Ⅰ.はじめに
1960年代後半にインドでいわゆる「緑の革命」が開始されてから、既に四半世紀あま りが経過した。「緑の革命」という言葉が指し示す内容は論者によって差があるが、本稿 ではそれを、近代的農業技術の普及とそれを支える強力な農業育成政策とから構成され るものとする。周知のように「緑の革命」の効果を疑問視する主張は依然として根強い が、四半世紀を経過した今日、少なくともインド北西部地域で穀物の生産量が大幅に増 加したことだけは誰の目にも明らかである。この農業生産力の急成長は、単に農産物の 生産量の増大を導いただけではない。それにともなう農業経営の変化や市場向け農業生 産の増大は、農地保有の階層構成、すなわち農地保有構造にも大きな影響を与えてきた。 本稿では、「緑の革命」がもっとも典型的に進展したとされるインド・パンジャーブ州を 対象として、「緑の革命」が開始される直前の1960年頃から最新の資料が入手可能な90 年頃にかけての、農地保有構造の変容を検討する。 「緑の革命」にともなう農地保有構造の変容については、既に相当の研究蓄積がなされ ている。土地改革やカースト制度、農村の社会構造等に関連する、広い意味での制度論 的な分析をひとまずおいて、経済的側面からの分析に限定すると、これまでの研究で指 摘されてきたことはおおむね次の3点に集約されよう。 第1に、技術進歩にともなう土地生産性の向上によって、農家の存続に必要な最小経 営規模が低下したため小規模農家が増加した。第2に、同じく土地生産性の向上を契機 として地主による貸付地の取り上げが進行し、自作農が相対的にも絶対的にも増加した。 このふたつは、多くの研究者がほぼ暗黙のうちに共有する認識だが、管見によれば、そ れらを実証的に検討したのはS・バッラである。彼女はパンジャーブ州と並び称される 「緑の革命」先進地域、ハリヤナ州で大規模な標本調査を行い、1961年から71年にかけ て同州でこれらの現象が進行していることを指摘した(1)。「緑の革命」初期の農地保有構 造はこのふたつの傾向に規定されていたとみてよいだろう。 第3の指摘は、「緑の革命」の一層の成熟とともに登場した。それは、トラクター等の 農業機械を所有する上層農家が、小作によって経営規模を拡大しているとの主張である。「緑の革命」先進地域における農地保有構造
の変容と地主像の変化
インド・パンジャーブ州を事例に
杉本大三
独立以前に多くみられた、大土地所有者が多数の零細な小作農を抱える地主─小作関係 が逆転したという意味で、この現象はリバース・テナンシーと呼ばれる。1970年代半ば 以来多くの研究者がケース・スタディにもとづいてこの現象を報告してきたが、近年で はマクロ・データからもこうした傾向が裏付けられつつある(2)。 以上の指摘が、パンジャーブ州の農地保有構造を読み解く上で重要な手がかりとなる ことはいうまでもない。しかし、そこで示されているのは、農地保有構造の変化を促す 諸契機であって、農地保有構造の変化の全体像が提示されているとはいえない。先行研 究の抱える最大の問題はこの点にある。マクロ・データを利用して農地保有構造の全体 像に接近しようとした研究も散見されるが、その多くは経営農地、所有農地、小作地等 に関する数値を個別に分析したものであり、それらの相互関係や、変化の背景について 十分な検討が加えられてきたとはいえない。 農地保有構造の全体像が曖昧なままにされてきたことと関連して、先行研究で指摘さ れてきた論点についても、なお検討すべき問題が残されている。ひとつは、貸付地の取 り上げにともなって進行する自作農の増加傾向と、リバース・テナンシー、すなわち小 作による経営規模拡大傾向との関係である。これらは異なる時期に生じたのか、あるい は同時並行的に進行したのか、後者であるとすればどちらがより支配的な傾向だったの か等の点について、一層の分析が必要である。 いまひとつの問題は、リバース・テナンシーが、地主との関係で十分には論じられて こなかった点にある。リバース・テナンシーによって地主─小作関係が変化しているな らば、新たな地主が出現しているはずだが、それはどういった階層に属し、どのような 特徴をもつのかが明らかにされねばならない(3)。 したがって、本稿では①パンジャーブ州における農地保有構造の推移を、その全体像 において素描し、②そのことを通じて貸付地の取り上げによる自作農化傾向と、リバー ス・テナンシーとの関係を分析するとともに、③リバース・テナンシーにともなう地主 像の変化を考察する。その際本稿では分析視角として、農家諸階層における、農業経営 と農地保有との相互規定的な関係を重視する(4)。そのことによって農地保有構造の変化 が意味することを正しく理解できるはずである。 以下では次のように議論を進める。まず II では、農地保有の分析に必要な限りで、パ ンジャーブ州における農業生産の動向を概観するとともに、農家諸階層における農業技 術の普及動向と、農業経営の推移を検討する。この分析結果にもとづいて、経営規模別 の農家構成と小作の動向を III で、農地貸付の動向を IV の前半でそれぞれ検討する。さら に IV の後半では、地主を類型化して分析し、新たに登場しつつある地主の存在形態や、 それが農地貸付に占める重要性について検討を加える。最後にVでは、実証作業から明 らかになった点を整理する。 本論での実証分析に際して基礎資料となるのは、「全国標本調査(National Sample Survey, 以下NSSと略)」の一部として実施されている土地保有調査の結果と、「パンジャ
ーブ州農業会計調査(Farm Accounts in the Punjab、以下「農業会計調査」と略)」の結果であ る。NSSの土地保有調査は、独立後5回実施されているが、本稿ではこのうちの4回分、 すなわち1961─62年、71─72年、82年、91─92年の農村部の調査結果を利用する(5)。 NSSでは農家だけでなく非農家をも含む、農村世帯全体が調査対象とされており、農家 が所有あるいは経営する農地とともに、不耕作地主等の非農家が所有する農地について も一定の分析を加えることが可能である。調査結果の時系列比較に際しては、地理的範 囲や用語の定義変更に配慮して必要な修正を施した。特に、農家の経営規模については、 原則として0.2haを下限としているので、注意されたい(6)。なお、82年の調査までは集 計データのみが公表されてきたが、最新の91─92年調査では、これに加えてCD-ROM 形式で個票データが公表されている。本稿ではこのデータを活用して、従来不可能であ った詳細な分析を試みる予定である(7)。いまひとつの基礎資料である「農業会計調査」 は、調査農家数が少ないものの個票データが公表されており、経営規模階層別に農業経 営の推移を知りうる、ほとんど唯一の資料である。農家の経営分析にはこのデータを用 いることにする。
Ⅱ.パンジャーブ州における近代的農業技術の普及と
農業経営の動向
1.農業生産の拡大と近代的農業技術の普及 パンジャーブ州はインド北西部に位置する面積約5万平方キロメートル、人口2,028万 人の州である(8)。平均年間降雨量は595ミリメートルで、その約80 %が6月から8月に 集中する(9)。半乾燥畑作地帯に属し、伝統的な主要作物は乾季に栽培される小麦だが、 1970年代以降、灌漑基盤の拡充とともに雨季の水稲栽培が普及している。「緑の革命」 以降の同州の農業は、これらふたつの作物生産を中心に展開してきた。表1にみられる とおり、小麦の作付比率は60年から90年にかけて30 %から44 %に、米のそれは5 % から27 %に上昇し、90年の小麦と米の合計作付比率は71%に達している。この間に小 麦の生産量は7倍に、米のそれは28倍にそれぞれ増加した。単収水準と作付面積に注目 すると、60年代以降の生産拡大過程は、次の4期に区分することができるだろう。 第1期は1960年から60年代半ばまでで、「緑の革命」が普及する以前の時期である。 第2期は1960年代半ばから70年代半ばまでで、「緑の革命」が開始されるとともに、 小麦の単収と作付面積が同時に拡大し、その生産量が大幅に増加した。この時期の米は、 単収水準こそ急速に上昇しているものの、作付面積にみられるとおり一部の地域で栽培 される特殊な作物にすぎなかった。 第3期は1970年代半ばから80年代半ばまでである。この時期には、前期に引き続いて小麦の生産量が順調に増加するとともに、米の作付面積が急拡大し、その生産量が大 きく上昇した。現在パンジャーブ州で広くみられる小麦─米二毛作が一般化したのはこ の時期である。 第4期は1980年代半ば以降である。この時期にも小麦・米生産は増加基調にあるが、 それまでみられた驚異的な増大は影を潜めた。 このような小麦・米生産の成長をもたらした直接的要因は、各種の近代的農業技術の 導入にある。なかでも重要な役割を果たしたのは、高収量品種、化学肥料、農業機械、 農薬、除草剤といった新たな投入財の使用と、灌漑整備であった。灌漑については、従 来の水路灌漑に加えて、管井戸(tube well)による灌漑が普及した。この結果、表1にみ られるように灌漑地率と耕地利用率とが目覚ましく上昇するとともに、灌漑の適時性が 増すなど、農業用水の利用条件が著しく向上した(10)。 これらの近代的農業技術は農家諸階層にどの程度普及したのだろうか。すべての農業 技術について階層別の普及動向を把握することは資料の制約から困難だが、高収量品種、 化学肥料、灌漑、農業機械については、ある程度推測できる。以下順にみてみよう。 まず、作付面積に占める高収量品種作付面積の割合は、小麦で1970年69 %、80年 98 %、90年100 %、米で順に33 %、93 %、95 %と推移した(11)。階層別の数値は不明だ 表1 小麦・米生産と灌漑地率,耕地利用率の推移 (注)(1)1960年と65年の数値は現パンジャーブ州の値に修正されている. (2)作付比率=各作物の作付面積/作付延べ面積×100 (3)玄米重量 (4)灌漑地率=灌漑面積/耕地面積×100 (5)耕地利用率=作付延べ面積/耕地面積×100
(資料)Economic Adviser to Government of Punjab, Statistical Abstract of Punjab, Chandigarh, Various Issues; Government of India, Indian Agricultural Statistics 1981/82─1985/86, Vol. 1, New Delhi, 1989, p.
160 より算出.
小麦 米 灌漑 耕地
1ha当たり 作付面積 生産量 1ha当たり 作付面積 生産量 地率 利用率
収量 作付比率 収量 作付比率
• (t/ha)•(1,000ha)• (%)•(1,000t)•(t/ha)•(1,000ha)• (%)•(1,000t) (%) (%) 実数• 1960• 1.2• 1,400• (29.6)• 1,742• 1.0• 227• (4.8)• 229 53.8• 126.2 • 1965• 1.2• 1,550• (31.7)• 1,916• 1.0• 292• (6.0)• 292• 59.5• 128.6 • 1970• 2.2• 2,299• (40.5)• 5,145• 1.8• 390• (6.9)• 688• 71.3• 140.1 • 1975• 2.4• 2,439• (39.0)• 5,788• 2.6• 567• (9.1)• 1,447• 75.1• 150.4 • 1980• 2.7• 2,812• (41.6)• 7,677• 2.7• 1,178• (17.4)• 3,233• 80.7• 161.4 • 1985• 3.5• 3,112• (43.5)• 10,988• 3.2• 1,714• (23.9)• 5,449• 87.9• 170.6 • 1990• 3.7• 3,273• (43.6)• 12,159• 3.2• 2,015• (26.9)• 6,506• 92.7• 177.9 増加率 60─65• −0.7• 10.7• ─ 10.0• −0.9• 28.6• ─• 27.5• ─• ─ (%)• 65─70• 81.0• 48.3• ─ 168.5• 76.4• 33.6• ─• 135.6• ─• ─ • 70─75• 6.0• 6.1• ─• 12.5• 44.7• 45.4• ─• 110.3• ─• ─ • 75─80• 15.0• 15.3• ─• 32.6• 7.5• 107.8• ─• 123.4• ─• ─ • 80─85• 29.3• 10.7• ─• 43.1• 15.8• 45.5• ─• 68.5• ─• ─ • 85─90• 5.2• 5.2• ─• 10.7• 1.6• 17.6• ─• 19.4• ─• ─ 1) 2) 2) 3) 3) 4) 5) 1) 1)
が、80年には小麦と米のいずれも90 %を超えており、階層間格差はあったとしても急 速に縮小したと考えられる。高収量品種は農家諸階層に速やかに普及したとみてよい。 化学肥料の使用量と灌漑については、それぞれ表2と表3に経営規模別の動向を示し た(12)。化学肥料の使用量は、特に米作に関して小規模層がやや見劣りするものの、極端 な階層間格差はみられない。また、灌漑についても階層間の著しい格差は存在しない。 農業機械の普及については、表4にトラクターと犂(すき)の100戸当たり経営規模別 所有台数を示した。この表からは次の2点を指摘できる。第1に、犂の所有台数が全階 層で減少しており、役畜による耕作が衰退している。第2に、経営規模の大きな農家群 を中心にトラクターを所有する農家が増加している。1991─92年には、経営規模3ha以 上の農家の過半数がトラクターを所有しており、特に8ha以上層はほとんどがトラクタ ー所有農家である。他方、2ha未満層でトラクターを所有している農家は皆無に近い。 しかし、トラクターを所有しない農家がトラクターの利用から排除されているわけでは ない。そうした農家はトラクター所有農家が行う賃耕を利用して、農作業を機械化して いる。時期を特定することは困難だが、「緑の革命」のかなり初期から、小規模な農家に おいてもトラクターを使用した農業生産が相当程度普及していたとみてよいだろう(13)。 こうした新しい農業技術の普及は、パンジャーブ州の農家に次のような影響を及ぼし た。第1に、相当小規模な階層を含む、ほとんどの農家で、土地生産性が大幅に向上した。 土地生産性の向上は単収の増加と耕地利用率の上昇に分解できるが、既に多くの研究で 明らかにされているとおり、いずれについても階層間の格差はほとんど存在しない(14)。 その背景は、上記の技術普及の動向から明らかだが、パンジャーブ州の農業生産に則し て考えれば、次のように整理できる。まず単収の増加をもたらしたのは、主として高収 量品種、化学肥料、灌漑整備である(15)。この点については特に説明を要しないだろう。 次に耕地利用率の向上には、灌漑整備と、トラクターをはじめとする農業機械の利用が 重要な役割を果たした。すなわち、管井戸の普及によって、モンスーンの到来を待たず に、地下水を豊富に利用できるようになったため、雨季における米作の本格的展開が可 能になった(16)。また、農業機械の利用によって、作物の収穫から次の作物の作付けまで に要する時間を短縮できるようになったことも、二毛作の拡大を促した(17)。 第2に、農業機械を中心とする省力化技術の普及によって、少なくとも潜在的には大 規模な穀作農業経営の可能性が拡大した。従来の作業体系では、仮に雇用労働者を使用 したとしても、その監督が困難なため、集約的な農業経営を大規模に展開することは難 しかったが、農業機械等の導入によってそうした制約は減少したと考えられる。 第3に、より多くの農家が市場経済に包摂され、農業経営の商業的性格が強められた。 これは、一方で購入投入財の使用が格段に増加するとともに、他方で土地生産性が向上 して、自給部分を上回る、販売可能な農産物の生産量が増大したことによる。殊に主食 でない米は、はじめから商品作物として生産が開始された作物であり、こうした傾向を 強く促進した。農業生産における商業的性格の深化は、自給的色彩の強い農業生産が営
まれている場合に比べて、農業経営が経営として成立することをより強く要請する。で は、パンジャーブ州において、農家諸階層の農業経営はどのように推移したのだろうか。 次にこの点を検討しよう。 2.農業経営の推移 ここでは「農業会計調査」にもとづいて分析を進めるが、「農業会計調査」の調査農家 表 2 1ha当たり化学肥料使用量の経営規模別推移 (単位:kg) 小麦 米 1971─72• 1986─87• 1974─75• 1987─88 1.0ha未満• 97.6• 170.0• 60.0• 142.2 1.0─2.0ha•• 176.1•• 164.1 2.0─4.0ha• 113.1• 174.5• 63.0• 144.5 4.0─6.0ha•• 180.6•• 195.5 6.0ha以上• 108.7• 179.2• 69.3• 194.0 (注)(1)引用文献中の数値は地域別なので,各作物の作付面積をウェイトと してパンジャーブ州全体の平均値を算出した. (2)「主要作物生産費研究のための総合計画(Comprehensive Scheme for Studying the Cost of Cultivation of Principal Crops)」にもとづく 調査の結果である.
(資料)Jain, K. K., ÒAn Appraisal of Costs and Prices on Different Farms in Punjab,Ó Agricultural Situation in India, Jan. 1993, pp. 768─769
より算出. 表 3 灌漑地率の経営規模別推移 (単位: %) 1974─75• 1982• 1991─92 1.0ha未満• 81• 0.2─1.0ha• 79• 60• 67• 76 1.0─2.0ha• 82• 1.0─2.0ha 78 61 77 78 2.0─3.0ha 83 2.0─3.0ha 80 72 76 85 3.0─5.0ha 83 3.0─6.0ha 85 66 75 84 5.0─10.0ha 83 6.0─8.0ha 81 70 67 82 10.0ha以上 87 8.0ha以上 83 57 73 83 (注)(1)灌漑地率=灌漑面積/経営面積×100 (2)「管井戸」は,総灌漑面積に占める管井戸灌漑面積の割合 を示す. (3)時系列比較はできない. (4)1991─92年(CD-ROMデータ)について印刷データと2ポ イント以上乖離するのは,灌漑地率の0.2─0.5ha(CD-ROMデー タ69%,印刷データ67%)である.印刷データの階層区分は,
0.2─0.5ha,0.5─1.0ha,1.0─2.0ha,2.0─4.0ha, 4.0─10.0ha,
10.0ha以上である.
(資料) 1974─75年: Bhalla, G. S., and Chadha, G. K., Green
Revolution and the Small Peasant: A Study of Income Distribution among Punjab Cultivators, New Delhi,
Concept Publishing Company, 1983, p. 34; 1982年: Government of India, Sarvekshana, Vol. 12, No. 1, July 1988, p. S-12, p. S-123, p. S-137; 1991─92年: ─, 48th
National Sample Survey, CD-ROM. ─, Sarvekshana, Vol. 20, No. 3, Jan.─Mar. 1997, p. 187 より算出.
管井戸 管井戸
数は毎年30戸から90戸程度と少ないため、経営規模階層別の動向を1年ずつ分析した 結果はきわめて不安定となる。本稿では、一定の調査農家数を確保するため、前述の4 つの時期区分に配慮して数年分のデータをプールした。各時期ごとの調査農家数は表5 に示すとおりである(18)。 これらの農家の個票データを経営規模別に集計して、表6と表7を作成した(19)。ここ では農民的農業所得を考察するために、地代と自家労賃を所得に含めている(20)。また、 価格は農業労働者消費物価指数を用いて1960年価格にデフレートされている。以下では、 これらの表を用いながら、農業所得と生産費の二側面から、農業経営の動向を探ること にする。 はじめに農業所得の推移と、その変動要因について検討しよう。表6にみられるとお り、1962─66年から89─90年にかけてほぼすべての農家群で、1ha当たり実質農業所得 が上昇している(21)。実質農業所得の上昇をもたらした主な要因は、①土地生産性の上昇、 ②食糧管理制度と結合した政府による農産物買い上げの実施、③補助金の支出による投 入財価格の抑制である。①については既に述べたので、②と③について簡単に説明して おこう。 まず政府による農産物の買い上げが本格化するのは、「緑の革命」直前の1965年に、 インド食糧公社(Food Corporation of India)と農産物価格委員会(Agricultural Price Commission)とが設立され、公的配給制度(Public Distribution System)を中心とする食糧 管理制度が確立してからである。以後、パンジャーブ州では農民が販売する小麦と米の ほぼ全量が政府によって買い上げられるようになり、その際の買上価格は自家労賃、自 作地地代、資本利子を含む全生産費をおおむね上回ってきた(22)。土地生産性の増大とと
もにますます増加する市場向けの農産物が、価格変動にさらされることなく政府によっ
表 4 100戸当たり犂・トラクター所有台数の経営規模別推移 (単位:台)
0.2─1.0ha• 1.0─2.0ha• 2.0─3.0ha• 3.0─6.0ha• 6.0─8.0ha• 8.0ha以上 全階層
木製犂• 1971─72• 42• 60• 74• 92• 105• 125• 82 • 1982 • 12• 34• 50• 44• 49• 65• 38 1991─92 16 30 37 30 22 28 27 鉄製犂 1971─72• 48• 85• 102• 127• 143• 201• 116 • 1982 • 29• 65• 76• 100• 114• 121• 76 1991─92 15 34 60 65 58 71 44 トラクター 1971─72• 0• 0• 1• 2• 8• 30• 4 • 1982 • 0• 3• 6• 16• 44• 62• 14 1991─92 2 7 30 55 73 93 29 (注)1991─92年(CD-ROMデータ)について印刷データと2ポイント以上乖離するのは,鉄製犂の1─2ha( CD-ROMデータ34台,印刷データ42台)である. 印刷データの階層区分は表3の注(4)を参照.
(資料)1971─72年: Government of India, Sarvekshana, Vol. 5, Nos. 3 & 4, Jan.─Apr. 1982, p. S-53, p. S-151; 1982年: ─, Sarvekshana, Vol. 13, No. 3, Jan.─Mar. 1990, p. S-138, p. S-194; 1991─92年: ─, 48th
National Sample Survey, CD-ROM; ─, Livestock and Agricultural Implements in Household
て安定的に買い上げられた結果、粗生産額は表6にみられるように、ほぼすべての階層 の農家群において、全期間を通じて上昇した。とりわけ小麦の高収量品種が普及した62 ─66年から70─74年までと、小麦に加えて米の栽培が拡大した70─74年から83─84年 表 5 「農業会計調査」の調査農家数 (単位:戸) 経営規模 1962─66• 1970─74• 1983─84• 1989─90 役畜所有農家 1.0─2.0ha 5• 1• 5• 7 • 2.0─3.0ha• 16• 5• 15• 22 • 3.0─6.0ha• 31• 72• 31• 46 • 6.0─8.0ha• 33• 33• 16• 7 • 8.0ha以上• 32• 15• 9• 4 合 計• 117• 126• 76• 86 トラクター所有農家 1.0─2.0ha••• ─• ─ • 2.0─3.0ha••• ─• 2 • 3.0─6.0ha••• 16• 26 • 6.0─8.0ha••• 12• 13 • 8.0ha以上••• 48• 45 合 計••• 76• 86 (注)(1)1962─66年と70─74年のトラクター所有農家が空欄になっているのは,調 査が行われていないためである. (2)調査項目の数値に明らかな不整合が認められる調査農家は集計対象から除 外した.表に示されているのは,実際に集計した調査農家の戸数である. (資料)Economic Adviser to Government of Punjab, Farm Accounts in the
Punjab, Chandigarh, Various Issues より算出.
表 6 経営規模別1ha当たり農業所得の推移 (単位:ルピー) 1962─66• 1970─74• 1983─84• 1989─90 • 1.0─2.0ha 農業所得 673• 605• 800• 1,357 粗生産額 1,167• 1,244• 2,105• 2,420 総生産費 494• 639• 1,305• 1,063 • 2.0─3.0ha 農業所得• 467• 733• 812• 1,272 粗生産額 913• 1,473• 2,102• 2,156 総生産費 446• 740• 1,290• 884 • 3.0─6.0ha 農業所得 519• 735• 984• (t)862 粗生産額 930• 1,444• 1,905• 2,315 総生産費 411• 709• 921• 1,454 • 6.0─8.0ha 農業所得 401• 631• (t)664• (t)1,144 粗生産額 729• 1,184• 2,373• 2,178 総生産費 328• 553• 1,708• 1,034 8.0ha以上 農業所得 491• 553• (t)761• (t)1,146 粗生産額 829• 1,086• 1,867• 2,101 総生産費 339• 534• 1,106• 956 (注)(1)(t)はトラクター所有農家を,それ以外は役畜所有農家を示す. (2)生産費は地代と自家労賃を含まず,自己資本利子を含む.自家 労賃は常雇賃金によって計算されている. (3)1960年価格. (4)1970─74年の1.0─2.0haは調査農家数が1戸なので参考値である. (資料) 表5と同じ.
までの増加は著しい。これらの時期には粗生産額の上昇が、農業所得の上昇を牽引した といえる。 次に、投入財価格の抑制政策についてみてみよう。この政策の対象となっているのは、 化学肥料価格や管井戸の揚水に使用される電力の料金、水路灌漑の水利費などだが、こ こでは特に重要なものとして化学肥料を取り上げる。化学肥料価格は、1970年代はじめ から補助金支出によって抑制されており、国内総生産(GDP)に占める化学肥料補助金 の比率は、70年代の0.2─0.5 %程度から、80年代後半の1%弱へと上昇している(23)。こ の政策の効果が、とりわけ顕著に現れたのは80年代後半である。表6の83─84年と89 ─90年をみると、それまで生じてきた単収の増加や、新作物(米)の導入が一段落し、 粗生産額の伸びが鈍化したにもかかわらず農業所得は上昇している。この時期の農業所 得を上昇に導いたのは、生産費の低下であった。表7にみられるように、この時期には 多くの費目で支出額が減少したが、増加寄与率から判断すると、肥料支出額の低下が生 産費全体の低下に大きな役割を果たしたことは明らかである(24)。 表 7 1983─84年と89─90年における経営規模別1ha当たり生産費の構成 (注)(1)(t)はトラクター所有農家を,それ以外は役畜所有農家を示す. (2)「機械費用」には農業機械・施設の減価償却費,資本利子,燃料費,修理費などが含まれる.但し,井戸 灌漑関連の機械・施設に要する費用は,「井戸灌漑費用」に含まれる.「役畜関連費用」には牽引に用いる牛, ラクダ,水牛の飼育にかかるいっさいの費用と,減価償却費,資本利子の合計から,これらの家畜が作りだ す厩肥の価格を差し引いた金額が計上されている.「肥料代」には厩肥代と化学肥料代とが含まれ,厩肥の 自給部分は市場価格で評価されている.「井戸灌漑費用」には機械・施設の減価償却費,資本利子,石油代, 電気代,修理費等が計上されている.「水路灌漑費用」は灌漑水路の使用料金である.「その他」には種子代, 地税,雑費等が含まれる. (資料) 表5と同じ. 総生産費 雇用労賃 機械費用 役畜関連 肥料代 灌漑費用 その他 費用 井戸 水路 実数• 1.0─2.0ha• 83─84• 1,305• 237• 31• 300• 310• 242• 9• 176 (ルピー)•• 89─90• 1,063• 164• 42• 233• 198• 302• 9• 115 • 2.0─3.0ha• 83─84• 1,290• 243• 91• 269• 260• 308• 2• 117 •• 89─90• 884• 185• 61• 197• 147• 178• 4• 112 • 3.0─6.0ha• 83─84• 921• 188• 39• 182• 214• 174• 6• 119 •• 89─90• 894• 246• 48• 127• 167• 188• 3• 114 • 3.0─6.0ha(t)• 83─84• 1,355• 258• 634• 16• 216• 134• 3• 94 •• 89─90• 1,454• 357• 614• 0• 213• 168• 2• 98 • 6.0─8.0ha(t)• 83─84• 1,708• 288• 702• 34• 323• 231• 7• 123 •• 89─90• 1,034• 254• 402• 0• 164• 123• 1• 90 • 8.0ha以上(t)• 83─84• 1,106• 206• 351• 35• 253• 156• 6• 99 •• 89─90• 956• 264• 314• 0• 167• 109• 3• 99 増加 1.0─2.0ha•• 100.0• 30.1• −4.5• 28.0• 46.5• −25.1• −0.3• 25.4 寄与率• 2.0─3.0ha•• 100.0• 14.3• 7.4• 17.7• 27.7• 32.2• −0.7• 1.4 (%)• 3.0─6.0ha•• 100.0• −211.7• −34.9• 199.1• 171.3• −50.3• 9.9• 16.5 • 3.0─6.0ha(t) 100.0• 100.4• −20.4• −15.9• −2.3• 34.9• −0.9• 4.1 • 6.0─8.0ha(t) 100.0• 5.1• 44.5• 5.1• 23.5• 15.9• 0.9• 5.0 • 8.0ha以上(t) 100.0• −38.1• 24.8• 23.2• 56.8• 31.4• 1.5• 0.5
ところで、「農業会計調査」で調査対象となっているのは経営面積1ha以上の農家であ り、それに満たない農家の農業経営を検討することはできない。しかし、前節での技術 普及の動向や、ここで紹介した農業政策の性格から判断して、こうした零細な農家にお いても、単位面積当たりの農業所得は多かれ少なかれ上昇したとみてよいだろう。 次に生産費の検討に移ろう。ここで注目されるのは、トラクターの所有にともなう変 化である。表7で3─6ha層の役畜所有農家とトラクター所有農家を比較すれば明らかな ように、トラクターの購入は生産費を大きく引き上げる。 農地保有との関連を考えると、トラクターを購入して生産費が上昇した農家は、ふた つの理由で経営規模の拡大を指向する。第1に、トラクターを所有する農家は、できる だけ早く投資を回収するために稼働率を高めようとする。稼働率向上の手段は賃耕もし くは経営規模の拡大だが、前掲表4で確認したように、パンジャーブ州ではトラクター を所有する農家が急増しているので、賃耕市場は狭隘化する傾向にある。このため後者 の方法、すなわち経営規模の拡大が目指されることになる。 第2の理由は第1の理由とも密接に関連するが、経営規模が大きくなるほど、トラク ターを所有する農家では経営の効率化が図られる点にある。表7にみられるように、ト ラクター所有農家の総生産費は、おおむね経営規模が大きくなるほど低下している。費 目別にみると、こうした関係は、機械費用に明瞭に現れているほか、雇用労賃支出や井 戸灌漑費用にも看取される。単位面積当たりの生産費を削減するという観点からも、ト ラクターを所有する農家は経営規模の拡大を指向するのである。 ここまでの分析を踏まえると、パンジャーブ州における近代的農業技術の普及と農業 経営の変化は、農地保有構造に対して次のように作用したと考えることができる。 第1に、土地生産性の向上と、政府の農産物買い上げ政策による安定した市場条件の 創出、投入財の価格抑制政策によって、おおむね全階層の農家で単位面積当たりの農業 所得が上昇した。このことは小規模農家の生存能力向上に貢献し、その零落を抑制した と考えられる。 第2に、単位面積当たりの農業所得が確実に増大する一方で、農業機械等の省力化技 術の普及によって、大規模な農業経営を営む上での技術的制約が減少した。このことは 経営規模を拡大しようとする農家の出現を促すはずである。 第3に、トラクターを所有する農家は、トラクター投資の早期回収と経営の効率化の 両面から、経営規模の拡大を指向するはずである。 一方における生存能力を高めた小規模農家の存在と、他方における経営規模拡大を指 向する農家の出現は、パンジャーブ州の農地保有構造に独自の特徴を付与することにな る。節を改めてこの点の検討に移ろう。
Ⅲ.農地保有構造の動向
1.経営規模別農家構成の推移と農地所有 まず、経営規模別の農家構成と経営面積構成を分析する。NSSの土地保有調査では、 農家と経営面積の絶対数を明らかにすることができないので、あらかじめ他の統計にも とづいて絶対数の目安を示しておこう。まず耕作者数は、人口センサスによると1961年 147万人、71年166万人、81年176万人、91年189万人と増加している(25)。次に耕地面 積は、土地利用統計によると60年の380万haから91年の420万haへと増加している。 耕地面積の増加の約半分は60年代に生じており、70年代以降は停滞傾向が続いている(26)。 この点を念頭において表8を検討してみよう。目に付くのは、経営規模の零細化傾向 である。1960年代には0.2─1ha層の構成比が低下したが、このことを除けば、61─62 年以降一貫して、上層農家の構成比が低下するとともに、下層農家のそれが上昇してい る。構成比の低下した農家群は、60年代には6ha以上層だったが、以後70年代3ha以上 層、80年代2ha以上層と徐々に低下しており、一見すると全面的な落層傾向ともとれる 状況が続いている。こうした状況を反映して、上層農家への経営面積の集中度も低下し 表 8 経営規模別農家構成比と経営面積構成比の推移 (単位:%) 旧パンジャーブ州 現パンジャーブ州 1961─62• 1971─72• 1971─72• 1982• 1991─92 農家数 0.2─1.0ha• 18• 13• 10• 21• 27 1.0─2.0ha• 15• 19• 20• 20• 23 • 2.0─3.0ha• 16• 18• 16• 17• 16 • 3.0─6.0ha• 27• 30• 36• 27• 23 • 6.0─8.0ha• 10• 9• 9• 7• 5 • 8.0ha以上 15• 11• 10• 8• 6 合 計 100• 100• 100• 100• 100 経営面積 0.2─1.0ha• 2• 2• 1• 3• 5 1.0─2.0ha• 5• 7• 7• 9• 11 • 2.0─3.0ha• 9• 11• 10• 12• 13 • 3.0─6.0ha• 27• 32• 37• 33• 33 • 6.0─8.0ha• 15• 16• 15• 14• 12 • 8.0ha以上 41• 32• 30• 29• 25 合 計 100• 100• 100• 100• 100 (注)1991─92年(CD-ROMデータ)について,印刷データとの2ポイント以上の乖離 はない.(資料) 1961─62年: Government of India, Tables with Notes on Some Aspects of
Landholdings in Rural Areas, NSS Report No.144, 1968, p. 167; 1971─72年:
─, Sarvekshana, Vol. 5, Nos. 3 & 4, Jan.─Apr. 1982, p. S-229, p. S-234; 1982
年: ─, Sarvekshana, Vol. 12, No. 1, July 1988, p. S-12; 1991─92年: ─, 48th
National Sample Survey, CD-ROM; ─, Sarvekshana, Vol. 20, No. 3, Jan.─Mar. 1997, p. 93 より算出.
続けた。60年代における、最小規模層の構成比低下については、小作農の動向との関連 で後に触れることにして、ここでは経営規模の零細化傾向の要因を検討してみよう。 前節での近代的農業技術の普及や農業経営の動向から明らかなように、経営規模の零 細化傾向が農業部門の衰退を意味しているわけではない。パンジャーブ州における零細 化の進展は、制度的要因と経済的要因の二側面から把握する必要がある。 まず、経済的要因として作用しているのは、前節で指摘した、「緑の革命」を契機とす る小規模農家の生存能力向上である。 次に、制度的要因として重視しなければならない点はふたつある。ひとつは、土地の 所有がカースト上の地位と結合しているため、農地の売却が生じにくいことである(27)。 既に指摘したように、経営規模の拡大に向かう契機が存在する以上、農地の購入による 経営規模拡大も、個別事例としては存在したはずだが、この制度的要因が作用したため に、そうした動きも部分的な現象にとどまらざるをえなかった。いまひとつの制度的要 因は男子均分相続制度である。この制度の存在によって、人口の増大局面では相続のた びごとに所有農地が細分化されることになる(28)。上記の経済的要因は、この細分化傾向 を強める方向に作用した。この結果、所有農地規模は零細化し続けている。実際に表9 によって土地所有規模別の農村世帯構成をみると、1971─72年以降2ha未満層の構成比 がゆるやかに上昇しており、所有農地規模の零細化が進展している(29)。 2.小作地の動向 このように、所有農地の細分化傾向に規定されて、1961─62年から91─92年までほ ぼ一貫して経営規模の零細化が進行した。しかし、パンジャーブ州において上層農家群 への農地の集中が全く生じなかったわけではない。それは小作地の動向を検討すること によって明らかとなる。以下ではこの点を検討するが、具体的な数値を分析する前に、 パンジャーブ州の文脈において、小作地率の変化や自作・自小作・純小作別農家構成の 推移が何を表すのかについてあらかじめ考察しておこう。 まず、小作地率の上昇を導く要因は明瞭である。前節で指摘した経営規模の拡大を促 す諸要因が小作地の拡大という形で現象するのである。 他方、小作地率が低下する場合については注意が必要である。それは、例えば日本の 戦後農地改革でみられたような、自小作・純小作農が小作地の所有権を獲得して自作農 化する過程を示すのではない。既に冒頭で紹介したように、小作地率の低下は主として 地主による貸付地の取り上げを示している。その契機となったのは土地改革であった。 パンジャーブ州を含むインド各州では、1950年代に土地改革の一環として、小作料の 上限設定や小作権保障、小作農の小作地購入による自作農化などを盛り込んだ小作法が 制定された。しかし地主が小作農を追い立てて自ら農地を経営する権利が認められたた め、地主は自在に貸付地を取り上げていった(30)。もとより、土地改革の初期には、大規 模な農業経営を行う技術的基盤が存在しなかったことから、当時の貸付地取り上げの主
目的は、小作法で規定された諸権利が、小作農に発生するのを防止することに置かれた。 このため、書面契約から口頭契約への転換、土地台帳からの小作農の抹消といった形式 的な取り上げが支配的であった(31)。しかしその後、「緑の革命」が進展して単位面積当た りの農業所得が著増するとともに、大規模な農業経営が技術的にも可能になったため、 地主自らが農業経営者としての利益を得るために、実際に小作農を追い出すタイプの貸 付地取り上げが支配的になった。本稿の検討対象である60年代以降、とりわけ60年代 後半以降は、このタイプの貸付地取り上げが主流になったと考えてよいだろう。 以上の小作地率をめぐる相反する動きは、個々の農家レベルでは、相互に交錯しなが ら同時並行的に進展したと考えられるが、総体としてみると、時期ごとに特徴的な傾向 を検出できる。経営規模別の小作地率と小作地分布を示した表10と(32)、自作・自小作・ 純小作別の農家構成を示した表11によって、このことをより具体的に検討してみよう(33)。 まず、1960年代から82年までは小作地率の低下と自作農比率の上昇が支配的な動き として現れた。ただし、61─62年については、小作関係の州別データがほとんど公表さ れていないので、はじめに71─72年から82年にかけての推移をみよう。この時期には 表 9 土地所有規模別世帯構成と所有地面積構成の推移 (単位:%) 旧パンジャーブ州 現パンジャーブ州 1961─62• 1971─72• 1971─72• 1982• 1991─92 世帯数 0─0.002ha• 12• 9• 7• 6• 6 0.002─0.2ha• 37• 46• 51• 49• 51 • 0.2─1.0ha• 12• 11• 10• 11• 12 1.0─2.0ha• 9• 9• 8• 10• 11 • 2.0─3.0ha• 8• 8• 8• 8• 8 • 3.0─6.0ha• 11• 10• 11• 10• 8 • 6.0─8.0ha• 4• 3• 2• 2• 1 • 8.0ha以上 6• 4• 4• 3• 2 合 計 100• 100• 100• 100• 100 所有地面積 0─0.002ha• 0• 0• 0• 0• 0 0.002─0.2ha• 0• 1• 1• 1• 1 • 0.2─1.0ha• 3• 4• 4• 5• 6 1.0─2.0ha• 7• 8• 9• 11• 15 • 2.0─3.0ha• 10• 13• 14• 14• 19 • 3.0─6.0ha• 24• 29• 31• 30• 31 • 6.0─8.0ha• 14• 12• 8• 12• 9 • 8.0ha以上 40• 33• 33• 28• 19 合 計 100• 100• 100• 100• 100 (注)1991─92年(CD-ROMデータ)について印刷データと2ポイント以上乖離するのは,所 有地面積の2─3ha層(印刷データ17%)と8ha以上層(同22%)である.なお,本表につ いては,印刷データにおいても本稿と同様の階層区分が可能である.
(資料) 1961─62年: Government of India, Tables with Notes on Some Aspects of
Landholdings in Rural Areas, NSS Report No.144, 1968, p. 124; 1971─72年: ─,
Sarvekshana, Vol. 5, Nos. 3 & 4, Jan.─Apr. 1982, p. S-3, p. S-8; 1982年: ─,
Sarvekshana, Vol. 11, No. 2, Oct. 1987, p. S-12; 1991─92年: ─, 48th National
Sample Survey, CD-ROM; ─, Sarvekshana, Vol. 19, No. 2, Oct.─Dec. 1995, p. 94
全階層平均の小作地率が28 %から16 %へと大幅に低下した。農地保有形態別の農家構 成も、小作地率の低下に対応した変化をみせ、ほとんどの階層で自作農比率が上昇する とともに、自小作農と純小作農の比率が低下した。この結果、純小作農は、この時期ま でにほぼ姿を消すことになった。 1960年代の推移をNSSにもとづいて明示することはできないが、分離独立時の小作 地率は40─50 %程度だったの で、60年代にも小作地率の低 下と自作農比率の上昇は生じて いたとみてよい(34)。60年代の 動向として重視しなければなら ないことは、既に先行研究で指 摘されているように、貸付地取 り上げの矢面に立たされた大量 の零細純小作農が、農業労働者 に転じたことである(35)。前掲表 8を検討した際に指摘した0.2─ 1ha層の構成比低下はこのこと を 反 映 し て い る と み ら れ る 。 「緑の革命」初期までに多数の 農業労働者が創出されていたこ とは銘記されねばならない。 次に1980年代について考察 しよう。この時期にはふたつの 傾向が現れた。ひとつはそれま でに生じてきたのと同様の動き 表10 小作地率と小作地分布の経営規模別推移 (単位: %) 1971─72• 1982• 1991─92 小作地率 0.2─1.0ha• 13• 11• 17 1.0─2.0ha• 36• 19• 12 • 2.0─3.0ha• 32• 15• 14 • 3.0─6.0ha• 31• 17• 19 • 6.0─8.0ha• 32• 17• 25 • 8.0ha以上 20• 15• 23 全階層 28• 16• 19 小作地分布 0.2─1.0ha• 1• 2• 5 1.0─2.0ha• 9• 10• 7 • 2.0─3.0ha• 11• 11• 10 • 3.0─6.0ha• 40• 35• 32 • 6.0─8.0ha• 17• 14• 16 • 8.0ha以上 22• 27• 30 合 計 100• 100• 100 (注)(1)小作地率=小作地面積/経営面積×100 (2)1991─92年(CD-ROMデータ)について印刷データと2 ポイント以上乖離するのは,小作地分布の2─4ha層( CD-ROMデータ23%,印刷データ21%)である.印刷データの 階層区分は表3の注(4)を参照.
(資料)1971─72年: Government of India, Sarvekshana, Vol. 5, Nos. 3 & 4, Jan.─Apr. 1982, p. S-234, p. S-263; 1982年:
─, Sarvekshana, Vol. 12, No. 1, July 1988, p. 12, p. S-54; 1991─92年: ─, 48th National Sample Survey, CD-ROM; ─, Sarvekshana, Vol. 20, No. 3, Jan.─Mar. 1997, p. 119 より算出.
表11 自作・自小作・純小作別農家構成の経営規模別推移 (単位:% )
(資料)1971─72年: Government of India, Sarvekshana, Vol. 5, Nos. 3 & 4, Jan.─Apr. 1982, p. S-263; 1982年:
─, Sarvekshana, Vol. 12, No. 1, July 1988, p. S-12, p. S-54; 1991─92年: ─, 48th National Sample
Survey, CD-ROM より算出. 自 作 自小作 純小作 合 計 71─72• 82• 91─92• 71─72• 82• 91─92• 71─72• 82• 91─92• 71─72• 82• 91─92 0.2─1.0ha• 84• 73• 78• 11• 25• 22• 5• 2• ─ 100• 100• 100 1.0─2.0ha• 46• 68• 78• 44• 32• 22• 10• ─• ─ 100• 100• 100 2.0─3.0ha• 43• 65• 74• 55• 35• 25• 2• ─• 1 100• 100• 100 3.0─6.0ha• 40• 64• 58• 53• 36• 42• 7• ─• ─ 100• 100• 100 6.0─8.0ha• 35• 64• 42• 57• 36• 58• 8• ─• ─ 100• 100• 100 8.0ha以上• 54• 58• 53• 43• 40• 46• 3• 1• ─ 100• 100• 100 全階層 47• 66• 70• 47• 33• 30• 6• 0• 0 100• 100• 100
である。すなわち、全階層平均の自作農比率が上昇するとともに、1─3ha層で小作地率 の低下と自作農比率の上昇がみられた。したがって、地主による貸付地の取り上げは、 60年代以降91─92年まで持続したとみてよい。このように一貫して続く貸付地の取り 上げに関して、問題となるのは、いつごろ、どういった階層の地主が貸付地を取り上げ たのかという点だが、それを表10、表11から明らかにすることはできない。この点につ いては、土地所有規模別の農地貸付を扱う次節で触れることにする。 1980年代に生じたいまひとつの、より特徴的な動きは、経営規模3ha以上層、とりわ け6ha以上のふたつの農家群における、小作地率と自小作農比率の上昇である(36)。これ らの農家群では小作による経営規模拡大が生じている。さらに小作地の階層別分布をみ ると、6ha以上層が小作地の集中度を高める一方で、1─6ha層ではそれが低下した。ま た82年までは経営規模と小作地率の関係が不明確だったが、91─92年になると経営規 模の大きな農家ほど小作地率が高くなる傾向がみられるようになっている。全階層平均 の小作地率は若干上昇しているものの変化は小さいので、小作地は小規模な農家から大 規模な農家へと徐々に移転しているとみてよいだろう。 このように、1980年代に入って小作による上層農家の形成が進行したが、そのような 上向を果たした農家は、農地所有規模でみてどのような階層に属するのだろうか。この 点を検討するために、表12として、経営規模別・土地所有規模別のクロス表を作成した(37)。 できるだけ詳細な情報を得るために、これまでよりも階層区分が細かくなっている点に 注意されたい。この表からは次の2点を指摘することができる。 第1に、経営規模3ha以上層では小作によって経営規模が上昇しているケースが多く みられる。経営規模と土地所有規模が同一階層に属する農家の比率に注目すると、経営 規模3ha未満層の約80 %に対して、3ha以上層では40─60 %にすぎず、両者の間には 明らかに差がある。しかし第2に、経営規模は基本的に所有地の大きさに規定されてお 表12 経営規模別・土地所有規模別の農家構成(1991─92年) (単位: %) (注) 括弧内は全農家に対する構成比.
(資料)Government of India, 48th National Sample Survey, CD-ROM より算出. 経営規模 土地所有規模 0.0─0.2ha• 5• 0• 1• 1• 1• ─ ─ ─ 2 0.2─1.0ha• 83• 16• 10• 4• 0• ─ ─ ─ 28 1.0─2.0ha• 7• 79• 6• 10• 14• 12• 7• 1• 24 2.0─3.0ha• 5• 3• 80• 19• 18• 3• 7• 2• 19 3.0─4.0ha• ─ 1• 1• 60• 7• 21• 12• 4• 9 4.0─5.0ha• 0• 1• 0• 3• 55• 9• 17• 11• 6 5.0─6.0ha• ─• ─• 0• ─ 1• 51• 11• 2• 3 6.0─8.0ha• ─• ─• 1• 1• ─• 3• 44• 16• 4 8.0ha以上• ─ 0• ─• 1• 4• 2• 1• 64• 5 合 計 100• 100• 100• 100• 100• 100• 100• 100• 100 • (27)• (23)• (16)• (12)• (7)• (4)• (5)• (6)• (100) 0.2─ 1.0ha 1.0─ 2.0ha 2.0─ 3.0ha 3.0─ 4.0ha 4.0─ 5.0ha 5.0─ 6.0ha 6.0─ 8.0ha 8.0ha 以上 全階層
り、土地所有規模の小さな農家が、大幅に経営規模を拡大しているケースはまれである。 1980年代に入って小作による上層農家の形成が明確になったが、それは多くの場合、も ともと比較的大きな土地を所有する農家が、小作によって一層の経営規模拡大を進めた 結果生じているのである。
Ⅳ.農地貸付の動向
1.土地所有規模階層別にみた農地貸付の変化 前節では経営の側面から分析を進めたため、農地保有の動向に大きな影響を及ぼして いる貸付地の取り上げについて、十分な検討を加えることができなかった。ここでは農 地貸付の変化を検討して、農地保有構造の変化にいま一歩接近することにしよう。その 際、都市に居住する不在地主の存在を無視することはできないが、資料の制約が大きい ため、ここでは農村部に限定して考察を進める(38)。表13に1961─62年から91─92年ま での土地所有規模別の貸付地率と、貸付地の分布を示した(39)。この表に示されているの は、農村世帯全体の動向であり、不耕作地主が含まれる点に注意されたい。 1960年代の動向は錯綜しており、はっきりした傾向を読みとることはできない。その 背景としては、土地改革の実施が複雑に作用したことや、「緑の革命」が未成熟で農地保 有に対して明確な影響を及ぼさなかったことなどを挙げることができよう。 1970年代には、土地所有規模0.2─6ha層で貸付地率が大幅に低下したのに対して、 6ha以上層では変化が小さかった。この時期には、土地所有規模6ha未満の中・小規模地 主が、貸付地取り上げによる小作地率の低下傾向を大きく規定したとみられる。6ha以 上層で貸付地の取り上げがあまりみられなかった理由はなお検討を要するが、この階層 では既に50年代から60年代にかけて土地改革を契機として、貸付地の取り上げが相当 程度進行しており、70年代にはそうした動きがひとまず沈静化していたと推測される。 1980年代には、ふたつの注目すべき変化が生じた。ひとつは8ha以上層における貸付 地率の大幅な低下である。この結果、もともと貸付地率の低かった6─8ha層を含む上位 2階層で貸付地率が10 %を下回ることになった。土地所有規模6ha以上層では貸付地の 取り上げが限界に近づいているとみてよい。このことは、前節で指摘したように80年代 に、比較的大きな土地を所有する農家を中心として、小作地率が上昇したことと密接な 関連をもつと考えられる。すなわち貸付地の取り上げが限界に達したために、次のステ ップとして、小作による経営規模拡大に乗り出した農家が、土地所有規模6ha以上層に 相当多数存在したと推測される。この階層の農家群において、「限界に達するまでの貸付 地取り上げ」から「小作地の借り入れ」へと、経営規模拡大が一気に生じた背景には、 既に II で検討した、機械化をはじめとする省力化技術の一層の普及があったと考えられる。 いまひとつの変化は1─3ha層における貸付地率の大幅な上昇である。この動きに牽引 されて全体の貸付地率も若干上昇した。また、貸付地率が1─3ha層で上昇するとともに、 3ha以上層で低下した結果、1ha以上層をみると、おおむね土地所有規模が大きくなるほ ど貸付地率が低下する傾向が現れた。さらに、貸付地の分布についても、1982年に全体 の38 %以上を占めていた8ha以上層のシェアが11%へと大きく低下し、代わって1─ 3ha層のシェアが25 %から53 %へと大きく上昇した。1─3ha層が新しい地主として重 要性を高めているのである。しかし、この現象はこれまでの議論とやや矛盾する。農業 経営の側面だけを考えれば、所有地を貸し付ける必然性は生じないからである。農地貸 付に生じつつある変化を明らかにするためには、土地所有規模だけでなく、就業状態や 世帯構成等も含めた地主像を検討する必要があろう。以下では、地主世帯の類型化を通 じてこの点に接近する。 表13 貸付地率と貸付地分布の土地所有規模別推移 (単位:%) 旧パンジャーブ州 現パンジャーブ州 1961─62• 1971─72• 1971─72• 1982• 1991─92 貸付地率 0.002─0.2ha• 4• 7• 5• 5• 2 • 0.2─1.0ha• 14• 25• 33• 24• 18 1.0─2.0ha• 19• 13• 18• 8• 22 • 2.0─3.0ha• 14• 18• 23• 14• 20 • 3.0─6.0ha• 10• 14• 18• 8• 10 • 6.0─8.0ha• 20• 6• 3• 6• 5 • 8.0ha以上 13• 12• 17• 15• 7 全階層 14• 13• 18• 11• 13 貸付地分布 0.002─0.2ha• 0• 0• 0• 0• 0 • 0.2─1.0ha• 4• 8• 7• 11• 9 1.0─2.0ha• 10• 8• 9• 8• 25 • 2.0─3.0ha• 11• 18• 18• 17• 28 • 3.0─6.0ha• 17• 30• 33• 21• 23 • 6.0─8.0ha• 21• 5• 2• 6• 4 • 8.0ha以上 37• 31• 31• 38• 11 合 計 100• 100• 100• 100• 100 (注)(1)貸付地率=貸付地面積/所有地面積×100 (2)1991─92年(CD-ROMデータ)について印刷データと2ポイント以上差があるのは, 貸付地率で 0.5─1ha(CD-ROMデータ21%,印刷データ19%),1─2ha(同22%,
18%),2─4ha(同16%,14%),10ha以上(同10%,7%).貸付地分布で1─2ha(同
25%,20%),4─10ha(同19%,21%)である.印刷データの階層区分は表3の注(4) を参照.
(資料) 1961─62年: Government of India, Tables with Notes on Some Aspects of
Landholdings in Rural Areas, NSS Report No.144, 1968, p. 139; 1971─72年: ─,
Sarvekshana, Vol. 5, Nos. 3 & 4, Jan.─Apr. 1982, p. S-26, p. S-31; 1982年: ─,
Sarvekshana, Vol. 11, No. 2, Oct. 1987, p. S-68; 1991─92年: ─, 48th National
Sample Survey, CD-ROM; ─, Sarvekshana, Vol. 19, No. 2, Oct.─Dec. 1995, p. 168
2.地主世帯の類型化とその特徴 冒頭で紹介したように、NSSの1991─92年調査では、土地保有調査としては初めて、 調査世帯の個票データが公表された。ここまでの分析では、調査世帯が回答した数値に ウェイトを乗じて得られる推計値を用いてきたが、ここでは各世帯の詳細な情報を得る ために、ウェイトを乗じない個票のままの状態でひとまず分析を進める。データの不整 合がみられるサンプルを除外すると、調査世帯のうち、土地を貸し付けている世帯は69 戸であった。これらの世帯を類型化するために、自営農業の経営状況と世帯員の就業状 況を指標として図1を作成した。図の横軸には各地主世帯の経営面積が、また、縦軸に は各世帯の就業者総数に対する自営農業以外の仕事に就く就業者の比率が示されている。 就業者は、「主たる活動」が仕事である世帯員とした。 まずA型は、所有地の全部もしくはほとんどを貸し付けており、自ら経営する農地は あるとしてもわずかである。また、就業者はいないか、いても自営農業従事者のみであ る。A型の経営面積の上限は、本稿での農家定義に対応させて、0.2haとした。A型世帯 では、就業者はいるとしても自営農業従事者だが、その農業経営の規模はきわめて小さ く、事実上地代以外の収入はないと判断できる。したがって、A型は地代依存型とする。 次にB型は、所有地の全部もしくは一部を貸し付け、自らは残りの土地、もしくは小 作地で自営農業を営むと同時に、就業状況の側面では、すべての就業者が自営農業に従 (注) 横軸:各世帯の農地の経営面積(対数表示).経営面積ゼロの世帯は0.001haの位置に表示した。 縦軸:各世帯の就業者総数に対する,自営農業以外の仕事に就く就業者の比率.就業者は原則として, 「主たる活動」が仕事である世帯員とした.家事は仕事に含めていない.なお,就業者がいない世帯は △で示した. (資料) 表12と同じ. 図 1 地主世帯の類型区分(1991─92年) 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 自 営 農 業 以 外 の 仕 事 に 就 く 就 業 者 の 比 率 農地の経営面積 0.001 0.01 0.1 1 0.2 10 100 (ha) (%) C型(他部門就業型) D型(農業自営+他部門就業型) A型(地代依存型) B型(農業自営型)
事する世帯である。そこでB型は農業自営型と規定する。 C型は、所有地の全部もしくはほとんどを貸し付け、自営農業以外の仕事を営む世帯 である。縦軸が100 %になっていることからもわかるように、自営農業に従事する世帯 員はいない。したがって、C型は他部門就業型と規定する。 D型は、所有地の全部もしくは一部を貸し付け、自らは残りの土地、もしくは小作地 で自営農業を営むと同時に、世帯員の一部が自営農業以外の仕事に就いている世帯であ る。D型は農業自営+他部門就業型と規定する(40)。以下、各類型の特徴を探っていこう。 【世帯構成】 表14によって世帯主の性別をみると、B、C、D型の各類型では世帯主のほとんどが 男性だが、A型では世帯主が女性のケースが全体の半数近くに及んでいる。次に世帯員 数をみると、A型では1人もしくは2─3人の世帯が全体の半数を占めており、他の類型 よりも小規模世帯の構成比が高い。また、D型は世帯規模が比較的大きい。このほか、 A型とC型にいわゆる高齢夫婦世帯もしくは高齢独居世帯が存在することも注目される。 後掲付表にみられるとおり、高齢夫婦世帯はA-6(41)、高齢独居世帯はA-5、A-10、C-3
であり、A型ではこうした高齢化世帯が3戸と全体の4分の1を占めている。 【教育水準と就業状態】 次に表15で就業者の教育水準をみると、A型では小学校卒業程度がもっとも多く、B 型では非識字者と小学校卒業程度が多い。しかし就業状況との関連でもっとも注目され るのは、C型とD型の相違である。いずれも自営農業以外の仕事に就く世帯員がいる類 型だが、C型では就業者23人中14人が非識字者であるのに対して、D型では非識字者の 比率が低く、中・高等学校卒業程度以上が相当数存在するほか、大学卒業以上が3人い る。 こうした教育水準の相違は、世帯員の就業状況に大きな影響を及ぼしている。表16で この点を検討してみよう。まずA型とB型では、定義により就業者の全員が自営農業に 従事している(42)。 次にC型をみると、もっとも多いのは商業をはじめとする各種自営業従事者である。 表14 地主世帯における世帯主の性別と世帯員数(1991─92年) (資料) 表12と同じ. 実数(戸) 構成比(%) A• B• C• D• 合計 A• B• C• D• 合計 世帯数•• 12• 31• 13• 13• 69• 100• 100• 100• 100• 100 世帯主性別• 男性• 7• 29• 11• 12• 59• 58• 94• 85• 92• 86 • 女性• 5• 2• 2• 1• 10• 42• 6• 15• 8• 14• 世帯員数• 1人• 3• ─• 1• ─• 4• 25• ─• 8 ─• 6 • 2─3人• 3• 3• 1• ─ 7• 25• 10• 8• ─ 10• • 4─5人• 4• 10• 6• 2• 22• 33• 32• 46• 15• 32• • 6─10人• 2• 17• 5• 8• 32• 17• 55• 38• 62• 46• 11人以上• ─• 1• ─• 3• 4• ─• 3• ─ 23• 6•
そのほとんどが非識字者であることから、仕事の内容は読み書きができなくとも経営が 成り立つ程度の小規模なものとみられる。自営商業従事者に次いで2番目に多いのは運 輸通信業の常雇であり、これも教育水準は相対的に低い。運輸通信業常雇に属する代表 的な業種は、人力リクシャの車夫、オート・リクシャの運転手等である。このようにC 型には、学歴が低く、就業状態が比較的不安定で、所得水準も相対的に低いとみられる 就業者が多い。 最後にD型では自営農業従事者がもっとも多く、サービス業常雇がこれに続いている。 D型には高学歴者が多く、中・高等学校卒業以上の学歴をもつ就業者は13人存在する。 注目されるのは、このうち7人がサービス業常雇として就業していることである。高学 歴者の就業するサービス業常雇の代表的な職種は公務員や教員であり、高学歴化にとも なう農家世帯員のホワイトカラー化を読みとることができよう(43)。また、地主世帯の就 業者131人のうち女子の就業者は3人だけだが、興味深いことにそのすべてがD型に属 し、サービス業常雇として就業している。サービス業常雇に次いで多いのは運輸通信業 常雇だが、これもC型と比較すると若干教育水準が高く、仕事の内容に差があると推測 される。最後に、臨時雇に従事するものが全く存在しないことも、D型の特徴である。 以上のように、D型の就業者の多くは学歴が比較的高く、就業状態が安定しており、所 得水準も相対的に高いと目される。 【地代形態と貸付地の特徴】 次に貸付の契約形態に類型ごとの差があるかどうかを調べてみよう。付表によって契 約形態別の地主世帯数をみると、全体としては定額金納地代がもっとも多いが、A型で は物納地代がもっとも多く、全体の3分の2を占めている。物納地代が多いのは貸付面 積の小さな世帯であり、貸付面積でみたA型の下位6世帯はすべて物納地代で土地を貸 し付けている。また、C型にも物納地代が比較的多い。このほか、借金のため債権者(= 「小作人」)に、農地用益権を移転している(=「貸し付けている」)世帯がB型に3戸ある。 さらに、耕作条件が悪いため貸付への誘因が働きやすい土地についてもみてみよう。 表15 地主世帯における就業者の教育水準(1991─92年) (注)(1)就業者の定義は図1の注を参照.
(2)E1: 非識字者,E2: 小学校未修了だが読み書き可能,E3: 小学校卒業程度,E4: 中・高等学校卒業 程度,E5: 大学卒業以上. (資料) 表12と同じ. 実数(人) 構成比(%) A• B• C• D• 合計 A• B• C• D• 合計 就業者数計•• 9• 58• 23• 41• 131• 100• 100• 100• 100• 100 教育水準• E1• 2• 24• 14• 7• 47• 22• 41• 61• 17• 36 •• E2• 2• 6• 3• 3• 14• 22• 10• 13• 7• 11• •• E3• 4• 23• 4• 18• 49• 44• 40• 17• 44• 37 •• E4• ─• 5• 2• 10• 17• ─• 9• 9• 24• 13• •• E5• 1• ─• ─• 3• 4• 11• ─• ─• 7• 3
表16 地主世帯の就業状況と就業者の教育水準(1991─92年) (注)(1)D-13の自営運輸通信業就業者は「従たる活動」として農業を営んでいる. (2)E1─E5の定義は表15の注(2)を参照. (3)自営には自営業手伝いを含む. (4)農業:農業,狩猟,林業,漁業/公益業: 電気,ガス,水道/商業:卸売業,小売業,飲食業,ホテル業 /運輸通信業:運輸業,倉庫業,通信業. (5)(F)は女性を示す.それ以外は男性である. (資料) 表12と同じ. 就業 自営 常雇 臨時雇 者数 農業 製造業 公益業 商業 運輸 サービ 農業 製造業 商業 運輸 サービ 農業 商業 (人) 通信業 ス業 通信業 ス業 A 計(人) 9• 9 B 計(人) 58• 55•••••• 3 C C-1 2•••••••••• E1 ••••••••••• E1 C-2• 1••••• E2 C-3• 1•••••••••••• E1 C-4• 1•••• E1 C-5• 2•••••••••• E2••• C-6• 1•• E1 C-7• 1••• E1 C-8• 1••••••••••• E4
C-9• 3••••••••• E4•• E3•• E1• C-10• 1•••••••••••• E1 C-11• 3•••• E1•••••••
••••• E1•••••• ••••• E1••••••
C-12• 5•••• E2•• E3•••• E3• ••••• E1•••••• ••••• E1•••••• C-13• 1•••••••••••• E1• 計(人)• 23•• 1• 1• 7• 1• 1••• 1• 4• 2• 3• 1• 1 D-1• 2• E3• E3 D-2• 2• E3•••••••••• E5(F) D-3• 5• E1••••••••• E4• E5 •• E3•••••••• E4 D-4• 3• E3••••••••• E3 •• E1 D-5• 4• E1• E1 ••• E1 D-6• 2• E4••••• E1 D-7• 3• E3•••••••••• E4 • E4•••••••••• D-8• 2• E3••••••• E5 D-9• 2• E3•••••••••• E3 D-10• 6• E2••••• E1••••• E3 •• E3••••• E3••••• E3 D-11• 4• E2••••••••• E3• E4 •••••••••••• E4(F) D-12• 3• E3•••••••••• E4 •••••••••••• E4(F) D-13• 3••••• E3••••• E4 ••••••••••• E3 計(人)• 41• 17• 3••• 1• 3•• 1•• 5• 10 建設業 不明 • E3 • •• •• •• E2 •• 1
こうした土地として、ここで検討しうるのは、非灌漑地と村外の土地である。まず、非 灌漑地を貸し付けている世帯は、A型に1戸、B型に4戸、D型に1戸ある。次に、村外 の土地を貸し付けている世帯はA型に2戸、B型に5戸、D型に4戸ある。このうちB型 の2戸とD型の2戸は村外の土地を貸し付ける一方で村内の土地を小作しており、耕作 条件の改善を意図して土地を交換していると目される。相続制度がもたらす圃場の分散 はインドで常に問題視されてきたが、農地貸借を利用した圃場の交換が行われているこ とは注目に値しよう(44)。 ここまでの分析を踏まえて、各類型ごとの大まかな特徴と、農地貸付に至る経緯を検 討してみよう。ここでは付表に示されている所有地面積や貸付面積にも注目しながら考 察を進める。まずA型は不耕作地主だが、その土地所有規模は最大でも4ha程度であり、 最下層に至っては10aにも満たない。A型の特徴は、世帯主が女性の世帯や高齢世帯が 多数存在するほか、世帯員数も概して少ない点にある。こうした世帯の多くは、働き手 の死亡もしくは他出、世帯継承の困難など、世帯に生じた何らかの危機によって所有地 の経営が困難になったために土地を貸し付けているとみてよい。A型の中でも特に貸付 規模の小さな世帯では物納地代が多いが、これは現金収入よりも食料の確保を優先させ た結果であろう。また、貸付面積が小さい世帯は、地代収入のみによって生計を維持す ることができないため、親族等からの何らかの扶助に依存している可能性が高い。なお、 大土地を所有して地主経営に専念するタイプの地主は、存在するとすればA型に属する はずだが、そうした世帯は見うけられない。 B型は就業者のすべてが農業に従事している耕作地主世帯であり、貸付規模は最小で 1ha未満、最大で8ha以上と幅がある。パンジャーブ州では大規模な農業経営を営む上で の技術的な制約はほぼ解消しており、農家が経営規模を適正範囲に抑えるために土地を 貸し付けることは皆無に近いとみてよい(45)。にもかかわらず土地が貸し付けられている 理由として、これまでの分析からは、ふたつの点を指摘することができる。ひとつは借 金の必要であり、B型には債権者である小作人に農地用益権を移転している例がみられ た。いまひとつは耕作条件の悪い土地の貸付であり、村外の土地や非灌漑地が貸し付け られている。 しかし、これらの要因のみによってB型の農地貸付を説明しつくすことはできない。 この点に関して、大規模な農家が村落内での政治的な権勢を維持するために土地を貸し 付けているとの、S・バッラの指摘は示唆的である。筆者は直接実証しうる資料を入手 していないが、S・バッラは、パンジャーブ州と同様に「緑の革命」の先進地域として 知られるハリヤナ州において、少数ながらこうした地主─小作関係が存在することを報 告している。彼女も指摘するように、こうした前近代的農地貸付は経済的根拠が弱く、 地主による貸付地取り上げの過程で減少してきたとみられる(46)。今後もこのタイプの貸 付は減少するはずである。