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キャロライン王妃と貴族院の「裁判」

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Academic year: 2021

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キ ャ ロラ イ ン王妃 と貴 族 院 の 「裁 判」 は   じ   め   に   一八 二〇 年 一 月 二九 日 、 永 ら く 病 床 に あ った 国 王 ジ ョー ジ 三 世 が 死 去 し 、 摂 政 を 務 め て き た ジ ョ ー ジ 四 世 が 即 位 し た 。 妃 キ ャ ロ ラ イ ン は 従 兄 妹 に 当 た り 、 妃 の 母 シ ャ ー ロ ヅ ト は ジ a i ジ 三 世 の 姉 で ブ ラ ウ ン シ ュヴ ァイ ク 公 爵 夫 人 で あ った 。 皇 太 子 ジ ョ r ジ は 、 ひ そ か に ﹁ 結 婚 ﹂ し て い た フ ィ ッ ツ ハ ー パ ー ト 夫 人 を は じ め、 ジ ャ ー ジ ー 夫 人 ほ か 多 く の女 性 関 係 が あ り な が ら 、 王 位 継 承 者 に ふ さ わ し い公 式 の妃 を 求 め て い た 。 キ ャ ロ ラ イ ン は こ の 快 楽 を 求 め る 派 手 な ジ ョー ジ のも と に 、 一 七 九 五年 に ブ ラ ウ ン シ ュヴ ァイ ク か ら 嫁 ぎ 、 翌 年 に シ ャ ー ロ ヅ ト 妃 を 生 ん だ が 、 一八 一四年 以 来 出 国 し 当 時 イ タ リ ア に 住 ん で い た 。 二 人 の 結 婚 は そ の 初 期 か ら 夫 の愛 人 を は さ ん で 折 り 合 いが 悪 く 、 王 室 内 の 理 解 者 は 叔 父 ジ ョ ー ジ 三 世 の み と い う 状 況 で あ り 、 夫 を は じ め 王 妃 や 王 族 か ら 冷 た く あ し ら わ れ 、 や が て シ ャ ー ロ ット と も 引 き 離 さ れ て 別 居 を 余 儀 な く さ れ た 。 さ ら に 離 婚 の 口実 を 探 し 求 め る 夫 か ら 、 一 八 〇 五 年 以 来 繰 り 返 し 秘 密 の身 辺 調 査 を 受 け 、 根 拠 の な い 不 当 な 噂 が 流 さ れ 、 平 和 が 到 来 し た 一 八 一四 年 に 追 わ れ る よ う に 大 陸 へ出 国 し て い た の で あ る。 そ の 間 、 一八 一七 年 一 一 月 に は 、 の ち に ベ ル ギ ー 王 と な る レ オ ポ ル ド と 結 婚 し た 娘 シ ャ ー ロ ット が 男 児 を 死 産 し て 死 亡 し 、                           王 位 継 承 の 血 脈 も 失 って い た 。   継 承 権 者 シ ャ ー ロ ヅ ト の 死 去 は、 摂 政 ジ ョ ー ジ の側 に キ ャ ロ ラ イ ン と の 離 別 の 戦 い に 拍 車 を か け さ せ る こ と に な った 。 ジ ョ⋮ ジ は 、 一八 一八 年 八 月 に は 内 密 に 三 名 か ら な る ミ ラ ノ 委 員 会 を 設 け 、 ミ ラ ノ に 赴 か せ て イ タ リ ア と ヨ ー ロ ッ パ 滞 在 中 の キ ャ ロ ラ イ ン の素 行 ・ 身 辺 調 査 を 行 わ せ た 。 委 員 会 は さ ま ざ ま な 手 ず る で キ ャ ロ ラ イ ン に 仕 え て い た イ タ リ ア 人 た ち を 証 人 に 集 め 、 あ る い は 買 収 し て 妃 を お と し め る 情 報 を 収 集 し 、 側 近 の 従 者 .ハル ト ロ モ ・ ベ ル ガ ミ と 彼 女 の ﹁ 密 通 ﹂ を 証 明 し よ う と し た 。 委 員 会 の 報 告 書 類 ﹁ 緑 の袋 ﹂   ( O器 Φ ⇒ bd 簿 σq 緑 の袋 に 入 れ て 持 ち 帰 っ た こ と に よ る ) は ジ ョー ジ 側 近 の ジ ョ ン ・ リ ー チ ら に 渡 り 、 妃 を 帰 国 さ せ な い こ と 、 妃 の名 前 を 国 教 会 の祈 疇 書 か ら 削 除 し 王 室 か ら 排 除 す る こ と を 内 密 に 決 め 、 ト ー リ の リ ヴ ァ プ ー ル首 相 に も 伝 え て い た 。 三 名 の委 員 は 上 級 弁 護 士 ジ ョ ン ・ ア ラ ン ・ パ ウ エ ル、 勅 選 弁 護 士 ウ ィリ ア ム ・ ク ック 、 ウ ィ ー ン か ら 派 遣 さ れ た ウ ィ ー ン大 使                                           館 付 き 武 官 ジ ェイ ム ズ ・ ブ ラ ウ ン大 佐 で あ った 。   し か し 、 キ ャ ロ ラ イ ン に 対 す る 度 重 な る 辱 め と 迫 害 が ﹃ タ イ ムズ ﹄ な ど に ょ っ て表 沙 汰 に な る に つれ て 、 良 識 あ る 議 員 や 申 流 階 級 知 識 人

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か ら 一 般 庶 民 に至 るま で幅 広 い人 々 の間 で、 キ ャ ロライ ン への 同 情 と 支 持 の 熱 気 が 高 ま っ て い た。 カ ンタベ リ ー大 主 教 チ ャー ルズ ・マ ナ ー ズ 巨サ ト ン と そ の息 子 庶 民 院 議 長 サト ン さ え も 、 妃 と の離 別 を求 め る ジ ョ ー ジ の 要 請 に反 対 であ り、 閣 僚 にも カ ニング ら の反対 意 見が あ っ たが 、 一 八 一 九 年 六月 にリ ヴ ァ プ ー ル内 閣 は離 別 を認 め る方 針 を決 め た。 さ ら に即 位 後 の 二〇 年 二月 一 〇 日、 内 閣 は祈疇 書 か ら キ ャ ロ ラ イ                                  ③ ン の 名 前 を削 除 す る こと を 認 めた の であ る。   キ ャ ロ ラ イ ン が 夫 ジ ョージ の即 位 の知 ら せを 受 け た のは、 旅 行 先 の マル セイ ユ か ら ア ド リ ア海 に臨 む 居 住 地 ペ サ 灘 に 帰 る途 中 の レグ ホ ル ン ( リ ヴ ォル ノ) に お い てで あ っ た。 執事 シカ ー ドが 、 夫 の即 位 を伝 え、 火 急 の帰 国 を 強 く 促 す 理 解 者 ヘ ン リ ・ ブ ル ー ム の手紙 を携 え てき た。 彼 女 はブ ルー ム と ト マ ス ・ デ ン マ ン を 法 律 顧 問 に と いうブ ルー ム の 要 請 を受 け 入れ 、 シ カ ード に返 信 を 託 し て ロ ン ド ン に 発 た せ た。 王 妃 に な る のは当 然 と 考 え た彼 女 は、 直 ち に帰 国 し よ う と は し な か っ た。 た だ し、 イ ギ リ ス 政 府 から の公 式 の伝 達 が な い限 り、 イ タ リ ア で                                           彼 女 が ﹁ 王妃 ﹂ と し て認 め られ る こと はな か っ た 。   国 教 会 の 祈 薦 書 から 名 前 を 削 除 し、 王 妃 の地 位 を 抹 消 す ると いう ジ ョ ー ジ 四世 と リ ヴ ァ プ ー ル 内 閣 の決 定 は王 妃 を 激 怒 さ せ た。 旨ンド ン と ロー マの間 を書 面 が 往 復 し た のち、 彼 女 は急 遽 帰 国 を 決 意 す るに 至 っ た。 キ ャ ロライ ン の 理 解 者 で彼 女 の 法 律 顧 問 ブ ル ー ム の態 度 も 一 貫 せず 、 王 の 要 請 を受 け て フラ ン スに渡 り、 カ レー の南 セ ン ト メ ー ルで 帰 国 途 上 の 妃 と 面 談 し た。 キ ャ ロラ イ ンは国 外 居 住 を 条 件 に年 間 五 万 ポ ンド支 給 と い う提 案 は了 解 し たが 、 祈 薦 書 か ら の抹 消 ・ 王 妃 の地 位 剥 奪 に は断 固と し て応 じ な か っ た。 心 底 から のキ ャ ロライ ン 支 持 者 で あ り、 一 足 先 に フ ラ ン スに渡 り 帰 国 の 旅 の 同 行 者 と な っ て い た ロ ン ド ン 市 長 ・ 庶 民 院議 員 マシ ュ ー ・ ウ ッ ド は、 金 銭 に よ る買 収 な ど の妥 協 に は応 じ ず に、 断 固 帰 国 し て名 誉 を守 る べき だ と キ ャ ロライ ンに説 い た 。 六月 五 日 キ ャ ロライ ンば ド ー ヴ ァ ー に 上陸 、 翌 日 に は市 民 た ち の                                  ⑤ 大 歓 迎 を 受 け て ロンド ンに 入 っ た のであ る。   王 妃 の帰 国 と いう事 態 に 直 面 し て、 国 王 と そ の意 を受 け た リ ヴ ァ プ ー ル政 府 は、 離婚 を実 現 さ せ キ ャ ロ ラ イ ンを 王妃 の地 位 から 抹 消 す る た め、 法 的 な手 段 に 訴 え よ うと す る。 こう し て 秘密 委 員会 が 設 置 さ れ 、 キ ャ ロライ ン か ら 王妃 の 特 権 を 一 切 剥 奪 し、 国 王と の結 婚 を 解 消 す る ﹁ 刑 罰 法 案 ﹂   ( oご 崑 o h℃ 巴口 鋤 包 ℃ Φ p ⇔ ぽ 矯 ) を 作 成 し、 議 会 で早 急 に成 立 さ せ る 方 針 を 決 め た。 し か し庶 民 院 に は ウ ッ ド を はじ め 、 国 王 の仕 打 ちに 嫌 悪 し キ ャ ロライ ンに同 調 す る議 員 が 多 く 、 審 議 しう る 状 況 にな か っ た ので、 まず 貴 族 院が こ の法 案 審 議 な い し ﹁ 王 妃 裁 判 ﹂ ( 鼠 p。 一) の 法 廷 に な っ た。 す で に ミ ラ ノ 委 員 会 で証 言 し た多 数 の証 人 を イ タリ アか ら 招 き、 当 初 は 王妃 も議 場 に出 席 し た。 王 室 の ス キ ャ ン ダ ル に端 を 発 し た こ の 事 件 は、 議 会 を巻 き 込 み 一 般 大 衆 を巻 き 込 んだ 国 民 的 な 政 治 社 会 問 題 と な っ た のであ る。 こ う し て生 まれ た キ ャ ロラ イ ン 王 妃 を めぐ る 国 民的 興奮 は、 同 時 代 人 の急 進 派 の評 論 家 ヘ イ ズ リ ットを し て ﹁ 大 衆 の感 情 を これ ほ ど徹 底 し て興 奮 さ せ た こと は今 ま で に覚 え が な い。 そ れ は国 民 の心 の 中 に突 然根 っ こ突 っ 込 み ⋮ ⋮商 売 は そ っ ち のけ にな り、 人 々は 楽 し む こと を忘 れ、 食 事 さ え 二 の次 にな っ て、 王 妃 の裁 判 の結 果 が ど う な る か と いう こと だ け し か考 え なく な っ た。 ⋮ ⋮大 衆 の心 は電 撃 的 興 奮 に 包 ま れ た﹂ と 語 ら せた ほ ど で あ っ ⑥ た 。 16

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萋 キ ャロ ラ イン王 妃 と貴族 院 の 「裁 判 」   国 王 ( 皇 太子 ) の 愛 人 問 題 と 王妃 の疎 外 に端 を 発 し た スキ ャ ン ダ ル が、 な ぜ これ ほど 大 き な国 民 的 興 奮 を引 き 起 こし た の か。 そ の興 奮 を 極度 に 掻 き 立 て たも の 、 そ れ は ヘ イ ズ リ ットが 述 べ て い るよ う に、 国 王 に よ る 王妃 離 別 と 王室 か ら の排 除 を 目 指 す 法 案 を 議 会 で 審議 し、 王 妃 の ﹁ 密 通 ﹂ を暴 い て離 別 を正 当 化 し よう と し た、 史 上 例 を 見 な い 貴 族 院 に よ る ﹁ 王 妃 裁 判 ﹂ に ほ かな ら な か っ た 。 こ の ﹁ 裁 判﹂ が 行 わ れ た 一 八 二 〇 年 八月 一 七 日 から 一 一 月 一 〇 日 ま で の間、 貴 族 院 は他 の 議 案 はそ っ ち のけ にし て、 王 妃 の ﹁ 密 通 ﹂ を め ぐ っ て 計 五 八名 の 証 人 を 喚 問 し、   ﹁ 刑 罰 法 案 ﹂ の審 議 に熱 中 し た 。 そ の審議 の 進 行 は、   ﹃ タ イ ム ズ ﹄ など 日 々 の新 聞 に詳 細 に報 道 さ れ、 雑 誌、 パ ン フ レ ッ ト でも 書 き 立 てら れ た。 ハ ンサ ード の議 会 討議 録 で は 同 時期 の 議 会 審 議 全 体 の ほぼ 七 〇 % を 占 め、 そ の分 量 も 前 後 の 年 よ り 一 冊 分 多 いと い う、 前 代 未 聞 の議 会 と な っ た の であ る。 法 案 は三 ヶ月 近 い 審 議 を経 た 一 一 月 一 〇 日、 第 三読 会 に お い て 一 〇 八対 九 九 で 可 決 は さ れ たが 、 四 日前 の第 二 読 会 の 票 決 で は 一 二 三対 九 五 で あ っ た。 提 案 者 リ ヴ ァプ ー ル 首 相 は、 後 述 す る当 初 の圧 倒 的 支 持 か ら わず か 九票 差 と な った 過 程 を 省 み、 法 案 反 対 の空 気 が 支 配 的 な ﹁ 世 論 ( 箕 窪 。 出 Φ ① 謬 σq )を 無 視 でき な い﹂ と 判 断 し て、 法 案 審 議 の六 ケ月 延 期凵 実質 的 な廃 案 を提 案 し、 審              議 の 幕 を 閉 じ た。   貴 族 院 に提 出 さ れ た 法 案 と そ の意 図 はど のよ う な も の で あ った の か、 ま た い かな る証 言 が な さ れ 審 議 が 行 わ れ た のか。 本 稿 で は まず 、 そ の状 況 を 具 体 的 に明 る み に出 す こと か ら論 述 を進 め た い。 一  国 王 と 政 府 に よ る 王 妃 の告 発   国 民 の目 に は長 ら く虐 げ ら れ 不遇 な境 涯 にあ ると 映 っ て い た キ ャ ロ ライ ン王 妃 の動静 は、 夫 の即位 に よ っ て国 民 的 関 心 事 に な っ た。 王 妃 の帰 国 の足 取 り は ﹃ タ イ ムズ﹄ など の新 聞 で つぶさ に報 じ ら れ、 ド ー ヴ ァー到着 の翌 六月 六 日午 後 、 市 長 ウ ッ ド ら に付 き 添 わ れ て ロンド ン に 入 る と、 期 待 と慶 び で興 奮 し た群 衆 が 街 頭 に踊 り出 て歓 声 を あげ 、 ま た 王妃 の馬車 の後 を賑 々 しく 行 進 し た。 そ のな か に は 威 儀 を 正 し た 男 性 や 盛装 を こ ら し た女 性 が 数 多 く 含 ま れ、   ﹃ タイ ムズ ﹄ は 、   ﹁ こ の すば ら し い壮麗 な行 進 や感 動 的 な演 劇 的 展 覧 ﹂ が、 居 並 ぶ 見物 人 た ち に ﹁ これ ほど 正真 正銘 の喜 び を与 え た こと は か つ てま った く な か っ                       た﹂ と こ の 光 景 を描 写 し た。 だ が キ ャ ロライ ンに は住 居 の 用 意 は な く、 ひ と まず ウ ッド の自 宅 に身 を 寄 せ た。 国 王 と 政 府 が 彼 女 の王妃 と し て の地 位 を剥 奪 す ると いう ニ ュ ー スも 広 ま り、 王 妃 支 持 の興奮 は ロ ンド ンを中 心 に 地方 にも 広 が った。 六 月 半 ば に は近 衛 連 隊 の 中 で 王妃 支 持 の 反 乱 が 企 て られ て い ると の惰 報 も あ り、 民 衆 暴 動 の 懸 念 と あ わ せ て総 司令 官 ウ ェ リ ント ン 公 ら 軍 幹 部 や 政 府 ・ 当 局 者 は神 経質 に な っ     ⑨ て いた。   一 八 一 九 年 は ナ ポ レオ ン 戦 争 後 に再 出 発 し た急 進 主 義 運 動 が 頂 点 を つく っ た とき であ っ た。 ヘ ンリ ・ハ ントら を 指 導 者 と し た 急 進 派 は 一 九年 八月 一 六 日、 議 会 改 革 を要 求 す る大 規 模 な集 会 を マ ンチ ェス タ ー の セ ント ・ ピ ー タ ー教 会 前 の広 場 で開 催 し た。 運 動 の革 命 的 高 揚 を 過 度 に警 戒 し た当 局 は、 会 場 周 辺 に義 勇騎 馬 隊 と騎 兵 隊 を 配備 し、 ハン トが 演 説 を始 め る や否 や暴 動 法 を 適 用 し て集 会 の 解 散 を 命 じ、 刀 を振

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り か ざ し て 群衆 に襲 い か か っ た。 民 衆 側 は死 者 十 数 人、 負 傷者 お よそ                                                     ⑬ 四 〇 〇 人 を 出 し た。 世 に言 う ﹁ ピ ー タ ー ル ー の虐 殺﹂ で あ る。 政 府 当 局 は 警 戒態 勢 を強 め、 翌年 初 め に かけ て 六 つの法 律 を 制 定 し て 民衆 運 動 の圧殺 に乗 り出 し た た め、 急 進 主 義 運 動 はし ば し 公 然活 動 か ら 地下 活 動 に移 らざ る を え な か っ た。 ハントも 反 逆 罪 の かど で 二 年 間 の 禁 固 と な っ た。 ア ー サ ー ・ シ ス ルウ ッド ら少 数 の急 進 主 義 者 はな お機 会 を う かが い 、 スパ イ情 報 で は政 府 を覆 す 計 画 を 立 て て い る と 伝 え ら れ た。 二〇年 二 月 二三 日、 ハ イ ド ・ パ ー ク の北 ケイ ト ー街 の 一 室 で 彼 ら が 集 ま っ て い た と ころ に警 官 隊 が 押 し 入 り、 三月 初 め ま で に シ ス ルウ ッ ド ら 一 八名 が 逮 捕 され た。   ﹁ ケ イ ト ー街 の陰 謀 ﹂ であ る。 五 月 一 日 の朝、 シ ス ルウ ッ ド ら 五人 は ニ ュ ー ゲ イ ト監 獄 前 の広 場 にお い て大 群                                 衆 が凝 視 す る な か で絞 首 刑 に な っ た。 キ ャ ロライ ン 帰 国 の 一 ケ月 ほ ど 前 の こと であ り、 キ ャ ロライ ン 支 持 運 動 は、 抑 制 され た民 衆 が 鬱 積 し た 不 満 を 晴 ら す はけ ロ ー よ り安 全 な は け ロ ー の 役 割 を担 っ て い た こと にも 注 目 し て お き た い 。   王 妃 の ﹁ 裁 判﹂ が 不 可 避 と な り つ つ あ っ た段 階 で、 後 に キ ャ ロライ ン 擁 護 の証 言 に立 つ 友 人 シ ャ ー ロ ッ ト ・ リ ンゼ イ ( 元 首 相 ノ ー ス の 娘 ) は私 信 や 日 誌 で 次 のよ う に述 べ て い る。 国 王 は、 王妃 が 帰 国 す る や直 ち に、 彼 女 が 大 陸 に 滞 在 し て いた 時 期 の 行 状 を調 査 し た ミ ラ ノ委 員 会 の文 書 を 両 議 院 で検 証 さ せ 、 発 表 さ せ る 指 令 を 出 し た の で、 王妃 にと っ て深 刻 な 事 態 にな ら ざ るを え な い 。 だ が ﹁ サ イ は投 げ られ た。 ⋮ ・. ・こ の よう な法 案 が 通 過 す れ ば、 ど ち ら の党 派 に と っ て も 恥ず べき こと に な るだ ろう 。 庶 民 院 で は法 案 が 通 過 す る こと は け っ し て な いだ ろう が 、 貴 族 院 で は何 ら か の形 で 法 案 が 通 過 す る こと は ほぼ 間違 い な い。 そ う な れ ば貴 族 院 の 決 定 に対 す る国 内 の 反 発 は激 し いも のと な る だ ろう 。 庶 民 た ち ( 8 ヨ日 o 口 娼 Φ o 甘① ) だ け でな く、 中 流 階 級 ( 目凱臼 Φ 騫涛 の )も、 ま た多 く の上 流 階 級 ( 巷 ℃ Φ H 9器゜ 。)も す べ て王 妃 を 暖 かく                   ⑫ 支 援 し て い る のだ か らL 。   王妃 を擁 護 す るブ ル ー ムと デ ン マン は 事 態 の 円 満 な解 決 のた め に政 府 関 係 の有 力 者 と 折 衝 を 続 け て いた。 彼 ら は六月 一 五 日 か ら 一 九 日 に かけ て、 政 府 側 のウ ェ リ ン ト ン 、 内 相 シド マスと 五 回 に わ た り会 談 し た。 ブ ルー ムら は王 妃 は将 来 外 国 に永 住 す る 、 祈 疇 書 に 王妃 キ ャ ロ ラ イ ン の 名 前 は そ の ま ま残 し海 外 でそ の肩 書 き を保 持 す る 、 海 外 で暮 ら す 王妃 に適 切 な歳 費 を供 与 す る、 と いう 案 を 示 し て協議 し たが 、 国 外 の公 の場 で キ ャ ロライ ン が 王 妃 と し て振 る舞 い受 け 入 れ ら れ る こと に 強 く 反対 す る国 王と 、 そ の条 件 に納 得 でき ず、 いま さ ら 出国 す る気 持 ち に な れ な い 王妃 と の対 立 の板 ば さ みと な り 、 不 調 に終 わ っ た。 そ の 経緯 は庶 民 院 に も報 告 され た。 国 王 の強 い意 向 に は手 の施 し よ う が な       か っ た。   王妃 が 帰国 し た 翌 日、 国 王 の意 を 受 け たリ ヴ ァ プ ー ル首相 は 直 ち に 貴 族 院 にお いて、 キ ャ ロ ラ イ ンの 王妃 と し て の地 位 と 特 権 を剥 奪 し国 王 と の婚 姻 関 係 の 解 消 を実 現 さ せ る行 動 に取 り か か っ た。 首 相 は六月 七 日、 前年 の秘 密 ミ ラノ委 員会 に よ る ﹁ 緑 の袋 ﹂ の資 料 を 調 査 す る委                                                           ゆ 員 会 の設 置 を 提 案 し、 議 員 一 五名 か ら な る秘 密 委 員 会 を 発 足 さ せた 。 ﹁ 緑 の袋 ﹂ を 調 査 し た 委 員 会 は 七月 四 目、   ﹁ 緑 の袋 ﹂ 在 中 の資 料 は王 妃 が 出 国 し て主 にイ タリ ア在 住 中 に、 元来 召使 であ っ た外 国 人 と み だ ら な関 係 を 持 っ た と いう疑 惑 を 示 し て いる。 こ の 疑 惑 は 王妃 の名 誉 、 国 王 の 威 厳 、 ひ い て はわ が 国 民 の道 徳感 情 と名 誉 に深 く か か わ るも の 1s

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キ ャ ロラ イ ン王 妃 と貴 族 院 の 「裁 判 」 であ り、 厳 粛 に調査 し つま び ら か にす べき 事 柄 と 判 断 す る、 と 議 会 に 報 告 し た。 早 く も 翌 五 日、 首 相 に よ っ て ﹁ 王妃 に対 す る 刑 罰 法 案 ﹂ ( 臼 ぴ ⑦ゆ 崑 o 剛 勹 巴蕊 Q 民 ℃ ① 昌 鋤 ぼΦ ω 鋤 αq 巴 霧 け霑臼 ζ p オ゜ ・酔 矯 )す な わ ち ﹁ キ ャ ロライ ン ・ ア メリ ア ・エ リ ザ ベ ス王妃 か ら こ の王国 の王 妃 と し て の肩 書 き、 大権 、 権 利、 特 権 及 び免 除 特 権 を剥 奪 し、 国 王 と キ ャ ロ ライ ン ・ ア メリ ア ・エ リ ザ ベ ス の 結 婚 を解 消 さ せ る た め の法 律 ﹂ が 提 案 さ れ た。 そ の理 由 は 、 出 国 し て ミ ラ ノ在 住中 に卑 し い 身 分 のイ タ リ ア人 .ハ ルト ロモ ・ ベ ルガ ミ ( ま た は ペ ルガ ミ) を近 臣 に取 り立 て、 長 期 にわ た っ て彼 と 不 義密 通 を 重 ね、 わが 王権 と 王室 を辱 め た行 い にあ             ると し て いた。 一 方 王妃 から は 繰 り返 し抗 議 の 請 願 が 届 け られ 、 庶 民 院 で は、 貴 族 院 と 同 様 な秘 密 委 員会 の 設 置 が 提 案 さ れ たが 、 白 熱 し た                                                     ゆ 論 議 の末、 六 月 二六 日 に 一 九 五対 一 〇 〇 の 大 差 で否 決 さ れ た。   改 革 派 のグ レイ伯 は、貴 族 院が こ のよう な裁 き を行 う こと に反 対 す る方 針 を 述 べ、 法 案 は王妃 の 罪 を 一 方 的 に決 め つ け た偏 向 し たも の で あ り、 議 会 が これ か ら始 ま る裁 判 の 告 発 者 の 性 格 をも つ と いう ま っ た く 先 例 が な い 事 柄 であ る、 王妃 に は 十分 な反 論 と 弁 護 の機 会 が 与 え ら れ な け れば な ら な い 、 と 主 張 し た。 リ ヴ ァ プ ー ル 首 相 は確 か に先 例 の な い 方 式 で はあ る が、 王妃 に は 反論 と 弁 護 に思 う存 分 の 時 間 が 保 証 さ れ るし、 証 人 を選 ぶ こと も でき る 、 と答 え、 他 方 で は政 府 案 を支 持 す る意 見 も あ っ た。 首 相 は多 数 の 証 人 を外 国 か ら招 くと いう点 で先 例 が                 な い 、 と も 述 べ た。 そ の後 王妃 側 から、 十分 な 反論 、 証 言 の 機 会 が 保 証 さ れ るべ き と の 強 い 請 願 が寄 せら れ た 。 ま た重 要 議 題 の 審 議 に 入 る にあ た っ て 、 病 気、 老齢 な ど 特 別 の理 由が な い限 り 全員 出席 す べき と                                                           ゆ の提案 が 了 承 され 、 チ ャー チ ル卿 ほ か計 五 二名 が 出 席 を 免除 さ れ た。 こう し て 八月 一 七 日 に審 議 入 りと な る。 一 一 王 妃 の ﹁ 裁 判 ﹂ i そ の 一 国王側 の 証 言   刑 罰 法 案 を制 定 す る形 で王 妃 を裁 く 貴 族 院 の ﹁ 法 廷 ﹂ は、 八月 一 七 臼午 前 一 〇 時 に開 会 、 そ の少 し後 に招 かれ て い た キ ャ ロライ ン 王 妃 が レデ ィ ・ ア ン ・ ハ ミ ルト ン 夫 妻 に伴 わ れ て入 場 し 、 議 員 一 同 起 立 し て                                   ⑲ 迎 え た。 王妃 は 王座 の右 手 の席 に着 い た。 ブ ラ ン デ ン ブ ルグ ・ハ ウ ス か ら議 事 堂 に 至 る沿 道 で は多 数 の市 民 が 彼 女 を 迎 え、   ﹁ ゴ ッ ド ・ セイ ヴ ・ ザ ・ ク イ ー ン ﹂ など と 歌 っ た。 リ ヴ ァ プ ー ル首 相 は法案 の 第 二 読 会 の日 程 を決 め る動 議 を提 出 し た。 これ に対 し 直 ちに レ ン ス タ ;公 が 立 ち 上が り、 か よう な早 い段 階 で審 議 に入 る こと に反 対 す ると 述 べ、 予 定 さ れ て い る 日程 は帳 消 し にす ぺ し と の反 対 動議 を 出 し た。 議 長 が こ の反対 動 議 に つい て意 見 を 間 う たと こ ろ 、 議 場 で 賛 成 の 声 は弱 く、 反対 の 声 が 圧倒 し た。 レ ンス タ i公 は採 決 を 求 め 、 結 局、 反対 動議 は 賛 成 四 一 、 反 対 二〇 六 で否 決 さ れ、 審 議 進 行 と な っ た。 基 本 的 に法 案 反対 の立 場 を取 っ て い た ラ ン ズ ダ ウ ン 、 グ レイ ら 若 干 の 議 員 は 、 も は                                         ゆ や引 き戻 す こ と は 不 可能 と し て賛 成 票 を 投 じ た 。 これ ら を 勘案 し た数 字 が 当 時 の王妃 問 題 を めぐ る貴 族 院 の色 分 け であ っ た と み る こと が で き る。   王妃 側 の 法 律 顧 問 団 の非 議 員 、 ブ ル ー ム、 デ ン マ ン 、 ラ シ ント ン 、 ウ ィリ ア ム ズ 、 テ ィ ン ダ ル 、 ワイ ルド が 入 場 し、 次 い で 国 王側 の 法 務 長官 ア ダ ムと 副 長官 パ ー ク及 び ミ ラ ノ委 員 会 の メ ン バ ーだ っ た 弁 護 士 パ ウ エルが 入 場 し た。 初 日 は こ の よう な法 案 の審 議 自 体 に反 対 す る カ                                                     ⑳ ー ナ ーヴ ォ ン 伯 の演 説 に 始 ま り、 論 議 は 翌 一 八 日 ま で続 い た。 こ の時

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                                              ⑫ 点 で 王妃 側 の予 定 証 人 一 七 名 の名 前 が 公 表 さ れ て いた。 一 八 日朝 、 王 妃 側 に立 つ デ ン マ ンの演 説 中 に王 妃 が ア ン ・ハミ ルト ンに伴 わ れ て 入 場 し た ので、 演 説 を 一 時 中 断 し、 一 同 起 立 し て迎 え た 。 王妃 は 彼 女 の                       ⑳ 法 律顧 問 団 の 前 に着 席 し た。   刑 罰 法案 の 実 質 審 議 は 一 九 日 ( 土 ) か ら始 ま る。 審 議 入 り を 阻 止 す る た め王 妃 支 持 派 は抵抗 す る。 まず キ ングが こ の よう な法 律 は現 在 の こ の国 の状 況 に あ っ て何 ら 必要 で は な い、 と 動 議 を出 す が、 リ ヴ ァ プ ー ル 首 相 は法 務 長 官 ほ か を 入 場 さ せ 審議 を続 け ると いう 修 正 動 議 を 出 し 、 採 決 で後 者 が賛 成 一 八 一 、 反対 六 五 で 可決 さ れ た。 さ ら にグ レ イ が ほ ぼ 同 様 の法案 審議 に 反対 す る動 議 を提 出 す るが 、 再 び 首 相 に ょ る                                           ⑭ 審 議 続 行 の修 正 動議 に 一 七 九対 六 四 で否 決 され た。 法 案 審 議 入 り の時 点 で 王妃 支 持 が 少 し増 え、 六 五 人前 後 に な っ て い た。 法 律 家 た ち が 入 場 し、 法 務 長官 に よ る法 案 提 出 の 趣 旨 説 明 、 あ る いは 王妃 を 裁 く ﹁ 告 訴 ﹂  ( 畠 奠 σq Φ) に 入 っ た。   ﹁ 告 訴 ﹂ は 一 日 で は終 わ ら ず、 休 日 を は さ ん で 二 一 日 ま で続 い た。 ﹁ 告 訴 ﹂ で はキ ャ ロライ ン が 一 八 一 四年 に 出国 し て以 来 の足 取 りを 述 べ 、 一 五年 八 月 から コモ 湖 畔 のヴ ィラ ・ デ ステ に、 一 七年 八月 から 帰 国 のと き ま でペ サ ロ に 居 住 し て い た こ と 、 イ ギ リ ス から 同 行 し た侍 女、 侍 従 を相 次 いで帰 国 さ せ、 雇 い入 れ たイ タ リ ア士 官 ベ ル ガ ミと し だ いに親 密 に な り、 二 人 の 間 に情 交 が あ                                       ㊧ っ たと の証 言 が あ る こと な ど、 縷 々 陳 述 し た。 こう し て ﹁ 裁 判 ﹂ は証 人 喚 問 に移 っ た。   最 初 は告 発 側 の 証 人 の 喚 問 か ら始 ま る。 そ の証 人 二六 人 のう ちイ ギ リ ス人 は 海 軍 の二人 の艦 長 サ ミ ュ エ ル ・ ジ ョージ ・ ペ ヅ チ ェルと ト マ ス ・ ブ リ ヅ グ ズだ け で、 他 はす べ て ミ ラ ノ 委 員 会 と接 触 があ る イ タ リ ア か ら 招 い た 証 人 た ち だ った 。 喚 問 が 始 ま る 前 に 王 妃 が 到 着 、 一 同 起 立 し て 迎 え た 。 最 初 の 証 人 テ オ ド ー レ ・マ ジ ョ ッ キ は 近 習 と し て し ば ら く キ ャ ロ ラ イ ン に 仕 え て い た 人 物 で 、 ナ ポ リ 王 ム ラ ト に 出 仕 し た こ と が あ り 、 近 習 に な る 前 か ら ベ ル ガ ミ と 知 り 合 って い た が 、 キ ャ ロ ラ イ ン に 解 雇 さ れ た 男 で あ った 。 王 妃 は 姿 を 見 せ た マ ジ ョ ッ キ に し ば し 目 を 注 ぐ と 、  コア・ オ ド ー レ、  お ー ノ : ノ ー L   ( 6 げ Φ o 鎚 ○ 居 Φ 一 〇ず " ロ ρ ⇒ o ) あ る い は ﹁ 裏 切 り 者 ﹂   ( け巴 ⇔ α 同け O 増 ① ) と 興 奮 し た 甲 高 い声 で 叫 ん で 立 ち 上 が り 、 ア ン ・ ハミ ル ト ン に 伴 わ れ て議 場 か ら 出 て 行 った 。 マ ジ ョ ッキ は キ ャ ロラ イ ンが ナ ポ リ に 滞 在 し て い た と き 、 彼 女 の住 居 で 彼 女 が 夜 中 に 廊 下 を 通 って ベ ル ガ ミ の 部 屋 に行 く の に 二 回 気 づ い た こ と 、 ベ ル ガ ミ の部 屋 に 最 初 は 一 〇 ∼ 一 五 分 、 二度 目 は 一五 ∼ 一八 分 位 い た こ と 、 部 屋 か ら さ さ や き が 聞 か れ た こ と 、 朝 食 は ベ ル ガ ミ と 二人 で と って い る こ と が 多 か った な ど 、 法 務 長 官 の質 問 に 通 訳 を 介 し て 答 え た 。 ま た キ ャ ロ ラ イ ン 一 行 が ジ ャ ッ フ ァや チ ュ ニ ス へ 船 で 旅 行 し た                           と き の 船 室 の 配 置 図 も 示 し た。   こ れ に 対 す る ブ ル ー ム の 反 対 尋 問 は、 マ ジ ョ ッキ の証 言 の 信 憑 性 を 確 か め る 意 図 か ら 、 彼 が 当 時 の イ ギ リ ス 人 の近 習 た ち に つ い て ど の程 度 知 って い る か に つ い て 詳 細 に 尋 ね た 。 寝 室 付 き の レデ ィ ・ シ ャ ー ロ ット ・リ ン ゼ イ ( そ の 後 任 は後 出 の イ タ リ ア 人 オ ルデ ィ伯 爵 夫 人 ) 、 海 軍 士 官 ハウ ナ ム、 ホ ラ ンド 医 師 ら が 同 行 し て い た 。 彼 の証 言 で は あ た か も キ ャ ロ ラ イ ン と ベ ル ガ ミ だ け が 核 と な って 生 活 し 、 旅 行 し て い た か の 印 象 を 与 え た か ら で あ る。 イ ギ リ ス 人 近 習 に 関 す る 質 問 に は 、 大 部 分 ..⇔ § 巨 鼠8 a o 、、 ( 覚 え て い ま せ ん ) と 答 え 、 や は り ベ ル ガ ミ と の 関 係 の み を 浮 き 彫 り に し た 。 ミ ラ ノ 委 員 会 で 証 言 し た 際 、 ウ ィ ー 20

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キ ャ ロラ イ ン王 妃 と貴 族院 の 「裁 判 」 ンから ミ ラ ノ への 旅 費 が 出 て い た こと も 、 彼 が 言 を 左 右 し て いる こと             ⑳ から 理解 さ れ た。 マジ ョ ッキ への尋 問 は三 日 聞 に 及 ん だが 、 議 員 の 質 問 で 注 目 を惹 く のは、 エレ ン バ ラ侯 と そ の質 問 を 継 いだ グ レイ に よ る も のであ っ た。 そ れ はベ ル ガ ミ の部 屋 に 妃 が 行 っ た と いう彼 の 証 言 に 関 し て彼 女 のそ の と ぎ の服 装 を 尋 ね たが 、 ま た も 覚 え て いな いを繰 り 返 し、 自 分 は眠 っ て い たと 答 え て議 員 の笑 いを 誘 い 、 目 は つぶ っ て い                           ⑳ た ので知 ら な い、 と 言 い直 し た。 証 言 の 核 心 部 分 が 不 確 か な も のであ る ことが 露 呈 され た の であ る。   ブ ルー ム の 強 い希 望 で マジ ョ ッキ は 八月 二四 日 と 九 月 七 日 に さ ら に 証 人 台 に立 っ た。 ブ ルー ムは自 身 で調 べ た 証 拠 を 持 っ て、 マ ジ ョ ッ キ が 昨 年 ハ イ ア ット に仕 え てグ ロス タ ーに 滞 在 し て いた こと を確 認 し、 そ の 時 期 に乗 合 馬 車 の中 であ るイ ギ リ ス人 に ベ ルガ ミが自 分 の 賃 金 を 引 き 下 げ よう と し て いた と 不 満 を 語 り 、 キ ャ ロライ ンに つ いて ﹁ 善 良 な 女性 ﹂  ( び ¢ o 津 α ○ 口 昌 9。 ) であ り、 だ が ﹁ 悪 い 者 た ち﹂ に 囲 ま れ て " た と語 っ たと いう 答 え を 引 き 出 し た 。 さ ら に すば ら し い 分 別 の あ る女 性 で、 彼 女 の 不適 切 な 見 苦 し い行 動 はま っ た く 見 た こ と が な い と 語 り 、 ま た ﹁ ま こ と に 虐 げ ら れ た 女 性 ﹂ ( 餌 津 鎧 爵 貯 貰 & 蓉 ヨ 碧 ) と語 っ た ので は な か っ た か、 馬 車 の中 で妃 を お と し め る よ う約 束 さ せ ら れ た ので は な い か、 と いう ブ ルー ムの執 拗 な 質 問 に は、   ..昌 8 髯帥 証 8鼠 o .、 と 繰 り 返 し、 前 回 証 言 し た こと 以 上 に は述 べ て いな いと も 主     ⑳ 張 し た。 ブ ルー ムは彼 の ﹁ 善 良 な 女 性 ﹂ と いう 表 現 が ﹁ 親 切 な分 別 の あ る善 良 な道 徳 的 な女 性 ﹂ と いう 意 味 であ っ た のか ど う か に は疑 問が 残 る と述 べ たが 、 証 人 が ベ ル ガ ミ に不 満 を 抱 い て いた こと は明 白 に な っ た。 九 月 七 日 の喚 問 で は、 マジ ョ ッキが 国 王 の死 去 前 後 の時 期 に 旅 費 を 貰 って ロ ンド ン に 来 て い た こ と 、 そ の と き ミ ラ ノ 委 員 会 の 中 心 だ                                           ⑪ った パ ウ エ ル と 会 っ て い た こ と が 明 ら か に な った 。 証 言 の 作 為 性 が 問 わ れ た の で あ る。 ..昌 8 馘 臥8 巳 o 、、 は と き の は や り 言 葉 と な り 、 嘲 笑 の 種 に な つ た 。   二 人 目 の 証 人 ゲ タ ノ ・ バ ト ゥ ル ゾ は ナ ポ リ 在 住 の 商 船 の 船 長 で あ り 、 や は り ミ ラ ノ 委 員 会 の 聞 き 込 み 調 査 に 応 じ た 人 物 で あ る。 証 言 に よ る と 、 彼 は 三 〇 〇 ト ン ほ ど の 自 分 の船 で 一 八 一六 年 に キ ャ ロ ラ イ ン 一 行 を シ シ リ ー 、 チ ュ ニ ス、 マ ル タ か ら イ ェ ル サ レ ム ま で 案 内 し た 。 一 行 は ﹁ 聖 キ ャ ロ ラ イ ン 騎 士 団 ﹂ と 称 さ れ 、 同 行 者 は ベ ル ガ ミ、 ウ ィ リ ア ム ・オ ー ス テ ィ ン ( 妃 が イ ギ リ ス 在 住 中 に 引 き 取 り 、 養 子 の よ う に 育 て て き た 者 ) 、 最 初 の証 人 テ オ ド ー レ ら で あ り 、 キ ャ ロ ラ イ ン と ベ ル ガ ミ が デ ッキ で 腕 を 組 ん で 歩 い て い た こ と 、 地 中 海 で は 高 温 と な った た め デ ッ キ に テ ント を 張 り 、 妃 が ソ フ ァ ー に ベ ル ガ ミ。 が ベ ッド に 座 って い た こ と 、 当 地 へ来 る旅 費 は イ ギ リ ス 当 局 の 負 担 で自 分 は 一 切 出 し て い な い し 、 自 分 の 休 業 補 償 と し て 一ケ 月 に つ き 八 〇 〇 ド ル を 要                                                 ⑫ 求 し た ( こ の 金 額 に 驚 き の 声 が 上 が った ) 、 な ど と 述 べ た 。 彼 の証 言 は さ き の マジ ョ ッ キ の証 言 と 重 な る こ と が 多 か った 。   三 人 目 の 証 人 ヴ ィ ン ケ ン ザ ・ ガ ル ギ ュウ ロ は、 キ ャ ロ ラ イ ンが チ ュ ニ ス や ギ リ シ ア に 旅 行 し た 際 に 乗 った 帆 船 の 持 ち 主 で あ り 、 前 の 二 人 の 証 人 と 同 じ 場 面 の 情 景 に つ い て 類 似 の 証 言 を し た 。 ベ ル ガ ミ が デ ッ キ の 大 砲 の 上 に 座 っ て い て、 キ ャ ロ ラ イ ンが そ の 膝 の 上 に 座 り 、 二 人 が キ ス を し て い る の を 見 た 。 そ れ は 一 度 だ け で は な か った し 、 ま た デ ッキ を 歩 く と き 、 妃 は ベ ル ガ ミ の 左 腕 を 取 っ て い た と も 述 べ 、 類 似 の 証 言 だ が 一 層 具 体 的 だ った 。 だ が 大 砲 に 関 す る 話 は 、 後 の 王 妃 側 ブ リ

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ン の 証 言 に 出 る 英 海 軍 の 砲 艦 上 の こ と と 思 わ れ 、 信 憑 性 に 乏 し い 。 こ の 証 言 に 入 る 前 に 証 人 同 士 が 事 前 に 話 し 合 う こ と を 禁 止 す べ き だ と い う 問 題 が 提 起 さ れ 、 禁 止 す る方 針 が 決 ま って い た が 、 事 前 協 議 を し た よ う で あ った 。   第 四 の証 人 は 二 年 足 ら ず の 間 料 理 人 と し て キ ャ ロ ラ イ ン に 仕 え て い た フ ラ ン チ ェ ス コ ・ ビ ロ ー ロ で あ り 、 や は り ギ リ シ ア 旅 行 な ど に 同 行 中 、 船 のデ ッ キ で 彼 女 と ベ ル ガ ミ が 手 を 取 り 合 って 歩 い て い た 、 彼 女 の寝 室 か ら 出 て く る ベ ル ガ ミ と 出 会 い 咎 め ら れ た 、 な ど と 述 べ た 。 ま た 金 銭 問 題 で ベ ル ガ ミ に 不 満 が あ り 何 度 か い さ か い が あ った 、 と も 答                                                   ⑭ え 、 こ の証 言 と ベ ル ガ ミ へ の 反 感 の 関 連 性 も う か が わ せ た 。   第 五 の証 人 サ ミ ュ エ ル ・ ジ ョ ー ジ ・ペ ッ チ ェ ル は 一 八 一 五 年 当 時 イ ギ リ ス海 軍 の ク ロリ ンド 号 の 艦 長 で 、 キ ャ ロ ラ イ ン を ロー マ近 く の チ ビ タ ヴ ェ ッ キ ア か ら ジ ェ ノ ヴ ァま で 運 ん だ 、 こ の と き は イ ギ リ ス か ら 来 た シ ャ ー ロ ッ ト ・リ ン ゼ イ ら が 同 行 し て お り 、 ベ ル ガ ミ が 召 使 と し て 加 わ って い た な ど 短 い 証 言 だ った 。   第 六 の証 人 イ ギ リ ス海 軍 の ト マ ス ・ ブ リ ッグ ズ は 一 八 一 五 年 に リ ヴ ァイ ア サ ン号 の 艦 長 を 務 め て い た 。 同 艦 が キ ャ p ラ イ ン 一 行 を ジ ェ ノ ヴ ァ か ら シ シ リ ー へ運 ん だ と き 、 一 行 に は オ ル デ ィ伯 爵 夫 人 、 ベ ル ガ ミ そ の 他 が 含 ま れ 、 キ ャ ロ ラ イ ン の 希 望 で ベ ル ガ ミ の 船 室 を 彼 女 の 部 屋 の 近 く に 設 定 し た 。 二 人 が 手 を 取 り 合 って 船 内 を 歩 い て い た 、 食 事 も 二人 で 取 って い た 、 と 証 言 。 メ ッ シ ナ か ら の 帰 路 は ク 灘リ ンド 号 を 使 った 。   第 七 の 証 人 ピ エト ロ ・ペ ッ チ は ト リ エ ス テ の 宿 屋 の 主 人 で 大 ホ テ ル の 代 理 人 も し て お り 、 キ ャ ロ ラ イ ン 一 行 が 同 地 を 訪 れ た と き の 状 況 を 証 言 し、 や は り彼 女 と ベ ル ガ ミが 手 を 取 り 合 っ て 歩 いて い た、 と 証 言 。 ミ ラ ノ委 員 会 でブ ラウ ン大 佐 や パ ウ エル 弁 護 士 の調 査 を受 け た こ                                                       ⑰ と は確 答 し たが、 二人 の寝 室 の詳 細 な 様 子 は 知 ら な い と 答 え た。   第 八 の証 人 ジ ェー ン ・ バ ーバ ラ ・ ク レ ス は カー ル ス ルー 工 在 住 の 二 五 歳 のド イ ッ 人 女 性 、 当 時 同 地 の宿 屋 ポ スト ・ イ ンに 部 屋 付 き 女 中 ( H( Φ 一一 Φ N 薩b P 鋤 同傷 ) と し て 住 み込 ん で お り、   こ の宿 にキ ャ ロライ ンらが 一 週 間余 り投 宿 し たと いう 。 証 人 は通 訳 を 通 し て 夕刻 七時 か ら 八時 の ころ、 ベ ルガ ミ の寝 室 に水 を持 参 し たと こ ろ 、 ベ ルガ ミ が ベ ッ ド に横 た わ り、 キ ャ ロラ イ ンは そ の近 く に座 って いた。 ク レ ス が 部 屋 に 入 っ た と き は ベ ルガ ミが キ ャ ロライ ンの首 に腕 を 巻 い て いて、 彼 女 は急 い で 起 き 上 が っ た、 ま た ベ ルガ ミ の寝 室 の ベ ッ ド を 整 え て いた とき 、 女 物 の上着 を見 か け た、 ベ ッド に濡 れ たし みが つい て いた、 な ど と国 王                           側 の法務 長官 の 尋 問 に答 え た。 ブ ル ー ム は証 言 の信憑 性 を 確 か め る た め、 証 人 の生活 実 態 と 身 辺 状 況 に つい て詳 細 に質 問 し た が、 こ の 質 問 に 保 守 派 の 議 員 か ら異 議 が 出 され 、 王 妃 側 の反 対 尋 問 を 制 限 す べ き だ と いう 主張 を めぐ る論 議 で丸 一 日 を費 や し た。 翌 八月 二九 日 、 事 例 の 特 殊 性 に鑑 み 王妃 の 法 律 顧 問 団 を 出席 さ せ、 そ の考 え ると お り に反 対 尋 問 を進 め る、 と いう リ ヴ ァ プ ー ル 首 相 の動 議 を賛 成 = 二 、 反 対 一 〇 六 の 一 五票 差 で 可決 し た。 そ の後 ク レ ス への 質 問 が 続 け ら れ、 彼 女 は ベ ルガ ミ の 寝 室 で 二 人 を見 た の ち オ ル デ ィ 伯 爵 夫 人 の寝 室 に水 を 持 参 し た が、 そ こに キ ャ ロラ イ ン も い た、 さ ら に議 員 マ ンス フ ィー ルド 伯 爵 の質 問 に対 し、 朝 ベ ルガ ミ の ベ ッド に し み を見 たが 、 二人 が 寝 た                                     ⑫ 跡 のよ う に は 見 え な か っ た、 など と 答 え た。   九 人 目 の 証 人 は イ タ リ ア系 スイ ス人 でヴ ェ ネ ッ ィア に 住 む ジ セ ッ 22

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暑 キ ャ ロ ラ イン王 妃 と貴族 院 の 「裁 判 」 ピ ・ ビ ア ン キ で 、 ホ テ ル の ガ ー ド マ ン。 ベ ル ガ ミ 、 マ ジ ョ ッ キ ら を 伴 った キ ャ ロ ラ イ ン 一 行 を 二 回 見 か け た 、 二 回 目 のと き は ﹁ ベ ル ガ ミ 男 爵 ﹂ と 呼 ば れ て お り 、 二 人 は し ば し ば 手 を 取 り 合 って 歩 い て い た 、 な ど と 短 く 証 言 し た 。 一 〇 人 目 の 証 人 パ ゥ ロ ・ ラ ガ ゾ ー 二は ヴ ィ ラ ・ デ ス テ の石 工 で 二 〇 ∼ 三 〇 人 の職 人 を 雇 って 仕 事 を し て い た 。 彼 は キ ャ ロ ラ イ ンと ベ ル ガ ミ は ア ダ ム と イ ヴ の よ う に 見 え 、 同 地 の 劇 場 で 共 演                               ⑳ し た こと も あ った 、 な ど と 証 言 し た 。   次 の証 人 ヴ ィ ラ ・ デ ス テ の 庭 師 親 方 ジ ェ ロラ モ ・ メ ジ ャ ニ ( ヒ エ ロ ニ モ ー ミア ルデ ィ) は 、 ベ ル ガ ミ は貧 し い男 だ が 、 キ ャ ロラ イ ン に 仕 え て カ ヌ ー や 馬 車 で し ば し ば 二 人 一 緒 に い る の を 見 か け 、 ベ ル ガ ミ の 膝 の 上 に キ ャ ロラ イ ンが 座 り キ ス を し て い た こ と も あ り 、 夫 婦 の よ う に 見 え た 、 な ど と 証 言 。 テ ィ ンダ ル 判 事 の 反 対 尋 問 に 対 し 、 ミ ラ ノ 委 員 会 で は 自 分 が 話 し た こ と が す で に 書 面 に 書 か れ て お り 、 そ れ に 署 名 し た 、 立 ち 会 った イ ギ リ ス人 の 一 人 は ブ ラ ウ ン 大 佐 だ った な ど と 述 べ ⑪ た 。 次 の証 人 パ オ ロ ・オ ギ オ エは 一 八 一 七 年 ま で ヴ ィ ラ ・ デ ス テ で キ ャ ロ ラ イ ン に 仕 え て い た 料 理 人 で 、 キ ャ ロ ラ イ ンと ベ ル ガ ミが し ば し ば 一 緒 に 手 を 取 り 合 って 行 動 し 、 炊 事 場 に も よ く 来 た 、 地 域 の舞 踏 会 のと き キ ャ ロ ラ イ ンも 二 度 加 わ った こ と が あ る が 、 地 域 の 人 を 相 手 に し て は 踊 ら ず 、 一 人 で 踊 る か 、 と き に は ベ ル ガ ミ と 踊 って い た 、 な ど       ⑫ と 述 べ た 。   一三 人 目 の ルイ ー ザ ・ デ ュ モ ント は ボ 獄 ー ニ ャ出 身 の 女 性 、 フ ラ ン ス語 を し ゃ べ る 着 飾 った 女 性 で あ り 、 議 場 の 注 目 を 浴 び た 。 彼 女 は ロ 1 ザ ン ヌ で キ ャ ロ ラ イ ンに 雇 わ れ 仕 え る こ と に な り 、 侍 女 と し て 以 後 ナ ポ リ な ど に も 同 行 し た 。 ベ ル ガ ミ は 廷 臣 と し て キ ャ 獅ラ イ ン に 仕 え て お り 、 ナ ポ リ に 着 く ま で は 妃 は オ ー ス テ ィ ン と 寝 室 を 共 に し て い た が 、 コ ニ 歳 に な って 大 き く な り す ぎ 、 近 く の 小 部 屋 に 移 し た 。 寝 室 に は オ ー ス テ ィ ンと ベ ル ガ ミ が 居 た こ と が あ る、 ナ ポ リ 滞 在 中 あ た り か ら 妃 と ベ ル ガ ミ は 親 密 に な った 、 ベ ル ガ ミが シ ャ ツ以 外 は 靴 下 も 履 か ず ス リ ッ パ が け で 自 室 か ら 出 て 妃 の 部 屋 に 向 か う の に 出 く わ し 、 自 分 は 身 を 隠 し た 、 妃 も そ の と き 自 室 で 衣 装 を つ け て い な か った 、 な ど と 証 言 し た 。 ベ ル ガ ミ と 妃 が 一 緒 に 食 事 を し て い た な ど 、 こ れ ま で の証 言 と 共 通 す る こ と も 多 い が 、 英 語 を 若 干 解 す る 彼 女 の イ ギ リ ス 人 同 行 者 に つ い て の 惰 報 は よ り 詳 し く 、 ま た 妃 は ア ウ グ ス タ で 彼 女 め 肖 像 ( ト ル コ女 性 の ス タ イ ル ) を 描 か せ た が 、 ト ル コ服 を 着 た ベ ル ガ 、ミ の 肖 像 画 も 見 た こ と が あ る 、 キ ャ ロ ラ イ ン は ベ ル ガ ミ に ﹁ そ な た ﹂ (讐 ) と 呼 び か け て い た が 、 ベ ル ガ ミ の 方 は ﹁ お 妃 ﹂   ( ℃ 暦 H昌 O Φ ω ω) と 呼 ん で い た 、 と も 述 べ た 。 し か し 証 人 が 提 出 し た 手 紙 に よ っ て、 キ ャ ロ ラ イ ン に 深 い愛 着 を 持 つ自 分 が ベ ル ガ ミ に 嫌 わ れ て 解 雇 さ れ た こ と に 不 満 を も ち 、 ペ サ ロ に い る 妹 も 解 雇 さ れ る こ と に な り 、 お 金 が な く て 困 っ                         ⑬ て い る こ と も 明 ら か に な った 。   次 の証 人 ル イ ゴ ・ガ ルデ ィ ニは ヴ ィ ラ ・ デ ス テ 近 郊 に 住 む 石 工、 ア レ ッ サ ン ド ロ ・フ ィ ネ ッ テ ィ ス は 装 飾 ペ ン キ エ で あ り 、 キ ャ ロ ラ イ ン と ベ ル ガ ミ が 手 を 取 り 合 って 歩 い て い た 、 並 ん で 座 って ベ ル ガ ミ が 手 を 延 ば し て 妃 の首 を 抱 い て い た 、 あ る い は キ ス を し て い た 、 な ど と 証 言 し た 。 続 い て 短 い 証 言 だ が 、 ド ミ ニ コ ・ ブ ル ー ゾ ( ヴ ィ ラ ・ デ ス テ 地 域 の 石 工 ) 、 ア ン ト ニ オ ・ ビ ア ン キ (コ モ 地 区 の 住 民 ) 、 ジ ョ ヴ ァ ン ニ ・ル ッ チ ー 二 ( ヴ ィ ラ ・ デ ス テ で 仕 事 を し て い た 塗 装 工 ) 、 カ ル ロ ・ カ ラ ヅ チ ( あ る い は ラ ン カ ッチ 、 ヴ ィ ラ ・ デ ス テ か ら 二年 間 妃 に 仕 え

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た 菓 子 屋 ) 、  ブ ラ ン チ ェ ス コ ・ ガ ッシ ー ノ   ( あ る い は カ ッ シ ー ナ 、 コ モ近 郊 の 石 工 、 ヴ ィ ラ ・ デ ス テ で 一 七 年 間 働 い て い た ) 、 ジ セ ッ ペ ・ ラ ス テ リ ( 妃 に 仕 え て い た 配 膳 係 ) の 六 人 が 立 った 。 彼 ら は 妃 と ベ ル ガ ミ が 手 を 取 り 合 って 歩 い て い た 、 乗 り 物 に ベ ル ガ ミが 座 り 、 妃 が 膝 の 上 に 座 って い た 、 二 人 が キ ス を 交 わ し て い た 、 な ど 先 の証 言 と 共 通               ⑭ す る こ と を 述 べ た 。   二 二 人 目 ジ セ ッペ ・ エガ リ ( ま た は ガ リ 、 ミ ラ ノと コ モ の 中 間 に あ る ク ラ ウ ン ・ イ ン の給 仕 ) は 、 キ ャ ロ ラ イ ン 一 行 一 〇 名 余 り が 夕 食 に 訪 れ 、 立 ち 去 る前 に 妃 と ベ ル ガ ミが キ ス を し 、 ベ ル ガ ミ が 妃 の 方 を 抱 い て い た 、 次 の ジ セ ッペ ・ デ ル ・ オ ル ト ( ヴ ィ ラ ・ デ ス テ で 妃 に 仕 え て い た パ ン 屋 ) は、 庭 で ベ ル ガ ミ が 妃 を 抱 き 、 キ ス を し て い た 、 ジ セ ッペ ・ グ ル ジ ア デ ィ (コ モ湖 の ボ ー ト 屋 ) は ボ ー ト で 二 人 を 劇 場 に 連                                                           ⑮ れ て行 った 、 二 人 が 四 回 ほ ど キ ス を す る の を 見 た 、 な ど と 述 べ た 。   二 五 人 目 の証 人 ジ セ ッペ ・ サ ッ キ は 一 年 間 ヴ ィ ラ ・ デ ス テ な ど で キ ャ ロ ラ イ ン に 従 者 と し て 仕 え た 男 で 、 ベ ル ガ ミ と 妃 が 手 を 取 り 合 って 歩 い て い た 、 二 人 で 寝 室 に 入 り 出 て こ な か った 、 二人 が 並 ん で 寝 込 ん で 陰 部 あ た り に 手 を 置 い て い た 、 な ど 縷 々述 べ た 。 ブ ル ー ム の 反 対 尋 問 で、 自 分 は ボ ラ ン テ ィ ア で は な い の に 、 従 者 と し て 安 定 し た 給 与 は 貰 え ず 、 経 済 的 理 由 の た め 妃 か ら 解 雇 さ れ 、 そ の 後 は 仕 事 が な い と 述                                       ゆ べ 、 不 満 を も って い る こ と が 明 ら か に な った 。 次 に 在 英 時 代 か ら 妃 が 口 座 を も って い た ク ー ツ 銀 行 の 出 納 係 ロバ ー ト ・ ヘア の 短 い 証 言 が あ り 、 最 後 に 四 度 テ オ ド ー レ ・ マジ ョ ッキ が 召 喚 さ れ ブ ル ー ムら の 尋 問 が 行 わ れ た 。 彼 は 読 み 書 き が で き な い ( 自 分 の名 前 ぐ ら い し か 書 け な                   い ) こ と が わ か った 。   告 発側 の 二六 人 の証 人 喚 問 は王 妃 キ ャ ロライ ンと ベ ルガ ミ の 親 密 ぶ り と密 通 を思 わ せ る多 く の証 言 を引 き 出 し て終 わ っ た。 証 言 か ら明 ら か な よう に、 主 な 証 人 た ち は従 者 、 料 理 人 な ど何 ら か の 形 で キ ャ ロラ イ ンに雇 われ た か出 仕 し て いた 者 で あ り、 解 雇 や 低報 酬 など で ベ ルガ 、・・ と キ ャ ロライ ンに金 銭 的 に不 満 を も つ者 た ち であ っ た。 証 言 内 容 の 多 く は た ちま ち戯 画 化 さ れ、 多 く の パ ン フ レ ッ ト や雑 誌 に掲 載 され て 広 ま っ た。 し かし議 会 に お いて、 現 王妃 に つい て の 、 こ のよう な 不透 明 な嫌 悪 をも よ おす 不 快 な ﹁ 密 通し の 次 第 が 事 細 か に話 され る の は前 代 未 聞 の こと であ り、 国 王 の明 ら かな 無 理 押 し に、 リ ヴ ァ プ ー ル 首 相 ( 伯 爵 ) と 貴 族 院 はま さ に良 識 を 失 っ て いた のであ る。 一 方 、 キ ャ ロ ライ ンを虐 げ る原 因 と な っ た国 王 の大 っ ぴ ら な 女 性関 係 や ﹁ 密 通 ﹂ は 何 ら 問 題 と さ れ な か っ た。 院 外 に お い て は、 貴 族 院 の ﹁ 裁 判 ﹂ が 始 ま ると キ ャ ロライ ンを擁 護 す る 急 進 派 や 一 般 民衆 の 興 奮 は極 度 に高 ま り 、 彼 女 が 最 初 に 貴 族 院 に出 頭 し た と き、 ハ マ ー ス ミ ス地区 か ら ウ ェ スト ミ ン スタ ー に至 るま で彼 女 を 歓 迎 す る群衆 が 街頭 を埋 め つ く し、 彼 女 の馬 車 の前 後 に は 群 衆 が 列 を つく り、   ﹁ ゴ ッ ド ・ セイ ヴ ・ ザ ・ ク ィー ン し と 歓 声 を あ げ なが ら 進 んだ。 当 局 は 数 百 人 の 特 別警 官 を道 筋 に配 置 し た。 刑 罰 法案 の審 議 の停 止 と廃 案 を 求 め る数 多 く の 請 願 が 各 地 のグ ル ープ や 団 体、 女 性 グ ル ープ から 両 院 に寄 せ ら れ た。 ま た八 月 初 め から の彼 女 の住 居ブ ラ ンデ ン ブ ルグ ・ハ ゥ ス の周 囲 は王妃 を支 援 す る群 衆 が 連 日集 ま っ た 。 な か でも と く に 象 徴 的 だ っ た のは数 千入 か ら な る海 軍 の水 兵 や 商 船 の船 員 た ち が、 王妃 支 持 の意思 表 示 のた め水 路 と 陸 路 でブ ラ ン デ ン ブ ルグ ・ハ ゥ スに集 ま っ てき た こ と であ っ た。 忽

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キ ャ ロ ライ ン王 妃 と貴 族 院 の 「裁 判 」 三    王 妃 の   コ 裁 判 L iiそ の 二   王 妃弁護側 の 証言   国 王 側 ご六 人 の証 言 は九 月 七 日 にす べ て を 終 り、 法 務 副 長官 は そ れ ら の証 言 を 要 約 し 、 法 案 を 支 持 す る証 拠 は整 っ た と述 べ た。 議 員 の 中 に はも は や王 妃 側 の反 証 や 弁 論 の必 要 はな いと い っ た 一 方 的 な意 見 を 出 す 者 も い たが 、 リ ヴ ァ プ ー ル は翌 八 日、 王妃 側 の 法 律顧 問 団 の 希 望 が あ れ ば 、 例 証 し た いと 考 え る証 拠 資 料 を 示 し て 審 議 を 進 め る よ う提 案 し た。 ブ ルー ム ら 法 律 顧 問 団 はそ の弁 護 の準 備 のた め若 干 の時 間 が 必要 と 主張 し、 三週 間 後 の月 曜 日 一 〇 月 三 日 にブ ル ー ム の弁 論 か ら 始 め る こ と に な っ た。 そ の弁 論 の中 でブ ル ー ム は キ ャ ロライ ンの嫁 入 り のとき か ら説 き 起 こ し、 故 人 の 首 相 ピ ット ( 小 ) 、 同 パ ー シヴ ァル 、 ホイ ヅ トブ レ ヅド ら有 力 政 治 家 が 王 妃 を 支 持 し て いた し 、 今 回 の証 言 は肝 心 のと ころ で 不明 な こ と が 多 く 、 ま た ﹁ 覚 え て いな い﹂ を 繰 り 返 す な ど、 法 務 副 長 官 が 理 解 し た ほど に は信 憑 性 が な い。 ナポ リ で はイ ギ リ スか ら シ ャー ロ ッ ト ・ リ ンゼイ 、 シ ャー ロ ッ ト ・ キ ャ ム ベ ル、 フ ィン チな ど の 貴 婦 人 た ちが 王妃 の旅 に合 流 し て お り、 イ タリ ア人 の召 使 た ち が述 べ た現 場 に いた はず であ る。 王 妃 の近 習 だ っ た マ ジ ョ ッキ の証 言 も肝 心 な と ころ で 不鮮 明 であ り、   ..口 8 臼団 臥 8 a O .、 を 繰 り返 す 仕 末 だ っ た、 と 力 説 し た。 こ の よう な ブ ルー ムの弁 論 は翌 日 ま で続 き、 そ の中 で 一 八〇 四年 = 月 = 二 日付 け の 岳 父 ジ ョー ジ 三世 の愛 情 あ ふれ た キ ャ ロライ ン 宛 て の 手 紙 も資 料 に提 出 し た。   ブ ル ー ム に続 い て 弁 護 団 のウ ィリ ア ムズが 弁 論 に 立 ち、 翌 五 日 ま で 論 陣 を 張 り、 寝 室 に お け る キ ャ ロライ ン の 様 子 を説 明 し なが ら、 妃 が 着 て い た衣 装 を 覚 え て いな いと述 べ たデ ュモ ント の 証 言 の 信 憑 性 は認                       ⑭ め ら れ な い、 な ど と 論 じ た 。 こ の 日 の 午 後 か ら 弁 護 側 が 準 備 し た 証 人 へ の 尋 問 が 始 ま った 。   最 初 の 証 人 ジ ェ イ ム ズ ・ レ マ ン は 、 王 妃 の 指 示 に よ り 、 証 人 と し て バ ー デ ン大 公 の侍 従 を 当 地 に 招 致 す る 書 簡 を 持 参 し て カ ー ル ス ル ー ユ                                             ゆ ま で 行 って き た が 、 大 公 に 拒 否 さ れ た と の み 述 べ た 。 第 二 の証 人 ア ン ト ニー ・ ブ ラ ー ・セ ン ト ・レ ガ ー は 一八 〇 九 年 か ら 一八 一九 年 ま で 王 妃 の侍 従 を 務 め た 人 物 だ が 、 大 陸 へは 最 初 のブ ラ ウ ン シ ュヴ ァイ ク ま で 同 行 し 、 そ こ で 妃 と 分 か れ て 帰 国 し た 。 そ の後 体 調 を く ず し て い た                       な ど 簡 単 な 証 言 で あ った 。   次 に 証 言 に 立 っ た ギ フ ォ ー ド 伯 ( 五 代 伯 、 本 名 フ レ デ リ ヅ ク ・ノ ー ス 、 父 は 首 相 を 務 め た ) は 一八 一五 年 三 月 に ナ ポ リ で キ ャ ロ ラ イ ン 一 行 を 訪 ね て し ば ら く 同 行 し 、 そ の 後 同 年 一 一 月 に 短 期 間 ヴ ィ ラ ・ デ ス テ に 訪 ね て 妃 と 会 った 。 ナ ポ リ で は 一 行 は レ デ ィ ・シ ャ ー ロ ット ・フ ォ ー ブ ス、 ウ ィ リ ア ム ・ ゲ ル 、 ケ ッペ ル ・ク レイ ヴ ン、 医 師 ホ ラ ンド ら 英 人 で あ り 、 従 者 と し て ベ ル ガ ミ も 見 か け た 。 一 一 月 に は ヴ ィ ラ ・ デ ス テ で 妃 と 一 緒 に 食 事 を し た が 、 ベ ル ガ ミ も 同 じ 食 卓 に い た 、 と 証 言 し た 。 法 務 長 官 の 反 対 尋 問 に 対 し て 、 ギ フ ォ ー ド 伯 の 妹 シ ャ ー ロ ッ ト ・リ ン ゼ イ は 自 分 よ り 一 足 遅 れ て 一 行 に 加 わ り 、 寝 室 付 き の 役 を 務 め 、 一八 一 七 年 五 月 初 め に 自 主 的 に 辞 め た こ と 、 そ の 後 任 は イ タ リ ア 人 の オ ルデ ィ伯 爵 夫 人 が 務 め て い た 、 ヴ ィ ラ ・ デ ス テ で 妃 が 男 と 手 を 取 り 合 って 外 を 歩 く な ど 見 た こと は な い が 、 ボ ー ト に ベ ル ガ ミ と 一 緒 に 乗 って い る の は見 か け た 、 彼 は 漕 ぎ 手 で あ り 、 妃 に 対 す る 見 苦 し い 行 い な ど ま った く 見 な か った 、 と 述 べ た 。   第 四 の 証 人 グ レ ン バ ー ヴ ィ卿 は 、 妻 の レデ ィ ・ グ レ ンバ ⋮ ヴ ィ ( ノ

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ー ス 元 首 相 の娘 ) が 、 以 前 に キ ャ ロ ラ イ ン の 寝 室 付 き を 務 め て い た 関 係 で 、 ジ ェ ノ ヴ ァで 妃 一 行 を 迎 え た と き 、 正 式 の 寝 室 付 き の レ デ ィ ・ シ ャ ー ロ ット ・ キ ャ ム ベ ルが 到 着 す る ま で の間 、 そ の 役 を 務 め た 。 ベ ル ガ ミ は 召 使 い  ( oり⑦ 吋 く O ⇔ 什)   の 服 装 を し て い た か と い う 反 対 尋 問 に                                                       ゆ 対 し 、 従 者 の 服 装 を し て お り 一 種 の ス ペ イ ン服 だ った と 答 え た 。   レデ ィ ・シ ャ ー ロ ヅト ・ リ ンゼ イ ( 前 出 ノ ー ス 元 首 相 の娘 ) が 次 の 証 人 で あ る 。 証 言 に よ れ ば 、 彼 女 は 一八 〇 八 年 に 最 初 に キ ャ ロ ラ イ ン に 仕 え 始 め、 妃 が 一 四 年 に 大 陸 へ 渡 った と き に ブ ラ ウ ン シ ュヴ ァ イ ク ま で 同 行 し た 。 そ の後 一八 一五 年 三 月 に ナ ポ リ で 妃 一 行 に 加 わ り 、 一 七 年 に 辞 め る ま で 寝 室 付 き を 務 め た 。 ベ ル ガ ミ と は よ く 会 って い た が 、 彼 は 従 者 で あ り 、 自 分 と 妃 が 外 を 歩 い て い る と き は 少 し 遅 れ て 歩 い て い た 。 反 対 尋 問 に 対 し 、 妃 が ベ ル ガ ミ と 手 を 取 り 合 って 歩 い た な ど ま った く 想 い起 こ す こ と は で き な い 、 と 繰 り 返 し 述 べ た 。 ま た ベ ル ガ ミが 寝 室 に い た の で は な い か と い う 問 い に 対 し 、 わ れ わ れ は 寝 室 で 食 事 を し て い た の で 、 彼 も 寝 室 に い た 。 私 は 妃 と ウ ィ リ ア ム ・オ ー ス テ ィ ン の 三 人 で 食 事 を し 、 涌 常 ベ ル ガ ミ は 召 使 い と し て 後 ろ に 侍 って い た 。 少 な く と も 私 が 妃 と 同 行 し て い た 間 は 、 ベ ル ガ ミ は あ く ま で 従 者 ( O O 二 目 一① 同 ) と し て 行 動 し て お り 、 ま た ベ ル ガ ミ の 妹 が ナ ポ リ で 妃 に 仕 え た と か 、 彼 の 弟 や 母 親 も 仕 え て い た と い う こ と は ま った く 知 ら な い 。 ベ ル ガ ミ の 子 供 ( 妃 が 生 ん だ ? ) な ど 見 た こ と は な い。 妃 は 上 流 階 級 に ふ さ わ し い 行 い を し て お り 、 不 謹 慎 な こ と は な か った 、 と 繰 り 返 し た 。   次 の 六 人 目 の 証 人 ラ ン ダ フ 伯 は 夫 人 と と も に 一八 一五 年 一 一月 か ら イ タ リ ア に 滞 在 し 、 ナ ポ リ や ヴ ェネ ッ ィ ア で も 夫 妻 で し ば し ば 妃 と 会 い 、 食 事 を 共 に し た。 妃 は 王族 に ふ さ わ し い立 ち居 振 舞 いだ っ た し、 祖 国 に 不名 誉 と な る よう な こと は な か っ た。 当 時 名 前 は知 ら な か っ た                                             ゆ が 、 ベ ルガ ミ は確 か に 妃 に 仕 え て い たと 証 言 し た。 次 の 証 人 ケ ッ ペ ル ・ ク レイ ヴ ン 閣 下 は王 妃 の侍 従 と し て宮 廷 服 姿 で出 席。 彼 は ブ ラウ ンシ ュ ヴ ァ イ ク で 妃 に合 流 し、 以 降 ミ ラ ノか ら ナポ リ ま で侍 従 と し て 同 行 し た。 妃 は ミ ラ ノ で 一 人 の従 者 を 不 行 跡 のた め 解 雇 し た ので、 そ の後 任 の推 薦 を 証 人 が オ ー スト リ ア皇 帝 の 侍 従 長 に 依 頼 し、 ベ ルガ ミ が 推 薦 さ れ てき た 。 ナポ リ で証 人 や 近 習 のウ ィリ ア ム ・ ゲ ル が いる部 屋 に ベ ル ガ ミが き た こと が あ るが、 彼 は 椅 子 に は座 ら な か っ た、 など         の と 証 言 し た。   第 八 の証 人 はキ ャ ロライ ン が 大 陸 へ 出 発 す る 一 ケ月 前 か ら侍 従 を 務 め て い るウ ィ リ ア ム ・ ゲ ルで あ る。 彼 は 次 のよ う に証 言 し た。 彼 は ベ ル ガ ミに つ いて推 薦 者 オ ー スト リ ア皇 帝 の 侍 従 長 か ら、 ベ ルガ ミ家 は フ ラ ン ス革 命 に ょ っ て 財産 を 失 っ たが 、 立 派 な家 系 の 出 であ り、 妃 に 仕 え れば 必ず や 立派 な働 き を し昇 進 す る だ ろ う、 と の 推 薦 を受 け た。 ま た自 分 は パ レ ステ ィ ナに向 かう 妃 と ナポ リ で分 かれ たが 、 そ の理 由 は 私 の 通 風 も ち を妃 が 気 遣 っ て のこと だ っ た。 そ の後 も 妃 と はた び た び 会 い 、 多 く の 高 位 の人 々が 妃 の許 に訪 れ て い た こと を 知 っ て い る。 自 分 は 三 ケ月 間 、 妃 た ち 一 行 と 一 緒 に暮 らし たが 、 妃 と ベ ル ガ ミ の問 に 不適 切 な関 係 が あ っ た など と は ま っ たく 考 え る こと が でき な い。 妃 が ベ ルガ ミと 会 話 を 交 わ し た の は仕 事 上 の こと だ け で 、 そ れ 以 外 の こ と は な か っ た。   次 の証 人 ウ ィリ ア ム ・ キ ャ リ ント ンは前 の証 人 ゲ ル の近 侍 であ り 、 海 軍 見 習 士 官 にな るま で の九 年 間 そ の仕 事 にあ っ た 。 一 八 一 四年 末 に 26

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キ ャ ロ ライ ン王 妃 と貴 族 院 のr裁 判 」 ナ ポ リ で そ の仕 事 に つき 、 妃 の 邸 に 住 ん だ 。 ベ ル ガ ミ も 一 行 に 加 わ っ て い た が 、 彼 の寝 室 と 妃 の 寝 室 は 六 〇 フ ィ ー ト 離 れ て お り 、 そ の 間 に オ ー ス テ ィ ン、 ヒ エ ロ ニ ム ス、 ホ ラ ンド 医 師 の 三 室 が あ った 。 妃 が 仮 面 舞 踏 会 を 催 し た こ と は 覚 え て い る が 、 召 使 い た ち が 特 別 な 装 い で 参 加 し た と い う 話 は 知 ら な い 。 ま た 告 発 側 の 第 一 証 人 マジ ョ ッキ の こ と も 覚 え て い る が 、 彼 が オ ム テ ー ダ の 名 前 を 口 に す る の を 聞 い た 、 と も 述 べ た 。 そ の ハノ ー フ ァ か ら 派 遣 さ れ て い た オ ム テ ー ダ 男 爵 に つ い て 、 王 妃 の弁 護 士 ラ シ ン ト ンが た た み か け て 尋 ね る と 、 法 務 長 官 ら 国 王 側 が ス ト ヅプ を か け 、 中 断 し て 議 論 に な っ た 。 ラ シ ン ト ン は オ ム テ ー ダ が 妃 に 対 す る ス パ イ と し て 行 動 し て お り 、 妃 の 召 使 い た ち を 威 し て 、 妃 の 私 的 な 保 管 庫 を こ じ 開 け さ せ る な ど し た こ と を 明 白 に す べ き だ と 引 き 下 が ら ず 、 マ ジ ョ ッ キ と キ ャリ ント ンを 改 め て 喚 問 す る こ と       ゆ に な った 。 マ ジ ョ ッ キ は ま た コ 覚 え て い な い L を 繰 り 返 し 、 ゲ ル の 召 使 い に 会 った こ と は あ る が 、 オ ム テ ー ダ が し た 行 為 に つ い て そ の 召 使                                 い に 語 った 覚 え は な い 、 と 主 張 し た 。 一 方 キ ャリ ン ト ン は、 オ ム テ ー ダ が 妃 の 部 屋 の か ぎ を 盗 む た め 、 御 者 と 侍 女 を 雇 った 、 そ う し た 動 き の た め 、 妃 に 雇 わ れ て い た 召 使 い が 一 人 解 雇 さ れ た 、 と マジ ョ ッキ か ら 聞 い た と 述 べ た 。 妃 の 身 辺 調 査 を し て い た オ ム テ ー ダ の 件 は イ タ リ ア 人 召 使 い た ち の問 で し ば し ば 話 題 に な り 、 み な よ く 知 って い た と も       述 べ た 。   一 〇 人 目 の証 人 ジ ョ ン ・ウ ィ ッ ト コ ム は さ き に 証 言 に 出 た ケ ッ ペ ル ・ ク レ イ ヴ ン の 近 侍 で あ り 、 ナ ポ リ の キ ャ ロ ラ イ ン 邸 の 寝 室 に つ い て キ ャ リ ン ト ンと 同 様 な 証 言 を し た 。 次 の 証 人 ジ ョ ン ・ ジ ェイ コ ブ ・ シ カ ー ド は 一 二 年 近 く 料 理 人 と し て 王 妃 に 仕 え て お り 、 も と 外 国 人 だ が 帰 化 し た者 。 ナポ リ にお け るキ ャ ロライ ン の生 活 に つ いて他 の王妃                          ゆ 側 の証 人 と 共 通 す る こと を 述 べ た。   次 の証 人 ホ ラ ンド 医 師 は 妃 が ナポ リ 滞在 中 か ら そ の 後 ロ ー マ 、 ジ ェ ノヴ ァ 、 さ ら に 船 で ク ロ リ ンダ に行 っ た とき ま で、 同 行 し た。 彼 の 証 言 。 私 はベ ル ガ ミが妃 と 一 緒 に食 事 を し た こと など 見 た こ と は な い 、 二人 の間 は女 主 人 と 召使 い の間柄 であ り、 他 の召使 い の 場 合 と 同 じ で あ っ た。 自 分 が妃 に同 行 し た の は 二 年 足 らず であ るが 、 妃 は ナポ リ で はイ タリ ア人 と イ ギ リ ス人 か ら な る 多 数 の 高 位 高 官 者 の 訪 問 を受 け 、 ジ ェノヴ ァで は同 地 に 滞在 し て いたす べ て のイ ギ リ ス 人 の訪 問 を受 け      て いた。   一 三 人 目 の 証 人 チ ャ ー ルズ ー・ ・ ルズ は ロ ー マ 在 住者 であ り、 一 八 一 七年 から 二〇年 ま で しば しば 王妃 と 会 っ て いた。 ベ ルガ ミ は侍 従 を務 め て おり、 そ の立 場 で妃 の 食 卓 に座 っ て いた。 二 〇 年 二 月 に 王妃 に な っ て か ら も 会 っ たが 、 王妃 と ベ ルガ ミ と の 関 係 は ま っ たく 変 わ っ て い な か っ た、 と述 べ た。 次 の 証 人 ジ ョー ゼ フ ・ テ オ リ ニ はイ タ リ ア総 督 の下 にあ っ た 元騎 兵 大 佐 であ り、 ベ ルガ ミに つ いて誠 実 で信 頼 でき る 人物 と証 言 し た。   一 五 人 目 の 証 人 カ ル ロ ・ フ ォ ルテ ィは 元 イ タ リ ア 総 督 の 配 下 にあ っ た 軍 人 、 一 八 一 七年 に ミ ラ ノで キ ャ ロライ ン 一 行 の護 衛 従者 と な り、 王 妃 が イ ギ リ ス に帰 国 す るま で同 行 し た。 彼 は 通 訳 を通 じ て ほぼ 次 の よう な注 目 す べ き 証 言 を し た。 ミ ラ ノか ら ロー マ へ 移 動 し た とき 、 一 行 は妃 が 乗 る 四輪 馬車 と 他 の 二 台 の馬車 か ら な り、 自 分 は ひと りだ け 騎 乗 し て脇 を進 んだ 。 妃 と 同 乗 し た の は三 人 で 、 一 番 左 にベ ルガ 、・・ 、 中 央 に オ ルデ ィ 伯 爵 夫 人 、 右 に妃 が 座 り、 ベ ル ガ 、・・ 夫妻 の子 ヴ ィ ッ ト

参照

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