Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service
Japanese Sooiety for the Soienoe of Design“
地 域の 「華
」
づ く り とテ ザイン”
は、
いま北
海
道
に お
け
る
地
域
振興 とデザ
イ
ン
The
Regional
Developrnent
andDesign
in
Hokkaido
渋 谷
邦 男 (
Shibuya
Kunio
)北 海 道東 海 大
学
1
,
は じめ にデ
ザ
インを通 じて地 域
の質 的 向
h
を
と考
え
る背 景
に は、
現 代 の産 業
社 会 を軸
と したマクロ的
な 発 想 と対
照的
な、
地縁
社 会 を軸
と した発 想 が ある。 地 域の枠
や 国 境の枠 を超 える今
目の経済
活動
の地域
観
は、
地
域 はマー
ケッ トで あ り、
技術
や生産機 能
の集
積 地であり
、
より安価
な労働
を求
めて の生産
の地
であ
り、 北 海道
の今 日 まで の位置 付 け
であっ た資 源 供 給 地
であ
る。
地 域 は、
地 域の枠
を はるかに超 え
たマクロ的視 点
か ら経 済 的
な 尺 度 に よっ て相対 的
に計 ら
れ る対 象
であ
る という認 識
が一
般化
して いる。 こ の場 合
、
当然
のこ と に、
地域
は受 け 身
の立 場に 」Z
たさ れ ることにな る。
ま た
、
生産
、
流
通、
お よ び、
工業
デ ザ インの目標
と して は、
戦 後
四十数
年の 問 を 当 然の こと 同.
一
一
に論 ず ること はできな
い が、
国 際商
品に代 表 さ れる最 大
公 約数
的標 準 化
によっ て より多
く を という
、
量 に対 す
る合 理 的 判 断
が優 先
して き た といえ
よう
。
その
結 果
、地
域 を形成 す
る物
的環 境
お よ びそ
れに影 響
をう
け る生 活文 化
は 平 準 化 が進
み、
人
々 の意 識
の レ ベル で も実態
の レ ベ ルでも
、
地 域の独 自性
は解 体
の方 向
を 辿る こと となっ た。
こ のよう
な中
で、
近 年、
地 域 は 再認識
さ れつ つ ある。
地 域 か らの
考
え方
の根
底に は、
住 む所
を包 含し ている一
定地
域
を単
位 と した場所
の枠
、
科学技術
や現代
の産 業経 済
が取
り払
っ た かに みえ た枠
、
この枠
が今 日
でも
やはり
人の意識
や 生活
のベー
ス と して変
わり
な く必要
なの であ
っ て、
さ ら に その枠
の形
は時
と共
に変
わ ること が あっ ても、
枠
の中
で積
み トげ
ら れてき
たも
の の価
値
、
枠
の中
の自律 件
、
目 に見 え
る もの見 え
ないも
の含
め て、
その独 自性 が意識 的
であれ無
意 識 的であれ、
人々が 生活
を営
む 上で不
可欠
である とす
る確信
に近い判断
があ
る。
こ れ
ら
の背景
に は、
現 代
の諸
技
術
がテー
マ とし
ている自
然の脅 威
やコ ミュ ニ ケー
ショ ンの壁
の払
拭、距 離
の克服
な どがこ の地
域再 認 識
と微妙
な形
で重 な
っ てい る。
現 代
の諸技術
は、一・
方
で、
地 域
間の差異
、
地域
の固有
性 を無
くす
る方 向
に、
す
な わ ち地 域
の解体
に作
用す
るが、
もう
一
方
では、
地域
の生 活
や情 報
、
移動 等
のハ ンディキャップ
の解 消
を 通 じて、
ひとつ の大 き な 問 題 で あっ た地 域成 立
の原 点
であ る 人々 の定住 を促
進 す る こ とへ作
用 して おり
、
その結 果、
地 域復 権
の可能
性 がほのかに見
え出
す状 況
と なっ たの であ
る。
今日
、
地 域 を崩
壊から 再 生へ と転 ず
る にデ ザ インが大
き な役
割
を果
せる の で はないか、そ
のた めにデザ イ
ンの再点検
が必 要
では ない か という
自問
が生 じ
は じめ ている。地 域アイデ ンティティの
確
立、
地
域 な らで はの新 しい形
の産
業
活動
の展 開
、
地域独 自
の生 活様 式
の形 成 等
、
地 域 が イニ シ ア ティブ をも
つ、
ヒで デ ザ インには大 き
な期待
が寄
せ られて いるの であ
る。
2
.
北海 道
の地 域 特性
とデザ イ ン の課 題地 域 を
規定 す
るも
の は、
行
政の地 図
ヒの区割 り
の他
に、
島
や平野 部
など地
形 や 移動
1∫能 な範 囲
、
共有 す
る気 候
風 土 や 歴史
や文化
、
そ こ で培
われ た 共 通す
る 意識
な ど さ まざ
ま考 え
られ る。
北海 道
は、
ひと
つ の 地域
と して他
と区別 し得
る多 く
の特
.
徴
をも
っ ている。
・
周 囲
が海
に囲ま
れて地形 的
に独
立し、
広 大
な 面 積 を 有す
る。
(
全 国
の22%)
・
積
雪寒
冷 地であ る 。・
多 く
の人々が 住みは じめ て からはま
だ.
世紀 余
の、
新
しい地
域で
あ
る。人口
密度
が低 く自然
が身
近 な存在
であ
る。(
人凵は 全国
の5
%)
儂業
、
水産
、
林 業
、
鉱業
な ど一
次 産 業
がこ れまで主
体であった。
・
都市 部
の 三次産 業
は活 発であ っ ても、
二次 産業
とく
に製 造業
の
占
め る割 合 は 極 めて少 ない。
・
公共 投 資
に依存
する度 合いがこれ まで高
い。
(
国
の公 共
事業
費
の10
.
6
%)
・
人 口、
工業
出荷 高
な どのω % が、
札幌
を中心
と した道央 圏
に集
中 している。自然
に恵 ま
れ た広大
な 土地
に、
積
雪寒 冷
の気候 風
h
の な か、
各地
か ら集
まっ た人
々 が独自
の生 活形
態 をつくり
つ つあ
る とこ ろであ
る。
産業
は炭 坑
閉 山、
北 洋の減 船、
森林資 源
の枯
渇、
水 田の減
反、
農産物
の自由化
、
公共
事
業
の抑 制 な
ど、
厳
しい状況
.
ドに長
いことおか れ ている、 しかし
、
堅
調
な需要
や進
出企 業
、
企業努 力
に より次
の時代
を担 う新
しい産 業
の芽 も育
ち は じめて おり
、
産 業構 造転 換
の兆 し をみ せ は じめている。
た だ し、
超 え
なけ
れ ばな ら
ないハー
ドルは少
なくな
い[
注
ll
。農 業後 継 者
の確 保
、
都市
へ の人凵集 中
も大 き
な 問 題であ る。
若 者
の都 市 部
ない し本 州
へ の流
出 もあるが、
北海
.
道
で の生 活 を 望 むU
ター
ン希 望者
は多
く、
これ は明
るい材 料
であ
る。こ の よ
う
な状 況一
ト.
、
地 域振
興の関 係か ら、
デ ザ インに課
せ ら れてい るテー
マ は、
次
の三点 が まず
浮 か び ヒが る。ぼ
ir 素Ml
か ら「
製 品」 「
商
品」
づ く りへ例 え ば
北海道
は、
かつ て は海 外
を含
めて各
地
に上質
の木 材 を
材 料
と し てIL巳荷
していた が、
現 在
は家
具、
住 宅関 連 資材
な ど、
加
工品、
製 品 と して多 く
を11H荷 す
る よう
になっ てきている.
農産 物
や水
産物
に関
しても
同様
で、
加
工 を通
して の高付
加価
値
化
、
良質
の材料 を
ベー
ス と し た独 自
の商品
づく
り
は、
今後 も大
い に展 開
伽 」能性
があ
る。ま
たこれ らのプロセ スを経
て徐
々に 製 造業
の体 質
が強化 さ
れよう
。
[
2
)「
北
の生 活 文化
」
か らの「
製 品 」 を
積 雪寒 冷 地
であ る 北国
の生活
は、
厳
しい 自然 と対 時す
る中か20SPECIAL
ISSUE OF JSSD Vol.
2 No.
1 1994 デ ザ イ ン学研 究特 集号Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service
Japanese Sooiety for the Soienoe of Designら、
機 能
的 なも
の、
シ ンプ
ルな もの に大
き な価値
を見い出 して きた。 こ の風 土 か ら生ま
れ た価 値観
に基
づく製
品開発
およ び製 品の選 択 は、
北海 道
の特 徴
とな
ろう
。冬
4 〜5
か月続 く雪 を克服 す
る.
・
方
で、
そ れ を利
用 し、
楽
し むゆ と りが 生ま
れ ている。自然
が身 近
な 生活
にはアウ ト ドア ラ イフが定
着
しは じ め、
独 自
のラ イフ スタ イルが形成
されつ つあ
る。 これ らの生 活 は、
優 れ た 北 国仕様
の製品
をメー
カー
に要求
す
る ことにな る。
し か しな が ら、
.
我が国の な か で北 海道
はマー
ケッ トと し
ては小 さ く
、
本 州
企業
の採算
ベー
ス に は乗 り
に く い。
地 域
の生 活
に適す
るも
のを壬
にす
る ため に、
白
らが製造 も
しく
は他
に オー
ダ
ー
す
る積 極 性
が必
要であ る。
また
、
ゆと り
のあ
る快 適
な 生活環 境
は、
派
生的
に新
しいワー
キングス タ イルを
つく
る可能性
を もっ てい る。〔
3
)
「自
然」
と 共 生 する「
生活 環 境」
をか な
り
人 手 が 入っ てい る に せ よ、
人
の住
む所
の近 くに豊
富
な自然が 残 さ
れてい る状 況
は、
今
日大変貴
重
であ
る。
都市
基 盤の整備
や都 市
の アイデンテ ィ テ ィの確
立は もと より
、
自然
との共
生を
テー
マと し
た北 国
な らではの美
しく
快
適
な都
[li
づく り
、
居
住 環境
づく り
は その地 域
の責務
とい え よう
。昨 年
の調
査
で北海
道
の人
々 の地
域へ の関
心 は、
長年 第
一
位
であ
っ た働
く場
、
産業
が自然
を含
む 生活 環境
に変
わっ た こ と が明
らか になっ た。 魅力
的
な所
に人々が ま ず 集 ま り、
次
に定住 す
るとす
れ ば、
都市
部に 限らず
、
農 村
の生活環 境
の質
的 向.
L
も大
切な テー
マ であ る。
レ ク リエー
シ ョ ン、
観 光
、
リ ゾー
ト、
国
立公 園
、
自
然 保護
地 区の環 境 な
ど を含
め、
環 境
デ ザ インが取 り組 む課 題
は多
い。3 .
旭 川家 具
に みる 地域
産業
とデ ザ イン素 材
供
給地
からの脱皮
の実
例
と して、
主
に高級 家 具
で全国
的 に地 位 を確
立 した旭
川家 具産 業
が、
デザ
インを
どのよう
に採 り
人れ てき
た か、
その経 緯 を簡
単
に振 り
返っ てみ たい。
旭 川
の家具
づ く りは、
明治
20
年 代
後 期に軍 隊 (第
7
師
団〉
の施 設建 設
のた め、
木
工技術 者
を本州
か ら呼
び寄せ、
洋 家 具
の製
作
を始
め た こ と に端 を発 す
る。明治 末期
に は洋
家具
の製作 所
が創 業す
る。
し か し、
洋家
具は、
住 宅
が和 様 式
主流 と なり
、
需 要
は落 ち
てゆく
。代
わっ て、
大正 期 か
ら昭和 初期
に か け て 北陸
や東
北 か ら入っ てく
る半加
工の箪
笥
な ど に対 抗 す
る か た ちで、、
特
産の栓材 巾広材
.
を用い た 箱 物 家 具が開 発さ れ、
製 作
の中 心 と なる。
大
正5
年
に は木
工品伝 習所
が開所
し てい る。原
料
の確 保
が容
易
で需 要
が高
い、
単
純
な農 林 加
工業
のひ とつ である木
工業
は、
徐
々 に定 着
していく
[
注
2
]
。戦
後
は、
全 国規模
の婚礼
ダン スブ
ー
ム、
そ
して、
茶 だ
んす
か らモダンリ ビングの象 徴 的
存
在
と なっ た リ ビング ボー
ド、
ダ イ ニ ング ボー
ドの 需要
に よっ て、
旭 川の家 具 はムク材 を使
っ た 重く
て頑 丈
な大
量 生産
の箱
物
が 中心 とな
っ ていく
。
戦
後
間 もな く発 足
した 共 同 作 業 所 を引 き継 ぐ旭 川工芸 指 導所
に松倉 定雄 氏
が市 長
の要 請に より1955
年 初代 所 長
と し て着任
、
家具 製 造技術
の指 導
と デ ザ イン啓蒙
にあたっ た。
1950
年 道
、Z
林
業指 導所 (
後
の林産 試駒 沂〉
が開
所 し材 料 開発
が始
まる。1955
年
に第
一
一
回木
一
「祭
が開
か れ、
製
品 がステー
ジ
に上が
る。
上
質
の木材 が比 較 的容 易
に手
に入
る 産 地特
性を生
か し、
1960
年代
に は全
国の市場
に出 ま わ る よう
に な る。
1963
年 旭 川rifは海外 派遣 技術 研 修
生制
度によ り技
術者 を海外
派
遣。研
修 生のひと り長
原実
氏は、
西
ドイッ で4 年
間技
術 と デザ
インを学
び、 さら に、
北 海道
の極
め て上質
の楢 材 がヨー
ロ ッ パの高級 家 具
に使
わ れ てい る のを 目の当
たり
に して、
北 海道
でも
っ と良
い家具
を作
るべ きだ と考 え
、
帰
国後
、
会社 (
インテリ アセ ン ター
・
)
を設
立す
る。
国 内外
のデザ イ
ナー
を積 極 的
に起
用し
、
当時
デザ
イン関係者
の注
目す
る銀 座松 屋
や小
田急
ハ ルク を 通 じて、
旭 川の新鮮
な足 物
を含
む デ ザ インが、
産 地
の主 流
の箱
物に加え
て、
全 国に知
られ る よう
にな る。
1972
年
、
地 元の要 請 もあ り
、
東 海大 学
⊥芸短
期大 学
が木材 資
源
の高 度利 用
を 目指
して開学
。
1977年
には、
そ れ が デ ザ インと建 築
の 二学科
か らな る私 学
で は じめ ての芸術
工学 部
の大学
、
四年 制
の北 海道 東海 大 学
と な り、
全
国 から
デザ
イン研 究者
が集
まり人材 養 成
と研 究活 動
の拠 点 と な る。
1986
年
、
北海道 東
海大
学で 日本 デザ
イン学会旭 川 大 会
が開
か れ る。
そ の成 功
は、
その後
の北海 道
の本格 的
な デ ザ イン関
連 諸事 業
の 口火 を切 る 形 と なっ た。
1987
年
、
旭 川
デザ インフt一
ラムを産 学官
で開催
、
デ ンマー
ク から
W .
リー
パー
氏
、
イ タ リ ア か らJ
.
デ・
パス氏、
ア メリ カから
P
.
ヘ イ グ氏
ら を 招き
、
’
11時
ポ ス トモダン色の強い 中、
家
具 デザ イ
ン の在 り方
が真剣
に討
議
さ れ た。
翌88
年
、
国際
デザ
インフオー
ラム旭
川’88
「
Spint of Design」
を産
学
で 開催
、
M
.
カ レ ル氏 らニ ュー
ヨー
クを 中 心 に 活 躍 するデザ
イ ナー、
アー
テ ィス トを多 数招 き
、
創 造 活動
の魅 力 を
口のあ
たり
にす
る[
注
3
ユ
と と もに、
全
国か ら家 具
を は じめ とす
る デザ
イン関係 者
を多数
迎え
て内 容の濃
い ものと なっ た。
1988
年、
旭
川市
は 「デザ インシテ ィ」
を 打 ち 出し、
地
域 全体
でデ ザ インに取 り組
む姿 勢
が 顕著
とな
る。1990
年
には国 際
家具
デ ザ インフェ ア旭
川’
90
が産 学官
で旭 川市開基 百年
に合
わ せ て行
わ れ る[
注
4
ユ
。中心
事
業
は木 製
家具
を テー
マ と した国際 家具
デザ イン コ ンペ ティ シ ョ ン で、
18
ケ 国
472
点の応
募 が あっ た。
1933年 第
二回の国
際家
具 デザ
インフェ ア が行
わ れ、
コ ンペ ティショ ンには前
回の2
倍の35
ケ 国993
点
という多 数
の応 募
と なっ た。 デザ
インコ ン ペテ ィショ ンに おい て は 堅実
な デザ
インが多
く受 賞
し て おり
、
旭
川の産地
イメー
ジ が そ こに オー
バー
ラップ
して いる。デ ザ イン学研究 特 集 号 SPECIAL ISSUE OF JSSD Vol
,
2 No.
1 199421Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service
Japanese Sooiety for the Soienoe of Designこ れ
ら
の事業
は、
世界
のデ ザ イ ナー
の最新 作 品
が一・
堂
に会 す
ること
に より地
場の家具
デ ザ イン に良
い刺激 を提供
し、
ま
た、
メー
カー、
ユー
ザー、
デザ イ ナー
の出会
いの場 をつ く り、
国 際 的 デ ザ イン マー
ケッ トの構
築につ な がっ てい る[
注
5
]
。
旭 川
家 具産 地
を構 成 す
る企 業
は、
規
模
に大
小 が あり
、
ま た、
箱 物
、
足物
、
小 木
工品
など
得
意
分 野 に もバ ラエテ ィがあ り
、一
一
様
では ない 。 しか し、
豊
か な木 材資
源 をベー
スに ク ラフ トマ ン シップ溢
れ る優 れ た木
τ技
術 と 近年
デ ザ インへ の関 心
の高 さ
で は、
共 通 す
るも
のがあ
る。
こ れ は長年
の間
に培
われ た企業
の積
極 的
な姿勢
、
指
導
機関
、
教育
機 閧
、
行
政の タ イ ムリー
な 支援
、
産学官
が一
体
と なっ て の一
連
の事
業展
開 などの相 乗効 果
の結果
であ る。 と くに国際家 具
デザ
インフェ ア開催
には業
界
の負 担
は少
なく
ない。 しか し、
開発 力
、
製 造 技術、
産 地 イメー
ジの向
ヒ には計 り
しれないも
のがあ
る。
量産
には結
びにく
い面 もあ
る が、
二一
ズ に合
わ せて の手
づく
り要素 を交 え
た製 品
づく り
と自
然に恵 ま れ た 生活 環 境
が相
まっ て、
意欲 的
な技
術者
、
デザ イナー
の集積
が旭
川 を 中 心に確
実に進
ん でいる 状 況 は、
本
州の後 を追う形
でなく
、
北 海 道
独自
の産業
の在 り方のひとつ を示 唆 するもの である。4
,
北海
道に お け る デ ザ イ ン振 興の歩みさ ま ざまな
デザ イ
ン振 興
に関連 す
るも
のが行
わ れてき
たが
、
プロ ダ ク トデ ザ インのベー
ス と なる技 術
の指 導 機
関 は 比較
的 早 い時期
に設
立 さ れ ている。旭 川
,1
ゴの1
:芸 指導 所
は1955
年
には機
能
しは じめ、
その5
年 前
に は旭
川に道立
林業 試
験 場 がス ター
ト し てい る。
前
身
は 戦前
に さ か の ぼ る北 海道
立 :1:me
試 験 場
には、
工芸 部
デ ザ イン科 が1966
年
発足
し、
75
年
に 工業
デザ
イ ン科
に、1922
年
に は産 業
デ ザ イン部
に昇格 す
る。
こ こで は、
北海道
のデザ
イン行
政 を側 面 か ら支
え る と共
に、
開発
や啓蒙 指
導
活
動 が 活発
に行
わ れ てい る。同年
、
道
立林 産 試験 場
にデザ
イン科
が 発 足。帯 広 市
産 業 技術
セ ン ター
は1978年
、
北見市
工業
技 術
セ ン ター
は1982年
に設 立
さ れ、
オ ホー
ツ ク「
木」
の フェ ス ティ バル を 開催
し、
木 製 晶の 普 及 活 動 を展 開 している。行 政におい ては
、
北海 道
の商
工労働観 光
部に生 活 産業
デ ザ イ ン係
が1988
年
に設 置 さ
れ、
同年
に北海道 産 業
デ ザ イン振 興 会 議
を開催
して、
北海 道
におけ
る産 業
デザ
イン振
興の意義
を確 認
し ている。同 年 「
第
・
回北
の生活 産 業
デザ
インコ ン ペ」
スター
ト[
注
6
]
、
1922
年 「
デザ イ
ナー
情報
カー
ド」
の発 行
、
情 報 誌
「
デザ イ
ンフロ ンテ ィ ア」
の発行
、
デザ
イン交 流
サロ ンなどを 行っ ている。
ま た
、
北海 道
は、
行
政 イメー
ジアップ推 進
事業
と して「
親
し みのあ
る デザ
イン化検
討
会議
」を
開催
して、C
工 に1990
年
か ら着手
した[
注
7
]
。間接 的
に関係 す
る北 海 道文化 条例
が、
基
金 と行
政の諸 施策
に文 化 を 採 りいれる内容
で、
1994年
に ス ター
トす
る。
旭 川
市
では、
1988年
デザ イン シティを打
ち 出 して商
工部に 工業
デザ イン係
が1ggoi
・
#に設置
され、
国際
デザ
インフェ ア、
セ ミナ
ー
等 を精力 的
に展 開
してい る。
札 幌市
は、
1992年
か ら、 ふ るさ
と創 生 基金 を使
っ て 札幌
国 際 デ ザ イン コ ン ペ を2
年 毎
に行
っ ている。第
一
回
のテー
マ は「
福 祉」
、
第
二回の テー
マ は「
雪」
であ
っ た。
景
観 行 政 は、
札1幌
rl∫は 比較的 早
い時期
の1982
年 景観 委 員 会
を 発 足 させてい る[
注8
コ
。 そ して、
1988
年
、
札 幌 市都 市
景
観
要綱
を施 行
。小樽 市
では、1983
年
、
小
樽
市
歴史
的建
造物 及
び景観
地 「
X:保 全 条例 を施行
。
1987
年
、
美
しい占
冠 の 風景
を守
り
育
てる条 例 を施 行
。
1988
年
、
函館 市
西 部 地 区 歴史
的景観 条例 施 行
。
1989年
、
美瑛
町景観 条
例 施行
。
北海 道
で は、
1986年
、
住 宅都 市
部
に町
づく り推 進 室 を
創
設 し、
1990
年
には屋 外 広 告物 条例
を大
幅に改 訂 して看
板 規 制 を打 ち 出 した。 旭 川市
も1989
年 都 市
開発
部に都市 景観 係
をつ くり
、
景観 委員 会
を発
足 させ[
注
9
コ
、
景
観 形成
基本 計 画
の策 定
な ど具体 的
な展
開を始
めた。
しか し、
共 に今
後の デザ イン行
政の展 望
は とな
ると、
いず
れも
総 合 的 に は 明 ら かでは なく
、
こ れ か らの課
題であ
る。
シ ンポジウムや 会 議
関
係では、1975
年
のJIDA
に よ る札 幌
デ
ザ
イン会議
「
Design
for
〔iOmmunity
」 カ
ミ初期
の本格 的
なも
の であっ た。
間 をおいて
旭
川デザ
インシ ン ポ ジウム、
1983
年に誕 生 し た多
分野
の メ ンバー
から
な る 北海
道
デ ザ イン協議 会
に よる札 幌
デザ
インウ イー
グ85
、
’86
年
の「1
本
デザ
イン学 会秋 季 大
会 旭 川大
会
、
’
87
年の旭 川 デ ザ インフォー
ラ ム、
札 幌 国際
デザ
イン メッ セ’
88
、
旭
川の国際
デ ザ イン フォー
ラム’
88
、
’
89
年
に札 幌芸
術
の森
ク ラフ ト全
国公募 展 関
連行
事
の芸術
の森
につ どう
ク ラフ トフ ォー
ラムIN
サッポロ、
札幌
の北海 道
デザ イン交流
フ ォー
ラム「
産 業
と文化
のニ ュー
パラ ダ イムを求
めて」
と続 き
、
旭
川 の 二回 に わ た る大
イベ ン ト、
国際
デザイ ンフェ アに至 る。この他
、
デザ インワー
ク シ ョ ッ プカ滞 広
と旭 川 で開
か れ、
セ ミ ナー、
講習会
な ども各地
で活発
に行
わ れ てき
た。
こ れ ら は
8
年程 前
から
の諸活動
は、
確
実
に産
業
界
や行 政
を は じ め各 界
にデザ イ
ン の認識 を
深 め る役 割
を果
た してい る。
デザ イン
教 育
は、
札 幌
で1900
年代
に 人 り北 海道学
芸大 学 (
現
北海 道 教育 大学 〉が 美
術教 育
のな かで先 行
し、
次
いで1962
年
北海道
デ ザ イン研
究所 観
北海 道造 形
デザ イ
ン専
門学
校
)
が誕
生 している。北 海道 教 育大 学
は岩
見
沢
、
旭
川 な ど に芸術 系
をも
つ校 舎
があ
る。旭 川
で は1972
年
に東海
大
学
T.
芸
短期 大 学
が開 学 し
、
1977年
に は北 海道東
海大
学
芸術
L
学 部
と な る。
当大学
に は1990
年 大
学
院芸 術
研 究科
が 開 設 さ れ、
ま た、
北 方
生活
研 究 所 が 活 動 してい22SPECIAL
ISSUEOF JSSD Vol.
2 No.
1 1994 デ ザ イ ン学 研 究特 集 号Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service
Japanese Sooiety for the Soienoe of Designる。
道東
に は道都 大学 美術 学 部
が、
1991
年
には札幌
芸術
の森に札 1幌 市
立高専
が設置
されてい る。5 .
今 後
の課題
旭
川市
は国
の頭
脳 立 地
に指定 さ
れ たが
、
16
業種
のうち
デザ
イ ン と情 報 を
中心
に据 え
ている。
本 州
の多 く
の例
であ
るハ イテ クを
う
たう
に は製造 業
の ベー
スはな
い。
白紙
に近
い状 況
に旭 川産
業
ビ ジョ ンの テー
マ であ る「
北の生活 文
化 産業」
を 基本
コ ンセプ
トとし て、
21
世 紀
に向 け
て新
しい産 業
と生活
の関
係 を構
築 し てい こうとす
る姿勢
の表
れであ
る。中核 施 設
の高度化
セン ター
に は、行
政 の縦
割
り機
構
により限
界
はあ
るのだが
、
ビ ジュ アル か ら プロ ダ ク ト、
スペー
スま
で の巾広
い デザ
イン セ ン ター
機 能
が望 ま
れている。
地
域
のデザ
インは、
限定
さ れた
フ ィー
ルドを
ベー
スとし
てい るか らこそ、
デザ イン諸 分 野の連 携 が 必 要である。
採 算 制 や 人 材、
施 設
、
人 的 ネッ トワー
ク などの面 か ら デ ザイ ンに関 係 する諸 機 関
、
産 官学
の有 機 的
な関係
が、 デ ザ インセ ンター
機 能
に は不
可欠
であ
る。地域
において大学
の役 割
の叮
能 性は大 き
い。
ま た
、
活 動
を始
めて いる札 幌
、
旭 川、 北見
、帯.
広、
函
館 な ど北海 道各 地
の特 性
を有機 的
に結
び合 う
デ ザ インネ
ッ トワー
ク形成
が、
広
い北 海道
では、
これ か ら 重要
な意
味
を もつ 。 デ ザ イン センター
機 能は北 海道
の広
さで は4
〜
5
か所
ほ しい、
同 じ
気 候
風.
L
と人
口規模
の北 欧 との、
よ り密接
な関
係も期
待
され る。
交 流
はさ ま ざ ま な形
でおこな わ れている が、
北 海 道 東海
.
大学
では デン マー
ク デザ
イ ン スコー
レ、
ス ウェー
デンのヨー
テボ リ大 学
と共
同授
業
や教 員
の相
砿派遣 な
どを通 し
て、
具体 的
な成 果
を挙 げ
ている。
旭
川の家
具の国際
コ ン ペには、
多 く
の北
欧
の デザ
イナ
ー
が積 極 的
に 挑 戦 し ている。
第
一
回の グ ランプ
リ はフ ィ ン ラ ン ド の デザ イ ナー、
第
二 回のグ ランプ リはデンマー
ク の デザ イナー
だっ た。
旭
川の家具
を見
て「
そ
ろそろ北欧
デ ザ インか らの脱
皮
を
」
と
評
した 人 がいた が、
北欧
デザ
イ ン は世 界 的
に流行
したこと もあ り一
時の ス タ イルと捉
え たのか も しれ ない。北
国
の デザ イ
ン は、
北 国
の生 活者
にとっ ては、
単
な るス タ イ ル で は ない。 四輪 駆動 車
は、
東 京
では一
過 性
の「
スタ イル」
で あ り「
流 行1
であ
るが、
北 海 道
では命
を守
る必 需
品であ る。高
機
密
高断 熱
の住 宅
は、
本 州
でも省
エネ住 宅
と して大
き な意
味
をも
つが、
北 海道
では 生活
の最低 限
の保 証
と し て不 可欠
なも
の であ
る。
柔 ら
かく温
か味
のあ
る木 製
品 は、
外の厳
しい環 境と単調
な風 景
の長
い冬期
間、
イ
ンテ リ ア に は欠
か せな
いも
のなの であ
る。機 能
に優
れ シンプルな 造 形を も
つ 北 国のデザ イ
ンは、
固有
の気候 風
土 に 培 わ れ た哲学
そのも
の であ
る。 こ の哲 学
は そう簡
単
に変
わ ること は ない。
北 海
道
にとっ て地域
の デザ
イン振
興は、
これま
で 二次 産 業
が 遅 れてい る か ら という
意 味 以 上に、
重 要 な意
味 を もっ ている。
ま だスタ
ー
ト した か しないか という
段 階 ではあ る が、
そ れこ そ北 国
の生活
基 盤づ くり
と自然
との共 生という
大 き
な二つ の テー
マ、
総
じて自
らの生活様 式
の確
立という
課 題と密
接に関
係 し て いる か らであ
る。注
1
) 旭 川 市 産 業 振 興ビ ジョ ン、
旭 川産 業 高度 化推
進協 議会 (
委
員
長
渋 谷 邦 雄)
、
19922
> 目
で見
る旭 川
の歩
み、
旭 川市
、
1990
3
>
一
企業
であ る インテリア セ ンター
が 主 催 し、
北 海 道 東 海大
学
が協 力
したユニー
ク な 開催 形 態
の フォー
ラム。
4
)第
・
回
は鈴 木庄 吾
が内容 面
のコー
ディネ イ トを行
っ た。実
施 面
では多 く
の北 海
.
道東 海大 学教 員
が協 力
してい る。
5
)
コ ン ペ展 示
パ ン フ レッ トよ り。
6
)第
三回
まで栗 谷
川健
一
が実行
委
員 会 会
長
、
第
四回 以降
は伊
藤 隆
一
会 長
と な る。
7
)会 長渋 谷 邦男
、
委 員
渋 谷 滋、
中 井 和 子 らで構
成。
シ ンボルマ
ー
ク な ど基本
デザ イ
ンは指名
コ ン ペで池
田信
が作 成
。8
)
委 員 長熊 谷 直勝 ら
で構 成
。
9
)委 員 長渋谷 邦 男
らで構成
。発足
まで に北海 道 東海 大 学橋 場
光
、
門谷 眞
一
郎
、
三上純
らが市
か ら委 託研 究
の形
で内容
の構 築
に協 力 し
た。
基 本 計
Pti
等 も大 学
が 全面的
に協 力
し てい る。
デ サ イン学 研 究 特 集 号 SPECIAL ISSUEOF JSSD Vol