1.大脳皮質錐体細胞における樹状突起発達の分子機 構 (生化学) 中村史雄 大脳の新皮質は I~VI 層で構成される.皮質 V 層の錐 体細胞は情報の入力側にあたる樹状突起と出力側の軸索 で構成される.神経ガイド分子は軸索の伸長制御だけで なく,樹状突起や樹状突起上のシナプスの形成にも関わ る.神経ガイド分子の一つであるセマフォリン 3A (Sema3A)は,海馬や脊髄後根神経節細胞の軸索を反発 し,軸索突起の伸長を抑制する.一方,大脳皮質の樹状 突起に対しては,Sema3A は分岐や伸長を促進する. 大脳皮質・錐体細胞樹状突起の形成に関わる Sema3A の情報伝達機構について検討を行い,チロシンリン酸化 を制御する 2 つの分子,チロシンキナーゼ Fyn,チロシ ンホスファターゼ PTPδ が関わることを明らかにした. Sema3A は PTPδ を活性化して Fyn の C 末端チロシン残 基を脱リン酸化する.この作用に伴い Fyn は活性化し, 下流因子を活性化する.Sema3A,PTPδ,Fyn いずれの ノックアウトマウスにおいても皮質錐体細胞の基底樹状 突起の形成が低下していた.さらに Sema3A+/-; PTPδ +/-や PTPδ +/-;Fyn+/-の二重へテロ変異 マウス脳も同様の表現型を示した.これらの事実から Sema3A・PTPδ・Fyn の情報伝達経路は生体内で大脳皮 質の樹状突起形成を制御する機構と推測された. 2.抗 VEGFR2 療法はどのように胃癌における腫瘍内 微小環境を変化させるか (1解剖学・発生生物学,2ハーバード大学医学部 マサチューセッツ総合病院放射線腫瘍科) 北原秀治1・ドゥーダ・ダン2・江㟢太一1 悪性腫瘍が誘導する異常血管は,腫瘍周辺の低酸素, 低 pH 環境を作り出し,免疫原性の低下を引き起こす. 癌細胞は免疫抑制因子を産生し,さらに関連細胞が惹起 され,癌生育に最適な免疫抑制性環境が構築されていく. こうした免疫機構をはじめ,腫瘍微小環境正常化に至る までのメカニズムや,正常化後の予後,副作用に関して は不明な点が多く,現在も臨床応用出来ていない.われ われは上記を背景とし,この「腫瘍微小環境の正常化, およびそのメカニズムへのアプローチ」が,結果として, 特異的な免疫監視機構を持つ消化管における強力な宿主 免疫力を回復させると共に,既存の治療効果を最大限に 発揮させる宿主環境を構築し,次世代の癌治療法となる ことを確信している.そこで,まず胃癌モデルマウスを 用いて,腫瘍細胞自身の増殖および,腫瘍細胞・腫瘍血 管が発現する VEGFR2 をそれぞれ抑制し,腫瘍微小環境 がどのように変化するのかを検討した.ヒト由来胃癌細 胞および,ヒト手術検体を移植したマウスに,マウス由 来,ヒト由来の VEGFR2 抗体および抗がん剤をそれぞれ 投与した結果,腫瘍血管の VEGFR2 を適度に抑制した方 が,腫瘍の成長が遅延した.また,組織学的には腫瘍血 管は正常化し,線維化,低酸素,慢性炎症なども改善し, 消化器系の悪性腫瘍においては,腫瘍血管が発現する VEGFR2 を抑制した方が,腫瘍微小環境の正常化を促 し,既存治療や免疫治療との併用に適していることが確 認できた. 学会・研究会抄録
平成 29 年度東京女子医科大学医学部・基礎系教室研究発表会
日 時:平成 29 年 12 月 22 日(金)13:00~16:40 場 所:東京女子医科大学弥生記念講堂地下 A 会議室 主 催:基礎医学系教授会 1.大脳皮質錐体細胞における樹状突起発達の分子機構 (生化学)中村史雄 2.抗 VEGFR2 療法はどのように胃癌における腫瘍内微小環境を変化させるか (解剖学・発生生物学)北原秀治 3.カドミウムによる肺がんの悪性転化機構の解明 (衛生学公衆衛生学(第一))藤木恒太 4.ピエ・ノワールの名乗りの実践に関する考察 (外国語文化)足立 綾 5.DeterminantsofContinuumofCareforMaternal,Newborn,andChildHealthServicesinRural LaoPDR(ラオスの農村部における母子保健継続ケアの決定要因) (国際環境・熱帯医学)佐久間さき 6.mTOR 複合体によるヒストンメチル化の新規制御機構 (病理学(第一))原地美緒 7.口腔病原体が生活習慣病の病態形成に与える影響 (微生物学免疫学)大坂利文⎧
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東女医大誌 第 88 巻 第 1 号頁 39~41 平成 30 年2月⎭
―39― 393.カドミウムによる肺がんの悪性転化機構の解明 (衛生学公衆衛生学(第一)) 藤木恒太・ 宮山貴光・松岡雅人 たばこ煙中に含まれるカドミウム(Cd)の肺がん発生 への関与が実験的および疫学的に示唆されている.しか しながら,肺がん細胞の悪性化に及ぼす Cd ばく露の詳 細な作用機構は明らかではない.我々は,HK-2 ヒト近位 尿細管由来上皮細胞において,Cd が転写因子 Notch1 シ グナル伝達系活性化を介した細胞毒性を惹起することを 見出した.そこで,本研究は,Cd ばく露の肺がん細胞に 対する慢性影響と Notch1 活性化の重要性を明らかにす ることを目的とした.その結果,Cd をばく露した A549 ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞では,上皮間葉転換(EMT) の惹起,ストレスファイバーの形成,細胞移動能の上昇 および抗癌剤に対する抵抗性が認められた.また,Notch family のうち Notch1 のみ Cd ばく露によりその発現量が 上昇し,Notch1 活性化型である Notch1-ICD の発現量, Notch1 のターゲット因子である転写因子 Snail および Slug の発現量が上昇した.さらに,Notch1 を siRNA に より機能阻害すると,Cd ばく露による上記の影響が部分 的にすべて抑制された.また,慢性 Cd ばく露によって 獲得した A549 細胞の形質変化は,Cd を細胞内外から完 全に除去しても維持されることが示された.以上の結果 から,Cd ばく露によって Notch1 経路が活性化すること が肺がんの悪性化に関わる可能性が考えられた. 4.ピエ・ノワールの名乗りの実践に関する考察 (外国語文化) 足立 綾 本発表では,仏領アルジェリア出身のフランス市民に よる「ピエ・ノワール(以下,PN)」の名乗りの実践に ついて,記述式アンケート,聞き取り,参与観察,一次 資料から得られたナラティブをもとに考察した.PN と は一般に仏領アルジェリア出身の「引揚者」を指す俗称 だが,それは当初,「植民地主義者」というネガティブな 意味を持つ,名付けられた蔑称であった.同時に,彼ら は公称としては「ラパトリエ(帰還者)」となり,本国社 会への統合が成功したとされた時には,市民として,公 的には社会で不可視化された.「ラパトリエ」という呼称 が好まれない一方,「PN」は現在,当人たちからも自称 として用いられるようになった.本調査においては,彼 らが「PN」を名乗る際,その意味をポジティブに読み替 えて名乗っていること,また,コミュニティを表すもの として捉えていることがわかった.そのような名乗りの 背後には,まずコミュニティの想像があり,そして名乗 りが,さらなる名乗りの実践を生み,あたかも実のコミュ ニティであるかのように可視化していることは,既存の 集団に名のラベルが付されるのではなく,まず境界がひ かれることにより,対象が有意味化されて実態を帯び, 過去を備えた集団となる,という民族生成の諸理論から 説明できる.しかし同時に,PN 団体の調査から,その 活動目的は,フランスとは切り離された固有の文化や記 憶の主張ではなく,フランスの過去の一部に組み込まれ ていくことだということもわかった.このことから,本 発表においては,一見独自の集団を志向する「PN」の名 乗りの実践とは,一旦可視化した上で真の統合を目指す 「異化効果」を持つものだと結論づけた.
5.Determinants of Continuum of Care for Maternal, Newborn, and Child Health Services in Rural Lao PDR (ラオスの農村部における母子保健継続ケアの決定要因)
(Department of International Affairs and TropicalMedicine) SakiSAKUMA Introduction:Maternal, newborn and child health (MNCH)is a global issue. The continuum of care is
focusedasanimportantcomponenttoimproveMNCH. Lao PDR is one of the most inequitable countries regarding women’s access to healthcare services and maternal and child mortality ratio are still high. The objectivesofthisstudyare:toinvestigatetheholistic coverageofcontinuumofcareandtoidentifythefac-torsassociatedwithmothers’continuationinreceiving services in rural Lao PDR. Methods:A community-based, cross sectional study was conducted in rural districtincentralLaoPDRin2016.Face-to-faceinter-viewswereconductedamongthemothersagedfrom 16-49 years old. For outcome variable, in addition to each MNCH services, modified composite coverage index(CCI)wascreatedtoexpresscontinuumofcare. Results:263motherswereincludedinthefinalanaly- ses.Fivefactorswereshowntohavestatisticallysignifi-cantassociationswithhighermodifiedCCIscore:three factorswerepositivelyassociatedandtwofactorswere negatively associated. From the combination of four promoting factors, mothers were still likely to have higherscorewhentheyhadfamilyandcommunityfac-torseventheydidnothaveappropriatesocio-economic factors.Discussion:Newpromotingfactorsforcontin-uumofcarewereidentifiedfromthisstudy.Theywere earlierfirstantenatalcareandmaleandfamilyinvolve-ment. Conclusions:In conclusion, this study showed five factors determinants for the continuum of care expressedbymodifiedCCI.Inaddition,otherpromot- ingfactorsforthecontinuumofcareareearlierantena-talcarefirstvisitandmaleandfamilyinvolvementin MNCH. ―40― 40
6.mTOR 複合体によるヒストンメチル化の新規制御 機構 (病理学(第一)) 原地美緒・ 増井憲太・柴田亮行 〔緒言〕多くのがんにおいて DNA の塩基配列の変化を 伴わないエピジェネティクスの重要性が示唆されてい る.我々は,悪性脳腫瘍におけるエピジェネティクスの 新規制御機構の解明を試みた.〔対象と方法〕ヒト膠芽腫 細胞株である U87 を用いて,ヒト腫瘍の中でも頻度が高 い EGFR(epidermalgrowthfactorreceptor)遺伝子異 常によるエピジェネティクス制御機序について,分子生 物学的解析を行った.〔結果〕遺伝子異常により恒常的に 活性化された EGFR の変異体(EGFRvIII)を有する U87 細胞株において,ヒストンメチル基転移酵素のひとつ EZH2(enhancerofzestehomolog)の mRNA およびタ ンパク発現が亢進していた.解析の結果,EGFR 異常に よる EZH2 の制御は,mTOR(mammalian target of rapamycin)複合体のひとつ mTORC1 を介した経路であ り,ヒストンメチル化(H3K27me3)の制御に関与して いた.驚くべきことに,もう一つの mTOR 複合体であ る mTORC2 によっても H3K27 のトリメチル化は制御さ れており,mTORC2 がヒストンメチル化の基質である SAM(S-adenosylmethionine)の産生量を制御している ことを見出した.これらの H3K27me3 のメチル化制御に より,腫瘍細胞増殖に関与する遺伝子群の発現が調節さ れていた.〔結論〕がん抑制遺伝子の調節に深く関わるヒ ストン H3K27 のトリメチル化は,EGFR 経路のもと,2 つの mTOR 複合体により協調的に制御されていること が明らかとなった.この結果は,遺伝子およびシグナル 伝達異常とエピジェネティクス制御の間に強い関連があ ることを示唆する.がんのエピジェネティクスに介入す る新規治療戦略の開発には,mTORC1 および mTORC2 の両者の阻害を検討する必要がある. 7.口腔病原体が生活習慣病の病態形成に与える影響 (微生物学免疫学) 大坂利文・八木淳二 慢性感染症である歯周病罹患者の口腔は,大腸に匹敵 する細菌,エンドトキシン,炎症性メディエーターのリ ザーバーであることから,生活習慣病の病態進展に大き な影響を与えている可能性が高い.そこで本研究では, 肥満個体における免疫応答および腸内細菌叢の質的・量 的な変化に着眼し,口腔病原体がメタボリックシンド ロームの肝表現型である非アルコール性脂肪肝疾患 (non-alcoholicfattyliverdisease:NAFLD)の病態形成 への影響を調べることを目的とした.本研究では,7 週 齢の C57BL/6J マウス(オス,日本クレア)に対して, 高カロリー食 F2WD(オリエンタル酵母)を給餌する食 餌誘導性肥満モデルを用いた.Streptococcus intermedius あるいは Porphyromonas gingivalis の生菌を経胃投与(100 μl,1×109cells/ml,週 2 回)を行った.実験開始から 12 週間後のマウスの肝臓,回腸,結腸組織のホモジネー ト中のサイトカインを測定した.その結果,腸管におけ る炎症応答は確認されなかったが,肝臓においては細菌 投与群において炎症性メディエーターの産生が亢進して いた.また,口腔病原体の投与による回腸および結腸の 腸内細菌叢の質的な変化も確認された.つまり,肝臓は 口腔病原体の経口侵入による腸内細菌叢の変質も含めた 腸内環境の変化を感知していると考えられる.以上のこ とから,口腔病原体の下部消化器内への流入は,腸内細 菌叢のバランス異常を誘発し,この腸内細菌叢の質的変 化が NAFLD 病態進展リスクの上昇に寄与することが示 唆された. ―41― 41