DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.35.8
感性をつなぐ色彩
1―色彩を結び目とした多感覚研究への展開―
齋 藤 美 穂
早稲田大学人間科学学術院
Color connects Kansei:
Color as a node for the cross modal perception
Miho Saito
Faculty of Human Sciences, Waseda University
The present paper suggests one of the approaches of cross modal studies by using the concept of color as a node for the perceptions of the senses. Color is consisting of physically stable structures of three dimensions, namely, hue, lightness and saturation. Thus color can be useful to classify other modalities, such as fragrances by their harmonious colors or to visualize the classification of fragrances by means of color. The data obtained from the experiments con-ducted were analyzed by factor analysis, and mainly two big factors were extracted; MILD and CLEAR. It indicated, to some extent, the harmony between a fragrance and a color based on the dimensions of fragrance impressions. The fMRI study also showed that the activation of OFC (orbitofrontal cortex) in harmonized combination indicated close relationship with the perception of rewarding stimuli.
Keywords: cross-modal, color, fragrance, combination, fMRI 1. 多感覚の結び目となる色彩 1.1 色彩を多感覚の中間言語とする発想の原点 視覚は五感の中で最も重要な役割を持つ。しかし我々 はこの視覚以外にも聴覚・嗅覚など,他の感覚の助けを 借りながら日々の知覚・認知活動を行っている。よって 外界には一つの感覚モダリティではなく,多くの感覚モ ダリティ,すなわち多感覚の世界が広がり,そのなかで 統合的な判断と行動がなされている。 従来,各感覚に対する研究はそれぞれ独立して行われ てきたが,近年では感覚間の連合を研究する傾向が高ま りつつある。これらの研究は多感覚 (cross-modalまたは multimodal)研究と呼ばれ,認知科学や神経科学の領域 で特に盛んである。 色彩は視覚情報ではあるが,時として他の感覚とも密 接に結びつく。例えば「黄色い声」という表現は,視覚 (色)と聴覚(声)の連合である。このような密接な結 びつきがなぜ生じるのかと言えば,視覚・聴覚・嗅覚・ 味覚・触覚・体性感覚など,入力されたすべての感覚情 報が大脳辺縁系を通過するため,人が何かを見たり聞い たりしたときに他の感覚モダリティとも連動するメカニ ズムが生まれるからなのである。その意味でも多感覚研 究はこのような脳内メカニズムを現象的にとらえる新た な視点として重要性を増している。 多感覚研究の一例として,本稿では色彩という視覚情 報と,香りという嗅覚情報の関係性について言及する。 これは色彩と香りの相性の良さに着想し,それらの印象 の類似性から生み出される「調和」という概念により香 りを分類したらどうなるであろうかという独自の発想に 基づく研究である。色にもやさしいと感じさせる色があ るが,香りにもやさしいイメージを想起させる香りが存 在する。これらのイメージの類似性によってもたらされ る調和性を元にして分類するという発想である。 色彩は色相・明度・彩度といった分類のパラメータが Copyright 2016. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Department of Human Informatics
and Cognitive Sciences, Faculty of Human Sciences, Waseda University, 2–579–15 Mikashima, Tokorozawa-shi, Saitama 359–1192, Japan. E-mail: [email protected]
1 本稿の執筆にあたり,より包括的な内容を論じた文 献(齋藤,2010, 2013)を参考にした.
30 基礎心理学研究 第35巻 第1号 明確であり,これらの次元により表記することが可能で ある。例えばFigure 1のような色立体を見れば色が上述 した三属性で表されていることが明らかである。それに 対して,香りの次元を特定することは困難であり,研究 者によっても見解はまちまちである。 そこで色彩と香りとの調和関係を手がかりにしたら, 色彩に依拠した形で香りを分類し可視化することが可能 ではないかと考えたことに,発想の原点がある。これは 他の感覚モダリティに対しても適用可能な考えであると 思われるが,ここでは色彩と香りという2つの感覚に共 通する心理的な印象軸を導き出し,その調和モデルの作 成を行った研究を報告したい。 我々が多くの感覚モダリティを通して外界を認識し, 日々の生活を営んでいることを考えるならば,特に産業 界等での色彩と香りの活用場面には,調和関係を基盤と した分類や整理手法の方が有益であるとも考えられる。 例えば,ある香水のパッケージデザインを構想する際に も,その香りにふさわしい色やマッチする色を選択しや すくなると考えられる。香りにマッチする色彩が,その 香りがもともと持っているイメージを一層高めることが 研究(齋藤,2005; Saito et al., 2002)の結果からも明らか となっているからである。 1.2 香りと色に共通する印象的次元の検討と共通軸の 抽出 調和関係を媒介として,色に寄り添わせて香りを分類 するために,まずは香りや色に共通する印象的次元を整 理し香りに対する調和色の法則性を検討する必要がある。 ここではそれらの研究(三浦・齋藤,2011; 齋藤,2010) から得られた調和モデルについて言及する。その法則性 を検討するために,100名の対象者に,8種の香りに対す るSD法による印象評定を課すと同時に,18色のカラー チャートから香りに対する調和色及び不調和色をそれぞ れ3色まで選択させるという手続きによる実験を行った。 香りの印象評定と色彩の印象評定の結果を統合し因子 分析を施したところ,香りと色に共通する軸として主に MILD, CLEARの2因子が抽出された。各刺激の因子得点 結果から,色彩の次元として,MILD因子は高明度の暖 色か,低明度の寒色かを分ける軸であり,CLEAR因子 は,特に彩度の高低を分ける軸であることがわかった。 また香りの次元としても,MILD因子は,“甘い”“女性 的な”香りか,“甘くない”“男性的な”香りかを分ける 軸であり,CLEAR因子は,“澄んだ”香りか,“濁った” (むっとする)香りかを分ける軸と考えられた。これら のことからMILDとCLEARの2軸によって調和性の高い 色彩と香りを可視化できる可能性を得た。 上記の研究結果を踏まえて,さらに香りの数を113種 に増やして同じような傾向が得られるかを検証した結果 でも,印象的次元を介した香りと色との調和性が比較的 安定していることを示唆するものとなった。さらに重回 帰分析等で検討した結果をもとに,調和予測式を作成 し,それを可逆的に検討することも行った結果,香りに Figure 1. Color solid (Photo by JAPAN COLOR ENTERPRISE CO., LTD).
対する調和色の予測式が比較的精度が高いことが確認さ れた。よって,これまで述べてきたMILD, CLEARの2軸 を使って香りを色彩空間上で可視化することが,ある程 度可能であると思われた。 上記のような手続きを用いて香り刺激を113種類まで 増やしたうえで,色と香りの調和モデルを構成し (齋藤・ 三浦,2009; 三浦・齋藤,2009),それらを印象的次元上 に表現することで,これまで述べてきた結果を可視化し たものがFigure 2である。MILD, CLEARによる2次元上 を8つの領域に分け,その上に,2軸に対するそれぞれ の意味と,重回帰分析による色彩と香りの調和性の結果 を総合し,全刺激をプロットしたものである。このなか で,同じ領域(すなわち印象次元上で距離の近い色彩と 香り)にある色彩と香りは調和関係,対照的な位置の領 域にある色彩と香りは不調和関係となる傾向にある。 今後も香り刺激を増やしてこの調和モデルが多くの香 りに適合するか検討し,法則性の精度も高める必要性は あるものの,マーケティングにおいて,香りと調和しや すい色の目安をつけることには役立つものと考えられよ う。また色と香りの調和性には印象の類似性による次元 上で,ある程度は予測可能な法則性を見いだせる可能性 も明らかとなった。このような調和モデルは,これまで 記述や分類がしにくかった香りを,色彩というパラメー タ上で可視化するための方略の一つと考えられると同時 に,従来の嗅覚研究に新たな視点を提供することにもな ると考えられる。 2. 多感覚の組み合わせがもたらす効果 2.1 香りと色の組み合わせと心理的側面の検討 色彩と香りの組み合わせなど,多感覚を組み合わせた 場合にもたらされる効果に関しても検討すべきかと思わ れる。産業界などで色彩と香りを同時に活用する場合 に,それらの異なる感覚が複合することによる心理的な 影響や生理的な効果を知ることも有益と考えられるから である。ここでは色彩と香りの組合せがもたらす心理 的・生理的影響を検討するために行った研究(齋藤, 2005, 2010; Saito et al., 2002)を紹介する。 物理的連続量である色彩と,1万種類以上の識別可能 な香りが存在するなかで,それらの組合せの良さや悪さ は当然のことながら存在する。そこでまず,色と香りと のふさわしい組み合わせ,すなわち調和ペアと,ふさわ しくない組み合わせである不調和ペアの抽出を試みた。 Figure 2. Harmonious color model with fragrance on their dimensions in impressions.
32 基礎心理学研究 第35巻 第1号 予備的実験およびこれまでの知見を参考にして,18色の カラーチャートを使用し,香り刺激には15種類の香り (ミュゲ,モス,アップル,セダーウッド,ムスク,ラ ベンダー,バニラ,スペアミント,グラス,クローブ, ピーチ,ジュニパーベリー,パインニードル,グレープ フルーツ,クラリセージ)を採用した。心理的側面を検 討するために100名の被験者に,まずはそれぞれの色と 香りのSD法による印象評価と気分を測定する気分プロ フィール検査(日本版POMS: Profile of Mood States)に 対して評定してもらい,次にどの香りのとき,どの色が 最もふさわしいか,ふさわしくないかを選んでもらうと いう実験を行った。 その結果,調和ペアおよび不調和ペアとして,突出し た傾向の見られる組合せが存在した。すなわち調和ペア としては,ペールピンクに対して,ピーチとバニラの香 り,ビビッドブルーに対してスペアミントの香り,そし てダークイエローイッシュブラウンに対してセダーウッ ドの香りであった。また不調和ペアとしては,ペールピ ンクに対してセダーウッドの香り,ビビッドブルーに対 してバニラの香り,ダークイエローイッシュブラウンに 対してバニラの香りとスペアミントの香りという結果が 得られた。 次の実験として,上記の任意の香りと調和している色 の空間および不調和な色の空間の中で,100名の被験者 に香りを嗅いでもらい,それぞれ印象評定や気分評定の 質問に答えてもらった。その結果,例えばピーチの香り は,ピーチの香りが単独のときの印象評価より,調和し ているペールピンクとの組み合わせ条件下で,ピーチの 香りが本来持つ「軽い」,「好きな」,「温かい」などの印 象が強まることがわかった。すなわち香りの持つイメー ジが,色に影響されてより強くなるというような相乗効 果が見られた。また同様な結果は気分評定語においても 得られた。これらの結果から,調和ペアでは色が存在す ることによって香りの持つ本来の印象が加算的に高まる という効果が確認されたと考えられる。 2.2 香りと色の組み合わせと生理的側面の検討 香りと色の組み合わせがもたらす生理的影響のなかで も,ここではストレスとの関係を検討するため,調和条 件と不調和条件下での脳波(CNV)や心電図の変化を 比較するとともに,唾液中のクロモグラニン A (CgA) の測定を行った。クロモグラニンAは唾液中にあるスト レスに対して鋭敏な応答物質であると考えられている。 (CNV・心電図・CgA測定に関しては(株)カネボウ化粧 品研究所にて実施された。) 被験者の中心視および周辺視を前述した任意の色で覆 い,それに調和する香りや不調和な香りを嗅がせたとき の生理的変化を調べた。 脳波はCNV (随伴陰性変動)を測定し,注意の集中度 を測定するための弁別反応課題により,覚醒と沈静の状 態を検討した。その結果,色と香りの印象が同じ傾向を 示す調和ペアでは沈静,不調和ペアでは覚醒という関係 が多く見られる傾向となった。 心電図測定においても,調和ペア(ペールピンクと ピーチ,スペアミントとビビッドブルー)の場合は高周 波成分であるHF値(心臓副交感神経活性の指標)は上 昇し,不調和ペアの場合はHF値が低下した。これは不 調和条件下でストレスを感じていることを示唆するもの である。 また,唾液中の CgA測定では,ビビッドブルーはス ペアミントよりピーチと組み合わせる方が濃度が高くな る結果を得た。前述した通り,ビビッドブルーとピーチ は不調和ペアである。よって香りと色が不調和ペアの場 合は,調和ペアよりも精神的ストレスを与えることが示 唆されたと考えられる。 以上の結果から,色彩と香りを組み合わせたときにも たらされる心理的・生理的影響をまとめると,心理的側 面からは,調和ペアの方が不調和ペアよりも,その香り が本来持つ印象やイメージをより高める傾向が示され, 生理的側面からは,不調和ペアの場合にストレスを与え る可能性があることが示唆されたと言える。 2.3 fMRIを使用した香りと色彩の調和と脳活動 最後に,香りと色の調和性が高いと判断された際の脳 活動をfMRIで検討した研究 (Saito, Wakata, Terasawa, Oba, & Moriguchi, 2012)を報告する。 香り刺激は120種類を用意し,あらかじめクラスター 分析により分類した15グループの香りの分類から被験 者が1種類ずつ香りを嗅ぎ,「好きだ」 と感じる香りを グループ選択した後,そのグループの中からさらに被験 者が最も好きな香りを1つ選択するという方法で決定し た。よって実験中に提示される香りは,各被験者が好き な香りである。 マンセル主要5色相である赤,黄,緑,青,紫および 統制刺激の灰色の6色を用いてこれらの視覚刺激をスク リーンに投射し,被験者は鏡面を通してfMRIの中で仰 臥位のまま判断を行った。 被験者には実験中に香りと色の調和度について,1か ら9までの調和段階 (1: 調和しない,9: 調和する) を 用いて香りの調和度を評価する調和度評定を求めたが,
Figure 3. Activation of OFC (Orbitofrontal cortex).
34 基礎心理学研究 第35巻 第1号 その結果,香りと色の調和度が高いと判断されたときに
賦活した主な部位としてはFigure 3に示した眼窩前頭前 野(orbitofrontal cortex) と Figure 4 に示した島(insula) であることがわかった。また中脳(midbrain)の賦活も 確認された。 一般に,美しいと思うときに脳内ではどのような活動 をしているのか検討した研究では「報酬系」と呼ばれる 脳内経路が関係していることを示している。報酬系とは 欲求がかなったときに活性化する神経系で「快」の感覚 を伝える役割を持つ。その領域の一つに,目の後ろに位 置する眼窩前頭前野と言われる部位があり,報酬と罰 (回避)に関連した認知的・社会的行動を調節・制御す ると言われている。そのような知見を基盤として考える ならば,今回の結果にあるような眼窩前頭前野の賦活 は,香りと色が調和しているという判断が一種の「快」 という報酬であったことを示す可能性を示唆する。また 島は多感覚の統合と関連を持つ部位であり,さらに中脳 の賦活は調和が自律神経系に関係することを示唆するも のである。よって我々にとって多感覚の調和性の高さは 生活の質の向上にも繋がる可能性をも示す。 これまで述べてきた研究を俯瞰してみると,将来的に は色立体に配列される色に対して,調和的な関係性を持 つ他の感覚を「紐付け」するような形で,多感覚を分類 し,整理することが可能になると考えられる。さらに, 本稿で述べたような香りだけではく,その対象を,音楽 刺激や画像などに広げていくことにより,色彩を媒介と して快適空間を構築するための統合管理システムなるも のを作り出すことも夢ではないと考える。このような多 感覚の結び目となる色彩研究の成果が,単に快適空間の 構築のみならず,たとえば緩和医療等の医療現場で応用 されるなど,健康福祉分野でも広く活用されることによ り人間の幸福(well-being)に役立つことを期待する。 引用文献 三浦久美子・齋藤美穂(2009).色彩と感覚協調(2) ―色と香りの印象的次元と調和性― 日本基礎心 理学会第2回多感覚研究会抄録,7. 三浦久美子・齋藤美穂 (2011).色と香りの調和性にお い・かおり環境学会誌,42, 327–337. 齋藤美穂(2005).香りと色の組合せがもたらす心理的・ 生理的効果 Aroma Research, 6, 82–87. 齋藤美穂(2010).色彩と感覚協調(〈特集〉感覚をつな ぐ色の可能性) 日本色彩学会誌,34, 359–363. 齋藤美穂 (2013).第6節 色彩と香りの心理メカニズム ―調和性からの検討― 嗅覚と匂い・香りの産業 利用最前線(pp. 115–168)エヌ・ティー・エス 齋藤美穂(2015).色彩の果たす役割 Re, Building
Main-tenance & Management, 37, 8–13.
齋藤美穂・三浦久美子(2009).色彩と感覚協調(1) ―色彩と香りや音の印象の調和性に着目した心理 的・生理的効果の検討― 日本基礎心理学会第2回 多感覚研究会抄録,6.
Saito, M., Okui, M., Kubota, M., Yamada, M., Sawada, K., & Komaki, R. (2002). Interrelation of fragrance and colour.
Proceeding of 22nd IFSCC Congress Edinburgh, 1–17.
Saito, M., Wakata, T., Terasawa, Y., Oba, K., & Moriguchi, Y. (2012). An fMRI study on the perception of the harmony of color and fragrance. International Color Association 2012.