報告
干潟域の冠水部において甲殻類を効率的に採集する
えびかきソリネットの開発
Development of the “rake-sledge net” for efficiently sampling crustaceans in tide pools of
tidal flats
阪地英男
1・羽野健志
2・渡邉昭生
3・伊藤克敏
2・大久保信幸
2・松木康祐
4・
高橋 誠
5Hideo Sakaji, Takeshi Hano, Akio Watanabe, Katsutoshi Ito, Nobuyuki Ohkubo, Kosuke Matsuki,
and Makoto Takahashi
はじめに 沿岸干潟域は生産性の高い水域であり,多くの水 産生物の生息場として,またそれらを餌料とする生 物の索餌場として,生態学的に極めて重要な役割を 担っている(菊池,1993).甲殻類においては,水 産重要種であるクルマエビPenaeus japonicusでは着 底後の生活史初期を干潟に依存しており(倉田, 1986),異体類の捕食者や非捕食者として重要なエ ビジャコ類も広く干潟に分布している(林,2010). それ故,干潟域における甲殻類のバイオマスや多様 性を定量的に理解することは,水産重要種の干潟域 での生残を考える上で極めて重要である. これまでの干潟域における甲殻類の調査方法とし て,干出部におけるライン上での生物の目視や方形 枠 中 で の 生 物 の 採 集 等 が 行 わ れ て い る(飯 島, 2007).しかしこれらの方法では,冠水部の生物の 目視や方形枠中の運動性の高い種の採集は困難であ る.潮溜まり等の冠水部では,クルマエビに対する 電戟付きえびかきを用いた坪刈や電戟装置付きソリ ネットが用いられたが,電戟の効果は検証されてい ない(倉田,1974).表在性の甲殻類を対象として 人力による小型のソリネットの曳網も行われている が,採集生物はアミ類やヨコエビ類等の小型甲殻類 が主であった(青木ら,2016).干潟に生息する十 脚類等のやや大型の甲殻類は砂に潜っていることが 多いため,これらを効率的に採集可能な器具が必要 である.本報では,干潟域の冠水部に生息する甲殻 類を効率的かつ定量的に採集する器具を開発したの で,その概要を報告する. 1 (国研)水産研究・教育機構中央水産研究所 〒236–8648 神奈川県横浜市金沢区福浦2–12–4 National Research Institute of Fisheries Science, Japan
Fisheries Research and Education Agency, 2–12–4 Fuku-ura, Kanazawa, Yokohama, Kanagawa 236–8648, Japan
2 (国研)水産研究・教育機構瀬戸内海区水産研究所
〒739–0452 広島県廿日市市丸石2–17–5
National Research Institute of Fisheries and Environment of Inland Sea, Japan Fisheries Research and Education Agency, 2–17–5 Maruishi, Hatsukaichi, Hiroshima 739– 0452, Japan
3 愛媛県農林水産研究所水産研究センター
〒798–0104 愛媛県宇和島市下波5516
Fisheries Research Center, Ehime Research Institute of Agriculture, Forestry and Fisheries, 5516 Shitaba, Uwa-jima, Ehime 798–0104, Japan
4 (公財)えひめ海づくり基金
〒790–0002 愛媛県松山市二番町4–6–2
Ehime Umizukuri Kikin, 4–6–2 Nibancho, Matsuyama, Ehime 790–0002, Japan
5 株式会社旭製作所大竹オフィス
〒739–0602 広島県大竹市南栄3–4–13
Asahi Glass Company Ltd, 3–4–13 Minamisakae, Ohtake, Hirosihima 739–0602, Japan
材料と方法 えびかきは,1980年代以前に愛媛県等の干潟域 でクルマエビを漁獲するために使用されていた熊手 状の漁具であり,えびかきで砂に潜っているクルマ エビを刺激して水中に飛び出たところをタモ網で漁 獲していた.このえびかきと小型ソリネットを連結 して1つのえびかきソリネットと呼ぶ採集器具を作 成した.えびかきソリネットは干潟の冠水部を2名 で曳行することにより,えびかきで砂に潜っている 甲殻類等の生物を刺激して露出させ,後方のソリ ネットで採捕するものである. えびかきソリネットの仕様は以下の通りである. えびかきのポールの長さは1,700 mm,取手の幅は 2,000 m,熊手の幅は1,040 mmとした(図1A).熊 手には長さ108 mm直径4 mmの爪を30 mm間隔で 34本取り付けた(図1B).ソリネットフレームのソ リ部は幅50 mm長さ500 mm,開口部は幅1,000 mm 高 さ200 mmとした(図2A, B).網地は目合2 mm 長さ2,150 mmのナイロン製のモジ網,網尻の開口 は200 mmでありロープで縛って閉じる方式とした (図2C).ネットがフレームに接する部分はキャン バスで補強した.網の前端の接地部には内長33 mm のチェーンを取り付け,その中央部はフレーム開口 部から450 mm後方になるようにした(図2D).え びかきとソリネットはカラビナで連結した(図3). 曳行時には取手の両端を採集者2名で操作するの で,えびかきソリネットの曳行路上を採集者が歩く ことはない(図4). 2016年6~12月 お よ び2017年6~12月 の 月 に1 回,瀬戸内海燧灘西部に面した愛媛県西条市河原津 干潟(北緯33°58′30″,東経133°03′50″)において, えびかきソリネットを用いた生物の採集を行った. 調査を行った干潟冠水部の水深は10~30 cm程度, 調査期間中の水温は10.8℃(2017年12月13日)か ら32.9℃(2017年7月19日)の範囲内であった.曳 行距離を50 mとし,採集した標本をその場で10% フォルマリン海水により固定して持ち帰り,実験室 内で種の同定と個体数の計数および体サイズの測定 を 行 っ た. エ ビ 類 と ア ミ 類 に つ い て は 頭 胸 甲 長 (CL: 眼窩後縁から頭胸甲背部後縁まで)と体長 (BL: 眼窩後縁から尾節後端まで),カニ類について は甲幅(CW: 棘を含めない最大甲幅,)魚類につい ては全長(TL: 吻端から尾びれ後縁まで)を測定し た. 結 果 採集された種の1回曳航時の最大採集個体数,お よび全標本の体サイズ範囲を表1に示した.最も多 く採集された甲殻類はウリタエビジャコCrangon uritaiであり,最大採集個体数は1,183個体,体サイ ズ範囲はCL 0.8~6.8 mmおよびBL 4.0~29.9 mmで あった.アキアミAcetes japonicusも多く採集され, 最 大 採 集 個 体 数 は878個体,体サイズ範囲はCL 1.5~4.3 mmであった.また,クロイサザアミNeo-mysis awatschensisも多く採集され,最大採集個体数 図1. えびかきソリネットのえびかき部.Aは全 体図,Bは熊手の爪の拡大図.
は524個体,体サイズ範囲はCL 1.4~2.3 mmであっ た.水産上重要な甲殻類であるクルマエビ稚エビの 最 大 採 集 個 体 数 は60個 体, 体 サ イ ズ 範 囲 はCL 1.5~15.6 mmおよびBL 5.5~48.5 mmであった.同 様に水産上重要な甲殻類であるガザミPortunus trit-uberculatusとタイワンガザミP. pelagicusの最大採集 個体数はそれぞれ6個体と4個体,体サイズ範囲は CW 3.3~19.7 mmとCW 3.3~40.7 mmであった.そ の他の甲殻類では,トゲトゲツノヤドカリDiogenes spinifronsが最大で41個体,複数種を含む端脚類が 最大で94個体が採集された. 魚類で最も多く採集されたのはヒメハゼ Favo-図2. えびかきそリネットのソリネット部.Aはフレーム側面図,Bはフレーム上面図,Cはネット装着時の 全体の上面図,Dはネット装着時のフレーム部下面図.
nigobius gymnauchenであり,最大採集個体数は54 個体,体サイズ範囲はTL 8.2~47.0 mmであった. ヒメハゼに次いで多かった魚類は種不明の硬骨魚類 稚魚で,最大採集個体17個体であった.ボラ科や コチ属等の幼魚も採集されたが,それらの最大採集 個体数は4個体以下であった. 巻貝類の最大採集個体数は2016年8月の153個体 であり,小型のアラムシロガイReticunassa festivaを 主体として複数種を含んでいた.二枚貝類の最大採 集個体数は2016年8月の183個体であり,バカガイ Mactra chinensis等の稚貝の複数種を含んでいた. 考 察 えびかきそリネットを用いて,干潮時の干潟冠水 部に生息するウリタエビジャコ,アキアミ,クロイ サザアミを大量に採集することができた.エビジャ コ属は重要水産生物であるヒラメParalichthys oliva-ceus等異体類の捕食者や餌料として知られている (Seikai et al., 1993; Yamashita et al., 1996; Yamamoto et
al., 2004; Nakaya et al., 2006; 田中ら,2006).アキア
図3. えびかき部とソリネット部の接続. 図4. えびかきソリネットによる干潟冠水部での 生物採集風景. 表1. 2016年および2017年の6~12月に愛媛県河原津干潟においてえびかきソリネットを用いて採集された 主な水生生物の1回曳網時の最大採集個体数および全標本の体サイズ範囲(CLは頭胸甲長,BLは体長, CWは甲幅,TLは全長) 種 最大採集個体数 体サイズ範囲(mm) 甲殻類 ウリタエビジャコCrangon uritai 1,183 CL 0.8–6.8 BL 4.0–29.9 アキアミAcetes japonicus 878 CL 1.5–4.3 クロイサザアミNeomysis awatschensi 524 CL 1.4–2.3 クルマエビPenaeus japonicus 60 CL 1.5–15.6 BL 5.5–48.5 ガザミPortunus trituberculatus 6 CW 3.3–19.7 タイワンガザミPortunus pelagicus 4 CW 3.3–40.7 トゲトゲツノヤドカリDiogenes spinifrons 41 未計測 端脚類(複数種を含む) 94 未計測 魚類 ヒメハゼFavonigobius gymnauchen 54 TL 8.2–47.0 硬骨魚類稚魚(複数種を含む) 17 未計測 ボラ科 4 未計測 コチ属Platycephalus sp. 2 未計測 軟体動物 腹足類(アラムシロガイReticunassa festiva等) 153 未計測 二枚貝類(バカガイMactra chinensis等の稚貝) 183 未計測
ミは我が国のほか東南アジア各国でも漁獲されてい る水産重要種であり,発達した腹肢を持ち遊泳力が 強い(林,1992).アミ類は多様な沿岸魚類の餌料 となっている(本多ら,1997).これらの重要甲殻 類を対象としたこれまでの研究では,多くの場合で 小型舟艇とソリネット等を用いて潮下帯で標本採集 を行っており(Yamashita, et al., 1996; Hanamura & Matsuoka, 2003; Yamamoto, et al., 2004; 片山ら, 2011),干潮時の干潟のごく浅い冠水部で標本採集 を行った例は少ない. 前3種ほどではないが,クルマエビもえびかきソ リネットの数回の曳行で体長組成の作成に十分な数 を採集することができた.クルマエビは干潟に着底 して成長とともに沖合に移動することが知られてい るため(倉田,1986),クルマエビ着底期の稚エビ 調査は干潟で行う必要がある.1970年代のクルマ エビ人工種苗の放流後の追跡調査においては,水深 5 cm未満では電戟付きえびかきを用いた数平方 メートルの坪刈,水深5 cm以上では電戟装置付き ソリネットが用いられた(倉田,1974).調査地の 近くでも人工種苗放流が行われているが,放流日 (8·9月)と放流個体の体サイズ(平均体長35 mm) から,本研究で採集されたクルマエビはすべて天然 個体であると判断された.えびかきソリネットでも 十分な数の天然個体を採集できたことから,電戟装 置は特に必要ないと考えられた. ガザミとタイワンガザミの採集個体数は少なかっ た.えびかきソリネット曳行中,比較的大型の個体 が遊泳して逃避することが何度か目撃されたが,着 底初期のような小型個体についての逃避は明らかで はない.愛媛県農林生産統計によると,愛媛県瀬戸 内海におけるガザミ等カニ類の漁獲量は2003年以 降では減少傾向であり,資源の減少によって稚ガニ の着底量が少なくなっている可能性も考えられる. えびかきソリネットのガザミ稚ガニ採集器具として の有効性を判断するためには,生息密度が高いと思 われる人工種苗放流直後を調査する必要があろう. 魚類の採集個体数がヒメハゼを除いて少なかった 理由として,遊泳能力の強さとえびかきに反応した 逃避が考えられた.巻貝類と二枚貝類は稚貝等の小 型個体を中心に比較的多く採集されたが,これらを 冠水部で採集する必要性は小さく,干出部における 坪刈のほうが効率よく採集できると思われる.一方 で坪刈に比べて広範囲を調査できることから,分布 密度が低下してしまったアサリ等の稚貝の採集には 有効かもしれない. 干潟の冠水部で甲殻類の採集に使用された器具と して,柔構造の袖網(片側の長さ4 m,高さ0.5 m, 目合2 mm)と袋網(網口の幅1 m,高さ0.5 m,目 合1 mm)からなる小型曳網を用いた研究がある (上出ら,2011).水深1 mの砂泥底とコアマモ群落 においてこの小型曳網を人力で曳行し,調査場所別 に 合 計6,500 m2の 曳 行(1回の調査で500 m2, 月1 回の調査を13 ヶ月)によって砂泥底において合計 2,983個体およびコアマモ群落において合計1,059個 体の甲殻類(それぞれクルマエビ科やテナガエビ科 等のえび類が大部分)が採集された.1曳行(距離 100 m)あたりの最大採集個体数と標本の体サイズ 組成は不明であるが,十分な個体数が採集されたと 考えられる.しかし,この小型曳網は柔構造である ために底質によって摩擦抵抗が変化して袖網間隔も 変化することが予想され,正確な曳網面積を算出す るためには常に袖網間隔をモニターする必要があろ う.この小型曳網と比較すると,本研究のえびかき ソリネットではえびかきの幅と網口幅が固定されて おり,よりコンパクトである点が優れている.一 方,コアマモ群落でえびかきソリネットを用いる と,えびかきの爪で群落を破壊してしまうことが予 想される.そのような場合にはえびかきを使用せず にそりネットのみを2本のロープで曳行する必要が ある. えびかきソリネットは干潟の冠水部における生 物,特に甲殻類の採集に有用であることが示され た.多く採集された甲殻類には表在性や潜砂性のウ リタエビジャコのみならず,遊泳力の強いアキアミ も含まれた.えびかきソリネットではえびかきの幅 とソリネットの網口幅が固定されており,曳網面積 の算出が容易である.コンパクトであるために2名 の採集者で調査が可能であり,採集者によるえびか きソリネットの通過路の撹乱も少ないと思われる. 今後,クルマエビ等の重要甲殻類の着底状況や異体 類の餌料となるアミ類の干潟での分布量の把握のた め,えびかきソリネットの調査への適用が望まれ る.
謝 辞 えびかきソリネットの開発に当たり,参考となる えびかきを寄贈いただいた愛媛県農林水産研究所水 産研究センター栽培資源研究所臨時職員の槙哲一氏 に 感 謝 い た し ま す. 本 研 究 は,JSPS科 研 費 16H04962の助成を受けたものです. 文 献 青 木 友 寛・ 碓 井 星 二・ 金 井 貴 弘・ 青 木 茂・ 岡 本 研・佐野光彦,2016.房総半島内房の開放的な砂 浜海岸と保護的な砂浜海岸における魚類群集構造 の比較.日本水産学会誌,82: 569–580.
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