Ⅰ.教育の役割と経済教育の位置付けと現
状
日本の経済は,バブル崩壊以降から「失われた 20 年」として長期に渡って不況が慢性化している。今後 については,出生数はピーク時の約半数という少子化 の進行によってさらに市場規模が縮小していくことか ら,高度経済成長期のような人口の増加とそれに伴う 経済成長は期待出来ず,これまでの経験が通用しない, 新たな時代へと進んでいる。 厳しい経済状況のもとで,景気回復のための新たな 経済政策が進められた。日本では伝統的に「お上」 (政府)に対する依存意識が強く,個々人は生活状況 の改善を政府に求めてきた。そのため政府による規制 や管理につながった。政府による規制や管理によって 安定的に経済を運営することが出来た時期もあったが, 近年はそれが負担となり,企業の国際競争力を低下さ せ,また,自由度が低いために新規産業の創出が困難 となっていた。そのため,新たな経済政策として構造 改革によって経済的自由度を高める政策がとられるこ とになった。このような政策により個々人は自らの行 動を自己責任や受益者負担に基づいて行うことが求め られるようになり,構造改革の結果としてリストラに よる失業や派遣労働者が増加し,それに伴ってワーキ ングプアが発生した。 このような厳しい経済状況は財政の悪化も招いてお り,不況により税収は減少する一方で,高齢化の進行 による医療や介護のための費用の増加や,景気対策と しての財政支出が繰り返されたことで,巨額の財政赤 字が累積している。 そのため,これまでのように国によってあらゆる分 野への財政支出が出来なくなっており,日本において も地方分権が進み,国が管理しきれなくなっている分 野については地方へ財源を移管しており,子ども手当 のような主要な政策についても地方へ財源の負担を求 めている。教育分野では国立大学について国が面倒を 見切れなくなったために独立法人化されており,今後 は独立採算による自主的な運営が求められている。 財政支出の中で大きな項目は人件費であり,より一 層の思い切った財政の削減が求められる中で,公務員 の給与水準の引き下げや採用の抑制が行われている。 厳しい財政状況は教育も例外ではなくなっており,特 に教育は少子化の影響もあり,今後は教員の削減が可 能となることが予想される。1)このように教育,特に 学校教育は国家財政に依存しているため,財政状況の 重化の影響を受けており,教育も経済と無関係ではな い。2) 経済状況の悪化は人々の生活に様々な影響を及ぼし ており,経済知識の有無は生きていく上で大きな差と なっている。特に,自己責任や受益者負担の原則が求 められるようになっており,それに伴って経済に関す る教育が必要となっている。 教育の目的は国力(経済力)の向上であった。明治 維新による義務教育の導入による成果は,その後の日 本の発展に示される。同様に近年のインドや中国の経 済成長の背景にも,教育は重要な役割を果たしている。 特 に, 高 等 教 育 の 役 割 は 重 要 で あ る。 そ の た め OECD(経済協力開発機構)においても経済の発展の ための教育の重要性が認識されており,PISA(Pro�PISA(Pro�(Pro�Pro� gramme for International Student Assessment,生徒 の学習到達度調査)やそれに基づいた提言などが実施 され,各国の教育水準の向上が求められている。 教育の目的が経済活動のためであることから,学校 教育における重要な教育内容として経済知識を挙げる ことが出来る。しかしながら,現在では「学校ではお 金の話はすべきではない。」という認識が主流であり, 学校教育の中で経済的な考え方を教えることに否定的 な意見が多く,教育と経済とはかけ離れた存在との認 識が主流であり,経済に関する教育は殆ど行われてい学校における経済教育の推進と
先生に必要な経済的知識
─『教員養成における経済教育の
課題と展望』の発行─
The Journal of Economic Education No.31, September, 2012Economical Knowledge Necessary for a Teacher for Promotion of the Economic Education in the School. : The Publication of “Problem and View of Economic Education in the Teacher Training”
Iwata, Toshihiro Mizuno, Hideo
岩田 年浩(京都経済短期大学)
ない。 しかしながら,社会人となって直面する問題の多く は経済的な問題であり,そのような問題の解決の方法 を学ぶために,学校教育において経済に関する教育を 行うことは重要な課題である。特に,現代社会は急激 に変化しており,それに対応するためには学校教育に おける体系的な経済教育が必要である。3)
Ⅱ.教員養成における経済教育の現状
Ⅰ章で述べたような学校教育における体系的な経済 教育として,学習指導要領の「生きる力」として「経 済知識」を定義し,それを教えることがあげられる。 そのような体系的な経済知識の教育を行うためには, 経済について学び,知識やセンスを持った教員が必要 となる。そのため教員養成系大学・学部において経済 学を教えることで経済教育が可能な教員を養成するこ とによって,学校教育における経済教育が普及する。 しかしながら,現状では教員養成において経済に関す る教育が殆ど行われておらず,経済知識の欠如が,経 済教育の普及を妨げている。4) 経済知識の欠如による教育内容の偏りとしては,自 由貿易と食料自給率についての考え方があげられる。 現在の学校教育では,食料自給率を高めることが望ま しく,自由貿易に否定的な考え方が教えられている。 しかしながら,現実の日本は,資源が乏しいために不 足する資源を輸入し,それを製品に加工して輸出する ことで利益を受けている。このように貿易によって利 益を受けているにもかかわらず,学校教育においては 自由貿易に否定的な考え方が教えられている。また, 現在のような自由貿易に否定的な学校教育を受けた者 が教員になることで,自由貿易に否定的な教育を行う という悪循環が繰り返されることになっている。5) このような現実の社会や経済と乖離した教育が行わ れている理由は,先に述べたように教員養成系学部に おける経済教育の現状が,社会科の教員になるために は一つぐらいは経済学の授業があるが,それ以外の教 員は経済の授業を全く受講せずに教員になっているよ うに,経済に関する教育が殆どなされていないためで ある。また,それを助長するように,大学の教員の定 員削減によって,経済学の専任の教員のいない教員養 成系学部が増えている。6) 教員養成系学部の学生の経済に関する認識について のアンケートでは,「経済に興味関心はあるが自信は ない。」という回答が多い。7)その大きな理由は,経済 学は大学までの学校教育で殆ど教えられていないため に,経済学を学ぶ学生に戸惑いがあり,また,文系の 学生にとっては数式を用いた経済学の理論は難解であ ることも経済学が敬遠されているためである。このよ うに,学生は経済について学ぶ機会が殆どなかったこ とにより「食わず嫌い」の状態にある。 経済学の理解が困難な理由は,経済学の「理論」と 経済の「現実」の関係がうまく教えられていないこと が挙げられる。大学教育の経済学は理論中心であるが, 学生は現実の経済との関係を知ることを求めている。 経済学教育が理論中心であるために,経済学が実際に どのように役立っているのかを知る機会がないことが, 経済学を自らの生活と無関係なものと認識させてい る。8) そのため,経済や経済学に関して実社会で使う順に 教えるための内容,即ち,算数と数学,物理と物理学 の違いのように,「学問」(『○○学』)として学ぶ以前 の段階の学習内容の整理がなされることが求められる が,現状ではそのような整理がなされてはいない。Ⅲ.教育ニーズの変化と教員養成改革
平成 23 年 3 月 11 日の東日本大震災の発生により, 経済大国と称される日本で多くの人命が失われ甚大な 被害が生じたことは,社会にとって大きな転換点と なった。また,震災によって生じた原子力発電所の事 故は,高度に発展した科学技術や社会制度の盲点を突 いたものであり,その後の人災ともいえる状況と合わ せて危機管理の重要性を示すものとなった。グローバ ル化した国際社会に対する影響も大きく,各国のエネ ルギー政策の転換を招くことになった。 このように激動する時代の中で,かってのように人 口の成長に合わせて経済の規模が拡大して豊かになる 社会から,少子化の進行により経済の規模が縮小し, 多様な価値観の中でそれぞれのニーズに合ったライフ スタイルを実現する社会へと転換が進んでいる。 そのようなライフスタイルの変化は教育ニーズの多 様化を招いたが,その一方で,公平性を重視する義務 教育では個別のニーズに対応出来ない部分が生じてお り,それに不満が高まり過剰な要求を行う保護者は 「モンスターペアレント」と呼ばれて問題化している。 国外に目を向ければ,深刻化する地球環境問題,民 族紛争やそれに起因するテロ,世界的な財政危機のよ うに,グローバル化の進行で一国内では解決できない 国際問題が頻発し,それが日本にも大きな影響を及ぼしている。さらには,かってのような資本主義国対社 会主義国という単純な対立構造から,国家・民族間の 複雑な構造への変化が問題の解決をより困難にしてい る。 そのような時代の大きな変化の中で,日本の発展と 人々のよりよい生活の実現のためには,社会構造の変 化や多様な国際社会を理解し,「生きる力」を育成す るための教育の役割が益々高まっている。 しかしながら,教育制度は高度経済成長期のモデル を前提としたものであるため,既に価値観の多様化は 教育に関して様々な課題を引き起こしているが,適切 な対応が困難であり,そのため教育改革や教員養成制 度改革が検討されている。 時代の変化のスピードは速まっており,教育改革に よって社会のニーズを的確に把握して反映することで よりより教育を実現することが求められており,その ために教員養成改革によって優れた教員を育成し,教 育水準の向上や社会の発展に貢献していくことが教員 養成系大学・学部の果たすべき役割である。 しかしながら,教育改革や教員養成改革の進捗状況 は非常に遅い。理由としては,次のような問題があげ られる。 ①厳しい財政状況のもとで,増税等の財政再建に関す る議論や,東日本大震災の発生による復興等の問題 のために,教育改革に関する政策の優先順位が低く なっている。特に,財政の制約が厳しいことから教 育に関する十分な負担を行うことが困難となってお り,新たな取組を積極的に進めるような改革が実現 出来なくなっている。 ②教育議論の不毛性があり,各世代は自らが受けた教 育を肯定的に捉えるために,議論のみでまとまらな い。9)特に,対立軸の設定が固定化され,ゆとり教 育と詰め込み教育,近代経済学とマルクス経済学の ように,二者択一の議論となることでこのような傾 向が顕著となる。また,まとまったとしても,一方 の方向へ進んだ結果,また逆の方向へ戻るという 「社会的ニーズの振り子理論」のような結果となる ことが多い。10)例えば,現在の親の世代は第二次ベ ビーブーム世代で厳しい受験競争を経験しているた め,自らの子どもにもそのような教育を受けさせる ことを望んでいるために,ゆとり教育から知識重視 の教育(詰め込み教育)へと移行している。しかし ながら,価値観の多様性から,教育に求めるものは 人によって異なり,また,同じように教育を受けた としても,その成果は異なることから,全ての人々 に受け入れられるものとはならず,そのためまた逆 の方向へ行き,その繰り返しが起こっている。 ③教員養成や採用は不安定であり,教員養成の過剰と 不足を繰り返している。かつ,都市部と地方の格差 も大きい。11)教員採用試験の倍率は数十倍から実質 で 2 倍程度まで大きな格差がある。そのため意欲を 持った優秀な人材でも採用されない時代から,現在 のような低倍率の時代へと変化する。また,このよ うな不安定な採用が続いたことから教員は「ワイン グラス型」の年齢構成となっており,中堅層が少な いために世代間での経験の伝承が困難となっている。 将来的には校長などの管理職の不足が危惧される。
Ⅳ.教員養成系大学・学部における経済教
育の展開─『教員養成における経済教
育の課題と展望』の発行─
Ⅱ章で述べたような教員養成における経済教育につ いての問題意識は,教員養成系大学・学部において, 教員養成に関わる立場で経済(学)を教えている教員 の間で共通の認識である。そのため,このような現状 を分析し,教員養成における経済教育を推進すること で社会全体の経済知識の普及を図ることを目的として 『教員養成における経済教育の課題と展望』(三恵社, 2012 年)を執筆した。執筆者と執筆内容は以下の通 りである。(敬称略,執筆順) 『教員養成における経済教育の課題と展望』(三恵社, 2012 年) 目 次 序章 経済教育のツボ 岩田年浩(京都経済短期大学) 第 1 部 教員養成の変遷 第 1 章 教員養成の現状と課題 岩田年浩(京都経済短期大学)・ 水野英雄(愛知教育大学) 教育ニーズの多様化により,これまでの画一化した 学校教育から個々のニーズに合った教育サービスの供 給への移行が行われており,それに伴い様々な課題が 生じている。 そのような時代の変化の中で,教員養成制度も変化 が求められている。また,近年の少子化により,教員 需要は大きく減少しているが,その一方で団塊の世代の大量退職によって都市部では多くの採用が行われて おり,教員の量と質の問題が深刻化している。このよ うに都市と地方の採用格差が大きいことから,開放制 による私立大学の参入による影響も生じている。 第 2 章 教員養成改革による実践的養成 水野英雄(愛知教育大学) 2009 年の政権交代によって,教育改革の一環とし て教員養成の学部・大学院(教職大学院)による 6 年 制への移行や教育実習を 1 年間とする等の教員養成制 度の改革が検討されている。しかしながら,教員養成 に関してはこれまでも制度の変更は多く行われてきた が,明確な成果をあげているものは少ない。 教員養成の問題としては,コアカリキュラムが存在 しないことである。教員養成の教育内容とその成果の 因果関係が明確に示すことが出来ないためであり,何 を教えることが教育者としての能力の向上に役立つの かに議論があり,そのため 6 年制への移行や教育実習 の重視を行っても,「何を教えるのか」が定まってい ないために,4 年間で済んでいたものを単に 6 年に延 ばすことになりかねない。また,養成コストが増える ため,優秀な人材が集まらなくなることも危惧される。 このような観点を踏まえて,現在検討されている実 践的経験を重視した教員養成についての検討を行う。 第 2 部 教員養成における経済教育の現状と課題 第 3 章 教員養成学部における経済教育のあり方と方 法─経済教育を担える教員の養成を意識した 授業─ 加納正雄(滋賀大学教育学部) 教員養成学部での経済教育は,大学以前の経済教育 を意識して行なうべきである。具体的には,次のこと が必要である。第一に,K-12 レベルの経済的な見方 や考え方を育成することである。これには NCEE の 経済教育が参考になる。第二は,価値判断や価値観に かかわる問題を重視することである。これは社会科の 目的が公民的資質の育成であることからも重要な点で ある。第三は,社会科の教科書が扱うテーマを意識し て,より幅広い観点から行なうことである。大学の授 業では,このような考えに基づき,中学校の教科書 「公民」を利用して,授業を行なっている。そのよう な経済教育の内容と方法を,大学の授業での実践と関 連させて述べる。 第 4 章 教員養成における「経済教育」のガイドライ ン─子どもたちに経済を教えよう─ 宮原悟(名古屋女子大学文学部) 学校教育の主たる役割が社会に出るための準備だと するなら,子どもたちに対しこれらの厳しい経済環境 に対応できる力を教育によって育成しなければならな い。小・中・高等学校などにおけるこのような力を育 成するための教育こそが,「経済教育」の役割である。 ところが,これまで教育現場では消費者教育・金融教 育・キャリア教育などを含む「経済教育」は軽視され てきた。「経済」というと「お金もうけ」のイメージ があり,人間性教育の役割を担い「道徳」「倫理」な どを大切にしてきた教育にとって,経済はタブー視さ れる傾向があった。「学校にお金を持ってこない」「ア ルバイトは禁止」などの校則も,その一つの現れとも 言える。 これまで,「経済教育」と言っても漠然とし,その 教育の目標・内容・方法などについて確たる体系も示 されてこなかった。本章では,教員養成において「経 済教育」実践力を身につけるために不可欠なその体系 をガイドラインとして提示したい。その際,「経済教 育」の先進国と言われる米国や筆者の研究対象として きたオーストラリアのそれなどを参考とする。その理 由は,「経済教育」の一層の活性化とその望ましい方 向性を目指すためにそれらが示唆的だからである。 第 5 章 教員養成学部における経済学教育のあり方に ついて 柴田透(新潟大学教育学部) 経済学の特徴のひとつとして,経済学派の存在があ げられる。近代経済学とマルクス経済学が,それぞれ 学会を組織し,近代経済学は,さらに新古典派とケイ ンズ派とにわかれ,異なる体系を持ち,異なる教科書 を使ってそれぞれの教育を行うというのは他の学問で は無いことであろう。こうした学会状況を反映して, 日本の大学における経済学教育というのは,かつては 近代経済学とマルクス経済学とが並列的に教育を受け るようになっていた。そのような状況に対しては,経 済教育学会でも議論され,並列的に教育するのではな く,積極的に統合して教育する必要性が主張されてき た。 これまでの学会での議論を踏まえたうえで,いま教 員養成系学部における経済教育が問題とされる背景に は,経済学部と同じ教育内容で良いのかという学部特 有の問題意識があると思われる。教員養成系学部にお
いて専門教育として,経済学を教える教員の多くは, 経済学部出身者がほとんどであろう。赴任当初は,自 分が受けた経済学の教育と同様の内容で講義を行うこ とが多いと考えられる。何年か講義を続けるとやがて 誰しもが違和感を覚えてくる。そして,経済学部と同 じ内容で良いのであろうかという疑問を感じ始めるの である。 教員養成系学部の場合,半分以上が教員の道に進み, そのほとんどの勤務先は小学校ないしは中学校である。 社会人になるという意味では経済学の知識は必要であ るが,教員としては小学校や中学校で使う社会科の教 科書の内容が,通常の経済学の教科書の内容とはかな り異なるために,経済学部と違って,大学での経済学 の教育がそのままでは生かしきれていないのではない かという危惧がある。 そのような中で,教員養成学部における経済学教育 のあり方について考察する。 第 6 章 教員養成系大学・学部における「経済学」の 課題 栗原久(東洋大学文学部) 多くの教員養成系大学学部では,経済学担当の教員 は 1 名である。したがって,その先生の授業が,学生 にとっての経済学すべてである。それでは,実際,ど のような「経済学」の授業が行われているのか。本稿 では,この点をシラバスから探る。この作業を通して, 「教職のための経済学」を構想する必要性を主張した い。 また,そもそも,教育職員免許法施行規則の規定で は,中学校社会の普通教員免許状を取得するのに,経 済学の履修は必要ない。経済学をまったく学ばなくて も,公民的分野で「私たちと経済」を授業できる(せ ざるをえない)のである。この問題についても,指摘 したい。 第 7 章 教員養成系大学学部における経済学カリキュ ラムの調査 岩田年浩(京都経済短期大学)・ 水野英雄(愛知教育大学) 学校教育と経済には大きな乖離があり,その原因は 教員養成において,経済について適切に教えられてい ないことがあげられる。 教員養成系大学学部においてはどのように経済学の 授業が行われているのかを,全国の教員養成系学部約 80 校へのアンケート調査の結果から分析を行う。 その結果,経済学の授業は極めて限られていること, 全学生が受講している訳ではないこと,授業内容は経 済理論から時事的な問題まで様々であることがわかっ た。また,回答から経済教育に熱心な教員もいること がわかった。その一方で経済学の専任の教員がいない 大学も増えていることが示された。 それらを踏まえて,教員になる上で必要な経済に関 する知識について検討を行う。 第 3 部 教員養成における経済教育の実践 第 8 章 教員養成学部・教科教育法における経済教育 の扱い─ワークショップ型授業による展開─ 猪瀬武則(弘前大学教育学部) 教員養成学部での経済教育が,純化されることのな い経済学内容構成になる理由を,教育職員免許法や学 習指導要領という制度的側面と,学生自身が教えるた めの方法習得の側面から論じた。特に,方法としての ワークショップ型授業展開の事例からは,「純化され た経済学内容」から,むしろ倫理学や社会学を背景と した経済問題による「多面的多角的な経済学内容」に よる構成の必然を示した。 第 9 章 教員養成における体験型学習を用いた経済教 育 水野英雄(愛知教育大学) 教員養成系大学・学部の学生は経済や経済学に苦手 意識を持つ者が多く,そのような苦手意識から経済的 な問題を敬遠するために学校教育において経済教育の 推進が困難となっている。社会的ニーズとして経済教 育の必要性が高まっている中で,「経済を教えること が出来る教員の養成」が求められており,そのために 教員養成系大学・学部では経済教育を推進する必要が ある。 経済や経済学に苦手意識を持つ学生に対して,わか りやすく,かつ興味関心を高めるために,貿易ゲーム, 株式投資ゲーム,企業見学による体験型学習を用いた 経済教育を行っている。そのような経験は学校教育の 現場ですぐに活用できるものであり,実践的な教員養 成となっている。 第 10 章 「株式取引ゲーム」を用いた経済教育 濱地秀行(北海道教育大学) 日本経済新聞社の「日経 STOCK リーグ」をはじめ として,「株式取引ゲーム」を用いた中学校・高等学
校の教育実践は数多く存在し,その実践をまとめた論 文や報告書も多数ある。しかし,それに関わる教員を どのようにして育成していくかについては,これまで 議論されてこなかった。 本研究では,本学で開講している授業科目「人間行 動の経済分析」の実践を通じて,「株式取引ゲーム」 に関わる教員養成のあり方について考えてみたい。特 に,学生が提出したレポートの分析を進めることに よって,学生の経済教育に対する意識の変化を見てい くこととする。 第 11 章 金融教育のできる教員の育成─北海道教育 大学における「金融教育」の試み─ 鎌田浩子(北海道教育大学) 北海道教育大学では北洋銀行と金融教育の「共同研 究契約書」を締結している。共同研究 3 年目である平 成 22 年 8 月,集中講義「金融教育」の授業を 3 キャン パス(札幌校,旭川校,釧路校)でテレビ会議システ ムを用いて双方向で行った。内容は,貨幣と金融,学 校教育における金融教育,社会人としてのマネーモラ ル・銀行の役割と社会的責任(北洋銀行),金融教育 の提案(生活科,社会科,家庭科),生活科の教材を 作ろう,起業家ゲームをしよう等であった。受講生は 56 名であった。本稿ではその実践報告を行いたい。 第 12 章 教員養成大学・学部における起業家教育の 実践 山根栄次(三重大学教育学部) 筆者は,三重大学教育学部で主に社会科教育コース の学生を対象にして,自作の起業家教育プログラム 「会社をつくろう」を実践してきた。実践をした授業 科目は,「総合演習」である。 このプログラムの概要とねらい,実践の記録,実践 をした学生のこのプログラムへの感想・評価について 叙述する。 第 13 章 教員養成系学科を主専攻としない学生を対 象とした「経済学」・「経済教育」の課題 小野智一(東京福祉大学教育学部) 教員養成系学科を主専攻としない学生で,公民科教 諭免許状取得を目指す学生について,「経済学」学習 の現状,「経済教育」の実践上の課題について考察す る。 主たる考察対象は,本学社会福祉系学部教職課程履 修学生である。 社会福祉学部の特徴としては,卒業時に,社会福祉 士国家試験受験資格を取得させることにある。教員養 成系学科を主専攻とする学生とは異なるカリキュラム を受講することになるが,その課程は,医学一般から, 支援技術と多岐にわたる。その中でも着目したいのが, 必修科目として設定されている,社会保障論などの経 済学関連科目の存在である。また,相談援助など支援 計画策定過程の実際を実習で学ぶなど(ミーンズテス トなど),特殊な経済活動経験を見聞できる環境にあ る。ほか,本稿では,社会福祉学部の課程を履修した 学生の経済学・経済教育観についても検討したい。 第 14 章 職業教育への期待と職業学科の現実─高等 学校における商業科と商業教育を中心に─ 番場博之(駒澤大学経済学部) 2011 年 1 月 31 日に中教審(中央教育審議会)は, 文部科学大臣の諮問「今後の学校におけるキャリア教 育・職業教育の在り方について」に対する答申を発表 した。そこでは,キャリア教育の必要性とともに職業 教育の再評価と実践的な職業教育の重視がいわれ,後 期中等教育段階でのその拡充の必要性・重要性が示さ れた。 近年,このような指摘は各処でなされ,それととも に高等学校職業学科の重要性を指摘する声も広がって きている。このような高等学校職業学科の重要性の主 張が強くなされるようになった背景には,景気の後退 や産業構造の変化,終身雇用・年功序列などといった 特殊日本的な雇用形態の崩壊の一方で維持される新卒 一括採用,就職ミスマッチの増加,多様な形態での非 正規職員の増加などといった就職をめぐる状況やその 変化がある。そして,そのような状況変化に対応する ためには,就職前のキャリアや職業に関する教育が重 要であり,またそれまでの就社の発想では限界がある ことから就職にあたっては専門性が必要あって,その ためには教育の制度として後期中等教育段階において 「やはり職業教育が必要なのではないか,有用なので はないか」という認識が広まっていったということが ある。 このような職業教育への期待と現実のギャップを生 みだしているものはなにか。既述の中教審答申でも, 専門学科を卒業した者のうちの 4 割が就職しており, 地域産業のなかで専門学科の卒業者に対する人材の需 要が存在する分野がある一方で,職業人として必要な 専門的な知識やスキルが高度化している分野があるこ とや,職業が多様化しているにもかかわらず,その対
応が不十分であることなどが課題として指摘されてい ることを示している。高等学校職業学科が魅力を失っ ていった背景にある現行の高等学校職業教育に内在す る問題とはなにか。本稿の目的は,高等学校商業科に 限定して,そこでの商業教育が職業教育への期待に応 えられていない現実とそこに内在する問題性を「商業 教育の特殊性」いう視点から検討していくことにある。 第 15 章 韓国の教員養成における経済教育─ソウル 教育大学の経済学特殊講義の事例紹介─ 裴光雄(大阪教育大学) 米国オバマ政権は朝鮮戦争休戦後の廃墟の中,最貧 国から急速な経済発展と民主主義社会を実現した,韓 国の原動力としての教育を称賛しているように,また 橋下大阪府知事もそれ自体賛否はあるであろうが,教 育改革の視察国として着目しているように,今日韓国 の教育には私教育費問題などを抱えながらも,他国が 注視し得る「先進性」を有しているといえる。 日韓の教育はかつてのように韓国が日本から一方的 に学ぶ関係ではなく,今や相互に相手国の制度,実施 内容,方法などを知り,学ぶことにより,自国の教育 を高め得る関係にある。実は,経済教育一般,そして, 教員養成における経済教育でも同様である。 本稿の目的は,以上のような問題意識から隣国の韓 国における教員養成では,どのような経済教育がなさ れているのか,を考察することにより,日本の教員養 成における経済教育への示唆を得ようと試みることに ある。まずは,次節において,今日の韓国経済教育の 現状および課題を概括的に把握するために,企画財政 部と韓国経済教育学会によって発刊された報告書につ いて論じる。
Ⅴ.まとめ
大学における専門教育(経済教育)の在り方につい ては議論があるが,教員養成系大学・学部では,専門 でない学生に専門分野を教えるということの意義と方 法を考える必要がある。12)経済を学ぶことを目的にし ていない学生に対して,如何に魅力的に経済を教える かが重要であり,それが実現出来れば,教員になった 際に経済教育に役立つものとなる。 このようなことは教員養成系学部以外の学部におけ る専門教育にも当てはまり,大学全入時代となり全て の学生が研究者になる訳ではないが,にもかかわらず 研究者の養成を前提とした教育を行っている専門教育 も多く,その在り方が問われている。 『教員養成における経済教育の課題と展望』の執筆 者は,教員養成系大学・学部における経済教育の内容 の検討や,経済知識を学校の授業の中でどのように展 開して教えるかを研究しており,それぞれの視点から この問題に取り組んでいる。 筆者のうちの水野は,既存の経済学の教育の分類と は異なるが,学校教育の中での経済教育の普及のため に理解や使用がしやすいことを考慮して経済教育の内 容を分類している。これまで経済教育が普及しなかっ たのは,経済学が難し過ぎる,学校教育ですぐに使え ない,ということが指摘出来,学校教育で必要になる 内容のみ,具体的には日常生活や社会との関連につい てのみに絞っている。13)同様の「教員になる者に必要 な経済学の教育」という視点は全ての執筆者の共通の ものであり,本書ではそれぞれの大学での教育経験を 踏まえて見解を述べている。 また,実践事例の紹介も多く,教員養成系大学・学 部ですぐに役立つものとなっている。さらには,前述 のように,教員養成系学部以外の学部における経済に 関する専門教育としても参考になる内容となっている。 現在は団塊の世代の大量退職時代を迎えて教員の入 れ替わりの時期であり,教員の大量採用が行われてい る。経済知識を持った教員の養成が行われれば経済教 育の普及のまたとないチャンスとなる。逆にいえば, この機会を逃すと経済知識のない教員を大量に採用し 続けることになり,わが国の経済教育の普及を妨げる こととなる。 そのような機会に,本書で扱っているような教員に なる上で必要な経済知識の整理とその教育方法の整備 を行うことで,教員養成における経済教育を推進し, わが国における経済知識の普及を実現することが期待 される。 註 1) このような民営化やそれに伴う人員削減や給与の見直し は既に旧国鉄等で行われており,近年では郵政や高速道 路の民営化が実現している。 2) アメリカでは地方自治体(学校)による教員の解雇は普 通のこととして行われている。 3) アメリカでは民間団体である NCEE(National Council on Economic Education, アメリカ経済教育協議会)によって, イギリスでは金融ビックバンに伴い政府主導によって, 経済教育が推進されている。 4) 経済知識の欠如から,民間企業に勤める者に比べて教員 は悪質商法などの被害に遭いやすく,また,借金などの 経済に関するトラブルも引き起こしやすい。 5) 詳しくは水野英雄・鵜飼遥佳・前田宗誉・村井望(2012)「なぜ学校では自由貿易が教えられないのか─経済のグ ローバル化の中でのローカルな教員養成─」『経済教育』 第 31 号を参照。 6) 詳しくは,岩田年浩・水野英雄(2011)「教員養成系学部 ではどのような経済の授業が行われているのか─教員養 成系学部への調査結果から─」『経済教育』第 30 号を参照。 7) 詳 し く は, 水 野 英 雄・ 鵜 飼 遥 佳・ 前 田 宗 誉・ 村 井 望 (2012)「社会科における経済分野の教科開発学における 展開」『2012 教科開発学研究発表会大会発表論文集』愛知 教育大学・静岡大学を参照。 8) このような学生の認識は教員養成系学部だけでなく,一 般教養等で経済学を教えている学部や,さらには経済学 部等の専門学部でも同様である。 9) 詳しくは苅谷剛彦(2003)『なぜ教育論争は不毛なのか─ 学力論争を超えて─』中公新書他を参照。 10) 詳しくは水野英雄(2010)『少子化時代の教員需要と教員 育成の課題』愛知教育大学出版会他を参照。 11) 同様の専門職の養成の失敗は医師や弁護士についても起 こっており,医師は不足,弁護士は過剰となっている。 また,都市部と地方の格差も大きく,特に地方都市では 深刻な問題となっている。 12) このような分野は教科学として研究が進められている。 詳しくは水野英雄(2011)「教員養成における経済教育の 展開─児童・生徒の「生きる力」を育むために─」『2011 教科開発学研究発表会発表論文集』愛知教育大学・静岡 大学を参照。 13) 詳しくは,水野英雄(2011)「教員養成系学部における 「経済教育スタンダード」」『経済教育』第 30 号を参照。 参考文献 [1] 岩田年浩・水野英雄(2011)「教員養成系学部ではどのよ うな経済の授業が行われているのか─教員養成系学部へ の調査結果から─」『経済教育』第 30 号 [2] 岩田年浩・水野英雄編著(2012)『教員養成における経済 教育の課題と展望』三恵社 [3] 苅谷剛彦(2003)『なぜ教育論争は不毛なのか─学力論争 を超えて─』中公新書 [4] 水野英雄(2005)「経済教育の必要性と目標─初等教育か らの連続性を求めて─」『経済教育』第 24 号 [5] 水野英雄(2010)『少子化時代の教員需要と教員育成の課 題』愛知教育大学出版会 [6] 水野英雄(2011)「教員養成における経済教育の現状と課 題」『日本教育大学協会研究年報』第 29 集 日本教育大 学協会 [7] 水野英雄(2011)「教員養成における経済教育の展開─児 童・生徒の「生きる力」を育むために─」『2011 教科開発 学研究発表会発表論文集』愛知教育大学・静岡大学 [8] 水野英雄(2011)「教員養成系学部における「経済教育ス タンダード」」『経済教育』第 30 号 [9] 水野英雄・鵜飼遥佳・前田宗誉・村井望(2012)「社会科 における経済分野の教科開発学における展開」『2012 教科 開発学研究発表会大会発表論文集』愛知教育大学・静岡 大学 [10] 水野英雄・鵜飼遥佳・前田宗誉・村井望(2012)「なぜ学 校では自由貿易が教えられないのか─経済のグローバル 化の中でのローカルな教員養成─」『経済教育』第 31 号 [11] 文 部 科 学 省 各 種 資 料・ ホ ー ム ペ ー ジ http://www. mext.go.jp [12] 内閣府経済社会総合研究所(財団法人日本経済教育セン ター委託研究)(2005)『経済教育に関する研究会』中間 報告書
[13] NCEE(National Council on Economic Education, アメリ カ経済教育協議会) 各種資料・ホームページ http:// www.councilforeconed.org/