. 達からみても,判断・理由付けの段階は低くなっている . 自分 の仕 事 だ か ら0 .みん なのために な るこ とだか ら0 . 学 級 の一 員 と し て 学 級 の仕 事 は す べ き だか ら0. 子が多いくらいである。 しかし,実際の授業をした教師によると「話し合い」 はかなり積極的で,どんどんいろいろな意見が出されて いたそうである。確かに内容としては,決して「より高 い段階の理由付けに向かって」の意見の出し合いではな かったとはいえ,自分の経験からの意見を発表する子も 多く,いろいろな角度からの判断・理由付けの意見が出 されていたそうである。しかし,それが意図したような. 3第5次の授業実践と考察 第5次の授業については,事情があってわれわれの指 導案に基づいて現場の別の教師に実際の指導を依頼した ため,考察が不十分なところが生じざるをえない。. 「話し合い」にならなかったのは,自分の意見はいえる けれども,人の意見を聞いてそれについての意見をいう というところまでは, 3年生という発達段階からいって, まだ少し難しいということなのかもしれない。授業をし.

(10) 学校教育学研究, 2000,第12巻. 62. た教師からは「もう少し教師が関わってあげれば何とか なっていったのではではなかったかな。」という反省が 出ていた。やはり,第2次での考察でも挙げたように, この「話し合い」を「より高い段階の理由付けに向かっ て」いくようにさせるには教師の関わり方が重要である と思われる。 4成果と課題 以上の考察から,今回構築した「子どもたち主体」の 授業の成果と今後の課題を二つの提案からまとめると以 下のようになる。 (1)成果 ①体験を取り入れた総合単元的道徳学習は体験の少な い今の子どもたちにとって効果的である。 ②ディスクルス倫理学に基づいた「話し合い」中心の 授業は,学級の子どもたち同士の心情的な関わりを も揺さぶることになり,学級全体の道徳的価値・規 範を高めていくことに有効である。このような授業 により,子どもたちの相互行為の発達もうながされ ていく。 (2)課題 ①総合単元的道徳学習の計画に当たっては子どもたち の発達段階はもちろんのこと,総合主題に関わる経 験についても十分な理解が必要であり, 「道徳の時 間」と事前事後の活動がより効果的に関わっていく ような,活動内容とその関わり方の吟味が必要であ る。. (多子どもの各発達段階において,道徳的価値・規範の 合意を求めていくという「話し合い」の道筋をいか に子どもたちに理解させるか,またそのような「話 し合い」になっていくための教師の関わり方につい てのさらなる考察が必要である。 これらの課題を追究していくことにより, 「子どもた ち主体」の道徳学習にさらに近づいていきたい。今回の 実践では「話し合い」における教師の関わり方について, 考慮する部分が多かったのでこのことについて少し考察 してみたい。 Vl 「話し合い」における教師の関わり方 1今回の授業実践の中での教師の関わり方 ディスクルス倫理学においては,討議という場におい て教師もまた, 「話し合い」の参加者のひとりである。 したがってその理論からいえば,教師も子どもたちも同 じ立場で発言権があり意見を述べてもいいことになる。 しかし,小学校の低学年中学年の子どもたちにとって教 師は権威であり,教師が述べる道徳的価値・規範は即正 しさに結びついてしまう。そこで今回の授業においても, 教師の発言が,子どもたちの判断・理由付けに権威とし ての影響を与えることのないように,あくまでも子ども. たち同士の「話し合い」をさせるようにした。しかし, そのことが結果として, 「話し合い」の道筋を失わせて しまったと考えられる。 以下に,いわゆる「話し合い」を中心にしているいく つかの道徳授業においての教師の関わり方を見ていき, より有効な関わり方を探っていく。 2 「話し合い」を中心としたこれまでの授業におけ る教師の関わり方 (1)価値の主体的自覚をめざす授業 ①授業過程における「話し合い」の位置 この授業では前述のように展開後段において,価 値の主体的自覚をうながす発問が行われ,そこで意 見を出し合うという「話し合い」の活動が行われる。 ② 「話し合い」における教師の役割 この授業における教師の役割は,子どもたちがよ りスム-ズに価値の主体的自覚をすることができる ような発問をしていくことにあり,教師はいわゆる 道徳的価値の伝達者としての役割をもつ。 (2)ディベートによる授業 ①授業過程における「話し合い」の位置 この授業では,道徳的価値について命題を立て2 者に分かれ,いわゆるディベ-トという討論の形で それぞれの論を闘わせることになる。 ② 「話し合い」における教師の役割 ディベートにおいて重要なのはその勝ち負けであ る。教師はその勝ち負けの評価を行う役割を担うこ とになる。 (3)モラルディスカッション中心の授業 ①授業過程における「話し合い」の位置 この授業ではジレンマ資料を用い,主人公の葛藤 場面における行為の理由付けについての正当性に向 けての「話し合い」,モラルディスカッションが行 われる。 ② 「話し合い」における教師の役割 モラルディスカッションにおける教師の役割は, 内藤俊史によると, 「-教師の権威を極力排除し, 低い段階の考えの欠点を導き,より高い段階の考え を引き出し,取り上げる-・。」(14)こととされ,さら に教師の留意すべき具体的事項として,コールハー グとコルビーらは,. 「6.生徒による道徳的思考の筋道を明らかにする 質問をすること。 教師による質問は特に重要であり,次のよう な質問の型がある。 i.明確化のための質問。 ii.一般的質問。 ih.問題となっている道徳的価値の一つに焦点 を合わせ,その道徳的価値の重要性の根拠を.

(11) 「生きる力」をはぐくむ道徳学習の研究. 63. 質問する。さらに,複数の道徳的価値の重要. 決していくことになると思われる。ただし,このような. 性の違いとその根拠を質問する。. 授業を実際に成立させ効果を上げていくためには,週1. iv.より高い段階の反応を引き出したり,その 反応に焦点を合わせる質問。 Ⅴ.役割取得を促す質問。 以上の点を踏まえて,教師は適切な質問を行 い,生徒に自分の道徳的思考の欠点を気づかせ, より高い段階の思考を理解させる。」(15). 時間の「道徳の時間」あるいは総合単元といった大きな 枠組み以上の,学校教育全体の問題として,すなわち, これまでの「教師主体」の知識・技能の伝達教え込みと いった学校教育全体の体制について考える必要があると 思われる。 今回の--バ-マスのコミュニケーション的行為の理. と述べており,子どもたちによる効果的なモラルディス. 論に基づく授業の提案が,真の意味での「子ども主体」. カッションを導いていくために,このような具体的な教. の学校教育を考える上でのきっかけとなれば幸いである。. 師の発問が考慮されている。. さらに,このようにして「生きる力」をはぐくんでいく. 3.ディスクルス倫理学の「話し合い」における関わ り方 (》授業過程における「話し合い」の位置 この授業は,その授業過程においてモラルディスカッ. 教育を考えていくことは,道徳教育においてだけではな く, 「個」の関わりの希薄さによって様々な問題を生じ ている学校教育において,ひいては現代社会における問 題点をも解決していく糸口となっていくと考えられる。. ションによる授業とほぼ同じ形での指導過程を取って いる。. :ォii;臼たm. しかし,モラルディスカッションによる「話し合い」 と異なるのは,その「話し合い」の方向性,したがっ て「話し合い」の終わり方である。ディスクルス倫理 学による「話し合い」では,価値・規範の理由付けの 妥当性の合意を「話し合い」のめあてとしているので, クローズド・エンドをめざしている。. ② 「話し合い」における教師の役割 上述のように,モラルディスカLyションにおける教. (1)高橋勝『子どもの自己形成空間教育哲学的アプローチ』 川島書店1992, p.38。 (2)吉田・尾関・渡辺編著『-ーバーマスを読む』 大月書店1995, p.151。 (3)小野正一・藤永芳純編『道徳教育を学ぶ人のために』世 界思想社1997, p.8< (4)吉岡昌紀「認知発達理論ピアジェ」日本道徳性発達心理 学研究全編『道徳他L、理学』北大路書房1992, pp.44 -45。. 師の関わり方を見ても,子どもたちを主体にする,と. (5)藤原・三島・木前編『--パーマスと現代』. いうことでも授業のめあてに近づくための,すなわち. 新評論, 1987, p.183。 (6)中岡成文『-ーバーマスコミュニケーション行為』講. 「話し合い」のめざすところに向かっての教師の介入 は重要であると考えられる。そこで,上述のモラルディ スカッションにおける教師の発問の型を,ディスクル スの授業に照らし合わせて考えてみても,ほとんどが 当てはまり,結局このような,具体的な発問ができな かったことが,今回の授業で意図した「話し合い」に ならなかった理由と考えられる。 「話し合い」がその 目的を達成するための,適切な教師の介入,そのため の具体的な発問は重要である。 おわリに 以上のように「生きる力」をはぐくむ道徳教育, 「子 どもたち主体の道徳学習」をめざし,ハーバーマスの相 互行為の発達理論によるディスクルス倫理学に基づいた 「話し合い」中心の道徳の授業の構築・実践を行ってき たのであるが,このことによって,先に述べたようなこ れまでの道徳教育における価値の教え込み等の問題は解. 談社1996, p.152。 (7)文部省『小学校学習指導要領』大蔵省印刷局, 1988, p.105。. (8)押谷由夫『総合単元的道徳学習論の提唱一構想と展開』 文渓堂1995, p.24。 (9)尾花清「今日の道徳政策をどう見るか」雑誌『教育』 No.599国土礼1996, p.56。 (10)同上p.58c (ll)瀬戸真「道徳実践史」雑誌『道徳と特別活動』 Vol.10, No.5文渓堂1993, p.61。 (12)第15期中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育 の在り方について(第1次答申)」 『教員養成セミナー』 8月号臨時増刊時事通信社, 1997,Vol.19,No.14, pp.84-85。. (13)押谷由夫前掲書,文渓堂1995, p.19。 (14)永野重史編『道徳性の発達と教育』新評論1985, p. >m (15)同上pp.228-230。 (1999. 7.28受講, 1999. 8.31受理).

(12) 学校教育学研究, 2000,第12巻. 64. 第2次の道徳学習指導案(「話し合い」を中心にした第2時の指導案) 道徳学習指導案(時案) 1.主題名働く大切さ(3学年) 2.主題設定の理由 3.ねらい ・主人公「ふみ子」のとるべき行為についての判断・理由付けができ,その妥当性について話し合っていくことが できる。 ・そのような「話し合い」によって働くことの意義をも考え,進んで働こうとする態度を養っていく。 4.展開の大要(2時間) (2/2) 学習活動. 主な発問と予想される児童の反応. 指導上の留意点. 1本時の課題確認と 意欲付け. ○前の時間はどんなお話を読んで,どんなことを考えて紙に書きまL Kfffl ・ 「四つのベンチはわらってる」のお話を読んだ。 ・ふみ子さんがこれからもベンチ掃除を続けるかどうかを考えた。. ○前時に提示したベンチ等 の絵を提示しながら思い 出させる。. 2話し合いのルール を理解する。. ○今日はみなさんから出された理由について話し合い,みんなが納得 できる理由を決めたいと思います。. 3意見確認. ○みなさんからこんな意見が出ていました。 ●続けると思う ●やめると思う ・お母さんに頼まれたことだか ・もうお母さんも何も言わない. O 「約束づくりの話し合い のルール」を提示する. 0前時に出された意見をい くつかにまとめておき提 示する。. t>o. ・お母さんにはめられるから。 ・近所の人に「ありがとう。」と 言ってもらえるから。 ・近所の人から木の実をもらえる 2aサ ・自分の仕事だから。 ・みんなのためだから。. ・JUS. ・お母さんがはめてくれないか LDo. ・近所の人も何も言ってくれな いから。 ・誰も何もくれなくなったから。 ・だんだんめんどうになってき たから。. 4グループ作り. O 「続ける。」と思う人と「やめる。」と思う人で分かれてみましょう0. 5判断・理由付けに ついて全体の話し合. O 「続けると思う。」 「やめると思う。」というそれぞれの理由につい て,意見や質問はありませんか.グループで相談して発表しましょ う。意見が変わったときは動いて下さい。 ・お母さんにはめられるから続けるというのはもうはめられなくなっ たんだから理由にならないと思う。はめられないならもうやらなく ていいと思う。 ・一度自分でやろうときめたことなのに,お母さんにはめられなくなっ たからといってやめるのはよくないと思う。 ・近所の人だってもう何もいってくれないんだからやめていいと思う0 もう誰も何もくれないんだし-0 ・木の実だって別にそれがほしくやったわけではないから。もらえな いからといってやめるのはおかしいと思う。 ・掃除をするのはみんなのためだと思う。はめられないとからとか, 木の実がもらえないからとかは自分だけのことしか考えていないよ うな気がする。 ・でも,やっぱり,誰にも気付かれないのなら,意味がないような気 がする。やめる。 ・使っている人たちは,いい気持ちになっていると思う。だから,意 味はあると思う。続けたほうがいい。. い. 6最終的判断. ○みんなの意見がまとまってきたようですね。今まで話し合ったこと から,ふみ子さんはどうすると思うか,理由も一緒に紙に書いてみ ましょう。. ○移動しやすいように椅子 だけで授業をする。 ○移動については話し合い の様子をみながら適当な 時に教師から声をかける。 ○一つの意見が出されたら, そこに出された一つの視 点について意見を出し合 うという形で話し合いを 深めさせていく。 ○理由についての話し合い になっているか確認させ ながら進めていく。 ○グループでの相談も随時 行わせる。 ○判断・理由付けについて 一つの方向性が兄い出せ るまで話し合わせる。球 祝によっては教師の手助 けも必要。.

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参照

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