【古代
4 キリスト教の成立と発展】
1.前史としてのユダヤ教 2.原始キリスト教の成立 3.異教社会への進出 4.三,四世紀における発展 1.前史としてのユダヤ教 ・強大な異民族支配のもと,選民意識・唯一神信仰・律法主義により生き残る。 ・バビロン捕囚の中,個人の内面を重視する信仰のあり方を工夫。 ・ヘレニズム時代には民族的視点をこえた国際的視野を獲得 →キリスト教に影響を与える要素を備えていく ローマの支配 ・バランス感覚を失い,拡大の余地を失っていく サドカイ派:征服者に妥協的。 パリサイ派:政治問題をなるべくさけたい ↓ 指導力を低下させ,過激な党派を生んでいく ・エッセネ派,クムラン派, ・洗礼者ヨハネの教団…終末的な神の国実現に対する切迫感から律法を遵守するため, 荒野で共同生活(「最後の審判」が近いことを説き,悔い改めをうながしていた) ユダヤ戦争 ・熱心党…大衆抵抗運動→二度のユダヤ戦争に失敗し,ユダヤ人は亡国の民に 2.原始キリスト教の成立とユダヤ教からの離反 イエス ・前4 年より前に生まれたとされる。洗礼者ヨハネに感銘を受け弟子入り ・後28 年頃,まったく新しい視点で,解釈してアピール。 A) ガリラヤ中心に,30 歳頃,活動開始→救世主(メシア,ギリシャ語でキリスト)と目さ れる。 B) 神の絶対愛,隣人愛を説き,ユダヤ教の律法主義,形式主義によって苦しい生活を強 いられていた貧しい人々,病人に手を差し伸べていった。 C) 弟子の中には熱心党のシンパもおり,それを口実に高等法院にとらえられ,処刑 使徒の伝道 ・使徒:イエスの言行の証をなし,彼の教えを述べ広めるためイエスによって選ばれた12 人の弟子…ペテロ,ヤコブ,ヨハネなど A) ペテロ…イエスは「終末時にあらわれるキリスト(救世主)」として復活した,と主張。 あくまでもユダヤ教の一派としてイェルサレムを拠点に活動 後にローマの教会を建設。ネロ帝の迫害のとき殉教。 B) パウロ…パリサイ派から転向(Conversion)。 イエスは神の子で全人類の罪を贖うために死んで復活した…という贖罪神学を展開→ロ ーマ市民権を持ち,ギリシア,小アジアで異邦人伝道を開始,離散ユダヤ教徒と真っ向か ら対立→捕えられてローマに送られた。 ・ユダヤ戦争不参加により,他のユダヤ教徒から徹底的にはずされる ・ローマ帝国は戦後,「ユダヤ金庫」を新設し,その納税者にのみ信仰特権を与えたので, キリスト教はしめだされ,合法性を失う。3.異教社会への進出 ・ペテロやパウロら伝道でローマ帝国内に広がる→各地に信徒の団体である教会が成立 「新約聖書」の成立…「旧約聖書」とともにキリスト教の教典とされる ・ローマの神々や皇帝への礼拝を否認したことで民衆や国家からの迫害。しかし,下層市民や奴隷を中心 に広まり,やがて上層市民にも浸透 伝道活動と迫害 ・信者以外参加できない秘密の儀式…胡散臭さ ↑↓ 多神教社会とのまさつ(各都市は固有の神を持ち,ここへの祭儀が中心。また,皇帝も 神の一人とされたが,皇帝礼拝も拒むことになる) ・ネロの迫害 ・3 世紀までは,戦災や戦乱など=神々の怒り と理解する時代。共同祈願に加わらな いキリスト教信者は「無神論者」でしかなく,共同体が危機にみまわれた時,民衆の要 求で「治安維持」という視点での迫害になる。 信者にとっての 迫害の意味 ・終末待望の信者らにとってキリストの受難と同じもの…あえて殉教する者もいた ・正統派→ グノーシス派,モンタノス派を異端に 政治支配には従順にふるまい挑発しないことにつとめた。 4.三,四世紀の発展 加 速 度 的 に 変化 ・セウェルス帝(シリア人)以後 40 年は寛容→宗教混淆進む キ リ ス ト 教 の 職 階 化 進 展 ・新しい時代に対応 世相が悪い軍人皇帝時代もあいまって,人々は新たな拠り所を求めていく→多種多様な 人々を包含し始める ・迫害のたびに棄教者も多く,指導者層に対立を生む。教義論争に表面化し,組織拡大をめ ざす穏健派が力をのばす ↓ 上流階級への浸透 一方で政争の具として迫害も起こる(デキウス帝の迫害(250),ディオクレティアヌス帝の 迫害(303)は むしろこのためであろう) 公 認 か ら 国 教化 ・直接的な皇帝礼拝が問題になったのではなく,「神々への供犠」に参加しなかったことが 迫害の対象だった。4 世紀には「キリスト教の神」も加えるかというところに迫害の論点が 移る。そして,加えることを認めざるを得なくなる。 A) ミラノ勅令(313)…コンスタンティヌス帝により公認 教会に積極的に援助…国費で各地に教会を建て,教会に裁判権や遺産継承権を与えた。日 曜を固定の休日とした。 ナザレの イエス ローマ帝国の ユダヤ総督 ピラト ユダヤ人の司祭たちやそそのかされた群集 ユダヤ教にそむい ている ③イエスの処刑を要求 ②怒り ①すべての人は救われると説いて回る ④暴動をおそれ処刑にした
・二ケーア公会議(325)…キリストを神と認めるか人間とするかの論争。 アレクサンドリア教会の長老アリウス…神性を否定 同教会の司教アタナシウス…神,人両性を認め,同質性(神とその子イエスは同質)→三位 一体説がとして正式教義とされる。 ・背教者ユリアヌス 異教復興を企図し一時圧迫(4C 後半) さらに,教会幹部は教会保護政策をひきだし,他宗教や異端を攻撃し始める。 社会的上昇をめざす人たちは迷わず信者となり,上からの改宗を促進させていく。 B) キリスト教の国教化(392)テオドシウス帝による ローマ帝国の国家体制をささえる宗教…皇帝の地位は神が付与したものとされる。 皇帝理念など,キリスト教精神がのちのヨーロッパ文化の一つの源流となっていく…キリ スト教ローマ帝国の成立は,きわめて政治的所産 ・エフェソス公会議(449)…コンスタンティノープル教会のネストリウス 「イエスは人であり神,よって母マリアは神ではなく「神の母」と主張」→異端 →しかし,カルケドン公会議(451)で再び正統とされた。しかし,この決議は忘れられた ままになる。 C) 教父の活躍…正統教義の確立に努力 アウグスティヌス…「神の国」を著す→のちの神学の発展に影響 ローマ帝国で の拡大と意義 ・ラテン世界のキリスト教化…ローマ都市中心に広がる。 ・使徒パウロら…シリアからスペインにいたる「オリーブの木が生えている限り」の地中海 沿岸の人口密度の高い区域を対象に布教。 ・聖職者身分の成立,教会の組織化進展 ・都市,属州の制度をあてはめ,各属州単位で教会の階層(首都司教座教会―都市司教座教 会―教区教会)組織をつくりあげる。 国教化の後,ガリア諸都市は元老院貴族によって独占相続される。 ↓ 古典的教養をもつ貴族を媒介としたことで古典と結びつき,ラテン・キリスト教文化を形成 同時に,教会の貴族化=世俗化が進む ゲルマン布教 ・伝道による再征服の意味もある ・ゲルマン人のカトリック化(アタナシウス派)がすすむ ↓ 教会のゲルマン人化もすすみ,教会は私有教会制へ(=領主の私有財産となり,領主に叙任 権があるというもの)⇔ローマ的強化理念と厳しい緊張関係 ・聖遺物崇拝の流布 ★
【古代④ キリスト教の成立と発展】
1.前史としてのユダヤ教 2.原始キリスト教の成立 3.異教社会への進出 4.三,四世紀における発展1.前史としてのユダヤ教 ・強大な異民族支配のもと,選民意識・唯一神信仰・律法主義により生き残る。 ・バビロン捕囚の中,個人の内面を重視する信仰のあり方を工夫。 ・ヘレニズム時代には民族的視点をこえた国際的視野を獲得 →キリスト教に影響を与える要素を備えていく ローマの支配 ・バランス感覚を失い,拡大の余地を失っていく サドカイ派:征服者に妥協的。 パリサイ派:政治問題をなるべくさけたい ↓ 指導力を低下させ,過激な党派を生んでいく ・エッセネ派,クムラン派, ・洗礼者ヨハネの教団…終末的な神の国実現に対する切迫感から律法を遵守するため, 荒野で共同生活(「最後の審判」が近いことを説き,悔い改めをうながしていた) ユダヤ戦争 ・熱心党…大衆抵抗運動→二度のユダヤ戦争に失敗し,ユダヤ人は亡国の民に 2.原始キリスト教の成立とユダヤ教からの離反 イエス ・前4 年より前に生まれたとされる。洗礼者ヨハネに感銘を受け弟子入り ・後28 年頃,まったく新しい視点で,解釈してアピール。 A) ガリラヤ中心に,30 歳頃,活動開始→救世主(メシア,ギリシャ語で[ ] …)と目される。 B) 神の絶対愛,隣人愛を説き,ユダヤ教の律法主義,形式主義によって苦しい生活を強 いられていた貧しい人々,病人に手を差し伸べていった。 C) 弟子の中には熱心党のシンパもおり,それを口実に高等法院にとらえられ,処刑 使徒の伝道 ・使徒:イエスの言行の証をなし,彼の教えを述べ広めるためイエスによって選ばれた12 人の弟子…ペテロ,ヤコブ,ヨハネなど C) [ ]…イエスは「終末時にあらわれるキリスト(救世主)」として復活した,と 主張。あくまでもユダヤ教の一派としてイェルサレムを拠点に活動 後にローマの教会を建設。ネロ帝の迫害のとき殉教。 D) パウロ…パリサイ派から転向(Conversion)。 イエスは神の子で全人類の罪を贖うために死んで復活した…という贖罪神学を展開→ロ ーマ市民権を持ち,ギリシア,小アジアで[ ]伝道を開始,離散ユダヤ教徒 と真っ向から対立→捕えられてローマに送られた。 ・ユダヤ戦争不参加により,他のユダヤ教徒から徹底的にはずされる ・ローマ帝国は戦後,「ユダヤ金庫」を新設し,その納税者にのみ信仰特権を与えたので, キリスト教はしめだされ,合法性を失う。
3.異教社会への進出 ・ペテロやパウロら伝道でローマ帝国内に広がる→各地に信徒の団体である教会が成立 「[ ]」の成立…「旧約聖書」とともにキリスト教の教典とされる ・ローマの神々や皇帝への礼拝を否認したことで民衆や国家からの迫害。しかし,下層市民や奴隷を中心 に広まり,やがて上層市民にも浸透 伝道活動と迫害 ・信者以外参加できない秘密の儀式…胡散臭さ ↑↓ 多神教社会とのまさつ(各都市は固有の神を持ち,ここへの祭儀が中心。また,皇帝も 神の一人とされたが,皇帝礼拝も拒むことになる) ・ネロの迫害 ・3 世紀までは,戦災や戦乱など=神々の怒り と理解する時代。共同祈願に加わらな いキリスト教信者は「無神論者」でしかなく,共同体が危機にみまわれた時,民衆の要 求で「治安維持」という視点での迫害になる。 信者にとっての 迫害の意味 ・終末待望の信者らにとってキリストの受難と同じもの…あえて殉教する者もいた ・正統派→ グノーシス派,モンタノス派を異端に 政治支配には従順にふるまい挑発しないことにつとめた。 4.三,四世紀の発展 加 速 度 的 に 変化 ・セウェルス帝(シリア人)以後40 年は寛容→宗教混淆進む キ リ ス ト 教 の 職 階 化 進 展 ・新しい時代に対応 世相が悪い軍人皇帝時代もあいまって,人々は新たな拠り所を求めていく→多種多様な 人々を包含し始める ・迫害のたびに棄教者も多く,指導者層に対立を生む。教義論争に表面化し,組織拡大をめ ざす穏健派が力をのばす ↓ [ ]への浸透 一方で政争の具として迫害も起こる(デキウス帝の迫害(250),ディオクレティアヌス帝 の迫害(303)は むしろこのためであろう) ナザレの イエス ローマ帝国の ユダヤ総督 ピラト ユダヤ人の司祭たちやそそのかされた群集 ユダヤ教にそむい ている ③イエスの処刑を要求 ②怒り ①すべての人は救われると説いて回る ④暴動をおそれ処刑にした
公 認 か ら 国 教化 ・直接的な皇帝礼拝が問題になったのではなく,「神々への供犠」に参加しなかったことが 迫害の対象だった。4 世紀には「キリスト教の神」も加えるかというところに迫害の論点が 移る。そして,加えることを認めざるを得なくなる。 A) [ ](313)…コンスタンティヌス帝により公認 教会に積極的に援助…国費で各地に教会を建て,教会に裁判権や遺産継承権を与えた。日 曜を固定の休日とした。 ・[ ]公会議(325)…キリストを神と認めるか人間とするかの論争。 アレクサンドリア教会の長老アリウス…神性を否定 同教会の司教[ ]…神,人両性を認め,同質性(神とその子イエスは同 質)→[ ]説がとして正式教義とされる。 ・背教者ユリアヌス 異教復興を企図し一時圧迫(4C 後半) さらに,教会幹部は教会保護政策をひきだし,他宗教や異端を攻撃し始める。 社会的上昇をめざす人たちは迷わず信者となり,上からの改宗を促進させていく。 B) キリスト教の[ ]化(392)テオドシウス帝による ローマ帝国の国家体制をささえる宗教…皇帝の地位は神が付与したものとされる。 皇帝理念など,キリスト教精神がのちのヨーロッパ文化の一つの源流となっていく…キリ スト教ローマ帝国の成立は,きわめて政治的所産 ・[ ]公会議(449)…コンスタンティノープル教会のネストリウス 「イエスは人であり神,よって母マリアは神ではなく「神の母」と主張」→異端 →しかし,カルケドン公会議(451)で再び正統とされた。しかし,この決議は忘れられ たままになる。 C) 教父の活躍…正統教義の確立に努力 アウグスティヌス…「神の国」を著す→のちの神学の発展に影響 ローマ帝国で の拡大と意義 ・ラテン世界のキリスト教化…ローマ都市中心に広がる。 ・使徒パウロら…シリアからスペインにいたる「オリーブの木が生えている限り」の地中海 沿岸の人口密度の高い区域を対象に布教。 ・聖職者身分の成立,教会の組織化進展 ・都市,属州の制度をあてはめ,各属州単位で教会の階層(首都司教座教会―都市司教座教 会―教区教会)組織をつくりあげる。 国教化の後,ガリア諸都市は元老院貴族によって独占相続される。 ↓ 古典的教養をもつ貴族を媒介としたことで古典と結びつき,ラテン・キリスト教文化を形成 同時に,教会の貴族化=世俗化が進む ゲルマン布教 ・伝道による再征服の意味もある ・ゲルマン人のカトリック化(アタナシウス派)がすすむ ↓ 教会のゲルマン人化もすすみ,教会は私有教会制へ(=領主の私有財産となり,領主に叙 任権があるというもの)⇔ローマ的強化理念と厳しい緊張関係 ・聖遺物崇拝の流布 ★