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Vol.65 , No.2(2017)040馬場 紀寿「インド仏教研究の未来(第67 回学術大会パネル発表報告)」

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Academic year: 2021

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(1)

の後の学問展開によって修正すべき点も多い.最も重要な点は,平川が十分に考 慮しなかった,律蔵の歴史的変遷のプロセスである.今後は,この点に留意しな がら,平川の成果を延伸し,律蔵の成立史を立体的に構築していく必要があろう. 3. 松田和信(佛教大学教授)「アフガニスタン写本に見る伝統教団中の大乗経典」 1990 年代の中頃,アフガニスタンとパキスタンにまたがるガンダーラの複数の 地点,さらにアフガニスタンのバーミヤン渓谷北部のザルガラーン地区から大量 のインド語仏教写本が発見され,現在世界各地で解読研究が行われている.写本 類は,貝葉,樺皮,羊皮に書写されたガンダーラ語あるいは〔仏教〕梵語の文献 で,書写に用いられた文字も紀元 1 世紀に遡るカローシュティー文字から 8 世紀 のギルギット・バーミヤン第二型文字に至る様々な文字が認められた.それらを 概観して注目すべき点は,法蔵部,大衆部,〔根本〕説一切有部といった伝統的教 団文献が新出写本の大部分を占めたが,同一地点から発見された写本類の中に, カローシュティー文字によるガンダーラ語の大乗経典,クシャーナ・ブラーフミー 文字あるいは初期グプタ・ブラーフミー文字による梵語の大乗経典も複数含まれ ていたことである.これまでは想像の域を出なかったが,紀元 1 世紀に書写され たガンダーラ語による大乗経典の現物が発見された意味は大きい.ただ,これを もって大乗経典の出発点がガンダーラ語であったと断言することはできない.ガ ンダーラの情況はある程度分かっても,我々はこの時代のガンジス川中流域の情 況を全く知らないからである.ガンダーラ語経典に先行する大乗経典があった可 能性を完全に否定することはできない.さらに,新出写本類の中で大乗経典は少 数派である.既存の教団書庫の中に,多数の教団文献に混じって大乗経典も一緒 に保存されていたのである.出土情況から判断して,大乗経典が既存の教団文献 と近しい関係にあったことが明らかである. 4. 下田正弘(東京大学教授)「大乗経典の研究方法を再考する」 平川説が登場して以来,現在までの大乗経典研究のもっとも大きな問題は,経 典内部の言説をアプリオリに外部世界の反映と考えようとする,いわゆる「教団 史的研究」の態度が定着した点にある.1970 年代以降,歴史学に対して向けられ た「言語論的転回」の批判は,まさにインド大乗経典研究に対して向けられるべ き課題であり,学界はこの根本的な問題提起に真摯に向き合うべき時期を迎えて いる. 第 67 回学術大会パネル発表報告 (285)

インド仏教研究の未来

――ポスト平川彰時代の仏教学のゆくえ――

代表 馬場紀寿(東京大学東洋文化研究所准教授)

大乗仏教の新たな起源を論じた平川彰の『初期大乗仏教の研究』(春秋社, 1968)は,方法の斬新さのみならず網羅された厖大な資料の意義が評価され,1970 年代から 90 年代まで大乗起源理解のみならず仏教研究の方法に大きな影響を与え た.その後,グレゴリー・ショペンの「平川説」批判に先導されるかたちで出現 した国内外のさまざまな研究によって平川説の根拠はほぼ否定され,仏塔崇拝を 中心とする在家信者教団に大乗の起源を求める仮説は斥けられたものの,それに 代わるあらたな定説はいまだ出現していない.こうした問題意識に立って,本パ ネルは,大乗経典を専門とする研究者と,大乗の起源を論じる上で欠かすことの できない写本と律の専門家を招き,インド仏教研究の未来を論じた. 本パネルの招待講演として,Michael Zimmermann 教授の英語による発表の後, 日本人発表者三名による発表とパネル・ディスカッションが開かれた.各発表の 要旨を以下に示す.

1. Michael Zimmermann( ハ ン ブ ル ク 大 学 ・ 筑 波 大 学 教 授 )“Indian Mahāyāna Buddhism: New Research outside Japan”

本発表は,最近 10 年間のインド大乗仏教の研究の進展を報告した.講演の前半 では,広範な在家信者の運動を大乗の発生の理由として見た「平川説」の脱構築 に関して起こったパラダイムの転換を,主要な例として論じた.しかしながら, 平川説に代わる十分に説得力のある新説はまだ現れていない.平川説の有効な継 承者だと考えられていた,アランニャに大乗の起源を見る仮説も,近年では何人 かの研究者らによって批判されている.もうひとつのパラダイムの転換は,Lambert Schmithausen,Eli Franco ら,仏教学者の議論によってなされているように思われ る.仏教を瞑想に基づく宗教と思想として位置づけ,仏教史のもっとも哲学的な 諸理論が霊的実践から発展したとする Schmithausen の長年有効だった理論は,再 び練り上げられるべきだった.Schmithausen は,自らの理論が 1970 年代に考えら れたほど一般化しうるとはもはや主張していない.講演の後半では,ミュンヘン における新たな長期間のガンダーラ写本プロジェクトや,ライプツィッヒにおけ る亀茲石窟壁画にかんする美術関連プロジェクトなどの,大乗仏教の主要な出版 やプロジェクトを紹介した. 2. 佐々木閑(花園大学教授)「平川仏教学を越えるための条件」 平川彰は,律蔵という資料を,精密な文献学の上に位置づけたという意味で, 間違いなく斯界随一の研究者である.その業績は不滅であるが,当然ながら,そ (284) 第 67 回学術大会パネル発表報告 ─ 755 ─

(2)

の後の学問展開によって修正すべき点も多い.最も重要な点は,平川が十分に考 慮しなかった,律蔵の歴史的変遷のプロセスである.今後は,この点に留意しな がら,平川の成果を延伸し,律蔵の成立史を立体的に構築していく必要があろう. 3. 松田和信(佛教大学教授)「アフガニスタン写本に見る伝統教団中の大乗経典」 1990 年代の中頃,アフガニスタンとパキスタンにまたがるガンダーラの複数の 地点,さらにアフガニスタンのバーミヤン渓谷北部のザルガラーン地区から大量 のインド語仏教写本が発見され,現在世界各地で解読研究が行われている.写本 類は,貝葉,樺皮,羊皮に書写されたガンダーラ語あるいは〔仏教〕梵語の文献 で,書写に用いられた文字も紀元 1 世紀に遡るカローシュティー文字から 8 世紀 のギルギット・バーミヤン第二型文字に至る様々な文字が認められた.それらを 概観して注目すべき点は,法蔵部,大衆部,〔根本〕説一切有部といった伝統的教 団文献が新出写本の大部分を占めたが,同一地点から発見された写本類の中に, カローシュティー文字によるガンダーラ語の大乗経典,クシャーナ・ブラーフミー 文字あるいは初期グプタ・ブラーフミー文字による梵語の大乗経典も複数含まれ ていたことである.これまでは想像の域を出なかったが,紀元 1 世紀に書写され たガンダーラ語による大乗経典の現物が発見された意味は大きい.ただ,これを もって大乗経典の出発点がガンダーラ語であったと断言することはできない.ガ ンダーラの情況はある程度分かっても,我々はこの時代のガンジス川中流域の情 況を全く知らないからである.ガンダーラ語経典に先行する大乗経典があった可 能性を完全に否定することはできない.さらに,新出写本類の中で大乗経典は少 数派である.既存の教団書庫の中に,多数の教団文献に混じって大乗経典も一緒 に保存されていたのである.出土情況から判断して,大乗経典が既存の教団文献 と近しい関係にあったことが明らかである. 4. 下田正弘(東京大学教授)「大乗経典の研究方法を再考する」 平川説が登場して以来,現在までの大乗経典研究のもっとも大きな問題は,経 典内部の言説をアプリオリに外部世界の反映と考えようとする,いわゆる「教団 史的研究」の態度が定着した点にある.1970 年代以降,歴史学に対して向けられ た「言語論的転回」の批判は,まさにインド大乗経典研究に対して向けられるべ き課題であり,学界はこの根本的な問題提起に真摯に向き合うべき時期を迎えて いる. 第 67 回学術大会パネル発表報告 (285)

インド仏教研究の未来

――ポスト平川彰時代の仏教学のゆくえ――

代表 馬場紀寿(東京大学東洋文化研究所准教授)

大乗仏教の新たな起源を論じた平川彰の『初期大乗仏教の研究』(春秋社, 1968)は,方法の斬新さのみならず網羅された厖大な資料の意義が評価され,1970 年代から 90 年代まで大乗起源理解のみならず仏教研究の方法に大きな影響を与え た.その後,グレゴリー・ショペンの「平川説」批判に先導されるかたちで出現 した国内外のさまざまな研究によって平川説の根拠はほぼ否定され,仏塔崇拝を 中心とする在家信者教団に大乗の起源を求める仮説は斥けられたものの,それに 代わるあらたな定説はいまだ出現していない.こうした問題意識に立って,本パ ネルは,大乗経典を専門とする研究者と,大乗の起源を論じる上で欠かすことの できない写本と律の専門家を招き,インド仏教研究の未来を論じた. 本パネルの招待講演として,Michael Zimmermann 教授の英語による発表の後, 日本人発表者三名による発表とパネル・ディスカッションが開かれた.各発表の 要旨を以下に示す.

1. Michael Zimmermann( ハ ン ブ ル ク 大 学 ・ 筑 波 大 学 教 授 )“Indian Mahāyāna Buddhism: New Research outside Japan”

本発表は,最近 10 年間のインド大乗仏教の研究の進展を報告した.講演の前半 では,広範な在家信者の運動を大乗の発生の理由として見た「平川説」の脱構築 に関して起こったパラダイムの転換を,主要な例として論じた.しかしながら, 平川説に代わる十分に説得力のある新説はまだ現れていない.平川説の有効な継 承者だと考えられていた,アランニャに大乗の起源を見る仮説も,近年では何人 かの研究者らによって批判されている.もうひとつのパラダイムの転換は,Lambert Schmithausen,Eli Franco ら,仏教学者の議論によってなされているように思われ る.仏教を瞑想に基づく宗教と思想として位置づけ,仏教史のもっとも哲学的な 諸理論が霊的実践から発展したとする Schmithausen の長年有効だった理論は,再 び練り上げられるべきだった.Schmithausen は,自らの理論が 1970 年代に考えら れたほど一般化しうるとはもはや主張していない.講演の後半では,ミュンヘン における新たな長期間のガンダーラ写本プロジェクトや,ライプツィッヒにおけ る亀茲石窟壁画にかんする美術関連プロジェクトなどの,大乗仏教の主要な出版 やプロジェクトを紹介した. 2. 佐々木閑(花園大学教授)「平川仏教学を越えるための条件」 平川彰は,律蔵という資料を,精密な文献学の上に位置づけたという意味で, 間違いなく斯界随一の研究者である.その業績は不滅であるが,当然ながら,そ (284) 第 67 回学術大会パネル発表報告 ─ 754 ─

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