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32 伝中院通躬筆 狭衣物語 巻一翻刻(上)青木祐子鈴木幹生勝亦志織近藤さやか千野裕子はじめに本翻刻は 学習院大学文学部日本語日本文学科蔵 伝中なかのいん院通みち躬み筆本 狭衣物語 (913.37/5004 )を翻字したものである 当該写本は全四巻 今回は巻一の約半分を扱った 書誌等は巻一の翻刻終了

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(1)

伝中院通躬筆『狭衣物語』巻一翻刻(上)

青木祐子

 

鈴木幹生

 

勝亦志織

 

近藤さやか

 

千野裕子

はじめに   本 翻 刻 は、 学 習 院 大 学 文 学 部 日 本 語 日 本 文 学 科 蔵、 伝 中 な か の い ん 院 通 みち 躬 み 筆 本『 狭 衣 物 語 』( 913 .37 /5004 ) を 翻 字 し た も の で あ る。 当該写本は全四巻。今回は巻一の約半分を扱った。書誌等は巻 一の翻刻終了時(次号掲載予定)に付す。   今回の翻刻の凡例は次の通りである。 一、   改 行 は / で 示 し、 半 丁 ご と に【   】 で 丁 数 お よ び 表 (「オ」 )・裏( 「ウ」 )の別を示した。 一、   傍記がある場合、その文字の右隣に●を付し、傍記は例の ように(   )で記した。       例   あやしき ● (さ)は 一、   ミセケチがある場合、その文字の右隣に×を付した。ミセ ケチのある文字に傍記がある場合は、例のように(   )で 記した。     例   おもへは × (と) 一、   字形が曖昧で別の翻刻の可能性がある場合、その文字の右 側に傍線を付し、例のように(   カ)で記した。     例   か(らカ)うあり 一、空白は□で示した。 一、   他 本 と の 照 合 の 便 を 考 え 、 内 容 に 応 じ て 小 見 出 し を 付 し た 。 一   物 語 の 冒 頭 ─ 狭 衣 、 源 氏 の 宮 の も と を 訪 れ る ─ 少年の春はおしめともとゝまらぬ物なりけれは/やよひの廿日 あまりにもなりぬ御まへの木たち何/となくあをみわたりて木 くらき中になか嶋の藤/は松にとのみおもはす咲かゝりて山郭 公まち/かほなるに池のみきはの八重山ふきは井手の/わたり にことならすみわたさるゝ夕はへのおかしさ/をひとりみ給ふ もあかねはさふらひわらはのおかしけ/なるして一枝おらせ給 ひて源氏の宮の御かたに/もてまいり給へれは御まへには中納 言中将なと/やうの人 〻 さふらはせ給て宮は御手ならひゑなと /かきすさみてうつふさせたまへるに此花の夕はへ/はつねよ りもおかしく侍れ春宮のさかりにはかな【 1オ】らすみせよと

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のたまはするものをとてうちをき給/ふを宮すこしおきあかり てみをこせ給へる御まみ/つらつきなとのうつくしさ花のにほ ひ藤のしなひに/もこよなくまさりてみえたまふをれいのむね ふた/かりまさりてつく〳〵とまもられ給に花こそ花の/とゝ りき給ひて山ふきをてまさくりにし給へる御/手つきのいとゝ もてはやされて世にしらすうつくしけ/なるを人めもしらす我 身にひきそへまほしくおほ/さるゝそいみしきやくちなしにし もさきそめけんち/きりこそくちおしけれ心のうちいかにくる しかるらんと/のたまへは中納言のきみさるはことのははおほ く/侍る物をといふ【 1ウ】□□□いかにせんいはぬ色なる花 なれは心の中をしる/人そなきと思ひつゝけられ給へとけに人 もしらさり/けるたつをたまきのとうちなけかれてもやのはし /らによりゐ給へる御かたちそ猶たくひなくみえ給ふ/によし なしことによりさはかりめてたき御身をむろ/のやしまのけふ りならてはとおほしこかるゝさまそいと/心くるしきやさるは このけふりのたゝすまゐしらせ/たてまつらんこともをよひな くいかならんたよりにて/なとおほしわつらふにはあらすたゝ ふた葉より露は/かりへたつることなくおひたち給ひておやた ちをはし/め奉りよその人 〻 みかと春宮もひとついもせと/お ほ し め し を き た る に 我 は わ れ と か ゝ る 心 の つ き そ め て【 2オ 】 思ひわひほのめかしてもかひなき物からあはれにおもひ/かは し給へるにおもはすなる心のありけるとおほし/うとまれこそ せめと大殿宮なともたくひなき御心/さしといひなからこの御 ことはさらはさてもあれとも/よにまかせたまはし世の人のき ゝおもはん事もゆか/しけなくけしからすもあるへきかなとと さまかうさ/まに世のもときなるへき事なれはあるましきこと に/ふかくおほしとるにしもそあやにくに心はくたけまさり/ つゝつゐにいかなるさまにか身をもなしはてんと心/ほそくい まはしめたる事にはあらねとなを世中にさ/らてもありぬへか りけることはあまりよろつすくれた/まへらん女の御あたりに はまことの御せうとならさらん【 2ウ】おとこはいみしうとも むつましくこそおふしたてたまふ/ましきわさなりけれ 二   登場人物の紹介─堀川の大殿─ 此ころほりかはのおとゝとき/こえてくはんはくし給は一條院 當帝なとのひとつ/きさきのはら二のみこそかしはゝきさきも うちつゝ/きみかとの御すちにていつかたにつけてもおなし大 臣/ときこえさするもいとかたしけなき御身のほとなれと/な にの御つみにかたゝ人になり給にけれはこ院の/御ゆいこんの まゝにうちかはりみかとたゝ此御心によを/まかせ聞えさせ給 ていとあらまほしうめてたき御あり/さまなり二条ほりかはの わたりに四町つきこめて/み門に一たてゝつくりみかき給へる 玉のうてなに/北のかた三人をそすませ奉り給へる堀川二町に は【 3オ】やかて御ゆかりはなれす御先帝の御いもうと前の/ さいくうおはします洞院にはたゝいまのおほきおとゝ/ときこ えさすか御娘一條院のきさきの宮の御おとゝ/春宮の御をは世 のおほえうち〳〵の御ありさまも/はなやかにたのもしけなり 坊門には式部卿宮とき/こえし御むすめそ中に心ほそけなる御

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ありさまなるへ/けれ女君のよにしらすめてたき一人うみたて まつ/り給へりけるをうちにまいらせ奉らせ給て此中宮/とき こ え さ す 今 上 一 の 宮 さ へ い て お は し ま し け る / 御 い き ほ ひ 中 〳〵すくれてめてたく行すゑたのもし/き御ありさまなり 三   登場人物の紹介─狭衣─ かゝる御中にも斎宮そおやさま/にあつかりきこえさせ給ひに しかはやむことなくかたしけ【 3ウ】なきかたも御かほかたち 心さまなへてならす思ひき/こえさせ給へる御かたにしもかく すくれてこの世のもの/ともみえ給はぬおとこ君さへたゝひと りものし給をいか/てかはよのつねには思ひきこえさせ給はん 千人の中に/たにいとかゝらんはおやの御心ちにもいかてかは すくれて/おもほしかしつかさらんとこの比御とし廿にいま/ 二はかりやたり給はさらん二位中将とそきこゆめる/なへての 人たにかはかりにては納言にもなり給へき/そかしされと此御 ありさまのあまりこの世のものとも/みえ給はぬによろつをお ほしをちたるなるへしこれを/たにはゝ宮はちこのやうなる物 をとあえかにいま/〳〵しきまておほいためれとをしなへての 殿上人【 4オ】にてましらひ給はんか心くるしさにうちのうへ なとの/せちになさせ給へるなりけり第十六我釈迦牟/尼佛と この世のひかりのためとけふあらはれ給へると/かたしけなく あやうき物におもひきこえさせ給ひて雨/風のあらきにも月日 のひかりのさやかなるにもあたり/給ふをは心たはしくゆゝし き物に思ひ聞え給ひつゝお/ほふはかりの袖いとまなけにあま りこちたき御心/さしともをおとなひ給まゝにありくるしくお ほすおり/〳〵もあるへし夜なとをのつからまきれ給よな〳〵 は/二所なからうちもふさせ給はすうしろめたきことを/なけ きあかさせ給へとむかひきこえさせ給ひぬれは/思ふまゝにも えいさめ聞えさせ給はてたゝうちゑみ【 4ウ】つゝみたてまつ り給へる御けしきともいひしらすあ/はれけなりみくるしくあ るましきことをしいて給とも/この御心にすこしにてもくるし くおほしめしぬへからん/事はたかへせいし聞え給へきにもあ らす露はかりも/あはれをかけ給はん人をはいひしらぬしつの めなり/とも玉のうてなにはくゝまんことをおほしをきつれと /いかなるにか御身のほとよりはいたくしつまりてこの/世は かりそめにあちきなきものとおほしてありてふ人/はしらまほ しけふもおほしたらすおほろけならさらん/事に御めをもみゝ をもとゝめ給へうもあらねはすこし/物すさましう心やましき 御けしきなるをくちを/しく心もとなき物に思ひきこゆる人と もあるへし【 5オ】まれ〳〵一くたりもかきなかし給水くきの なかれを/はめつらしうをきかたき物にかことはかりのゆくて の/一言葉をも身にしみておかしくいみしと心をつくし/まし てちかきほとの御けはひなとをはちよを一夜に/なさまほしう 鳥の音つらきあかつきのわかれにきえ/かへりいりぬるいその 中〳〵なるに心をつくす人 〻 た/かきもくたれるもさま〳〵を のつからいかてかはなからん/それにつけてもいとゝうらみ所 なくすさましさの/みまさり給へかめれといとなへてならぬあ たりには/なたらかになさけをみせ給ておりにつけたる花もみ

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ち/しも雪あめ風のあらきまきれもしは哀まさり/ぬへき夕く れあかつきのしきのはねかきにつけなと【 5ウ】思ひかけすを とつれ給おり〳〵もあるは中〳〵なるいなふ/ちのたきまさり つゝ心をつくし給なめりかしさこそま/めたち給へとたゝ行す き給みちのたよりにもすこ/しゆへつきたる山かつのかきほの なてしこにはをのつか/らめとまらぬにしもあらぬほとに野を なつかしみたひ/ねし給ふわたりもあるにやいかなるおりにか ほむまう/経にや一見於女人との給へるおほしいつれにかく/ るまのすたれうちおろしつれとそはのひろくあき/たるはゑた て給はぬなめりかしさたにはいかてかはお/はせさらんおとこ といふ物はあやしきたに身のほとも/しらす人に心をつくるわ さなめりかしひかりかゝやき/給御かたちはさる物にて御心は へまことしき御【 6オ】さえなとはもろこしにやたくひあらん 此世にはいまも/むかしもたくひなくそものし給ける手なとか き給ふ/さまもいにしへの名たかゝりける人 〻 のあとは千とせ /ふれともかはらぬにみあはせ給ふに人 〻 なを時にし/たかふ わさにやいまめかしうたをやかになまめかしう/うつくしきさ まにはかきまし給へりとそさためられ/給める又ことふえの音 につけても雲ゐをひゝか/し此世のほかまてすみのほりあめつ ちをもうこかし/給つへきをゆゝしうおやたちもおほしさはき てなに/事をもあなかちにこのみせさせ奉り給はねはわれ/も ことに心をとゝめて人のに耳ならさせ給はすなと/あれはよろ つにむしんに物すさましき人さまに【 6ウ】やとそをしはから れ給へとはかなき御言の葉け/しきなとみ奉るより我身のうれ へもわすられ物/思ひはるゝ心ちしてうちゑまれあいきやうつ き給へる/御さまそたくひなかりけるすへてなに事もいひつゝ /くれは中〳〵なりよろつめつらしくためしなき御/ありさま と世の人のことくさにきこえさすめれは大/殿なとはあまりゆ ゝしくあめわかみこのあまくたり/給へるにやけふやあまのは 衣もむかへ聞え給はんとあ/やうくしつ心なき御心の中ともな り 四   登場人物の紹介─源氏の宮─ 源氏宮とき/こゆるは故先帝の御すへの世に中納言のみやす/ 所の御はらにたくひなくうつくしき女宮のうま/れ給へりしを いまさらのほたしと心くるしうおほし【 7オ】はくゝみし程に 宮の三はかりになり給しほとに院も/みやす所もうちつゝきか くれさせ給にしかはいと心くる/しくて斎宮やかてむかへとり 聞えさせ給ひて中将の/おなしことに思ひきこえさせ給殿もま ことの御むすめ/よりもやんことなきかたそひて思ひかしつき 聞えさせ/給へり十に四五あまらせ給へる御かたち有さまみ奉 /らん人はいかなるものゝふなりともやはらく心はかなら/す つきぬへきを中将の御心のうちはことはりそかし/ 五   登場人物の紹介─狭衣と源氏の宮─ しはしはさりともなそらへなる人ありなむとたのもし/くおほ され給ひしをかのよしかたかかくれみのをえ給/はねともをの つからたかきもいやしきもたつねより/つゝいたゝのはしはく

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つるれといとけちかきほとに【 7ウ】こそあらねたちきゝかい まみなとかしこく御心にいり/たるまゝにおほつかなきはすく なけれと此御かたちあり/さまになすらふはかりのはありかた きわさにこそと/おほさるゝまゝにいとゝ人しれぬ心の中に思 ひこかれ/給さまいといとをしうをとなしのたきとやつゐにな り/給はんとみゆるをさすかにかくしのひまきらはし給ほと/ にはれ〳〵しからすむすほゝれ給へる御けしきをおと/なひ給 まゝに人の御くせにこそとしのふもちすりを/ゑしり給はぬな るへしおほきおとゝの御かたにはいかに/かやうの人おはせて つれ〳〵におほさるゝまゝにさるへか/らん人の御むすめかな あつかりてかしつきたてんなと/あけくれさるはうらやみ給め る源氏宮の御かたちかく【 8オ】すくれ給へる御名たかくて春 宮のいとゆかしう/思ひきこえさせ給へるにさこそつゐのこと ならめと/おほしたるうちのうへもむかしの御遺言おほしわす /れすあはれに聞えかはさせ給なからおほつかなくて/すきさ せ給もくちをしきをさやうにてうちすみ/もしたまへかしとお とゝにも聞えおとろかさせ給/けりされといとゝしき御ありさ まをなをいます/こしさかりにねひとゝのひ給てこそなとはお ほろ/けならすおほしをきつる御いそきなめり 六   五月四日、あやめ売りを見る狭衣 かくいふ/ほとに卯月もすきて五月四日にもなりにけり/夕つ かた中将君うちよりまかて給ふみちすから/み給へはあやめひ きさけしつのおかひまく行ちかひ【 8ウ】もてあつかふさまと もけにいかはかりふかゝりけるとを/ちの里の恋草ならんとみ ゆるあしもととものいみ/しけなるもしらすかほにいとおほく もたるもいかに/くるしからんとめとまり給ひて/□□□うき しつみねのみなかるゝあやめ草かゝる恋ち/と人もしらぬにと そいはれ給玉のうてなの軒はに/かけてみ給はおかしうのみそ おほさるゝを御車のさき/にかほなともみえぬまてうちむれて ゆきやらぬを/おとろ〳〵しき御すいしんのこゑ〳〵にとゝめ られ/て身のならんやうもしらすかゝまりゐるをみ給ひて/さ はかりくるしけなる物をかくいふとせいせさせ給へは/ならひ にてさふらへはさはかりの物はなしかはくるしと【 9オ】思ひ さふらはんと申を恋ちをは我御身にならひ給へ/は心うくもい ふかなときゝ給ふおほきなるもちいさき/もつまことにふきさ はくをくるまよりすこしのそ/きつゝみすき給にいひしらすち いさき ● (く)あやしき/いゑともにもたゝ一すちつゝをきわた すを何の人/まねすらんとあはれにみ給つゝあふきをふえに吹 /給へる夕はえの御かたちまことにひかるやうなるをは/しと みにあつまりてみ奉りめつる人 〻 ありけり/御くるまなといま はおとなしくなり給へれと御とも/のすいしんなとはわかうお かしけになへてならす/みゆるをあれか身にてたにあらはや何 事を思ふ/らんとわかき人はめてまとひてすき給ふもなを【 9 ウ】あかねは軒のあやめ一すちひきおとしていそきかきて/は したものゝおかしけなるしてをひて奉るくれて/はしる御すい しんにとらせてかへるをいつこよりとか/申さんやかて御車に まいり給へとてとらへつ御らん/すれは/□□□しらぬまのあ

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やめはそれとみえすともよもきか/もとはすきすもあらなむと そかきたるいかなるす/きものならんとほゝゑみてとはせ給へ といはんやは/心ときみすいしんそのわたりにすゝりもとめて た/てまつりたるしてたゝうかみにかたかんなにて/□□□み もわかすすきにけるかなをしなへて軒の/あやめのひましなけ れはいまわさとまいらせんといは【 10オ】せ給ひてわらはのい らん所たしかにみよとのたまへは/はしとみたかくあけわたし て人々あまたみえ侍つと申/せはなに人ならんみしりたりつる にやとはかりはおほせ/とかやうのうちつけけしやうなとはわ さと御心にいら/すあるましきことをそいかなるおりにも御心 にとゝめ/給へかめる 七   五 月 五 日 ─ 宣 耀 殿 や 一 条 院 女 一 の 宮 へ の 消 息 ─ 又の日は所 〻 に御文かき給色々のかみ/の色はたへなとえなら ぬあまたとりちらしてすみこ/まやかにをしすりつゝかき給御 手はけになとてかす/こし物の心しらん人のいたつらにかへさ んとみゆるに/御うたともそなへての人のくちつきにてたにお かし/ともみえぬはあしう人のまねひためるにや左大将の/御 むすめ宣耀殿と聞えて春宮にいみしうとき【 10ウ】めき給をい かなる風のたよりにかほのかに見聞えさせ/給けりされといか てか思ふさまにしもあらん御せうそ/こなとおほろけならてか よふ事かたくそありける/あまりまちとをなるも恋しく思ひい てられ給ひて/□□□恋わたるたもとはいつもかはかぬにけふ はあやめの/ねさへなかれて一条院のひめ宮の御けはひもほの か/なりしかはにやなへてならぬ心ちせしをいかて御かたち/ なとようみ奉らんなと心にかゝり給て少将のみやう/ふのもと にれいのこまやかにて中に/□□□おもひつゝいわかきぬまの あやめ草みこもり/なからくちはてねとやなとやうにてあまた あめれと/おなしすちなれはとゝめつかやうのおりにつけたる 【 11オ 】 言 の 葉 な と は ち ら し 給 へ と 心 の う ち は い つ ま て か と の み/この世はかりそめに物すさましくおほさるへき丁子に/く ろむまてそゝきたる御ひとへにくれなゐの御はか/まき給ひて つらつえつきていけのあやめの心ちよけに/しけりたるをなか めやり給てをとはの山にはなとくち/すさみ給へる御こゑはな をたくひなしありつる御/返いつれもおかしき中にせんよう殿 のは御手も心/ことにおかしけにて/□□□うきにのみしつむ みくつとなりはてゝけふは/あやめのねたになかれすとあるけ しきなとむかひき/こえたる心ちしてらうたけにあはれあさか らねはす/こし涙くまれ給ひぬ 八   五月五日夜、狭衣と両親の会話 その夕さりはもしさりぬへき【 11ウ】ひまもやとうちわたりに いて立たまふにいとゝめし/さへあれはまいり給とてまつ殿の 御まへにまいり給/へれはけふはまた見奉り給はさりつれはに や め つ ら し / き に ほ ひ そ ひ 給 へ る 心 ち し て う ち ゑ み て そ つ く 〳〵と/まもられさせ給ふうちよりめしさふらへはまいり侍を /中宮の御かたに御せうそこやと申給へはれいならぬ/さまに き奉りつれはまいらんとしつるを風にやこゝに/もなやましう

(7)

暮し侍ぬるつとめての程にためらひ/てまいらんあつきほとは しはしいてさせ給てもやす/ませ給へかしと思ふをれいの御い とまやありかたか/らんなとそ聞えさせ給へは御いらへしてた ち給ぬまた/しきにあつさ所せきとしかななにしにつねに【 12 オ】めすらんとつふやき給ふをはゝ宮きゝ給てくるしく/おほ え給はゝなにかはまいり給ふうちになとせさせて/ものし給へ かしと心くるしけにみやり聞え給ふさうかんの/くれなゐのひ とへおなし御なをしのいとこきにから/なてしこのふせんれう さしぬきき給へるやうたい/こしつきさしぬきのすそまてたを 〳〵とあてにな/まめかしうきない給へりものゝ色あひなとな へての/おなしものともみえぬをなとかうあまりゆゝしう/お ひなり給ふらんとて涙を一めうけてせちに見/をくらせ給へる を御前なる人 〻 ことはりなりとあ/はれにみ奉る 九   宮 中 で の 管 絃 ─ 嵯 峨 帝 、 若 上 達 部 に 演 奏 を 求 め る ─ うちにはわさと節會なともなき/よのつれ〳〵におほさるゝに はあま雲さへたち【 12ウ】わたりて物むつかしきなくさめに春 宮わたらせ/給ひて御物かたりなと有なりける御前のひろ/ひ さしにおほきおとゝの権中納言左兵衛督左大将/の御子の宰相 の中将なとやうのわかかんたちめあま/たさふらひ給ふに源中 将のまいり給はぬはいとゝし/き五月雨の空のひかりなき心ち せさせ給てめすな/りけりこよひの宴にはさふらふかきりの人 一の/さえをてのかきりおしまて一つゝ心みんとの給す/るを 春宮も興あることゝの給はせてさま〳〵の御/ことともも奉り わたす権中納言にひわ兵衛督/にしやうのこと宰相中将わこん 中務宮の少将/しやうのふえ源中将によこ笛給はすたゝいまの 【 13オ 】 い み し き 物 の 上 す と も な る へ し を の〳〵 こ よ ひ こ の ね /とも手をつくしてきかせよとの給はするをたれも/ひとつに かきませてこそあやしさもまきらはして/つかうまつらめいと わりなきわさかなとつかうまつ/りにくゝわひたまふ中にも中 将はよろつのこと/よりもさらにたはふれにもまねひ侍らぬも のをと/奏し給ふをたゝそのしらさらんことをこよひはし/む へきなりとの給はすれはをしふる人たに侍らはた/とるたとる もつかうまつるへきをの〳〵てをつくし/給はん中にたと〳〵 しうはしめ侍らんはけにたくひ/なき世のためしにやなり侍ら んとてことのほかに手/もふれ給はねはいとかはかりの心はへ とはおもはすこそ【 13ウ】ありつれことのほかにこそ有けれと しころおとゝの思/ひたるもおとらすこそ思へかはかりのこと をたにいふま/まならさりけれはまいてよろつをしはかられぬ よし/〳〵いはしとまめたゝせ給にいとわひしうてかしこ/ま りてとりよせ給てものにませつゝをのつから/かたのやうにま ねひさふらひなむひとりはいとわり/なきわさかなとなやめる けしきのおかしさにて/うらみはてさせ給へくもあらす御覧し けること/人 〻 も中〳〵心ことなるへき夜の御あそひと心/つ くろひしつゝとみにもてもふれ給はて中将の四/五のさえはか りたに侍らぬものゝねをまきれなく/ひきあらはし侍らんおも てはつかしさよよろつ【 14オ】の人のかはりにことをかへつゝ つかうまつらせはやと権中納/言奏し給へはひとつをたにさは

(8)

かり心こはからんにま/いて人のかはりはすへくもあらさめり とてせめさせ給へは/をの〳〵心つくろひいたくしてひきいて たるものゝ/ねともいとおもしろし 十   宮中での管絃─狭衣、笛を吹く─ 中将の御笛になりてさて/いかにつかうまつるましきかとたひ 〳〵まめやかなる/御けしきにてせめさせ給へはいとわひしく かうとし/らましかはまいらさらまし物をとくやしけれとのか /るへきかたなくて笛もうゐ〳〵しけにとりなして/ことに人 のきゝしらぬてうし一はかりふきならし給へる/をうへはをと にはきゝつれといとかくまてはおほしめささり/つるをいまゝ てみゝならさゝりけるうらめしさをさへひき【 14ウ】かへしお ほせられてめておとろかせ給さまいとこちたし/きくかきりの 人 〻 もさらにこの世のものゝねともき/こえす涙もとゝめかた けれと中〳〵なるほとにてやみ/ぬるをいとあるましき事とせ めの給はすれとたゝ/かはかりなむおとゝのたはふれにをしへ 侍てこれよりほ/かにはすへておほえさふらはすとそうし給を いとう/たてそらことをさへつき〳〵しうもいふかなおと/と の笛の音ににるへうもあらさめりすへてかくく/るしとおもは れはさらにいはしとおほせらるれはいと/わひしうて皇大后宮 のひめ宮たちなとのうへの/御つほねにおはしますころにて心 にくきあたりに/なに事ものこりなくきかれ奉らしと思ふかた 【 15オ 】 さ へ い と ゝ し き な る へ し 月 も と う 入 て 御 ま へ の と う ろ /のひとものひるのやうなるほかけにかたちはいとゝひか/り まさりてはしらによりゐてまめやかにわふ〳〵/吹いて給へる 笛の音雲ゐをひゝかし給へるにみかとを/はしめ奉りて九重の うちのしつのおまてきゝおと/ろきなみたおとさぬはなしさみ たれの空の物むつかし/けなるにものゝみいれ奉らんとゆゝし くあはれに/たれも御覧するにおとゝまいり見給はゝいかはか り/いま〳〵しきまておほさむと我心ちにもおとらせ給/はす 御袖もしほるはかりにならせ給ぬ 十一   宮中での管絃─天稚御子降臨─ よひすくるまゝ/に空のはたてまてひゝきのほる心ちするにい な つ / ま た ひ〳〵 し て 雲 の た ゝ す ま ゐ れ い な ら ぬ を 神【 15ウ 】 のなるへきにやとみる程に空いたくはれてほしの/ひかり月に ことならすかゝやきわたりつゝ此御笛の音/のおなしこゑにさ ま〳〵のものゝ音とも空にきこえ/てかくのをといとおもしろ しみかと春宮をはしめ/奉りていかなることそとあさみさはか せ給に中将の/君物心ほそくなり給ひていとゝねのかきりふき す/まし給へり/□□□いなつまのひかりにゆかんあまのはら はる/かにわたせ雲のかけはしとねのかきりふき給へるは/け に月の宮この人もいかてかはおとろかさらんと/おほゆるにか くのこゑ〳〵いとゝちかうなりてむらさき/の雲のたなひきわ たるとみゆるにひんつらゆひて【 16オ】いひしらすおかしけな るわらはのさうそくうるはしくしたる/かうはしきものふとお りくるまゝにいとゆふかなにそと/みゆるうすき衣を中将君に うちかけて袖をひき/給ふに我もいみしう物心ほそくてたちと

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まるへき心ち/もせすかくめてたき御ありさまのひきはなれか たく/て笛をふく〳〵さそはれぬへきけしきなるにみかと/の 御心さはかせ給ふて世の人のことくさにこの世の物/にはあら す天人のあまくたれるならんとのみいひ思ひ/たるはけにこそ はありけれおとゝのかやうのことをたま/さかにせさせす月日 の光にもあてしとあやうく/いま〳〵しきものに思ひたる物を 此人をかくめにみす/〳〵雲のはたてにまよはしては我御身も この世に【 16ウ】すくさせ給へき御心ちせさせ給はねは涙もえ とゝめ/させ給はすいといみしき御けしきにてひきとゝめ/さ せ給をかなしくみ奉り給にもましておとゝ母みや/なと聞給は んことをおほしいつるにいとはしくおほさるゝ/この世なれと ふりすてかたきにやかゝる御むかへのかた/しけなさにひとへ に思ひたてとみかとの袖をひかへて/おしみかなしみ給おやた ちのかつみるをたにあかすう/しろめたうおほしたるをゆくゑ なくきゝなし給ひて/むなしき空をかたみとなかめ給はんさま のかなしさ/に此たひの御ともにまいるましきよしをいひしら /すかなしくおもしろく文をつくり笛をもちなか/らすこし涙 くみ給へる御かほは天人のならひ【 17オ】給へるにもにほひあ いきやうこよなくまさりてめて/たき御こゑしてすんし給へる にあめわかみこ涙を/なかし給ひてかくなに事にもこの世にす くれたる/によりさそひつれとことはりにめてたくかなしき文 /の心はへによりとゝめつるくちおしさをつくりかはして/雲 のこしよせてのり給ぬるなこりのにほひはかり/とまりて空の けしきもかはりぬるをあさましなと/もよのつねのことをこそ いへめつらかなりとみるかきり/は夢の心ちし給けり 十二   宮 中 で の 管 絃 ─ 嵯 峨 帝 、 女 二 の 宮 降 嫁 を 考 え る ─ 中将の君は御この御ありさま/のおもかけ恋しくていみしう物 あはれと思ひたる/さまにて空をつく〳〵となかめ入たるけし きいとゝ/此世に心とゝめすやなりなむとあやうくうしろ【 17 ウ】めたくおほしめされて何事に心をすこしまきらは/さんと おほしまはすに大臣になすとうれしと思はし/おとゝもさらに うけひかしとかひなくおほしめさる皇大/后宮の御女二宮の御 かたち心はせことはりもすき/ておはしますをいみしうかなし き物にしたてまつら/せ給けり一宮は此比斎院にておはします きさきも/この宮をはたくひなく思ひかしつき聞えさせ給てよ の/つねの御ありさまなとおほしかくへくもなきを中将/の笛 の音に天人たにきゝすくし給はておりおはし/てさそひ給へる にたゝにてやませ給はんもあるま/しきことなるにそへてかく いと心ほそけに思ひあく/かれぬへきけしきなるに二の宮のこ のころさかり【 18オ】にとゝのひ給へる御ありさまみ奉らはこ の世はえあく/かれしとおほしめしなりぬ 十三   動揺する堀川の大殿、内裏へ 大殿には中将君はこよひ/はいて給ましきにやなとたつねさせ 給ほとにくら人/所のかたに人 〻 こゑたかく物いふを何事なら んと/きかせ給にいよのかみなにかしの朝臣まいりてうちに/ かう〳〵の事なんさふらふなると申を聞給御心ちとも/いかは

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かりかはありけんさらにうつゝのことともおほされ/ねはゐ給 へりつらんあとをたにいま一たひみんとの/給事よりほかに物 もおほえ給はぬをみ給ふに母宮は/たゝ御そひきかつきてそふ し給へる世はいかになり/ぬるそとみゆるまて殿のうちさはき たりみちの程/おほしつゝくるもいみしくゆゝしきに御車のう ち【 18ウ】よりなかれいつる御なみたちくまの川わたり給ける /にやとみえたり道のほとれいよりもとをくおほされ/て陣の ほと人にひかれ給に九重のうちは物さはか/しけもなし火たき やの火ともつねよりはあかく/こゝかしこのはさまへいのつら 〳〵なとにいふこゑ〳〵/たゝ此事なるへしと聞給にさてまこ とに雲にのほ/り給ぬるにやいかにいふそとおほすに心ちいと ゝま/とひてたふれぬへし 十四   嵯峨帝、女二の宮降嫁を提案 殿まいらせ給と人 〻 たちさはく/を中将この事によりてならん かしいかはかり御心ちま/とはし給ひつらんとおほすもいとお しうて殿上のく/ちにさしいて給るをおはしましけりとうちみ つ け / 給 へ る そ 中〳〵 い み し き や い か な り つ る こ と そ を の れ 【 19オ 】 を す て ゝ い つ こ へ お は せ ん と し 給 へ る そ と も え い ひ や ら/すおほゝれ給をけにとまらす成なましかはかきり/ある御 命もいかゝなり給はましとあはれにみ奉り給/ためらひて御前 にまいり給へはありつることとも/かたらせ給にすへてうつゝ ともおほされす何事も/いひしらせをしふることも侍らすおほ やけにつかう/まつりわたくしの身のためおとこのむけにむさ いに/侍るはいとくちおしきことに侍れはそのかたはかりは/ かたのやうに見あかせとやいひしらせ侍けんまいて/このこと ふえのかたはたはふれにてもまねひさふ/らんとこそは思ひ給 へ侍らさりつれいかにしてかく世の/ためしになりぬへきねを さへふきつたへはへり【 19ウ】けるにかとめつらかにも思ひ給 へらるゝかないかにも/又たくひもさふらはねはたゝ心におと ろくことなく/ていきて侍らんかきりみ給へらんのみこそこの 世の/よろこひはさふらふへきにいとあまりなる身のさ/えな とはさらにうれしうも侍らすつゐにいかなる/みたり心ちをま とはさせ侍へきにかとかへりてはいと/つらくなむ思ひ給へら るゝとこよひはすへてうつし/心も侍らすむなしきあとをみ給 つけたらましかはあ/すまてなからへて大やけにもつかうまつ りわたくし/のあまたのほたしともゝ見給へさらましをかはら ぬさま/をみせさせ給へることゝよろこひ申給つゝあやうくう / し ろ め た し と み や り 給 へ る け し き の こ と は り に い と ゝ【 20 オ】こよひよりは見え給へは人 〻 もみななき給ぬ中将/君はか ういとこちたき御あそひのなこり物むつ/かしうあやまちさへ したる心ちしてさふらひ給ふを/うへめしよせて御さかつき給 はするとて/□□□みのしろも我ぬきゝせん返しつと思ひなわ /ひそあまのは衣とおほせらるゝけしきさにやと/心うること あれといてやむさしのゝ夜のころもなら/ましかはけにかへま さりにもやおほえましと思ひく/まなき心ちすれといたうかし こまりて/□□□むらさきのみのしろ衣それならはをとめの/ 袖にまさりこそせめといはれぬるをなにとかきゝ/わかせ給は

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んいつれもむかひのをかははなれぬ御中【 20ウ】ともなれはつ ねよりも物あはれなるけしきにて/しつまりまさり給へるよう いかたちなとおほろけ/の女は御門の御むすめなりともならへ にくきを/二宮はけしうはおはせしとおほしめすなく一こゑに /あくる心ちすれは人 〻 まかて給殿も中将の君ひ/とつ御車に ていて給ぬ 十五   独詠「夜半の狭衣」 はゝ宮まちうけ給へる/けしき思ひやるへしいかにこうし給ひ ぬらんとて/御手つからまかなひすへてそゝのかし給へとまこ とに/くるしくなやましうおほされてこよひはいかにも〳〵/ ふようにさふらふとてやすみ侍らんとて我御かたへ/わたり給 ふをいとゝこよひよりはかた時たちはなれ/給はんもうしろめ たうわりなしとおほしたるけしき【 21オ】にてこよひはこなた にものし給へとせちに聞え/給へはおましなとしかせてね給ひ ぬるやうなれとめ/つらかなりつることゝものみ思ひつゝけら れてまとろ/まれ給はすなにとなく心もまことにうかひてあり つる/みこの御かたちもおもかけに恋しくくちおしう/おほえ 給けに殿のの給へるやうにこの世にはあり/はつましきはしめ にやと我なから心ほそしこわたの/僧都めしよせてこの御かた はらにさふらはせ給ひて/殿もいもね給はすこよひの事ともか たり給つゝいと/ものゆゝしくおほしてあすよりはしむへき御 いのり/とものことなとの給はすさるへきけいししきしと/も めしあつめてやんことなくしるしあるへき人 〻 して【 21ウ】   はしめおこなはせ給へき御いのりのさまいとこちた/けにお ほしをきての給はするさまきゝ給てもなと/かうしもおほすら んかゝる御心ともをしらすかほあち/きなくさるましきことに より身はいかゝしなさんと/おほゆるに人やりならす枕もうき ぬへしあるまし/きことゝ返 〻 思ひかへせとあけくれさしむか ひ聞えた/れはにやわきかへる心のうちはさらに思ひやむへき 心/ちもせすうへのいみしき御心さしとおほしめして給は/せ つる御みのしろはかたしけなくおもたゝしけれと/かひ〳〵し うきかまほしうもおほされすむらさき/のならましかはとおほ え て / □ □ □ 色〳〵 に か さ ね て は き し 人 し れ す 思 ひ そ め【 22 オ】てし夜半のさ衣とそかへす〳〵いはれ給 十六   翌朝、狭衣を案じる両親 ねぬに明ぬ/といひをきけん人もうらやましきにからうしてあ け/ぬる心ちすれはひんかしのわた殿のつま戸をしあけ/給へ れは雨すこしふりけるなこりあやめのしつく所せ/けれと空は 雨雲はれわたりてほの〳〵あけつ(行カ)山/きは春の明ほの ならねとおかしきに花たちはな/にやとかりけるにやほとゝき すのほのかになきわた/るねにあらはれにけりときゝ給/□□ □夜もすからなけきあかして郭公なく音を/たにもきく人そな きなとひとりこちてたゝすみ/給まゝに身色如金山端 嚴 甚微妙 とゆるゝかに/うちあけてよみ給へるいみしく心ほそくたうと きを【 22ウ】母宮おとゝなときゝ給ひてなをさま〳〵にあまり /なるありさまかなゝとかうしもおひいてけん又天人/のむか

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へもこそし給へとゆゝしうおほされて宮ゐさ/りいて給てなと かく夜ふかくおき給へる五月の空に/はおそろしきものゝあな る物をとの給まゝにはなこゑ/になり給ひぬ也殿もおき給ひて 猶此ころはかり/うちにもなまいり給そけふより七日はかりと はしめ/さするいのりともの程はおなし心に佛をもねん/し給 てものし給へと聞え給にたはふれのくちすさひ/もこちたうむ つかしうさへおほさるれはいつちかまかり/いてんと申給てた いへわたり給ぬその比のことくさ/にはたゝこのことをあめの したにいひのゝしりけり【 23オ】大やけにも日記の御からひつ あけさせ給てあめ/わかみことつくりかはし給へる文ともかき をかせ給/けりその夜さふらはさりける道のはかせともたかき /もいやしきも此御文を見てなみたをなかしつゝめ/てまとふ をこの比のことにはしたり 十七   源氏の宮への告白─在五中将の日記─ あつさのわりな/きは水こひ鳥にもおとらす心ひとつにこかれ 給を/しる人なしひるつかた源氏宮の御かたにまいり/給へれ はしろきうすものゝひとへき給ていとあかき/かみなる文をみ 給御いろはひとへよりもしろうす/き給へるにひたひのかみゆ ら〳〵とこほれかゝり/給へるすそはやかてうしろとひとしう ひかれいきて/こちたうたゝなはりたるすそのそきすゑいくと せ【 23ウ】かきりにおひゆかんとすらん所せけなるものから/ たを〳〵とあてになまめかしうみえ給かくれなき御/ひとへに 御くしのひま〳〵より見えたる御こしつき/かひななとのうつ くしさ人にも似給はねはあまり思/ひしみにけんわかめからに やとまもられてむねは/つふ〳〵となりさはけとよくしのひか へしてつれなく/もてなし給へりいとあつき程にはいかなる御 文御/覧そ(すカ)と聞え給へは斎院よりゑとも給はせたると て/くまなき日のけしきにはな〳〵とにほひみち給へ/る御か ほつきをまはゆけにおほしてすこしうちあ/かみて此御文にま きらはし給へるよういけしきま/みなといひつくすへくもあら すめてたく見え給に【 24オ】なみたさへおちぬへうおほえ給ま きらはしにこのゑとも/をみ給へはさい五中将の日記をいとめ てたうかき/たるなりけりとみるにあいなうひとつ心なる心/ ちしてめとゝまる所〳〵おほかるにえしのひ給はて/こはいか ゝ御らんするとてさしよせ給ふまゝに/□□□よしさらはむか しのあとをたつねみよ我のみ/まよふ恋のみちかはともいひや らす涙のほろ〳〵とこ/ほるゝをたにあやしとおほすに御手を さへとらへて/袖のしからみせきやらぬけしきなるに宮いとあ さ/ましうおそろしうなり給てやかてとらへ給へる御かひ/な にうつふし〳〵給ぬるけしきのいひしらぬものに/とらへられ たらんやうにおほしたるもいとゝ心さは【 24ウ】きしてこゝら 思ひつむる心のうちをかたはしたにも/うちいつへくもなう涙 にのみおほゝれ給へり 十八   源氏の宮への告白─室の八島─ いはけ/なう侍しより心さしことに思ひそめ奉りてこゝらの/ 年ころつもりぬる心のうちはあまりしらせ奉らて/やみなんも

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たれも後の世のためまてうしろめたう/侍へきによりもらし侍 ぬるこそあさましけれ又いと/かくあるましうみくるしき物思 ふ人のたくひむかし/も侍けるにやとみゆるにあまりうとまし けにおほし/たるも心うくこそ/□□□かはかりにおもひこか れて年ふやとむろのや/しまのけふりにもとへかたはしたにも らしそめつれ/は年をへて思ひこかれてすこし給へる心のうち 【 25オ 】 を 聞 え し ら せ 奉 り 給 に お そ ろ し き 夢 を み る 心 ち / し 給 ひてわなゝかれ給をむけに御覧ししらさらん/人のやうにかは かりをたにおそろしとおほしたる事と/なく〳〵うらみ聞え給 ほとに人ちかうまいるけしき/なれはすこしのきていまよりは いかににくませ給はん/なにはかならん御心かはりは中〳〵人 めあやしく侍らん/おほしうとむなよいはきりとをし侍ともを ときゝ/もあるましきことゝ思ひしりたれはよもみくるしき/ 心の程は御らんせられしあまりに思ひわひ侍なはか/よはぬ里 にそ行かくれ侍らんかしさやうならんおりは/さそかしとおほ しめしいてさせ給へかしとてなむなと/きこえしらせ給事も思 ひやるへしされといとちかく【 25ウ】しもさふらはぬ人はいつ もけちかき御なからひに/めもたゝぬならんかしゑみ侍らんと て人 〻 ちかく/まいれは宮は御心ちれいならぬとまきらはして ちい/きみ木丁ひきなをしてふさせ給ぬれは君も/かほのけし きやしるからんとおほせはたち給ぬるに/宮は今そよろつにお ほしつゝくるかゝる心おはしける/人を露しらてたれよりもな つかしう思ひてあけく/れさしむかひてすこしけるよとうとま しうおそろしき/にもさるへき人 〻 の御あたりならておひいて けるを/あはれにおほししられてやかてふしくらし給へるを御 /めのとたちなとれいならぬ御けしきはいかなるこ/とそとあ やしかるもたれもかゝる御心をもしらぬに【 26オ】かやうにつ ねにあらははつかしもあるへきかなとおほすに/ありてうき世 はとけふそおほししられける 十九   堀川の大殿、狭衣と源氏の宮入内について語る 中将の君も/こといてそめてのちはいとゝしのひかたき心のみ みた/れまさりてつく〳〵となかめふし給へるに殿の御かた/ よりまいり給へとあれは何となく心ちのなやましき/にものう けれとさきゝ給はゝ又おとろきさはき/給はんもきゝにくけれ はさうそくしとけにてまいり/給へりひんのわたりもいたうう ちとけてないかしろな/る御うちとけすかたのうるはしきより も中〳〵又かく/てこそみ奉るへかりけれとみえてみまほしう なつかし/きさまそし給ふをれいのうちゑまれて見奉り給/よ さり中宮のいて給はんにまいり給へうちも一日【 26ウ】あまり とりこめたりとおほせられきとの給て源氏/の宮の御事を春宮 のかく心もとなからせ給にいたく/わひさせ奉るとうらみさせ 給にすゝしうなりてさも/やとおもひたつを右のおほい殿のた ゝひとりかしつか/るらん女の十にたにならはと心もとなから るからうし/てこの八月にまいらせんとけしきとらるゝをせい す/へきにもあらすきしろひ給はんもひんなけれは冬/つかた さらすはとしかへりてなと思ふはいかゝあるへからん/春宮も いそかせ給うちにもさこそあらめと御け/しきあれとなにかは

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人のいつしかと思ひいそかれん/をとゝめんもいとほしかるへ しなと聞えあはれ給をつゐ/のことそかしさこそあらめと思ひ なからもむねはふた【 27オ】かりまさりてけしきもかはるらん 思へはつれなくもて/なして人のことをのへさせ給はんはいと おかし(しカ)くや侍らん/この御事はいつも心のとかにあえ 侍なん権中納言の/身にそふかけにてさはくなれはわつらはし さにかくいそ/かるゝとそ聞侍と申給へはこゝにもさ思ふなり 右/のおとゝの秘すらんむすめこの御かたにえこそならは/さ らめそんわうたちはなたかにきら〳〵しきさま/にやあらんと そをしはかるゝや母めのとよりほかに/あたりにもよせすきは もなくこそかしつくなれみつ/からくゆるみやはらの女のやう にやあらんとそわらひ/給へるかの思ひかけさりしよひのほか けはいとしも/たまのきすは見えさりしかとはなたかはよくい ひあ【 27ウ】て給へりと思ふにすこしほゝゑまれぬるけしきを /しるくみ給ひてわかゝりし時はかいまみをつねにせし/かは さもさま〳〵なる人をあまたみしかな人はいと/ありかたき物 そかし思ふさまなる人にあふ事はかたき/わさなりやこ院の事 はいみしくおほしめしなからこのかた/はあやにくにせいしさ いなみてたやすくもありかせ/給はさりしかとかしこうぬすま れいてゝいたらぬくま/こそなかりしかかくさま〳〵にえさら ぬ人あまたもの/し給にをしけたれてあはれと思ひしわたりも あり/しかとかひなくこそやみにしかなとむかしのことともお /ほしいてたり 二十   堀川の大殿の訓戒と堀川の上の心配 わかくより猶やんことなきかたにさた/まりぬるはをもりかに よき事なり一人あるはをの【 28オ】つからさもあらぬ心もあく かれてかろ〳〵しくわろ/きとそなとの給ひてかの御けしきあ りしふえのろ/くはいとかたしけなきことにこそそのゝちうち 〳〵にも/あんない聞えさせぬはいとひんなき事なりよき日/ して侍従の内侍のもとにほのめかし給へかしなとの/給へはあ なむつかしやありはつへくもおほえぬ世にさやう/にさたまり ゐていかにわひしからんときくにさへそ/あつかはしき夜のこ ろもなりける御けしきかたし/けなかりきといひなからさはか りの御ことをうけ給て/聞えさせいてんや中〳〵なさけに侍ら んとてすさまし/けなるけしきなれは心にいらぬことなめりと お ほ す / も う へ の お ほ さ ん こ と い と お し く て た ち ま ち に こ そ 【 28ウ 】 い は れ さ ら め さ の 給 は せ ん を し ら す か ほ な ら ん は ひ / かひかしかるへきわさかなとれいならすものしけな/る御けし きなれはわつらはしくてたち給ぬ/□□□ほかさまにもしほの けふりなひかめやうら風/あらくなみはよすともなといなふち にくちすさみ/給てはゝ宮の御まへにまいり給へれはあつけに や/この比こそいたうやせて見え給へとて心くるしけに/おほ したるけしきあくまてらうたけに見え給を殿/のさはかりくま なく見あつめ給ひけんにおやと聞えな/からもすくれたる御お ほえことはりそかしとみ奉り/給夏やせはえせぬ物のことにと かやかたへすゝしき/風にしたかはんもあしかるへきことかは

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なとかくしも【 29オ】いひそめけんわたしもりにやとはましと てゑみ給へる/にほひさとこほるゝ心ちし給へるをめつらしか らん人の/やうにわかき人 〻 みたて奉る中務といふ人みちの/ はてなるとなけきし人のありしこそことはりににく/からねと ひとりこつをしりめに見をこせ給て/いかにとかやのこりゆか しきひとりことかなとの給を/あなわひし聞えにけるにやとわ ふるさまもにくからす/みわたし給殿の女二の宮に御文たてま つれとの/給へるこそたゝさはかりのなをさりことたに大宮聞 給/てめさましくあるましき事とむつかり給ける物を/さやう にほのめかしいてゝはしためられ奉らんこそたゝ/なるよりは 心やましかりぬへけれたゝさはかりの御けしき【 29ウ】にてそ の夜のめいほくはかきりなかりきかし中〳〵/なる事いひいて ゝ う へ も あ さ れ た り と そ お ほ さ れ ん か / す な ら ぬ も の は す き 〳〵しきことこのまてさり/ぬへからんかけのこくさの露より ほかにしる人もなき/なとをたつねいてゝよすかともなれかし さらすは又/いく世もあるましからん世にほたしなからんよし かし/とてなみたくみ給へるをはゝ宮御覧して御かほの/いろ もたかひてたはふれにもゆゝしきことなの給/ひそいみしき事 なりともわか御心にこそあらめも/のうくおほえ給はんをあな かちにもなにかはまいて/はゝ宮のさの給はんにはあるましき ことにこそは一日三/位の物かたりせしつゐてに笛の音のめて たかりしに【 30オ】めてゝ二の宮のことをほのめかししはいか ゝ思ふらんこの/ころさかりにおかしけにおはするを行すゑの たのもし/人にゆつらんなとうへのゝ給はせけるとかたりしは /かたしけなくきゝすくしてやとこそありしかとの/給かくた にの給はゝいかゝはせんとうちなけかれて/たち給ぬ 二十一   参内の途中、蓬が門の女を気にかける くれぬれはうちへまいり給つゐてにまこと/かのよもきかもと はいつれそととはせ給へは見をき/しすいしんこゝもとに侍る そこと申さふらひしかは/又の日み給へしかはおろしこめて人 もさふらはさり/しあやしさにかたはらの人にとひさふらひし かはつ/くしへまかりにけるなかとのかみといふ人のいゑにさ ふ / ら ひ け り め の は ら か ら と も な む 宮 つ か へ 人 に て あ ま【 30 ウ】たさふらふなる中務の宮の姫君のめのとにても侍/なりと 申せはさやうのもののきあつまりたるおりの/しわさにや少将 のめのとゝかやいひて大納言の五節/にいてたりしされものに やとおほしやらるゝ 二十二   中宮の里下がり 中宮いて/させ給ぬれは御こさへうちくし奉らせ給ていとおほ /やけしくきら〳〵しき御ありさまなりうちの御/つかひ日こ とにまいりなとして殿もかゝるほとはこな/たかちにそおはし ます宮の御ありさまかたちなと/あらまほしうけたかうはつか しけにてものし給おほき/おとゝの御かたはなかのこのかみに てもとかしはにおは/すれとかゝるあつかひくさももち給はね はにや我御/ありさまひとつをはなやかにいまめかしうもてな い給【 31オ】て我はとほこりかにをしたちたる御心をきてにそ

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/おはしける人よりはいかてともていてたる御ものこ/のみな としていとわらゝかに人にくからぬ御心をき/てなるへしかく さま〳〵にもてかしつき給御さまと/もをそあけくれうらやま しうおほしたる 二十三   東宮との睦び 中将の君は/ありしむろのやしまのゝち宮のこよなくふしめに な/り給へるもいとつらう心うきにいかにせましとのみ/なけ きまさるをわか心にもなくさめ侘給てをの/つからもやまきる ゝとしのひありきともにこゝ/ろいれ給へとほのかなりし御手 あたりににる物のな/きにやをはすて山にのみそおほさるゝ春 宮に/まいり給へれはいりぬるいそなるか心うき事とそう【 31 ウ】らみさせ給へはみたり心ちれいならすのみ侍てあつき/程 はいとゝ宮つかへをこたり侍るなりとけいし給へは/なに心ち にかつねにあしかるへきそ思ひ給事そあ/らん我にはへたてす の給へとちかうむつれかゝらせ/給へは心ちのあしかるはかり はなに事をか思ひ侍らむ/これ御覧せよかくやせ侍るはしぬへ きなめりとて/さしいて給へるかひななとのしろくうつくしけ なるさま/女もえかゝらしかしと見え給源氏宮はかくやおはす /らんとあちきなくよそへられ給てせちにひきよせ/させ給を あなむつかしあつく侍るにとひこしり給へる/御あはひいとお かしかくやせそこなはるはかり思ふらんこ/とこそ心えたれな かすみの侍従かまねし給へるな【 32オ】めりな人もさそかたり しおとゝもかゝれはつれなきな/めりと今こそ思ひあはせらる れとまめやかにの給は/するを人のとふまてなりにけるよとい とゝくるしけ/れとつれなきさまにてさらぬすき〳〵しさをた に/このみ侍らぬになとありかたき恋の山にしもま/とひ侍ら んと猶ことすくなゝるけしきやしるからん/あなうたてあるや う有へしとの給はするも御心な/らひなめりとてうちはらひ給 /□□□我心しとろもとろになりにけり袖より外に/涙もるま てとそ思ひつゝけらるゝ心ならひはけにさ/もやあらんまこと ならぬいもうとをもたらねはなと/いひたはふれさせ給て宣耀 殿にわたらせ給ひ【 32ウ】ぬれはこよひはかひあるましきなめ りとすさましう/てまかて給ぬ 二十四   飛鳥井女君との出会い─不審な女車─ たそかれときの程に二条大宮の/ほとにあひたる女車うしのひ きかへなとしてとをき/所にかへるとみゆるに物見すこしあき たるより/まろかしらのふとみゆるはこの御くるまをみるなる へ/しはやくやりすきぬるをあやしひかめかとおほす程/にと もなるわらはへのもたるものやしるからんこの御/ともの人み つけてかや〳〵とをひとゝむるにえにけ/てひきとゝめられぬ みすいしんのいたうとかめかゝ/りてしたすたれかけ給へるは やんことなき僧にこ/そはおはすらめさはありともしはしをし とゝめてあや/にくにやりちかふるはたそ〳〵とあらゝかにと へは【 33オ】仁和寺のなにかしあさりの御車にてはゝうへの物 にこ/もりいて給なりとわなゝきいふわらはのあれはいてさ/ はあまきみかみんとてすたれをひきあくるにほうし/はしりお

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りてかほをかくしてにくるをこのあま君/はなとにくるそとを ひてはしりのゝしるを御車/をとゝめてかくなせそとせいせさ せ給へはうしかひわ/らはをとらへてなにものそ〳〵ととへは 仁和寺にな/にかし威儀師と申人なりとし比けさうし給へる人 の/うつまさに日比こもり給へるかいて給をぬすみいて給ふ/ なりほうしたてらかくあなかちなるわさをし給へは佛/のにく み給てかゝるめをみせさせ給なりかしをしとゝめ/てしめやか にもやらせ給はてとし比の思ひかなひて【 33ウ】いそき給ほと に女車とそ御らんすらんたゝとくやれと/せめ給へは師にはし たかへといふ法もんを僧のあたりに/としへ侍ぬるしるしにき ゝならひてはしらせ侍つるなり/いまよりはさら〳〵にこの師 にはしたかひつかはれし/とおとろしうかなしと思ひたるおか しうなりてゆるして/けり 二十五    飛 鳥 井 女 君 と の 出 会 い ─ 随 身 の 報 告 を 聴 く 狭 衣─ 君にしか〳〵なん申つる車にはまことに女のおはす/るなめり 人はみなにけ侍ぬかくてうちすてゝはいと/をしうこそ侍けれ と申せはなにしにかゝるわさをしつる/つねにせいする事をき かていくらん所はいつこにかあ/らんいてかさてはすてんその わらはにとひてをくれと/の給へはまかりつらんかたもしり侍 らすいまさりとも/くるまとりにありつる法師まうてきなんこ のわたり【 34オ】にかくれてそさふらふらん御たいまつまいら てくらふ/なり侍ぬとて御車つかまつれといへとぬすまれた/ らんはいかやうなる人ならん心ならぬ事ならはいかはかり/わ ひしかるらんくらきみちの空にさへさすらふよかくて/すてゝ はありつる法師ほいのまゝにやゐてゆかんさら/ぬにてもこよ ひかくてあらはいかなる心ちせむなとおほ/すにいとをしけれ はをくるへき所もしらすこよひは/かりはとのへやゐてゆかま しとおほすもけさうちか/つきてはしりつるあしもとおほしい つるもおかしうみちの/ほとてやふれ侍らんと心つきなくゆゝ しきにあすか/ゐにやとりとらせんともかたらひにくゝおほさ るれと/なをいかなる人のかゝるめはみるそとゆかしけれは引 かへし【 34ウ】あの車にのりうつりてみ給へはいとたと〳〵し きほと/なれときぬひきかつきてなきふしたる人ありけり/ 二十六   飛鳥井女君との出会い─女君を送り届ける─ あないとをしいかなる人のかゝるみちの空にたゝよひ給/そい かなる事ありともひとりうちすてゝ心うくにけ/ぬる人はつら くはおほさすやよし野の山にとはおもは/さりけるにこそみす てゝまかりなはこよひいますこし/おそろしき事も有なん又あ りつるかしらつきも/まろいぬとみわきもこそすれまことに御 心ならて/かゝること物し給ならはおはし所をしへ給へをくり 聞えん/猶ほいもありあの人とわたらんとおほさはまかりなん /との給こゑけはひのきゝならはすあてにめてたきは/かはか りにやと見え給をたれにかとおほえなくはつかし【 35オ】けれ とかくの給にきこえすはけにすてゝこそおはせめ/さらはあり つるゆゝしき物のきてゐてゆかんことゝ思ふに/かなしけれほ

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の〳〵おほゆるまゝにきこえんとおもへとたゝ/わなゝかれて とみにものもいひいてられすたゝなきに/のみなきまさるゝけ はひなとよそにて思ひつるより/はあてにらうたけれはくるし うなりてさらはまかりぬへ/きなめりな御心ならぬ事ときゝつ れはさもやといと/をしさになんなにかなき給このわたりにこ そものす/らんよもみすて聞えしとけしきをみんとての給へは /おはしぬへきなめりといとわひしきにいひいてん所の/さま のはつかしさ又はか〳〵しうもおほえぬになきこゑは/まして いとわりなけれとほりかはといつことかや大納言【 35ウ】とき こゆる人のむかひに竹おほかる所とそおほゆるを/さていかに といふけはひいとらうたけにみまさり/しぬへき人にやとこよ なく心とまりていき所をとひ聞/きゝてをくらんとおほしつれ と心やすけなる里のわたり/ときゝ給もやうかはりて中〳〵ゆ かしけれはみをかまほ/しくやおほすらんおり給はてやかてを しあてにおはし/ぬ 二 十 七   飛 鳥 井 女 君 と の 出 会 い ─ 女 君 の 家 に 着 く ─ ほり河のおもてにはしとみなか〳〵として入かと/いふせくあ つけなる所なりけりとをしのひやかにたゝ/けは人いてきてと ふなりけりさていかゝいふへきと/とひ給へはなくよりほかの ことなくてものもいはねはをし/あてにうつまさよりいてさせ 給へるといはせ給へれは/いまゝていてさせ給はすとておほつ かなからせ給へるとて【 36オ】あけたれはかやり火さへけふり てわりなけなり/□□□わか心かねて空にやみちぬらん行かた しらぬ/やとのかやり火との給けはひやう〳〵ものおほえ行ま ゝに/めてたくはつかしけなるにそおほえなくあさましきあ/ りさまをみ給ふもたれにかあらんいかにしてもあり/つるもの にみえしと思ひつるまゝにかゝるふせ屋のしたを/さへをしへ たてまつるもいかにおほすらんいまそあ/さましくはつかしき つまとなるへし人あけてこゝにと/いへは車さしよせたるに五 十はかりなるおもとのしな/しなしからぬさましたる火をいと あかうともしていと/をそくおはしましつる御車のをそかりつ るかたいふの/君やまいり給へるとてよりきたるほかけすかた の【 36ウ】みしらすあやしきもうとましくおほえ給ておほえな き/人きたりとてうちもこそすれとくおり給へとておろし/給 へと火さへあかくてかたはらいたくわりなきにとみに/うこか れぬをひきをこし給へれはきぬなといとあさやか/ならぬうす いろのなよゝかなるにかみはつや〳〵とかゝり/ていとわりな くはつかしと思ひたるけしきなとなへて/のさまにはあらすた ゝいとおかしき人さまにそ有ける/ 二十八   狭衣、飛鳥井女君と契る あやしう思ひのほかなるわさかなたれならん見てやみ/なまし かはいかにくちおしからましと思ふ物からさるへ/きにやかゝ るうち心なとなかりつるものをいてやうとま/しかりつるかし らつきになれつらんかしと思へは猶心つき/なけれとかゝるみ ちゆき人ををろかにはえおほし【 37オ】すてしなありつる人に 思ひをとし給なよとの給に/いとはつかしうておりなむとすれ

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はひかへてなといらへ/をたにし給はぬみちのしるへをうれし とおほさましか/はとまれとはの給なましあな心うとゆるし給 はねは/□□□とまれともえこそいはれねあすかゐにやとり/ はつへきかけしみえねはといふさまそ猶その水かけ見/てはや むましくおほされける/□□□飛鳥井にかけみまほしきやとり してみまくさ/かくれ人やとかめん車まつ程人にみせてをき給 へよ/とており給ぬるをあなくるしひんなき物をとくるしけ/ に思ひたれとまことに御車のをくれたりけるまち給/とてやか てそのはしつかたにひきとゝめ給へるに月は【 37ウ】はなやか にさしいてたり女いとはしたなしと思ひたる/ものからいたく きえいりたる物はちにはあらすたゝいと/なつかしうおかしき さまのもてなしなとあやしきまて/らうたけなりいゑの人 〻 い かなる事そとあやしかり/たちさはきたり御車ゐてまいりたる にやときゝ給へ/とかはかりにてたちいつへき心ちもし給はね はあり/つるいのりのしやいりこんと物おそろしなからとかく か/たらひ給女たれともたにしらぬをわりなしと思ひ/たり君 はおもはすなりけるちきりのほともあさか/らすあはれにおほ さるゝ事かきりなし物きたなく/うたかはしかりつるいのりの 師の心きよさもみあらは/して我すくせのありてさる心もつき けるにやと【 38オ】まてあさからすおほさるかねていみしう心 をつくし/やむことなきあたりよりはならはぬ草の枕もめつら /敷てそのゝちはよひあかつきの露けさもしらす/かほにまき れありき給よな〳〵おほくつもりに/けり 二十九   飛鳥井女君の素性 この女はそつの中納言といひける人のむす/めなりけりおやた ちみなうせにけれはめのとのかすへ/のかみなといふものゝめ にてなまとくありけるを/おとこうせてのちはいとわりなきあ りさまにてす/くしけれはこの仁和寺のいのりの師をかたらひ て/これにこのきみの事をもしりあつかはせけれはおほ/けな き心有ける物にて人しれす思ふ心つきてかゝ/るわさをしたる なり車なとも又かゝる人なくてうつ【 38ウ】まさにゆきゝのた よりをよろこひてぬすみもて行/なりけりありつるうしかひそ こにきてもかたりけれは/いとあさましかりけることかなたれ といふ人さるわさを/し給つらんわか君いかになり給つらんい きてみよなと/いひしのちいきしはをともせねはことはりにい とおしう/て人やりたれは返しをたにせねは思ひなけく事/か きりなしこの人かくてやみ侍なは御まへの御あつかひ/もいか てかはし侍らんゆゝしきわさかなはやく源氏/宮のうちまいり とてやむことなき人 〻 のまいりつと/ひ給なるにまいり給ひね をのれはいつちも〳〵まか/りなんこのおはする人はたれそと よあやしくいたう/忍ひ給へはおまへにはしらせ給へりやとい へはしらす萬【 39オ】たゝ心よりほかにあさましきありさまな れはとて/うちなき給をさすかにあはれとみて我もうちなき/ ぬ又ある人ひとひも御かとをむこにたゝかせ給ひ/しにあくる 人もなかりしかはおはしますをいとひ/まいらするかへたう殿 の御ことはしらぬかいたうあ/なつり奉らはかとのおきなとい

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てきてこのかとあけ/させんなといひけれは少将殿こそおはす なれといへ/はまれ〳〵ある女ともこの比はおちてまうてこす /いとそわりなきやあてにやんことなくめてたしと/ても此君 にてはいかゝはせんとしおひて侍れは行/すゑのことも思ひ侍 らすあつまのかたへ人のさそ/ひ侍にやまかりなましと思ひ侍 をたれに見ゆ【 39ウ】つりてかと思ふもほたしにてそおはしま すやといへはう/ちなきてたれをたのみてかはいつくなりとも おはせん/ところへこそはとの給も哀に心くるしけれはまこと に/しる人もなくたよりもなきに思ひわひてみちのく/にのお くのさうくんといふ物のめになりてやいなまし/と思ふなりけ り 三十   狭衣、飛鳥井女君のもとに通う 君はみなれ給まゝにあはれさまさ/りつゝなをさりにはあらす ちきりかたらひ給ぬへし/さるはこれにおとるへき人もみ給は す我御心もすく/れてこの事のめてたしなとわさと御心とまり ぬへ/きゆへもなけれとたゝすゝろにみてはえあるましう/い とおしく心にかゝらぬひまなくわれなから物くるは/しきまて におほゆるをこれにけにすくせといふ【 40オ】ものならんかく のみおほえはくちをしうもあるへきかなと/ひにそへてえさり かたうあさからすのみおほえ給へは/またるゝよな〳〵もなく まきれありき給事月比/にもなりぬ御ともの人 〻 はまたかゝる 事はなかり/つるものをいかはかりなる吉祥天女ならんさるは いと/物けなきけしきなるをとをの〳〵いひあはすへし/ 三十一   飛鳥井女君の乳母、陸奥下向を決める かくいふ程にこのめのといてたちいとすかやかなるけ/しきに てみをき奉るへきにもあらすさりとて又/かゝる人さへおはし ますあれはいかてかはくし奉らんいか/にしてすこし給はんと すらんといひつゝけてうちひ/そみなくをしはしのほとたにお はせさらん世には/有へき心ちもせぬをましていつをかきりに かとゝめ【 40ウ】をかんとは思ひ給ふらんかくよろつに所せき 身をいか/にもうしなひてこそいつくへもなといひもやらす心 く/るしけなるけしきなれはさらはいてたち給へきにこそ/あ なれ御心さしありけなる人を見すて奉り給て/あさましき有さ まにひきくせられ給はんもいとあるま/しき事と思給ふれとか くの給はすれはなとさすか/にことはりを返〳〵いひしらせつ ゝたゝいてたちにいて/たつをみるにさらはいまいくかにこそ なと人しれす/かそへらるゝにいと心ほそけれとたれとたにし らせ給/はぬけしきもさすかにたのみかくへき × (く)もあらぬ に/かくこそなとほのめかし聞えんも御心うちをしらねは/つ ゝましくてなにとなく思ひみたれたるけしきなる【 41オ】をな をかくおほつかなきありさまのたのみかたくつらき/にやと心 くるしけれと又我ゆくゑをもあまのことたに/なのらねは心く らへにてたゝあはれとおもほえ給まゝに/いひなくさめつゝこ の世ならぬちきりをそかはし給ける/かゝる程に夏もすき秋に も成ぬ   【了】

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付記 本翻刻は科学研究費助成事業「狭衣物語諸本研究─三条西家本 を 軸 に し て ─ 」( 基 盤 研 究( C) 15 K 02224 / 研 究 代 表 者: 神 田 龍身)による成果の一部である。

参照

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