EU の東方拡大とその行方
文責 角賢二 0.はじめに 先月24・25日にブリュッセルで開かれた首脳会議において、中東欧・地中海諸国1 2カ国の新規 EU 加盟を12月のコペンハーゲン首脳会議で決めることが決まった。これ は、27ヶ国、人口約4億5千万人、経済規模はGDP 約10兆ドルというアメリカに匹敵 する市場の、2004年成立に向けて大きな前進であるといえる。12カ国が加盟すると いうこと自体が前代未聞なのだが、政治的な意味でそれ以上に重要なのは10カ国もの旧 共産圏の国々が加盟するということである。鉄のカーテンで分断されたヨーロッパの再統 合ともいわれている。しかし、東欧革命以来東欧諸国が資本主義化してまだ10数年、は たして西欧先進諸国が中心となって作り上げられた EU の諸制度にうまく適応することが できるのか、EU の単一市場の中でどれほどの競争力を持っているのかなど不安要素は多く ある。その辺も含めて、今回はこれら新規加盟国とEU の現状、さらに EU 東方拡大の行 方について考察していきたいと思う。 1.EU の歴史 まずはこれまでのEU の歴史を概観していく。 1945年 第二次世界大戦終結 1946年 チャーチル「鉄のカーテン」演説 1948年 ブリュッセル条約調印(西欧同盟設立) 1950年 シューマンプラン発表(欧州石炭鉄鋼共同体設立構想) 1951 年 欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)設立するパリ条約調印 1957年 欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(EURATOM)を設立するロー マ条約調印 1958年 ローマ条約発効 1965年 機関合併条約(EEC・ECSC・EURATOM 単一の理事会と単一の委員会)調 印 1967年 機関合併条約発効、欧州共同体(EC)誕生 1973年 イギリス・デンマーク・アイルランドEC 加盟(第一次拡大) 1981 年 ギリシャ EC 加盟(第二次拡大) 1986年 スペイン・ポルトガルEC 加盟(第三次拡大) 南ヨーロッパ諸国との地域格 差問題 1987年 トルコ、EC 加盟申請 1989年 ベルリンの壁崩壊 (89~90年 東欧革命) 1990年 ドイツ統一1992年 マーストリヒト条約調印 1993年6月 欧州連合協定締結諸国の EU 加盟基準〈コペンハーゲン基準〉について 合意 11 月 マーストリヒト条約発効、欧州連合(EU)の誕生 1995年 オーストリア・スウェーデン・フィンランドEU 加盟 1997年 アムステルダム条約調印(99年発効) 1999年 イギリス・スウェーデン・デンマーク・ギリシャを除くEU 加盟 11 カ国で単 一通貨「ユーロ」導入 2001 年 ニース条約調印(02年発効) 2002年 アイルランド、国民投票によりニース条約批准(全加盟国ニース条約批准) ブリュッセル首脳会議開催 2.EU の最近〈冷戦終結後〉の動き ざっとEU の歴史を見てみたところで、EU のここ10年あまりの動きについてもっと詳 しく見ていきたいと思う。 1991 年2月にハンガリー・ポーランド・チェコスロヴァキアとの間で欧州連合協定調 印。欧州連合協定とは、EU 加盟希望国との間に加盟を前提として締結する協定のこと。細 かな内容は国によって違うが、将来的な EU との市場統合のためにヒトとモノとサービス と資本の自由な移動ができるようにすること、そしてそれに関連する諸制度を EU の制度 に近づけることがその基本的な内容である。 1993年6月コペンハーゲン欧州理事会が開催され、コペンハーゲン基準についての 合意がなされた。コペンハーゲン基準とは、(1)政治的基準・・・民主主義、法の支配、 人権と少数民族の尊重を保証できる安定した制度や機関が存在すること。(2)経済的基 準・・・正常に市場経済が機能していることと、EU 内の産業に対抗できるだけの競争力を 持っていること。(3)法的基準・・・EU の積み上げてきた法体系〈アキ・コミュノテー ル〉を受け入れること。の3基準のことである。これらが中東欧諸国の主要な新規加盟基 準となった。 1993年11月マーストリヒト条約発効。EU の誕生。EU と EC の違いは何か、とい う疑問は当然出ると思う。どうもこれ以前は経済統合が重視されており、政治統合に関し ては脇役というイメージが強かった。しかし、EC とともに「EU の三本柱」といわれてい る、CFSP:共通外交安全保障条約と CJHA:司法内務協力によって統一欧州に向けての道 筋がつけられたといわれている。CJHA は国境をこえた犯罪捜査や移民・難民問題の共通 化を目指すものであり、これからますます重要になっていくことが予想されるが、特に移 民政策に関してまとまった機関ができたのはアムステルダム条約以降のことである。この 時点ではCJHA よりも CFSP のほうが重要である。CFSP は欧州内の統一行動を促進する ためにもうけられたものであり、その目的は、(1)EU の基本的価値・基本的利益・独立
性のとと国際社会の安全保障を強化すること(4)国際協力の推進(5)民主主義、法治 主義、基本的人権と自由の尊重を発展させ、強化することの五つである。しかし、イギリ スやデンマークなどの統合慎重派の国々はオプトアウト(OPT OUT)という「選択的不参 加」を行っている場合も多く、その面ではまだ十分に統一行動が取れていないといえる。 アジェンダ2000 EU の強化、中期的な財政的枠組み、欧州協定締結諸国の EU 加盟交 渉開始のための準備状況評価を提示。新規加盟をみこしての農業支援の増大。 アムステルダム条約 (1)人権などの基本原則を守らない国の資格の停止。東欧の人権 状況に一定の歯止めをかける目的もあると思われる。 (2)域内国境の検閲廃止協定〈シェンゲン協定〉の導入(英、アイルランドはオプトア ウト)。人の自由な移動についての進展。しかし、このことが貧しい国から豊かな国への移 民問題を引き起こすことになるのは想像に難くない。他にも問題になることがあるが、そ れは後述。 (3)柔軟性の原則の導入。テーマによって一部参加できない国があったとしても、過半 数の国の支持があれば、「緊密な協力」を各国がすること、つまりは統合に熱心な国が先行 することを認めた。また、建設的棄権という制度もできた。これは、ある国が決議を棄権 しても、その他の国だけで決議ができるというもの。棄権した国はその決議に拘束されは しないが、その決定が EU を拘束することは認めなければならない。全会一致制よりも柔 軟性に富む統合の深化が可能となった。 ルクセンブルク欧州理事会 EU 加盟希望国に対する交渉開始に向けた「欧州協議会」の 開催決定(98年3月ロンドン)。ハンガリー・ポーランド・チェコ・エストニア・スロヴ ェニア・キプロス(ルクセンブルク・グループ)との間で加盟交渉開始を決定。欧州協議 会は、この6カ国に、まだ予備交渉の段階にある5カ国(後述のヘルシンキ・グループ) を加えた11 ヶ国の新規加盟交渉の皮切りとなるものであった。 ヘルシンキ欧州理事会 ラトヴィア・リトアニア・マルタ・ルーマニア・ブルガリア(ヘ ルシンキ・グループ)を加盟交渉に参加させることが決定 ユーロ流通開始 ユーロは1999年1月にすでに為替、株式・債権などの取引や決済 に使われていたが、2002年1月から一般流通を開始した。これによって各国独自の通 貨が姿を消し、ユーロ圏各国の金融財政政策はその独自性を大きく拘束されることとなっ た。 ニース条約 2000年12月7日から 11 日まで、フランスのニースにおいて首脳会議 が開催され新たな基本条約の改定が合意された。そのなかで最も注目を集めたのが、将来 のEU 拡大を視野にいれた EU の機構改革である。その主な内容は、 (1) 欧州委員会の構成の改定 EU の行政執行機関であり、対外的に EU の利益を代表 している欧州委員会の委員構成についての改正がなされた。これ以前は人口比に基 づき、独、仏、伊、英、西という5大国が各々2名ずつ+残りの各国各々1名ずつ であった。しかし、新たに今交渉している国々がすべて加盟して、加盟国27ヶ国
になったときも同じ方式で委員の配分を決めると35名という大人数となってしま い、円滑な意思決定に支障をきたす。それゆえ、各国一名ずつの選出とし、その最 大数は27名以下とするとした。(それ以上に加盟国が増大したときは委員の選出し ない国を輪番制で決める) (2) 特定多数決の範囲拡大と票配分 政策決定を迅速化するための特定多数決制が、新 たに難民、サービス貿易、知的所有権、構造基金、環境、欧州委の委員長および委 員の任命などに適用されることとなった。税制などの各国の主権に大きな影響を及 ぼす分野に関しては実質適用されなかった。票配分は現行の最高10票から最低2 票、総数87票から、最高29票から最低4票、総数237票となった。改定され た各国別票配分については資料参照。(ただし、資料には新規加盟国を含んでいる) 更に、人口基準(特定多数決の成立には賛成国の全人口がEU の人口の62%以上 を占めていることが必要)というものが加味され、最大の人口を抱えながら票数は 英、仏と同じしかないドイツに配慮した形となった。 (3) 欧州議会の議席数再配分 現状のままでは中小国に有利であるという大国からの不 満をもとに、新規加盟国も含めた議席の再配分がなされた。具体的な配分は資料参 照。ドイツとルクセンブルク以外の議席は減少する結果となった。 (4) 先行統合の確認 これは、先のアムステルダム条約ででてきた「柔軟性の原則」を 再確認するものである。とはいっても多少の変更点はあり、いままで過半数の参加 がこの原則の発動条件だったのが、どれだけ加盟国が増えても8カ国の参加でよい ということになった。より柔軟になったともいえるが、統合に熱心な先進国と、急 激な統合の難しいその他の中小国との間に統合の大きな差ができてしまうと懸念す る声も多い。 3.諸制度と東欧諸国 アキ・コミュノテール EU の政治、経済、通貨同盟などの枠組みを提供してきた法体系 に自国の法制度を合わせていく。31分野にわけて各国国内法の整備状況を得点で評価。 コペンハーゲン基準のうちの一つ。 加盟のためのパートナーシップ 欧州委員会は前述のアジェンダ2000の提案をうけ て、加盟交渉開始の前に、加盟申請国別に「加盟のためのパートナーシップという文章を 作成した。これは、加盟申請国が加盟を実現するために解決しなければならない問題を、 経済改革、産業構造改革、制度的・行政改革の強化、国内市場、司法・内政、農業、環境 といった項目別に列挙したものであり、短期優先目標と中期目標に分けて列挙されている。 こうしたものが作成された背景としては、国別に優先課題と実行時期を明確化することで 申請国の加盟準備を加速させることも狙いの一つになっているとみられる。 ユーロ 新規に加盟する国があれば当然将来的なユーロ圏の拡大がみこまれる。しかし、 EU 平均と 12カ国平均間の格差、12カ国相互間の格差が大きいのもまた事実であり、バ
ルト3国にいたっては、もともとソ連内共和国であったため、中央銀行制を持っていなか った。こういうさまざまな事実から、各国がユーロに参加するのには時間がかかり、また 参加しても欧州中央銀行などの円滑な業務を妨げることにもなりかねない。成熟した中央 銀行政策の実施までにはまだ時間がかかると思われる。 CAP(共通農業政策) CAP は代表的な EU の伝統的統一政策の一つであり、域内農業 保護を主目的とするCAP 維持のための費用が EU 予算の半分を占めるという、最も重要な 政策である。しかし、農業国の多い中東欧諸国が加盟した後まで今までと同じように手厚 い保護政策を続けたままでいると、負担国であるドイツなどから不満が噴出し、拡大のデ メリットが顕在化しかねない。そこで、1992年のウルグアイラウンド付近からCAP の 合理化、効率化を進めるための改革が進み、2002年7月にも新たな改革案が提示され た。しかし、改革には農業国であるフランスなどが反対しており、改革が進むかどうかは 予断を許さない。 4.各国別の問題 新規加盟に伴う経済問題と法整備の問題はどこの国でも出てくるが、ここでは各国別に 出てくる問題を一部とりあげたい。 (1) カリーニングラード問題 最近ニュースでも取り上げられていたから知っているひ ともいると思うが、バルト3国がEU に加盟することで「EU 内のロシア領」と化 してしまうカリーニングラードをめぐる問題である。当初EU 側はカリーニングラ ードからの人や組織犯罪の流入を警戒して、カリーニングラードへ向かうロシア人 に対してビザを発給しようとしていた。しかし、この飛び地への自由な移動を求め るロシアがこれに反発し、結局はビザよりも取得が容易な通行所を発効することで 折り合いがついた。 (2) 「シェンゲンの壁」問題 シェンゲン協定については前にも触れたが、ここでは新 たに境界線となる東欧だからこそ起こる問題を取り上げる。シェンゲン協定は域内 の自由移動を促進するものであるが、その性格ゆえに域外からの流入に対しては厳 しい政策を取らざるを得なくなる。そのためこの協定は、EU 加盟国・非加盟国国 境上に住んでいるマイノリティーの人々の移動を阻む「シェンゲンの壁」となって しまうのである。(EX.ウクライナ、ユーゴスラビアに住むハンガリー系住民の問題) 論点 農業分野や経済分野のことなどを考慮に入れたとき、西欧と中東欧の統合はどのよ うなものとなるべきか。