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論 文 夫の失業が離婚に及ぼす影響 * 佐藤一磨 ** < 要旨 > 本稿の目的は 慶應義塾家計パネル調査 (KHPS) 及び 消費生活に関するパネル調査 (JPSC) を用い 夫の失業経験が離婚に及ぼす影響を検証することである バブル崩壊以降の長期不況を受け 我が国の労働市場の需給状況は悪化し 失

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シェア "論 文 夫の失業が離婚に及ぼす影響 * 佐藤一磨 ** < 要旨 > 本稿の目的は 慶應義塾家計パネル調査 (KHPS) 及び 消費生活に関するパネル調査 (JPSC) を用い 夫の失業経験が離婚に及ぼす影響を検証することである バブル崩壊以降の長期不況を受け 我が国の労働市場の需給状況は悪化し 失"

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夫の失業が離婚に及ぼす影響

* 佐藤 一磨 ** < 要 旨 > 本稿の目的は『慶應義塾家計パネル調査 (KHPS)』及び『消費生活に関するパネル調査 (JPSC)』を用い、夫の失業経験が離婚に及ぼす影響を検証することである。バブル崩壊以 降の長期不況を受け、我が国の労働市場の需給状況は悪化し、失業率が上昇傾向を示すよ うになった。この失業率の上昇は、家計にも大きな影響を及ぼしており、家計の主たる稼 ぎ手である夫の失業の増加を引き起こすこととなったと考えられる。この夫の失業は、消 費の抑制、貯蓄の取り崩し、そして妻の労働供給の増加等の変化を家計にもたらしたと考 えられるが、これら以外にも家計そのものを崩壊させる離婚を引き起こす原因の 1 つとな る可能性がある。この点については、海外では Charles and Stephens (2004) や Doiron and Mendolia (2012) 等の研究があるが、我が国ではまだ分析例が少ない。そこで本稿では、夫 の失業経験が離婚に及ぼす影響を検証した。分析の結果、次の 2 点が明らかになった。 1 点目は、KHPS による分析の結果、2 年前の夫の失業経験が離婚確率を上昇させていた。 これに対して JPSC による分析の結果、1 年前の夫の失業経験が離婚確率を上昇させていた。 これらの結果から、1 年、もしくは 2 年前の夫の失業経験が離婚を引き起こす原因の 1 つ になっていると考えられる。2 点目は、KHPS、JPSC の両方のデータにおいて夫の変動所 得を説明変数に加えた分析を実施したが、夫の失業経験が離婚確率を上昇させる傾向に変 化は見られなかった。この結果から、所得以外の失業の効果が離婚確率を上昇させると考 えられる。この所得以外の失業の効果として、Charles and Stephens (2004) が指摘するよう に、失業がスティグマとして認識され、結婚相手としての適性に関する負のシグナルにな っている可能性がある。

JEL Classification Number:J12, J13, J23

Key Words:離婚、夫の失業、慶應義塾家計パネル調査 * 本稿 の作成に あたり 慶應義塾 大学大 学院経 済学研究 科・商 学研究 科 /京都 大学経 済研究所 連携グ ローバ ル COE プログラムによる『慶應義塾家計パネル調査』の個票データ及び公益財団法人家計経済研究所が 実施した『消費生活に関するパネル調査』の個票データの提供を受けた。また、2 名の本誌レフェリーか らは本稿を改善する上で非常に有益なコメントを頂いた。ここに記して感謝する次第である。 * * 明海大学経済学部 専任講師 Email:k-sato@meikai.ac.jp 論 文 119

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The Impact of Husband’s Job Loss on Divorce

By Kazuma SATO

Abstract

The purpose of this paper is to exa mine the impact of the husband’s job loss on divorce by us-ing the Keio Household Panel Survey (KHPS) and Japanese Panel Survey of Consumers (JPSC). The Japanese labor market has deteriorated and unemployment rate has also increased since the collapse of the bubble economy. The rise of unemploy ment rate had a great impact on the Japanese household, and augmented the husband’s job loss. This husband’s job loss led to suppression of consumption, usage of savings, and an increase in the wife ’s labor supply. Furthermore, it was thought to have impact on family dissolution. Although, Charles and Stephens (2004) and Doiron and Mendolia (2012) e xa mined this relationship in overseas studies, there are only a fe w such studies in Japan. Therefore, the impact of husband’s job loss on divorce is exa mined in this paper. Two key points are uncovered as a result of analysis.

Firstly, the results of the analysis using the KHPS reveal that the husband’s job loss at two years ago increases the probability of divorce. On the other hand, the results of the analysis using the JPSC reveal that the husband’s job loss at one year ago increases the probability of divorce. These results indicate that husband’s job loss at one or two year ago causes family dissolution. Secondly, the results of the analysis which add the husband’s earning difference to independent variables reveal that the impact of the husband’s job loss on divorce is not changed. These results indicate that the factor of husband’s job loss except for fluctuation of earning is considered to affect the probability of divorce. As Charles and Stephens (2004) pointed out, job loss is regarded as a stigma that is likely to be regarded negatively by the spouse.

JEL Classification Number:J12, J13, J23

Key Words:Divorce, Husband’s Job Loss, Keio Household Panel Survey

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1.問題意識

バブル崩壊以降、我が国は「失われた 10 年」と言われるほどの長期不況を経験してきた。 この間、労働市場の需給状況は急速に悪化し、それまで先進国の中でも低い水準にあった 失業率が上昇傾向を示すようになった。この失業率の上昇は、家計にも大きな影響を及ぼ しており、家計の主たる稼ぎ手である夫の失業の増加を引き起こすこととなったと考えら れる。実際、図 1-1 の 2 人以上世帯の世帯主の失業率を見ると、バブル崩壊以降、上昇す る傾向を示している。 図1-1 離婚率と2人以上世帯の世帯主の失業率の関係 それではこの夫の失業に対して、家計はどのように対応したのだろうか。これには消費 の抑制、貯蓄の取り崩し、配偶者である妻の労働供給の増加等のいくつかの対応策が考え られる。まず、消費の抑制であるが、市野 (2003) によって世帯主が失業している世帯の 中には消費を抑制している世帯もいることが『全国消費実態調査』から確認されている。 また、馬 (2010) はリーマンショックによって家計消費が抑制されていることを明らかに しており、景気後退による失業率の上昇が可処分所得の低下を通じて、消費を抑制してい る可能性があることを示唆している1。次に貯蓄の取り崩しであるが、村上 (2010) によっ 1 Horioka et al.(2002)は 、家計経済 研究所の『消費 生活に関す るパネル 調査』を 用い、家族の失業 後も消費 支出は引き締められていないことを明らかにしており、失業が消費の抑制につながらない場合もあること 0.00 0.50 1.00 1.50 2.00 2.50 3.00 3.50 0.00 1.00 2.00 3.00 4.00 5.00 6.00 7.00 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 有配偶離婚率(有配偶人口対千人):右目盛り 2人以上世帯の世帯主の失業率(%):左目盛り 相関係数:0.95*** 注1:相関係数の有意水準の算出にはPearsonの積率相関係数を使用している。 注2:ここでの有配偶離婚率は、国勢調査による配偶関係の「有配偶」「未婚」「死別」「離別」のうち、「有配偶」の男女別人 口を分母に用いて、離婚件数を除した率をいう。 出所:2人以上の世帯の世帯主失業率:総務省統計局『労働力調査』、有配偶離婚率:厚生労働省『人口動態特殊報告』 注 1:相関係数の有意水準の算出には Pearson の積率相関係数を使用している。 注 2:ここでの有配偶離婚率は、国勢調査による配偶関係の「有配偶」「未婚」「死別」「離別」のうち、「有配偶」の 男女別人口を分母に用いて、離婚件数を除した率をいう。 出所:2 人以上の世帯の世帯主失業率:総務省統計局『労働力調査』、有配偶離婚率:厚生労働省『人口動態特殊報告』 121

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て、夫が失業した場合、家計のゆとりが減少するため、月々の貯蓄額を減らしたり、預貯 金を取り崩したりすることが指摘されている。また、夫が失業した家計では、月々の貯蓄 額のみならず、ローン返済額を減らすことでも対処していることが指摘されている。配偶 者である妻の労働供給の増加であるが、Kohara (2010) によって、夫が非自発的な理由で失 業した場合、今まで無業であった妻の労働時間が増加することを明らかにしている。 以上の先行研究が示すように、夫の失業は、可処分所得を減少させるため、家計に何ら かの対応策をとることを迫る。しかし、夫の失業が家計に及ぼす影響は、可処分所得の減 少に留まらない可能性がある。夫の失業が家計に及ぼすもう 1 つの影響として、家計その ものが離婚といった形で崩壊することが考えられる。Becker et al. (1977) では、離婚の意思 決定は、現在の結婚生活を継続することの期待効用と独身生活に戻ることの期待効用を比 較し、後者が前者を上回る場合に行われると指摘している。夫の失業によって所得が大幅 に低下した場合、結婚を継続することの期待効用が大きく低下するため、離婚の意思決定 が行われると考えられる。特に我が国の場合、性別役割分業意識が他の先進国よりも強く、 家計の主たる稼ぎ手が夫である場合が多いため、夫の失業が家計に大きな負のショックを 及ぼし、離婚の引き金になる可能性が高い。 実際、図 1-1 の 2 人以上世帯の世帯主の失業率と離婚率の関係を見ると、両変数の動き は連動しており、バブル崩壊以降の失業率の上昇に併せて離婚率も上昇する傾向を示して いる。相関係数を見ると 0.95 と高く、1%水準で有意な値となっている。これらの値から も、失業率の上昇が離婚率の上昇を引き起こしている可能性がある。また、橘木・木村 (2008) は、都道府県データを用い、失業率の変化分と離婚率の変化分の関係を検証してお り、両変数の間に有意な正の相関があることを明らかにしている。これは、失業率が大き く上昇した地域ほど、離婚率も大きく上昇することを意味している。この結果から、橘木・ 木村 (2008) は、所得を大幅に引き下げる失業は、夫婦の離婚を引き起こすほどの大きな ショックとなりうると指摘している。 これらの分析結果が示すように、夫の失業は、家計の消費抑制、貯蓄の取り崩し、妻の 労働供給の増加のみならず、離婚も引き起こす可能性がある。しかし、我が国の先行研究 を見ると、この点について分析した研究例はまだ少ない。橘木・木村 (2008) でも分析が 行われているが、集計データによって相関関係を検証することに留まっており、離婚と失 業の因果関係は明らかになっていない。この点を適切に検証するには、個票のパネルデー タを用い、失業が離婚の発生に及ぼす影響をさまざまな要因をコントロールした上で分析 する必要がある。また、もし夫の失業によって離婚が引き起こされた場合、家計の消費、 貯蓄、妻の労働供給は、結婚を継続した場合よりも大きな変化を経験すると考えられる。 このため、離婚の有無を考慮せずに消費、貯蓄、労働供給の変化を分析することは、失業 が家計に及ぼす影響を適切に検証できていない恐れがある。この点からも、失業が離婚に を明らかにしている。また、村上 (2010) でも同様に失業が消費の抑制につながらないことを示しており、 その背景には失業後すぐに生活水準を切り下げることが困難であるためではないかと指摘している。 122

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及ぼす影響を検証することが重要となる。 そこで、本稿では『慶應義塾家計パネル調査 (以下、KHPS)』と『消費生活に関するパ ネル調査 (以下、JPSC)』を用い、夫の失業が離婚に及ぼす影響を検証する。我が国におい て離婚に関する研究が少なかった背景には、そもそも離婚率が低く、社会に及ぼす影響が 限定的だと考えられていたという側面がある。しかし、近年の離婚の増加によって経済的 に不安定な母子家庭が増加し、社会に及ぼす影響が拡大している恐れがある。実際、坂口 (2005) によると、離婚後の女性の 3 人に 2 人が所得減少を経験し、所得が半分以下に減少 した女性は 4 人に 1 人となっている。さらに、坂口 (2005) は、離婚による所得低下が結 婚、出産による所得低下と比較しても大きく、子どものいる場合だとさらにその低下が深 刻になると指摘している。また、橘木・浦河 (2006) は、厚生労働省の『所得再分配調査』 を用い、母子世帯の貧困状況を分析しており、現在の我が国の母子世帯の半数以上が貧困 層に属し、苦しい生活を余儀なくされていることを明らかにしている。これらの研究結果 が示すように、離婚を境に母子世帯の生活が苦しくなっている現状にあるため、離婚率が 以前よりも高い水準にある現状は無視できない。 さらに、離婚はその直後だけでなく、長期的に子どもに影響を及ぼすことが海外の研究 で指摘されている。例えば、Fronstin et al. (2001) は、親の離婚が子どもの学歴や賃金に及 ぼす影響を分析しており、親が離婚している場合ほど、男性では就業率が低下し、女性で は賃金率が低くなることを明らかにしている。この点からも、離婚率が以前よりも高い水 準にある現状は無視できない。今後、離婚率が上昇した場合に対処するためにも、離婚の 決定要因を明らかにすることが必要不可欠となる。特に近年の景気後退を受け、増加した 夫の失業が離婚を引き起こしているかを分析することは、離婚率の上昇の原因を明らかに することにつながるため、研究意義があると考えられる。 先行研究と比較した場合の本論文の特徴は、KHPS と JPSCの 2 つのパネルデータを用い、 分析している点である。離婚や失業といったイベントは近年増加しているが、実際にパネ ルデータを用いて分析する際、その数は限られている。このため、1 つのデータのみの分 析では、その推計結果の信頼性に疑問が発生する可能性がある。これに対処するため、 KHPS のみならず JPSC も用い、夫の失業と離婚の関係を分析する。KHPS と JPSC といっ た 2 つのデータで同様の結果が得られれば、確かにサンプルサイズは小さいものの、その 推計結果は頑健であり、信頼できるものだと考えられる。なお、JPSC を用いる利点として、 ①KHPS よりも調査期間が長いため、離婚発生件数が KHPS よりも多い、②JPSC を用いて 離婚について分析した研究 (福田, 2005) も存在しており、離婚について分析された実績の あるデータとなっている、③幅広い質問項目があるため、KHPS で作成した説明変数と同 じ変数を JPSC でも作成可能となっているといった 3 点がある。なお、これに対して KHPS を利用する利点は、KHPS では若年のみならず、中高年層も含んだデータとなっているた め、JPSC よりも幅広い年齢層の夫の失業が離婚に及ぼす影響を分析できる点にある。 本稿の構成は次のとおりである。第 2 節では先行研究を概観し、本稿の位置づけを確認 123

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する。第 3 節では使用データについて説明する。第 4 節では理論モデルについて説明し、 続く第 5 節では推計手法について述べていく。第 6 節では推計結果について述べ、最後の 第 7 節では本稿の結論と今後の研究課題について説明する。

2.先行研究

本節では離婚と失業に関する先行研究について概観し、本稿の位置づけを確認する 2 まず海外の先行研究から概観していく。離婚に関する研究は海外で多くの蓄積がなされて おり、この中でも中心的な研究に Becker et al. (1977) がある。この研究は、結婚に関する 経済理論の延長として離婚を捉えており、その後の研究の基礎となっている。 経済学では結婚に伴う便益が費用を上回り、独身でいる場合よりも期待効用が高まる場 合において結婚の意思決定が行われると考えられてきた(Becker, 1974)。これに対して離 婚の意思決定は結婚を継続した場合と離婚した場合の期待効用を比較し、離婚した場合の 期待効用の方が高い場合に行われると考えている(Becker et al., 1977)。このため、結婚か ら得られる期待効用が大きいほど、離婚確率が低下し、逆にその期待効用が低ければ、離 婚確率が上昇することとなる。 この結婚から得られる便益には、配偶者の資産や所得、子ども、共有住宅、一緒にいる ことで得られる心理的な安らぎ等の経済的、非経済的なものが考えられる。この中でも特 に夫婦間の分業によって生み出される便益が結婚に大きな影響を及ぼす。夫、妻はそれぞ れ比較優位を持つ分野に特化し、分業を行うことで、より多くの生産を達成することがで きる。例えば、夫の賃金が妻よりも高く、妻が家事に長けているならば、夫はより多くの 時間を労働供給に費やし、妻は家事に専念することで、最も多くの家事生産量と所得を得 ることができる。この結果、結婚からの便益が高まり、離婚確率が低下することとなる。 結婚当初、結婚による便益が大きく、独身でいるよりも結婚している方の期待効用が高 くなっているわけであるが、中には離婚する夫婦も存在する。このような離婚を引き起こ す原因として、Becker et al.(1977) や橘木・木村 (2008) は次の 2 つの要因を指摘している。 1 つ目は、結婚相手を探す上でのサーチコストである。未婚の男女は結婚市場において 配偶者を探し出すこととなるが、世の中のすべての異性の結婚相手としての適性を調べる ことは、膨大なサーチコストが必要となるため、不可能に近い。このため、本当に最適な 相手を探し出し、結婚することは困難であり、出会った異性の中で納得できる相手と結婚 することとなる。この場合、実際の配偶者よりも高い期待効用を実現させる異性が結婚市 場に存在している可能性がある。結婚後、そのような異性と出会った場合、現在の配偶者 と離婚する人も出てくると考えられる。 2 つ目は、結婚相手や経済環境に関する不確実性である。結婚生活を継続すると、配偶 2 本 節 の 離 婚に関する 理論につ いては、橘 木・木村 (2008)を参考にし ている。 124

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者の性格や嗜好等に関する新たな情報が蓄積される。この結果、結婚当初は予測しなかっ た情報が明らかになり、結婚の期待効用が大きく変化する可能性がある。例えば、結婚生 活を続けていく中で相手との性格の不一致が顕在化した場合、結婚の期待効用が低下する ため、離婚に至る場合が考えられる。また、結婚生活を続けていくと、結婚当初では予測 できなかった経済環境の変化が起こり、結婚の期待効用が大きく変化する可能性がある。 例えば、予想よりも夫が昇進せず、所得水準が低い場合が考えられる。このように結婚当 初は予期しえなかったさまざまなショックが結婚の期待効用を変化させ、離婚の意思決定 に影響を及ぼすこととなる。 本稿において分析対象としている失業も結婚当初に予想できなかった経済状態における ショックと言える。夫が予期せず失業してしまった場合、所得が大幅に低下するため、結 婚の期待効用が低下する。もし失業後も簡単に再就職先が見つからなかったり、仮に見つ かったとしても失業前よりも所得水準が低くなってしまった場合、結婚を継続することの 期待効用は長期にわたって低下するため、離婚を引き起こす原因となる。しかし、夫の失 業は同時に夫が独身になった場合の結婚市場における価値を低下させるため、離婚を抑制 する原因にもなりうる 3。このため、どちらの効果が大きいかによって離婚に及ぼす影響 が異なってくる。このように夫の失業は離婚確率に正、負の両方の影響を及ぼすと考えら れるため、その影響を検証するためには、実証分析を行う必要がある。 それでは実証分析によってどのような結果が得られてきたのだろうか。離婚と失業の関 係を分析した Charles and Stephens (2004) の分析結果によれば、夫、妻の失業は離婚確率を 高めること、そして、すべての失業が離婚を引き起こす原因となる訳ではなく、解雇等の 場合に離婚確率を高めることが明らかになっている。この結果から、失業が離婚確率に影 響を及ぼすのは、所得を引き下げるからではなく、失業が結婚相手としての適性に関する 負のシグナルとなるためではないかと指摘している。Eliason (2004) は、工場閉鎖による夫、 妻の失業が離婚に及ぼす影響を分析している。Propensity Score Matching 法を用いた分析の 結果、夫、妻の失業はともに離婚確率を高めること、そして、その影響は失業の 13 年後で も効果が見られることが明らかになった。また、Blekesaune (2008) も夫、妻の失業が離婚 に及ぼす影響を分析している。離散時間ハザードモデルを用いた分析の結果、夫、妻の失 業は離婚確率を高めることが明らかになった。Doiron and Mendolia (2012) は、夫の非自発 的な失業が離婚に及ぼす影響を分析している。分析の結果、夫の失業は離婚確率を高める こと、そして、Charles and Stephens (2004) の分析結果と同様にすべての失業が離婚を引き 起こす原因となる訳ではなく、解雇や雇止めの場合に離婚確率を高めることが明らかにな った。この結果から、Doiron and Mendolia (2012) でも離婚に影響を及ぼすのは、所得低下 といった金銭的な要因ではなく、失業によって明らかになる配偶者としての適性ではない かと指摘している。また、これら以外にも結婚当初に予想できなかった経済状態における ショックを所得の変化から捉えた研究がある (Becker et al., 1977; Weiss and Willis, 1997;

3 妻 の 観 点 からみた場 合、夫の 失業は離婚 を促進す る要因に なると考え られる。

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Burgess et al., 2003)。この中でも Burgess et al.(2003) は、通常の所得では適切にその人物の 長 期 的な 稼 得能 力を 代 理す るこ と がで きな い と指 摘し 、 所得 を被 説 明変 数と した Fixed-Effect OLS を行い、それによって算出された固定効果を長期所得の代理指標として使 用している。分析の結果、夫の長期所得が高いほど、離婚確率は低下するが、妻の長期所 得が高くても、離婚には影響を及ぼしていないことを明らかにした。 次に国内の先行研究を概観する。我が国でも離婚率の上昇を受け、離婚に関する分析が 蓄積されはじめている。例えば、安藏 (2003) は、日本版 General Social Survey を用い、男 女別に離婚に及ぼす要因を分析している。分析の結果、男性では子どもの存在や高等教育 が離婚確率を低下させることを明らかにした。女性では子どもの存在が離婚を抑制するが、 男性ほど強くなく、非伝統的な価値観を強く有する場合だと離婚確率が高まることを明ら かにしている。加藤 (2005) は、日本家族社会学会全国家族調査委員会が実施した「全国 調査『戦後日本の家族の歩み』」を用い、景気変動、親との同居や子どもの有無が離婚に及 ぼす影響を分析している。分析の結果、経済成長率が高いほど、子どもがいるほど、そし て夫方の親と同居しているほど、離婚確率は低下することを明らかにした。福田 (2005) は、 本稿と同じく JPSCを用い、どのような属性の女性が離婚を選択するのかを分析している。 分析の結果、初婚年齢が低く、夫が非正規雇用、もしくは無職である場合ほど離婚確率が 高いことがわかった。また、女性の価値観が離婚に及ぼす影響も分析しており、結婚相手 以外の異性との親密な交際を肯定する価値観が離婚に有意な影響を及ぼしていた。 人口学の視点からの研究にレイモ他(2005)がある。この研究は、厚生労働省の『人口 動態統計』を用い、離婚発生の趨勢を結婚コーホートごとに分析している。分析の結果、 近年のコーホートほど離婚確率が高くなってきており、2002 年の離婚率に基づく擬似結婚 コーホートの推定値から、今日の結婚の 3 分の 1 が結婚後 20 年以内に離婚することを明ら かにした。また、総務省『国勢調査』と厚生労働省『出生動向基本調査』を用い、教育水 準別の離別率 4を算出し、高卒以下の教育水準の女性の離別率が顕著に増加していること を明らかにした。

経済学の視点からの研究に Sakata and McKenzie (2007) や Sakata and McKenzie (2011) が ある。Sakata and McKenzie (2007) は、日本の時系列データを用い、離婚に関する判例や経 済的要因が離婚率にどのような影響を及ぼすのかを検証している。分析の結果、離婚に関 する判例の変化は、離婚率に影響を及ぼしていなかったが、失業率や女性の正規雇用者割 合の上昇が離婚率の増加に寄与していることが明らかになった。Sakata and McKenzie (2011) は、日本の都道府県別データを用い、生活保護制度が利用しやすい県ほど離婚率が 低下し、女性の男性に対する相対賃金が高い県や求人倍率が低い県ほど離婚率が上昇する ことを明らかにした。 以上、先行研究について簡単に概観してきたが、海外の研究と比較すると、我が国にお いて離婚を分析した例はまだ数が少ない。失業が離婚に及ぼす影響についてはマクロデー 4 こ こ で の 離別率とは 離別者/結 婚経験者 で算出さ れている。 126

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タを用いた研究が多く、個票のパネルデータを用いた研究はまだ少ない。そこで、本稿で は KHPS 及び JPSC を用い、夫の失業が離婚に及ぼす影響を分析していく。

3.データ

3.1 KHPS KHPS は、第 1 回目の 2004 年 1 月 31 日時点における満 20 歳~69 歳の男女 4005 名を調 査対象としており、毎年調査を実施している。現時点では 2012 年調査が最新年度となって おり、9 年分のデータが蓄積されている 5。以下では 2004 年から 2012 年までのデータを KHPS2004-KHPS2012 と呼ぶこととする。なお、KHPS2007 及び KHPS2012 で新規調査サ ンプルが追加されている。分析では、パネル推計を実施するため、KHPS2012 の新規調査 サンプルは使用していない。KHPS は調査対象者の就学・就業、世帯構成、資産、住居、 健康など幅広いトピックをカバーしている。初年度調査では 18 歳以降から調査時点までの 対象者の就学・就業履歴を過去の各年にわたって質問しており、回顧パネル調査としても 利用可能となっている。また、対象者が有配偶である場合、その配偶者に対しても同一の 質問項目が用意されている。 本稿では有配偶者の離婚について分析していくため、分析対象を t-1 期で既婚であるサ ンプルに限定している。この既婚サンプルには、パネル調査期間以前に結婚したサンプル とパネル調査期間中に初めて結婚したサンプルが含まれている。なお、パネル調査期間以 前からの既婚者のうち、調査期間以前に一度でも離婚、死別を経験したサンプルは分析対 象から除外した。また、分析では夫の失業に関する変数等を作成することになるが、調査 対象者の配偶者の情報も活用し、変数を作成している。 3.2 JPSC JPSC は第 1 回目の 1993 年時点における 24 歳~34 歳の若年女性 1500 名を調査対象とし ており、毎年調査を実施している。本稿で利用できるのは第 17 回目調査の 2009 年までと なっている。以下では 1993 年から 2009 年までのデータを JPSC1993-JPSC2009 と呼ぶこと とする。なお、JPSC1997、JPSC2003 及び JPSC2008 で新規調査サンプルが追加されている。 分析では、2009 年までのすべてのデータを使用する。JPSC は、KHPS と同様に調査対象者 の就学・就業、世帯構成、資産、住居、健康など幅広いトピックをカバーしている。KHPS との大きな違いは、調査対象が女性であり、男性のデータは調査対象者に配偶者がいる場 合のみ利用可能となっている点である。 JPSC も KHPS と同様に分析対象を t-1 期で既婚であるサンプルに限定している。なお、 パネル調査期間以前からの既婚者のうち、調査期間以前に一度でも離婚、死別を経験した 5 調査は毎年の 1~ 2 月に 実施されて いるため 、2011 年の調査 は東日本大 震災前に 調査が完了している。 127

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サンプルは分析対象から除外した。 3.3 KHPS と JPSC の 比較 KHPS と JPSC の 2 つのデータを使用するが、2 つのデータにはどのような違いがあるの だろうか。KHPS と JPSC の特徴をまとめた表 3-1 を用い、両データの違いを確認する。 JPSC と比較して、KHPS の調査期間は短くなっている。夫婦の年齢を見ると、いずれも KHPS の方が高くなっていた。JPSC は若年女性を対象としているため、夫婦の年齢が KHPS よりも低い傾向がある。妻の初婚年齢は両データで違いが見られないが、結婚期間は年齢 層の違いを反映して JPSC の方が短くなっていた。夫婦の学歴構成比では KHPS の方が JPSC よりも中高卒の割合が高い傾向が見られた。最後に離婚発生件数を見ると、KHPS よ りも JPSCの方が多くなっていた。これには①JPSCの調査期間が KHPS よりも長い、②JPSC の方が若年層の割合が多く、離婚発生割合が高い傾向にある 6といった 2 つの理由が考え られる。以上から、KHPS は結婚期間が長い中高齢層の夫婦の割合が多く、JPSC は結婚期 間が比較的短い若年層の夫婦の割合が多いと言える。 表3-1 KHPS と JPSC のサンプルの比較 KHPS JPSC 調査期間(年) 2004-2012 1993-2009 調査時の年齢(夫) 51.84 37.30 調査時の年齢(妻) 49.30 34.61 妻の平均初婚年齢 25.39 24.75 平均結婚期間(年) 24.88 10.86 夫の学歴構成比:中高卒 0.61 0.45 夫の学歴構成比:専門・短大卒 0.06 0.18 夫の学歴構成比:大卒・大学院卒 0.33 0.37 妻の学歴構成比:中高卒 0.67 0.46 妻の学歴構成比:専門・短大卒 0.22 0.41 妻の学歴構成比:大卒・大学院卒 0.11 0.13 離婚発生件数 55 197 注 1:分析対象は t-1 期に結婚していた夫婦。 注 2:KHPS2004-KHPS2012、JPSC1993-JPSC2009 から筆者作成。

4.理論モデル

本節では分析に使用する Weiss and Willis (1997) に準拠した離婚に関する動学的な理論 モデルを説明する。ここでの結婚とは、独身でいる場合よりも結婚した場合の期待効用の 方が高まる 2 人の自発的なパートナーシップである。夫婦は、市場で購入した財、サービ スや自分たちの時間を活用し、共同で消費や生産を行う。この家計内で生産されるのは食 6 厚生労 働省『人口 動態特殊 報告』によ れば、有 配偶者に 占める離婚 率の割合は 30 歳以下の層 で高い傾 向がある。 128

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事だけでなく、子ども、健康、愛情といったものも含まれる。夫婦は、家計内で生産され た家計内財から効用を得ており、家計内財が多ければ結婚の期待効用も高まることとなる。 この家計内財の大きさは、夫、妻それぞれの個人属性によって決定されると考える。 結婚当初、夫婦は互いに関して限られた情報しか持っておらず、結婚期間が伸びるにつ れて新たな情報が蓄積されていく。結婚後、結婚市場においてさまざまな異性と出会うと 同時に結婚当初は予想しえなかったショックを被ることによって、配偶者や自分自身に対 する情報が蓄積され、現在の配偶者と結婚を継続すべきどうかを各時点において再評価す る。ここでもし、結婚を継続した場合の期待効用よりも離婚した場合の期待効用の方が高 ければ、離婚の意思決定が行われる。 ここでは結婚から得られる便益を家計内生産関数によって規定する。この家計内生産関 数は夫婦の家族背景、学歴、所得、夫婦のマッチング、子供や共有財産などの結婚によっ て得られる資本といった要因から影響を受ける。なお、これらの要因は結婚後に変化する。 結婚後からの期間を t (t=1,2,・・・・T) とする。また、配偶者の個人属性を𝑥𝑥𝑖𝑖𝑖𝑖で表す。た だし𝑖𝑖 = ℎの場合は夫、𝑖𝑖 = 𝑤𝑤の場合は妻とする。夫婦のマッチングを𝜃𝜃𝑖𝑖、結婚によって形 成される資本を𝑘𝑘𝑖𝑖とした場合、家計内生産関数を次のように定義する。 𝑔𝑔𝑖𝑖 = 𝐺𝐺(𝑥𝑥ℎ𝑖𝑖,𝑥𝑥𝑤𝑤𝑖𝑖, 𝑘𝑘𝑖𝑖, 𝜃𝜃𝑖𝑖) (1) 夫婦は、結婚の各期間において独身であった場合に得られる便益を想定する。これには、 もし離婚して別な相手と再婚した場合に得られる期待効用も含む。このような独身となっ た時に得られる効用を以下のような夫婦のそれぞれの個人属性の線形関数で定義する。た だし、𝜉𝜉𝑖𝑖は係数ベクトル、𝑣𝑣𝑖𝑖𝑖𝑖は誤差項である。 𝐴𝐴𝑖𝑖𝑖𝑖 = 𝜉𝜉𝑖𝑖′𝑥𝑥𝑖𝑖𝑖𝑖+ 𝑣𝑣𝑖𝑖𝑖𝑖, 𝑖𝑖 = ℎ,𝑤𝑤 (2) 次に離婚コストについて見ていく。離婚する場合、主に 2 種類のコストがかかる。1 つ 目は夫婦の財産分与やその他の法的なコストである。2 つ目は結婚によって得られた資本 を失ってしまうといった意味でのコストである。結婚することで配偶者に関するさまざま な情報や子ども等の資産を形成する。離婚した場合、配偶者に関する情報は、全て意味が 無くなってしまう。また、子どもから高い効用を得ていた場合、離婚し、養育権を失って しまうと効用水準が大きく低下すると考えられる。これら以外では、離婚後に新しい潜在 的な配偶者を探し出すためのサーチコストも離婚のコストの一部であると考えられる。こ のような離婚コストを以下のような線形関数で定義する。 𝐶𝐶𝑖𝑖= 𝛾𝛾′𝑘𝑘 𝑖𝑖+ 𝜂𝜂′𝑠𝑠𝑖𝑖+ 𝜔𝜔𝑖𝑖 (3) 129

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ただし、𝑠𝑠𝑖𝑖は子どものための養育費といった離婚後に支払う可能性がある費用や法的な コストを示す変数であり、𝜔𝜔𝑖𝑖は誤差項である。𝛾𝛾、𝜂𝜂は係数ベクトルを示す。これらの離婚 コストが高い場合、離婚せずに結婚を継続する確率が高まる。 次に離婚に影響を及ぼす外性変数𝑥𝑥ℎ𝑖𝑖,𝑥𝑥𝑤𝑤𝑖𝑖,𝑘𝑘𝑖𝑖, 𝜃𝜃𝑖𝑖について見ていく。これら外性変数を𝑦𝑦 = (𝑥𝑥ℎ𝑖𝑖,𝑥𝑥𝑤𝑤𝑖𝑖,𝑘𝑘𝑖𝑖, 𝜃𝜃𝑖𝑖)といったベクトルで表し、以下のような差分方程式を定義する。 𝑦𝑦𝑖𝑖= 𝐵𝐵𝑦𝑦 𝑖𝑖−1′ + 𝜇𝜇𝑖𝑖 (4) ただし、B は係数行列であり、𝜇𝜇𝑖𝑖は期間 t における予想できないショックであるとする。 離婚に影響を及ぼす各変数は、t-1 期の各値に予想できないショックが加わることで t 期の 値を形成することとなる。 以上の定義の下で、夫婦が結婚を継続するか、それとも離婚するかどうかといった意思 決定を Value function を用いて動学的に定式化する。離婚の意思決定には現在の状態変数の みならず、今後の変数からも大きく影響を受けるため、動学的なモデルを構築する必要が ある。ここでは𝑉𝑉𝑖𝑖(𝑦𝑦𝑖𝑖)を期間 t の時点で結婚していた場合に得られる期待効用であるとする。 この時の Value function の𝑉𝑉𝑖𝑖(𝑦𝑦𝑖𝑖)は、以下の式となる。 𝑉𝑉𝑖𝑖(𝑦𝑦𝑖𝑖) = 𝐺𝐺(𝑦𝑦𝑖𝑖) + 𝛽𝛽𝐸𝐸𝑖𝑖𝑚𝑚𝑚𝑚𝑥𝑥�𝑉𝑉𝑖𝑖+1(𝑦𝑦𝑖𝑖+1), 𝐴𝐴𝑤𝑤,𝑖𝑖+1+ 𝐴𝐴ℎ ,𝑖𝑖+1− 𝐶𝐶𝑖𝑖+1� (5) ただし𝛽𝛽は割引因子で、𝛽𝛽 < 1であるとする。(5)式から結婚から得られる期待効用が独身 であった場合の期待効用よりも小さいと離婚が発生することになる。つまり、以下の(6)の 場合に初めて離婚が成立する。 𝑉𝑉𝑖𝑖(𝑦𝑦𝑖𝑖) < 𝐴𝐴𝑤𝑤 ,𝑖𝑖+ 𝐴𝐴ℎ,𝑖𝑖 − 𝐶𝐶𝑖𝑖 (6) (5)式で定義される結婚からの期待効用に対して、夫の失業はどのような影響を及ぼすの だろうか。夫が失業した場合、所得が減少するため、夫が失業した時点の結婚からの効用 (𝑉𝑉𝑖𝑖(𝑦𝑦𝑖𝑖)) を低下させることになる。さらに、失業の効果が長期的であり、以前の所得水準 にまで回復するのに時間がかかる場合、失業後の結婚からの効用 (𝑉𝑉𝑖𝑖 +1(𝑦𝑦𝑖𝑖+1)) も低下させ ることになる。このため、夫の失業は離婚を引き起こす原因となる。しかし、同時に夫の 失業は、失業時点の夫の結婚市場における価値 (𝐴𝐴ℎ,𝑖𝑖) とそれ以降の結婚市場における価値 (𝐴𝐴ℎ ,𝑖𝑖+1) をともに低下させるため、離婚を抑制する原因にもなる。このため、どちらの効 果が大きいかによって離婚に及ぼす影響が異なってくる。 130

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5.推計手法

本節では推計手法について説明する。本稿の目的は夫の失業が離婚に及ぼす影響を定量 的に明らかにすることであり、(5)式の結婚の期待効用に夫の失業が及ぼす影響を推計する こととなる。実際に推計を行う場合、次の誘導型モデルをプロビット分析及び変量効果プ ロビット分析で推計する 7。なお、以下で説明する各変数の作成方法については、KHPS と JPSC でほぼ同一であり、違いがある際はどの点が異なっているのかを説明する。 𝑧𝑧𝑖𝑖𝑖𝑖= 𝛼𝛼 1𝑇𝑇𝑖𝑖𝑖𝑖−1+ 𝛼𝛼2𝑘𝑘𝑖𝑖𝑖𝑖−1+ 𝛼𝛼3𝜃𝜃𝑖𝑖𝑖𝑖−1+ 𝛼𝛼4𝐷𝐷𝑖𝑖𝑖𝑖−1+ 𝛼𝛼5𝐷𝐷𝑖𝑖𝑖𝑖−2+ 𝛼𝛼6𝐷𝐷𝑖𝑖𝑖𝑖−3+ 𝛼𝛼7𝑥𝑥𝑖𝑖𝑖𝑖−1 +𝛼𝛼8𝑊𝑊𝑖𝑖𝑖𝑖−1+ 𝛼𝛼9𝐸𝐸𝑖𝑖𝑖𝑖−1+ 𝛼𝛼10𝑉𝑉𝐸𝐸𝑖𝑖𝑖𝑖 −1+ 𝜐𝜐𝑖𝑖+ 𝜀𝜀𝑖𝑖𝑖𝑖 (7) i は観察された個人、t は観察時点を示す。𝑧𝑧𝑖𝑖𝑖𝑖は t-1 期に結婚していた夫婦が t 期に離婚 した場合に 1、結婚を継続した場合に 0 となるダミー変数である。この離婚ダミーは、配 偶状態に関する質問か、もしくは 1 年間の世帯変動に関する質問から作成可能となってい る。配偶状態に関する質問を利用して離婚ダミーを作成すると、死別者も離婚とみなされ てしまう可能性があるため、ここでは世帯変動に関する質問から離婚ダミーを作成する。 𝑇𝑇𝑖𝑖𝑖𝑖−1は結婚期間ダミー (1-5 年、6-10 年、11-15 年、16-20 年、21 年以上) を示している。 この変数によって、結婚期間の継続が離婚にどのような影響を及ぼすのかを検証する。も し結婚期間が長くなるにつれて離婚確率が低下する場合、係数は負の符号を示すこととな る。逆に結婚期間が長くなるにつれて離婚確率が上昇する場合、係数は正の符号を示すこ ととなる。国内及び海外の先行研究を見ると、結婚期間には負の duration dependence が存 在することが指摘されているため、負の係数を示すと予想される。 𝑘𝑘𝑖𝑖𝑖𝑖−1は結婚によって形成される資本を示しており、貯蓄額/100、有価証券保有額/100、5 歳以下の子どもありダミー、6-12 歳の子どもありダミー、子どもの数、持家ありダミーを 変数として使用している。貯蓄額及び有価証券保有額が大きい家計の場合、消費水準が拡 大し、結婚の期待効用が高まると考えられるため、負の符号を示すと予想される。また、“子 は鎹”と言われるように、子どもの存在は離婚コストを高め、夫婦として留まらせる効果が あると考えられるため、負の符号を示すと予想される。持家がある家計の場合、資産とし て分割が難しいため、離婚を抑制する効果があると考えられる。 𝜃𝜃𝑖𝑖𝑖𝑖 −1は夫婦のマッチングを示している。夫婦のマッチングは、実際の数値として観測す ることが困難であるため、ここでは結婚の期待効用の代理指標となる夫婦の学歴の組合せ ダミー、妻の初婚年齢ダミー、夫妻の年齢差ダミーを使用している。Becker (1974) は、そ の論文の中でどのような属性の組合せの夫婦だと結婚の期待効用が高まるのかを明らかに 7 これ以 外にも固定 効果ロジ ットモデル の推計を 行なった が、被説 明変数の 変動が少な かったた め、パラ メーターの推計値を得ることができなかった。このため、ここでは次善の策として観察できない個人属性 を考慮した変量効果プロビットモデルを使用する。また、パネル調査以前に結婚している割合が高く、使 用できる説明変数に制限がかかってしまうため、今回はサバイバル分析を使用しなかった。 131

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している。Becker (1974) では、教育水準、身長、知能、年齢、非勤労所得、身体的な魅力 等の個人属性に関しては、その属性が大きく近い夫婦の組合せほど、結婚の期待効用が高 く、離婚確率が低下することを指摘している。このため、夫婦の学歴の組合せダミーは夫 婦の学歴が高く、同じ学歴であるほど、離婚確率が低下するため、負の符号を示すと予想 される。また、夫妻の年齢差ダミーはその差が大きくなるほど、離婚確率が上昇すると考 えられるため、正の符号を示すと予想される。妻の初婚年齢ダミーであるが、これは配偶 者を結婚市場においてサーチした期間を示す指標として利用している 8。配偶者をサーチ した期間が長くなるほど、よりマッチングの高い相手を探し出すことが可能となるため、 初婚年齢の上昇は結婚の期待効用を高めると考えられる。この結果、初婚年齢の上昇は、 離婚確率を低下させると考えられるため、負の符号を示すと予想される。 𝐷𝐷𝑖𝑖𝑖𝑖−1𝐷𝐷𝑖𝑖𝑖𝑖−2𝐷𝐷𝑖𝑖𝑖𝑖−3は夫の失業経験ダミーを示しており、本稿で最も注目する変数であ る。𝐷𝐷𝑖𝑖𝑖𝑖−1は 1 年前に夫が失業を経験した場合に 1、継続就業していた場合に 0 となるダミ ー変数である。𝐷𝐷𝑖𝑖𝑖𝑖−2は夫が 2 年前に失業を経験した場合を示し、𝐷𝐷𝑖𝑖𝑖𝑖−3は夫が 3 年前に失業 を経験した場合のダミー変数を示している。t-2 期、t-3 期の夫の失業経験ダミーを使用す る理由は、Jacobson et al. (1993)、Couch and Placzek (2010) で指摘されているように、失業 直後の数年間にわたって所得が大幅に低下するため、失業 2 年後、3 年後でも離婚に影響 を及ぼす可能性があるためである。また、t-4 期以前の変数を使用しないのは、夫の失業サ ンプルが少ないため、説明変数として推計に使用できないためである。夫が失業を経験し た場合、結婚の期待効用を低下させる効果と結婚市場における夫の価値を低下させる効果 がそれぞれ存在する。このため、前者の効果が後者を上回れば正の符号を示し、逆に後者 の効果が上回れば負、もしくは有意な係数を示さないと予想される。 この夫の失業経験ダミーについて、2 つの注意点がある。1 つ目は、定年退職による夫の 失業の取扱いについてである。定年退職の場合、他の理由による失業とは異なり、いつの 時点で失業するのかが明確であるため、家計に及ぼす影響が異なると考えられる。このた め、定年退職による失業を分析対象から除外する必要がある。KHPS の質問票では、転職、 失業した場合にその理由について質問しており、この中で「定年又はこれに準ずる理由の ため」と回答した場合、分析対象から除外した。JPSC の場合でも失業した場合、その理由 について質問しているが、全調査期間において定年退職による失業を識別するための選択 肢が存在していない。そこで、JPSC では 59 歳以下の夫の失業のみを分析対象として扱う ことで定年退職による夫の失業を除外した。

2 つ目は、自発的失業及び非自発的失業の識別についてである。Charles and Stephens (2004) や Do iron and Mendolia (2012) では非自発的失業の場合のみを分析対象としている。 これは、自発的失業も分析対象とした場合、事前にその失業を予見できる可能性があるた め、必ずしも失業を外生的なショックとして扱うことができず、離婚に及ぼす影響を適切 8 夫の初 婚年齢ダミ ーは、妻 の初婚年 齢ダミー や夫婦の年 齢差ダミ ーと多重 共線性が見 られたた め、推計 に使用することができなかった。 132

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に検証できない恐れがあるためである。本分析でも同様に非自発的な理由で失業した場合 のみを取り出し、変数を作成することを試みたが、サンプルサイズが少なかったため、分 析に使用することができなかった。このため、本分析では、推計結果にバイアスをもたら す恐れがあるものの、理由の如何に問わず夫が失業した場合に 1 となる失業ダミーを使用 していく。この点に対する対処は、今後の研究課題である。 𝑥𝑥𝑖𝑖𝑖𝑖−1はその他コントロール変数を示しており、都道府県別離婚率、都道府県別失業率、 コーホートダミー、市郡規模ダミー、地域ブロックダミー、年次ダミー9を使用する。KHPS ではこれらのコントロール変数をすべて使用するが、JPSC では地域ブロックダミー、都道 府県別離婚率、都道府県別失業率を使用することができなかった。これは、JPSC の場合、 各サンプルの居住都道府県の情報を利用できないためである。なお、KHPS で都道府県別 離婚率や都道府県別失業率を特に利用するのは、分析期間中に東日本大震災が発生したた め、それによる地域労働市場や離婚への影響をコントロールするためである。 𝑊𝑊𝑖𝑖𝑖𝑖−1は妻の就業状態ダミー及び新規就業ダミーを示す。離婚の意思決定に妻の稼得能力 が大きな影響を及ぼす。特に妻が就業している場合、結婚の分業による便益が低下するた め、離婚確率が上昇すると考えられる。このため、𝑊𝑊𝑖𝑖𝑖𝑖 −1は正の符号を示すと予想される。 𝐸𝐸𝑖𝑖𝑖𝑖−1は夫の所得ダミー (400 万円未満、400-600 万円、600 万円以上) を示す。この変数 は、所得水準を考慮しても失業が離婚に及ぼす影響に変化が見られないかを検証するため に使用する。夫の所得が高いほど家計消費額も高く、結婚を継続することの便益が上昇す ると考えられるため、夫の所得ダミーは負の符号を示すと予想される。 𝑉𝑉𝐸𝐸𝑖𝑖𝑖𝑖−1は t-1 期から t 期の夫の所得変動額を示す。この変動所得を使用する目的は、夫の

失業に伴う所得のショックを捉えるためである。Jacobson et al. (1993)、Couch and Placzek (2010) の研究で指摘されているように、失業前後において最も所得が低下するため、失業 の直前と直後の所得変化を捉えられる変数を作成する必要がある。そのため、今回の推計 では変動所得を t-1 期から t 期の夫の所得変化額と定義した。この変数と夫の失業経験ダミ ーを同時に使用することで、夫の失業の離婚に及ぼす影響が所得変動に起因したものなの か、それとも、それ以外の要因に起因したものなのかを検証できる。もし変動所得を使用 しても夫の失業経験ダミーが有意であった場合、Charles and Stephens (2004) が指摘するよ うに、失業によって明らかになる配偶者としての適性が離婚の原因になっている可能性が ある。なお、夫の所得ダミーと変動所得を同時に使用すると多重共線性が発生するため、 推計では別々に説明変数として使用している。 𝜐𝜐𝑖𝑖は観察できない個人効果、𝜀𝜀𝑖𝑖𝑖𝑖は誤差項を示している。分析では、因果関係を明確にす るため、夫の失業経験ダミー以外のすべての説明変数で 1 期前の値を使用する。 推計に利用した各変数の基本統計量は、表 5-1 に掲載してある。表 5-1 では離婚経験 サンプルと結婚継続サンプルのさまざまな個人属性の平均値の違いを比較している。なお、 9 厚生労 働省の『平成 21 年度「離 婚に関する 統計」の 概況』は、近年にな るほど裁 判離婚が緩 やかに増 加していると指摘している。これは以前と比較して、離婚による法的なコストが増加する傾向にあること を示している。今回の分析では、この影響を年次ダミーによって考慮していると考えている。 133

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離婚経験サンプルとは分析期間中に一回でも離婚を経験したサンプルのことをさし、結婚 継続サンプルとは分析期間中に一回も離婚を経験しなかったサンプルのことをさしている。 表5-1 基本統計量 表中の値のうち、注目される違いがある変数について見ていく。まず、夫の失業経験ダ ミーを見ると、KHPS、JPSC の両データとも離婚経験サンプルの値の方が大きくなってい た。夫の失業が離婚を促進する可能性が考えられる。次に妻の初婚年齢ダミーについて見 ると、離婚経験サンプルの方が 19 歳以下の割合が若干高い傾向があった。結婚年齢が早い と離婚しやすい傾向があると言える。結婚期間ダミーについて見ると、KHPS では結婚継 続サンプルの 21 年以上の割合が 6 割近くになっていた。これは幅広い年齢層をカバーする KHPS では結婚期間が長いほど離婚しにくくなる傾向が見られると言える。これに対して 比較的若年層の比率が多い JPSC ではこのような傾向は確認できなかった。次に 5 歳以下 サンプル サイズ 平均値 標準 偏差 サンプル サイズ 平均値 標準 偏差 サンプル サイズ 平均値 標準 偏差 サンプル サイズ 平均値 標準 偏差 1年前に夫失業 232 0.03 0.17 16678 0.01 0.12 1265 0.02 0.15 15921 0.01 0.09 2年前に夫失業 232 0.02 0.15 16678 0.01 0.11 1265 0.02 0.13 15921 0.01 0.08 3年前に夫失業 232 0.01 0.11 16678 0.01 0.10 1265 0.01 0.12 15921 0.01 0.08 19歳以下 232 0.16 0.37 16678 0.03 0.17 1265 0.10 0.31 15921 0.04 0.20 20-24歳 232 0.34 0.47 16678 0.45 0.50 1265 0.52 0.50 15921 0.46 0.50 25-29歳 232 0.37 0.48 16678 0.40 0.49 1265 0.28 0.45 15921 0.42 0.49 30-34歳 232 0.06 0.25 16678 0.08 0.28 1265 0.09 0.28 15921 0.07 0.25 35歳以上 232 0.07 0.25 16678 0.03 0.18 1265 0.01 0.09 15921 0.01 0.11 妻高卒/夫高卒 232 0.65 0.48 16678 0.51 0.50 1265 0.39 0.49 15921 0.27 0.45 妻高卒/夫専門・短大卒 232 0.01 0.09 16678 0.04 0.18 1265 0.12 0.33 15921 0.08 0.28 妻高卒/夫大卒 232 0.07 0.26 16678 0.12 0.33 1265 0.10 0.29 15921 0.10 0.29 妻専門・短大卒/夫専門・短大卒 232 0.00 0.00 16678 0.02 0.14 1265 0.07 0.25 15921 0.08 0.28 妻専門・短大卒/夫高卒 232 0.14 0.35 16678 0.08 0.28 1265 0.13 0.34 15921 0.15 0.36 妻専門・短大卒/夫大卒 232 0.07 0.26 16678 0.12 0.32 1265 0.10 0.31 15921 0.18 0.39 妻大卒/夫大卒 232 0.02 0.13 16678 0.09 0.29 1265 0.07 0.25 15921 0.10 0.30 妻大卒/夫高卒 232 0.00 0.00 16678 0.02 0.13 1265 0.01 0.10 15921 0.01 0.12 妻大卒/夫妻専門・短大卒 232 0.03 0.18 16678 0.00 0.06 1265 0.01 0.12 15921 0.01 0.12 +4<夫の年齢-妻の年齢 232 0.32 0.47 16678 0.35 0.48 1265 0.28 0.45 15921 0.35 0.48 +1<夫の年齢-妻の年齢<+3 232 0.34 0.47 16678 0.37 0.48 1265 0.36 0.48 15921 0.38 0.48 夫と妻の年齢差なし 232 0.16 0.36 16678 0.13 0.34 1265 0.12 0.32 15921 0.13 0.34 -3<夫の年齢-妻の年齢<-1 232 0.12 0.33 16678 0.11 0.32 1265 0.18 0.38 15921 0.12 0.33 夫の年齢-妻の年齢<-4 232 0.07 0.25 16678 0.03 0.16 1265 0.07 0.25 15921 0.02 0.14 結婚期間ダミー 1-5年 232 0.16 0.37 16678 0.04 0.20 1265 0.22 0.42 15921 0.21 0.41 6-10年 232 0.28 0.45 16678 0.11 0.31 1265 0.34 0.47 15921 0.30 0.46 11-15年 232 0.19 0.39 16678 0.13 0.34 1265 0.27 0.45 15921 0.25 0.44 16-20年 232 0.16 0.36 16678 0.12 0.33 1265 0.13 0.34 15921 0.16 0.36 21年以上 232 0.22 0.42 16678 0.59 0.49 1265 0.03 0.18 15921 0.08 0.26 子ども関連変数 5歳以下の子どもありダミー 232 0.34 0.47 16678 0.15 0.36 1265 0.55 0.50 15921 0.48 0.50 6-12歳以下の子どもありダミー 232 0.47 0.50 16678 0.26 0.44 1265 0.48 0.50 15921 0.48 0.50 子どもの数 232 1.69 0.94 16678 1.54 1.05 1265 1.68 1.06 15921 1.74 0.97 資産変数 貯蓄額(万円)/100 232 2.27 5.08 16678 8.42 14.03 1265 1.40 2.62 15921 3.70 5.96 有価証券保有額(万円)/100 232 0.47 2.30 16678 1.85 7.65 1265 0.02 0.00 15921 0.02 0.00 持家ありダミー 232 0.52 0.50 16678 0.84 0.37 1265 0.48 0.50 15921 0.67 0.47 都道府県別変数 都道府県別離婚率 232 2.06 0.27 16678 2.03 0.22 都道府県別失業率 232 4.53 1.11 16678 4.44 0.97 正規雇用 232 0.17 0.37 16678 0.12 0.32 1265 0.21 0.41 15921 0.17 0.38 非正規雇用 232 0.45 0.50 16678 0.28 0.45 1265 0.29 0.46 15921 0.26 0.44 自営業・その他 232 0.12 0.32 16678 0.17 0.37 1265 0.09 0.29 15921 0.09 0.29 妻の新規就業ダミー 232 0.06 0.24 16678 0.03 0.17 1265 0.08 0.27 15921 0.06 0.24 夫の勤労収入(万円) 215 373 236 15691 442 318 1171 338 218 15130 469 281 夫の勤労収入ダミー 400万円未満 215 0.64 0.48 15691 0.48 0.50 1171 0.63 0.48 15130 0.40 0.49 400-600万円 215 0.25 0.43 15691 0.24 0.43 1171 0.30 0.46 15130 0.34 0.48 600万円以上 215 0.12 0.32 15691 0.28 0.45 1171 0.07 0.26 15130 0.25 0.43 夫の変動所得 197 0.90 174.44 14711 -7.27 134.65 922 0.06 2.03 12790 0.13 2.28 注1:各推計では用いた説明変数が異なるため、サンプルサイズが異なる場合がある。 注2:KHPSの離婚発生件数は55件であり、JPSCの離婚発生件数は197件であった。 注3:KHPS2004-KHPS2012、JPSC1993-JPSC2009から筆者作成。 変数 妻と夫の 学歴組合せダミー 夫と妻の 年齢差ダミー 妻の 初婚年齢ダミー 妻の 就業状態ダミー 夫の 失業経験ダミー KHPS JPSC 離婚経験サンプル 結婚継続サンプル 離婚経験サンプル 結婚継続サンプル 134

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の子供ありダミーや 6-12 歳以下の子どもありダミーを見ると、いずれの変数も離婚経験サ ンプルの値の方が大きくなる傾向が見られた。この点は仮説とは異なった傾向を見せてお り、子どもの存在が離婚の抑制に寄与していない可能性がある。 貯蓄額、有価証券保有額、持家ありダミーといった資産変数について見ると、いずれの 変数も結婚継続サンプルの値の方が大きくなっていた。資産規模が大きいほど、離婚の抑 制につながる傾向が見られる。次に妻の就業状態ダミーや新規就業ダミーを見ると、離婚 経験サンプルの方が正規雇用、非正規雇用、そして新規就業についている割合が高くなっ ていた。この点については離婚を予期した妻が労働供給を増やす可能性があるため、慎重 に解釈すべきであるが、労働市場で就業している妻ほど離婚しやすい傾向があると考えら れる。最後に夫の勤労収入を見ると、離婚経験サンプルの方が低い傾向があった。夫の所 得が低いほど、家計消費が抑制され、効用が低くなるため、離婚しやすい可能性がある。

6.推計結果

6.1 KHPS の 推 計結果 表 6-1 は KHPS を用いた離婚に関するプロビット分析の結果を示している。(A1)から (A8)の結果を見ると、対数尤度比検定によって選択された(A1)、(A3)、(A5)、(A7)のすべて の 2 年前の夫失業経験ダミーが有意に正の符号を示していた。この結果は、夫が 2 年前に 失業を経験した場合、離婚確率が上昇することを示す。また、表 6-1 の(A7)、(A8)の 1 期 前の夫の変動所得を説明変数に加えた場合でも夫の失業経験ダミーが有意であった結果を 考慮すると、所得以外の失業の効果が離婚確率を上昇させると考えられる。この所得以外 の失業の効果として、Charles and Stephens(2004)が指摘するように、失業がスティグマとし て認識され、結婚相手としての適性に関する負のシグナルになっている可能性が考えられ る。 次に夫の失業経験ダミー以外の変数を見ると、妻の初婚年齢ダミーでは 19 歳以下のみが 有意に正の符号を示していた。これは、妻の初婚年齢が 19 歳以下の場合だと、離婚確率が 上昇することを示している。妻の初婚年齢が 10 代であり、結婚市場において配偶者を十分 な期間をとってサーチしないと夫婦のマッチングが低下するため、離婚しやすくなると言 える。次に夫妻の学歴組み合わせダミーを見ると、夫婦ともに大卒ダミーが有意に負の符 号を示す場合が多かった。これは、夫婦ともに高学歴だと夫婦のマッチングが高まり、離 婚しにくくなると考えられる。夫妻の年齢差ダミーを見ると、いずれの変数も有意な符号 を示していなかった。夫婦の年齢差が拡大した場合、結婚からの期待効用が低下するため、 離婚確率が上昇すると予想されたが、その傾向は確認されなかった。また、結婚期間ダミ ーについて見ると、ほとんどの変数において有意な値を示していなかった。結婚期間が長 くなるほど、配偶者の嗜好等の情報が蓄積され、離婚コストが上昇するため、離婚しにく 135

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くなると考えられたが、その傾向は多くの場合で確認できなかった 10。5 歳以下の子ども ありダミー、6-12 歳の子どもありダミー及び子どもの数について見ると、いずれの変数も 有意な値を示していなかった。幼い子どもの存在は離婚コストを高めるため、離婚を抑制 すると考えられたが、その効果を確認できなかった。貯蓄額、有価証券保有額及び持家あ りダミーの資産変数を見ると、持家ありダミーのみが有意に負の符号を示していた。これ は、持家がある夫婦ほど離婚確率が低下することを示している。金融資産とは違って分割 の難しい持家の存在が離婚を抑制すると言える。妻の就業状態ダミー及び妻の新規就業ダ ミーを見ると、正規雇用ダミー及び非正規雇用ダミーのみが有意に正の符号を示していた。 これは、妻が 1 期前に正規雇用や非正規雇用で就業していると離婚確率が上昇することを 意味する。妻が雇用就業で働いている場合、結婚の分業による便益が低下するため、離婚 しやすくなると考えられる。また、就業することで経済的に自立でき、夫の所得に頼らず とも生活できるようになるため、離婚しやすくなるといった要因も考えられる。最後に夫 の所得ダミー及び変動所得を見ると、いずれも有意な値を示していなかった。 6.2 JPSC の推計結果 表 6-2 は JPSCを用いた離婚に関するプロビット分析の結果を示している。(B1)から(B8) の結果を見ると、いずれの場合も 1 年前の夫失業経験ダミーが有意に正の値を示していた。 この結果は、夫が 1 年前に失業を経験した場合、離婚確率が上昇することを示している。 KHPS よりもタイミングが 1 年早くなっているが、夫の失業が離婚確率を上昇させる傾向 にあった11。また、表 6-2 の(B7)、(B8)の夫の変動所得を説明変数に加えた結果を見ると、 KHPS と同様に夫の失業経験ダミーが有意であった。 この結果から、所得以外の失業の効果が離婚確率を上昇させると考えられる。以上の結 果から、KHPS、JPSC の両データを用いた場合でも、夫の失業経験が離婚確率を上昇させ ると言える。 次に夫の失業経験ダミー以外の変数のうち、KHPS と異なった結果を見せている変数を 見ていく。夫妻の年齢差ダミーを見ると、妻の年齢が夫の年齢よりも 4 歳以上高いと、離 婚確率が上昇していた。夫婦の年齢差が拡大した場合、結婚からの期待効用が低下するた め、離婚確率が上昇すると予想されたが、JPSC ではその傾向が確認できた。5 歳以下の子 どもありダミーを見ると、多くの場合、有意に負の符号を示していた。この結果は仮説ど 10 結婚期 間ダミーの 効果を解 釈する際、パネル調査開始以前に結婚しているサンプルを分析対象とするこ とで発生するサンプルセレクション・バイアスの影響に注意する必要がある。パネル調査開始以前に結婚 しているサンプルを分析対象とした場合、結婚期間が長く、離婚しにくいサンプルの比率が高まるため、 結婚期間ダミーの効果を過大に負に推計する恐れがある。これを回避するには Weiss and Willis(1997)のよ うに、結婚開始時点からのみのサンプルを利用する必要があるが、今回の分析ではサンプルが十分ではな かったため、そのような対処はできなかった。この点は本稿の限界点であり、今後の研究課題である。 11 JPSC の 方が KHPS より も 1 年 早く夫の失 業の効果 が表れる 理由として 、さまざ まな要因 が考えられ る が、その 1 つに JPSC の年齢構成がある。JPSC は若年女性の割合が多く、夫の失業によって離婚したとし ても再度配偶者を探す際のサーチコストが中高齢層の多い KHPS よりも低いと考えられる。この結果、離 婚に踏み切りやすく、KHPS よりも早く夫の失業の効果が顕在化する可能性がある。 136

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表6―1 夫の失業が離婚に及ぼす影響に関するプロビット分析(KHPS を使用) (A1) (A2) (A3) (A4) (A5) (A6) (A7) (A8)

説明変数 係数 係数 係数 係数 係数 係数 係数 係数 夫の失業経験ダミー 1年前に夫失業 -0.001 -0.069 -0.004 -0.065 -0.019 -0.076 0.012 -0.022 (0.422) (0.498) (0.428) (0.500) (0.435) (0.499) (0.479) (0.561) 2年前に夫失業 0.641** 0.702* 0.563* 0.615* 0.564* 0.610 0.612* 0.669* (0.302) (0.359) (0.318) (0.372) (0.332) (0.379) (0.338) (0.407) 3年前に夫失業 0.020 0.012 0.013 0.003 0.039 0.033 0.075 0.064 (0.501) (0.576) (0.507) (0.580) (0.516) (0.577) (0.531) (0.626) 妻の初婚年齢ダミー 19歳以下 0.739** 0.891** 0.741** 0.885** 0.785** 0.907** 0.710** 0.866* ref:35歳以上 (0.307) (0.420) (0.308) (0.417) (0.315) (0.411) (0.327) (0.446) 20-24歳 0.060 0.087 0.067 0.091 0.044 0.057 0.063 0.083 (0.278) (0.335) (0.279) (0.333) (0.285) (0.329) (0.291) (0.357) 25-29歳 0.146 0.180 0.152 0.183 0.149 0.172 0.151 0.186 (0.274) (0.332) (0.275) (0.330) (0.280) (0.325) (0.287) (0.353) 30-34歳 -0.213 -0.234 -0.204 -0.224 -0.361 -0.402 -0.349 -0.405 (0.322) (0.386) (0.323) (0.383) (0.352) (0.409) (0.358) (0.440) 妻と夫の学歴組合せダミー 妻高卒/夫専門・短大卒 -0.374 -0.433 -0.366 -0.420 -0.353 -0.399 -0.334 -0.399 ref:妻高卒/夫高卒 (0.367) (0.440) (0.366) (0.434) (0.381) (0.442) (0.378) (0.464) 妻高卒/夫大卒 -0.287 -0.334 -0.289 -0.334 -0.231 -0.264 -0.227 -0.275 (0.211) (0.257) (0.211) (0.255) (0.220) (0.255) (0.218) (0.270) 妻専門・短大卒/夫高卒 -0.058 -0.081 -0.057 -0.079 0.008 -0.006 0.010 -0.007 (0.169) (0.204) (0.169) (0.202) (0.175) (0.202) (0.174) (0.214) 妻専門・短大卒/夫大卒 -0.082 -0.101 -0.087 -0.105 0.012 0.010 -0.012 -0.018 (0.182) (0.218) (0.183) (0.217) (0.189) (0.217) (0.187) (0.228) 妻大卒/夫大卒 -0.618* -0.712* -0.621* -0.710* -0.568 -0.635 -0.624* -0.735 (0.352) (0.429) (0.353) (0.426) (0.363) (0.424) (0.365) (0.456) 妻大卒/夫専門・短大卒 0.602 0.698 0.595 0.687 0.680 0.745 0.613 0.718 (0.464) (0.570) (0.470) (0.570) (0.495) (0.580) (0.492) (0.615) 夫と妻の年齢差ダミー 夫の年齢-妻の年齢≧+4 -0.057 -0.094 -0.057 -0.093 -0.111 -0.153 -0.117 -0.174 ref:夫と妻の年齢差なし (0.160) (0.195) (0.160) (0.194) (0.167) (0.200) (0.168) (0.214) +1<夫の年齢-妻の年齢<+3 -0.032 -0.047 -0.033 -0.049 -0.082 -0.104 -0.097 -0.129 (0.152) (0.182) (0.152) (0.181) (0.158) (0.185) (0.158) (0.196) -3<夫の年齢-妻の年齢<-1 -0.147 -0.196 -0.152 -0.200 -0.149 -0.193 -0.141 -0.203 (0.201) (0.248) (0.202) (0.247) (0.206) (0.246) (0.206) (0.262) -4≧夫の年齢-妻の年齢 0.070 0.043 0.076 0.049 0.095 0.077 0.108 0.095 (0.285) (0.345) (0.285) (0.342) (0.292) (0.340) (0.294) (0.364) 結婚期間ダミー 6-10年 0.143 0.153 0.144 0.153 0.161 0.169 0.122 0.135 ref:1-5年 (0.226) (0.258) (0.226) (0.256) (0.232) (0.258) (0.232) (0.271) 11-15年 -0.058 -0.064 -0.061 -0.067 -0.056 -0.063 -0.046 -0.048 (0.256) (0.296) (0.256) (0.294) (0.266) (0.298) (0.266) (0.314) 16-20年 -0.172 -0.222 -0.175 -0.222 -0.254 -0.302 -0.298 -0.364 (0.271) (0.321) (0.271) (0.318) (0.286) (0.330) (0.289) (0.350) 21年以上 -0.394 -0.486 -0.398 -0.484 -0.449* -0.536 -0.432 -0.545 (0.258) (0.325) (0.258) (0.323) (0.270) (0.335) (0.272) (0.355) 子ども関連変数 5歳以下の子どもありダミー -0.085 -0.112 -0.097 -0.122 -0.101 -0.124 -0.058 -0.083 (0.168) (0.198) (0.169) (0.197) (0.175) (0.200) (0.177) (0.211) 6-12歳以下の子どもありダミー 0.171 0.184 0.162 0.174 0.192 0.204 0.165 0.178 (0.158) (0.182) (0.158) (0.181) (0.170) (0.189) (0.171) (0.200) 子どもの数 -0.032 -0.033 -0.031 -0.032 -0.013 -0.011 -0.034 -0.035 (0.068) (0.080) (0.068) (0.079) (0.073) (0.083) (0.075) (0.089) 資産変数 貯蓄額/100 -0.018 -0.021 -0.017 -0.020 -0.010 -0.011 -0.013 -0.016 (0.013) (0.015) (0.013) (0.015) (0.012) (0.014) (0.013) (0.016) 有価証券保有額/100 -0.082 -0.098 -0.083 -0.099 -0.073 -0.085 -0.077 -0.096 (0.084) (0.100) (0.085) (0.101) (0.082) (0.095) (0.084) (0.104) 持家ありダミー -0.421*** -0.504*** -0.422*** -0.500*** -0.418*** -0.484*** -0.435*** -0.535*** (0.114) (0.174) (0.114) (0.173) (0.121) (0.172) (0.122) (0.193) 都道府県別変数 都道府県別離婚率 -0.384 -0.475 -0.403 -0.489 -0.270 -0.334 -0.333 -0.438 (0.427) (0.518) (0.428) (0.515) (0.447) (0.522) (0.447) (0.557) 都道府県別失業率 0.196* 0.235 0.200* 0.236* 0.170 0.196 0.183 0.225 (0.116) (0.143) (0.116) (0.142) (0.124) (0.145) (0.124) (0.156) 妻の就業状態ダミー 正規雇用 0.689*** 0.800*** 0.682*** 0.786*** 0.732*** 0.821*** 0.724*** 0.854*** ref:非就業 (0.160) (0.238) (0.161) (0.235) (0.172) (0.239) (0.172) (0.259) 非正規雇用 0.408*** 0.455*** 0.391*** 0.433** 0.414*** 0.449** 0.407*** 0.457** (0.138) (0.170) (0.140) (0.169) (0.150) (0.176) (0.150) (0.187) 自営業・その他 0.216 0.230 0.199 0.211 0.300 0.324 0.242 0.273 (0.190) (0.222) (0.191) (0.221) (0.198) (0.226) (0.208) (0.248) 妻の新規就業ダミー 0.202 0.216 0.198 0.209 0.255 0.277 (0.216) (0.246) (0.225) (0.250) (0.225) (0.262) 夫の所得ダミー 400-600万円 -0.104 -0.117 ref:400万円未満 (0.128) (0.145) 600万円以上 -0.247 -0.279 (0.181) (0.210) 夫の変動所得 -0.000 -0.000 (0.000) (0.001)

市郡規模ダミー Yes Yes Yes Yes Yes Yes Yes Yes

コーホートダミー Yes Yes Yes Yes Yes Yes Yes Yes

地域ブロックダミー Yes Yes Yes Yes Yes Yes Yes Yes

年次ダミー Yes Yes Yes Yes Yes Yes Yes Yes

定数項 -3.090*** -3.497*** -3.053*** -3.434*** -3.177*** -3.485*** -3.093*** -3.545*** (0.793) (1.107) (0.796) (1.095) (0.848) (1.099) (0.850) (1.191) 推計方法 プールド プロビット 変量効果 プロビット プールド プロビット 変量効果 プロビット プールド プロビット 変量効果 プロビット プールド プロビット 変量効果 プロビット 対数尤度 -300.701 -300.284 -300.298 -299.924 -271.878 -271.606 -264.453 -263.993 モデル選択に関する対数尤度比検定(p値) サンプルサイズ 16910 16910 16910 16910 15906 15906 14908 14908 注1):***、**、*はそれぞれ推定された係数が1%、5%、10%水準で有意であるのかを示す。 注2):()内の値は標準誤差を示す。 注3):(A1)〜(A8)において、妻専門・短大卒/夫専門・短大卒ダミーのサンプルサイズが少なかったため、推計に使用することができなかった。 注4):KHPS2004- KHPS2012から筆者推計。 被説明変数:離婚=1、結婚継続=0 0.181 0.194 0.230 0.169 137

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