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商学 66‐5☆/13.稲見

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「資本市場指向」概念に基づく EU の IFRS 対応

はじめに Ⅰ 「4 区分のマトリックス」に基づく IFRS 対応 Ⅱ EU における「資本市場指向」概念の形成 Ⅲ IFRS のエンドースメント手続きの改革 Ⅳ EU の新会計指令と中小企業版 IFRS おわりに

は じ め に

欧州連合(EU)においては,国際財務報告基準(IFRS)への対応に際して,「資本市 場指向(Kapitalmarktorientierung)」概念が重要な役割を果たしている。すなわち,企業 の「資本市場指向」と「非資本市場指向」の区分に基づき,二元的な IFRS 対応の枠組 みが構築され,資本市場指向企業のレベルで IFRS への接近を図る一方,非資本市場指 向企業に対しては,IFRS の影響を遠ざける形での制度改革が進められている。 EUにおける IFRS 対応の重要な法的根拠は,「国際的会計基準の適用に関する 2002 年 7 月 19 日付の EU 議会および理事会の命令」(以下,IAS 適用命令)である(同命令 は,2008 年に改訂)。同命令に基づき,IFRS の導入に関しては,「資本市場指向」と 「非資本市場指向」の区分に,「連結決算書」と「個別決算書」の区分を加えた,いわゆ る“4 区分のマトリックス(Vier-Felder-1 Matrix)”をもとに,IFRS を域内で統一的に導 入する領域と,他方で,IFRS への対応を各加盟国の判断に委ねる領域が明確に線引き されている。 さらに,EU 域内で通用するのは,EU の機関による検証と承認のメカニズム,いわ ゆるエンドースメントを通じて EU 法に転化した各言語版の「国際的会計基準」である 点も特徴的である。換言すれば,IFRS は無条件で域内に導入されるのではなく,エン ドースメントによる“IFRS の EU 法化”を経て,各加盟国の言語に翻訳された「国際 的会計基準」として適用可能となる。 こうした,“4 区分のマトリックス”に基づく「国際的会計基準」の適用に向けた EU の制度改革に関し,とくに企業の「資本市場指向」と「非資本市場指向」に基づく差別 化戦略の形成については,筆者の知る限り,我が国において十分に分析されているとは ──────────── 1 PwC〔27〕,S.45. ( 871 )321

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言い難い。そこで本稿では,EU の最近の改革動向を踏まえたうえで,「資本市場指向」 概念に基づく EU の IFRS 対応のあり方を明らかにしたい。

Ⅰ 「4 区分のマトリックス」に基づく IFRS 対応

まず留意すべきは,IASB により設定された IFRS(IASB-IFRS)およびその解釈指針 のうち,EU に承認された「国際的会計基準(internationale Rechnungslegungsstandards ; international accounting standards)」が域内で適用されるという点である。「国際的会計基 準」の概念は,IAS 適用命令の第 2 条に定められている。同条によれば,国際会計基準 (IAS)/国際財務報告基準(IFRS)およびそれに対する解釈指針委員会(SIC)/国際財 務報告解釈委員会(IFRIC)の解釈指針を含む広義の概念が「国際的会計基準」であ る。そして,IAS/IFRS および SIC/IFRIC 解釈指針のすべてが(将来の改訂版も含めて) エンドースメントを通じて域内で適用可能かどうか判断される。 このように,IASB-IFRS およびその解釈指針は無条件に EU 域内で適用されるので はなく,個別の基準・解釈指針ごとのエンドースメントを経て,「国際的会計基準」と して 23 の公用語で EU 公報に掲示される必要がある。つまり,EU における IFRS 対応 の重要な特徴は,IAS 適用命令に基づき,IASB-IFRS およびその解釈指針を EU 法の一 部として認定するための検証プロセスが存在することである。より正確に言えば,EU 域内で通用するのは「IAS 適用命令に基づき承認された国際的会計基準」であ 2 る。 さらに,EU における「国際的会計基準」の適用範囲に関して,企業の「資本市場指 向」と「非資本市場指向」の区分に,「連結決算書」と「個別決算書」の区分を加えた “4 区分のマトリックス”が構想されている点も重要である。 “4 区分のマトリックス”を説明すれば,図表のとおり,資本市場指向企業の連結決 算書に対し「国際的会計基準」の義務的適用が指示される(IAS 適用命令第 4 条)。他 方,資本市場指向企業の個別決算書,さらに非資本市場指向企業の連結決算書と個別決 算書に対する「国際的会計基準」の適用に関しては,加盟国選択権に基づき,各国の裁 量に委ねられる(同命令第 5 条)。したがって,加盟国は,“4 区分のマトリックス”に 従い,「国際的会計基準」の義務的もしくは任意適用,あるいは禁止を独自に判断する 領域を得 3 る。 こうして,EU においては「資本市場指向」をメルクマールに,資本市場指向企業の ────────────

2 EU〔7〕. IAS 適用命令の特徴について,詳しくは稲見〔36〕を参照されたい。なお,IASB の「概念フ レームワーク」はエンドースメントの対象とはならない。後述する中小企業版 IFRS も同様である。 3 「連結決算書」と「個別決算書」の領域が区分される最大の理由は,多くの加盟国において,個別決算 書が配当や課税所得算定の基礎として用いられている点にある。この点に関する分析は,例えば,川口 〔31〕が詳しい。 同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月) 322( 872 )

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連結決算書に対して「国際的会計基準」の統一的な適用の枠組みが構築される一方,そ の他の領域での IFRS 対応は各国に委ねられているのである。

Ⅱ EU における「資本市場指向」概念の形成

上述したように,「国際的会計基準」は EU の公用語,すなわち各加盟国の言語に翻 訳されて適用される。それと同じく,EU の立法である IAS 適用命令もまた各国の言語 で公表されている。「資本市場指向」と「非資本市場指向」は,IAS 適用命令のド!イ!ツ! 語!版!で確認でき 4 る。 IAS適用命令の第 4 条によれば,「国際的会計基準」の適用が義務づけられる資本市 場指向企業とは,「有価証券サービス指令の意味での加盟国の規制市場において,有価 証券の取引が認可されている」企業である。すなわち,EU 域内の「規制市場」を利用 している企業が資本市場指向企業とみなされる。「規制市場」の概念は,有価証券サー ビス指令(1993 年 5 月 10 日付)の第 1 条 13 項に定義がある。それによれば,上場認 可,また市場で取引可能な金融商品に関する要件が,管轄当局により発布もしくは許可 された規定により定められ,かつ正しく機能している市場が「規制市場」であ 5 る。「規 制市場」とみなされる域内の市場は,EU 委員会の指定を通じて EU 公報に掲示され る。そこでは,認定された市場,運営組織,そして管轄当局の名称が加盟国別に掲載さ れる。例えば,ドイツの場合,ベルリン,デュッセルドルフ,フランクフルト,ハンブ ルク,ハノーファー,ミュンヘン,そしてシュトットガルトの証券取引所における市場 が「規制市場」に認定され 6 る。 このように,EU においては「規制市場」とその他の市場,いわゆる「非規制市場」 の区分を前提に,「規制市場」を利用するか否かで企業の「資本市場指向」と「非資本 市場指向」の線引きが行われる。その意味で,「資本市場指向企業」と「非資本市場指 向企業」の区分は,会社形態別もしくは規模別の量的な区分ではない。しかも「非資本 ────────────

4 EU〔7〕, S.3. 英語版では publicly traded companies ならびに non publicly traded companies と表記されて いる。 5 EU〔5〕. 6 EU〔14〕,S.11. 図表 IAS 適用命令に基づく“4 区分のマトリックス” 連結決算書 個別決算書 資本市場指向企業 適用義務 (第 4 条) 加盟国選択権 (第 5 条) 非資本市場指向企業 加盟国選択権 (第 5 条) 加盟国選択権 (第 5 条) 「資本市場指向」概念に基づく EU の IFRS 対応(稲見) ( 873 )323

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市場指向」の概念は,「資本市場指向」概念の設定に伴う副次的な概念といえる。これ は「非規制市場」の概念にもあてはまる。 そもそも IAS 適用命令の制定は,1999 年に EU 委員会が公表した公式意見書「金融 サービス:金融市場大綱の転換:行動計画」(以下,「行動計画」)に掲げられた立法計 画によるものであった。「行動計画」では,域内における決算書の比較可能性の向上な らびに IFRS への適応という,2 つの目標を同時に達成するための EU の会計戦略が示 され 7 た。この「行動計画」の一環と し て,EU で は IAS 適 用 命 令 に 続 き,2004 年 に 「規制市場で有価証券の取引が認可されている発行体にかかわる情報の透明化要請の調 和化に関する 2004 年 12 月 15 日付の EU 議会および理事会の指令」(以下,透明性指 令)が制定された(同指令は,2013 年に改訂)。透明性指令の目的は,域内企業の継続 開示にかかわる規定の現代化を図ることであり,その第 1 条 1 項を通じて,同指令の適 用対象は「加盟国の規制市場において,有価証券の取引が認可されている」企業,すな わち資本市場指向企業である点が明確にされ 8 た。 また,「資本市場指向」の認定には,「規制市場」に加えて「有価証券」の概念も重要 である。当該概念に関し,IAS 適用命令に言及はないが,他方で透明性指令を通じて, 「有価証券」とは,有価証券サービス指令の第 4 条 1 項 18 号に掲げられる,株式や負債 証券等,資本市場で取引可能な証券類と定義され 9 る。 こうして,IAS 適用命令と透明性指令は,「規制市場での有価証券の取引認可」とい う「資本市場指向」概念を通じて連携が図られ,域内の資本市場指向企業に対する「国 際的会計基準」適用のための法的枠組みを構成する。「国際的会計基準」の義務的適用 が始まった 2005 年時点において,その対象となる資本市場指向企業は,域内全体で約 7,000社と見積もられ 10 た。

Ⅲ IFRS のエンドースメント手続きの改革

1.エンドースメントのメカニズム

繰り返し述べるように,EU の IFRS 対応の特徴的な点は,民間の IASB により策定 される IFRS・解釈指針(英語版)を EU 法の一部としての「国際的会計基準」(多言語 版)に転化させるプロセスを組み込んでいることである。すなわち,IFRS は無条件に 域内で適用されるのではなく,EU の機関によるエンドースメントを通して,EU 法の 体系に組み込まれる。こうしたエンドースメントによる“IFRS の EU 法化”,すなわち ──────────── 7 EU の会計戦略について,詳しくは,川口〔31〕. 8 EU〔10〕,S.42. 9 Ebenda, S.43. 10 Hulle〔22〕,S.976. 同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月) 324( 874 )

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IFRSを EU 法の一部として承認し,適用可能にする点が EU の会計戦略の重要な特徴 といえる。その法的根拠は IAS 適用命令の第 3 条である。同条によれば,EU 委員会の 執行のもとで IFRS のエンドースメント手続きが進められ,承認された IFRS(および 解釈指針)は全公用語(現在 23 言語)に翻訳のうえ,EU 委員会による「IAS 承認命 令」の形で EU 公報に掲載される。この公表をもって IFRS(および解釈指針)は EU 法への転化が実現し,域内企業に対し拘束的となる。同時に,欧州裁判所(EuGH)な らびに加盟国の裁判所に「国際的会計基準」の適用問題に対する決定権限が認められ る。 また,エンドースメント手続きには様々な機関が関与する。EU 委員会をはじめ,民 間組織の欧州財務報告諮問グループ(EFRAG),公的組織の会計規制委員会(ARC)が その代表である。これは,2000 年の EU 委員会の公的文書「将来の進路」で提唱され た,技術的レベルおよび政治的レベルからなる二重構造メカニズムを具体化したもので あり,こうした二段構えの構造,いわばハイブリッドな承認メカニズムをとっている点 が EU のエンドースメントの特徴といえ 11 る。 しかも,こうしたエンドースメント・メカニズムは 2008 年になって,EU 議会の監 視・統制権限の強化を目的に,手続き上,より厳格化されるに至った。その基点は,EU 議会の経済・通貨委員会が作成した「国際的会計基準および国際会計基準審議会のガバ ナンスに関する報 12 告」(2008 年 2 月 5 日付)である。同報告書は,Alexander Radwan を 長とすることから Radwan 報告書と称されるが,そこでとくに EU 議会がエンドースメ ント手続きに深く関与すること,そして IFRS の策定作業の進捗について EU 議会に随 時,情報提供を行うことが要請された。 こうした EU 議会の監督権限の強化を目指した Radwan 報告書の主張は,EU の立法 に反映された。すなわち,「IAS 適用命令の修正命令」(2008 年)の発布を通じて,エ ンドースメントに関し,新たに「監視を伴う規制手続き」を適用する法基盤が整えられ た。それに伴い,EFRAG と ARC のハイブリッド型の検証機構に,EFRAG の承認勧告 の審査を目的とする基準承認勧告審査グループ(SARG)が加わり,さらに EU 議会お よび理事会に従前以上の監督権限が付与された。つまり,EU 議会・理事会がその監視 機能を発揮する局面を設けることを中心に,エンドースメント手続きの強化が図られた のであ 13 る。 ──────────── 11 エンドースメント手続きの要点に関し,詳しくは,佐藤〔32〕および稲見〔36〕.

12 EU〔11〕. Radwan は,ドイツのキリスト教社会同盟(CSU)の議員であり,2008 年まで EU 議会の経 済政策担当委員を務めた。

13 エンドースメント手続きに関しては,EU とドイツの議会の影響力を高めるための改革を,2004 年の時 点で,ドイツ連邦議会が強く要請していたという事実がある。Radwan 報告書の要点も含めて,詳しく は,稲見〔37〕を参照されたい。

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2.エンドースメントの新たな改革案 ただし,EU におけるエンドースメントの改革はこれにとどまらない。2013 年 10 月 に Philippe Maystadt が呈示した報告書「国際的会計基準の形成に対する EU の貢献の 強化に対するミッション−IFRS をより『ヨーロッパ化』すべきか? 14 −」,いわゆる Maystadt報告書は,とくに EFRAG の改革を通じてエンドースメントの枠組みを強化 し,IFRS の基準設定の場面で EU の影響力をより高めることを提案するものであった。 同報告書は,EU 委員の Michel Barnier が Maystadt を特別顧問に任命し,その作成を委 ねたものである。同報告書の背景にあるのは,会計基準の形成は EU の公益にかかわる 問題であり,いかにして IFRS に対する EU の存在感を高め,財務報告・会計の分野で EUの機関のガバナンスを向上させる 15 か,という問題意識である。 本稿とのかかわりで,Maystadt 報告書の骨子を示せば次のようにな 16 る。 −域内市場における IFRS の採用を継続のうえ,EU にとって最適な「国際的会計基準」 を用いることができるように,エンドースメント・メカニズムを効果的かつ確固たる ものに改革する。 −エンドースメントに際し,IFRS(および解釈指針)の基準ごとの承認手続き(standard by standard adoption procedure)を維持する。その際,EU 委員会と EFRAG による承 認判断に際して,慎重原則の重視,そして EU の公益をより考慮できるような形で (IAS 適用命令第 3 条にいう)承認規

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準の見直しを図る。

−EFRAG の活動に関し,EU 議会および ARC に対するより早期の情報提供,いわゆ る,早期警戒システム(early warning system)の確立を目指す。

こうした,エンドースメント手続きの新たな強化策に向けて,Maystadt 報告書が主 眼とするのは,とくに会計専門家で構 成 さ れ る EFRAG の 改 革 で あ る。す な わ ち, EFRAGの組織構造とその活動内容の見直しを通じて EFRAG の権限を高め,EU を代 表する機関として,IFRS の基準設定に深く関与するための提案が試みられている。当 該報告書を受けて,現在,EU 委員会ならびに欧州経済財務相(ECOFIN)理事会がエ ンドースメント改革に関する検討を進めている。 以上の一連の改革をみる限り,エンドースメントという,IFRS を EU に取り込む際 の制度的フィルターの強化が目指されていることは明白である。その意味でエンドース メントは,EU の場合,とくに資本市場指向企業レベルでの IFRS への接近の必須条件 ──────────── 14 EU〔19〕. Maystadt は,ベルギーの経済および財務大臣,また欧州投資銀行の総裁を歴任した政治家で ある。 15 EU〔17〕,S.1. 16 Maystadt 報告書の要点については,Fischer〔21〕を参照。

17 IFRS の承認規準とは,EU 指令が定める true and fair view 原則に抵触しないこと,EU の公益に合致す ること,そして理解可能性,重要性,信頼性および比較可能性を充たす財務情報を提供することであ る。

同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月) 326( 876 )

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といえる。

Ⅳ EU の新会計指令と中小企業版 IFRS

1.EU の新会計指令の要点 2013年 7 月に発効した「一定の法形態の企業の連結決算書およびそれに結びつく報 告書に関する,そして第 4 号指令と第 7 号指令の修正のための 2013 年 6 月 26 日付の EU議会および理事会の指令」(以下,「新会計指令」)は,これまで EU 会計の法的基 礎を担ってきた個別決算書に関する第 4 号指令(1978 年)と連結決算書に関する第 7 号指令(1983 年)の内容を修正のうえ,1 つの会計指令として統合するものである。 「新会計指令」の発効に伴い,第 4 号指令と第 7 号指令は廃止となった。この「新会計 指令」の加盟国への転換期限は,2015 年 7 月と定められている。 EUの「新会計指令」の目的は,域内企業の決算書の比較可能性の向上に加えて,と くに非資本市場指向企業の決算書の作成,監査および公示義務の免除ないし軽減化を意 味する,いわゆる規制緩和(Deregulierung)にある。すなわち,留意すべきは「新会計 指令」が資本市場指向企業レベルでの IFRS 対応というよりは,むしろ IFRS の対象外 となる非資本市場指向企業のための制度設計,いわゆる「非資本市場指向」の会計改革 に重点を置いている点である。 「新会計指令」の制定に先立ち,EU では,2012 年 3 月に「最小規模企業にかかわる 第 4 号指令の修正のための EU 議会および理事会の指令」(以下,「ミクロ指令」)が制 定された。当該立法は「新会計指令」と同様,域内企業の競争能力改善を念頭に置いた 法規の“簡素化(SLIM)”および“think small fast”のスローガンに基づく EU の制度 改革の一環とみなされる。「ミクロ指令」は,従来の大・中・小規模の資本会社の 3 区 分から,小規模の下に新たに最小規模企業のカテゴリーを設けた 4 区分へと移行させ, 最小規模企業に次の点を認める権利を加盟国に与えた。 −計算区分項目の表示義務の免除 −附属説明書および状況報告書の作成義務の免除 −年度決算書の公示義務の緩和 −貸借対照表および損益計算書の項目分類の簡略化 続く「新会計指令」では,非資本市場指向企業に対する規制緩和策の 1 つの柱とし て,規模基準値(規模別会社区分のための基準値)の引上げが加盟国に要請された。す なわち,同指令の第 3 条において,従来の基準値よりもおよそ 20% の引上げが指示さ れ,中規模資本会社については,貸借対照表合計額につき 20,000,000 ユーロ,売上高に つき 40,000,000 ユーロという形で,加盟国に統一的な規模基準値の導入が求められる。 「資本市場指向」概念に基づく EU の IFRS 対応(稲見) ( 877 )327

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他方,小規模資本会社については,貸借対照表合計額につき 4,000,000∼6,000,000 ユー ロ,売上高につき 8,000,000∼12,000,000 ユーロという形で,加盟国が選択できる基準 値の範囲が定められている。これにより,域内の非資本市場指向企業に対して,決算書 の作成,公示,監査等にかかわる義務的範囲の縮小による会計コストの軽減化が図られ 18 る。 したがって,「ミクロ指令」や「新会計指令」といった最近の会計関連指令をみる限 り,資本市場指向企業レベルの IFRS 対応の枠組みは維持したまま,規模基準値の改正 等を中心に,とくに中小零細の非資本市場指向企業の負担軽減を目指した制度改革に力 点が置かれている。つまり,「資本市場指向」と「非資本市場指向」の区分を前提に, さらに非資本市場指向企業レベルを意識した,規模別の段階的な規制緩和が進められて いるのである。その限り,非資本市場指向企業レベルに IFRS の適用を促すような制度 改革は,現時点では確認できない。 2.中小企業版 IFRS への対応 非資本市場指向企業レベルにかかわる問題の 1 つは,IFRS の簡素化あるいは要約版 といえる「中小会社のための IFRS(IFRS for SMEs)」(以下,中小企業版 IFRS)への 対応である。EU では資本市場指向企業レベルにおいて,エンドースメントに基づく IFRSへの接近が図られているが,その一方で,非資本市場指向企業レベルに中小企業 版 IFRS を直接的に導入するか否かという議論も確かに存在する。非資本市場指向企業 レベルでの「国際的会計基準」の適用は,“4 区分のマトリックス”に基づき加盟国選 択権の形で容認されているものの,他方で,中小企業版 IFRS はエンドースメントの対 象から外れるため,その導入には EU レベルでの新たな法的根拠が求められる。 ただし結論的にいえば,EU は中小企業版 IFRS の導入に否定的な立場を示し,現在 のところ,中小企業版 IFRS 導入のための立法計画は見込まれない。この点にかかわっ て,2011 年に公表された「新会計指令」草案では,次のように説明されている。 1つの選択肢として,EU が中小企業版 IFRS を受け入れ,その適用を義務づけるこ とがテーマになったが,とくに議論に参加した行政当局間で意見が分かれた。その結 果,中小企業版 IFRS のような新基準の導入は,簡素化および行政コストの削減という 目標に調和しないという結論に至った。中小企業版 IFRS は比較的新しいものであるた ──────────── 18 「ミクロ指令」および「新会計指令」の特徴と,そのドイツ国内法化に関する分析は稲見〔40〕を参照 されたい。なお,「ミクロ指令」によれば,次の 3 つの基準のうち 2 つを超えないものが最小規模企業 と認定される。 −貸借対照表合計額 350,000 ユーロ −売上高 700,000 ユーロ −従業員数 10 人 同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月) 328( 878 )

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め,世界的に見てもその導入事例は少ない。中小企業版 IFRS の義務的導入が本指令案 で実行されることはない。引受済資本金への未組入分の表示,利用期間の適切な見積り が困難な営業権またはのれんの償却期間といった,指令案と中小企業版 IFRS との相違 点は,中小企業版 IFRS の明示的かつ完全な導入が不可能なことをはっきりと示すもの であ 19 る。 このように,中小企業版 IFRS の統一的導入に関しては,「新会計指令」の草案段階 で明確に否定的見解が示されている。2013 年に確定した「新会計指令」においても, 中小企業版 IFRS の適用条項は存在しない。EU 法規の“簡素化(SLIM)”という目標 に調和しないこと,さらに中小企業版 IFRS の基本思考が多くの加盟国の会計規定に馴 染まないというのが大きな理由である。その限り,EU は非資本市場指向企業レベルに 対し,中小企業版 IFRS も含めて,IFRS の波及を可能な限り回避するスタンスをとっ ているのである。

お わ り に

本稿で明らかにしたように,「資本市場指向」概念に基づく“4 区分のマトリックス” は,EU における IFRS 対応の見取り図の役割を果たしている。すなわち,EU におい ては「資本市場指向」概念の形成を通じて,エンドースメントを経た「国際的会計基 準」の統一的適用を資本市場指向企業(の連結決算書)レベルに限定し,その枠のなか で,IFRS への接近を図るスタンスが貫かれている。他方,非資本市場指向企業レベル については,IFRS の影響を遠ざける形での制度改革が進んでいる。「ミクロ指令」や 「新会計指令」といった最近の EU の立法,さらに Maystadt 報告書等の公的文書におい ても,こうした「資本市場指向」の切り分けに基づく,IFRS への二元的対応のスタン スは確固として保持されてい 20 る。 その意味で,「資本市場指向」概念は,IFRS の域内導入の論理になると同時に,他方 で IFRS の適用を限定するための論理として二重の役割を果たしているといえよう。換 言すれば,EU における IFRS への対応は,“接近”と“離反”という 2 つの相反する側 ────────────

19 EU〔15〕, S.9. 前述の Radwan 報告書においても,EU 議会の立場から中小企業版 IFRS の導入に批判的 な見解が示されている。そこでの論点は,中小企業版 IFRS の適用範囲の曖昧さ,非資本市場指向企業 に対する会計基準の設定権限をめぐる IASB の正統性,中小企業版 IFRS が頻繁に改訂されること等で あった。詳しくは,稲見〔37〕を参照されたい。 20 紙幅の都合上,本稿では立ち入らないが,欧州経済の長期的ファイナンスに関する EU 委員会の公式意 見書(2014 年 3 月 27 日付)においても,IFRS への慎重な接近姿勢が示されている。そこで論点とし て掲げられているのは,①金融商品の公正価値評価を定める IFRS 第 9 号(改訂版)の承認問題,②IFRS の「概念フレームワーク」における慎重原則の導入提案,③IFRS の承認規準(IAS 適用命令第 3 条) の見直し,④域内の中小企業に対して,連結決算書を作成する際の会計基準の簡素化,ならびに会計指 令を補完する独自の(中小企業)会計基準の形成である(EU〔20〕,S.17−18.)。 「資本市場指向」概念に基づく EU の IFRS 対応(稲見) ( 879 )329

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面を有するものであり,そうした二元的対応を支えているのが「資本市場指向」概念で あるといえる。

引用・参考文献

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〔12〕EU(2008 b), Verordnung(EG)Nr.297/2008 des Europäischen Parlaments und des Rates vom 11. März 2008 zur Änderung der Verordnung(EG)Nr.1606/2002 betreffend die Anwendung internationaler Rechnungslegungsstandards im Hinblick auf die der Kommission übertragenen Durchführungsbefugnisse,

ABl L 97 vom 9. 04. 2008, S.62−63.

〔13〕EU(2008 c), Mitteilung der Kommission an das Europäische Parlament, den Rat, den Europäischen Wirtschafts- und Sozialausschuss und den Ausschuss der Regionen, Vorfahrt für KMU in Europa, KOM (2008)394 vom 25. 06. 2008, S.1−24.

〔14〕EU(2010),Informationen der Mitgliedstaaten : Mit Anmerkungen versehene Übersicht über die geregelten Märkte und einzelstaatlichen Rechtsvorschriften zur Umsetzung der entsprechenden Anforderungen der Richtlinie über Märkte für Finanzinstrumente(MiFID)(Richtlinie 2004/39/EG des Europäischen Parlaments und des Rates),ABl C 348 vom 21. 12. 2010, S.9−15.

同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月) 330( 880 )

(11)

〔15〕EU(2011), Vorschlag für Richtlinie 2012/6/EU des Europäischen Parlaments und des Rates über den Jahresabschluss, den konsolidierten Abschluss und damit verbundene Berichte von Unternehmen bestimmter Rechtsformen, KOM(2011)684 vom 25. 19. 2011, S.1−96.

〔16〕EU(2012), Richtlinie 2012/6/EU des Europäischen Parlaments und des Rates vom 14. März 2012 zur Änderung der Richtlinie 78/660/EWG des Rates über den Jahresabschluss von Gesellschaften bestimmter Rechtsformen hinsichtlich Kleinstbetrieben, ABl L 81 vom 21. 03. 2012, S.3−6.

〔17〕EU(2013), Pressemitteilung der Kommission vom 12. 11. 2013, Philippe Maystadt, Sonderberater von EU-Kommissar Michel Barnier, legt Empfehlungen zur Stärkung der Rolle der EU bei der Festlegung internationaler Rechnungslegungsstandards vor, IP/13/1065, S.1−3.

〔18〕EU(2013), Richtlinie 2013/34/EU des Europäischen Parlaments und des Rates vom 26. Juni 2013 über den Jahresabschluss, den konsolidierten Abschluss und damit verbundene Berichte von Unternehmen bestimmter Rechtsformen und zur Änderung der Richtlinie 2006/43/EG des Europäischen Parlaments und des Rates und zur Aufhebung der Richtlinien 78/660/EWG und 83/349/EWG des Rates, ABl L 182 vom

29. 06. 2013, S.19−76.

〔19〕EU(2013), Report by Philippe Maystadt−October 2013 : Mission to reinforce the EU’s contribution to

the development of international accounting standards−Should IFRS standards be more“European”?−, S.1−35.

〔20〕EU(2014), Mitteilung der Kommission an das Europäische Parlament und den Rat, über die langfristige Finanzierung der europäischen Wirtschaft, KOM(2014)vom 27. 03. 2014, S.1−19.

〔21〕Fischer, D. T.(2013), Maystadt-Bericht : Empfehlungen für eine wirkungsvollere Interessenvertretung der EU bei der Entwicklung von IFRS, PiR 12, S.385−386.

〔22〕Hulle, K. V.(2003), Von den Bilanzrichtlinien zu International Accounting Standards, WPg 18, S.968− 981.

〔23〕Knorr, L./Beiersdorf, K./Schmidt, M.(2007), EU-Vorschlag zur Vereinfachung des Unternehmensumfelds −insbesondere für KMU, BB 62, S.2111−2117.

〔24〕Köhler, G. A.(2008),Deregulierung nach dem Entwurf eines BilMoG, BB 6, S.268−270.

〔25〕Lanfermann, G.(2011),Vorschlag für eine neue EU-Rechnungslegungsrichtlinie : Fokussierung auf kleine Unternehmen, BB 49, S.3051−3053.

〔26〕 Lanfermann, G. ( 2013 ), EU-Rechnungslegungsrichtlinie : Zum Handlungsbedarf des deutschen Gesetzgebers, WPg 17, S.849−852.

〔27〕MicroBilG(2012), Gesetz zur Umsetzung der Richtlinie 2012/6/EU des Europäischen Parlaments und des Rates vom 14. März 2012 zur Änderung der Richtlinie 78/660/EWG über den Jahresabschluss von Gesellschaften bestimmter Rechtsformen hinsichtlich Kleinstbetrieben vom 20. 12. 2012, BGBl Teil I,

Nr.61 vom 27. 12. 2012, S.2751−2755.

〔28〕PwC Deutsche Revision(2004),IAS/IFRS-Kapitalmarktorientierte Unternehmen in Deutschland, S.1−36. 〔29〕Zülch, H./Güth, S. (2012), Der Entwurf einer neuen Bilanzrichtlinie−Implikationen für die küntige

Ausgestaltung des Europäischen Bilanzrechts, DB 8, S.413−419.

〔30〕Zwirner, C.(2014), EU-Bilanzrechtsreform : Änderungen der EU-Richtlinien zur Rechnungslegung, StuB

9, S.315−323. 〔31〕川口八洲雄編(2005)『会計制度の統合戦略−EU とドイツの会計現代化−』森山書店。 〔32〕佐藤誠二編(2007)『EU・ドイツの会計制度改革−IAS/IFRS の承認と監視のメカニズム−』森山書 店。 〔33〕佐藤博明/ヨルク・ベェトゲ編(2014)『ドイツ会計現代化論』森山書店。 〔34〕弥永真生(2005)「EU における IAS への対応」平松一夫/徳賀芳弘編『会計基準の国際的統一』 中央経済社,65−92 ページ。 〔35〕稲見 亨(2004)『ドイツ会計国際化論』森山書店。 「資本市場指向」概念に基づく EU の IFRS 対応(稲見) ( 881 )331

(12)

〔36〕稲見 亨(2008)「EU における国際的会計基準適用の法的根拠−承認メカニズムに焦点を当てて −」『會計』第 174 巻第 4 号,36−48 ページ。 〔37〕稲見 亨(2010)「EU・ドイツにおける国際的会計基準適用の新たな論点−議会レベルの対応に焦 点を当てて−」『會計』第 178 巻第 4 号,77−90 ページ。 〔38〕稲見 亨(2011 a)「ドイツ会計制度における『資本市場指向』概念の形成−国際的会計基準への 対応の観点から−」『同志社商学』第 63 巻第 1・2 号,57−69 ページ。 〔39〕稲見 亨(2011 b)「ドイツにおける国際的会計基準の適用と資本市場指向概念」『會計』第 180 巻 第 5 号,57−70 ページ。 〔40〕稲見 亨(2014)「EU の新会計指令とドイツの会計指令転換法参事官草案−規模基準値の引上げ の検討を中心に−」『同志社商学』第 66 巻第 3・4 号,19−30 ページ。 同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月) 332( 882 )

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