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アメリカの歴史 テーマで読む多文化社会の夢と現実 有賀夏樹著 有斐閣 2003UA0138 京免理恵 第 12 章 : アメリカ人への誘惑 アメリカ人 はいつ誕生したか アメリカ建国の起源だといわれる 1776 年の独立宣言と同時に アメリカ人 という国民が生まれるのであれば悩むことはない しかし

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『アメリカの歴史、 テーマで読む多文化社会の夢と現実』 有賀夏樹 著 有斐閣 2003UA0138 京免理恵

12 章: アメリカ人への誘惑

「アメリカ人」はいつ誕生したか アメリカ建国の起源だといわれる 1776 年の独立宣言と同時に「アメリカ人」という国民が生 まれるのであれば悩むことはない。しかし、国民を基盤にした国家の形成は長いプロセスを必 要とし終わりはない。その国家に帰属しているという意識をたえず創り出しているため、いつ アメリカ人が誕生したかのかという明確な回答を得るのは難しい。 国勢調査と人種・エスニシティ 「人種」と「エスニシティ」は、偏見や差別とも深く関わり、アメリカ社会を規定する重要な 要素である。そういう点で、アメリカ合衆国の国民国家における多種多様な人々の統合は、人 種やエスニシティの問題が非常に深く関わっている。 1790 年以来、10 年ごとに行なわれる国勢調査は表面上、アメリカの「多様性」を示してい るが、実は、「人種」や「エスニシティ」に基づくカテゴリー自体、その定義や分類方法が不明 確で流動的なものである。しかし、この統計が、政策の基盤となり人々の認識や自己理解に大 きな影響を与え、アメリカ社会の「多様性」を人々の意識に植えつけていくのである。よって、 「人種」と「エスニシティ」の多様性の意味を理解することが重要なのである。 包摂/排除のプロセスと「国民」 「アメリカ人」という国民を形成する際に、まず「国民」とそうでない「よそ者」との間に境 界線がひかれた。「アメリカ人」から排除された集団の例に、インディアンと奴隷としてアフリ カから連行された人々があげられる。 「国民」はみな平等か 「国民」となった者がすべて平等な地位に置かれたわけではなかった。例えば、ドイツ系や北 欧系の下にアイルランド系、その下層に「国民」として認められないアフリカ系とインディア ン系といったように、人種とエスニシティによって階層化された社会が成立した。このように 「国民統合」とは「国民」とそうでない者を選り分ける「包摂/排除」のみだけではなく、「国 民」の中にも階層を作り出していくプロセスであった。

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星条旗というシンボルと「アメリカ人」意識の現実 19 世紀のアメリカでは、政治制度や社会制度の国家的統合、それ自体がなかなか進まない状況 にあった。そんな中、1812 年の米英戦争が、人々の意識に一体感をもたらした重要な出来事で あった。この戦争中に、F.S.キーという弁護士がマクヘンリー砦の攻防を目の当たりにし、 その感動をアメリカ軍の「星条旗」とともに詩に読んだことが、後にアメリカに国旗となり国 家の歌詞となった。 近隣の共同体、町、州、南部といった領域を想定して自らの存在を認識することはあっても 国家としてのアメリカ合衆国が日常生活や自己認識に介入してくる機会はそれほどなかった。 南北戦争という「内戦」と国家統合 南北戦争(1861 年~65 年)と同時に国民意識を創り出す公式的な儀式、教育制度、そしてシン ボル(国旗)といった制度的な試みが本格化していく。このような試みをとおしての国民意識 に加えて、技術やコミュニケーションの発達に伴う生活領域の拡大は、人々の日常生活が地域 共同体を超えた広い国家の次元で理解することを可能にした。 ナショナリズムと「人種」 19 世紀末頃、「人種」、特に中国系移民、インディアン、黒人などの「有色人種」の劣等という概 念が「国益の追求」であり「国民」に利するとされていた。この頃、アメリカにおける国民統 合のあり方とそこから生じたナショナリズムは、当初から人種性を色濃く帯びており、「アメリ カ人」であることは「白人」を有することであった。 「アメリカ化」の運動 20 世紀に入ると国民統合の動きは「アメリカ化」としてさらに具体的なものになり、特に東・ 南欧系の移民が統合の対象となった。生活の中で慣習化された行為において、ナショナリズム が体現されるということから、中産階級の家族観や消費生活の慣れといった日常生活のレベル で移民たちを統合しようとした。この「アメリカ化」は、やがて、移民だけの問題ではなくな りすべての「アメリカ人」にとって必要とされるようになる。さらには、それを世界中に広げ るという使命をも帯びるようになる。 現代アメリカ合衆国社会と「国民」 1960 年代以降のアフリカ系アメリカ人による公民権運動により、彼らの間に「黒人」としての

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自己認識を強く主張する「ブラック・ナショナリズム」の意識が浸透していった。その後、1980 年代末から 90 年代にかけて多文化主義をめぐり論争が展開されるようになる。これは、アメ リカを取り巻く内外の状況変化から生じたものでものであり、結果として「国民」という新し い定義を追ったものになった。よって、国民統合とは、それ自体がたえざるプロセスであり、 結果として生まれる国民意識も時代や社会状況によって刻々と変化するものなのである。 Column⑪ シンボルとしての「自由の女神」 国家のシンボルとしての「自由の女神」の歴史は新しい。当初の像は、あくまで米仏友好と抽 象的な意味での「自由」や「共和主義」を表すものだった。「世界中からの移民を歓迎する」と いうイメージは1930 年代後半のアメリカ化運動の中で浮上する。それ以来、「移民国家 アメリカ」とその国民的多様性を統合するシンボルとして作用している。 補論 国民国家において「歴史」が果たす役割 「明白な運命」や「るつぼ」など「アメリカ史」の中で頻出する用語に対して、我々は注意深 く向き合う必要がある。なぜなら、「国家」、「人種」、「アメリカ人」などに対する人々の立場や 理解によって、「運命」や「るつぼ」の具体的な意味は大きく異なるからである。このことから 我々は、これらの言葉が有した同時代的ない意味を考察し、ある事象や概念が有する歴史的な 特殊性に目を向ける必要性があることがわかる。

13 章

“ One Nation under God ”

2つの「ファーザーズ」:アメリカ精神の2つの源流 アメリカの歴史において、「ピルグリム・ファーザーズ」と「ファウンディング・ファーザーズ」 と呼ばれ尊敬されている2つの「ファーザーズ」がいる。これらは、アメリカ独立革命の精神 を体現する人々であり、アメリカをアメリカとして成り立たしている精神、または理念を代表 する人々である。 ピューリタンとニューイングランドの建設 ピューリタンとは、英国国教会を批判した人々である。彼らは、キリスト教を理解する上で個 人レベルだけではなく、社会的あるいは国家的レベルにおいても神の前で正しくあろうとした。

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1640 年代のイギリスにおけるピューリタン革命とニューイングランド社会の建設はどちらも ピューリタニズムに基づいた社会建設であった。 アメリカ革命と宗教 アメリカ独立革命の指導者であるファウンディング・ファーザーズの思想は、理性への信頼、 人間の尊厳、基本的人権を中心とする啓蒙主義であった。しかし、キリスト教に対して批判的 であったわけではなく、啓蒙主義思想の中心にある基本的人権の思想を「神によって平等に造 られ・・・」というように聖書的、宗教的枠組みを用いて表現した。 政教分離 アメリカにおける政教分離は、宗教と政治の分離ではなく、政府・国家と特定の宗教組織の分 離を意味する。1788 年に「合衆国憲法」制定後の最初の憲法修正で初めて政教分離が憲法に明 記された。ここでは、政府あるいは国家が特定の宗教集団を結びつくことを禁止し、さらには 国教会制度を否定している。 「見えざる国境」 多文化の共存を実現しつつ、社会が分裂することなく統合されているあり方を求めるという課 題を担う宗教。それが「見えざる国境」である。 プロテスタント国家からユダヤ・キリスト教的国家へ フロンティアはアメリカ・プロテスタント教会の教派間の同質性をもたらした。その後、「新移 民」と呼ばれる人々がアメリカ宗教的同質性に大きな変化をもたらし、本格的な多元化社会の 時代を迎えた。そのような状況下の中、アメリカのカトリック教徒やユダヤ教徒は、民主主義・ 共和政とアメリカ中心主義への同化につとめた。そして、1960 年にジョン・F・ケネディがカ トリック教徒として最初の大統領に選出されることをきっかけに「プロテスタント国家」から 「ユダヤ・キリスト教的国家」へと変わっていった。 文明を伝えるという使命 19 世紀後半のアメリカは、「社会進化思想」から大きな影響をうけた。そして、この社会進化 の最先端に位置するのが民主主義・共和政、キリスト教というアングロサクソン文明である。 アメリカ国民の間では、アングロサクソン文明を世界に伝え、世界をアングロサクソン文明へ

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と高めていくという使命を神がアメリカに与えているのだというアメリカ理解、国民意識が広 く受け入れられていった。 「アメリカの夢」と「アメリカの悪夢」 第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争はアメリカにとってアングロサクソン文明を守る ための戦争であった。しかし、その後、アメリカは、文明戦争でもあり、宗教戦争でもあった ベトナム戦争では敗北を喫した。しかし、このベトナム戦争の時代は、公民権運動の時代でも あった。「ワシントン大行進」(1963 年)において指導者であったキング牧師が公民権運動にお けるアフリカ系アメリカ人の夢について語り、アメリカの「見えざる国境」、さらには「共通の 未来」との関係を明確にした。 保守化の時代と「その後」 1980 年の大統領選挙でレーガンが勝利をおさめたことにより保守化の時代が到来した。レーガ ン勝利の背景には、「宗教右派」と呼ばれる保守的キリスト教徒たちの大きな貢献があったとさ れ、今日においても彼らの指示を得なければ共和党大統領候補になることはできない。 多様性を容認し、同時に「見えざる国境」によってアメリカ社会の統合をはかる宗教的役割は 今でも支持を得ている。 補論 靖国神社とアーリントン墓地 アメリカの首都ワシントンにアーリントン国立墓地がある。アーリントン墓地は、戦死者の供 養という政治的意図を持ちながら個人の信仰は無宗教をも含めて尊重されている。靖国神社に おけるあらゆる問題がひしめく現在、日本もアメリカにならいアーリントン国立墓地のような 靖国神社に代わる国立墓地の建設を行う必要がある。しかし、日本における国立墓地について の議論は、日本にとっての歴史理解、国家理解と密接に関わっているため十分な議論が必要で あるにもかかわらず、政治主導であり、人間にとっての宗教のもつ意味を尊重するものにはな っていない。

参照

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